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Lost warrior II
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- 1 : 2023/02/07(火) 14:36:14 :
- あらすじ
エレンは変わってしまった。そう思っていたミカサに懐かしいぬくもりが訪れる。しかし、やはり彼の心には灯りを灯す隙間すら与えぬ影がさしていた。
戸惑うミカサを、彼はある場所へと連れ出すのだった。
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- 2 : 2023/02/07(火) 14:40:52 :
- どーも。前作の続きです。ほのぼのエレミカ。
原作22巻終了後。104期兵が海を見てから、マーレとの戦争が始まるまでの束の間の平穏の中、あったかもしれない淡い愛の物語。
エレミカがお家を建てるお話と、最終話終了後のミカサのお話の二部構成です。
のんびり書いていきますのでよろしくどうぞ。
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- 3 : 2023/02/07(火) 15:09:35 :
◆◆
「サシャ、エレンはどこ」
「うんだもしたんなぁ…」
「え…」
「あ、ごめんなさぃ、知りませんって意味ですよ でもミカサ、最近エレンと一緒にいませんね」
「もうかれこれ数週間喋っていない」
「たまが そげなやっせんわ」
「………」
◆◆
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- 4 : 2023/02/07(火) 22:40:02 :
「形のないものほど大切なんだよ」
ずっと前に友人が教えてくれた言葉だ。そうだろうか。自分にとっては形のあるものの方がずっと大切で守りやすいものだと感じた。形のないものは見えない上すぐにどこかへ行ってしまい、よく知っていたはずのことも有耶無耶に消えていく。徹頭徹尾探しても一向に見つからず、気づけばそれは自分の近くで何食わぬ顔でただ存在している。
例えば小さな英雄。
例えば戦う少年。
例えば大切な家族。
例えば最愛の男性。
ともすれば人類の希望。
あるいは自由の狩人。
さすれば進撃の巨人。
しかし、彼女にとっての彼もまたすぐにどこかへ行ってしまい、曖昧模糊のうちに知らないところでその命を燃やしていた。そこで彼女はようやく気づいた。彼と彼女を結びつけているものこそが、形のなく大切なものなのだ。その形ないものがなければ彼は彼女にとっての何であるかわからずに途方に暮れてしまうしまうのだ。反面それの存在は何にもとって代えることのできない彼女の心の拠り所であり、常人の数百倍にも劣らない力を発揮することができる。それは彼女の生きる残酷な世界を鮮烈に染め付ける、唯一無二の事物だった。こんな気持ちをなんと呼ぼう。
ミカサは、エレンの背中に身を委ね、馬の駆ける揺れに時折ふらつきながらこんなことを考えていた。
「ねえエレン……どこに行くつもりなの」
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- 5 : 2023/02/09(木) 02:21:26 :
- 日は少し傾きかけただろうか、雨に濡れた草葉を照らし幾多の宝石を散りばめていく。その宝石達を蹴散らし跳ね除けながら馬は駆けて行く。地平を超えてどこまでも伸びていく緑色の絨毯を雄風が攫い、日を少しずつ吹き落としていく。
「もうすぐだから。喋ってると舌噛むぞ」
返事をする代わりに、ミカサはエレンの体躯を一際強く抱きしめた。貴方と一緒ならどこだっていい、と心の中でだけ答えた。
「着いた。まだだ、俺が良いって言うまで目開けるなよ」
「え…エレン前が見えない」
「俺の手握ってろ、絶対開けちゃダメだからな」
エレンの手を取り、ミカサは目を閉じた。暗闇の中湿った土の不確かな感触を頼りに数歩、ミカサはこっそり細目を開けた。光と共にエレンの怪訝な顔が飛び込む。
「おい」
「あっ…ごめんなさい」
仕方なくミカサは再び目を閉じた。瞼の裏に嘆息するエレンが映った。そこからさらに数歩、予想よりも早くその時はやって来た。
「もう開けて良いぜ」
ミカサはゆっくりと目を開いた。
果たして、それはミカサの見た光景の一生の中で最も美しい光景だったかもしれない。眼前の風光明媚を前に、ミカサは息を呑んだ。
「ミカサ、花好きだったろ?」
寸刻の間、ミカサは息をすることも忘れて幾万もの光と影が交錯する花畑を眺めていた。夢というキャンバスにこの世の全ての美麗を閉じ込めたような、そんな光景だった。エレンは得意げに白い歯を見せて笑みを浮かべた。どうだ、と言わんばかりのしたり顔だった。ミカサは思わず頬が綻んだ。
「綺麗…とても」
「なんていう花だったか忘れちまった、お前の家に咲いてたよな。アイ…なんとか」
「アイリスの花」
「そう、それだ」
静かだった。さらい風に花達が踊り歌う声以外、何も聞こえない。世界にたった2人だけが存在しているようだった。ミカサにはその感覚がひどく心地よく思えた。
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- 6 : 2023/02/10(金) 00:10:56 :
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エレンは岩の上に外套を敷いて座り、空いた場所を軽く叩いて目配せをした。ミカサはエレンの隣に座った。
「満開までもうちょっとってとこだな。またあったかくなったら─────」
また来ようぜ。そう言いかけたエレンは急に青ざめ、口を閉ざした。俯いてそれきり、黙ってしまった。
あの眼だ。また私には見えないものを見据えている。そしてエレンはそれを私は愚か、アルミンにもその他の同期達にもひた隠しにしている。ミカサは辛抱たまらず彼に向き直って言った。
「エレンは何か隠してる」
「はぁ?」
「貴方は私達と距離を置いているように見える。皆、エレンは変わってしまったと言っている。けれど、それはエレンがそうせざるを得ないからな気がする。私達を嫌いになったのではなく」
「お前何言って───」
「何か、困っているなら教えてほしい。私は貴方の家族。力になれることがあれば何でもする」
ミカサはエレンの鼠色に曇った瞳をじっと見つめた。縋るように、祈るように、願うように、それは素直な想いだった。家族、という言葉にエレンの眉がピクリと動いた。数刻の間、彼の目にはいくつもの感情がやって来ては去り、また現れては消えていった。ミカサはそのうちの一つに悲哀とも憂愁とも言うべき感情を見つけたが、瞬く間にそれは引っ込んでしまった。やがてエレンは何事もなかったかのようにいつもの静穏な表情を取り戻し、ゆっくりと、花畑を眺めながら言葉を紡いだ。
「なぁ……、俺はずっとお前に謝りたかったんだ」
「え……?」
「俺があの日戦えなんて言わなきゃ、お前はこんな風になってなかったかもしれない。俺達が……俺と親父がもっと早く着いていれば、お前は普通の女の子で、自分の特技は肉を削ぐことだなんて言い出すこともなかったのにな」
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- 7 : 2023/02/10(金) 00:11:14 :
- ミカサ、誕生日おめでとう。
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- 8 : 2023/02/10(金) 15:39:56 :
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「エレン、突然何を言い出すの」
「お前のことが心配なんだよ。俺は長くてもあと数年しか生きられないんだぞ。俺が死んでもミカサ、お前には幸せに生きて欲しい。お前だけじゃない、アルミンやジャン、サシャとコニー、ヒストリアもだ」
エレンは顔を赤らめ、ガシガシと頭を掻いた。そっぽを向いたままエレンはぶっきらぼうに言った。
「お前、普通に暮らせよ。誰かと結婚してさ」
結婚、とミカサは呟いた。
「それはつまり…私に夫を探せということ?」
「そうだ」
きっと誰も私をもらってくれない、という弱音を呑み込み、ミカサは静かに目を閉じる。誰かと結婚している自分をぼんやりと想像した。自分の隣に誰か知らない男がいる。その男はきっと優しい人なのだ、ミカサに当を得た笑顔を向ける。ミカサに料理を運び、その男は彼女の肩にそっと手を据える。ミカサを抱き寄せ、ゆっくりと顔を近づけ口づけを迫った。ミカサはびっくりしてその男を突き放した。男は呆然と立ち尽くしている。その男の影は少しずつ薄れていく。代わりに色濃く現れたのは他ならぬ、エレンだった。ミカサは目を開けた。首を傾げたエレンがいた。私は、エレンがいい。
「え?なんか言ったか」
「! ………なんでもない」
ミカサはエレンから目を逸らし、マフラーを目元まで引き寄せすっぽり隠れてしまった。
自分の心の声が漏れていたなんて。エレンには聞かれただろうか。
彼は不思議そうに────あるいは微かな情動と淡い期待が、そこにはあったかもしれない────彼女へ視線を送っていた。当然ミカサはその視線に気づいていたが、恥ずかしさのあまりエレンの顔を見ることはできなかった。彼は以前、壁外へ連れ去られ窮地に陥ったときのことを思い出した。ミカサの顔は、普段の無表情で没個性的な、無個性で無為的なものではなく、あの日と同じ耽美で可憐な女性のそれだった。
とくん、とエレンの胸が疼いた。
どきん、とエレンの胸が跳ねた。
ずきん、とミカサの頭が疼いた。
ふと、エレンは胸の高鳴りを誤魔化すかのようにポケットを探り、何かを取り出した。
「これ、昔お前が作ってくれたやつだ」
エレンの手には懐かしいものが座っていた。ミカサが幼少期に作ったエレンの人形だった。あれから5年の歳月が経とうとしているが、不思議なことに人形は目立った汚れや傷一つ見当たらない。人形はエレンにそっくりの引き締まった目でミカサを見つめ返した。
「シガンシナから逃げてきたときは家から何も持ち出せなかったからな」
「ありがとう」
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- 9 : 2023/02/11(土) 02:18:01 :
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ミカサはそれを大事に懐にしまった。エレンは満足したように立ち上がり、そろそろ帰るか、と伸びをした。
「エレン。一つだけ、頼みがある」
「なんだよ」
「2人の家を建てたい。私にとって、いつも貴方が、貴方のそばが唯一の帰る場所だった。けれど、貴方が死んでしまっては、私はどこに帰れば良いのか分からない。そのときに、帰る場所が欲しい」
「良いぜ別に。畑も作るか、訓練と仕事がないときなら付き合うから」
「ほんとう?」
ミカサはこの日一番の笑みを浮かべた。
不意に巻き上げた一陣の風が、ぐるぐるに巻いたミカサのマフラーを解いていく。
「ミカサ、マフラー解けてるぞ」
「……、……………」
ミカサは黙り、物欲しそうな顔でエレンをじっと見つめた。
「なんだよ」
「エレンが巻いて」
「え?自分で巻けよ」
ミカサのささやかな甘えは当然のように却下され、彼女は雷に打たれたようなショックでしおしおと項垂れた。
「……これからもずっと貴方が巻いてくれると」
「ミカサ。冗談だ。ごめん。巻くから。巻くからそんなこの世の終わりみたいな顔すんな」
「エレンは意地悪」
エレンはぐるぐると、あの雨の日のようにミカサをマフラーで包んだ。
「あったかい…」
それもまた、そつのない笑顔だった。
◆◆
雪が、降っていた。
晴れていたはずの空にはうっすらとおぼろ雲が蓋をしていた。馬上のエレンとミカサの頬を優しく撫で、冷たく溶けていく。
雪はミカサの
鬱屈も、懸念も、
憂慮も、不安も、
憂愁さえも、苦悩までも、
煩慮すらも、綺麗に包み隠していくようだった。雲でぼやけた陽が沈んでいく。澱んだ空気を切り裂き、しんしんと寒さだけが2人を追いかけていく。ミカサは、冷たくなった頬をエレンの首元に押し付けた。ふと、思い出したようにエレンは言った。
「ミカサ。誕生日おめでとう」
ミカサはもう、寒くはなかった。
或いはこのとき、既に気づいていたのかもしれない。
胸を暖める、淡く仄かな灯火の存在に。
心の奥深くを、薄桃色に彩る華の香りに。
この言葉にできない気持ちを、消えないように、失くさないように。
それぞれ、ゆっくりと噛み締めていた。
いつか叶うことを夢見て。
「……うん」
2人は土の香りをあとに、馬を走らせた。
Beauty in the dark. Fin.
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