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咲キ誇ル
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- 1 : 2015/03/02(月) 22:23:00 :
- 桜ーーーーーーーー
それは、春を代表する植物
そして、それは
僕がこの世で最も愛する植物であり
ーーーーーーーー僕がこの世で最も嫌う植物でもある
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- 3 : 2015/03/04(水) 22:38:35 :
- 「……ん、ぅん……」
今日も僕は、相変わらずごく平凡な昼寄りの朝を迎える。
「……もうこんな時間かぁ。眠い……」
今日は春休みの真っ只中の日曜日、季節は春。天気もよく、絶好の花見日和である。現に窓の向こうには、シートを敷いて花見の準備をしている人がチラホラと確認できる。
「桜、か……」
それらを見て、僕は少し複雑な気分になる。桜の花を見て楽しむ為に準備をしている窓の向こうの人達は、まさかその桜を見て表情を曇らせている人間が近くにいるなんて考えもしないだろう。
僕はこの、春という季節があまり好きではない。春に咲く、桜を見ていると必ず、二度と会えないあの女の子の姿が脳裏にチラついてしまうからだ。
「そういえば、あの日も今日みたいないい天気だったなぁ……」
そして今日も、毎年のようにあの日のことを思い浮かべるのだったーーーーーー
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『そろそろ桜も見飽きたなぁ……』
『きゃっ!!』
『え!?』
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- 4 : 2015/03/04(水) 22:54:10 :
- 『イテテ……』
『だ、大丈夫、キミ?』
『あ、全然大丈夫だよ! 吃驚させちゃってゴメンね』
『うん、それはいいんだけど……。どうして桜の木から落ちて来たの?』
『う、うん……。実は、お守りが風に飛ばされちゃって……』
『お守り?』
『うん、桜のお守り。私の宝物なんだ』
『へぇ、そうなんだ。……で、取れたの?』
『ううん、まだ。もう少しなんだけど……』
『そっか……。よし、なら僕が取ってあげるよ』
『え、でも、危ないよ?』
『大丈夫だよ。こう見えても木登りは得意だから』
『じゃあお願い。気を付けてね』
『任せて。よいしょっと、……で、どの辺にあるの?』
『えっと、もうちょっと左の方だと思う』
『左だね。えーっと…………これ?』
『どう? あった?』
『うん、多分これだと思うよ』
『よかった~。ありがとう!』
『ちょっと待って、今降りるから……って、うわぁ!?』
『きゃっ!! ……だ、大丈夫?』
『イテテテ……。大丈夫とか言いながら僕も落ちちゃったね。僕は大丈夫、それよりはい、これ』
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- 5 : 2015/03/04(水) 23:07:14 :
- 『あっ、私のお守り! 取ってくれてありがとね!』
『うん、どういたしまして!』
『……あ、もうこんな時間。私、もう帰らなきゃ』
『あ、そうなんだ……』
『うん、それでね…………。明日もまた、ここで会える?』
『うん、勿論だよ!』
『よし、決まり! じゃあまた明日ね、バイバイ!』
『うん、また明日!』
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「楽しかったなぁ、あの頃は……」
あれからしばらく、二人で駆け回って遊んだ。ゴールデンウィークにはどこかへ二人で出掛ける約束もしていた。なのに……ああなるとは思いも寄らなかった。
あの頃は桜が大好きだった。彼女と僕を出会わせてくれた植物だから。でも、今もそうかと聞かれれば答えは否だ。なぜなら…………
「何してるの!? 早く昼御飯食べなさい!」
母親の大声で我に返る。見事に感傷に浸っているところを遮られた。若干煩いなと思いながらも、僕は母に同じく大声で返事をした。
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- 6 : 2015/03/04(水) 23:33:29 :
- 「全くもう、何してたのよ……」
少しイライラしながら自分の食器を片付ける母。そんな姿を見て、つい自分もイラッとしたが、自分が悪いんだと、ぐっとこらえた。
「いや、ちょっと桜を見てたんだ」
「桜? そんなものいつも見てるじゃない。……あ、そういえば」
ふと何かを思い出したように顔を上げる母。僕がどうしたと聞くと母は
「あなたに会いたいっていう女の子が来たのよ。今寝てるって言ったら、じゃあ桜の木の下で待ってるって伝えてと言われたわ」
と答えた。
「……桜の、木?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。そして、その白に次々に“あの頃”の思い出が流れ込んでいく。
「…………それ、どんな子だった?」
「え?確か、ストレートでセミロングくらいの長さの髪だったと思うけど。後は覚えてないわね……」
その母の言葉に当てはまる、たった一人の女の子の姿が脳に浮かび上がる。
「もしかして……!」
気が付くと僕は家を飛び出していた。ちょっと待ちなさいという母の制止の言葉も気にせず、僕がこの世で最も愛する、そして最も嫌う植物の下へと向かう。
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- 7 : 2015/03/05(木) 22:26:21 :
- 「ハァ、ハァ……」
周りは花見客で賑わっている。その中を、息を切らしながら、周りの不審がる目も気にせずにある1つの木に向かって走る。
そんな中、僕の脳には再び、あの子との思い出が甦っているのだった……。
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『今日も楽しかったね~』
『うん、楽しかったね』
『明日はどうしようかなぁ。……そうだ、明日はキミの家に行ってもいいかな?』
『うん、勿論だよ! 歓迎するね!』
『じゃあ明日ね! 約束だよ?』
『大丈夫! きっと来てよ?』
『うん、じゃあ明日ね!』
『うん、バイバイ!』
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ーーーーーーーーそうだ。あの日、あの約束をした次の日、あの子は突然姿を消した。今、僕の周りにある桜が散っていくのと同じように、あの子は僕の前からいなくなったんだ。僕の家に、彼女が来ることはなかった。
あの日のことがあってから、僕は桜が嫌いになった。彼女を、僕から奪ったから。それは今も変わらない。そう、今は。
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- 8 : 2015/03/05(木) 22:45:52 :
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「あ、来た来た♪」
「! やっぱり、キミだったんだ……」
全力で走ったその先には、桜の木の下で出会った、あの子がいた。昔と少しも変わらない様子で。
思わず涙が溢れそうになった。いろいろありすぎて訳がわからない程、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
「うん、久し振りだね! 何年振りかなぁ?」
「はは、僕も覚えてないや。……また会えて、本当に嬉しい」
先程まで駆け巡っていた思いも、また会えた、会話できたという安心感に吹き飛ばされる。ただただ嬉しかった。安心した。
思わずその場に座り込んでしまいそうになるのを必死に堪え、口を開く。
「……どうしてあの日、僕の家に来なかったの?」
「…………ごめんね。あの後、急に引っ越しするって言われて……」
「……引っ越し?」
「うん。それで、お別れの言葉も言えなかったの。本当にごめんね」
引っ越し。そんなことだったのか。桜が、僕から彼女を奪っていった訳じゃなかったのか。
「桜のせいじゃなかったんだ……」
「ん?何か言った?」
「ううん、何でもない。それより、どうしてまた、ここに帰って来たの?」
「……お父さんの仕事の都合で引っ越したんだけど、終わったからまた住みやすいところに引っ越そうって事になったの。そしたら、やっぱりここが一番ってことになって……」
再びここに帰って来てくれた。もう会えないと思っていたのに、まさかまた、同じ場所で会えるとは考えてもみなかった。
ーーーーーーーーだが、何にせよ、これで1つ、嫌いなものがなくなったようだ。
「もう……急にいなくなったりしない?」
「うん! もう引っ越したりしないから、これからまた、ずっと遊べるよ!」
「……! うん、じゃあ今日は僕の家においでよ。歓迎するから」
「……そうだね。ならお邪魔しちゃおうかな」
そう言って彼女は笑った。その笑顔は、いっぱいに開いた桜の花のように美しかった。
桜ーーーーーーーーーー
それは、春を代表する植物
そして、それは
ーーーーーーーー僕がこの世で最も愛する植物である
END
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- 12 : 2015/04/20(月) 22:49:43 :
- 乙
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