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右膝の傷
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- 1 : 2016/09/14(水) 16:44:27 :
- シリーズ最終話、今回はエレン編です。一応シリーズ物と銘打っていますが短編集なので前作などを読まなくても大丈夫です。
では、次のレスから始めます。楽しんでいただけたら幸いです。
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- 2 : 2016/09/14(水) 16:45:00 :
- 俺がそれを見つけたのは本当に偶然のことだった。
死に急ぎ野郎になんて、こんなことにならない限り絶対関わりたくなかったんだ。それなのに、今こいつは人類の希望様だ。当然、守る俺たちは一緒にいる時間は長くなり、どうでもいいことに気がつきやすくなる。
山奥で身を隠しながらの生活。それの殆どがエレンのせいだ。それだというのに、本人は呑気に昼寝に興じているときた。腹立たしい限りだ。
椅子の上で舟を漕いでいる姿は到底人類の希望だなんて思えなくて、どこにでもいる普通のガキにしか見えない。だけど、つい先ほどまでは巨人に姿を変え、壁にできた穴を塞がんと失敗を重ねていた。
そう考えたら、まあ、ほんの少しくらいの昼寝くらい、許してやってもいいかもしれない。巨人になるには体力を使うみたいだしな。ていうか、それならばこんなところではなく、ベッドで寝ればいいだろうのに。
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- 3 : 2016/09/14(水) 17:53:21 :
- そんなことを悶々と考えながら、こいつのことを観察してみる。筋肉は、入団のときと比べて格段についた。背だって伸びた、かもしれない?ミカサとは違って全く傷のついていない顔が憎たらしい。
やることもないので観察を続けていると、膝小僧に白い線が真一文字に走っているのが目に飛び込んできた。右の膝、皿よりは少し下辺り。薄く、そこまで大きいわけではないけれど、確かに傷の跡だった。
「あれ?ジャン。何してるの?」
後ろから突然声をかけられて振り向くと、アルミンとミカサが立っていた。
「あー。エレン、寝ちゃったんだ。今日の実験はハードだったからかな?」
「そんな感じじゃねえの?とにかく、こいつ運んじまった方がいいだろ。こんなところに居座られちゃあ邪魔でしょうがねえ」
「あはは。確かにね。じゃあ、運んでくれる?隣の部屋まで」
「アルミン。大丈夫。私が運ぶ」
了承しようとしたらミカサが手を挙げたので快く譲ることにする。エレンが聞いたら怒るかもしれないが、んなもん俺には関係ない。ざまあみろ。
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- 4 : 2016/09/15(木) 19:46:51 :
- 「で、ジャンは何をしてたの?」
アルミンがニッコリと笑顔で尋ねてくる。屈託無い、明るい笑み。だけど、その目には、変なことしようとしてたら怒ると書かれていた。
「なんでもねえよ。あいつの膝に傷があったから珍しいと思って見てただけだ」
「膝に?」
「あいつ、怪我なんて跡形もなく治るじゃねえか。それなのに、傷跡が残ってるなんて珍しいだろ?そんだけ」
アルミンは少しだけ目を見開いて、柔らかく微笑んだ。
「それってさ、右膝?」
「ああ、そうだけど?」
「そっか」
クスクスとあんまりにも楽しそうに笑うから、つい気になってしまった。
「なんの傷なんだ?」
「へ?」
「だから、その傷。なんでできた傷なんだ?」
ガチャリ、と音がして先ほどエレンを寝かせにいったミカサが入ってくる。アルミンは手招きをしてミカサを呼んだ。
「どうしたの?アルミン」
「ジャンがね、あの傷を見つけたんだって。まだ残ってたんだなぁ」
ミカサは一瞬キョトンとした後、フワリと笑った。
「ああ、あの怪我」
「懐かしいよね」
フワフワとした甘ったるい空気がどうも居心地悪くて、身じろぎをする。
「ごめんごめん。こっちで盛り上がっちゃって。まさか残ってるなんて思ってなかったからさ、つい」
そんな俺に気がついたのか、アルミンが笑いながら謝った。
「あの傷はね、僕たちがまだ子供だった頃。まだ壁が壊されてなかったときにできたものなんだ」
アルミンはフワリと優しげに笑うと、話し出した。
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- 5 : 2016/09/15(木) 19:47:46 :
- ◆ ◆ ◆
小さい頃、僕はよく虐められてたんだ。外の世界に興味を持ってるってだけで、虐められるんだから、理不尽なものだよね。その日も僕は何人かの男の子に囲まれてた。体格差もあったし、自分の身を守るだけでいっぱいいっぱいだったよ。
その時、エレンとミカサが来てくれたんだ。まあ、いつもと同じパターンだね。大体、それだけで逃げて行く奴らが多かったんだけど、その日は違ってね。軽く乱闘騒ぎになっちゃった。場所が人通りの少ないところだったっていうのが原因かな?
なんせ多勢に無勢。ミカサがいくら強いと言っても向こうだって知ってる。僕を人質にするような形で喧嘩が始まった。正直、今度こそはダメだって思ったよ。…ごめんってミカサ。そうむくれないでよ。
まあ、そうは言っても所詮は子供の喧嘩。体も出来上がってないし、少し痛い目見させてやろうくらいの気持ちだっただろうから、そこまで酷いことにはならなかったよ。途中から降ってきた雨でお開きになるくらい。
え?じゃあどうしてこんな傷がついたのかって?ふふ、それが馬鹿な話なんだけど。雨が降ってきたから走って帰ったら、その時にエレンが転んじゃってね?運が悪いことに、ガラスが何かが埋まってたらしくてザックリ切れちゃったんだ。
でも、当時の僕らはそんなこと分からないし、血が出るような怪我にも慣れてなかった。ほんと、もう、パニックになっちゃって。僕は泣き喚くし、ミカサはオロオロしてるし。怪我した本人が一番冷静っていうおかしなことになってた。偶然、エレンのお父さんが通りかからなかったらどうなってたんだろうね?
◆ ◆ ◆
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- 6 : 2016/09/15(木) 20:13:17 :
- 話し終えたアルミンは、懐かしそうに微笑む。隣のミカサもその時のことを思い出しているのか、表情が柔らかい。
「つまり、あいつがドジした跡ってことか」
「まあ、そうなるね」
「それにしても、懐かしい」
しみじみと思い出に浸っているミカサ。
「なんか、珍しいな」
「何が」
「いや、お前ならさ。エレンに怪我をさせてしまったーとか言うかと思って」
「あれは、走っては危ないと言ったのに走ったエレンのせい。自業自得。それよりも」
「それよりも?」
不意に言葉を切ったミカサに、先を促すようアルミンが言葉尻を捉える。
「少しだけ、嬉しい。と思う」
「へえ、それはなんでだ?」
尋ねると、ミカサはまた優しく笑った。今度は少しだけ苦味を感じさせる笑みで。
「もうエレンには、そうやって傷跡が残ることはない。それは、エレンが巨人になれるようになってしまったから。だから、あの傷は、彼が混じりっけなしの人間だった証みたいに思える。ので、少し嬉しい」
「…そうか」
そう返すだけで、精一杯だった。気がついたらもう辺りは暗くなっていた。
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- 7 : 2016/09/15(木) 20:14:11 :
- 「お前ら、なんの話してたんだ?」
扉が開き、話の渦中だったやつが寝ぼけ眼で入ってくる。
「もうこんな時間じゃねえか。真っ暗だし…ってあ!」
急に何かに気がついたかと思うと、外へ飛び出した。
「エレン!どこ行くの!」
「外だよ!今日って確かジュウゴヤってやつなんだろ?ミカサ?」
「…あ」
ミカサが思い出したかのようにエレンの後を追う。
「ほら!もう月出てるぞ!早く出てこいよ!」
無邪気で天真爛漫な声。それは本当にただの少年としか思えなかった。
「今行くよ!ジャンも行こう?」
アルミンに手を引かれ外へ出る。見上げた月は山の中ということもあってか、とても綺麗で。らしくもなく感傷的になってしまう。
もし、もしも、この闘いが終わったら。あいつの体質は元に戻るのだろうか?あの二人に、ただの人間であるあいつを返してやれるのだろうか。
そんなことをふと思って視線を月から逸らす。そうすると、笑い合っている三人の笑顔が目に飛び込んできた。その笑顔を見て、確信する。こいつらは例え誰かが巨人に変わろうとも、関係性はなに一つ変わらないのだと。
それがなんだか妙に擽ったくて、俺は夜空にポッカリ浮かんだ月を見上げた。
fin.
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- 8 : 2016/09/15(木) 20:18:17 :
- こんにちは、弥生です。今回はエレン編でした。
今夜は中秋の名月、つまりは十五夜です。皆さんの住んでいるところでは月は見えましたか?
さて、このシリーズも完結。次は特に決まっていないのでまたふらっと書きにきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。また次があるのなら!次、お会いしましょう。
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- 9 : 2016/09/19(月) 13:44:48 :
- お疲れ様。全部読んだけど、手頃な長さも良いね。
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- 10 : 2016/09/20(火) 00:30:22 :
- >>9
全部読んで下さってありがとうございます。自分では少し短くなりすぎたかなと思っていたのでそう言っていただけると本当に恐縮です…!
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彼らが人間だった証を シリーズ
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