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左手の傷

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  1. 1 : : 2016/09/05(月) 00:22:28
    明るい喧騒の中。オレ達は大量のジャガイモと格闘していた。珍しいことに、獲れすぎたというそれらは食べ盛りの訓練兵にとっての大きな糧となる。よって、食事当番である僕らが大量のジャガイモの皮を剥くこととなったのである。

    「あー、くそ。多過ぎだっつーの」

    不平を漏らしながらも皮を剥く手は止めない彼女は、見た目や普段の行いに依らず、結構律儀だ。

    「こんなに多くの食糧があることは感謝しなければいけないよ?ユミル」

    「分かってるよ。ゆーとーせー様」

    わざと間延びさせた声でからかうような言葉。その態度に苦笑しながらも、作業はやめない。何度も当番を任されているのだから、オレもユミルも、皮を剥くスピードは速い。どうしても慣れない人もいるみたいだけど、そういう人はちゃんと他の役目につくようにしている。

    スルスルと手際良く剥いているユミルの手を何の気なしに眺める。やはり、女性ということもあってか、細くて綺麗だと思う。ほんの一瞬のつもりだったのに、彼女の手に走っているものに釘付けになってしまい、手が止まる。
  2. 2 : : 2016/09/05(月) 00:28:54
    「おいおい、何手ぇ止めてんだよ」

    ギロリと睨まれる。

    「ごめん。君の手のそれが少し気になって」

    「は?」

    「それ、痛くない?大丈夫?」

    「あー…これか」

    ナイフを傍に置いてヒラリと手を翳す。彼女の左手に薄っすら走っている傷跡、それが気になったものの正体だ。

    「よく見つけたなあ。こんなの」

    感心半分、呆れ半分といった様子の笑い声が耳を掠める。

    「とっくの昔にできた怪我だから痛くともなんともないよ。心配すんな」

    それでも、傷跡になるくらいの怪我だ。気にならないと言えば嘘になる。

    「ガキの頃に切ったんだよ。へまやらかしてな」

    そんなオレの様子を知ってか否か、彼女はそう言って、また皮を剥き出した。

    「ほら、早くしねえとサシャが野生に返るぞ」

    おどけたように笑って彼女はナイフを持つ。その姿を見て、オレも作業に戻った。
  3. 3 : : 2016/09/06(火) 00:00:19
    ◆ ◆ ◆

    自分の中にある時計の針を巻き戻していく。慎重に、慎重に。悪夢のような日々を越えて私がまだただの人間だった頃へと、思いを馳せる。所々曖昧な記憶の中で自分の手から艶やかな赤が散ったことを拾い上げ、ゆっくり思い出していく。

    確か、あの日は薪割りをしていたんだったか?それとも、家の修繕だったっけ?取り敢えず、木を切ってたはずだ。身を切るような寒さがやけに生々しく思いだせる。手袋なんてものは着けてなかったなぁ、そう言われれば。

    一心不乱に作業に勤しみ、一刻でも早く中に入ろうとしてたはずだ。その時、誰かに話しかけられて、手元が狂った。あれよあれよ言う間に手から血が噴き出て、地面に赤が滲んだ。

    それからどうなったかだなんて、殆ど覚えてないけれど、多分、自分で治療をしたんだろう。きちんとした治療ならそこまで傷跡は残らなかったのかもしれないけれど、素人だったしロクな治療機材もない。結局、こうして跡が残るハメになった。

    治らないもんなんだな、とひとりごつ。最終的に自分は今の状態になったけれど、傷跡は消えていない。もしかしたら、この部分だけ削ぎ落とすとなくなるのかもしれないがそこまでする必要はないだろう。

    細かいところなんて忘れてしまった些細な記憶。そんなものをまさか、思い出すことになるだなんて思わなかった。全く、お人好しな優等生さんには関わるもんじゃない。

    ◆ ◆ ◆
  4. 4 : : 2016/09/06(火) 22:46:11
    正面の彼女はぶすくれたような顔で皮を剥いている。怒らせてしまったのだろうか、と少し不安に襲われるが、それは杞憂に終わった。

    「ん、全部剥き終わったぞ。これで私の仕事も終了だな」

    「あ、そうだね。後はこれを鍋係に渡すだけ。ありがとうユミル」

    「あー、肩凝った。早く私のクリスタを抱き締めてクリスタ分を補給したい」

    本気なのか、冗談なのか、彼女は悪戯っぽく笑う。

    「じゃ、後は任せたぞ」

    「お疲れ様」

    「そっちも、お疲れ」

    そう言ってユミルは帰ろうとする。

    「あ、そうだ」

    途中、ピタリと足を止めてクルリとこちらへ向き直る。なんだろう。何か用事でもあったのだろうか。

    「まあ、なんだ。ありがとな?」

    身構えていたオレにかけられた言葉は想定外のもので。

    「何が?」

    そう聞いてしまったオレは悪くない、と思う。

    「何でもねーよ。じゃーな」

    今度こそ、背中を向けて帰ってしまう。その場には大量の剥かれたジャガイモとポカンとしたオレだけが残された。いまいち腑に落ちない思いを抱えつつも、与えられた仕事を完遂すべくジャガイモのカゴを持ち上げた。

    fin.
  5. 5 : : 2016/09/06(火) 22:50:16
    初めまして、弥生と申します。
    1レス目に説明書きを忘れていることに投稿してから気付き、半ばヤケクソになりながら取り敢えず終わらせました笑。

    今回はユミル編でした。基本的に登場人物はあみだで決めているのでマルコだった理由に深い意味はありません。

    次は書き溜めているのでそこまでお待たせすることはないと思います。最後まで読んで下さりありがとうございました。次も楽しんでいただけたなら幸いです。
  6. 6 : : 2016/09/07(水) 11:45:27
    乙。次も期待!
  7. 7 : : 2016/09/08(木) 00:49:05
    >>6
    ありがとうございます。次回作投稿したので時間のあるときに見て下さったら嬉しいです♪
  8. 8 : : 2020/05/25(月) 23:44:43
    細かいことを言うと、マルコの一人称は[僕]ですが。。

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弥生

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