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Lost warrior I

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  1. 1 : : 2018/08/16(木) 01:41:12
    どーも。
    無為式です。ほのぼのエレミカのんびーり書いていきます。活字多め。短編。原作設定。みんながグダグダ喋ってるだけです。
    時系列は原作漫画22巻終了後です。
    変わっていくもの、変わらないものに悩む104期兵の青春の1ページ。
  2. 2 : : 2018/08/16(木) 01:42:32




    Dark, cruel, beautiful.




  3. 3 : : 2018/08/16(木) 01:43:49



    ◆◆


    「エレンがアニを見逃してしまった理由が、今なら分かる」
    「……そうか」
    「ライナーとベルトルトを前に、私も2人の首を跳ねることを躊躇した」
    「仕方なかったんだよ。アイツらはああやって殺人鬼になるしかなかったんだ。それを望んだのは、そうだな、ユミルじゃないけど、世界だったんだ」


    ◆◆




    エレンは、いなくなった。
    エレンが、いなくなった。
    それは突然に忽然と。
    影も形もあったものではない。
    綺麗さっぱり消えてしまった。
    どこか遠くへ行ってしまった。
    その笑顔も。その身体も。
    その髪の匂いも。その温もりも。
    手の届かないほど遠くへ。
    私の知らないところへ。
    私の知らない間に。
    私のよく知る温もりは。
    私の傍からごっそり抜け落ち。
    ずっとずっと、遠くに。

    「なぁにたそがれてんだミカサ」

    ミカサはトロスト区の兵舎の屋根の上に独りで蹲るように座っていた。彼女は、特に何をするでもなく数年前にエレン───進撃の巨人が壁に打ち込んだ岩をただぼんやりと見つめていた。雁の群れと共に壁の向こうへ消えた夕日の代わりに、限りなく黒に近い紺色が空を蝕んでいく。陽が沈んだ辺りでは紅潮した夕焼けの残滓が追い詰められて行き場を失っていた。

  4. 4 : : 2018/08/16(木) 01:45:22
    素晴らしい文章力…
    こういうエレミカを待ってました、期待です
  5. 5 : : 2018/08/16(木) 01:46:17
    >>4ありがとうございます( ´ ▽ ` )
  6. 6 : : 2018/08/16(木) 01:51:22
    期待です!
  7. 7 : : 2018/08/16(木) 13:53:37
    >>6お世話になります(*´꒳`*)
  8. 8 : : 2018/08/16(木) 14:01:26



    「俺ら晩飯片付けのはずだろ、いくらミカサでもサボるなんてずりぃぞぉ」

    「コニー」

    ミカサは一瞥もくれずどこか遠い所を見ていた。コニーには見えない何かを見ようとしていたのか、あるいは迫り来る夜の闇を前に何を見つめるともなくただ茫然自失としていたのか、無論彼の知るところではなかった。

    「エレンは、どこ?」
    「はぁ? 何言ってんだ。エレンなら今さっき下の兵舎にいたぞ」

    「そうでは、ない」


    空を見上げた。
    太陽が沈んだ方角に、一際明るい三つの星が三角形を描いてうっすらと輝き始める。彼女はこの季節が嫌いではなかった。理由は極めて単純に明快で、寒くないからだった。けれどもミカサの心には、何か大切なものが欠けてしまったようにぽっかりと穴が空いていた。それはどこかへ忘れて来てしまった何かだ。あるいは自然と元あるべき場所に戻って行った何かだ。ミカサとエレンを結びつけていたはずの何かだ。彼のくれたマフラーを特別なものたらしめていた何かだ。その何であるかは、もはや彼女独りでは見つけられそうもなかった。代わりにやって来たのは、凍てつく寒さに他ならない。

    ひんやりとした屋根が、汗の引いた肌に吸い付くように馴染んでいく。

    「エレンはいなくなってしまった」

    「だから下に行きゃいるって! 俺よりバカになっちゃったか?」
    「ちがう」
    「いや、は? 待てよ、全然意味わかんねーぞ。それは俺がバカだからなのか?なぁ?」

    「話にならない。コニー、食器を洗いに行こう」


    躍起になって考え込むコニーを残し立ち上がる。急に吹き上げた一陣の風がミカサの体温を奪っていく。彼女は俯いて、ずり落ちたマフラーを再び口元まで引き上げた。

    温もりの御迎えはまだ来なかった。


  9. 9 : : 2018/08/16(木) 14:23:16
    期待です!
  10. 10 : : 2018/08/17(金) 22:47:38
    >>9ありがとうございます(o^^o)
  11. 11 : : 2018/08/18(土) 00:30:54
    期待です!頑張って下さい!
  12. 12 : : 2018/08/19(日) 02:46:35
    >>11ありがとう、乞うご期待です。
  13. 13 : : 2018/08/19(日) 02:49:15



    ◆◆





    「─────────────────────────────────────っあ……………………………………………………………………………………………」

    翌日は快晴だった。
    ミカサが目を覚ましたのは、鳥のさえずりも同期のバタバタとした喧騒も聞こえない昼間だった。カーテンの隙間から差し込む午後の強い日差しが、彼女の世界から一切の彩色を奪っていく。刹那、目を閉じる。ミカサの視界に色が戻ってきた頃、舞い上がった無個性な埃粕が光の中で踊り狂っていた。

    相部屋で寝ていた同期のベッドはもぬけの殻だ。ちょうど昆虫の脱皮した後のように掛け布と寝間着が脱ぎ散らかされていて、ミカサは彼女の煩雑さに呆れつつ小さく笑った。しばらくの間拭えない眠気にかられ項垂れたのち、朦朧とした意識だけを残してベッドを出る。すっかり力の抜けた体を引きずって洗面所へ行く。冷たい水で残った睡魔も消滅する。顔を拭いてお気に入りの白いYシャツを頭からかぶる(ボタンをいちいち止めるのが面倒臭いからだ)。すっかり伸びた髪を束ね、後ろで結んだ。洗ったばかりのマフラーを巻く。洗剤の匂いだけが鼻を駆け抜けた。彼の匂いは、とうの昔に何処かへ行ってしまったようだ。

    兵舎は閑散としていた。
    ミカサが歩く度、兵舎の床が鼠の断末魔のように呻く声を除いて何も聞こえない。こんな休暇の午後はいつもなら幼馴染と過ごしていたものの、名状し難い鬱屈と茫漠たる不安を抱えた今の彼女にとっては彼らを探すことさえ難儀だった。焦点の合わない目で窓の外を眺め、矢のように草葉を駆け抜けていく風の便りを追いかける。

    「ミカサ、起きたのか」

    不意に後方から掠れた声がした。
    音が殺された世界から急に現実へと引き戻された差異に混乱しつつ、ミカサは振り向いた。欠伸が出そうになるのを噛み殺した所為で、視界がぐにゃぐにゃになる。頬から顎にかけてを指で掻きながら彼は続けた。

    「随分寝てたぜ。サシャは休暇最後だからってコニーとエルミハ区まで遊び行ったよ」
  14. 14 : : 2018/08/21(火) 02:47:34


    「ジャン、」

    心に絡まった不安は未だ解けていなかった。ミカサは真剣な眼差しで救いを求めるように訴えかけるように言った。心は、凍えていた。声は、震えていた。

    「エレンはどこ」

    「死に急ぎ野郎ならとっくに外出てったよ。自主トレするんだとさ」
    「そう、いうことではない」

    これもまたミカサの望んでいた答えではなかった。さすがにジャンは察しが良く、すぐに合点がいったようだった。所在なさげに彼は小さく舌打ちをする。一瞬の逡巡の末、ミカサはもう一度尋ねた。

    「エレンはなぜいなくなってしまったのか」
    「……そういうことかよ。ったく、エレンのことならなんでも知ってると思ったがそんなこともねえんだな」

    人って変わるもんだな。そう誰にともなく呟きながら、ジャンはミカサから窓の外へ視線を移した。水晶のような──────それも所々傷付き砕けて光が乱反射する水晶のような晴れ渡る空。その向こうでは鼠色の雲霞が晴れ間を切り裂いてゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

    「エレンのことなら、私よりもアルミンの方がきっとよく分かっている」

    「ならアルミンに聞けよ。俺はどうもあの馬鹿とは馬が合わねえ」
    「馬面だけに」
    「んお?なんか言ったか」
    「なんでもない。エレンの真似」
    「そうかよ」
  15. 15 : : 2018/08/21(火) 02:48:17


    通り過ぎようとするミカサを尻目に、ジャンは何か言いたそうに、けれども口を噤んで俯き、再びミカサの方に向き直って言った。

    「以前のアイツはもっと人間らしかったよ。後悔も愚痴も迷うことだってそりゃあ人並みにあったさ……けど今は、なんつーかその、そうだ、人間性を捨てちまったみたいだ」

    いつかアルミンは言った。
    何かも捨てることができない人には、何も変えることはできない。そして化け物を凌ぐためなら、人間性すら捨てる。ミカサはそのとき、エレンの傍にさえ居られるなら他の問題など特に眼中になかった。しかし今になってその答えに疑問を感じている自分がいた。彼女はそれ以上に、寒さに弱かったからだ。

    「もう前みたくアイツに説教することもなくなるな……ハハ、清々するぜ」

    そう言って苦笑いするジャンの表情は、ミカサには何処と無く寂しそうに見えた。大事にしていた物を失くしてしまったけれど、しかしそれも仕方ないと受け入れざるを得ない。そんな、寂しさ。

    「……貴方はエレンをよく見ている」
    「違うな。それは絶対に違う。あの野郎が俺の気に障ることばっかするからだ。注意しないわけにいかねえだろ」

    ジャンがとてもエレンのことを気にかけてくれていたことはミカサも知っていた。俯いて頭を掻く彼の顔はほんのり赤く染まっていた。夕日のせいだろうか。

    「ありがとう」

    否。まだ日は傾きかけたばかりで、夕日など以ての外だ。ミカサはそれだけ言うと再び食堂への歩を進めた。
    パラディ島の調査にはそれほど時間を要さなかった。今では調査兵団は壁外の開拓や海岸付近でのマーレ軍の監視に大部分の兵力と時間を割いていた。ミカサを含む104期調査兵の休暇は今日で終わり、明日から新しく作られた兵団支部に移動する。



  16. 16 : : 2018/08/21(火) 07:35:50
    続きがきてた!
    …やっぱりこの作者さんの書かれる文章すきだ
  17. 17 : : 2018/08/21(火) 11:54:29
    >>16ありがとうございます。
    そう言っていただけると作者とても喜びます^_^笑

  18. 18 : : 2018/08/22(水) 13:59:44
    期待です!
  19. 19 : : 2018/08/22(水) 20:16:47
    >>18ご厚意痛み入ります(_ _)o .。.:*
  20. 20 : : 2018/08/26(日) 01:15:44



    ◆◆


    「氷の大地や砂の雪原はどこに行っても見つからないんだ。一体どこにあるんだろう」
    「島の中にないんだ。外に行くしかないだろ」
    「でも大陸には渡れないよ」
    「あぁ、そうだよ。だからとにかく─────ヤツらを、殺さないと」


    ◆◆



    夕立が、降っていた。

    それはその日の夕方のことだった。
    ミカサが食堂を出てすぐにその驟雨は降り出した。蒸し暑い湿気と地を叩く雨音が彼女に襲いかかる。晴れている日に特別晴れやかな気分になる訳でもなかったが、やはりミカサは雨が嫌いだった。良くないことはいつも、雨の日に起こったからだ。逆に雨の日は総じて良くないことが起こると、果たして言えるだろうか。

    「ミカサ、今日は遅かったね」
    「よく、眠れなくて」

    アルミンは兵舎の書庫で一人書物を捲っていた。相当古い書物のようで、表紙は破れ紙面は黄ばんでいて所々虫が食っていた。おまけに誰かが飲み物を零したのか茶色い染みも目立つ。隅から隅まで字面と図解で埋め尽くされており、ミカサは数行読んで頭痛を催した。ふと、思い出したように彼女は言った。

    「エレンが、いなくなった」

    「え……?」
    「いや、本当にいなくなったわけではないのだけれど、以前とはまるで…」

    ミカサがそこまで言いかけるとアルミンは全てを悟ったかのように力なく口だけで笑い、しかし目は全く笑っていなかった。その目には何か悲愴とも哀愁とも取れない何か混沌としたものが写っていた気がしたが、それも次の刹那には引っ込んで元の澄んだ青色の瞳がミカサの心を覗き込んでいた。
    それはきっと気のせいだったのかもしれない。ひょっとすると気のせいでもなかったのかもしれない。

    「変わったね、エレン」

    ミカサは言葉が見つからずに黙っていた。

    「僕はずっと夢を見ていたよ。エレンも同じ気持ちだと思ってた。海を見るまでは」


  21. 21 : : 2018/08/26(日) 23:24:21
    きたいですぅ
  22. 22 : : 2018/08/27(月) 00:16:48
    >>21ありがとぅですぅ
  23. 23 : : 2018/08/31(金) 01:15:18

    アルミンは書物を捲った。
    海の説明が詳細に書いてある紙面で彼の手は止まった。ミカサは見下ろした書物の上で文字や図が狂ったように踊っているのを見て、目をこすった。書物から目を逸らしながら椅子に座る。アルミンは荒く描かれた海の図を凝視していた。


    「けどエレンは海を前にして興奮も感動も見せなかった。ただ険しい顔をして海の向こうを睨んでいたんだ」


    唇が小刻みに震えていた。
    雨は激しさを増して篠突く雨になっていた。時折風向きが変わり雨は地を叩く代わりに図書室の窓を叩いた。それを気にしてか否か、アルミンはその度に窓の外を見つめてはまた書物の元の箇所に視線を戻した。やがて彼は黙って本を閉じた。

    「僕も最近よく分からない」

    そう言ってアルミンはポケットに手を入れた。出てきたのは綺麗な貝殻だった。初めて海に行った日に彼が拾った砂浜の宝石だ。


    「本で読んだんだけど、これはアッキガイっていう貝の一種なんだって。トゲトゲだけど美しいと思わない?」

    そこにはどんな職人にも作ることのできないように思える曲線美があった。外側はゴツゴツとした手触りで内側はツルツルだった。貝の種類にあまり関心はなかったが、ミカサは小さく頷いた。アルミンはそれで満足したようだった。
  24. 24 : : 2018/08/31(金) 01:17:08


    「僕はこういうのが好きなんだ。外の世界に行って知らないものをたくさん見つけたいし、まだ見ていない砂の雪原も氷の大地も探しに行きたい。一緒に見に行こうってエレンと話をしてたんだけど……」

    今のエレンには眼中にないんだろうね、とアルミンは寂しそうに笑いながら付け加えた。アルミンの笑顔はミカサにはとてもではないが純粋な笑顔には見えなかった。一度バランスを崩せば立ち所に倒れてしまう駒のような。一度風が吹けば立ち所に散ってしまう花びらのような。本当にそれは少しのことで崩れ去り、泣き顔に変わってしまう。
    暖かな寵愛は許されず。
    残された灯火さえ消えてしまう。
    足掻いた先で煉獄を彷徨い。
    辿り着いたそこは生死さえも恐怖する。
    恐怖を超えて枷を引き継ぎ。
    その身はもはや後戻りはできない。
    あまりに、儚く。あまりに、脆く。
    あまりに、朧で。あまりに、尊い。
    壊れそうにか弱いようで、勇き力。
    そんな、笑顔で。
    貝殻を放り投げ、掌で受け止める。アルミンは何度かそれを繰り返し、短く嘆息して貝殻を机に置いた。

    「けど僕もエレンの気持ちはよく分かる。敵が巨人だけだったら何倍も良かっただろうね。やっぱり壁の中と同じで、人類の敵は人類だったんだ。僕は人類とは戦いたくないよ。巨人と違って、話せば分かるんだから。何とかして分かり合えないかずっと考えてる」

  25. 25 : : 2018/08/31(金) 08:25:16
    はあ…こんな文章書けたらなあ…
    これがほんとのエレミカ二次創作…、あふれる才能
    もっと多くの人に読んで欲しい
    pixivでも充分通用するわ
  26. 26 : : 2018/08/31(金) 17:04:08
    >>25ありがとうございます、笑
    でもこれくらい数冊本読んだらきっと書けるようになりますよ◎
  27. 27 : : 2018/09/07(金) 09:15:05


    かつてのエレンは巨人を憎んでいた。しかし彼が生まれてこの方ずっと憎んでいた相手は人間だった。そして壁の外には果てしない自由の代わりに計り知れない敵が待ち構えていたのだった。エレンの父親の書物の内容は突拍子も無いことでミカサの頭には半分すらも入ってこなかったが、彼女達が更なる絶望に打ちひしがれるには十分事足りたようだった。


    「元々のエレンは後先省みずにひたすら突っ走って怪我ばっかりしてた。だけど僕達や兵団の仲間ができてからは、自分が突っ走って誰かが傷付くのを何より恐れていたし、誰にも迷惑をかけたがらなかったよね。でも今のエレンには、何て言うか、迷いがない。マーレと戦うためには全てを捨て去る覚悟だ。けどそうしなきゃ勝てない。あれだけ強大なものに立ち向かうためにも、人間性を捨てようとしている」

    人間性、という一言にミカサは小さく痙攣した。その言葉に彼女は、心臓を握り潰されるような胸の痛みと研ぎ澄まされた鋭利な刃物が突き刺さるような頭痛を感じた。ジャンも言うように、やはりエレンはもう以前の彼ではなくなってしまったのだろうか。マフラーで紡がれた暖かい記憶が、音を立てて崩れ落ちていくようだった。

    「前にも言ったかもしれないけど」

    残された寒さだけが。

    「そうやってエレンは遠くに行くんだ」

    何食わぬ顔をして佇んでいた。

    「僕たちを置いて」

    空っぽの少女を見下ろしていた。
    少女は夢を見ていた。
    父親と母親と自然の中でつつましく暮らす夢だ。そしてその夢は叶うべくもなく然るべきとして掻き消された。床に真っ赤な花が咲いた。目を覚ますと口の中は錆びた鉄の味がした。これからどうなるか分からなかった。どうすれば良いか分からなかった。何一つできることもなかった。どこに行けば良いか分からなかった。帰る場所すら見つからなかった。誰にすがれば良いか分からなかった。誰も頼れる人はいなかった。
    小さなヒーローが現れた。
    寒かった心に暖かいスープを流し込まれた。少女は独りではなくなって。翅を生やした蝶は飛んで行く。いつしかその翅は無惨にもがれてしまうのだ。スープで満たされた器は木っ端微塵に割れてしまうのだ。温もりはこぼれ落ちて行く。少女はそれを掬おうとした。指の間をすり抜ける。温もりが溢れ落ちて行く。
    走馬灯のように現れては消えやって来ては過ぎて行く懐古の終わりに、故郷で笑い合う3人の姿が瞼の裏に垣間見えた。

    「……そんなの、嫌」

    ぽつり、とミカサは言った。
    それは素直な気持ちだった。
    溜まり切った雨露が葉から零れ落ちるように。熟れた果実が辛抱たまらず木から落ちるように。不自然なほど自然に、口から零れ落ちた。

    「嫌。とても、嫌……」

    目の奥が熱くなってミカサは鼻をすする。気がつくと頬が濡れていた。雨だろうか。

    「本当は、マーレとか大国とかどうでも良い。戦争に勝っても負けても、どうでも良い」

  28. 28 : : 2018/09/08(土) 01:18:52

    雨はまだ降っていた。
    天はまだ泣いている。
    ミカサも同じように、泣いていた。
    抑えていた感情が洪水のように溢れ出したようだった。頬を伝う涙が口に入りしょっぱい味がしたが、ミカサは構わなかった。

    「本当は静かにエレンと内地で暮らしたい。土を弄って畑を耕して、ずっと、歳を取るまで」

    そんな憧憬はきっと憧憬のままで終わってしまうのだ。流した涙雨は大方マフラーに染み込むか拭った手のひらで乾いて淡い跡を残していた。アルミンは微かな驚き、情動と共にミカサを見つめていた。果たしてそれは彼女が泣いたことに関してではなかった。落ち着いた頃合いを見計らってアルミンは綺麗に折りたたまれたハンカチをミカサに渡した。柔らかい布の感触を鼻に埋めた。洗剤の匂いがした。


    「ごめんね。泣かせるつもりなんてなかったんだけど、でも、少し驚いたよ。僕はミカサが自分の希望をはっきり言ったのを初めて聞いたかもしれない。いつもエレン本位で、やることなすことエレンの言うことを聞いていたから」


  29. 29 : : 2018/09/08(土) 11:58:49
    期待です!
  30. 30 : : 2018/09/08(土) 18:24:04
    >>30ありがとうございます^_^
    できるだけ更新していきますね。
  31. 31 : : 2018/09/12(水) 01:10:29

    静かなる晴耕雨読の夢は、ずっと思っていたことだった。ミカサが兵団に入った理由の全てはエレンであり、エレンが兵団にいなければ、エレンが巨人でなければ、エレンが人類の希望でなければ、エレンがあの日ミカサを救わなければ、エレンがエレンでなければ、ミカサは今頃きっとこんな所にはいなかったのだろう。しかし、エレンはミカサを助けたからこそエレンであり、巨人であるからこそ人類の希望だった。
    ミカサは自らを犠牲にして逆境に飛び込むことを望んでなどいなかった。そしてそれ以上にエレンには安息の地に身を置いて欲しかったのだ。

    「良いと思うよ。言ってみなよ、エレンに」

    「でも、エレンはきっと聞かないと思う」
    「そこに僕が入っていないのは少し嫉妬するけどね」
    「そ、それは誤解……」

    アルミンも一緒、と言いかけた刹那。不意に蔵書室の入り口が勢い良く開いた。ミカサはびっくりして微かに痙攣した。入り口に立っていたのは果たして、彼だった。

    「エレン…!」

  32. 32 : : 2018/09/15(土) 22:38:53
    作者さんの一番好きなcpなんですか?
  33. 33 : : 2018/09/17(月) 01:35:12
    >>32なかなか更新できずすみません。
    エレミカがとてもとても好きです꒰๑ ᷄ω ᷅꒱でも甘さ控えめのエレアニやエレヒスも好きですね。
  34. 34 : : 2018/09/21(金) 02:53:59


    ずぶ濡れのエレンが立っていた。
    既にぐしょ濡れの兵団ジャケットで額を拭いながら、彼はぶっきらぼうに言った。

    「何なんだよこの雨は…! 今朝は晴れてたってのに、ずぶ濡れになっちまった」


    額から滴り落ちる雫でエレンの視界はぼやけた。濡れた髪をかきあげると、久しぶりに見る幼馴染の姿があった。少し変わったような気がしたし、昔からずっと変わらないような気もした。アルミンは山のように置かれている厚い書物の前に座っており、そしてミカサは何かを必死に訴えかけるような鬱陶しい目でこちらを見ていた。
    早く髪を乾かして。
    早く服を着替えて。
    風邪をひいてしまうから。
    エレンの心の中で聞き慣れた声がした。しかし嫌という程聞いたその声の形は一向にその姿を見せず、彼は拍子抜け半分に少し苛立った。


    「アルミン、上着貸してくれ。昨日服洗濯したんだがたぶんこの雨じゃあぜんぶお釈迦だ」

    エレン、何をしているの。
    エレン、早く髪を乾かして。
    エレン、早く服を着替えて。
    エレン、風邪をひいてしまうから。
    ミカサの心の中で何度も何度も、声がした。声は、出なかった。喉元まで登ってきた伝えたい言葉も潰えることのない想いも、獰猛な猛獣を前にした臆病な小動物のように尻込みして腹の奥へ引っ込んでしまい、ミカサはただ水面で死にかける魚のように口をパクパクさせるだけだった。

    「なんだよジロジロ見てんな」
  35. 35 : : 2018/09/21(金) 03:39:03
    期待です~~!
  36. 36 : : 2018/09/21(金) 16:46:11
    >>35ありがとう꒰ ´͈ω`͈꒱꒰๑ ᷄ω ᷅꒱
  37. 37 : : 2018/09/22(土) 18:10:17
    期待です!
  38. 38 : : 2018/09/27(木) 21:45:58
    いやはや、素晴らしい文章ですね…
    尊敬してます!(。ゝ∀・)b
  39. 39 : : 2018/09/29(土) 15:20:18
    >>37,>>38
    有り難う御座います‧⁺◟( ᵒ̴̶̷̥́ ·̫ ᵒ̴̶̷̣̥̀ )
  40. 40 : : 2018/09/30(日) 00:56:56

    エレンは溜息をついた。しかし彼は飽きるほど見てきたお節介なミカサの眼差しにも何処か安心感を覚えた。それはすっかり使い古したけれど愛着のある布団に包み込まれる安らかな眠りと似ていた。

    「エレン……、身体は大丈夫…?」

    違う。こんなことが言いたいわけでは、ない。無論ミカサはびしょ濡れのエレンの身体を労わり心配していたが、それ以上に聞きたいことや話したいことが波のように一挙に押し寄せて、ミカサはまた泣いてしまいそうになった。エレンの前で泣くわけには行かない、と唇を噛んで堪えた。そしてそれ切り、何も言えなかった。

    「何ともねーよ。こんなもんすぐに乾く」

    一呼吸置いて、ミカサの目を見ずにエレンは答えた。アルミンは二人の様子を見兼ねたのか、溜息をついて勢い良く立ち上がった。

    「じゃ、エレン、僕上着取ってくるね」
    「おぅ」

    エレンの横を通り過ぎると、アルミンは笑顔でこちらを振り返って小さく手を振った。図書室の入り口が閉まると、暫くの静寂が訪れた。雨足は弱まっていた。しとしとと、水溜りの水面に向かって細かい雨が飛び込む柔らかな音だけが遠くから聞こえている。エレンは何か言いたげに口を開き、しかしすぐに躊躇して口をつぐみ、一瞬の逡巡の末再び口を開いた。

    「しばらくぶりに会った気がするぞ」
    「…エレンのせい」
    「そうか」
    「そう。貴方はいつも勝手にどこかへ行ってしまう」
    「そりゃ悪かったな」
  41. 41 : : 2018/10/28(日) 23:35:40
    忙しくて中々書けていないですが必ず完結させますのでよろしくどうぞ。
  42. 42 : : 2019/03/28(木) 10:50:20
    あの頃よりさらに文章が研鑽されましたね。
    素晴らしいの一言に限ります。
  43. 43 : : 2019/04/16(火) 11:20:34

    ミカサは立ち上がって右手で自分のシャツのボタンを外し、左手でエレンの着ているくたびれた長袖シャツに手をかけた。

    「脱いで。風邪をひく」
    「やめろ、何ともねーつったろ」

    エレンにしてみればミカサの魂胆は見え見えだった。彼のシャツを脱がせて自分のシャツを着せようと言うのだろう。そんなことをすればミカサの下着が露わになるのは言うまでもなかった。エレンはそれほど荒々しくということもなくミカサの手を丁重に払いのけた。ミカサと目をなるだけ合わせないようにそらしていたエレンだったが、払いのけた手の先に泣きはらした後のミカサの真っ赤な目が写った。

    「お前、疲れてんだろ。部屋行って寝ろよ」
    「…大丈夫」
  44. 44 : : 2019/04/16(火) 11:21:30
    >>42長らくご愛読いただき嬉しい限りです。
    ありがとうございます。
  45. 45 : : 2023/01/24(火) 15:09:26
    もうすぐ国家試験終わるのでミカサ誕生日も近いですし執筆再開しまーす
  46. 46 : : 2023/01/25(水) 23:30:38

    「ミカサ、泣いたのか?」
    「泣いてない」
    「真っ赤な目して嘘つくな」
    「何度も言わせないで。私は泣いていない」
    「誰に泣かされたんだ」
    「……、エレン」
    「やっぱ泣いてんじゃねーか」
    エレンは再び溜息をついた。お前が泣くなんて珍しいな、という繊細さにかける一言は飲み込んだ。
    「俺がいつお前を泣かしたよ。俺なんかしたか?」
    ミカサは黙ってエレンから視線を外し、所在なさげに身の置き場を探していた。視線の合わないミカサに半ば苛立ち、半ば呆れたエレンは彼女の肩に手を伸ばし、強引に引き寄せた。
    「えっ」
    そのまま、強く抱きしめた。苛立ちと戸惑いをかき消すかのように、強く。ミカサの艶やかな髪からふんわりと洗髪剤の匂いがした。エレンはその髪をくしゃくしゃと撫でた。

    「昔俺が泣いたとき、母さんがよくこうしてくれてたんだ」

  47. 47 : : 2023/01/27(金) 21:44:48

    そこには、6年前と変わらないぬくもりがあった。少し伸びた彼の髪も、微かに汗ばんだ彼の匂いも、ごつごつと大きくなった掌も、全てが懐かしかった。
    遊び飽きて部屋の片隅に置き忘れた玩具を手にしたような。
    くたびれた幼い頃の服が袖を通らなくなったような。
    そんな旧懐だった。ミカサは、とくん、とエレンの鼓動が脈打つのを感じた。彼の胸を駆け回る兎は少しずつ速度を高めていった。ミカサの目尻が熱くなり、視界が再び滲んでいく。鼻を啜る。
    「おい泣くなよ、嫌だったか?」
    「そんなわけ、ない。とても嬉しい」
    「なんかよくわかんねえが元気だせ」
    ミカサは静かに頷いた。
    もう寒くはなかった。
    ミカサはそっと懐から離れ、エレンの目を見つめた。しかし、その目はやはり以前の好奇に満ちた輝きを失っており、ミカサには見えない何かによって灰色に澱んでいた。彼女は、吐息と共にどこかへ消えていきそうだったわだかまりを思い出してしまった。
    彼は向けられた視線に応えることはなく、背を向けた。
    「暇か?」
    「特に予定はない」
    「じゃあちょっと付き合えよ。行きたいところがある」
    待ってろ、とエレンは書庫を出て行った。
    扉が閉まった後、ミカサはしばらくの間、彼の言う”行きたいところ”について思考していたが、やがてこう直感した。エレンは何かを隠している。そして、彼の目から幼い頃の光を奪ったのもその何かである、と。けれどもミカサにとってその何であるかはさほど重要なことではなかった。エレンが以前の彼と少々変わったとて、最愛の家族であることに変わりはないのだ。そのエレンの傍にいられる、それだけで彼女は十分だった。ミカサは椅子にかけた厚手の上着を羽織り、誰もいない書庫を後にした。

    雨は止んでいた。
    薄汚れた机の上で、生白い貝殻が鈍く光っていた。


    to be continued.....
  48. 48 : : 2023/01/27(金) 22:47:44
    いいですね(^ω^)
  49. 49 : : 2023/01/27(金) 23:23:59
    >>48ありがとうございます。
    続編予定していますので良かったら。
  50. 50 : : 2023/01/28(土) 12:30:27
    そうなんですね^_^
    期待していますよ(^ω^)

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ittanmomen

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