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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

インサイド・オブ・スノウドーム

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  1. 1 : : 2017/04/14(金) 20:55:23
    人によってはネタバレと捉えられそうな場面があります。

  2. 2 : : 2017/04/14(金) 20:55:43

    歩く、ただ歩く。


    ふらついたまま、引き摺ったままの足取りで歩く。


    血色の水溜りを靴底でぴちゃぴちゃと鳴らしながら。








    「出口は……どこだ、出口は……」








    少年はただ歩く。


    時に壁を叩き、窓を割り、床を調べながら。








    「どうなってる……出口は……」



    「あいつらはダメだ……何も喋らない……」



    「ただただ……腐っていくだけで……何も…………」



    「腐ってしまっては…………食えもしないじゃないか…………」







    今にも消えそうな声で呟く。








    「隠し通路も…………もう無い」



    「開けるための…………アイテムも……」



    「───にはもう……何も…………」







    少年はついに力尽き、その場に倒れこんだ。







    「───は……帰らなくちゃ……いけないんだ」





    「───の……いるべき世界に…………」
















    「───を………帰して………くれ…………」




















    「夢なら…………覚めてくれ…………」













  3. 3 : : 2017/04/14(金) 20:56:32


    何の変哲も無い学校だった。


    一クラスで15人というのは多分かなり人数が少ないのだと思う。
    だけども別段田舎というわけでもなく、子どもの少ない地域というわけでもなく、むしろ都会のど真ん中に位置している。


    何故このような体制を取っているのかは分からないが、とにかくそこだけは特殊だった。


    逆に言えば、それ以外は他と変わりない平凡な学校だ。








    他と変わりない。











    それは要するに、入学と卒業と、始業と終業があって。



    体育祭や文化祭があって。



    部活やクラブ活動があって。



    仲の良い人もいれば悪い人もいて。
















    「最原」




















    強者もいれば、






















    「私たち委員会あるから掃除やっといてよ。分かった?」

    「え、委員会?今日は確か学年委員しか……」

    「ハイかイイエか聞いてんの。質問に答えることもできないの?」

    「ちょ、ちょっとやめなよ、魔姫」


















    強者もいれば、










    強者もいれば、













    強者もいれば、



























    「キモオタの相手してたって時間の無駄じゃん!」
    「あはっ。そうだったね」



























    弱者もいる。






















    「てか楓さぁ、あいつまたアンタのこと見てたよ。アンタのこと好きなんじゃない?」
    「えっやめて本当に……魔姫そういう冗談よくないよ」










    強者と弱者がいる。
















    「ンフッwww」
    「笑っちゃいけねぇよ、小吉」
    「だってさぁ……ぶふっw」








    笑う者と、笑われる者がいる。
  4. 4 : : 2017/04/14(金) 20:57:19


    生徒がひとり、またひとりと帰る中、最原は箒を取り出して床を掃きはじめる。


    「あれ……最原くん?」


    扉を開けて入ってきたのは学級委員長・白銀つむぎ。
    その後ろには同じく学級委員長・天海蘭太郎。

    「何してるんすか?他の皆は?」
    「か、帰ったよ。僕は……そ、掃除」







    分かってるくせに聞くな、と思いつつも最原は返事をする。






    「わ、わたしも手伝うよ…ほら、天海くんも」
    「俺ちょっと先生に呼ばれてるんで後から来るっす」




    他の皆は?と心配そうに聞いたにも関わらず、天海は教室にまでは入らないでその場を後にした。














    天海は、白銀から見ても「分からない」人間だった。

    最原の現状を把握し尚且つ心配しつつも、白銀のように直接手を差し伸べることは一度もなかった。


    ポイントの高い容姿と優しくも陰の見え隠れする性格はクラスのみならず学年の女子生徒に人気である。
    実際、赤松や春川がよく彼を昼食や放課後に誘っているのを何度も見かけている。


    だからこそ、何もできないのだろうか。


    学級委員長という立場である以上は最原がいじめられている現状を無視はできないが、恐らく彼と同類と思われるのを問題視してなかなか手を差し伸べられずにいるのだろう。







    それからしばらく二人は無言で掃き掃除をしていた。





    「まぁ、こんなものかな」
    白銀はふぅーっと息を吐きながら腰に手を当てた。
    漫画のようにわざとらしく、額を袖で拭う。



    「あ、ありがとう…白銀さん」
    「いいよ、委員長として当然だよ!」
    「『委員長として』……か」


    最原の表情が曇る。
    白銀はそれを見逃さない。


    「あの……もしかして今わたし何か失言し」
    「ねえ、白銀さん」


    帽子のつば(・・)が目潰しにかかるかのように目前に迫る。
    全く対応できないほど唐突な接近に白銀は背筋が凍りつく。


















    「僕、気持ち悪いかな?」





  5. 5 : : 2017/04/14(金) 20:58:49


    「……え?」



    「僕さぁ、僕、普通にしてるつもりだけど、ど、どうかな…」



    「そ、それは……その…………」




    「どうなの!?」





    最原の手が白銀の細い首に伸びる。







    「っ………!!さ、さい……は…くん、苦しっ」





    親指が喉仏を物凄い力で押し潰す。





    「僕はさ、僕は、普通になるべく普通にしてるつもりなんだけど、さ」



    「何でかな、何でこうなっちゃう、こうなっちゃったんだろう」



    「ねえ白銀さん、僕の何がどの辺が悪いのかな、どこが悪いと思う?ねぇ」



    「ねえ!!白銀さん!!」




    「や……やめ…………」




    「ねえ!!もしかして君も僕をきmぐおッ」









    思いっきり股間を蹴り上げて拘束を逃れる。
    げほっと咳き込みながら、白銀は悶える最原から後ずさった。


    殺される。
    17年間生きてきて、心の底からそう感じたのは初めてだ。
    腰が抜けてうまく立ち上がれない。















    確かに、最原は気持ち悪い。
    (いいや)、気持ち悪くなってしまったのだ。

    屋内でも深く帽子を被っているのがまず近寄りがたい。
    過去が原因で人と目が合わせられないようだが、それを抜きにしても終始薄ら笑いを浮かべたような顔をしているのは不気味だ。

    嫌われないように積極的に人と話そうとしているのが逆に小学生を狙う不審者のような気味悪さを醸し出して、結果的に人に嫌われてここまで来てしまっている。


    なよなよとした気弱さも女子勢の神経を逆撫でするのだろう。
    春川は特に彼に対して攻撃的だ。
    彼はどうやら赤松のことが好きらしいが、その赤松が彼を嫌っていることと彼女が春川と仲が良いのが災いしているのだと思う。








    いじめられる理由は頷けるが、だからと言って何もそこまでするほどではない。

    白銀はそれを強く思っていた。
  6. 6 : : 2017/04/14(金) 21:00:13


    最原は下腹部を抑えながら尚もこちらに近づいてくる。



    「しろ、白銀、さん……痛……」




    フーフーと息を荒げながら立ち上がる彼を見て思い出した。


    最原はクラスメイトから暴力などは受けていなかった。
    金銭による問題も起きていない。

    彼にのしかかるのは、言葉のみ。
    容赦のない、精神を削る重圧のみ。


    彼に暴力を振るった生徒は今現在、白銀つむぎだけなのだ。





    「何で……僕ばかり……こんな…………こんな!!」
    「何してるんすか?」





    扉を開けながら天海蘭太郎が入ってきた。






    「天海君……」

    「あ、天海くん!大丈夫、ちょっと転んじゃっただけだからさ!ね、最原くん」
    「え?あ、ああ、うん……」
    「……そうっすか。掃除は?」
    「い、今終わったところだよ!さ、もう帰ろっか!残ってても仕方(しゃー)ないしね!」



















    夕暮れが街全体にオレンジ色のオーバーレイを掛けている。

    自転車や犬の散歩とすれ違いながら天海と白銀は川沿いの帰路を進んでいた。





    「最原くん、なんであんな風になっちゃったかな」

    「彼の扱いには俺たちにも責任が……あ、最原君自身がって意味っすか?」

    「ううん、両方だよ」

    「まあ……最原君が放つ特有の気味悪さがあの扱いを産んでしまったってのは否定できないっす」

    「結局、そうなっちゃうよね……」

    「けど、だからって除け者にしたり腫れ物扱いしていいわけじゃねぇっす」

    「うん……」



    白銀は委員長として彼をどうしていいか分からなかった。






    ──────僕、気持ち悪いかな?







    逆に、彼は自分たちをどう思っているのだろう。
  7. 7 : : 2017/04/14(金) 21:02:36


    両親共働きの家に帰ると、鞄を置いて手を洗い、また鞄を持って部屋に上がる。


    誰もいない家の誰もいない自分の部屋で制服を脱いでベッドに横たわる。


    本と机とベッドと少量のゲーム。


    普通の部屋だ。


    これと言って特徴のない、何もかもが普通の部屋。


    部屋の持ち主を除いては、全てが普通の部屋なのだ。












    「赤松さん……ンフッ」



    彼女の罵倒を聞いたのは、去年の秋からだ。





    ──────ハッキリ言うけどさぁ、キモいんだよねアンタ。




    ──────つーかぶっちゃけさ、身体目当てなんでしょ?怖いから近寄んないで。





    ──────私で気持ち悪い妄想すんのやめてくれる?キモいんだけど。













    想いを寄せている人に否定されて、心が音を立てて崩れ去ったその瞬間。



    その人に罵倒される悦びを知った。











    ──────嗚呼。



    今日も一日、堪能したなぁ──────。









    幼さが残りつつも勃ち上がる陰茎を右手で弄りながら、今日の記憶を呼び覚ます。












    何を着ても強調される、柔らかそうな胸。





    体操着のときに一番よく映える尻。





    生もソックスも魅力のある太もも。






    すれ違えばふわっと漂う髪の匂い。








    「はぁ……フフフッ、んふっ」










    全体的に豊満さのある身体は存在しているだけで精巣と陰茎を激しく刺激する。














    あの身体を、僕だけが見られたなら──────。



    僕のものにできたならば──────。




    あわよくば、僕が処女を──────。








    記憶だけに飽き足らず、妄想が入り混じる。


    叶わぬと知るほど、求めたがる。


    妄想の壺を、幻想の瓶を、開けずにはいられない。


    ガラスより脆い、打ち捨てられ朽ち果てた聖母の像に、縋り付いて離れようとしない。
  8. 8 : : 2017/04/14(金) 21:11:15


    赤松の喘ぎ声を想像する。


    普段春川とじゃれ合っている、あのトーン。

    いや、もっと高いだろうか。

    若しくは、声を我慢するだろうか。


    「ふ、ふふ……あがまっ、赤まちゅさん」







    彼女が仰向けになって、僕が上に乗って。


    僕の全てを受け入れてくれて、そして。






    「ん゛んフっっッ」


    気色悪い声を出しながら射精する。















































    これが、彼だ。


    これが、最原終一という人間なのだ。


    誰からも好かれないその男の、ありのままの姿だ。






























    「春川が……邪魔だ」

    汚い射出物を拭き取り、正気に戻る。




    春川魔姫。
    赤松の親友だ。

    尖った発言が目立ち、性格も他に比べると攻撃的だ。
    あの容姿でなければなんの需要もない人間。
    それが何故、赤松に一番近い人間なのか。最原には理解できなかった。

    あんなのと一緒にいたら、赤松にまであの口の悪さが移ってしまう。あの態度、攻撃的な性格、尻の軽さ、すべて影響されてしまう。


    清き水に、汚濁水が流れ込む。
    揚羽蝶の楽園に、毒蛾が入り込む。


    それは、許されざる行為だ。






    「何とかして……赤松さんから遠ざけないと」






    いや、そうではない。


    春川を遠ざけたところで赤松は赤松だ。

    攻撃的な春川がいなくなっても、最原を毛嫌いするいつも通りの赤松だ。

    性格の悪い春川が消えても、最原に辛く当たるいつもの赤松だ。




    認めていなかっただけであって、赤松は誰の干渉も受けてなんかいない。

    最原を嫌い、突き放し、春川(彼女)と同じ罵声(ことば)を口にするあの赤松は、素の本人だ。





    誰が離れても、赤松楓は変わることはない。

    誰かがいなくなったからと言って最原と赤松が笑い合う未来はこない。

    そんなものは最初から存在していない。





    つまりは、そう。







    「僕は……赤松さんとは永遠に結ばれることは……無い」
  9. 9 : : 2017/04/14(金) 21:22:20


    この世界の、この物語の主人公は誰なのだろう。


    そいつがいるのなら、今すぐ殺して僕がその座を乗っ取るのに。



    僕をこんな惨めな存在にしたその主人公は、誰だ。

    僕をこんな目に合わせる物語の主人公は、誰なんだ。






    「考えても……仕方ないか」






    最終的に自分が持ち上げられるというよくある都合の良い壮大なストーリーから頭を離すと、今日の出来事を思い出す。


    「白銀さん……」

    首を絞めたときの、あの表情、嗚咽交じりの声。








    「結構……可愛かったな……」






































    「今日は……この辺にしておこうかな」


    白銀つむぎはくしゃみをすることはなく、とある作業に熱中していた。


    「やっぱり家の方が集中できるけど繋いでみないと分からないことが多いからなぁ……う〜ん」



    夕焼けも夜闇に変わる頃、天海にメッセージを入れる。



    「最原くん、もう少し待っててね」

    「きっともうすぐ救い出せるから」



    スマートフォンを置くと誰もいない部屋でドラマのワンシーンのように呟く。





    「はぁー、よし」






    作業をサッと止めると、別のアイコンをクリックする。






    「はぁ〜〜〜〜〜光忠〜〜〜〜〜〜良きかな良きかな…………」




























    「放課後……っすか」


    ギターを弾く手を止めた天海蘭太郎は白銀からのメッセージを受け取る。



    「なんで視聴覚室なんかに呼ぶんすかね?」



    やはり、最原のことだろうか。

    彼女からの連絡は大抵がそれに関しての相談だ。

    天海もクラスの委員長としてそれを無視はできない。
    自分も何かしら解決に導かねばとは常々考えていたが、なかなか手も足も出ずにいた。





    明らかに攻撃的な春川、赤松、入間。

    嘲笑う王馬、百田、夢野、夜長。

    存在さえスルーする東条、真宮寺、茶柱。

    どうでもいいものとして見てる星、獄原。





    メンバーが濃すぎるのだ。
    最原本人を除いては頼れそうなのが白銀しかいないのが見て取れよう。



    「何か進展が……あるといいんすけどね」



    少しだけ投げやりな気持ちを含めて頭を離す。

    学校のことを考えるのは学校にいるときでいい。
    天海は再び弦を鳴らしはじめた。
  10. 10 : : 2017/04/14(金) 21:27:33


    「おはよっす。白銀さん」


    振り返ると、爽やかな笑顔で天海が小さく手を振っていた。


    「お、おはy
    「おはよー天海君!」


    「おはよっす、赤松さん」


    白銀の声は赤松にかき消され、先に学校に入った自分より先に二人は教室に向けて消えていった。



    「……………」
    「おはよう、白銀」


    後ろから春川の声。今度はしっかりおはようと返す。


    白銀はあまり春川と話したことがない。
    それ故か一緒にいても話すこともなく、ただ無言で二人して朝の廊下を歩いている。


    「あのさ、白銀」
    「なに?」


    階段の踊り場に差しかかったところで一歩前を歩いていた春川が振り返った。


    「アンタさ、あんまり最原に関わんない方がいいんじゃない?」






    心臓の鼓動が速くなる。
    下腹部に、内臓が迫り上がるような不快感が生まれる。





    「な、何を……」

    「いやさ、なんとなく。アンタ委員長だから嫌でもアイツに関わんないといけないじゃん」

    「そ、そうだけど……」

    「だからまぁ、一応さ。仲間だと思われたらいたたまれないだろうし」


    それだけ言うと、明らかに距離を離すように先ほどより速度を上げて歩き出す。




    「…………」




    自分の知らないところで何かが少しずつ動いているような恐怖に駆られながら階段を登った。

















    「夢野さん、今日もパンですか!転子のおにぎりひとつあげますよ!」
    「んあー……要らんわ……」
    「アンジーのغانحيغدظも食べるー?」
    「何?アンジーさん今何て?」


    昼になれば4人で机を向かい合わせて昼食をとる。

    茶柱・白銀は弁当、夢野は購買のパン、アンジーは日によって異なるが大体は見たこともない料理。



    隣では星と獄原が向かい合わせになっている。


    東条・真宮寺は席が隣同士だがそれぞれ一人で黙々と食べている。食事を終えると普通に会話を交わしているようだ。



    天海・百田・王馬は赤松・春川とともに食堂へ行っているのだろう。
    王馬は星・獄原といる日もあれば真宮寺といる日もある。





    最原は……教室の隅でいつも独りだ。
  11. 11 : : 2017/04/14(金) 21:29:29
    きたきたの期待です。
  12. 12 : : 2017/04/14(金) 21:30:38


    そういえば、最原はいつも弁当だ。

    母親が作ってくれているのか、はたまた自分で作っているのか。


    ふと、最原と目が合った。

    ……が、昨日の放課後のことを思い出し、咄嗟に目をそらしてしまった。



    「気持ち悪いねー」



    夜長が小さな声で呟く。



    「屋内で帽子ってのがまず可笑しいんだなー。常にほくそ笑んでるのも気味悪いしー」

    「どうにかならんもんかのう」

    「無視しとけばいいんですよ。存在を無いものと考えれば何も気味悪くありません」

    「…………」




    確かに、そうかもしれない。
    だからと言って無視したり過剰に非難していいわけがない。



    午後の授業には、あまり身が入らなかった。





























    「……っしょ」

    放課後になり、天海は荷物をまとめる。





    「天海くーん」

    赤松の声に振り向くと「何すか?」と小さく返す。
    教室の出口には春川・百田・王馬がいる。




    「これからあの新しくできた喫茶店行こうと思うんだけど天海君も行かない?」

    「あー……俺今日はちょっと用事あるっすね。また次の機会にお願いするっす」

    赤松は残念そうに「そっかー」と返事すると別れの挨拶をして四人で帰っていった。







    「用事、ね。どうせロクなことじゃないんでショ?」



    バッグを肩にかけて真宮寺が言う。
    マスクをしているため声が少しこもっているのも、今は聞き慣れたものだ。



    「はは、真宮寺君はそういうの御見通しっすね」


    東条や星と同等かそれ以上に頭の回転が早く勘の鋭い、彼らしい質問だった。


    「まぁ……あまり深くは聞かないけどサ、君も気を付けた方が良いヨ」

    「ご忠告、どうもっす」


    天海はひらひらと軽いノリで手を振りながら教室を出る。
    向かう先は、図書─────ではなく、視聴覚室。
  13. 13 : : 2017/04/14(金) 21:35:30


    「大丈夫……だよね?」

    白銀つむぎはパソコンをいじりながら、難しそうな機械と奮闘する。



    「戦ってるっすね、白銀さん」
    「わぁ!」

    白銀が咄嗟にぴょんと飛び上がる。
    そのリアクションに天海も少し笑う。


    「それで、俺に用ってのはこれっすか?」
    「う、うん……」


    天海は大きな箱に繋がれた機械を手に取る。

    ヘルメットかヘッドギアに3Dメガネを付けたようなものだ。
    HMD、というやつだろうか。


    「これ……VRってヤツですか?あんま知らないっすけど」
    「似てるけど、ちょっと違うかな」


    「これは『意識や肉体ごとゲームの中に入る』ものなんだよ」



    天海は、素直に頭が追いつかなかった。




    「え〜〜と……???」

    「VRが『ゲームをプレイする』のだとしたら、これは『ゲームの中に入り込む』……って感じかな」

    「あー、まぁなんとなく違いは理解はしたっす」

    「それで、これがどう最原くんを救うカギなんすか?」

    「それは……まずは装着して、その中で話すよ」


    天海は言われるがままに椅子に座り、後頭部にあたる部分に線を繋ぐ。


    「右と左を間違えないでね。逆に差しちゃうと多分やばいかも」
    「やばいんすか……」


    赤と青の線を繋いで頭に被り、静かに待つ。


    「わたしも後で行くから、少しそのまま待っててね」



    準備をする音だけが聞こえる。

    白銀のあわてる声も聞こえる。

    しばらくすると何も聞こえなくなり。










    「!?」












    瞬きをした途端、見たこともない景色が広がった。

    頭に機械も被っていない。




    並んだ机と椅子、隅に2つ並んだロッカー、微かに明かりを照らす窓とデジタル化された黒板。
    どうやら、教室のようだ。


    天海は窓から外をのぞく。
    フジの咲いた四阿(あずまや)、青い草原の中にコンクリートの綺麗な道。
    看板からプールと思われる建物も見える。
    敷地自体はかなり広いようだ。


    「これを白銀さんが一人で創りあげたんすか……すげぇ……」


    その時だった。
    突然、ロッカーがガタガタと揺れ始めた。


    天海はその場から動かずにロッカーを見張る。
    すると、勢いよく開いたロッカーから白銀つむぎが思いっきり飛び出して転倒した。



    「いたたた……」
    「……大丈夫すか」
    「同情するなら墨汁を持ってこい……おかしいな、天海くん教室(ここ)にいた?」
    「俺なら目を覚ましたときここにいましたよ」


    それから本来ならば二人が教室の後ろ側で倒れている予定であることを聞かされた。


    「バグ……じゃないっすかね、多分」
    「かなぁ……座標がズレちゃったのかも」
    「それで、ここは?何処なんすか?」
    「ああ!そう、ここはね」







    「『才囚学園』…………わたしが創り出したバーチャル内の学校なの」
  14. 14 : : 2017/04/14(金) 21:40:56


    「さいしゅう……?」

    「うん……『ダンガンロンパ』ってゲーム知ってる?」








    ダンガンロンパ。

    確か、アクション要素の強い推理ゲームだ。


    主人公を含む高校生複数人が学校に閉じ込められ、生徒同士の殺し合いを強いられて……といった内容だったような。


    「まぁ……知ってるのは知ってるっすけども」


    「そのゲームの舞台が『希望ヶ峰学園』って言うんだけどね、この学校はその学園をベースに造ったんだ」

    「へぇ……」

    「原作の相違点として、『超高校級の才能』を持った生徒たちのその輝かしい才能を磨くための『研究教室』をそれぞれの人数分用意したんだ」

    「へぇ……」

    「あとね、飽くまでこの世界では殺し合いなんてしないで平和に過ごすために学園の敷地内だけど外も解放したんだ!」

    「へぇ……」

    「それとね、わたしの才能は『超高校級のコスプレイヤー』って設定でね、現実にいる人間でなければいろんなキャラクターに変身できるんだよ!」

    「へぇ……」

    「ああ、天海くんの才能は「白銀さん」



    「……本題に、入りますか」
    「そうだった……ごめん」


    白銀はやってしまった、と言わんばかりに口を押さえながら謝る。



    「んーと、この学校が『ダンガンロンパ』を模してて、生徒はそれぞれ『超高校級の才能』を持ってるってとこまでは聞いたっす」


    「これがどうクラスの問題に繋がるんすか?」


    天海の質問に、よくぞ聞いてくれたというように人差し指をピンと天に向けて立てる。



    「全てが完成したらね、クラスのみんなでこの学園に行くの」

    「勿論、強制参加だよ。まぁゲーム感覚だからみんな大体賛成してくれると思うけどね」

    「この学園の中でわたしたちは『超高校級の才能を持った希望の高校生たち』になるんだけども、それ以前の記憶が無いんだ」

    「だけどわたしたちは何やかんやあって、この学園で五十日間の『ナカヨシ学園生活』を始めるの!」

    「ナカヨシ?できるんすか、今のクラスの状況で」

    「それも心配いらないよ」







    「私たちは、一度初対面になるの」








    天海は目をギョッと開いた。


    「初対面に……『なる』?」

    「うん。さっき言ったように前の記憶は一切なくなる。なくなるというか、学園に入るときに消すの。完全に初対面で、これからよろしくね状態で学園生活を始めるの」

    「それって……五十日後はどうなるんすか」

    「記憶は戻らないよ。戻ったら、意味がないもの」
    「戻ったら、せっかく皆と仲良くできた最原くんがまたいじめられるでしょ?」

    「だけど安心して。今わたしたちが通ってる学校の生徒だってことは思い出す設定だよ。『ナカヨシ学園生活』はちょいと長めの修学旅行的なアレだったんですって感じ」


    「…………」




    天海は顎に手を置いて考える。

    これは、正しいことなのか。


    要するに各々が今まで生きてきた十七年間の
    記憶を無かったことにして、新たにバーチャルの中で得た嘘の記憶を上書きして現実に帰ろう、というわけだ。




    流れとしては、

    現実(最原がいじめられている)

    才囚学園に入学(皆の記憶は無く初対面状態)

    五十日の間、仲良く生活

    現実に戻る(才囚学園の記憶上書きによってみんな仲良しになる)


    となる。





    果たして、これは良いのか。



    嘘の記憶でやり直そうなんて……。



    けど、もし本当に皆が仲良く平和になれるのなら……。
  15. 15 : : 2017/04/14(金) 21:44:00


    天海は白銀が自分の顔を覗き込んでるのを見て、視線を彼女に移す。



    「ちなみに、五十日間のあいだリアルの身体はどうなるんすか?」

    「ああ、五十日間といってもそれはバーチャルの中の時間だから、リアルでは数時間の出来事なの」

    「数時間連続で視聴覚室を使用するのはアレだけど、許可はちゃんと先生からもらったし」




    そうっすか、と返すと天海はまた考える。


    「わたし、天海くんの考えてること分かるよ」

    「え?」

    「嘘を使って平和を作ることに抵抗があるんでしょ?」

    天海はバツの悪そうに後頭部を掻く。
    お見通し、というよりは彼女も同じことを考えていたから分かったといった様子だ。








    「正直わたしも抵抗はあるよ。一生嘘ついた罪悪感背負って生きていくなんて、耐えられない」


    「だけど……今のクラスのまま卒業する方が、もっともっと悲しくて耐えられない」



    「学級委員長として……皆で心の底から笑い合って卒業して、またいつか笑顔で集まれる学級で終わりたい」












    白銀つむぎの目は、真剣だ。










    これは、覚悟を決めた人間の目だ。


















    「俺も……やっぱり今のままで卒業は嫌っす」

    「嘘でもいいから、皆で心から笑いたい」

    「委員長としても俺個人としても、それは強く思ってるっす」

    「だから……早いとこ完成させて、新しい学級を作りましょう」









    天海も、真剣な目で答える。







    いつもの軽くヘラヘラとした様子は、そこには一切ない。











    「……ありがとう」


    彼女は少し涙目で微笑んだ。







    それから、二人で他愛もない会話をしながら学園中を探検した。

    大体の見取り図を覚えておけば活動しやすくなるだろう。

    コンピュータやプログラムに詳しいわけではないから、覚えることが多い。
    天海はメモを取りながら、白銀は要所要所に解説を入れながら学園生活の仕組みを確認しあった。







    「白銀さん、これは?」


    天海が指差したのは、体育館のど真ん中に立っている人型の何か。



    「それはね、『キーボ』だよ」


    「キーボ?」


    「うん。キーボはね、『超高校級のロボット』って名目で入学した、16人目の高校生なの。役目としては、わたしたちが仲良く過ごしているかの監視とかをするんだ」


    「なるほど……で、その隣にいるコレは?」


    「それはね、『モノミ』だよ。一言でいうと、わたしたちを纏めてくれる先生なの。クラス担任だと思ってくれたらいいな」



    モノミ。

    半分白、半分ピンク色の身体をしたウサギのような生物だ。


    なんというか、愛嬌があるようなないような、微妙であり絶妙である。
  16. 16 : : 2017/04/14(金) 21:50:06


    「じゃあ、そろそろここから出ようか」

    「出るときは、どうするんすか?」

    「わたしの持ってる端末から出られるよ」



    ひと昔前の携帯電話のような端末を取り出し、ボタンを入力する。



    「わたしたち一人ひとりにコードが設定されていて、ログアウトするときはそれを打ち込むんだよ」




    天海の足元が光り出し、意識が遠のく。

























    「……!」






    目の前が真っ暗でも分かる。
    現実に帰ってきたんだと。





    頭の機械を取ると、白銀とお互いの無事を確認する。

    意識は二人とも現実(こちら)に戻っているようだ。が……




    「白銀さん、その膝は?」


    白銀の右膝に、さっきまでは無かった擦り傷がある。
    すこしだけ擦ったような、触れたら地味に痛いタイプの傷だ。



    「あれ、これもしかしてわたしがロッカーから出てきて転んだときのかな」

    「え?でもあれはバーチャルの出来事っすよね?」
    「そうだけど……おかしいな」

    二人の中で、あるひとつの可能性にたどり着いた。






    それは、リアルとバーチャルの連動(リンク)








    実際、二人はバーチャルの中でも元の制服のままだったし、天海のポケットには本人のスマートフォンが入っていた。

    白銀がログアウトに使った端末も、彼女が現実世界(こちら)から持ち込んだものである。
    天海が使ったペンとメモ帳も同様だ。



    「白銀さんの制服のホコリ、それロッカーの中で付着したものっすよね」


    白銀のブレザーの右袖が埃っぽい場所に擦ったように汚れている。

    「じゃあ……やっぱり連動してるのかな」

    「まぁ、怪我をしなけりゃ問題ないとは思うっすけどね……ナカヨシ学園生活が始まったら注意しないと……あっ」

    「そういえば、こっちの記憶がなくなるって言ってたっすよね?それってやっぱり俺らも?」

    「ううん、わたしたち二人は全部の記憶を持ったままにするつもり」




    「わたしと天海くんの記憶は、五十日が過ぎて現実世界に帰ってくるときに消すの」




    なるほど、と天海は頷いた。




    「あ、そうだ。一応天海くんのログイン、ログアウトコード渡しとくね。ログインの方はもうコンピュータに全員分入ってるからいいけど、ログアウトはその都度端末で入力しないといけないから」



    白銀は自分が座っていた椅子に端末を置き、天海のメモ帳に『AMM1003』と殴り書いた。



    「もしログイン時に端末を忘れたらどうしたらいいっすか?」

    「そのときは地下の図書室に据え置きの端末を用意しといたから」

















    なんで図書室なんすかね?
  17. 17 : : 2017/04/15(土) 18:53:29


    よし、と言いながら白銀はぐっと伸びる。


    「一応HMD自体は人数分あるから、あとはログイン時みたいなバグがないように最後の最後まで調整を続けるよ」

    「そうっすね。俺はその辺詳しくないからそっちは白銀さんに任せるっす」

    「任せて!必ず成功させるよ」


    漫画のキャラクターのように手を前に出し、ガッツポーズのようにぐっと握りしめる。

    コンピュータとHMDに布をかけると、天海も立ち上がった。


    「さてと。他の生徒に怪しまれないうちに去りますか。ここの鍵は?」
    「あるよ」


    二人はドア内側のカーテンを閉め視聴覚室に鍵をかけると、すっかり暗くなった廊下に出る。
    職員室に面倒な教師はおらず、何も怪しまれることなく鍵は返納できた。








    「………………」








    視聴覚室にまだ生徒が残っている、(いや)、隠れていたことには気付かずに。














    「今日は星が綺麗だね」

    呟く白銀につられて天海も夜空を見上げる。


    「向こうの世界でもこんな風に星が見えるっすか?」

    「うん。晴れの日、曇りの日、雨の日、星空の日。五十日の中で全部設定してあるよ」

    「座標がズレて一日分遅れたりして」


    珍しく天海が茶化す。


    「もう!見ててよ、一日で直してやるんだら」

    「はは、冗談っすよ」



    笑いながら歩く中で、白銀は考えてしまう。




    最原がああなってしまったからこそ、共通の話題で天海と一緒にいることができる。

    今のクラスの現状だからこそ、こうして誰もいない遅い時間に二人で帰ることができる。

    まるで文化祭の準備期間のような、そんな時間だ。




    誰かの不幸は誰かの幸せとは、こういうことなのだろう。






    「……白銀さん?」

    「ん!?ああ、ごめん、ちょっとボーッとしてた!!で、なんだっけ?」

    「いや、白銀さん家あっちっすよね」

    「ああ、そうだった!ごめんゴメン、じゃあね!」

    「また明日っす」





  18. 18 : : 2017/04/15(土) 18:53:55


    「お、天海」

    校門をくぐるなり、天海は朝から玄関に立ってデカい声で挨拶してくるタイプの教師に呼び止められる。


    「お前、昨日視聴覚室の鍵閉め忘れたろ」

    「え?マジっすか?」

    「ドア、普通に開いてたぞ。気をつけろ」



    天海はすみません、と一言だけ呟いて登校した。




    「よう、天海」

    玄関で百田と遭遇する。
    彼はいつもは少しだけ遅く登校するはず。


    「昨日、どうだったっすか?」

    「おう!結構良かったぜ!味は突出して美味いわけではねーんだけど、店がキレーで雰囲気が良いんだよ!」

    「そうっすか、なら俺も今度は同行させてもらうっすね」



    百田はオウと短く返事すると大きく扉を開けて教室に入る。

    こんなに楽しそうな百田や他の人間と、最原。

    同じ年齢、同じ学校のクラスに居て、何故こんなにも差がつくのだろう。



    「天海くん」
    白銀が小さい声で話しかける。


    「おはよっす。どうしたっすか?」
    天海も周りに聞かれないくらいの声で話した。


    「あのね、今日午前中ずっと課題研究でしょ?だから昨日の続きをやろうと思って」

    「いいっすね」

    「じゃ、授業始まったら視聴覚室ね」


    白銀は席に戻っていく。
    茶柱の「お誘いですか?」という声が聞こえてきた。




    ふと、最原の方を見た。




    教室に入った時は自分の席で読書していた彼と、一瞬だが目が合った。



    最原はしまった、と言わんばかりにそそくさと小説に目を戻す。




    (……何だ?)














    朝のHRが終わり、それぞれのやるべきことをやるべく各自移動を開始する。




    天海と白銀は視聴覚室の、なるべく隅のパソコンを使用する。

    USBを差して開かれるプログラムを、天海はただただ見ていた。


    「二人ログインしただけでバグを起こすようじゃ十五人も転送したらヤバいことになるよね……」


    「お、白銀!お前らは何の課題研究なんだ?」

    「こ、これはね!ゲーム!わたしたちはパソコンでできるゲームの研究なの!!」


    あわあわと大袈裟に身振り手振りをしながらどうにか百田をその場から遠ざけようとする白銀。
    その様子に天海は思わず笑みが溢れる。


    二人以外で視聴覚室にいるのは百田、真宮寺、獄原、そして最原。
    百田は宇宙について調べに来たのだとか。






    「ゴン太は何の研究なんだ?」

    「ゴン太はね、昆虫についてだよ!」

    「そーか!ゴン太、虫好きだもんなぁ。真宮寺は?」

    「僕は、降霊術についてサ」

    「降霊術」

    「籠犬村ってね、昔山奥に存在した村なんだけども、そこで行われていた降霊術をネ……」









    「天海くん、画面見てる?」

    「あっ」



    真宮寺の話を盗み聞きしていたら時間が過ぎていってしまった。
  19. 19 : : 2017/04/15(土) 18:55:36


    あっという間に放課後になり、天海はレポートの提出を忘れていたという白銀を視聴覚室で待つことにした。



    「……やってみるか」



    端末をポケットに入れ、HMDを装着する。
    電源を入れると、束の間の頭痛。

    そして、いつの間に転送されたのだろう。薄暗い世界がやって来た。
    位置は同じだが、前回と違って倒れている。




    「白銀さん、ちゃんと直したみたいっすね」





    立ち上がり首をコキッと鳴らすと、明かりさす窓の外を見た。




    「外……出てなかったっすね」

    エントランスまで降りて、大きな扉を開ける。
    突き抜けるような青空と、遊ぶ風に乗って微かに香る、芝生と花の匂い。

    本当に、現実世界と何ら変わりない心地よさだ。



    「寄宿舎……?」

    デジタルで表示された看板にそう書いてある。
    珍しい大きな円筒状の建物だ。



    「わぁ……」

    中に入ると、目に入ったのは沢山の扉。

    それぞれ扉の上にクラスメイトをキャラクター化したと思われるデジタル絵が付いている。



    「俺の部屋は……ここっすか」

    家具が白と黒で統一されたシンプルな部屋。

    ベッドはふかふかで寝心地良い。

    天気も良いし、このまま寝てしまってもいいかもしれない。



    「ダメか……白銀さんが待ってるっす」



    一人でツッコミを入れるのが虚しくて校舎に戻る。

    そういえば、白銀は才能の研究教室があると言っていた。



    「これか……」



    早足で駆ける中、ピアノを模した扉を発見。

    音楽室というにはあまりに簡素である。

    大方、『超高校級のピアニスト』の教室といったところだろう。

    部屋の真ん中に主張するように置かれたグランドピアノ。
    ピアノのことになると真っ直ぐになって他のことが一切考えられなくなるような人間が、この部屋を使う。

    それがあのクラスメイトの中の誰かなのかと思うと、笑えてくる。
    自分かもしれないと思うと尚更だ。





    「……と、そろそろ戻りますか」



    現実世界では何分経ったのだろう。

    端末には時刻までは記されていない。

    ポケットのスマホはログインした時間で止まっている。
    連絡を取るのも無理そうだ。


    大人しく端末を入力すると、意識が遠のく前に目を閉じた。
  20. 20 : : 2017/04/15(土) 18:56:57


    「ふぅ」


    HMDを置いて立ち上がる。

    「ありゃ、白銀さんまだ来てないっすね」


    それもそのはず。
    現実世界ではたった2分の出来事だ。

    レポート提出どころかそもそも書いてすらいなかった白銀が来れるはずがないのだ。

    意外と抜けてるところあるんだなと呆れていると、黒板側の扉から意外な客がやってきた。




    「あ、天海君……よかった、まだいた」

    「……最原君?」



    咄嗟にHMDを隠すようにして最原の前に立つ。



    「珍しいっすね。何の用すか?」

    「白銀さんに頼まれて……これなんだけど」


    最原が差し出してきたのは二つのUSB。



    「僕が教室に戻ったとき、白銀さんにこれを天海君にって頼まれたんだ……レポートやってて行けないからって」


    「そうっすか。ちなみに、中身は?」


    「分からない……答えてくれなかったし、そんな暇も無さそうだった」



    なるほど。

    答えてしまったらナカヨシ学園生活の意味が無くなってしまう。


    「けど俺、あまりパソコン詳しくないんすよね」

    「ああ……だったら僕がやるよ。データを入れるだけみたいだし」



    最原はそう言うと、コンピュータにUSBを接続する。
    データを入れるだけで中身を見るわけではないようだ。


    (何故、二つ……?)


    少し疑問に思いつつも、最原とコンピュータを見守る。



    「うん、できた。多分……大丈夫だと思う」

    「そうっすか。なら良かった」

    「にしてもこれ……何なんだろう」



    学級委員長同士ということを除いても、天海と白銀が最近行動を共にしているところは最原にはよく目撃されている。

    元々他人の陰口がすべて自分宛てに聞こえるような彼が怪しむのも無理はないだろう。



    「さぁ……俺もわかんねっす。白銀さんが何か考えてるみたいっすけど。白銀さん来れないんならもう帰った方が良さそうっすね」



    あまり深く関わらせると、全ての計画が水の泡になるかもしれない。



    天海は最原を少し急かして、視聴覚室に確実に鍵を閉めた。






















    『そっか!良かった〜!これで全部完成だよ!』


    電話越しに白銀の嬉しそうな声。


    「やっとできるっすね、ナカヨシ学園生活」


    既に帰宅した天海もギターを置いて電話に集中する。
    白銀は現在帰宅途中だそうだ。



    『天海くん、ありがとうね。わたし、本当は自分の口で最原くんのいじめを止めなきゃいけない立場なのに……』

    「それは俺も同じっすよ。何もできなかったっす」

    『わたし、怖かったんだ。最原くんに関わってたら、今度はわたしがいじめの標的にされるんじゃないかって。何たって春川さんだからさ……』

    「俺も、同じっすよ。だから白銀さんの計画に乗ったんです」

    『天海くんが?天海くんはクラスの人気者だから、何があってもいじめられるとかはないと思うけれど……』

    「いや、そうじゃねぇっすよ」






    「『同じ』っていうのは、白銀さんが標的にされるんじゃないかってことっす」







    『え……?』

    「ふふ……まぁ何はともあれ無事にここまで来れて良かったっす」

    『う、うん。そうだね……時間は取れてるから明日の午後3時間使ってやるよ』

    「了解っす」

    『絶対……成功させようね』

    「勿論すよ」



    それから少し笑い話なんかをして、白銀が帰宅したタイミングで電話を終えた。





    白銀は制服のままベッドにダイブする。









    「天海くんがわたしを心配……???」



    「いやいやいや考えすぎ考えすぎ!!委員長同士だから心配しただけだって!!ホント地味なのにこういうところはすぐあのアレしちゃうんだからー!!!考えすぎ、考えすぎ!!!」



    乱れる髪も気にせずベッドの上でゴロゴロと回転する。





    「は〜……いや落ち着こう、そうだ、と●らぶだとう●ぶ」





    勢いよくパソコンを開くとシャッとゲームを開く。





    「はぁ〜〜〜尊らとうた……」





    「天海くん実装されないかな……いやさすがに無理か」
  21. 21 : : 2017/04/15(土) 19:30:35


    翌日。





    午前中の授業はあっという間に終わり、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

    午後は課題研究。
    だが、今日の午後は更に特別な課題研究だ。






    「それで、話って何だ?」




    視聴覚室。
    教壇に立つ天海と白銀に百田が質問する。





    「う〜んとね、皆にはこれから、ゲームをしてもらいたいの」

    「へぇ……それは如何(どん)遊戯(ゲエム)なのかナ?」

    「ゲームと言っても……テレビの前でどうこうするんじゃなくて」

    「ここにいる皆が、ゲームの世界に入るんだよ!」

    「ゲームの……世界に!?」


    百田がいい感じに食らいつく。


    「じゃあまず、手元の資料と合わせてこれを見てね」



    白銀はパワーポイントでスクリーンに才囚学園を映し出した。







    「そうだ、詳細を話す前に皆『ダンガンロンパ』ってゲーム知ってる?」

    「お!小吉がやってたやつじゃねーか!」

    「一定数知ってるっぽいね、じゃ話進めるよ」



    それから少しの間才囚学園とバーチャル世界について資料とともに解説した。



    「悪くないネ」
    「うん!ゴン太も面白そうだと思う!」


    「これから皆さんには、才囚学園の中で五十日間共同生活してもらいます」



    「その名も、『ナカヨシ学園生活』!」



    「ナカヨシって……私たちもう充分ナカヨシだよね」

    赤松と春川は「ね」と顔を合わせる。





    「ンッン〜〜〜〜まぁそうかもしれないけど!」

    「てかさぁ委員長、『皆さん』って言ったよね」

    「それって、最原も参加するってこと?」

    春川が冷ややかな視線を向ける。






    「う、うん一応僕もs」
    「アンタに聞いてないんだけど?アンタ自分のこと委員長だと思ってんの?キモッ」







    室内が嫌な笑いに包まれる。







    「勿論だよ!全員と言ったら全員!」

    「まぁ、もうすでに俺たちのクラスは仲良しいっぱいだと思うっすけども」

    「それでも、まだお互いのことを知らない人たちはいるっす。知ったつもりでいても何も知らなかったなんてこと、意外にあるもんすよ」

    天海が戸惑う白銀をフォロー。



    「そっか……そうかもね!さすが天海君!」

    天海のフォローに、急に手の平を返す赤松。




    「いいんじゃねーの?さっさとぶっ始めちまおーぜ!」
    「おう、そーだ白銀!俺の『超高校級の才能』は一体何だ!?」




    「才能はバーチャル世界に入ってからのお楽しみ!あと、注意してほしいんだけど、バーチャル世界だからと言って無茶はしちゃだめだよ!」

    「繋がってるみたいなんすよ、バーチャルとリアルが」

    「んあ?どういうことじゃ」

    「例えばバーチャル世界の身体で包丁で指を切ったとしたら、その切り傷がリアルの身体にも現れる……ということかしら?」

    「東条さん、上手いっすね。そういうことっす」

    「なるほどな……つまり、命を落とそうもんなら取り返しつかねぇってワケだ」
    「き、気をつけなきゃね」

    星が命という言葉で念を押す。


    「それじゃ皆、後ろに適当に座って」





    十五人全員が一斉に後ろへ移動する。

    HMDの説明を少しして、皆に装着させる。






    全員のログインを確認すると、天海と白銀もHMDを着ける。



    「絶対、成功させようね」

    「当然っす」

    「俺らのクラスを、変えて帰るっすよ」

    「うん!」




    そして、再び才囚学園の中へと赴いた。

  22. 22 : : 2017/04/16(日) 09:12:25


    …………くん!


    …………みくん!


    視界がぼやけたまま、意識だけがハッキリしていく。



    「天海くん!」
    「白銀……さん」



    教室の後ろ側。
    天海は倒れていた。



    「大丈夫?自分の才能思い出せる?」
    「俺は……そうだ」









    「俺は、抽選で一般人から選ばれる『超高校級の幸運』っす」

    「そう!オッケーだね!」

    「とりあえず……俺らは成功みたいっすね」


    見たこともない制服を身に纏う白銀と周りを確認しながら言う。


    「他の人を見に行こう、わたしたちは他の人たちより少し早く目が覚める設定にしてあるから」



    廊下に出て、隣の教室を少し覗いた。

    「あれは……アンジーさんに王馬君っすね」
    「よし!ちゃんと教室の後ろで倒れてる!」

    「他も大丈夫そうっすかね」

    「一応端末で皆が正常にログイ……あれ」

    「どうしたっすか?」


    「端末が……動かない」




    白銀がボタンを押しても画面は真っ暗なまま。




    「まぁ……緊急時は図書室にも端末があるんすよね」

    「うん……とりあえず、皆が目覚めたら体育館に集まる流れだから、わたしたちは先に行こう」





    それから30分は経っただろうか。






    次々と体育館に生徒が集まっていく。










    「結構集まったぞ、これで全員か!?」

    「そう……みたいだヨ」

    「つーか何だ?ここ何処なんだよ?」






    白銀は体育館の真ん中に集う衆を一人ひとり確認する。







    超高校級の宇宙飛行士・百田解斗。

    超高校級の保育士・春川魔姫。


    超高校級の民俗学者・真宮寺是清。

    超高校級のマジシャン・夢野秘密子。


    超高校級の総統・王馬小吉。

    超高校級の美術部・夜長アンジー。


    超高校級の昆虫博士・獄原ゴン太。

    超高校級のメイド・東条斬美。


    超高校級の探偵・最原終一。

    超高校級のピアニスト・赤松楓。


    超高校級のテニスプレイヤー・星竜馬。

    超高校級の発明家・入間美兎。


    超高校級の合気道家・茶柱転子。

    超高校級のロボット・キーボ。



    超高校級の幸運・天海蘭太郎。

    そして、超高校級のコスプレイヤー・白銀つむぎ。





    全員が体育館に出揃った。


    ここでモノミが登場し、この学園のことと、共同生活のことを説明するという流れだ。





    「つーか……誰か、何があったか覚えてるやついねーのか?」


    百田が皆に向けて話す。


    「駄目だネ……何も思い出せないんだヨ」

    「転子も……まるで記憶が抜き取られたかのようです」



    「俺も……何も思い出せないっす」


    記憶を抜き取られた、という言葉に一瞬ドキッとしたが、平静を保ちながら言う。




    『生徒の皆様、お集まりですねー!』





    スピーカーいっぱいに響く声に全員が反応する。









    そのとき、白銀は天海の袖をぎゅっと握りしめた。

    天海もそれに反応し、何かを強く訴える白銀と目を合わせる。



    天海の耳元で、白銀は小さく、けれど強く囁いた。










    「モノミの声じゃない……!!」


    「えっ……」
  23. 23 : : 2017/04/16(日) 09:14:01


    「やっほーーーーーい!!!」





    ステージの上から現れたのは、モノミによく似た白と黒の身体をした生物。





    「な、何だアレ……ぬいぐるみか!?」
    「危ない!みんなゴン太の後ろに!」
    「ぬいぐるみじゃないよ!ボクは『モノクマ』だよ!!」




    「モノクマ……!?」

    天海は白銀と目を合わせる。
    白銀は青ざめた顔で首を横に振った。





    「さーて!超高校級の才能を持った生徒の皆さん!」
    「突然ですが君たちはこの学園で共同生活をしてもらいます!期限は無ーし!!!」




    「な、何じゃそれは!あんまりではないか!」
    「期限は無し…?どういうことかしら」




    「まぁ期限は無いけど出る方法はあるよ!それは!そーれーはー!!」

    「誰にもバレずに、君たちの中の誰かを殺すこと!!」



    「……え?」
    「な、何て?何て言いました?」
    「な、何、君は何を」



    「あ、天海くん……」

    天海の手を握って訴える。
    振り向いた天海も顔面蒼白だった。


    「な、何が……どうなってるっすか…………」


    天海は彼女の返事は待たずに、モノクマの方に注意を向けなおす。
    自分の後ろに隠れるようにくっつく白銀の手をぎゅっと握り返しながら。





    「刺殺、撲殺、銃殺、絞殺、呪殺に焼殺!殺し方ってのは十人十色!みんな違ってみんないいねー!」
    「さあさあ皆様、殺し合え疑い合え!」





    「『コロシアイ学園生活』の始まり始まりぃーーー!!!」



































    動揺、騒めき、ブーイング。







    各々が個性的な反応を見せて賑わっている。






































    …………『ナカヨシ学園生活』だって?



























    冗談じゃない。


























    今更そんなもので全て水に流せるとでも思っているのか?


























    そんなもので、刻まれた傷が癒えると思っているのか?





























    そんなわけ、ない。



























    そんなわけ、あってたまるか。





























    罪には罰を、悪には裁きを。



    目には目を、因果には応報を、自業には自得を。



    原始からのルールだ。
























    罪には罰を、



























    罪には罰を、






























    罪には罰を。




































    夜も惜しんで作り上げたこのデータの中で、このコロシアイ学園生活で、思い知らせてやる。


























    すべてを、伝えよう。






























































    「…………皆殺しだ」

    コロシアイ学園生活の首謀者・最原終一は小さく呟いた。




    END
  24. 24 : : 2017/04/16(日) 09:19:23
    どうも、あげぴよです。

    ちょっとこういう話が書きたくなって書きました。

    鬱になりそうな話でしたね。

    ありがとうございました。
  25. 25 : : 2017/04/16(日) 13:33:02
    最初に出て来た人物は最原かな?
  26. 26 : : 2017/04/16(日) 14:31:22
    これまた意表を突いた力作でした
  27. 27 : : 2017/04/16(日) 22:58:48
    お疲れ様です!面白かったです(´・ω・`)!
  28. 28 : : 2017/04/17(月) 18:18:50

    いや〜面白かったです!!

    次回作に期待します!!

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著者情報
aimerpiyo

あげぴよ

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