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密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの夢想』
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- 1 : 2015/06/15(月) 15:37:44 :
- 密めき隠れる恋の翼たち~『エルヴィン・スミス暗殺計画』
(http://www.ssnote.net/archives/2247)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスとの1週間』
(http://www.ssnote.net/archives/4960)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの苦悩』
(http://www.ssnote.net/archives/6022)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの審判』
(http://www.ssnote.net/archives/7972)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの否応』
(http://www.ssnote.net/archives/10210)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの溜飲』
(http://www.ssnote.net/archives/11948)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの流転』
(http://www.ssnote.net/archives/14678)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの渇望』
(http://www.ssnote.net/archives/16657)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの血涙』
(http://www.ssnote.net/archives/18334)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの証明』
(http://www.ssnote.net/archives/19889)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの慕情』
(http://www.ssnote.net/archives/21842)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの天命』
(http://www.ssnote.net/archives/23673)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの微睡』
(http://www.ssnote.net/archives/25857)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの再陣』
(http://www.ssnote.net/archives/27154)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの謀反』
(http://www.ssnote.net/archives/29066)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの杞憂』
(http://www.ssnote.net/archives/30692)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの勇敢』
(http://www.ssnote.net/archives/31646)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの挽回』
(http://www.ssnote.net/archives/32962)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの慈愛』
(http://www.ssnote.net/archives/34179)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの青天』
(http://www.ssnote.net/archives/35208)
★巨人に右腕を喰われたエルヴィンと最愛のミケを失うが、エルヴィンに仕えることになった隠密のイブキとの新たなる関係の続編。
『進撃の巨人』の最新話に私の想像(妄想)を書き足したオリジナルストーリー(短編)です。
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- 2 : 2015/06/15(月) 15:38:58 :
- オリジナル・キャラクター
*イブキ
かつてイヴと名乗りエルヴィンの命を狙っていた隠密の調査兵 。
生前のミケ・ザカリアスと深く愛し合っていた。
ミカサ・アッカーマンの年の近い叔母。
※SSnoteのルールに則り感想等を書いていただくグループコミュニティを作りました。
お手数ですが、コメントがございましたら、こちらまで
お願いします⇒http://www.ssnote.net/groups/542/archives/2
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- 3 : 2015/06/15(月) 15:40:53 :
- 夕日が遠い西の大地に沈もうとし、代わりのように橙色がそこらに広がっていく。その日、
壁の中の女王となったヒストリア・レイスは兵団管轄の牧場で子供たちの世話をしていた。親しみを込めて『牛飼いの女神様』と呼ばれ、じゃれては物怖じしない笑顔にさすがのヒストリアも首根っこをつかんで叱り付ける。
それでも、地下街や壁の中で孤児だった子供たちの笑顔を眺めて、ヒストリアは自分の行いが正しいと心から信じていた。
調査兵団兵士長、リヴァイの後押しもあり、ヒストリアは壁の中でひっそりと生きる子供を中心とした生活困窮者たちを集め、牧場で面倒を見ていた。
それはヒストリアが女王である使命を全うするが如く、忙しさを好んだ。
ヒストリアの護衛を勤めるはずのイブキも女王の命とはいえ、放牧させていた牛を困窮者たちと共に牛舎に帰していた。
「護衛の必要はなさそうね…この平和な牧場では」
イブキは牛舎から出てくると、ヒストリアが子供たちとじゃれる姿に微笑む。子供同士で追いかけあっていた女の子の一人がイブキの前にひょいと立ちふさがった。
「ねぇ、遊ぼう!」
手を引かれ、ヒストリアの元へ足早に向かう子供にイブキは戸惑い、思わずその手を振りほどいた。
「私はヒストリア女王の護衛をしなきゃいけないの」
「えっ…」
小さな子供に懐かれた経験がない故、イブキは引きつる頬でその女の子を睨み付けた。
すぐさまその子はぐずりそうになり、ヒストリアの背中に隠れた。イブキに対して警戒の色を浮かべ、顔を半分だけ覗かせ様子を伺う。
「イブキさん! 小さい子を睨んじゃだめよ、子供の前では笑顔だよ!」
満面の笑みでヒストリアは女の子を眺める。鏡の如く、女の子の顔に柔らかな笑みがだんだんと宿り始め、ヒストリアの手のひらをぎゅっと握った。
今にも泣き出しそうに頬を歪ませていたはずが、ヒストリアに微笑み返す女の子を眺め、イブキは改めて戸惑わされた。これまで調査兵団団長であるエルヴィン・スミスの傍らで笑顔を作ることはあっても、小さな子供の柔らかく、花を咲かせるような笑顔があるのだと初めて気づく。
イブキは自然とその女の子の視線を合わせるように屈みこみ、どうにか笑顔を向けた。
「ごめんね…」
恐る恐る声を掛けて手を伸ばし、頭を撫でようとする。その女の子はヒストリアから離れ、イブキの前に再び立ちはだかる。
「おねぇちゃん、キレイだね…!」
「あ…ありがと」
イブキは突然、女の子に言われたことで、今度は照れた笑みをその顔を浮かべた。女の子を抱き上げ立ち上がり、その子の目線が上がると、好奇心から笑顔の花は咲き誇る。
「すごーい! 高い!!」
喜々として声を上げ、はしゃぐ姿に他の子供たちも背の高いイブキに抱っこをせがんだ。
子供に囲まれるイブキを笑みを絶やさずヒストリアは眺める。
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- 4 : 2015/06/15(月) 15:43:21 :
- 「イブキさん、意外と子供から好かれるんじゃ…?」
「そうかな?」
「団長と結婚したら、いつか…こんな感じになっちゃう!?」
ヒストリアの好奇心が広がる顔にイブキは面食らい、頬を紅潮させる。
「そんな…私たちは…今だけを…! ちょっと、みんな順番――」
抱っこをせがむ子供たちがイブキの腕をつかみ、抱えている女の子を落としそうになり、もちろん、すぐにバランスを整え改めて抱きかかえていた。
イブキは慌しくても平凡な毎日が初めてで、やはり戸惑いを隠せずにいた。
(こういう…人生もあるんだ…)
子供たちの止まない騒がしさにヒストリアは再び怒鳴りつける。誰もが予想した女王の姿と違うヒストリアと過ごし、通常の護衛の任務よりも、子供たちに囲まれる日々がイブキにとって別世界に降り立った気がしてならなかった。
もちろん、その気持ちに浸るだけでなく、隠密としての任務も待っている。
その夜、兵団の新体制に協力するという貴族の中でも裏切り行為はないか、または隠し財産がないか、エルヴィンに命じられ、それを探っていた。
中央憲兵の施設に忍び込んだとき、イブキは頑なに守られている部屋を見つけていた。そこは隠し部屋のようで、イブキは隠されている何かが発見された場合、人手が必要と判断し、その場を引き上げ再びエルヴィンや他の兵士たちと共にその場所に戻ってきていた。
明け方、先頭に立ち、その部屋のドアに手を伸ばそうとした途端、イブキの動きが突然止まる。
(イブキ…気をつけろ)
それはイブキの心の中で生きるミケ・ザカリアスの声が胸に広がり、注意を促すように低い声を響かせたからだ。その声を聞いて、イブキは手のひらを胸にあてがう。
(ミケ…わかった)
イブキは大きく息を吐いて、ゆっくりとドアノブを回し部屋に足を踏み入れようとしたとき、外から入り込むわずかな光でも反射し、か細い銀色の輝きの存在に気づく。光の始まりと終わりを目を凝らして追いながらそれが、隠密の仕掛けだと即座に理解した。
背中をエルヴィンをはじめ、兵士たちに見せながら、イブキは手を上げ、入るな、と合図を送る。微かな音も立てることなく、その部屋に足を踏み入れ、仕掛けを器用に外していき、安堵のため息をつく。
それは糸に触れると、ナイフが飛び出し、侵入者を仕留める隠密の罠であった――。
「エルヴィン…もう入っていいよ、仕掛けは外した」
「イブキ、ご苦労…」
エルヴィンはイブキを全く心配していない雰囲気を装い、その部屋に入り、手前の横長テーブルに置かれた数々の部品に目を見やる。
それは見覚えのある立体機動装置の一部であり、また見たことのない器具も転がっていた。
皆は中央憲兵団の技術革新を秘密裏に保持する隠し部屋を発見していた。
仕掛けを完全に外したイブキもそのテーブル上で見覚えのある使い古された工具に大きく目を見開く。
「これ…隠密の技術…」
「そうなのか、イブキ?」
エルヴィンはイブキの傍らに立ち、声に耳を傾ける。
「…私たちの本当の国…東洋で培った技術…きっと、それをここで改良して、手先が器用な――」
「イブキ、そこまでだ…あとは私に報告するといい。君たち、これを運び出すぞ」
エルヴィンはイブキが話すことを制して、伴ってきた兵士たちに対し、即座にその部屋に置かれた道具や散らばった部品を集めるよう命じた。加えてエルヴィンはイブキが中央憲兵団やケニー・アッカーマンとの関わりがあるのではないか、という皆から疑われそうな言動を無意識に排除していた。
兵士たちと共にイブキはその部屋に据えられた棚に置かれた細々とした部品を手に取り、集める。
エルヴィンと過ごす戦いを伴うような危うい状況が互いに相応しく、それが今を生きる、という実感を味わっていた。
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- 5 : 2015/06/15(月) 15:44:26 :
- ヒストリアが女王に就任して以来、イブキは自分の任務をしつつ、ストヘス区でエルヴィンが使っているとある一室で二人だけで過ごす夜も増えていく。
エレン・イェーガーが硬質化の能力を発揮し、対巨人兵器を誕生させ、兵団が多忙な日々を送る最中、エルヴィンが自分の任務を終えたとある深夜過ぎ、イブキを部屋を招き、求めていた。
その互いの肌を確かめ合う行為が終わった直後、エルヴィンの視線は天井に向いていて、何か思いに耽っているようだ。
その横顔を眺め、イブキはシーツに包まりながら、彼の左腕の下から胸元に身体を密着させる。次にエルヴィンもイブキの身体に左腕をさりげなく絡めていた。
「どうしたの…? 最近、考え事が多い…?」
与えられた快感でイブキの声は少し艶っぽくかすれている。
レイス家地下空間の光る石を用いたランプの淡いセピアがベッドで横たわり、まどろむ二人を包み込む。
少し前まで乱れた息が零れていた唇がようやくイブキの耳元にささやく。
「何でも…ない」
言うと同時に彼の胸に頬を寄せるイブキの長い黒髪をなでていた。
「だけど…まさか、こんなに穏やかな日が続くなんて…私が生きていて、初めてかもしれない」
「怖いか?」
エルヴィンの問いにイブキは顔を上げ気だるい表情を彼に向ける。
「うん…何かの前触れみたいで」
「そうか…だが…」
訳知り顔で、イブキの素肌をさらす背中を抱き寄せ、彼女の身体の半分はエルヴィンの広い胸元に乗せられ、互いの顔が近くなった。
「何…?」
エルヴィンは質問させないように口付けをしようとするが、イブキは彼の唇に指先を当てそれを制する。
「もう…その手には乗らない…ねぇ…何か…言いたいことがあるのなら、早く言って…」
「また後(のち)に…それは言える…」
イブキへの熱が再燃し、彼女を抱き上げ、エルヴィンは自分の身体に騎乗させた。
「あなたって人は…んっ」
左腕だけでイブキの腰に手を沿え、自分を感じさせる。イブキはエルヴィンの顔のそばに両手を着き、互いに狂おしい熱を帯びた口付けを交わす。
イブキへの熱情を注ぐことをエルヴィンは考えていた。今だけは――。
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- 6 : 2015/06/15(月) 15:46:04 :
- 3つの兵団を束ねる総統、ダリス・ザックレイに呼ばれ各兵団の幹部たちがストヘス区の会議棟に集まり、また調査兵団が中心となり『ウォール・マリア奪還作戦』の作業進度の報告会が開かれた。
団長であるエルヴィンが主に発言をし、死力を尽くすと淡々と述べつつ、ザックレイから、シガンシナ区の地下室の件をさりげなく言われると、彼は微かに視線を下げた。長い付き合いであるリヴァイはその浮かない表情を見逃すことはなかった。
会議が終わり、駐屯兵団司令、ドット・ピクシスが会議棟でも小規模の会議室のドアをノックし、招かれると、そこには少し前まで会議の中心にいた調査兵団の幹部や総統であるザックレイが待ち構えていた。
皆は他の兵団幹部にはまだ明かしていない、巨人へ変貌する『注射器のキット』の扱いについて秘密裏に話し合っていた。
巨人に関する情報に精通し、毎度のように知恵を働かせる調査兵団分隊長、ハンジ・ゾエさえ、その正体に対しお手上げで、ピクシスも下手に扱うよりも、当初の目的に使用するべきだろうと提案する。
「――最も生存率の高い優れた兵士に委ねるべきかと…リヴァイ、引き受けてくれるか?」
「…任務なら、命令すればいい。なぜ、そんなことを聞く?」
冷徹に視線を上げるリヴァイにエルヴィンも淡々と返す。エルヴィンの視線は注射器のキットに合わせたままだった。
「…これを使用する際はどんな状況下か…わからない。つまり、現場の判断も含めて君に託すことになりそうだ」
エルヴィンは続いて、リヴァイへ怯むことのない真っ直ぐな視線を向けた。
「状況によっては誰に使用するべきか、君が決めることになる。任せてもいいか?」
リヴァイの冷徹な眼差しは相変わらずで、口火は切ったものの即答を避けてか、エルヴィンに対して、これまでの流れとは異なる質問を投げかけた。
「おまえの夢ってのが叶ったら…その後はどうする?」
突然のどこに向かうかわからないリヴァイの問いにエルヴィンの目元はわずかに影を落とす。
「…それはわからない…叶えてみないことにはな」
「ほう…だが、そのときにはイブキも一緒にいられるんじゃねぇのか?」
思いがけないリヴァイの一言にエルヴィンは何も答えられず、口を閉ざしてしまった。
「ついに…お主ら、夫婦(めおと)になるのか?」
「いいえ、私はそういうものには…」
ピクシスが話に加わり、しれっとエルヴィンに問うが、冷静に頭を左右に振る。
エルヴィンの冷めた声に対して、リヴァイは手負いだという彼の右腕を見やった。
「イブキがいれば、何とかなるんじゃねぇのか?」
エルヴィンはこれ以上、イブキの話題を出すべきではないと判断し、あえて無視し職務の話に戻す。
「リヴァイ、改めて聞くが…任せてもいいか?」
「わかった…了解だ」
テーブルに置かれたケニーの形見のような注射器のキットを手に取り、リヴァイはそれを最初に託された光景を思い出していた。ザックレイが愉快に話す、『理解しがたい芸術』を想像したくないがため、まるで、自分の意識をその光景に移すようだった。
その死の直前、『人の親にはなれない』と弱々しいケニーの唇が言い、また優しげな眼差しを向けられ、リヴァイは父親の最期の勇士を見た気がしていた。またその僅か前にイブキを心配する姿は自分の命の灯が消えるよりも、彼女の行く末を案じていて、やはり、父親そのものと感じていた。
それでいて、エルヴィンがイブキと夫婦(めおと)になることを問われても、興味がないような姿勢にリヴァイは腹立たしいと思わずにはいられなかった。
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- 7 : 2015/06/15(月) 15:48:12 :
- 秘密裏の小さな合同会議を終え、会議棟の回廊を3人の調査兵団幹部が各々の任務先に向かい、歩いていた。エルヴィンは浮かないリヴァイの表情に気づく。
「俺はおまえが『それ』を持っていることが兵士として最も相応しいと判断し、任せたんだが…それが不満なのか?」
「いや、そのことじゃねぇ…。俺はおまえが…イブキを大切にしているようには見えねぇからな」
リヴァイの冷静に動く唇を眺め、エルヴィンは目を見開き面食らう。その表情に隣で歩くハンジが声を立てて笑った。
「何を言ってるのよ! エルヴィンはエルヴィンなりにイブキを大切にしているのよ。昔からエルヴィンって女性に対して本音を見せたがらないから…! まぁ、わかるときは、わかるけど…!」
「ほう…そうか…。だが、おまえももっと、エレンの体力や精神面に気をかけろ。てめぇの発想ばかりに夢中になるな」
「それはもうっ! 反省してますって…!」
ハンジはおどけた口調で答えるが、エルヴィンは正面を見据えたままで、リヴァイに返事はしなかった。
「だけどさぁ、リヴァイ! ヒストリアが女王になって以来、あなたはみんなにすごく気を使っているよね! いったい、どんな心境の変化があったの?」
リヴァイもあえて返事をせず、だが、ふん、と鼻を鳴らす。
微かな笑みを口端に浮かべエルヴィンと同じ正面を見据えていた。同時に注射器のキットが入る黒い小箱を握る手に力が込められた。
その日の任務をエルヴィンが終える頃、珍しく早めにストヘス区で滞在する常宿へ戻っていた。
西の空はどこまでも広がる茜色を映していて、ありきたりな帰宅時間に少しだけエルヴィンの心が躍るようだった。
部屋のドアを開けると、焼きたてのパンの香ばしさが漂い、エルヴィンは久しく感じたことのない懐かしい夕暮れ時に違和感を覚えつつ、心は安らいだ。それはイブキが窓際を眺め、帰りを待っていたからだ。
「おかえり…! 今日ね、『牛飼いの女神様』と子供たちと一緒にパンを焼いたの。それで、あなたにもって…」
窓際から注ぐ暮れゆく西日の光がベールをまとったようにイブキを包んでいた。振り返りエルヴィンに向ける笑顔は子供たちと一緒に過ごしている影響か、これまでの妖しさよりも温かな美しい笑顔を湛えていた。
その笑顔を向けられ、エルヴィンは思わずイブキを抱きしめていた。
「どうしたの、いきなり…?」
「俺は君を……」
エルヴィンは互いの身体に余白を与えないほど、イブキを左腕で抱きしめていた。自分の気持ちをイブキに告げそうになっても、唇は引きつり、言葉を呑み込む。だがイブキはエルヴィンが言いたいことに気がついた。
「私たちは…今を生きる…刹那的な…それだけの関係でいいの。私たちに平凡な未来は……」
イブキの冷静で、しんみりとした口ぶりがエルヴィンの胸に余計に沁みていく。
「君と…一緒にいると、俺は…ただの男に戻ってしまう…」
エルヴィンが囁く本音にイブキの身体が微かにビクっと跳ねた。そう言われ女として胸が弾むようで、それに乗じないよう本心を隠そうとするが、エルヴィンを見上げる眼差しはどこか切ない。
「それじゃ…冷酷な指揮官として、兵団を率いる団長として…生きるのなら、私はあなたのそばにいない方が…?」
「…それは」
イブキのその一言で、エルヴィンは胸の奥が苦しくなり、締め付けられる感覚に苛まれる。さらに右腕を巨人に喰われた直後、世話をしてくれた日々が脳裏に蘇る。イブキがいなければ、職務復帰ができるほどの心身は回復しなかったであろうと思えば、抱きしめる強さは更に強くなる。
「調査兵として…特に壁外へ行けば過酷しかない…命を賭した仲間たちの無念を思えば…この2ヶ月の穏やかさを振り返れば…自分の夢を叶えたい、というだけでない。その先に、ひいては君がそばに…」
エルヴィンはかつての仲間たちに想いを馳せ、自分だけがありきたりな未来を夢を見たいという願いが苦痛となり、自分でも呆れるほど情けない顔をしていると気づいていた。
そのとき、抱きしめているイブキの胸元を通し、ミケの声が響く。まるでエルヴィンに伝えるようだった。
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- 8 : 2015/06/15(月) 15:49:13 :
- (エルヴィン…イブキと生きていいんだ)
密着する二人の胸にミケの温か味が伝わる。今度はイブキがその声に戸惑いエルヴィンの胸から少しだけ距離を置く。
「ミケ…どうして…? ミケとは…命が尽きるまで一緒に…いようと約束したのに」
イブキの目の奥が光り、すぐさま涙の粒がいくつも頬を滑り落ちた。その涙にエルヴィンは左手の指先を沿えてそっと拭う。
「今度は…俺と互いの命が尽きるまで…一緒に生きてくれ…イブキ」
エルヴィンの甘く優しい声音にイブキは涙顔を上げた。
「…それは明日かもしれないし、もう少し先かもしれない。だが…今の俺は…君なしではもう…」
イブキの頬に左の手のひらを沿え、エルヴィンは彼女の唇に優しく口付けた。
二人を包む柔らかな西日のベールの色は少し前に比べて淡さが広がっていた。イブキが返事をしようと、その魅力的な唇が動こうとした瞬間、続いて二人の甘いひと時を崩すようにエルヴィンの腹の虫の音が鳴った。エルヴィンは自分ではどうにも抑えられなかった身体が欲する音に気圧され、なんともいえない複雑な表情に変わっていた。その顔にイブキの唇にようやく笑みが宿る。
「もう…ロマンチックな時間が…!」
「すまない…」
「せっかくだから、パンを頂きますか…!」
「そ、そうだな…」
戸惑いと情けなさが混じった表情でエルヴィンは返事し、またイブキに促されテーブル席についた。
またイブキが用意する食事はフォークの柄が左側に向いていて、自ずとエルヴィンが食事をしやすいように事が運ばれていた。エルヴィンはイブキの甲斐甲斐しい動作に夢想する。
(俺の夢が…叶ったその先に…こういう毎日が…本当に続くのだろうか…)
向かい側に座るイブキが目じりの涙を指先でぬぐい、笑顔で紅茶を入れていた。何気ない仕草を眺めて、エルヴィンは遠い未来にもイブキがそばにいて欲しいと願い、小さく笑みをもらした。
だが、二人を温かく見守るミケを死に追いやった張本人がうなじに宿る『獣の巨人』がシンシナ区で好戦的な素振りで待ち構えていると、そのときの二人には知る由もなかった。
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- 9 : 2015/06/15(月) 15:49:31 :
- ★あとがき★
みなさま、いつもありがとうございます。
今回の最新話も衝撃的過ぎて、進撃ファンなら驚きの連続だったのではないでしょうか。
私も『猿』を久しぶり見たとき、「あぁ!」って思わず声が出ました。
毎月、驚きの連続ですね。エルヴィンの登場は今回は多く、弱さや強さを見せるような
表情は絶対に女がいる!って妄想してしまいます。これはイブキであろう、って思わずには
いられません!このシリーズを考えるために、原作の隅々を眺めて、ここにイブキがいそう、
って妄想するのはホント楽しいです…。
あと、笑顔の描写を増やしたのは、先月号のリヴァイの笑顔を見て、平和を取り戻そうとする過程に笑顔は付き物、と思ったからでもあります。
来月はどうなるのでしょうか?私も楽しみにまたこのシリーズを続けていきます。
また引き続きよろしくお願いいたします!
お手数ですが、コメントがございましたら、こちらまでお願いいたします!
⇒http://www.ssnote.net/groups/542/archives/2
★Special thanks to 泪飴ちゃん(•ㅂ•)/♡love*
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