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トライ・アフェクション
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- 1 : 2015/07/31(金) 22:26:23 :
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薬莢がリノリウムの床を叩く音が聞こえる。一つ、二つ、三つ。撃った数だけ乾いた音を立てる。
相手の銃がどんなものかなんて僕にはわからなかった。わかるのはハンドガンとだけ。でもこちらからも何かしなければいけないことは確かで。だから隠れていた柱から僅かに顔を覗かせる。タイミングを誤れば命取りな行為だ。
銃撃は止んでいた。最後の薬莢が床を叩き、そのままこちらへ転がってくる。
「ねぇ、もう次で終わりにしない?」
「……そうだな。決着をつけよう」
両手で持った重たいハンドガン。安全装置はとうに外れている。それを身体の前で構えた。さながら映画に出てくるエリート捜査官のように。
手首が痛むのは、ここに隠れるまで銃を何度も撃ったからだ。ど素人にしては僕もよくやったと思う。そして彼女も。
彼女はその場でマガジンを交換していた。その不器用で慣れていない手つきは、銃なんて物騒なものを手にしているとはとても思えないほど日常に満ちていた。
「最後にもう一度、ルールを確認しようか」
「いや、いい。何度確認したって僕の気持ちは変わらない」
カチリ、と冷たい音が響く。互いの準備が整った。
僕は立ち上がり、銃を正面で構えたまま柱から姿を現わす。長い廊下を月明かりが照らし、僕と彼女の姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。
お互いに連射の効かないハンドガン。チャンスもきっかり一度だけ。これを外したら間違いなく後はないだろう。
「じゃあ、いこう」
「――さよなら、智己」
銃声が一つ、木霊した。
【トライ・アフェクション】
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- 2 : 2015/07/31(金) 22:28:59 :
八月。連日茹だるような暑さが続いていた。高校三年生ともなれば夏休みも何かと理由をつけて学校に通わせられる。
幾つかの進路の中で就職を選んだとき、周りがそれを惜しんでくれたことが少しだけ嬉しかった。それも何度も続く面接の練習の中で消えてしまったのだけれど。
課題が出ない代わりに毎日学校に顔を出し、進路指導室を訪れる日々。まだ受験勉強に勤しむ方がいくらか気は楽に思える。
彼女はそんな毎日を送るうちに、アスファルトの道に発生した蜃気楼のごとく突然現れた。まあ、彼女がいたのは暑いアスファルトではなく、涼しそうな木陰だったけど。
「遊佐、お前今日もいたのか」
「いちゃ悪い? てか、これでも一応仕事でいるんだけど」
名高い進学校の制服。夏の暑さの中でも全く動じない力強さに溢れた女生徒こそ遊佐千鶴だった。
「仕事ってなんなんだよ。まさかお前生徒会とかなのか? それなら他校に行くってのもわかるが……」
彼女は僕の高校にほぼ毎日来ている。もちろん部活動で他校の生徒が来ることはあるが、それは引率する顧問がいる大人数の部活だ。こうしてたった一人が制服のままくることはほぼゼロといっても過言ではない。
「れっきとした一般生徒。ついでに言うなら社会科見学でもないんだから」
「別にそれ、胸を張って答えることでもないだろ……」
しかし暑い。こうして二人きりでいると忘れそうになるがここは日向だ。せめて日陰に行かなければ死んでしまう。
「まあ、とにかく校舎に入ろう。お前許可書いるんだろ? なら先に事務所に――」
「いらないわよそんなの」
は? と思わず聞き返してしまう。すると遊佐はニヤリと笑い、こう答えた。
「だって、私は幽霊だもの」
僕は頭痛を覚えた。とにかく、熱中症になる前にここから立ち去らなければいけない。
暫く二人で歩くと、すぐに汗でシャツが張り付くのを感じる。
「待て、自販機寄ろう」
「そうね。少し暑いかも」
少しどころではないが、それはきっと男女差というものだろう。僕は特に気にせず、昇降口を通り過ぎて部室棟へと向かう。
遊佐はといえば自分だけはしっかり木陰を歩いていた。まあ、日向にいたせいで具合を悪くし倒れられたら困るためこれでいいのだが。
「お前、何がいいんだ?」
「え、奢ってくれるの?」
「まぁな。コーヒーか茶かスポーツドリンクしかないからあんまり選べないが」
そう言いながら後ろのポケットから小銭入れを引っ張り出す。それには五百円玉が一枚しか入っていない。
「じゃあ智己と一緒でいい」
「おけ。んじゃそこ座れよ。日陰でいいだろ」
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- 3 : 2015/07/31(金) 22:29:20 :
自販機にたどり着き、遊佐をそこら辺のベンチに座らせる。
「――ほらコーヒー。んで、結局何しに来てるんだよ」
缶コーヒーを二本買って、そのうちの一本投げながら遊佐に問う。それを上手くキャッチし、プルタブを小気味良い音をさせて引いた彼女は少しだけ不機嫌そうだった。
「智己が気づかない限り教えない」
「なんだよそれ。大したことじゃないんだろ?」
目の前を野球部の集団が駆け抜けていく。それをぼんやり見つめながら、甘いコーヒーを口にした。木陰のベンチは熱をあまりもっていない。こういう影から日差しに焼ける日向を眺めるのが好きだった。
「強いて言うならバケモノ退治ってところかしら」
「バケモノ?」
何の比喩かと思い、思わず遊佐に聞き返す。遊佐は缶を手で転がしながら言った。
「そう。私はちょっとした戦士なのよ。だから幽霊なのにこうして頑張ってるの」
「へ、へぇ……」
「信じてないでしょ」
ジト目で睨まれる。そりゃ当然だ。ここは現実世界でアニメや漫画の世界じゃない。
「言っておくけど厨二病じゃないんだから。詳しく説明してもどうせ智己にはわからないから、わかるように説明してあげてるだけで」
「それにしても突拍子がなさすぎるんだよ遊佐は」
進学校の生徒のわりに冗談がすぎるのだ。頭の中がファンタジーというか、お花畑というか。ごく普通の県立高校に通う僕の方がずっと現実的なことを言っている気がする。それとも、頭の良いやつはみんなこんなものなのだろうか。
「そりゃ幽霊だもの。多少は、ね」
「何が幽霊だか。そのわりにはこうしてはっきり見えてるし、存在感だってある」
「今時の幽霊は存在感すごいんだから。アニメや漫画じゃないんだし」
彼女もわりと同じようなことを感じるらしい。それならば幽霊やらバケモノ退治やらというのもファンタジーすぎると感じていてもおかしくないのに。
「それより智己。用事の方は済ませなくていいの?」
「僕の方こそ訊きたかったんだけどな。――まあ、これから行くよ。遊佐は?」
まだ朝早い。確かにこれから暑くなるというのに長居はしたくないが、それでも一服するくらいの余裕くらい持ちたいものである。
「私の本番はまだだから、今のところは智己と一緒でいいかな」
「冗談じゃない……ずっと付きまとうつもりか?」
他校の、それも女生徒と二人きり。そんな状態で目立たないわけがない。校舎で他の誰かと会ったらなんて説明すればいいんだ。
「そ、そんなわけないわよ。せいぜい智己が暇なときだけだし!」
ハッとしたときにはもう遅い。顔を染めた遊佐が投げたコーヒー缶が僕のズボンに当たる。
「わっ!」
「あ、ごめんなさい!」
そこから僅かに残る甘ったるいコーヒーが飛び散り、ズボンに黒くシミをつくってしまう。それを見てあっという間に青ざめた遊佐はベンチから飛び上がって僕の前に屈んだ。
「つい手を離してしまって……拭くからそのままでいて」
スカートのポケットからピンクのハンカチを取り出し、迷うことなくズボンのシミに当てる。
「いやいいよ。そんなに目立たないから」
僕は何だか悪い気がしてそれを止めた。グレーのズボンにできた十円サイズのシミよりも女の子のハンカチの方が大事だ。でも遊佐は首を振る。
「じっとしてて。んー、洗剤ないかしら。台所洗剤」
「え、それなら家庭科室かな」
「行ってくる。智己は待ってて」
そう言ってすぐに走って行ってしまった。家庭科室の場所、ちゃんとわかるのだろうか。
「僕も行くしかないよな……」
目立つ格好だし、迷っていたら大変だ。僕は空の缶を二本手に取り、ゴミ箱に放り投げてから立ち上がった。
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- 4 : 2015/07/31(金) 22:32:17 :
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「あ、いたいた。智己!」
僕は昇降口で靴を履き替えていたところだった。左の角から遊佐が大きく手を振る。
「お前、ちゃんと見つかったのか? んなわけないか……他校だしな」
「調理部が部活してたからハンカチに染み込ませて持ってきたよ。ほら、早くしないと落ちなくなっちゃう」
袖を引かれる。どうやらそこら辺の段差に座れと言っているらしい。
「ああ、なんか悪いな」
されるがままにスボンを拭かれ、結局遊佐のハンカチは茶色く染まっていく。だが遊佐は首を振った。
「私が悪いんだし、智己は何も気にしないで」
「でもハンカチが……」
「これ百円だったからまた買えるよ」
レースで縁取られたそのハンカチはどう見てもそんな安いものには見えない。でも男である僕にはそれ以上の確信なんて持てず、後ろから覆い被さるようにしてズボンにハンカチを当てる遊佐の方へ意識を向ける。
「よかった。ちゃんと落ちそう」
明るく言う遊佐の髪が僕の頬を撫でた。そのくすぐったさに気付くと、すぐに遊佐本人のことにも関心が向いた。
近くの進学校の制服を着こなした遊佐は文句なしの美少女だった。本人もきちんとそれは自覚しているらしく、その自信が余計に彼女の魅力を後押ししているタイプ。
だが綺麗な薔薇にはトゲがあるとはよく言ったもので、彼女は時々突拍子もないことを言い出すときがある。それさえなければ完璧なのに残念だと何度も思った。
「なに見てるの?」
「え? あ、いや……別に」
「ふふーん。もしかして私に見惚れてた?」
「そのドヤ顔やめろ……違うし」
遊佐は胸を張り自信ありげに僕をからかう。恥ずかしくなり、僕は顔を背けた。すると余計嬉しそうに彼女は笑う。
「嬉しいなぁ。智己ったら私に興味ないと思ってたから」
「え? いや、別にそんなことはない」
えー、と遊佐。昇降口の外から射し込む真夏の太陽光が僕たちの影を地面に映した。
「だって智己あんまり私と目を合わせてくれないんだもん。そんなに不細工かなーって」
茶色く色付いてしまったハンカチを満足そうに見つめ、遊佐は再び裏面でズボンを拭く。
「ゆ、遊佐は不細工じゃない。僕はあんまり女の子慣れしてないからそれでちょっと苦手なだけで……」
「ほんと? なら嬉しいなぁ」
ふと遊佐の肩が僕の肩にぶつかる。元々こんな近くにいるのだ。今までそうならなかったことが不思議なくらいだった。
「あっ」
「わ、悪い」
それでも思い切り反応してしまう。遊佐はクスクスと笑った。
「私のこと、意識してるの?」
意地悪く後ろから首を伸ばし、僕の顔を覗き込む。両手は肩に置かれていた。
変に緊張してしまい、僕は顔に血がのぼる感覚を味わう。肩にある遊佐の両手の温もりが照れくさくて声が出せない。
「そ、そりゃあんなこと言われたら意識するだろ……」
「えへへ。嬉しい」
「嬉しいって……僕みたいな普通な奴に意識されても嬉しくないだろ。お世辞はいらない」
気まずくなって目をそらす。僕はどこからどう見ても普通だ。遊佐のような女の子と話せるだけでも幸運だというのに、こんな奴に意識されて嬉しいなんてあり得るわけないじゃないか。
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- 5 : 2015/07/31(金) 22:32:40 :
「――たくせに」
「ん? 何か言ったか?」
声が小さくて聞こえず聞き返したものの、千鶴はすぐに明るい顔で首を振った。
「ううん。智己は十分かっこいいよって言ったの」
「嘘つけ。イケメンから最も遠い部類だろ僕は」
冗談はよしてくれと声を上げると、遊佐は不意に僕の背中に抱きつく形で縋り付き、顔を近づけて来た。
「どれどれー? あーイケメン」
「ちょっ! ま、まてよ」
慌ててその腕を払いのけて立ち上がる。遊佐はそんな僕の様子をみて残念そうに溜息をつくと自分も立ち上がった。
「あーあー、智己がもう少しその辺に自覚があったらモテモテなのになぁ」
「んなわけあるか!」
「智己はきっと本気を出したらすぐ彼女が出来ちゃうよ。優しいし、顔も悪くないもん」
でも、と遊佐は言葉を一度きり、上目遣いで僕を見上げた。
「智己がこれ以上かっこよくなったら私が付け入る隙ないなーって。そしたら結構残念かも……」
「バ、バカっ! 冗談でもそんなこと言うなよ。本気にしたらどうするんだ――」
「それなら私嬉しいよ?」
今度は一転して悪戯な笑みを浮かべて。
「ああもう! 僕はもう行くぞ? 遊佐の冗談に付き合っていられないからな。ついてくるなよ! お前も用事があるんだから」
頬が火照っているのは自覚済みだ。遊佐は楽しそうな顔をしたまま僕に向かって手を振った。
「いってらっしゃい智己。頑張ってねー」
「遊佐も他校の生徒なんだから迷ったら大人しく先生に訊くんだぞ」
「はーい」
僕も手を軽くあげて挨拶をし、遊佐の顔を見ないように注意しながら早足で去っていく。横目に彼女の濃い影だけがちらりと映る。
「……千鶴って呼んでくれればいいのに」
角を曲がるとき、そんな遊佐の声が小さく聞こえた気がした。
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- 6 : 2015/07/31(金) 22:37:44 :
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気が付いたらもう室内は薄暗くなっていた。どうやら寝ていたらしい。
机に載せた大量のファイルを急いで棚に押し込んで立ち上がる。結局就職したいと思わせるところはまだ見つからない。元々働くことに夢も希望もないのだから、多分僕だけでなくみんなこういうものなのかもしれない。
「ふぁあ……」
欠伸をして大きく伸びをする。時計を見れば六時半だ。ここに来た時には聞こえていた外の喧騒もなく、学校に残っている人間が僕しかいないことをシンプルに教えてくれた。
思わずカバンを探し、すぐに持ってきていないことを思い出す。そんな自分に向かって悪態をつき、進路指導室のドアを開けた。
「おおー」
目の前に真っ直ぐ伸びる廊下は光がある日中と比べてかなり薄気味悪かった。まるでお化け屋敷にでも迷い込んだみたいだ。
幸い夏の六時半はまだ明るい。完全に暗くなる前にとっとと帰ってしまおうと、僕は階段へ急いで向かう。
そして、自分のものではない誰かの足音を聞いた。
「ん……?」
僕以外に誰かいるのだろうか。そう思い、その誰かを確認するために辺りを見渡した。そしてすぐに気付く。僕の足音とはどこか違うのだ。
僕は今上履きを履いている。だから足音はどこか尖ったような軽い音になる。でもその音はまるでスリッパでも履いているようなパタパタという音だった。こんな音を立てる靴を履いている人間は教師にすらいない。
廊下の暗さも相まって背筋が冷たくなる。だがそれが誰なのかを確認しない限りもっと気分が悪くなることはわかりきっているため、意を決して階段へと向かいかけた足を廊下に向けた。
足音はどこかの教室から聞こえるようだった。僕は並んでいる教室を一つひとつ覗きながら廊下を進んでいく。
「っ――!?」
不意に何かが背後を駆け抜けた感覚があり、風が撫でた首を抑えながら慌てて振り向いた。しかしこういうもののお約束とでもいうように、そこには誰もいない。
「誰か……いるのか?」
ガタン、とどこかの教室で音が鳴る。机に思い切りぶつかったような音だった。
「早く帰らないと昇降口閉められるぞ」
その音に人間味を感じた僕は僅かに落ち着きを取り戻していた。未だにどこにいるのかもいまいちわからない相手に出来るだけ明るく声をかける。
化け物とか幽霊とか、そんな非現実的なものがそうそう簡単にあっては堪らない。そんな風に自分を奮い立たせた。
「おい、どこにいる――ひっ!?」
きっと、何となく振り向こうとしたことが間違いだったに違いない。
そうでなければこんなモノ をみなくて済んだのに。
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- 7 : 2015/07/31(金) 22:40:34 :
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「わぁあああっ!?」
思わず腰を抜かして後ろに倒れこむ。尻をつき、そのまま両足で床を掻くようにして全力で後退した。そいつから少しでも離れるために。
そこにいたのは影だった。闇が侵食する廊下にゆらりと立ち上がった真っ黒な影。人型のそいつには目も口もなかったが、確かに僕を見下ろしていた。
そいつが不意に動く。こちらに向かって細い腕を伸ばす。僕は声もでなかった。出したかったのに喉の奥に詰まったままそれ以上上がってはくれなかったのだ。
ぎゅっと目を瞑った。やがて腕をそいつが掴む冷たい感触があった。情けないことに僕は震えていたのだろう。ガチガチと奥歯が鳴る音がやけに大きく耳に響いていたから。
だが、そいつはそれ以上何もしないように思われた。だからだろう、僕はつい目を開けてしまったのだ。
「ぅ……あ、あぁ」
そいつは腰を抜かした僕をしゃがんで見ていた。そしてその隣にもう一体、その反対隣にも一体。――全く同じモノが、同じ体勢で僕を見ていた。
そして最初の一体、僕の腕を掴んでいた奴が僕の腕を引っ張る。何度もなんども、繰り返し。
「やめ……やめてくれ……」
僕は必死で自分の腕を引っ張るそいつに抵抗した。幸い力は弱く、すぐに振りほどくことに成功する。だが、今度は最初の影だけではなく、他の奴も僕に向かって手を伸ばす。
「ぁあ……あ、ぁあ」
そこで僕はやっと気付く。三体じゃない。
後ろにも、まだいる ――?
「ぁあぁああ――ッ!」
「動かないで!」
パンッ! という爆竹のような音が僕の声をかき消した。パニックになっていた僕はすぐに冷静になり、叫ぶのを止めてその場で縮み上がる。その後に数回同じ音が聞こえ、カランカランと固いものが床を落ちる音が鳴った。
「もう大丈夫」
いつの間にか目を閉じていたのだろう。僕は女の子の声で目を開けた。
そしてそこに立っていた人物を見て息を飲む。
「遊佐?」
「うん、私」
進学校のスカートは風もないのに揺れている。それを上へ辿ればそこには見慣れた姿があった。
遊佐は僕を見てホッとした顔で微笑んだ。だがその手に握られていたそれを見た瞬間、僕は目を見開く。
「銃!?」
「あ……うん、そうよ。有り体に言えばハンドガン」
無骨なそれの表面を撫でて遊佐は言った。薄暗い中に僕たちの影が溶けて見えなくなっていた。。それなのにさっきのあいつはあんなにはっきりと影とわかる姿をしていたのだ。まるで誰かの影を食べて黒さを増しているように。
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- 8 : 2015/07/31(金) 22:41:27 :
「てか、さっきのアレはなんだったんだよ! 怪物? それとも幽霊?」
慌てて周囲を見回す。視界の開けた廊下には僕たち以外何も見えなかった。あの不気味な影は全て遊佐が倒したのだろうか?
「あれはバケモノよ。本当の名前は私も知らない。でも、あいつが何なのかはよく知ってる」
「なんなんだよアレ……どうしてあんなのが学校に」
「ごめんなさい、今は言えないわ。ただアレが見えるってことは智己にも危害が及ぶ可能性があるってこと」
遊佐はカバンから何かを取り出すと持っていた銃をいじりだした。多分銃弾を交換しているのだろう。その手つきはわりと慣れているように見えた。
「それ、本物なのか?」
「違う。これは私が念じて作ったものよ。だから威力が不完全で気を抜いたら消えてしまう。使い捨ての銃なの」
よくわからない、と僕は首を振って答えた。遊佐はマガジンらしきものを装填し終えると、すぐに僕に手を伸ばした。
「とにかく智己を助けられてよかった。立てる?」
「あ、ああ」
僕も手を伸ばし、こちらに差し出される遊佐の手に触れた。遊佐は思い切り力を入れて僕を引き上げてくれる。
「ふぁ!?」
だがあまりに強く力を入れすぎたのだろう。僕が立ち上がった瞬間、遊佐はバランスを崩して後ろに倒れこむ。
「危ない!」
僕は慌てて腕を掴み、遊佐の腰を抱き寄せた。だが勢いに負けて僕の方も体勢を崩してしまう。
そして僕たちは二人とも床の上に倒れ込んでしまった。幸い遊佐の身体を抱き締めたおかげで彼女は頭を床に叩きつけなくて済んだ。
「いてて……」
僕は脚をさすろうと手を伸ばし、そこではたと気付く。目の前、顔面の超至近距離に遊佐の顔があることに。
「智己……手を……」
「あ、あぁああ! ごめん!」
慌てて身体に回していた手をどけ、自分の身体を起こした。遊佐はよほど恥ずかしかったのか、両手で顔を覆ってよくわからない言葉で呻いている。
「はぎゃわぁあふぁひいぃ……あうあうあー」
「こんなつもりじゃなかったんだ……ごめん」
思わず正座して頭を下げる。一応助けてもらったのは僕だし、女の子一人の重さも受け止められない足腰をしているのも僕が悪いわけで……つまり僕が悪い。
「ぅううう……いい、もういいからっ」
叫ぶようにそう言って遊佐も身体を起こす。顔が真っ赤だ。
「ほらぁ、やっぱり銃が消えたじゃない! だから嫌なのよぉこういうハプニングはぁ!」
頭をぶんぶんと振りながら言う。それが終わった頃にはいつもの遊佐の顔に戻っていた。
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- 9 : 2015/07/31(金) 22:41:33 :
「こんなことしてる場合じゃないわ」
立ち上がり、制服の埃を払い落としながら言う。そして落ちた自分のカバンを拾いあげると中から新しい銃を取り出した。
「せっかく装填したのにまたやり直し……。ここじゃ暗くて手元が見えないし、何よりあいつらが来たら智己が危ないわ。どこか場所を移しましょう」
「ああ。わかったよ」
「そろそろまた新しいやつが来る。そうしたら丸腰の私たちはやられるだけよ」
厳しい顔で恐ろしいことを言うと、遊佐は先導して歩き出した。暗がりに浮かぶ遊佐の後ろ姿がどことなくあのバケモノに見えて、僕はその考えを振り払うために急いで後を追った。
「進路指導室に行きましょう。あそこなら日が当たるからあいつらは来れない」
「どこにあるのか知ってるのか?」
無粋な質問だとは思ったが、訊かずにはいられなかった。遊佐は辺りを警戒するように頻繁に確認している。僕もそれにつられるように周囲を見回すが、それらしいものの姿は見つからない。
「当たり前でしょ? だって私は――」
「あ、そっか。戦士って言ってたもんな」
昼間のことを思い出す。あの時は全然信じられなかったけど、実際にバケモノを見て遊佐に助けられては信じるしかない。
だが遊佐は僕の顔を見てため息をついた。
「まあ、そんなところよ」
歯切れが悪い。気になって前を歩く遊佐の隣に小走りで追いつくと、その顔を覗き込んだ。
「ちょっ? な、なに?」
慌てて飛び退く遊佐。耳まで顔を赤くしているのはこんな薄暗い中でもはっきり見える。
「え、いや……なんか変だからさ」
「あ、あ、当たり前じゃない! さっきあんなことがあったばっかだし……」
そっぽを向いてしまう。僕も急に恥ずかしくなってきて気まずい空気になる。
「――でも、ね」
「え?」
不意に遊佐が呟いた。聞き間違えたのかと思い聞き返した僕に、遊佐がそっと答えた。
「うん……智己が相手だと嫌な感じはしなかったよ」
「なっ!?」
今度は僕の方が顔を赤くする番だった。遊佐はそのまま何も言わず、進路指導室に戻るまでは二人の足音が聞こえるだけだった。
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- 10 : 2015/07/31(金) 22:43:44 :
***
「ねぇ、智己?」
「なんだ?」
進路指導室に辿り着いた僕たちは、まず室内の明るさにホッとして息をついた。さっき遊佐が話したことによけば、あの影たちは明るいところには出てこれない。だからここが明るい限りは大丈夫なのだろう。
とはいえもうすぐ日が完全に落ちてしまう。そうなればあいつらはここにも入ってくる。また恐ろしいことになると考えるだけで指先が冷たくなった。
「あの、さ」
「うん?」
僕は呼びかけられて振り向く。窓際に立った遊佐は開けられた窓からの風に髪をそよがせていた。僕が返事をすると彼女もこちらを向く。だが逆光で表情がよくわからなかった。
「智己は私のことを手伝ってくれる?」
「アレを? だって、あんなバケモノがいるなら警察とか自衛隊とか……そんな人たちが何とかしてくれるんじゃないのか?」
そもそも何故遊佐が一人で戦っているのか。あいつらはどうしてこの学校にいて、何が目的なのか。何故このことを誰も知らないのか……話したいことは山ほどあった。
「……あれは私にしか見えないの。智己も見えるから、実質私と智己だけ。だからね、ずっと私は一人でアレを倒してきたんだ。アレはね、私を狙ってるの」
「遊佐を狙ってる? あいつらの正体は何なんだよ。知ってるんだろ?」
うん、と遊佐は頷いて隣に置かれた古い机に座った。
「あの影はね……私が作ってしまったの。以前この世の全てを恨んだ日があって、その時にこの世界なんて全部壊れちゃえって強く願ったらアレが生まれてた。でも私怖い……一人でバケモノと戦うなんて怖いよ智己」
その時になってやっと僕は気付く。今遊佐は泣いているのだ。
「智己がアレを見える理由はわからない。……でも、智己が見えているならきっと智己もアレに襲われる。もしかしたらこの学校にあいつらがいるのも智己を狙っていたからかもしれない。だから、私を助けてよ智己。一人はもう嫌なの……」
「大丈夫だよ遊佐」
僕は遊佐に近付いてその頭をそっと撫でてやった。
「智己――」
「びっくりしたけど、あんなバケモノと遊佐がたった一人で戦ってるっていうなら、僕も付き合うよ。だから泣くなよ、らしくない」
笑ってやる。そうしたらいつもの遊佐ならきっと怒るけど、泣かれるよりその方がずっと彼女らしい。
でも遊佐はホッとしたように顔を緩めて優しく笑った。僕はついつい驚く。絶対に普段の遊佐ならバカにしないでと怒る場面だと思うのに。
「遊佐……?」
「あはは……ごめんね。なんかホッとしちゃった」
目元の涙を拭い、遊佐は明るく笑ってみせた。そしてカバンからもう一丁銃を取り出し、僕に手渡す。
「装填も終わったし、そろそろ行こう? 智己ってこういうの使えるかな?」
ずっしりとした重さ。エアガンとはまた違う本物の感触だ。
「従兄がエアガン好きでさ、たまに触らせてもらってたから多少」
「なら大丈夫だね。完全に暗くなるまで後十五分もないから、その前にある程度倒して学校を出よう」
頷いて再び手元の銃を見た。本当に出来るのだろうか、さっきのあんなバケモノと僕は――。
「智己?」
「え、あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「危ないことに巻き込んでごめんね……」
でも、そう言って泣きそうな顔をする遊佐はさっきまでたった一人だったのだ。それなら僕が怖がるわけにはいかない。
「ううん。さあ、行こうか」
ぎこちなくはあったけど彼女を安心させるために笑い、僕は進路指導室のドアを開ける。
そして僕たちの影をも飲み込む暗闇に音もなく飛び込んでいった。
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- 11 : 2015/07/31(金) 22:47:13 :
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横を歩く遊佐を表情を伺う。さっきは状況に驚きすぎて気にする余裕もなかったが、遊佐は少し不思議な女の子だ。
クールかと思えば急に甘えてきたり、恥じらったかと思えば大胆だったり。まるで猫みたいな気分屋なのか、それとも女の子はみんなこういうものなのか。僕にはわからないけど、それでも遊佐は不思議な気がした。
「どうしたの?」
ずっと見つめていたからか、遊佐が不思議そうな声を上げる。僕は慌てて目を逸らした。
「いや、何でもないよ」
「そう? 何か気付いたらすぐ言いなさいよ。そうじゃないと二人でいる意味ないんだから」
そう言って階段を降りる。遊佐の話によれば、僕と会う前にかなりの時間を使っていたから今は帰ることを優先に考えようとのことだ。だから僕たちは声を潜め耳をすませながら静かに行動する。
時折遊佐が僕の後ろに向けて数回発砲するのにもすぐ慣れた。僕よりも遊佐の方がバケモノをよく見えるようで、僕は明確な敵意が自分に向けられた時初めてあいつらが見える。
「役に立たないな、僕」
「そうかもね。でもありがたいわ」
くるりと遊佐は振り向く。その顔は暗くてよく見えない。
「女だけって結構堪えるもの。智己がいてくれたらそれだけでだいぶ心強いから」
「そっか、なら僕も少しは役に立ててるのかな」
「うん。後、もう少し気を引き締めないと」
ゲームの主人公を真似て銃をいつでも撃てるような格好で持っているとすぐに肩がこる。そんな僕が肩を回しながら階段を降りているのに遊佐は少し不満げな様子だ。
「ごめん」
「遊びじゃないのよ。ほらそこ! 動かないで!」
パンッ! という発砲音。慌てて首だけ動かすと、すぐ肩の辺りで消えていく影がみえる。
「ひぃ!」
「もう平気。だから気をつけないといけないのよ。ほら、いきましょう?」
「ほんとごめん……」
素直に謝って踊り場に立つ遊佐に並んだ。窓の外はオレンジと紫が混ざり合った空が広がっていて、遊佐はそれを暫く見つめた後、無言で先を歩いた。
「急ぐわよ。……暗くなったら一気に出てくるから」
「おう。うわっ」
ふと目を横に逸らした僕は遊佐に向かって黒い腕を伸ばす影の姿を見つけた。僕は急いで銃を構え、震える銃口をそいつに向ける。そして人差し指をトリガーにのせて引いた。
「えっ!?」
目の前が弾ける。遊佐の隣に忍び寄ったバケモノは跡形もなく消えていた。トリガーを引いた人差し指が嫌に熱い。遊佐は僕の方を向いて驚いた顔をしていた。
「あ、ありがとう……」
「お、おう。当たってよかったよ」
初めてにしてはよく出来た。それを遊佐に褒めてもらいたかった気持ちがあったのだが、遊佐は礼を言うとすぐに先を行ってしまう。心なしか顔が赤いように見えたが、きっと自分が気付かなかったせいで僕に撃たれたのが悔しかったのだろう。
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- 12 : 2015/07/31(金) 22:47:45 :
「ここを曲がったら昇降口だね」
「しー」
ホッと息をついた僕に向かい人差し指を立ててしゃがみこむ遊佐。すぐに銃を構えたまま角から昇降口へ続く最後の廊下を確認している。
「バケモノの数が多いわ」
「えぇ!?」
「静かに、声を抑えて。この先に二十体はいる。このまま突っ切ったら命はない」
そう言って再び向こうを確認すると、向き直って僕にもしゃがむように言う。
「私が単身で突っ切る。でもあいつらを全部撃っていたら弾が足りない。弾を交換してる隙に囲まれたら絶対に生きては帰れないわ」
「ならどうするんだよ? それに僕はどうすれば……」
「智己はここで援護して。私に敵意を向けた影は智己が倒すの。そうすればきっと大丈夫」
だがそれだと奴らに僕の居場所がバレる。そうなったら銃の扱いに慣れていない僕は終わりだ。
「私を信じて。智己に危害はくわえさせない。だから私の背中をお願い」
遊佐はカバンを僕に渡し、自分は正面で銃を構える。そして深く息を吸った。
「いざという時は迷わず私を撃って!」
そして遊佐は驚く僕を置き去りにして廊下へ飛び出していった。
「まずお前!」
最初の銃撃はすぐだった。だが僕はそいつの姿を捉えることは出来ない。つまりバケモノは敵意を持つ前に遊佐に撃たれたのだ。
遊佐は直線で走っていた。最初の一体を倒すとすぐにその場で立ち止まる。そして周囲を見渡してからこちらに向かって叫んだ。
「来るわ!」
僕はハッとした。次の瞬間僕の目にもはっきりとあの恐ろしいバケモノの姿が映った。遊佐と同じ体格のそいつは滑るような動きで遊佐に掴みかかろうとする。
僕は急いでターゲットを捉え、さっきと同じようにトリガーを引く。撃った時の反動が重く手首にのしかかった。もっときちんと腕を伸ばして撃たなければ。
「次!」
遊佐はスカートを翻して走り、そこにいるらしい影を銃で殴った。そしてすぐに一歩後退し、そこに向けて発砲する。
「ひっ」
急に視界が歪む。それが終わったとき、一度に見えた数は二体。僕に気付いたらしいそいつらはこちらに向かって進んでくる。
震えて照準が上手く合わない。これはゲームじゃないのだ。初心者が簡単に弾を当てられるわけがない。距離もある程度離れているし、さっきのはまぐれなのだ。
でも、当てなければ僕は――、
「智己!」
耳をつんざく自分のものではない発砲音。そしてそれにつられるように自分の銃からも同じ音が響く。恐る恐る確認するとバケモノは二体とも消えていた。
「その調子で頼むわよ」
もう僕は隠れている必要なんてなかった。遊佐のカバンを持ち、廊下の端で堂々と銃を構える。背中を壁に預けていれば後ろを狙われることはないし、何よりこの方がやりやすい。
遊佐は弾を節約するためだろうか、頻繁にバケモノを銃で殴っていた。だが遊佐曰くあのバケモノたちは殺傷力の高い攻撃でなければ倒せないらしい。つまり弾がなくなったら終わりだ。
殴ってはそこに一発銃弾を撃ち込み、背後を取られたら僕を呼ぶ、そして僕が撃ちやすいようにバケモノを蹴り飛ばしてくれることもあった。
「そっち! 任せた!」
「了解!」
「こっち密集してるから出来るだけそれも引きつけて!」
そしてその時はあっという間に来た。
-
- 13 : 2015/07/31(金) 22:48:04 :
「くっ……もう私、弾がないわ。これでこいつらからしたらチェックメイトってところかしら?」
最後の一撃を放った後、遊佐は周りを見て悪態をついた。そしてそこにいる影を力一杯銃で殴りつけた後、銃を前方に放り投げた。
「でもまだ――智己、私に向かって撃って!」
「え?」
「早く!」
戸惑いながらも言われたように遊佐を狙って数発撃つ。だが遊佐はすぐにこちらに向かって走ってくる。つまり遊佐には当たらなかったのだ。そこでやっと僕と遊佐の間にバケモノがいたということに気付いた。
「そのカバンをこっちに投げて!」
「わ、わかった!」
遊佐のカバン、その酷く重くて女の子が持っていたとは思えない大きさのカバンを放り投げる。それを遊佐は空中で掴みその場で床にぶちまけた。
「な、小銃!?」
どう見てもマシンガンにみえる無骨なそいつがそこから飛び出してきたのは本当に驚いた。遊佐はそれを両手で取るとすぐに振り返る。そして銃床で後ろの何かを殴ると、すぐにトリガーを引いた。
「馬鹿にするんじゃないわよ……そっちが詰めるならこっちだって手がある!」
銃声よりも薬莢がカラカラと音を立てて転がる方がずっと耳に残ることをその時僕は知った。遊佐が銃口を向ける先は次々と空間が歪み、一瞬だけ気味の悪いバケモノが映る。だがそれらはすぐに霧散して消えてしまった。
「智己! 撃って!」
「了解!」
銃声に負けないように大きく返事をして、僕も銃を構えた。そして遊佐が撃ちきれなかったバケモノを撃っていく。幸い弾の装填の仕方は遊佐が教えてくれたし、さほど時間のかかる銃でもなかったのが幸いして、弾は尽きることなく銃口から飛び出していった。
外れても気にしなくて済んだおかげでバケモノは先ほどよりも早い勢いで数を減らしていった。そして遊佐が最後の一体を撃ち終え、その薬莢が床を叩いてからは辺りの静けさに圧倒されることになる。
「終わりよ」
「終わった……生きてる」
脚から力が抜け、壁に沿って床へと腰を落とす。そんな僕に遊佐は優しく微笑んでくれた。
「お疲れさま智己」
「お前……あんな銃持ってたなら最初から使えよ……」
当然の不満をぶちまけたつもりだったが、何故かそれに対し遊佐は気まずそうに顔を背けた。
「それについてはごめんなさい。でも……あんなもの使ったら怒られるから」
「怒られる? 誰に……」
遊佐は困ったように唸る。いつの間にか手にしていたマシンガンは消えていた。
「それ、やっぱり魔法みたいなものなんだな」
話を変えるためにもそのことについて尋ねる。それには遊佐も答えてくれた。
「そうね。それについては説明するから、学校を出ましょう?」
そして遊佐は僕に向かって手を伸ばした。
-
- 14 : 2015/07/31(金) 22:52:57 :
***
「元々暗いんだから、そんな暗いところ歩くなよ……」
「暗い方が落ち着くのよ。街灯はなんか冷たくて嫌」
月明かりの下、僕と遊佐は二人で肩を並べて歩いていた。
こんなに学校から帰るのが遅くなったことは夏休みに入って初めてで、更に今日は隣に遊佐がいる。そのことが僕をドキドキさせていた。
「……あのバケモノを見たときから、私は武器を思い浮かべるだけで作れるようになったの」
そんな中、ぽつりぽつりと遊佐は話し出した。
「すごいな、それ」
「こう見えて私、結構ゲームは好きなの。だから簡単な銃ならわかる。ハンドガンとかショットガンとかライフルとかマシンガン。どうせなら反動も何もない銃ならよかったんだけど、それは無理だったわ」
バケモノを撃った後、カバンの中身は全て消失していた。あのマシンガンの他にもハンドガンの予備と思われる銃があったのに綺麗さっぱりだった。僕のポケットに入っていたマガジンすらも。
「なんですぐ消えるんだ?」
「さあ、それはわからない。魔法みたいな力だからかしらね」
両手を顔の前に出して遊佐は切なげに笑った。
「遊佐はバケモノなんかじゃない」
それを見て、気がつけば僕はそう言っていた。
「え……」
「遊佐はあいつらとは違うよ。なんで遊佐と僕だけあいつらが見えるかなんてわからないし、遊佐がそんなことが出来るかもわからないけど。でも、遊佐はバケモノなんかじゃない、普通の女の子だって思うよ」
「……そう、かな」
両手をギュッと握って前で組んだまま俯き、遊佐は悲しそうに笑った。
「私ね、実は双子なのよ。二人とも頭は良いけど性格は正反対で、姉は男の子と遊ぶよりも趣味に打ち込むタイプで目立つことは苦手。妹はその逆で青春ってものにすごく興味があって、男の子とデートしたりオシャレして出かけるのが好きなタイプ」
「双子?」
何となく遊佐が姉なんだろうなということはわかる。でも、案外こいつにも大胆なところがあることも僕はよく知っている。今日だって遊佐は僕をからかったり泣きついて僕を困らせた。
出会った頃から遊佐はその辺が自由なやつで、こいつ本人が言うよりずっと弾けていると僕は思う。
「まさか僕の前で入れ替わったりしてないだろうな? 今はどっちなんだ?」
「どうかしら……答えられない」
だが遊佐は否定しない。だが答えられないとも言う。
「姉は柚流って名前だけど、三ヶ月前に亡くなったのよ」
「あ……」
悪いことをきいてしまったかもしれない。僕は急いで謝るために口を開く。だが何か言うよりも先に遊佐が言葉を発した。
「いいの、別に。私が話したかっただけだから。それに……智己には知っていてもらいたかったの。柚流のことを」
「なんで?」
姉が亡くなったというのなら、今の遊佐は妹。でもそれにしてはこの遊佐は大人しすぎる気がした。まるで姉のように。むしろ姉が妹のフリをしているんじゃないかと思うほどに。
もしかしたら今の遊佐は亡き姉の面影を追っているのかもしれない。双子というのは普通の姉妹よりも結びつきが強いと聞いた。だから遊佐も――。
-
- 15 : 2015/07/31(金) 22:53:14 :
「なーんて。暗い話はもうおしまい!」
「はい?」
ぱっと顔を上げると弾けるような遊佐の笑顔がある。
「ちゃーんと私は千鶴だよ。柚流は三ヶ月前に亡くなったから智己とは会ったことないと思う。あー、でも柚流は智己と高校同じだからすれ違ったことくらいあるかもしれない」
「え、そうなのか?」
遊佐とは学年も同じだ。双子なら姉の方は僕の同級生。クラスは違うと自信を持って言えるが、他のクラスに三ヶ月前に亡くなった生徒がいるかどうかは僕は知らない。
「柚流は信じられないくらい地味だったからわからなくても無理ないかも。でも、きっと智己とは仲良くなったんじゃないかなぁって」
まあ、その前に死んじゃったんだけどね、と遊佐は少し悲しそうに呟いた。
「ねぇ、智己?」
ぴょんっと街灯の下に躍り出て、遊佐は僕の両手を握った。驚いて一歩後ずさると、遊佐はイタズラっぽく笑う。
「あのさ、智己は柚流みたいな大人しくてちょっと地味なタイプと千鶴――私みたいなタイプ、どっちが好み?」
「なっ、お前そりゃ……」
少し考える。でも結局ここにいるのはこいつで、春先に急に付きまといだしてから一度も柚流なんて名前は聞いていない。なら、きっと今のこいつが僕の知っている遊佐千鶴という人間なんだろう。
「僕はお前しか知らないんだから、結局お前が好みってことになるんだろうな。――あ、勘違いするなよ? お前が全女の中で一番好みってわけじゃないからな」
「あー残念。そこ引っかからなかったか」
自分の頭を軽くグーで叩き、遊佐は茶目っ気たっぷりに笑った。そんな遊佐は可愛いと素直に思う。第一見た目ならそこらの女子を遥かに凌駕しているのだから可愛いと思って当然なのだ。
「お前……あざといな」
「へへーん。そこは女の子らしいと言ってくれないと」
「はいはい。じゃあ、気をつけて帰れよ」
気がつけば大通りだった。遊佐の家はすぐ近くにあるマンションらしいし、この辺りは治安が良いため送っていく必要はない。
「ここまでありがとう。じゃあ、また明日学校で」
「げ、また明日も来るのかよ……わかった、じゃあおやすみ」
「おやすみー」
手を振る遊佐に合わせて自分も手を振った。女の子とこういうことをしたのは初めてで照れくさかったが、案外普通にこなした自分に驚く。
「帰るか……」
何となく寂しくなってそう呟き、手ぶらの僕は不躾に両手をズボンのポケットに突っ込んで歩き出す。遊佐の手の柔らかさと暖かさがまだ両手にしっかり残っていた。
-
- 16 : 2015/07/31(金) 22:54:46 :
***
双子の姉妹がいた。姿形のよく似た仲の良い姉妹だ。
姉は大人しく地味で、恋愛は自分にはまだ早く、それよりも趣味や友人付き合いを優先したいという模範的な青少年といったタイプ。
それに比べて妹の方は恋もオシャレも人並みにしたい、青春を精一杯謳歌したいという少女マンガの主人公のようなタイプだった。
二人とも同じくらいの学力があったが、姉の方は何かと目立つことの多い私立の進学校よりもゆとりのある地元の公立校に入学し、妹は華々しさを求めて私立高校に入学した。
それから二人は思い思いの場所で望むような生活を送っていた。二人は仲も良く、特に姉は順調に有名人になっていく自分の片割れが自慢で仕方がなかった。
そして時が流れ、姉は地味だが優等生としての地位を、妹は校内の有名人としての地位を築いた。
そんな時、悲劇が起きそうになった。
部活で遅くなり、急いで夜道を歩く妹は飲酒運転の車に危うく轢かれそうになったのだ。
だがそこに一人の少年が現れた。彼は妹を助け、何も言わずにその場を立ち去ったのだ。自分の名前すら告げずに。
お礼を言うために同じ道に連日立ち寄っていた妹は、その少年が自分のことをまるで覚えていないということに気付いた。少年にとってその事件はちょっとしたハプニングにすぎず、お人好しの彼はそうやって時折誰かを助けていたらしい。
そして、その人柄に妹は惹かれた。
「え、その人……私と同じ高校なんでしょ?」
「うん。学年同じだし、知ってるかな。神前智己って人」
「知らない。でも、ちょっと調べてみるわ」
「え、いいよー別に。少し気になるだけだもん」
「駄目よ。せっかく好きになったんだもの。それにいつも言ってるじゃない。好きな子にはダイレクトアタックだーって」
姉は妹の小さな恋を応援した。そして自分と同じ高校だという少年のことを簡単調べ、妹に教えていった。
「智己くん彼女いるのかな?」
「いないと思うわよ。あ、よければ私が直接訊こうか?」
「え……でも、顔一緒だから私より先に好きになっちゃったりしないかな」
「ありえないありえない。それに私こんなだしちっとも女の子らしくないわよ?」
「でも、万一ってこともあるじゃん?」
「んー、じゃあ予備の制服貸してよ。私が私じゃなければいいんじゃない?」
そして姉は妹の制服を着て、妹と同じ髪型をし、妹のフリをして少年に近付いた。
だが、そんなリスクを犯しても肝心の妹本人は進学校ということもあって中々動けず、姉の方は妹の気持ちをわかっていた分深く悩んだ。
そして姉は妹に内緒で妹になりすまし、少年と仲良くなることに決めたのだ。
妹のフリをするということは引っ込み思案の姉の背中を押した。二人は頻繁に話すようになり、友だちと呼べるようになるまで時間は大してかからなかった。
しかしその日々は唐突に終わる。
「ねえ、なんで私のフリをして智己くんに近付いてるの?」
「え……」
「私が智己くんと話せないから、横取りしようって思ってるの?」
「ちが――私はただ二人に仲良くしてもらいたくてっ!」
「たとえそれが本心だとしても……酷すぎるよ! だってアレは見た目は私だけど、中身は私じゃないんだもんっ!」
妹は姉が自分のフリをして少年に近付いたところを見てしまった。そしてそれ以上に彼女を傷付かせたのは、姉が妹にはなれないという事実だった。
姉は妹のフリを精一杯演じているつもりだったが、いつの間にか本来の姉自身を少年に見せていた。そのため少年は妹ではなく姉を見ていた。そして恋愛に疎い姉とは違い、その辺りに聡い妹は既に少年の心が姉に向いていることを一目で察してしまったのだ。
妹は姉を許せなかった。心の奥では姉に悪気がないのは理解出来ていたが、それでも想い人を横取りされた悲しみは癒えることなく膨らんでいく。その憎悪は膨らみ、いつしか形になって現れた。そう、無数のバケモノとして。
それは姉と少年の通う学校に憑き、そこへ通う姉を少しずつ呪っていった。いつしか姉は身体の不調を訴えるようになり、病気が見つかってトントン拍子で入院となった。
この頃になってやっと妹は事の重大さに気付き恐ろしくなったが、それでも癒えない傷はバケモノたちを動かしていた。
-
- 17 : 2015/07/31(金) 22:55:47 :
***
翌日。快晴。
「あちぃ」
扇子もうちわも持っていなかったため、手で扇ぎながらの登校だった。当然ながら全く涼しくはない。
「やほー」
だからだろう。暑いのに日向でぴょんぴょん飛び跳ねる遊佐の姿を数回スルーしてしまう。
「へーい智己」
「智己?」
「とーもーきー」
「……ねぇ」
やっと気付いたとき、遊佐は眉間に三本皺を寄せ、思い切り怒った様子で僕を見ていた。その格好はいつもの制服ではなく私服だった。
「あー、悪い。暑くて……てか私服?」
「起訴。極刑。島流し」
「島流しィ!?」
「ってのは冗談だけど……結構凹んだんだから」
口を尖らせて拗ねる遊佐の頭を優しく撫でてやる。女の子だから適当にグシャグシャと撫でて乱したときの反応が怖い。
「ぼーっとしてたんだ。本当に悪かったって。それよりなんで私服?」
「ん……だって智己今日は来る予定じゃなかったみたいだから。なら夕方まで遊ぼうかなって」
「え、僕と?」
それはどうなんだと思ったが、僕が女の子の誘いを断れるわけもなく。しかも相手が遊佐というのも相まって何だが照れくさくなってくる。
「誰でもいいってわけじゃないから……ねぇ、いいでしょ?」
「お前……あざといな。まぁ、いいけど」
そうやって上目遣いで頼まれればロクなことも言えずただ頷くだけだった。
「やった! じゃあ早く行こ!」
「お、おう。まてまて急ぐな」
途端に大喜びで駆け出す遊佐の背中を追った。夕方の緊張感した遊佐とは全く違う。夏の日差しの下、灼けたアスファルトの上を陽気に駆けていく遊佐は本当にどこにでもいる女の子だった。
「お前さ、日焼け気にしなくていいのか?」
「ん? ああ、もちろん日焼け止め塗ってるよ」
「そっか。いや、いつも日向歩いてないからさ。それに真っ白だから……」
夏服ということもあり、遊佐の格好はいつもよりずっと露出が高い。制服だと絶対に見えない肩とか、ミニスカートから覗く白い脚は驚くほど白く華奢で、目のやり場に困ってしまう。
「そりゃ女の子だもん。日焼けは天敵だし、暑いのも大嫌い」
くるりと振り向き、遊佐は明るく笑った。
「でも、毎日智己といられるから夏休みは大好き」
どきりとする。きっと遊佐のことだからこんなことも計算しているのだろうが。それでも遊佐は可愛いのだからずるい。
「お前……ほんとずるいな」
僕はぼやきながら太陽にも負けない熱量を放つ遊佐の後ろをついて行った。
-
- 18 : 2015/07/31(金) 22:56:42 :
-
***
「……智己、やっぱり楽しくない?」
「今日何度目だよ、それ言うの」
再び僕の学校に戻ってきた時、遊佐は悲しそうに僕を見上げて言った。多分、同じことを訊かれるのは五度目だ。
「なんかさ、今日の智己あんまり楽しそうじゃなかったから。買い物ばかりでつまらなかった?」
「まあ、確かにそれもあるけど……」
僕は夕日を見上げた。まだ丸々として沈むまでだいぶ時間が残っていそうな夕日だ。その夕日を背負った遊佐の影が僕に向かってまっすぐ伸びている。
「なんか今日の遊佐はいつもと全然違ったから、意外というかなんというか」
「そっか……こういうのは駄目?」
「どっちも遊佐なんだから仕方ないけど、僕はいつもの遊佐の方が一緒に居やすい。今日みたいにいかにも女の子と出歩いてるっていうのより、ゲーセンに行ったり食べ歩きしたりする方がずっとそれっぽいからな」
智己はさ、と遊佐に呼びかけられて僕は遊佐に視線を戻した。俯いていて表情は見えないけど、遊佐が笑っていないことはわかる。何故だか僕は遊佐を深く傷つけてしまった気がした。
「智己は……柚流の方が好きなんだね」
「亡くなった双子の姉? でも僕は会ったことすらないじゃないか」
会ったこともない人間のことを何故こんなにも言われなければならないのだろうか。怒りすら感じてきた。
「柚流には私、負けたくない。だからもう柚流とはお別れする」
「な――」
「柚流なんてもう、いらないから」
僕はその時、何かとても大切なものが急速に失われていく恐怖に襲われた。遊佐は悲しそうな顔で微笑んだまま僕に向かって手を伸ばした。僕はすぐに後退る。
「智己?」
なんで、と遊佐は問う。僕はそれに対する答えを見つけられなかった。ただ、無性に怖かった。
「お前は……本当に僕の知る遊佐、なんだよな?」
何とか口にした言葉に目の前の遊佐は答えない。
「答えろよ……。なあ、遊佐」
「――私は遊佐だよ。遊佐千鶴」
何かを決めたように、遊佐は僕を見据えた。
「でも、遊佐は確かに二人いるよ」
僕は汗でベタつく背中にまた一つ汗の玉が浮くのを感じた。それはあっという間に背中を流れ落ちていく。
そこでやっと気づいた。
目の前の遊佐の影が僕のものよりずっと濃いことに 。
「僕がよく知る遊佐は……柚流、なのか?」
千鶴は答えなかった。だが、いつもの彼女とは違う勝気な瞳がそれが正しいことだと証明してくれた。
-
- 19 : 2015/07/31(金) 22:59:44 :
***
バケモノに呪われた姉はやがてひっそりと息を引き取った。
妹はそこで初めて深い自責の念に駆られた。いくら姉を憎もうと彼女はただ妹のためを思って妹のフリをして少年に近付いていたのだ。それは妹にもきちんと伝わっていた。
それからしばらくして、妹は自分の内に姉の気配を感じるようになる。当然最初は姉の死にショックを受けた自分がおかしくなったと考えていた。だがそれは違う。姉は本当に戻ってきたのだ、妹の身体を借りて。
何故そうなったかは姉にすらわからなかったが、姉はまだ学校にバケモノがいることに気付いていた。そしてそのバケモノが人の味を覚えたことにより少年を襲うかもしれないことにも気付いた。そして生み出した親である妹すらも――。
だから姉はバケモノを退治するために戦うことを決めた。身体の使用権は妹にあったが、妹さえ許可してくれればいつでもフル活用することが出来る。そして幽霊という特性故にか色々な武器を生み出せるようにもなった。
そしてそれをやりつつ、姉は妹への罪滅ぼしを考えていた。――少年が姉と真逆の性格である妹に慣れるまでの間だけ彼の前で入れ替わる。それが恋愛をかき回してしまった姉の罪滅ぼしだった。
-
- 20 : 2015/07/31(金) 23:03:35 :
-
***
翌日の夕方、僕は学校に来ていた。夕焼けに染まる進路指導室はまだ僕の他に誰もいない。
昨日のあの後は散々だった。バケモノ退治は出来ず、遊佐とも全く話せないまま夜が来て解散したのだ。一昨日のように遊佐を送っていく気にもならなかった。
話し合わなければいけないことはわかっている。でもその気になれないのは何故だろうか。それにあの遊佐をどうしても認められないのは何故だろうか。
柚流と千鶴、僕の記憶――。半年前のことを思い出す。進学校の女生徒が、校門で僕に声をかけてきた。命の恩人とか、そんなことを言っていたが僕には全く覚えがなくて、今時の女の子といった様子の彼女は残念そうだった。
それからしばらくして遊佐千鶴を名乗ったそいつは僕につきまとうようになった。ゲーセンに行ったり、デパートの試食コーナーを巡って家族へのお土産と称してデカいケーキを買ったり――楽しかった。
遊佐は打ち解けるにつれて本性を現し、実は進学校のお嬢さんじみた女の子ではなく口下手で頑固なだけの普通の女の子であることを教えてくれたけど、僕にとってそれはとても心地よかった。
でも、ここ最近で遊佐は変わった。
最初の印象通り、元気で明るい振る舞いをするようになった。僕をからかって遊んだり、ゲーセンよりショッピングを選んだり。もしかしたら遊佐自身女の子らしくないと気にしていたのか、それとも遊佐は本当はこういう性格なのか――僕にはわからなかった。半年の付き合いというのはそんなものだったのだ。
それを寂しいと感じながら僕は昨日まで過ごしていた。
そして僕は彼女 と対峙した。
「その格好はウチの制服……だよな」
ダサい髪型と化粧気のない顔、そして真面目すぎるスカート丈。目の前に立つそいつはきっと――、
「智己。私は……柚流よ」
僕のよく知る遊佐だった。三ヶ月前に死んだはずの僕の友だちだった。
「千鶴じゃなかったんだな、お前」
僕は彼女に向かって歩み寄る。遊佐もそうしてくれたからすぐに僕たちは近付くことが出来た。
「そうね。幽霊だからそのことまで言えなくて」
「そういや幽霊って言ってたよな……本当だったのか、あれ」
ずっと彼女は言っていた。自分は幽霊だからバケモノ退治をするのだと。
「千鶴が私に身体を貸してくれるから、こうして智己と話すことが出来るの。今まで騙しててごめんなさい」
なんで生きていた頃も自分は千鶴ではないのだと言ってくれなかったのか――訊きたいことはあったが、上手く言葉に出来ない。
「今日で智己に会うのは最後だから、伝えたいことが一つだけあるの」
「最後……?」
唐突な言葉に驚いて口を開けた僕に遊佐――柚流は微笑んだ。
「私は智己のことが好きになってしまったみたいなの」
「え……?」
「言うつもりはなかった。言えるわけもないと思った。私はもう死んでいるし、千鶴のこともある。……私に勝ち目なんてないって逃げてたのよ。けど智己はいつまで経っても千鶴を選ばない。あんなに可愛い子なのに私といる方が楽しいって言う……そんなんじゃいけないのに、私の気も知らないで好き勝手」
そこで言葉をきると、柚流は僕の胸に飛び込んできた。そして力ない両手で僕を殴る。
「千鶴が好きになった相手なんだもの。私の方がずっと長く側にいたんだもの……好きになるわよっ」
「遊佐……」
「もうわかったでしょう? 本当の私はこんな不細工で可愛げのない女だって……。だから振ってくれればいいの。そうすれば私は千鶴に罪滅ぼしが出来るから」
-
- 21 : 2015/07/31(金) 23:04:59 :
「僕は――柚流が好きだ」
気がつけば口から言葉が飛び出していた。柚流が息を飲んだ。その瞳から一筋の涙が溢れ、僕のシャツに染み込んでいった。
「なんで――?」
一歩ずつ柚流は後退する。そして両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。
いや、柚流じゃない。千鶴に入れ替わっている。床に柚流の時にはなかった影が出来ているからだ。
「柚流は死んでる。もう戻ってこない。だってバケモノに殺されたんだもの! だからもう智己が柚流を好きになることなんてないって、そう柚流だって言ってたのに……」
「千鶴。僕は――」
はっきりわかっていた。柚流だけでなく、おそらく千鶴も僕のことを好きでいてくれているのだと。それは僕にとってはとても喜ばしいことなのだろう。でもこの二人にとってそれは姉妹の仲を引き裂くに十分なことに違いない。だから僕は喜べなかった。
答える必要があるのだ。
「僕は千鶴を好きにはなれない。千鶴の方がずっと可愛いし、普通の男なら間違いなく千鶴を選ぶ。でも、僕は柚流なんだ」
高圧的な時もあるし、ぶっきらぼうだけど。それでも柚流がいい。たとえ死んでいても、僕が知っている遊佐は柚流なのだから。
「うそっ! だってそれなら私は……私は智己のこと柚流より前から好きだったのに――!」
「ごめん」
頭を下げた。だが千鶴は顔を覆ったまま頭を振る。
「そっか」
急に、千鶴が低い声で呟いた。僕は嫌な予感に襲われて顔を上げる。
「千鶴――?」
「ふふふ……あはははは!」
全身鳥肌がたった。嫌な予感が遠くの方から僕に向かって集まるのを感じる。千鶴の高い笑い声に引き寄せられるように、そいつは進路指導室を目指していた。
「もういいよ。もう……壊れちゃって」
「千鶴!」
「さよならかもしれないね、智己。もう私どうでもよくなっちゃったから、バイバイ」
そう呟いた後、千鶴は立ち上がり僕の制止の声も聞かずに進路指導室を出て行った。
「千鶴待て! なっ――!?」
そしてそれと入れ替わるように開け放たれたドアの向こうから無数の影が押し寄せてくるのが見えた。
「なんでこのタイミングでバケモノが!」
夕方とはいえまだ夕日は高い空にある。こいつらが来れるわけがないのに、影には留まる気配はない。
「何か――武器は!?」
慌てて周囲を見回す。以前は柚流がいてくれたし、銃もあった。でも今は柚流がいない。
「そうだカバン――あった!」
千鶴が残していった柚流のカバンはきちんとそのまま残されていた。それを僕は逆さまにしてぶちまける。
そこからごろりと銃が転がってきたとき、僕は思わずホッと息をついた。
「ありがとな、柚流」
銃と予備のマガジンを取り、僕は進路指導室を飛び出した。影は既に目の前まで迫っている。
「千鶴! どこにいるんだ千鶴!」
とにかく千鶴を一人にするわけにはいかない。こいつらが千鶴を襲うかはわからないが、柚流が狙われていた以上千鶴も気にするべきだ。
僕はバケモノを振り切って走った。あいつらの良いところは僕よりも遅いところだ。今は倒すよりも千鶴を見つけ出してここから出る方が先決。だから銃は出来る限り使わないようにしたい。
「千鶴!」
声を出せばバケモノに見つかる。だが叫ばなければきっと千鶴は見つからない。
-
- 22 : 2015/07/31(金) 23:06:17 :
「くっ――お前ら邪魔だ」
トリガーを引く。影が二人によく似ていたから、余計イラつくのだ。
「お前らは何なんだよ……なんで僕たちを狙う!?」
パン、パンと軽い音が弾ける。弾は影には当たらず消えてしまう。
この銃は柚流が作ったものだ。トリガーを引くだけで簡単に撃てるし、どんなに乱暴に扱っても絶対に壊れない。そして弾もバケモノしか貫かない。用事が終わればそれら全てが跡形もなく消える。
「お前らがいなければ――柚流はッ!」
「そうだね。柚流は死ななかった」
ハッとして振り返る。その瞬間僕に迫っていたバケモノは消えた。
「柚流は……私が殺したんだ」
「なに言って……」
そこに立つ千鶴は柚流の銃を僕に向けていた。その表情は明るい。
「こいつらはね、私が生み出したんだ。柚流を殺すために。柚流の影を食わせてここまで数を増やした」
千鶴は両手を広げた。その両脇にバケモノが数体姿を現す。
「危ない!」
僕は慌てて発砲しようとする。だが千鶴は全く動じない顔で手を振った。するとバケモノはフッと姿を消す。
「これでわかったでしょ? ねえ智己。私もう智己のこと嫌いになりそうだよ。だからせめて私が悪い子になるために……」
「千鶴――?」
「死んで 」
千鶴は僕に向かって発砲した。それは生きている人間には決して当たらないはずなのに、反射的に避けた僕の頬は切れていた。
「な――っ」
「死んでよ智己。柚流と同じように!」
一発、二発。音が炸裂する中、僕はとうとう自分を傷付けた弾の正体を理解した。
僕の周りを無数の影たちが取り囲んでいたのだ。だから正確には弾ではなく、僕はバケモノに傷付けられた。
それを察してからは早い。右手に強く握ったままの銃を影に向け、人差し指でトリガーを引く。何度も、何度も。
「やめてくれ千鶴!」
影を撃ちながら叫んだ。廊下の壁に背をつけるようにしながらゆっくり後退していく。そうやって千鶴から距離を取ると、千鶴は笑った。
「ダメだよ智己。もう遅いもん。それに柚流なら手を貸してはくれないよ」
「お前――あいつをどうしたッ!?」
柚流の名前を聞いて思わず吠えた。千鶴は嫌な笑みを浮かべたまま楽しそうに手をくるりと回す。
「消した――って言ったらどうする?」
「ッ! てめぇえッ!」
右足を踏み込んだ。銃を下で構えたまま今まで離していた距離を詰める。驚いて身を竦ませた千鶴に向かい一直線に走った。途中掴みかかってきたバケモノを払い、僕は千鶴の胸ぐらを掴む。相手が女の子だとかは全く関係なかった。
「お前ら仲が良かったんじゃないのかよ! お前も柚流が死んで悲しかったんじゃないのかよ! 柚流はお前のこと大事にしていただろうがッ!」
「だって――」
「僕は柚流のことは知ってる。あいつが千鶴のように計算高い性格じゃないのも知ってる。お前だってそれは知ってるだろう!? 僕を殺したいのはわかる。だけど柚流は――」
「だってッ!」
パン、と銃声が鳴り、僕は驚いて千鶴を離した。千鶴が手に持った銃を撃ったのだ。
「だって柚流は智己と私をくっつけるって約束で入れ替わっていたんだもんっ! それなのに私より智己と仲良くなって、いつの間にかそこに私がいられなくなって……まるで私の方が影みたいで――!」
「だからって……柚流を殺す必要なんてなかっただろうがッ! 僕みたいな能無し取り合って自分の一番身近な人を呪って……それで千鶴は本当に良かったのかよ!」
「よく……ないよ。でもそれでも私は智己が好きなんだもん」
千鶴はふらふらとおぼつかない足取りのまま後退した。
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- 23 : 2015/07/31(金) 23:06:58 :
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「いいよ……そんなに言うなら、ゲームをしようか。一発勝負。大丈夫、まだ柚流はいるから」
「ゲーム? なんだそれ」
千鶴はもう一つ銃を出し、それを僕に向かって放り投げた。胸ぐらを掴んだ時に僕の銃は消えていたらしい。
「バケモノには手を出させないから平気。ルールはただ一つ。弾を一発当てた方が勝ち」
「でもこの弾は人間には当たらないんじゃ……」
そういう風に作ったのだと、一昨日一緒に帰ったときに柚流は言っていた。だから安全なのだと。
「私はもう柚流の力を使える。だから新しく作り直したの。その銃は人間も撃てる。ただし、死なない程度の傷しかつかないと思うけど」
「勝ったらどうなるんだ」
僕はその銃を取った。千鶴はそれを微笑みながら見つめている。さっきまで握っていた銃と同じものなのに、ずっと重い気がした。
「智己が勝ったら現状維持。柚流は消さないし、智己も殺させない。でも私が勝ったら柚流は消える。そして智己も死ぬ」
「――ゲームをやらなかったら?」
「私が勝ったときと同じ」
酷いゲームだと思った。だが千鶴の目は笑っていない。それに僕には千鶴の周りを見え隠れするバケモノたちの姿が見えていた。千鶴は本気で僕を消そうとしている。
「やるしかないだろ……それ」
「うん。じゃあ、負けたくないなら逃げた方がいいよ」
千鶴は銃を構えた。僕はすぐに後ろを向く。
「よーい、スタート!」
そんなバカみたいな気の抜けた声でゲームが始まった。
銃声が轟く。僕は千鶴に背を向けて走った。柚流と違って千鶴の方は銃の扱いに慣れていない。だから走っている僕に弾を当てることは出来ないと踏んだのだ。
走りながら後ろを振り返る。千鶴は僕を追っていたが僕よりずっと遅い。そこで僕はあのバケモノが千鶴の姿を取っていたことを今更理解した。
廊下の突き当たりまで走り、L字に折れ曲がった先を少し進んだ。そこでしゃがみ、照準を少し上に向けた状態で待機する。
「なっ!」
僕を追って飛び出した千鶴に射撃する。だが上を狙いすぎた。千鶴はすぐに壁の向こうに引っ込んでしまう。
「やるね、智己」
「こっちだって命が懸かってるからな」
「でも逃げた方がいいよ。私リロード終わってるから」
「そっちこそ。次は当てる」
二人が動いたのはほぼ同時だった。立ち上がった僕の腹を狙って千鶴は撃ってくる。対して僕は顔を出した千鶴の肩を狙って撃った。
だがすぐに二人とも次の行動に移る。僕は再び走り出し、千鶴はそんな僕の脚に数発撃ちこんで僕を追って走り出した。
カン、カンと薬莢が床を跳ねる。二人の鬼ごっこにも似た殺し合いは再び廊下の端に僕が追い詰められるまで続いた。
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- 24 : 2015/07/31(金) 23:08:34 :
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廊下を月明かりが照らしていた。茹だるような暑さの中、背中を流れる汗の感触もそのままに僕は柱に向かって飛び込んだ。
薬莢がリノリウムの床を叩く音が聞こえる。一つ、二つ、三つ。撃った数だけ乾いた音を立てる。
相手の銃がどんなものかなんて僕にはわからなかった。わかるのはハンドガンとだけ。多分向こうも自分の銃がどんなものかなんて知らないのだろう。
銃声は止んでいた。こちらからも何かしなければいけないことは確かで。だから隠れていた柱から僅かに顔を覗かせる。タイミングを誤れば命取りな行為だ。
最後の薬莢が床を叩き、そのままこちらへ転がってくる。僕たちは二人とも息を切らし、だらしなく喘ぎながら口を開く。
「ねぇ、もう次で終わりにしない?」
「……そうだな。決着をつけよう」
両手で持った重たいハンドガン。安全装置はとうに外れている。いや、元からそんなものないのかもしれない。それを身体の前で構えた。さながら映画に出てくるエリート捜査官のように。柚流のように。
手首が痛むのは、ここに隠れるまで銃を何度も撃ったからだ。ど素人にしては僕もよくやったと思う。そして千鶴も。
千鶴はその場でマガジンを交換していた。その不器用で慣れていない手つきは、銃なんて物騒なものを手にしているとはとても思えないほど日常に満ちていた。
きっとついこの間まで柚流もそうだったのだろう。銃なんて握ったこともないような普通の女の子だったのだろう。
「最後にもう一度、ルールを確認しようか」
「いや、いい。何度確認したって僕の気持ちは変わらない」
僕は柚流が好きだし、彼女とまだ一緒にいたい。こんなところで死ぬわけにはいかない。
カチリ、と冷たい音が響く。互いの準備が整った。
僕は立ち上がり、銃を正面で構えたまま柱から姿を現わす。長い廊下を月明かりが照らし、僕と彼女の姿をぼんやりと浮かび上がらせていた。
お互いに連射の効かないハンドガン。チャンスもきっかり一度だけ。これを外したら間違いなく後はないだろう。
「じゃあ、いこう」
僕は言った。彼女は柔らかい笑みを浮かべて頷く。
「――さよなら、智己」
「え、ゆず――」
銃声が一つ、木霊した。
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- 25 : 2015/07/31(金) 23:08:51 :
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影を持たない身体がゆらりと揺れ、床に崩れ落ちる。最初に撃ったのは彼女で、倒れたのも彼女だった。
「柚流ッ!」
僕は自分の銃を投げ出して柚流に駆け寄った。彼女が柚流であることはすぐにわかった。柚流は千鶴のように可愛くは笑えないから。
「――ごめん、智己」
柚流は血さえ流していなかったが、その顔は蒼白だった。彼女のこめかみを撃ち抜いた銃は既に消えている。僕はそんな彼女を抱き締めた。身体がひどく冷えていた。
「喋るな柚流! なんでこんな……」
身体の主導権は千鶴にあったんじゃなかったのか。その銃では傷つけるだけで殺せないんじゃないのか――言いたいことは山ほどあったが、それを押し殺して力いっぱい彼女を抱く。
「千鶴に……智己を殺させたくなかった。私が消えればきっとバケモノも消えるし、千鶴も元に戻るから……銃をね、元に戻したの。私は幽霊だから、あの影と同じだから……だから撃てば消える」
「冗談やめてくれよ……。死んで戻ってきたんだろう? そんな奇跡、もうないかもしれないのに」
柚流は首を振り、僕の手をそっと握った。その力のなさは本当に柚流がここで消えてしまうと僕に伝えているようで、堪らない気持ちになる。
「千鶴は、本当は止めてほしかった。あのバケモノは人を病ませる。千鶴もあいつらにやられてた。だから、千鶴は悪くないの……」
「そんなことどうでもいいからッ! 消えないでくれよ柚流!」
「無理よ……。ねぇ智己。最期にお願いがあるの」
「止してくれよ。なぁ柚流――!」
いつの間にか僕は涙を流していた。柚流の手から力が抜けていくのが感じられて、それと一緒に体温も失われていて……それが堪らなく悲しくて、悔しくて。
「千鶴のこと、お願いしたいの。私が消えれば千鶴はきっと空っぽになってしまうから、智己が支えてあげてほしいの」
「嫌だ! 僕は柚流が――」
「もう……強情なんだから」
その時僕の頬に柔らかい感触があった。
「柚流……」
「貴方のことが……好きです。死んでから恋をするなんて思わなかったけど、きっと生きていた頃からなんとなく惹かれてたのね」
頬を撫でる。柚流の唇の感触を忘れないように。そうする間にも柚流の最期は迫っていた。
「じゃあ……また死んでくるね」
「やめ……待ってくれ柚流!」
柚流は再び銃を取ると、自分の頭に突きつけた。僕はそれを取り上げようと手を伸ばす。
「大好きでした。どうか幸せに」
そして柚流は引き金を引く。乾いた音が暗闇を引き裂くように響いた。
僕は千鶴が目を覚ますまで、柚流だった身体をずっと抱きしめていた。
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- 26 : 2015/07/31(金) 23:10:45 :
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「よう、柚流。また来たのか」
「待たせた?」
「いや、今来たところ」
「こらこら二人とも。私のことも忘れないでほしいなー」
「お、千鶴。お前もいたのか」
「なっ! 学校一の美少女に対して対応酷くない?」
「千鶴は違う高校だから仕方ないわよね」
「それな」
「うわー、二人ともサイテー! そんなんじゃ来月の文化祭のチケットあげないんだから。有名人くるのに」
「え、誰だよ?」
「えーと、ほら――」
「あぁあああ! それ行きたい! 行かせてよ千鶴!」
「ちょ――っ! 柚流痛いって!」
「お前ら本当に仲良いな……」
「え、そうかしら?」
「へへーん。なんせ私と柚流は双子ですから!」
「その調子で文化祭連れてってくれよ。僕も期待してるから」
「さ、さりげなく来る気満々なんだ……」
「いいじゃない千鶴。三人で回ろう?」
それは、本当に優しい夢だった。
温かくて、どこまでも続いていて、終わることない彼女のいる夢。
その夢の世界で、彼女は一人永遠になる。
「智己」
「ん?」
「手……繋いでいい?」
「ああ」
「うわっ……リア充共熱々じゃん。こんな真夏の昼間によくやるね……」
「もー、千鶴からかわないで!」
「わー! 柚流が怒った!」
どうかこの夢がずっと覚めませんように。
僕はただ、柚流がいない世界で祈り続ける。
「とーもーきー! 置いてくよー」
「お、おう!」
「ほら。手、繋ごう?」
「……うん」
それはきっと夢でなく、最早もう一つの世界だった。
どこまでも幸せな、柚流のいる世界。
《了》
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- 27 : 2015/08/01(土) 20:01:22 :
- お疲れ様です。
前作に続いてとても面白かったです。
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- 28 : 2015/08/04(火) 23:47:03 :
- 乙でした。
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- 29 : 2023/07/15(土) 14:42:28 :
- http://www.ssnote.net/archives/90995
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2 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 16:43:56 このユーザーのレスのみ表示する
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16 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 19:01:59 このユーザーのレスのみ表示する
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36 : 2021年11月6日 : 2021/10/13(水) 19:43:59 このユーザーのレスのみ表示する
理想は登録ユーザーが20人ぐらい増えて、noteをカオスにしてくれて、管理人の手に負えなくなって最悪閉鎖に追い込まれたら嬉しいな
22 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:37:51 このユーザーのレスのみ表示する
以前未登録に垢あげた時は複数の他のユーザーに乗っ取られたりで面倒だったからね。
46 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:45:59 このユーザーのレスのみ表示する
ぶっちゃけグループ二個ぐらい潰した事あるからね
52 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:48:34 このユーザーのレスのみ表示する
一応、自分で名前つけてる未登録で、かつ「あ、コイツならもしかしたらnoteぶっ壊せるかも」て思った奴笑
89 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 21:17:27 このユーザーのレスのみ表示する
noteがよりカオスにって運営側の手に負えなくなって閉鎖されたら万々歳だからな、俺のning依存症を終わらせてくれ
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