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乾いた耳はミルクに浸して

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  1. 1 : : 2017/05/14(日) 22:55:01
    高かった空から太陽が放物線を描いて落ちてくるのを見て、私は1人顔色を伺う子どものような思いで散らばったサッカーボールを回収し、荒んだグラウンドを整備していた時のこと。

    「男!今日も居残り練習やってたの?」

    不意に声をかけられ首を横にやると同じ小学校、中学校を通う1人の女子がいた。

    「女、珍しいね。君から声を掛けてくるなんて」

    彼女は私の憧れだ。人として見ても、恋する相手として見ても。いずれにしてもこの気持ちを自覚した時から、私は彼女に話し掛けることができなかった。

    「それはお互い様でしょ?ねえ、グラウンド整備終わったら一緒に帰ろうよ」

    一瞬、歓喜のあまり自身の持つ機能と言う機能が全て停止するが、先に動き出した感情に任せてただ一言「うん」と返し、慌てて終わらせる。
  2. 2 : : 2017/05/14(日) 23:12:49
    帰り支度を済ませ、待っててくれた彼女に礼を言うとゆっくりと校門を横に並んで出る。

    私にはこれが小説のような展開で、実は次の瞬間は訪れないのではないかと思うほど緊張してしまっていた。

    「男はさ、高校どこ行くか決めてる?」

    沈黙から抜け出してきた彼女の言葉は何気無い世間話だった。だが、このときの私には中学生最後の夏の過ごし方を聞かれているように思えた。

    「んー、B高校かな。」

    「B高校?同じ都内でも結構遠くない?うちの学校からは行く人がいるって聞いてないけど」

    「だからこそ、かな」

    別にこの地元から逃げたいが為に選んだわけではなかった。ただ、人に認められたい。高い価値を見出だして貰えるような人間になりたい。そう思っての決断だった。

    「男は、ここが嫌い?」

    「好きだけど、此処にいる人達が思う俺が嫌い」

    「それはどんな自分?」

    「自分勝手で他力本願、人の気持ちも考えられない自分」

  3. 3 : : 2017/05/14(日) 23:34:16
    気付けば、頭の中は自分の事で一杯だった。
    好きな女の子がいるのだから小粋なジョークを混ぜて返せれば良いものの、昔から今にかけてそんなことは一切できなかった。

    「そっか。」

    相槌を聞いてハッと我に返り、気を遣わせてしまったのではないかと私は狼狽える。

    「男はよく頑張るよね」

    「自分の中で可能性があると感じたものに限るけどね。そういう女はどうなの?」

    「A高校。一緒の人は少ないけど、アタシは今の自分を越えたいかな」

    私は彼女のこの飽くなき向上心とそれを成し遂げる行動力に、誰にでも優しい性格に、そしてそれを体現するかのような端正な顔立ちに惚れたのだと思い出す。

    「格好いいな」

    「女の子には可愛いって言わなきゃダメだよ?」

    「可愛い」そう言いたいけれど、本音であるが故に言えない。歯痒く、舌が痺れるような思いで次の言葉を探す。しかし、私の喉が震えるより早く、彼女が接続語を置いてきた。

    「それに。」

    幸せな時間は瞬く間に終えてしまった。私と彼女の帰路を分ける横断歩道を目の前にしたことで。

    しかし、彼女は近くにあった無人の駐車場の柵に背を預けて私から顔を背けて、連なる言葉を溜めに溜めて、渡って帰ることも出来たであろう青信号が点滅しはじめて、やっと紡いでくれた。


    「男だって格好いいよ」
  4. 4 : : 2017/05/15(月) 00:04:08
    何が起こったのか解らなかった。
    それは私が普段から誉められなれていないからだとか、女性経験が皆無だからだとか、そんな理由をもってしての「解らなかった」だったのかもしれない。

    だけど、一番早くにしっくり来たのは好きな人に「格好いい」と言われたことによる喜びだったのではないかと想う。

    「お、女?」

    「いつも不格好でも一生懸命な男がいたからアタシはもっと頑張ろうと思えた。変わりたい、そう思って努力しようとする男の気持ちを知ってその気持ちはもっと大きくなったよ」

    軽妙洒脱なイメージだった彼女からの挑戦状は何故か私の心を少しずつ冷静にさせていってくれた。

    「ねえ、男。アタシは男が好き。好きだけど、今は付き合ってほしくない。だから、ごめん。男の告白を受けることもアタシから告白をすることもできない。アタシはまだ腰を下ろして寄り添うことはしたくないから」

    両思いであることを知り、尚且つ同時に告白する前に察せられフラれる。非情に悔しかった。
    泣きたくなってしまった。

    「我が儘でごめん。けど、男は優しいからどうしても頼りたくなるの 。だからそうするとアタシは男の想うようなアタシになれないの」

    「いつか、付き合ってくれるかな?」



    「アタシの好きな、貴方であれば」




  5. 5 : : 2017/05/15(月) 00:54:19
    あの会話を最後に彼女との間に流れた長かった沈黙は吹っ切れた。

    彼女は吹奏楽部で、私はサッカー部で最後まで全力を尽くし、互いの引退となったその日には二人で抱き合って泣いた。因みにこの時が私と彼女がはじめて身体が触れ合った日だったので涙が収まった頃に気が動転して階段から落ち、骨折したのは苦い思い出だ。





    ーーーー

    「男…?」

    成人式の夜のこと。中学校の同窓会の会場で私は彼女と中学3年生からの約5年間ぶりの再開を果たした。

    「女!?久しぶり!!」

    メールはたまにしても、会う時間が合わなかった私達だったので暫く妙な距離感を保ったままぎこちない会話をしていた。

    「男、酒はなに飲む?」

    「ビール」

    「爺臭いなー」

    「せめておっさんにしろ」

    アルコールの勢いで話し掛けようとしたのだが、彼女は私の向かいの席に座り少々強引な感じでありながらも言葉を交わしてきた。

    昔話に花を咲かせる同級生達を尻目に美しい彼女を独占する私は若干悦に入りながらも、今何をしているか、今後はどうするのか、当時の政治問題や社会問題について語り合っていると友人たちに追い出されてしまった。
  6. 6 : : 2017/05/15(月) 01:45:10
    暗く、澄んだ空の下で月の光や街灯が照らす彼女は舞台に上がった女優のようで見とれてしまった。

    たったの5年。今ではそう言えるが、その5年で彼女は少女から女性へと変貌していた。だからこそなのかもしれない。5年間を長く感じた時間があった理由は。

    「誰もいちゃついてないのにね」

    「俺もまだ拙いからな。だからなのかも」

    「それはみんなそうでしょ」

    会場にいた同級生達は落ち着きと知性、静かな熱意を備えた、大人への最終段階に入るような人間が多くて自身が置いて行かれてるように感じた。

    「俺はまだ皆に追い付いていないよ」

    「他の誰かもまた男にそう感じてると思うよ」

    「そうかな?」

    「そうだよ。男はまた格好よくなった」

    彼女はまるで、いや本気で自分がそうでないかのように語る。それは私には切なく感じた。

    「女には及ばないよ」

    「だってアタシは…」

    「高校の同級生に好意を寄せられ続けてるんだって?さっき友君の会話で言ってたね」

    嫉妬した。その私には見えない彼に。
    彼女の側に友達としてでも長くいれたこと、想いを伝えられたことなど私ができなかったことをした彼に。

    「少しでも、迷った自分がいた。それはアタシが未熟だったから」

    「そっか。」

    言葉に詰まった。あの日の横断歩道の時とは違い、酸味が呼吸を塞ぐようなものだった。

    「でも、もう答えは出たの」

    「ねえ、男。泣かないで聞いてくれる?」

  7. 7 : : 2017/05/15(月) 02:13:29
    彼女は小悪魔的だ。私の心をとうの昔から手玉にとっていた。

    彼女の望みに答えようと相反する感情を顔に貼り付けようとするが、皹の入った堤が氾濫を抑えるような歪さが筋肉の緊張をほどいてしまいそうになる。

    「私はもうすぐで腰を下ろそうと思うの。多分それは5年くらい後になる」

    血の気が引けるのを感じた。アルコールは蒸発することを許されることなく、お腹の中で洗濯機のように回っている。

    ふと、私の耳に彼女の手が添えられた。

    「聞いて、アタシは貴方と一緒にいたいの。話して、貴方はアタシとどのような関係でいたい?」

    小悪魔の誘導に覚束ない足取りで従う私は何者だったのか、わからない。けれど、

    「私と、付き合ってください…!貴女をいつまでも愛し続けます!」

    この日をもって俺は私になった。
    そして、私の物語から私達の物語へとなる。



    乾ききった耳は白く滑らかなミルクのような手に潤いを与えられた。



    ~fin.
  8. 8 : : 2017/05/15(月) 02:30:40
    お疲れ様でした。これにてこの物語は閉じさせていただきます。

    御愛読頂きました皆様に感謝をさせていただきますm(__)m

    前二作がOASISというバンドの曲の雰囲気で書いたものでしたが、今回は何にも影響されないように思い出を軸に1から雰囲気から何まで書いてみました。如何でしたか?

    皆様からご意見や御感想を頂けましたら幸いです。

    また、修正は後日、出来れば一週間以内にしますので誤字脱字を教えてくださいますと嬉しいです。





    あー、明日会社かよ。鬱だ寝よう
  9. 9 : : 2017/05/17(水) 17:05:03
    素敵なスレタイに惹かれて拝読させていただきました。いやぁ、正解でした(^o^)
    綺麗な文章で読みやすく、面白かったです。
    お疲れ様でした!
  10. 10 : : 2017/05/17(水) 22:58:52
    か、風邪は不治の病先生からコメントが…!

    「読みづらく無いかなー、でも変えたくない点が多すぎるんだよなー」と頭を抱えて書いていただけに読みやすいと、面白いと仰ってくださり天に召される思いです。

    ありがとうございます!
  11. 11 : : 2017/06/05(月) 09:36:36
    言葉の紡がれ方が魅力的でした…!
    ニヤニヤしたりクスリと笑ったりしながら読みました
    素敵なお話ですね
    お疲れ様です!
  12. 12 : : 2017/06/06(火) 12:23:15
    蒼電さん、お褒めのコメントを下さりありがとうございます!

    普段、温暖化の修造やキリギリアイなどで笑わせてもらってる方を笑わせることがことができるなんて恐縮です(。>д<)

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