この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
この作品は執筆を終了しています。
細氷に沈む
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- 1 : 2020/05/04(月) 00:56:41 :
- 春のオリコ祭投稿作品になります。
提出テーマ、作品テーマは以下の通りです。
ししゃもん→De「悪」
シャガル→ししゃもん「氷」
あげぴよ→あげぴよ「散」
風邪は不治の病→風邪は不治の病「水」
理不尽→シャガル「巨」
De→理不尽「嘘」
それではどうぞ
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- 2 : 2020/05/04(月) 00:58:35 :
──────かつて、人類は世界を廻り、溢れていたという。
私の父母、父母の父母、更にその先の祖の父母の時代に人は世界を意図も容易く巡り、機械の力を以て支配していたという。
父は言った。
「人は神罰を受けたのだ」と。
幼い私は神とは何なのか、人はどの様な罰を受けたのか、そればかりを考えてしまう様になった。
神様とは何かと訊ねたが、母は「それは解らない」と返すばかりで、結局はそれが何なのか、父母がいなくなった後も、分かる事は無かった。
未だ、父の言葉が頭にこびり付いて離れない。
人は何を咎とし、何を罰としたのか。
もう既に、私が生まれて30の年数が過ぎ去った。
細氷に沈む古い都市、緩やかに死滅していく生物達に紛れ、私達は、厚い氷の中にいた。
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- 3 : 2020/05/04(月) 00:59:09 :
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「えーっと、前回の続きからですね。約2000年前に高密度の隕石が衝突、大きく地軸が傾き、地上の生命の約8割程が死滅しました。これを『第ニ巨大衝突による大量絶滅』……といった所からの続きです」
まっさらな窓一つない白い金属で覆われた無機質な教室。旧都市の地下に造られたシェルターの一角で、私は子供達に必要最低限の教養を学ばせ、そして古い記録を見せたりする教師を任されている。私の生徒は5人、下は7歳から上は12歳の子らで、ぼんやりとした表情だが私の話に良く耳を傾けてくれている。
「古い記録にはかつて人と同じ様に繁栄した『恐竜』という生き物が居ましたが、彼等もまた『巨大衝突』による大災害と、後に訪れる『氷河期』により地表より姿を消した、とされて……」
古い記録、光学を用いた円盤状の記憶媒介 には、2000年以前の人類が、如何にして文明的に優れていれていたかを物語っている。
このシェルターにしても、結局は2000年もの間、増築と補修を繰り返して今尚も我々を『外』から守ってくれているのだから。
「先生、その『恐竜』というのはどうして滅びたんですか?」
12歳の子がそう訊ねる。
「彼等は強靭な肉体を持っていました、しかし、長い年月を重ねても、我等の様に文明を持つ事が無く、我々の様に生存出来る環境を保つ術は無かった。故に、適応した者を除いて彼等は死滅しました。多くの『恐竜』は『氷河期』という環境変化に適応出来ず、滅んだ訳ですね」
そして、我々も今、その直面にいる。我々の先祖は適応し、氷河が明けるまで生き延びたが、果たして我々は、この永遠にも等しい時間を乗り越えられるのだろうか。
氷河期とはそもそも、この地球で何度も行われるサイクルだ。しかし、この星全てを覆い尽くす程の氷河が溶けるには後、最低でも1000万年程要する。厚い氷河の地下にいる我々が、かつて人類が毎日拝んでいた太陽を目視する事は、無いのだろう。
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- 4 : 2020/05/04(月) 00:59:40 :
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「30、か」
私達、現存する人間の人生は30年。自然死で無く、これはこのシェルターの取り決めだ。
30を越えたから死ぬのでは無く、私達は30を越えたなら『外』へ行く義務が課せられる。2000年も前の取り決めを未だ守っているのだから、我々は最早、進化の余地など無いのだろう。規律を破り、奇行とも思えることを出来る者が居ないという事は、我々の進化は既に打ち止めてあるという事だ。
29歳、最後の日。
私は最後の授業をした。
意味の無い『古い記録』を子供達に見せるという行為は、特に誰にも咎められる事はなかった。人類史を、それ以前の星の歴史を教えた所で、何かが変わる事はない。私の奇行は、結局の所、奇行足り得ないのだ。ただ、変わった事をしているだけで、進化する為の足掻きにすらならない、無駄な事。
子供達も、明日になれば新しい教師が来て、私が居た事は覚えていても、私のしていた事など覚えていないだろう。
白い金属に囲まれた通路。
白い金属の自動扉。
白い金属の部屋。
錆びず、朽ちず、ただ、私が生まれた時から、そして、私が出ていくその日まで何1つとして変わらなかったそれらを見ては通り過ぎていく。
上へ、上へ、上へ行くたび冷えていくのが分かる。それは気温のせいなのか、それとも、生まれて味わった事の無い恐怖のせいか。
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- 5 : 2020/05/04(月) 01:00:15 :
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地上の手前、地下1階。
「貴方も今日で30歳?」
彼女はそう訊ねてきた。見知った顔だった。
「そうだ。私も父母と同じく、この日を迎えたよ」
「私も父母と同じく、この日を迎えた」
外へ出る事。それはこの地下では死と同義。外はマイナス80度を越え、厚い雲に覆われた空からは身体の機能を著しく破壊する宇宙線が降り注ぐ死の世界。地下で育った私達にはあまりにも過酷な世界。
しかし、2000年も前から私達は『これ』を止めない。私達の先祖が、2000年前にこの地下へと潜った私達の始祖の心が、止める事を許さない。
「今年はお前等2人か。外装のおおよその稼働期間は1年、その間にお前達は見つけなければならない 」
門番の役割を持つ見知った顔の彼からそう告げられる。
何を見つけるのかは、遠の昔に忘れられている。しかし、私達は見つけなければ、私達は活動限界を迎え、この地下世界の取り決めとしてではなく、肉体的に死ぬ。
外装は『古い記録』の中にある。かつて人類が空の更に先へ行き、虚無の空間で作業する為に用いた宇宙服の様で、あらゆる環境の中でも呼吸をし、体温を保ち、宇宙線から身体を守ってくれるものだ。
ごてごてしたこの外装に身を包み、私達は地上へと出る為のリフトに乗る。真っ白な金属の朽ちる事の無いこのリフトは、ほんの少しの機械音と、ワイヤーの擦れる音を残し、私と彼女の2人を地上へと持ち上げていくのだ。
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- 6 : 2020/05/04(月) 01:00:50 :
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「……少し寒い」
「外装の故障?」
「違う、これは私の感情から来る悪寒。私達は、今から死に向かうのだから」
「……そうだね」
長い、長いリフトの先、地上の暗闇が怖い。ある『古い記録』には『死は安寧であり快適である』という記述があった。
太古の昔、私達より3倍以上生きる人類にとっても死は恐ろしいものだった。我々は2000年前の人類と違い、病に掛かることが無く、食事による身体の維持やそれによる不要物の排泄といった行為が必要ない。
彼等が私達を傍目から見ればまるで機械の様だと思うかも知らないが、私達は、30になるまでの成長に必要なリソースだけを取り入れてるだけに過ぎない、単に無駄がないだけだ。
生まれ、役割をこなし、30になれば外へ何かを見つける為に追放されるサイクルをこなすだけ。
死は、怖くない筈だ。私達は量産された私に過ぎないのだから。
やがて、感情から来る悪寒だけでなく、空気が冷えていく感覚が外装越しに伝わってくる。
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- 7 : 2020/05/04(月) 01:02:19 :
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永遠とは程遠い短い時間だが、2000年という長い時間は、人類が失せた後でも、建造物は依然として残っているものだ。いや、この白い金属が不朽なのだろうか。今となってはこの金属が何なのかは解らない。
だが、それはあくまでもこのリフトがあった建造物だけに過ぎない。外装にこびりつく霜を外装の手で拭う。
リフトのあった建造物は、遠の昔に朽ちて消え、私達は厚い氷の下にいると直ぐに理解した。外装の内蔵バッテリーは1年、私と彼女はリフトより降りて氷上を目指す。
「複雑だが何処からか氷上に出られそうだ」
何がどうなればこうなるのかは解らないが。私達のいた場所は大きな波がそのまま凍ったかの様になっており、その波の氷が更に厚い氷で閉じられた様な形となっている。氷のうねった洞窟といった所だろうか。
「こっち、昇れそうだよ」
緩やかな波の背を昇っていく。この高い氷の天井までは、まだ掛かりそうだ。
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- 8 : 2020/05/04(月) 01:02:54 :
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氷上を抜ける。明かりも無くそこには厚い雲に覆われ、私が『古い記録』見た地球の姿は無かった。
「……これが『外』」
彼女の呟きに、私もまた息を呑んだ。
吹雪と暗闇、だが、その先に確かに見えるのは雲の切れ目と虹色のカーテン。
「……あれは、オーロラ?」
「そうらしい、な」
太陽を拝む事は出来ないが。オーロラは太陽風と大気粒子の励起状態から一旦戻る現象。太陽は見えなくとも、太陽の存在は明らかになった。
私達はアレを求めていたのか? いや、違う、見つけるべきものはもっと他にあったはずだ。
「行こう」
私達はあの極光とは逆の方向へとあるき出す。この位置はつまり、星の極点、北極か、または南極に位置するのだろう。
南、或いは北、この星の最も日の当たる線、赤道へ向かえば或いは。
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- 9 : 2020/05/04(月) 01:03:37 :
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歩けど、歩けど、横殴りの暴風雪と暗闇は、私達の進路を阻む。
「また氷山だ」
目印を幾度と作るが、何度もそこを通る度に私と彼女は溜息を吐く。暗闇と吹雪は私達の方向感覚を狂わせてくる。私達に飲食の必要は無いが、運動する為のエネルギーを保つ為には休息する必要があるのだ。そして休息する度に、私達の限界時間は迫ってくる。
焦りはある。死は怖くない、だが、もし『何か』を見つければ死ななくてもいいのかもしれないと。しかし、体は動かず、外装を脱ぐわけにもいかない。
「なあ、気付いている? その私達が目印にしたもの」
「気付いているさ……だから、私達はこうはならない」
私達が目印として持ち出した2つの遺骸。それは、私達の祖父母かもしれないもの。この2000年の内に放たれたあの地下世界の住人だったもの。
私達と同じ装備だ。この凍てつく世界のせいか、腐敗はまったく進んでおらず、行き倒れで直ぐの遺骸にも見えるが、外装の番号を見る限り、私達より300年以上前に追放されたものだ。
「……同じ顔」
「私達は皆、兄弟姉妹だからな」
正確にはクローン。私達の始祖は唯1人であり、私達はサイクルに従ってクローニングをし、雌雄はあるが、役割は精々、幼年の『私達』の父母役くらいであり、他は施設の管理、また、私の様に幼年から少年の教育をする事もある。
私達が追放された日は新しい『私達』の誕生日なのだ。
しかし、2000年の内に早くも遺伝情報の塩基配列に欠落といったトラブルが起き始めている。
とてもではないが、こんな事で1000万年など越えられる訳がない。
近く、数百年の内に『私達』は終えるだろう。
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- 10 : 2020/05/04(月) 01:04:11 :
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彷徨えど、彷徨えど、真白の大地と暗闇、そして氷山が転々とするだけだ。
太陽を拝む時代には昼夜という現象があったらしいが、今はどれほど時間が経過したかも解らない。
半年、いや、もっと経っているのかもしれない。だが、外装のバッテリー残量の計器を見た所、精々3ヶ月といった所だ。
私達はいつ死ぬのか、いつかの目印にした遺骸の様に彷徨い果てて死ぬのか。もしくは何かに見つける事が出来てから死ぬのか。
南か北か、解らないが、あの極光が見えた土地から大分離れ、あの地下世界、私達の故郷があった場所のずっとずっと先の先。
「……見て、あの氷山」
「なんて大きさだ……あれは」
暗闇の中でもぼんやりと映る巨大な氷山。それは厚い雲を貫く程に高く、その天上はやや明るい。
「まさか、まさか……!」
歩みは早くなる。私だけでなく、彼女もまた、自然と早歩きになった。
氷山は比較的に緩やかな傾斜だ。外装のスパイクで容易く登れる。雪に埋もれて解らないが、今まで登った氷山とは違う足の感触に私は気付く。
「……土だ、この山、土がある」
今まで、登った氷山は氷の塊に過ぎなかった。しかし、この山は明らかに違う。
「……嘘」
昇ると、そこには木々があった。地下施設にもありはしたが『外』の世界で木々を見るのは初めてだ。
昇る足取りは更に速くなる。私達は、私達が見つけたいものは。
辺りを焦がすような極光。厚い雲の世界を抜けると、そこに拡がっていたのは、透き通る青い天球と、鎮座する極光の源。
「太陽だ。ああ、なんてことだ」
涙が溢れた。何故かは解らない。私達の始祖が求めていたものはこれだったのかもしれないし、違うのかもしれない。
だが、私は、私の見たかったものを、私達は見つけたのだ。
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- 11 : 2020/05/04(月) 01:04:39 :
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太陽の位置から、私達は自らの居る地を把握する。私達がいた北方の氷上は北極であり、過去に太平洋と呼ばれる地帯の極東、日本と呼ばれた島の1つが私達の故郷だった。
南下して辿り着いたのはかつてヒマラヤ山脈と呼ばれた場所だ。
「ここから更に下れば赤道、かつてはエジプト呼ばれていた所だ」
地軸の傾き方も把握した。日本が北極点とするなら、南アメリカが今の南極点。現状赤道を通っているとするなら、かつてのヨーロッパの一部、またらアフリカの一部となる。
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- 12 : 2020/05/04(月) 01:06:51 :
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太陽は恋しいが、しかし、私達が求めているものはそれだけではない。ヒマラヤの片隅にも、かつての『私達』の遺骸が多くあった。父母達もまた、求めていたものはこれだと思っていたのかもしれない。
だが違う。私は、太陽を見て核心した。私達の始祖は、1人で有る事を否定したかったのだ。
私達は結局の所『独り』だ。たった1人が2人になって、ただ、1人を繋げていっただけに過ぎない。
私達は私以外を求めていた。私達の始祖が求めていたのは、私達以外の人だ。
*
歩む、彷徨い、彷徨く。
かつて、私を教育してくれていた先生が、私に『古い記録』を見せてくれる事で、私は多くの事を知り得たのだ。その先生もまた、先生に『古い記録』を見せてくれたのだと言っていた。
変わった事かもしれない。だけども、私達はそれでも前より先に進むことが可能になった。
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- 13 : 2020/05/04(月) 01:07:22 :
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100年、500年、1000年、2000年、私達は紡ぎ、歩く。
遺骸が示す足跡は、太陽を、そして、古い遺跡を示し。多くの最期を迎えた『私達』が教えてくれる。
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また遺骸、だが着実に、『私達』は赤道へと向かっていた。
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辿る、辿る、父母の、先生の、そしてまた、その子らの。
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力尽きる。バッテリーが切れ、内部が冷えて私の体が、凍りつくのが分かる。
足元から崩れ、やがて、視界が霞み、隣にはいつもの私がいた。苦しみは無い、死にたくないと思っていたけども、死とは、こんなにも快適なのか。まるで太陽へと向かう様な、イカロスの気分だ。
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- 14 : 2020/05/04(月) 01:08:07 :
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何百何千の私達が辿った足跡は、やがて赤道に到達する。
「……」
緑の生い茂る世界、かつて私達は氷河に飲まれ世界は滅んだのだと思っていた。
細氷に沈む私達の足跡は、しかし、決して絶望し、悲観する様な結末の為ではない。
1000万年待たずとも、人は既に氷から解き放たれていたのだから。
2000年、私達は独りぼっちだった。
しかしこの先、人は再び、2000年前の様に世界を容易く廻る事が出来る様になるだろう。
「ああ、えっと、なあ、こういう時は何ていうだったか……ああ、そうだ」
「初めまして」
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- 15 : 2020/05/04(月) 01:11:45 :
あとがき
正直言うと自分でも何書いてるのかわからん程度にはわからん作品になってしまいました。残骸の様な文でも幾つか僕の心根を読んで頂けたなら嬉しいです。
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