この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
この作品は執筆を終了しています。
星降る夜のリトルガール
-
- 1 : 2015/06/24(水) 22:36:53 :
-
いつの頃からか七夕の願い事は『小さくなりたい』になっていた。
「あー、君中学生でしょ?ダメだよーズルしたら。中学生はまた別に料金書いてあるからね」
「えっ……あ、は、はい……」
休みの日に同じクラスの子と遊びに行くのが苦手だった。
小学5年生の時にクラスで一番身長が高くなった。
それと同時に、バスは子供料金じゃなくなったし市民プールに入る時も中学生料金を払うようになっていた。
小学生です、と主張すればあるいはそうしなくても良かったのかもしれないけど、私にはそんな事をする度胸も無かった。
その翌年、今度は学校で一番身長が高くなった。
同い年の子と並んで帰るのが嫌だった。
私だけランドセルが小さく見えるのが嫌だった。
制服のスカートが私だけ膝上になってしまうのも嫌だった。
スクール水着もランドセルも制服も体操着も全て。
全て、私の大きな体を強調する嫌な道具だとしか思わなかった。
-
- 2 : 2015/06/24(水) 22:37:28 :
中学生になって、知らない学校から知らない人が入ってきた。
そこには私より背の高い男子もいて嬉しかった。
まあ、それも1年生の間だけだったのだけれど。
この大きな身長も大きな胸も、どれも人とは違った。
私はいつからか───────────────
───────自分自身が別の生物かのように感じていた。
-
- 3 : 2015/06/24(水) 22:38:00 :
星降る夜のリトルガール
-
- 4 : 2015/06/24(水) 22:38:27 :
高校は少し離れた高校へ入学した。
知ってる人が多い学校に行くのは少し苦痛だったから。
でも、やっぱり。
「1年の女子にさぁ……」
「マジで?お前よりデカイの?」
「そりゃ只の女装じゃねえの?」
「ホントだ、マジデカイな」
「何か凄いねー、あんなに大きかったらちょっと楽しそう」
別に周りからどうこう言われるのは慣れていた。
慣れてはいたが、好きじゃなかった。
何かを言われることもそうだったけれど、私を見る目が一番嫌いだった。
動物園の動物と、水族館の魚達と、私の間に何の違いがあるのだろうか?
あの違う生物を見るような目が、何よりも嫌いだった。
-
- 5 : 2015/06/24(水) 22:39:16 :
「……ん、あれ?」
6月頭の雨のある日。一人でいる事が多かったせいか私は友達と呼べる存在があまり出来なかった。
だから移動教室の時は大抵1人で動いていたのだけれど、何故か皆が教室にいない。
(あれ……2限目って英語じゃなかったけ……)
と、そこで朝のホームルームで時間割変更の連絡があった事を思い出した。
だが、肝心の何の授業かを覚えていない。
(どうしよう、このままじゃサボった事に……でも全部の特別教室を回るわけにはいかないし……)
そもそもあまり遅れて教室に入るのは嫌だった。ただでさえ大きいのに更に目立ってしまう。
(やばい……どうしよう……)
じわり、と涙が目に浮かんでしまう。
(も、もう高1なのに……泣きそう、やばい泣く)
コツン。と、後頭部に何かが当たった。と言うよりは叩かれたの方が近い。
「おー、1年生。早く移動しないと授業始まるぞー?」
-
- 6 : 2015/06/24(水) 22:42:00 :
「うぇっ……?」
今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めて、声のした方を振り向くとそこには私より身長の高い先生が立っていた。
その先生は今にも泣き出しそうな私を見るなりギョッとした様子で私を見つめた。
「うおっ!?す、すまん!痛かったか?そんなに強くしたつもりは無かったんだが……」
どうやら先生は自分が強く叩きすぎたから私が泣いていると勘違いしているらしい。
私はどうにか違うということを説明しようとするが直前まで泣きそうだったので声が詰まってうまく話せない。
それでも何とか言葉を紡ごうした。
「えっとあの、せ、先生のせいじゃなくて、あの、私が勘違いして、先生は悪くなくて、それでえっと……」
紡ごうとした、が結局支離滅裂で要領を得ない説明になってしまった。というかそもそも説明もしていない。
だが先生はそれでも私の話にしっかりと耳を傾けていてくれた。
「そっか、俺のせいじゃないんだな。良かった良かった。と、すると何でまだこんなところに?……あ、落ち着いてからでいいぞ」
そう先生は言って、にっかりと笑った。
だが落ち着いてからでいいぞと言われても刻一刻と授業の始まる時間は迫ってくる。
「あ、で、でももう授業始まっちゃう……から、い、行かないと……」
「む?おお、そうか。でも何処に行くのか分かってるのか?」
「あっ、それ、は……」
元々はどこに行けばいいのかわからなくて困っていたのに自ら墓穴を掘るようなことを言ってしまったことに気づく。
それと同時に高1にもなってそれだけで泣きそうになっていたのを見られたということに対する羞恥心が込み上げてきた。
-
- 7 : 2015/06/24(水) 22:42:25 :
「なーるほど。時間割変更とかを見逃したな?仕方ない、教務室で調べようか」
と、先生は言ったが私は羞恥心と不甲斐なさで顔を上げることが出来なかった。
折角の先生の好意にも答えることができなかった。
そんな風にどんどんとマイナスな事が積み重なり、お腹がズキズキと痛みだす。
そんな私を見て、先生は不安げな顔で言った。
「どうした?……顔色が悪いな、保健室行くか?」
先生は少しかがんで心配そうな顔で私を見ていた。
だが私はそれよりも驚く事があった。
……先生がかがんた時、私の上にカゲが出来た。
私は誰かにカゲを作ることはあっても、誰かに作られたことはあまり無い。
「……はい、行きます」
そう言うと先生はそうか、と言って笑いながら元の体勢に戻った。
私の上のカゲは無くなっていた。
同時に何故だか、お腹のズキズキも無くなっていた。
-
- 8 : 2015/06/26(金) 00:43:15 :
- 「まだ1年生になってそんな時間も経ってないから不安にならない気持ちも分からないじゃないが……泣くほどじゃないだろー」
先生……名前は和田先生と言うらしい。
和田先生は私を保健室に案内しながらそんな事を言った。
そう言われるとまた恥ずかしさが込み上げてくる。
「や、やっぱり恥ずかしいですよね……高1にもなって泣くなんて……」
それを聞いた先生はあっ、と声を上げて焦ったように弁明した。
「あ、いや、泣くのがダメと言ってる訳じゃなくてな。あー……悪い、そうだよな、泣きたくなる時だってあるさ!」
そう言って先生はビシッとガッツポーズをする。
私は先生の行動が良く分からず、ぽかんとしてしまった。
先生の額には汗が滲んでいる。
私はぽかんとして、遅れて笑ってしまった。
笑う私を見て先生はホッとした様に顔を緩める。
「はは……笑ってくれて良かったよ。変な空気になる所だったからな。」
先生とそんな風に他愛のないやり取りをしていたら保健室に着いた。
和田先生がドアをノックして入っていく。私もそれに続いた。
「失礼しまーす」
「……失礼しまぁす……」
-
- 9 : 2015/06/26(金) 00:44:02 :
- 「あら?和田先生、どうしたんですか?」
保険医の先生が手に持っていた書類から顔を上げた。
保健室は何故だか分からないが凄く落ち着く匂いがする。
そこだけまるで学校とは別の空間にあるような感じだ。
「いやぁ、どうも彼女が具合が悪いみたいで。……えっと、1年生だよな。名前は?」
と、先生は急に私に話しかけてきた。
「あっ、はっ、はいっ!……あの、真坂千草 です」
我ながらしどろもどろし過ぎで非常に恥ずかしくなる。
それにしても……。
和田先生は何かの書類にサインをしている。多分保健室入室許可証かなんかだろう。
(和田先生は……私が1年生って分かってた……)
こんな身長をしているものだからよく3年とかに間違えられるのだけれど和田先生だけは一目で1年生だと分かってくれた。
「じゃあ、はい。お願いします」
「はーい。……じゃあ千草ちゃん、安静にしてるのよ。ベッド使っていいから」
保険医の先生はそれだけ言ってまた仕事机に戻った。
「……じゃ、真坂。お大事にな」
ぽんぽんと先生は私の頭を叩いて……いや撫でて部屋を出ていった。
頭の上に手を乗せられるのは何年ぶりだろうか。
とても大きくて、安心できる手だった。
(和田先生は……背が高いなあ……)
誰かを高いなんて思ったのは、久しぶりだった。
-
- 10 : 2015/06/26(金) 00:44:30 :
それから数日後。
あの後、保健室で1時間を過ごして3限目に教室に戻った。
その時にクラスの子から心配されてたってことが分かってちょびっとだけ嬉しかった。
和田先生の存在を知った日から私は先生を意識して探すようになっていた。
和田先生は身長が高いから見つけるのは容易だった。
どうやら先生は1年生の授業は受け持っていないらしく、廊下で見かける時以外に先生を見ることは無かった。
そして今は昼休み。例によって例の如く私はふらっと宛もなく……いや、和田先生が居たらいいなと少しばかりの期待を込めつつ廊下を歩いていた。
と、そこで様々な連絡事項のプリントが貼られた掲示板が目に付いた。
掲示板の真ん中には体育祭と派手な字で書いてあるポスターが貼ってあった。
(体育祭か……嫌だなぁ……)
私は体育祭に良い思い出は皆無だった。
騎馬戦は絶対に下、組み体操も下。
身長が高いってだけで無駄に沢山の競技にエントリーされちゃうし、イタズラで男子の競技にエントリーされてたこともあった。
(別に運動が得意なわけじゃないのに………)
ズキ。
(……お腹痛くなっちゃった……情けない)
-
- 11 : 2015/06/26(金) 00:45:14 :
いくら身体は大きくても中身は小石。
蹴られたら溝に嵌って、抜け出せない。
ずっとそこで過ごさないといけない。
ズキズキとお腹が痛みだす。
(……先生)
そう思った時、隣でバザバサバサとプリントが落ちる音がした。
音に釣られて横を向くと、和田先生が大きなダンボールを抱えて立っていた。
「うわっちゃー……お、真坂。すまないがそこに落ちたプリント拾ってくれないか?」
(和田先生……ホントに来ちゃった)
「こ、この、ダンボールの上に乗っけてくれると。ひじょーにありがたい」
「私、運ぶの手伝いますよ」
私は床に散らばったプリントを拾いながら言った。
「や、重いよ」
先生はよっこらしょと言いながら抱え直す。
「大丈夫ですよ。私、力はありますから」
「いやいや、女子に持たせるわけにはいかんよ」
女子。
女子には持たせるわけにはいかんよとそんな事を言われたのは随分と久しぶりな気がした。
(………女子、か)
何も言わない私を見て先生はちょっと困ったようにしていたがすぐにいつもの顔に戻った。
「んー、そうだな。じゃあそのプリントを持ってってくれないか?すぐそこだから、地学室」
そう言って先生はのしのしと歩き始めた。私もそれについて行く。
-
- 12 : 2015/06/26(金) 00:46:11 :
女子。
私の知ってる女子って言うのは、もっとふわふわしていて可愛くて、小さいし非力で、声も可愛いしまつげも長い。
そんな風な私とはまるで正反対の生き物だった。
初めて入った地学室は散らかっていてホコリっぽかった。
周りを見渡してみると私の頭より上の方に貼ってあるメモや付箋がたくさんあった。
「やー、悪いな手伝ってもらっちゃって。まあまあそこに座りなさい。麦茶くらいご馳走してやろう」
ま、ホントは生徒に出しちゃダメなんだけどなと先生は笑いながら言った。
言われたようにすとん、とソファに座る。
ここだけはホコリも無く妙に清潔感のある場所だった。
ソファは使い古されていてお尻のところが減っ込んでいる。
「はい、どうぞ」
先生は私の前にカタンと麦茶を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
冷えた麦茶を少しだけ口に付ける。
もちろん普通の麦茶だがいつも飲んでいる麦茶より何故だか美味しく感じた。
「ホント、放課後なのに手伝ってもらっちゃってな。誰かと帰る用事とかあったんじゃないか?」
先生は自分の分の麦茶を持って、私の向かい側に座る。
「あ、いえ……その、私、友達あんまりいない……から」
「ふーん」
先生は意外そうな目で私を見た。
-
- 13 : 2015/06/26(金) 00:46:22 :
- 「真坂は……1人が好きなの?」
そう言って先生は麦茶に口をつけた。
私は先生の質問に答えあぐねてしまう。
「え、っと……あ、う、えー……」
1人が好きなのだろうか。確かに誰かと並んで立つのは嫌いだけど。
でも私だって、本当は……。
「……あ、そ、そうです…ね。その、クラスの人とあんまり話が…合わないっていうか、あの……」
『私だって本当は?』
本当は何?何が言いたいの?
自問自答して追い詰められて、1人を選んだ。
私はそうだったじゃないか。自分で選んだ事じゃないか。
「ふーん、まあ真坂は大人っぽいからなあ」
「ぅ……そ、そうですよね……」
ズキン。
あ、やだ。声が小さくなっちゃう。
-
- 14 : 2015/06/26(金) 00:47:33 :
- 声や態度は簡単に小さくなるのに、背格好だけは年々大きくなるばかり。
星に願っても、短冊に願ってもそれは止まらなかった。
ズキン。
「その、私ってでかい……じゃないですか。だから、それで浮いちゃって、1人が好きになったっていうか…1人になろうとしたっていうか……」
ちょっと待って。何を言ってるの。
ズキン。
和田先生困ってるじゃん。
ズキン。
馬鹿、変な奴って思われるよ。
ズキン。
暗くてでかい変な奴だって───────────
「でかいかあ?お前」
「えっ……」
その完全に予想外の返答に面食らってしまう。
「でっ、でかいですよ!よく皆から言われるし……」
「そうかあ?別に普通だろ、5メートルあるわけじゃないしさ。それに真坂は細いからでかく見えないよ?」
と、そう言った先生は何かに気づいたかのようにあっ、と大きな声を出した。
「あ、いや!細いはセクハラだな!ごめん!他の先生に言わないでくれよ、問題になるから!」
珍しく焦りながら弁明をする先生だったが、私はそれどころじゃ無かった。
(ほ、ほそ、細い……?私が……?)
「べ、別に気にしてないですよ……」
気にするどころかむしろ凄く嬉しい。
-
- 15 : 2015/07/02(木) 00:02:32 :
先生はホッと胸をなでおろした。
「でもまあ、俺から見たら男子も女子もみんな小さいからなあ。誰が大きいとか小さいとか良くわからんよ」
ははー、と笑いながら先生は言った。
……みんな小さい。
みんなって、それは……。
それは────────────
「せ……んせ」
「ん?」
「……先生から見たら、私も…小さいですか?」
一瞬、間が空いた。
それは先生からしたら本当に一瞬、意識もしないような時間だろう。
でも、私にとってはまるでそれが永遠に続くかのように感じれた。
「そりゃもちろん。超小さいよ?小粒だよ小粒、ははっ」
小粒。小さいって。
それは……先生。
「……えへへ、小粒は、ひどいかなー」
それは先生、小さ過ぎるよ。
-
- 16 : 2015/07/02(木) 00:02:53 :
いつの間にかさっきまであったお腹のズキズキは跡形もなく消えていた。
私に釣られるように先生もにっこりと笑ってくれた。
「下校時間、過ぎたな」
先生は腕時計を見ながらそう呟いた。
もう帰らなければいけない時間だ。
「あ、先生、私帰ります。麦茶ありがとうございました…」
そう言って私はそそくさと立つ。
先生も立って、麦茶の入っていたコップをシンクに持って行った。
そんな先生の姿を後ろから見ていた私は、えも言われぬ寂寥感に襲われていた。
もうこの楽しい時間は終わりなんだと。
私が小さい女の子でいられる時間は終わりなんだと。
『また来てもいいですか?』
『迷惑じゃないですか?』
『他の生徒ってあんまり来ないんですか?』
『先生』
『私また、先生とお話したいです』
どれもが私の胸のうちに渦巻いて、渦巻いて、渦巻いただけだった。
口からその言葉が出ることは無かった。
「………」
ガラガラとドアを開ける音が響く。
「次は麦茶以外もの用意しておくから、何かあったらまた来なさい」
先生はドアの横に立ってそう言った。
それはまた来てもいいと言うこと。
迷惑じゃないということ。
「………はいっ」
私はしばらく動かしたこともなかったような表情筋を精一杯に動かして、とびきりの笑顔でそう言った。
-
- 17 : 2015/07/02(木) 00:03:19 :
翌日の話だった。
私は、勇気を出してもう一度、地学室へ足を運ぼうとしていた。
先生。
和田先生。
「あー、和田先生だー!」
「せんせー、また麦茶飲みに行っていい?」
誰とも知れない生徒達に先生はよく囲まれている。
きっと、私より前に地学室へ来たことがある人達だろう。
「だめだめ。味を占めたな?」
「えー、だって教室暑いんだもん!先生、いいじゃーん」
先生。
「ほら、教室戻りなさい」
「はぁ〜い」
残念そうに教室に帰っていく生徒。
先生、私は貴方と一緒にいる時だけ、小さな女の子になれるんです。
ただ、一緒に居るだけでいいんです。
欲張りしません、私はそれだけで満足だから。
なのに、なんでこんなに痛むんですか?
(今度は、心臓が……)
ズキズキと。
ドキドキと。
-
- 18 : 2015/07/02(木) 00:03:45 :
女の子と並びたくなかったから、いつも少し後ろを離れて歩いていた。
でも、私の歩幅が大きくてすぐに追いついてしまった。
好きな男子はいた事がない。
みんな同じようにしか見えなかったから。
自分より小さい生き物にしか見えなかったから。
「お、1年生は屋外授業か」
(あ、先生……)
「あー!和田先生だ!先生は今から授業なの?」
私は、見た目ほど強くはない。
見た目ほど中身は大きくない。
虫は怖いし、雷も苦手だし、おばけだって嫌だ。
大きい声はあまり出ないし、人と話すこともそんなに得意じゃない。
弱虫、ただ見せかけは大きいだけの臆病な生き物だ。
「いや、次は授業じゃないよ」
「ほんとに!?じゃあ先生と外に行こうよ!」
「だめだめ。午後からの授業の準備をしないと。ほら早く行きな」
……いいなぁ。私もまた、先生と話したいなぁ。
そんなことを口に出せる訳もなく、私も1人外へ出て行こうとした。
「お、真坂」
「……はいっ?」
予想外にも先生の方から話しかけてきた。
……ダメだなあ、話しかけてもらわないと話せないなんて。
「今日は体調悪くないみたいだな」
「あ、はい。お陰様で」
「俺は何もしてないよ……時に真坂。お前って何か部活とかに入ってたっけか?」
部活は勧誘だけは良くされる。
バスケ部バレー部その他諸々……でも私は運動はそんなに得意じゃないからどれにも入らないのだけど。
別に運動が苦手だからって理由だけじゃ、無いけれど。
「いえ、特に何も……」
「お、ホントか?俺なあ、実は天文部の顧問してるんだけど……いやしてるってかそういうことになってるんだけどまあ部員が居ないんだよな。もし興味があるならーって思ってな?」
天文部か……と、少し考える。
特に何も入ってないから放課後は暇といえば暇である。
それに先生と一緒の時間が増えるならば願ってもない事だ。
「わ、分かりました。入ってみたい、です」
そう言うと先生はホントか!?と、大袈裟に喜んだ。
そう言えば先生は地学の先生だから星とかも好きなのかもしれない。
「おっと、もう予鈴がなるな。行きなさい、引き止めて悪かったね。じゃあ放課後に地学室に来てくれ」
「あっ、はい!分かりました」
そう言って先生は地学室の方に戻って行った。
私も外に出る。
足取りは、軽かった。
-
- 19 : 2015/07/02(木) 00:04:08 :
1人でここに来るのは初めてだ。
凄い速さで心臓がドキドキと音を鳴らしている。
でも、痛みじゃない。
これは……。
と、そこでガラッと引き戸が開いた音。
心臓が本当に口から出るかと思うほど飛び跳ねた。
「うおっ、ナイスタイミングだったな。さ、入りなさい」
「あっ、はっ、はい!」
……ああ、恥ずかしい。顔が熱い。
扉の前でずっと立ってたと思わているかもしれない。
変な奴だと思われてないだろうか。
こんな風に1人の人にどう思われているかが気になるなんて事は初めてで、それは心臓に悪くて、でも悪い気はしていなかった。
「まあ、座りなさい」
先生は前と同じ様にソファに座るように勧めた。
私はそそくさとそこに座る。
先生は麦茶を取ってくるからと、シンクの方に向かった。
(……相変わらず高い所に色々な物があるなあ)
メモ書きも授業に使うであろう用具や教材も、全部私には届かない所にあった。
先生は何時もあの高さの世界に住んでいるのだろうか。
高さが違えば、そこは別世界。
あの高さは先生だけが見える世界。
(……………足りない)
「おっ、とっと。おー危ない。部屋は散らかすもんじゃないな」
先生が麦茶とコップを持って戻って来た。
そうだ、今は余計な事を考えないで与えられたこの時間を楽しもう。
-
- 20 : 2015/07/02(木) 00:04:28 :
「で、だ。まあ天文部の話になる訳なんだが……あ、これ入部届けな。書いててくれ。そう、天文部なんだがまあ天体観測とかが主な活動になるんだが……とりあえず最初は七夕の日にやろうと思う」
七夕の日、つまり来週か。
確か日曜日くらいだったような気がするがまあ特にやる事もないから大丈夫だろう。
「わ、分かりました。行けると思います」
そう言うと先生は良かった、と言って笑った。
良く笑う先生だなと思う。まあお陰で私も最近は笑顔が増えてきたのだけど。
「…………」
「…………」
……なんだろう、凄く気まずい。
そもそも天文部の話はアレで終わりだったのだろうか。
何かこう色々と不足しているような気がする。
どうにかしてこの気まずさを打ち破らなければ……。
「あっ、あのっ!」
「ん?どうした?」
話しかけたはいいが正直何を話していいのか分からない。
どうしようどうしようと考えていたら、1つ聞いてみたいことがあった。
……でも、これは……。
これは……良いのか?
聞いたら……戻れないんじゃないか?
もし……もしも……。
「えっ、と……先生は、その……」
先生は、ん?と耳を傾ける。
ここまで来たらもう引き返せない。
腹を決めるんだ。
心臓がドキドキと鳴り始める。
でも今はドキドキだけじゃない。
痛みも、ある。ズキズキと。ビリビリと。
「──────恋人とかって、いるんですか?」
-
- 21 : 2015/07/02(木) 00:04:40 :
-
- 22 : 2015/07/02(木) 00:05:02 :
7月7日日曜日。午後7時17分。
予定の時間にはまだ早いけど私はもう観測場所にやって来ていた。
もう夏と言っても過言ではない時期だが、夜はまだ涼しい風がそよいでいて過ごしやすい気候だった。
2日ほど前だろうか、先生がどうせなら短冊に願い事を書いてもってこようと言ったのは。
手に持っていた青色の短冊を見つめる。
そこに書いてある願い事は今までとは全く違うものだ。
身長がどうのこうのと気にしていた私からすればそれは大きな進歩であり、ようやく踏み出した1歩でもある。
でも、正直、今日ここに来るのは少し億劫であった。
理由は、言わずもがなである。
何日か前のあの日、聞いたあの質問。
「─────ああ、いるよ。……あまり身の内話はするもんじゃないんだが……はは、実は来月結婚するんだ」
先生はどこか照れくさそうにそう言っていた。
分かりきった事であった。先生が大人である以上、そう言う事があったとしても何らおかしくはない。
むしろおかしいのは、私の方だ。
-
- 23 : 2015/07/02(木) 00:05:38 :
好きになったのは仕様がない。
なりたくてそうなった訳じゃない。
好きになってしまっていたのだからそれに嘘は吐けない。
でも、そうだったとしても、好きになった事を後悔するしかないじゃないか。
好きにならなければ良かったと思うしかないじゃないか。
だってこんなにも辛いって分かっていれば最初から好きになんてならなかった。
取り留めのない感情が渦巻いては解けて、また渦巻いて行く。
そうして数日が経って今に至る。
正直言えばまだ気持ちの整理がついた訳じゃない。
むしろ気持ちの整理なんてつけようともしてなかった。
ただひたすら苦悩して、それだけで数日が過ぎた。
答えは出なかった。でも、『願望』は1つだけあった。
叶う事なんて絶対に無い、馬鹿みたいな願い事だけど、それだけが今の私を支えてる。
「おっ。おーい、真坂ー」
-
- 24 : 2015/07/02(木) 00:05:53 :
先生が望遠鏡を担いでやって来た。
「すまんな。ちょっと遅くなった」
そうは言うもののまだ集合時間より前である。
息を切らして肩を揺らしている所を見ると随分と急いで来ていたようだ。
「いえ、私もさっき来たばかりですから」
先生はそれを聞くと、なら良かったと言った。
ようやく息も整ってきたようでふう、と一息つく。
「雨が降らなくて良かったな。雲も無いし、望遠鏡を使わなくても十分綺麗に見える」
そう言いながら先生は夜空を見上げた。
私もそれに倣って上を向く。
そこにはまさに満天の星空、本当に川が流れるように星々が連なり輝いていた。
「わぁ……」
思わず溜め息が漏れる。
それ程までに美しく心を奪われるような景色だった。
だけど、私が本当に心を奪われているのはその美しい星空ではない。
隣で同じ様に星空を見上げている先生の横顔は、星空に見とれている様で何かを愛おしそうに思う様な顔であった。
その星空に、誰の面影を重ねているのか。
私であればどれほど嬉しかったことだろうか。
こんな綺麗な星空の下でも、私の心は澄みきることは無く淀んだ感情に支配されてしまう。
……どこまでも意地の汚い人間なんだな、と自虐的に嗤う。
-
- 25 : 2015/07/02(木) 00:06:16 :
「あ、そうだ。真坂」
先生が思い出したかの様に私に声をかけた。
先生はポケットから赤色の短冊を取り出す。
「これ、持ってきたか?」
にこりと微笑みながら短冊をヒラヒラと動かす。
その短冊には何かが書いてあるのが見えたが、不思議とそれが何なのかは気にならなかった。
私はもちろんです、と言って青色の短冊を見せる。
「おお、それは良かった。どうする?どっちから言おうか?」
どうしようかと迷ったが先生のを聞いてから言うのは少しだけ辛くなるかもしれない。
「……じゃあ、私から」
心臓が、お腹がズキズキと痛みだす。
でもズキズキだけじゃない。
もう今日で最後かも知れないドキドキも。
ズキズキドキドキと心臓が私を叩く。
……私の願い事。
それは─────────────
-
- 26 : 2015/07/02(木) 00:07:02 :
「私の願い事は……大人になって先生と同じ世界を見てみたい……です」
-
- 27 : 2015/07/02(木) 00:07:19 :
先生が呆気に取られている。
それも無理は無い、願い事とは言え突然生徒が大人になりたいなんて言ってくるのである。
更に大人になって自分と同じ世界を見てみたいなんて言われればそれは呆気に取られるだろう。
私は言って、そして羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
恥ずかしい、変なヤツだって思われる。
いや思われてるだろう。
こんな事を言うやつがまともな訳があるもんか。
しかし、意外にも次にかけられた言葉はそう言った類のものではなかった。
「……真坂は大人っぽいな。大人っぽい。でも、大人っぽいって事は子供って事だ。大人に大人っぽいなんてあんまり言わないだろ?」
先生は私に穏やかに語りかけた。
顔を上げて、先生の顔を見る。
優しそうな笑みを浮かべているいつもの先生の顔だった。
「大人ってなんだと思う?二十歳を越えたら大人か?酒を飲めたら大人か?働いてりゃ大人か?……俺はそうは思わない」
ざあっと一陣の風が私達を撫でた。
その風に私の手に持っていた短冊は攫われ、何処かへと飛んで行ってしまった。
だけど、私はそんな事を気に留めもしなかった。
ただ、先生の話を聞いていた。
-
- 28 : 2015/07/02(木) 00:07:35 :
「俺が大人だと思うのは、誰かを支えられる人間だ。支えられて、支えられて、人は生きていける。そしてその人を支えてる人だって誰かに支えられている。つまり誰かを支えるって事は人を生かす事。それが出来て初めて大人なんだと俺は思うよ」
ま、二十歳越えてないと世間一般では子供って言われるんだけどなと、先生は笑いながら付け加えた。
誰かを支えて、初めて大人。
支えられるだけじゃあ、駄目だって事。
私は誰かを支えているだろうか?
思い返してもそんな記憶は何処にも見当たらない。
ずっと、支えてもらいっぱなしの16年間だ。
……大人っぽいなんてそんなことは無い。
まだまだ子供でガキんちょで幼い。
私は今更自分の書いた願い事を恥じた。
先程にも勝る羞恥心と後悔で一杯だった。
「真坂、多分お前は誰かを支えたって事があんまり無いと思ってないか?」
「……はい」
少しだけ涙声になっていたかもしれない。
なんでそうなってるかは分からないが、相変わらず私の泣き虫は治っていないようだった。
「……それでいいんだ。だってお前はまだ子供なんだから、支えられっぱなしで問題無いんだ。そんな子供を支えてあげるのが俺みたいな大人、もっと言えば教師だよ」
-
- 29 : 2015/07/02(木) 00:07:56 :
「いつかお前が……もし、教師になったならば分かる。俺がどんな世界を見ているのかがな。そうしたらまた、会いに来なさい。地学室はいつも開いてるから、な?」
そう言って先生は私に笑いかけた。
当の私は何故だか次から次に溢れ出てくる涙を拭う事で精一杯になっていた。
なんで泣いてるのかは私にも分からない。
ただ嗚咽を漏らして、しばらくの間泣いていた。
先生は静かに私の隣に立っていてくれた。
街灯が先生を照らし、私の上にカゲがかかる。
これで2回目。
きっとこれで最後。
夜空にかかる星の橋が一層強く輝いている様な気がする。
涙でぼやけて見える空に見えたそれを私は何故か見逃さなかった。
隣の先生の顔もよく見えなかったのに何億光年と離れたその流れ星だけは、目に、脳裏に灼きついて離れなかった。
-
- 30 : 2015/07/02(木) 00:08:42 :
先生もそれを見たようでおおっと声を上げる。
それを聞いてようやく落ち着いたのか私は少しずつ泣きやんでいった。
それを見て先生はよし、と言って私の前に立つ。
「今度は俺の番だな」
「……なにがですか?」
先生は何も言わずに赤色の短冊をチラつかせる。
私はそう言えばまだ聞いていなかったと気づいてじっと先生の願い事を聞こうとした。
「俺の願い事はな、どうか───────────」
「どうか、お前が健康でいてくれますように、だ。お前はいつも何処か具合悪そうだからな」
そう言ってははっ、と笑った。
先生の願い事が散々引っ張った挙句、思いのほか普通で少し面白かった。
思わず笑いが漏れてしまう。
泣いて目を腫らした顔の笑顔は凄惨なものだったろうがあまり気にしてはいなかった。
大丈夫。
もうお腹のズキズキも。心臓のドキドキも。
何処かへ行ってしまった。
だから大丈夫だよ、先生。
私は先生の前だけで小さな女の子でいれた。
それも今日で、おしまい。
私はまた大きな女の子になるけど、それでもいい。
ちょっとだけ、身長の高い私が好きになれそうだから。
だって、貴方に一番近い位置なのだから。
La Fin.
- このスレッドは書き込みが制限されています。
- スレッド作成者が書き込みを許可していないため、書き込むことができません。
- 著者情報
- 「恋愛」カテゴリの最新記事
- 「恋愛」SSの交流広場
- 恋愛 交流広場