このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
III.ふたたび
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- 1 : 2023/03/01(水) 21:25:28 :
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Lost my warrior.
◆◆
「エレン…明かりを消して欲しい……、その、恥ずかしくて…」
「ああ、悪い」
「ん…、あっ………」
「痛くないか?」
「大丈夫」
「そうか」
「エレ…んっ……どうして泣いてるの?」
「え?」
◆◆
「人は死んだらどこへ行くの?」
もう何年も前のことだ。
霧のように細かい雨が降っていた日だ。
じめじめとした重たい空気が、肩にのしかかる薄暗い日だ。
森の入り口で一匹の野犬が死んでいた。傷一つなくひそりと息絶えていた野犬を、少女は埋葬してあげることに決めた。父親が穴を掘り、母親は静かに両手を合わせていた。その合掌の意味はよくわからなかったが、少女は見ようみまねで手を合わせ、犬を────否、犬だった肢体を土の中へ送り出した。初めて死を目の当たりにした少女は、ふと、死んだ後自分は何処へ向かうのか疑問に思った。
「東洋の古い言い伝えでは、善いことをたくさんした人は天国へ、悪いことをたくさんした人は地獄へ行くと言われているわ」
「てんごく…?」
「そう。美しい花園の中を神様たちがお散歩したり、天を舞ったりしているの」
「素敵……私も天国にいけるかなあ」
どうして、こんなときに思い出す。
「ミカサはいい子にしているから、きっと天国にいけるわよ」
母親の曇りひとつない笑顔を、濁りない澄み切った微笑みを、今でもよく覚えている。私はきっと、天国には行けないだろう。母親の言う、地獄へ行くのだ。地獄がどんなものであるのか、詳しく聞かなかったことは不幸中の幸いかもしれない。
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- 2 : 2023/03/01(水) 21:37:36 :
- Lost warrior 最終章です。
時系列は原作終了後、ミカサがエレンを埋葬するところから始まります。エレンの死から立ち直るまでのミカサを描いた、あったかもしれない切ない物語。
よろしくどうぞ。
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- 3 : 2023/03/03(金) 13:52:35 :
- お久しぶりです!
期待しかありませんね。うすらひさんの文章にはすごく影響受けてるもので!無理なく頑張ってください
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- 4 : 2023/03/04(土) 00:50:18 :
- >>3ご無沙汰しております、、!
ありがとうございます!!
こうして昔のユーザーさんとお話しできるのがとても嬉しいです。のんびり更新していきます
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- 5 : 2023/11/09(木) 11:06:09 :
- ────寒い。
雨が、降っていた。
あの日と同じ、霧のように細かい雨だ。
それはほとんど降っているか否か分からない程度の雨だった。ミカサは一人、薄暗い森の中で馬を走らせていた。もうどのくらい走ったかも分からなかった。ただひたすら、あの場所を目指していた。
あの血塗れの斧を振り翳す醜悪な殺人鬼も。
数多の殺戮に立ち向かった勇敢な女性も。
悪魔の末裔を根絶やす為闘った戦士も。
世界に憎まれ、一人の少女を愛した同期も。
人類存亡の為進み続けた稀代の悪魔も。
細やかなる欲望に生き胸を貫かれた彼女も。
未知なる存在への関心に燻り散った上司も。
唯ひたすら自由を求めた愛すべき英雄も。
皆、きっと地獄へ行くのだ。それまでに一体幾多の生命が失われたのだろう。
それでも。彼の姿は、頭の中を、走馬灯のようにぐるぐると駆け巡るのだ。
時には、少年のような笑顔を見せて。
悔し涙に顔を歪めて。
翡翠のような大きな目で私を見つめて。
入り乱れた感情を抱き締めあった。
そんな、彼が。彼だけが。
「髪長すぎやしねぇか」
心の中で、声がした。
ずっと前から、ここにいたような気がする。
ずっと前から、こうなることは決まっていたような気がする。
もっと前から、私が決めてしまっていたのかもしれない。本当にこうする他なかったのだろうか。こんな風に、取り返しのつかないことを何度でも考えてしまう。
「良い加減にしろミカサ、お前までオタついてんじゃねえ!」
エレンは少し微笑んでいたような気がした。彼の骨張った首に刃を振るったとき。切っ先が煌めいて、眩しさに少しばかり目を細めたあのとき。何処か安堵したような。
ずっと前から、誰かを。
探していたような。待っていたような。
今も、安心したように───固く結ばれた口は、もう何を語ることもない───少し微笑んでいた。
ミカサの腕の中には、首から上だけになったエレン否、エレンだったものが穏やかに眠っていた。ミカサは彼の額を優しく撫でた。何度も、頭突きを喰らったおでこだ。そこにあるべき体温は失われていた。もうそこに、エレンはいないのだ。それでもミカサは、ぎゅう、と彼だったものを抱き締めた。
エレンが、寒くないように。
「そんなもん、何度でも巻いてやる」
このマフラーを。
巻いてくれる貴方は、もういない。
「昔俺が泣いたとき、母さんがよくこうしてくれたんだ」
もう私を慰めてくれる家族はいない。
ミカサは鼠色に澱んだ空を見上げた。
空っぽだ。
とても、空っぽだ。
悲しいや寂しいといった言葉では、到底語り尽くすことはできない。悲壮や憂慮などと陳腐な感傷は既に通り越し、絶無的に虚無だった。
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- 6 : 2023/11/12(日) 01:51:09 :
「俺のことは忘れて、幸せになってくれ」
そんなこと、できるわけがない。
「ずっとお前が嫌いだった」
悲しいほどに残酷な嘘だ。
「俺は……、お前の何だ?」
貴方は、私の全て。
これまでも。そして、これからも。
「あったかいだろ」
暖かかった。とても。
パチパチと火の粉が躍る暖炉の前にいるような。
使い古した暖かい毛布に包まれているような。
暖かいスープで満たされた器に浸かっていたような。最愛の家族に巻いてもらったマフラーに、ずっと包まれていたのだ。
「早く帰ろうぜ」
そうだ、早く帰ろう。
もうとっくに。
帰る時間だ。
私達の家に。
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- 7 : 2025/01/10(金) 00:17:09 :
- 久々に書き進めます
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- 8 : 2025/01/24(金) 14:09:40 :
◆◆
「エレンはなんて言ってたの?」
「昔のことは水に流して、アンタらと、仲良く幸せに暮らしてくれって」
「そっか…エレンらしいよ」
「ほんとう、唐変木のくせに変なところでお節介だよ。残されたアンタらの気も知らないでさ」
「でも大丈夫、僕達はもう仲良しだよね」
「それはどうだか」
「えぇ…」
「嘘だよ」
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- 9 : 2025/01/24(金) 14:13:50 :
花は、枯れていた。
「……………………、…………………………………ただいま」
ミカサは力なくつぶやいた。おかえり、と返事をくれる誰かがいれば、きっといくらか心が救われたのだろう。しかしその誰であるかも、彼でなければミカサにとって何ら意味をなさないのだ。代わりに返ってきたのは屋根をつたい滴る雫がちゃぽん、と水溜りに飛び込む無個性な音だけだった。
シガンシナ区郊外の家はあの日出ていったときと変わらず、すました顔で彼女を待っていた。何事もなかったかのように。何食わぬ顔をして。何も知らないふりをしていた。抜け出したベッドは虫の抜け殻のように身体の跡が残っている。幸いなことに使用した食器は全て片がついており、空っぽの流し台に蛇口から零れ落ちた水が打ちつけられていた。それは早鐘を打つ鼓動のように、あるいは夜明け前の時計の短針のように少しずつ大きくなってミカサを襲った。彼女はそれの栓を閉めた。耳をつき背中がぞわりとする、嫌な音がした。
あの日家を出る前に生けた花─────熱を失わない少年のように、咲いていたはずのアイリスの花はその薄桃色を失い、花瓶の中で力なく項垂れていた。仕方がなかった。桶の中で炊かれていたはずの美しい炎はいつの間にか、白い灰ばかりになってしまうのだ。ミカサはその花を屑入れには捨てずに、土へ帰してやることに決めた。
ひどく、気持ちが悪い。
鉛の塊を飲み込んだ気分だ。
ミカサは土埃に塗れた両手を拭い、スコップと共に一切合切の気力を放り投げた。力なくベッドへ倒れ込む。そのまま三日三晩と眠り続けたい気分だったが、そうするのにはあまりにたくさんの汗と、血と、涙と、その分だけの想いを彼女は背負っていた。重い足を引き摺ってベッドを出る。
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- 10 : 2025/01/26(日) 23:49:25 :
ミカサはお湯を頭から被った。熱い湯に、全て溶けて消えて仕舞えば良いのに。凡てを流して、そのまま自分も消えて仕舞えば良いのに。
腕の中に握りしめていた、彼の失われてゆく体温も。
右手にべったりと染み付いた骨を断つ感触も。
飽くほどに切り刻んだ肌から溢れ出る同胞の生暖かい血も。
彼が長い居眠りについた大樹の根元を埋める土の香りも。
「おやすみなさい………エレン」
ミカサは涙ながらに土の中深く穴を掘り、彼を埋葬した。穴へ彼を納める前、ミカサはもう一度彼に口付けをした。きゅっと結ばれた口はそれに応えることはなく、代わりに吸い付くような冷たい感触がミカサの唇をそっと押し返した。自分の涙で彼の顔がびしょびしょになっていることに気付き、慌てて服の裾で拭った。
「……………エレン……」
その声に、面倒臭そうに応えてくれる声の主はいないことぐらいミカサはわかっていた。それでも、呼ばずにはいられなかった。
もうニ度と、会うことはできないのだ。
もうニ度と、触れることもできないのだ。
その艶やかな髪を感じることも。
ごつごつと固く、広くなった背中を抱くことも。
くだらない冗談を話し、とやかくお節介を言うことも。そして、十年来の想いを打ち明けることも。
やはり、ずっとあの世界に浸っているべきだったのだろうか。
「覚悟、したはず…………なのに……」
瞼の裏に、彼の背中が写っている。きっと、かけっこをしているのだ。時折こちらを振り返り様子を見ながら。彼は微笑んでいた。
頬を伝うそれが涙であるのか、それとも浴びているお湯であるのかもはやわからなかった。熱を帯びる目頭はとうに崩壊し、ちょうど砂浜に押し寄せ行き場を失う波のように、感情は止まらなかった。これからずっと、この苦しみを背負って生きていかなければならないのだろうか。彼女の中で、悔いのない選択をしたつもりだった。その実、何度でもその選択をした自分を責め続けた。その選択に至らざるを得なくした、それまでの自分自身を否定し続けていた。
ミカサはシャワーを出て再びベッドへ向かった。そのまま、力無く倒れ込んだ。
「…………エレン」
身体が透明になってゆく。
視界から光が逃げてゆく。
音が遠ざかってゆく。
世界が、少しずつ殺されてゆく。
彼女の意識は、決して手の届かないところへ。
深く、深く、ゆっくりと沈んでいった。
身体だけを残して。
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