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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

最後の聖戦 Returns

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  1. 1 : : 2016/08/16(火) 14:12:04








    What holds the world together, as I have learned from bitter experience, is sexual intercourse. ~Henry Miller









    ──世界を一つにまとめ上げているものは、私の苦い経験から言えることには、性交である。









    Henry Miller

  2. 2 : : 2016/08/16(火) 14:13:02
    ✳︎このssは合作です。


    ✳︎このssは過度なリア充表現を含みます。非リアの方は心臓や脳、及び身体の重要器官に深刻なダメージを負う恐れがあります。閲覧の際はくれぐれもお気を付けください。


    ✳︎また、今回もあまりクリスマス関係ありませんが、悪しからず。


    ✳︎この作品はフィクションです。実際の実際の団体・人物等とは一切関係ありません。


    ✳︎最後最後詐欺

    ✳︎今回はいつも以上に過激な性表現が含まれます。そういった表現が苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

    ✳︎質筆中のコメントは非表示にさせていただきますが、読んでいますので悪しからず。


    以上が許せる方は続きをお楽しみください
  3. 3 : : 2016/08/16(火) 14:47:19



    天には暗雲が立ち込め雷鳴が轟く、地は荒れ果てあたりにはそこにあったであろう文明の一部の残骸が虚しくその痕跡を残している。


    そしてその中央にはふたりの女の姿があった。


    それは出雲風子、そして渡瀬夏未その人であった。

    ふたりとも満身創痍といった様相で肩で息をしている。


    地につきそうなほどに長い黒髪を乾いた風になびかせながら圧倒的なまでの威圧感を放つ夏未は先に口を開く。



    夏未「風子……本当によいのだな?」


    風子は彼女の問いかけに迷うことなく微笑みを返す。だが、慈愛に満ち溢れたその瞳の奥にはよどみのない強い意志が見え隠れしていた。


    風子「私は何をしてもここで止める。例えその相手がいつも一緒にいた大切な人だとしても。ううん……大切な人だからこそ。わたちゃんだからこそ止めたい!」


    風子の言葉に夏未は少し嬉しそうにくすくすと笑う。


    夏未「お主は実に好ましい。だが、私の覇道に立ちふさがる以上、お主も排除の対象だ……残念だが消えてもらおう」


    そして一変。さらに夏未を覆う威圧感が大きく膨れ上がる。


    武の修練者でも即失神してもおかしくないほどの圧倒的圧力。それを前にしても風子は一歩足りとも退ることはない。


    しっかりと夏未を見据え地を踏みしめる。


    そして次の瞬間再び彼女達は激突した。



  4. 5 : : 2016/08/16(火) 18:44:17









    あのリア充と非リアが手を取り合う切っ掛けとなった最後の聖戦から100年の月日が経った。


    未だにあの戦いは日本の歴史にしかと刻まれており、教科書は勿論、高校入試など様々な試験問題にもなっている。


    ちなみに最後の聖戦における英雄の名前を答えよという問題があるが、何故か木須晃だけ正答率が一桁を下回っているそうだ。


    最後の聖戦から100年が経った今、世界からはリア充、非リアと言う言葉は撲滅されている。


    だがそれで平和で差別の無い暮らしを得れたか、と言われると素直に頷き辛いものがある。


    その理由は1つ、時の権力者、渡瀬夏未によって打ち出された政策『人類パコリーヌ計画』だ。


    それは学校教育の過程に性行為を組み込み、徹底して管理された性行為を行うというもの。


    その結果、学生は高校入学から卒業までの間に性行為、及び妊娠出産を経験し、その相手と婚姻を交わす事になる。


    しかも現代医学は発展し、あらゆる性病は撲滅され、無精子症や黄体機能不全なども治療法が確立されている。


    つまり、運動神経抜群頭脳明晰容姿端麗な女の子とクソ眼鏡でコミュ障なゴミの様な男が結婚する事も有り得る。


    誰であっても公平に性行為の経験と結婚が約束される、それが人類パコリーヌ計画だ。


    そんな人類パコリーヌ計画にあるような性行為の在り方に疑問を持った1人の青年がいた。


    名を川島アニ男。


    好きでもない女性と結婚する事に果たして意味はあるのだろうか、それで本当に幸せになれるのだろうか。


    彼は高校に入学してから毎日の様にそう感じていた。


    だが現実とはかくも無情なものであり、入学してから1ヶ月が過ぎた頃、彼は職員室へと呼びだされる事となる。


    そこではアニ男のパートナーと呼ばれる女とアニ男の担任が笑顔で話していた。


    そして彼が職員室に入るなり、その担任はアニ男に向けて言い放ったのだ。


    「良かったな、川島。お前が学年最初の童貞卒業者だぞ」と。


    彼は堪らずその場から走り去って、そのまま家に帰宅した。


    それがキッカケとなり、アニ男はそれ以降学校へ行かなくなってしまった。


    一端の不登校ニートの出来上がり、と言ったところか。


    彼は不登校になってからと言うもの、もっぱらネットに入り込んでおり、今日も今日とて暗い部屋でカタカタとキーボードを叩いていた。


    しかし今日は何やら外が騒がしくしており、アニ男もその異変に程なくして気づく。


    アニ男「どうしたんだろう……ツチノコでも見つかったのかな」


    そうやって彼が窓の外を覗いてみると、そこには驚愕すべき景色が広がっていた。
  5. 6 : : 2016/08/16(火) 19:29:20


    暗い青色の制服。腰に巻かれた帯革に収められた拳銃。そして何より、その頭に被った帽子の上で鈍い輝きを放っている記章。

    見間違える筈もなかった。
    それは法治国家において絶対的な権力の元にその力を振るうモノ。見る者によって天使にも悪魔にも変容し得る存在。


    ──警察官が二人、アニ男の家の前に立っていたのだ。


    「警察……ってまさか……!!」


    一瞬の思案の後、アニ男はすぐその意味に気付いた。

    人類パコリーヌ計画。それは現在の世界の指針であり、いわば全人類が乗る箱舟のようなものだ。
    箱舟は人類の理想に向けて舵を取っている。それに反抗し、あまつさえ進路を変えてしまう可能性のある異分子の存在など許されるわけがない。


    「奪いにきたんだ……あいつら、僕の童貞を!!」


    奴らに捕まれば、アニ男はきっとマジックミラー号に連行されるだろう。そして国に決められたパートナーに無理やり童貞を奪われるのだ。エロ同人みたいに、エロ同人みたいに。

    そう気付いた瞬間、アニ男は腹の底から恐怖が湧き上がるのを感じた。
    警察官から隠れるようにして窓から顔を離す。


    「お願いだから、何かの間違いでありますように……!神様、どうか僕の剣をお護りください……!!」



    ピンポーン。


    暴れる心臓を必死で押さえつけ神にすら縋るアニ男の耳に、しかし無情にも家のチャイムが鳴らされる音が響いた。

    それに続くようにして、母がドアを開ける音。


    ……そして次の瞬間、母の悲鳴が狭い一軒家の中に響き渡った。



    「な、何なんですか!?ちょっと、勝手に入って来ないでください!!」



    必死で抵抗する母の声も虚しく、男の大きな足音が無遠慮に家の中に入ってきたかと思うとドンドンその距離を縮めてくる。


    間違いない。足音は迷いなく、一直線にこの部屋を目指している。
    奴らはやはりアニ男の童貞を狩るつもりなのだ。


    もはやアニ男に選択の余地はなかった。

    彼は左腕で乱暴に涙を拭うと、窓の外へと駆け出した。アニ男の足が冷たい屋根瓦を踏むのと部屋のドアが乱暴に開かれるのはほぼ同時だった。


    「おい、窓から逃げたぞ!!」


    背後の怒声から逃げるようにアニ男は屋根の上を駆ける。この先の予定など当然なかった。彼はただ、今この窮地から逃げ出すので頭が真っ白だった。


    ……しかしそれすらも、この残酷な世界は許してはくれない。



    「あっ」



    短い悲鳴と共にアニ男の身体が傾いた。屋根から足を滑らせたのだ。
    彼の身体は重力のなすがまま、地面へと落下した。幸い生垣の上だったので酷いダメージは無かったが、それでもすぐに走り出す事は出来そうもない。


    「よし、そっちに落ちたぞ!!」


    警察官の片割れ、アニ男の部屋に入らず外で待機していた男が走ってくる。
    アニ男は動けず、ただただ涙で滲んだ空を眺めている事しか出来なかった。



    「……っ……嫌、だ……」


    「僕は……自分で、きめたひとと……っ!」




    アニ男の願いも虚しく、警察官は彼に駆け寄ってくる。

    アニ男が童貞喪失を覚悟しかけた……その時だった。
  6. 7 : : 2016/08/16(火) 19:42:07


    アニ男は地面に転がる500円玉を見つけた。


    アニ男「おっ!ラッキー……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ……!!!」


    アニ男は半べそをかきながら這いずるようにして必死に逃げる。落ちた時の衝撃で身体中を打ったのか鈍い痛みが彼の思考を支配する。


    それでも彼は己が誇り(どうてい)を守るために必死で地を這う。


    だがそんな必死の抵抗も警察組織の前に意味を成さなかった。


    すぐに彼らはアニ男を押さえつけ強制的に拘束する。必死に暴れるが複数人で押さえつけられなすすべもなかった。


    助けてと喚いたところで社会から見れば不適合者はアニ男だ。


    この世に都合の良いヒーローなどいない。


    そんな絶望は彼を追い込んでいき、首元に何かを押し付けられたかと思うと一瞬の明滅と共にアニ男の意識は闇の中に落ちていった。








  7. 8 : : 2016/08/16(火) 20:22:25






    「おい起きろ!」


    そのつんざくような怒声でアニ男は飛び跳ねるように覚醒する。


    まるで朝から母親に起こされる時のような感覚、何とも久しぶりなその感覚にアニ男は少しの苛つきを覚える。


    だがそんな事は今の自分の状態を見てすぐに吹き飛んでいった。


    アニ男「んっ、ぐっ!?」


    口は猿轡で喋れないように固定されており、腕は椅子の後ろで拘束されていた。


    半目、下半身はどこも拘束されずに自由に動かせるようになっている。


    アニ男は慌てて周りを見渡した。


    そして同時に絶望する事になる。


    何故ならここは彼が最も恐れていた場所。


    現状を把握したアニ男の頬を一筋の涙が流れていく。


    ───嗚呼、此処が。


    ───此処が、墓場(マジックミラー号)か。


    そんな絶望するアニ男に気を使うわけもなく、彼を起こしたであろう警察官が下卑た顔でアニ男を覗き込む。


    警察官A「へっ、手間取らせやがって。本当はてめえが寝てる間にコトを済ませても良かったんだぜ?」


    その言葉を聞いてアニ男は一応まだ自分の貞操が奪われてない事にホッとする。


    しかし未だに絶体絶命な状況である事には変わりない。


    警察官B「全くだ。君が無駄な逃走をして彼女は心を痛めたと言うのに、それでも彼女は寝ている君とやっても意味が無いと君が起きるまで待っていてくれたんだぞ」


    アニ男「……はのじょ(彼女)……?」


    アニ男がふと正面を向くと、そこにはあの日あの時あの場所にいたパートナーと呼ばれた女の子が立っていた。


    パートナーと呼ばれた女の子(以下パ女)「こんにちは川島くん。ようやく2人になれたね」


    そう言われてアニ男は2人の警察官がいつの間にか消えている事に気づいた。


    パ女はアニ男の後ろに回り込んで、彼の口を拘束していた猿轡を外す。


    パ女「川島くんだけ話せないのは狡いものね。警察の人もここまでしなくていいのに」


    アニ男「げほっげほっ……き、君が警察を呼んだのか?」


    アニ男は目の前の彼女を睨みつけながらそう聞いた。


    だが彼女はそんなアニ男の様子に全く臆することもなく質問に答える。


    パ女「そうよ。だって川島くん、全然学校に来てくれないんだもの。このままだと私の学校での肩身が狭くなるの。むりやり連れてきたのは悪いとは思ってるわ」


    アニ男「き、君は好きでもない相手とこういう事をしてもいいのか!?嫌じゃないのか!?」


    そうするとパ女は一瞬きょとんとしたがすぐにケラケラと笑い始めた。


    パ女「川島くん、そんなくだらない事気にしていたの?バッカねえ、男なんて子供が作れれば誰でも変わらないわ」


    アニ男「……っ!」


    パ女のその返答にアニ男は言い返すことが出来ずに押し黙る。


    パ女はそんなアニ男を見て、ニッコリと笑いながら近付いてくる。


    椅子に座るアニ男の前に彼女は膝立ちし、彼のズボンに手をかける。


    アニ男「なっ、何を……」


    パ女「決まってるじゃない、ナニよ」


    アニ男は抵抗しようとするも女性を蹴ることなんて彼には出来なかった。


    パ女はそんなアニ男を意気地無しと嘲笑いながらズボンを下ろす。


    アニ男「そ、それ以上はダメだ……それ以上は……っっ!!」


    パ女「往生際が悪いわね、いい加減腹括りなさいよ」


    そう言ってパ女はアニ男の下着に手をかける。


    そうしてアニ男が諦めようとしたその時であった。
  8. 10 : : 2016/08/16(火) 22:59:40

    「おっと、そこまでにしておきなさい」

    そんな言葉が聞こえたかと思うと、突然マジックミラー号の側面が音を立てて割れた。

    ガラスが割れる甲高い音が幾層にも重なって鳴り響き、アニ男達の耳を震わせる。


    パ女「きゃあっ!?な、何よ!?」

    アニ男「突然ガラスが割れ……いや、違う!あれは!」


    アニ男の視線の先には、ガラス片の海の真ん中に立つ一人の男の姿があった。


    しっかりとした体格だが決して厳つくはない。むしろ優しげな風貌と相まってどこか穏やかさを感じさせる、そんな男。

    彼はゆっくりとした仕草でアニ男とパ女の方を向くと、切り傷一つ付いていない顔で笑みを作って言った。


    「やあ、アニ男くん。君の貞操を守りに来たよ」


    目の前で起こった出来事に呆気に取られていたアニ男は、やがて自分が声を掛けられている事に気づき大急ぎで答える。


    アニ男「えっ、ちょ……貞操を守るって一体……!」


    その時、アニ男は気付いた。

    男の後ろ……マジックミラー号の運転席側。俗に言う『スタッフルーム』から出てきた警察官2人が男に向けて拳銃を構えている事に。


    アニ男「うしろ、危ないっ!!」


    アニ男は必死に叫んだが、それは余りにも遅すぎた。


    警察官A「手を上げろ!今すぐにだ!!」


    警察官の1人がそう叫ぶ。

    しかし男は手を上げることはせず、その代わりに身体ごと警察官たちの方に向き直った。


    「出来れば、そんな物騒なもの向けないでほしいんだけどな」

    警察官B「さっさと手を上げろ!……これ以上指示に従わんようなら、本当に撃つぞ!!」


    そう叫ぶ警察官の目は本気だった。

    実際、彼らにはその権利がある。人類パコリーヌ計画遂行のためならば彼らは持てる殆どの権力の行使を容認されているのだ。


    アニ男「ダメです!誰か知らないですけど、今は大人しく指示に従って……!!」


    「マジックミラー号」


    アニ男「……は?」


    「かつて人類パコリーヌ計画の第1段階として行われた、自慰行為をサポートするあらゆる行為に対する規制。その波は当然のごとくAV業界にも及び、多くの撮影用具が廃棄の憂き目に遭った……」

    「その中で唯一生き残ったのがこのマジックミラー号だ。外部に見られているかのように感じるという性質は一部の特殊な性癖を持つ者の性交を支援する能力が高く、より幅広いカップルを作る道具としての活躍が期待された」


    アニ男の必死の叫びに、しかし男はまだ警察の指示に従わない。

    それどころか男は、まるで警察官たちが目に入っていないかのように謎の言葉を呟いている。


    警察官B「貴様ぁ〜!馬鹿にするのも大概にしろ!!」


    男の様子に、警察官の1人が我慢の限界を迎えた。彼は引き鉄に掛けた指に躊躇いなく力を込める。


    「馬鹿になんてしてないよ。俺はただ……」


    男が言い終わる前に警察官の指が引き鉄を引いた。

    ……しかし。


    「もう悪徳マッサージもののAVが見れないと思うと悲しいな、って言いたいだけだよ」


    警察官B「なっ……弾が出ない!?」


    乾いた破裂音が鳴り響くことはなかった。

    拳銃は火を吹かなかったのだ。


    警察官B「クソッ!こんな時にジャムりやがった!!」

    警察官A「はあ!?お前、リボルバーがジャムるわけねえだろうが!だから手入れはちゃんとしとけって言ったんだ!!」


    相棒を叱咤しつつ、もう1人の警察官が自分の銃の引き鉄を引く。

    しかし、また何も起こらない。

    明らかな異常を悟り、警察官たちの顔には焦りと怯えの色が混ざり始めた。


    警察官A「ど、どうなってる……!?」


    「撃たないというなら有り難い。じゃあそろそろ、僕らはお暇させて貰うよ」


    男は言うと振り返り、呆気に取られて動けないパ女の横を抜けアニ男の前まで移動した。

    そして彼の身体を軽々と持ち上げる。


    「悪いけどちょっと運ぶよ。急がなきゃ、流石に応援を呼ばれると大変だからね」

    アニ男「待ってください!あなたは一体……!?」

    「自己紹介は後でちゃんとするから。さあ、さっさと逃げよう」


    アニ男はされるがままに、男に抱えられてマジックミラー号から脱出するのだった。
  9. 11 : : 2016/08/16(火) 23:35:21



    マジックミラー号を飛び出すとそこにはバイクが用意されていた。アニ男はその前で降ろされるとヘルメットを渡されバイクの後ろに乗るように促される。


    困惑するアニ男だったが、後ろから追ってきて発砲してくる警官をみて戸惑いを押し込めて男の背後に慌てて乗り込んだ。


    しばらくして漸く発砲音が収まり、警察からの追っ手をまくことに成功すると、アニ男の口から安堵の息が漏れる。


    それを察してか、男が声をかけてくる。


    男「いやあ。本当に間に合ってよかった。本当は家に迎えに行ったんだけど、そしたら窓から君が落ちてきて、警察に連行されていったからどうしたものかと焦ったよ」


    そう言って人の良さそうな笑みを浮かべると、大きな声で笑う。

    あの状況から助け出されたことや今の彼の様子もあって、アニ男は深い安心感に包まれるような感覚を覚えていた。それは今出会ったばかりであるというのに、彼を信じて身を委ねてしまいたいという衝動に駆られるほどに。


    そんな中アニ男はふと疑問に思う。周囲の景色が今までに見たことがないものに変わっていた。


    アニ男「あの……どこへ向かっているんですか?」


    男「ああ。申し訳ないね。不安にさせてしまったかな。誘拐犯というわけじゃない。僕は君を勧誘しに来たんだ。チェリッシュと言えば君も一度は聞いたことがあるんじゃないかな。」


    その言葉にアニ男は目を見開いた。


    チェリッシュといえば現在この国で最大級の反政府組織。人類パコリーヌ計画に徹底抗戦の姿勢を見せている、純潔派ともいわれる勢力だ。


    既に大規模な性行為集会を幾つも妨害しているという、一流のテロリストだ。


    アニ男があまりの事実に絶句していると、男はおかしそうに笑う。


    男「驚かせてしまってすまないね。この街の郊外に隠れ家があるんだ。そこで少し話をしたい。まあ無理強いするようなことはしないから安心してくれて構わないよ」


    アニ男「わかりました。でもなんかさっきから謝ってばっかですね」


    アニ男は彼の態度があまりにテロリストという過激なイメージとはかけ離れていておかしくなって笑ってしまう。


    男「あはは。それもそうだね」


    そうして談笑しながらバイクで郊外を目指すのだった。
  10. 14 : : 2016/08/17(水) 01:05:15
    それから暫らくして2人は人気の無い廃墟のような場所に到着した。


    この御時世には珍しく植物が鬱蒼と茂っており、なかなか歩きにくくなっていた。


    「悪いね。こんな場所でも無いとすぐに足が付くからさ」


    アニ男「はぁ……そんな場所を僕に教えちゃっても良いんですか?」


    すると彼は何も言わず、アニ男に微笑みながら廃墟へと入って行った。


    こんな所まで来て、漸くアニ男は自分が大変な事に巻き込まれているのではないかと危機感を覚える。


    先程までは逃げる事で頭が一杯だったが、よく考えれば彼はテロリストである。


    冷や汗が背中を伝っていくのが分かったが、今更引き返しても警察に見つかるのがオチだ。


    「アニ男くん?早く入りなよ、お菓子とかあるよ〜」


    と、アニ男の葛藤など知らないとばかりに彼はのんびりとした口調でそう言った。


    そんな彼の言い草にアニ男は迷っていても仕方ないと彼は廃墟へと向かって行った。


    廃墟の中に入ると数人の男女がアニ男に視線をやった。


    その空気にアニ男はぞくりと全身の肌が粟立つ感覚を覚える。


    「さて、川島アニ男くん。反政府組織チェリッシュ本部にようこそ。まあ気楽にしてくれよ」


    アニ男「き、気楽に……って結構難しいですけど」


    「ははは、まあそうかもね。ほら皆もそんなに見つめてやるなよ、彼が緊張するだろ?」


    彼がそう言うと周りの人達はそのプレッシャーを納めた。


    アニ男は肩に乗っていた錘が急に取れたかのような安堵感を覚え、思わず息を吐いた。


    そんな様子を見ながら目の前にいる彼は話を始めた。


    「まずは自己紹介からだね。僕は助川 新(すけがわ あらた)、ご存知の通り反政府組織に属するテロリストさ」


    アニ男「ええ、まあ……さっきも聞きました。それで僕をここに連れてきたのは勧誘の為、とも」


    新「ああ、その通りだよ。まず僕らの最終目標について話そうか。と言っても簡単な話だ。人類パコリーヌ計画の阻止並びに『魔王』渡瀬夏未の討伐、これが主な目標だね」


    なるほどテロリストらしい目標だなとアニ男は納得する。


    だがどうも新の言い方に引っかかる所があった。


    アニ男「渡瀬夏未の討伐……討伐?なんでそんな巨大なモンスターを倒すみたいなノリなんですか?実際に5メートル近くある訳でもないでしょうに」


    しかも彼は魔王と言っていた。


    アニ男もテレビや写真でその姿を見た事はあるが少し古風な喋り方をする綺麗な女性だという印象しかない。


    とても魔王なんてあだ名は似つかわしくないはずだ。


    新「……渡瀬夏未は正真正銘のバケモノさ。それこそ1人で国1つ落とせる程にね。まあうちのボスも負けてはいないけど。ねえ風子さん?」


    新の言った事はアニ男からしたら半信半疑、いや殆ど信じられないとしか言えない内容だったが、それを伝える前に風子と呼ばれた女性が口を開いた。


    風子「ボスは止めてって言ってるでしょ。そもそも私は手を貸してるだけで組織に属してる訳じゃないし。というか今はそんな話をしている場合じゃないでしょ」


    「おう新、無駄口叩いてる暇あったらとっとと話終わらせろよ。俺の気が短いの知ってんだろ」


    そんな風に彼女が話していると、彼女の肩に乗っていたネズミのような……詳しく言えばキンクマハムスター似の生物が甲高い声で風子のセリフを遮った。


    アニ男「……え、今の誰が言ったんですか?」


    だがアニ男はまさかハムスターが喋るとは思っておらず、きょろきょろとあたりを見回している。


    その生物は風子の肩を降り、アニ男の前まで行くとその愛くるしい姿のまま言った。


    「あ?何だ坊主。俺様以外に誰がいんだよ」


    風子「こらドヴォルザーク、初対面の人に失礼でしょ?」


    アニ男はドヴォルザークと呼ばれたその生物をまじまじと見る。


    そうしてこう言い放った。


    アニ男「……口悪っ」


  11. 15 : : 2016/08/17(水) 12:18:22
    ドヴォルザーク「口が悪い?ハッ、当然だろ?なにせ俺様がいねーと何も出来ねえ組織だからな、ここは!」


    ドヴォルザークと呼ばれた小動物はそう言うと、白い毛の生えた胸を突き出し尊大に笑った。


    風子「ごめんね、ドヴォルザークはちょっと性格に難があって……」

    アニ男「いえ、気にしないでください。……というか……」


    風子がドヴォルザークの態度について謝るが、アニ男は特に気にした様子はない。

    というよりも。本人、いや本ネズミ、いや本ドヴォルザーク……?とにかく彼的には不遜な振る舞いなのかもしれないが、主にその毛並みと小ささのせいで彼が放つオーラは全て癒やしに変換されてしまっているのだ。ゆえに腹を立てる理由がアニ男にはなかった。


    アニ男「えっと、風子さんが飼い主なんですか?その……ドヴォルザークの」

    ドヴォルザーク「はぁー?何言ってんだお前は。俺様が人なんぞに飼われるわけがねえだろうが。むしろ風子を俺様が飼ってるんだよ、俺様が」


    アニ男の質問に、「俺様が」の3文字を強調した口調でドヴォルザークが割り込む。


    ドヴォルザーク「そもそもだ。この俺を前にしておいて礼の一つもなく風子と世間話とは、お前は少々礼儀に欠けすぎだ!」

    アニ男「あー……」


    ドヴォルザークの言葉に、暫しアニ男は思案した。そして気付いた。

    恐らくドヴォルザークは構ってあげる必要があるタイプの小動物なのだ。構ってあげないとストレスで死ぬ、ウサギのような性質を持っているのではないだろうか。

    そうと決まれば、アニ男がやる事は一つ。


    アニ男「風子さん、ちょっとドヴォルザークをお借りしてもいいですか?」

    風子「えっ?別にいいけど……」


    風子の両手で胴体を持ち上げられるという威厳の欠片もない運ばれ方で、ドヴォルザークがアニ男の前へと連れてこられる。

    アニ男は風子からドヴォルザークを両の手に受け取った。ドヴォルザークは一瞬怪訝な顔をしたが、アニ男の手つきに害意がない事を理解したのか特に抵抗はしなかった。代わりとして、不思議そうな眼差しをアニ男に向ける。


    ドヴォルザーク「ん?なんだ坊主。何するつもりで……」


    ドヴォルザークがそう言った、

    次の瞬間。


    アニ男「おーよしよしよしよしよしよし!!!」


    アニ男がドヴォルザークのモッフモフな腹部に顔を埋め、フッワフワな背中に両手を回し、全力で撫でくりまわした。

    その勢いたるや凄まじく、かのアニマルマスター・ムツゴロウすらも驚き顎を外すほどの盛大なモフり方であった。


    ドヴォルザーク「」

    風子「えっ……ちょ……」

    新「…っ………っ」


    余りに予想外な事態に場の空気は硬直しまくっていた。

    ドヴォルザークは魂が抜けたかのように全機能を停止し、風子はドン引いてただただ困惑し、新は絶句……というより、必死で笑いを噛み殺している。


    アニ男「ほーらどうだドヴォルザークー、これで満足したかー?」


    ただ1人その場の空気に気付けていないアニ男はひたすらドヴォルザークをモフり続ける。

    その内に家出していたドヴォルザークの魂が再び彼の中に戻ったのか、彼は小刻みに震え始めた。


    ドヴォルザーク「〜〜〜」

    アニ男「お?どうしたドヴォルザーク。ふるふる震えて、そんなに嬉しいかー?」




    アニ男は未だ気付かない。

    新が小さく「あっやべっ」と呟いたことに。


    アニ男は未だ気付かない。

    風子がいつの間にかその場から避難していることに。


    アニ男は、未だ気付かない。

    ドヴォルザークの額に大きな青筋が立っていることに。





    ドヴォルザーク「……流石に俺様もガマンが効かねえぞ、クソ坊主ぁ!!」


    次の瞬間、小型の竜巻とでも形容すべき風の暴力がドヴォルザークの周辺で吹き荒れ。

    哀れアニ男は容赦なくぶっ飛ばされたのだった。
  12. 16 : : 2016/08/17(水) 13:12:47


    くぐもった悲鳴をあげながら壁に叩きつけられたアニ男は、尻餅をつきながらぶつけた頭をさする。


    アニ男「……ってて。なんてことするんだよ」


    抗議の声をあげるアニ男にドヴォルザークは鼻を鳴らす。


    ドヴォルザーク「ふん。俺様に無礼を働くからそうなる。これに懲りたら二度とあのような真似はしないことだな」


    風子「こら。ドヴォルザーク乱暴しちゃダメでしょ。まったくあなたはすぐそうやって暴れるんだから。元の姿の時の賢明さがもう少し残っていればね……」


    ドヴォルザーク「うるさい。俺様はいつだって威厳に溢れているだろうが」


    呆れ顔の風子にドヴォルザークは不機嫌そうに答える。それを風子は適当にあしらっている様子だった。


    アニ男「いてて……ん……?」


    アニ男がそんな2人を見ながら立ち上がろうとすると床に着いた手のひらに硬い感覚を覚える。



    アニ男「なんだこれ……って……これは!!!」


    そうそこにはなんと。信じられないことに500円玉が落ちていた。



    アニ男「いやあ。今日はついてるのかついてないのかよくわからないな」


    アニ男そんな風に上機嫌に拾った500円玉をポケットに忍ばせ、服の汚れを払うのだった。
  13. 17 : : 2016/08/17(水) 13:59:54


    新「うん……まあドヴォルザークはあんな姿だけど本気出したら僕らなんて一捻りだからね。怒らせない方が賢明だよ」


    新は仕切り直しとばかりに椅子に座り直し、アニ男にも元の場所に戻る事を促す。


    アニ男も素直にそれに従い、再び落ち着いた話し合いの場が整う。


    新「さて、本題に戻ろう。僕らの目標までは話したね?なら次は君を勧誘する理由を話させてもらおう」


    アニ男「僕を勧誘する理由……何故僕なんかを?取り柄なんて何も無いのに」


    アニ男が自嘲気味にそう言うと新はそんなことは無いさと笑って言った。


    新「君が人類パコリーヌ計画に対して疑問を持てたということ、それだけ僕らは同志となる。管理された性行為が当然の世の中でそれに対して疑問を持つという事は誰にでも出来る事ではないからね」


    アニ男「な、なるほど。そう言われれば僕以外のクラスメイト達は全く疑問も持たずに言われるままでした。僕と同じ事を思ってる人なんて会ったこともないです」


    アニ男は昔を思い返すようにしながらそう言った。


    小中高と学校に通ってきたが、1人として人類パコリーヌ計画に不平不満を言っていた人間はいなかったように感じる。


    その中でその常識観に飲まれず、ずっと疑問を抱け続ける事が出来たということはもしかしたら凄いことなのかもしれないとアニ男は漠然と感じていた。


    新「そうだろうね。それが渡瀬夏未という女の恐ろしさと言っても過言ではない。よく考えれば異常だと分かる政策をたった数年で国民に常識として刷り込ませる。とてもじゃないが普通じゃない」


    アニ男「……本当にそんな人を倒せるんですか?確かにこの間違った世の中が正せるならすごく喜ばしいけど……」


    アニ男はそこまで言って口ごもる。


    彼の懸念は当然のものだ。
    渡瀬夏未という存在は、一般国民にとって画期的な政策を取り入れ、平等な社会を築き上げる事に成功した人間だ。


    目に見える功績を残したというのは国民の信頼を勝ち取るに十分過ぎる成果であり、事実彼女の事を批判するような人をアニ男は見たことがない。


    つまり言い換えれば、渡瀬夏未と敵対するという事は国そのものと敵対すると言っても過言ではない。


    だが新は心配そうな表情を浮かべるアニ男の肩に手を置いて、真っ直ぐな瞳で彼を見つめながら言った。


    新「君のその疑問は正しい。僕だってたまに本当に出来るのかってどうしようもなく不安になる時がある。でも事態は出来る出来ないの範疇にはないんだ。僕らが、やるしかない。この狂った世界に疑問を持てた僕らが」


    彼の言っている事はそれはもう一寸の狂いもない精神論であった。


    だが、その言葉には、言葉ひとつひとつには確かな力があった。


    人の心を動かすことの出来る確かな力が彼の言葉には宿っていた。


    アニ男はその新の言葉を受け止めているうちに、先程まで抱いていた疑問や不安が徐々に薄らいでいくのを感じた。


    この人なら本当にやれるかもしれない、この人についていけば本当に変えれるかもしれない。


    ───僕も、この人の力になりたい。


    アニ男は確かに心からそう思ったのだった。


    アニ男「……新、さん。本当に僕でも、こんな僕でもあなたの役に立てますか」


    新「当たり前さ。君がいないと不可能だ。嫌だと言っても引きずっていくつもりだったよ」


    そう言って新は笑いながらアニ男に手を差し伸べた。


    新「さあ、僕らと共に世界を正そう」


    アニ男「……はい、僕なんかで良ければ是非!」


    差し伸べられた手をアニ男は力強く握り返しながらそう言った。

  14. 18 : : 2016/08/17(水) 15:15:07


    ……と、新とアニ男がガッチリと握手を交わした時だった。


    ドヴォルザーク「おいおい、ちょっと待てよ。お二人さん、良い雰囲気のとこ悪いけどさぁ」


    風子の肩でその光景を見ていたドヴォルザークはそう言うと、ピョンと風子の肩から一飛びした。

    宙に飛び出したドヴォルザークの身体は不思議にも地に落ちる事はなく、尻尾を垂らした体勢でまるで重力から解放されたかのようにフワフワと浮かんでいる。


    つくづく不思議な生き物だと思いながら、アニ男はやたら不満げな目でドヴォルザークを見やる。


    アニ男「何だよドヴォルザーク?」

    ドヴォルザーク「あんだけ派手に吹っ飛ばしてやったのにその口の利き方……まあいい、それは今は置いといてやる。それよりもだ」


    ドヴォルザークは一瞬、チラリと風子の方へ視線を向けた。それに応じるようにして風子はコクリと首を縦に振る。


    ドヴォルザーク「お前を迎えるのは構わねえ。力不足も、まあ構わねえ。そこの優男の言う通り、俺様たちに大事なのはあのフザけた計画に対する反抗心だからな」

    アニ男「じゃあ……」

    ドヴォルザーク「だからこそ、だ。その反抗心の強さだけは何としても確認しとく必要がある。つまりテストだ。入団テストって奴をやる。……俺様たちは別に、敵にべらべら情報を吐く野郎が欲しいわけじゃねえ」


    新「ドヴォルザーク!その言い方は余りにも……」


    ドヴォルザーク「黙ってろ新。こいつは、お前の大好きなボスも了解済みの事だ。なあ?」


    ドヴォルザークの問いに、風子は再び首を縦に振った。

    それを見て流石にそれ以上の追求はできなくなり、新は口をつぐむ。


    アニ男「新さん……」

    新「……大丈夫だよアニ男。ドヴォルザークはともかく風子さんは優しい人だ、彼女が肯定するってことはそんなに厳しくはない筈だから」

    アニ男「……分かりました、頑張ります」


    アニ男は覚悟を決め、ドヴォルザークの方へ一歩足を進めた。

    その様子を見ていたドヴォルザークは僅かに乾いた笑みをこぼす。


    ドヴォルザーク「はっ、本当に仲睦まじいこって。……安心しろよ、新の言う通りだ。今から出すのは易問も易問、欠伸が出るほど簡単なお題だからよ」

    ドヴォルザーク「なにせ……」


    ドヴォルザークは浮いたまま風に運ばれるようにしてアニ男の目前まで移動する。


    そして、


    ドヴォルザーク「『俺様に一発入れたら合格』、ってだけだからな。さっき散々撫でくりまわしてくれたんだ、今更それくらい余裕だろ?」


    尊大な小動物は、堂々とした態度でそう宣言してみせた。
  15. 19 : : 2016/08/17(水) 19:00:52


    アニ男「えっ……?」


    アニ男は少なからず困惑した。というのも、試験内容に反するドヴォルザークの様子だ。彼はアニ男の目の前でいつも通りのふんぞり返るポーズを取っている。手を伸ばせば余裕で届く距離でだ。

    先ほどの突風は恐ろしい威力ではあったが、それでも発動する前に一撃加えてしまえばいいだけの話だ。そしてアニ男には恐らくそれが出来る。


    ドヴォルザーク「おいおい、何を固まってんだ?だから言ったろ。簡単だって」


    アニ男の心の内を見透かしたかのようにドヴォルザークが言う。その言葉にアニ男は再び覚悟を決めた。

    何にせよ動かなければ何も分からないのだ。そう自分に言い聞かせ、拳を強く握りしめる。
    ドヴォルザークの見た目ゆえに少なからず葛藤はあったが、これほど自信満々に言うのだからアニ男に殴られた程度では何のダメージもない筈だと強く念じた。


    アニ男「やあっ!」


    そうして放たれたアニ男の拳。

    ドヴォルザークの胴体を容赦なく捉える筈だったそれは、しかし、全く見当はずれの方向へと流れ虚しく空を切った。

    予想外の拳の動きに困惑しつつ、重心の崩れたアニ男が前のめりに倒れる。


    アニ男「え……っ!?」


    ドヴォルザーク「どうしたよ坊主、俺様はダンスを見せろなんて言った覚えはないぜ?」


    ドヴォルザークがわざとらしく言うが、この事態が彼の仕業である事は疑いようもなかった。
    いかに喧嘩慣れしていないアニ男とはいえ相手を殴ろうとして盛大にコケるほど運動神経がないわけではない。いや、それどころか彼の生まれ故郷はかの琉球王国。運動神経はむしろ高いはずなのだ。

    そんなアニ男が今の醜態を晒した。それはひとえにドヴォルザークが何かしたからに違いないのだ。

    ……しかし。


    アニ男「くそっ。何がどうなって……」

    ドヴォルザーク「どうしたんだ?別に時間制限なんて設けちゃいないが、それでもあんまり長いとよろしくないぜ?俺様は気が長い方じゃないしな」

    アニ男「〜〜〜っ、このっ!」


    アニ男は再び体勢を立て直して拳を振るうが、やはりドヴォルザークには当たらない。その胴体に当たるか当たらないかという寸での所で腕があらぬ方向に流されるのだ。


    アニ男「くっ……!」


    今度はギリギリで地面に手をつくと素早く起き上がり、間髪入れずに二撃目を見舞う。

    しかし、その拳はやはり虚しく空を切る。アニ男は再び肩から地面に激突する事となった。


    アニ男「クソッ……!この、この、この、このっ!!」


    立ち上がり、拳を振るい、あしらわれ、地面にその身を打ち付ける。

    がむしゃらに向かい続けるアニ男だったが彼の拳は一向にドヴォルザークの身体には届かず、かえって彼の身体に次々と傷が増えていくだけだった。


    アニ男「ぜぇ、ぜぇ……」


    身体中から汗が噴き出し、意識は目眩で朦朧とし始める。アニ男は遂に膝をついて止まってしまった。

    その様子を見たドヴォルザークがつまらなげに言う。


    ドヴォルザーク「おいおい、もう終わりか?勘弁してくれよ。……一応言っとくが、俺たちがやろうとしてる事の難易度はこんな遊びの比じゃねえんだぞ?」

    アニ男「……!!」


    もはやアニ男は返事も出来ず、ただ睨みつけるようにドヴォルザークの方を向くのが精一杯だった。


    ドヴォルザーク「睨みつける意思は残ってますよ、ってか?はぁ……駄目だよ。全然駄目だ。そんなんじゃ渡瀬夏未……あの魔王には良いようにヤられて棄てられるのがオチだ。とてもじゃないが安心して仕事なんて任せられねえ」


    アニ男の視線を受けながら、ドヴォルザークは続ける。


    ドヴォルザーク「良いか坊主、俺は別にお前が憎くてこんな事してるわけじゃねえよ。これは信用の問題だ。……チェリッシュのメンバーはどいつもこいつも命を懸けてる。俺も、風子も、新もだ。世界を変えるためなら死んだって良いとまで思ってんだ。だからこそ、中途半端な奴には何も任せられねえ。そんな奴を入れたせいで願いに命を懸けた誰かが無駄死にでもしてみろ。俺は地獄まで追いかけてそいつをボロ雑巾にしても気が済まねえ」


    そう語るドヴォルザークの目はこれ以上なく真剣で、そしてどこか暗かった。
    そこにもはや先ほどまでの小動物はおらず、彼が辿ってきた悲しみの道が背後に見えるかのようだった。


    アニ男「……」


    ドヴォルザーク「……ああ、ここまでだな。これ以上はやっても無駄だ、さっきも言ったが俺はお前を苦しめたいわけじゃねえ」

    ドヴォルザーク「悪かったよ。お前にすりゃあ突然拉致られて理不尽に説教されたようなもんだしな。……まあ、そこは貞操(じゆう)を守ってやった恩で上手く納得してくれ」


    そう言うと、ドヴォルザークはアニ男に背を向けた。
  16. 20 : : 2016/08/17(水) 22:09:34
    「待てよ……クソザコハムスター……」


    立ち去ろうとするドヴォルザークの背中を震えた声が呼び止める。


    ドヴォルザーク「今、何と言った」


    ドヴォルザークの額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。声の主であるアニ男はドヴォルザークの様子に今までとは一変して獰猛に笑う。


    アニ男「クソザコハムスターはケージの中でホイールからから回してろって言ったんだよ……」


    ドヴォルザーク「坊主……死ぬ覚悟はできてんだろうな……」



    アニ男の心は今までにないほどに高揚していた。身血が煮え立ち湧き上がるような感覚が彼の身体中を駆け巡っていた。


    アニ男「死ぬ気なんてないさ。俺は確かに弱い。意気地なしだし。中途半端だ。琉球の人間にも、この国の人間にもなりきれない。弱さをあげたらきりがない。それでも、ここまで貫いていた覚悟(どうてい)だけは否定させない!」


    アニ男が叫ぶと、心の中に先ほどの血の騒ぎとは違うもっと温かい何かが湧き上がるのを感じる。


    その温かい何かは彼の肉体から溢れ出し、あたりに眩い光を放つ。その光は徐々に大きくなり世界を真っ白に染め上げる。


    そして光が収まるとアニ男の両手には色の違う銃が握られていた。方や白銀、そして方や漆黒の銃身を持つ2丁の拳銃。


    それが何なのかアニ男にははっきりとわかる。


    アニ男「これが俺の欲望と制裁の弾丸(スピリット・オブ・キングダム)……中途半端な俺らしい能力だ」


    感慨深そうに発現した自分の非リア術をアニ男がを細めていると、ドヴォルザークはそれを鼻で笑う。

    ドヴォルザーク「ふん。そんなもんはここにいる者なら誰だって出せる。そんな物が出たくらいで本気で勝てるとでも思ってんのか?」


    アニ男「勝つさ。この銃は欲望と制裁の象徴。その中に込めるのは俺がここまで押さえ込み、貫いてきた想い(せいよく)だ。意地でもお前に参ったと言わせてやる」


    ドヴォルザーク「坊主の癖に言うじゃねぇか。だが、悪くない……俺様も少しは本気を出してやろう」


    そう言うとドヴォルザークを取り巻く風が急激にその圧力を増す。


    アニ男は震え出しそうになる両手に力を込めてしっかりと銃を握る。すると、身体の中から何かがドッと吸い取られていくような感覚を覚える。


    圧倒的劣勢の中、アニ男は犬歯を剥き出しにして笑う。これが今は亡き父の血なのだと実感する。沸騰しそうなほどに熱い血潮が駆け巡る感覚。戦いの最中に目覚めた父の面影をしっかりと感じる。


    時が止まったかのように1人と1匹の間に停滞が支配する。


    獰猛に荒れ狂う闘争心を押さえ込み、今か今かと機を伺う。



    周囲が固唾を呑み見守る中、すぐにその瞬間は訪れた。




  17. 21 : : 2016/08/17(水) 22:10:03









    アニ男の銃から発射される超音速の銃弾とドヴォルザークが放つ風の槍がぶつかり合い鮮烈な音と共に爆ぜる。


    爆発の衝撃であたりのモノが滅茶苦茶に吹き飛ぶのも気にせず1匹と1人は衝突を繰り返す。


    幾度となく攻防は繰り返されるが、決着はつかない。そしてしばらくの後ようやく一度距離を取る。


    ドヴォルザーク「どうした坊主。息が上がってるじゃねえか。もう終わりか?」


    アニ男「ハッ。今にも死にそうなお前には言われたくないね」


    強がってはいるが、初めての能力顕現ということもあってか明らかにアニ男の方が呼吸が浅い。


    確かにドヴォルザークも消耗しているが、このままであれば天秤がいずれ傾くことになるのは明白であり、アニ男もそれを強く実感していた。



    だが、ひとつだけ彼には秘策があった。


    勝利への道筋。唯一未熟で半端者のアニ男がドヴォルザークに打ち勝てる唯一の希望。


    アニ男「次で最後だ。次で絶対に勝つ」


    ドヴォルザーク「面白い。やってみろ」



    再びの膠着。今度はアニ男が先に動いた。



    一瞬能力を解き、宙空に何かを投げる。そして、すぐに再び能力を顕現させると白銀の銃から3発の弾を撃つ。


    その弾は1発はドヴォルザークに直進し、その他はややずれた軌道を走る。


    だがアニ男の攻撃はまだ終わっていなかった。間髪入れず漆黒の銃身を素早く持ち上げると、素早く2発の弾丸を撃ち出す。


    ドヴォルザーク「小細工で注意を逸らしたつもりか!!」


    ドヴォルザークが空中に風の槍を生み出し、今までと同じように銃弾を迎撃し、空気が爆ぜる音が周囲に響き渡る。




    ──はずだった


    だが響いたのは、今までとは異質な金属同士が衝突したような異音。


    そう。銃弾の軌道にはアニ男が先ほど投げた2枚(・・)の500円玉。確かにドヴォルザークも途中からアニ男が投げたのが先ほど拾った500円玉であることに気づき警戒を怠ってはいなかった。


    しかし、500円玉は2枚。アニ男がタイミングをずらして投げたもう1枚の500円玉にドヴォルザークに焦点を当てることができなかった。


    銃弾は500円玉と衝突しその方向を変える。そのことで風の槍の軌道から微妙に逸れた。そしてさらにそこに黒い銃身から放たれた銃弾が衝突することで運動エネルギーを持たぬ500円玉とは違いかなり大きな跳弾を生み出し、ドヴォルザークの視界の外から2つの欲望と制裁の弾丸が襲いかかる。


    しかもひとつには確実に反応できないという確信がアニ男の中に存在した。


    アニ男は勝利を確信した。確実に一撃を与えられたと最後の力を全て込めて撃ち出した銃弾がドヴォルザークに当たるその瞬間を今か今かと待ちわびる。


    だが、次の瞬間ドヴォルザークの周囲から膨大な風圧が膨れ上がりアニ男の攻撃は風に吹き散らされ、地面に突き刺さる。


    アニ男「嘘……だろ……」


    ドヴォルザーク「狙いは良かったがな。俺様には通じない。それだけだ」


    そしてドヴォルザークから放たれた巨大な風の塊に弾き飛ばされ、アニ男は意識を失った。


    気絶したアニ男を一瞥し、風子の元にドヴォルザークは戻っていく。


    ドヴォルザーク「いやー余裕だった。あいつも結局雑魚だな雑魚」


    そうしてガッハッハと豪胆に笑ってみせるドヴォルザークを風子は目を細めてニヤニヤとした顔で見つめる。


    風子「最後ちょっと本気出したくせによく言うわ。しかもほっぺた掠ってるわよ。あなたの負けね」


    風子はふふんとドヴォルザークを笑うと足早にその場を立ち去っていく。彼女の様子にドヴォルザークは不機嫌そうにそっぽを向いて鼻を鳴らすのだった。
  18. 27 : : 2016/08/18(木) 20:56:48



    次にアニ男が見たのは白い天井だった。


    ぼやけた意識の中で白い天井だけが彼の目に映っていた。


    寝起きの様なはっきりしない意識の中、アニ男はゆっくりと自分の置かれた状況を把握しようとした。


    だが彼がそうしようとした瞬間、ふと腰の上に違和感を感じた。


    明らかに何かある程度の質量を持った物体が自分の上に乗っている感覚を覚え、アニ男はゆっくりと首を起こした。


    するとそこには鮮やかな紫色の髪をした女性が舌なめずりをしながら腰の上に跨ってズボンを脱がそうと──────


    アニ男「えっ!?は!?」


    「あら、起きちゃったのねぇ。ざーんねん」


    その女性はそう言うとアニ男の腰の上、もといベットの上から降りる。


    アニ男「ちょ、何なんですかあなた……せっかく守ってもらったものを速攻で失うところでしたよ……あ、まだ失ってないですよね!?」


    「もおアニ男くんったら心配症ねぇ、安心して。まだ奪ってないわよ」


    アニ男「ま、まだ……!?」


    その謎の女性とアニ男が際どいやり取りをしていると部屋にあった扉が開き、新が入ってくる。


    新「お、アニ男くん起きたのか。調子はどうだい?」


    アニ男「あ、新さん!聞いてください、この人が僕の貞操を……!」


    と、アニ男が謎の女性の事を新に伝えると新は面白そうに笑いながらアニ男に説明した。


    新「ははは、成程ね。まあ確かにアニ男くんはくちさんの好みかもね」


    くちと呼ばれた女性はそうなのよと同調しながら横目でアニ男を見つめる。


    くち「最近こんな若くて純情な子も減っちゃったからつい、ねぇ」


    そう言って舌なめずりをする彼女にアニ男はえも言われぬ恐怖を覚える。


    新「改めて紹介するよ。彼女は甘江くち。僕らチェリッシュの医療班のリーダーさ。彼女無しだと僕らはとっくに全滅してるかもね」


    くち「くちだよ〜よろしくねぇ。好きなのモノは可愛い男の子よ」


    つい先程貞操の危機を経験したアニ男からすればかなり不安になる自己紹介にアニ男は苦笑いを漏らすしかなかった。


    新「まあそんなに緊張しなくてもいいさ。彼女だって目的を達成するまではそれなりに自重してくれるはずさ」


    くち「それなりに、ね」


    妖艶な笑みを浮べながらくちはアニ男を舐めまわすように見る。


    アニ男「いや、はは……お手柔らかに……」


    アニ男はだらだらと冷や汗を流しながらそう受け答えをするのが精一杯だった。
  19. 28 : : 2016/08/18(木) 20:59:20


    その後、くちと新は何やら用事があると言い部屋を出て行った。

    一人残されたアニ男はベッドに座ったまま、先ほどの光景を思い出す。


    アニ男「あの時……身体中の血が沸騰したみたいだった。何も考えられなくなって、自分が変わっちゃったみたいで……」


    実際、今思い出してみるとあの時の言動は普段のアニ男のものとは掛け離れていた。
    己の内から湧き出る獣性に全てを委ね、欲望のままに暴れる感覚。それは一種の中毒性すら感じさせるものではあったが、それ以上に今のアニ男には恐怖が強かった。

    人が他の動物と明確に区別される大きな一因は理性の有無だ。理性のリミッターにより欲望を抑えられることこそが人間性というものだと言ってもいい。
    アニ男はつい先ほど、その理性を失っていたのだ。それは一つの意味では人間をやめる行為ですらある。


    ジキル博士の恐怖。自分という存在が暗闇に呑まれて消えてしまうような感覚。
    今のアニ男には、あの時感じた父の影でさえ自分を蝕むもののように感じられて恐ろしかった。


    ……しかも、今のアニ男を苦しめる事実はそれだけではない。


    アニ男「僕……負けたんだ」


    頭がクリアになるにつれて、まだ朧げながらあの時の記憶が蘇ってくる。

    最後の最後、起死回生の策としてアニ男が放った弾丸は無慈悲にもドヴォルザークから吹き出す烈風によって阻まれた。

    そして直後にアニ男自身も風に吹き飛ばされ、そこで意識は途切れている。

    つまり……アニ男はドヴォルザークが課したテストに合格できなかったのだ。それは彼のチェリッシュ入団が認められなかったということを意味する。


    アニ男「クソッ……クソッ!!」


    チェリッシュに入れない以上、今こうしてベッドに寝かされているのはただの情けだろう。それがアニ男には堪らなく悔しく、そして情けなかった。

    ……自分はもう、この理不尽な世界に呑み込まれるしかないのか。

    その歪さに気付いているというのに流されることに甘んじるしかないのか。


    アニ男「でも、それって結局……僕が弱いから、だよな……」


    アニ男は項垂れ、己の非力さを嘆いた。

    やり場のないやるせなさに思わず腕を振り上げた、その時だった。


    「失礼。少しお邪魔してもいいかな?」


    コンコン、とドアをノックする音が2回鳴らされ、続いて聞き慣れない渋い声がアニ男に入室の許可を求めてきた。


    アニ男「!えっと、あっ、はい!大丈夫です!」


    アニ男は慌てて姿勢を正し、平静を装う。


    「では」


    ドアがゆっくりと開いた。
  20. 29 : : 2016/08/18(木) 20:59:45


    ゆっくりとドアを開けて入ってきたのは1人の老人だった。

    いや、老人と言うだけでは余りに言葉が足りていない。その髪や髭は白く、顔には深いシワが刻まれてはいたものの彼には年老いたなどという様子は微塵もなかった。

    むしろ年を重ねて未だ現役といった感じであり、その背筋は真っ直ぐに伸ばされ立ち居振る舞いにも隙がない。まるで剣道の師範だ、とアニ男は感じた。


    「初めましてアニ男君。私は神宮寺 燕、老骨ながらこのチェリッシュで刃を振るわせて頂いている者です」


    チェリッシュ。その言葉を聞くとアニ男は心の中で何かが騒めくのを感じた。
    その心に引っ張られてか、つい言葉が荒れてしまう。


    アニ男「こちらこそ初めまして、神宮寺さん……何か用ですか?もしかして、意識が戻ったならさっさと出てけとか?」


    言って、アニ男はハッとした。

    やってしまった。今のは初対面の、ましてや遥かに歳上の老人に取るべき態度ではなかった。


    燕「……ふむ。どうやら相当参っているらしい」


    アニ男の言葉に、燕は僅かに目を細めてみせた。

    それが怒りの表れなのかどうかは分からなかったが、アニ男はともかく今の態度を謝らねばと必死だった。


    アニ男「す、すいません!変な口の利き方を……」


    燕「いえいえ、若者は元気なくらいが良い。何も気にすることはないですよ。……ああ、しかし一つだけ改めて欲しい点はありますな」


    燕はそこまで言うと一旦言葉を切り、そして悪戯っぽく笑ってから言った。


    燕「私を呼ぶのは神宮寺でなく燕で結構。神宮寺では如何にも他人行儀……『共に一つの大願を目指す我ら』には些か似合わないでしょう」


    アニ男「じゃあ、次からは燕さんって呼ばせていただきますね。……って、え?」


    燕「ええ、気兼ねする事なく。……どうしたんです?素っ頓狂な声を上げて」


    そう言いつつも燕の顔には先ほどの笑みが貼りついたままだった。

    対するアニ男は彼の言う通り、大口を開けて素っ頓狂な顔を見せている。


    アニ男「えっ、えっ。今なんて……」


    燕「共に大願を目指す、と。おや、その様子ではどうやら気付いていなかったらしい。君の最後の一撃はドヴォルザーク殿の頬をしっかり捉えていたというのに」


    燕の言葉に嘘偽りがある雰囲気はない。

    つまり、アニ男はチェリッシュへの入団を認められていたというわけで。


    アニ男「……よかった」


    ポツリと零したその言葉を皮切りにして、アニ男の心を安堵が満たす。

    彼は無事チェリッシュに入り、彼らと共にこの歪んだ世界に抗う権利を得たのだ。
  21. 30 : : 2016/08/18(木) 23:46:39


    その頃。政府官邸。



    広い部屋の中に執務机と書棚そして応接セットだけが置かれた部屋。その調度品はかなり高級なものであると一目でわかるものばかりだが、ものの少なさ故に部屋はやや殺風景で、豪奢なのか簡素なのか表現しがたい様相を呈していた。


    その部屋には執務机の後ろに大きな明かり取りの窓があり、その側から外を眺めながら不機嫌そうに夏未はため息を吐く。


    「ふん。つまらん。考える事をやめ家畜のように卑しく餌を乞う。我ながら何故こんな事をしているのかわからなくなる。そうは思わないか?」


    彼女の長い黒髪やその表情は妖艶さと共に相手を萎縮させるような圧迫感を持っていた。


    だが話を差し向けられた男は彼女から放たれる覇気を柳のように受け流しながら、ソファにどさりと座り込むとめんどくさげに肩をすくめてみせる。


    「わたちゃん。その話はいい加減聞き飽きたよ。民衆が愚かなのはいつの時も同じだ。そしてこれが俺たちが望み、求めた世界の形だ。そんな事は分かってるくせに」



    そう答えるのは輿水幸雄だった。100年の時が過ぎた今も彼も夏未も若々しい姿のままそこに存在している。


    夏未「冗談にしては笑えないな。私の大望はこんなものではない。そのためには忌まわしい愚物を除かねばならないのだ。わかっているな?」


    輿水「はいはい。わかってるよ。……光音」



    「はい。お呼びでしょうかマスター」


    輿水が名を呼ぶと、背後から藤色の和服を着た女性が現れる。彼女の立ち居振る舞いは清楚で淑やかそのものであり、大和撫子というにふさわしい。そして何より彼女は美しかった。肌は新雪のように白く、深い紫の輝きをたたえる瞳は見るものを魅了する。


    後ろに揺れる大きなリボンで結ばれた白銀の髪は艶やかで彼女の美しさをより引き立てていた。


    そしてその一目見れば忘れぬほどの美少女が、輿水の前に恭しくこうべを垂れている。


    輿水「相変わらずだな……まあいいや。悪いけど、今度の集会の件お前に任せたい」


    輿水がそう告げると先ほどの静かな雰囲気とは一変して無邪気に目を輝かせる。


    光音「本当ですか?私にお任せくださるのですか?」


    声を張り上げるような事はないが、明らかに声音が弾んでいる。まるで子供のようにはしゃいでいるのが輿水にはっきりと伝わっていた。


    輿水「ああ。頼めるか?……あ、あと冷蔵庫中身危ういから明日買出ししといてくれ」


    光音「もちろんです!不肖、明智光音。マスターの信頼に応えてみせます」


    笑顔でそう告げると光音は小走りに部屋を出て行く。嬉しそうながらもその所作を崩さないのは流石だが、彼女の時折見せる幼さと普段の彼女の差に未だに輿水すらも慣れないのだった。


    夏未「お前が生み出した従僕とは言え、見目麗しい少女を働かせることに罪悪感はないのか?しかもどさくさで買出しまで押し付けおって」


    輿水を非難するような目を向ける夏未だったが、彼は相変わらずどこ吹く風という様子だった。


    輿水「買出しはともかくとして、俺は彼女に出来ないことは絶対に任せないさ。こう見えても過保護なパパなんだよ?」


    夏未「光音も面倒な親を持ったものだ」


    輿水「褒め言葉と受け取っておこうか」


    呆れ顔の夏未を見て、輿水は薄く笑うのだった。
  22. 31 : : 2016/08/19(金) 00:32:17






    晴れてチェリッシュに入る事を認められたアニ男は、新から話があると呼び出されていた。


    アニ男「いったい何の話だろ、もしかして早速任務的なアレかな。……いや流石にないか」


    などと彼は上機嫌で独り言を呟いているのだから、傍から見ればそこそこ気味が悪い。


    彼はまだ知らないが、チェリッシュの中ではアニ男の新を見る目がソッチの目をしていると静かな話題になっている。


    まだ新入りも新入りな為、彼の事を知っている人間は少ないがそれも時間の問題だろう。


    そんな事など微塵も気づいてないアニ男はすれ違う人が自分を見て、やや引いている事にすら気づくことは無かった。


    そんなすれ違う人達の目を気にもせずにアニ男は呼ばれていた会議室の前に到着する。


    ごほん、と一息ついて佇まいを正して扉をノックする。


    すると扉が開き、新が顔を見せた。


    新「ああ、アニ男くん。入って入って」


    アニ男「あ、はい。失礼します」


    そう言ってアニ男が部屋に入るとそこには燕、くち、風子と言った見知った顔が揃っていた。


    風子「アニ男くん、改めて合格おめでとう。これからよろしくね」


    アニ男「あ、ありがとうございます!ってドヴォルザークは……?」


    風子「ああ、あの子ちょっと力使ったから寝るって言って今はここにはいないわよ」


    それを聞いてアニ男は少し残念そうに肩を落とした。


    風子が疑問に思って、理由を聞いてみるとアニ男は笑いながら答えた。


    アニ男「いや、ドヴォルザーク口は悪かったけど結局は僕の事を思ってやってくれたんだしやっぱり一言礼を言わないといけないかなって」


    風子「そういうことね。でもあの子ああ見えてシャイだからそんなこと言ったら悪態をついてどっか行っちゃうと思うわ。まあ私が後でそれとなく伝えといてあげるから安心して」


    アニ男「ははは……お手数おかけします」


    そんな事を話していると、新がぱんっと手を叩いた。


    新「さて、話も終わったようだし本題に移ろうかな」


    そう言って新は胸ポケットから1枚のメモ帳を取り出してアニ男に手渡した。


    アニ男「これは……?」


    新「アニ男くんの初任務の要項が書いてある紙だよ、無くすと大変だから気をつけて」


    アニ男「えっ!?初任務!?もうですか!?」


    アニ男はそれを聞くと驚きの声を上げる。
    よく聞くとそれには多少の喜びの感情がこもっているように聞こえた。


    新は笑いながら頷く。


    アニ男は嬉々としながらそのメモ紙に目を通していく。


    『必要物資一覧。もやし5袋、2Lコーラ10本……』


    アニ男がその内容に疑問を抱いたのと新がその初任務の内容を口にしたのはほぼ同時だった。


    新「ごほん、では君に初任務を言い渡そう。……君の初任務は!」


    新は大袈裟に咳払いをして、アニ男に言い放つ。



    新「───おつかいだ」


  23. 33 : : 2016/08/19(金) 22:45:41
    翌日、念のためにと持たされた伊達メガネを装着し財布とメモ紙を持ってアニ男は街に繰り出した。


    初任務がおつかいという事で若干肩透かしを食らったアニ男だったが、まあ新入りでチェリッシュの中でも若い方である彼が雑用を任せられるというのは至極当然な流れである。


    一応逃亡者として街を出てきたのでその点は大丈夫なのかと新に聞いたら、わざわざ警察全体が動くような事件でもないから大丈夫だと笑っていた。


    実際アニ男が1人マジックミラー号から出ていった所で世間に及ぼす影響など皆無に等しい。


    要するに買い物ぐらい余裕って事である。


    アニ男「えーっと次は……猫のエサ?うちに猫なんていたっけ、ドヴォルザークが食べるのかな」


    ポイポイとカゴに商品を投げ入れていくアニ男、さながら一人暮らしの好青年といった絵面である。


    アニ男「次は……カップラーメンか」


    と、メモ紙を見ながら歩いていたアニ男は前から接近する人に気づけるはずが無かった。


    「きゃっ」


    案の定、アニ男の肩が前から来た人と接触し相手を倒してしまう。


    アニ男「あっ、すみません!大丈夫ですか!?」


    アニ男は慌てて手を差し出す。


    そしてアニ男はその相手の姿を見て思わず固まってしまった。


    藤色の和服に身を包んだ彼女のその白雪の様な肌と美しい深い紫色をした瞳に、アニ男は思わず見蕩れてしまった。


    「こちらこそすみません……」


    その美しい和装の少女は謝りながらアニ男の手を取った。


    アニ男はそれで弾かれたように動き出し、彼女が起き上がる手助けをする。


    アニ男「す、すみません。僕の不注意で倒してしまって……」


    「いえ、大丈夫ですよ。どうかお気になさらず」


    そう言って彼女はにこりと微笑んで、再び歩き始めた。


    アニ男「ま、待って!」


    アニ男は思わずと言ったように叫んで、彼女を引き止める。


    「……はい?どうかなさいましたか?」


    彼女は不思議そうな表情で小首を傾げる。


    アニ男「あ、いや、ごめん。思わず呼び止めちゃって。……その、君が凄く綺麗だったから……って僕何言ってんのかな、はは」


    はははと消え入りそうな声で笑いながらアニ男は引きつった笑顔を浮かべた。


    初対面の人にとんでもないことを言ってしまったという羞恥心が彼に容赦なく襲いかかる。


    これは普通に引かれて終わりだ、アニ男は直感的にそう思い若干泣きそうになる。


    しかし彼女はそんなアニ男に予想外の反応を示した。


    「ふふ、そうですか?お褒めに預かり光栄です」


    彼女はアニ男の苦しい言い訳にも嫌な顔をすること無く、笑顔を返してくれた。


    まさに神対応とはこういう事を指すのであろうとアニ男はしみじみと思った。


    アニ男「……あ、はは、いや本当に何も用がないのに思わず呼び止めてしまうって事があるんですね。恥ずかしい限りですけど」


    彼女のそんな対応があったおかげかアニ男もまた先程の様に口ごもって醜態を晒すようなことは無かった。


    「自分ではどうしようもない事もありますからね。恥ずかしがる事は無いと思いますよ」


    アニ男「うわ……なんだろうこの子、なんかもう天使じゃん……」


    アニ男は彼女には聞こえないようにそう呟いた。


    事実、アニ男の目には初めて彼女を見た時より遥かに彼女が輝いて見えた。


    「何かおっしゃいましたか?」


    アニ男「あ、いや!何でもないよ。ほんと呼び止めちゃってごめんね。買い物の途中だったでしょ?」



    「それはお互い様でしょう?お話出来て嬉しかったですよ。それでは私はここで」


    彼女は相も変わらずに笑顔でそう言いながら、1つお辞儀をして踵を返した。


    アニ男「あ、うん。それじゃ……」


    アニ男は幸せそうな顔でぼけーっとしながらしばらく彼女の背中に手を振っていたのだった。
  24. 34 : : 2016/08/19(金) 23:54:42




    そんな出来事も挟みつつアニ男は順調にチェリッシュで日々を重ね、組織に馴染んでいった。


    与えられる仕事も徐々にランクアップしていき、今やお使い係などという不名誉なアダ名で呼ばれることもなくなった。

    そんな時期だ。


    大事な話があるという事で、アニ男は会議室に呼ばれていた。大きな長机を囲むように座るのは風子、新、燕、くちなどチェリッシュの主だった面々だ。アニ男は緊張しつつも末席に座り、会議の進行役である新の言葉に耳を傾けた。


    新「今日みんなに集まって貰ったのは他でもない、例の集会の件だ。諜報担当が上手くやってくれてね、やっと詳細な情報が割り出せた」


    そう前置き、新は予め配られていた資料に目を通すよう促す。

    資料の一番上には紙一面に地図が刷られており、ある地点に大きく星型の目印が付けてある。


    新「⚪︎⚪︎⚪︎市の⚪︎⚪︎町⚪︎⚪︎番地にある集会場。かつては筋肉愛好会という団体が所有していたが今は市の所有物となっているこの建物で明後日、性行為集会が開かれる」


    性行為集会。名前だけは聞いた事はあるが、その詳細をアニ男は知らなかった。

    するとその様子から事情を悟ったらしい新が書類から目を離して言った。


    新「今回は新入りもいる事だし、一応説明しておこう」

    新「性行為集会とは、国が主導して行うお見合いパーティのようなものだ。……とはいえ、その実態は醜悪の一言に尽きる。なにせやってる事は殆ど乱交騒ぎと変わらないんだからね」

    新「これは到底許容されるべきではない行いだ。ましてや国がこんな事を主導しているだなんて目眩がする。……だから、僕たちはこれが開催されるという情報を入手しては妨害している。というわけさ」


    新がチラリと視線を向けたのに気付き、アニ男は首だけで会釈して感謝の意を伝える。

    新は再び書類に視線を向け、話し出した。


    新「さて、今回の集会だが。これが中々大規模なものらしくてね、かなりの警戒態勢が予測される。なんせ奴らはこのところ連敗続きだ。そろそろ僕達を一網打尽にしたくてウズウズしている頃だろうからね。そこで…………」


    ドヴォルザーク「あーー、ったく。新、お前はいつも本題に入るまでが長えんだよ。あいつらの警戒がキツい、攻める側の俺らは劣勢。そんなのいつものこった、そうだろ?」


    新の言葉に、それまで退屈そうに説明を聞いていたドヴォルザークが耐えきれないといった様子で口を挟んだ。



    風子「こら、ドヴォルザーク」


    ドヴォルザーク「分かんだよ大体。……既にあらかたの戦力配置は予測済み、それに対応した個々の役割も仮決定済み。あとは俺らにそれを伝えて細かい擦り合わせをしていくだけだ。違うか?」


    新「あはは、まあそうですけど。バレちゃいました?」


    ドヴォルザーク「バレるも何も、爺さんの顔見てりゃ1発だってーの。作戦考える時は皺だらけになって難しい顔してる爺さんが、今日は資料も流し読みと来た。なら答えは簡単、既に作戦は相談済みしかねーだろうがよ」


    燕「おっと、これはこれは。まさか私の顔をそこまで観察されているとは思いもしませんでした」


    ドヴォルザーク「気持ち悪い言い方すんな!そっちの気があんのは坊主だけで十分だ」




    アニ男「…………!」


    見る者にとっては漫才にすら映りそうな言葉のやり取りに、しかしアニ男は少なからず驚きを受けていた。

    国の集会を邪魔するなど、それこそ命懸けの行為だ。自分など未だ役割も知らされぬうちから怖くて仕方がない。

    だと言うのに、目の前の彼らは誰一人として緊張している様子を見せずに笑っている。

    たとえ心の内では感じているのだとしても、それを押さえつけられるというだけでアニ男にとっては信じがたい事だった。

    改めて、ここが歴戦の勇士が集う反政府組織であるのだと自覚する。そして、自分がその椅子の1つに座っている事も。



    新「まあドヴォルザークの言うことも分かる。確かに勿体ぶった自覚はあったしね、それは気をつける事にしよう」


    新「ではまあ、まずは当日の流れから説明していくよ。疑問やアイデアが有ったら手を上げて教えてくれ───」


    こうして、各自に己の役割が伝達され。

    アニ男にとって初めての『実戦』が幕を開けようとしていた。
  25. 35 : : 2016/08/20(土) 13:34:39
    そして作戦当日。

    アニ男達は集会の会場である元筋肉愛好会ビルの周辺で待機している。


    人通りの多い街道沿いに位置するビルのため、あまり近くから様子を見る事はできないが、開始の1時間ほど前から疎らに人の出入りが見られた。


    そしてその中には嫌がる男女が強引に連れていかれる様子も少ないながら散見される。


    おそらくこのあと強制的に性行為に望まされるであろう人々だ。その様子を見ているとアニ男にも他人事には思えなかった。


    相手を選ぶ自由すら与えられず、あまつさえ強制的に性行為を行わされる。こんな事許されていいはずはない。


    アニ男の握られた拳に力がこもる。不条理も理不尽ももうこりごりだ。確かに今の世の中は大半の人が幸せだろう。選択肢がないということは実に楽で、溢れることもない。


    国に任せておけば結婚も、出産も経験できるのだ。そして幼い頃から与えられたパートナーであるが故に結婚した後の性格の不一致ということも少ない。


    アニ男とてパートナーである幼馴染みの少女が嫌いなわけではない。どちらかといえば彼女を好意的に思っていた。


    だが、彼女もまた性行為だけがあればよかったのだ。真っ当に恋をして、手を繋いで、キスをして、時には喧嘩をして、絆を深め合う。そして将来的には性行為に至ることもあるだろう。子供を作り、家庭を築く。


    そんな本当は当たり前であったはずの流れ。そんなものはまるでまやかしであるかのように、一定の年齢を超えた頃彼女はアニ男に性行為を迫った。


    だからこそアニ男は学校に行くことをやめ、己の意思を貫くことを決めたのだ。母もアニ男のしたいようにしなさいと言ってくれた。あなたの父は決して己を曲げなかったと、信念の前に立ちはだかるものは全て打ち砕き前に進む男だったと。


    そう語ってくれた。


    大勢にとっての幸せの前に、アニ男や数少ない夢想者の語る幻想など価値はないだろう。


    それでも認めるわけにはいかない。これはエゴだ。場合によっては多くの幸せを奪う最低のテロリストにもなり得るだろう。


    だが、そこには悲しむ者がいる事も事実なのだ。たとえ少数であっても本人の意思を無視するような事だけはあってはならない。


    強制的に性行為を行わせるなど以ての外である。アニ男にとってこの手段が本当に正しいのかという疑念がないわけではない。


    だが、今目の前で以前のアニ男と同じ理由で悲しんでいる人がいる。今アニ男にとって重要な事実はそれだけだった。


    その人を今この瞬間救うためにアニ男は戦う事を決めたのだ。


    アニ男が決意を新たにし、気を引き締めていると背後から肩を叩かれる。


    新「緊張しているかい?」


    アニ男「えっと……まあ、少しは。ところで風子さんとドゥォルザークの姿が見えませんけど、どうしたんですか?」


    新「ああ。彼女はあくまで資性堂の社長で極秘密裏にチェリッシュに資金協力しているだけだからね。本来僕達の拠点に顔を出してる事すらおかしいくらいだよ」


    アニ男「し……資性堂って日本一の大企業じゃないですか!社長は一切表に顔を出さないって聞きましたけど……それがあの風子さんだったなんて……」


    新「ははは。まあ驚くだろうね。僕達に協力してくれてる事すら不思議だよ」


    そんなちょっとした世間話をしていると新の表情が真剣なものに変わる。


    そう。時が来たのだ。


    今、アニ男の初の作戦が開始される。

  26. 36 : : 2016/08/20(土) 15:46:09



    新が通信機に向かって何かを話すとビルの近くが騒がしくなりだす。


    アニ男が身を乗り出して様子を確認すると、既に戦闘は始まっており、早くも警備を乗り越えてビルに入って行く人間も見えた。


    新「まだこれからだよ。ここから時間差で次の部隊を突入させる。それだけ1階のフロア周辺に警備は集まってくるだろうけど、そこで足止めをしてやれば他が動きやすくなるからね」


    そう言って新はビルを見据えながら時折通信機に話しかけていた。


    最初に突撃した部隊全員がビルに入れたのを見ると燕は静かに呟いた。


    燕「……そろそろ私達の出番ですかな」


    燕が刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

    新も燕に頷き返し、アニ男にも目を見やる。


    新「改めて確認しておく。燕さんとアニ男くんの2人は事前に調べておいた別のルートから中に侵入、そこから行為が為されている本会場を叩く、大丈夫だね?」


    アニ男「は、はい!分かりました」


    アニ男は遂に自分も動き出す時が来たと自覚した途端に先程までの緊張とは比べ物にならないほどの緊張感を覚える。


    新は目に見えてガッチガチなアニ男に笑いかけると肩に手を置いて言った。


    新「大丈夫、燕さんが一緒にいるだろう?彼は風子さんとドヴォルザークを除けばこの中では断トツで強いから。きっと君も学ぶところは多いはずさ」


    新がそう言うと燕は頭を軽く下げる。
    謙遜はしているが全く否定しているという訳でもない。


    燕のそんな様子がアニ男の緊張を少し和らげた。


    アニ男「ありがとうございます。それじゃ、また後で」


    新「ああ、良い報告を期待しているよ」


    新にそう見送られると、アニ男は燕と共に待機場所を抜けてビルの裏手の方へと走り出す。


    アニ男は走りながら警備が全くいない事に気付き、足止めをするという事の重要さを身を持って感じる。


    同時に自分らが早くやるべき事を果たせば足止めの彼らも楽ができるはずだと思い、ペースを上げた。


    燕「アニ男君、あまり走る速さを上げてしまうと……」


    と、燕が後ろからそう声をかける。


    アニ男「あっ、す、すみません!」


    そうだ、燕がいくら歴戦の剣士だとは言え既に彼は老人と言っても差し支えのない年齢である。


    アニ男は自分の事しか見えて無くて配慮が足りなかったと反省する。


    だが燕はアニ男のそんな様子を見ると思わずと言ったように噴き出した。


    燕「どうやら勘違いをしているようだ。別に私の心配をしろという訳ではありません、ただ後から君が辛くなるだろうと思ったのですよ」


    アニ男「あ、そうだったんですか。でもやっぱり燕さんもあまり無理をしたら身体に障るんじゃ……」


    そう言うと燕を少し考えるようにして黙り、その後立ち止まった。


    燕「身体に障る事があるような老骨を新君が酷使する事はないと言えば理解してもらえるでしょうが……実際に見せた方が早いでしょう」


    アニ男「見せるって一体……」


    そう言うと燕はアニ男の後ろを指差した。


    アニ男が振り向くと3人の警備員が走ってこちらに向かってくるのが見える。


    警備員A「侵入者だ!捕らえるぞ!」


    警備員B「はっ、ガキとジジイじゃねえか。3人もいらねえだろ。さっさと終わらせようぜ」


    警備員C「だな。こいつらさえ片付ければ後はサボってても何も言われねえだろ」


    などとヘラヘラ笑いながら彼らは2人との距離を詰めていく。


    アニ男は思わず身構えるが、燕に手で制される。


    燕「君はそこで見ているといい。君に心配はいらないと教える事が目的ですからね」


    そう言って燕は向かってくる3人を刀も抜かずに睨め付ける。


    警備員A「まずはお前からだ!悪く思うなよ!」


    警備員達と燕の距離が残り僅かとなった時、警備員の1人がそう言って警棒を構えた。


    しかし燕はそんな様子にも一切臆しなかった。


    燕「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう……」


    瞬間、燕の姿がブレる。


    アニ男「……は?」


    アニ男がそれに驚いたのも束の間、今度はカチンと刀を納刀する音だけが響いた。


    燕を見れば、それは警備員と肉薄する直前の格好と全く同じだった。


    アニ男には何が起きたか全く分からなかった。
    しかしその一瞬で何が起きたのかは声も無く倒れる警備員達が物語っていた。


    燕「峰、ですがしばらくは起きないでしょう」


    燕は振り向きながらそう言った。


    アニ男「え……あ、っえー……」


    余りの衝撃に言葉を失うアニ男を見て燕は笑い、再び走り出す。


    燕「理解してもらえたようで何より。先を急ぎましょう」


    アニ男は燕を心配した自分が恥ずかしくなり、黙って後をついて行くことしか出来なかった。



  27. 37 : : 2016/08/21(日) 17:16:33


    アニ男と燕はどんどん通路を進んでいく。先ほどの3人以来警備員は見当たらず、そのスピードが落ちることはなかった。

    だが。

    通路は延々と続き、さながら迷路のような複雑さでもってアニ男たちを惑わせる。


    燕「……少し、よろしくないですね」


    アニ男の隣を走っていた燕がふと呟いた。


    アニ男「よろしくない、ですか?」

    燕「ええ。先ほどから全く警備員が見当たらない……それはつまり、我々が見当違いな道を走っているということに他ならない」

    アニ男「手に入れた情報が間違ってたって事ですかね?集会所は実はここにはない?」

    燕「いや、それは考えにくい。誤った情報ならばとっくに先行隊から連絡が入っている筈」


    そう言って燕は腰につけていた連絡機を取り外し確認するが、連絡が入っている様子はない。


    燕「上では依然として戦闘が続いている。ならばここに集会所があるのは道理……なのですが」


    走るスピードを落とさないまま、老剣士の眉間に皺が寄る。ドヴォルザークが言っていた、燕が思案するときの顔であるとアニ男は気付く。


    アニ男「……」


    彼には何となく、燕が考えている内容が分かる気がした。彼がどうして悩んでいるのかも。

    だから、アニ男は少しの逡巡の後に言った。


    アニ男「……手分けしましょう、燕さん。大丈夫です、僕も1人でも上手くやってみせます」

    燕「!いえ、それは……。いや、しかし……」


    燕は驚いたようにアニ男を見遣りつつ、唸るような声を上げる。

    迷っているのだ。確かに、定石としては手分けして探したほうが圧倒的に早い。なにせ単純に確率は2倍になるのだ、これを採用しない手はない。

    しかし今問題なのはアニ男が新入りかつ戦闘経験に乏しいことだ。下手をすれば捕らえられ、場合によっては殺されてしまいかねない。
    いくらドヴォルザーク相手に一矢報いるほどのポテンシャルがあるとはいえ、実戦ではそれよりも遥かに経験と覚悟がモノを言うのだ。誰よりも老齢の燕だからこそ、誰よりもそれを知っていた。


    アニ男「無茶はしません。会場さえ見つけてしまえば、すぐに通信機で燕さんに連絡します。だから……」


    しかしそれでも食い下がる理由がアニ男にはあった。

    彼は自分を救ってくれたチェリッシュの為にとにかく役に立ちたかった。いや、何よりも足手まといになるのは嫌だった。

    だからアニ男は必至の瞳で燕を見つめ、言葉を発した。


    燕「……分かりました、丁度あの先に分かれ道がある。あそこで二手に分かれましょう」

    燕「ただし、辿った道は完璧に覚えておくこと。何かあれば直ぐに伝えること。良いですな?」

    アニ男「はい!きっとやってみせます!」

    燕「私が会場を見つけた場合も同様に伝えます、通信機に意識は回しておくように。……では!」


    その言葉と共にアニ男と燕はお互い逆の方向へと駆けて行った。









    ……そして、それから数分後の事だった。


    アニ男「!こ、これは……!!」


    アニ男は幸運にもとある部屋の床に隠し扉があるのを発見したのだ。

    その部屋が妙に寒い、まるで何処からか隙間風が吹いているようだと気付いたアニ男のお手柄だった。


    アニ男「やった、やったぞ……!道もちゃんと覚えてる、まずは燕さんに連絡して……!!」


    自分はチェリッシュの役に立てた。役割の一つを果たしてみせた。

    アニ男は胸に渦巻く達成感と幸福感を感じながら、意気揚々とした様子で燕に連絡を入れようと通信機に手をやった。


    ……その時だった。


    アニ男が手を触れるか触れないかの、その刹那に。


    通信機が音を立てて破壊された。
  28. 38 : : 2016/08/21(日) 22:07:31


    唐突な衝撃にアニ男は本能的に"欲望と制裁の弾丸"を発現させる。


    自らに向けられる明確な害意を前に、アニ男の中の血が騒ぎ始めているのを感じながら強引に体をひねって数発の弾丸を撃ち出す。


    しかしその何者かは目にも留まらぬ速さで後退し、アニ男の弾丸をかわして見せた。


    圧倒的強者の感覚。ドヴォルザークと戦った時に似ている。否、殺気や害意を含む圧力を考えればあの時以上だろう。


    そしてアニ男は未だ捉えることの出来ていなかった襲撃者に焦点を合わせる。


    そして、愕然とする。藤色の和服に白銀の髪、見る者を虜にするであろう深く鮮やかな紫の瞳。


    そのどれもがアニ音の記憶には鮮明に焼きついていた。忘れようにも一度見れば忘れられるはずもない。


    先日アニ男が買い出しの時に出会った美しい女性にほかならない。


    アニ男「な、なんで……なんで君がこんなところに……」


    状況を見ればアニ男の問いかけはあまりに滑稽である。だが、アニ男は目の前に横たわる現実を受け入れられていなかった。


    「あなたは……先日お会いした方ですね。それにしても、こんな形でお会いすることになるとは思いませんでした」


    アニ男に対して彼女は静かに微笑む。以前と変わらぬ柔らかな笑顔であるはずなのに、アニ男にはそれが酷く空恐ろしいものに見える。


    アニ男「なんで!なんで君がこんなところにいる!?君は一体何者なんだ!」


    アニ男は思わず声をあげる。ただ何がどうなっているのか、頭の中が整理しきれずただそんな言葉を投げかけることしかできなかった。


    「失礼しました。私としたことが自己紹介がまだでしたね。私は明智光音(あけちみつね)と申します。私がここにいるのは、それがマスターの命だからです」


    アニ男「なんで君みたいな女の子がこんな……」


    光音「私がそれを望むからです」


    彼女は笑顔のままそう答える。アニ男からすればそうさせられていると言ってくれた方がどれほど気が楽だっただろうか。


    だが光音ははっきりとこれは自分の意思であると言い切ったのである。


    アニ男「こんな世界を君は望むというのか!」


    アニ男はもうヤケになって感情のままに叫ぶことくらいしかできることはなかった。誰に向かった怒りなのかすらもわからない。そんな叫びをただ目の前の女性にぶつける。


    すると彼女は静かに首を横に振る。


    光音「私がこの世界を望むというのは少し違うかもしれません。私はマスターのご期待に応えられればそれでいいのです。マスターがお望みになられることをお手伝いできるのであればそれが私にとっての一番の喜びですから」


    そう言って彼女は笑顔を浮かべる。今までの女性らしい柔らかな笑みとは少し違う。年相応の少女の華やかな笑顔に見えた。


    アニ男は光音と争うことなく穏便に済めばと思っていたが、考えを改める。


    アニ男「そっか……ならやるべき事はひとつだな」


    そう言ってアニ男は銃口を光音に向ける。


    光音「ここで大人しく待っていてくだされば、荒事にならずに済むのですが……残念です」



    そしてアニ男は引き鉄を引いた。
  29. 39 : : 2016/08/21(日) 22:58:32


    迸る銃声とともに光音がいた場所を銃弾が貫く。だが、その銃弾が光音を捉える事はない。


    彼女はゆったりと歩いているにもかかわらず、銃弾は彼女をかすめる事すらもない。


    幾重にも撃ち出される銃弾が光音を襲うが、それを物ともせず彼女は既にアニ男のすぐ目の前に迫っていた。


    アニ男の中で恐怖が大きく膨らみ始め、熱を帯び始めていた血の騒ぎも完全に冷め切ってしまっている。


    彼女はただ歩いているだけのはずだ。だが銃弾が当たらない。ゆらゆらと不規則な歩みではあるものの、当たらないほどの事ではないはずなのだ。


    これは実戦であり、捕まればどうなるかわからない。その事実もまたアニ男を追い詰め始めていた。


    彼女が近づくにつれて心臓が早鐘を打ち、引き鉄を引く指に力がこもらなくなり弱々しく震え始める。


    アニ男「なんで……うそだ……!なんで!!」


    光音「そんなに怯えられると少しショックです……」


    光音は悲しそうな表情を見せる。彼女は戦いの最中であるというのにあまりに落ち着き払っていうえに、本当にそう感じているであろう態度を見せている。


    アニ男を煽っているでも、嘲笑ってるでもない。真剣にショックだと感じているように見える。


    そして彼女はアニ男の銃口が自らに突きつけられているような距離にまで近づく。


    アニ男は恐怖のあまり涙を流し、照準もが定まらぬほどに手が震えていた。


    アニ男「う……うああああああああああ!!!」



    半狂乱になりながらアニ男は彼女の額に銃口を突きつけ、引き鉄を引くと同時に銃声が轟いた。



    だが、銃弾は天井をえぐっただけだった。


    そしてアニ男は腕の関節を極められ、壁に押し付けられていた。押さえつける力は細身な少女のものとは思えぬほど強く抵抗すれば腕を折られるのではないかというほどだった。


    光音「すみません。あなたに恨みがあるわけではないんです……ただ、今は大人しくしていてください。私も手荒な事はしたくないですから」


    しばらくすると、そこにひとりの男が現れる。それは輿水幸雄だった。


    輿水「ああ。光音。お仕事ご苦労さん。それでその子は?」


    光音「マスター。この程度造作もありません。先ほど侵入してきた彼を捕縛したところです」


    輿水「なるほどねー。ふむ……新入りくんかな?」


    アニ男の顔をまじまじと見ると、輿水はおかしそうに笑う。


    輿水「まあいいか。光音のおかげで集会は成功に終わりそうだ。助かったよ。ありがとう」


    光音「いえ。もったいないお言葉です」



    光音はアニ男を抑えつつも恭しく頭を垂れる。


    輿水「そんなことより、光音。わたちゃんが次のステップに進むから帰って来いってよ」


    光音「彼はどう致しましょう」


    輿水「うーんまあほっといていいんじゃないかね。ただしばらく眠っててもらおうか。ごめんな新入りくん」


    そう言って輿水はアニ男に近づく。そして一瞬の衝撃とともにアニ男の意識は闇の中に沈んでいったのだった。
  30. 40 : : 2016/08/21(日) 23:52:24




    次に目が覚めた時、アニ男が見たのはいつかの白い天井だった。


    だが前回とは違い、目覚めたアニ男はすぐにはっきりとした意識を取り戻した。


    しかしそれと同時に自分が気絶する直前の事を思い出してしまい、あの時感じた恐怖が、絶望が蘇ってくる。


    あの光音という少女がゆったりとした足取りで自分に近づいてくる、ただそれだけの事なのにああまで自分が怯えたのは何故だったのか。


    その理由はアニ男自身にも分からないでいた。
    全く銃弾が命中しなかった事かも知れないし、あの美しいと感じた彼女が敵として迫ってきた事かもしれない。


    ただそれはどちらでも良い事であった。


    自分が今、あの時と同じようにここで寝かされていた理由、アニ男にとってはそちらの方が大事であり、場合によっては何よりも恐怖を煽る状況であった。


    ここに運び込まれたという事は少なくとも見捨てられたという事ではないだろう。


    だがアニ男は今回の作戦における自分の役割を果たすことが出来なかった。


    それは同時にもし今回の作戦が失敗していたとしたら、アニ男がそれをふいにしたと言われてもおかしくない事である。


    今回の作戦が厳しいという事は分かっていた。
    だから各自が各々の役割を果たせなければ成功はないと言われていたのも覚えている。


    しかし、アニ男は失敗したのだ。


    あそこで二手に分かれようなどとアニ男が進言しなければ状況は違っていたかもしれない。


    実際、あの状況で燕は二手に分かれる事を迷っていた。


    そしてそれを押し切り決断させたのは他ならぬアニ男であり、それによって作戦を失敗させたかもしれないというのもアニ男であると言う事実、それがアニ男の心に大きな不安と恐怖を植え付けていた。


    自分はもう用済みだと、必要ないと言われてしまうのではないか。


    ようやく得ることが出来た同志と、自分の居場所を失う事が彼にとって何よりの恐怖だった。


    アニ男「何で僕は……僕はこんなにもっ……!」


    弱いのだろうか、その一言を口に出せなかった。


    認めてしまうのが怖かった、弱い者が排斥されるのは今も昔も変らないから。


    アニ男が何かに怯えるようにしてベッドの上で足を抱え丸くなっていると、扉をノックする音が聞こえた。


    「……入るよ」


    そうして扉の奥から現れたのは新だった。


    その顔にはいつもの笑顔は無く、何処か沈痛な表情を浮かべていた。


    新「アニ男くん、起きていたんだね。とりあえず君が無事で良かった」


    アニ男「あ、新さん……その、作戦は……?」


    新は一瞬、その質問に答えるのを躊躇うそぶりを見せたがすぐに口を開いた。


    新「……失敗だよ。結局僕らが本会場にたどり着いたのは全部が終わってからだった。倒れる君を運んでくれたのは燕さんだ、後でお礼を言っておくといい」


    アニ男「……失敗、ですか……」


    作戦が失敗していた事を知り、やはり自分が作戦を失敗させたのだという感情がアニ男の中で膨らんでいく。


    新「ああ。……君には───」


    新はそう言って一旦言葉を切った。


    アニ男はその後に続く言葉が聞きたくなかった。


    君には失望した、君にはがっかりした、アニ男に考えられる選択肢はそんな自分に対する失望を表す言葉しか無かった。


    聞きたくない、そう強く思ったアニ男は次の瞬間、ベットから飛び降りて部屋の外へと走り出した。


    新「アニ男くんっ!?」


    アニ男「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!もう耐えられない……何も聞きたくない……!!」


    アニ男はそう叫びながら部屋を後にした。


    医務室には1人取り残された新が悲しそうな表情を浮かべて1人立ちすくんでいた。
  31. 41 : : 2016/08/22(月) 22:34:09



    ただひたすらに、がむしゃらに、息が切れるのにも構わず走った。走っていなければ、背後から迫ってくる黒い何かに背を向けていなければ、どうにかしてしまいそうだった。


    そうして、アニ男は新に背を向けて逃げ出した。部屋のドアを抜けてからの事はよく覚えていない。ただ無我夢中に走り、気付けばチェリッシュの本部がある廃墟の裏手にある森の中で倒れていた。



    アニ男「はぁ、はぁ……クソッ、クソクソクソ……ッ!!」



    チェリッシュからの排斥を恐れていながら、しかしチェリッシュのメンバーである新とまともに向き合おうともしない。自分を救ってくれたという燕に礼の一つもせず、ただ恐怖のままに組織を逃げ出した。


    ……その癖に、気が付けば自分は廃墟の裏手にいる。チェリッシュから逃げたいならもっと遠くに逃げれば良いのに。チェリッシュに戻りたいなら中に入って精一杯の謝罪でもすれば良いのに。


    アニ男はそのどちらも選ばなかった。ただ恐怖に任せて遠ざかり、ただ未練に任せて近付いていく。そこにアニ男の思考など介在しない。悩みも、覚悟も存在し得ない。


    中途半端としか言いようがない現在座標がアニ男の現状そのものだった。それが嫌でアニ男はまた逃げ出そうとしたが、疲弊しきった身体はそれを許さなかった。


    アニ男「は、は……今度は身体任せか。本当に……本当に、どうしようもないな……」


    アニ男はそう自嘲し、背を丸めて足の間に顔を埋めた。


    もう何も見たくなかった。何も見れそうになかった。



    ……いや、目を開いたところでそこに在るのは森だけだ。従順の道(パ女)も、反抗の道(チェリッシュ)も、もはやアニ男の目に映りはしない。

    この後に及んで、自分がまだ道を選ぶ権利を持っているなどと思い上がっている。アニ男はまた自分が嫌いになった。



    アニ男「誰か、誰か……」




    助けてくれ。
    役にも立たないくせに、誰もお前を助けてくれるものか。
    助けてくれても良いだろう、僕は頑張ったんだ。僕なりに精一杯を尽くしたんだ。
    精一杯?は、笑わせる。あの場でお前は本当にできる事をやり尽くしたのか?まだ何か出来たんじゃないか?
    やったよ、きっとやった。
    やってない。僕は逃げた。
    お前なんて死んでしまえ。嫌だ、死にたくない。消えてしまいたい。消えたくない。罰を受けろ。痛いのは嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ……。




    自己肯定が、自己否定が、ひたすら無秩序に湧き上がってはごちゃ混ぜになって胸に溜まる。


    まるで胃から生温い泥水が湧いてくるような感覚。気持ち悪くて、頭がおかしくなる。



    アニ男「あぁ゛っ……うぅ、ぅ……っ助けて……だれでもいいから、たすけてぇ…………」




    涙で顔と膝をグチャグチャにしながら、アニ男はうわ言のように呟いた。



    それは聞く者のいない懇願。それは叶うはずのない願い。










    ……その筈だった。が。


    「誰でも良いんなら、助けてあげようか」


    不意に降ってきた声。


    アニ男「…………?」


    アニ男がゆっくりと顔を上げると、そこには、


    風子「言いたい事があるんなら、話ぐらいは聞いたげるわ。だから取り敢えずその顔はどうにかしなさい」


    呆れ顔の風子が、アニ男を見下ろすようにして立っていた。
  32. 42 : : 2016/08/23(火) 01:37:48


    風子「どう?そろそろ喋れそう?」


    アニ男「はい……ごめんなさい、迷惑かけて……」


    風子「言ったって私まだ何もしてないけどね。君が落ち着くのを待ってただけで」


    アニ男と2人適当な倒木に座りながら、風子が言った。



    風子に声を掛けられてから20分以上の時間をかけ、やっとの事でアニ男は平静を取り戻していた。

    なにせ軽い過呼吸を起こして意識も朦朧としていたのだ。もしも風子が声を掛けていなければ、今頃は果たしてどうなっていた事か。


    風子「…………」

    アニ男「……えっと、あの……風子さん……?」

    風子「はい?」

    アニ男「いや、無言で……何というか、気まずいというか……」

    風子「だって私は、別に君に言う事ないし」


    当たり前のことを、と言わんばかりの様子で風子はそう言った。

    その言葉がアニ男の胸に突き刺さり、落ち着いてきていた心臓の鼓動を再び不規則にさせる。

    改めて自分の犯した罪を自覚させられたような気持ちになり、アニ男の中にまた恐怖が湧き出てきた。


    アニ男「っ……!」


    今回の失敗のことを、そしてその後の愚かな逃走劇の事を謝らねばならない。それは分かっている。


    しかしどう言えば良いのか分からない。どう言えば許してもらえるのかが分からない。


    ……当然だ。だって自分がやらかしたのは言葉では到底取り繕える筈もない、取り返しのつかない事なのだから。


    再び逃げ出したくなる衝動に駆られつつも、アニ男は必死の思いで言葉を発そうとする。



    アニ男「僕は……僕は……!!」


    しかし、焦りが先行して上手く言葉が出てこない。それに焦ってまた言葉を失う。
    落ちていくだけの負のスパイラルにアニ男は嵌まっていた。



    アニ男「えっ、……あの、これは、違っ……!!!」

    風子「良いよ、焦らなくても。私は別に逃げないし、話はちゃんと聞くから」


    風子の手が優しく、そっとアニ男の背を撫でた。


    アニ男「……えっ……」

    風子「纏めるのが辛かったらバラバラに喋ってもいいよ。君が好きなように、言いたい事を全部言えばいいから」


    そう言う風子の声は穏やかで、アニ男の耳に沁み入るようにして入ってくる。

    アニ男は困惑した。だっておかしいではないか。自分は取り返しの付かない失敗をした人間で、その被害を一番受けているのは紛れもなく目の前の風子であるはずで……。

    そんな彼女が、自分の背をこんなにも優しく撫でてくれるはずが。こんなにも優しい言葉を聞かせてくれるはずが、ない。

    ない、のに。


    アニ男「こわ、かったんです」


    不思議と口が動いた。


    アニ男「チェリッシュは、僕にとってとても居心地のいい場所だったから」


    まるで身体の中で凍り付いていた言葉が暖かく溶かされていくように、自然と言葉が発されていく。


    アニ男「怖くて怖くて、堪らなかったんです。役立たずだと思われてチェリッシュから追い出されるのが」


    今なら言える。

    その思いと共に、アニ男は自らの中に溜まっていた感情の渦を全て言葉にして吐き出していく。


    アニ男「あの時僕のことを助けてくれた皆に、恩返しがしたかったんです。新さんの、風子さんの、ドヴォルザークの、燕さんの……皆の役に、立ちたかったんです」


    アニ男「でも、結果はまるで駄目で……僕のせいで、何もかも上手くいかなくて……。非難されると思うと、恐ろしくて仕方がなかったんです。だから、気が付いたら逃げてしまっていて……」


    アニ男「どうしようもないって、自分でも分かってて……!それなのにあきらめきれないじぶんが、いやでいやで、しかたなくて……!!!」



    最後には涙混じりになったアニ男の言葉を、風子はただただ静かに聞いていた。
  33. 44 : : 2016/08/23(火) 13:39:34


    そして、アニ男の言葉を全て聞いてからそっと呟くように言った。


    風子「……そっか。やっぱり、話聞いて正解だったよ。ちょっとだけ安心した」


    アニ男「安心……?」


    風子「そう、安心」


    風子はアニ男の方を向くと、ほんの少しだけ笑って言った。


    風子「だってアニ男くん、チェリッシュを辞める気はないんでしょ?それが聞けただけでも、私はよかったって思うよ」


    アニ男「えっ……で、でも。僕のせいで作戦が失敗して……」


    風子「失敗なんて誰でもするもの。特に最初は失敗しない方がおかしいし。……それに」


    風子「大切なのは『どうなったか』じゃなくて『どうするか』よ。君が後悔してるなら、なおさらね」



    アニ男「…………」



    そこまで言うと、風子はゆっくりと立ち上がった。

    そして身体ごとアニ男の方を向いて言う。


    風子「そんなわけだから、あんまり思い詰めちゃ駄目よ?誰にも平等に落ち度はあって……そして誰にも、平等にそれを埋め合わせる方法があるんだからね」


    アニ男「……風子さん」


    風子「ん?」


    アニ男「僕……まだ間に合いますかね?」


    風子「『仮にもこの俺様に一矢報いやがったんだ、それなりの活躍は出来るに決まってんだろ!』って、ドヴォルザークならきっと言うわ」


    アニ男「……!!」


    アニ男は急に立ち上がり、そのままの勢いで風子に向けて深々とお辞儀をした。


    アニ男「ありがとうございました!……風子さんのおかげで、僕、大事なものを見失わずに済みました」


    風子「まだまだ先は長いだろうけど、期待してるわよ。アニ男くん。……あ、そうだ」


    風子「その第一歩ってわけじゃないけど。君がどこかへ走っていっちゃったって報告してきた時の新、凄い落ち込んでたから。ちゃんと謝っとかないと駄目だよ」


    最後にそう言って笑うと、風子はどこかへと歩き去っていった。

  34. 45 : : 2016/08/23(火) 13:41:41

    時は少し遡り、作戦終了後の光音と輿水は政府官邸に戻って来ていた。相変わらず出不精な魔王は部屋にこもりきりで姿を現さないらしい。


    彼女は基本的に自分は高みの見物をするのが好きなようで、基本的に何か起こった時に動かされるのは輿水だ。


    もう少し自ら動くことも覚えて欲しいと彼女に何度も言っているのだが、その気はないらしい。彼女は基本的に気まぐれでしか動かないのを知っているため、輿水自身期待していたわけではないのだが。


    そんな彼女がわざわざ光音やその監督という名目で不安になってこっそり見ていた輿水を集会が終わる前に呼び戻すというのも今までになかった話であり、嫌な予感が拭えなかった。


    彼女の執務室へと足を運びドアノブに手をかける。誰かの誕生日祝いであったならとも思うが思い当たる節もない。


    思い切って扉を開くとそこには飽きもせずまた窓の外を眺める彼女の姿があった。


    輿水「た、ただいまーわたちゃん今度は何の用かな?」


    夏未「帰ったか。光音の手際は見事なものだったようだな」



    夏未は背を向けたまま告げる。それに光音は小さく頭を下げるのみだったが、輿水は違った。


    輿水「でしょ?ほんとやばいわうちの子。もうなんか天才なんじゃないかってさ!可愛すぎて、もうお嫁にだすなんてなったらって思うと血の気が引く思いだよ。でも光音が本気で望むなら血涙を流しながらも……」


    今にも涙を流し始めそうな輿水を光音はなにやら決意を秘めたような表情で見ていたかと思うと、意を決したとばかりに告げる。


    光音「大丈夫ですマスター。私はお嫁になんか行きません!ずっとマスターと一緒にいますから!」


    その言葉に輿水は滂沱の涙を流し、嬉しそうに頷く。


    輿水「お前はほんといい子だなあ。俺は嬉しいよ。ねえ聞いた?わたちゃん。この子ほんといい子すぎるよ。もうやばいよ。語彙力なくなってやばいしかいえねぇよ」


    光音の頭を撫でながら、嬉々とした表情で夏未に問いかける輿水。そんな様子に夏未は嘆息しながら、ふたりに向き直る。


    ほんの一瞬、ふたりの背筋を悪寒が走る。だから来たくなかったのだと輿水は心の中で悪態を吐くがもう遅い。この雰囲気が嫌でやった茶番も何の意味もなさなかった。目の前にいる女はそれほどに気まぐれで、制御が効かない。


    夏未「茶番はもういいだろう。時は満ちた。今こそ天上の()(じろ)を堕とす」



    彼女の口元は吊りあがり、その隙間から覗く犬歯がギラギラと光っているように見える。


    そしてそれは、魔王渡瀬夏未がその重い腰をあげた瞬間だった。
  35. 46 : : 2016/08/23(火) 20:44:44



    執務室の扉の前に立って、深呼吸をする。


    新の場所を聞くと、どうやら今はここで作業をしているらしかった。


    アニ男は彼に謝る為に足を運んだのだが、先程何も言わずに逃げたした手前、若干の後ろめたさがあった。


    そのため数分の間、扉の前でまごまごしていたのだが、よしと一言、ついに意を決して扉を叩いた。


    アニ男「すみません、アニ男です」


    するとすぐに入ってくれと扉の奥から声が聞こえてきた。


    アニ男が扉を開くと、新はデスクに座ってどこか固い面立ちで座っていた。


    その様子にアニ男は少し驚いたが、部屋に入り新の前に立って、そして頭を下げた。


    アニ男「すみません!さっきは新さんの話も聞かないであんな失礼な真似してしまって……本当に、すみませんでした」


    そう言ってアニ男は頭を下げ続けた。


    新はそれを見て少しの間何も言わなかったが、ふと長いため息をついた。


    新「アニ男くん、頭を上げてくれ」


    アニ男「は、はい……」


    風子はああ言っていたものの、アニ男からすれば非常に失礼な事をしてしまったのは事実であり、新から多少の叱責があるのではないだろうかと内心ではヒヤヒヤしていた所があった。


    だがそんな心配は顔を上げて入ってきた新の顔を見て杞憂だったと気づく。


    ため息をついた新の顔は、どこかほっとしたような、部屋に入ってきた時の固い表情など見る影もない安堵の表情だった。


    新「本当……本当に良かったよ。実はアニ男くんが部屋から逃げ去った時、もうチェリッシュを辞めたいって言うんじゃないかと思ってたんだ」


    新「君がここに来た時も、辞めさせてくださいなんて言うんじゃないかってヒヤヒヤしてたよ。まあそれが杞憂に終わって本当に良かった」


    新はそう言って再び気の抜けたようなため息をついた。


    まるで夏休みの課題を最終日の朝方に終わらせた時の様な安堵感が彼の表情からは伺えた。


    アニ男「僕がこんな居心地の良い場所を抜けるなんて有り得ませんよ。むしろ僕は失敗のせいでここから追い出されるかと思って……」


    新「成程。まあ一度の失敗くらいで出ていけなんて言うほど狭い心は持ち合わせてないよ。それに僕らにとっても君は大切な戦力の1人だ。最初に言っただろ?君がいないと僕らの目的は果たせないって」


    そう言って新は笑いかけた。


    アニ男は最初新のその言葉を聞いた時、確かに嬉しかったしそれが入るきっかけにもなったが、本気で受け取っていたかと言われたらそうでもなかった。


    自分が必要だと言葉にしてもらえて嬉しかった、その程度の感情しか抱いていなかった。


    しかし新にとって、その言葉は嘘偽りのない本心からの言葉だったのだ。


    アニ男「……僕は、また失敗して迷惑をかけるかも知れないけど、それと同じだけ、いやそれ以上に皆さんの役に立って見せます。失敗したままではいられませんから!」


    新「ああ。改めて、期待してるよ」


    そして新は立って、アニ男に手を差し出す。


    新に会ったその日もこうやって手を差し出された事をアニ男は思いだす。


    あの時の自分には世界を変えてやるなんて大それた覚悟は無かった。
    覚悟も無いまま、ただ出された手に掴まっただけだ。


    でも、今は違う。


    新の為に、風子の為に、仲間達の為に、自分が戦って目的を果たして世界を変えてやるという確固たる意志がある。


    その覚悟を忘れないように、アニ男は差し出されたその手を強く握り返したのだった。


  36. 47 : : 2016/08/24(水) 01:38:27


    紆余曲折を経て再びチェリッシュに戻ったアニ男は以前よりも格段に組織に馴染み、仕事をこなす手際も上達していた。

    やはり心理的な問題が解決した影響が大きいのだろう。その精神的成長から彼は状況を見極める冷静な目を持つようになり、それに応じて能力である欲望と制裁の弾丸を扱う術も飛躍的に上昇していた。

    今やチェリッシュの主な戦闘メンバーの1人に名を連ねるまでになったアニ男。


    ……そんな彼に、ついに運命の時が訪れた。




    新「……今回、謎の大集会が行われる場所というのは他でもない。東京都最大の収容人数を誇るという大型ドーム、マッスルドームだ」


    会議室の椅子に座る面々に対し、1人ホワイトボードの横に立つ新がそう告げる。

    ……そう。あの時と同じように、どうやら政府が謎の集会を開くという情報がチェリッシュに入ってきたのだ。

    しかも今回の集会はこれまでとは比べ物にならないほどの大規模なものらしく、不確かな情報ながらあの渡瀬 夏未が現れる可能性すらもあるらしいという。まさに未曾有の大事件のだった。



    新「今回は規模が規模だ、恐らく警備も並大抵のものじゃない。前回の妨害作戦時のような陽動作戦は兵士の数量比的にも不可能だろう」


    新「だからこそ。今回僕たちは敢えて正面から突撃してこれを妨害する。一点突破で防御網を崩し、一瞬のうちに事を成す。……つまりは電撃作戦、というやつだ」


    新は手に持った資料を一枚捲る。それからホワイトボードに何か図のようなものを描き始めた。


    新「この作戦において何よりも重要になるのが一本槍の先頭、第一陣だ。ここが失敗すれば作戦全体も失敗する、かなり重要な位置だが……だからこそこの布陣で臨みたい」


    新がホワイトボードに描いたのは、一本の槍の模式図。

    そしてその穂先には3人のチェリッシュメンバーの名前が書かれていた。


    新「僕、燕さん、そしてアニ男くん。この3人で防御網に風穴を開け、そこから入り込むようにして数で押し込む」


    新「より具体的に言えば、僕が雑魚散らしを担当することになるだろう。能力的に都合が良いからね。……そして、その間に燕さんとアニ男くんに強力な個を叩いてもらう事になる。正直言って無茶も多い役割だけど……引き受けて、くださいますか?」


    燕「私は無論のこと引き受けましょう。この刃は振るうためにあるのですから」


    新「……アニ男くんは?」



    3人だけの超少人数作戦。そう聞いて、アニ男の脳裏に最悪の光景がフラッシュバックする。

    あの時の、何も出来なかった無力な自分。ただ近付いてくる恐怖に歯を鳴らすことしか出来ない自分。



    アニ男「……僕は……」


    しかし。


    今のアニ男は、決してあの頃のアニ男ではない。あれから多くを学び、多くを経験した。

    そして何よりも、自分はチェリッシュの一員として認められているのだというその確信がちゃんと持てている。

    もう、彼が焦りのあまり誤った決断を下す事はない。


    アニ男「……やります。きっと、今度こそやってみせます!」


    新「……ありがとう、2人とも。僕も精一杯、力の限りやり尽くす。だから……きっと、成功させよう!」



    新は力強くそう宣言し、燕は無言で小さく頷いた。




    今ここに、チェリッシュ史上最大にして最高難易度の作戦が開始されようとしていた。
  37. 48 : : 2016/08/24(水) 18:05:18


    アニ男は何か釈然としないものを感じていた。大規模とはいえ性行為集会。結局はいつもと同じでしかない。


    だが、あの時の男の言葉が引っかかって仕方がなかった。


    『わたちゃんが次のステップに進むから帰って来いってよ』


    彼は確かにそう言った。わたちゃんと呼んでいるのはまず間違いなく渡瀬夏未の事だろう。


    そして何より気になるのは次のステップという言葉だ。魔王が新な動きを見せようとしている。それも性行為集会の管理をおざなりにしてもいい程度の要件だ。


    今回の集会は何かがあるのではないか。そんな考えが頭から離れない。


    しかし、終ぞ答えを見つけられないまま作戦は開始されるのだった。


    これまでとは圧倒的に規模の違う性行為集会。マッスルドームは筋肉愛好会における筋肉四天王のひとりであるマッスル原田が生涯蓄えた私財を投じて作った全天候型の超巨大ドームである。


    これほどまでに大々的な宣伝とともに巨大な施設で行われるのは、ある意味挑戦的とも取れることだ。


    だが、実際作戦が決行され正面突破を試みた時に誰もが違和感に襲われることになる。そしてそれにいち早く気づいたのは新だった。


    新「どういうことだ……あまりにも手応えがなさすぎる……」


    そう。これほどまでに大々的な挑戦状を送りつけてこれは一体どういうことなのか。


    正面の広場に集められた敵の数は今までと比べ物にならない程多い。アニ男が以前敗北したことから考えてもだが確実に主力級であろう者は一向に姿を見せる様子もない。


    新「なんだかきな臭い。ここは僕が引き受けよう。アニ男くんと燕さんは先を急いで」


    アニ男「で、でも流石にこの数をひとりじゃ……!」


    新の言葉に慌てて答えるアニ男だったが、その肩を燕が掴む。


    燕「彼であれば平気でしょう。ここは彼の言う通りに」


    燕の口調や態度からは信頼がはっきりと読み取れた。ここで口論したところで意味はない。それに、これ以上続ければ彼らの想いを踏みにじることにもなり得る。アニ男もその程度のことは理解はしていた。


    アニ男「わかりました……」


    アニ男と燕はあの時と同じふたり。しかしあの時とは何もかもが違う。


    今度こそ必ず期待に答えなくてはならない。


    新や燕、風子、チェリッシュのみんなのためにも。再び覚悟を胸にアニ男は、走り出すのだった。
  38. 49 : : 2016/08/24(水) 20:23:02



    警備員「ぐあっ!?」


    襲い来る警備にアニ男は最小限の動きで銃弾を撃ち込む。


    警備の数は燕とアニ男の奮戦により、見る見るうちに減っていった。


    アニ男「ふぅ……」


    警備員を掃討し、一段落ついた所でアニ男は能力を解除して息をつく。


    燕「……ふむ、しかしアニ男くんも大きく成長しましたな。戦いの最中でも平静を保てるようになってきた、今の君なら安心して背中を任せられます」


    アニ男は特別な訓練をこなしている訳では無いのだが、敵を倒す事を最大限効率化した全く無駄のない動きをしている。


    それはチェリッシュの中でも最高峰の戦闘力を誇る燕の目から見ても明らかだった。


    アニ男「ありがとうございます。最初は能力を発動するとどうも抑えが効かなかったんですけど今は少し慣れました。それでも使いすぎると血が沸き上がる様な感覚に襲われるんですけどね」


    そう言ってアニ男は笑った。


    アニ男「っと、休憩し過ぎたらまた警備が集まって面倒な事になります。先を急ぎましょう」


    燕「ええ、そうですな。……全く子供は成長するのが早い」


    燕はそう言いながらどこか嬉しそうな眼差しをしながら先に行くアニ男の背中を追った。


    が、その瞬間に先へと続く扉が内側から衝撃を与えられて吹き飛んだ。


    アニ男「なっ!?一体何が!?」


    燕「しっ……誰かがこちらに向かって来ています」


    燕が焦るアニ男を手で制し、近づいてくる誰かに警戒を払う。


    アニ男もそれに倣って扉の奥を注視していると先程の衝撃で舞い上がった砂埃の奥から1人の少女が姿を見せる。


    それはアニ男にとって、恐怖を感じざるを得ない人であり、同時にどうしても会いたかったとも思える人だった。


    アニ男「明智……光音ッ……!」


    光音「また、会いましたね。最もこうなる事は何となく分かっていましたけれど」


    彼女は相も変わらず美しい姿と藤色の和装で、少し悲しそうにそう言った。


    アニ男「……1度だけ聞かせてもらうよ。道を開けてくれ」


    アニ男がそう言うと彼女は一瞬だけ悲哀の表情を浮かべたが、すぐに首を振って真っ直ぐな瞳アニ男を見つめる。


    光音「それは出来ません。マスターの命は私にとって絶対ですから。争いは嫌いですが……致し方ありません」


    そう言って彼女は覚悟を決めたように戦闘態勢を取る。


    アニ男も彼女に何も言わず、能力を発動して両手に拳銃を握りしめた。


    燕「お嬢さん、この老骨を忘れてはいませんかな?例え相手が見目麗しき女子供でも私達には譲れない目的がある、卑怯と罵られる筋合いはありませんぞ」


    そう言って燕は静かに刀の柄に手を置いた。


    しかし光音は燕をちらりと横目で見ると、一言だけ呟いた。


    光音「……貴方は少し時間にルーズ過ぎます」


    燕「一体何を───」


    燕が彼女の言葉の意味を問おうとした瞬間、燕に向かって何かが急接近する。


    「オラァ!!!」


    そしてそのまま目にも止まらぬ速さで燕のこめかみに向かって回し蹴りを放った。


    寸での所で燕はそれを回避、そしてその何者かから大きく距離を取った。


    「んだよ避けてんじゃねえよ爺さんよぉ。なかなか強えって分かるとテンション上がっちまうだろ?」


    そう言ってガラ悪く大声で笑ったのは長身の青年だった。


    燕「成程、私の相手は貴様という事か。良いだろう、受けて立つ」


    「はっ、お硬いねえ。まあやる気があるってんならついて来いよ、ここじゃ狭すぎて動き辛え。……ちなみに、もし俺をほっといて二対一でやろうとしたら痛い目にあうぜ?あんたの弱っちいお仲間がなぁ!」


    そう言ってその男は指でついて来いとジェスチャーをしながら燕達が通って来た方の扉へと去っていった。


    燕「……アニ男くん」


    アニ男「大丈夫です、もう負けませんから」


    何か心配されるのではないかとアニ男は、燕が全てを言い切る前に返事を返す。


    だが燕はそんなアニ男の返事に首を振って、言葉を続けた。


    燕「君に心配はいらないなど既に分かっています。……任せましたよ」


    そう言って燕は走り去った男を追うようにして駆け出した。


    アニ男「……皆に任せられたんだ。僕は負ける訳にはいかない!」


    光音「貴方に譲れないものがあるように私とて譲れないものがあります。その為ならば……貴方を討つことさえ厭いません!」


    互いが互いの信念を口にする。


    そして次の瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。


  39. 50 : : 2016/08/25(木) 01:38:15

    先手を取ったのはアニ男だった。黒い銃口が連続で火を吹き、二発の銃弾が光音に向かって放たれる。

    しかし光音は最小限の動きだけでそれを回避した。足すら殆ど動かさない、人間の域を軽く逸脱した神業。それを光音は涼しい顔のままやってのけたのだ。

    そして小さく息を吐き、


    アニ男「っ……!」

    光音「隙ありです」


    一息の間にアニ男との距離を詰め懐に入ると、その勢いのまま左の手刀でアニ男の拳銃を弾きに掛かる。

    アニ男は咄嗟の判断で後ろに跳んでそれを避けると今度は白の拳銃の引き鉄を引き、再び二発の弾丸を光音に浴びせかけた。

    手刀を躱されて体勢を崩した状態では流石に余裕を持った回避は無理だったのか、光音は今度は大きくしゃがむようにして弾丸の軌道から逃れる。

    そしてそれは、今のアニ男を相手取るには余りにも大きな隙となった。


    アニ男「食らえ!」


    両の拳銃から交互に撃ち放たれる弾丸の雨が自由に動けない体勢の光音に襲い掛かる。

    攻防一体の武器である二丁拳銃の全てを攻撃に注ぎ込んだ殺意の雨を、光音は床を転がるようにして何とか回避する。彼女を追うようにして地面が弾け、抉れていく。

    光音が柱の後ろに隠れアニ男が掃射を止める頃には、付近一体の床が破壊され尽くしていた。


    光音「……変わりましたね。以前と比べると、まるで見違えるように」


    柱の裏に隠れたまま、光音がアニ男にそう声をかける。


    アニ男「あんな思いをするのは一度で充分だ」


    光音「そうですか。……本当に残念です。私としたことが、マスターにとっての禍根をみすみす見逃してしまうなんて」


    光音が悔しげな声でそう呟いた、


    次の瞬間。


    アニ男「ッ!?」


    光音が隠れた柱の裏から一筋の線が走ったかと思うと、アニ男の頬に鋭い痛みが走った。

    慌てて彼が手の甲で頬を拭うと、そこには僅かながら確かにアニ男の血が付いていた。


    光音「飛び道具を使うのが自分だけだなんて思わないことです。私はマスターを守るために一通りの武具は修めましたから」


    アニ男「……」


    アニ男は背中に嫌な汗が滲むのを感じた。冷静になろうとする頭とは裏腹に、血だけがフツフツとその温度を上げていくのを彼は確かに感じていた。

    本来なら今の銃撃で決めるか、せめて重傷の一つくらいは負わせたかった。いや、負わせなければならなかったのだ。

    今のアニ男にとって長期戦は不利以外の何者でもない。戦闘を続ければ続けるほど、弾を撃てば撃つほど、彼の中で眠っていた血が騒ぎ出すのだ。それは戦闘におけるアニ男の勘を鋭敏にしてくれるが下手をすれば彼から冷静な判断力を奪って行きかねない、まさに諸刃の剣だ。余りにも不安定なために出来れば出さないまま戦闘を終えたかった。


    アニ男「でも……そろそろヤバイな。今の掃射で能力を使い過ぎた……」


    光音「何を呟いているのかは知りませんが。来ないのならばこちらから行きます!」


    空気を裂く叫び声と共に光音が柱の裏から勢いよく飛び出す。それと同時に風切り音が二回鳴った。
  40. 51 : : 2016/08/25(木) 01:39:45

    アニ男「ぐっ!」


    咄嗟に危険を感じて走ったアニ男だったが少し遅く、再び彼の肌に鋭い痛みが走った。

    投げナイフか、はたまたクナイか。アニ男は光音の武器にそう当たりを付けた。それならば手数で押し勝てるとも。


    アニ男「持てよ、俺の理性……ッ!!!」


    アニ男は両手の銃を握りしめる力を強める。身体の奥から急速に何かが吸い取られるような錯覚を覚え、充分なリロードが行われたことを確信する。


    アニ男「ああああぁ!!!」

    光音「っ、弾幕の密度がさらに……!」


    アニ男は今にも消え飛びそうな理性を気合で留めつつ、幾重にも重なった破壊の弾幕で光音を追い詰める。

    しかし光音も手練れ中の手練れ。激しい掃射に顔を歪め藤色の着物に幾つも穴を穿たれながらも、その神がかり的な体捌きと投刃を駆使して決して致命傷は受けぬように立ち回る。


    アニ男「うおおおおっ!!!!!」

    光音「……ッッ!!!」


    攻めるアニ男も守る光音も、一瞬でも気を抜けばその瞬間に全て持っていかれるであろう極限の攻防。

    一秒一秒が永遠にも感じられる感覚を覚えていた両者だったが、やがて、静かにアニ男の弾幕が止んでいく。


    アニ男「はぁ、はぁっ……!!」

    光音「くっ……」


    激しい削り合いの末、アニ男と光音は疲弊こそしているもののお互いにまだその命は守りきっていた。


    光音「……まだです。マスターを脅かす不穏分子は、ここで……!!」


    しかし、激しい攻撃によって疲労している光音と能力の代償を無理やり抑えつけることによって疲労しているアニ男では少し勝手が違った。

    前者はまだ気合で無理が効くが、後者はもはやその気合すら絞り尽くしてしまった後なのだ。


    アニ男「まだ、負けられは……!」


    ゆっくりと近付いてくる光音に対してアニ男が精一杯の抵抗をしようと震える手で拳銃を握りしめた。


    その時だった。



    輿水「そこまでだよ、光音。もう充分だ」



    あの日、アニ男が辛酸を舐めさせられたもう一人の男。


    輿水 幸雄がいつの間にか光音の隣に立っていた。
  41. 52 : : 2016/08/25(木) 11:39:09
    輿水は服がボロボロになった光音とアニ男の姿を見て一瞬顔をしかめるが、再び笑顔を繕ってみせる。


    輿水「なるほど。あの時の新入りくんが……光音。お疲れ様。もう十分だよ」


    光音「しかしマスター!ここで排除しなければ彼らは追ってきます!」


    しかし光音は納得がいかない様子だった。輿水のためというのは相変わらずだが、彼女が自分の意思を見せることは珍しい。それを輿水は嬉しそうに眺めていたかと思うと、彼女の髪を撫でる。


    輿水「そうだね。彼らは間違いなく追ってくる。だけど、あっちにはわたちゃんもいるんだ。心配はいらないよ」


    輿水の言葉に自分が熱くなっていたことに気づいたのか光音は恥ずかしそうにうつむく。


    光音「失礼致しました。私としたことが、出過ぎた真似を……」


    輿水「いや構わない。むしろいい傾向だと思うよ」


    ひとしきり会話を終えると、彼はアニ男達に向き直る。


    輿水「失礼したね。追って来たいのであれば追ってくるといい。ただ俺からの親切なアドバイス……いや招待とでも言おうか。今ここで君たちふたりが追って来れば俺たちのパーティに参加することができるだろう。まあ俺たちとしてはもっと人がいてもいいんだが、まあ開始時刻を遅らせるような真似は無粋だからね我慢してほしい」


    アニ男「誰がそんな罠とわかっていながら……!ここでお前達を……!」


    アニ男は輿水に向けて銃を向ける。アニ男自身冷静さを欠き始めていることを自覚していた。しかし、数的不利を抱えていたとしてもここで彼らを排除してその上で先を目指すという判断は燕も同意見を持っていた。


    この先待ち受ける魔王に対してさらなる不利を抱える必要はないのだ。


    そんな彼らを見て輿水は笑う。


    輿水「そうかそうか。そのがむしゃらな瞳。やはり君は少し彼に似ている。ただひとつ先達として教えておいてあげよう。いま新入りくんを殺すのは実に容易い。それこそ1秒いらないだろうね。だがそうしないのは俺が君を面白いと判断したからだ。わたちゃんの指示でもなんでもなく、俺の匙加減ひとつだ。手のひらで踊らせるようなつもりはないが、ここはひとつ理解をして無駄に命を散らすのは避けてほしいところだね」


    アニ男の背筋に悪寒が走る。輿水は冗談でも慢心でもなくただ厳然たる事実を淡々と述べているにすぎない。


    それがはっきりとわかる。アニ男にとって屈辱的としか言いようがないことだが、いまは彼に従うほかに選択肢がない。



    アニ男はおとなしく銃を下ろす。そして、それを見て輿水は満足気に頷く。


    輿水「新入りくんも燕くんもまた後でね。それじゃあ失礼」


    「まじかよ。まあしらけちまったし。俺も帰るわ」


    そう言って輿水は一瞬にして姿を消す。それに続くようにガラの悪い男もその場を後にし、残ったのは光音ひとりとなる。


    光音「アニ男様、燕様。どうか、恐れないでください。たとえあなた方にどれほど残酷な真実が待ち受けようとも。目を背けないでください」


    そして彼女もまた、その場から姿を消すのだった。


    残されたふたりは安堵と困惑でもうどうしていいかわからないといった状態だった。



    アニ男「燕さん……どうしましょう」


    アニ男の口から漏れたのは不安だった。ふたりだけでこの先に待ち受ける敵に打ち勝てるという確信が持てないのだ。ある意味当然といえば当然の不安かもしれない。


    その言葉に燕は静かに目を閉じる。そしてゆっくりとその目を開くとアニ男をしっかりと見据えて口を開く。


    燕「行くほかありませんな。逃げたところでこの先魔王へたどり着く確率が限りなくゼロになるだけ。ならば私達にできることをするべきです」


    それでも煮え切らない様子のアニ男を見て燕は表情を険しくする。


    燕「逃げるなアニ男。お前は何のために戦っている。戦って戦ってその先で命を落とすことに悔いがあると言うのならばここで引き返せばいい。だが、それを許せぬ誇りが、信念がお前の中にあるのなら武器を取れ。全てを打ち払い勝利をつかめ」


    いつもの穏やかな彼と比ぶべくもないほどに鬼気迫る姿にアニ男は困惑した。だが燕は燕なりにアニ男を激励しようとしていることが感じられて少し嬉しくなる。



    アニ男「ありがとうございます。またあの時と同じことをするところでした。まだ俺は戦える。まだ終わってなんかいないんだ……!!」


    燕「いえ。こちらこそ失礼致しました」


    そう言った燕の笑顔は穏やかで優しいものだった。

  42. 53 : : 2016/08/25(木) 18:54:19


    それからアニ男と燕は通路を進むが、先は一本道だった。そしてしばらくすると出口のようなものが見える。



    そしてその先はドーム内部。人工芝の緑が煌々と光るナイター塔のに照らされて眩いほどに光を反射していた。


    そしてその巨大なグラウンドの隅には先ほどの面々そしてひとりの幼女が立っていた。


    「おお。主らが輿水が招いたとかいう者達か。待っておったぞ。まあ精々わたを楽しませるがよいぞ」



    わたと名乗る幼女は嬉しそうにアニ男達を迎える。そして幼女が魔王を名乗っているという事実を突きつけられたふたりは驚きを隠せないといった状態だった。


    アニ男「つ、つつつつ燕さん!?あれ幼女ですよどう見ても!」


    燕「ええ。私もあのような姿とは存知ませんでした。60年ほど前は20代くらいだったはずですが。渡瀬さん……あなたいったい何者なんですか……」


    アニ男「60年前に20代で、今は幼女……?ワケガワカラナイ……」


    それぞれの反応を見て幼女の姿をした夏未がケラケラと笑う。



    夏未「うむ。そこまで驚いてくれるとこの姿をとった甲斐もあると言うものよ。まあ余興はこの辺りにしてパーティを始めようではないか」


    そう言って夏未は指を鳴らす。

    すると彼らの立つグラウンドが地鳴りのような音とともに大きく揺れ始める。



    アニ男「な、なんなんだよもう!」



    そしてグラウンド中央がゆっくりと開き始め、巨大な大穴が口を開ける。



    そしてその中から巨大な建造物が姿をあらわす。


    燕「これはまた……」


    そこに現れたのは巨大な船。一見木製の情緒ある外観にはなっているが、その実は巨大な鉄の塊だ。


    それはT都のドーム11.4514個分あるとされるマッスルドームの大半を埋め尽くすほどに巨大な鉄塊。


    だが、アニ男や燕からすれば、こんな鉄の塊を陸の上において何になるのかということだ。海に浮かべるにしてもかなり厳しい気すらする。


    そんな時、夏未や輿水達が船の上に瞬時に移動し、声を張り上げる。


    夏未「不思議そうな顔をしておるな。だが心配は無用この船は海を滑る船ではない。宇宙(そら)を翔ける船だからな。そして同時に、この世界に蔓延るゴミを排除するための我らの剣……その名をミストルティン」


    夏未はそう告げるとその顔に幼女とは思えぬほどに獰猛な笑みを浮かべる。


    そして続ける。


    夏未「お楽しみはまだ終わらんぞ……輿水」



    輿水「はいよ」


    輿水が甲板にある扉のひとつをおもむろに開け放つ。すると、中から1人の女性が転がり出てくる。


    「あれ……?休日は?休日はどこなの……?」



    そしてその女性を誰もが知っていた。それは出雲風子だった。夏未は相変わらず滑稽なものを見ているかのように笑う。


    夏未「さあ。役者は揃った。今からこの船で手始めにここにのこのこと集まってきたゴミを掃除してくれようか。まだ止めようなどと愚かなことを考える者がおるなら登ってくることだ。わたが手厚く歓迎してやろう」


    そう言って彼女はアニ男たちに背を向けるのだった。
  43. 54 : : 2016/08/25(木) 21:20:47


    アニ男「ゴミを掃除って……あんた何をするつもりなんだ!?いや、その前に風子さんを解放しろ!」


    アニ男は船の上に向かって叫ぶ。


    だが夏未はしらけた表情を浮かべながらアニ男を見下ろす。


    夏未「……ふん、輿水がわざわざ招待したと言うから多少期待したものの……つまらんな」


    夏未がそう吐き捨てるように言うと、輿水がいやいやと言いながら話に割って入る。


    輿水「あれ、わたちゃんなら分かると思ったんだけどな。あそこにいる新入り君の目、彼に近しいものを感じないかい?」


    夏未「あやつの目にはどんな困難に見舞われようとも決して揺るがぬ覚悟……いや意地があった。そこにいる小童とは比べ物にならない程のな」


    そう言って夏未は再びアニ男に目線をやる。


    夏未「何をするつもりだと言ったな、それは今に分かる。一場、出来るな」


    そう言って一場と呼ばれた先程のガラの悪い男はニヤニヤしながら船の操舵輪を手に取った。


    一場「勿論だぜ、魔王様」


    夏未「よし、やれ」


    一場「あいよっ!」


    一場はそう言って操舵輪を右に回転させる。


    船が地についているのに舵を取ってどうするのかとアニ男は疑問に思っていたが、突然隣にいた燕が驚愕の声を上げる。


    燕「何だあれは……!?」


    よく見ると船の先頭の部分が大きく開き、中から巨大な砲塔が姿を現していた。


    その砲塔は見る見るうちにその全貌を現し、その圧倒的な存在感でアニ男達を圧倒していた。


    アニ男「一体何を……いや、ゴミを……掃除?掃除って……まさか!?」


    燕「くっ、やられたっ……!!」


    そう言って2人が船に向かって駆け出したのはほぼ同時だった。


    だが時は既に遅し。


    砲塔には白い炎のようなエネルギーが集まり始めていた。


    一場「バーカ、おっせえよ」


    一場は横目で船に近づく2人を見て、そう零しながら目の前を見据える。


    この船が向いている方向にはこのマッスルドームの入口に当たる場所がある。


    そしてそこでは今、新を含めた大勢のチェリッシュのメンバーが戦闘を繰り広げていた。


    アニ男「駄目だ、そっちには皆が……っ!おいやめろっ!!」


    燕よりも早く船に接近したアニ男は銃を構えながらそう叫ぶ。


    一場はその言葉に耳を傾け、その上でにやついた笑みを浮かべながら言った。


    一場「やめねえよ馬鹿野郎」


    そう言って彼は操舵輪の真ん中にあったスイッチを叩きつけるように押す。


    すると砲塔に溜まった白いエネルギーが一点に集束し、一条の光となって正面の大地をなぞるように放たれた。


    瞬間、全ての動きが止まったかのように静寂が辺りを支配する。


    そして地面が震えるほどの爆音が響いたと同時にマッスルドームの入口付近が爆発して吹き飛ぶ。


    瓦礫が大量に船に向かってくるが、それは見えない壁に弾かれるようにして船の中には入ってこなかった。


    そんな瓦礫が雨のように降る中、アニ男と燕はようやく甲板へとたどり着くが2人は呆然と目の前の光景を眺めていることしか出来なかった。


    一場「ははははは!!やべえ!!これすげえなおい!!」


    一場は興奮冷めやらぬと言った様子で大笑いする。


    それとは対照的に光音は痛々しそうな表情を浮かべて眼前の光景から目を逸らしていた。


    そんな光音を慰めるように輿水は彼女の横に立ちながら、火の海と化した目の前の光景を見つめていた。


    そんな中、ただ1人だけが火の海となったマッスルドームに一切目を向けていなかった。


    夏未「わたは確かに忠告したぞ、ここに来たら手厚い歓迎があると。よもや忘れたとは言うまい」


    そう言って夏未は凄惨な笑みを浮かべながらアニ男と燕を睨みつけた。
  44. 55 : : 2016/08/26(金) 12:44:32


    アニ男「……渡瀬、夏未……!!」


    アニ男は鬼の如き形相で夏未を睨み付ける。彼は手に持った欲望と制裁の弾丸を固く握りしめ、必死で冷静さを取り繕いながら夏未に問うた。


    アニ男「なんで……なんでこんな事をする!?お前の目的は何なんだ!!」

    燕「私からも尋ねたいですな。渡瀬さん……貴女は確かに時として横暴に振る舞い、悪魔と形容される事もあった。しかし!私の知る貴女は、あの学園で働いていた保険医は、非道でありこそすれど決して外道ではなかった筈だ!」


    アニ男と燕、二人の糾弾を受けても夏未は全く動じる様子はない。むしろその笑みをより一層深くして、燕の方に視線を移して彼女は言った。


    夏未「あの学園、か。随分と懐かしい事を言うじゃないか?そんな見た目で、まるで愚図る幼子のようだ」


    燕「何を……」


    夏未「芯が変わっていないと言うのだ。ただ無駄に歳月を重ね、無駄に皺を刻んでも……貴様は所詮あの時の、優柔不断な若造のままだとな」


    燕「…………」


    夏未の言葉に燕は何も言い返せない。

    彼が顔を曇らせ、俯きかけたその時だった。


    アニ男「いい加減にしろよ……!」


    二人の会話に口を挟んだのはアニ男だった。

    彼は燕よりも一歩前に出ると、激情のままに叫んだ。


    アニ男「黙って聞いてれば偉そうにしやがって!ロリみたいな見た目の癖して、何が若造だ!!」


    夏未「分かっていないな。わたが言っているのは心の在り方の話、容れ物の見た目なんぞどうでも良い」


    アニ男「それが偉そうだって言ってんだ。……燕さんはな、誰よりも強い人だ。賢い人だ。それはお前なんかよりも、実際に助けられた俺の方が何十倍も知ってんだよ!!」


    燕「……!アニ男君……」


    アニ男「やりましょう燕さん!俺は奴と燕さんの間に何があったのかは知りません。でも……奴はやっぱり倒すべき敵です。倒さなきゃならない敵なんです!」


    燕「……私としたことが情けない所を。……ええ、やりましょう。この燕、もはや迷いはありません」





    夏未「はぁ……やはり輿水、貴様の見立ては間違いだ。この若造は奴とは大きく異なっておる」


    輿水「はぁ、ごめんねわたちゃん。お詫びってわけじゃないけど、それなら俺が片付けてこようか?」


    夏未の言葉に頭を掻いて言う輿水に、彼女は再び獰猛な笑みを浮かべて言った。


    夏未「たわけ。……奴とは異なるが、しかしこれはこれで面白い。纏めてわたの遊び道具だ、お前は船の操舵でもしていろ」


    輿水「……なんだ。結局気に入ってるんじゃないか」


    そう言って輿水は薄く笑った。
  45. 56 : : 2016/08/26(金) 12:44:50


    夏未「さて、若造共よ。作戦会議は終わったか?」


    アニ男「お陰さまでな。その小せえ眉間にしこたまぶち込んでやらぁ!」


    夏未「それは楽しみだ」



    アニ男と夏未の間に、一瞬だけ静寂が満ちる。

    それが戦いの開始の合図であり、両者はどちらからともなく動いた。



    アニ男「『欲望と制裁の弾丸』!!」


    黒の銃身が破裂音と共に3発の弾丸を射出する。圧倒的な加速力を持って放たれた弾はそれぞれ夏未の頭部、胸部、足部を穿つべく喰らい掛かる。

    ……しかし。


    夏未「なんだそれは。スタートの合図なら要らんぞ?」


    夏未が軽く腕を一振りする。

    それだけで破壊の波とでも言うべき衝撃波が辺りに広がり、アニ男が撃ち出した弾丸は全て弾き飛ばされてしまった。


    夏未「つまらん。出し惜しみなどするでないぞ」

    アニ男「出し惜しみか。そう見えるんなら、所詮お前はその程度だって事だよ!」

    夏未「何を……!」


    そこまで口に出してから夏未は気付いた。

    いつの間にか、燕の姿が消えている。


    夏未「後ろか……!」

    燕「遅い」


    一閃。

    銀の輝きが閃き、夏未の腕がそれを叩き上げるように振り上げられ、刃は夏未の頭上を斬り払った。


    夏未「危ない危ない」

    アニ男「気ぃ抜いてんじゃねえ」

    夏未「!、おっと」


    夏未が一息を吐いたのも束の間、いつの間にか彼女に近付いていたアニ男が近距離から火薬を炸裂させる。

    夏未はそれに空いた左手での手刀で対応した。距離が埋まった事を利用し、アニ男の弾丸を払いつつ彼の身体を吹き飛ばしに掛かる。


    アニ男「ぐぅっ!……ぅ、らあ!!」


    強烈な風圧に煽られながら、しかしアニ男は気合いで踏ん張って耐え、比較的風の弱い足元を狙って再び数発の弾丸を撃ち放った。

    だが夏未は驚異的な脚力で跳躍してそれを躱してみせる。


    やはり常識の範囲を優に超えた魔王の戦闘。しかしそれを見てアニ男は笑ってみせた。


    アニ男「跳んだな。隙ありだ」


    アニ男の視線の先。

    居合いの構えを取った燕の剣が、青白く輝いていた。


    夏未「小癪な……」

    燕「『自家発電(セルフライトニング)』!!」



    地から天へ。


    逆巻く雷が夏未の身体を呑み込んだ。

  46. 57 : : 2016/08/26(金) 12:45:25


    アニ男「やったか……!?」

    燕「手応えは確かに。躱されはしていない筈ですが……」


    アニ男と燕は素早く後退して距離を取り、立ち込める煙を注視する。

    ゆらりと、立ち上がる影があった。


    夏未「やれやれ。電気マッサージなどまだ受ける歳ではないというのに」


    夏未は大してダメージを受けた様子も見せず、煙の中からゆっくりと歩いて現れた。


    アニ男「……っ!」


    燕「やはり規格外。私の自家発電が直撃して、まさかここまで傷を与えられんとは……!」


    口では決着を望みながら、彼らは実のところ彼女の生存を確信していた。なにせ相手はかの魔王なのだ、こうも容易く終わる筈もない。

    しかし、ここまで平気な顔をしているというのは予想外だった。彼らは改めて魔王という怪物の底知れなさを実感する。


    アニ男「こんなのどうしろってんだよ……!」

    燕「……私に一つ、考えがあります。彼女に深い手傷を負わせる唯一の策が」

    アニ男「本当ですか!?」

    燕「しかしこれは全てを賭けた一撃になります。避けられればそれで終わり、確実に当てるための場を用意する必要がある」

    アニ男「……何とかやってみせます、だから燕さんもお願いしますよ」

    燕「命に代えても」


    2人は小声でやり取りを終え、同時に夏未に向かって走り始める。

    夏未は意外そうな顔をして言った。


    夏未「存外意地を張るではないか。特に燕よ、お前はアレを凌がれたら打つ手なしかと思ったが」


    燕「例え性根があの頃の若造のままだとしても、私とて無駄に年月だけを重ねたわけではない!」


    燕が刀を横に振り薙ぐと、その軌道から発生した雷が夏未目掛けて襲い掛かっていく。


    夏未「2度同じ手は食わんぞ。雷も……不意打ちも、な」


    夏未は足を振り上げると力の限り蹴り下ろした。轟音と共に地面が割れ、飛び出した床の塊が雷を防ぐ盾となる。

    さらに無数の床材の弾丸が、夏未の背後から迫っていたアニ男に襲い掛かった。


    アニ男「くっ!」

    夏未「やられっぱなしは性に合わんからな。撃たれたら撃ち返す、というやつだ」


    無数に飛来する破壊の弾丸を出来るだけ避け、どうしても回避しきれないものは撃ち壊す。

    そんな必死の防戦中のアニ男に向けて魔王は無慈悲にも距離を詰めていく。


    夏未「ほれほれ、肝心の敵に対する注意が甘くなっておるぞ!」

    アニ男「があっ!!」


    夏未の正拳突きがまともに腹にめり込み、アニ男は苦悶の声を上げた。


    アニ男「痛ってえ……!けど、これで」


    アニ男は呻きつつも両手に持った拳銃を夏未に突き付ける。

    腹の底から注ぎこめるだけの力を全て注ぎ込み、欲望と制裁の弾丸をフルリロードする。


    アニ男「幾ら頑丈って言ってもよ……ゼロ距離からの一斉乱射だ、どこまで耐えられるかな?」


    不敵な笑みと共にアニ男は両の指先に力を込めた。夏未に向かって横一直線に、弾丸の雨が撃ち注ぐ。


    夏未「……っ!!中々悪くない!が、まだ足りないな!!」


    両腕を交差して弾丸の雨を受け止める夏未はそう言って楽しそうに笑ってみせた。

    確かに彼女は動きこそ封じられているとはいえ、その身体にダメージを受けている様子は微塵もない。



    ……万事休す、だっただろう。


    もしもアニ男が一人であったのなら。

    だが。


    燕「ならば私が足しましょう。この生涯の全てを、一刀の下に……!」


    歴戦の老剣士は決して機を取り違えず。彼は既に夏未の側へと迫っていた。


    夏未「雷で足りぬのは先刻見せつけた筈だが?」


    燕「これは我が武練の果て。自家発電の力を極めた究極の一振り」



    燕は眩い輝きを放つ抜き身の日本刀を大きく振り被り、そして叫んだ。



    燕「『自家発電・過重雷光(セルフライトニング・オーバーロード)』!!!」





    白光を湛えた刃の一撃が静かに、夏未の身体を縦一文字に切り裂いた。

  47. 58 : : 2016/08/26(金) 12:46:12









    夏未「……?」


    斬られて、夏未は怪訝な顔をした。

    痛みはある。斬られたのだからそれは当然だ。しかしそれは想像よりも遥かに弱い痛みだった。

    少なくとも、この程度の攻撃が夏未を死に至らしめることは絶対にない。夏未はその顔に燕への失望を露わにした。


    夏未「……散々豪語して、これか」



    その様子を見て、アニ男の顔には絶望の色が指す。


    ……しかし。異変はすぐに現れた。



    夏未「む……?」



    違和感を覚え、夏未は袈裟に斬られた傷口を見やる。そして驚愕した。

    傷口が青白く輝き、帯電している。しかも、それは加速度的に激しさを増していき……


    夏未「……ぐ、ぐぉぉ!?」


    遂に夏未はその場に膝をつき、顔を痛みで歪めるまでに至った。

    しかし傷口の輝きが収まることはない。


    燕「言ったでしょう、私の全てを一刀に込めると」


    燕「……それは一切の無駄を削ぎ落とした秘剣。自家発電の力を全て刀身に込め、そして斬り口に注ぎ込む無情の剣。……内から灼かれて死んで行け。暴虐の魔王」


    静かにそう呟き、燕はその刀を鞘に収めた。
  48. 59 : : 2016/08/26(金) 14:21:56


    地に伏し、痛みに喘ぐ魔王。血反吐を吐き、あたりを血に濡らす。彼女の姿は先ほどの自信に満ち溢れたものとは違い、自らの作った血の海に今にも沈むのではないかと言った様相だった。


    それを見て背後で輿水が頭を抱えてため息をつく。仲間である者の死を前にしてはあまりに淡白な反応。その異常さに眉を寄せる。



    輿水「戦う前からなんか仕込んでると思ったら……流石にこれは趣味が悪いぞわたちゃん」


    アニ男から見ればただの現実逃避。魔王の死を前にしてそんなこと有り得ないと現実を否定することしかできない憐れな男の姿だ。


    だが燕は明確に感じ取っていた。輿水に焦りはない。本気で呆れているのだ。



    輿水「いや……死んだふりにトマトジュースって……学芸会じゃないんだから……」


    輿水は巧妙に夏未の背後に隠され転がっていたトマトジュースの缶を拾い上げながら告げる。


    アニ男「は?」


    もうアニ男にはそれ以外思い浮かぶ言葉がなかった。


    そしてそんなやりとりをしていると夏未はゆっくりと起き上がったかと思えば、飛び上がり輿水の顎を蹴り上げんとする。


    間一髪回避する輿水だったが、まさかのフレンドリーファイアに驚きを隠せない。


    輿水「いやいやいや。俺の顎蹴り砕いてどうすんの!?危なすぎんだろ!見境なしか!」


    夏未「うるさい!せっかくわたが楽しんでおるのに水を差すおまえが悪いのだ!」


    相変わらず気紛れな魔王は戯れが好きらしく、真面目に戦うつもりなどもとよりなかったのだろう。輿水はそれに気づきやれやれと首を振る。


    輿水「ったく……もう好きにしてくれ……」


    そう言って輿水は後ろに下がる。


    夏未「全く。無粋なやつよ……さて仕切り直しと行こうか?」


    口元や手に付いたトマトジュースを拭い取ると、そう言ってアニ男達に向かい合う。


    燕「効いていないというのか……なぜだ……確実に攻撃は入っていたはず……」


    そう確実に攻撃は入っていた。しかも、燕やアニ男に気付かれずにトマトジュースの缶を開け、口に含み、缶を隠すまで作業をやってのけたのだ。信じられるはずもない事実だった。


    夏未「ふむ。不思議か?ではおまえ達に問おう。いまおまえ達が使うその力の根源とはなんだ?そして、その強弱は一体どうやって決まる?」


    燕もアニ男も考えたこともなかった。ある日突然与えられたにも近しいこの能力。それを磨き上げれば強くなった。


    それが結局何に起因しているのか。その答えを持ち合わせてはいなかった。


    夏未「まあ知らぬだろうな。魂の力とでも言うべきか。それがそれぞれの持つ能力となる。そして精神を高め、研ぎ澄ますほどにその力は大きくなる。あらゆる想いが力となる」


    夏未は淡々と語る。そして続ける。


    夏未「何故という質問に答えていなかったな。至極簡単なことだ。おまえが強く想い研ぎ澄ました精神が、わたの遊び半分に及ばぬということだ。如何に高潔を語ろうとも、その程度の想いで何が変えられるというのだ。わた達を愚弄するのもほどほどにしておけ」


    夏未が今までにないほど語気を強くして言い放った言葉は、アニ男や燕の心に深々と突き刺さった。

  49. 60 : : 2016/08/26(金) 21:46:44


    しかし、と夏未は言いながら燕の方に目をやる。


    夏未「あの若造がわたの遊び道具として働けるようになるとはな、おかげで楽しめたぞ」


    燕「楽しめた……か。所詮貴女にとって全ては遊び道具に過ぎないのか……?あの日、命を賭けて私を導いてくれた彼らの事も単なる舞台装置程度にしか思っていなかったのか……っ!」


    自分の出せる全ての力を出し切り、それすら意にも介さない夏未に尚も立ち向かおうとしながら燕は怒気を孕ませながら言う。


    夏未「……ふん、つまらん事を。いつまでも過去に縋る貴様に最早語る事は無いわ」


    燕「ならば、その口から聞き出すまでよ……っ!」


    隣で夏未の言葉に大きなショックを受けていたアニ男にそんな燕の怒りが伝わる。


    アニ男には燕の言っていることの半分も分からない。


    だが燕にとってそれが何にも替え難い大切なモノであるという事だけは分かった。


    己の力を出し切った燕が一番傷ついてるはずなのに、そんな彼がまだ立ち上がろうとしている。


    そんな中どうして自分がへこたれていれようかとアニ男は自分を奮い立たせる。


    夏未「ほう……あれだけ虚仮にされながらまだ立ち上がるか」


    アニ男「当たり前だろ……確かに俺達はあんたの足元にも及ばないかも知れない、でもそれは諦める理由にはならない。俺は託されてるんだ、負ける訳にはいかないんだよ!」


    そう言ってアニ男は再び銃口を夏未に向ける。


    燕もそれに倣う様に刀の切っ先を夏未に向けた。


    その2人の様子を見ながら、夏未は何が面白いのか笑いを漏らす。


    夏未「成程な、なかなか頑丈で遊びがいのある玩具ではないか。ふふ、楽しませてもらった礼に面白いものを見せてやろう」


    そう言うと夏未は目を瞑り、放っていた闘気を静かに落ち着かせていく。


    輿水「おいおい、わたちゃんマジ?船だけは壊してくれるなよ?」


    輿水がそう言いながら光音と一場に夏未と距離を取るように指示して、己も下がる。


    アニ男「何だ……?」


    夏未「おまえらは自分らの能力に未だ次の段階があると知っていたか?」


    夏未は目を瞑ったまま、2人に向かって問いかけた。


    その問いに燕は静かな声で答える。


    燕「セカンドステージ……限られた非リアのみが到達できるという非リアの極致」


    アニ男「セカンドステージ……?非リア……?」


    アニ男にとって聞き覚えのない単語が並べられる中、夏未はその通りだと返す。


    夏未「この姿でもおまえらを捻るのは簡単な事だが、冥土の土産にどれだけ向かって来ようと決して埋まることの無い力の差と言うものを教えてやろう」


    そう言って彼女は口元に笑みを浮かべながら呟いた。




    夏未「刻詠セカンドステージ、『刻鏡』……解除」




    その瞬間、夏未を中心として突風が巻き起こった。
  50. 61 : : 2016/08/26(金) 21:48:34


    アニ男「何だよこの風!?」


    燕「分かりません……ですがこれは風などでは無い!莫大な闘気が彼女から溢れ出ている!」


    脚を踏ん張っていなければ直ぐにでも吹き飛ばされそうな程の突風の様な闘気がアニ男達に叩きつけられる。


    しかしそれは程なくして落ち着いていき、アニ男達は夏未の方を見る。


    ────そして、戦慄する。


    先程までの小さな幼女の姿から一変、黒く艶やかな長髪をたたえた美女の姿となった夏未。


    だがアニ男達にはそんな夏未の容姿を見る余裕など存在しない。


    その場にいるだけで両肩に鉄の塊を乗せられたかのように錯覚するほどの重圧に押し潰されないように気を保つ事で精一杯なのだ。


    アニ男「……っ……くっそ、足が動かない……っ」


    燕「これが……魔王の本気、という事か」


    顔から汗を滴らせながら押し潰されそうなプレッシャーの中、2人は口を開く。


    しかし2人に対する返事は予想だにしない方向から聞こえてきた。


    夏未「これが本気?なかなか気の利いたジョークじゃないか」


    燕「うし、ろ─────」


    燕が驚愕の表情を浮かべながら振り返ろうとした時には、夏未の右手が燕の胸に触れていた。


    そして燕は声を発することも無く吹きとばされ、船の壁にめり込んだ。


    輿水「壊すなつったのに……」


    輿水はその様子を見ながら頭を掻きながらそうぼやいた。


    夏未「そう言うな輿水。誰にでも失敗はつきものだろう?」


    そう言って夏未は楽しそうに笑みを浮かべながら言った。


    輿水「そんな楽しそうに言われてもねえ、まあ元から期待なんてしちゃいなかったけどさ」


    そんな夏未にあてられたのか輿水も半ば諦めたかの様に苦笑した。


    アニ男「待てよ……!まだ、終わってねえだろ!」


    楽しそうに笑う夏未の背後からアニ男がそう吠えたと同時に銃声が数回響く。


    だが夏未はそれを振り向きざまに手で払うようにして叩き落とす。


    アニ男「ちっくしょうがぁ!!」


    夏未「む、この重圧の中で動けるか」


    夏未は走り出したアニ男に向かって少し意外そうにそう言った。


    アニ男「こんなの屁でもねえ……俺が背負ってるものに比べたらこんなもの!」


    そう言いながらアニ男は銃を乱射しながら自分の血が沸騰する様な感覚の中に身を預ける。


    そうでもしなければ今この状況を打破する事は不可能だと踏んだからだ。


    アニ男に流れる半分の戦闘民族の血はその力を存分に発揮する。


    事実、アニ男は出鱈目に銃を乱射しているように見えて、その弾丸は夏未のカバー出来ない箇所を確かに狙っていた。


    アニ男「おおおおおっ!!」


    言葉通り、雨が降るように弾丸が夏未を襲う。


    夏未「やれば出来るじゃないか」


    彼女はアニ男渾身の弾幕を見ながらどこか嬉しそうに呟いた。


    しかし直ぐに鋭い目付きで、両脚に力を込めるように姿勢を低くする。


    夏未「だが、まだ足りないな」


    そう言い放つと同時に上空から襲い来る弾丸に向かって夏未は目にも止まらぬ速さで蹴りを放った。


    その蹴りで起こった爆風により、弾丸は軌道をずらされ全て夏未の傍に落ちる。


    アニ男「なっ……!?」


    夏未「私に傷をつけたければあと3倍の銃弾が必要だな、それでも怪しいが」


    そう言いながら夏未は歩いて、立ち尽くすアニ男の前に立ちはだかる。


    アニ男「何なんだよっ……どうしたら俺は皆に報いる事が……!」


    夏未「さあな。それは私が教えてやる事では無い」


    夏未はそう言い捨て、容赦無くアニ男の腹部に強烈な拳を叩き込んだ。


    その威力にアニ男は為す術もなく吹き飛んで壁に衝突し、そのまま地面に倒れた。
  51. 62 : : 2016/08/27(土) 08:34:49


    アニ男「…ぁ………っ」


    腹部に捻じ込まれた夏未の拳の威力が壁で反射・拡散し、アニ男の全身を縦横無尽に蹂躙した。

    まるで大型のプレス機で圧死させられたような感覚。または体内で爆薬が炸裂したような感覚。矛盾した相反する比喩が両方当てはまってしまうほどに意味不明な衝撃がアニ男を襲い、その意識を容赦なく消し飛ばそうとしていた。


    アニ男「っ……ぐっ、ぅぅ……!」


    歯が砕けそうな程に噛み締め、実際に歯茎から血を噴出させながらアニ男は必死で意識を繋ぎ止める。

    意識(これ)を失ってしまえば終わりだ。糸の切れた人形になればもう、なす術もなく廃棄される未来しか待っていない。だから何があってもここで意識を失うことだけは許されない。


    アニ男「ぅぅぅああっ!!!」


    マトモな呼吸すら怪しい状態で決死の力を振り絞り、叫び、漆黒の銃身を持ち上げる。


    もはや純白の方は使い物にもならなかった。アニ男は気付いていた、己の能力の限界を。

    ───つまりは弾切れだ。雑兵相手の時は温存という思考があったが、それ以降の2連戦において彼は体内を流れる琉球の血に支配されるままに理性を半分飛ばしながら戦っていた。その結果があの一斉掃射の乱用だった。威力は高いが無駄な弾を大量に消耗した。いわばアニ男は今、過去の暴走の反動を受けているのだった。


    黒い銃身に残った弾も所詮は残り1発。魔王に届かせるには余りにも数が足りなさすぎる。それを頭の中心でしっかりと理解していながらも、しかしアニ男にはこの決死の抵抗をやめることはできなかった。最後の一滴まで出し尽くさなければ、文字通り死ぬ気で全てを絞り出さなければ、死んで全てを失っていった仲間たちに余りにも申し訳が立たない。その想いだけでアニ男は死の淵に追い込まれた身体を動かし、そして引き金を引いていた。



    重々しい音と共に放たれた、正真正銘最後の弾丸は。








    夏未「……終わりだな。もう」




    震える腕でまともな照準も合わせずに放たれた弾は、ただ虚しく見当違いの所へと飛んでいった。


    小さく、どこかの壁に穴が空いた。


    それだけで最後だった。





    ───アニ男の意識が、深い闇に沈んでいく。
  52. 63 : : 2016/08/27(土) 10:16:46




    「……沈んできやがった。ケッ、情けねえ野郎だ」


    耳元で囁くような静かな声。

    その声にアニ男が目を開けると、そこには果てのない真っ白な世界が広がっていた。上下の感覚すらもなく、自分が今立っているのか浮いているのかすら分からない世界。


    そんな場所に、フードを深く被って顔を隠した1人の男が立っていた。


    アニ男「……君は……」


    「よおアニ男。こうして直接話すのは初めてだな。……まあ最も、話ってんなら毎日してると言っても過言じゃあないんだが」


    アニ男「……?」


    「分からねえか。じゃあ自己紹介してやるよ」

    「俺はアニ男、お前の無意識みてえなもんだ。一つ違うとすれば……俺はお前の少々荒っぽい部分を受け持ってるって事ぐらいだな」


    余りにも荒唐無稽なその宣言を、なぜか不思議な事にアニ男は疑う気にならなかった。

    すんなりと彼の言葉が理解できた。嘘とか本当とかではなく、在るべき所に在る感覚。落ちるべき所に落ちた感覚。

    それだけ、彼の目の前に広がる世界は彼にとっての当たり前だった。


    アニ男「そうか……欲望と制裁の弾丸、あれを使う時にいつも感じていた血の高まり。あれは君が現れる合図だったってわけだ」


    「正確には出たくて出て行ったわけじゃねえけどな。あの女が言う通り非リア術は魂の力、強い精神の昂りに応じて世界に顕現する己の魂そのものと言ってもいい。お前の場合、その過程で魂の奥で眠っていた俺まで引きずり出されたってわけだ」


    アニ男「あの女……そうだ!こんな事してる場合じゃなかった、皆は……!!?」


    「落ち着けよ」


    アニ男の無意識、フードで顔を隠した青年はその言葉と共にアニ男に何かを押し付けた。

    それは紛れもない『欲望と制裁の弾丸』だった。黒と白の2つの銃口がアニ男の頭に突き付けられている。


    アニ男「なっ!?何を……!」


    「慌てんな。こんなもん既にガラクタなんだからよ」


    青年が言うか早いか、2丁の拳銃は次第にその形を失っていく。まるで砂塵に帰すように、細かく分解されては消えていく。


    アニ男「欲望と制裁の弾丸が……!!」


    「何にでも限界はある。こいつもそれを迎えたのさ。……性欲(たま)を失えば無力になる、それが銃の常識ってもんだ」


    アニ男「そんな……!じゃあ僕はこれからどうやって戦えば……!!」


    「安心しろよ。もうお前が戦う事なんてねえ。……覚えてんだろ?負けたんだよ、俺ら」


    青年が告げた紛れもない真実にアニ男の顔が固まる。


    アニ男「……でも、僕はまだ」


    「ここはお前の、川島アニ男の精神世界だ。神経だの何だの余計なもんを通す必要がねえから会話に掛かる時間はほぼゼロなのさ。……言い換えちまえば、お前はそれでかろうじて生きてるように錯覚してるだけだ。一度現実に戻っちまえば、きっと一瞬で頭蓋蹴り砕かれて終いだよ」


    アニ男「……!!じゃあどうすれば……!!!」


    「どうしようもねえよ。学校のテストじゃねえんだ、常に理想の正解なんてあるわけがねえだろ」


    アニ男「そんなの余りにも……!」


    「これが現実ってもんだよ。……なんだ、一回叩きのめされた時に嫌でも学んだと思ったんだがな。どうやらまだまだ甘い、優しい夢の中に生きてたらしい。そりゃ負けるわな」


    アニ男「〜〜〜っ!!」


    青年の横暴な物言いにアニ男は思わず彼の胸ぐらを掴んだ。

    しかし青年はアニ男の行動に薄く笑い、そして言った。


    「そうさ、いつもこうだ。ウジウジウジウジと思い悩んで、そのくせ最後は何もかも考えるのが嫌になってこうやって思考を放棄するんだ。……この腕がお前の弱さの証拠で、お前が負けた理由だよ。アニ男」


    アニ男「何を……!!」


    咄嗟に言い返そうとして、しかしアニ男は何も言えなかった。

    青年の言葉は図星だった。アニ男の無意識なのだから、ある意味では当然といえば当然なのだが……彼にそこまで考えている余裕は今はなかった。


    「……ああ。馬鹿め、終わっちまうじゃねえか」


    青年が小さく呟いた、その時だった。


    アニ男「!?」



    世界が揺れ、果ての白に大きく亀裂が走り始めた。

  53. 64 : : 2016/08/27(土) 10:17:07


    「今、逃げたろ。もう何も考えたくないって思ったろ。……じゃあ精神世界から弾き出されるのは当たり前だわな。残念ながら時間切れってわけだよ。お前自身で決めたタイムリミットなのが滑稽だが」



    青年の言葉にアニ男は焦りの色を隠せない。

    揺れは収まるどころかむしろ益々強まっていた。青年の言葉は疑うべくもなかった。


    そのうちアニ男の心を支配し始めたのは怒りだった。彼は心の内をそのまま青年にぶつける。



    アニ男「……何なんだよ。なんでこんな目に遭うんだよ!なあ!!」


    アニ男「僕が何かしたか!?してないじゃないか!!僕は普通に、何の罪を犯すこともなく平穏に暮らしてきたじゃないか!!?それなのに……先に僕に牙を剥いたのは世界だっていうのに、なんで僕がこんな目に……!!!」



    「甘えてんじゃねえ!!!」



    アニ男「!!」



    「なにが普通に暮らしてきた、だ。なにが罪を犯すこともなく、だ!そんなのは当たり前なんだよ。それでいて人間は皆苦しむんだ!ああ、そうさ。人間は常に被害者だよ!世界に、他人に、常に苦しめられている被害者だ!!」


    アニ男「そんなの……余りにも理不尽じゃないか!なんで……!!」


    「欲するからだ!満たされる事を知らず、常に上へ上へと向かおうとするからだ!だから俺らは世界に罰される。欲望を抱いた罰として制裁を受ける!!」


    アニ男「……!!!」


    「人間は弱い。それこそ群れなきゃ何も出来ねえ程にだ。今を生きる70億じゃ到底足らず、過去を生きた先人の知恵まで持ち出してやっとって程にだ」

    「なのに人間は多くを望む。だからどこかで挫折する。……救いようのない話だよ、本当に」



    そう言って一度深く目を瞑ると、青年は少し落ち着いた様子で言った。



    「さあ、時間だ。……これがきっと俺とお前の最後の会話になる(・・・・・・・・・・・・・)。だから心して答えろよ」



    アニ男「……」



    既に純白の世界は半分ほどが崩壊している。

    そんな中で、青年は真剣な目をしてアニ男を見つめ、言う。



    「お前はどうしたい。いや、どうするつもりだ。……聞かせろよ」





    青年の問いに、アニ男は暫し沈黙し。


    そして、やがて静かに口を開いた。
  54. 65 : : 2016/08/27(土) 10:17:37


    アニ男「僕は……それでも、皆を守って世界を変えたい。魔王を倒したい」


    「忘れるなよ。お前らは所詮は少数派だ。この世界の大半は今の魔王の政策を受け入れてんだ。……それでも、やるのか」


    アニ男「こんな世界は間違ってる。だってお前が今言ったじゃないか、人間は常に欲するものだって」


    「欲してるじゃねえか、今も。少なくとも性欲に関しちゃ、これより満たされる世界は他にはないぜ?」


    アニ男「いいや、違うね。そんなのは……今世界に蔓延ってるものは、決して欲望なんかじゃない!それ以下の薄汚い何かだ!!」


    「……ほう?」


    アニ男「人間が欲するのは、常に前を見ているからだ。常に未来を見ているからこそ人間(ヒト)は多くを欲するんだ。その眼はいつも無数の未知を映しこんでいるからだ!」


    アニ男「でも今はそうじゃない。今、人間の眼には何も映ってやしない。ただ与えられたものに飛びついて、未来なんてこれっぽっちも見てやしない!」


    アニ男「だから僕は倒すんだ!この世界を作り出した元凶を。魔王、渡瀬 夏未を僕は倒す!だから……お前も僕なら、ウダウダ言ってないでさっさと力を貸せ!!!」



    アニ男は力強くそう言い切った。


    青年の顔に、先程までとは違う大きな笑みが浮かぶ。


    「はっ、随分と大口叩きやがる!……だが正解だ。教えてやるよ、俺はお前の無意識だからな。……お前は最初っから、ずっとそれを望んでたんだぜ。ただ気付けなかっただけでな」


    アニ男「……!じゃあ」


    「ああ、力なんざ幾らでも貸してやらぁ!そもそも俺はお前、お前は俺だ。考えが完全に重なり、心の底から一つの願いを望む今……お前の非リア術は100パーセント真の力を発揮する!」


    アニ男「!!」



    青年の叫びと呼応するようにして、白の世界が最後の大崩壊を始める。

    もうアニ男には必要ないのだと、そう伝えるようにして。意識と無意識の境界はその形を失っていく。


    「迷うなよアニ男(オレ)。大見得切ったからには、真っ直ぐ前を見続けろ」


    アニ男「……ああ!」




    そして、世界は完全にその形を失い。


    アニ男の意識は再び現実へと帰還する。
  55. 66 : : 2016/08/27(土) 14:50:23



    一方、ふたりの戦いを見守る風子は倒れたアニ男を見てなお、動こうとはしなかった。


    輿水「わたちゃんと大喧嘩して更地を作った時からはそうぞうできないほどの堪え性だな」


    風子「うるさい」


    茶化すように告げる輿水だったが、彼女が夏実に攻撃を仕掛けるタイミングを今か今かとうかがっている事に気付いていた。


    彼女は誰よりアニ男逹に期待を寄せているのだろう。アニ男が必ず夏未を消耗させ、隙を作ってくれるとそう信じているのだ。


    風子「あなたこそ止めないの?あの時みたいに」


    輿水「嫌だよお前らふたり止めんのどんだけ疲れると思ってんだ。それに俺はお前らのどっちが正しいかなんてどうだっていい。それこそドブに捨てちまえってなくらいにな。俺にはお前らがなんでこんなくだらない茶番をしているのかもわからない」


    輿水は淡々と告げる。彼らの覚悟がなんだというものなど輿水にとって無価値なものでしかない。本質が見えないがために理解を放棄し、わからないから仕方ないと努力しない者達も。本質を見ていながらそれを語らず孤独に生きる者のことも。酷く馬鹿馬鹿しい。お互いが非効率的で非生産的とも言える無駄な意地の張り合いを始めなければことはもっと単純であったかもしれないのだ。



    風子「最低ね……」


    輿水「最低か……そうかもな。それでも、お前らが覚悟と呼び、ぶつけ合っているものは唾棄すべき怠慢の産物でしかない。あの時からずっとそうだ」


    輿水の薄っぺらな笑顔が悲痛に歪む。


    最早笑っているのか泣いているのか怒っているのかそれすらも本人にすらわからない。


    だが、それも一瞬のことだった。すぐに元の軽薄な笑顔を顔に張り付けてみせる。


    輿水「なんにせよそんなことは今更だ。俺はもうめんどくせぇから、光音と戯れてるよ」



    そう言って輿水は光音を従え、手を振って船内に去っていくのだった。









    アニ男は意識が戻る直前に言葉を聞いた気がした。



    ──恐れるな。お前(オレ)はいつも共にある。



    その言葉と共に意識が覚醒する。


    アニ男「そうだよな……お前も俺の一部だもんな……」



    そう。今までアニ男が押さえ付け、コントロールしようとしていた琉球の血。それもまたアニ男なのだ。


    既に銃の消え失せた両手を強く握る。弾を撃ち尽くした今、アニ男にできることなどないはずだ。それでも彼は立ち上がる。魔王渡瀬夏未を越えなくてはならないのだ。


    アニ男「もう空っぽだ……何にもない……」



    自棄とも取れるアニ男の言葉を夏未は笑う。



    夏未「ようやく諦めたか。根性だけは褒めてやろう」


    だがアニ男は諦めてなどいなかった。例え銃がなかったとしてもアニ男も騒ぐ血も今はまだ戦えるとどんどん大きく膨張している気がする。



    ふつふつと沸き立つ血。沸騰して膨らんだ血の塊が今にも弾けようとしているような感覚。


    どうしてもアニ男が恐怖で越えられなかった一線。勝機はその先にしかない。アニ男はわかっていた。



    どんどん大きく膨らみ、そしてついにアニ男の中で熱く滾る血が弾けた。





    アニ男の中の血はその瞬間に何事もなかったかのように静寂を生み出していた。


    一瞬にしてその熱を失い、普段ですら考えられないほどに冷え切っている。


    身体の中から溢れ出るような殺意も、敵愾心も全てがまるでなかったかのように静まり返っている。


    荒れ狂っていた水面が急に鏡のごとく澄み渡るような違和感。


    それほどまでに思考がクリアであり信じられないほどの情報が頭の中を駆け回る、時間が今までの数十倍にも引きのばれたような感覚に陥り、心はひどく冷ややかさを帯びていた。



    夏未「ふむ……何かが変わったか……面白い」


    アニ男「渡瀬夏未……しめやかに命を散らせ……」


    アニ男は嵐の前の静けさといったように。静かに平坦な口調で告げた。
  56. 67 : : 2016/08/28(日) 10:51:04


    そしてアニ男は夏未に向かって駆け出す。


    当の夏未は面白がるかのように無防備な体勢のまま、アニ男を観察していた。


    夏未「1度だけチャンスを与えてやろう。次のお前の攻撃、私は絶対に回避しない。そこで私を殺すなり何なりするといい、出来たらの話だが」


    夏未は両手を広げながらそう言った。


    アニ男「好きにしてろよ」


    アニ男はそう吐き捨てると、弾が無くなったはずの拳銃を構えながら、夏未に肉薄する。
    銃口は夏未の額に突きつけられており、夏未はそんな状況でも怯むことなく笑みを浮かべていた。


    瞬間、乾いた発砲音が辺りに響く。
    弾の入ってないはずの拳銃は、強烈な衝撃を発生させ、夏未を吹き飛ばす。


    だが夏未は空中で身を捻りながら両足で着地、相も変わらずあまり応えていないようだった。


    夏未「……空砲か。なかなか考えたものだな」


    そう言って夏未は戦闘態勢を構える。


    夏未「だが、期待していたほどではないな。それでは私に傷をつける事は不可能だ」


    夏未が失望を口にした瞬間、彼女の姿がぶれる。
    超スピードでアニ男に接近し、そのまま流れるように巨大な鉈を振り回している様な鋭い蹴りを繰り出す。


    今までのアニ男ならば為す術も無くそれを食らって吹き飛んでいただろう。


    だが今のアニ男の目には確かに夏未の動きが捉えられていた。
    どうすれば回避できるか、どうやって夏未に反撃を食らわせれるか、アニ男にはそれらの答えが瞬時に浮かんでいた。


    繰り出される蹴りに二丁の拳銃を向けて、空砲を発砲、1度では勢いは死なない。
    そのまま数回発砲を続けると、夏未の蹴りが空砲に弾かれて、一瞬態勢が崩れる。


    夏未「何っ……!?」


    初めて夏未の顔に浮かぶ驚きと微かな焦りを感じさせる表情。


    笑みの消えた夏未に、アニ男の脳は畳み掛けるなら今しかないと叫んでいた。


    蹴りの態勢を崩した夏未の軸足を払い、夏未が空中で無防備になる。
    そしてアニ男は地面を蹴り、夏未を飛び越えるように宙返りをして、真上から幾度と無く発砲する。


    夏未「ちぃっ……!猪口才な!」


    しかしアニ男が幾ら隙を作ろうとも相手は魔王であることに変わりはない。


    空中で身を捻って被弾を最小限に抑えながら、手は地面につき、そのまま両足を開脚して独楽のように回転する。


    アニ男の空砲を回転する事によって受け流し、隙を突かれた猛攻を最小限の被害に抑えきる。


    夏未「やはり変わったな。動きのそれが先程とは明らかに違う、貴様何者だ?」


    夏未は服についた埃を払いながらアニ男に聞いた。


    アニ男「()()だ。それ以上でもそれ以下でもない」


    夏未「成程な。だがまあその程度ならばまだ私の敵じゃない。残念だがここで終わりだ」


    だがアニ男はそれを見て、銃で自分の額をトントンと叩いてみせる。


    夏未は怪訝に思いながらも、自分の額を触る。


    すると額を触った手には少量とは言え、真っ赤な血が付着していた。


    アニ男「傷は付けたぜ」


    いつどのタイミングか、は最早重要ではない。
    最初の発砲の時かもしれないし、あの猛攻の時かもしれない。

    しかしこの場で最も重要な事は、『渡瀬夏未』が傷をつけられたという事。


    傷に気が付かなかったのは傷を付けられるという感覚を忘れていたからだった。


    夏未の胸に忘れかけていた感覚が蘇る。


    胸が踊る様な高揚感、それを与えてくれる人間などほとんどいなかった。


    夏未「貴様ッ……!」


    夏未は今までの余裕を含んだ笑みではなく、本当に心から楽しそうな笑みを浮かべて再び駆け出した。

  57. 69 : : 2016/08/28(日) 12:23:11

    そして夏未は目にも止まらぬ速さで拳を繰り出し、蹴りを放ち、アニ男を仕留めようと本気の連撃を繰り出していく。


    アニ男もまたそれを寸での所で避けながら、空砲を放ちつつ反撃する。


    他の人間から見れば最早別次元の戦いであり、何が起きているかを把握するのさえ難しいだろう。


    夏未の拳や脚の空を切る音とアニ男の発砲音だけが響き渡っていた。


    風子「……凄いね、アニ男くん」


    風子は彼らの戦いを見ながら、そう呟いた。


    あの日、子供の様に泣きわめき自分の失敗を背負い込んで逃げ出そうとしていた少年はもうどこにもいなかった。


    だが、そんな彼女は憂いを浮かべた表情を未だに崩さなかった。


    それは1度、夏未と本気で戦いを繰り広げた故の憂い。
    風子は知っていた、分かっているのだ。


    このままでは、アニ男は間違い無く敗北すると。


    魔王は、渡瀬夏未はまだその力を完全に出し切ってはいないという事を。


    風子「助けてあげられなくて、ごめん……」


    風子はそう言って唇を噛み締めた。






    アニ男「ちっ……埒があかねえな」


    時間にすればたった数十秒の出来事だが、彼ら2人からすれば瞬間瞬間が命取りの激闘。


    その為、アニ男は息を整えるために一旦距離を置いた。


    夏未も同じ様に距離を取ってはいるが、アニ男程の消耗は見て取れない。


    この時点でアニ男は持久戦という選択を消去し、短期決戦に臨むしかないと結論づける。


    だがそれはアニ男にとって最も取りたくなかった方法だった。
    理由は単純、空砲だけでは夏未を倒す決め手には欠けるという事。


    相手の攻撃には一撃一撃に凶悪なまでの破壊力があり、触れてしまえばこちらの被害は甚大だ。


    それに比べて自分の空砲は傷をつける事は出来るものの、相手を倒す程の威力は無い。


    かと言って今のアニ男には空砲以外の武器も無く、他からの援護も期待はできない。


    アニ男の目に映っていた勝利への算段が見る見るうちに消え去っていく。


    夏未「……いやはや、私相手にここまで出来る人間がよもやこの時代にいるとはな」


    ふと思考に耽っていたアニ男を呼び起こす様に夏未が声をかける。


    夏未「最初見た時はつまらん餓鬼だと思っていたがどうやら見当違いだったらしい。それに関してだけは素直に謝らせてもらう」


    アニ男「そんな話をして何のつもりだ」


    急に先程まで取っていた相手を見下すような尊大な姿勢を変えてそんな事を言う夏未を訝しがり、アニ男は鋭い目付きで睨みながら言った。


    夏未「何、大したことでは無い。ただ貴様を玩具等ではなく、対等な相手だと認めただけさ」


    故に、と夏未は続ける


    夏未「ここからは私も正真正銘本気でいかせてもらおう」


    アニ男「本気だと?じゃあ今までは違うって言うのか?」


    夏未「勿論だ。何せ私は、今までの攻防で1度たりとも能力は使っていないのだから」


    アニ男「は────」


    驚愕の余り、声を失うアニ男など余所にして夏未は静かに目を瞑って言った。


    夏未「さあ、ファイナルラウンドと行こうじゃないか。……『刻詠(にょいぬるんっぱ)』」
  58. 70 : : 2016/08/28(日) 13:19:22


    夏未の宣言に、アニ男は最大限に神経を張り詰めていた。

    回避、迎撃、それらを脊髄反射で行う程の心持ちで魔王の能力に備える。……しかし。



    アニ男「…………?」


    夏未の言葉とは裏腹に、戦いの場には何も起こらない。

    アニ男が訝しげに眉をひそめると、それを見た夏未が妖しげに笑った。



    夏未「どうした?固まって」


    アニ男「何にも起こらねえ……?」


    何が起きた。少なくとも魔王の身体に変化はないし、自分の身体にも変化はない。かといって場に細工がされた風でもない。……そもそも今自分は能力の覚醒によってあらゆる感覚が大幅に増幅されているのだ、その自分が能力発動に際して何の兆候も感じられないなど起こりうるものか。
    もしやハッタリか?いや、それは恐らくありえない。この魔王は自分に絶対的な自信を持っている、そんな小細工を好んで使うような相手ではないはずだ。好みでない手を使うほどに追い詰められている、と考えるのは余りに楽観的希望が過ぎる───


    能力によって極限まで最適・高速化された思考の中でアニ男は考える。

    が、答えは出ない。



    アニ男「……結局、仕掛けなきゃ何も分かんねえってことか」


    そう結論付けると共に、アニ男は動いた。


    アニ男「喰らえっ!!」



    その場からは一切動かず、夏未目掛けて無数の空気の弾丸を放つ。


    この一撃が対処されることは分かっているが、そこから彼女の能力の一端でも垣間見ることが出来れば儲け物という考えだ。

    実際、一撃喰らえば一気に劣勢となる魔王との戦闘において、その作戦は比較的良策のように思えた。


    ……しかし。



    夏未「さて、アニ男」


    アニ男「───は?」



    アニ男は確かに空砲を放った。

    放たれた空気の弾は魔王の元へと最短距離で食らいつき、彼女に回避行動を余儀なくさせる筈だった。


    ……だから、本来あり得ないのだ。


    迂回するでもなく、跳躍するでもなく、目に見えぬ筈の空砲の群れの中をただ真っ直ぐとアニ男の元へ疾駆してくる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)など、あり得る筈がない。



    夏未「不思議そうな顔をしているな。なぁに、そう難しいことではない。……ただ」


    夏未「置き物の弾丸になど当たる道理はないだろう。ただ、それだけの話さ」



    あまりの出来事に放心していたアニ男のガラ空きの胴体に、魔王の渾身の一打が突き刺さる。

    アニ男は何もかもを理解出来ぬまま、まるで風に吹かれた紙くずのようにその身体を吹き飛ばされた。
  59. 71 : : 2016/08/28(日) 17:16:32



    倒れるアニ男に夏未は悠然と歩み寄っていく。1歩また一歩と。そのひとつひとつがアニ男にとって死のカウントダウンのようにはっきりと鼓膜を叩く。


    夏未「理解できない……否理解していながらもそれを受け入れたくはないという様子だな」


    それにアニ男は立ち上がり、彼女の言葉を否定しようとする。


    夏未「答える必要はない。絶望の前に抗うお前の言葉など容易に想像できよう」


    彼女の嘲るように放たれた言葉。明鏡止水ともいうべき心の平穏の境地にあるアニ男の心に揺らぎを与えることはない。


    この瞬間にも夏未の能力への対応策を考えていたら。彼女の能力は先ほどの攻防をみれば今のアニ男にはある程度把握できた。


    今この状態であるが故に生まれた副次的な要因。異常なまでの集中力と、思考速度、反応速度。あらゆる事象を捉え、処理していくだけのキャパシティが今のアニ男にはある。


    それ故に夏未の圧倒的な能力と、その唯一の対応策もすでに彼の中で導き出されていた。


    そして今彼が考えているのは他の可能性だ。他に選択肢は存在しないと理解しながらも、あまりに無謀とも捉えられる答え。


    渡瀬夏未が最も得意とするであろう、クロスレンジでの近接格闘を交えた戦闘だ。


    先ほどの彼女の突撃は、すでにそこに銃弾が来ないことを理解していたが故に、一直線に駆け抜けることができた。


    彼女の未来視という能力の唯一の弱点は知っていても避けられない攻撃をする他にない。


    ならばロングレンジからの射撃は下策中の下策だ。彼女なら未来視がなくとも回避可能な領域だろう。


    逆に詰め過ぎれば、今度はアニ男の銃撃が潰されることになる。ならばギリギリ銃弾を放つことができる距離で格闘戦をしながら、命中を狙う他にない。半端に距離を作れば相手の回避が間に合ってしまう。極めて精密なバランス感覚が要求される。今のアニ男にしかできない選択肢だった。


    夏未「もう終わりか?折角興が乗って来たというのに」


    夏未は既にアニ男の目の前まで来ていた。その双眸を爛々と血の色に輝かせながら、狂気にも似た笑みを浮かべてアニ男を見下ろす。


    アニ男「言った筈だ……しめやかに死ねと……!」



    アニ男は夏未の顎下に銃撃を浴びせる。


    しかし、夏未は驚いた様子も見せずに背後に回避してみせる。


    夏未「なかなか楽しませてくれるではないか」



    しかし彼女が言葉を紡ぐ間に、アニ男はその距離を詰める。


    蹴りを、肘鉄を、銃撃を。次から次へと放つアニ男の攻撃を手を伸ばせば届く程度の距離で、夏未は全て回避してみせる。


    その上、彼女の拳は的確にアニ男の急所を狙いすましたように襲いかかる。そのひとつひとつを彼もまた反射で回避し続ける。


    刻詠を適宜使用している夏未と、集中力や反射速度が向上しているとはいえ、その場で無理な回避を続けるアニ男。


    確実にアニ男が不利な条件だった。


    夏未の拳のひとつひとつは刃のように鋭く、アニ男の皮膚を掠め、肉を抉っていく。あまりの傷の数のせいで、既に服は血塗れだった。



    例え未来が見えようともそれを見て行動するのは人間だ。必ず隙がどこかにある。その一心でアニ男は耐え続けた。


    そしてその瞬間はやってくる。ようやく見つけたそれこそ刹那の隙。それをアニ男は見逃さなかった。


    既にアニ男にそれほど力は残っていない。


    最後の一撃。想いも、努力も、これまでのアニ男という存在の全てを乗せた一撃。



    その銃撃が渡瀬夏未の腹部を捉えた。


  60. 72 : : 2016/08/28(日) 17:29:51


    夏未の身体が宙に浮くほどの強烈な一撃。


    彼女は吹き飛び、船の壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる。


    その瞬間、アニ男の心にざわめきが帰ってくる。全ての力を使いきり、本当の意味で力を使い果たした彼の身体はまともに立ち上がることすら不可能だった。それこそ指一本動かせないほどに消耗しきっている。


    だが、そんなことより心の底から湧き上がる喜びが大きかった。


    アニ男「勝った……!俺が……!」


    動かない夏未を見てアニ男は涙を流し、喜ぶ。ようやく、悪夢のような現実から解放されるのだ。そして、みんなの夢がここにかなうのだ。そう思えば自然と涙があふれた。






    しかし、そんな喜びは一瞬にして崩れ去った。


    「勝手に終わらせるな」


    そんな言葉があたりに響き渡る。


    そしてその言葉の発生源を探す。そしてその先には服の埃を払う渡瀬夏未の姿があった。


    夏未「実にいい一撃だった。一瞬、意識が飛びかけるほどにはな。ガードしていなければ危なかった」



    そう嬉しそうに告げ、夏未白い肌に痣のできた両腕を見せる。


    夏未「私の刻詠を超えて攻撃を与えられる可能性のある人間は現時点でおそらく3人だ。2人はこの船に乗っている。そしてもうひとりは助川新。そしてお前は見事そこに名を連ねた。敬意を表する」


    アニ男にとって状況は絶望的。指一本動かせないほどに消耗しきった状態で、彼はもう既に戦うことすらままならない。


    そんな彼に夏未はゆっくりと近づいていく。彼の命を刈り取るために。



    アニ男「クソ……クソ……ッ!!」


    喜びの涙はすっかり悔しさの涙に変わってしまった。甘かった。魔王に勝てるなど思い上がりだったのかもしれない。


    もう手はうち尽くした、全てをぶつけた。それでもなお、魔王は倒れない。


    今アニ男の前に立ち、見下し、その命を終わらせようとしている。


    夏未「我が人生においてお前は強敵であったと認めよう。さらばだアニ男。安らかに眠れ」


    魔王は今までからは考えられないほど慈愛に満ちた笑顔で告げた。
  61. 75 : : 2016/08/29(月) 01:14:10
    「おいおい、ちょっと待てよ」


    不意に特徴的な高い声がアニ男の耳に飛び込んできた。


    その声はその場にいる全員の注意を引く。
    アニ男は動かない体に鞭を打って声が聞こえた方へと首を向ける。


    アニ男「お前……ドヴォルザーク……!?」


    ドヴォルザーク「よう、ちょっと見ねえうちに一端の男になったじゃねえか。見直したぜ」


    声の主はドヴォルザーク、宙に浮いたドヴォルザークの隣には風子が剣呑な雰囲気を漂わせながら立っていた。


    夏未「ほう……お前か。今更出てきてどうした、まさか私を止めるとは言うまいな」


    風子「そんな筈無いでしょ!私はアニ男くんを助け───」


    ドヴォルザーク「ああ、目的はアニ男の野郎を助ける為じゃねえ」


    風子「助け……って、え?」


    ドヴォルザークは事もあろうかハッキリとアニ男を助ける事が目的ではないと断言した。


    これに関してはアニ男は勿論、主たる風子さえも驚きを隠せていなかった。


    風子「ちょっと!?何言ってるの!今の今まで寝てた理由もまだ聞いてないけど、それでも今起きてきたって事はアニ男くんを助けるって事じゃないの!?」


    ドヴォルザーク「落ち着けよ風子。流石に俺様だってアニ男を見殺しにはしたくねえ。だから今出てきた、だがそれは結果としてそうなっただけで本来の目的とは違うんだよ」


    風子「それは、どういう……」


    アニ男を助ける訳では無いという発言に怒りを隠せていなかった風子だが、ドヴォルザークのその物言いに今はただ疑問を感じているようだった。


    だがドヴォルザークの弁を聞いた夏未はアニ男に止めを刺そうとするのを中断し、ドヴォルザークの方へと向き直る。


    夏未「龍王ドヴォルザーク……どうやら思いのほか真実に近づいているらしい。答え合わせでもするか?」


    アニ男「龍王……?」


    龍王と呼ばれたドヴォルザークは面倒臭そうに舌打ちして、短い手で頭を掻いた。


    ドヴォルザーク「その話は後だ。……今は、そうだな。答え合わせをしなきゃならねえ。風子が俺様に聞きたいことがあるのは分かるが、今はちっとだけ我慢してくれ」


    ドヴォルザークがそう頼むと、風子は不満そうな表情は崩さなかったが渋々と頷いた。


    夏未「それじゃあ答え合わせといこう。さて、話は数十年前……英雄達の突然死まで遡る」


    夏未は腕を組んだまま静かにそう言った。


    夏未「4人の死因だが、それは突如として大流行したウイルス性心臓病が原因だ。亀山玄氏を除く3人は、だがな」


    アニ男「……亀山玄氏の死因は……?確か教科書では明記されていなかったはずだけど……」


    これでもアニ男も学生、ついこの間までは勉強に勤しんでいた。


    その頃の記憶が正しければ何故か亀山玄氏は詳しく書かれていなかった。


    ドヴォルザーク「……コミケで圧死の筈だ」


    アニ男「は?」


    コミケ圧死という破壊力の高いワードにアニ男は思わず声を上げる。


    夏未「その通りだ。確かに奴はコミケで圧死した」


    夏未の力強い肯定にアニ男は何も聞けない雰囲気を悟り、黙って話を聞くことに決めた。


    夏未「しかしかの英雄が突然死など全く数奇な運命を辿るものだな。まあそれはどうでもいい。その3人の死を切っ掛けに心臓病は世界中で多くの死者をだす大流行を記録した。その勢力たるや私をして悪夢だったと言わざるを得ない。結果として人類は激減。余った人類など私から言わせれば烏合の衆もいい所だからな。だから私が仕方なく導いてやろうという事だ」


    風子「導く?あんなふざけた計画で何を導けるって言うの?」


    突如、2人の会話に風子が我慢ならないと言った風に割って入る。


    夏未「……やれやれ、お前はすぐに感情に流されるから困る」


    風子「悪かったわね。でもそれでも私は許せない。あの人達の死をどうでもいいって言いのけた事は特にね」


    夏未「間違いではあるまい。どうせ人は死ぬ運命、永い時で見れば些細な出来事だ」


    風子「そう言うのが許せないって言ってるの!どうせ全部全部遊びだと思ってるんでしょ!?人を弄んでそんなに楽しいの!?」


    風子の言い方に夏未は険しい表情を浮かべる。


    夏未「何も分かっていない間抜けが知ったような口を聞くな。貴様らみたいな人間が世界を破滅に導く、助川新を妄信する貴様らは特にな」


    風子「新が……何だって言うのよ」


    夏未「自分で考えろ。私は間違い無く助川新を殺す、絶対にな。そしてそれに付き従う貴様らもだ。手始めに川島アニ男、お前からだ」


    夏未は今まで見せなかったような怒りを顕にしながら倒れるアニ男の頭の上で脚を持ち上げる。


    アニ男「くそっ……」


    身動きの取れないアニ男は避ける事も叶わず、ただ目を瞑りその時を待つだけだった。
  62. 76 : : 2016/08/29(月) 15:46:05




    風子「ドヴォルザーク!」


    咄嗟に風子が叫ぶ。













    アニ男「!!…………?」


    来るはずの衝撃が来ないことを不審に思い、アニ男が固く瞑っていた目をゆっくりと開く。

    すると、そこには。




    夏未「……ほう、流石に鋭いな」


    いつの間にかアニ男たちから大きく距離を取り、そして右脚から一筋の赤い血を流している夏未と。


    ドヴォルザーク「夢の中に篭り、魔力を貯め続けた。加えて此度は我が使役者(つかいて)に甘えも無い。……さあ、昔日の因縁を断つとしよう」

    風子「わたちゃん……いや、魔王 渡瀬夏未!これ以上私の仲間を傷付けるというのなら、私はみんなを守るためにお前を殺すことも厭わない!!」


    今や巨大な龍となり聳え立った鱗の剣山の中に風子を乗せているドヴォルザークが、正面から睨み合う姿があった。



    今、ここに再び。


    魔王と龍王が激突する。
  63. 77 : : 2016/08/29(月) 16:30:52








    一方。魔王と龍王が睨み合う、そのはるか遠くで。


    アニ男「あ、あれは……!?」


    恐る恐る立ち上がったアニ男は視線の先、小山ほどもある巨躯を誇る龍を信じられないといった様子で見上げていた。




    身体中を一つ一つが巨大な岩石のように思える鱗に覆われ、尾の先は捻じくれた槍を思わせる。

    蛇のように長い胴体は、しかし太古より地上に根差す大老木よりも更に太く。そこから生えた巨体に比しては小さな腕も凶悪な四爪を備えている。

    眼は爛々と輝く紅い光を放ち、一対の純白の角が天を衝くようにして生えている。

    その威容は見るもの全てに東洋の神獣を想起させた。




    燕「あれこそがドヴォルザーク殿の真の姿。龍王の名の由縁」


    アニ男の隣に立っていた燕が頬に一筋の汗を流しつつ言う。


    アニ男「龍王、ってさっきも……。一体何者なんですか?ドヴォルザークって……!」

    燕「何者か、それは誰にも分かりません。ただ分かるのは彼が強大な存在であり、自らを精霊と称している事と……風子殿が現在彼を使役する立場にあるという事のみです」

    アニ男「使役……!!あの龍を……!?」

    燕「風子殿の何かがドヴォルザーク殿の目にかなった、という事でしょうが……少なくとも」


    そう言うと燕は顔をアニ男の方から龍王の方へと向けた。


    燕「もはやこの戦いは我らの出る幕ではないという事です。悔しいと言えば悔しいが……この間にある壁は、余りにも厚い」



    アニ男「……ドヴォルザーク。……風子さん……!!」




    アニ男はその無事と勝利を祈るように、ただ二人の名を口にした。
  64. 78 : : 2016/08/29(月) 18:49:43



    夏未「殺す事も厭わない、か……まるであの時は殺す気がなかったから殺さなかったかのような言い方だな?風子よ」


    風子「……問答には乗らないわ。ドヴォルザーク!」


    風子がそう叫ぶと、ドヴォルザークが大きく口を開ける。

    次の瞬間、激しく渦を巻く風の塊がそこに生成された。


    夏未「まるで小型の台風だな。丁度良い、先ほどの戦いで温まっていた所だ」


    ドヴォルザーク「随分と甘く見られたものだな。……この程度を俺が攻撃と呼ぶと?」


    ドヴォルザークが言った、次の瞬間。

    彼の巨体を覆うように暴風が吹き荒れたかと思うと、『先ほどのものと全く同じ風の塊が彼の周りに数十個生成された』。



    夏未「!!」

    ドヴォルザーク「これでようやく挨拶代わりだ。精々耐えろ」


    空気を切り裂く轟音を何十奏にも重ねながら、破壊の風が夏未目掛けて放たれる。

    夏未はそれを見てニヤリと笑うと、超人的な脚力で地を蹴って一目散にドヴォルザークの元へと駆け出した。


    風子「!ドヴォルザーク」

    ドヴォルザーク「分かってる。だから挨拶代わりだと言ったろう?」


    夏未が行っているのは先の戦いでアニ男に対してやって見せたのと同じ芸当だ。

    刻詠の力で風弾の軌道と規模を知り、それが己に及ぼす被害が最小限となるルートを瞬時に導き出して全力で駆け抜ける。

    もちろんアニ男の時と違い完全にすり抜けられる道などというものは存在しないが、それでも桁外れな魔王の防御力を持ってすれば殆ど無視できるダメージだった。どうしても避けがたい流れ風は拳圧で吹き飛ばし、魔王は一気に龍王との距離を詰めていく。


    夏未「やはり貴様は的がでかい。協力的で結構」

    ドヴォルザーク「この俺をサンドバッグと見做すのは後にも先にも貴様だけだろうな」


    遂に拳が届く間合いに入り込み、夏未が拳打の姿勢に入る。

    しかしそれをただ見過ごすドヴォルザークではない。身体を大きく曲げて夏未から距離を取りつつ、鞭のようにしならせた(・・・・・)巨大な尾で魔王を打たんとする。


    夏未「はあぁっ!!」


    既に構えを終えていた夏未は対象の変更など気にも留めず、振り薙がれた巨龍の尾に向けて全力の拳を放つ。

    力と力がぶつかり合い、爆音が響き、衝撃波が辺り一面を容赦なく破壊していく。


    そして、


    ドヴォルザーク「っ……!」


    ドヴォルザークが打ち負けた。彼の尾は大きく弾き飛ばされ、地面を激しく削りながら後方に流されていく。


    夏未「どうやら力比べは私の勝ちらしい。その体躯で情けない事よな?」


    ドヴォルザーク「ふう……貴様が仮にも人間だとはな。自分が信じられなくなりそうだ」



    夏未とドヴォルザークは互いにそう言い合うと、共にその口に笑顔を見せた。
  65. 79 : : 2016/08/29(月) 19:04:58




    風子「ドヴォルザーク、正直に答えて。勝算は?」


    ドヴォルザークの背で風のドームに覆われて守られている風子が、彼にそう問い質す。


    ドヴォルザーク「このままなら4割と言ったところか。あれだけやって無傷どころか一撃貰ったんだぞ?いっそ笑えてくるな」

    風子「それで挨拶だとかカッコつけてたの?馬鹿なの、死ぬの!?」

    ドヴォルザーク「弱気で勝てる戦があるか。武士は食わねど高楊枝、強者は常に余裕を見せつけておくものだ」

    風子「それ痩せ我慢って意味だからね!?馬鹿ドヴォルザーク!!」

    ドヴォルザーク「散々な言われようだな。だがまあ……言っただろう、『このままなら』と」

    風子「……じゃあ、そろそろやる?」

    ドヴォルザーク「ああ。長引かせてもこちらに利はない、一気に済ませてしまうとしよう」


    その言葉を聞くと、風子は己の両手の平をドヴォルザークの背に押し付けた。

    そして叫ぶ。


    風子「大地(だいち)を駆け、大海(たいかい)を渡り、大空(おおぞら)を往く。其は災厄の化身。其は恵みを齎すもの」


    風子の身体が仄かな輝きを発し、それは彼女の腕を通じてドヴォルザークの身体に注ぎ込まれていく。


    風子「契約に従いこの血を捧げん。龍王よ、我らが軍に凱旋への道を。我らが敵に奈落への道を」




    風子「共に示せ!!!」



    ひときわ眩い閃光が、風子の身体を包み込んだ。










    夏未「……さて。来るものが来たな……」


    夏未は弾き飛ばしたドヴォルザークの姿を見遣りながら、小さくそう呟いた。

    彼女の視界の中でドヴォルザークが天に向けてその口を開き、咆哮する。

    世界が震え、龍王はその全身に先程までとは比べ物にならないほどの風圧を誇る暴風を纏っていく。


    夏未「刻詠」


    能力発動。

    脳の領域が拡張される不思議な感覚と共に、常人には理解できぬ『第2の視界』とでも形容すべき景色が夏未の眼前に広がっていく。


    夏未「……さぁて」


    その眼に映ったものは龍王を下す己の姿か、それとも。

    その答えを己の内に秘め、魔王は不敵に、獣のように笑って見せた。
  66. 81 : : 2016/08/29(月) 21:00:07



    天地を揺らす咆哮と共に、ドヴォルザークの猛攻が開始された。


    夏未「っ!これは……!!」


    ありとあらゆる方向から夏未目掛けて風が吹き付ける。夏未の周囲の床は音を立てて剥がれ、崩れ、吹き飛んでいく。

    それは言うなれば明確な殺意を持った乱気流だった。常人ならばとうに潰れているだろう風圧に圧されながら、しかし夏未の並外れた身体構造はこの出鱈目な環境下での生存を可能としていた。

    ……が。


    ドヴォルザーク「さしもの貴様も殆ど身動きが取れまい」


    ドヴォルザークの言う通り、余りにも不規則に強弱を変化させながら吹き付ける風の前に夏未はバランスを保つので精一杯だった。

    本来ならば生きているだけでも驚異的なのだが、こと戦いの場においてそんな賞賛は何の意味も持ちはしない。ただそこに在るのは彼女の不利という非情な現実だけだ。



    夏未「……風子だな」


    夏未は忌々しげに言う。


    そう、ドヴォルザークの急激なパワーアップは何を隠そう出雲 風子の力だった。

    彼女は人間でありながらドヴォルザークが持つような魔力を体内に保有している稀有な存在であり、しかも彼女の魔力はドヴォルザークが持つ魔力と非常に相性が良いのだ。

    分かりやすく言えば燃料のようなもので、ドヴォルザークの持つ膨大な魔力の中に風子の魔力を注ぎ込むことで彼の魔力を数倍にまで増幅させることが出来る。

    それこそが、ドヴォルザークが非力な風子を背に乗せて戦っている理由の一つだった。


    ドヴォルザーク「今度は避けられないだろう」


    ドヴォルザークが再び無数の小規模竜巻を作り出し、放つ。

    しかし今度は先程とは違い、その全てがある一点……動きを封じられた夏未の元へと収束するように迫っていく。


    夏未「……っ!」


    幾ら魔王と言えども到底受けきれぬ嵐の連撃。まさに絶対絶命の状況。

    ……しかし。


    夏未「この程度で死ぬようならば、魔王などとは呼ばれていまいよ!」

    ドヴォルザーク「なっ……!?」


    ドヴォルザークが驚愕の色をその顔に浮かべる。

    それも当然だった。なにせ……


    ドヴォルザーク「その中ですら動いてみせるか……!」


    夏未は乱気流の渦にその身体を押さえつけられた状態だというのに、時おり体勢を崩しながらとはいえ俊敏に動きドヴォルザークの攻撃をかわしてみせたのだから。


    夏未「はぁ、はぁ……!」


    夏未はその能力をフル駆動させ、絶えず変化する風圧の強弱すら読んでみせたのだった。

    しかしそれは人間をとうに辞めた彼女をして更に遥か遠い領域にある技。その思考演算の代償である体力消費は先程までの比ではなく、事実として彼女は遂にその息を切らし始めていた。



    夏未「だがまあ……越えたぞ……風の檻……!!」



    乱気流から抜け出した夏未は本来の動きを取り戻すと、再びの拘束を避けるために一気にドヴォルザークの元へと駆けた。



    ドヴォルザーク「っ……!風子!僅かに無理をする!!」

    風子「大無茶ね!?任せて、絶対耐えてみせる!!」



    風が吼える。


    猛烈な空気の唸りを伴い、ドヴォルザークが操る風が千差万別様々な形を取り夏未へと襲い掛かる。

    風の剣が。風の槍が。風の柱が。鉈が。長刀が。メイスが。ハンマーが。鎌が、斧が、鞭が、金棒が、矢が、鎖が、風で象られたあらゆる武器が嵐のように吹き荒れ、殺到する。


    夏未「はあぁ!!!」


    その全てを夏未は躱し、いなし、打ち落とす。

    時おり被弾して鮮血を散らしながらも決して致命傷は負わず、夏未はジリジリとドヴォルザークとの距離を縮めていく。


    ……戦いというものに何の理解もないものが見れば、現状はドヴォルザークの超優勢だ。

    一方的に攻撃を加え、例え距離を詰められたとしてもその体躯の差。消耗も明らかに夏未の方がデカく、一撃凌いでさえしまえば後は夏未のジリ貧を待つだけで勝てるだろう。と判断する。


    ……しかし、戦いに理解のあるものからすれば。何よりも戦いの当事者2人からすれば。その判断は見当違いも良いところであった。


    2人は半ば確信していた。今ここが勝敗を分ける分水嶺であると。

    この距離を詰められるか否か、それが勝敗を決めると。



    夏未「ぬうううぅ!!!」


    ドヴォルザーク「おおおおぉっ!!!」



    そして。

    やがてその時は来た。



    夏未「……惜しかったな、龍王よ」



    風の猛攻を凌ぎ抜いた夏未が、ドヴォルザークへと肉薄した。


    ドヴォルザーク「しまっ……!!」


    慌ててドヴォルザークが風の槍を放つが間に合わない。



    夏未がその膂力の全てを込め拳を構えた。













    ……その時だった。
  67. 82 : : 2016/08/29(月) 21:08:49




    ズキン



    夏未「……む?」


    夏未の頭に鋭い痛みが走る。

    視界が揺れ、感覚が不明瞭になり、込めた力が僅かに緩む。



    ……その一瞬は、魔王と龍王の戦いにおいてはまさしく命取りになるだけの時間だった。




    夏未「……ああ、あの時のか」




    夏未は呟き、そして薄く笑う。



    次の瞬間。




    額の傷口から赤い血を噴き出していた彼女の身体を、風の槍が横から刺し貫いた。
  68. 83 : : 2016/08/29(月) 22:35:09
    地面に血を流し横たわる魔王。彼女は先ほどまでの鮮烈とも言える圧力を失い、ただの女性のそれと変わらぬほどに言えるほどに弱々しい。


    その様子を風子は悲しげに見つめていた。


    そんな中待った先に声を上げたのはアニ男だった。


    アニ男「や、やった……やった!!!今度こそ勝ったんだ!!」


    彼の心からの勝利への喜びが辺りに木霊する。命をかけた、まさに死闘とも言うべき戦いにようやく終止符が打たれようとしているのだ。当然の感情だろう。


    だが、アニ男の額を小さな衝撃が襲う。


    それは小さな身体に戻ったドヴォルザークが放ったであろう空気の玉だった。


    ドヴォルザーク「おいクソ坊主。少しは空気を読め」


    アニ男「ってて……魔王を倒して、やったーって場面だろ?何がおかしいって言うんだ!」


    ドヴォルザークが溜息をつきながらもう一度アニ男に何かを告げようとしたところに、風子が制止する。


    風子「いいのよ……ドヴォルザーク」


    「……まったく難儀な性格だな」


    そんな小さくかすれた声をその場の誰もが聞く。それは間違いなく、地面で今も大量の血を流す魔王、渡瀬夏未の声だった。


    風子「わたちゃん……」


    今にも泣き出しそうな風子を見て、夏未は身体を引きずり、壁に体重を預けると弱々しく笑う。


    夏未「ふふ……何を泣くことがある。あの小僧のように、勝ったことを喜べば良かろう」


    内臓を傷つけたのかゲホゲホと咳き込み、口から血を流す。だが彼女は笑みを崩さない。


    風子「やめて……!もう喋っちゃダメ……!」


    風子が夏未に駆け寄り、介抱しようとしたその時だった。


    ふたりの間に突然ひとりの男が現れる。


    「はい。そこまで。それ以上近づくのはやめてね」


    それは輿水だった。その後に続くように半開きになった船内の扉から光音がゆっくりと歩いて現れる。


    輿水「わたちゃんまた手酷くやられたね」


    そう言ってケラケラと笑う輿水に夏未は不敵に笑う。


    夏未「まったく……なんと不義理な部下だ。上司ばかり働かせおって」


    輿水「バカ言っちゃいけないよ。この間まで引きこもってただろうに」


    ふたりの会話に風子は痺れを切らす。


    風子「そんなことしてる場合じゃないでしょ!!早く手当てしなきゃ!!」


    そう言って再び駆け寄ろうと歩を進める。


    しかし、それは輿水が風子の喉元に突きつけた手刀によって遮られる。


    輿水「俺にはわかる。もう彼女は手遅れだよ。今この瞬間に喉笛を掻き切られたくなかったら下がれ。今の消耗しきったお前くらい俺なら一瞬で消せることくらいわかるだろ?」


    輿水の言葉は冗談でもなんでもなく、ただ本気で放たれた一言だった。今この場の誰もが万全に輿水に傷ひとつつけることができない。それが風子にはわかっていた。


    だから下がらずを得ない。


    輿水「無駄な殺生はごめんだからな。下がってくれて何より。さてわたちゃんそろそろとんずらこいてしまおうと思うわけだけど何か言うことはある?」


    夏未の身体を抱き上げ、その場を立ち去ろうとする輿水。しかし、アニ男に風子と同等の理解を求めるのは酷であった。今この状況がどういう状況か理解できていない彼にとって最善は言うまでもなかった。


    アニ男「ふざけるな!ここで逃すとでも思ってるのか!そんな奴を世に放せば、また何をしでかすかわかったもんじゃない!」


    しばらくの間休んだおかげで体力が少し回復したのか、立ち上がって輿水に銃を向ける。


    輿水「まったく。少しは期待できるかと思ったんだけどな……」


    溜息をつき、そう言うと光音を連れて立ち去ろうととする。


    アニ男「ふざけるなって言っているんだ……!!このままおとなしく俺たちに捕まれ!」


    その次の瞬間。アニ男は輿水に向けて発砲する。


    彼の銃弾は輿水の後頭部に向けてまっすぐと飛んでいき彼の頭を吹き飛ばす。
  69. 84 : : 2016/08/29(月) 22:35:44






    はずだった。


    しかし、銃弾が輿水の頭を捉える瞬間に輿水はその姿を消した。


    そして、次の瞬間にはアニ男の視界がぐるりと回り、次に目に入ったのは地面の模様だった。


    それと同時に鼻先に強烈な衝撃を受け激痛に悶える。


    そして、その事象の根源を見上げようとすると横顔を踏みつけにされる。



    輿水「忘れたか?お前が生きているのは俺の気まぐれだ。勘違いするなよ。今この瞬間にも俺はお前を殺せるし、殺したいほどに苛立っているんだよ。これ以上彼女を愚弄するようなことを口にしてみろ。次はお前の頭を床のシミにしてやる」


    そう言ってアニ男の頭から足をどけると、脇腹を蹴り上げて転がす。


    まるで的確に急所を蹴り抜かれたような、身体を貫くような衝撃に身悶えしているアニ男を他所に輿水は艦橋の方に声をかける。


    輿水「おい!一場!この船適当なとこにつけといてくれ!そしたらお前は自由にしていいぞ!」


    そう叫ぶと、一場は適当にひらひらと手を振って返す。それを見届けると再び輿水は夏未の方に目を向ける。


    輿水「んで?最期に言い残すこと思いついた?」


    夏未「もう少し元気だったら、お前を殺してやりたいところだが……」


    くだらないことを言いながらも、夏未の出血は止まらない。顔色も悪く、普通の人間であれば意識を失っていてもおかしくないほどに弱り切っている。


    夏未「風子……そして他の者も信じるも信じぬも自由だが聞け。助川新という男はお前達の思うような清廉な男ではない……疑う勇気を持て。従うのではなく、自らの正しきを選択しろ……私は少し疲れた。輿水……後は頼む」


    輿水「はいよ。ゆっくりお休み……」


    弱々しく掠れた彼女の言葉はそれぞれに確実に届いていた。そして、夏未は静かにその目を閉じる。


    輿水「今度こそさよならだ。また会うこともあるかもしれないが、まあ悔いのない選択をしてくれ」



    そう言って夏未を抱えた輿水と、光音は船の上から宙空に身を投げ出した。
  70. 85 : : 2016/08/31(水) 00:30:00


    3人がその場から立ち去ると先程まで場を支配していた緊張感がぷつりと切れる。


    アニ男「ぐっ……!?」


    アニ男はつい先程輿水に手痛い一撃を貰っていた為、地面に寝転がっていたのだがいざ緊張が切れると体のあちこちが動かすだけで痛い事に気づく。


    また風子は仇敵であるはずの夏未の死に、涙を堪えきれないと言った様子で唇を噛みしめながら静かに泣いていた。


    ドヴォルザークや燕はそんな様子を勝者とは到底思えない様な釈然としない表情を浮べながら見ていた。


    そんな中、1人の男が4人に声をかける。


    一場「ったくよ、せっかく勝ったんだからもうちょい喜んでりゃいいじゃねえか。こっちまであんたらの通夜みたいな空気が漂ってきて敵わねえぜ」


    1人、船の操舵輪を取りながら船を動かしている一場が水を差す様に口を出す。


    その遠慮の無い直接的な言い草に少し嫌な雰囲気が流れるが、彼の言っている事が全くの間違いかと言われるとそんな事は無い。


    風子は大きく深呼吸しながら泣くのを止めて、アニ男も燕に肩を借りながら何とか立ち上がる。


    アニ男「魔王を倒しても世界は変わらない……まだこれからが本番なんだ……!」


    そう言ってアニ男は拳を強く握り締める。


    そんなアニ男に同調するかのように燕は頷いた。


    燕「ええ。その通りです。ですがそれよりも先にやるべき事が残っております」


    燕は同意を求めるかのように風子に視線を向けて、風子もまたそれに合わせて頷いた。


    風子「わたちゃんが最期に言ってた言葉……それがもし本当なら新は私達に何かを隠してる。まずは新を探さないとね」


    アニ男「……そうですね。幾ら渡瀬夏未が僕達を殺そうとしていたとは言え、最期のあの人の言葉からは嘘をついているって感じはしませんでした。早いところ新さんを探し出して話を聞きたい……んですけど」


    アニ男はそこまで言って難しい表情を浮べながら船の外に目をやる。


    そこには先程の砲撃で火の海となったマッスルドームがある。
    恐らくチェリッシュのメンバーの殆どはあの中に未だ取り残されているだろう。
    とは言っても見た限りではとても人が生き延びれるような様子では無い。

    それはつまり、チェリッシュがその構成員のほとんどを失い、その中には幹部であるくちや新も含まれているという事を意味していた。


    燕「……この様子では、望みは余りにも……」


    燕が悔しそうにそう言葉を漏らす中、再び4人の後ろから一場が会話に入ってくる。


    一場「あんたら、新さんを探すのか?」


    アニ男「……ああ。幾ら希望が小さくてもそれでもまだ生きている可能性が少しでもあるなら僕達は探しに行くつもりだ。ですよね、皆さん」


    風子「今わたちゃんの真意を確かめるために出来るのはそれくらいしか無いもの。当然ね」


    燕「異存はありません。卑しくも再び生きながらえたこの身、戦いで役に立てなかった分、こちらではどうにか面目躍如といきたいところですな」


    ドヴォルザーク「俺様は風子の意思に従うぜ。それが俺の意思でもあるからな」


    と、全員が捜索に前向きな気持ちを述べる。


    それを聞いた一場は成程なと零しながらうんうんと頷いてから振り返って4人に言った。


    一場「やる気満々の所、悪いけどな。いくらここを探してもあの人の死体も何も出てこねえぜ」


    アニ男「……何だって?」


    一場は驚くアニ男を面白がるように笑いながら指を空に向ける。


    一場「聞いて驚け。……あの人は今、あそこにいる」


    そう言った一場の指の先には煌々と光る月が浮かんでいた。
  71. 86 : : 2016/09/04(日) 13:40:12

    アニ男「……は?」


    一場「月だよ月。あの丸ーい星の上に、今ごろ新さんはいる」


    余りにも荒唐無稽な一場の言葉に、その場にいた全員が呆気にとられた。

    月。地球から遥か38万kmも離れた場所に浮かぶ小さな衛星。

    先ほどまでアニ男達と共にマッスルドームで戦っていた新が、そんな場所にいる筈がない。


    アニ男「いや、そんな訳ないだろ。お前あれか?見た目で薄々察してたけど知能猿レベルか?」

    一場「あ?んだよ喧嘩売ってんのか。……いやまぁ、信じるも信じねぇもあんたら次第だけどな。俺は別にどっちでもいいし」


    そう言う一場に嘘を吐いている様子はなかった。

    信じがたい事実と目の前の一場の様子の矛盾にアニ男が困惑していると、風子の肩に乗っていたドヴォルザークが言った。


    ドヴォルザーク「まあ良いじゃねえか、聞くだけならタダだ。取り敢えず聞けることは全部聞いとこうぜ」

    一場「んじゃ、続き話していいんだな?」

    ドヴォルザーク「おう、頼むぜ小チンピラ」


    ドヴォルザークの軽口に笑いつつ、一場は再び語り始める。


    一場「つっても何から話せばいいやら、って奴だな。おいアニ男、お前なんか聞きたい事とかねえの?」


    アニ男「聞きたい事は山ほどあるけど……そもそも、なんでお前はそんな事を知ってるんだ?ここに置いてかれてるのを見る限り、魔王から直接そんな話を聞けるほどの間柄ではなさそうだけど」


    一場「あー、それはだな。実は俺、新さんの命令で魔王の所にスパイとして潜入してたんだよ。そん時に色々聞いたって訳だ」


    新のスパイだった、と一場はあっけらかんとした様子で言ってのける。

    アニ男達は再び呆気にとられた。


    アニ男「新さんのスパイだって!?嘘をつけ、それなら僕たちが知らない筈がないじゃないか!」


    一場「嘘じゃねえよ。お前ら一度でも新さんからあの人の計画を聞いた事があるか?ねえだろ。俺の事が秘密にされてたのもそれと一緒だよ。……要は騙されて、利用されてたのさ。あんたら」


    アニ男「お前……!僕たちを馬鹿にするのも大概にしろ!!」


    一場の言葉にアニ男は憤慨し、今にも掴みかからん程の剣幕でそう叫んだ。

    しかし一場はそんなアニ男に気怠げな目を向け、そして言った。


    一場「やめとけって。ボロボロで能力も使えねえ有様で、万全の俺に敵うと思ってんのか?猿でも分かんぞ、そのくらい」


    アニ男「……!!」


    一場「そもそも聞くだけタダっつったのはそっちだろ。だから暇潰しに話してやってるってのに、全く」


    一場にそう言われ、アニ男は自分が冷静さを失っていた事に気付き、黙り込んだ。

    一場はそんなアニ男から視線をずらし、今度は風子や燕の方を向いて言った。


    一場「さて、他に聞きてえ事は?」


    風子「……あなた、新が私達にも隠していたスパイって言ってたけど。なら良いの?こんなにペラペラと色々喋っちゃって」


    風子の疑問も尤もだった。新が極秘裏に抱えていたスパイだという一場の言葉に、今の彼の振る舞いは余りにも合っていない。


    そんな風子の問いに、一場は事もなげに答えた。


    一場「ああ、良いんだよ。あの人が月まで行った時点で契約は終わってるし、報酬も前払いで貰ってるしな」


    風子「……報酬?っていうのは……」


    一場「ああ。俺が新さんに雇われ、魔王の所にスパイに行った理由だ。…………金が、必要だったんだよ」


    一場はそれまでの様子とは一転、急に重々しい口調になった。

    その顔には暗い影が落ち、彼の事情の深刻さを物語っていた。


    風子「魔王の元でのスパイ活動、そんな命懸けの行為をしてまでお金が必要だったって。まさか……!」


    一場「そう。……俺はどうしても、ある物を手に入れなきゃならなかったんだ。それこそ命に代えてもな」


    一場は真剣な表情を浮かべ、悲痛さすら感じさせる様子で言った。














    一場「iTunesカード。ガチャを回すための魔法の鍵。……デ⚪︎ステで奈緒ちゃんを当てるため、俺にはどうしてもそれが必要だった………ッッ」




    ミストルティンの船上に、冷たい風が吹いた。
  72. 87 : : 2016/09/04(日) 18:16:00


    一瞬の停滞。これだけの大事に際してこんな事を言っていられるこの男は、ただのバカなのか、大物なのかそれは誰にも判断はできない。


    だが彼の言葉は少ないながらもその場にいる者たちにとって有益な情報を与えてくれたと言えるだろう。


    まだ聞きたい事は多くあるそれぞれがそう感じていると、一場は退屈そうに全体を一瞥する。



    一場「うっし。この辺で……」


    そして次の瞬間。船体が大きく揺れ、アニ男達の体を浮遊感が包む。


    一場「よし。船は下ろしたし、あとはまあ好きにしてくれや。俺はもう帰るからよ」


    そう言って一場は背を向けてひらひらと手を振ると歩き去ろうとする。


    アニ男「ま、まてよ……!まだ聞きたいことが!」


    一場「はぁ?俺はお前と話したいことなんてねぇよ。じゃあな。あ、そうだ。あとこの船燃料はあるけどお前らのせいで動力系に異常出てて、直さねぇと動力の起動が効かなくなってっから」


    それだけ告げると、引き止める声に耳を傾けることもなく一場は立ち去っていく。


    そして残された者達は唯一の手段を失い、途方にくれる他ない。


    アニ男「どうしましょう……」


    その場で誰もが口に出すことを躊躇った、結論を求める言葉。それをアニ男は空気を切り裂かんとばかりに口にする。


    燕「ひとつだけ私の知人に心当たりがあります。その者であれば、このふねを直せるかもしれません」


    風子「それは本当ですか?それでその方っていうのは?」


    誰もが燕の方に目を向ける。彼の示す最後の可能性。だが、その割に燕は渋い表情を浮かべていた。


    とても打開策を見つけたとは思えないほどに考え込んでいる。


    燕「その者なのですが、何分過去に酷い経験をしたせいでかなり臆病になってしまいましてな。なかなか気難しいというか……なんというか……」


    そう言って燕は言葉を選ぶようにして告げる。燕の様子から見て可能性はそれほど高いとも思えないとはいえ、彼らにはそこにかける他の方法があるとも思えなかった。


    ドヴォルザーク「もったいぶるなよ。そいつは誰で、どこにいやがんだ」


    燕「これは失敬。年頃は私と同じくらいの男性で名を犬飼遊楽と申します。そしてここからが問題なのですが……」


    誰もが、言い淀む燕の口元に視線を送り、耳を傾ける。


    燕「彼は今、この国の中でももっとも危険とされる、不死山(ふじさん)の麓にある樹海に住んでいます」


    燕は苦々しいで告げた。
  73. 88 : : 2016/09/04(日) 20:05:35





    アニ男「俺、ヘリコプターとか初めてですよ……」


    アニ男が窓の外を眺めながら、風子の隣でそう言った。


    風子「まあ普通の高校生はヘリコプターとか乗らないだろうし、当たり前じゃない?」


    風子はヘリコプターにも慣れているのか普段通りの様子を崩していない。

    燕はそんな様子を見ながら破顔して言った。


    燕「何にせよ風子殿のお陰で不死山への足が確保出来ました。有難いことですな」


    結局、3人と1匹は燕が苦々しい表情で述べた提案を採用し不死山の麓へと向かっていた。

    とは言うものの燕の提案以外に解決策も存在せず、採用する他なかったという方が正しい。

    だが、その次に問題になったのは移動手段であった。

    船は勿論動かない為、即座に候補から外れた。

    その次に候補となったのはドヴォルザークの背に乗って移動するという案だった。

    しかしそれはあえなくドヴォルザークに却下される。


    ドヴォルザーク「おいおいおい!俺様はタクシー代わりじゃねえぞ!?大体俺様ァさっきの戦いでもう魔力がカラッ欠なんだ。またいつ戦いになるかも分かんねえし、そろそろ寝かしてもらうぜ」


    そう言ってドヴォルザークはふっと消え去ったしまった。

    風子によると、こうなると呼び出そうとしてもしばらくは反応が無くなってしまうらしい。

    という訳でドヴォルザークに乗るという案も候補から外れた。

    ならばどうしようかとアニ男と燕が唸っていると、風子がふと思いついたように手を叩いた。

    すると風子は急にケータイを取り出し、誰かに電話を掛けると、2人にちょっと待ってねと笑いかけた。

    程なくして上空から騒がしい音が聞こえてきた。

    アニ男と燕が上を見上げると、そこには1台のヘリコプターが飛んでいた。

    ヘリコプターは上から梯子を下ろし、風子はそれに掴まって登り始める。


    アニ男「え?風子さん?え、何ですかこれ」


    風子「ん?ああ、ほら。私って一応会社の社長だからさ。多少のワガママなら許されるのよね〜。ほら2人も早く登って登って」


    困惑を隠せないまま、2人は梯子を登り人生初のヘリコプターでの移動を経験する事になったのである。


    風子「とは言っても不死山の樹海に直接は降りられないから入口までになっちゃうんだけどね」


    アニ男「いや十分過ぎですよ。社長は伊達じゃなかったんですね」


    風子「まあ……そうね。ちょっとそこら辺の経緯に関しては詮索して欲しくないけど」


    そう言って彼女はバツが悪そうに顔を背けた。

    アニ男も流石にそこまで不躾ではないので、それ以上聞く事はしなかった。

    そして今度は風子が燕に問いかける。


    風子「ところで燕さん、不死山ってそんなに危険なんですか?名前は聞いたことあるけれど詳しくは知らなくて……」


    そうですな、と言って燕は顎に手を当てながら思い出すように話す。


    燕「不死山には元々ある伝説が残ってましてな。概要だけ話しますと、かの山の頂には不死の薬がある、と言った伝説です。まだ誰も辿りついた事がないという話ですから真偽のほどは定かではありませんが……真偽がどうであろうと不死と聞けば多くの人間がそれを求めて頂を目指すのは自明の理です」


    燕「ですが辿りついた者はいない……いや辿りついた者はいたとしても生きては帰ってきていない。つまり相当危険な場所ですな。今回目指すのは不死山の樹海ですが……これまたおぞましい噂がありましてな。不死山で命を落とした者がその生い茂る植物に魂ごと絡みつかれ、成仏出来ずに未ださまよっている、とか 」


    燕が不敵な表情を浮かべながら話したせいか、風子は目に見えて顔を青ざめさせた。


    風子「そ、それってオバケ……」


    燕「所詮は噂話です。あまり気にしない方が良いでしょう」


    アニ男「燕さん、途中から楽しんでましたよね……?」


    アニ男が燕にそう問いかけると、燕は何のことやらととぼけてみせる。

    戦いの時とは違う穏やかな燕の表情にアニ男も自然と笑みが零れる。

    そんな風にどこか落ち着いた和やかな雰囲気がヘリコプターの中に漂いながらも、目的地は目前へと近づいていた。

  74. 89 : : 2016/09/04(日) 23:07:11

    アニ男「うわぁ……凄い。こんな場所があったんだ……」


    樹海の入り口、鬱蒼と茂った木々を見てアニ男は思わずそう呟いた。


    アニ男「まるでジャングルですね……いや、ジャングル見た事ないからイメージの話ですけど……」

    燕「だからこそ彼はこの場所を選んだのでしょうな。成る程、確かに人の気配はなさそうだ」


    そこは今どき珍しく、人の手が全く入っていない本来のままの自然らしかった。当然道が整備されている筈もなく、彼らは道無き道を進む事を余儀なくされる。

    燕が先頭を歩く形で、彼らは樹林に踏み込んだ。


    風子「にしても、上から見た感じだとかなり広いわよこの樹海。幸い不死山のお陰で完全に道に迷う事はないだろうけど、それでも無策に歩けるような場所じゃないわ」

    アニ男「確かにそうですね。……ていうか燕さん、凄い自信満々に歩いてますけど……もしかして前にも来た事あったりするんですか?」


    アニ男の問いに、燕は振り帰らないままで答えた。


    燕「いいえ、今日が初めてです。……ですが彼の性格上、大体の場所は予想出来ます」

    アニ男「予想、ですか」

    燕「彼は過去にとある事件に巻き込まれましてな。その折に極度の女性恐怖症になってしまったのですよ。……とはいえ街に生きていれば女性は避けられぬもの。だから彼はこんな樹海なぞに居を構えた」


    ならば、と燕は続ける。


    燕「きっと樹海の最奥、不死山の麓あたりに彼はいるでしょう。女性、ひいては人から逃げるために樹海を選んだのですから、より奥へ奥へと入っていったであろう事は想像に難くありません」


    風子「へえー。その人、よっぽど辛い経験をしたのね……ってそれ、もしかしなくても私が行っちゃ駄目なんじゃないの?女性恐怖症って……」


    燕「それはどうとでもなりましょう。彼も歳をとってトラウマを克服しているやも知れませんし、最悪私だけで彼と話を付けてもいい。……それよりも」


    そこまで言うと、燕が急にその足を止める。

    後ろを歩いていたアニ男が何事かと燕の顔を伺うと、彼の目は鋭く辺りの木々を睨みつけていた。


    燕「噂をすれば何とやらですな。……いえ、私も何の考えもなしに風子殿を連れてきたわけではありません」


    燕が腰の日本刀に手を掛ける。

    その所作を見て、やっとアニ男と風子は気付いた。


    アニ男「何か、いるんですか!?」


    燕「ヘリの中で話したような、物の怪や幽霊の類というのは流石に冗談ですが……ここは既に野生の領域。ならば襲ってくるものがいるのは道理でしょう」



    ガサリ、と彼らの上空から音が鳴る。

    燕とアニ男は同時に上方を見上げた。
  75. 90 : : 2016/09/05(月) 17:55:38
    そこには小さな動物達がいた。まるで何かから逃げ惑うように一様にしてその場から離れていく。


    先ほどのような小さな草音は徐々に大きくなっていく。そして次第にそれは強烈な地揺となり彼らを襲う。


    彼らの少し右手に10余mはあろうかという巨大なソレがゆっくりと体を持ち上げたようだった。


    アニ男と燕が上を見上げているとその姿を否応なく視認することになる。


    木々の小さな隙間から垣間見えるその巨大にある無数の瞳が彼らを睥睨している。しかし、それは自らの領域を侵す忌々しき者を見るというより、その鈍い輝きはまるで鼻先を飛び回る毛虫を疎むような色を帯びていた。


    その瞳に気づいた一行は戦慄する。


    これまで彼らの見てきた現実とは大きく乖離していた。おおよそ通常の生態系に存在するとは思えない生物──そう呼ぶのも躊躇われる程に悍ましい姿がそこにあった。


    形容し難いそれの巨体には多くの生物に存在する頭のような部位は見受けられない。一見すれば首のない亀のようにも見えるが、その甲羅は見ているだけで頭の中をかき乱されるような玉虫色をしており、そこかしこに瞳のようなものが存在している。そして、背後からは太く長い尻尾を触手のように無数にうねらせている。


    また本来首が出てくるであろう穴は覗き込めば、精神を引き抜かれてしまうのではないかという恐怖心を煽るような底の見えぬ深い闇が広がっている。


    アニ男「え……あ……嘘……」


    アニ男は驚きのあまり、尻餅をついてしまう。だが、その鮮烈なまでの存在感から目を背けるとはできない。


    恐怖心や嫌悪感。あらゆる感情が彼の中に渦巻いているにもかかわらず、その目を釘付けられていた。


    そして、そのうちに気づく。


    顔があるわけではない。口もない。表情があるわけではない。


    だがはっきりとわかる。


    体中に存在する目が厭らしく笑った。


    まるで快楽に目を細めるように、歓喜に目を見開くように。




    そしてしばらくの沈黙の後、太く長い尻尾がその巨体からは想像できぬ程に鋭く素早くアニ男達に襲いかかるのだった。
  76. 91 : : 2016/09/05(月) 20:45:50


    燕「伏せろっ!!」


    瞬間、燕が叫ぶ。

    アニ男は目の前の生物に気を取られていたが、燕の声に反射的に従い紙一重で尻尾を避ける。

    しかし風子は恐怖に震えるあまり、燕の声が聞こえておらず、為す術も無く尻尾に直撃した。

    ────と、思われたが。

    尻尾は風子に当たる直前に斜め上へと軌道をずらされる。


    ドヴォルザーク「ったく、おちおち寝てもいられねえ……なんて、文句言ってる場合じゃねえな?」


    そこには先程の様な巨大なサイズでは無いとはいえ、2メートル近くある龍が羽ばたいていた。


    風子「……ぁ、ドヴォルザーク?」


    ドヴォルザーク「ペットに死なれちゃ俺様も困るんでね。魔力は半分も回復しちゃいないがいないよりはマシだろ」


    しかし、とドヴォルザークは目の前の怪物を睨みつける。

    他の3人からすれば視界の端に入れることすら躊躇われる程おぞましい姿なのだが、ドヴォルザークはそれを見てハッと鼻で笑った。


    ドヴォルザーク「懐かしいもんだな……ありゃあ昔、世界を征服しようと企んだ小悪党が錬金術だか何だかで造ろうとした最強の生物、の失敗作だ」


    風子「ド、ドヴォルザーク……アレのこと知ってるの?」


    ドヴォルザーク「おうともよ。結局色々あってそいつは処刑され、造られた生物も殆どが始末されたらしいがまさかこんな所に残ってたなんてな。ま、所詮失敗作。本気の俺の足下にも及ばねえ程度さ」


    アニ男「本気の……って事は……」


    アニ男が半ば青冷めた顔でドヴォルザークに聞き返す。

    ドヴォルザークは余裕綽々な態度で、尊大に言いのけた。


    ドヴォルザーク「今の俺じゃ勝算はほぼ無いに等しいな。実際さっきの尻尾を逸らせたのも半分は偶然だった」


    その答えに3人は絶望を隠しきれない。

    しかしこのままでは全員が犬死にするのは明白だと考えたのか、アニ男は踵を返す。

    だが、それは燕の声によって止められた。


    燕「待ちなさいアニ男くん。……私の勘が正しければ最早逃げ道は無い」


    アニ男「それはどういう……って、これは……!?」


    アニ男が背後に見たもの、それは到底登る事が出来なさそうな絶壁だった。


    アニ男「な……さっきまで確かにここは森だったはずなのに!」


    燕「それがこの樹海を誰1人生還した事が無い所以なのでしょう……あの化物の能力か、はたまた森自体の特性なのか。定かではありませんが、1つだけ確かな事があります」


    そう言って燕は鞘から日本刀を抜き、構える。

    抜き放たれた刀からは青白い電光が迸っている。

    アニ男は意を決した様に息を深く吐きながら、漸く視界の中心に目の前の怪物を入れる。

    その両手には白と黒の拳銃がそれぞれ握られていた。

    ドヴォルザークもまた2人の様子を見て、不敵に笑ってみせる。


    アニ男「……アイツを倒さないと、ここで死ぬ。ならばやる事は1つ」


    自分の中にいたもう1人の自分を叩き起すように己を奮い立てる。


    アニ男「アイツを倒して、先へ行く!」


    アニ男のその声を皮切りに、森の中が戦場へと変わった。
  77. 92 : : 2016/09/05(月) 23:34:42


    アニ男「俺が射撃で奴の気を引きます、2人は攻撃に専念してください!!」


    アニ男は叫んで2人に指示を伝えると、化け物に向けて立て続けに発砲していく。

    玉虫色の外皮に埋め込まれた無数の瞳が一斉にアニ男に向けられる。巨体から注ぎ込まれる圧力と殺意に、アニ男の全身が粟立った。

    次の瞬間、彼めがけて無数の触手のような尾が振り下ろされる。空気を切り裂く轟音を伴いながら迫り来るそれらを、アニ男は全力で駆けて回避していく。


    燕「承知!」

    ドヴォルザーク「おうよ!」


    そうして生まれた隙を見逃さず、燕とドヴォルザークは共に化け物の右前足へと駆け寄っていく。

    化け物がそれに気付き尾の何本かを振るった時には既に遅く、彼らは重量級の打撃を軽くいなしつつ技を放つ体勢に入る。


    ドヴォルザーク「崩れちまえっ!!!」

    燕「自家発電!!!」


    暴風の一穿が抉り取り、轟雷の一閃が切り裂き開く。怪物の巨大な前足が音を立てて鮮血を散らした。


    巨大な生物を相手取る際、まず真っ先に体重を支える脚部を狙うのは戦いの常識だ。埒外の破壊力を生む重量は同時にその生物にとっての弱点でもあり、一度支えきれなくなると一気に崩れ落ちてしまうからだ。

    今回、燕とドヴォルザークも多分に漏れずその作戦を選択した。そして見事怪物の脚部に強烈な痛打を見舞ってみせた。

    これで化け物は体重を支えきれず、なす術もなく倒れる筈だった。


    ……しかし。


    燕「っ……効いていない!?」


    肉をズタズタに削ぎ落とされ、粘性のある赤黒い液体を噴出させながらなお、異形の怪物はその姿勢を崩さない。

    それどころか傷口からは僅かに異臭を放つ白い煙が立ち上っており、自己再生が進んでいる様子だった。


    ドヴォルザーク「おいおいおいおい、効いてねえどころか再生かよ!?なんでもアリかこいつ!!」

    燕「不味い!奴の意識がこちらに……!!」


    化け物の殺意が自分たちに向いた事を鋭敏に察知した燕は、咄嗟に回避のため化け物の尾に全注意を向けた。

    だが化け物はそんな彼の抵抗を嘲笑うかのように無数の眼球に悦楽の色を浮かべると、白煙に覆われた自らの右前足を大きく持ち上げた。


    ドヴォルザーク「!!やべっ……」


    ドヴォルザークが怪物の意図を察し、短い声を漏らす。

    怪物は持ち上げた足を全力で振り下ろし、地面に打ち付けた。


    ドヴォルザーク「っぐぁ!!」

    燕「ぐおおおぉっ!!!」


    木々の根が地面から引き剥がされる程の揺れと猛烈な風の圧力が2人を襲う。

    特に揺れをモロに受けてしまった燕の被害は甚大で、彼は内臓をシェイクされるような感覚を味わい、前後不覚のまま吹き飛ばされ受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


    燕「ぬっぐぅぅぅ……」


    しかし怪物はそれでもまだ容赦をしない。地面に倒れ呻き声を漏らす燕に向け、渾身の力を込めて持てる尾を全て振り下ろす。


    アニ男「欲望と制裁の弾丸、全弾掃射(フルバースト)!!」


    刹那、アニ男が叫ぶ。

    彼は一瞬にして己の全性欲を弾薬に変化させると、それを宙へとばら撒く。それから目にも留まらぬ速さで二丁の拳銃を構えると、彼は宙に舞う無数の弾薬に向けて弾丸を発射した。

    放たれた弾丸は宙に浮いた弾薬の雷管を叩き、加圧された雷管が放つ火花が火薬に引火し、乾いた破裂音を伴う衝撃と共に銃弾が発射される。

    絶妙な角度で配置された弾薬の群れは連鎖的に次々と銃弾を吐き出し、遂には弾丸の集中豪雨が怪物の無数の尾へ向けて放たれた。


    叩きつける衝撃に尾の軌道が逸れ、燕は何とか一命を取り留めた。
  78. 93 : : 2016/09/06(火) 17:57:49


    アニ男は以前と同様自らの思考が急激に冷えていくのを感じていた。


    弾を撃ち尽くした時に訪れる明鏡止水の境地とも言える精神の静寂。


    琉球の血に身を委ねた時の熱とは対照的な感覚。


    アニ男「俺に殺れというのか……」


    既に他の2人は消耗が激しい。それを考えれば今この場で最大戦力として戦えるのはアニ男だ。


    体力全快というわけにもいかないせいかはわからないが、夏未の時よりもこの状態への潜りが浅いような気がする。


    それでも敵の攻撃の一部始終が止まって見えるほどに思考は加速されている。


    アニ男「やるしかない……風子さん、燕さん。ここは俺に任せて」


    風子「わかった。援護は任せて」


    燕「ここはお願い致します」


    アニ男の静かな言葉に2人は深く頷く。


    以前であればこれほど信頼してもらえただろうか。それはわからない。だが、今は風子も燕もアニ男を認め、託してくれる。


    それアニ男にとって大きな意味があった。


    アニ男はそれを誇りに思う。


    そんな誇りを胸にアニ男は一歩、また一歩と地面を踏みしめ駆け抜ける。


    次々と襲いかかる尻尾がアニ男を狙うが、そのすべては彼に命中することなく地面を抉り取っていく。


    体勢を崩され、回避が間に合わない時もアニ男は気にしなかった。ただ、地面を踏みしめまっすぐと本体に向けて走る。


    その度に触手は雷の槍に貫かれ、風の壁に阻まれアニ男を捉えることはない。


    尻尾を躱し、時には尻尾の上を駆ける。


    縦横無尽に迫り来る無数の鞭をかいくぐり、足場とし少しずつ本体に肉薄する。


    本体に近付くにつれ、攻撃が苛烈になっているのをアニ男も感じていたが、不安はなかった。


    自分に足りないものはきっとふたりが埋めてくれる。そう信じている。


    だからアニ男は自らの最大限をぶつけるだけだった。時には尻尾の撥ね上げた石の礫が頬を裂く。


    だがそれでもアニ男は足を止めることも、速さを緩めることもない。



    そしてアニ男は遂に捉える。その奥になにがあるのかもわからない底なしの深い闇。


    アニ男「これだけご丁寧に隠してるんだ。さぞ大切なものがあるんだろうな」


    アニ男は遥か上空にある尻尾の上にいた。


    彼はただ信じて飛び降りる。襲いかかる無数の尻尾は次々と撃ち落とされていく。


    空中で反転し、深い闇を見据える。


    もうほとんど時間も残っていない。今のアニ男にとって正真正銘最後の一撃。この後は1時間は間違いなく手足を動かすことすらままならないだろう。


    下手をすれば頭から落ちて首が折れて死ぬことになる。だがその瞳に揺らぎはない。


    アニ男「終わりだ」


    強烈な破裂音と共に強烈な衝撃が化け物の体を貫いた。



    アニ男は強烈な威力の攻撃を空中で放った反動でなす術もなく吹き飛ばされる。


    だが、アニ男を迎え入れたのは硬い地面ではなかった。


    しっかりと燕が彼を受け止めてくれていた。


    アニ男「すみません……ちょっと無茶してきました」


    燕「若いというのは羨ましいですな」


    そう言って燕は笑う。


    アニ男達は最後の一撃を受けたその巨体に視線を送る。ただ動かずしてその場に佇むその姿。


    彼らは固唾を飲んで見守っていると。玉虫色をした甲羅が軋むような音を立て始め、四方八方に亀裂が走る。


    そして、次の瞬間その甲羅は瓦解し、それ共に化け物は強烈な地鳴りと共に地面に崩れ落ちた。


  79. 94 : : 2016/09/06(火) 18:18:41
    アニ男「やった……やりました!」


    アニ男は声をあげて喜ぶ。


    風子「一時はどうなるかと思ったわ……」


    風子もまた安堵の息を漏らした。


    だが燕だけは違った。その眼に映るのは彼には珍しく恐怖、戦慄といった類のものだ。


    彼はあたりをなんども見回し、挙動がおかしい。それを見て心配になったアニ男が声をかける。


    アニ男「燕さん……?」


    燕「まずい……今ので起こしてしまったようです」


    アニ男は彼がなにを言っているのか理解できなかった。そして彼の見つめる先に眼を向ける。


    そこにはまた亀のような姿をした化け物。先ほどアニ男達が倒したであろう敵の姿があった。


    燕「今度は5匹……完全に囲まれました」


    燕は額に汗を流し、歯噛みしながら告げる。


    そして、最悪の事態は待ってはくれない。


    単純に先ほどの5倍の密度で尻尾が襲いかかる。幾重にも重なる攻撃のため、土や石が空中に舞い上がり視界も定かではないほどに荒れ狂った攻撃が彼らを襲う。


    だが、敵の狙いは正確だった。どうやって彼らを見つけているのかはわからない。だが、寸分違わずアニ男達を付けねらう。


    今はなんとか燕がアニ男を抱えたまま持ちこたえているが、このままでは時間の問題だ。


    状況は先ほどより悪い。だが、敵の数は5倍。もはや生存は絶望的とも言える。


    幾度となく繰り返される回避と逃走。策を講じようにも手数も足りない。


    だが、その終わりはすぐ目の前にまで来ていた。燕が尻尾を回避した直後体勢を崩した隙に、複数の尻尾が襲いかかる。


    風子も援護するがその全てを捌ききることはできない。そのうちの一本が確実にアニ男と燕を捉える。


    燕もアニ男も既に体力的に限界である。これ以上のダメージを受けるようなことがあれば、意識を保てるかどうかすら怪しい。下手をすれば即死ということもありうる。


    目の前にまで迫る絶望を前にふたりはただ結果を待つことしかできない。



    刻々とその瞬間は迫り来る。明確な死。


    恐怖する余裕もないほどに迫り極限の緊張。まるで時がゆっくりと流れているような気すらもする。


    そして、その瞬間はやってくる。固く眼をつぶり衝撃に備える。


    そしてついに尻尾が確実に彼らの体を薙ぎ払った。










    そう思われた。








    しかし、いつまでたっても訪れない衝撃にふたりは眼を開け、眼前の事実に驚愕する。


    真っ黒なロングコートを着て、フードをしっかりと被っているため顔や細かな体格はわからないが、背格好からしておそらく男だろう。


    その男がふたりの目の前で触手を軽々と受け止めていた。


    その男は無言で彼らを一瞥するとなにやら木の上に向けて合図をする。


    するともうひとりのフードを被った彼よりも小柄な人物が現れる。


    そして男に向けて小さな声で告げる。


    「1」

    そうすると明らかに男は憤慨した様子で。


    「アホか。俺が2だ」


    その間も触手による攻撃は続く。しかし、そんなものをものともせず全てをふたりは捌ききり消し飛ばしていく。


    「私は病み上がりなんだ。2」


    彼女の言葉に男はため息をつくように肩を落とす。


    「OK。俺が3だ」


    そう告げる。アニ男達はもう彼らが何の話をしているのかもさっぱりだった。小声でよく声が聞き取れなかったというのもあるが、目の前の超常現象に頭がついていかないというのが正直な感想だった。


    彼らはひとしきり口論を終えると、その場から姿を消す。辺りの森は既に一部がなぎ倒され見晴らしが良くなってしまっている。


    それでも既に森の再生が始まりつつあると言うのだからこの樹海の恐ろしさが伺えた。


    木々の隙間から見える化け物たちが彼らの姿が消えてから少しして大きく暴れ始める。


    だが、次の瞬間。


    まるで大型トラックが衝突でもしたかのような衝撃音がひとつふたつと鳴り始め、その数は5で止まった。


    そしてそれと同時に化け物の動きが止まる。


    それはいつかに見た光景。


    先ほどアニ男達が化け物を倒した時と同じだった。化け物たちはその巨体にひび割れが走り全て崩れ去る。


    アニ男「え……あ……え……?」


    理解が追いつかないままその場にとどまる三人の前に先ほどのフードの二人組が現れる。


    そしてただなにも言わず森の中を指差す。


    風子「あっちってこと……?」


    風子が尋ねると背の高い方が頷く。そして、彼らは背を向ける。


    風子「ま、まって……!あなた達は誰なの? 」


    だが風子の叫びに彼らは応じない。


    そして彼らは消える。


    その瞬間、はっきりと聞こえたわけではないが、小柄な方が獰猛に笑い口を動かした気がした。


    『せいぜい死んでくれるなよ』
  80. 95 : : 2016/09/06(火) 22:34:49


    アニ男「今のは誰だったんでしょうか……」


    呆気に取られていたアニ男が我に返ったようにそう呟いた。

    だが風子と燕も全く検討が付かないと言わんばかりに首を振る。

    アニ男が釈然としない表情でいると、燕が刀を鞘に戻しながら言った。


    燕「何にせよ、またいつ囲まれるやも分かりません。今は彼らの指差した方へ進むしかないでしょう」


    この樹海では、早く動かなければまた構造が変わってしまうという危険性がある。

    アニ男と風子は先程の2人の事が気になるようだったが、考えるのは後にすべきだと思ったのか燕に従って先を急いだ。


    アニ男「ところで風子さん、ドヴォルザークの奴はいつの間に消えたんですか?気づいたらもういなかったんですけど……」


    風子「確かあのよく分からない2人組が来た辺りだったと思う。……多分またピンチになったら出てくると思うけど、あんまりアテにしない方が良いと思うよ。ドヴォルザークってあんまり燃費良くないらしくて」


    アニ男「燃費って……とにかく次襲われたら本当にやばいって事ですね。急がないと」


    そう言ってアニ男は歩を早める。

    3人がしばらく指差された道を進むと、少し開けた場所に出る。

    その広場の中心には簡素な作りの小屋が1軒建っていた。


    燕「……恐らくここでしょうな」


    そう言って燕が小屋の扉をノックする。

    すると中からゆっくりと扉が開いて中から小柄な老人が姿を現す。


    「あんた誰だ……って、もしかして燕くんか?」


    しわがれたややハスキーな声でその老人は驚きの声を上げた。

    燕はその通りだと頷きながら右手を差し出す。


    燕「久しぶりだな遊楽。その様子だとどうやらまだ壮健そうで何よりだ」


    遊楽と呼ばれた老人はその差し出された手を握り返しながら破顔した。


    遊楽「燕くんこそ元気そうで何より。まだ剣を振るっているのか?君も相変わらずだな」


    燕「ああ、生憎これしか取り柄がないものでな」


    老人2人がそう話をしている所に取り残されていた2人が遠慮がちに入ってくる。


    風子「あ、あの……そちらの方が?」


    燕「ええ、彼が犬飼遊楽。私の友人です。そうだ、遊楽。今日はお前に頼みたいことが……」


    燕が用件を言おうとするも、不自然な所で言葉を切った。

    しかし他の2人から見てもそれは仕方ないようにも思えた。

    風子が喋りかけた途端に、彼の顔は凍りついた様に固まってしまっていた。

    その後、目は泳ぎだし、額や鼻には汗が滲み始めて、終いには小刻みに震えだした。

    風子とアニ男がその様子に言葉を失っていると、燕が信じられないという様子で遊楽に声をかけた。


    燕「女性恐怖症なのは分かっていたが……そこまでなのか?」


    遊楽「い、いいからそこの方はこれ以上近づかないでくれ……用件なら中で聞く、ただし入っていいのは男だけだ……い、いいな?」


    彼は声を震わせながらそう言って小屋の中に入り、バタンと小屋の扉を閉めてしまった。

  81. 96 : : 2016/09/07(水) 18:31:08


    遊楽「空を飛ぶ船の修理か……ううん。出来ると断言したい所だが、実物を見てみないことには分からないな。……すまない、ちょっと待っててくれるか」


    燕から事の顛末を一通り聞き、遊楽は深く考え込んでからそう言った。それから彼はおもむろに立ち上がると、何やら部屋の隅に積んであった紙の束を漁り始めた。

    その様子を燕は手持ち無沙汰に──風子だけでは先ほどの怪物が再び現れた時に余りにも危険なので、アニ男も外に残った──刀の点検などをしつつ待った。

    やがて目当てのものを見つけたのか、片手に数枚の紙切れを持った遊楽が燕の元へ戻ってきた。


    遊楽「これだこれだ。……実は、空を飛ぶ船というアイデアは僕も考えた事があってね。主に資金面の問題で断念せざるを得なかったんだが、技術的な問題は殆ど解決していたんだよ」


    遊楽が持ってきた、恐らくその船の設計図であろうものは酷く古ぼけており、書いた本人が記憶と照らし合わせてようやく解読できる程度という有様だった。……それ以前に専門的な用語や記号が多すぎて、例え綺麗な状態だったとしても燕には怪文書にしか見えなかったが。


    燕「ううむ、頭が痛くなるな」


    遊楽「空を飛ぶ船の設計だなんて、そうそう何パターンもあるわけじゃない。君の話の通りなら製作過程や動力に非リア術が関わっているようでもなさそうだし、ただの技術の問題ならこいつが解決してくれる筈だ……ああ、勿論ある程度は今から書き直すから。解読の方は気にしなくて大丈夫だよ」


    燕「出来る事ならばお前自ら船の下まで来てほしいのだが……やはり、まだ駄目か」


    燕のその言葉に、温和な笑みを浮かべていた遊楽の表情が一瞬で重苦しいものへと変わる。


    遊楽「……さっき見せた通りさ。まだ駄目なんて話じゃない。こいつは死ぬまで、それどころか来世まで付いてくるかもしれないな」


    かつて燕と遊楽が学友だった頃、遊楽はとある事情から姫宮 瑠奈という狂人の魔手に掛かり、消える事のないトラウマを植え付けられた。

    その様たるや凄惨の一言では欠片のさらに一片すらも表せないほどであり、それを知る燕には遊楽に樹海から出る事を強制するなどとても出来なかった。


    燕「いや、欲を言ってすまなかった。突然押しかけてその図面を貰えるだけでも十分ありがたいというのに」


    燕はそう言って深々と頭を下げて詫びる。しかしそれを見た遊楽は慌てて言った。


    遊楽「よせ、やめてくれ燕!僕の方こそ力になれなくてすまない。何を隠そう、あの地獄から僕を助け出してくれた者こそが君だというのに……!!」


    燕「私など殆ど何もしていない。あの場において救われたのは私も同じ事。……救ってくれたのは『彼ら』だ、そこだけは違えないでくれ。ただでさえ未熟な我が身、恥で焼け消えてしまいそうになる」


    2人が脳裏に描くのは、小西フラ男を筆頭とするかの非リア四英雄。

    あの日突然現れて燕たちを救い、そして消えていった彼ら。2人は今でもその偉大な存在に感謝し、経緯を持ち続けている。


    遊楽「……しかしまあ、懐かしいな。酷い経験をしたとはいえ……やはり青春は何物にも代え難いという事かな」


    燕「ははは。この歳になるとな、互いに思うところもあるらしい」


    図面を書き上げている間、遊楽と燕は暫し思い出話に没頭した。
  82. 97 : : 2016/09/08(木) 17:07:26




    アニ男達が家の外でしばらく待っていると、ふたりが小屋から出て来る。時間にして1時間といったところだろうか。


    思ったよりも早く済んだという印象だった。


    アニ男「あ、燕さん。早かったですね」


    燕「ええ。彼はいい腕を持っています。こんなところに隠れているのはもったいないほどに」


    燕がわざとらしく水を向けると、遊楽は心苦しそうに苦笑する。


    遊楽「この性分はどうしても抜けなくてね。他の女性はきっと素敵な方も多いのだろうけど、どうしてもトラウマというのは如何ともしがたい」


    そう言ってちらりと風子に目を向ける。


    風子「なんだか気を使っていただいたみたいで。お辛いでしょうに」


    遊楽「まあ怖いのに変わりはないが、距離があれば手先が震える程度だ。すまないとは思うけれど許してほしい」


    それでも燕とアニ男を挟んでいるため、ふたりの間にはかなりの距離があった。


    燕「まあ実際風子殿は怒らせたら間違いなくあの女より恐ろしい方でしょうがない」


    そう言って燕はからかうように笑う。


    遊楽「脅かすのはやめてくれよ……そうだ。お詫びと言ってはなんだけど、君達のためににおい袋を用意しておいた。この樹海の生き物が嫌う花の匂いを凝縮したエキスが少しずつ拡散する仕組みになってる」


    燕「そんなもの、いつの間に……」


    遊楽「君が自分の刀の手入れに夢中になっていた間にだよ」


    そう言って笑うと、人数分の袋を燕に渡す。


    遊楽「僕にはこれくらいしか出来ないけど、許してほしい。困ったことがあればいつでも来てほしい。とはいえこんな場所で申し訳ないけれどね」


    アニ男「本当にありがとうございます!本当に助かりました!」



    アニ男が遊楽に向けて最敬礼する。



    遊楽「燕も面白い子を見つけたね……」



    そう誰にも聞こえぬほど小さく言って興味深そうにアニ男を眺める。


    燕「そろそろ。我々はお暇させていただくとしよう。時間もあまりないのでな」


    遊楽「ああ。いつでも遊びに来てくれ」


    そう言ってふたりは固い握手を交わす。


    そして、アニ男達は船を改修する手立てを得ることに成功し、不死山の樹海をあとにするのであった。
  83. 98 : : 2016/09/08(木) 21:31:49


    遊楽に貰ったにおい袋の効き目は抜群で、遊楽の家から樹海の出口に至るまで、化物のどころか普通の虫や動物すらも近づいてくる事は無かった。

    樹海から出た一行は出口付近で待機していたヘリコプターに乗り込み、船へと戻っていく。


    アニ男「それにしてもこのヘリコプター、僕達が樹海に入ってからずっと待機してたって事ですよね。思ったより時間がかからなかったからいいものの帰りがもっと遅くなってたらどうしてたんですかね」


    風子「さあ……私は別にここで待っててなんて頼んでないけれど。どっちにしろこうやってすぐ戻れるって事は悪いことじゃないでしょ?あまり気にしない方が良いわよ」


    アニ男の問いに風子は少し素っ気ない態度で答える。

    風子は答え終わると、疲れたから少し寝るねと言い残して目を瞑った。

    余程疲れていたのか、数分も経たぬうちに彼女は穏やかな寝息を立てていた。

    その様子を見ながら、アニ男は自分の身体があまり疲れを感じていない事に気づく。

    ここ何日かは戦いっぱなしの筈だが、それに見合うほどの疲労感は彼の身体には残っていなかった。

    昔から体力だけは多少の自信がある彼だったが、ここ最近のそれはどうも常軌を逸している。

    恐らく自分を占める半分、つまりは琉球の血の影響なのだろう。

    アニ男の母はあまり父の事について語りたがらなかったが、確かにあの身体能力は人間離れし過ぎている。


    アニ男「……改めて僕は自分自身の事を知らなすぎるな」


    アニ男は一段落ついたら改めて父の事、ひいては琉球という場所についてしっかりと調べてみようと決意したのだった。

    そんな事を考えつつ、先程から燕が何も話していないのがふと気になった。

    燕も寝ているのか、と思いながら燕の方を見てみると、彼は暗くなった空を窓からじっと見つめていた。


    アニ男「……燕さん?」


    アニ男がそう呼びかけると、燕にしては珍しく全く気づかなかったといった様子でこちらを振り向いた。


    燕「いけませんな、どうもこの空間は心が落ち着きすぎてしまう」


    アニ男「たまにはそういうのも必要だと思いますよ。……何か、考え事でも?」


    アニ男がそう聞くと、燕は一瞬話すのを躊躇う素振りを見せたが、すぐに口を開いた。


    燕「大した事ではありません。ですが君になら……いえ、君にこそ聞いて欲しい」


    そう言うと燕は一呼吸置いて、本題に入った。


    燕「私は今ここにいる中で最も老齢、普通であれば私が君達に何かを教えてやらねばならぬ立場にあります。……ですが、私は君達に何も教えてやれない、その弱さ故に」


    アニ男「そんな事……!」


    いつもの燕からは考えられない弱々しい告白にアニ男は思わず声を上げる。

    だが燕は優しい微笑みでアニ男を制し、話を続けた。


    燕「私が剣の道を志したのは君と同じくらいの頃でした。その頃の私は貧弱で臆病な若者でよく同輩や先輩から苛められていたものです。それを変えてくれたのが、かの4人の英雄でした。彼らは私を救い、それどころか私のいた学園そのものを根本的に変えてしまった。……彼らは強かった、誰よりも何よりも。そんな彼らに私は多くの事を学んだ。誰かを守るという事、恐怖に屈しないという事、運命を自らの手で変えてやるという気概、そして決して最後まで諦めない事の大切さを」


    そう話す燕は懐かしそうに何かを思い出すかのような目をしていた。


    燕「私も、誰かに何かを教えられる人になりたいと強く想いました。ですが今の私では何も教えてやれない。この齢でこんな事を言うのも恥ずかしい限りなのですが……強くなりたい、と今心から思っているのです」


    燕の話を一通り聞いて、アニ男は口を開いた。


    アニ男「燕さんは、自分が何も教えれないとお思いですか?もしそうならそれは断じて違います。現に僕はあなたから学んだ事がある」


    燕「私から……学んだ事?」


    アニ男「はい。僕があなたから学んだ継続するという事の大切さはあなたにしか伝えれない。何十年も剣を振るい続けて剣士としての高みに近づきながらも、なお強さを求める。燕さんの辿ってきた道は確かに継続するという強さを僕達に教えてくれていますよ」


    アニ男がそう言うと燕はその皺だらけの顔を驚きの色に染めた。

    そしてすぐに破顔した。


    燕「そうですか……私の辿ってきた道は無意味では無かったのですか。確かに、誰かに何かを伝えれていたのですか。まさか君に教えられて気づくとは……未だ未熟ですな」


    そうして燕は改めてアニ男に向き直る。


    燕「感謝を。君のおかげでまた私は刀を振るう覚悟ができた」


    そう言った燕は憑き物が取れたように晴れ晴れとした顔をしていた。


    そんな事があっている間に、窓の外には巨大な船が見えていた。
  84. 99 : : 2016/09/12(月) 00:24:05



    アニ男「……凄い。ほんとにこの設計図の通りに作られてる……!」


    ミストルティンの動力室内で、遊楽から受け取った図面に一通り目を通したアニ男は思わず感嘆の声を漏らした。

    というのも、遊楽が考えたという空飛ぶ船とミストルティンの構造が予想以上に酷似していたのだ。遊楽のくれた図面は殆どミストルティンの構造図といっても良いほどだった。


    燕「これなら本当に直せそうですな。流石は彼だ」

    アニ男「早速取り掛かりましょう!燕さん、そっちお願いします」


    アニ男と燕は早速修復作業に取り掛かった。慣れない機械修理ではあるが、手先の器用な2人にとってそれは決して不可能な作業ではなかった。


    じきにトラブルの原因が発見され、着々とその修繕が進められていく。


    風子「……ねえ」


    アニ男「風子さん、どうしました?」


    動力室の壁面に触れていた風子が、ふと口を開いた。


    風子「今から新に会いにいく訳じゃない?それで……もしも、なんだけど。もしも……新が私たちに隠れて悪い事を考えていたとしたら、アニ男くんはどうする?」


    そう問う風子の声はいつになく気弱だった。

    突然降って沸いた長年の仲間への疑念に、彼女も気持ちを整理しきれていないのだろう。アニ男はそう推測すると、自分なりの答えを彼女に返す。


    アニ男「僕は……正直、どうするか自分でも分かりません。新さんにも新さんの考えがあるんだと思いますし……何より僕はチェリッシュでは一番新入りですから。軽々しく物を言える立場じゃありません」


    アニ男「……でも例えそれが良い事にしろ悪い事にしろ、新さんが皆に隠し事をしていたのは事実です。だから……僕はまずはその理由を聞きたい。話を聞いて、それで……その後の事は、その時考えるつもりです」


    アニ男の言葉に、少し離れた場所で作業していた燕が同意する。


    燕「そうですな。何はともあれまずは話を聞く、考えるのはその後です。今考えても答えは出ず、それどころか悪い方にばかり考えが流れて心が参ってしまいますからな」


    風子「……そうね。うん、確かに。私、心配性過ぎたわ。今考えても考えるだけ無駄だもんね」


    2人の言葉に、風子は少しスッキリしたように笑ってみせた。








    そして、そんな会話をすること40分弱。


    遂にミストルティンの動力源が修復された。
  85. 100 : : 2016/09/12(月) 22:06:25



    ミストルティンは既に航行が可能な段階まで修復が完了された。夏未達との激闘によって破壊された部分も、元の作りがしっかりしていたためか少しの補修で済んだ。


    これでいつでも月に乗り込むことができる。


    アニ男「よし!行きましょう!」


    アニ男ははしゃいでこの勢いのまま月へ行こうと提案する。


    だが、その提案を燕が止めた。



    燕「少し早計ではありませんかな。もう日が暮れている上に、我々の体力の回復を待たずして乗り込んだところで、死体の数を増やすことになりかねません。時間がないとはいえ、ここで無謀を犯すのは得策とは思えませんな」


    そして燕の言葉に風子も同調する。


    風子「そうね。ドヴォルザークもまだまだ本調子とはいかないし、このまま行ったところで碌に戦えないもの。不死山の時も見てたけど、アニ男くんだってかなり足腰にきているみたいに見えたよ?」


    そう言われればとアニ男は自らの足に意識を向ける。夏未や怪物との戦闘で本来の運動能力を遥かに超えるようなかなり無理な速度で動かしたせいで足腰はガタガタだった。


    脚にはうまく力が入らないし、踏ん張ろうとすればあまりにも弱々しく小刻みに震える。


    こんな状態でまた戦闘にでもなれば、それこそ命を落としかねない。


    自らの疲労を言われてようやく自覚したアニ男を一瞥して燕が口を開く。


    燕「では出立は明日にしましょう。運良くこの船には寝泊まりできそうな未使用の部屋が幾つもあるようですからな」


    ミストルティンの内部はその巨大さと比べると少し手狭なように感じる。そうはいっても、かなりの広さがあるのは間違いないのだが、圧巻の外観を見てからだと少なからず違和感を覚える。


    そのことを燕に尋ねたところ、この船の中の大半はこの巨体を動かす機関に関連する部位なのだそうだ。


    動力の巨大さ故に駆動音が激しいため、静音機や振動抑制装置なども数多く設置され、その他にも水の循環機関や宇宙を航行する為の設備など数え出せばキリのないほどに精密な機械が詰め込まれているようだ。


    よく調べてみれば、この船さえあれば半永久的に生活していけるのではないかというほどの施設だそうだ。


    そして、実際住居フロアと思われる部分にたどり着くと部屋は全部で10室。それぞれの部屋の広さは、そこらのホテルのスイートと比べても遜色ないほどだった。


    手狭などと感じたのが馬鹿馬鹿しくなるような作りだ。


    あまりに効率的で極限まで乗るものを配慮するような船の作りに驚嘆しつつも、廊下でそれぞれが別れる。


    そして、部屋に入るとアニ男はかなり汚れてしまった体を流そうとシャワーを浴びる。


    熱い湯が筋肉痛にも似た痛みや軋みを訴える体の疲れが溶かしていくようだった。


    だが一方で湯は生傷に酷くしみる。


    その痛みはこれまで興奮や高揚感に任せて誤魔化していた事を実感否応になく実感するさせる。


    アニ男「勝ったん……だよな」


    アニ男は雨のように流れ落ちる湯を浴びながら銃を握り昔と比べれば硬く強くなった掌を見つめる。


    アニ男「でも……届かなかった……渡瀬夏未……」


    夏未や輿水。彼らにもらった傷のひとつひとつを思い返せば、その力の差は歴然。否、そう表現するのもおこがましいと感じるほどに力の差があった。


    確かに光音や一場からも圧倒的強者の力量を持っていた。だが、あの2人そして風子は格が違う。


    人間の領域をとっくに通り越したとも言わんばかりの存在感がアニ男の脳裏に鮮烈にこびりついて剥がれない。


    今回は輿水という男がたまたま手を出さなかったからよかったが、あのレベルの強さを持った敵複数が現れた場合アニ男達が太刀打ちできるだろうか。


    アニ男はそんな事を考えながらシャワーから上がる。濡れた髪や体を乾かし、部屋に備え付けられていた寝間着を羽織る。


    いつもより広いベッドに身を投げ出して目を閉じても思考は止まらない。


    慣れない環境というのもあったが、それ以上にやはり自分の力不足を強く実感した事が大きく影響していた。


    アニ男はそのまま寝付く気にも慣れず、ベッドから起き上がると軽く歩こうと部屋を出るのだった。

  86. 101 : : 2016/09/13(火) 00:52:31


    アニ男は甲板へと上がり、ふらふらと宛もなく歩く。

    季節にしては冷たい夜風がアニ男を肌を掠めていく。

    そんな中、アニ男はふと前方に人の影があることに気づいた。

    少し警戒しながらその人影に近づくと、向こうもこちらに気づいたようだった。

    その人物は警戒するアニ男を見て、思わずと言ったように笑う。

    その声を聞いて、アニ男はその人物が風子出会った事にようやく気づいた。

    アニ男は慌てて警戒を解いて、船の上で夜空を見上げていた彼女に近づく。


    アニ男「すみません、暗くてよく見えなくて……」


    風子「気にしないで。この暗さだもの、仕方ないわ」


    そう言って風子は船の外へと目を向けた。

    同じようにアニ男も風子の隣で闇に包まれた船の外を見つめた。

    風子が見つめていたのだから、何かあるのかと思ったのだが暗くてアニ男には何も見えない。

    アニ男が風子に何を見ているのかと聞くと、彼女は笑って答えた。


    風子「別に何かを見ているわけじゃないわ。ちょっと気になる事があって、少し考え事をしてただけ」


    アニ男「気になること?」


    風子「ええ。まあ勿論、新の事や輿水くんの事も気になるけど……今考えてたのはわたちゃんに雇われてた一場って人の事なの」


    そう言われて、アニ男は一場という男の事を思い返す。

    好戦的な鋭い目付きに、不遜な物言い。

    その割には頭がおかしいとしか言えない動機で危険な仕事に身を置いたりするという掴めない人間というイメージがある。


    風子「彼の一場って名前……というかあだ名みたいなものね。ある界隈では結構有名な名前なのよ」


    そう言って彼女は以前調べたと言って、それについて話し始めた。


    風子「もう何十年も前から彼らは存在していたわ。単純に言えば仕事屋ってとこかしら。まあ実際はもっとアウトローな感じだけどね。要人の暗殺からピザの配達まで金さえ積めばどんな仕事も完遂する、なぜか彼ら全員名乗った名前が一場という事からその集団自体を一場と呼ぶそうよ」


    アニ男「何だか思ったよりデカい話ですね。じゃあ彼もその集団の1人ってことですか」


    アニ男がそう言うと風子は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。


    風子「その集団なんだけど……何ヶ月か前に壊滅してる筈なの。関係者がアジトに入ると、中が血の海になってて1人1人がかなりの実力者と言われてたその集団は全滅していたって。だからもう一場を名乗る人はいないはず……なんだけどね」


    風子「燕さんが彼と相対した時、強烈な蹴りを放ったらしいの。あの集団は独自の格闘術を編み出していて、それが蹴り主体の格闘術らしいわ。だから少し気になってて……」


    アニ男「詳しいんですね風子さん。でもなんでそんなに気になるんです?特に関係がある訳じゃ無いでしょうに……」


    アニ男がそう言うと風子はまたも微妙な顔をしながら答える。


    風子「そうね。……ただ、どこか面影が昔の友人に似ている気がするのよね。私の気のせいだとは思うんだけど……でも、やっぱり気になるわ」


    そう言って彼女はぐーっと背伸びをする。


    風子「んー、寝付けなかったんだけど話してたらちょっと疲れちゃった。話聞いてくれてありがとね」


    アニ男「いや、僕の方こそ力になれなくてすみません」


    風子「いいのよ、私個人の悩みだしアニ男くんは明日の事に集中してね」


    そう言って彼女は部屋へと戻っていった。

    アニ男もまた彼女の言葉で、気持ちを引き締める。

    力不足をどうこうと気にしている場合ではないのだ。

    今更その力量差を考えても何も変わらない。

    その中で自分に出来る事を全力でやるしかないのだ。

    夜空に浮かぶ月を見据えながら、アニ男は強く拳を握ったのだった。
  87. 102 : : 2016/09/13(火) 20:37:49



    その日の夜。


    割り当てられた部屋のベッドで寝ていたアニ男は奇妙な夢を見ていた。


    「駆逐してやる……!一匹残らず……!!」


    アニ男の視点はいわゆる神視点というもので、彼は空から俯瞰するようにして夢のシーンを眺めていた。

    今その目に映っているのは1人の男の姿だった。何やら暗い部屋の中、PCの画面を見ながら涙でその顔をグシャグシャにしている。


    彼は誰だろう。パソコンで泣ける映画でも見ているのだろうか。夢中特有の不明瞭でボンヤリとした思考でそんなことを考えていると、不意に場面が切り替わった。


    「父さん……やっぱり俺は負けられねぇよ……」

    「だが手加減はせんぞ……!」


    今ではもうスクリーンの向こう側くらいでしか見る事のなくなった、性的遊具の一切置かれていない公共の広場。

    そんな場所で、先ほどの男とその父と思しき男が激しい殴り合いを繰り広げていた。

    その技量は互いに卓越しており、かなりの戦闘経験を積んだ今のアニ男をしても完全には理解出来ないほどだった。

    拳は時に物理法則を無視して相手に迫り、蹴りはあり得ない方向に曲がりくねって相手の喉元に蛇の如く食らいつかんとする。

    まるで永遠に続きそうな魔法のような戦闘は、しかし、青年の叫びと共に放たれた一撃で終わりを迎える。



    「これが……俺たちの……!!!」


    「非リアの…力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!」



    その叫びと共に世界が白い光に覆われていき。


    そして、アニ男は目を覚ました。





    アニ男「はっ!?…………?」


    ベッドから跳ね起き、数秒そのまま硬直して、それでようやくアニ男は冷静さを取り戻した。


    アニ男「夢か……。夢の中でも戦いだなんて、よっぽど緊張してるんだな僕……」


    アニ男はそう独りごちながらフラフラと洗面所まで移動すると、両手のひら一杯に溜めた水を思いっきり顔に浴びせかけた。

    予想以上に冷たかった水に背筋を震わせながら、ようやく完全に現実に引き戻された頭でアニ男は考える。


    アニ男「それにしても不思議な夢だったなぁ……教科書の中でしか見た事ないような昔の景色に、今じゃ古語の非リアって単語。そして何よりも謎の男。……何だったんだろう、アレ」


    夢は、見る者の無意識が持てる知識をツギハギして創り出すものだ。ゆえに知らない事物が登場する筈はなく、それは大抵の場合は一目見ただけで意識的には覚えていなかったが無意識には蓄積されていた記憶だったりする。

    しかし先ほどの夢で見た景色はやけにリアルで、男の顔もある程度ならスケッチブックに描き起こせてしまうほどには細かく作り込まれていた。とても一目見ただけの景色、人物だとは思えなかった。


    アニ男「うーん……いや、どっかで見た事があるような気も……しない気がない事も……?」



    洗面所の鏡相手に百面相を披露しながら考え込むアニ男。


    すると後ろから、部屋のドアがノックされる音が響いた。



    燕「よろしいですかな、アニ男くん」


    声の主は燕だった。

    アニ男は再び現実に引き戻されると、急いで返事を返す。



    アニ男「あ、はい!大丈夫です」


    燕「ミストルティン、出来る範囲での最後の微調整も終わりました。……出立の準備を」


    もはや聞き慣れた老剣士の声が、アニ男にそう告げた。
  88. 103 : : 2016/09/14(水) 21:03:03


    ミストルティンの修復が終わった今、最後の懸念材料は操縦士の不在だった。


    しかし、遊楽から譲り受けた図面や艦橋内部を調べているとどうやらミストルティンには自動操縦の機能があるようだった。


    そして目的地が同じであることを考えれば、既に月の座標が入力されているというのも必然というものだろう。


    それこそすでにボタンひとつで月に乗り込めるという状態だった。


    そして全員が艦橋に集まると、燕が口を開く。


    燕「出立を前に確認を。ここから先は最悪に至れば死は免れなければ、逃げ道もない。今ならばこの船を降りることも可能で、それを責める者もいないでしょう。後戻りはできませんが、覚悟はよろしいですかな?」


    燕の表情は真剣そのものだ。そしてこれはアニ男を気遣っているのだろうということも容易に理解できた。


    風子とドヴォルザークはいうまでもなく燕の言葉にうなづき返す。


    アニ男は燕の気遣いを蔑ろにすることはできず、少し考え込むように瞳を閉じる。


    脳裏にはこれまでの苦痛な人生やチェリッシュの人々と過ごしてきた時間。様々な苦しみも悲しみも悔しさも嬉しさも楽しさも、そのすべてが昨日のことのように思い出される。


    アニ男は世界を正常に戻したい。ただそれだけが望みだった。であれば、渡瀬夏未が倒れた今、月に行く理由もそれほどないのかもしれない。むしろこの地球ですべきことの方が多いくらいだろう。


    だが夏未が最期に残した言葉も、新への心配もアニ男の中にしっかりと根付いてしまった。


    ここまで共に戦ってきた燕や風子への情も既に振り払うことのできないほどアニ男の中で大きくなってしまった。


    新はアニ男が慕い、尊敬し、憧憬の念を強く抱いた男だ。ああなりたいと、強く願った男だ。その男が何かをしようとしている。


    アニ男はただ知りたいという欲求と、見捨てられないそんな情で今ここに立っている。


    世界を変えることを望んだ以前に比べれば軽い想いなのかもしれない。


    だが、どちらも今のアニ男にとっては世界と同じくらい大切な理由だった。


    アニ男は頭を巡らせながら目を閉じたまま静かに口を開く。


    アニ男「世界を変えたい。そう思ってここまできました。みんなに助けられてようやく立ち上がれるような弱い人間だけど、それでも想いだけは負けないって歯を食いしばってやってきた。魔王を倒した今、本当なら俺の目的は地球(この場所)で新しく始まるのかもしれない」


    アニ男はでもと続ける。今度はしっかりと2人の目を見て告げる。


    アニ男「もう既に俺の中に火種が燻っているんです。このまま結末を見届けずに自分だけ逃げ出せるかって叫ぶんです。だからこの目で見て答えを出したいと思います。渡瀬夏未の行動の意味も、新さんの真意も。だから俺も行きます。足手まといにはなりません」


    決意を込めて告げる。以前の弱々しい彼ではない。その言葉のひとつひとつには確かな覇気が込められている。


    もう膝を抱えるだけの、虐げられるだけの人間ではない。


    まだ未熟とはいえ、牙を研ぎ、爪を磨き、抗う術も意思もしっかりと心に刻まれたひとりの戦士とも言える存在に成長している。


    そんなアニ男の様子に燕は嬉しそうに目を細める。


    燕「士別れて三日なれば刮目して相待すべし。と言いますが、日々を共にしていようとも若者には驚かされますな」


    風子もまたくすくすと口元を押さえて笑う。


    アニ男「え?そんな俺おかしいですか!?」

    慌てるアニ男の言葉に、風子は笑うのをやめて首を横に振る。


    風子「ううん。逃げ出した時のアニ男くんとはまるで別人みたいでなんだか嬉しくて。わたちゃんと戦った時から見ても別人みたい。なにかあったの?」


    アニ男は彼女の言葉に首を傾げる。全く心当たりがないどころではない。逃げ出した時はともかく、昨日からなど何も変わってはいないのではないかそんなふうに考えていると燕が艦橋の舵の横にあるボタンに手をかけ告げる。


    燕「では参りましょう。この戦いの終焉の地へ」



    そう告げるとボタンを押す。そして、一瞬の地揺れと共に、ミストルティンは大空へと舞い上がった。
  89. 104 : : 2016/09/14(水) 23:28:24

    ミストルティンが空へ浮上するのと同じタイミングで、船を囲むように半透明のシールドが展開される。


    そして数秒後にミストルティンは本格的に速度を上げ、大空へと進み始めた。


    アニ男「うわ……すごい……!」


    アニ男は船の外から、あっという間に遠ざかった地上を見ながら感嘆の声を上げる。


    先程展開したシールドのお陰か、中にいる3人は超スピードで空を進んでいるにも関わらず、風で吹き飛ばされたりひっくり返ったりする事は無かった。


    燕「図面にこのシールドの事は記されておりましたので存在は把握しておりましたが……いざその恩恵にあずかってみると驚きを隠せませんな。いやはや、幾つになってもこういったものは胸が踊る」


    そう言って燕は年甲斐も無く目を輝かせながら辺りを見回す。

    そんな様子を見ながらドヴォルザークは呆れたようなため息をついた。


    ドヴォルザーク「アニ男はともかく燕の野郎まで……出発の時に死ぬだのなんだの言ってた奴は誰だっつの」


    風子「いいじゃない。緊張でガチガチになってるよりずっとマシよ。それよりドヴォルザーク、その姿でいるって事はいつでも全開でいけるって事よね?」


    しばらくぶりに姿を現したドヴォルザークはふんと鼻を鳴らして自信満々に言う。


    ドヴォルザーク「たりめーだろ。それより俺はお前の方が心配だな」


    風子「私が?何でよ」


    風子が驚いた様にそう尋ねると、ドヴォルザークは少し声を潜めて言った。


    ドヴォルザーク「……お前、こないだ渡瀬とやった時、マジの本気でやれてなかったろ。最初やりあった時よりはマシだったけどよ、やっぱ抵抗あったんだろ?」


    風子はそれを聞くと、その表情に影を落とす。

    ドヴォルザークはそれを肯定と受け取ったのか再び続けた。


    ドヴォルザーク「しかも結果として渡瀬を殺しちまう結果に終わった。問題はこっからだ。今から月に向かうが……もし、新が倒さなきゃなんねえ敵だった時、お前はガチでやれんのか?」


    風子「そ、それは……」


    風子はドヴォルザークのその問いかけにはっきりと答えることが出来ない。

    ドヴォルザークはそんな風子を見ながら、ため息をついた。

    そして口端に笑みを浮かべる。


    ドヴォルザーク「相変わらず優しいこって。ま、そんなお前だから俺様はお前を選んだんだがな……安心しろ。お前が迷っても俺様が手を引いてやる。なあに、多少お前と俺様の間に意志のズレがあってもカバー出来る。集中乱すようなこと言って悪かったな」


    そう言ってドヴォルザークは船の外に目をやる。

    既に成層圏を抜け、徐々に地球から離れつつあった。


    ドヴォルザーク「……戦いの前の景気づけにゃ悪くねえ景色じゃねえか」


    そう漏らしたドヴォルザークの後ろで、風子はドヴォルザークにだけ聞こえるように言った。


    風子「……ごめん。迷惑かけるけど、私はあなたがいないと駄目だから……全部預けるね」


    ドヴォルザークはそれを聞くと、愉快そうに声を上げて笑った。

    そしてそれに驚いた風子の方を向いて、ドヴォルザークは言った。


    ドヴォルザーク「ああ、全部背負ってやるさ。だからお前は自分が正しいと思ったことをやれ、分かったな?」


    ドヴォルザークのその言葉に風子は力強く頷く。


    アニ男「皆さん!見えましたよ!」


    そうしているとアニ男が大きな声でそう叫んだ。

    正面には空に浮かんでいる時にしか見たことのなかった月が見える。

    船はラストスパートと言わんばかりに月へと速度を上げた。
  90. 105 : : 2016/09/15(木) 17:22:45


    アニ男「うおお……!凄い……」


    眼前に広がる光景にアニ男は思わず放心した。


    今、彼の前に広がるのは見る限り果てのない白の世界だ。降り積もった塵の大地には小山のように盛り上がった部分が点在しており、それはアニ男の知識で例えるならば常識はずれに広大な砂漠といったような感じだった。もちろん、星々の光を照らし返す白塵の大地と完全な凪によって創り出された光景の美しさはそれとは比するべくも無かったが。


    燕「まさか生きているうちにこのような風景を拝めようとは。思いもしませんでした」


    アニ男に続き月に降り立った燕も白砂の大地に足を埋めると、まるで未知を踏む感触に年齢などは関係ないのだと言うように感嘆の息を吐く。


    アニ男「それに、月で息が出来るっていうのも感動ですね。こればかりは魔王に感謝というか」


    アニ男はそう言って、砂の海にその巨大な船体を下ろしているミストルティンを見上げた。

    元々月に行くために開発されたのだから当然と言えば当然なのだが、この船には月への旅を補助する機能が大量に備わっている。その一つにして最も偉大なのが船の体積の2割以上を占めている空気合成機で、ミストルティンの周囲1km程度なら何の問題もなく行動できるレベルに地上と同じ空気を散布してくれるというトンデモ装置である。

    その恩恵を最大限に受けながら、アニ男たち4人は月の大地を歩いていく。


    ドヴォルザーク「にしても、本当に何にもねーな。俺が暴れるには絶好の場所だが……肝心の新の姿まで無いってんじゃ話にならねーぞ」


    果てのない地平線を見やり、相変わらず風子の肩に乗っかった姿勢のドヴォルザークがボヤく。

    確かにこの一帯には視界を遮る障害物が殆どなく、精々塵が積もった小山の後ろに隠れられるかどうか程度だ。そんな所を歩いて探索しても仕方がない、というドヴォルザークの言外の進言は非常に理にかなったものだった。


    しかし。



    アニ男「いいや、これで良いはずだ。……秘密のアジトに入り込んだ鼠数匹。あの人が見逃すはずが……」


    「ご名答だね、アニ男くん。君はまた随分と頭が回るようになった」


    アニ男「!!この声は……!」


    アニ男、燕、風子、ドヴォルザーク。反応速度の違いこそあれ、全員が急に現れた声の発生源へと顔を向ける。


    そこにいたのは、


    新「お久しぶりです、燕さんに風子さん。それにドヴォルザーク。……まさかこんな所で会えるなんて、夢にも思わなかったよ」


    その場にいる誰もが見間違えるはずのない、正真正銘の助川 新その人だった。
  91. 106 : : 2016/09/16(金) 21:55:20

    「新さん!!」

    姿を現した彼に最初に声をかけたのはアニ男だった。心なしか彼の声は少し弾んでいるようだ。


    彼なりに覚悟を決めたとはいえ、魔王との対決や恩師の失踪において思うところは少なからずあったはずである。


    彼の少年の心は新との再会を素直に喜んでいた。その一方で疑念もあるのは確かだが、今は喜びの方が大きいのだろう。


    それは燕や風子からも見て取れたが、新も例外ではない。


    新「君は相変わらずか……」


    新は目を閉じて薄く笑いながら呟く。その表情は再会を喜ぶようにも、アニ男の若さに呆れているようにも見える。


    その笑みの意味をその場の誰も計り知ることはできない。そんな表情だった。


    アニ男「俺たち、魔王を倒したんです!世界を救ったんです!だから、新さん!帰りましょう!」


    アニ男は新の様子がおかしいことに気付いていた。だが、それも思い過ごしと断じて新に訴えかけた。

    しかし、新はそれを道化でも見るようにくつくつと笑う。


    新「君は実に不愉快だね。愚鈍で愚昧で
    愚陋で愚図で愚劣で愚盲で……その甘えた考えには本当にいつも吐き気がする」


    新は突然狂ったように笑い始めたかと思うと、今までに見せたことがないほど額に青筋を浮かべ、顔を憤怒の色に染めて見せた。


    その表情からははっきりと憎悪や怨嗟の感情が読み取れる。あれほど誰にでも笑顔を振りまき、まるで聖人のように誰にも優しかったあの男がアニ男に初めて向けたむき出しの嫌悪感。


    そんな言葉や感情の数はアニ男の心に深々と突き刺さる。


    風子や燕ですら現状を理解できないのか口をパクパクとさせて、立ち尽くしている。


    アニ男「なんで……どういうことなんですか……」


    アニ男は緊張に乾いて張り付いた喉をなんとか鳴らしてしゃがれた声を絞り出す。


    それに対して、新はすっとむき出しの感情を消すと再びいつもの笑顔に戻って告げる。


    新「ああ、でも勘違いしないでほしい。確かに君はどうしようもなく不愉快だが、感謝はしているんだ。もちろんふたりにもね」


    そう言って燕や風子にも目を向ける。


    風子「新……あなた何が言いたいの?」


    風子が怪訝そうに聞き返す。


    それに新は和かに答える。


    新「必死に折角減らした猿共を増やそうと足掻くお山の大将気取りの傍迷惑な女。あの女は実に厄介だったよ。あの女自身もそうだが、横に連れている奴らも合わせれば僕が100人いても勝てやしないだろう」


    そして新はだが、と付け加える。


    新「見事奴らを打ち倒すまでに至った。これは嬉しい誤算だったよ。君達は見事に僕の駒として想像以上の役割を果たしてくれたんだ」


    そう新は声高々に告げた。


    その言葉はアニ男達にどれほどの衝撃を与えただろうか。だが、ここで折れるほどに彼らの心もやわではなかった。


    アニ男は苦悶や悲痛に表情を歪めながらも新に銃を向ける。


    アニ男「全部……全部……嘘だったんですか……?」


    新「ああそうだよ」


    新はアニ男の言葉に眉一つ動かさない。それでもアニ男は続ける。


    アニ男「もう……元には戻れないんですか……?」


    新「二度とごめんだね」


    新はただ無感動に淡々と告げる。


    アニ男はそんな彼の様子に涙を流しながらも、新に向けてゆっくりと引き鉄を引く。


    アニ男「さよなら……」


    月面の静寂を銃声がつんざいた。


    アニ男の放つ銃弾は新を貫いて遥か彼方に飛んでいくが、新の身体にダメージを与えた様子はない。


    新「盛り上がっているところ悪いんだけど、これはホログラムだからどれだけやっても無駄だよ」


    そう言って新はおかしそうに笑う。そして何かを思い出したかのような表情で告げる。


    新「そうだ。そちらに使いを出したんだった。彼が君達を僕のいる『原初の塔』に案内してくれるはずだ。彼はチンピラのような人間だが、あくまで案内人だから君達を襲うことはないから安心してほしい」


    そう言って嬉しそうに話す。何か面白い見物でも始まるかのように声が弾んでいる。


    新「塔の中には君達のために部下が3人ほど歓待の用意している。楽しみにしていて欲しい」


    そう言うとその場にいたはずの新の姿がプツリと消える。


    嵐のように去っていった彼のいた空間に視線を釘付けにされたまま、アニ男達は呆然と立ち尽くすのだった。
  92. 107 : : 2016/09/17(土) 00:21:23


    あまりに唐突な出来事に、一行は未だ理解が追いついていないという様子だった。

    いや、理解が追いついていないと言うよりは認めようとしていない、認めることが出来ないでいたという方が正しい。

    荒れすさんだ大地に、風の音だけがあたりに響いていた。

    そんな中、3人の前方に人影が現れる。

    欠伸をしながら気だるそうにこちらへ歩いてくる彼は、3人が知っている顔だった。


    一場「よう、あんたら。本当に月まで来るたあな。見ての通り何もねえとこだが……っとその様子じゃあの人にゃもう会ったみたいだな」


    3人が呆然としている様子などお構い無しに彼は普段通りの態度で接してくる。

    奇しくも彼のその調子が、3人を現実に引き戻す。


    燕「……ええ、ある程度覚悟していたとはいえ、なかなか堪えました」


    風子「まるで人が変わったみたいだった。私達と接してた時の新は全部偽物だったなんて信じられないけど……」


    そこまで風子が言うとそれまで口を閉じていたアニ男が声を上げた。


    アニ男「僕は、まだ諦めません。さっき新さんが言っていた事が本当だとしても今までの言動が全部嘘だなんて信じられない。だからもう1度新さんと話をしたい」


    そう言ってアニ男は俯いていた顔を上げて、一場に目をやる。

    それを見て一場は面白そうに口角を上げた。


    一場「いいんじゃねえの。お前がどうなろうと俺の知った範疇じゃねえけどよ、新さんを説得してやろうっつー気概は嫌いじゃねえ」


    そう言って彼は踵を返して歩き始めた。


    一場「ついて来いよ。一応案内人なんでな。案内するほど複雑な造りじゃねえけど」


    3人は一場の後を追うようにして、原初の塔へと進みはじめたのだった。

    一場は案内人という割には特別何かを話すわけでもなければ、歩調も自分勝手でざくざくと後ろも見ずに進んでいく。

    そんな折、風子が口を開いた。


    風子「ねえ、一場くん。質問してもいいかな」


    一場「あ?いいけど俺は新さんの事とか知らねえぞ」


    風子「違うわよ。一場くんの事。……率直に訊くけど、一場って集団は壊滅したはずなのになんで君は生きてるの?」


    風子がそう訊ねると、一場は何だそんなことかと言いながら笑った。


    一場「そりゃ俺がぶっ潰したからに決まってんだろ。俺と同じ名前の奴がいっぱいいるのは気持ち悪かったんだよ。……あ、勘違いしてもらいたくねえんだけど俺は殺しまではしてねえよ?全員動けない程度にはぶっ飛ばしたけどよ」


    一場は軽い口調で言ったが、3人はその事実に驚きを隠せずにいた。

    幾ら彼もその一員とは言え、1人で組織を壊滅させるのは容易ではない。

    と言うかそんな事よりも、それを行動に移してしまう異常性と何より動機が余りにも軽過ぎる。

    そんな異常者を見るような目線に気づいたのか、一場はよりいっそうおかしそうに笑った。


    一場「俺は俺がしたいと思った事をしたいと思った時に、やりたいようにやるだけだ。仕事だって半ば趣味だしよ。今回は月に来れるってんで来てみたが意外とつまんねえもんだぜ、しまいにゃ案内人とかいうクソみたいな仕事だしよ」


    そう言って彼は再び黙って、遠くに見えてきた塔へと歩を進めた。

    風子は彼にまだ何かを言いたそうにしていたが、結局何も言うことは無かった。


  93. 108 : : 2016/09/17(土) 20:42:34


    月という場所は、地上で生まれ育った人間達の目にはしばしば奇妙に映ることがある。地球という大いなる世界の中で生きてきたヒトにとって月はまさに異界であり、また未知の理の支配する地であるからだ。


    例えば、今彼らを押さえつける重力の小ささ。地球と比べれば6分の1しかないらしいそれは、しかし動きやすいからといって無闇に歓迎できるものでもない。超常の力に目覚めた彼らだからこそ平気でいられるが、本来ならば身体に掛かる圧力の激減によりあらゆる不調が襲いかかってきていても不思議ではないのだ。


    つまり、何が言いたいかと言うと───美しい月の世界は、やはり地上人にとっては故郷たり得ないという事だ。そこは結局は外界であり、最初の興奮さえ通り過ぎてしまえば後に残るのは言いようもない違和感と不安感だけだという事である。



    アニ男「どこまで行っても景色が変わらない……おい、本当にこっちで合ってるんだろうな」


    一場「いくら俺でも道案内ぐらい出来るっつーの。ガキでも……猿のガキでも出来ら」



    出発前の小競り合いを未だ覚えていたらしい一場の皮肉を受け、アニ男は反論するでもなく素直に謝った。

    それは、案内役である一場を失えば新の元へ行く方法を失ってしまうというのが理由の半分であったが、他にもアニ男の口の動きを鈍くしている理由があった。


    風子「にしても暑いわね……新に会う前に干涸びちゃいそう」


    そう。先ほども言った通り、当たり前だが月は地球とは違うのだ。

    ミストルティンの機能によってある程度は調整されているものの、それでも月の気温はかなり不安定だった。風子が言うように今は非常に暑く、歩き続ける彼らの肌にはじわりと汗が滲んでいる。

    グイッと鬱陶しげに片手で頬の汗を拭ったアニ男は、ふと何かを気付いたような仕草をした。

    そういえば、と彼は話し出す。


    アニ男「ミストルティンが無ければ月ってめちゃくちゃ生きにくいと思うんですけど、新さんはどうしてたんでしょう」


    一場「ああ、それなら問題ねえよ。原初の塔にはミストルティンに積み込まれてるのと似たような機構が組み込まれててな。周辺部なら殆ど苦もなく過ごせるってわけだ」


    まあ、何を隠そうミストルティンのデータを流したのは俺なんだけどな。そう言って一場は大きく笑ってみせた。


    対するアニ男は改めて新の計画の周到さを理解し、その眉間に深いシワを寄せていた。















    そして、やがて。

    アニ男たちの目の前に『それ』は姿を現した。


    アニ男「ここが、原初の塔……!!」


    アニ男達の眼前に聳えるそれは、ただでさえ妙な違和感を感じさせる月の景色の中にあって一際異質な存在感を放っていた。


    それは初め、一本の樹であるかのように彼らの目には映った。桁外れに太い幹を誇る、神話に語られる世界樹のように。

    しかし近付いていくにつれ、その印象は更なる衝撃に塗り替えられていった。それは余りにもアニ男達の感覚からはズレており、上手く言い表せない──無理やり言うならば、宇宙人か未来人が建てたかのような建築物がそこにはあった。


    燕「圧巻、ですな……」


    風子「!見て、あそこ!!」


    風子が指差した方向に目を向けると、大樹の幹に不規則な光の列が走り、まるでアニ男達を招くかのようにその口を開いていた。


    一場「ほら、さっさと来いよ。ここを上ればいよいよ新さんと対面だぜ」


    先頭を歩いていた案内役の一場はそう言うと、その場で立ち止まって入り口を指差した。

    どうやらここからはアニ男たちが先頭を歩かされるらしい。一本道で案内が要らないから……というよりも、きっと新が言っていた歓待とやらの為だろう。


    アニ男「……行きましょう」


    ゴクリと緊張の唾を飲み込み、アニ男は原初の塔の内部へと進んでいった。

  94. 109 : : 2016/09/18(日) 20:36:44


    塔の中に入ると、中は真っ白な空間だった。装飾もなにも存在せず、ただただ純白が一面に広がっているせいか気を抜けば距離感がおかしくなりそうだった。


    幻想的にも見えるその空間の中央には小さな黄色い何かが置いてある。それが何であるかは遠目にはわからないが、目にするだけで背筋を悪寒が走るような気味の悪さがあった。



    壁を沿うように階段が存在しており、天井はかなり高いが、見上げれば、上にもこの部屋と同じような部屋が存在していることが分かる。


    一同が辺りを見回し、驚きの声を上げていると後ろから声がかかる。


    一場「ここが1人目の部屋だ。基本的にはルールは簡単。3つの部屋の番人を倒して先に進めばいい。だが、その場に1人戦う人間さえ残せば他は先に進むも自由だ。まあどうするか適当に決めてくれや」


    そういうと一場は壁にもたれてつまらなそうにあくびをする。


    アニ男「どうしましょう。これ全員で戦った方が安全ですよね?とはいえ、肝心の番人がいませんけど」


    アニ男がそう告げるが、返事は返ってこない。燕の方を見ると、訝しげに風子を見ている。


    アニ男「燕さん……?」


    不審に思ったアニ男が燕の見る先にいるであろう風子に目を向けると、彼女は今までに見せたことがないほどに動揺した表情をしていた。


    彼女はそれほど心根の強い人間という印象はないが、戦いを前にしてこれほど怯えを孕んだ表情をしたことはない。


    だが、確実に風子は何かを感じ取っている。


    アニ男「風子さん……!風子さんってば!」


    必死にアニ男は部屋の中央に釘付けになっている彼女に呼びかけた。


    しばらくしてやっと、風子はハッとした表情になってアニ男に視線を向ける。


    風子「あ……ああ。ごめんごめん。なんだった?」


    アニ男「風子さんなんか変ですよ?大丈夫ですか?ここの番人とみんなで戦うか、1人残すかって話なんですけど……」


    そうアニ男が告げると、風子は再び真剣な表情を見せる。


    風子「アニ男くん達は先に行って。ここは私が引き受けるから」


    驚いたことに風子は自らが残ると宣言したのだ。


    アニ男「で、でも!みんなで戦った方が……!」


    アニ男の言葉に風子は首を横に振る。


    風子「ここは私に任せて。私がやらなきゃダメなの」


    決意を秘めた表情をしていた。何か過去の後悔に立ち向かうような。そんな風に見える。そしてこれは、死を覚悟した者の眼だ。


    アニ男はここで彼女を行かせれば、二度と会えない。そんな気がして、必死になって止めようとする。


    しかし、それは燕によって制止された。


    アニ男「燕さんなんで……!」


    燕「風子殿を信じましょう。彼女は私達よりもずっと強い」


    信じる。その言葉は今のアニ男にはひどく卑怯に思えた。ここに残るということは、彼女がアニ男達を信頼し、この先を任せることに対する裏切りのようなものだ。それと同時に、彼女を侮り、愚弄することに等しい。


    ならば、アニ男のするべきことはひとつだ。



    アニ男「絶対勝って、追いついてください……!」


    アニ男にはこれ以上にかけられる言葉がない。


    風子「大丈夫。すぐ追いつくわ。私にはドヴォルザークだっているのよ」


    そう言って風子は笑顔を作る。いつも通りの自分より年上なはずなのに、幼く見えるような無邪気な笑顔。暖かい笑顔だ。


    後ろ髪を引かれるような思いは強い。だが、アニ男は振り返ることはしない。


    彼女なら大丈夫。そう信じて壁に沿って連なる階段を上る。後から一場がついてくるのが足音の数でわかる。次の階へその歩みを止めることなく上っていった。




  95. 110 : : 2016/09/18(日) 20:37:21
    真っ白な部屋に残された風子は中央に置かれた黄色い何かに声をかける。


    風子「いつまでそうしているつもり?寝たふりを続けるなら起きる前に終わらせてもいい?」


    風子の呼びかけに応えるように小さな黄色い何かは小さく震えたかと思うとケタケタと笑う。その声は塔の中に反響し、凡ゆる方向から聞こえてくる。


    忘れるはずもないあの時と同じ、全てを見下すかのような声。


    あの時風子には何もできなかった。力がないがばかりに。そのことをひどく後悔し、落ち込んだ。


    だからこそ、この100年で力を手にしたのだ。


    「あの時震えていただけの小娘が、私に1人で勝つ?笑わせてくれる。貴様を殺して、先に進んだ者共を消し炭としてくれる」


    そう言って風子を嘲笑う。先ほどまで小さかった黄色い何かは宙に浮かんで巨大な姿になっている。


    ほつれた糸のような、細く捻じ曲がった鱗が絡み合うようにして形作られている淡黄色の肌。周囲の光を全て吸い込むかのような錯覚を起こさせる、底無しの闇を思わせる黒い眼球。

    あと、明太子みてぇな唇。


    忘れるはずもない忘れられるはずもない。


    風子はあの時の屈辱の記憶を噛み締めながら、巨大な金色の怪物を睨みつけ、宣言する。


    風子「今度こそ、見ているだけじゃない、怯えるだけじゃない……私が、私の力であなたを打ち倒す!」


  96. 111 : : 2016/09/19(月) 00:04:30


    風子のその言葉を皮切りに、傍らのドヴォルザークがその姿を変容させる。

    いくら塔の内部が広いとはいえ、ドヴォルザークが夏未と戦った時の姿となるにはまだ足りない。

    正確にはその大きさになれない事は無いのだが、動きが制限される為に相手からすれば格好の的になるのと、動けば塔自体の崩壊が危ぶまれた。


    ドヴォルザーク「まあ、貴様の様な木偶如きこの姿でも問題は無いがな」


    そう言ったドヴォルザークの姿は、大きさは不死山の樹海の時とさほど変わらないが、見るからに凶悪な大きく鋭い爪や牙、そして尾には剣の様な鱗が幾重にも重なっている。

    対するヒヨコはそのドヴォルザークの姿に一切怯む様子も無く、依然として風子とドヴォルザークを睨めつけていた。


    ヒヨコ「ほう……まさかお前の様な王の器たる者がその様な力無き小娘についているとは。見る目が無いとは正にこの事だな」


    ドヴォルザーク「それ以上口を開くな。とは言っても、その様な暇は毛頭与えるつもりは無いがな」


    次の瞬間、両腕を組みながら悠然と宙に浮いていたドヴォルザークの背後に大きな穴が展開する。

    そこからは突風が吹き荒れており、普通の人間であれば立ってることすら困難であろう。

    そして間髪いれずにそこから無数の風の刃がヒヨコに向かって放射される。


    ヒヨコ「温いな、ドライヤーのつもりか?」


    だがヒヨコもまた黒い雷球を周囲に生成し、風の刃を全て弾き飛ばす。

    風と雷が空中でせめぎあい、強烈な衝撃波が生まれて塔を震わせる。


    だがそうしている間にもドヴォルザークは次の攻撃へと移っていた。

    風を操る龍故か、その速度もまた風を思わせるもので一瞬にしてヒヨコの背後へと移動する。


    ドヴォルザーク「沈めッ!」


    そう叫ぶと共に繰り出された尖爪での連閃をヒヨコはショートワープで合間を縫うように回避する。


    ヒヨコ「おや、そこの小娘は龍王に任せきりで見守るしかしないのか?やはり何も変わってはいないではないか。いつも誰かに頼ってばかり……っと、そう怒るな龍王」


    ドヴォルザーク「黙れ、人に造られた贋作風情が図に乗るなよ」


    ヒヨコの言葉をドヴォルザークは更に鋭さを増した一閃でヒヨコの黄色い毛を刈り取りながら途絶えさせる。

    しかしドヴォルザークの攻撃が当たったのはその1度きりで、ヒヨコはちょこまかとドヴォルザークの攻撃を回避し続けていた。


    風子「……ドヴォルザーク、何でそんなに……?」


    風子は爪や剣尾で攻撃をするドヴォルザークを見て、そう漏らした。

    今のドヴォルザークは風子の目から見ても明らかに精彩をかいている。

    焦り、と言うよりはどちらかと言うと強い怒りによって周りが見えなくなっている方が近いだろうか。

    更に異変はそれだけでは無い。

    僅かにだがドヴォルザークの動きが鈍くなりつつあった。

    反面、ヒヨコには余裕が生まれ始めており徐々に差をつけられているのは明白だった。


    風子「……!まさか!?」


    ヒヨコ「ようやく気づいたか。龍王の魔力は貴様から供給されたものだ。ならば非リアの神である私にそれが吸収出来ないはずはないだろう?」


    風子「っ……ドヴォルザーク、一旦退がって!」


    風子がそう叫ぶと、ドヴォルザークは攻撃を中断して風子の傍らに戻る。

    そのドヴォルザークの息は荒く、魔力のガス欠が近い事を意味していた。


    風子「ごめん、私がもっと早く気づいていれば……!」


    ドヴォルザーク「気にするな。それよりこのまま近接でやっても勝ち目は無い。……塔の強度が気になるがちょいとばかり派手なのをぶつけるしかないな、いけるか?」


    風子「私は勿論大丈夫。ドヴォルザークこそいけるの?」


    そう言うとドヴォルザークは牙を見せながら獰猛に笑った。


    ドヴォルザーク「龍王の名は伊達じゃない。心配は無用だ」


    そう言い残してドヴォルザークは再びヒヨコと相対した。
  97. 112 : : 2016/09/20(火) 22:19:17


    ドヴォルザークが上空に舞い上がると共に風子は目を閉じて、瞼の裏にドヴォルザークの姿を想起する。

    そうしていると身体の奥底から風が吹き荒ぶかのような力の奔流が湧き上がるのを感じる。

    夏未と戦った時にも風子はドヴォルザークにこの力を注ぎ込み、あの出鱈目な嵐を発生させたのだ。

    しかし風子は今、自分のその力の奔流に明らかな違和感を覚えていた。


    風子「……っ!?力が、強すぎるっ……!」


    いつもならドヴォルザークから切り札と言われて覚え込まされた言霊を詠唱出来ていたはずなのに、今回は違う。

    身体の中で自分の力が暴れ狂っているのが手に取るように分かった。

    ここから出せと言わんばかりにむやみやたらに暴れるその力は風子が制御するには余りにも強大だった。


    風子「くっ……うぅっ!」


    ドヴォルザーク「風子っ!?」


    遂にその力は風子の中だけでは無く、その外にも影響を出し始め、風子を取り囲むように風の檻が発生した。

    ドヴォルザークが異変に気づいたのは、既にその檻で風子が見えなくなってしまった後だった。

    無論ドヴォルザークはすぐ様、風子の側へと戻ろうとしたがその風の檻は既にドヴォルザークですら突破出来ないほど強力なものに膨れ上がっていた。


    ヒヨコ「力を与える事しか能が無いにも関わらず力を暴走させるような小娘、そしてそんな輩に執着する位高き龍王……滑稽だな」


    その冷めた声があたりに響いたかと思うと、次の瞬間に声の主であるヒヨコの左半身は引きちぎられていた。


    ドヴォルザーク「うるせえよ……お前ら全部バラバラに千切ってやるからとっとと出てきやがれ」


    そう言うドヴォルザークの口からヒヨコの左半身と思わしき黄色い物体がこぼれ落ちる。

    残されたヒヨコの右半身はその機能を失ったのか、さらさらと灰になり風化した。

    だが直後には先程までヒヨコのいた空間が捻じ曲がり、幾つもの亀裂が広がっていく。

    窓ガラスが割るかのように空間が裂け、中から爽やかな青い体毛を持つヒヨコが現れた。


    ヒヨコ「そう急かすな。ところで龍王よ、先程までの仰々しい口調はどうした?あれが本来の貴様なのだろう?……まさか、もう魔力が足りないと言うまいな?」


    ヒヨコは先程の黒い雷球に加えて、白銀の凍てつく様な氷塊を生み出しながらそう言う。

    それに対抗するようにしてドヴォルザークも先程と同様に風の刃を形作る。
    だがそれは先程と比べるとやや少なく、また風の勢いもどこか劣っていた。

    だが当の本人はそれでもその顔に笑みを浮かべて、挑発的な目でヒヨコを睨む。


    ドヴォルザーク「心配すんな、てめえバラバラにすんのなんざこんくらいで十分なんだよ」


    ヒヨコ「ふ……威勢だけでない事を祈ってやろう」


    そして風の刃と雷球、氷塊が荒れ狂う戦場は激化の一途を辿っていった。
  98. 113 : : 2016/09/20(火) 22:21:10



    次に風子が気づいた時、風子は荒れ狂う暴風の中に立っていた。

    先程まで塔でドヴォルザークと共に仇敵であるヒヨコと対峙していた筈なのに、周りに彼らは居ない。


    風子「ドヴォルザーク!?どこなの!?」


    荒れ狂う暴風に耐えながら、必死に声を出す。

    だがいくら待てども返事は無く、風の勢いは強さを増すばかり。

    と、そこでふとその風に言いようの無い既視感の様なものを感じる。

    風子は確かにこの風を感じたことがあると本能が感じ取っていた。

    そしてそれが自身の奥底に眠っていた力の奔流であった事に気付く。


    風子「……そうだ。私はあの時、自分の力に呑まれて……って事はここはもしかして私の中……なの?」


    「左様、如何にも此処は出雲風子の奥底……この莫大な力の源泉だ」


    風子「だ、誰っ!?」


    先程まで身体に叩きつけるように吹いていた風が目の前の一箇所に収束されて形作られていく。

    そうして目の前に現れたのは一匹の巨大な龍だった。


    「誰でもない。あえて言うなれば出雲風子に流れる力そのものと言ったところか」


    風子「私の……?じゃあさっき私の中で暴れていたのはあなたなの?」


    「如何にも。だが暴れさせていたのは己自身だという事を自覚していないようだな」


    風子「……私が暴れさせていた?違う、私はそんな事望んでない。ドヴォルザークに力を貸すために私は!」


    「本当にそうなのか?己に力があればと、それを渇望しなかったと言えるのか?」


    そう言われて、思い出したのは忌避すべきヒヨコの言葉だった。


    『力を与える事しか能が無いにも関わらず力を暴走させるような小娘』


    力に呑まれる直前にその声が聞こえた時、自分では見ないようにしていたものを突きつけられた気がした。

    アニ男も、燕も、決して風子の事を役立たずなどと言うことは無い。

    だがそれは口に出していないだけでは無いのだろうか、彼らが本当に必要としているのは出雲風子ではなくドヴォルザークを使役している出雲風子なのではないだろうかと幾度と無く考えた。

    考えて、その度にそんな事は無いと目を背けながらも、心のどこかでは自分自身で戦える力を望んでいたのかもしれない。

    そしてヒヨコに言われたその一言が、一瞬とは言え私に強く力を求めさせた。

    その結果が、これなのか。


    風子「……どうしたらいいのよ。私は私自身の力さえ操れない。自分で戦うどころか力にさえなれないなんて……」


    言葉にすると、次々と負の感情が湧き上がってくる。


    風子「あんな啖呵を切って……それでこんなザマなんて2人に合わせる顔が無い。ドヴォルザークだってきっと私なんてアテにしてないもの……こんな事ならいっそのことドヴォルザークなんかと会わなければ良かったんだ。……なんで私なんかを選んだのよ、本当に……めい、わくで……」


    溢れ出る負の感情をそのままに言葉にして紡いでいたはずなのに、いつの間にか目からこぼれ落ちていた涙が止まらない。


    風子「私、なんで……泣いて……」


    酷いことを言いながら、それで涙を流すというのは矛盾しているとは思う。

    だがそれでも、その涙はいくら拭っても、止まることは無かった。


    「出雲風子、奴は何の考えも無しにお前を選んだ訳では無い。ずっとお前と時間を共にしていた私にはそれが分かる。その涙がその証拠だ」


    無言で私を見守っていた龍は私を見ながらそう言った。


    「良い意味でも悪い意味でもお前はただ一点を除いて普通の人間だった。お前がその普通の人間とは違うその一点、それはその優しさ。かつての友が悪逆非道を往く敵であってもその死を悼み、出来ることなら傷つけたくないと願うその心。奴はきっとその様なお前に何かを見たのだろうな」


    彼の言う奴と言うのがドヴォルザークだということは何も言われなくても分かった。

    だが風子はそれ故に疑問だった。


    風子「優しさなんて何の力にもならないわよ……ドヴォルザークだってそんな事分かっているはずなのに……」


    優しさだけでは何も乗りきることはできなかったのを風子は確かに覚えている。

    だが彼はゆっくりと首を振った。


    「優しさは力ではない。だが、力を持つ資格ではある。お前ならどれだけ強大な力を得ようとも決して間違った方向にはいかない、奴はそう感じたはずだ」


    風子「それは、どういう……」


    しかしその直後に大きな爆発音と共に地面が大きく揺れ動いた。

    目の前の龍は静かな声で風子に言い聞かせるように言った。


    「今からお前は大きな決断を迫られるだろう。だがお前は迷う必要は無い。自分の正しいと思う事をやれ」


    どこかで聞いたその言葉、果たして何処であったなどと考える暇は無く、風子はその言葉を聞くと同時に意識を闇に落とした。

  99. 114 : : 2016/09/20(火) 22:22:25





    次の瞬間に風子が気づいたのは、確かに先程まで戦っていた塔の中だった。

    目の前はまだ風の檻で包まれていたが、風子が目覚めて程なくして消える。

    そしてその先の光景を目にして、風子は絶句する。


    ヒヨコ「流石は龍王、とは言ったところだがしかしその状態ではここまでだな」


    上空には深淵の底のような黒いヒヨコが漂っており、地面に落ちた何かを見下ろしながらそう嘲るように言った。


    ドヴォルザーク「ぐっ……」


    ボロボロになった翼、所々折れている牙や爪に胸に刻まれた大きな裂傷。

    先程までの壮健な姿とは大きくかけ離れた瀕死のドヴォルザークがそこには伏していた。


    風子「ドヴォルザークっっ!!」


    風子は顔色を変えて、ドヴォルザークに駆け寄る。

    それを見てドヴォルザークは苦しそうな表情ながらも瞳を大きく見開いた。


    ドヴォルザーク「お……風子か。無事そうで何よりだ……」


    風子「馬鹿!私の事なんてどうでもいい!どうしたら……どうしたらいい!?私に出来る事は……!」


    だがドヴォルザークは首を振り、ヒヨコの方を向いて、両眼で睨みつける。


    ヒヨコ「む……まだこんな力を隠していたのか」


    風の檻がヒヨコをその場から動かすまいと包み込む。

    ヒヨコはしばらく檻の中を動いた後に、脱出は不可能だと悟ったのか動きを止めた。

    それを見て、ドヴォルザークは風子に語りかける。


    ドヴォルザーク「風子、逃げろ……俺の事は置いて燕達の所へ行け」


    風子「なっ……そんな事出来るわけないじゃない!私はあなたのパートナーなのよ!?」


    ドヴォルザーク「ならそれは今解消だ。お前がここにいてもやれる事は無い。せいぜい俺の足を引っ張るだけだろうよ」


    そう言うドヴォルザークの目は確かに本気の目をしていた。

    先程、私の中に湧き上がった負の感情が心のうちで膨らんでいく。

    やっぱり力が無いと誰も救えないのだろうか、目の前にいる相棒すら見捨てるしかないのだろうか。


    風子「……無理よ。だって私、優しいもの。誰かを見捨てるなんて出来ないよ……!」


    風子はドヴォルザークの頭を抱き寄せながら、そう言った。

    ドヴォルザークはそう言った風子に驚きを隠せないといった表情を浮かべる。


    風子「ドヴォルザーク……あなたが私を選んでくれた理由は分かってる。だから言って、まだ手はあるんでしょう?」


    風子はそう言ってドヴォルザークの目を見た。

    ドヴォルザークは風子の目を見て、暫く何かを考えるように瞑目していたが、覚悟を決めた様に口を開いた。


    ドヴォルザーク「……本当はお前にこんな重荷を預ける気は無かった。お前にこんな事をさせるのは嫌だった。……だが、こうなったお前はもう手がつけられねえからな」


    そう言ってドヴォルザークは元の小さな姿に戻り、風子の額に手をかざす。


    ドヴォルザーク「今からお前に、俺の持つ龍王の力を譲渡する。やめるなら今のうちだぞ」


    風子「今更後には退けないわ。……大丈夫、私を信じて」


    ドヴォルザーク「……ああ。元から心配しちゃいねえよ、さあ目を瞑れ」


    風子はドヴォルザークに言われた通り、目を瞑る。


    ドヴォルザーク「……龍王ドヴォルザークの名にて命ずる。我が契約者、出雲風子に天を統べる力を。彼の者に、龍王の加護を授けん」


    そしてドヴォルザークは光の粒子となり、風子の身体へと吸収されてゆく。

    そして風子は自分の身体に自分の者ではない力が流れ込み、そして馴染んでいくのがわかる。

    そして身体の底に眠っていた爆発的な力が今なら自在に扱えるという確信が生まれた。


    『さあ、風子。この場はお前に任せるぞ。初めてだからな、俺様も力を貸してやらあ』


    風子「ドヴォルザーク……!」


    風子の中へと消えたドヴォルザークは中から風子に語りかける。

    そして同時にドヴォルザークが振り絞って創り出した風の檻が消え、ヒヨコが解放される。


    ヒヨコ「……は、今度は貴様が相手か。先程までただの凡愚だった者が力を得て何が出来る」


    風子「……さあ、今の私にどれだけの事が出来るのかしら。でも1つだけ、確かなことがある」


    目を瞑ったまま、風子はそう呟いた。

    ヒヨコは黙って、風子が何を言うのかと待っているようだった。

    そしてその翠緑色の双眸を見開き、ヒヨコを睨みつける。


    風子「─────あなたを倒せる、という事」


    ヒヨコ「……ほざくなよ人間風情が」


    次の瞬間、小型の竜巻がヒヨコへと襲い掛かった。
  100. 115 : : 2016/09/20(火) 22:23:36
    小型の竜巻の群れがヒヨコを取り囲み、蹂躙する。


    ヒヨコ「舐めるなあッ!!」


    だがヒヨコもまたそれをどす黒いオーラを放つ力の波動でかき消す。

    そしてすぐに風子に向けて、同じような黒いオーラを持つ球体を放つ。


    だが、風子はいつの間にかその手に握られていた風で出来た細剣でその球体を叩き落とした。


    『やるじゃねえか、風子。初めてとは到底思えねえな!』


    風子「力が湧いてくる……!」


    だが、そんな風子をヒヨコは嘲笑する。


    ヒヨコ「まるで玩具を与えられた幼子だな。その程度の力、私の足下にも及ばない。先程のは小手調べだ。ここからが本番、果たしていつまで耐えられるか見物だな」


    そう言うと黒い球体が先程の数倍以上の数でヒヨコの周囲に現れる。

    風子は息を吸って、その手にした細剣を構えた。


    ヒヨコ「塵になるが良いッ!」


    黒い球体は雨霰のように風子へと襲いかかってく。

    衝撃波で砂埃が舞い上がり、風子の姿は黒い球体に埋もれたようにして見えなくなっていく。

    暫くして衝撃が止み、攻撃が終わる。

    だがその中から風子は現れない。

    ヒヨコは風子が死んだと確信し、歓喜に浸るかのようにあたりをふよふよと飛び回った。


    ヒヨコ「……はははは!所詮は人間か、あれだけの啖呵を切っておいてこの程度か!なんと滑稽!あの龍も報われな────」


    だがその言葉は途中で切れる。

    砂煙をその細剣の一振りで吹き飛ばし、最初と変わらない位置に立つ風子は静かな声で告げる。


    風子「当てるつもり、あるの?」


    ヒヨコ「何だと……!?」


    風子はそう言い放つと背に竜の翼をかたどった風の翼を具現化し、ヒヨコを睨みつける。


    風子「今度はこちらから行かせてもらうわ」


    そして一気に飛翔し、ヒヨコの眼前へと現れる。

    そして目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り出す。

    刺突や斬撃を織り交ぜたその連閃はヒヨコに反撃する暇さえ与えずにヒヨコを切り刻んでいく。

    そしてトドメと言わんばかりに、剣を天に掲げて、上空に巨大な風の刃を生み出す。


    風子「これでっ……終わりよ!」


    剣を振り下ろすと共に風の刃がバラバラになったヒヨコを押し潰すように振り下ろされる。


    だが攻撃を終えて、地面に着地した風子の表情にはまだ油断が無い。


    『風子、分かってるたあ思うが……奴さんまだ死んでねえぞ』


    ドヴォルザークの声を風子が聞いている間に、空中に残るヒヨコの僅かな残骸は既にその姿を再生し始めていた。

    見る見るうちに元の姿へと戻っていったヒヨコは風子を見下ろしながら言う。


    ヒヨコ「塵一片さえ残っていれば私は幾度となく再生する……甘かったな。貴様に私は殺せない」


    そして同時に先程までとは比べ物にならないほどどす黒いオーラを放つ巨大な球体を生成する。


    ヒヨコ「今度こそ手加減はしない。完膚なきまでに消し炭にしてやろう……!」


    今の風子から見ても、その球体の破壊力は馬鹿にならず、直撃すれば危険であるという事は分かっていた。

    だがここで回避するという選択肢は彼女の中には無い。


    『1発デカイのかましてやろうぜ。今のお前ならアイツを塵も残さず吹き飛ばせるはずだ』


    風子「……うん、任せて」


    ドヴォルザークの声に呼応するようにして風子は瞑目し、剣先に魔力を集中させる。

    元々風子が持て余していた膨大な魔力がその行き先を得た事によって、ドヴォルザーク単体で戦っていた時とは比べ物にならない程の風を巻き起こす。

    嵐の様に吹き荒れる風はやがて風子の持つ細剣の先端に収束し、一点に集中する。


    ヒヨコ「小娘風情が私に逆らった事を後悔するがいい!!消えろッ!!!」


    辺り全てを埋め尽くすほど巨大な黒球は風子を押し潰すかのように迫りくる。

    しかし、風子は一切臆すること無くその細剣を構えた。


    風子「ドヴォルザークに託されたこの力、あなたなんかに止められるものですか!!」


    風子は細剣を突き出し、溜めに溜めた莫大な魔力を一気に解放する。

    それは先程までの小型の竜巻とは違い、全てを飲み込み切り刻む巨大な竜巻となり黒球諸共ヒヨコを巻き込んでいく。


    ヒヨコ「ぐぅぅぅぅ……っっ!どれだけ、切り刻まれようとも………私は、何度でも……!!」


    荒れ狂う竜巻の中、ヒヨコはその身をズタズタに切り刻まれながらもまだ終わらないと言いのける。

    だがヒヨコはまだ気付いていない。

    自分を取り囲む嵐の様な風が輝き始めたことに。


    風子「今度こそ……トドメよっ!!」


    その巨大な竜巻は風子の言葉に呼応し、ヒヨコを取り囲むように収束していく。

    そして一際輝きを増したかと思えば、大気を震わせるほどの大爆発を起こし、ヒヨコごと塔の壁を吹き飛ばした。
  101. 116 : : 2016/09/20(火) 22:24:10


    爆発によって、塔の壁の一部は吹き飛び、外の大地が露見していた。

    先程の一撃により、ヒヨコは言葉通り塵一片すら残さず消え去った様で再び復活する事は無かった。

    風子はそれを確認すると、大きな溜息をついてその場にへたりこんでしまう。


    『大丈夫か、風子。正直ここまで出来るとは思わなかったぜ』


    風子「夢中になっててあんまり考えてなかったんだ。……これ、壁壊れてるけど塔が崩れたりしないよね」


    風子がそう言うと風子の体から光の粒子が出てきて、見慣れた形になっていく。


    ドヴォルザーク「……よし、こっちに戻ることも出来るな。何だかんだでこの姿にも慣れてたからな」


    風子「……ねえ、ドヴォルザーク」


    ドヴォルザーク「何だ?どうかしたのか?」


    風子「私を信じてくれてありがとね」


    あの時、ドヴォルザークは風子の覚悟を汲み取り、そしてその力を渡してくれた。

    その信頼が風子にとっては何よりも嬉しかったのだ。


    ドヴォルザーク「……あそこで勝つ為にはああするしかなかっただろ」


    ドヴォルザークは素っ気なく言うとそっぽをむいてしまう。

    そんなドヴォルザークに風子は思わず笑みをこぼしてしまう。

    しかし、次の瞬間の出来事だった。


    風子「─────ぁ」


    視界がぐにゃりと大きく歪んで、反転していく。

    風子の身体は糸が切れたように倒れ、地面に衝突して跳ねる。


    ドヴォルザーク「風子!?おい風子!!」


    ドヴォルザークは倒れた風子に近づき、その異変に気付く。

    彼女の目は、片方が先程までの翠緑色をしておりもう片方はいつも通りの黒目である。


    ドヴォルザーク「無理矢理憑依したからか……!?それとも魔力を使いすぎたから……くそっ、どうしたらいい!?」


    急に倒れた風子を前にドヴォルザークは動揺を隠せないでいた。

    今彼女の体には龍王としての力と彼女自身の魔力が存在している。

    本来ならば時間をかけて慣らしてく龍王の力を彼女は先程いきなり使用したが為に今お互いの力が反発しているのだ。

    このままでは風子はその反発に耐えきれずに最悪の場合死に至る。

    だがドヴォルザークには彼女が置かれた状況が分かっても、それを解決する方法が無い。


    ドヴォルザーク「畜生……!」


    「どうやらお困りのようだね」


    ふと入口の方から聞き覚えのない声が聞こえる。

    ドヴォルザークが入口の方を見ると、そこにはいつかの樹海で現れたフード姿の二人組が立っていた。



  102. 117 : : 2016/09/22(木) 01:41:11







    階下から響いてくる振動に風子たちの戦いの激しさを感じつつ、アニ男たちは一心不乱に螺旋状の階段を駆け上がっていた。

    塔が揺れて轟音が轟くたびに、彼らの脳裏には風子とドヴォルザークへの心配が顔を出す。しかしそれを信頼の感情で意識的に押し留め、彼らは自身のやるべきことに集中する。


    やがて階段に終わりが見えてきた。天井部分を前にして階段は途切れており、代わりに右手の塔外壁側に一つのドアがあった。


    燕「やっと次の階、ということですかな」

    アニ男「ええ、恐らく」


    ドアを開けると、その先には案の定上へと登る階段があり、またある程度進んだ先には左手にドアがあった。

    先へ進むべくドアノブを握る、アニ男の顔には隠しきれない緊張の色がある。

    それも当然だ。新が語った3人の刺客、それがこのドアの先にはいるのであろうから。


    アニ男「……行きます!」


    その声と共に、アニ男は一思いにドアを開いた。







    そして彼らの目に映った光景は、ヒヨコがいた第一階層とはまったく異なるものだった。


    そこは大規模な研究施設のような場所だった。用途不明な機械が大量に稼働し、様々な色をした薬品がコポコポと泡を立てており、そして何より部屋の中央には一際目を引く巨大な時計塔のような機械がアニ男達を見下ろしている。


    アニ男「……なんでしょうか、この部屋。見たままなら研究施設っぽいですけど……」


    燕「…………」


    アニ男「……燕さん?」


    言葉を返さない燕を不思議に思い、アニ男は怪訝そうな顔をして振り返る。そして彼は目を丸くした。


    燕は普段の彼の立ち振る舞いからは想像もつかない程に、その全身で動揺と困惑を表していた。目の前の光景が理解できないというように。まるでそれはここにある筈がない景色なのだとでも言うかのように。


    燕「……いや、しかしこれは……そうか。ならば先ほどの風子殿の反応も頷ける……」


    燕は心ここに在らずといった様子でブツブツと呟くと、急に我に返ったかのように目の焦点をハッキリさせてアニ男を真っ直ぐと見つめて言った。


    燕「申し訳ない、アニ男くん。ここは私に任せては貰えませんか」

    アニ男「え……で、でも。1人より2人の方が確実に……!!」

    燕「実を言うと、この景色に見覚えがあるのです。それ故、この階で立ち塞がる者についてもある程度予測が立つ。……そしてそれは、決して君が出会ってはならない者だ」

    アニ男「僕が出会ってはならない……って、どうして……?」

    燕「正確には君だけではない。『奴』を知らぬ者は誰1人としてもうその存在を知るべきではないのです。……『奴』はそれだけの魔性、それだけの悪。だからこそ既に知ってしまっている私が1人で片を付けるべきだ」


    そう言う燕の目は、先ほどの風子の目とよく似ていた。アニ男には彼の言葉を無視することがどうしても出来ず、彼は燕にこの場を任せて自分は進む決心を固める。


    アニ男「分かりました。でも……無理は、しないでくださいね」

    燕「ええ。必ずや後で合流を」


    その言葉を最後に、アニ男と一場は再び螺旋階段を駆け上っていった。


    1人残った燕はゆっくりとした足取りで部屋の中央にある巨大な機械へと歩を進めていく。そして独り言にしては大きすぎる声で言った。


    燕「こちらの作戦会議が終わるまで黙りとは、随分と行儀が良くなったものだな。……死んで地獄で更正したか?」


    「……あははは。久しぶりの再会だっていうのにメチャクチャ言ってくれますねー」


    返ってきた声は、やはり燕の想像通り、彼のよく知っている声だった。


    燕は自分の予感が的中していたことに内心で舌を打ちつつ、巨大な機械の側に静かに立っている忌々しきその人物を睨みつける。


    ……かつて自分とフラ男達の手で打ち倒した筈の存在。学園と呼ばれた組織においてその恐るべき計画を実行しようとしていた狂気の女。


    姫宮 瑠奈が、そこには立っていた。
  103. 118 : : 2016/09/22(木) 13:53:41


    瑠奈「いやー老けましたねキミ。白髪なんて生えちゃってすっかりお爺ちゃんじゃないですか。ま、私は永遠の天才美少女ですからキャッピキャピのJKのままですけど☆」


    瑠奈の言う通り、彼女の姿は何十年も前のまま変わっていない。セーラー服を着ている事もあってどこからどう見ても学生の若さであった。


    しかし燕にとってはそれすらも些細な事にすぎなかった。なにせ……


    燕「姫宮 瑠奈。……お前はあの日、彼らの手によって殺された筈……!!」


    そう。燕の目の前に立つ女は、かつて他ならぬ燕とフラ男達の手によって殺された筈なのだ。今こんな場所に立っているはずがない。


    瑠奈「ノンノン。この私が死ぬわけないじゃないですか!なにせ天才ですし?美少女ですし?世界の全てが私の味方ーって♪」


    しかし燕のそんな疑問に対し、瑠奈は適当極まりない理屈で答えを返す。恐らく真剣に答える気はないのだろう。

    狂人と言葉を交わすことの無意味さを改めて確認し、大きく溜息を吐いてから、燕はそれでもどうしても尋ねたい事柄について口にする。


    燕「……犬飼 遊楽を覚えているか」


    かつて燕と同じ学園に通っていた友。瑠奈によって強いトラウマを刻み付けられ、その人生を台無しにされた男。その名を覚えているか、と燕は瑠奈に問う。

    彼は問い詰めたかった。例えそれが会話にならない狂人の言葉であったとしても、瑠奈が奪った遊楽の人生に対する彼女の謝罪の言葉がどうしても聞きたかった。

    そんな気持ちを込めて放たれた問いは、しかし、


    瑠奈「……?誰でしたっけ、それ。私の知ってる人です?」


    燕「……分かった。もはや問答は無用、と」


    すっとぼけているのか、それとも本気で覚えていないのか。仕草だけは可愛らしく小首を傾げる瑠奈に対し、燕は静かに刀を抜くとその切っ先を彼女へと向けた。


    燕「我が友人に。我が恩師達に。……そして何より、過去の私に報いるために。今再び貴様を斬る!姫宮瑠奈!!」


    燕の愛刀から発された雷の白光が瑠奈の鼻先を僅かに掠め、真正面から敵意を向けられた彼女は兇笑を浮かべそれに応える。



    因縁の戦端はここに開かれた。
  104. 119 : : 2016/09/22(木) 14:35:58


    瑠奈「『花蝶風月(フライ・ハイ・バタフライ)』!」


    先手を取ったのは瑠奈の方だった。

    彼女と2本の太い管で繋がれている巨大な機械が白煙を吐いて咆哮を上げ、塔内部を揺らす。


    それと同時に、瑠奈の前方に10匹ほどの薄緑に光り輝く蝶が出現した。


    燕「能力の模倣(コピー)……!その仰々しい機械を見た時から覚悟はしていたが、やはり来たか」


    瑠奈「これが何かはよく知ってますよねぇ?触れれば肉を裂き、血の花を咲かせる幽冥の蝶!避けきれますかぁ!?」


    蝶はヒラヒラと舞うようでいて、しかしその動きは確実に燕の進路を阻害している。動きに嫌な緩急があり、油断すれば燕の戦闘経験と勘を以ってしても被弾してしまうことは必至だった。


    燕「しかし所詮は紛い物。真の使い手ではないが故……今の私には容易く視えるぞ。この能力の穴!」


    無数の蝶の群れを前にして燕は走る速度を下げることなく、代わりに両手で持った日本刀を横薙ぎに一閃した。その軌道に一本の白線が走り、一拍遅れて雷撃が発生する。


    空間を網のように広がった雷は瞬く間に全ての蝶を捉え、食らいついていく。すると蝶は一際強い光を放ったかと思うと例外なくその存在を霧散させていった。


    燕「これはいわば、触れたものに対して発動する地雷のようなもの。ならば先に雷に触れさせてやれば消えるのは道理」


    瑠奈「へえ、へえ、へえ!じゃあこうしたらどうですかねぇ〜!?」


    瑠奈が両腕を広げると、再び蝶の群れが戦場に現れる。しかし今度は先ほどの3倍の数が、燕を取り囲むようにして展開されていた。


    燕「全方位に展開すれば対処しきれないと?随分と甘えた考えだ!」


    燕は疾走の勢いのままに跳躍しつつ、その身をコマのように回転させて刀を振るう。燕を中心として円状に放たれた雷撃は瞬く間に広がっていき、全ての蝶をその射程に収めた。


    ……が。


    瑠奈「はい外れー!歳を食っても実践を重ねても、偏差値65以下はやっぱりダメですねっ☆」


    燕「何を……、っ!?」


    瑠奈が嘲るように笑うのとほぼ同時、燕はある事に気付いた。

    彼を取り囲むように舞っている蝶、その身体を何か粉のようなものが覆っている。まるで蝶が放つ鱗粉のような、しかしその内に凶悪な殺意を込めた粉塵。

    それを、燕はよく知っていた。


    瑠奈「起爆、ご苦労様です。……『爆芽粉塵(マイロード・イルプット)』」


    雷撃に刺激された粉塵が瞬間的にその熱量を高め、全方位から襲い来る大爆発が燕の身体を呑み込んだ。
  105. 120 : : 2016/09/22(木) 16:36:57

    腕で覆うことで大爆発によって生じた熱波から顔だけは守りながら、瑠奈は目を細めて爆心地を見やる。


    瑠奈「蝶が現れれば取り敢えず雷で無力化する、その考えが甘いんですよねぇ。甘口の麻婆豆腐なんて誰も食べませんってば」


    モクモクと立ちのぼる煙が徐々に収まっていき、外部から隠されていた爆発の中心部が露わになる。


    そこには傷一つ付いた様子のない、しかし明らかに息を切らせた燕の姿があった。


    燕「危なかった……私としたことが、迂闊なミスを」


    瑠奈「ああ、成る程。雷で膜みたいなのを作って物理的な被害を防いだんですね。……でもそれじゃあ熱による被害までは防げないし、何よりエネルギーの消耗が酷かったみたいですけど?」



    瑠奈の指摘は正しかった。肩で息をする燕の顔にはボトボトと汗が流れ落ちており、その消耗を何よりも雄弁に物語っていた。


    ……そもそも、燕の自家発電はアニ男達の能力と同じように性欲をその源としている。そして歳をとればとるほどに性欲とは衰えていくものだ。今までは無窮の鍛錬によって培った戦闘技術と身体能力で誤魔化していたが、やはり能力を用いた戦闘となると燕は他より劣ってしまう。


    燕自身もその事は自覚し、出来るだけ能力には頼らず剣技だけで状況を切り抜けるようにはしていたのだが、先ほどのような咄嗟の回避を要求されるとやはり能力を使わざるを得ない。


    その結果として、彼は今持てる性欲の殆どを使い切ってしまい、猛烈な虚脱感に襲われていたのだった。



    燕「未熟……としか、言いようがない……。この人生を剣に捧げてなお、友の仇ひとつ討てんとは……!!」


    瑠奈「可哀想ですねえ。悲劇的ですねえ。さぞや辛くて、悲しくて、苦しいでしょうねえ…………」


    もはや立つだけで精一杯となり意識も朦朧としている燕のもとへと、瑠奈はポツポツと語りかけながらゆっくりと歩んでいく。


    瑠奈「……でもさぁ」


    そして彼と目と鼻の先の距離まで近付くと、瑠奈は途端にその顔から笑みを消した。そして声色を変え、口調すら変化させて憎々しげに燕に告げた。


    瑠奈「私はもっと可哀想だったんですよ。私はもっと悲劇的だったんですよ。私はもっと辛くて、もっともっと悲しくて、もっともっともっと苦しかったんですよぉ!!!」


    目を剥き、髪の毛が抜け落ちてしまいそうなほど乱暴に頭を掻き毟り、憤怒の感情を露わにして瑠奈は燕へと食いかかる。


    瑠奈「こんなに可愛い私が!こんなに賢い私がぁ!なんであんな目に遭わなきゃならなかったの!?遊楽くんを奪われて手下の男達も奪われて研究施設も奪われて人も服もご飯も家も奪われて!!!」


    瑠奈「気付けば私は無人の荒野にひとりぼっちだった。誰も隣にいない心細い日々を過ごした。それも当然長くは続かなくて……すぐに私は飢えに苛まれて、死を目前に見た」


    瑠奈「なんで私が?私だけがこんな酷い目に遭わなきゃいけないの?私はただ遊楽くんと幸せに過ごしていただけで、過ごしていきたかっただけなのに。他の誰にも迷惑なんて掛けなかったじゃない。どいつもこいつも勝手に私のために働いてただけで、研究の邪魔をしたやつも別に私は殺したけれどそれは私から手を出したわけじゃなくてそもそも向こうから私の邪魔をしに来たから私は私の自由と安全を守るために仕方なく泣く泣く手を出しただけで、そう例えるなら車を運転していたら歩道から突然馬鹿が飛び出してきたのを撥ねちゃってそれで責められるようなものでそんなのは明らかに間違っているのよそんな事も分かんないなんて馬鹿じゃないの?そもそも気持ち悪いのよ心から人を好きになった事もないやつがだからって愛を馬鹿にして蔑ろにして愛に生きる私たちを邪魔だと排斥しようとしてそれがいい事みたいに扱われてるなんて世界はおかしい世界がおかしい私は正しいのになんでそれが分からないのよやっぱり私だけが天才で皆馬鹿ばかり…………」


    完全に正気を失っている瑠奈はそれだけの言葉を一息に吐き切るとグルリと目玉を上に動かして天を仰ぎ見た。


    瑠奈「そんな時に!そんな時に現れたのがあの人だったの!私を救ってくれた救世主、この世で本当の意味で神様たる者……!!あの人さえいればもう過去なんてどうでもいいんですよ。遊楽なんて男を私は知らないんです。だって私は天才美少女、過去の男の事をいつまでも引きずるのはクソ女のする事ですからね☆」


    瑠奈は目の前で膝を折る燕に対して緩慢な動作で右手を向け、そして彼の肩に置いた。


    瑠奈「だから貴方って邪魔なんですよぉ〜?突然現れて過去の事をグダグダと……ですから、殺します」


    瑠奈「『浅刃等腐(スーン・デス)』」


    瑠奈の呟きと共に、全身の傷が開く尋常でない激痛が燕を襲った。

  106. 121 : : 2016/09/22(木) 17:10:42


    燕「ぐ……ごああああ!!!?!?」


    瑠奈「触れた相手の古傷を開く、私の本来の能力です。さて……貴方がそこまで刀を振れるようになるのに、『一体どれほどの傷を負ってきたんですかねえ』?」


    50と余年、フラ男たちと別れてからただひたすらに己を鍛え上げてきた燕。その間に負った傷の数はもはや数えられるものではなく、しかもその中には後一歩で命を失っていたかもしれない程の重傷も含まれていた。

    それら全てが一斉に開くのだ。その感覚はもはや痛みなどという言葉で表せる範囲をとうに超えており、未だ意識を保っている事だけでも奇跡と称されるべきだった。




    尽きる事のない痛みの中、燕は過去の事を思い出す。


    弱かった自分に生きる術を与えてくれた恩人。閉じこもっていた殻を壊し、世界の広さを教えてくれたフラ男たち(かれら)。その恩に報えるだけの事を、果たして自分は成し得たであろうか。


    そう自問すると、次に脳裏に浮かび上がるのはアニ男の姿だ。過去の自分と重なる、理不尽な世界に抗い続けるあの若者を、果たして自分は導けただろうか。フラ男たち(過去)から受け取ったバトンをアニ男(みらい)へ繋ぐことが、出来たのだろうか。



    燕「…………いいや、断じて、それはない……私は、まだ、何も……」



    自分自身へ発した問いに、燕は無意識のうちにそう呟いていた。

    そうだ。燕は未だ彼が望んだ事を何一つ成してはいない。遊楽の仇を取っていない、アニ男の成長を見届けていない、何より弱かった過去の自分を許せるほどの自己肯定を彼は未だに行うことが出来ていない。

    ……来たるべき時のために磨いた刃を、燕は未だ真の意味で振るってはいないのだ。



    瑠奈「まだ話せるんですか……気持ち悪、ゴキブリじゃないんですから……!」


    ゴウン、と巨大な機械が駆動音を上げる。管を通して瑠奈に能力が流れ込む。


    瑠奈「花蝶風月。……いい加減に、死ね!!」


    無抵抗に突き飛ばされた燕の身体を目掛け、死の蝶が舞い寄る。



    次の瞬間。



    紫電が迸り、蝶の群れが一瞬にして掻き消された。
  107. 122 : : 2016/09/22(木) 17:47:11



    瑠奈「なっ……!?」


    眼前の光景が理解できず、瑠奈は思わず目を見開いた。


    彼女と相対していた老人に、もはや戦う力は残っていなかった筈だ。ましてや再び雷を放つなどあり得る筈がない。



    燕「やれやれ……この身いまだ未熟なれど。まさか心まで屈しそうになるとは、恥ずかしい限りです」


    そんな瑠奈の疑念を嘲笑うかのように、燕はゆらりと立ち上がると不気味に笑う。


    幽鬼じみたその姿に、瑠奈は自分の背筋が冷たくなるのを感じた。



    瑠奈「なん……っなんですか。あなたは一体……!!」


    燕「ただの凡愚ですよ。非才の身でありながら運にだけは恵まれ、素晴らしい友に、恩師に、そして弟子に出会う事が出来た……ただそれだけが取り柄の男です」


    そう語る燕の目は優しく、どこか穏やかで。



    彼は静かにその言葉を唱えた。





    燕「自家発電、セカンドステージ。……『愛と勇気(インモータル・ライトニング)』」
  108. 123 : : 2016/09/24(土) 23:41:04


    チ、チ、チ、チ。

    鳥の囀りに似た音が幾十幾百にも重なり合い、激しい重奏となって瑠奈の耳を突く。


    瑠奈「……なんですか、これ……っ!!」


    燕「何、とは?見ての通り雷、私の能力だが」


    瑠奈「そんな事言ってんじゃないんですよ……!あなた、なんで……!!」


    瑠奈が言い終わるのを待たず、『全身から電撃を迸らせる』燕が刀を軽く横に振る。

    たったそれだけの所作で、広大な室内を燕を中心にして広がった雷撃が蹂躙し、瑠奈と彼女が守った背後の機械を除く全ての設備が荒々しく音を立てて破壊された。


    瑠奈「そんな量の雷、既に枯れ果てたあなたに出せる筈が……!!」


    燕「それが私に与えられた、新たな能力である故」


    燕はあくまでも静かに、落ち着いた口調で瑠奈に語る。しかし相対する瑠奈の方は明らかに動揺が隠せておらず、その挙動は焦りで不自然に大袈裟なものになっていた。


    破壊された設備類が吐き出す煙に四方を囲まれながら、瑠奈は両腕を大きく振って叫ぶ。


    瑠奈「与えられた!?能力を、よりにもよって今!?……そんなのあり得ない。そんなの都合が良すぎる!!!」


    燕「ええ、我ながらそう思いますが。しかし案外、考えてみれば当たり前の話なのかもしれません」


    瑠奈「はあ!?」


    燕「かつて言われました。我らが扱う能力、それは魂の力であるのだと。……ならば己の責を真に自覚した今、全力で力を振るえるのは当然のこと」


    燕は刀の切っ先を瑠奈に向ける。そして、自分に言い聞かせるようにして言葉を発した。


    燕「過去の過ちを拭い、未来の若葉を守り抜く。そのために私は貴様を斬る。……それを成さずして、どうしてこの身が膝を折れようか!」


    燕は低くそう叫ぶと全身に気合いを漲らせ、再び戦闘態勢に入る。



    瑠奈「…………」



    そんな燕の様子を無言で見つめた後、瑠奈は突然壊れたように笑い出した。


    瑠奈「ああ、ああ、ああ!そうですか。分かりましたよ、分かりましたとも。……もういいです、面倒くさい」


    そして最後にそう吐き捨てると、彼女は自分の両手を腹部に当てた。


    憎々しげに、忌々しげに、周囲の空気を酷く醜く歪ませるような表情を作り、瑠奈は小さく呟いた。



    瑠奈「『一人遊びの幻想曲(ロンリー・プレイ・ファンタジア)』」



    月の大地が大きく揺れ、空気は冷たく凍り付く。


    怨念、怨嗟、無念、あらゆる負の情念が重苦しい煙のように室内に充満し、並々ならぬプレッシャーとして世界に影響を与える。





    ───喪竜、ガルマラシャ。


    かつて瑠奈と共に滅びたはずの、純然たる呪いがそこに再臨した。
  109. 124 : : 2016/09/25(日) 17:02:20


    威圧感。まず最初に燕が感じたのはそれだった。


    彼の目の前、空中で無数に重なり合うようにして展開された魔法陣の中より現れた白竜は未だ何も動きを見せていない。口から、今も燕の記憶に残り続けているあの凶悪な黒炎を吐くこともせず、竜はただ燕の姿を見下ろしている。


    値踏みされている、と燕は直感的に感じた。眼前の白竜は今、その視界に映した老人が自分にとってどれだけの脅威となり得るのかを推し量っているのだと。


    燕「……驚いたな。喪竜ガルマラシャの召喚、それは4人揃って初めて可能なものではなかったのか?」


    瑠奈「成長したのはあなただけじゃないんです。……さあ、ガルマラシャ!やっちゃって!!」


    主人の命令を受け、静止していた白竜は大きく咆哮する。無数に生え並んだ鋭利な牙の間から黒煙が噴き出し、猛烈な熱波が燕に浴びせかけられる。


    戦闘の開始を告げる威嚇行為すらも攻撃となってしまう眼前の竜の規格外さに呆れつつも、燕はその巨体に刃を届かせられるという確かな実感を得ていた。


    なぜなら、彼の足は震えていない。眼は閉じられていない。……かつての彼とは違い、今の燕にとってガルマラシャは『戦える相手』であるが故に。


    燕「能力に慣れる、肩慣らしには丁度いい。……さあ行くぞ!」


    言うが早いか全力で地面を蹴り、燕は猛烈な勢いでガルマラシャへと接近していく。その速度は先ほどまでの彼とは比べものにならず、瑠奈の目には燕がガルマラシャの目前まで瞬間移動したようにすら見えた。
  110. 125 : : 2016/09/25(日) 17:02:42


    瑠奈「ガルマラ……ッ!!」


    しかしガルマラシャも負けていない。瑠奈が白竜を案ずる言葉を言い切る前にガルマラシャは全身の鱗を震わせる。すると黒い粉塵がハラハラと舞い、急接近した燕の身体に纏わり付いていく。


    燕は思考の隅に僅かな疑念を抱いたが、勢いを止める事を嫌い、彼はそのまま愛刀を縦一文字に振り下ろした。


    ガルマラシャの逆立つ鱗の間を縫うようにして走った斬撃は容赦なく白竜の肉体を切り裂き、一筋の赤を咲かせた。……だけではなく。


    燕「過重雷光(オーバーロード)!!」


    その傷口を通して直接燕の雷撃が注ぎ込まれ、肉の壁が身を挺して守った筈の肉体の深部にまでダメージを与えていく。


    予想外の衝撃にガルマラシャが苦悶の声を漏らし、燕は意地悪く微笑む。


    燕「どうした。まさかこの程度で終わるとは言うまい……っ!?」


    その時だった。


    急激に力が抜け落ちていく感覚を味わい、燕の身体が一瞬弛緩する。そしてその隙を狙っていたと言わんばかりの勢いでもってガルマラシャの翼爪による一撃が放たれ、何とか刀で防いだものの燕の身体は大きく弾き飛ばされる。


    燕「ぐ……ッ!」


    瑠奈「爆芽粉塵(マイロード・イルプット)!!」


    そこにすかさず放たれる瑠奈の追撃。燕に纏わりつき爆発していく粉塵の包囲を、燕は何かに弾かれるような強引な横方向への跳躍で躱しきる。


    瑠奈「ちっ!」


    燕「支援が厄介……ならば」


    燕は再び弾かれるようにして駆け出し、次は瑠奈にその刀を向けた。


    相変わらず瑠奈はそのスピードに対応しきれていないが、ガルマラシャは別だ。竜はまるで自らの身体を盾とするかの如く燕と瑠奈の間に身を滑り込ませると、向かってくる燕に対してその巨大な口を開いた。


    次の瞬間、圧倒的な熱量を誇る熱線の放射が部屋を一直線に穿った。


    燕「……っ!!」


    反射的なサイドステップでそれを避けた燕は、たった今自分の真横を通り過ぎた死の気配に息を飲み、そして笑った。


    燕「流石……そうでなくては、斬り伏せた時の喜びがない!」


    燕は駆ける勢いそのままに、熱線を放射して無防備になっているガルマラシャの脇をすり抜けた。……と、燕を再び脱力感が襲う。しかし今度は覚悟を済ませていたお陰か、燕の動きが鈍る事はなかった。


    燕「やはり……喪竜ガルマラシャ、貴様は元々非リアの怨念を喰らう存在。ならば強い念、人の活力すらも喰らえるのは道理か」


    ガルマラシャが放つ黒い粉塵についての考察がほぼ当たっていた事を確認しつつ、燕は瑠奈に振るうべく刀を構える。


    しかしガルマラシャによるワンクッションが挟まれた事によって僅かに遅れた燕の動きを瑠奈もギリギリ認識していた。彼女は両手を彼に向け、模倣能力を行使する。


    瑠奈「花蝶風月(フライ・ハイ・バタフライ)爆芽粉塵(マイロード・イルプット)!!」


    瑠奈も最早必死なのだろう。力の温存など一切考えずに放たれた蝶と粉塵の量は莫大で、それらはまるで空間を埋め尽くすようにして燕に迫ってくる。


    燕「これは……避けきれん、というよりも……」


    避けても無駄、この部屋のどこに逃げても爆発の被害からは逃れられないだろう。燕は冷静にそう結論を出すと不意に立ち止まり、両手を通して愛刀にありったけの雷撃を込めていく。


    燕「どうせ避けられぬのなら……我が雷撃で、全て呑み込んでみせよう……!!」


    鳥の鳴き声が激しさを増していき、燕が纏う雷が彼の周囲の床を破壊し弾き飛ばしていく。


    瑠奈「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


    前方から迫り来る死の蝶の群れ。

    後方から迫り来る災禍の竜の巨体。


    形の違う2つの絶望に挟まれながら、しかし燕の顔に諦めの色はない。


    老剣士はどこまでも澄みきった目に光を浮かべたまま、


    手に持つ刀を一閃した。
  111. 126 : : 2016/09/26(月) 14:20:04
    踏み出す一歩一歩が彼の背中に強くのしかかる。ジリジリと肌を刺すような力の感覚。


    下で戦う仲間たちも、敵も、あらゆる者が発する力が混ざり合い、溶け合い、むせ返るほどに濃密な何かがこの塔には不自然なほどに充満していた。


    だが、アニ男はこの違和感を前にしてもその足を止めることはない。約束を果たし、帰るまでは止まってはいられない。


    そしてようやくたどり着く。階段の先、そこは先ほどとは一変異様なほどに空気が澄み切っていた。


    そして開けた視界の先にある広く無機質な真っ白の空間の中央には、ふたりの男女の姿があった。


    「よく来たな。待っていたよアニ男くん」


    彼の言葉は鉛のように重くアニ男の鼓膜を叩き、その脳裏に鮮明に焼きつくようだった。壮年の男女を前にアニ男は警戒を強める。


    アニ男「あなた達が最後の番人ですか。できれば戦わず通していただけると嬉しいんですけど」


    アニ男はダメ元といった気持ちで呼びかける。だが、一瞬痛みに顔をしかめるような表情をした後、今度は女が額に汗を浮かべながら告げる。


    「ごめんなさい。それはできない。私たちは今あの男には逆らえない。私の能力でなんとか支配の干渉を抑えているけれど、それもいつまでもつか……」


    アニ男「あなた達一体何者ですか……?」


    そんなことを口にする彼女はひどく悲しそうに見えた。問いを返すフラ男に応えようとする彼女を男が制止すると、アニ男に目を向ける。


    「私の名は小西一旗。そしてこっちが私の妻のサダメ。非リアの英雄。小西フラ男の親にして、最高のリア充と呼ばれた者だ」


    男ははっきりと告げた。過去の英霊とも言えるこの国最高のリア充。そんな者達がアニ男の前に立ち塞がった。


    以前からフラ男という自らの意志を曲げず、世界を変えて見せた男にアニ男は少なからず憧憬の念を抱いていた。


    だが、その一方でフラ男という男やその仲間として戦った英雄達は本当にこんな世界を望んだのかと、今の世界を生み出したであろう彼らを恨みもした。


    とんでもない逆恨みだということはわかっていた。彼らは真に凡ゆる人々が笑顔で暮らすことができる世界を望んで立ち上がり、リア充にだけでなく、非リアの罪にもしっかりと向き合い、戦ったのだ。


    そんな男達がアニ男はひどく羨ましかった。彼らはアニ男にはない輝きを持っていたのだから。才気に恵まれ、その精神は気高く、両親から……いやそれだけではない。世界の愛を一身に受けている彼らにアニ男は嫉妬したのだ。


    アニ男の父は彼が生まれてすぐに死んだ。母はアニ男を大切にしてくれたが、独り身で子供を育てるということは自らの人生を棒に振るに等しいほどの苦労だったはずだ。


    アニ男が不登校に逃げた自分を責める中、一度として母は笑顔を絶やしたことも、アニ男を責め立てたこともない。


    そんな罪悪感に苛まれながらもアニ男は立ち上がることができなかった。それは彼自身に力がなかったからだ。そして、勇気がなかったからに他ならない。


    そんな風に自分と英雄達を比べて、勝手に劣等感に押しつぶされそうになったのだ。


    思えばバカバカしい話だ。彼らとアニ男は何もかも違う。比べる事になんの意味もない。


    アニ男はひとり過去の自分を思い出し自嘲気味に笑う。それを見た一旗とサダメは可笑しそうに顔を見合わせてくすくすと笑う。


    一旗「君が今何を考えているのか、少しわかる気がするよ。フラ男によく似ているからな」


    なんでそんな事。アニ男はそう呟こうとした。


    フラ男とアニ男。決定的なまでに違う。英雄と凡夫。目が霞むほどに遠い存在なのだ。それも、今出会ったばかりの彼らにアニ男の何が分かろうか。そう少しばかりの憤りを込めて告げようと思ったのだ。


    だが、アニ男の言葉は形をなす前にサダメの慈愛に満ちた声に遮られた。


    サダメ「あなたの目を見ていればわかるわ」


    まるで心を見透かされたかのような感覚にアニ男は唖然とする。


    サダメ「あなたのその目は私達と戦った時のフラ男と同じ。臆病で、泣き虫で、その癖に頑固で、意地っ張り。世界に絶望して、閉じこもってしまった危ういほどに儚いあの子を私達が守らなければと思ってたわ。でもそれは間違いだった。怯えるだけじゃなくて何かを守りたいと、変えたいと願い自分の足で立ち上がったんだから」


    あの英雄が泣き虫で臆病なんて誰が想像しただろうか。世界を救った彼らが、あれ程勇ましく、猛々しく伝えられるフラ男を彼女はそんな風に言う。


    アニ男「俺は……フラ男さんみたいに強くない……」


    苦虫を噛み潰すような思いでアニ男が吐き出した卑屈を、彼らは嬉しそうに眺める。何がそんなに嬉しいのかさっぱりアニ男にはわからなかった。
  112. 127 : : 2016/09/26(月) 14:30:55
    顔に出ていたのだろうか、一旗が苦笑しながらすまないと謝罪する。そして続ける。


    一旗「確かに今に伝わるあいつの姿は偽りではないだろう。だが、真実でもない。あいつは最後まで怯えていた。失うのが怖いから、守れないのは辛いからと戦い続けた。今の君と何も変わりはしない。怯えるのはそれだけ何かが大切だからだ。気にやむ事などなにもない。怯えを持ったまま戦えるのならば君は十分に強い」


    サダメ「そうね。フラちゃんには敵わなくても、アニ男くんならきっとすごいことを成せるわ」


    一旗「流石に君は親バカがすぎる……」


    サダメ「あら。あなたには言われたくないわ。フラちゃんの成長記録を毎日つけてるのバレてないと思ってたの?」


    一旗「や、やめないか。人前だぞ」


    そういうと慌てて咳払いをして、一旗は静かに目を閉じる。そして今一度アニ男の目をしっかりと捉える。


    一旗「意志の残るうちに君に出会えて良かった。君にならばこの先を託せそうだ」


    なんとも締まらないことだが、彼の言葉にアニ男の中に小さな不安が首をもたげる。


    アニ男「ま、待ってください!まだまだ聞きたいことがたくさん……!」


    サダメ「ごめんなさいね。私達ももっとお話ししたいのだけど時間がなくて」


    サダメは寂しそうに告げる。彼女達が本心からこの時間を惜しんでいることがアニ男にも伝わってきた。


    一旗「久々に息子と話しているような気分で楽しかったよ」


    アニ男「まだ何か手があるはずです!きっと一緒に!」


    慌てて引き留めようとするアニ男の言葉にふたりは首を横に振る。


    一旗「無理だ。私達にはそれがわかる。迷うな。私達はとうの昔に死した人間。過去の英霊として召喚されたに過ぎん。頼む。私達に死後にまで愚行を重ねるような真似をさせないでほしい」


    彼らはひどく辛そうにその表情を歪めながら、アニ男に告げた願いはあまりに残酷だった。


    そこまでして彼らはアニ男の背中を押してくれているのだ。どれだけ覚悟を重ねようと、どれだけ意地を張ろうと、拭い去ることのできない自らの弱さ。


    燕や風子に認められることで少しずつ揺らぎ始めていた自分への不信がゆっくりと溶かされていく気がした。


    そんな彼らに銃口を向けるのは躊躇われた。だが、今彼らの望みを叶えられるのはアニ男しかいない。


    アニ男「……フラ男さんと自分が同じだなんて思えないですけど、俺は俺にできることをやろうと思います」


    アニ男はふたりに向け静かに言った。するとふたりは笑顔でそれでいいとうなづいてくれた。


    アニ男「俺もなんだか両親と話してるみたいで嬉しかったです」


    サダメ「あらあら。照れるわね」


    そう言っておっとりと笑うサダメ。一旗もまた満足気だ。


    一旗「君にこんなことをさせる私を恨んでくれて構わない。すまないな」


    一旗の言葉にアニ男は首を横にふる。



    アニ男「感謝こそすれ、恨むことなんて何ひとつありません」



    アニ男は2人にそれぞれ銃口を向ける。


    するとふたりは少し安心したような表情をしていた。彼らもまた自らの死を弄ばれ、他人に危害を加えるようなことは許せなかったのだろう。


    アニ男の手は彼らの大切なものを守れるのだろうか。それはわからない。


    だがそれでも信じるしかない。信じて引き鉄を引くことだけがアニ男にできる唯一のことだ。


    サダメ「忘れないで。きっとあなたはひとりじゃない」


    サダメの言葉にアニ男は最後の覚悟を決める。


    アニ男「ありがとう。そして……さようなら」


    アニ男は両手の指先に力を込めて、引き鉄を引く。大きな銃声が辺りに響きわたると同時に2人は光に包まれて消えていった。
  113. 128 : : 2016/09/26(月) 21:01:46


    アニ男が3階で一旗とサダメの2人と相対している頃、1階ではドヴォルザークが驚きの声を上げていた。


    ドヴォルザーク「お前らは樹海ん時の……!?」


    真っ黒なロングコートを着た2人組はフードを深く被っていて相変わらず顔が見えない。

    そんな2人の内、1人、背格好からして男と思われる方が口を開いた。


    「そうとも。……全く、いくら他に手段が無いからって自分自身が龍王になるなんてどこの少年漫画だっての。そりゃこうなるってもんだ」


    そう言いながら男は風子へと近づく。

    だが彼と風子の間に立ちはだかるようにしてドヴォルザークが行く手を阻む。


    ドヴォルザーク「どこの誰かは知らねえが……うちの風子に何するつもりだ?事の次第によっちゃ手加減できねえぞ」


    ドヴォルザークは並々ならぬ殺気を放ちながら凄むが、男の方は全く臆した様子は見せずに乾いた笑いを零す。


    「あんまし無茶すんなよ、『元』龍王さん。そうやってんのもキツイんだろ?だいたい龍王の継承って本来の目的は果たしたんだし、そこまで躍起にならなくてもいいじゃないか」


    「っせえよ、風子は俺の契約者である以前に俺の飼い主……いや、俺が飼い主だ。ペットを守るのは飼い主の責務だろうが」


    ドヴォルザークがそう言うと、彼の身体から湧き出るプレッシャーが更に迫力を増す。

    その様子に男は思わずと言ったように驚きの声をあげ、フードの奥に微かにだけ見える口元に笑みを浮かべた。


    「成程成程、ペットと飼い主か。そりゃ守らないといけないな。とは言っても分かるだろ?そんままじゃ彼女死ぬんだよ。それは俺としても……ま、俺たちとしてもいただけないんでね」


    そう言うと男はフードのポケットから微かに光り輝く透明な小瓶を取り出した。


    「こいつは不死山の樹海を越えた奥に湧き出る泉の水だ。不死山とはよく言ったもんで、この水を1滴含ませるとあら不思議、どんな傷でも病でも立ちどころに治るって寸法さ」


    それを聞いたドヴォルザークは驚愕しながらも、放っていたプレッシャーを納めて男に尋ねる。


    ドヴォルザーク「どんな傷でも病でも……って、まさか今の風子にもか……?」


    「当然。おっと、わざわざ頭を下げなくても彼女には分け与えるさ。半分それが目的みたいなもんだしな」


    ドヴォルザークがその小さな頭を床に擦り付ける前に男はそれを制した。

    そしてドヴォルザークが礼を述べる暇も無く、男は風子の口にその水を垂らす。

    すると程なくして風子が小さく声を上げた。


    ドヴォルザーク「風子!」


    ドヴォルザークが慌てた様子で風子の傍まで飛んでいく。

    風子はうぅんと唸りながら、ゆっくりと目を開けた。


    風子「……ドヴォルザーク?あれ、私……」


    記憶がハッキリとしないのか風子は体を起こして辺りをキョロキョロと見回す。


    風子「そうだ、私ヒヨコを倒して……ドヴォルザークとお話して、それから……目の前がぐにゃって……気絶してたの?」


    ドヴォルザーク「ただの気絶だったら俺も幾分気が楽だったんだがな……何にしろ無事で良かった」


    風子の目は既にいつもの黒目に戻っている。

    だが先程まで同じ龍王の力を持っていたドヴォルザークには、彼女の中で龍王の力が溶け込んでいるのが直感的に分かっていた。

    彼女の中にあった膨大な魔力と龍王の力の反発は失せ、それどころか風子の魔力が龍王の力を大幅に増大させている。


    ドヴォルザーク「こりゃ予想以上だな……」


    風子「ね、ドヴォルザーク。なんか私今すごく元気なんだけど何でかな?これも龍王の力?」


    ドヴォルザーク「いやそれはさっきの奴が……ってそうだ!あんた本当に────」


    ドヴォルザークが改めて男に礼を言おうと周りを見渡す。


    ドヴォルザーク「────いねえ」


    だが、彼らは樹海の時と同じように忽然と姿を消していた。



  114. 129 : : 2016/09/30(金) 14:38:27


    燕が人生のすべてを込めて放った一撃は膨大な光と音を撒き散らしながらあたりを飲み込んだ。


    真っ白な世界に耳鳴りのような甲高い音だけが鳴り続く。


    その場には瑠奈やガルマラシャの悲鳴や断末魔の叫びすらも聞こえはしない。ただ変わらず耳鳴りのような音だけが仮初めの静寂を生み出し続けている。


    だが、それも少しずつ時間を巻き戻すように元の世界の色を取り戻し始める。


    そして、世界が完全に元に戻ったとき、その場には燕だけが立っていた。


    ガルマラシャや瑠奈の姿はどこにもなく、ただ床に黒いシミが残るばかりだった。


    燕「やった……のか……」


    静かにぽつりと燕は呟く。


    まだ勝利の実感が湧かず、キョロキョロとあたりを見回すが誰かが襲ってくる気配もない。


    そんな風に挙動不審な動きをしていると、下に続く階段から何者かが現れる。


    燕が振り返ると、そこには風子の姿があった。


    燕「ああ。風子殿……」


    彼女に呼びかけ歩み寄ろうとしたその時だった。


    ドクンと心臓の跳ねるような感覚。それとともに身体中を激痛が駆け巡る。


    あまりの衝撃に意図せず燕は片膝をつく。


    頭の上から足の先まで痺れるような痛みが燕を蝕んでいた。思わず咳き込んだ口からは少なからず血を吐き出した。


    燕の様子のおかしさを心配して風子が駆け寄ってくる。


    風子「酷い怪我……早く手当てしないと……」


    明らかにセカンドステージの出力に身体が追いついて居ない結果のリバウンドだった。


    身体中の傷口はかなり酷いものの身を包むような強烈な電気のおかげか、焼けて完全に止血されている。


    問題はそちらより体内だった。


    今までにはありえないほどの出力の電撃を放出したことが原因だろう。肉体を媒介として、体内の微量な電流を許容量を超えて莫大に膨れ上がらせた結果、燕の体内はズタズタになっていた。


    身体中の激痛も、吐血もそれが原因なのは間違いない。これ以上無理をすれば二度と能力を使えなくなる恐れがあるどころか、下手をすれば身体が使い物にならなくなることもあり得るだろう。


    だが、ここで立ち止まることを燕は良しとはできなかった。


    静かに立ち上がると、激痛を堪え何事もなかったかのように笑う。


    燕「少々痛みますが、傷は思いの外大したことはないようです。年甲斐もなくはしゃぎすぎたせいで少しふらついてしまいました」


    風子は燕を心配そうに見つめる。だが、燕は苦痛のすべてをねじ伏せて笑顔を崩さなかった。


    燕「先を急ぎましょう。先を進む彼も気がかりです」


    そうは言ったがアニ男が何と戦っているにせよ、負けることはないと燕は確信している。


    彼はきっと逆境にこそ成長を見いだす。どれだけ追い詰められようとも、あきらめない強さを持っている。


    アニ男は単純な経験で言えば燕にも遠く及ばない。だが、ここぞという時のアニ男は別人のように強い。おそらく燕よりも。


    だが、何か嫌な予感がする。


    アニ男をひとりにしてはいけない。そんな妙な気持ち悪さが拭い去れずにいた。


    痛みをこらえ先を急ぐ。


    だが、一つ上の階にたどり着くがそこには誰もいなかった。いち早く敵を倒し、先に進んだということだろうか。


    風子「まずいわね……先に新と会ってるとなると……燕さん急ぎましょう」


    燕「そうですな。アニ男殿ひとりには荷が勝ち過ぎる」


    心に汗しながら、急いで階段を駆け上がる。


    そして今までとは作りの違う、一際巨大な扉の前にたどり着く。おそらく最後の扉だろう。


    風子「この先に新が……」


    風子は息を飲んで扉に手をかける。


    すると力を込めずともゆっくりと巨大な扉が開き始める。


    「やあ。遅い到着だったね」


    扉が開ききると2人に声がかけられ、驚嘆する。その声の元をたどる。すると、巨大な祭壇のようなものが置かれた部屋の中央に新が立っていた。


    だが、2人が驚いたのはそんなことではない。何よりそこには信じられないほどに残酷な光景が広がっている。


    ふたりの目は釘付けにされ、目を逸らしたくてもそらすことができない。


    そうそれは新の足元にあった。


    血塗れになり、手足が明らかにおかしな方向に曲がった人型。


    よくよく目を凝らせばはっきりとわかる。


    そこに横たわっているのはアニ男だった。

  115. 130 : : 2016/10/01(土) 18:19:55


    燕「な……何を……」


    新「何をした、と言いたげな顔だね。でもまあ見れば分かるだろ?彼が思っていた以上に弱過ぎたから少し酷い姿になっているのは否定しないがね」


    新は事も何気にそう言った。

    そして足下にいたアニ男を燕たちの方に蹴り飛ばした。


    燕「……っあ、アニ男くんっ!?」


    燕はその惨たらしい姿になったアニ男を介抱しようとするがその姿以上に彼の状態は酷い。

    辛うじて脈はあるが、もはや生きている方が不可解な程の怪我と出血であり、燕は手当てをしようとするも何からしていいのかまるで分からない様だった。

    風子に至ってはその惨状に耐えきれなかったのか、その場に崩れ落ちて嘔吐する。

    そんな2人を辟易したように眺めながら、新は口を開いた。


    新「下にいる彼らを倒してきたからここにいるんだろうが……まるで駄目だな。あくまで形上とはいえ付き合いの長い君たちだからチャンスを与えたんだが」


    燕「チャンス……だと?」


    燕が振り絞るように声を出す。

    新はその通り、と言って指を鳴らした。

    するとそれに呼応するように塔の上部が花が開くように動き始める。

    彼らが居る部屋は壁も天井も無くなり、月の閑散とした大地が一望出来る。


    新「君達は今の世界をどう思っている?」


    新は空に浮いている蒼い星を見あげながら2人に問いかけた。


    燕「……どういう意味だ?」


    新「そのままの意味さ。あそこに浮かんでいる地球、今は月にいるとはいえ僕らの世界と言えばあの狭い星の中が全てだろう。今の地球についてどう思っていると言い換えてもいい」


    燕は脈絡の無い質問に戸惑いつつも、ゆっくりと答えた。


    燕「……お世辞にも良いとは言えないだろう。特に環境問題に関しては酷くなっていると……近年の人口爆発も問題になっている」


    新「その通り!良く分かっているじゃないか、年の功と言うべきかな?」


    新は燕の答えを待ってましたと言わんばかりに嬉々として受け入れた。


    新「そう、君の言う通り僕らの世界……地球の環境はまさに瀕死だ。木々は切り倒され、水は汚染され、空気ですら化学物質塗れになっている。愛すべき故郷をこんな目に遭わせているのは誰だ?答えは単純、人間だ。人間の傲慢が故郷を、地球を痛めつけている。嗚呼、何と罪深い!身の回りの物は全て地球から与えられたというのに感謝もしない。そう、今の人類は愚かで、無価値……そう思うだろう?」


    その一見筋の通った彼の話は何処か箍が外れていて、おぞましい程に歪だった。

    燕は彼の話を聞きながらそれこそ吐き気を催す様な気持ち悪さを感じていた。

    だが額に脂汗を浮かべながらも、燕は新に聞き返した。


    燕「……その話と月に来たのに何の関係があると?」


    新「ああ、まだ言ってなかったね。先程言った通り今の人間は無価値だ。だから───」


    新は満面の笑みを浮かべながら言う。





    新「────皆殺しにしようかな、と」




  116. 131 : : 2016/10/03(月) 21:11:55
    時は少し遡り、アニ男は小西夫妻に別れを告げて更に上を目指し先を急いでいた。


    すると後を追うのみで案内の役割を全く果たしていなかった一場がいつぶりかに口を開く。


    一場「この先にある扉を抜ければ新さんが待ってる塔の頂上に位置する部屋だ。お前ひとりで挑んだところで命はねぇ。後の2人を待ったほうがいいんじゃねぇのか?」


    一場はアニ男を案じているというよりは、自分の楽しみが減るのを危惧しているようだった。一場にとってこの案内役ですら享楽の一環でしかない。


    面白いほうに転べばいいという思いはあれど、一瞬でアニ男達が殺されるようなつまらない展開は望んでなどいないのだ。


    だが、アニ男はふたりを待つつもりはなかった。おそらくあのふたりは既に新を敵と断じて動いていることだろう。


    ふたりがアニ男に追いついてくる前に新と話がしたい。アニ男はそう思っていた。


    アニ男「いや。今は先を急ぐ。合流はあとでもできるさ」


    一場「やれやれ。ガキだねぇ……」


    そう言って歩調を早めるアニ男に嘆息しながら、一場はその後を追うのだった。


    しばらくして、巨大な扉の前にアニ男はたどり着く。


    一場「この先は俺は今は遠慮させてもらうぜ。扉を開けば新さんがいるから後は好きにしな」


    一場はそう言ってアニ男に背を向ける。そしてそのまま何かをつぶやいて姿を消した。


    アニ男は扉を力一杯押す。しかし、拍子抜けするほどに簡単に扉は開いた。


    そしてその先には無数の機材と、ひとりの人影があった。


    がっちりとした体格に短く切りそろえられた髪。何か強い意志を感じさせるその背中をアニ男は何度も見た。そしてアニ男はこの背中に憧れたのだ。


    ただ背中を向けたままの彼にアニ男はゆっくりと歩み寄る。



    アニ男が新のすぐ後ろで足を止める。すると特に動くこともないまま新は静かに口を開く。



    新「なかなか早い到着だ。君にしてはふたりを捨石にしてよく頑張ったじゃないか」


    アニ男「捨石になんてしてません……そんなことより、もうこんな事は終わりにしましょうよ。早く地球に帰って世界を正しい形に戻さないと!」


    アニ男の訴えに新は嬉しそうに笑う。


    新「ああ。そうだね。世界を正しい形に戻さねばならない。君の言う通りだ」


    アニ男「だったら……!!」



    アニ男は一瞬新の言葉に希望を見出した。しかし、その希望もすぐに打ち砕かれる。


    新「だが僕は地球に変えるつもりはない。ここからあの腐りきった人の世を修正する」


    アニ男「ここから何をしようって言うんですか……?あなたは何を考えてるんですか!」


    アニ男にはわからなかった。彼が何を望み、何を見ているのか。彼の言葉は酷く落ち着いているようで、燃え上がる敵愾心を感じるような気もする。


    新のいうこの世の修正とはどういう事なのか、未だに測りかねていた。


    アニ男の目的は新を説得し連れ帰る事だ。だが、その可否すらも見えてはこない。


    アニ男が新の感情を少しでも掬い取ろうと思考する中、まるでアニ男を待つかのように彼は言葉を発しなかった。


    そして暫しの沈黙の後に再びゆっくりと語り始める。


    新「今この地球において人間はなんだろうね」


    背を向けた新の顔は見えなかったが、その声は酷く寂しげに聞こえた。


    新「僕は人という生き物が嫌いだ。傲慢で強欲で怠惰で。人の欲望は止まることを知らず、この地球をも飲み込み食らいつくさんとしている」


    アニ男「何を……言ってるんですか……?」


    何故今そんな話が出てくるのか見当もつかない。だが、新の言葉は今までのどれよりも重い。


    新「わからないか?何故僕がこんな話をするのか。だが良いだろう。君には知る義務がある」


    そう言って新は振り返る。


    静かに笑みを浮かべていた。


    その笑顔はあまりに空虚で、背筋が凍るような圧力を孕んでいた。
  117. 132 : : 2016/10/04(火) 10:23:30
    それから新は淡々と語った。

    人が犯してきた罪を、背負う業の深さを。

    新「わかるかい?アニ男くん。人はあまりに増えすぎたんだ。このままではあの星を喰らい尽くす。故に僕はあの場所を浄化するためにここにいる。ここから人類の歴史を一度リセットするんだ」


    彼はまるで自らの弁に酔いしれるかのように、人の愚かさに憤怒するかのように、そしてどこか他人事であるかのように静かに語った。


    新の言葉はあまりに苛烈で酔狂でふざけているとしか思えないほどだ。アニ男にとってもそれは変わらない。


    アニ男の中でこの男は危険だと本能が警鐘を鳴らしている気すらした。


    アニ男「リセットなんて……そんな……なんで……だってあんなに……!」


    最早そこにアニ男の憧れる男の姿はない。そんな現実がはっきりとアニ男ににじり寄っていた。


    新「ああ。チェリッシュのことかい?あんなのは渡瀬夏未という障害を消すための手段にすぎない。あの女と英雄には手こずらされたものだ。英雄の大半を殺せたとは言え、"アルテミス"を無力化された挙句、人類をほぼ再生されてしまったよ」


    アニ男「"アルテミス"……?」


    新「ああ。"アルテミス"というのは僕が生み出し、20年ほど前にこの世界にばら撒いた人間だけを対象とする心臓疾患系のウィルスだ。本当はそれで人類はリセットされるはずだったんだけどね。忌々しくも奴らのせいでその数を激減させるにとどまった」


    何が何だかアニ男の頭では理解が追いつかなかった。新の行動は人類を滅ぼすためのものということに間違いはない。


    だが、最も引っかかったのは渡瀬夏未が障害だったということだ。人類を救うために戦っていた彼女を魔王に仕立て上げ、アニ男達に戦わせたというのだろうか。


    だが、それは信じられなかった。渡瀬夏未は最後の最後まで何も語らなかった。その真意に関しては彼女のいなくなった今闇の中だ。


    それでも、人類パコリーヌ計画などというふざけたことをしていた彼女が、あれ程傍若無人に振る舞ってみせる彼女が自分達を救おうとしていたなどという事実はあまりに受け入れ難い。


    アニ男「じゃあ……!人類パコリーヌ計画はどうなるんですか!何故あんなふざけた真似を!」


    アニ男が半ば自棄になって叫ぶと、新は呆れたように溜息をつく。


    新「自分の手で人類に差し伸べられた救いを払ったからと言って、それを認めないというのはあまりに愚かだ。まあいい、人類パコリーヌ計画は性的エネルギーの収集と人類の再生が目的だ。激減してその経済性や生活機能を維持できなくなりつつあった人類を元に戻す為の苦肉の策」


    新「現状社会機能の53.8%は性的エネルギーによって代替されている。彼女が徹底して人類の現状を隠蔽し続けていたから知らないのも無理はない。彼女は歴史すら世界中の人の記憶からもみ消して見せたのさ。とはいえ、彼女がいなくなった今となってはそのシステムは半壊。持ってあと20年。それが過ぎれば世界は大混乱だろうね」


    その事実はあまりに大きな衝撃をもたらした。これまでアニ男がしてきたことはあまりに不毛で滅びに向かう道に他ならなかったということを突きつけられた瞬間だった。


    アニ男が救済と信じ、歩んできた道は全て無駄だったというのだ。


    悔しげに歯をくいしばり、新を睨む事しかできないアニ男を見て、新はいやらしく笑う。


    新「彼女も甘い……こんな取るに足らない愚物に倒されてくれるとは、思いもよらぬ収穫だった」


    アニ男の中で当たり前だったものが崩れていく音がした。アニ男の中の正義は新から与えられた偽りの正義にすぎなかった。


    今まで積み上げた信念も覚悟も何もかもが偽物だ。


    ただそう仕向けられただけのものだ。


    そこに自分などいなかった。


    この場に立っている事すらアニ男は辛かった。今すぐに崩れ落ちて泣き喚きたかった。


    だが、全てを失った今アニ男を支えるのは皮肉にも新への怒りだった。


    新と共に帰るなどという希望は既に崩れ落ちた。今となっては裏切りに対する絶望や憤りがアニ男の中で荒れ狂うばかりだ。


    ならば、今アニ男ができる事は目の前の男を殺し、せめてこの瞬間に迫る彼の手による滅びを回避する事の他にない。唯一、これまでの過ちを、罪を雪ぐ事のできる方法だ。


    アニ男の頭の中は既にぐちゃぐちゃだ。もう考える事すら放棄してしまいたいほどに。だが、今は、今だけは考えるより先に行動しなければならない。


    アニ男「……ここで死んでください新さん」



    アニ男「憤怒と殺意の弾丸(スピリット・オブ・キングダム・デッドリロード)


  118. 133 : : 2016/10/04(火) 16:49:41
    心の奥底からどす黒いものが湧き出してくる。ドロドロとしたひどく不快で吐き気を催すような感情がアニ男を満たしていくのがわかった。


    だが、そんな事はどうでもよかった。


    今考えるべきは目の前の男を殺す事だけだ。ひどく不愉快であるはずである一方で、すこぶる気分が良かった。


    黒い汚泥と共に力が湧き上がってくる。


    こんなに感情が高ぶり、高揚するのはいつぶりだろうか。


    アニ男「……っはは。っあははははは」


    アニ男は笑った。楽しくて、惨めで、愉快で、悲しくて笑った。


    何がおかしいのかはわからないが、ただ笑いが止まらない。


    そんなアニ男を新は興味深げに黙って見ている。アニ男に何かを仕掛ける素振りも、警戒するような様子すらない。


    新「哀れ……実に哀れだね」


    目を細めてそんな事をつぶやく。


    アニ男「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい!!」


    獣のように叫び、引き金を引く。


    身体が軽く、いつもの何倍も速く動ける。


    何度も何度も何度も何度も引き金を引くが、新はそのことごとくをギリギリで回避してみせる。


    だが、今のアニ男にとっては瑣末な事でしかない。


    弾幕の後回避した直後をアニ男は狙っていた。首をへし折るつもりで新に蹴りを放つ。


    新は一瞬驚いたような顔をしたが、アニ男の蹴りをしっかりと腕で受け止める。


    アニ男の攻撃はまだ終わらない。新の腕を蹴り上げて背後に飛び退くと、体勢の整えながらも空中から銃弾を放つ。


    そして着地するとすぐに新に肉薄した。


    過密な攻撃で新の体勢が崩れているところにアニ男の拳が届き、高速で放たれた重鈍な一撃が新の頬を抉り、その身体を弾き飛ばす。


    はずだった。


    しかし、アニ男の拳は新に届く直前で止まっていた。新が何かをしたわけではない。その拳は小刻みに震え、アニ男の瞳は驚愕に揺れていた。


    そのことがわかっていたかのように新は薄ら笑いを浮かべている。


    アニ男「あっ……がっ……」


    アニ男は力なくその場に項垂れ、蹲る。


    新「新な力を入れたとでも思ったのか?君は力に振り回されていただけだ。感情に任せ怒りと殺意で乱暴にこじ開けて絞り出せば身体が追いつかないのも当然。筋繊維も骨もボロボロで動くだけでも意識が遠くなるほど痛いはずだ」


    蹲るアニ男の前に歩み寄り新は愉快そうに語る。


    アニ男は痛みを堪え、意識を保つのが限界で何かを言い返すことすらままならなかった。


    新「痛いだろう。辛いだろう。苦しいだろう。本当に哀れだ」


    新はそう告げると一歩踏み出しアニ男の力なく投げ出された右腕を踏み抜いた。


    ボキリという強烈な音ともに腕がおかしな方向に曲がる。アニ男はあまりの激痛に声にならない悲鳴を上げることしかできない。


    既に身体に力が入らず、避けることも反撃することすらもままならない。


    新「君はあまりに愚昧すぎた。自分勝手で、他人にすがることでしか前に進めない」


    今度は新の足がアニ男の顎を蹴り上げる。


    幾度となく凡ゆる場所を何度も打たれた。


    もう腕も足も動かない。どうなっているかなど見たくもなかった。残るのはただ激痛のみ、身体中が悲鳴を上げているその感覚だけだ。


    だが、新の言うとおりだ。他人に流されて、他人の思想を借りて、その癖自分の意思を貫き通して来たような気になっていた。


    元より紛い物が何かを成そうというのが間違いだったのだ。


    徐々に痛みも麻痺し、意識も遠くなってくる。既にアニ男を見下す新の顔すらもほとんど認識できなくなっていた。


    きっともう目を覚ますこともないのだろう。


    アニ男はそんなことを考えながら目を閉じる。意識が闇に沈んでいくのを感じながら、それに身をまかせる。


    意識を閉じる最後の一瞬誰かに名を呼ばれた気がしたが、考える間もなく深い闇の底に意識は飲み込まれていった。

  119. 134 : : 2016/10/05(水) 19:24:32



    燕「な……皆殺しだと……!?」


    新「ああ、今度こそ確実に、完璧にね」


    そう言って新が笑うと、燕の傍らにいた風子が口を開いた。

    先程酷い状態のアニ男を見て思わず嘔吐していたのだが、既に快復しているようだった。


    風子「今度こそって事は以前も試みたって事よね。……私、もう1度貴方と話せばまだ何か変わるかもしれないって思ってたわ」


    そう言う風子の目には最早動揺の色は無く、そこにあるのは新に対する明確な敵意だった。

    その様子に新は驚きの表情を浮かべる。


    新「驚いたな。まさか君が一番早く気持ちを切り替えるなんて。迷ってばかりいた昔とはえらい違いじゃないか、どういう心境の変化だい?」


    風子「黙って。ドヴォルザーク、いけるわね?」


    ドヴォルザークは彼女の言葉に応えるように風子の身体に消える。

    瞳の色が翠緑に変わり、周りの空気がざわつき始める。


    新「はは、やる気満々って事か。……だけどまあもう少しだけ話を聞いてくれよ。見せたいものもあるしね」


    風子「……見せたいもの?」


    今に新へ斬り掛かろうとしていた風子は怪訝な顔をして止まる。

    新はその寒気がするような笑顔を崩さないまま頷いた。


    新「ああ。一場くん、頼むよ」


    一場「へいへい」


    いつの間にか新の背後に移動していた一場は気だるげに返事をすると、無数の機械の内の1つを弄る。

    すると部屋の中央に光が集まり、強烈な閃光を放った。


    風子「な、何!?まさか罠!?」


    しかしその眩い光が晴れた後も新は先程立っていた場所から1歩たりとも動いてはいなかった。

    だがそんな些細な事は風子も燕も眼中には無かった。

    光が集まっていた中心にいた彼女の存在を信じられないと言わんばかりに見つめていたのだから。


    風子「何で……ここに!?」


    新「何でもどうしても無い。彼女は僕が連れてきた……いや、来たのは彼女の意思だったね。何にせよそういう事だよ」


    風子達の視線の先に居たのは、あの時新と共に行方不明となっていた彼女。




    甘江くち、その人だった。




  120. 136 : : 2016/10/05(水) 22:36:59


    くちがこの場に現れたことも2人にとっては驚くべき事ではあったが、何より彼女は手足を拘束され、意識を失っていた。

    2人の知る甘江くちと言えば常に明るく振る舞い、会話の節々に時折際どい冗談を挟んでくるようなムードメーカーの様な人物だった。

    特に新には良く付き添い、お互いを助け合っているようなそんなイメージが強い。

    2人だけで話していたことも少なくは無く、そういう仲であると囁かれていた事もあった。

    だが高潔を謳うチェリッシュの代表格である2人だ、特別誰かに追求されることも無かった。


    風子「何故こんなことを!?」


    だからこそ疑問であった。

    2人が共謀してこの月にやって来たというのは考えたくはない。

    考えたくは無いが可能性としてはそれが一番高いものだとは思っていた。

    しかし目の前にいるのは拘束された彼女、新の反応からして恐らく彼か、彼が命じた誰かが拘束したのは明白だった。


    新「彼女はね、特別なんだよ。だから自由にして色々されると困るんだ。脱走や破壊工作程度なら多少手間はかかるが何とかなる。でも万が一、自決されたりしたら流石にどうしようもないんでね。多少手荒ではあるがこうさせてもらってるのさ」


    燕「特別?それは貴様の計画にとって、という事か?」


    新「勿論だ。僕はさっき人間を皆殺しにするといったがそこで終わりじゃあない。全てをやり直すのさ、一から……いいや、ゼロから!」


    そう言った彼の顔は背筋が凍り付く程におぞましいもので、2人は背中が粟立つ感覚に襲われる。


    新「君達を含めた現人類を滅ぼした後、僕は新しい人類を創造する。今の人間の様な傲慢さの無い、自然を慈しみ、そして愛することの出来る穢れのない人間をね」


    風子「……まさか、まさかくちさんが特別だという理由は」


    その話を聞いた風子はわなわなと身体を震わせながら新に訊ねる。

    彼女の声には先程までの怒りよりも、恐怖の感情が色濃く表れていた。


    新「……今の人類にしては珍しく穢れの少ない彼女には、その新人類の"母体"としての役割を与えようという話だよ、分かったかい?」


    燕「……な、何という……」


    その余りにも非人道的な計画に燕は怒りを通り越して絶句していた。

    風子も似たような反応をしており、新はそれを見ながらにやついた表情を崩さない。

    彼の後ろに佇む一場だけは彼の話にもその話に対する2人の反応にも興味を示さずに、つまらなそうな顔で外を見ていた。


    新「……さて、話は終わりだ。この事を話した以上、君達を生かしておく訳にはいかない。まあ元々殺すつもりだったけれどね」


    風子「くっ……」


    風子は新の計画の全貌を知り、少なからず動揺していたものの、臨戦態勢を取る。

    燕もまた同じ様に限界の近い体に鞭を打って、刀を構えた。


    新「さ、一場くん。お待ちかねの殺し合いだ。渡瀬の所でも生殺しだったんだろう?好きなだけ暴れるといい」


    そう言って新は一場をけしかける。

    至極興味のなさ気な表情を浮かべた彼は頭を掻きながら、欠伸をする。

    そして一場の方を向いた新を見つめて言った。



    一場「嫌だね」



    一場は満面の笑みを浮かべて、新に襲いかかった。
  121. 137 : : 2016/10/08(土) 20:44:47


    それは人の戦いではない。まるで動物のように全身のバネを使って飛び回り、相手を殴り、噛み砕き、命を奪わんとする。そこにはセオリーや型と言ったものは存在しない。


    もっと動物的で本能的な敵を蹂躙する事だけを求め、肉をくらい、血をすすることを渇望する獣の戦い。


    隙だらけの動きに合わせて攻撃をされようとも、圧倒的なまでの運動能力と反射だけで強引に攻撃を回避する。


    瞳孔の開ききった瞳は獲物の死のみが映っている。剥き出しにされた犬歯が肉に食い込む感覚を待ちわびるかのようにギラリと鈍く鋭い輝きを見せている。


    大凡人の域とは思えぬ速さで襲いかかる獣からの攻撃の数々。しかし、それは新に届いてはいなかった。


    新「まるで知性の欠片もない獣だ。そんな見え見えの騙し討ちが本当に通用するとでも?」


    新は今にも飛びつかんとする一場を蔑むように告げる。


    一場「ハッ。まるで知ってたみたいな口ぶりじゃねぇか」


    新の視線を気にする素振りも見せず、一場は皮肉と共に笑い飛ばす。だが、新は眉ひとつ動かさない。


    新「知っていたさ。君が飼い主すら弁えられぬ狂犬であることくらい」


    さも当然といった様子だった。
    実際に新は一場の行動原理を知った上で、彼を雇い入れていたし常に裏切りの可能性やタイミングは計算の内だった。


    だが、それは警戒していたから問題にならないとして放置したわけではない。


    そして新は警戒などしていなかった。


    新「君はこの舞台においては役のないエキストラだ。この意味がわかるかい?君は警戒するに値しない。そこに血塗れで転がってるボロクズ未満ということさ」


    新の言葉に一場の表情がピクリと動く。

    苛立ちはあった。だが、一場にとっては今は新というオモチャがあることの方が重要だった。


    一場「御託はいい。エキストラに喉笛引きちぎられて死ねや」


    一場の全身の筋肉が急激に収縮され、引き絞るように姿勢を低くする。


    そして次の瞬間。ズドンという重く大きな音と共に一場の姿がかき消える。



    この時一場は確信していた。殺した。その確信が存在した。強い者を殺す。それだけが一場にとっての生きがいとも言える。


    この殺すことに対する確信を持ち、肉を切り裂き、骨を砕くその刹那の快楽が彼にとっての全てだった。



    拳を握り新に向けて振りおろす。殺したと思った。確信だったのだ。


    だがそんな一場をはっきりと見て新は笑った。小さくごく僅かに口元を釣り上げただけのよく見なければ気づきもしない程度のもの。


    だが、その瞬間背筋をぞくりと悪寒が駆け抜ける。



    そして気づいた時には身体が爆発してしまうのではないかというような衝撃。そして壁に叩きつけられ、巨大なクレーターを作っていた。



    体の認識が追いついていないのか、しばらくしてようやく身体中の骨を粉々に粉砕されたような痛みが走る。内臓をぐちゃぐちゃにかき回されたかのように熱が身体中を犯す。


    口から目から鼻から耳から、全身から血を吹き出す。


    そして一場は自らの敗北を認知する間も無くその意識を刈り取られた。
  122. 138 : : 2016/10/08(土) 21:41:09



    一瞬の攻防だった。燕ですら捉えられぬ程の動きを一場は見せた。しかし、その攻撃は届かず、轟音と共に壁に叩きつけられていた。


    燕「……化け物め」


    思わず口を突いて出た。先ほどの一場の速度は規格外とも言えるレベルだ。だがそれすらも新には届かない。


    風子は万全だが、燕はほぼ戦力にならないことを考えても勝てる可能性というのはどれだけあるのかわからなかった。


    だが、新は今度は燕や風子に向かってくる。死の瞬間が軽い足音と共に迫って来る。


    手に握る刀に力を込めるが、こんな者にどれほどの価値があるだろうか。だが少なくともこの場で風子を失うことになれば勝機はまずない。例え己が命に代えても風子を守る必要があった。


    燕「私が突っ込みます。その隙に逃げてください風子殿」


    風子「そんな。ダメ……やめて!」


    燕の言葉に風子は明らかに動揺していた。だが、風子がこの場に残ることこそが今最大の下策に他ならない。


    今可能性があるのは彼女だけなのだ。


    燕「早く行け!!」


    燕は叫ぶ。風子の制止を振り切り身体中から最後の力を振り絞る。風子を信じて振り返ることなく駆け出す。


    燕「愛と勇気(インモータル・ライトニング)!!!」


    燕は能力の過負荷による全身に走る激痛を抑え、嫌な音を立てる筋肉を最大限まで強化する。


    骨は軋み、内臓をかき回されるように吐き気が込み上げる。目の奥がズキズキと痛みなんとなく脳が悲鳴を上げているような気すらする。


    だが、弱った燕に今できることはこれしかなかった。


    目一杯雄叫びを上げて、燕の持てる最大にして最速。今までのどの攻撃より強く鋭く刀を振り抜く。


    新「哀れ……君の希望は繋がらなかったようだよ」



    燕「風子……殿……」


    燕は身体中から血を吹き出し、力なく倒れる。最後の最後まで自分の命よりも風子を優先したのだ。


    だが、風子は逃げ出そうとはしなかった。



    新「こう言っては悪いが、君は馬鹿なのか?彼が捨て身の特攻で僕を足止めしようとしたというのに。あれでは無駄死にだ」


    自分の命可愛さで燕の言うがままに逃げ出すことも、燕を案じ共に戦うことも風子にはできた。


    だが、選べなかった。否選ばなかったのだ。


    自分だけ逃げるという見殺しの罪も、自分の命を投げ出す覚悟も風子にはなかった。



    ただ怖かった。死にたくないという思いと、死なせたくないという思いの天秤が目の前にあったというのにどちらかを選び取ることができたのに、選ばなかった卑怯な臆病者だ。


    風子「わ……わたしは……だってこんなの……」


    ただ涙が溢れてくる。今の自分に泣く権利などないというのに、泣くことしかできない。


    最早彼女に戦意など望むべくもなかった。


    ただ歩み寄る新からずるずると座り込んだまま後ずさることしかできなかった。


    風子「いや……いや……!」


    それを見て新は笑う。


    新「実に滑稽で醜い。自己中心的で偽善的。綺麗事を並べ絆を語り、覚悟を語っても、結局はこの程度か。所詮は命をかけることも、命をかけた者に報いることもしない最低最悪の半端者の末路がこれか!」


    ゲラゲラと今までにないほど、腹を抱えて笑う。


    新「傑作だったが。そろそろ死んでもらおうか」


    新は風子の前に座り込み、風子の首を掴んで持ち上げるとギリギリと締め上げる。


    風子は苦しみと痛みから逃れようと必死に喘ぎ、抵抗する。


    しかし、そんなことはもう無意味だ。何故か、ドヴォルザークも姿を見せなかった。


    新「ふん。使い魔も出てこられないようだな。本当につまらない幕引きだ」


    首を締め上げる手に力がこもり、首の骨がミシミシと悲鳴を上げ始める。


    風子は自らの死を受け入れ始め意識が遠くなってくる。


    そして次の瞬間鈍い音と共に、床に血が滴り落ちた。
  123. 139 : : 2016/10/09(日) 12:16:18



    風子は力なく地面に倒れこむ。


    地面には小さな血だまりができ始め、ポタポタと雫の落ちる音が静かにあたりに響いた。


    新は目の前の状態を見て高らかに、そして愉快そうに笑う。そして告げる。


    新「っくく。やってくれるじゃないか」


    新のその濁った瞳が映すのは血だまりに風子の死体などではない。


    彼の目の前、風子との間にはローブ姿の二人組の姿があった。


    新は深く切ったせいで頬から流れ、顎を伝って落ちる血を拭い取ると、忌々しげに二人を睨めつける。


    その様子を見て、背の高い男と思われる方が肩をすくめ、ローブのフードを外す。


    輿水「やってくれたなはこっちのセリフだよ全く。仕事増やすのも大概にしてくれ」


    新「事あるごとに邪魔をしてくれる君たちのせいだよ」


    剣呑な雰囲気が二人を包む中、背後の輿水より小柄なローブの人物は気を失った風子を始め重症者の容態を見ているようだった。


    その様子を一瞥して輿水は、ローブの人物に声をかける。


    輿水「これをそこで大惨事になってる新入りくんと爺さんに飲ませてやってくれ。生きてるならまだなんとかなる」


    そして液体の入った小瓶をローブの人物に投げてよこす。


    新「そんなことをさせるとでも……?」


    弾けるように飛び出して邪魔をしようとする新だったが、輿水に遮られる。


    輿水「残念ながら、こっから先は通行止めだ」


    新「面白い。止められるものなら止めてみなさい」


    そして二人は激突する。単純な速さや力といった戦闘力で輿水が圧倒していた。これまでの100年で得た輿水の様々な能力に対する熟練度は既に人域とは言い難いものがあった。


    能力を除いた基本技能のスペックで言うならば彼を上回るスキルの多彩さや練度の高さを持つ人間は存在しないだろう。


    無限とも言える手札の全てが誰よりも速く、強く、巧く振るわれる。


    だが、確実に苦戦を強いられていた。


    その原因は新の能力にある。


    終戦宣言(ジ・エンドオブフォールト)


    それは発動中、対象を問わず敵意、害意、殺意、その他様々な戦闘に関連する意思を持つ全てのフラグを消失させるもの。


    それが何を意味するのか。それは因果の欠落である。


    "殴るという明確な意思"を持って"拳を振るう"そして"命中する"という一連の動作の因果関係の中でその繋がりを消滅させる。つまり"拳を振るう"ことと、"殴る"という事が直結しないということになる。


    この世界における物理法則の理からその因果を欠落させるということは、拳を振るうという行為はその時点で完結し、殴るという結果に至らない。


    つまり攻撃が命中し、ダメージを与えるということはない。


    ともなれば、輿水の近接戦闘能力の一切を封じられたと言っても過言ではない。そのことは事前に夏未から聞いていたが、予想以上に苦しい展開だった。

  124. 140 : : 2016/10/09(日) 12:20:42

    輿水「なるほどなるほど。厄介極まりないな」


    一度距離をとると、新を見て面倒くさそうに肩をすくめる。


    新「邪魔をせず消えろ。そうすれば少しばかり長生きができる」


    輿水「もう既に長生きなんで結構」


    そう言って輿水は再び新に突貫を仕掛ける。


    的確に急所を狙い、一撃必殺のつもりで攻撃を放つがどの攻撃も全てが命中に至ることはない。


    新は避けることすらせず、輿水の攻撃の直後に攻撃を仕掛ける。体制を崩した隙を狙うかのように攻撃が放たれるが、それもまた全て輿水に捌かれダメージを与えるに至っていない。


    お互い探り合いのような段階とはいえ、膠着する現状に危機感を覚えずにはいられない。


    このまま続けば小さなミスでどちらかに一気に形勢が傾きかねない。


    それを理解していたのか、新も作戦を切り替えた。


    新「なるほど。あの女の右腕を名乗るだけの腕はある。アニ男くんたちに参戦されてはこの場では部が悪い。一度引かせてもらおうかな」


    新は完全に逃げの姿勢に入る。


    ともなれば攻撃が当たらない相手を追ったところで無駄に消耗するだけなのは明白だった。ここで輿水が深追いを選択する理由はひとつもない。


    甘江くちを連れて逃げる新がさらに上へと登る隠し階段の様なものに逃げ込むのを黙って見送る。


    そして彼がいなくなったことを確認し、小さく舌打ちしながら背後を振り返る。すると、アニ男や燕は一命を取りとめ、目を覚ましたところだった。


    だが、命を拾ったというのにその雰囲気はどこか淀んでいる様に重苦しい。


    輿水「はぁ……もう働きたくないでござる。光音。壁にめり込んでた一場は?」


    明らかに怪我人が一人足りないことに気づいた輿水が尋ねると、先ほどまでローブを被っていた人物がフードを外して長い白銀の髪を露わにすると向き直る。


    光音「気づいた時には消えていました。あの傷で動けるなんて思いもしなくて……申し訳ありません」


    落ち込んだような表情の彼女に何も言わずに輿水は数度肩を軽く叩くと、目を覚ました者たちの方へと向かう。


    光音も失敗を引きずるでもなく、輿水に続いた。


    しかし、アニ男達の状態はある意味想定できる中で最悪だった。


    風子もアニ男も精神的に不安定で戦えるような状態とも思えない。風子に至っては半ば放心状態でドヴォルザークを顕現することすらできない程だ。


    唯一まともに燕は動けそうだったが、この二人をこのままにしておくわけにもいかない。


    輿水は困ったように頭をかくと、光音に視線を送る。


    どうしようと言うことなのだろうが、この状態をどうにかできる力を光音は持ち合わせていなかった。輿水の訴えにただ横に首を振ることしかできない。


    困り果てたふたりは頭を抱えて、すっかり覇気のない姿になってしまったアニ男達を見据えて立ち尽くすことしかできないのだった。

  125. 141 : : 2016/10/11(火) 21:50:06



    輿水「さて、と」


    輿水はどうしたものかと言わんばかりに腕を組んで、例の2人の前に立つ。

    さてと等と口走ってはいるが彼に今の状況を打開する手立てははっきりいって皆無だった。

    アニ男がこうなった経緯は本人以外には分からないが、先程の容態を見るに新にこっ酷くやられたのだろうと言うことだけは分かる。

    無論、あの新という男の事なのだから肉体的以外にも精神的に痛めつけられているのだろう。

    それは風子も同じ事であったが、誰の目から見ても風子の方が明らかに重症だった。

    何かを否定するように首を振りながら小声で何かを呟いており、とても話せる状態ではない。

    よく見れば小刻みに体は震えているし、その涙に塗れた顔には恐怖が強く刻まれていた。


    輿水「……はあ、ほんと何で俺って貧乏くじばかり引くんだ。昔からそれだけは変わらないんだよなあ」


    輿水はそう悪態を吐きながらも風子の前に屈んで、話しかける。


    輿水「やい風子さん。何をそんなに怯えてるのかな」


    なるべく刺激しないように気をつかったのか、輿水は優しげな表情でそう声をかける。

    だが当の風子はそんな輿水を一瞥しただけでまた俯いてしまう。


    風子「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」


    俯いて、壊れた蛇口の様に目から涙を零し続けながら死の恐怖に呑み込まれていた。


    輿水「死にたくない、か。そりゃ当然だ。でもここに来た以上その恐怖は克服しないとならないんだ。じゃないとお前以外の奴が死んじまう」


    輿水が言い聞かせるようにそう言うと風子はその身体の震えをピタリと止めて、剣呑な目付きで輿水を睨みつける。


    風子「あんたに言われなくても分かってるわよ!でも、あんな奴、どうしたって無理でしょ!?死ぬしかない!諦めるしかないじゃないっ!!」


    輿水の発言に激情した風子はそうやって一方的に捲し立て、そして直後に人が変わった様にまた泣き始める。

    だが、輿水はそんな風子を見ながら表情に明らかな苛立ちを見せていた。


    輿水「……分かるだろ、俺はそういう道理の通ってない事が嫌いなんだ。お前が奇しくも友人で、なおかつ精神的に危うい状態だからまだ冷静に話せてるが、流石の俺も今の言い方には腹が立つ」


    そう言う輿水の声は先程までの優しさを感じさせるものではなく、怒りを孕んだ低い声だった。


    輿水「勿論お前の言いたい事は分かる。新は反則だ、まともにやってても勝ちの目は薄いかもしれない。だが、だからと言って仲間の覚悟を踏みにじっていい理由にはならない。全部放り出して死を受けいれていい理由にはならない」


    そう言った輿水の怒りを感じ取ったのか、風子もまた反論する。


    風子「じゃあどうしろって言うの?諦めて死ぬくらいなら戦って死ねって言うの?そんなのどっちも変わらない、死ねば全部終わりじゃない」


    輿水「そうじゃねえだろ、戦って死ねとは言わない。だが仲間を助けるために、死なないために抗う事は出来たはずだろ?それをしなかったのはお前の怠慢だ、そんな所で蹲ってる資格は無いんだよ」


    2人の口論は徐々に熱を帯び始めていく。

    流石にそれを見かねたのか、光音が不安そうな面立ちで輿水に声をかける。


    光音「マスター……」


    その声で冷静さを取り戻したのか、輿水ははっとして頭を掻いた。


    輿水「……悪い。こんな事してても意味無いってのに……」


    輿水はバツが悪そうに風子に背を向けて、そうぼやく。

    風子は先程の様に泣き始めたりはしなかったが、それでもその目には生気が無く、戦える状態には見えない。

    燕はアニ男についていたが、やはりかける声が見つからないのか悔しそうな表情を浮かべている。

    八方塞がり、誰もがそう感じた瞬間にその人物は現れた。


    「どうやら苦戦しているようだな、輿水」


    その声の主の方を向いて、輿水は思いっきり顔をしかめる。


    輿水「勝手に消える上司が何を偉そうに……いや上司だから良いのか?」


    「まあ野暮用だ、許せ。……思っていたより酷い状況だな」


    その声を聞いて風子も、先程まで放心していたアニ男ですら驚いたように目を見開く。


    燕「……何故……お前がここに……!?」


    「生憎だが死に方を知らないのでね。しぶとく生き延びてしまったよ」


    そう言ってにやりと不敵な笑みを浮かべたのは紛れも無く彼女そのものだった。


    燕「渡瀬……夏未……!!」



  126. 142 : : 2016/10/12(水) 17:45:22



    突然現れたかつて自分たちの手で殺したはずの者が現れたことに、燕どころか滅入っていたであろうふたりすらも驚きの表情を浮かべる。


    夏未「うむ。人の驚く間抜けな顔というのはいつ見ても愉快だ。こうでなくては腹に風穴を開けた甲斐もない」


    夏未は至極満足そうだ。そんな彼女には普段にこやかな表情を崩さない光音すらも表情を引きつらせているように見える。


    流石に付き合いきれないと思ったのか、輿水が高笑いする夏未を一瞥してため息を吐くとアニ男や風子に声をかける。



    輿水「それでどうするよ。お前らがまだ戦うってんなら少しは話が変わってくる」


    輿水が問いかけるが、風子もアニ男も俯いたまま何も答えない。まだ自分の中で整理がついていないのだろうと、輿水もあえて答えを急かすようなことはしなかった。


    だが真っ先に口を開いたのはふたりでも輿水でもなかった。夏未は高笑いをやめて、ふたりを冷たい瞳で見下ろしながら告げる。


    夏未「放っておけ輿水。そんな腑抜けを連れて行ったところで何になる。敗北に折れる程度の覚悟は他人を殺す。戦場に弱者はいらん」



    酷く辛辣な言葉。だがそれは否定しようのない事実だった。


    燕が新に突貫をしかけた時、風子が覚悟を持って共に戦うか、共に逃げることを選択していたなら。


    アニ男が新と戦うことを決めた時。己の覚悟を疑わず、憎悪にとらわれずにいたなら。


    もちろんそんなことに意味はない。だが今よりはマシな結末が待っていたに違いない。輿水が現れた時に全員で新に立ち向かえたかもしれない。


    あくまで可能性と吐き捨てることはできる。だがそれはあまりに大きく無視できようもない可能性。自分の選択と弱さゆえの過ちに他ならない。


    だが今のふたりにそれを認められるほどの余裕はなかった。


    風子「私たちに負けたくせに……」


    風子の口をついて出た言葉。少しばかりの後悔と罪悪感に胸がチクリと痛む。だが、吐いた言葉は戻らない。


    夏未「ほう……」


    夏未の口元が吊りあがり、凶悪な笑みを浮かべる。そして、パチリと指を鳴らすとその場から掻き消える。誰も視認できなかった。そう正に突然その場から存在が掻き消えたのだ。


    夏未「驕るなよ小娘」


    そして耳元にかかる微かな息と小さな声に風子の背筋に悪寒が走る。そしてようやく夏未の所在に気づき、慌てて飛び退いた。


    必死の形相の風子を見て夏未は肩をふるわせる。


    風子「何がおかしいのよ……!」


    夏未「いや。お前の必死さがあまりに滑稽でな。そんなに死ぬのが怖いか?そっちの小僧はどうだ」


    今度は夏未はアニ男に水を向ける。


    アニ男「そうだな……怖い。すごく怖い。
    でも俺は今それ以上に自分が怖い。俺が何なのか。何のために戦ってきたのか。全部わからない。また、新さんへの憎しみに動かされるんじゃないかって思う。
    でも俺は戦うよ。この答えはそこにしかないって気がするから。それだけは揺らがない。だから今はいろいろ考えるためにもちょっと休憩だ」


    そう言ってアニ男は弱々しくも笑ってみせる。その瞳の奥にはまだ小さな火が消えずにくすぶっているようにすら見えた。


    アニ男はこれまでの全てを否定され、自分が何のために戦ってきたのか、自分が正しかったのかを見失った。自分の愚かさで自滅し新に嘲笑われた。


    だがそれでもまだ自分の住む場所を失いたくないという気持ちは失っていないし、ここに来る時に定めた想いは変わってはいない。


    ただ今は少し頭も体も追いついていないというのが正直な感想だった。まだ前に進む意思が完全に折れてはいない。


  127. 143 : : 2016/10/12(水) 17:45:30
    そんなアニ男の様子に夏未は目を細める。そして再びその視線を風子に向ける。



    夏未「だそうだ。それでお前はどうする」


    夏未の言葉に風子は俯く。


    風子「私は……」


    新に燕がやられた時のことが頭の中で何度もリフレインするのだ。全く動けなかった。アニ男があまりに無残な姿にされていたこと、驚くべき瞬発力を見せた一場が一瞬で敗れたこと、その全てが風子を縛り付ける鎖のようで燕と共に立ち上がることができなかった。


    結局何も変わってなどいない。力を得ようと、過去を乗り越えようと何も変わらない。


    そんな現実を目の前に叩きつけられた。


    新は強い。戦う前に戦意を折られるほどに。


    たが、あれほど弱り切っているアニ男ですら戦うと言っている。心配そうに風子を見つめる燕もいる。


    目の前には100年来の不器用でお節介な友人がふたりもいる。


    足がすくんで立ち上がれなかった時の恐怖に今も体が震える。


    だが、ここで逃げ帰れば例え彼らが勝利しようとも後悔するだろう。あのふたりが揃ってありえないだろうが、万一にも敗北するようなことがあればそれこそ自殺ものだ。


    風子はそんなことを考え、心の中で反芻する。そうしてようやく体の震えが少しずつ治り、自分の答えが見える。


    風子「私は……戦うに決まってるでしょ!」


    風子は夏未の目を見据えて、はっきりと言い放つのだった。
  128. 144 : : 2016/10/12(水) 20:59:13


    夏未はそう言い放った風子を見て口端に笑みを浮かべる。

    そして風子から目線を外してこの場にいる全員を見回して夏未は口を開く。


    夏未「かつての敵同士が手を組んで同じ敵を討つ……なかなか燃える展開じゃないか」


    そう言って満足そうに彼女は頷く。

    隣に立っていた輿水が何を呑気な事をと小声でボヤいていたが、余程機嫌が良いのか全く木にしていないようだった。


    燕「……この後に及んで手を組む事に反対はしない。だが、奴を討つ手立てはあるのか? 正直彼奴を倒す明確なビジョンが見えないのだが」


    燕がそう提言すると夏未はそれを鼻で笑い飛ばした。

    何か案があるのかと尋ねられ、夏未は自信たっぷりに応える。


    夏未「簡単な話だ。攻撃が当たらないなら当たるまで攻め続ける、それしかないだろう」


    そのあんまりな解答に燕だけでは無く、その場にいた全員が絶句する。

    当の本人は大真面目に言っているようで周りの反応にどうかしたのかと首を傾げていた。

    そんな彼女の様子に嘆息しながら代わりに口を開いたのは輿水だった。


    輿水「あー、ごめん。うちの上司ってホラ、脳筋でね。今のは無かった事にして貰いたい」


    アニ男「あ、はい……その、輿水さんも苦労してますね」


    輿水「100年前にも同じ様なやり取りをしてるんでね、多少は慣れたさ。……さて、ここからは真面目な話だ」


    夏未は輿水の言い草に不服の様だったが彼はお構い無しに話を進める。


    輿水「まずは状況の整理だ。こちらの戦力は俺、わたちゃん、アニ男くん、風子、燕さん、光音。で、相手は新の野郎だ。向こうにはくちさんが捕えられてるし、狡猾な新の事だからまだ奥の手を残してるだろう。あいつ本人が反則気味の性能って言うのもタチが悪い。要するに人数の利はこちらにあるが、状況は俺達が依然として不利、分かるか?」


    風子「新は勿論だけど、この塔の番人の事もあったし……本当に劣勢ね」


    風子が戦ったヒヨコ、燕の戦った姫宮、戦いはしなかったもののそれに準ずる、もしくはそれ以上の実力を持った小西夫妻。

    まだそのクラスの相手が残っているなら新と戦うことすらままならない可能性すらある。


    輿水「ああ。だが新にはできるだけ総力を以て立ち向かいたい。となるとその前に凡ゆる障害を取り除かないといけない。だから先ずはくちさんを取り返したいと思う」


    輿水「彼女を取り返す事ができればこちらとしてもだいぶやりやすくなるし、運が良ければ戦力が増える可能性すらある。もしかしたら新の弱点とか知ってるかもしれねえしな。だが取り返すと言ってもそれは容易な事じゃない。くちさんの近くには間違いなく新がいるだろうからどうにかして奴の注意を引かなきゃなんねえ」


    あの新の注意を引く、その事の難易度の高さは誰もが認知していた。

    注意を引くと言うのは分かりやすく言えば相手に油断したら危ないと思わせるという事だ。

    しかし新の能力は自分に向けられる敵意を全て無に返すというもの、そんな相手の注意を引くというのは余りにも荷が重い話だった。

    だが、それを全て理解した上で彼は口を開く。


    アニ男「僕がやります。……やらせてください」


    先程新にこっ酷くやられた事を彼は鮮明に覚えている。

    無論、彼の中には大きな恐怖があった。

    だがそれでも自分がやらなければならないという強い使命感が彼を突き動かしていた。

    それは自分じゃなきゃ出来ないというある種確信じみたものでもあった。


    輿水「……1人でやらせるのは危険だ。危険、だが……そうするのが良いのかも知れない。根拠も理由も無いが、何となくそう感じる。……ってそんな理由で作戦立てる訳にもいかないんだけどな……」


    夏未「何を迷う必要がある。此奴の目を見れば分かるだろう。この目は何かを変える事が出来る奴の目だ、理由などそれだけで構わんさ」


    夏未はアニ男の目を見つめながらそう言った。

    アニ男を見るその目は何処か懐かしいものを見る様な目で、アニ男は少し戸惑ってしまう。


    輿水「……成程、確かにそうだ。よろしく頼むぜアニ男くん」


    夏未の言葉に納得したようにそう言って輿水はアニ男の肩を叩く。

    そしてそのままアニ男の後方にいた光音の方を見ながら言った。


    輿水「くちさんを奪還するのは光音に任せるよ。きっとお前が一番適任だ。んで、俺含めた他の奴は新がけしかけてくるであろう奴らの相手だな。もし何も無かったら……ま、応援でもするか」


    そう言って輿水は笑った。

    光音は分かりましたと言って一礼する。

    そんな中、夏未は塔の外を眺めながら口端を吊り上げる。


    夏未「さあ、正真正銘の最終決戦といこうじゃないか」


    彼女はそう言って、高らかに笑い声を上げたのだった。
  129. 145 : : 2016/10/13(木) 11:05:51


    実際のところ輿水が言ったことは嘘ではない。だが、完全な本音かというとそういうことでもなかった。


    今の新程度なら夏未や輿水でもなんとかなるだろう。仮に新がセカンドステージを温存していたとしても、ふたりの能力はこの100年で大きく進化している。アニ男達にも見せていない能力が確実に存在し、それは一般的なセカンドステージを遥かに超える領域に到達している。ひとりでも勝てる可能性は高いだろうし、ふたりで当たれば負けることはありえないだろう。


    ひよこやガルマラシャといった過去の遺物の召喚に関しても特に問題ではない。


    なぜこんな作戦を立てたのか。それはある意味確信めいた予感があったからだ。


    新は過去に月から"アルテミス"という生物兵器をばら撒いた。もちろん、人類のリセットという名目で。しかし、それは英雄や夏未の働きによって成功することはなかった。


    だが、寧ろこれは彼にとって予期されていた事態であるような気がしてならなかった。これは自らの脅威となり得るであろう戦力の遠隔による掃討。真の目的は自らの力が及ばぬ可能性のあるものの排除だったのではないだろうか。英雄の力を理解し、阻止されることも分かった上で英雄にダメージを与える。その結果人類の数が減れば一石二鳥というわけだ。


    考えればあまりに都合が良すぎたのだ。玄氏の死因はコミケで人に押しつぶされ圧死。常識的に考えて頭がおかしくなったとしか思えない。その上タイミングが良すぎたのだ。


    唯一フラ男の死の事実すらも消して見せたのが玄氏だと考えれば、彼だけは何があっても消しておく必要があったのだろう。


    そして今回だ。あまりに無防備すぎる。


    確かに新は夏未達に数々の妨害を仕掛けていた。しかし、それは所詮決戦の時期を遅らせる程度のものでしかない。


    そして甘江くちの誘拐。


    考えてみれば英雄が死んだ時、甘江くちを誘拐してたはずがない。もしそうであれば、チェリッシュで共に活動していたことにも違和感がある。


    そう考えると辻褄が合う。


    前回と今回。全てが繋がった上で何かを隠し持っているという確信のようなものがあった。


    新自身は大したことはないだろう。まともな精神状態であったなら風子でも勝てたかもしれない。


    だが、あれほどの余裕を見せるのは確実に勝てる手札を持っているからに他ならない。


    それが何なのか、あまりに不確定要素が多すぎるのだ。アニ男と新をぶつけることに関しても輿水は特段勝算を見出したわけではない。


    夏未の手前ああは言ったが、アニ男の実力を考えれば善戦はできても、新には届かない。確かに伸び代は大きく、これまで戦いの中で成長してきたことを考えれば可能性はなきにしもあらずといったところだ。



    もし万が一新の切り札が、夏未や輿水、風子を消耗させるほどの力を持っていたのなら、アニ男が新を倒さねばならないという状況が生まれることも考えられる。


    その状況を作らないために今回鍵となる可能性が極めて高い甘江くちの確保に光音を動かしているのだが最悪の場合、新以上に厄介なものが現れる可能性が高い以上アニ男の伸び代に期待するしかない部分は大きいが、新の切り札を警戒するとなればこういう布陣にならざるを得ない。


    最早、最悪が起こらない事を祈るばかりだった。


    輿水「まあ最悪多少無茶しても俺とわたちゃんなら死なないしな……」


    柄にもない事を。そんな風に考えながら溜息混じりに小さく呟く。その呟きに夏未だけが振り返り、何やら目を細めて半笑いで視線を輿水に送る。



    輿水の溜息はその数を増やすばかりだった。
  130. 146 : : 2016/10/15(土) 23:15:55



    話し合いの後、数人で確認した所、既に新は塔を後にしているらしく塔の中は彼ら以外には誰もいなかった。

    一行も来たる決戦に向かう為、塔を後にする。

    塔を出てから、周囲を見渡してみるとある方向にだけ道と呼べなくも無いようなものが続いていた。

    それが新の下へ続いているのかは分からないが、他に手掛かりも無い以上それを頼りに進むほか無く、一行はその方向へと歩き始めた。

    そして閑散とした大地が何処までも続く中、ふと光音が遠くを見ながら声を上げた。


    光音「……あれは何でしょうか?」


    そう言って彼女が指差した方向を見ると、何か光を放つ物体が微かに見えた。


    輿水「光音、詳しく分かるか?」


    光音「はい、マスター。少しお待ちを」


    輿水がそう言うと光音はじっとその物体の方向を見つめる。

    彼女から微かに機械音が聞こえたかと思うと、鮮やかな紫紺の瞳の輝きが増した。

    そうして少し待っていると光音がぽつりぽつりと得た情報を呟く。


    光音「あれは……木、でしょうか。それにしては大きいですが……あ!?今、人影が見えました!流石にこの距離で顔の識別は出来ませんが……ここに居るということは恐らく……」


    輿水「新だろうな。良くやった光音」


    そう言って輿水は彼女を労うようにしてぽんぽんと頭を撫でる。

    光音はありがとうございますと言いながら嬉しそうな表情を浮かべた。


    アニ男「……そう言えば光音さんって、アンドロイドなんだっけ」


    光音「ええ。ですから先程の様に少しだけなら遠くも見れるんです」


    風子「少しだけって……ここから人影を見つけれるんだから十分凄いよ」


    光音「お褒めに預かり光栄です。でもこの程度でしたらマスターでも出来るはずですし……まだまだです」


    彼女はそう言って輿水に羨望の眼差しを向けた。


    風子「……って言ってるけど?」


    輿水「無茶言うなよ。……ほら、リラックスするのは悪くないが少し弛みすぎだぞ。もう敵地は目前に迫ってるんだ。気を引き締めよう」


    輿水はそう言って、足早に進み始めた。

    他の面々もそれに倣うようにして歩くスピードを上げていった。

  131. 148 : : 2016/10/16(日) 10:47:33
    一行は程なくして光る木の近くまでやって来たが、近くで見た時のその想像以上の大きさに圧倒されていた。

    木、などではなくそれこそ巨大樹と言っても差し支えない程の大きさだった。

    そしてその巨大樹の枝葉が神々しさすら感じさせる金色の光を放っているのだから圧倒されるのも仕方がなかった。

    しかしその中で輿水と夏未はその金色に輝く巨大樹を見上げながら渋い表情を浮かべていた。


    輿水「わたちゃん、これって……」


    夏未「ああ、間違い無い。これは性欲エネルギーが極限まで濃縮された時に放つ光と同じだ。しかもこの量……これが生み出す力は計り知れないぞ」


    アニ男「これが全部性欲エネルギー!?何の為にこんなに……」


    夏未の言葉に驚いたアニ男がそう声を上げると、聞き慣れた男の声が辺りに響いた。


    新「何の為に、か。君は僕の話を全く聞いてなかったようだね」


    アニ男「新さん!?」


    そう言って巨大樹の枝の上に立っていた新はそこから飛び降りて、アニ男達と対面する。


    夏未「ふん、大方地球にいる人間を滅ぼす為のものなのだろう?だが見た所、まだ溜まりきって無いんじゃないか?」


    新「君達が尽く邪魔をしてくるからね。まだ完全じゃ無いが計画を少し早めることにしたんだよ。この量でも人間程度なら皆殺しに出来る力はあるからね」


    そう言って彼は鋭い目付きで一行の姿を見る。

    既に全員が臨戦態勢に入っており、いつ飛び出してもおかしくない状況だった。

    が、新はそんな状況下でも余裕は崩さない。


    新「成程、どうやら先程の様に腑抜けた人間は居ないみたいだ。……まあ僕の計画に彩りを添える舞台装置としての最低条件はクリアと言ったところかな」


    彼はそう言って満足そうに頷いた。


    新「そんな君達の為に特別なゲストを用意したんだ。少し面白いものも見れるからまあ気を楽にして見てくれ」


    そう言って新が指を鳴らすと、巨大樹の太い枝が1本垂れ下がって、新の真上に下りてきた。


    風子「嘘……!」


    風子が思わず声を漏らす。

    だが他の面々も信じられないと言った様子でその枝から伸びる葉を見ていた。

    そこにはロープの様な物で括りつけられていたくちの姿があった。

    そのロープは光を放つと、くちの身体からそのエネルギーを吸い取り、葉の養分に変える。


    くち「うっ……あぁあっ!!」


    くちが苦しそうな呻き声を上げるも、時は既に遅く、そのロープはくちの身体からほぼ全てのエネルギーを吸い取り出していた。


    燕「この下衆がっ……!」


    燕が怒りに声を震わせながら新を睨み付ける。

    燕だけでなく、他の全員も同じ様な様子だった。


    新「ははは、殺してないだけ優しいものだと思ってもらいたいね。そら、出てくるぞ」


    くちのエネルギーを吸い取った葉は見る見るうちに形を変えて大きな木の実へと変わっていた。

    それは自らの重さに耐えかねて、ぼとりと地面に落下する。

    その衝撃で木の実は割れ、中から何かが姿を現した。


    「…………」


    それは顔も何もかもが真っ白で、人形であること以外に何の特徴も無い奇妙な存在だった。


    新「彼が僕の取っておきだ。名前は……そうだな、ジャガディッシュツヌグンタラと言ったところか。さあ、君の力を見せてやりなさい」


    新がそう言うとジャガディッシュツヌグンタラと呼ばれたそれはぐにゃりと捻じ曲がり、姿を変えていく。

    そしてそれはまともな人間の姿と成るが、その顔を見てアニ男と光音以外の全員が顔を驚愕の色に染めた。


    夏未「何だ……此奴は……!」


    あの夏未でさえもが額に汗を滲ませながら驚愕していた。


    風子「……何で、何で彼の顔に……」


    燕「馬鹿な……そんな事があっていい筈がない。あの人が……そんな訳が……!!」


    輿水「……何だって君が……よりにもよって何で君なんだ……!」


    そう、今全員の目の前にいるジャガディッシュツヌグンタラは姿を変えた。


    ───伝説の英雄、小西フラ男の姿に。





  132. 149 : : 2016/10/17(月) 09:53:23


    驚きを隠せないアニ男たちを眺めながら、新は嬉しそうに肩を震わせる。その表情は単純にサプライズの成功を喜んでいるようにも、驚いている者たちの滑稽さを嘲っているようにも見えた。


    どちらにせよ、目の前にあるソレは余りにも笑えない冗談だ。


    新「喜んでくれたようで何より。だがプレゼントはまだある」


    皮肉めいた口調で告げ、新が指を鳴らすと宙空にふたつの小さな白い欠片とひとつの人間の全身骨格。


    その骨が本物なのか偽物なのかは彼らに判断できるべくもなかったが、何故か予感めいたものを感じていた。それが本物であると同時に、もっと最悪の可能性。


    目の前の偽フラ男の姿があればこその思考だったかもしれない。


    だが、過去の史実をある程度把握しているものであれば到達し得る答えだった。


    夏未「つくづく無粋な男だ……」


    真っ先に彼の行動に苦言を呈したのは夏未だった。そのことにアニ男や燕の目には少々意外そうに夏未の方を見る。


    夏未「なんだ。私がこういう態度をとるのが意外か?……そういえばお前たちにとっての私は血も涙もない悪虐の魔王であったな」



    一瞬視線だけを2人に向けた夏未だったが、口元を少し歪めて小さく鼻を鳴らすと、視線を戻した。


    そんな彼女にアニ男たちは少しバツが悪いように思いながらも、特に何か言うこともなく新に目を向ける。


    新「ショーの最中に余所事とはどちらが無粋かね?」


    夏未「肥溜めを眺めるのに粋の心が必要か?」


    怪訝な表情を見せる新を夏未は歯牙にもかけぬとばかりに鼻で笑い飛ばした。そんな夏未が余計な煽りを入れる度に気を揉む輿水と光音が夏未に避難の目を向けていた。


    だが、当の本人の夏未はどこ吹く風と言ったようすで邪悪な笑みを浮かべている。


    新はというと、夏未の言葉に目元をピクリと動かしたが、腹立たしげでありながらも先ほど同様穏やかな態度を崩さずに続ける。


    新「まあいい。これが誰の骨がすでに君達は理解しているのだろう?」


    新は思い出したかのように再び嬉しそうに語り始める。


    新「実に苦労したよ。英雄の墓というのは警備が厳重でね。鈴鳴健太と青山龍音の骨はこんな欠片しか手に入らなかった。まあ亀山玄氏については僕が直接手をかけたも同然だから全身骨格を手に入れるのは実に容易かったがね」


    新が語った事実はそれが英雄の骨であるということだ。玄氏の遺体はこれまで見つかっていなかったのだが、それは新の手の中にあったからというわけだった。


    そもそも、玄氏の死因がコミケで圧死となっているのは死体が見つからなかったためだ。目撃情報と現場に残された大量の血痕から恐らく彼はその場で圧死したという推測がたてられただけに他ならない。


    それが今になって彼の手にあったというのであれば、これは輿水の推測が的中していることを意味していた。新は人類の殲滅ではなく英雄を殺し、利用する為に"アルテミス"をばら撒いたのだ。


    そう恐らく、その結果がジャガディッシュツヌグンタラだと輿水は確信していた。


    新「そして面白いのはここからだ。既にそのジャガディッシュツヌグンタラには小西フラ男の骨が一部入れてある。そして……英雄を喰らえジャガディッシュツヌグンタラ」


    そう告げると新の周りにあった骨がジャガディッシュツヌグンタラに向けて飛んでいく。


    アニ男「くっ……させるか……!!」


    アニ男は最悪の予感を感じ、慌てて銃を取り出し引き鉄を引く。


    銃弾が届くのが早いか骨が届くのが早いかというところで銃弾はジャガディッシュツヌグンタラに命中し破裂音を響かせた。



    アニ男「やったか……?」


    アニ男の一級フラグ建築士具合には、その場の全員が呆れたようにため息をついて首を横に振る。


    アニ男「え?え?なんなんですかみんなして」


    風子「うーん……アニ男くんちょっと静かにしてて」


    風子に苦笑いしながらそんな事を言われて、アニ男は酷くショックを受けたのか困惑したように周囲に助けを求めるが、全員に目を逸らされるのだった。


    そして、一級フラグ建築士の力が偉大だったのか、ジャガディッシュツヌグンタラの力が強かったのか傷ひとつないままにその場に立っていた。


    だが、少しようすが違う。より多くの骨格を取り込んだせいか、その顔は亀山玄氏に極めて近い。だがその一方で、そこにはフラ男や健太、龍音の面影もあった。


    そしてソレはアニ男たちに目を向けて首を傾げると、良く通る声を発する。







    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ?」



  133. 150 : : 2016/10/18(火) 21:21:30

    そう言ったジャガディッシュツヌグンタラは何やら不思議そうな顔をしながら、手を開いたり閉じたりを繰り返している。

    その最中にも、ふむと時折呟いており、恐らく口癖のようなものなのだろうと言うことがわかった。

    だが、暫くすると動くのを止めて新の方に向き直った。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ、状況は把握した。僕、私……俺?俺はどうしたらいいんだ?」


    そのジャガディッシュツヌグンタラの声は最初は微かに玄氏の声に似ているだけだったのだが、時間が経過するにつれてそれはより明確なものとなっていく。


    新「君の目の前にいる彼らを殺す、それだけで構わないよ」


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ、了解した」


    ジャガディッシュツヌグンタラは言葉少なに応じると、再びアニ男達の方を向いた。

    それを見て満足したのか新は踵を返して、樹上へと消えた。

    ジャガディッシュツヌグンタラはそれに気をかけることもせずに黙って身体をアニ男達に向けている。

    だが、その姿から一切の敵意を感じさせることは無い。

    それどころかこちらに対して何の興味も無いような、まさに心此処にあらずと言った様子だった。


    燕「……やりにくい、ですな」


    抜き放った刀を構えながら燕が渋い顔をしてそう呟いた。

    それに同調するように風子や光音も頷く。

    目の前にいる敵が、玄氏や他の英雄の面影を残しているからだけではない。

    敵対するという事は少なからずはお互いに敵意を向けるという事だ。

    それをする事によって初めて互いを敵と認識し、様々な形で戦いを始める。

    だが、どちらか片方でもその敵意が欠如していたのならばそれは正当な戦いではなく、一方的な暴力になってしまう。

    無抵抗の人間……かどうかは怪しいが、それでも人の形をしたジャガディッシュツヌグンタラに問答無用で攻撃を仕掛ける事は出来ない訳では無いにしろ、彼らにとって非常にやりにくさを感じさせていた。

    だが、いつまでも睨み合ってる訳にはいかないと思ったのか、輿水が一歩前に出る。


    輿水「埒があかない。今目の前にいるのは玄氏の姿をした化物だ。仁義だの道徳だの気にしてる時間は無い。アニ男くん、君は光音と一緒に新を抑えてくれ。この人数だ、こっちはそんなに時間はかけない。無理だけはするなよ」


    アニ男「……分かりました、ご武運を!」


    光音「了解しました、マスター」


    そう言って2人もまた新を追うようにして樹上に消えて行った。


    輿水「さーて、こっちも始めるとするか!」


    輿水はそう言うと猛然と駆け出す。

    一瞬にしてジャガディッシュツヌグンタラに肉薄し、鋭い殴打を続けざまに放つ。

    だがそれはジャガディッシュツヌグンタラに掠りもせずに全て避けられる。

    だが輿水は止まること無く、更に加速して攻撃を繰り出していく。

    そのうちの1発が遂にジャガディッシュツヌグンタラの身体を掠め、ジャガディッシュツヌグンタラはそれに一瞬、気を取られる。

    その僅かな隙を輿水は見逃さずにこめかみに強烈な蹴撃を叩き込んだ。

    ジャガディッシュツヌグンタラは成す術もなく、宙に浮かび上がり、吹き飛ばされる。

    輿水は攻撃の手を休める事無く、すかさず追撃に移る。

    だがジャガディッシュツヌグンタラは仰向けに倒れたまま起き上がろうともせずに呟いた。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「───ふむ」


    輿水「っあ!?」


    瞬間、ジャガディッシュツヌグンタラの全身から放たれた形の無い鉛の様なプレッシャーが輿水を襲う。

    本能的な危険を感じ取った輿水は追撃を中断、後方へと離れた。


    風子「こ、輿水?大丈夫なの?」


    不安そうに風子が輿水に声をかける。

    それもそのはず、輿水は柄にも無く呼吸を荒くして額に脂汗を滲ませていたのだ。


    輿水「大丈夫だ。……つくづく趣味の悪い奴だよ。まさかそこまで(・ ・ ・ ・)再現してるたあな」


    ジャガディッシュツヌグンタラがゆっくりと起き上がる。

    その顔は、先程の玄氏ベースの顔では無く、龍音の凶悪でおぞましい犯罪者顔がベースとなっていた。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「……絶対恐怖(インヴィクタ・アムスト)(青山龍音)の最初の力」


    夏未「成程な。彼奴らの能力まで再現済みと言うことか。4人力を合わせた時の奴らは私でも苦戦するのだが……成程、1人でこなせるとはなかなかどうして骨のある相手だ」


    輿水「だね。だけどま、こっちも4人だ。チームワークの力って奴を見せてやろうぜ」


    輿水がそう言ったと同時に、4人はジャガディッシュツヌグンタラへと駆け出した。
  134. 151 : : 2016/10/19(水) 10:17:17


    真っ先に動いたのは風子だった。ドヴォルザークの名を呼べば、いつも通りの剛毅な相棒の声が返ってくる。


    一時はアニ男の衝撃的な姿や、新の強さに折れかけた心も今は平静そのものだ。


    冷静さを取り戻した風子にはドヴォルザークの存在がしっかりと感じられる。それがいっそう風子の心を落ち着かせていた。


    駆け抜ける身体の動きを風の力で補助する。加速し、体勢を維持するという動作を幾重にも重ね合わせ並列に処理していく。


    従来のドヴォルザークの力の運用とは違った形。以前の様に風子の力を最適な形に変換し、ドヴォルザークとパスを繋いで譲渡するという作業が必要でない分、消耗が激減している。


    それでも多重に風を使うなどという無茶をすればかなりの消耗を強いられるのだが、それも無理がきいてしまう範囲に収まっているということでもあった。


    風子「さっさと沈みなさい……!」


    すぐさまに距離を詰めると、手元に風の細剣を作り出し、ジャガディッシュツヌグンタラに向けて刺突を繰り出した。


    しかし風子の高速の刺突はジャガディッシュツヌグンタラに紙一重で回避され、硬直を余儀なくされ、舌打ちする。


    その隙を見て、ジャガディッシュツヌグンタラは回避の勢いを殺さずに風子の頸椎部めがけて回し蹴りを放つのが見える。


    だが、風子も黙ってやられるつもりはなかった。空中に複数の細剣を作り出し、攻撃を繰り出すジャガディッシュツヌグンタラに向けて飛ばし、牽制する。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ?(蓬莱肉壁)


    そう小さく呟くと、蹴りの勢いを一切緩めることのないままジャガディッシュツヌグンタラの身体に当たる前に細剣がかき消える。


    風子「なっ……!セカンドステージまで!?」


    確実に蹴りが風子の首筋を捉え、迫る。当たる。そう確信し、風子は目を閉じかける。


    夏未「少々迂闊ではないか?風子」


    突然、なんの前触れもなくふたりの間に現れた夏未がジャガディッシュツヌグンタラ蹴りを受け止めると、身体を屈めて足を払う。


    そして、体勢を崩して宙に浮いた身体の中央を風子の背後から現れた人影の蹴りが貫いた。


    「何地味にさっさと諦めそうになってんだ。どアホ」


    夏未の横に立っていたのは輿水だった。ほんの数秒の攻防。そこに割り込むのも、他人の足払いに合わせて敵を蹴るのもふざけている。後から追いついた燕も開いた口がふさがらないといった様子だ。


    それこそ刹那でもそのタイミングがずれれば仲間や自分に致命的な被害が出かねない。


    流石の風子もこれには動揺を隠せないのか、危険すぎるとふたりに文句を言っていたが、当の本人たちは目を見合わせて首をかしげるだけだった。


    夏未「何をそんなに怒っているのだ風子」


    あっけらかんと言い放つ夏未に風子は頭を抱える。


    輿水「この程度は魔王界隈では頭抱えるほどのレベルじゃないから」


    輿水はさも他人事の様に風子肩に手を置いて、仲間を見る様な目を向ける。


    風子「いやあんたも十分そっち側だから」


    風子が輿水の手を払いのけてバッサリと切り捨てると夏未と同じ扱いを受けたのがよほどショックなのか酷く落ち込んだ様にうな垂れる。


    それを見た夏未がざまあみろとばかりに笑い、輿水が恨めしそうに睨み返すのだった。


    燕「御三方、来ます」


    燕の視線の先には無傷のジャガディッシュツヌグンタラの姿があった。蓬莱肉壁の展開は間に合っておらず、倒したということはなくともダメージくらいはと誰もが考えていたが、無傷だということは予想以上に厄介だった。


    輿水「わたちゃんアレ倒せる……?」


    言外に夏未の攻撃が通るかという意味で放たれた言葉。輿水は面倒なものとの出会いに顔を引きつらせていた。


    夏未「ふむ……千回も殴れば死ぬのではないか?」


    それに対して、夏未はいつものように考えているのか考えていないのかわからないような返答を返すのだった。
  135. 152 : : 2016/10/19(水) 19:48:22


    何時だって渡瀬夏未と言う人間は我が道を歩いてきた。

    セオリー通りにやれば、誰かの言う通りにすれば、そう言った舗装された道を進むのを断固として拒んできた。

    自分の道は自らの手で拓く、言葉では容易く聞こえるそれはいざ行動で示そうとすると困難を極める。

    だが彼女は文字通り自分の手で道をこじ開けていった。

    いつしか魔王と呼ばれ、人を率いる立場となっても彼女は変わらずに自分が正しいと思った事を常にやり続けてきた。

    だから、彼女はやると言ったらやるのだ。

    形はどうであれ絶対に目的は果たす。

    敵を殺すと言えば、殺してみせる。

    千回殴ると言えば、千回殴ってみせるのだ。



    燕「何という……」


    目の前で繰り広げられる光景に燕は圧倒されていた。

    燕だけでは無い、風子も同じ様な反応をしている。

    その場で唯一平静を保ったまま、その光景を見守っていたのは彼女を良く知る輿水だけだった。


    夏未「ほらほらどうした!この程度の攻撃、避けれなくてどうする!」


    口元には凄惨な笑みを浮かべながら嬉々としてそう叫びながら夏未は正に目にも止まらぬ速さでジャガディッシュツヌグンタラをタコ殴りにしていた。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふ…がっ!ごァッ!?」


    無論、ジャガディッシュツヌグンタラとて幾度と無く抵抗を図っていたのだが、それすらも許さない夏未の怒涛の攻勢に身動きすら取れていなかった。


    風子「わたちゃんが素手の喧嘩が一番得意ってのは知ってたけど……一方的過ぎない?」


    一方的、誰が見てもそれだけは明らかだった。

    獲物無しの原始的な格闘、いわゆる殴り合いにおいて夏未は無類の強さを発揮する。

    恐らく今の世界中の何処を探したとしても格闘戦で彼女の右に立てる者など居ないだろう。

    そう、今の世界においては。


    輿水「……まだだ。"あいつ"の力が奴の中に存在する限り、絶対は存在しない」


    だが輿水のその懸念を無視するかのように夏未の拳はジャガディッシュツヌグンタラを捉え続けていた。

    1発1発が人が吹き飛ぶ様な威力にも関わらず、反則じみた速度で回り込んで次の1発を叩き込む。

    そうやってジャガディッシュツヌグンタラをサンドバッグよろしく殴り続け、一際強烈なアッパーでジャガディッシュツヌグンタラをカチ上げ、夏未は深く腰を落とす。


    夏未「これで、"1000回"だ」


    輿水「───わたちゃん、それは駄目だ!」


    トドメの強烈な一撃を夏未が放とうとした瞬間、輿水がそう叫んだ。

    だが、夏未の拳は止まること無く唸りを上げて落下するジャガディッシュツヌグンタラへと吸い込まれていく。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ(運命を切り裂く者)


    夏未「───っ!ちぃっ!」


    しかし夏未の1発は空中で身を捻ったジャガディッシュツヌグンタラに躱され、そのままカウンターの蹴りを1発食らってしまう。

    後方へと飛び退きながら威力を殺し、実質的なダメージは受けていないが奴を仕留めきれなかったのが癪に触ったのか、彼女の顔付きは厳しい。

    1000回殴ると宣言し、実際にとてつもない身体能力でそれを達成しようとし、最後の1000回目を完全な形で決めようとした。

    それは誰の目から見ても明らかな"勝ちフラグ"。

    決して夏未に油断があった訳では無い。

    しかし良くも悪くも派手好きで格好つけたがりの夏未は自然とそう言ったフラグが立ちやすい。

    そう言った意味で小西フラ男と言う男は夏未にとって唯一と言っていい程の天敵にして、同じレベルで渡り合える好敵手だった。

    輿水はそれを理解していたからこそ、奴の中に存在するフラ男の能力を警戒していたのだ。


    輿水「千回殴れなかったよ、わたちゃん。つか決まってても決め手にはならなかったかもね」


    夏未「次は決める。千回で駄目なら一万回だ」


    風子「その心意気は良いんだけど、どうも相手もタダではそうさせてくれなさそうだよ」


    目の前にいたジャガディッシュツヌグンタラは猛然と駆け出して、4人に接近する。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ(蓬莱肉壁)ふむ(こいしちゃんの笑顔)


    4人を囲む様に半円状の空間が展開し、そしてその壁の表面が無数の光の煌めきで覆われる。


    輿水「違う能力の同時展開ッ!?んな事も出来んのかよッ!」


    そして次の瞬間、空間の中が激しい轟音と共に白い無数の光に包まれた。
  136. 153 : : 2016/10/19(水) 21:14:33




    一瞬の閃き。それとともに絶望の光が4人の視界を埋め尽くす。無数の光が雨のように降り注ぎ、もはやそれは巨大な光の波のようですらあった。


    その半球の中に人間の生存できるだけの空間は存在しない。これだけの質量と密度が存在すれば例え夏未達であっても無傷では済まない。


    膨大な高密度の光の矢が夏未達の命をすり潰し地面を抉る音が当たりを支配する。土や石が爆ぜ、撒き散らされるのと共に形をなさないほどに分解されていく。


    微細な粉塵にまで砕き尽くされた石や土が舞い上がり、半球の中を埋め尽くしていった。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ?」


    勝利を確信したのかジャガディッシュツヌグンタラが首を傾げながら、得意げに蓬莱肉壁に少しずつ歩み寄る。


    そして壁に触れるとその能力を解除した。


    その瞬間。急激な周囲の空気の収縮。そして、巨大な雷撃が弾ける。そして同時に当たりを急激な炎が巻き起こり、周囲に爆発と炎を撒き散らす。


    ジャガディッシュツヌグンタラは何が起きたのかを理解するひまもなく、雷撃や爆発に呑み込まれ、地面を転がりながら大きく吹き飛んでいった。


    しかし、ジャガディッシュツヌグンタラを吹き飛ばした爆炎はすぐに強烈な風と共にかき消える。


    そしてそこには傷を負いながらも誰一人欠ける事のない夏未達の姿があった。


    風子「危なかったわね……燕さんがいて助かったわ」


    燕「いえ、いつまでも足手纏いではいられません」


    ところどころ火傷や裂傷の跡が見られるものの、皆が無事と言った様子だ。


    輿水「一時はどうなる事かと思ったが、助かったな」


    夏未「うむ。なかなか派手に吹き飛んだようで何より」


    相変わらず自分の命すら顧みない猪突猛進思考っぷりの夏未だが、実際相手の攻撃を逆手に取り、カウンターを仕掛ける事ができた。結果で言えば上々だろう。


    とはいえ、これで倒れてくれれば先ほどの夏未の攻撃で終わっている。少しでもダメージが与えられている事を祈るばかりだった。


    案の定、先ほどの雷撃や爆発を以ってしてもジャガディッシュツヌグンタラに致命的なダメージを与えるには至らなかったようで、遥か遠くまで弾き飛ばされたジャガディッシュツヌグンタラはむくりと起き上がるとゆっくりと夏未達に向けて歩いてくる。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ。電磁シールドに、粉塵爆発とは芸が細かい」


    あまりこれまで口数の多くない印象を受けるジャガディッシュツヌグンタラだが、彼の指摘は的中していた。


    実際、高密度な熱量を持った電磁波とも言える光を散乱させるために、風子が空気の構造を分離圧縮し、そこに燕が電子操作を行う事で幾層ものプラズマの壁を作り出したのだ。


    極限まで高密度に圧縮されたプラズマの壁は光を散乱させ、通さない。さらに層を複数作成し、その粒子を内側に行くほど大きくする事で負荷を減らす効果を生み出し、あれほどの膨大な能力を防ぎきる事に成功したのだ。


    粉塵爆発にしてもそうだ、ジャガディッシュツヌグンタラが蓬莱肉壁を解除した瞬間に周囲の酸素を集め圧縮、燕の雷撃で点火し巨大な爆発と火炎の渦を生み出した。


    これだけの事をあの一瞬でやってのけた風子や燕の能力への理解や制御も凄まじいものだが、それ以上にあの一瞬でそれを見破るジャガディッシュツヌグンタラは異常と言える。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ。疑問か?なあに、簡単な事だ。俺の中にはなかなか頭がいい奴もいてな。そいつが答えをくれる」


    そう言って玄氏の顔で笑ってみせる。


    その言葉に夏未が不愉快そうに眉をひそめる。


    夏未「いい加減飽いてきた。終わりにしようか」


    そう告げると夏未は口元を吊り上げる。


    輿水「待てよ、わたちゃん。まさか全力でやるつもりじゃないだろうな」


    輿水が心配そうに夏未を見遣る。しかし、夏未はそれを鼻で笑う。


    夏未「いらん世話だ。温存なんぞお前一人で十分であろう。それにこの虫は些か不快に過ぎる」


    夏未はこうなったらテコでも動かない。どんな手段を用いて説得しても聞かないだろう。


    輿水はため息を吐くと、風子や燕に目を向ける。彼らはその視線の意味が理解できないのか不思議そうに顔をしかめている。


    これから起こる災厄を知っているのは実際に体感した事のある輿水だけだ。しかし彼女達に逃げろとも言えないが故に哀れみの視線を向けただけだった。




  137. 154 : : 2016/10/20(木) 14:31:06


    夏未「待たせたな……死までの時を悪戯に引き伸ばすというのは酷というものだ」


    そう言って夏未は犬歯を光らせ、今まで異常に獰猛に笑う。


    だが、ジャガディッシュツヌグンタラはというと夏未の挑発にも特に反応を見せなかった。


    夏未「ふん。よくよく面白みのない奴よ」


    そして、会話にも飽きたのか夏未が目を閉じると、ふっと憑き物が取れたかのように先ほどまで彼女から発せられていた強烈な威圧感が消える。


    そして、強大な圧力の喪失に皆の気が一瞬緩む。その時だった、その場の誰もがゾクリと悪意に背筋を撫で付けられたかのような冷たい感覚に襲われる。



    夏未を中心としてドス黒い瘴気が溢れ出し、辺りを包み込んでいるのではないかというほどに吸い込む空気が重く、息苦しさを感じさせた。


    そして夏未がゆっくりと目を開き、何かを指揮するかのように目の前に手をかざす。


    すると先ほどの空気がより一層濃いものになり、目に見えて仄暗い空間が周囲のかなり広い範囲を包み込む。そして夏未はゆっくりと唇を開き、喉を震わせる。


    夏未「ファイナルステージ──刻繰の城(パンデモニウム)


    全身をくまなく悪意に撫で回されるような不快感に輿水以外の全員が表情を歪める。


    夏未の言ったファイナルステージという言葉の意味もそうだが、今の状況があまりにも不可解で、情報が足りなかった。


    誰もが現状の説明を欲していたが、輿水が彼らにかけられる言葉はひとつだけだった。



    輿水「気を強く持て、油断すればすぐに気が狂うぞ……」



    輿水の言葉はえも言われぬ重みがあった。彼が一体何を経験しその言葉を口にしているにせよ、彼の忠言以外に今この状況に対応する術を誰も持ち合わせてはいない。


    生唾を飲み下し、誰もが見えない脅威に身構える。


    ジャガディッシュツヌグンタラもこの空間に何かを感じ取ったのか、周囲を警戒するように見回していた。


    そんな様子に夏未は意味深な笑みを浮かべ、穏やかに告げる。


    夏未「案ずることはない。この空間はあくまで我が城に過ぎん。まだ何も起こりはせん」


    夏未は余裕の表情で、どこかこの空間に似つかわしくないほど穏やかに見えた。


    だが、輿水の表情は険しい。



    輿水「あんまり無理はしてくれるなよ」


    夏未「ふん。まるで親か何かのようだなお前は」


    輿水「馬鹿言えよ。俺の種からこんなじゃじゃ馬が生まれてたまるか」


    夏未は輿水の言葉を肯定するかのように笑うと、ジャガディッシュツヌグンタラに視線を戻す。


    夏未「というわけだ。忠臣にこうも心配されては応えねばならんのでな。さっさと終わりにさせてもらおう」


    夏未はゆっくりとジャガディッシュツヌグンタラに歩み寄っていく。それにジャガディッシュツヌグンタラもまた警戒を強める。



    夏未「重刻(オーバーレイ)


    夏未が小さく呟いた瞬間。ゆったりとした歩調で歩いていたはずの夏未の姿がその場からかき消える。


    そして次の瞬間にはジャガディッシュツヌグンタラが地表に巨大な窪みを作り、減り込む。


    そしてその背後には先ほど姿を消した夏未が悠然とジャガディッシュツヌグンタラを見下しながら立っている。


    夏未「約束通りこれで1万だ。多少は堪えたか?」


    ジャガディッシュツヌグンタラの身体は身体のあちこちが歪に折れ曲がり、肉が変形し最早人の形を成してはいなかった。


    だが、ジャガディッシュツヌグンタラはその身体をまるで波打つ液体のように動かしながら起き上がると、何事もなかったかのように元の姿に戻る。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ?お前に関する記憶に今のような能力や性能はないな」


    夏未「何十年前の話をしている。同じなわけがなかろう」


    夏未は静かに笑う。いつもの夏未ならば、死なない玩具を見つけたことに対する歓喜で獣のような笑みを浮かべるだろう。


    しかし今はただ静かで穏やかだ。


    夏未は「1万で死なぬなら次は1億と行こうか。輿水、最悪能力を一時的に使え。後ろの者たちに狂われてはかなわん」



    夏未の辞書には自重という概念はない。


    輿水はそのことをよく知っていた。


    そして彼女は冗談も言わない。


    夏未「逆刻(ディレイ)重刻(オーバーレイ)


    夏未が二つの言葉を同時に口にする。


  138. 155 : : 2016/10/20(木) 14:31:24
    その途端夏未がその姿を消した事に変わりはなかった。しかし決定的に違うものがあった。


    思考に時間が追いついてこない。


    時間が引き伸ばされ、必死に何かを訴えようとしたところでそれは超スローモーションで再生される。まるで1秒1秒が何年にもなったかのようにただいたずらに思考時間だけが増えていく。


    もう何百年の時が過ぎただろうか。


    それすらも誰もわからない。ただ漫然と過ぎ行く時の中を動く事も話す事も許されず、ただ思考だけが正常に動き続ける。


    気の遠くなる程の時間の中で、思考などいつ放棄しただろうか。そんな事は誰も覚えていない。


    その中でただ輿水一人だけ身じろぎすらしない。燕も風子も何が起こっているのかを理解できずに狼狽え、理解しようともがく。


    徐々に心がすり減っていくのを感じながら、夏未の能力が解けるのをただ待ち続ける。


    もう何百、何千の時が過ぎただろうか、最早円周率を2億桁まで暗算で算出するのも飽きてきた頃、唐突に時間が帰ってくる。


    全身から汗が噴き出し、呼吸が荒くなる。普通の人間であれば気が狂う事が当然だ。今でもあの円周率2億桁を暗算していた自分を思い出すだけで発狂して暴れ出しそうだった。


    輿水「何度体感しても最悪だ……」


    既に経験した事があるという輿水ですら顔色が悪い。風子や燕に至っては地面にへたり込んで胃の内容物を吐き出している。


    輿水も初体験の時は似たようなものだった。狂っていないだけ彼らの精神構造が常人と離れた部分にあると言えるのだろう。


    そして、すぐ目の前に謎の白い肉片のようなものに塗れた夏未の姿があった。


    夏未「流石に1億はやりすぎたか……」


    身体にべっとりと張り付いた肉片や液体の数々を不快そうに見渡しながら呟く。


    夏未は堂々といった様子で三人の元に戻ってくる。しかし約2名は穢れたマーライオン状態だ。夏未はそれを嫌なものを見たとばかりに眉をひそめていた。


    夏未「さて、あの小僧を追わねばならんな……」


    夏未が服の汚れを払いながらそう告げる。


    その時だった。白い肉片が急激にうねり出し、夏未の身体に収束する。それは夏未の身体に触手のように巻きつき、一つの塊へと変貌していく。


    夏未が慌てたようになんらかの能力を発動しようとトリガーとなる言葉を発しようとしたとき、白い塊に口を塞がれ発動できない。


    そして"刻繰の城"も急激に縮小していった。


    輿水達もなんとか白い塊を引き剥がそうとするが、攻撃しようにも夏未を巻き添えにするわけもいかず強硬に出られずにいた。


    するとみるみるうちにに夏未の身体を白い塊が覆いっていき、ついに夏未の姿は見えなくなる。


    風子「わたちゃん!!!」


    夏未の名を呼ぶが、返事はない。最初は暴れていたようだが、それすらも途端に静かになりその場には白い塊だけが残る。



    輿水「これってもしかしなくても最悪の展開じゃ……」


    燕「そのようですな。早く彼女を救出しなくては何が起こるかわかりません」


    燕の言葉に皆一様に最悪の想像が脳裏をよぎる。しかし、今はそんな想像に怯えている場合ではない。そこに至るまでに何としても彼女を救う必要がある。


    三人が話している間にも、白い塊はジャガディッシュツヌグンタラとして再び形を取り戻している。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ?厄介な奴を処理できたようだな。しかし、何故だ……何故、力と記憶がない?」


    しかし、何やらジャガディッシュツヌグンタラ自身も困惑しているようだった。夏未を取り込んだにも関わらず彼女の能力や記憶といったものを獲得できていない。生きたままなのだからより精度の高い能力を使うことができる可能性は高い。


    それはつまりまだ夏未が生存していることを意味していた。


    輿水「あのお転婆は、化け物にでも扱いきれないってか」


    風子「わたちゃんらしいけど……それでもチャンスはまだあるってことよね」


    燕「こうなったら何としても彼女を取り返すしかありません」


    三人は夏未を取り戻す為、再びジャガディッシュツヌグンタラに相対するのだった。
  139. 156 : : 2016/10/21(金) 21:17:56


    消えた新を追って、アニ男と光音は巨大樹の上を走っていた。

    それこそ人間が何人乗ったとしても折れたりしない程巨大な枝である、全力で走る程度なら全く堪えないのだ。


    アニ男「光音さん、こっちで合ってるの!?」


    光音「それは間違いありません、彼の反応はこの中にあります!」


    だが今2人の走る先にあるのは巨大樹の幹の部分で、扉も穴も無い。

    だが新の反応はこの中にあると光音は言っている、アニ男は確認野意味を込めて能力を発動させ、前方の幹に数発撃つ。

    すると銃弾は木の幹に衝突すること無く、木の幹の中に消えて行った。

    アニ男は驚きの声を上げながら、その木の幹の前で足を止める。

    光音が試しに触れてみると、その手は幹をすり抜けて奥へと入った。


    光音「どうやら隠し扉の様な物のようですね。何があるか分かりませんし、ここからは用心して進みましょう」


    アニ男「分かった。光音さんもいつ何があっても良いように準備だけはしておいてくれ」


    光音「私はいつでも万全ですよ。……さあ、行きましょう」


    そう言ってアニ男を先頭に2人は奥へと進んでいく。

    内部は木の中とは思えないほど人工的な作りになっており、見たことも無いような機械があちこちに点在している。


    光音「……やはり、ここは木なんかじゃないようですね」


    光音が辺りを見回しながらそう呟いた。

    確かにあの巨大樹の中身を全部くり抜いて中にこんな物を作ったとは考え難い。


    アニ男「外から見た時は明らかに木の形をしていたけど……どういう事なんだろうね」


    光音「多分ホログラムの様な物でこの建造物自体を巨大樹に擬態させてるのでは無いでしょうか。……誰に見られる訳でも無いのにそうしている理由は分かりませんけれど」


    最初月に来た時の新もホログラムで姿を投影していたと言っていたことをアニ男は思い出す。

    新自体の能力も非常に強力だが、その科学力も馬鹿に出来たものでは無いだろう。

    そんな事を考えながら進んでいると、前方に大きな扉が見えた。

    アニ男がそれを開けると、中には大きな広間を囲うように一際巨大な機械があり、その広間の最奥に何度も見た背中を確認する。

    こちらに気付いていないのか、はたまた気付いていながら無視しているのかは分からないが新は2人が扉を開けても反応を示さない。

    アニ男は能力を発動し、銃を構える。

    引鉄を引こうとするが、トリガーに掛かった指に力が入らない。


    光音「アニ男さん……」


    光音が心配そうな声でアニ男の名を呼ぶ。

    アニ男はそれを聞いて、1つ小さな溜め息を吐いた。


    アニ男「大丈夫。覚悟は出来た」


    輿水から、仲間達から託されたその役目。

    もう今更後には引けない、アニ男は心の内でそう唱えて再びトリガーに指を掛けた。

    そして力を入れ、引鉄を引く。

    1つの乾いた銃声が響き、銃弾は見る見るうちに新へと近づく。

    そして新が銃声に気付いてこちらを振り向くと同時に銃弾は新を貫いた。


    アニ男「……は?」


    新は腹部から大量に出血し、その場に倒れ込んだ。

    一切言葉を発することも無く、ただ溢れる血が倒れる彼の体の下に血溜まりを作る。

    アニ男は何度も目を疑った。

    今まであれ程苦戦した新がたった1発の銃弾で倒れたのだ。


    光音「……た、対象の脈拍、停止してます」


    光音もまた驚いた様にそうアニ男に伝えた。

    まさか本当に死んだのか?自分が殺したのか?

    アニ男の思考はその異常事態に付いていくことが出来ていなかった。

    しかし自分の手に残った先程の引鉄を引く感覚、撃った本人には確かに分かっていた。

    先程の感触、間違いなかった。


    アニ男「新は……死ん────」



    「いやあ、よく出来ているだろ?あの偽物」



    光音とアニ男の背後からガシッと肩を組みながら楽しそうに笑う男。

    それは先程死んだ筈の助川新本人であり、彼は後ろから肩に回した手を首筋に当てた。


    アニ男「っあ───」


    アニ男が声を上げようとした瞬間、新の手の中にいた2人の姿が消える。

    そして大きく距離を取るようにして、アニ男を抱えた光音が姿を現した。


    光音「はっ……はぁっ……」


    アニ男「あ、ありがとう、光音さん」


    新「はは、そちらのお嬢さんに助けられたね。相変わらず格好悪い」


    新は笑顔でそう言うと、すぐにつまらなさそうな顔に戻る。

    アニ男は新の言葉など意に介さない様にすぐに銃口を新に向けた。

    光音もまた臨戦態勢を取る。


    新「やる気満々だね。せいぜい傷を付けれる様に頑張るといい」


    その新の言葉が言い終わると同時に銃声が響く。

    こうして新との最終決戦の火蓋は切って落とされたのだった。


  140. 157 : : 2016/10/24(月) 12:30:52


    警戒を強め身構える二人に対して新は特に動くそぶりも見せない。


    何か企んでいるのか、それともただ余裕があるだけなのか静かに笑みを浮かべてそこに立っている。


    甘江くちの姿も見当たらない。こびりつくような不安が光音の頭から離れなかった。


    新「どうした?やるんじゃないのか?」


    光音の不安を見透かすかのように、新は肩を震わせる。


    アニ男「光音さんはくちさんをお願いします。ここは俺が」


    アニ男はそういうが、彼ひとりで抑えられるような敵であればそもそも輿水は光音をよこさなかっただろう。


    甘江くちの確保は重要事項であるが、アニ男と新を戦わせて、無駄に戦力を消耗させるのはあまりに愚行だろう。


    光音は静かに首を横に振る。


    光音「マスターであればここは残ることを選ぶでしょう。私も戦います」


    アニ男「でも……!」


    アニ男は光音を心配してか、困ったような顔をする。新の残酷さやその強さの一端を見たからこその心配だろう。


    光音「大丈夫です。マスターから秘策を頂いてきましたから」


    光音はいつも通りの穏やかな笑顔だった。少しでも安心させるように努めているのかはわからない。それでも彼女の笑顔はアニ男の不安を少なからず拭い去っていった。


    新「作戦会議かい?そんなことに意味があるとも思えないが」


    光音「それはどうでしょう」


    そんな時、突如空気が振動する。巨大な爆発音に周囲を警戒していると、そしてしばらく後にグラグラと足元にも大きな揺れがやってきた。


    アニ男「なっ……!」


    アニ男が慌てていると、新が笑いを押し殺したような声で告げる。


    新「相当な化け物を作り出したつもりだったが、ここまで派手に戦っているところを見るとどちらが化け物かわからないな」


    まるで新には夏未達の状況が見えているかのような口ぶりだった。光音も先ほどの音の方をしきりに気にしている。



    新「気になるか?僕としては君達がここでおとなしくしてくれる分には構わない。折角だ向こうの様子を見せてあげよう」


    新が指をパチリと鳴らすと、彼らの頭上に唐突にいくつもの映像が映し出される。そこには様々な角度から、軽症ながら傷ついた夏未達と無傷のジャガディッシュツヌグンタラの姿があった。


    アニ男「あの人達が手こずるなんて……」


    これまでほぼ無敵とも思えるほどに強大な存在だった夏未達が苦戦するという自体を想像だにしていなかったからこそ出た言葉だった。


    以前の勝利も運が良かっただけだと今でもアニ男は思っている。夏未は運も実力のうちなどと笑うだろうが、アニ男自信が納得できないのだからそういうものなのだ。


    光音もその映像に一瞬眉をひそめたが、すぐに新に鋭い視線を向ける。


    光音「マスターと夏未様がいれば問題ないでしょう。私達は為すべきことを為すだけです」


    光音がゆっくりと歩き始め、どこからか取り出した紐で和服の袖を縛り上げる。


    新「そんな格好で戦えるのかい?」


    だがその言葉に返事はなかった。そしてそれは別の形で与えられることとなる。


    光音は素早く踏み込むと、新の水月に掌打を打ち込む。一度では引かず、そのまま二度三度と攻撃を重ねるが、新にダメージが入ることはない。


    光音も警戒していたが、新は攻撃をする素振りを見せなかった。


    光音「マスターの仰っていた通りのようですね」


    そんな風に呟く光音に新は目を細める。


    アニ男の方は新の反撃を想定していつでも発砲できる状態にしていたため、拍子抜けといった様子だった。



    光音「アニ男さん援護をお願いします。あと──」


    光音が新に聞こえないよう小声で何かを告げると、アニ男は黙って頷く。女性を前に立たせることにアニ男は確かな罪悪感を覚えていたが、その分担が最も適当だということは明確だ。


    その上で自分の無価値な騎士道を振りかざすほどアニ男も子供ではなかった。
  141. 158 : : 2016/10/24(月) 12:40:08
    新「では、今度はこちらから行こうか」


    新が光音に接近し、攻撃を繰り出す。速く、そして的確に急所を狙うような攻撃を光音はひとつひとつ殆ど身体を動かすことすらなく丁寧に捌いていく。


    危なげがない戦い方と言える。下手に手を出せば全てが狂ってしまうような精密な動きをしているためアニ男も援護しあぐねていた。


    しかし、そこで立ち止まり結果を見送るという選択肢もない。少しでも隙を見出す為に観察をする。


    適切なタイミングで的確な位置を正確に撃ち抜くことが必要だ。


    二人の攻防の狭間に隙を見出すのは、至難の技と言えるだろう。だが、アニ男は諦めず一瞬の隙を探す。


    そんな時だった。新がやや前のめりな攻撃を放ち、それを光音が跳ね上げるその瞬間、左の肩口。わずか数ミリの空間に確実な隙を見つける。


    極々わずかな隙だ。下手を打てば光音の命にも関わる。だが、アニ男に躊躇いはなかった。できるという確信だけが存在し、それを疑わずに引き鉄を引く。



    ひとつふたつと銃声が響き渡る。目にも留まらぬほどの速さでその弾丸達は一直線上を駆け抜ける。


    普段であれば新は避けることすらしないだろう。そして能力が確実に攻撃を不発に終わらせるはずだ。


    だが、その弾丸を新は肩をずらして回避した。アニ男が放った銃弾は小さくたが、確実に新の腕に擦り傷を残す。


    新はそこで慌てることなく飛び下がると、くつくつと笑い始める。


    新「なるほど。僕の能力の弱点を見破ったというわけか……」


    感慨深そうに告げる新だが、やはり余裕を崩す事はない。それが虚勢なのか、真実なのかはアニ男達にはわからなかった。


    光音「マスターから頂いたご教示の賜物です。あなたの能力は自身にも影響する。つまり攻撃の瞬間、あなたはこちらの攻撃を無力化できない」


    光音はやや誇らしげにそう言った。どんな場でも主人の事になると変わらない彼女はアニ男にとっても微笑ましいと共に好ましく感じられた。


    新「あの男か。気の無いような顔をして、油断も隙もあったものではないね」


    だが、と付け加える。


    新「僕の能力はこれだけじゃないんだよ」


    そして同時に構えると拳を腰だめに構えてその場で素早く突き出してみせる。


    普通に見ればただの素振り。拳法の型の練習でもしているかのような光景だ。


    しかし、新と言えどこの場でその様な間の抜けた事をするはずもなかった。


    光音の背後でドスッと鈍い音が鳴る。

    振り返ると腹を抱えてうずくまるアニ男の姿があった。光音が駆け寄ろうとすると、背後に気配を感じ、奇妙な危機感に襲われる。


    その危機感から逃れるべく飛び退くと、小さな痛みと共に腕を何かがかすめていく。彼女の白い肌が小さく裂け、赤い液体が垂れている。


    新「アンドロイドと聞いていたが……血が出るなんてね。少し罪悪感が湧きそうだ」


    光音「構造や構成素材だけを見れば99%人間ですから。痛みも感じますよ」


    新の言葉に光音が倒れたアニ男を助け起こしながら静かに答えた。

  142. 159 : : 2016/10/24(月) 12:49:44
    光音が人間でありたいと願った事は幾度もあった。光音は輿水によって作られたアンドロイドだ。輿水の配慮なのか知識や経験、性格は植え付けず自発的に成長し、得たものだ。


    しかし99%人間と構造が同じであり、材質も同じであっても彼女は人間ではない。感情も感覚もある。人を愛することも、子を成すことだってできるだろう。それでも人は彼女ほど遠くを見通せないし、彼女ほど高速で大量の計算を処理できない。


    ほんの個性のようなものだと輿水は言ったが、幾許かの寂しさのようなものが光音の中に残った。


    光音は輿水を尊敬し、感謝している。それでも何故人として生まれ、彼と同じところに並び立てなかったのかという口惜しさが確かにある。


    他人に驚かれる度にそんなことを否応なくつきつけられる。


    そんなことを考えていると、悲観的になっている自分に気づき、かぶりを振って思考から消し去る。


    未だ遠くから空気を伝ってくる強烈な衝撃はその戦いの激しさを感じさせるには充分だった。今も輿水達が戦っているのだろう。


    光音は彼に作られたから彼に従っているわけではない。アンドロイドだから逆らえないわけでもない。嫌ならば嫌と言えと言われている。


    ましてや、輿水は面倒くさがりでものぐさでいい加減で軽薄な男だ。褒められるところなんて腕っ節の強さくらいだが、それも面倒を回避するための手段だと言ってのけるだろう。


    それでも輿水の元にいるのは、たとえ光音自身が人間でなくとも、不完全でも実の娘のように、まるで親が子を愛するかのように、人と変わらぬように可愛がってくれる彼だからだ。


    面倒だと言いながらも、本当に困っているのを見たら文句を言いながら助けてくれる彼だからだ。


    だからこそ彼の助けになりたいと光音は思えた。


    何も悲観することなどない。


    少しでも早くこの仕事をこなして主人の助けにならなければならない。今はくだらない感傷に浸っている時ではないのだと自身を奮い立たせる。


    そんな風にしていると、ようやくダメージから立ち直ったアニ男が光音をやや心配そうに見つめてくるが、笑顔で返す。


    光音「さて、あのにやけ面から余裕を引っぺがしてやりましょうか。黙って待っていたことを後悔させてやりましょう」


    光音とは思えない言葉遣いにアニ男は目を丸くする。だが、それはあまりに痛快なもので、アニ男は堪えきれず吹き出してしまう。


    光音「な、なんで笑うんですか!」


    赤くなって怒る光音は人より人らしい。アニ男も含め彼女を人として見ていない者はいない。だがそれを本人が気付いていないだけという皮肉めいた状況なのだ。


    アニ男「すみません。光音さんがあんな風に言うのは意外で」


    くすくすと笑うアニ男に光音は膨れてそっぽを向いてしまう。


    そんな二人を見て新は置き去りにされているのに腹を立てたのか、苛立たしげに口を開く。


    新「お人形と仲良しごっこには満足したかい?アニ男くん」


    その時アニ男には何かが壊れる音が聞こえた気がした。


    光音「今なんと?」


    光音が低く静かに聞き返す。


    流石のアニ男にもこれはわかる。まずい。絶対に触れてはならないものに触れた。さっきの光音の少し影を落とした表情の理由も理解してしまった。


    だが、新は怪訝そうな顔をするだけで気付いている様子はない。


    新「お人形との仲良しごっこに満足したかと彼に聞いたんだよ」


    新はそう言ってアニ男に視線を向ける。アニ男はそれ以上はダメだと首を横に振る。


    しかし、新はその意味を誤解したのか不愉快そうに顔を歪めるだけだった。


    新「君は本当に救いようがない。何故たかが道具にそうも入れ込む」


    アニ男は慌てて光音の前に出ると、大声で怒鳴り散らす。


    アニ男「救いようがないのはあんただ!!その無自覚に人を怒らせるのなんとかならないのか!?」


    だがもう遅い。肩をがっしりと掴まれる感覚。無言だが、はっきりと下がっていろと言われているのがわかる。


    アニ男「……はい。すみません」


    黙ってアニ男は引き下がる。逆らってはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。アニ男がすれ違う時、顔はよく見えなくかったがその怒りだけはしっかりと伝わる。


    光音「あなたは自分の言葉の意味を理解していないのですね。人に至らぬ虫ケラ如きに道具扱いされる筋合いはありません。今すぐ死ねクソ虫が」


    信じられないほど冷たく、鋭く光音は言い放つ。あの穏やかな少女のこれほど刺々しい雰囲気をアニ男は知らない。



    それは光音が初めてアニ男の前でキレた瞬間だった。

  143. 160 : : 2016/10/24(月) 14:45:24

    新は声を上げて笑う。さも滑稽なものを見たかのように、腹を抱えていた。


    それに光音は不快そうに眉をひそめる。


    新「はぁ……道具が人を虫ケラ呼ばわりとは傑作だ。道具に感情を持たせるとはあの男も愚かにすぎる。それとも夜伽の相手にでも作り出したのかい?」


    新は変わりなく光音の神経を逆撫でするような発言をやめない。彼にとってそれは悪意でもなんでもなく、当然のことなのだろう。


    ひどく不愉快な発言は光音だけでなく、アニ男すらも苛立たせる。あまりに下卑た発言。大凡分別のつく人間の発言ではあり得ない。


    光音「此の期に及んでマスターまでも侮辱するか……!」


    光音が紫紺の瞳に映すのは激情。今はまだ必死に抑え込んでいるようだが、いつ爆発してもおかしくはない。


    アニ男「み、光音さん──」


    アニ男が彼女を宥めようと声をかけるが、それは彼女自身によって遮られる。


    光音「心配には及びません。ただこの後私は声を出せなくなります。申し訳ありませんが、合わせてください」


    アニ男は光音が激情に駆られ、以前のアニ男のようになるのではと心配していたが、それも杞憂だったようである。彼女はしっかりと自分の感情を制御できている様に見えた。


    アニ男「無理はしないでくださいよ。光音さんに万一のことがあれば輿水さんに俺が殺されますから」


    光音「わかっています──極光浄天(アウル・ピュリフィリア)


    光音の言葉をきっかけに何が変わったのかは一目見ただけではわからなかった。しかし、光音は何かを言葉にしようとしているのか口を動かしているが、それが音になることはない。


    その声は無数の光の矢となり、新に向けて降り注ぐ。新は特に動く素振りを見せず光の矢の中で平然としているが、ある時その表情が一瞬苦悶に染まりその場から転がる様にして逃げ出す。


    光が止まると、新は額に玉の様な汗を浮かべており、左腕には斬られたような傷があり血に染まっていた。


    新「まさか、矢による貫通以外の性質を持ったものが飛んでくるとはね。僕としたことが少々油断が過ぎたかな」


    アニ男は新の言葉でようやく理解した。矢が刺さるということと、剣で斬りつけるという行為はそもそも通る過程も得られる結果も違う。つまり因果律の中で明確に区別され、別に位置するということだ。


    あれだけの数の質量で押し潰すような攻撃の中に性質の違うひとつを混ぜたところで判別するのも難しい。そのうえ油断が相まっていればまず発見できないだろう。


    逆に気付いたとしても100の矢に対して1の剣が混じっていたところで100の矢に対しての能力を放棄することはできないのだ。


    新「全く以って不愉快だ。ここまで能力を暴かれるとは思いもしなかった」


    新は苛立ちを露わにする。少しばかりの焦りが生まれているようにも見える。


    結局新の能力は幽霊の正体見たり枯れ尾花というような類のものだ。


    フラ男の一件でフラグを全て閉じるという能力だという前情報があった。そこに因果律を捻じ曲げるというものが加わったことでまるで無敵のように思わされていた。


    しかしフラグと因果律は全く別物である。


    フラグというのは因果律として成立しないような事に、偶発的または意図的に関連付けが行われ、結果因果としての引力が発生するいわば例外的な存在である。


    もしフラグが因果律と同等ならば、結婚の約束を人に話した人間はすべてこの世にいない事になるし、殿を務めるものは必ず死ぬ事になるし、槍兵は皆自害することになる。


    とにもかくにも死ぬと言っても過言ではない。


    それに対して因果律というのはそもそもこの世で覆ることのない理と言える。


    物理法則、化学法則といったものもそれに類するだろう。手を叩けば音がなる、人を殴れば拳が痛む。至極当たり前のことだ。


    そもそもこの世における役割であったり重さが全く以って違う。


    因果律を複数を捻じ曲げるようなことをすれば、新自身が壊れることになりかねない。


    その弱点を隠せば神にも等しい力だ。しかし、実際は強力であれど人の届かぬものでは決してない。


    それが今ここではっきりと目に見える形で証明されたのだった。

  144. 161 : : 2016/10/26(水) 18:13:09

    光音はその新の苛立ちや焦りをまるで見えていないかのように連続して攻撃を続ける。

    もう1度光の矢に捕まれば次は殺されると判断したのか、新は一切の油断や余裕を捨てて回避に専念する。

    その攻防は素人が見れば恐らく何が起きているかすら判別し難い程の速さで進んでいる。

    アニ男が注視して何とか追いつくレベルのその攻防を、彼は歯噛みしながら見ていた。


    アニ男「……くそっ……」


    新の弱点は光音との連携によって、既に露呈している。

    それは今まで無敵だと思われていた新を確かに殺す事が出来る事が判明したという、アニ男達にとって初めて見えた希望の光だ。

    だが、それが分かったとしてアニ男では光音の連携無しにその弱点を突くことは出来ない。

    その光音は今1人で、だが確かにアニ男と連携している時よりも確実に新の身体に傷を増やしている。

    今アニ男がその戦線の中に出張って行っても、きっと邪魔になるだろうし、恐らく被害も増えるだろう。

    それならばアニ男は割り切って後ろでそれを見守る事にしていただろう。

    彼女を前線に出して戦わせている時点でお互いの役割を誤認するという事は無い。

    しかし能力を使う前、光音は確かに「合わせてください」と言ったのだ。

    自分が今から何かしら切り札を使うから、それに合わせてアニ男も動いてくれ、とそういう意味だ。

    だからこそ、アニ男は2人の攻防にギリギリでしか追いつけていない自分が悔しかったし、その状態で合わせようとしてもろくな事にはならないのが分かっていた。


    光音「──────」


    その感も光音は絶え間無く、声無き声を発して大量の光の矢を精製し続ける。

    新もまた超人的な速さでそれを尽く回避し続けるが、しかしその身体には少ないとは言え傷が増えている。

    アニ男はそれを見ながら、必死に自分が出て行けるタイミングを探しているが、それでもなかなか動き出すことが出来ない。

    と、その時だった。


    光音「────っは、げほっ、がはっ」


    光音が唐突に息を荒らげて、咳き込む。

    無論、それは途中で攻撃が中断されてしまったということを意味していた。


    新「っは、息切れかい?人形風情が?そんな中途半端な身体にしたマスターは酷い奴だね、そのせいで君は死ぬのだから」


    そんなあからさまな隙を新が見逃す訳も無く、すぐに回避から一転して新は光音に接近する。


    光音「……ッ!」


    光音は喉を抑えたまま、新を睨みつける。

    もう幾度と無くそれに似た眼差しを浴びせられた新にとってそれは何の障害にもならない。

    しかし新は彼女に接近する僅かな時間の中、彼女の目には自分に対する怯えが無いのを感じ取った。

    それは自分が死なないという確信、それの根拠足りえる要素は───


    アニ男「らァっ!!」


    新「……まさか君が、僕に"防御"をさせるとはね」


    アニ男は光音に接近する新に向けて弾けるように飛び出した。

    「合わせてください」と言われたのは自分の隙をカバーしてくれ、そういう意味だったかは定かではない。

    だがどちらにしろこのままでは光音が殺されてしまう、ならこの場で自分が出来る事を全力でするだけだとアニ男は自分に言い聞かせた。

    迫る新に向けて至近距離での発砲、新が能力でそれを避けるという動作を省略して無力化する。

    そしてその能力が未だ銃弾に対して働いている僅かな隙間を縫っての鋭い蹴り。

    どうしても1つの対象にだけしか能力が発動しない以上、それを切り替える際に発生するタイムラグは少なからず存在する。

    土壇場でそれを狙い、そして成功させたのはアニ男にとって確かな自信となった。


    アニ男「まだ、まだっ!」


    新「ちっ……猪口才な」


    今のアニ男はその新の能力の僅かな隙間を縫って攻撃を繰り出すというそれこそ人間離れした荒業を成功させていた。

    彼をそうさせていた理由は2つ。
    後ろに光音という守るべき対象が居ること、
    そしてもう1つは単純な事だった。


    新「……君のどこにこんな力があったんだい?塔であった時とは大違いじゃないか」


    アニ男「彼女だけにっ、任せる訳にはいかない!僕だって、力になって見せる!」


    アニ男が言った言葉は単なる自己顕示欲だ。

    光音ばかりにいい所はさせてられない、自分だって出来るのだと証明したい。

    そんな単純な事で彼は強くなる。

    何故なら彼は誰よりも負けず嫌いだから。
    どれだけへこたれても、それを打破し得る力を持って立ち上がってきたのだから。

    悔しさをバネにずっと彼は成長してきた……それは彼に確かな自信を、自分ならそれを糧にやれるという確信を与えていた。


    アニ男「こなくそっ!」


    アニ男が放った蹴りは遂に新の防御を抜け、彼を吹き飛ばした。

  145. 162 : : 2016/10/26(水) 18:13:55
    新を吹き飛ばし、アニ男は一旦光音の横まで退る。


    アニ男「光音さん、大丈夫!?」


    光音「……ええ、もう大丈夫です。極光浄天は音は出ませんが、一応声を別の形に昇華しているので息を吸わないと息切れしますし、喉だって酷使するんです。息に関しては私は人より多少は長い事我慢してられるんですが……」


    そう言う光音の口元には拭われた血の跡が微かに残っていた。

    恐らく喉が裂け、血を吐くまで声を出し続けたのだろう。

    彼女は大丈夫だと言っていたが、先程と比べて声もやや嗄れていて無傷とはとても言える様子では無かった。


    アニ男「……光音さんはあまり無理をしないで。君だって生きてるんだ、もっと自分を大切にしなきゃ」


    光音「心配、してくれるんですね。ありがとうございます。でも少し難しいお願いですね。……無理をしないで倒せる相手じゃありませんよ、アレは」


    そう言った光音はチラリと背後に吹き飛んだ新の方を見た。

    アニ男も釣られてそちらを見ると、彼は吹き飛ばされた先にあった機械類の山の中からゆっくりと立ち上がっている所だった。


    新「……いやいや、ははは。やるじゃあないか。予想以上に良いウォーミングアップになった」


    彼はそう言って笑顔を浮かべたまま、歩き出した。

    あちこちが傷だらけだが、それを意に介して無いように歩くその姿はどこか歪さを感じさせて不気味だった。


    アニ男「まだ本気を出していないと言ってる様に聞こえますよ。どのみち貴方の弱点が分かった以上、貴方は打つ手は無いはずだ」


    新「無論、そう言ってるのだとも。ああそうだね……弱点は弱点だ。それに関しては僕に打つ手は無い。なら、根本から克服させてもらおう」


    そう言って彼が指を鳴らすと、彼のたっている地面の下から機械の管が生物の様にうねりながら出てきて、新に接続する。

    そしてその管は何かを新の身体へと送り込んでいた。


    アニ男「……光音さん、あれ何をしてるか分かるかな?」


    光音「今、識別してます。……あれは金色?……っ!?アニ男さん!今すぐあの管を切断して────」


    新「……もう遅いよ。全部、吸収し終わった」


    新がそう言うとぼとりと機械の管が新の身体から離れて、地面に落ちた。

    新の身体にあったはずの傷はいつの間にか全て塞がっており、傷痕1つ残っていない。

    そして見るからに先程の新よりも力が漲っていて、遠目からでもその覇気が伝わってくる。


    アニ男「一体何を……」


    その力に漲った新の姿を見て、アニ男は額に脂汗を浮べながらそう呟いた。

    感覚で彼は今の新が先程とは比べ物にならないほどの力を有していることを感じ取っていたのだ。


    光音「……恐らくは性欲エネルギーです」


    光音もまたアニ男と同じ様に目の前にいる新を見て、危惧感を感じさせる言い方でそう言った。

    それは新に聞こえていたようで、彼はその通りだと言って、話を続けた。


    新「性欲エネルギー、あらゆるエネルギーに取って代わる事の出来る万能で最高のエネルギーだ。それが生み出す力は計り知れず、その量と使い方によってはSFの世界でしか実現出来ないような事さえ可能にしてしまう」


    新「そんなエネルギーを僕は直接身体に取り込んだ。……先程までの僕だと思わない方がいいよ」


    そう言って新は指で、来いよとジェスチャーをする。

    恐らく先制攻撃を許してやると言った類の意味だろう。

    確かに今の彼は見るだけで分かるほど強大な力を持っているが、先程の光音の力を全てぶつければ無傷という訳にはいかないだろう。

    光音は深呼吸して、能力を発動する。


    光音「極光浄天(アウル・ピュリフィリア)────」


    声なき声をカタチにして、次々と光の矢を生み出していく。

    先程とは比べ物にならない程の量の矢を生み出し、それらは新に向かって殺到した。

    新はそれらに対して一切の回避行動を見せず、全ての光の矢が新に命中する。

    幾らあの能力があれど、あの量では中に潜んだ矢以外の攻撃全てをぶつければひとたまりも無い……そう確信していた。

    だが。


    新「───どうした、それで終わりかい?」


    そこには最初に立っていた場所から一歩も動いていない新の姿があった。

    彼はそう言うとグッと拳を握り、先程の様にその場で空気を突いた。


    光音「ぐっ……ぅああっ!?」


    そしてその瞬間に、光音は何かに殴られたかのように後ろに吹き飛ばされる。


    アニ男「光音さんっ!?」


    新「……君に、余所見をする余裕はあるのかな?」


    新のその言葉が、アニ男の耳に届いた時には既に腹部に拳が当たっている感触があった。

    そしてアニ男はなす術もなく、光音と同じように吹き飛ばされてしまった。
  146. 163 : : 2016/10/26(水) 18:15:06
    腹に穴を開けられたかのような衝撃を覚え、次の瞬間には広間を囲むようにして置かれていた機械の類に衝突していた。


    アニ男「ぐ……ぼぁっ……」


    喉の奥から大量の血の塊がせり上がって来るのをアニ男は抑えることも出来ずに吐き出してしまう。

    今まで色々と痛い目にあってきたアニ男ではあるが、その中でも今の一撃はトップクラスに強烈な物だった事がわかる。

    体の中で、骨、内臓などの要素がバラバラになっている感覚すら覚える。

    だが、それでもここで倒れる訳にはいかないとアニ男は意地と根性で立ち上がる。


    新「今更この程度で死ぬとは思ってはいないが、それでも思ったより早く立ち上がったね。よっぽど僕が憎いらしい」


    新の言葉を受け、アニ男がふと横を見ると自分と同じようにボロボロになり、倒れている光音がいた。

    彼女の着ている美しい着物は血に塗れて、見る影もなく、立ち上がろうとしながらもダメージが大きいのかそれが出来ないでいた。

    だがそれでも彼女の眼差しは力強く、決して折れることの無い強い意志が感じられる。

    光音はアニ男に目を合わせると、新の方へ行けと合図をする。

    光音を放置したまま、新に向かうのは少し躊躇われたが、ここで助けに行っても二人まとめてやられるだけだ。

    アニ男は光音の合図に頷き返して、新の方に向き直る。


    アニ男「憎いとか嫌いだとか、そうじゃない。貴方を止めるのが僕の役目だ。それだけは譲れないし、譲る気もない。あの程度で倒れる訳にはいかないんだよ!」


    そう言ってアニ男は銃口を新に向けて、発砲しながら駆け出す。


    新「信頼、か。くだらない。そんなまやかしにいつまでも縋っているから君は弱いままなんだよ」


    新は放たれた銃弾を尽く避けて、銃弾の雨が止んだ瞬間に目にも止まらぬ速さで蹴りを放つ。

    空を切ったその蹴りは、一瞬の停滞の後に形を見せないままアニ男に肉薄する。

    それをアニ男は最低限のダメージに抑えて、回避する。

    原理は分からないが、目に見えない攻撃が来るならば当たった瞬間に受け流せば被害は最小限に抑えられる。

    対策と呼べるような代物では無いが、アニ男が出来る範囲での最善策はこれしか無かった。

    現にアニ男は次々と襲い来る攻撃をその方法で受け流し続けていた。

    そしてそれと並行するように銃弾を乱射する。


    新「君、忘れたのかい?僕にそんな玩具を向けてもどうにもならないよ」


    呆れた様に新はそう口にしたが、アニ男は首を横に振って言った。


    アニ男「例え玩具でも使いようによっては役に立つんだ。……例えば僕が発砲して貴方が銃弾を避けている間、貴方は1度も攻撃していない」


    新「……!」


    呆れた様な表情を浮かべていた新が、その表情に少しの驚きを浮かべる。


    アニ男「貴方の能力、1つの因果律を曲げる……さしずめ貴方の攻撃とそれが届かないという因果を抹消していると言った所でしょうか。それならそれが回避と並行出来ないのも納得がいく」


    新「……君にこちらの技を暴かれるのは屈辱的だね」


    新はそう言ってアニ男に対して憎々しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


    新「まあ今更バレたからと言って大した問題では無い。それならそれでやりようはあるのだから」


    そう新が言った瞬間、その姿がブレる。

    アニ男からすれば突如新が目の前に現れた様に見えただろう。

    今度は遠くからでは無く、直接身体に拳を加えられ、思わずアニ男は身を折る。

    すかさず新はアニ男の顔面に膝を入れて、上体を仰け反らせ、トドメと言わんばかりの蹴りを叩き込んだ。

    アニ男はその一瞬の出来事に呻く声も出すことができずに地に伏した。


    新「君くらい能力なんて使わなくても一捻りって事だよ、面倒だからやらなかったんだけどね」


    新はそう言い残し、さて、と言って光音の方に向き直る。


    新「次は君の番だ。安心してくれ、僕に痛ぶる趣味は無いからね」


    そう言って彼が光音に向かって歩きだそうとした瞬間だった。


    アニ男「まて……よ」


    新「な───」


    新が驚いた様に振り向くとそこには満身創痍のアニ男が震えながらも立っていた。


    アニ男「まだ、終われない……!」


    新「しぶとい奴だ……良いだろう、トドメをさしてやる」


    そう言って新が構えると、直後に背後から大きな爆発音が鳴った。


    新「今度は何だ……!」


    明らかに苛立った新が吐き捨てる。


    「おーおー、楽しそうな事してんねえ」


    軽薄そうな声音が辺りに響く。


    光音「貴方は……!」


    光音がその声の主を見て、驚いた様な声を上げる。


    「最低のエキストラこと、一場。ただいま見参ってな」


    そう言って彼は獣の様な笑みを浮かべた。


  147. 164 : : 2016/10/26(水) 18:22:58
    時は遡る。


    夏未という戦力を失い、更に肉片になっても復活するほどの尋常ならざる再生能力を持っているという事実まで判明した今、戦況は著しく悪化したと言える。


    しかも夏未の救出が必要となれば尚のこと分が悪い。無闇に散りひとつ残さず消し飛ばすという選択肢もなくなってしまっている。


    風子「何か作戦は……?」


    風子が心配そうに輿水の横顔を見つめる。しかし、そもそもジャガディッシュツヌグンタラが復活して夏未がやられるなどという展開自体想定していないのだ。作戦などあるはずもない。


    実際輿水は今ある手札の中で切れるものと切れないもの、その組み合わせでジャガディッシュツヌグンタラに勝利するための方程式を作り出す為にフル回転させている。


    しかし、どうしようと詰め手が足りない。本来その役割を担っていた夏未がいない事が致命的というあまりに皮肉な現実があった。


    輿水「今考えてる……でも正直無理臭いぞこれ」


    ここに来て焦りを見せる輿水だったが、夏未の事でジャガディッシュツヌグンタラは輿水達に対する警戒度を高めたのか、考えている間を待つつもりはないようだった。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ(不屈の演奏者)……ふむ(無響鳴絶)


    ジャガディッシュツヌグンタラのつぶやきと共にあたりから音が消える。だが、まだ終わらない。


    ジャガディッシュ「ふむ(闇に射す光)……ふむ(無意識の闇)


    ジャガディッシュツヌグンタラが視界から消え失せ、さらにはいまこの世界に音も存在しない。ジャガディッシュツヌグンタラからは殺気や敵意の類がほとんど発せられていないため気配を読む事もままならない。


    察知不能の恐怖がそこに存在していた。



    視覚や聴覚どころか戦闘勘すらあてにはできない虚無の世界が横たわる。


    風子や燕は周囲に自らの能力で壁を作ることである程度対応は可能だろう。しかし、輿水に至っては丸腰も同然だ。圧倒的なまでにこの状況に不向きな能力と言える。


    三人を風子の能力による風圧の壁で覆うこおで対処しようとしたが、ジャガディッシュツヌグンタラもそれほど甘くはなかった。


    《運命を切り開く者》や《最低限度》を活用し、確実に壁を突破してきた。


    壁の存在のおかげで攻撃の方向をある程度特定できるため、かろうじてダメージは積み上がっていないものの、ここまでで風子もかなり能力を使っている。それほど長く持つとも思えなかった。


    なんとかお互いアイコンタクトやジェスチャーで意思の疎通はできているが、この状況で精密な作戦の実行も不可能だろう。


    夏未の事もあることを考えれば、何としてもこの空間を早く突破することが必要になる。


    時間が過ぎるにつれダメージも増えていく。ジャガディッシュツヌグンタラ対する反撃も、時折ジャガディッシュツヌグンタラが壁に触れた瞬間に風子と燕が放つ攻撃だけだった。


    しかしそれもすぐに再生されてしまう。状況はほぼ詰みと言えるほどに悪かった。


    しばらくは耐え凌ぐことはできていた。しかし、ある時燕が弾かれるように地面を転がる。風子の壁を突き抜け、ジャガディッシュツヌグンタラが燕に攻撃を仕掛けたのだ。

    起き上がった後も吐血し、足元もおぼつかない。フラグの構築も、防御の最低化も、振動による防御を無視も、光による破壊力も持ち合わせているジャガディッシュツヌグンタラの攻撃力は生半可なものではない。


    これまで夏未の奮戦や人海戦術によって攻撃を受けることがなかったために表面化していなかったが、ジャガディッシュツヌグンタラの攻撃は必殺とは言わずとも、何度も受けられるようなものではなかった。


    燕の様子からもただ殴られただけのように思えるが、大量の吐血や、身体バランスの崩れは相当なダメージが入っているということは火を見るよりも明らかだった。燕の歳も考えれば立ち上がっているのも異常なほどだ。



    防御、探知、攻撃の全てを風子に依存しているため、風子の能力の限界は即ち死に直結する。燕が大きなダメージを受けたことは、その底が見え始めているということを意味していた。

  148. 165 : : 2016/10/26(水) 18:25:50
    風子の能力がなければこの戦いに勝算はない。その事実だけは明白である。


    先の戦いの心配をしている余裕はない。


    輿水は地面を削って文字を書き、風子に見せる。


    "この能力を消すことができれば、あいつからわたちゃんを引き剥がすことは可能か?"


    風子はその言葉に深く考える素振りを見せ、目を閉じる。風子の中にいるドヴォルザークと相談しているのだろう。


    しばらくして、風子は目を開くと神妙な顔でゆっくりと頷く。


    重症の燕を下がらせ、輿水は目を閉じる。


    そして音にならずとも確かに、発動のトリガーとなるワードを口にする。それは口元の動きでもはっきりとわかる程に存在感を放っていた。


    輿水「ファイナルステージ──水天一碧(すいてんのあおきまじわり)


    輿水が再び小さく口元を動かした後、手を叩く。


    音のない世界ではただ手を合わせただけに等しいその行為。だが、その瞬間に変化が訪れた。


    突如として風子の壁がかき消え、それと同時に世界に音とジャガディッシュツヌグンタラの姿が現れる。


    唐突な出来事にジャガディッシュツヌグンタラも驚愕したように目を丸くしている。だがそんなことは関係ない。勝負は一瞬。その瞬間を風子は見誤ることはなかった。


    ジャガディッシュツヌグンタラの外部を削り取り、夏未を保護しなければならない。



    風子「いくよ!ドヴォルザーク!」



    『おう!!』


    風子『龍王の号令(ノーブル・ヴィジョン)!!』


    風子の掛け声にドヴォルザークが答え、あたりを風が駆け抜ける。


    その風は幾つもの巨大な塊を成していき、その姿は何体もの竜を模る。


    その数はまさに膨大にして圧巻の一言だった。まさに竜の軍勢を率いる王にふさわしき光景とも言えるだろう。


    風の細剣をジャガディッシュツヌグンタラに向け風子は声を上げる。毅然と、そして高らかに。


    そして、遠く響き渡る風子の声にはドヴォルザークの声が重なっていた。


    風子『龍王ドヴォルザークの名を以って命ず!ジャガディッシュツヌグンタラを排し、渡瀬夏未(わたちゃん)を救出せよ!』


    風子の風によって生み出されたはずの竜達はその両翼をはためかせ、自らの意思を持つかのように次々と雄叫びをあげる。


    そして、ジャガディッシュツヌグンタラの周囲を取り囲むと、竜巻のように入れ替わり立ち代りといった様子でその牙で喉笛を食い千切り、爪で四肢を引き裂いていく。


    ジャガディッシュツヌグンタラも能力で応戦しようと足掻くが、あまりの数に《運命を切り開く者》がオーバーロードしたのかその動きを止めた隙に蹂躙され、次の動きを封じられる。


    次第に大量の竜達にその体を覆い尽くされ、姿が見えなくなっていく。


    それはまるで一つの風の渦巻く巨大な球体のようになって弾けると、そこにジャガディッシュツヌグンタラの姿はなく再び一体の竜の形をとり、風子の元へと戻る。


    そして、その背中には何事もなかったかのように平然としている夏未の姿があった。



    夏未「危なかった。捕まった時"刻繰の城"の効果範囲を極小にして、時の進行を遅らせていなければ今頃彼奴の養分だ」


    平然としている夏未だが、かなり能力を酷使した故の消耗があったのかどこか気怠げな雰囲気であり、いつものような見るものを圧倒する力強い空気も弱々しい。そんな夏未に風子が不思議そうに尋ねる。


    風子「結局それってどんな能力なの?」


    夏未「ん?指定した空間内の時間のあらゆる制御を自由に行う能力だが?まあさじ加減が面倒だから多少他人を巻き込んだりもするがな」



    夏未は軽く答えるが、とんでもない能力だ。ミストルティンの上で戦っている時に使用していれば夏未の勝利が一瞬で確定していただろう。そもそもそんな規格外の能力を打破できる者がいるのだろうか。


    風子「そういえば、輿水くんのは?能力を無効にする能力?」


    風子が何気なしに尋ねるが、輿水は彼女の方を振り向かず真剣な表情をしている。


    輿水「いや、それは違う。だが、嫌でもなんでも今から見ることになる。そう焦って説明することもない」


    風子の言葉に輿水は険しい表情で答えた。
  149. 166 : : 2016/10/26(水) 18:37:56
    そして輿水の視線の先にはまたもや復活を遂げるジャガディッシュツヌグンタラの姿があった。


    輿水は風子の一撃によって姿を消したジャガディッシュツヌグンタラが気にかかっていた。あまりにも綺麗さっぱりと消えすぎていたのがどうにも釈然としなかったのだ。


    故に能力を解除していなかった。


    そしてその嫌な予感ともいうべき感覚は的中した。


    恐らく竜達の攻撃を受けている間に体の一部を外に逃がし、そこを起点に再生したのだろう。


    ジャガディッシュツヌグンタラは四人を見つけると今まで以上に鬼気迫る様子で言った。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ……今のは少し焦ったぞ。もう少しで消えるところだった。おかげで再生も不完全だ。渡瀬夏未にならともかくお前のような小娘に足元をすくわれかけるとは思わなかったぞ」


    風子「人を舐めてるからそういう目に合うのよ」


    風子が鼻で笑うと、ジャガディッシュツヌグンタラは少しばかり嬉しそうに口元を歪める。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ。心に留めておこう。だが、お前を含めて三人は空穴のはず。あとはそこの男ひとり。しかもそいつは近接専門。何もできずに終るのがオチだ。今の状態でも私に敗北はあるまい」


    ジャガディッシュツヌグンタラは勝利を確信したかのように告げる。


    だが、唐突に背後から聞こえる声に戦慄する。



    輿水「フラ男の記憶に慢心は敗北フラグだって教わらなかったか?」


    低く体勢を構えた輿水がバネが弾かれるように素早く動くと、ジャガディッシュツヌグンタラを蹴り上げる。


    輿水「もうしばらくお披露目できない能力なんだ。存分に味わっていけ」


    そう言うと輿水は目を閉じる。


    輿水「整理検索(ソート&サーチ)……」


    すぐに目を開くと次々のまるで呪文の詠唱のように何らかの言葉を連ねていく。


    輿水「鉄鋼身(プルート)瞬身(イグニス)金剛力(バサラ)蛮族の大盾(ウォール・オブ・バルバロイ)

    そして宙空に向け輿水は地面を蹴る。それに対して、高々と打ち上げられたジャガディッシュツヌグンタラが空中で体勢を整え迎撃の姿勢をとった。


    正面に現れた輿水を見てしめたとばかりに口元を吊り上げる。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ(こいしちゃんの笑顔)!!」


    空中で動くことのできないであろう輿水にむけ巨大な収束光を放つ。


    しかし、それが輿水を捉えることはなかった。輿水はジャガディッシュツヌグンタラが光を放つ直前空中を蹴って反転するとジャガディッシュツヌグンタラの背後に回る。


    そしてジャガディッシュツヌグンタラを地面に向けて蹴り落とす。ジャガディッシュツヌグンタラは地面に叩きつけられ巨大な土煙をあげた。

    ジャガディッシュツヌグンタラが地面に叩きつけられたのを確認すると、輿水は階段を下りるかのように数度空中を蹴って地面に着地する。


    輿水「四季運ぶ天使の風(アネモス)


    呟きとともに強風が吹き荒れると、土煙が一掃され車に轢かれたカエルのようになったジャガディッシュツヌグンタラが姿をあらわす。

    ゆっくりとその姿を人型に変えるジャガディッシュツヌグンタラを見て輿水が笑う。


    輿水「ここまで弱り切ってるとはな。わたちゃんや風子が何度も殺した甲斐はあったか。おかげで楽できてなにより」


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむぅ……ふざけやがって……!!」


    ジャガディッシュツヌグンタラはゆっくりと起き上がる。


    逆上したのではない。ただの時間稼ぎにすぎない。


    輿水を虚をつくようなタイミング。それこそ瞬きのような小さな隙を探す。


    輿水はまだジャガディッシュツヌグンタラの企みに気づいていない。


    ああ見つけたとジャガディッシュツヌグンタラは歓喜する。輿水を取り込んでしまえば、勝利が確定する。


    ほんの数秒そんな思考と共にほくそ笑むと、液体のようになって輿水に飛びかかった。

  150. 167 : : 2016/10/26(水) 18:50:33
    ようやく輿水が気づいた時にはもうすでにジャガディッシュツヌグンタラは目前まで迫っていた。


    時既に遅し。ジャガディッシュツヌグンタラは勝利を確信する。


    だが、輿水の表情に驚愕や恐怖はない。むしろ笑っているようにすら見えた。


    輿水「円環の監獄(テロス・フィラーキ)


    輿水の呟きと共にジャガディッシュツヌグンタラの体が空中で止まる。そしてその周りを無数の円環が覆い始め、球体となって密閉する。


    輿水「惜しかったな。俺の能力は屈服、従属、敗北、恭順、あらゆる形で俺という存在に下った者の能力を完全再現して使用できるんだ。まあいろいろ制約があるから出来れば使いたくはないんだが、こういう事への対応力で言えば随一だ」


    輿水が話す間もジャガディッシュツヌグンタラは壁を打ち破らんと能力を行使する。


    輿水「どうだ?破れそうか?」


    悔しげに歯噛みするジャガディッシュツヌグンタラに肩をすくめる。


    輿水「だよな。殴ろうが壊そうが無限に修復しやがる。俺もこいつがなければやばかったよ──完全回帰(オールリセット)


    そう言って手を叩く。すると、球体が元からそこになかったかのように消え、ジャガディッシュツヌグンタラが地面に着地する。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「ふむ。あのまま閉じ込めておけばよかったものを。愚かだな」


    輿水「残念ながら外からも干渉できないんでな。時間があるわけでもないしさっさと終わらせようか」


    ジャガディッシュツヌグンタラは危機を感じていた。万全であれば本当の意味で時間切れを狙えただろう。


    しかし未だ風子から受けた傷の修復すら不完全だ。このままでは敗北する。そう確信し、既に逃げ出す算段を始めていた。


    一度撤退さえ叶えば敵の戦力は皆無に等しい状態になる。


    輿水「なるほどなるほど。まあ賢い判断だな東大首席だとか天才ハッカーだとかの記憶積んでるだけはあるな。この状況で400パターンか……流石としか言えん」


    輿水が心から感心したようにうなづく。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「貴様……まさか……」


    輿水「そうだな。お前の想像通りなんじゃないか」


    小さく笑う輿水にジャガディッシュツヌグンタラは恐怖した。普段の完全な状態であればそんな事はなかったのかもしれない。だが、無限にも思える能力の数々が襲いかかるという現実は、弱り切った彼の心を少しずつ蝕んだ。


    英雄の知識や記憶、経験あらゆるものを受け継いだジャガディッシュツヌグンタラは敗北などあり得ない。そう信じて止まなかった。



    だがかれはその傲慢に気づいてしまった。


    慌てたように逃げ出そうと背後に向ける。


    輿水「逃げるなんてつれないじゃないか。無限回廊(エンドレス)


    だが、あるところで気づく。輿水は動いていないのに、走っても走っても距離が開かない。


    ジャガディッシュツヌグンタラの表情が憎悪に歪む。死ぬ事への恐怖。作られた化け物である彼にはそれが経験によって与えられていた。


    逃げられなくなった時彼が取る行動はひとつしかない。自暴自棄な特攻。


    幾度も挑みかかり、その度に新たな能力に打ちのめされる。その度に少しずつジャガディッシュツヌグンタラの再生速度は遅くなり、体が小さくなっていく。


    ジャガディッシュツヌグンタラ「そんな馬鹿な話があってたまるか……こんなふざけたことがァ!!」


    輿水「頃合いか……不浄を祓う天炎(アグニ・ラウ・アシダハータ)


    怒りと憎悪に染まり切った突貫。それは輿水の無感動な言葉に一蹴される。


    今までとは比べ物にならないほどの光や熱量がジャガディッシュツヌグンタラを包み込む。生身の人間が近づけはそれだけで蒸発してしまうのではないかというほどの巨大な炎。


    "最低限度"を何度も発動し炎を消そうと奮闘し、"運命を切り裂く者"で自分の死亡フラグを幾度となく切り裂くこうとするが、巨大な炎は収まるところを知らない。


    輿水「相性が悪かったな。この能力はお前の背負う罪を元に燃え上がる浄化の炎だ。
    未来を作るフラ男の能力で過去に干渉する炎は消せないし、最低限度でも過去の罪は消えない。
    お前の体力が十全なら罰を受けきれたかもしれないが、今のお前に5人分の罰を受けきる体力は残っていない。大人しく罪に焼かれて灰になれ」



    輿水が炎に手をかざすと、その炎はまるで消えかけたろうそくがその最後の一瞬に燃え上がるかのように炎が眩く光り、大きく膨れ上がる。


    そして最後に残ったのは小さな灰の山だけだった。


  151. 168 : : 2016/10/26(水) 19:01:20
    ジャガディッシュツヌグンタラの残骸。それはもう残骸というにも余りに無残。触れれば塵となるような灰色。


    輿水「流石にもう生き返らないよな……?」


    輿水はびくつきながらつま先で灰の山をつつく。


    それを見た風子がため息をついて輿水の後ろまで歩み寄って灰の山を風に散らし遠くに飛ばしてしまう。


    風子「これでいいでしょ。あんだけやって自信ないってどうなのよ」


    輿水「仕方ないだろあいつ何回生き返ったと思ってんだよ。あーやばい。リバウンドきた……身体が重いだるいねむいつらいしぬ」


    呆れたような風子に不満げに返したかと思うと輿水は急に座り込む。


    風子「リバウンド……?」


    風子が不思議そうに尋ねるが、輿水はだるそうに項垂れていて返事を返さない。


    夏未「そいつはしばらく使い物にならん。そっとしておいてやれ」


    そう言うと夏未が風子の肩に手を置いて首を横に振る。


    夏未「ファイナルステージはそれまでとは次元が違うほどに強力である分、時間制限と使用後に致命的なリバウンドが発生するようでな。使用後1時間は一般人未満に基礎能力が低下し、身体中に鉛をつけたように重くなり、死ぬほどにだるい。厳密にはいろいろあるのだが、基本は1日1度のみしか使えん」


    夏未が懇切丁寧に説明するが、まだ風子は釈然としないといった様子だった。


    風子「でもわたちゃんは平気そうじゃない?」


    確かに夏未は元気そうに歩き回っており、特に問題もなさそうに見えた。


    夏未「平気なものか。私も輿水と同様のリバウンドをうけておる。時間が経って少しずつ基礎能力が回復はしておるが、まだ吹けば飛ぶような力しかありはせん。あいつと私の反応が違うのは性格の問題だ」


    そう言って肩をすくめる。そうしてようやく風子も得心がいったと言う様子だった。


    燕「しかし、急がねばアニ男殿達が危険では……」


    しばらく休んだおかげでダメージも抜けてきたのか燕が起き上がり告げた。


    それを夏未は忌々しそうに返す。



    夏未「不愉快極まりないが、今の私達が行ったところで足手まといだ。それに光音がおるのだ。まだ戦闘に入って間もなかろう。早々に負ける事もあるまい」


    それを聞いて輿水が顔をそのままに小さく手を挙げる。


    輿水「このままあそこ行くとかほんと死ぬ」


    風子が輿水を一瞥し、燕に目を向けると肩をすくめる。燕も苦笑いしながら何も言わず頷くのだった。
  152. 169 : : 2016/10/28(金) 00:07:49


    一場は光音やアニ男と言ったボロボロの2人に目をくれると、少し驚いた様な声を上げた。


    一場「へえ、中々やるじゃねえか。みっちゃんはともかく、そっちの兄ちゃんもいい根性してんね」


    光音「みっちゃ……ってそんな事より貴方どうして!塔で満身創痍の状態で消えたはずじゃ……」


    光音は呼ばれなれない呼び方で呼ばれて危うく抗議しかけるが、それよりも一場が平然とした様子で居る事に驚いて声をかける。


    一場「そりゃあ、お前病院行ったからだろ。怪我したら病院ってのが昔からの習わしって奴だ」


    光音「病院って……」


    その一場の適当な解答に光音は思わず絶句してしまう。

    光音のそんな様子を横目に、一場はパンと1つ手を鳴らして新に向き直る。


    一場「さてさて、本日のメインディッシュといかせてもらおうか」


    新「相も変わらず掴めない男だ。言い換えればそれだけの男だという事だがね」


    一場「はっ、言ってろ」


    次の瞬間、両者の姿が消える。

    新の拳が、蹴りが次々と一場に繰り出されるがその尽くを避け続ける。

    一場もまた新の攻撃に応じる様に鋭い攻撃を放つが、それは新の能力の前に届くことは無い。

    その様子だけで見れば互角に見えなくもないが、攻撃が無効化される分、一場が不利になるのは時間の問題だった。

    一場もその様に感じたのか一旦離脱して、後方に飛び退く。


    新「どうした、結局は口だけか?そのままではいつまで経っても僕に傷一つ付けれないぞ」


    一場「だな。もしかしたら、とも思ったんだがそんなに甘かねえわ」


    パンパンと埃を払うように足をはたいて、にやりと笑みを浮かべて新を見据える。


    一場「じゃあそろそろ解禁だ。決めるぜ、不可視の叛逆児(クヴィスリングス)


    一場が能力の名前を口にすると、一瞬だけ一場の姿に違和感が生じる。

    だがそれはその場にいた全員が見間違いか勘違いと処理して、気にもとめない様な僅かな物だった。


    新「……何も変わってないようだが?」


    一場「そいつは見てのお楽しみって……なぁっ!!」


    一場はそう叫んで、新たに向けて猛然と駆け出す。

    新は一場の能力に興味があるのか、ポケットに手を突っ込んだままニヤニヤと笑みを浮かべている。

    一場はその速度を殺さず、勢いそのままに新に向けて飛び蹴りを放つ。

    その一場の蹴りは先程の様に能力の前に無効化された様に新の脇を抜ける様な軌道を描く。


    新「な、にっ!?」


    だが一場の蹴りが脇をすり抜けた直後、新の身体が宙に浮いた。

    顔面目掛けて放たれた飛び蹴りは確かに外れたのに、新の身体は何者かに蹴り上げられる。

    そして一場はそのまま着地して宙に浮いた新の胴体を切り裂く様な速度で蹴り抜く。

    そしてまたもやこの最初の一撃は不自然な軌道で新の身体から逸れるが、その直後に新の胴体は別方向から見えない何かに蹴り抜かれ、吹き飛んでいく。

    その何とも奇妙な感覚の前に、当事者である新や光音、アニ男達も不自然な感覚を覚えていた。


    新「一体どういう……!」


    一場「誰が言うかよバァカ……ほら、もう1つ"重ねる"ぞ」


    彼がそう言った瞬間、またもや彼の姿に何とも言いようのない違和感を覚える。

    だが次はその違和感は確かなものとして彼らの目に焼き付いた。


    アニ男「あいつ……影が……」


    アニ男が気付いたその違和感、それは彼の影に生まれていた。

    彼の影はどういう訳か、3つに増えている。
    そのうちの2つは色が薄く、もう1つの濃い影の動きをコンマ遅れに真似ている様だった。

    その色の薄い影は濃い影にほとんど重なっていて、3つに増えた今だからこそ増えたのが分かるが、2つの時は確かに殆ど気づけないだろう。


    新「クソ……好き勝手やりやがる。あまり調子に乗るなよ!」


    新が苛立った様にそう叫んで一瞬で一場に肉薄、鋭い拳を繰り出す。

    だが一場はそれを避けようとせずにクロスカウンターで同じ様に突きを繰り出した。


    一場「ごぇあっ!!」


    正面から新に殴られた一場は為す術もなく吹き飛んでいく。

    だが、それは新も同じ事。
    一場の繰り出した突きは同じ様に新の頬を外れるが、その後を追うように不可視の拳が2発、新の額と頬を歪ませる。


    新「ぐぅおっ!?」


    両者は互いに吹き飛び、広間の壁に衝突する。

    そして程なくしてどちらも立ち上がる。

    口から血を零しながら新が口を開く。


    新「……エキストラ如きに傷を付けられるのは屈辱的だったよ。……だが、君の能力はもう見破った」


    そう言って新は口元の血を拭った。
  153. 170 : : 2016/10/28(金) 00:08:44


    一場「ま、そんな分かりにくい能力でもねえしな。あんたに見破られる程度じゃ驚かねえ」


    新に能力を見破ったと言われても、一場は飄々とした態度のまま、あっけらかんにそう答えた。

    そんな一場の様子など気にもしていないように新は口を開く。


    新「君の能力自体は単純、君の分身を生み出す事だ。その分身は見えない上に君と同じ動きを別の位置から繰り出している。君が正面から蹴りを放てば、ほぼ同時に左右から同じ様な蹴りが飛んでくる。分かれば何のことは無い能力だ」


    一場「ま、そういうこった。俺の近くにしか出せねえし、動きも俺の真似事しかしねえ。見えないとは言え、何かの拍子に殴られれば俺までダメージを受ける。……が、てめえ相手に関しちゃ効果てきめんって感じだな」


    一場がそう言うと新は腹立たしそうに舌打ちして、一場を睨みつける。


    新「僕だって予想外だ。まさか、君自身と君の分身がそれぞれ別の因果律を持ってるだなんて。どれか1つを無効化しても他の攻撃は避けれない。……しかも、君はまだ隠してる事があるだろう?」


    新がそう言うと、先程とは違い、一場はピクリと眉を動かす。

    急に真面目な顔付きになり、一場は新に問いただした。


    一場「……何で分かった」


    重々しい声音が広間に響く。

    アニ男と光音はその声から今まで一場から感じたことの無いような圧力を感じていた。

    新はふんと鼻を鳴らすと、余裕を含めた笑みを口端に浮かべる。


    新「幾ら君の身体能力が常識外れだとしても、今の僕をこうも軽々と傷付けられているのはおかしい話だ。そこの人形の能力ですら傷一つつかなかったのにたかだか君如きの蹴りや拳でダメージを受ける、君達も不思議だっただろう?」


    そう言って新はアニ男達に目線を移す。

    アニ男達はそれには反応しなかったが、確かに一場が新にダメージを与えれてるのは不思議だった。

    性欲エネルギーを取り込んで、その身体強度を極限まで高めた新は光音の極光浄天ですら無傷でやり過ごせる。

    だが、だからと言って一場の蹴りや拳が極光浄天の威力を上回っているかと言えばそうは見えない。


    新「君の攻撃、当たるとその当たった部分だけとてつもない虚脱感に襲われるんだ。まるでそこだけ力が極端に低くなるように……そして僕は触れた箇所の力を最低に落とす能力を知っている」


    一場「………」


    一場は何も言わずに黙って、新の方を睨み付けていた。


    新「───君、なぜ最低限度(フォール・ディア・ミニマム)が使えるんだ?」


    新のその問い掛けに最初に反応をしたのは光音だった。

    彼女は小さく驚きの声を洩らし、一場の方を凝視していた。


    アニ男「光音さん、心当たりがあるの?」


    光音「心当たり、というか……最低限度は本来、英雄の1人、鈴鳴健太の能力です。既に彼は死し、失われた筈の能力なのですが……それを使っているとなれば考えられる可能性は1つ、一場さんに鈴鳴健太の遺伝子が混ざっているという事だけなんです」


    目の前で鬼の様な形相で新を睨みつけている一場が英雄の遺伝子を持っている、その事実にアニ男は愕然とする。

    だが一場は光音のその話を否定する事も無く、重々しく口を開いた。


    一場「組織を潰した時に知った話だが……俺を作ったのは組織の最重要機密として保存されていた誰かの精子と組織にいたしがない女だったらしい。それが誰かのなんて知りたくねえし知る気もねえ。だがそれが俺に力を与えるなら最大限利用してやるだけだ」


    一場がそう言って静かに構える。

    新はその答えを聞いて、成程と笑った。


    新「それは実に君らしいね。いやしかし、僕も英雄達と直接面識がある訳じゃないが確かに君には鈴鳴健太の面影はある。殆ど関わりの無い僕でも何となく分かるのだから、彼をよく知る人ならすぐに気づくんじゃないか?」


    一場「んなこたどうだっていいんだよ。黙ってんならこっちから行く……ぞっ!!」


    一場は台詞を言い切ると同時に新へ急接近、そしてそのまま目にも止まらぬ速さで蹴りをくり出す。

    新は1発目を能力で無効化すると、後から来た2発は無理矢理身を捻って回避する。

    そして回避した体勢から、何も無い空間に蹴りを放った。

    その蹴りは見えていない筈の一場の分身に当たり、一場は呻き声をあげながら後ずさる。


    新「見えないとは言え、蹴りが風を切る音は鳴る。それさえあれば攻撃を当てる程度、訳もない。……分身が攻撃の要であり、弱点でもある。中々不便なものだね」


    そう言い放つと、新はダメージで動けない一場に接近して深く腰を落とした体勢から突きを繰り出す。


    一場「ごがぁっ!」


    一場はその突きをモロに喰らい、為す術もなく吹き飛ばされた。
  154. 171 : : 2016/10/28(金) 10:15:30


    一場が吹き飛ばされた次の瞬間、新はすぐにトドメを刺そうと追撃するべくその後を追う。


    だがその間にアニ男が割り込む。


    アニ男「そうなんでも好き放題させてたまるか!!」


    数発の銃声。それと共に放たれる蹴りは新の腹部をしっかりと捉える。その攻撃は今までにないほどに速く、鋭い。



    新「ここにきてまた速く……!?」


    さしもの新も驚いたような表情を浮かべる。アニ男自身気づいてはいないが、アニ男の攻撃の強さや速さは衰えるどころか徐々に、だが確実に増していた。


    肉体が傷つけられ、非リア術を使い続け、限界に近づけば近づくほど高まる闘気のようなものを新ははっきりとその身に感じる。


    賢者モードなどとうの昔に通り過ぎただろう。だがそれでもアニ男は何かを吐き出し続けた。


    空砲ですらない。力強い何かを。


    このまま行けば彼は倒れ、立ち上がるたびにその強さを増し、新に挑みかかるだろう。


    新は直感的にアニ男という存在に恐怖していた。本人は気づかないのか、意図して気づかないようにしているのかその事実に目を向けてはいない。


    しかしアニ男の未知の実力が新に確実に焦りを与えていた。


    新「だが……それももう終わりにさせて貰おうか!!」


    新はしっかりとアニ男の蹴りを受け止める。そしてそのまま振り回すと地面に叩きつける。


    強かに背中を打ち付けられたアニ男は肺から空気が吐きだされ、息ができなくなる。声にならない悲鳴をあげ、チカチカと明滅する視界になんとか新を捉えるのがやっとだった。


    新「終わりだ……これが縋ることでしか生きられぬきみの最期だ……!!」


    身体の自由が利かず、即座に反撃に移ることもできない。そんなアニ男に向け新は拳を振り下ろす。


    「アニ男くん!!」


    アニ男の掠れた意識の中に、風子の叫び声が響く。聞き間違いかとも思ったが、確かに風子がいた。輿水や夏未、燕も一緒だ。


    彼らは誰一人欠けることなくここにたどり着いたのだ。


    ドスリと腹に重い感覚が通り抜ける。


    「よかった」


    心から出た言葉は声にならない。


    その代わりとばかりに、アニ男の口から大量の血の塊が吐き出された。

  155. 172 : : 2016/10/28(金) 11:41:55



    アニ男はまたあの場所にいた。


    「なあにが良かっただ。くたばってちゃ世話ねぇな」


    アニ男「うるさいな。あの人達が来たならもう心配はないだろ」


    アニ男は目の前の自分に悪態を吐く。自身になじられるというのもなかなかない経験だろうが、そんなにかまっていられる余裕はなかった。


    「だからお前は馬鹿だってんだよ。いいもん見せてやる」


    もうひとりのアニ男がパチリと指を鳴らす。


    そこに映ったのはアニ男自身が先ほどまで見ていた光景と似ていた。


    だが確実に違うのは戦っている人間だ。


    夏未や輿水、風子、燕。先ほど現れた者達、そして一場を加えた面々が戦っている。


    夏未や輿水の能力は見たことのない能力を行使している。その実力は圧巻ともいうべきだ。新もこれには防戦一方にならざるを得ないといった様子だった。


    アニ男「なんだ。大丈夫じゃないか」


    「黙ってちゃんと見てろ」


    憮然としながらもアニ男は視線を戻す。そして気づく。輿水や夏未の呼吸が明らかに異常だった。さらには目や鼻、口から血を流している。


    アニ男がここに来る前に見た彼らは傷はあれどこんな血の流し方はしていない。


    明らかに能力の無茶な使用による過負荷が祟っているのだろう。このまま行けばいつかは限界が来る。燕や風子もかなり辛そうに肩で息をしている。


    アニ男「なんで……!」


    「ジャガディッシュツヌグンタラとか言う奴が予想以上に厄介な奴だったんだろ。このまま行けば全滅だ」


    アニ男「どうにかしないと……!!」


    アニ男は慌てた。たとえ自分が死んでも、最悪は避けられるとあの瞬間に喜びすらしたのだ。だが現実はそれほど甘くはなかった。他力本願で何が叶うと言うのだ。


    完全に新の言うとおりだ。


    「そんなに頼るのが悪いことか?」


    アニ男「何を……」


    「確かにお前の望んだ未来はあまり良かったとは言えない。だが、お前は仲間の強さを信じたんだろ。それは結果とは別に意味のあることだと思うがな」


    アニ男「でも今こうしてみんなが……!」


    「じゃあ、あの場に今のお前が行って何か変わるのか?」


    アニ男はその言葉に何も返すことができなかった。今の彼の実力では新に何もできずに負けるだろう。大凡彼らを逃がす時間稼ぎにすらならない。


    ただ劣等感を噛み締め、黙って俯くしかできなかった。


    「まあそう凹むなよ。お前はまだ死んじゃいないし、戦える。ただ答えを出す時が来たってだけだ」



    アニ男「答え……?」


    「ああ。もうお前は持っているはずだ。お前の望む強さとはなんだ?お前はどうやって前に進む?答えろアニ男()


    ただ自信がなかった。新の言葉のせいというわけではない。だが無関係とも言い難かった。


    他人に寄りかかることも、傲慢に多くを望むこともアニ男が弱さを自覚し、強さを求めるからに他ならない。


    それが正しいか間違っているかはわからないが、アニ男にとって必要なものだ。


    「お前は頭が悪い癖に難しく考えすぎだ。正しいか間違ってるかなんて今は捨てとけ」


    アニ男「わかってるよ。でも川島アニ男の求める強さなんて決まってるだろ?」



    「ああ。そうだな。お前()はそう言う奴だ」


    未だにポケットの中にある曲がってしまった2枚の500円玉を握りしめる。すると不思議と勇気が湧いてくるような気がした。


    アニ男自身あの時から大切なものは何ひとつ変わってはいない。


    アニ男「俺が望むのは弱さから逃げない強さ。みんなに支えられながらでかっこ悪くたって構わない。俺も誰かを支えられるように強くなればいい」


    アニ男は静かに、だが力強く答える。


    「悪くない答えだ。さあ呼べ。お前の願いを叶えるための力を」


    アニ男「ああ……愚者(エンドレス・デザイア)!!!」


    アニ男の言葉とともに視界が光に包まれた。
  156. 173 : : 2016/10/28(金) 13:00:54


    腹の傷から血が溢れてくるのを涙ながらに必死に抑える。しかし、その血は止まってはくれない。あの瞬間。自分が動けていれば。そんな風に考えずにはいられなかった。


    今は輿水や夏未達が無理を利かせて戦っているが、精彩を欠いた彼らでは完全に封じ込められていても倒すには至らないだろう。


    アニ男の脈も少しずつ弱くなっていく。彼の生命力は凄まじいが、それでも限界はある。徐々に弱っていく彼を光音はただ呼びかけ、少しでも血が流れぬようにすることしかできなかった。


    このままであればどちらにせよアニ男の命はないだろう。戦力が多いうちに新を叩いておいたほうがアニ男の生存率も上がるのではないだろうか。



    光音「申し訳ありませんアニ男様。きっと助けます」


    立ち上がりアニ男に背を向ける。


    その時、背後に気配を感じ慌てて振り返る。


    するとそこにはアニ男がフラフラと立ち上がっていた。


    光音「アニ男様……!?立ち上がったりしてはダメです!」


    慌てて駆け寄って気づく。腹の傷が塞がり、血が止まっている。ただその瞳は虚ろで何も映してはいない。


    よたよたと光音を気にする様子もなく、横まで歩いてくると急にその瞳に強い光が宿る。


    アニ男「セカンドステージ──愚者(エンドレス・デザイア)!!!」


    声と共にアニ男の中から力が溢れ出し、巨大なエネルギーとなりあたりに吹き荒れた。
  157. 174 : : 2016/10/28(金) 13:03:14



    それをただ光音は目を丸くして見ていた。


    するとアニ男が彼女の肩に手を置いて静かに告げる。


    アニ男「ありがとうございます。光音さん。もう大丈夫です。もしよければ俺に力を貸してください」


    アニ男の言葉に光音は静かに頷く。


    するとアニ男の背後に幻想的な白い炎が小さく灯る。


    夏未「ようやく眠れる獅子が目を覚ましおったか」

    輿水「遅いから。これ残業代出るかな」


    夏未「サビ残だ」


    ふたりはかなり辛そうながらいつも通りに振舞って見せる。


    アニ男「代わります。ただ少し力は貸してもらいますけど」


    輿水「任せた」

    夏未「小僧が偉そうに。まあいい見せてみろ」


    ふたりの答えと共にまたアニ男の背後に炎がふたつ灯る。今度は暗い闇色の炎と鮮やかな水色の炎だった。


    そこに風子と燕もやってくる。


    風子「起き上がって大丈夫なの?あんな酷い怪我で」


    アニ男「この通りですね」


    アニ男は服をめくって腹を見せる。そこには傷が完全にふさがったアニ男の腹があった。


    それをみて安心したのか、ほっと息を吐く。


    燕「ご無事でなによりです」


    一場「なんだ生きてやがったのか」


    皆ボロボロで、体力も限界というのが見てとれる。アニ男が少しでも遅ければまずかったかもしれない。


    アニ男「みんな休んでください。力だけ借りていきますから」


    風子「まさかアニ男君一人でやるつもり!?」


    真っ先に抗議の声をあげたのは風子だった。それはアニ男も予想していたことだったが、それは夏未の手によって止められる。


    夏未「人数が多ければ良いというものでもなかろう」


    その言葉の意味するところは風子にもわかる。今の風子は完全にガス欠状態だ。共に戦ったところで足手まといになることは避けられない。


    輿水「足手まといは実質マイナスだからな」


    風子「なんであんたはいっつもそう言葉を選ばないのよ」


    風子が憮然とした様子で睨むと、輿水はしまったとばかりに顔を背けて知らんぷりをする。


    燕「兎にも角にも、私の力は預けます」


    風子「仕方ないわね。無理はしちゃダメよ」


    ふたりの言葉と共に翠緑色と黄金色の炎が小さく輝く。


    そして皆の視線が一斉に一場に向かう。


    一場「……だあーッ!わーったよ!任せりゃいいんだろ任せりゃ!」


    一場は全員の無言の視線に堪えきれず、アニ男に後を託すと宣言する。そして最後に薄紫の炎が灯った。


    計6つの炎がアニ男の背後に円を描くように浮かぶ。


    そして、新と相対する。彼はすでに大凡人の姿とは思えないほどに変質していた。


    その体は白く滑らかなセメントのようなもので覆われており、新の地肌が覗いている部分は既にない。


    そしてその背には白く巨大な翼が生えていた。


    その様子にアニ男が驚いていると、新が先に口を開く。


    新「セカンドステージ如きでと言いたいところだが……もっと早く殺しておけばよかったと後悔しているよ」


    アニ男「新さんには感謝しています。あなたが居たから僕は自分の在り方を自分で決めることができた」


    新「戯言だな。君は自分で何かを決められてなどいない。ただ流されているだけ、寄りかかっているだけだ」


    新はアニ男の答えを鼻で笑う。


    だがアニ男はそれを気にする様子もない。


    アニ男「終わりにしましょう」


    銃を握る手に力が篭る。そして、アニ男が銃を構え、一瞬瞳を閉じると何かを念じる。


    すると背後の炎がカチリカチリと音を立て一度目は金色の炎を、二度目は翠緑の炎を指し示すようにアニ男の頭上に合わせた。


    アニ男「雷龍の魔弾(インドラ)



    アニ男はふたつの銃声と共に叫ぶ。そして、それに呼応するように雷を纏う巨龍が大口を開け唸り声をあげた。

  158. 175 : : 2016/10/28(金) 21:37:51
    巨龍は、その巨大な体躯をうねらせながら新を飲み込んでいく。

    雷が轟くような龍の咆哮が辺りに響き、新を巻き込んで周囲の機械や壁を破壊する。


    風子「すっご……ってあの龍ってもしかして……」


    風子がそう呟くと、傍らにいたドヴォルザークが口端を吊り上げて笑う。


    ドヴォルザーク「大方予想通りだろうよ。ったく、アイツらしい能力だぜ」


    それに同調する様に燕も大きく頷いた。


    燕「既に枯れ果てたこの身、まだ私の雷が彼の役に立てるならこれ以上喜ばしい事はありませんな」


    そう言う燕は嬉しそうに笑った。

    だが、そんな和やかな一幕を一度で消し飛ばす様な雄叫びが上がる。

    声のした方を向くと、白い翼をはためかせて宙に舞い上がった新がいた。


    新「最後まで!誰かに縋らねば戦えない!実に君らしい能力だ、アニ男くん……本当にくだらない!何処までも弱者らしい発想だ!」


    アニ男「そうさ、貴方の言う通りだ。僕は1人じゃ戦えない。貴方と対峙するには余りにも弱い。……でも、それが僕だ」


    アニ男はそう言って後ろにいる仲間達の顔を見る。

    全員が全員、疲弊しきって押せば倒れる様な有様だった。

    だが、誰1人として諦めたような目はしていない。

    誰1人としてアニ男の敗北を想っている者はいない。

    徐々にアニ男の後ろに浮かぶ六つの炎の輝きは強さを増していく。


    アニ男「僕は弱い。だから仲間に頼って、縋って、おんぶにだっこで戦う。皆に託されたんだ、絶対に負ける訳にはいかない!」


    そう言ってアニ男は新に銃口を向けた。

    新はアニ男の言葉を全て聞き、そして深いため息をついた。


    新「信頼など笑わせる。友情などくだらない。全て弱者の言い訳だ。……もう、これ以上君と話すことは無い。今から君を殺す、その後に後ろの人間も全員殺して、その後地球上にいる全員も殺す。全部やり直して僕は理想郷を創る。さあ、決着と行こう」


    新はそう言い切ると、目にもとまらぬ速さで空中から突進を仕掛ける。

    アニ男はそれを間一髪で避けると、銃を構えて念じる。

    背後の炎が純白の炎に切り替わり、その次に鮮やかな水色の炎へと切り替わる。


    アニ男「極天の星弾(ミーティア)


    銃口から放たれたのは彗星を思わせる様な幾つもの弾丸、それらは青白い尾を引き、新へと殺到していく。

    新は多方向から殺到する弾丸を片っ端から叩き落としていくが、その威力と数の前に圧され、遂にそのうちの1つが新の翼を直撃する。


    新「ぐがぁあっ!!」


    翼に当たった瞬間、それは爆発を起こして新の両翼を粉々に破壊する。

    地に墜ち、だがそれでも新は尚もアニ男に襲いかかる。

    その速度は最初の新の比では無く、アニ男は避ける間もなく新の突進を喰らう。

    しかし吹き飛ばされながらもアニ男は銃を構えて、念じる。

    薄紫の炎と、闇の様に深い黒の炎が交互にアニ男の背後で切り替わった。


    アニ男「っ……煉獄の夜弾(フツノミタマ)!」


    アニ男はその銃弾を天井目掛けて放つ。

    上空に伸びていく黒い流星の様な弾丸は、新の真上で弾ける。

    新の頭上からは豪雨の様に黒い弾丸が降り注ぎ、新に牙を剥く。

    新はそれを人間では考えられない様な動きで回避するが、避け損ねた1発が新の腕を掠める。


    新「ぐっ!?」


    するとその掠った部分が鉛の様に重くなり、新は体勢を崩した。

    そうなってしまえば今更避けるなど不可能であり、新は黒い銃弾の雨に飲まれる。

    その圧倒的な破壊力を見て、風子達は呆気に取られていた。

    だが、アニ男は未だに警戒を解かずに銃弾に飲まれた新を見据えていた。

    銃弾の雨が止み、その中から白いセメントの様なものを剥がされ、素肌の露出した満身創痍の新が姿を現した。


    アニ男「……新さん」


    新「馬鹿な事を口にするなよ。……まだ、終わらない。ここにある性欲エネルギーを限界まで僕に送れ!」


    アニ男が何かを言いかけたのを無理矢理に遮り、新はそう叫ぶ。

    すると何処からともなく機械のチューブが新の身体に接続される。


    新「ォおオおおオオおォおオおッッ!!」


    新の身体は見る見るうちに白い何かに覆われていき、更に巨大化していく。

    その声は徐々に人間らしさを失っていき、遂には声すら聞こえなくなる。

    そうして最後に残ったのは物言わぬ白い巨人だった。


    夏未「性欲エネルギーも使い過ぎは毒だという事だ。人には手に余る力を欲した代償だろう」


    夏未はそう吐き捨てるように言った。

    アニ男は目の前の巨人を見て、叫ぶ。


    アニ男「例えどれだけ強くなろうとも、僕は貴方を倒す!それだけは変わらない!」


    そしてアニ男は強く銃を握り締めて、目を閉じた。
  159. 176 : : 2016/10/28(金) 21:38:44




    目を閉じ、アニ男が想起するのは自分を支えてくれる仲間達の姿。

    可憐な姿で、しかし力強く、喉が裂けるまで戦った少女の姿。

    翡翠の龍を従え、優雅に、そして厳かに風と共に駆け抜けた女性の姿。

    弛まぬ鍛錬を積み続け、迸る雷をその身に纏い、全てを両断した老人の姿。

    圧倒的な力を以て、あらゆる者を拳で打ち倒し、常に王たる風格を放ち続けた女性の姿。

    時には仲間を支え、またある時には自ら仲間を守り、常に活路を拓き続けた男の姿。

    何にも囚われず、思うがままにその力を振るい、目前の敵を討つ為に立ち上がり続けた青年の姿。

    そのどれもがアニ男の支えとなり、そして力へと変わっていく。

    心の奥底から何かが燃え上がる様にして湧き上がってくる。


    アニ男「僕の全て、僕達の全てを賭けた一撃を……!」


    アニ男がそう唱えると、背後の六つの炎が高速で回転し始める。

    しかしそれに抗う様に白い巨人も、その胸に白銀のエネルギーを集め始める。


    燕「あれは……」


    一場「恐らくは性欲エネルギーの塊だな。凝縮して凝縮して、馬鹿みてえな破壊力の光線にするつもりだ」


    それは今までの新の攻撃の中でも、群を抜いて危険な攻撃だという事は容易に分かった。

    しかしアニ男はそれを前にしても、怯むこと無く精神を統一していく。

    高速で回転する炎は、中心に集まり、1つの炎へと変わっていく。

    それは猛々しく燃える赤い炎、決して消える事が無いように力強く燃えるそれは、何度へこたれても立ち上がり続けた1人の少年を思わせた。


    アニ男「これで、最後だッッ!!!」


    アニ男が銃口を白い巨人に向け、叫ぶ。

    それと同時に白い巨人も性欲エネルギーの光線を放った。








    アニ男「───七天の虹弾(アポカリプス)ッッ!!」









    虹色の極光が、性欲エネルギーの白銀の光線を消し飛ばし、白い巨人すらも飲み込んでいった。


  160. 177 : : 2016/10/28(金) 21:39:20
    虹色の光が全てを飲み込んで、そして程なくして光が晴れていく。

    先程まで白い巨人のいた場所には塵一つ残っていなかった。

    そしてそれは同時にこの長い戦いに終止符が打たれた事を意味していた。


    アニ男「……終わったのか」


    そう呟いてアニ男はふらりと後ろに倒れ込む。

    だがアニ男が地面に倒れることは無かった。


    夏未「……小僧にしてはやるじゃないか。少し見直したぞ」


    夏未はそう言って受け止めたアニ男の頭を撫でる。

    だがアニ男は後頭部に感じる柔らかい感触に意識を奪われ、それどころでは無かった。


    アニ男「いや、はは……ご褒美って事かな」


    風子「何ニヤニヤしてんの。折角カッコいいと思ったのに全部台無しじゃない」


    だがそれも束の間、風子に身体を引き上げられてアニ男はその感触と別れを告げる事になる。


    アニ男「あー、いや……すみません」


    素直に謝るアニ男を見て、風子はくすりと笑う。


    風子「謝らなくてもいいわよ。……よく頑張ったね、すごいじゃない」


    ドヴォルザーク「流石の俺様も今回のお前の働きには褒めざるを得ねえ。良くやった、アニ男。流石は俺の部下だ!」


    風子の背後からふわりと出てきたドヴォルザークもアニ男に惜しみない賛辞を送る。

    アニ男はそれを聞いて思わず照れたように頭を掻いたが、また別方向から声をかけられる。


    燕「恥じることは無い。君はみんなの期待に答えたのですから、もっと胸を張っても良い」


    輿水「そうだぜ。まさか本当にやってのけるなんざ思ってなかったけどな」


    一場「ったくよ、美味しい所だけ持っていきやがって。お陰でこっちは不完全燃焼だっての」


    一場だけはアニ男を素直に褒める発言では無かったが、それでもアニ男にとってはかけられる言葉全てが心地良かった。


    夏未「さて。新も討ち、くちも救出した。目的は果たした。と、なれば最早次の行動は決まってる」


    夏未のその言葉に全員が頷く。

    新とアニ男の攻防によって吹き飛んだ壁の奥から、蒼い美しい星が覗く。


    アニ男「帰りましょう。……僕達の故郷(地球)へ!」









  161. 178 : : 2016/10/30(日) 13:15:13


    その時だった。大きな揺れがアニ男達を襲う。


    アニ男「こ、今度はなんだって言うんだよ!?」


    動揺する7人。その中で光音が驚いたように声を上げる。


    光音「性エネルギー反応……このままだとエネルギーが暴走して、ここは月ごと吹き飛びます!!」


    アニ男「月がなくなったら地球にも影響が出るんじゃ……!何か方法は!?」


    光音の言葉にアニ男が食いつく。しかし、光音はその表情に影を落とし、静かに告げる。


    光音「ダメです。間に合いません……もうあと10分もありません。その間にこれだけの性エネルギーをなんとかするなんて──」


    不可能です。光音はそう続けようとした。


    だがそれは輿水の声に遮られる。


    輿水「俺とわたちゃんでなんとかする。お前はこいつらを連れてミストルティンで逃げろ」


    光音「嫌です。いくらマスターの命令でもそんなの絶対嫌です!マスターを死ぬとわかっていて送り出すなんて……」


    泣きそうになる光音を見て夏未が不機嫌そうに鼻を鳴らす。


    夏未「ふん。私の能力があればお前達の4倍の時を使える。なんの問題もあるまい」


    輿水は夏未の言葉に一瞬眉をピクリとさせるが、薄く笑うとそれに続いた。


    輿水「心配することはないさ。こっちには魔王がついてんだ。それに娘を遺してくたばれるかよ」


    そう言って光音の髪を撫でると、彼女達に背を向ける。


    輿水「風子、光音を頼むぞ。時間は有限だ。頼むから、お前らまでごねてくれるなよ」


    風子「わかってるわよ。どうせ言っても聞かないんでしょ」


    風子の憎まれ口に輿水は笑い返す。


    そして、5人はミストルティンに向けて走り出す。


    その背中を見送り、輿水は夏未に水を向ける。


    輿水「で?本当はどれくらいなんだ?」


    夏未「1.4倍が精々だな」


    輿水「なるほど。まあ、前半が聞こえなかっただけだな」


    そうしてふたりもまたその場から姿を消すのだった。


  162. 179 : : 2016/10/30(日) 13:54:56



    夏未と輿水のふたりと別れたアニ男達はすぐにミストルティンにたどり着いた。多少距離はあったが、道がわかっているのであれば数分とかからない。おそらく余裕を持ってこの場を離れることができるだろ。だが彼らの表情は一様に明るいものとは言えなかった。


    アニ男「本当にこれでよかったんですかね」


    アニ男がそんな事をつぶやく。その言葉に静かに項垂れていた光音の方が跳ねた。


    恐らく最もこの場にいる事を後悔しているのは光音に違いない。無粋な発言が過ぎたとアニ男も自戒し口を閉じる。


    そこで言葉を発したのは風子だった。


    風子「大丈夫よ。あのふたりだもの」


    風子自身不安もあるに違いない。だが、皆を少しでも励まそうと気丈に振る舞って見せているのだろう。一場や燕もまた船を動かす作業に集中してはいるが、彼らなりの葛藤はあるに違いない。





    光音や一場はともかく、あれ程敵として憎み、一度は手にかけた夏未や彼女に協力していた輿水をこれほど心配しているというのはあまりに皮肉な事ように思えた。


    恐らくもう船を出す準備はできているはずだが、一向に動き出す事はない。誰もそれを動かそうと言えない。


    脱出に必要な時間の限界が近づいている中、誰も言い出せなかった。だが、そんな中で口を開いたのは意外にも光音だった。


    光音「……行きましょう。今ここに私達がいたところで足枷となりこそすれ、助けにはなりません」


    涙で潤んだ瞳は迷いを映しながらも、決意を感じさせた。これが彼女が自身のために、そして主人のためにできる最善だと信じようとしているのだろう。


    燕「そうですな。行きましょう」


    燕の言葉に一場も頷きミストルティンを起動させる。


    既に月の彼方此方から淡い金色の光が溢れ出し、残された時間が少ない事をつげている。


    アニ男「ふたりともどうか無事で……」


    アニ男のそんな言葉を残して、ミストルティンは月面を離れる。皆が一様に固唾を飲んで月を見守る。


    月面から溢れ出していた性エネルギーは先ほど新と戦った場所に集まり出しひとつの塊となっていく。その塊は少しずつ小さくなっていった。


    そしてそれは最後。消えて無くなると思われたが、上空で巨大な爆発を起こし消え去った。


    月が無くなるような事はなかったが、月面にあった施設は間違いなく吹き飛んだ事だろう。


    アニ男「だ、大丈夫なのか?」


    アニ男がそんなセリフをポツリと漏らす。そんな時ドサリと重い音が響く。


    それは光音が崩れ落ちるように地面にへたり込んだ音だった。そして目尻に大粒の涙を溜めながら告げる。


    光音「マスターとの接続(コンタクト)が切断されました。生命活動(ヴァイタルサイン)無反応(ノーシグナル)です」
  163. 180 : : 2016/10/30(日) 14:46:51






    事件から3年。あの時、月から地球に戻る途中。アニ男達は輿水との接続が切れたと光音に教えられた。


    光音と輿水の間には基本的にパイプが存在していたのだという。どちらかが死ぬまでそのパイプが切れる事はなく、互の存在を認知できるようなものらしい。


    それが切れたという事は輿水の死を意味していた。


    夏未だけでもとも考えたが、彼女もまた帰ってくる事はなかった。


    光音はそれ以来塞ぎ込んでしまい、抜け殻のようになってしまった。あれ程、人間であることを望み、人間らしく生きた少女は、本当に無感情な機械のようになってしまっていた。



    アニ男や燕はというと、それ以来政府に直接的に介入し指揮を執っている。従来の性エネルギーによる社会構造を刷新。子育てに対する優遇措置を次々と打ち出す一方で、強制的な性行為を行わせるようなことの一切を禁止した。


    そして世界の現状を世間に公表し、性エネルギーの提供者を募ることで以前に比べれば水準は落ちるものの、以前夏未が蓄えた性エネルギーの存在のおかげである程度の生活を維持することに成功している。


    人口の増加もかなりのもので20年以内には新の攻撃以前までその水準を戻すことができるという見通しも立っている。


    問題があると言えば忙しいことくらいだった。


    一部の調度品を除けばほとんど物のない部屋の中でアニ男は日々執務に追われていた。急激な政治的方向転換ということになれば、苦情はもちろんのこと、下からの政策の推進にあたっての陳情も存在する。


    そのすべてに目を通すのがアニ男の仕事であり、その補佐を燕がしている。風子もまた様々な形で協力を惜しまない姿勢を示していた。


    そんなある日、執務室のドアが乱暴に開かれる。普段であればそんなことはまずありえないため、アニ男は目を丸くして来訪者を見つめる。


    アニ男「風子さんそんなに慌ててどうしたんですか?」


    半ば呆れた声で尋ねる。風子は肩で息をするほど走ってきたのか、相当急いでいる様子だった。


    風子「大変よ。光音さんが消えたわ」


    燕「なんの音かと思えば……それにしてもあの光音殿が消えるとは一体何故?」


    扉を開けた時の音に気付いたのか燕もやってくる。そして風子の言葉に耳を疑うような表情を見せた。


    それも仕方ないことだ。ここ数年の間話しかけても生返事を返す程度の状態だった光音が自分からその姿を消すということ自体異常なのだ。



    風子「誘拐とかだったらどうしよう……輿水くんに顔向けできない」


    アニ男「何にしても探してみましょう。手伝いますよ。仕事なんて寝なければなんとでもなりますから」


    そう言ってアニ男は誰より早く部屋を飛び出す。


    慌てているアニ男は扉の外の通路を歩いて接近する人に気づけるはずが無かった。


    「きゃっ」


    案の定、アニ男の肩が歩いて来る人と接触し相手を倒してしまう。


    アニ男「あっ、すみません!大丈夫ですか!?」


    アニ男は慌てて手を差し出す。


    そしてアニ男はその相手の姿を見て思わず固まってしまった。


    深くフードを被っているが、その白雪の様な肌と美しい紫色をした瞳。それにアニ男は見覚えがあった。


    いつかと同じだ。アニ男が固まっていると、どこからか気の抜けたような声が聞こえてくる。


    「おーい。私物の回収終わったかー?もたもたしてると置いてかれるぞ。ただでさえあの人、短気なんだから」


    「い、今行きますからもう置いていかないでください!……ごめんなさい。またどこかで」


    その声は弾んでいるが、アニ男にとっても何度も聞いたことのある声だった。その少女はアニ男の前から走り去っていく。


    そんな時少しバタバタしていたためか、執務室の中からアニ男を心配したのか顔を出してくる風子達。


    自分の空回りに恥ずかしくなり頭を掻く。


    アニ男「やっぱり光音さん探しはやめにしましょう」


    風子「え?なんでよ!光音さんに何かあったら──」


    そこでアニ男が言葉を遮る。


    アニ男「感動の再会を邪魔するのは些か無粋にすぎますからね」


    そう言って風子にウィンクをしてみせる。


    何のことやら分からず、頭にクエスチョンマークを浮かべる風子。その一方で燕は何かを察したようで笑顔を浮かべている。


    未だ理解が追いついていない様子の風子を他所に燕とアニ男は仕事に戻っていった。


    彼らはそれぞれの温かな日常に戻って行く。


    遠い日の悪夢の記憶を徐々に時の流れに溶かし、もう二度と悪夢を見ぬようにと、未来へ進む。


    そう。きっと、すべての人が笑える明日へと。






    Fin
  164. 181 : : 2016/10/30(日) 15:03:17
    お疲れ様でした。次回作も楽しみにしてます。
  165. 182 : : 2016/10/30(日) 16:14:22
    >>181
    コメントありがとうございます。約1名クソ野郎が失踪して遅くなってしまいました。
  166. 183 : : 2016/10/30(日) 18:24:37
    受験勉強に失踪ってルビ振るのやめような!ごめんな!!
  167. 184 : : 2017/11/05(日) 19:08:25
    遅くなりましたがやっと読み終わりました。執筆お疲れ様でした
  168. 185 : : 2020/10/27(火) 10:18:31
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

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    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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bokkatiokwase

いろはす

@bokkatiokwase

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最後の聖戦 シリーズ

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