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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

そして繰り返したその先に

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  1. 1 : : 2014/05/01(木) 03:51:08
    http://www.ssnote.net/archives/14458

    ↑『そして何度繰り返したか』の続きです


    引き続き注意点
    ※エレクリ、クリエレ
    ※病み、依存要素あり
    ※チートあり
    ※キャラ崩壊あり

    以上が許容できない方はご遠慮ください。
  2. 5 : : 2014/05/02(金) 06:49:09

    《誰か説明してください》

     俺は──俺達は、いったいなんなのだろう。

    いつだったか、そんなことを彼女と話した記憶がある。死んでも死なない。体はそのままに世界を移動する。“互いを傷つけられるのは相手だけ”──。

    別世界には、それこそ自身の“力”や“能力”、“道具”を使って世界を渡る者も存在したが、俺達は彼らとは違う。そんな力も、能力も、道具だって持ってない。

    永い夢でも視てるんじゃないか? と面白半分で言われたこともあるが、だとしたら俺の夢はなんともまあ荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい内容だな、と笑うしかない。

    目の前で想い人を食べられ、そこから始まる都合のいい物語。延々と繰り返される日常を過ごしながら、大好きで堪らない彼女と過ごす非日常。

    数々の人や人外や化け物や異端との出会い別れを繰り返し、時には喧嘩し、時には互いに殺し合い、時にはそれらを忘れてひたすら愛し合ったり……。

    もしこれらが夢だったら、俺は永遠に覚めないでほしい。あいつの居ない現実なんて捨てて、ずっとずっとこの“素晴らしい夢のような世界”に居続けたい。

    ──そんなことを思ったのはいつだったか。

    今ではもう、思い出せない。



             ◆

     「あの、ここはどこですか?」

    そう問い掛けてきた『エレン・イェーガー』は、怯えと困惑が混ざりあったような表情をしてこちらを見つめていた。

    ……まあ目が覚めたら鎖に繋がれて牢屋の中だったら誰だってそうなるか。俺ですらそんな経験なんて──いや、何度かクリスタにされたことはあるけど、これとはまた違う意味合いだし同じとはいえないか。
  3. 7 : : 2014/05/02(金) 19:43:57
    エルヴィン「見ての通りだが、地下牢とだけ言っておく。今きみの身柄は憲兵団が受け持っている。先程ようやく我々に接触の許可が下りたところだ」

     この薄暗い空間内で、唯一椅子に座っているエルヴィン・スミスが『エレン』の疑問に答える。

    言われて改めて自分の状況を確認した『エレン』は、目の前に座る団長さんを見、次にその隣に立つ俺達三人に視線を移す。

    『エレン』「あなた達は──」

    「オイ」

     俺とクリスタを見て目を見張った彼の言葉を遮るように口を出したのは、目付きが鋭く、他の兵士とはどこか違う雰囲気を醸し出す小柄な男。

    調査兵団兵長。

    “人類最強”の兵士──リヴァイ。

    リヴァイ「まずはエルヴィンの話を聞け」

     それだけ言うと、彼は口を閉ざした。

    なぜか牢の隣に立っていた見張りの兵士がビクッと肩を震わしていたが……あんたがビビる必要ないだろ。


     そこからは、団長さんが今の状況について大まかに説明し、『エレン』の生家の地下室に巨人の謎の手がかりがあると仮定した上で、今後についての計画を話した。

    『エレン』の生家──シガンシナ区にあるそこへ行くには、ウォール・マリアの奪還が必要になる。その為には『エレン』の“巨人化”の力が不可欠だと団長さんは言う。

    エルヴィン「すべてはきみの“意思”だ。それが鍵になる」

    『エレン』「俺が……鍵。俺は……」

     ここで『エレン』の返答によっては今後の方針を変えなきゃならないが……恐らくこいつは──。

    リヴァイ「オイ、さっさと答えろグズ野郎。お前がしたいことはなんだ?」

     痺れを切らした兵長さんが問い掛けると、『エレン』は俯かせていた顔を上げた。

    そこにあったのは──笑み。

    『エレン』「“調査兵団に入って──とにかく巨人をぶっ殺したいです”」

     ほぅ、と隣から小さな声が洩れる。

    リヴァイ「悪くない……。エルヴィン、コイツの世話は俺が責任を持つ。上にはそう言っておけ」

     牢に歩み寄り、中にいる『エレン』に鋭い視線を向ける兵長。

    リヴァイ「俺はコイツを信用したわけじゃない。裏切ったり暴れたりすればすぐに俺が殺す。上も文句は言えん筈だ……一応、“今のところ”俺以外に適役は居ないからな」

     ──その言葉は、果たして誰に向けたられたものなのかね。

    リヴァイ「認めてやるよ。お前の調査兵団入団を」

  4. 15 : : 2014/05/04(日) 19:25:01
            
              ◇

     『エレン』との面会は終わり、ひとまず牢屋を後にした私達は調査兵団の兵舎へと戻っていた。

    リヴァイ「オイ、お前はこっちに来い」

    エレン「あー……もしかして、またやるのか?」

    リヴァイ「当然だ」

    エレン「……まあ暇だしいいか。アリス、ちょっと行ってくるわ」

    クリスタ「ほどほどにしなさいよ」

     そう言って、彼の唇に軽く触れるキスをする。理由はない。ただしたかっただけ。

    兵長に連れられて離れていくエレンの後ろ姿を見送っていると、その様子を黙って見ていた団長さんが口を開いた。

    エルヴィン「きみはついていかないのか?」

    クリスタ「ええ。彼ひとりいれば充分でしょ。格闘訓練なんて」

     ──それに私がやると、加減できないもの。

    その言葉に、隣にいる団長さんは「そうか」と一言発しただけだった。さほど興味がないのかなんなのか……このエルヴィン・スミスという男は、何を考えているのかいまいち読めない。

     三日前もそうだ。私達みたいな身元不明で存在そのものが怪しい奴を、この男は受け入れた──あくまで“表面上は”、だけど。

    クリスタ「……ほんと、面倒ね」

    エルヴィン「何か言ったかい?」

    クリスタ「いいえ、なにも。──それじゃあ私も行くわね。人に会う約束してるのよ」

     言い残し、団長さんに背を向けて歩き出す。

    ……腹の探り会いは正直苦手なのよね。どこぞの『スキマ妖怪さん』や『すべてを見通す占い師さん』じゃあるまいし。

    クリスタ「ま、今のところ害にはならなそうだし、“素直に利用されてあげるかな″」

     それこそ今のところは、だけどね。

    さて、とりあえず小難しいことは置いといて。

    時間はまだあるけど、少し早めに行こうかしらね。せっかくの彼女からのお誘いなんだし、遅刻はしたくない。



     現在、トロスト区内部は復興の真っ最中なので、多くの人は近くの市街地にて生活している。

    活気溢れる、とまではいかないが、少なからず人通りのある街路を歩き、私は目的地へと向かう。

    道中声を掛けてきた馬鹿が何人かいたけど、とりあえず股の下を蹴って黙らしておいた。周りにいた男が内股になってたのには思わず笑いそうになったわ。

    「あ、アリスさん! こっち、こっちですよ!」

     元気よく声を掛けてきたのは、兵団の服を着たサシャ・ブラウス。二日前のトロスト区の死体の片付けの際、その様子を見ながらぶらぶらしていた時に偶然出会い、今日会う約束をしたのだ。

    なんでも補給所で助けられたお礼がしたいらしい。今はそんなことを気にする余裕なんてない筈なのに……いや、だからこそ、他のことをして気を休めたいのかしら。

    クリスタ「待たせてごめんなさいね」

    サシャ「いえいえ! 予定より早く着いたのは私ですし、アリスさんはもっと遅くてもいいくらいですよ!」

    クリスタ「そう?」

    サシャ「はい!」

     今のサシャが無理して明るく振る舞っているくらい、私にも判る。けどわざわざ口に出したり、気にするつもりはない。別に頼られてる訳でもないし。

    クリスタ「……ところで、連れの子はいないのかしら?」

    サシャ「それなら、多分もうそろそろ──あ、来ましたね。おーい!」

     ぶんぶんと腕を振るサシャ。

    そんな彼女から視線を外し、私はこちらに走ってくる“あの子”を見つめる。

    急いで来たのだろう。私と同じ金髪を揺らしながら走ってきた彼女は、胸の前に手を当て乱れた呼吸を整える。

    「あの、ごめんなさい、遅れちゃって……」

    クリスタ「いいのよ。それよりほら、髪の毛が乱れてるわ」

    「え、あっ……ありがとうございます。すいません」

    指先で前髪を整えてあげると、彼女は申し訳なさそうにして私を見上げる。

    クリスタ「構わないわ。……そういえば、貴女とは初対面──じゃなかったか。前にもチラッと顔を合わせたことはあったわね」

    「あ、そうですね」

    クリスタ「私のことはサシャから聞いてるかもしれないけど、アリスよ。よろしくね」

    「はい、よろしくお願いします。私は──」

     ──クリスタ。『クリスタ・レンズ』です。よろしくお願いします。
  5. 16 : : 2014/05/05(月) 20:43:58
    《よろしく》

              ◆

     『エレン・イェーガー』が拘束されてから幾日が過ぎた今日。

    またいつものように兵長さんとその部下相手に訓練かあ、といつになく目付きが鋭く見える兵長さんに連れられ、着いた先に居たのは眼鏡をかけた男……女?

    「やあ、きみが噂の“自称一般人”くんだね? 私はハンジ、よろしくね」

     ハンジと名乗る彼……彼女? のことはどこかで耳にした記憶がある。

    なんでも巨人に対する好奇心が異常なまでに強く、調査兵団の中でもとびっきりの変人であり、巨人のことを語らせると一日やそこらじゃ終わらない、とかなんとか。

    もう何日か調査兵団に関わってきたが、直接顔を合わせたのは今日が初めてだ。

    ハンジ「聞いたよー、リヴァイ相手に互角の戦いを繰り広げたんだって? いやあ、本当はもっと早く会いに行くつもりだったんだけど、ここ最近はなにかと忙しくてさあ。ほら、例の『エレン・イェーガー』のこととかさ」

    エレン「はあ……」

    ハンジ「今から彼の所に行くんだけどね? ようやくあそこから出す算段がついたところでさ、もう早く調査兵団に引っこ抜いて全身余すところなく隅から隅まで調べたいよ! だって巨人だよ巨人! 巨人になれる人間なんて──ああっ、羨ましい!」

    エレン「…………」

     変人だな。うん、変人だけど──油断ならない人だな、この人。

    さっきからペラペラと好き勝手喋っているが、時折見定めるような視線を向けてきている。初対面の俺に対する好奇心と──僅かな警戒心。

    ……ま、それが当たり前のことなんだけど。

  6. 20 : : 2014/05/06(火) 10:31:05

     変人ハンジ──フルネームはハンジ・ゾエというらしいが、その変人さんと共に、俺は『エレン』のいる牢へと足を運んでいた。

    なんでも兵長さんが俺を呼び出したのはこれが目的だったらしい。

     途中で背の高い男……ミケ・ザカリアスと呼ばれる、これまた出会った人の匂いを嗅ぐという変人性を全面に押し出してきた奴も加わったのだが……。

    もう変人というか変態だろ。なんだよ初対面の人の匂いを嗅ぐって。しかも鼻で笑うって。

    こいつだけはクリスタに近寄らせないようにしようと心に決めた。あいつの良い匂いを嗅いでいいのは俺だけだ。もし近寄ったら鼻の穴が潰れて呼吸できなくなるくらい殴り尽くしてやる。



     実際の殴り尽くす場面を想像しながら歩いていると、いつの間にか『エレン』のいる牢へと続く階段を降りていた。

    ──考え事をしていると周りが見えなくなるのは悪い癖だな、ほんと。普段ならクリスタがいるから問題ないんだけど……。

    ハンジ「いやあ、やっと『エレン・イェーガー』に会えるんだね。もうどれだけこの瞬間を待ちわびたことか!」

    ミケ「…………」

    ハンジ「あー、でもその前に面倒事があるんだよなあ。憲兵の奴ら、どうせ『エレン』を始末することしか考えてないんだろうし……ったく、巨人になれる人間の希少価値すら判らないのかなあいつらは」

    ミケ「……ハンジ。場所を考えろ」

    ハンジ「おっと。ごめんごめん、ついね」

     ……“つい”、ね。

    周りに憲兵団がいる中で、今の発言がどんなものかくらい判らない奴じゃないだろうに。

    しっかし、調査兵団と憲兵団は折り合いが悪いとは聞いていたが……思ったよりも溝は深いみたいだな。

    実際、周りの憲兵からの視線はお世辞にも好意的とは言えないし。

    ハンジ「ここだね」

     ギイィ、と音を立てて扉が開く。

    変人と変態に続いて中に入り、牢屋の前に立つ。

    ハンジ「ごめんねエレン、待たせてしまって」

    『エレン』「っ──」

    ハンジ「でもやっとここから出られそうなんだ」


     ──牢屋の鍵が、開いた。
  7. 22 : : 2014/05/09(金) 08:47:19
     『エレン』を連れ出した俺達は、周りからの視線を無視しながら通路を進んでいた。

    ハンジ「私は調査兵団で分隊長をやっているハンジ・ゾエ。よろしくね」

    『エレン』「は、はい。よろしくお願いしま──っ!?」

     突然首筋に迫る気配に、思わずビクッと肩を弾ました『エレン』を見て、ハンジが口許をひくつかせながら説明する。

    ハンジ「あー、彼はミケ。初対面の人の匂いを嗅いでは鼻で笑う癖が──って……ミケ?」

     『エレン』の匂いを嗅いだ直後、急に思案顔になって黙りこんだミケに、ハンジも俺も疑問を抱く。

    ハンジ「何か気になることでもあった?」

    ミケ「……いや、なんでもない」

     そう言ってチラッと俺を横目で見たかと思うと、ミケ・ザカリアスは何事もなかったかのように前を向いた。

    ……言いたいことがあるなら言えよ、この匂いフェチ。

    『エレン』「えっと……」

    ハンジ「あ!」

     立ち止まり、振り返ったハンジはどこか申し訳なさそうな顔をして。

    ハンジ「ごめん、無駄話が過ぎたみたい。もう着いちゃったけど……大丈夫! むしろ説明なんか無い方がいいと思うし」

    「え?」と声を出す『エレン』に、ハンジは目の前の扉を開きながら言葉を紡ぐ。

    ハンジ「君が思っていることをそのまま言えばいいよ。勝手だけど私達は、君を“盲信”するしかないんだ」




     『エレン』と共に部屋の中へ入っていくハンジ 達を見送ると、俺は踵を返して審議所を後にした。俺自身は兵団に所属しているわけではないから、審議とやらに立ち会う資格はない。

    エレン「……さて」

     クリスタとの約束まであまり時間もないし、少し急ぐか。

    後ろにある審議所を尻目に、俺は待ち合わせ場所に向かって走り出した。
  8. 23 : : 2014/05/10(土) 03:50:39

    クリスタ「遅い、正座」

     待ち合わせ場所のとある建物の前にて、出会い頭に彼女の口から出た言葉はそれだった。

    エレン「いや、まだ時間じゃないだろ」

     目の前でニコニコしているクリスタ。先程の発言が冗談だというのは判っているが、一応反論しておく。

    すると案の定、彼女は「ふふっ」と可笑しそうに微笑み、「冗談よ」と続けて。

    クリスタ「けどぎりぎり。女の子を待たすのは感心しないよ?」

    エレン「悪かったよ。思ったよりここまで来るのに時間がかかってな」

     審議所から地味に遠いんだよな……軽く走って十分ちょっとはかかったし。

    エレン「それで、今日は何処に行くんだ?」

    クリスタ「喫茶店」

    エレン「……喫茶店?」

    クリスタ「ほら、この前こっちの『クリスタ』と話したことはエレンに言ったよね? その時に寄った喫茶店。料理の味も美味しかったし、お店の雰囲気とかも結構良くてさ」

    エレン「気に入ったわけね」

    クリスタ「そ。値段もそこまで高くなかったし、一度貴方と行きたいなあって」

     腕を絡ませ、ぎゅうっと体を密着させてくるクリスタ。

    意識してるのかしてないのか、その際に女性の象徴ともいえる柔らかい感触が服越しに伝わり、心臓の鼓動が微かに早まる。

     昔は標準──でいいのか判らないけど、それより少し小さいくらいだったんだが……それなりの関係になってから急に成長したんだよな。

     ──ふと、クリスタと目が合う。口許を緩ませていた。

     あ、こいつ確信犯だわ。

    エレン「……で、その喫茶店ってやつは何処にあるんだ? 遠いのか?」

    クリスタ「近くだよ。何のためにここを待ち合わせ場所にしたと思ってるのよ」

    エレン「……それもそうか」


     そこから歩くこと約三分。

    クリスタに道案内されて着いたそこには、人の多い表通りの一本裏にある、こじんまりとしたあまり派手じゃない店があった。

    建物の周りにある植物の緑が落ち着いた雰囲気を醸し出し、店の前にはテーブルと椅子がいくつか並んでいる。

    エレン「人はそこまでいないみたいだな」

    クリスタ「まだお昼にも早いし、どこもこんなものだと思うよ。私が前来た時は少しお昼が過ぎた頃だったけど、結構席は埋まってたし」

     カランカラン、と扉を開けて中に入り、店員に先導されて席につく。

    店内も見た目に反して派手なこともなく、いくつかの木製のテーブルが並び、窓の辺りには観葉植物が置かれていたりと、比較的シンプルな内装になっていた。

    エレン「それで、オススメは?」

    クリスタ「前はこのベジタブルサンドってやつとコーヒー頼んだんだけど、どっちも美味しかったかな。このお店って軽食を売りにしてるみたいだから、もしかしたら男のエレンは物足りないかも」

    エレン「いや、そこまで腹も減ってないし大丈夫だ」

  9. 27 : : 2014/05/12(月) 09:10:35
     俺は前にクリスタが頼んだっていうベジタブルサンドとコーヒー。クリスタはフレンチトーストと紅茶を選ぶ。

    少しして店員が持ってきたそれらを食べながら、俺とクリスタは雑談する。

    クリスタ「ふーん、ハンジ・ゾエにミケ・ザカリアスね。ハンジって人の話は聞いたことあったけど、貴方の話を聞くとあながち間違ってないみたいね」

     巨人を研究するためなら命すら惜しまない、最早巨人中毒と言っても過言ではない変人研究者。

    クリスタはそんな話を耳にしたらしい……。確かにその通りかもしれない。

    エレン「ま、変人さんの方はその巨人愛を除けばわりかしまともな感じだったからいいとして……もう片方がなあ」

    クリスタ「もう片方……ミケ・ザカリアス? その人の話は聞いたことないけど」

    エレン「いいかクリスタ」

     身を乗り出し、テーブルの反対側に座るクリスタに顔を近づける。

    クリスタ「な、なに?」

    エレン「あの変態にだけは絶対に近づくなよ。あいつは他人の匂いを嗅いでは鼻で笑う変態だ。いいか、変態だ」

    クリスタ「変態って……いやまあ、それが確かならそうなのかもしれないけど──ひゃっ、ちょっとエレン?」

     さらに前に体を出し、彼女の首筋に顔を寄せる。すうっ、と鼻で息を吸い、クリスタの匂いを嗅ぐ。

    エレン「お前の匂いを嗅いでいいのは俺だけだ」

    クリスタ「んっ──、ちょ、くすぐったいよ」

    エレン「他の奴なんかに絶対にやらない」

     顔を離すと、「もうっ」と顔を赤く染めたクリスタが唇を尖らしていた。

    クリスタ「と、とにかく、そのミケって人には近寄らないようにするからっ。それでいいんでしょ?」

    エレン「ああ。ところでクリスタ」

    クリスタ「なに?」

    エレン「顔真っ赤」

    クリスタ「っ──、エレンッ」

    エレン「ははっ、わるいわるい」

     むくれるクリスタの頭をぽんぽん叩く。

    いつもは俺がからかわれるから、今日は久しぶりに仕返しができて少しいい気分。

     …………後が怖いけど。
  10. 30 : : 2014/05/16(金) 02:17:55

              ◆

     食事も終わり、特にすることもない俺達は、目的もなく町中をぶらぶらと歩き回っていた。

    腕を組んで隣を歩くクリスタが、小さな声で俺へどんな仕置きをするか呟いているのは気にしない。下手に口出しするとろくな事にならないのは判りきってる。

    クリスタ「……三日間耐久コースとか……いや、でもそれだと……」

     ……最近、内容がそっち方面なやつばかりな気がする。というかそっち方面しかしていない。

    別にそこに文句はないんだが……ただなクリスタ、三日間は耐えられないからやめてくれ。


     頭の中でいつの日か来るだろうお仕置きを思い浮かべながら歩いていると、ふと隣を歩くクリスタの動きが止まった。

    どうした? と彼女の方を見ると、「あれ」とある方向を指差し。

    クリスタ「『クリスタ』だ」

    エレン「は? ……ああ、こっちの『クリスタ』のことか」

     ひとりで歩くその後ろ姿を見つめていると、何を思い付いたのか、クリスタが俺を引っ張って歩き出し──

    クリスタ「こんにちは、『クリスタ』ちゃん」

    『クリスタ』「えっ? ──あ、アリスさん?」

     突然声を掛けられたことに驚きながら振り向き、声の主がクリスタだと判ると『クリスタ』は慌てて頭を下げた。

    『クリスタ』「こ、こんにちは」

    クリスタ「……なにもそこまでしなくていいわよ」

     わざわざ頭を下げて挨拶をした目の前の『自分』に、クリスタがなんとも言えない表情を浮かべる。

     ──まあ、自分自身に頭を下げられることなんて普通はないしな……。

    『クリスタ』「す、すいませ──あっ」

    エレン「……? どうした?」

     俺を見て一瞬固まったかと思うと、『クリスタ』は先程と同じように慌てて頭を下げ。

    『クリスタ』「ありがとうございます! あの時は助けて頂いて……」

     あの時? ……あー。

    エレン「もしかして、あのナンパされてた時のことか? あんな随分前のこと、わざわざ礼なんて──」

    『クリスタ』「あ、いえ、それもあるんですけど……。あの時──トロスト区の本部で、皆を助けてくれたって聞きました」

    エレン「……ああ、あれ。まあ多少手助けはしたけど、なんで君が礼を言うんだ?」

     助けられた本人が言うならまだしも、こいつが
    言う必要はない。

    『クリスタ』「え? なんで、ですか? えっと、私の大切な仲間を助けてくれたからですけど……何かおかしかったですか?」

     ……そういや、昔のクリスタもこんな感じだったな。誰にでも優しく、自分よりも他人を一番に気にする。

     今はまったく違うけど。

    エレン「いや、何もおかしくない……かな。俺としては助けたつもりもあまりないんだけど……」

    『クリスタ』「それでも、皆を助けてくれたことに変わりはないので。本当にありがとうございます」

     再度頭を下げる『クリスタ』に、さすがにこれ以上何か言う気にもなれず。曖昧に頷きながら、俺は彼女の礼を受け取った。

    クリスタ「ところで『クリスタ』ちゃん。見たところ貴女ひとりみたいだけど、この間の連れの子達は一緒じゃないのかしら?」

    『クリスタ』「あ、いえ。今少し別行動中で、後で合流する予定です」

    クリスタ「ふうん、そうなの。ならあまり引き留めるのも悪いわね」

    『クリスタ』「いっいえ、そんなことないですよっ」

     手の平を俺達に向けて顔の前で左右に振る『クリスタ』に、隣のクリスタは可笑しそうにクスクス笑う。

  11. 31 : : 2014/05/16(金) 02:20:39


    クリスタ「それじゃ、私達は行くわね。また機会があればお茶にでも行きましょう」

     その言葉に「はい!」と笑顔を浮かべて返事をした後、『クリスタ』はこの場を立ち去ろうと俺達に背を向け──

    『クリスタ』「あ」

     ふと何かを思い出したように足を止め、振り返る。そして俺に目線を向けて。

    『クリスタ』「あ、あの、アリスさんから既に聞いているかもしれませんけど……私、クリスタ・レンズといいます。もしよろしければ、お名前、聞かせてもらえませんか?」

     …………。名前、ね。

     隣のクリスタに目を向けると、ちょうど彼女もこちらを向いていたようで、お互いの視線が合う。

     クリスタは人前では“アリス”と名乗っている。実はこの名前、彼女の本名から三文字抜いただけなのだが、それは今関係ないので置いておく。

     問題は俺だ。偽名なんて考えてない。

    『クリスタ』「あの……もしかして、何か事情でもあるんでしょうか? でしたら無理には──」

     口ではそう言いながら、どこか残念そうな顔をする『クリスタ』

     もう一度隣を見ると、クリスタは俺が何か言う前に「貴方の好きにしていいわよ」と言葉を返してきた。

     …………。

    エレン「エレン」

    『クリスタ』「──え?」

     突然俺が言葉を発したことに驚いたのか、もしくは“その告げられた名前”に驚いたのかは判らないが、目の前の少女は目を点にしてこちらを見つめる。

     隣の彼女は──別段驚いた素振りは見せていない。むしろそう言うのが判っていたかのように微かに口許を緩めながら、平然と俺達のやり取りを傍観している。

     ──それにしても、久々に自分の名前を名乗った気がする。この世界に来て初めてじゃないか?

    そんなことを思いながら、俺は未だに口を開かない少女に言葉を紡ぐ。

    エレン「俺の名前はエレンだ。“偶然”にも、どこかの少年と同じ名前だが──」

     ──ま、よろしく。クリスタ・レンズ。


  12. 33 : : 2014/05/18(日) 19:18:08

    《囲い》


     旧調査兵団本部。

    調査兵団が結成された当時、古城を改装し造られたその建築物は、現在では無用の長物と成り下がっていた。

    壁からも遠く、壁外を調査するのが目的の調査兵団にとってはあまりにも扱いづらい。他にも物資の補給に都合が悪いなどもあり、それらが理由で使われることはなかった。

    クリスタ「それにしても──」

     馬が歩く度に、彼女の腰まである長い髪が揺れる。

    俺の隣で馬を歩かす彼女は、目線の先にある城擬きを見据えて口を開いた。

    クリスタ「調査兵団って、昔は今より人気があったのかもね」

     その発言に首を傾げると、クリスタは続けて言葉を紡ぐ。

    クリスタ「今でこそ壁外調査で中々“成果”が出せないから、周りにいろいろ言われてるけど。結成当初はわりと期待されてたんじゃないかしら。じゃないとあんな無駄に立派な本部を与えられるとは思わないもの」

    エレン「それは……どうだろうな。本当に期待されてたんなら、もう少し立地とか、効率とか考えた場所に本部が建てられたんじゃないか? 調査兵団の目的は“壁外の調査”だぞ?」

     現にそれが理由で使われてないんだし。

    クリスタ「んー……ねえ。今さらなんだけど、本当に調査兵団の目的って“壁外の調査”なのかしら」

     その言葉に、少し先を行く変人が微かに反応したように見えたが……気のせいか。

    エレン「どういう意味だ?」

    クリスタ「……調査兵団が結成されてから、大体百年ってところかしら。その間に多少なりとも成果をあげているけど、巨人という存在に対する本質的な謎や領外については殆ど判っていない」

     ──巨人。

    あれらについて判明していることは少ない。

    うなじが弱点──というのもどういう経緯があって判明したかは知らないが。

     巨人化した『エレン・イェーガー』がうなじの部分から姿を現したのを考えると、何故“うなじ”が弱点なのかはいくつか推測することはできる。

     例えば、“すべての巨人のうなじには人間が入っている”とか。

    ……まあ、それだと三メートル級の巨人の場合はどこにいるのかなどの疑問もあるが。子供でも入っているのか?
  13. 34 : : 2014/05/19(月) 19:38:00

     そんな俺の疑問を余所に、クリスタは話しを続ける。

    クリスタ「調査兵団……他の兵団もそうだけど、“一応”は王政府によって設立されたものじゃない? そしてそれらを設立したのには、何かしらの理由や目的がある筈なのよ」

     憲兵団だったら内地の安定を図るとかね、とクリスタは一旦そこで言葉を区切り、再び口を開く。

    クリスタ「そして調査兵団は名前の通り“調査”するのが役割──仕事とも言えるわね。で、ここ最近はその仕事で録に結果を残せてない」

    エレン「…………」

    クリスタ「普通さ、まともな結果を出せず、周りからは税金の無駄遣いだのなんだのと罵られている──悪い言い方をすると“無能”な連中を、いつまでも使うと思う? 残すと思う? 私なら即座に切り捨てるわ。だって無能なそいつらのせいで不満を向けられるのは王政府(自分)なのだから」

     ……確かに。いつまでも使えない奴らを残して自分が面倒を被るくらいなら、とっととその原因を取り除いた方が利口だろう。

    “それを取り除けない理由があるなら話は別だが”

    クリスタ「それなのに、お偉いさん方は一向にその無能を排除しようとしない。むしろ我関せずと放置しているようにも思えるわ」

    エレン「……それはつまり、調査兵団は壁外の調査云々以前に、兵団が“存在”することそのものになんらかの意味があるってことか」

    クリスタ「断定はできないけどね。そもそも今までの話は私の勝手な推測だし、明確な証拠や根拠があってのものじゃないから」

     そう言って手をヒラヒラさせるクリスタ。

    彼女自身、元はそれなりの権力を持つ家の生まれであり、なんでも“壁”の秘密を握る家系という話だが、それは最早過去のこと。付け加えると別世界での話だ。

     この世界は俺達が元いた世界と非常に類似しているから、もしかしたらその秘密も同じような内容かもしれないが……残念なことに、彼女はその秘密を知る前に“死んでしまっている”。

     こっちの『クリスタ』なら既に知らされている可能性もあるのだが──世界が違う以上、『彼女』が“あの家”の生まれではない可能性もある。

     ──まあ、壁の秘密が調査兵団の存在理由に繋がるとも考えづらいのだが。

    エレン「仮にお前の話が本当だとして、調査兵団が存在する理由ってなんだろうな。巨人を殺す──ていうのはないな。奴らとの戦闘は積極的に避けてるって聞いたし」

    クリスタ「んー……そうね。私の予想は──」

     クリスタがその先を口にしようとした直後、「お二人さーん、着いたよー」と前にいる変人さんから声が掛けられた。

    クリスタ「話はまた今度にしよっか」

     その言葉に「そうだな」と短く答え、俺は目の前にそびえ立つ城を見据える。

    エレン「ほんと、見た目だけは立派だな」

    クリスタ「元はお城って話だしね」

    エレン「それが今や、ひとりの人間を囲うための“檻”だ」

    クリスタ「いいんじゃない? 城を檻として使っちゃいけないなんて決まりはないんだし」

     馬を小屋の中に繋ぎ、妙にテンションの高い変人さんの後に続いて、俺達は檻の中へ足を踏み入れた。

  14. 38 : : 2014/05/25(日) 20:06:16
    ハンジ「こんにちわー」

     中に入ると、室内に居た彼らから俺達に視線が向けられる。全員顔見知りだが、彼ら──“リヴァイ班”の連中とは別段親しいわけでもない。

     俺は軽く会釈して挨拶を終わらせる。

    リヴァイ「エレン、あいつだ」

    『エレン』「……ハンジ分隊長」

    ハンジ「やあエレン、審議の日以来だね。元気だったかい?」

     席につき、目の前に座る『エレン』に笑みを見せる変人。俺とクリスタは彼らから一歩離れた位置に立ち、様子を窺う。

    『エレン』「あ、はい……えっと、ハンジ分隊長はどうしてこちらに? それと──」

    ハンジ「私は今、捕らえた二体の巨人の生態調査を担当していてね。その件でちょっとエレンにも協力してほしくて……まあ、許可を貰いに来たんだよ」

     「で、こっちの二人は──」と俺達を見て続きを言おうとした変人だが、それをひとりの人間が遮る。

    リヴァイ「そいつらはお前の“護衛”だ、エレン」

    『エレン』「え──ご、護衛、ですか?」

    ハンジ「ちょっとリヴァイ、今は私が話してたんだけど」

    リヴァイ「うるせぇ」

     吐き捨てるように言うと、兵長さんは俺を見て黙りこんだ。

     ──ああ、説明するのは俺なのね。

    エレン「……あー、調査兵団の“団長”からの依頼で、お前を護衛することになった。何度か会ったこともあるが……ま、よろしくな、『エレン・イェーガー』」

     説明というか、自己紹介に近い形になったが、まあ気にしなくていいだろう。何から何まで誰かが教えてくれるとは限らない。少しくらい自分で考えさせるのも必要だろう。

    決して話すのが面倒だからというわけではない。

    ハンジ「まあそのあたりの詳しい説明は追々していくとして。エレン、実験の話なんだけど、許可は貰えるかな?」

     俺の話しに何か言いたそうな表情をしていた『エレン』だが、変人に話を振られ、そちらに意識を向ける。

    エレン「許可については、自分に権限はないので……」

    ハンジ「リヴァイ、明日の『エレン』の予定は?」

    リヴァイ「……庭の掃除だ」

     掃除かよ。

    ハンジ「じゃあ大丈夫だね! 決定! エレン、明日はよろしく」

    『エレン』「えっ……は、はい」

     無言の兵長さんの前で握手を交わす二人。

    変人は気にしていないようだが、『エレン』はチラチラと隣の兵長さんを気にかける素振りをみせる。

    周りのリヴァイ班の連中はどこか諦めた様子でそのやり取りを見つめ、隣のクリスタは仕切りに自分の指と俺の指を絡めたりほどいたりを繰り返している。

    なにしてんの? と視線で問うと、小さく「暇」と返してきた。

    ……暇潰しに俺の指を弄るのはどうなんだ。いや、別に嫌じゃないからいいんだけどさ。

    『エレン』「ところで、巨人の実験とはどういったものなんですか?」

     ──直後、空気が変わった。

    兵長さんは目を伏せながら立ち上がり、他の面々は「ああ、やっちまったよこいつ」とでも言いたげな視線を『エレン』に向ける。

    ハンジ「ふふ、やっぱり、聞きたそうな顔をしていると思ったよ」

     キラリと輝く、変人の眼鏡。室内にはレンズを照らす明かりなど無い筈なんだが……目の錯覚か?

    『エレン』「え、あの……」

    ハンジ「そんなに聞きたかったのか……だったらしょうがない」

     次々と席を立つ周りに困惑する『エレン』だが、変人はそんなのお構いなしに言葉を発する。

    ハンジ「聞かせてあげよう、今回捕まえたあの子達について」


  15. 39 : : 2014/05/26(月) 20:25:43
     その後、変人による巨人についての講義は翌朝まで続いた。

    俺とクリスタは『エレン』を護衛しなくてはならないので、互いに睡眠を取りながら変人の話を半ば流しながら聞いていたのだが……『エレン』はそうはいかない。

    ハンジ「今まで話したのは訓練兵の時に教わった筈だ。エレンも知ってるよね?」

    『エレン』「はい……全部、知ってました……」

     目の下に隈を作り、どこか悟った表情を浮かべるその姿には同情せざるを得ない。

    クリスタ「たった一日夜更かしした顔じゃないわね、あれ」

     言って、ふぁ、と欠伸をするクリスタ。

    クリスタ「あの人が変人って呼ばれる理由が判ったわ……まさか夜通し巨人について語るとはね」

    エレン「その内容も、殆どが兵士なら誰でも知っているようなことばかりだったがな。中には興味深いものもあったけど……あ、髪の毛跳ねてるぞ」

    クリスタ「ん、ありがと……興味深いっていうと、初めの方で話してたやつかしら? 確か、巨人の体が軽いとかなんとか」

    エレン「ああ。それと活動に日光が必要というのも気になるな。あとは──」

     俺が最後まで言い切る前に、バタンッ! という音と共に荒々しく扉が開かれた。

     見ると、肩で息をする兵士がひとり。

    「ハンジ分隊長! ハンジ分隊長はいますか!?」

     ガタッ、と音をたてて変人と『エレン』が腰を浮かす。俺とクリスタは椅子に座りながら、息を整える兵士を黙って見据える。

    「巨人が──被験体の巨人二体が殺されました!」


  16. 41 : : 2014/05/27(火) 16:19:50

              ◆

    ハンジ「あああああああああっ! ソニーッ! ビーンッ!」

     煙をあげる二つの死体の前で、頭を抱えて泣き叫ぶ変人を見つめる。

    見兼ねた兵士が落ち着かせようと近寄るが、あいつは叫ぶのをやめない。


     ……よっぽど気に入ってたのかね、あの巨人達が。ただの実験動物が死んだって反応じゃないし。

    それにしても、人類にとって貴重な“生きた巨人のサンプル”を殺す奴がいるとはな。目的は──なんらかの巨人の秘密を人類に知られるのを恐れたから、か?

    エレン「どう思う?」

     隣に立つクリスタに問う。

    クリスタ「何が?」

    エレン「殺した理由」

    クリスタ「……そうね、余程巨人に対して強い憎悪があって、その矛先を身近にいたあれに向けたか……もしくはこれ以上巨人の実験をしてほしくなかったか。そんなところじゃない?」

     どちらにせよ、人類にとっては大きな損失よね。と、彼女は未だに叫んでいる変人の側にある死体に目を向ける。


     ──そこでふと、『エレン』の方へと視線を動かす。周りをリヴァイ班に囲まれている中、『エレン』は調査兵団の団長さんと何やら小言で話をしていた。

    その様子を見ていたら、あちらも俺の視線に気づいたようだ。『エレン』との話を終え、こちらに近づいてきた。

    エレン「あいつと何話してたんだ?」

    エルヴィン「なに、少し気になることがあってね。君達にはあまり関係のないことだよ」

    エレン「ふうん。関係ない、ね。まあ俺達は所詮雇われの部外者だ。あんたら兵団のいざこざに興味もないし、積極的に関わるつもりもない。“頼まれたら別だがな”」

    エルヴィン「ふ、そうか」

     互いに視線を交わし、同時に口角を吊り上げる。

    エレン「で、何か頼み事でも?」

    エルヴィン「…………いや、今は特にない。君達には引き続き『彼』の護衛と“監視”を頼む」

    エレン「判った。……ああ団長さん」

     立ち去ろうと後ろを向いた団長さんに声をかけると、彼は「なんだ?」とこちらを振り向く。

    エレン「俺は少なくとも、二人以上は“こちら側”にいると思うぞ」

     一瞬目を見開くと、そうか、と一言だけ返し、団長さんは人混みに紛れて姿を消した。

  17. 42 : : 2014/05/28(水) 10:17:25

    《疑えよ。信じるよりは楽だろう?》


     人が引き潮のように去っていくのを、壇上の影から見つめる。実際に海を見たのは数回しかないが、この光景はその例えでも間違いではないだろう。

    潮が引き、残された者達を壇上から見下ろす男は、静かに口を開く。

    エルヴィン「君達は、死ねと言われたら死ねるのか?」

     ……相手によるだろうなあ、と思いながら、俺は隣のクリスタを横目で見た。

    クリスタ「……私は“死ね”なんて言わないわよ」

    エレン「知ってるよ」

    クリスタ「一緒に死んでくらいは言うかも」

    エレン「おい」

     「冗談よ」とクスクス笑うクリスタ。

    ため息をつきながら彼女から視線を外すと、残っていた訓練兵──今この時から調査兵団の一員となる彼らは、皆心臓を捧げる意思を示す敬礼のポーズをとっていた。

    王への忠誠を誓うものらしいが、今の俺は見ず知らずの人間に心臓を捧げるなんてマネはできない。昔の俺なら──、いや、あの頃も今とそんなに変わらないか。ただ巨人を殺したかっただけだったし。

    クリスタ「結構残ったわね。上位の連中は──アニ以外は皆いるみたい」

    エレン「ジャンやコニーがいるのは意外だな……しかしまあ、あいつら顔が酷いことになってるな」

     ミカサは平然としてるけど。

    クリスタ「『私』なんて泣いてるじゃない。まったく、泣くくらいならよせばいいのに」

    エレン「つうか、なんでこっちの『クリスタ』は調査兵団に……」

    クリスタ「誰かの役に立って死にたいからよ。その為には、一番身近に“死”がある調査兵団に入った方がなにかと都合がいい。大方こんなところでしょ」

     「──ま、今の私はそんなのまっぴら御免だけどね」と、クリスタは肩を竦めてため息を吐いた。



     俺達がそんなやり取りをしている間に、新兵勧誘式は終わった。

    この場に残った二十一人の兵士を加え、調査兵団は一ヶ月後の壁外遠征への準備を進めていくことになる。

    目的は、“表向きは”『エレン・イェーガー』の生家のあるシガンシナ区までのルートの確保。これはあくまで試しの段階であり、無理をする必要はなく、生きて帰ることが目標である。

     そして本当の目的は──


    内側に潜む敵を、“人類の希望”である『エレン・イェーガー』を囮に誘い出すこと。


  18. 44 : : 2014/05/29(木) 11:07:13
              ◆

     閉じていた瞼を開く。

    ふかふかとは到底言えないベッドから体をお越し、軽く首を回す。

    隣で眠るクリスタの頭を撫でながら、空いた手で口を覆って欠伸。


     リヴァイ班が利用している旧本部の一室で、現在俺とクリスタは寝泊まりしている。『エレン』を護衛するにはできるだけ近くにいる必要があるといった理由から、俺達は空き部屋のひとつを与えられた。

    クリスタ「んんぅ」

     寝返りをうち、クリスタの体に掛かっていたタオルケットがずり落ちる。

    目に映り込んだのは、一糸纏わぬ彼女の裸体。

     …………。あー。

    エレン「襲うか」

    クリスタ「エッチ」

    エレン「……起きたのか」

    クリスタ「起きてたのよ」

     つまり、寝返りをうったのもわざとか。

    クリスタ「もう、エレンったら、昨日あれだけシタのにまだヤり足りないの?」

    エレン「所々イントネーション変えるのやめなさい」

    クリスタ「エッチ」

    エレン「いやどこが。つーかお前まともに会話する気ないだろ」

    クリスタ「けだものー、エレンのけだものー。朝っぱらからナニをする気だー」

    エレン「何もしないから。お前まだ寝惚けてるだろ……もう少し寝てていいぞー、まだ時間あるし」

    クリスタ「そして二度寝した私を襲う気なんだ。いやん、エレンったらSなんだから」

    エレン「…………」

    クリスタ「なんて、冗談よ、じょうだ──あれ、ちょっとエレン? エレーン、今のは冗談だから。ねえ聞いてる? ひゃ、ちょっ、くすぐった──あっ、そこは──んっ……あっ……」


     閑話休題。


     朝っぱらからの情事を終え、今は『エレン』の少し後ろをついて町中を歩いている。『彼』の側には兵長さんとリヴァイ班の内の一人──確かグンタとかいう男がついている。

    本来、“いい意味でも悪い意味でも”有名な『エレン』は、あまり人前に出るべきではないのだが……今日は兵長さんが団長さんに用があるとかで、必然的に彼の監視対象である『エレン』も同行することになった。

  19. 47 : : 2014/05/30(金) 14:40:39
    リヴァイ「少し待っていろ」

     そう言い残し、兵長さんは団長さんの執務室へと入っていった。残された『エレン』とリヴァイ班の一人は部屋の前で待機。

    俺とクリスタは少し離れた位置で、壁に背を預けて立っている。護衛なのだから、その対象の近くにいた方がいいのだろうが──少なくとも“調査兵団”の施設内なら、そこまで警戒する必要もないだろう。

     あの団長さんが無能ではないという前提があってだが。

    クリスタ「今日はあまり調査兵団の兵士を見ないわね」

     左右に首を振り、通路を見渡したクリスタが言う。

    エレン「新兵が入ってきたからな。一ヶ月後の壁外遠征についての指導でもしてるんじゃないか?」

    クリスタ「指導ねぇ。……そういえば、その一ヶ月後の作戦、私達はどうすればいいのかしら」

    エレン「……そういやそうだな」

     団長さんからは特に何も言われてないし……勝手に行動するのはまずいか? いや、あの男なら「好きにやってもらって構わない」とか言いそうな気もするけど。

    エレン「ま、何かあれば言ってくるだろうし、今はあいつの護衛に専念しよう」

    クリスタ「そうね。手を抜いたりして雇われ料が減るのは嫌だしね」

    エレン「だな」

     雇われ料。つまり金だ。

    この依頼を受ける際、報酬のひとつとして定期的に金を寄越すことを団長さんに要求した。

    別世界から来た俺達には、この世界で生活するために必要なものを何一つ持ち合わせていない。とりあえず金さえあれば食料や寝床の確保はなんとかなると考えたのが理由だ。

     ちなみに、初めの頃はクリスタがどこからか金を調達していたのだが、その出所を俺は知らない。

    前に一度訊いたんだが、「先に仕掛けてきたのは向こうだから、私は悪くない」とかなんとか。



    クリスタ「あ」

    エレン「どうした? ……あ」

     クリスタの声に反応し、彼女の視線の先を見てみると──通路の先にいる、金髪の少女の姿を視界に捉えた。

    どうやらあちらも俺達に気づいたようで、こちらに早足で近づいてくる。
  20. 48 : : 2014/05/30(金) 15:44:39
    期待です!
  21. 49 : : 2014/05/31(土) 17:29:23
    >>48
    ありがとう!



    『クリスタ』「こんにちわ、アリスさんに……エ、エレンさん」

    クリスタ「ふふ、こんにちわ」

     俺の名前でつまずいた『自分』に、クリスタは可笑しそうにしながら挨拶を交わす。

     俺はただ手を挙げてそれに応える。

    『クリスタ』「あの、お二人はどうしてここに?」

    エレン「ん? あー……ちょっと団長さんに用があってな」

    『クリスタ』「団長さん……エルヴィン団長にですか?」

    エレン「ああ」

    「もう用は終わったんだけどな」と続け、俺は会話を切った。


     俺達が『エレン・イェーガー』の護衛だというのは一部の人間のみ明かされている。他は精々どこかの兵団の関係者程度にしか認識していないだろう。

    まあ、頻繁に団長さんやら兵長さんと顔を会わせているから、内心どう思っているのかは判らないが。

    クリスタ「貴女の方はどうしたの? 団長さんに用事?」

    『クリスタ』「あ、いえ。今は休憩時間で……気晴らしに歩いてただけです。あと少ししたら戻りま──」

    「あれ? お前──クリスタか?」

     「す」と『クリスタ』が言い終わる前に割り込んできたのは、先程まで団長さんの部屋の前で待機していた『エレン』だった。

    見ると、奥の方では鋭い目付きでこちらを見つめている兵長さんの姿が。どうやら団長さんとの用事は終わったようだが……あんたはこいつの側にいなくていいのか?

    『クリスタ』「あ、エレンさ──、エ、エレン? どうしてここに? 別の場所にいるんじゃ……?」

     妙に緊張している様子の『クリスタ』。こっちの世界の俺達はあまり関わりは無さそうだと思っていたが、あながち間違いじゃなかったのかもしれない。

    『エレン』「あー、リヴァイ兵長がエルヴィン団長に用があるってことで、監視対象の俺も一緒にな。つーかクリスタ、お前調査兵団入ったんだな。憲兵団にでもいくのかと思ってたんだけど……」

     対する『エレン』の方も、頭の後ろに手を当てどこかぎこちなさそうに答える。

    『クリスタ』「あ、うん。私も──皆の役に立ちたかったから。それに憲兵団は……と、ところで、エレンは元気にしてる? 皆心配してるよ? ミカサなんて特に。あっ、勿論私もだよ?」

    『エレン』「あ、ああ、俺はまあ、元気にやってるよ。ミカサにも伝えといてくれ」

    『クリスタ』「? 会っていかないの? ミカサもここにいるよ?」

    『エレン』「リヴァイ兵長、待たせてるからさ。今もちょっと無理言って時間貰ってるから、あまり我が儘言ってられないんだ」

     そう言って苦笑いする『エレン』に、『クリスタ』はどこか心配そうな顔を浮かべ。

    『クリスタ』「そうなんだ……エレン、あんまり無茶しちゃダメだよ? エレンの立場は、その──“私なんかとは”全然違うから、色々と大変だろうけど……あんまり背負いすぎちゃダメだからね」

     ──私みたいに、と、最後に小さく呟かれた言葉は『エレン』には聞こえなかったようで、彼は少し嬉しそうに笑いながら「ありがとな」と告げた。

    リヴァイ「エレン、いつまでかかってる」

    『エレン』「あ、す、すいませんっ。じゃあなクリスタ、えっと……また、な」

    『クリスタ』「えっ、あ、うん……またね」


     早足で兵長さんの下へ向かっていく『エレン』の後ろ姿を見送ると、彼女はこちらに振り返った。

    『クリスタ』「私も戻ります。時間、そろそろなので……」

    クリスタ「あらそう、もう少しお喋りしたかったんだけど、仕方ないわね。……ところでクリスタちゃん、貴女、ここまで一人で来たの?」

    『クリスタ』「え? そうですけど……何か?」

    クリスタ「……そう。いえ、特に何かある訳じゃないわ。それじゃ、訓練頑張ってね」

    『クリスタ』「はいっ」

     最後に俺達に頭を下げると、『クリスタ』は駆け足でこの場を去っていった。



     …………さて。

    エレン「話すのは後にした方が良さそうだな」

    クリスタ「そうね。動くのも……もう少し『エレン』達が離れてからにしましょうか。兵長さんも“コレ”には気づいていたでしょうし」

    エレン「そうだな」

    クリスタ「……それにしても初々しかったわねえ、あの二人。私達とは大違い」

     自然体を装うためか、俺に話題を振ってきたクリスタは、先程までの『エレン』らの会話を思い出してかクスッと笑みを洩らす。

    エレン「いや、出会った当初は俺達も似たようなものだったろ」

    クリスタ「──え、そうだっけ?」

    エレン「忘れたのか? お前なんて、緊張して何回も俺の名前噛んでただろ」

    クリスタ「……そうだったかしら?」

    エレン「ああ。他にも──」


  22. 53 : : 2014/06/01(日) 16:14:21

              ◆

     後日。

    俺とクリスタに『エレン』と兵長さん、やけにテンションの高い変人に……どういうわけかあの変態匂いフェチ野郎を含めた面々で、ひとつの涸れ井戸を囲んで立っていた。



    リヴァイ「お前を半殺しに留める方法を思い付いた」

     始まりは、兵長さんのその一言だった。

    黒板に白いチョークによって描かれた人体を単純化して模した図を指しながら、兵長さんはその半殺しに留める方法とやらを、俺とクリスタを含めたリヴァイ班の面々に話した。

     ──うなじの肉ごと『エレン』を巨人の身体から切り離す。

    言葉ではたった一言で表せるが、実際にやると中々に難しい。というか面倒臭い。

    うなじの中は当然目視できない。大体の位置は判るが、それでも『エレン』の肉体を傷付けずに切り離すのは困難だ。

    “ただ切り離す”のならそこまでの難易度ではないが、万が一中にいる『エレン』を殺してしまっては洒落にならない。

    まあそれは、『エレン』に利用価値があると判断されている今だからこそなのだが。

     兵長さんはうなじごと切り離す際、『エレン』の四肢をぶった切って取り出すと言った。どうせ後から生えてくるんだからいいだろ、と。

    だがそれには確証がない、だから実際に試す。ということで、変人分隊長さんが意気揚々と作戦を立てた。

    独断で実験なんてしていいのかと思ったが、どうやら既に団長さんの許可は取ってあるらしい。

    用意のいいことで。


     そして現在、『エレン』は変人に指示され、涸れ井戸の底に立っている。

    「この涸れ井戸の中なら、たとえ自我がなく暴れられても抑えられる……と思う」と変人は言うが……涸れ井戸程度ぶっ壊して出てこれそうな気がするんだよな。口には出さないが。



    ハンジ「こっちの準備ができたら信煙弾で合図するから、それ以降の判断は任せたよ! ──よし、それじゃあ私達は離れようか」

     言われ、馬に乗って涸れ井戸から距離を取る俺達。

    さっきから変態野郎の視線が俺に向いているのが気になるが、特に何かしてくるような気配もないから放っておく。というか何かあっても放っておく。関わりたくない。

    クリスタ「ねえ」

    エレン「判ってる。ただ何かしようとしてる訳でもなさそうだし、放っておいて──」

    クリスタ「アレ、始末してきていい? さっきから私の貴方をジロジロ見詰めて……イライラするんだけど」

    エレン「待て待て焦るな。別にあの変態が死んでも何ら困ることはないが、今アレを殺すと面倒な事態になる」

     主に調査兵団が敵に回る。

    クリスタ「貴女は私のモノ。それに手を出そうとする奴は生かしておかない……」

    エレン「手は出されてないから。出されたのは鼻だから」

    クリスタ「ふうん、そういえばそんなこと言ってたね……あの鼻切り落とす」

    エレン「……とりあえず落ち着け」

     一瞬鼻くらいならいいと思ってしまった。



     俺がクリスタを宥めているうちに準備ができたのか、ドオォン、という音と共に空に信煙弾が放たれた。

    それから暫らくの間、遠くから井戸を観察していたのだが……『エレン』からは何の反応も返ってこない。

    変人と兵長さんが井戸に近寄っていくので、俺とクリスタも続いて近づく。

    リヴァイ「実験は一旦中止だ」

    ハンジ「エレーン、何かあったの?」

     俺とクリスタも二人のように涸れ井戸の底を覗き込むと、そこには口回りや手に血を付けた『エレン』がこちらを見上げながら、半ば唖然とした表情で口を開いた。

    『エレン』「あの、ハンジさん……巨人になれません」
  23. 56 : : 2014/06/02(月) 19:12:56
     結論から言うと、『エレン』は巨人にはなれなかった。

    だがトロスト区奪還作戦の際、意識は無かったとはいえ確かに巨人化には成功している。何かしらの条件が必要なのか、もしくは今回に限り偶然失敗したのか……。

     隣にいるクリスタに水の入ったコップを手渡しつつ、チラリと『エレン』のいる場所へ目を向ける。

    リヴァイ「お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる」

    『エレン』「……はい」

    リヴァイ「命令だ。とっとと何とかしろ」

     ……怒られてたよ。いや、あれは兵長さんなりの励ましなのか? どちらにせよ口が悪いことに変わりはないけど。

    クリスタ「落ち込んでるわね、『彼』」

    エレン「実験に失敗なんて付き物なのにな。ところで、機嫌直ったか?」

    クリスタ「やめて。あいつの顔思い出したらイライラしてくるから」

    エレン「……そうか」

     実際に目にして、どうやらクリスタは変態野郎のことをお気に召さなかったようだ。

    今あの変態は近くにはいないが、実験中常に俺に視線を向けていたのが余程気に食わなかったんだろう。

    そもそもあいつが俺を見ていた理由はなんだ? 団長さんにでも監視するように頼まれたか……だが、それならあんな露骨に監視だとばれるような真似はしない筈。

    じゃあ私怨か? 特にこれといって何かした記憶はないんだが……内心罵詈雑言の嵐だけど。

    ……まさか読心術を使えるなんてことはないよな? いろんな世界を巡ってきたが、読心術を使える人は意外と少なくなかったんだよなあ。ある赤い請負人には「ちょっと練習すりゃできる。つうかできない奴なんていねえだろ」とか言われたし。

     ──あれはあの人が異常なだけか。俺できないし。


     かつて出会った初めての理不尽とも言える存在を思い浮かべていると、クリスタから声を掛けられた。

    クリスタ「ねえ、私もう一杯貰いに行くけど、いる?」

     空になったコップを掲げながら訊いてきた彼女に、俺は頷こうとして────突如として耳に入ってきた爆発音に、その動きを止めた。

     音のした方へ顔を向け、場所を確認すると同時に一気に駆け出す。

    「なんだ!? 何の爆発だ!?」

     周りの兵士達の叫び声は一切無視。

    爆発のあった場所に着くと、恐らくこの騒ぎの原因であろう“巨大な影”を背にして、目の前に立ついくつかの人影に対峙する。

    クリスタ「また面倒な事態になったわね」

     そう言って隣に立つのは、俺と同時に駆け出し、さらに同時にこの場にたどり着いたクリスタ。

    彼女はチラリと背後を盗み見ると、「はぁ」と小さくため息をつく。

    『エレン』「なっ、なんで──どうして、今になって──っ」

     焦りを含んだ『エレン』の声。

    リヴァイ「落ち着け」

    『エレン』「! リヴァイ兵長、これは──っ」

     俺の横──クリスタとは逆隣から発せられたその声に反応した『エレン』だが、視界に映り込んだ光景に思わず息を呑む。

    リヴァイ「落ち着けと言っているんだ、お前ら」

     “武器を構え、今すぐにでも『エレン』を殺せる体勢をとっているリヴァイ班”が、そこにいた。

  24. 59 : : 2014/06/05(木) 21:36:00

              ◇

     ──ああ、本当に、ほんっとうに今日はイライラする日ね。

    爆発のあった場所へと向かって駆ける最中、私は今日の出来事を振り返っていた。



     『エレン・イェーガー』の巨人化についての実験を行う際、私達が同行するのは当たり前だ。仮にも護衛なのだから、対象の近くにいるのは極々普通なこと。

    眼鏡をかけた変人分隊長がいるのも判る。実験の計画はあの人が立てた訳だし、見届ける責任もある。

    兵長さんやリヴァイ班の連中が一緒なのも理解できる。万が一『エレン』が暴走した際に止める役目なのが兵長さんであり、その部下であるリヴァイ班が彼と共に行動するのは自然なことだ。

     そう、彼らは自然なのだ。…………だけどアレはなんなの? なんであいつはここにいるわけ?

    いや、そんな理由今はもうどうでもいい。周りに何人も兵士はいるんだし。問題なのは、あの“変態匂いフェチ髭野郎”がずっと私のエレンを見つめていること。

    何してるの? あの人を見つめていいのは私だけなのに。百歩譲ってただ見るのは構わない。話すのも……別にいい。他の人はね。

    けどね、お前は駄目よ。匂いを嗅いだだけでも許しがたいのに……というかなんでその話をエレンから聞いた時に始末しに行かなかったのかしら。我ながら不思議だわ。話を聞いた後に彼とイチャついたのが原因かしら?

    ……まあいいや。過ぎたことは忘れよう。ただ現在進行形で私のエレンを見つめているアレを消せないのは歯痒いわね。見られてる本人から止められてるから手は出せないし……。


     エレンから渡された水を飲みながら、手を出したいのに出せない、そんな苛立ちを彼との触れ合いで鎮めていた中起きた騒動に、漸く鎮まってきていた苛立ちが再び甦ってきた。

     ──チッ、と、無意識のうちに舌打ちをしていた自分に気が付く。

    昔の──誰にでも優しくしようとしていた“クリスタ・レンズ”だった頃の私からは考えられない行為。

     「……あはっ」と、あの頃の仮面を被っていた自分を思い出し、私は静かに笑った。

     ──くだらない。昔の私はなんて馬鹿なことをしていたんだろう。“誰かに優しくすれば自分も優しくしてもらえる”なんて、そんな都合のいいことこの世にあるわけないのに。

     ○○○○○の頃だってそうだったのに──。



    クリスタ「また面倒な事態になったわね」

     爆発地点に着くと、私はエレンの隣に立ち、眼だけを動かし周囲を見渡す。

    煙が視界を遮る中、こちらに──というより後ろにいるでかい物体に殺気を向ける気配に気づく。

    ……そりゃあ怖いのも無理はないかもしれないけど、仮にも同じ班の一員でしょうに。警戒心が高いのか、ただ臆病なだけなのか……そのどっちもかな。

     なんにせよ、私達の仕事は『エレン・イェーガー』を守ること。“一番初めの相手が調査兵団になるとは思わなかったけど”、まあ仕事は仕事だし。

     遠慮なくやらせてもらおっかな。ついでにストレスの捌け口になってもらおうっと。

    あまりやり過ぎると団長さんあたりに怒られそうだけど、ま、大怪我させない程度なら問題ないでしょ。

     ──さあて、最初に手を出してくるのはどいつかな?
  25. 60 : : 2014/06/06(金) 20:30:27

              ◆

     隣のクリスタから何やら妙にやる気に満ちた気迫を感じるのだが……それは置いておこう。やばそうだったら止めればいいし。

     兵長さんが『エレン』と殺気立っているリヴァイ班との間に入り制止の声を掛けるが、班の奴らはそれを無視して『エレン』の周りに展開する。

    エルド「エレン! どういうことだ!? なぜ今許可もなくやった!? 答えろエレンッ!」

    オルオ「答えろよエレン! どういうつもりだ!?」

    『エレン』「っ──!? お、俺は──」

     叫び、自分を睨み付ける二人に、『エレン』は困惑と恐怖が混じりあったような表情を浮かべる。

    「お前ら、落ち着け」と兵長さんが再度制止の声を二人に掛ける中、横から別の人間の声が放たれる。

    グンタ「いいや、そりゃあ後だ……」

     ザッ、ザッ、と土を踏み締める音が『エレン』に近づく──が、俺が間に入ることでその歩みは止まる。

    一瞬目の前の男と目が合ったが、どうやら俺に意識を向ける暇はないらしい。すぐさま目を逸らし、『エレン』に鋭い目を向ける。

    グンタ「証明してくれ──俺達に、いや……人類に敵意がないことを」

    『エレン』「えっ……!?」

    グンタ「証明してくれ、早くっ──! お前にはその責任がある!」

     無茶言うなあ、と思いながら、後ろにいる『自分』に少し同情した。本人すら現状を理解できてないうえに、仲間だと思っていた者達から敵意を向けられて。

    俺が同じ立場だったら今頃怒鳴り散らしてるな。“勝手なことばかり言うな”って。

    『エレン』「せ、責任って──ちょっと待ってくださ──」

    オルオ「動くな! その腕を少しでも動かしてみろ! その瞬間てめえの首が飛ぶ!」

    『エレン』「っ──」

    オルオ「できるぜ! 俺はっ! 本当に! 試してみるかっ!?」

     ブレードを構える男に、今度はクリスタが『エレン』との接触を阻むように間に入る。こちらは俺と相対した奴より血の気が多いようで、割り込んできたクリスタにも敵意を向けている。

     ……アイツ殺していいかな。

    リヴァイ「落ち着けと言っている! オルオ!」

     三度目となる兵長さんの制止。

    これはどちらかと言うと『エレン』の心配ではなくて、オルオとかいう男の身を案じての台詞かもしれない。

    この中で俺とクリスタの規格外さを“実際に見て知っているのは”兵長さんだけだ。俺が軽く苛立ちを覚えているのを察して止めに入ったのかもしれない。

    現に兵長さん、チラッとこっち見てたし。

    ペトラ「危険です兵長! エレンから離れてください! 近すぎます!」

    リヴァイ「離れるのはお前らの方だペトラ。下がれ」

    ペトラ「っ──なぜです!?」

    リヴァイ「俺の勘だ」

     勘かよ。

    ペトラとかいう女と兵長さんが言い合う中、他の連中はさらに『エレン』に向かって好き勝手に言葉を吐き出す。

    エルド「どうしたエレンッ! 何か喋れよ!」

    『エレン』「うっ──あ──」

    オルオ「妙な動きはするなっ!」

    グンタ「エレン! 早く証明しろ!」

     連中が移動するにつれ、俺とクリスタも『エレン』を守るように移動する。ブレードを抜いてる時点で叩き伏せてもいいのだが……手を出してこないうちは様子見に留めておく。

    『エレン』「だからっ、ちょっと待っ──」

    オルオ「動くなと言った筈だ!!」

    エルド「答えろエレン!!」

    『エレン』「! だっ──」

    グンタ「エレン! 早くしろ!!」

    ペトラ「動かないでエレン! 兵長ッ!!」

     ……会話が成り立ってないな。各々言ってることがバラバラ。これじゃあ『エレン』も答えるに答えられないだろ、さっきから台詞遮られてばかりだし。


     …………。



    エレン「『エレン・イェーガー』」

  26. 64 : : 2014/06/08(日) 08:58:48
              ●

     ──今の、声は…………?


     その言葉は、この騒乱の中しっかりと『彼』の耳に届いていた。

    自分の身に何が起こっているのか判らず、短い付き合いながらも信頼を置いていた仲間からの理不尽とも言える非難の嵐。

    何を言っても受け止めてもらえず、まともに取り合ってすらくれない。精神的にも限界がきていた『彼』は、周囲を取り囲む彼らのように、ただむやみやたらに声を張り上げようとしていた。

     その刹那、なんの前置きもなく発せられた自分の名を呼ぶ声を耳にし、『彼』は不思議な感覚に陥った。


    「『エレン・イェーガー』」


     ──見ると、自分を見据えるひとりの男。名前は……よくよく思い返すと、『彼』はその男の名前を知らなかった。

    自分の護衛というのは聞いたが、それ以外は男のことを何も知らない。そもそもどうして自分に護衛が必要なのかも『彼』は判っていないが、今それを考える余裕はない。

     ──そう。確かに『彼』はこの男を知らない筈なのだ。しかしどういう訳か、『彼』はこの男に妙な親近感を覚えていた。

     それは家族に対する親愛のようで。

     それは友に対しての信頼のようで。

    会ったのはここ最近。加えて会話したのは数回しかないというのに、『彼』は目の前で自分と視線を合わせたまま動かない男に、言葉では表せない、強いて言えば尊敬に近い何かを感じていた。


    〇〇〇「エレ──   」

    〇〇〇「どうしたっ! はや──   」


     周りの音が遠ざかっていくような、不思議な感覚。誰が叫んでいるのかも、今の『彼』は理解していなかった。

     ただ、目の前の男と目を合わせたまま。

     まるで自分とこの男しか、今この世には存在しないのではないか。そんな錯覚に陥ってしまう程、『彼』は周囲の殆どを、思考から、視界から弾き出していた。

    「あ──」と、『彼』は小さく口を開く。

     ……が、そこから先の言葉が出てこない。

    何を話せばいいのか。何を言えばいいのか。何も無い。何でもいい。とにかくこの人と話したい。

     きっとこの人は────。


     中途半端に開いたまま固まっていた口を閉じて、一度深く呼吸する。

    そして『彼』が再び口を開こうとした、まさにその矢先──。


    「エレンエレンエレぇン!! 腕!! 腕!! その腕触っていいぃぃぃ!?」


     空気が、壊れた。

  27. 66 : : 2014/06/09(月) 21:24:55
              ◆

     気持ち悪い。

    視線の先で俺を見つめている『自分』に対して、俺が感じたのは決して好意的なものではなかった。

    言葉では言い表せないが……なんだろうな、この妙な気持ちは。嫌悪? 羞恥? ……よく判らない。

    けれど、いざこうやって真っ正面からしっかり相対してみると、改めて“こいつは俺とは違う人間”だと実感するな。

     エレン・イェーガーは“一”を選び。

     『エレン・イェーガー』は“多”を選んだ。

    これだけでも大きな違いだ。もし昔の俺があの時死なずに生きていたらこうなった可能性もあったのだろうか……まあ、今の俺はこうなりたいとは思わないけど。

    人類の希望なんてお断りだ。


     …………、それにしても。

    ハンジ「ねえねえねえぇっ! 触っていい!? その腕触っていいよねぇ!? いいんでしょ!? いいんだよねぇエレン!!」

    『エレン』「……っ──えっ!? ハ、ハンジさん!?」

     変人、ここに極まり。って感じだな。

    よくもまあ、あの殺伐とした空気をこうまでぶち壊してこれたもんだ。俺とクリスタは“何かが”近付いてきてるのを察知していたからそうでもないが、兵長さんを除く周りの殆どは呆気に取られてる。

    一人なんか突き飛ばされてるし。

    ハンジ「うおおおおおっ!」

    『エレン』「あっちょっと待ってくださっ──」

    ハンジ「あ──ついぃぃ!!」


     …………。

     一同、沈黙。

    ハンジ「なんだっこれ!! 皮膚無いとクッッソ熱い!! これ!! すっっげえ熱い!! うおおっ!!」

    「ぶ、分隊長! 生き急ぎすぎですっ!」

     膝を付き、髪を振り乱しながら天へと握った拳を掲げる変人に、ある兵士の男が額に汗を浮かべながら勇敢にも止めに入る。

    ──つうか、生き急ぎなんて言葉初めて聞いたんだが。死に急ぎの対義語か?

    ハンジ「ねえ!? エレンは熱くないの!? その右手の繋ぎ目どうなってるの!? よく見せてよ!!」

     変人の叫びを耳にしながら、俺はリヴァイ班の連中を軽く警戒しつつ、呆れた顔をしているクリスタの下へと移動する。

    クリスタ「……なに、アレ」

    エレン「見たままじゃないか?」

    クリスタ「……私、いろいろと不完全燃焼なんだけど。ついでにいろいろと爆発寸前なんだけど」

    エレン「どっちも何事もなく鎮静することは?」

    クリスタ「できる限りは頑張る。後は“貴方次第”ね」

     ……ああ、そう。

    つまり今夜も俺は眠れないと。


     クスクスと静かに笑うクリスタを横目に、俺は『エレン』のいる方を向いた。

    地面に座り込んでいる『エレン』に、何やら喚いている変人。そして煙を上げる巨人の腕らしきもの。

    過程は見ていなかったが、変人が頭を抱えて「まだ早すぎる!」「調べたいことあったのにいっ!!」とか叫んでいる様子からして……どうやら『エレン』が実験やら観察やらをする前に巨人化を解除したらしい。

    あれが巨人化と言えるかは微妙だが。

    クリスタ「あの様子だと、今日の実験は終わりかしらね」

    エレン「だろうな」

     先程までの喧騒が嘘のように静まり返った場を見渡しながら、俺とクリスタは互いにこの状況を気にした様子もなく、いつも通りの調子で言葉を交わした。


     こうして、この日の実験は終了した。
  28. 67 : : 2014/06/11(水) 08:59:14
     旧本部へと戻ってきた俺達。

    『エレン』は兵長さんと共に地下へ。変人は「上に報告してくる」と一先ずこの場を離れ、他は俺達を含めて広間で待機している。

    クリスタ「なに、この重たい空気」

     部屋の様子を見てか、隣から小さくそんな言葉が発せられた。

    クリスタの言う通り、リヴァイ班の面々は皆難しい顔つきをしている。誰一人として口を開かないのも相まって、部屋の中は暗い雰囲気が漂っている。

    エレン「さあ」

    クリスタ「興味無さそうね」

    エレン「実際興味無いしな。お前もそうだろ」

    クリスタ「まあね」

     ただあの空気に当てられるのは何かと面倒──というかウザイので、俺達は少し離れた位置に移動し壁に寄り掛かった。

    エレン「……そういえば」

     室内を見渡し、ふとあることに気がつく。

    エレン「あの変態、いつの間にかいなくなって──あ」

     まずい、と口に出した後に気づいてももう遅い。

    隣の彼女の雰囲気が変わった。ピクリ、と指先が動いたかと思うと、それ以降何の動作も起こさない。それがむしろ怖い。

    ……とりあえずは放置だな。触らぬ神になんとなやら。

     ──しかしまあ、言ってみて改めて思うが、あの匂いフェチはどうしてここに来たんだろうか。

    俺達の監視の線は薄い。あるとしたら『エレン』の実験を見にきたかだが……それはないな。確かに『エレン』にも意識は向いていたみたいだが、どちらかと言うと俺に対しての視線の方が多かったし。

    となるとやっぱり俺の監視……いや、監視と言うよりは──“観察”、か?


    「なあ」

     不意に、声を掛けられる。

    話し掛けてきたのは、リヴァイ班の……確かエルド、だったか。碌に話したこともないから名前がすぐに出てこない。

    エルド「お前達は……エレンの護衛なんだよな」

    エレン「ああ」

    エルド「怖くは、なかったのか?」

     ……何を言ってるんだこの人。

    エルド「エレンが巨人化した時、俺達はすぐに武器を構えてエレンに詰め寄った。あいつを抑えるのが役目というのもあるが……」

     ああ、そういうこと。

    エレン「恐怖なんて感じてなかったが」

    エルド「っ──何故だ?」

    エレン「何故って……おかしなことを訊くな。たとえあれが『あいつ』の意図的にせよ何にせよ、巨人程度に恐怖なんて感じるわけがないだろう」

     昔の俺なら判らなかったが。

    「貴方は……」

     信じられないと言った表情のエルドを眺めていると、今度は女の兵士──確か兵長さんがペトラとか呼んでたな。彼女が割り込んできた。

    ペトラ「巨人が、怖くないの?」

    クリスタ「失礼を承知で逆に訊くけど」

     唐突に会話に入ってきたクリスタ。

    クリスタ「貴女は巨人が怖いの?」

    ペトラ「……ええ、正直に言うとね」

    クリスタ「それは巨人という存在そのものが? それとも巨人に殺されることがかしら」

    ペトラ「それは……両方、かな」

    クリスタ「そ。だったら貴女には私達のことは理解できないわ。私達は巨人なんて怖くないし、“自分が”死ぬことにも然程興味はないから」

     さも当たり前のようにそう言い切ったクリスタに、今度は他の奴らも唖然とする。

    ペトラ「ど、どういうこと……? 死ぬことに興味がないって……」

    クリスタ「そのままの意味よ。私は自分が死のうがどうでもいいの。私が唯一絶対的に“怖い”と思うのは、この世でたったひとつだけ」

     ね? とでも言いたげに俺の方を向いてクスリと笑うクリスタに、俺も口許を緩めてしまう。

    ペトラ「それは──」

    クリスタ「話す気はないわよ。話したところで貴女達には理解も共感もできないだろうし。まあしてもらおうとも思ってないけど」

     そこまで親しいわけでもないしね。という言葉を最後に、クリスタは瞼を下ろして口を閉じた。

    それ以上クリスタが話す気がないと察したのか、ペトラは俺の方へと顔を向ける……が、生憎俺も話すつもりは毛頭ない。

    彼女とは目を合わさずに無言を貫くと、どうやら諦めたのか、小さな息を吐く音と共に視線が外されたのが判った。

  29. 69 : : 2014/06/11(水) 19:38:24
     それから暫く、室内が静寂に包まれていると。

    ハンジ「やあやあ待たせたね。思ったより報告に時間がかかっちゃって……まあ“それ以外”で手間取っちゃったのもあるんだけど」

     「あ、悪いんだけどリヴァイとエレン呼んできて」と同行してきた兵士に言い付け、変人は疲れたようにふうっと一息ついた。



    リヴァイ「遅かったな。クソでも長引いたか」

    ハンジ「いーや。快便だったけど。ただちょっと厄介なのに絡まれてね」

     呼ばれてきた兵長さんとのやり取りを切っ掛けに、変人は今日の実験について自分なりの解釈を語り始めた。

    俺も多少なりとも興味があったので話を聞いてみたが……変人の話が本当なら、どうやら『エレン』の巨人化はいくつかの条件を満たした場合でしか発動できないようだ。

     “自傷行為”に“目的意識”

    自傷行為についてはよく判らない。『エレン』自身にもそういうものだとしか理解できていないようだから、今のところは巨人化への切っ掛けと認識するしかなさそうだ。

    次の目的意識だが……変人が見つけた、巨人化した『エレン』の右手の指がつまんでいたティースプーンが、ある答えを推測させるに至った。

    巨人化する以前になんらかの明確な目的を持たなくては巨人にはなれない。今まで巨人化した状況から、変人はそう考えているようだが……。

     もしそれが本当なら、“世の中の巨人の行動はまさに異常と言える”。

    『エレン』「けど、ただスプーンを拾うために巨人になるなんて……なんなんだ、これ……」

     『エレン』が自分の手を見つめる。

    周りの連中が沈黙を続ける中、初めにこの静けさを破ったのは変人だった。

    ハンジ「私が甘かったよ……巨人になる方法だけじゃなく、人間に戻る方法も考え直したい──ところなんだけど、次の壁外調査までは陣形訓練とかで時間が無いし……」

    リヴァイ「作戦が破綻しかねないような無茶はしないってことか?」

    ハンジ「今回はね」


     そこで変人の話は終わり、後はリヴァイ班による『エレン』への謝罪やらなんやらだけなので割愛する。興味が無い。

    解散時、『エレン』からチラチラと視線を向けられていたが全て無視した。こちらから話すようなことはないし、何か用があるなら向こうから声を掛けてくればいい。

     そんなことより、俺は今まさに今夜のことを思い浮かべて顔がニヤケるのを我慢している彼女への対応に全力を注がなくてはならないのだ。

    対応に失敗したら朝までコース。成功したら……あれ? おかしいな、同じ未来しか想像できないんだが。

    …………。頑張るかー。
  30. 71 : : 2014/06/12(木) 20:49:01

    《鳥籠の外は自由かい?》


    「旧市街地を抜けたら援護班の支援はそれまでだ。これより先は巨大な陣形を組織して巨人から身を守る。俺達特別作戦班は──……」

     陣形を簡略化したを囲んで話すリヴァイ班を、俺とクリスタは声が聞き取れる程度の離れた位置で見つめる。

    クリスタ「あの団長さん、まさか私達みたいのまで作戦に組み込むとはね。意外だったわ」

    エレン「『エレン』の護衛だからな。相手が巨人だろうがそれは変わらないってことだろ。少しでも戦力が欲しいっていうのもあるんだろうけど」

    クリスタ「戦力ねぇ。今回の遠征の目的にはそぐわない言葉よね」

    エレン「ある意味では当て嵌まってるけどな」

    クリスタ「ある意味? ……ああ、まあ確かにそうかもね」

     ……と言っても、今回の遠征はあくまでシガンシナまでのルートを模索する試しにすぎないから、そういう意味での戦力は必要なさそうだ。

     “奴らがエサに釣られたら話は別だが”


    グンタ「──今日の訓練はここまでだ。さぁ、俺達の城に帰るとすっか」

     クリスタと話しているうちに、どうやら訓練は終わったようだ。

    リヴァイ班に続いて俺とクリスタも歩き出し……途中、『エレン』が何やら一言告げて班を離れていった。

    『あいつ』の向かう先には──見慣れた姿がチラホラ。

    『エレン』「オイッ、お前ら……!」

    アルミン「エレン!」

    ミカサ「っ!」

    『エレン』「暫く振りだな──うおっ」

    ミカサ「エレンッ、何か酷いことはされてない? 体を隅々まで弄られて調べ尽くされたとか、班員から無視されて精神的苦痛を受けたとか」

    エレン「ねぇよそんなこと……大丈夫だから、とりあえずこの手離せ」

     鬱陶しそうに自分の肩を掴んでいたミカサの手を払いのける『エレン』に、ミカサはどこか寂しそうな表情を浮かべる。一見すると無表情にしかみえないが。

    ──こっちでもミカサが過保護なのは変わらないんだなぁ。

    ミカサ「あのチビは調子に乗り過ぎた。エレンを傷付けるなんて……いつか私が然るべき報いを……」

    『エレン』「……まさかリヴァイ兵長のことじゃないよな?」

     チビ……まあ、お世辞にも背が高いとは言えないよなあれは。

    ミカサと話している『エレン』の存在に気づいたのか、続々と104期の同期が集まってくるのを眺めていると、隣から小さな笑い声が聞こえた。

    クリスタ「あの子、楽しそうね」

    エレン「ん? ……ああ、そうだな」

    クリスタ「表面上は取り繕ってたけど、やっぱり無理してたみたいね」

    エレン「周りは皆先輩や上官。気軽に話せる相手がいない中、実験やら訓練やらで相当堪えてたみたいだな。……あ、『クリスタ』だ」

     サシャやコニーと話している『エレン』に話し掛ける『クリスタ』を見て、俺はポツリと呟いた。

    まだぎこちなさはあるが、それでも笑みを浮かべて会話している。

    クリスタ「ふふ、初々しいわねー」

    エレン「お前、それ前も言ってたぞ」

    クリスタ「だって本当のことじゃない」

     ……否定はしない。
  31. 72 : : 2014/06/13(金) 12:50:05
     そんなやり取りをしていると、不意に『エレン』達の会話がやんだ。

    見ると、そこには先程までいなかったジャンの姿が。同時に、隣のクリスタの穏やかだった雰囲気がガラリと変わる。

     ──ジャンのこと嫌いだからなあ、こいつ。

    表情そのものにあまり変化はみられないが、ずっと一緒だった俺には彼女が内心毒を吐きまくってるのが判る。

    とりあえず、クリスタの頭を撫でておく。

    クリスタ「なに?」

    エレン「んー、なんとなく」

    クリスタ「……そんなことしなくても、アレに何かするつもりはないわよ」

     知ってるよ。とは言わない。こいつなら言わなくても理解するだろうし。

    黙って頭を撫で続けていると、「もう」と呆れたように声を出しながらもクリスタは笑みを洩らした。

     うん、可愛い。




     ジャンとエレンの会話を耳にしながら、俺は未だにクリスタの頭を撫でていた。

    クリスタ「…………」

    エレン「……あれは『エレン』であって俺じゃないんだ。気にするな」

    クリスタ「……判ってる」

     瞳を鋭くし、機嫌が悪いことを隠そうともしないクリスタ。そこにさっきまでの笑みはない。

    マルコが死んだ。そう口火を切ったジャンの話した内容は、『エレン』にとって中々堪えるものだっただろう。

    ──俺にとっては、殆どがどうでもいいことばかりだったが。

    もしこの世界でもジャンが憲兵団を目指し、そして調査兵団を──『エレン・イェーガー』を貶していたのだとしたら、あいつはよくもあそこまで勝手なことばかり言えるものだと逆に感心させられる。

     一言で表すとしたら、“都合がいい”。

    ……まあ、実際にジャンが『エレン』を貶していたかも判らないから、そこまで考えるのも我ながらどうかと思うが。

     クリスタは……元から嫌いっていうのもあるから、なんとも言えないな。

    どういうわけか、他の世界も含めて『ジャン』という存在は俺によく突っ掛かってきた。

    意味不明な理由だったり、単に鬱憤を晴らす相手だったりと様々な理由で俺に絡んで来るのを、よくクリスタが代わりに──というか進んで相手していた。なんでも「何をしても罪悪感が湧かないから丁度いい」とかなんとか。

    何に丁度いいかは敢えて訊かなかった。ジャンを足蹴にした後の、彼女のとびっきりの笑顔から何となく察したから。


     話を戻す。

    ジャンと『エレン』の会話も終わり、今は城へと戻っているところである。

    久方振りに104期と再会した『エレン』だが、その顔は決して晴れやかなものではなかった。どこか思い悩んだように顔を伏せ、暗い雰囲気を醸し出している。

     ……余程ジャンに言われたことが効いたみたいだな。あのまま壁外に行って大丈夫か?

    『エレン』の世話は兵長さんやリヴァイ班の役目だから、わざわざ俺がどうこうするつもりもないが。

    『エレン』「…………」

     ……ま、精々悩むことだな。

    ただ、悩んでる時間はあまり無さそうだが。

  32. 77 : : 2014/06/14(土) 04:32:29

              ◆

     第57回壁外調査。

    ウォール・ローゼの東、カラネス区を出発地点とし、ウォール・マリアの南に位置するシガンシナ区を最終地点と定めた今回の作戦に、俺とクリスタも組み込まれることとなった。

    が、兵士でもない俺達がなんの前触れなく作戦班に加わるのは無茶がある。合わせろ、と言われれば合わせられる自信はあるが、他の兵士は混乱するだろう。

     団長さんのいる隊か、兵長さんの率いるリヴァイ班を除いては。



    クリスタ「……まあ、普通はこうなるわよね」

     カラネス区の門をくぐり抜け、旧市街地を馬に乗って走り抜ける最中、隣のクリスタが口を開いた。

    クリスタ「周囲の警戒に加えて『エレン』の護衛ねぇ。仮にこんな陣形の中央にまで割り込んでくるってことは“私達の予想通りの敵”なんだろうけど……」

     取って付けた感が滲み出てるわね。とぼやくクリスタに、同感だと俺も首を縦に振る。

    俺達の配置はリヴァイ班のいる五列中央。“とある作戦下”に置いては独断で行動してもいいと許可は貰っているが、それ以外は基本的にリヴァイ班と同じように動けと頼まれている。

    団長さんからしたら……自分で言うのもあれだが、他の兵士より使える戦力を後ろに下がらせるのは不本意なんだろうが、一応今回の目的は視察であって戦闘じゃない。

    いかに巨人と戦わないかが重要、とリヴァイ班の一人は『エレン』に言った。誰だって死にたくはないし、この索敵陣形も無理に戦わず生き残ることを前提に考案されている。

     ──けれど、巨人を一体でも減らせれば、その分危険が減るのもまた事実。限りなくゼロに近い、それこそ気休めにすらならない程度だが、それでも生き残る確率は上がる。

    極論だが、巨人を全滅させれば大抵の問題は解決する。外側に関しては、だが。

     ただ、そんなことは現実的に考えて不可能だ。

    どれだけの数の巨人が、どれくらいの範囲で活動しているのか。そもそも世界地図すら無いのだ。世界の広さすら判らない中、延々と巨人を探し続けるのはただの馬鹿だ。

    もしこの世界に一瞬にして大陸を消し飛ばす力を持った化け物がいれば、そんなことは気にせず巨人を殲滅するのも可能かもしれないが、そんな奴はいない。

     ……他の世界には普通にいたけど。
  33. 81 : : 2014/06/21(土) 05:04:57

     現実的ではない話はひとまず置いといて。

    緑の煙弾の指示に従い、馬を走らす向きを変える。

    出発してから暫く経つが、陣形の中で最も安全な場所というだけあってか、俺達は巨人に遭遇することなく進行していた。

    時折『エレン』があちこち見渡す動作をしているが……他の兵士の心配でもしてるのかね。それとも万が一巨人が中央に現れることへの警戒か。

     ……そうだとしても、そわそわしすぎだろ。

    落ち着きの無い『自分』を目にしてなんとも言えない表情を浮かべる俺。

    クリスタからクスクスと笑う声が聞こえてきたが、それには反応してやらない。からかわれるのが目に見えてる。

    「口頭伝達です!!」

     案外、このまま何事もなく終わるかもな──なんて考えが頭の中を一瞬よぎったが、どうやらそう上手くはいかないらしい。

    顔に焦りを張り付けた兵士から伝えられた内容に、兵長さん、そしてリヴァイ班の空気が変わる。


     右翼索敵、壊滅的打撃。一部機能せず。


    つまり、右翼側で“何らかのアクシデント”があり、使い物にならなくなったということ。

    ただ巨人に殺された、というのは考えにくい。こちら側から積極的に戦闘を仕掛けない──むしろ逃げているのだから、壊滅するほどの被害はそうそう受けないだろうし。

     寄行種にでも襲われたか、はたまた別のイレギュラーか……。

    「以上の伝達を左に回してください!!」

    リヴァイ「……、聞いたかペトラ、行け」

    ペトラ「はい!」

     兵長さんに指示され、ペトラが左の方へと馬を走らす。

    その間、右側後方から煙弾が上がり……確認すると、その煙弾の色は黒。

     そう離れていない位置から撃たれたそれを見て、兵長さんが舌打ちをする。

    リヴァイ「エレン、お前が撃て。……なんてザマだ。やけに深くまで侵入させちまったな」

     本来ならばまず戦闘はないであろう中央付近に巨人が入り込んでいる。索敵がまともに機能していれば防げたのかもしれないが、その肝心の索敵が崩されてしまっている。

    ……気になるのが、後方から現れた巨人が、崩された右翼側からこちら側に──『エレン・イェーガー』のいる中央に近づいているということ。

    単なる偶然かもしれない。たまたま寄行種の行き先がここだっただけの可能性もある──が。

    クリスタ「ふぅん、これは“当たり”かもね」

     黒い煙弾が撃ち上げられた位置を見つめて、クリスタが意味深な言葉を口にする。

    クリスタ「どうする? 私達が向かえば、捕まえるまではいかなくても“撃退”くらいはできると思うけど」

    エレン「…………」

     無言で兵長さんへ顔を向ける。

    “今の段階”では、まだ俺達の独断では動けない。命令権、と言うほどのものではないが、兵長さんが俺達に指示を出さない限り、勝手に行動することはできない。

     まあ、無視して勝手やっても咎められはしないだろうけど。

    俺の視線に気づいてるのか、敢えて気づかないフリをしているのか判らないが、兵長さんは後ろを振り返らずに前進する。


     向かう先は見えたのは──森。
  34. 83 : : 2014/06/21(土) 20:19:17

     “巨大樹の森”と呼ばれるそこは、見上げても天辺が見えない程の高さの大木がそびえ立つ、立体起動を扱うにはおあつらえ向きな場所だった。

    中央の班が森の中へ入っていき、俺とクリスタ含むリヴァイ班も森へと突入した。

    クリスタ「音、近くなってきてるわね」

    エレン「ん……ああ。“何者”かは知らないが、狙いは──」

    クリスタ「十中八九、『彼』よね」

     二人して、前を行くひとりの人間を見つめる。

    そいつは音が近づいてきているのには気付いてないようだが……というか、リヴァイ班の連中は皆気付いてないだろう。なんか動揺してるみたいだし。兵長さんは判らんが。

    かくゆう俺も、何となく変な音が大きくなってるなあ、くらいにしか聞き取れていない。比べて、クリスタは俺より耳がいい。音に敏感な彼女が言うなら間違いないだろう。

     この場合、間違ってた方が良いのかもしれないけど。



    ペトラ「! ──これは何!? 何の音!?」

     ようやく、一人が気付いた。

    ドッ、ドッ、ドッ、と後方から聞こえてくる奇妙な音。反応し、一斉に背後を振り返るリヴァイ班の面々。

    オルオ「すぐ後ろからだ!」

    エルド「右から来ていたという何かか……?」

     各々が動揺しながらも後方に警戒を向ける中、俺とクリスタはブレードの柄に片手を添える。


    リヴァイ「お前ら。剣を抜け」


     見ると、兵長さんは既にブレードを抜き、逆手で柄を握って構えていた。

    このやり取りの間にも、ドッ、ドッ、ドッ、という音は接近してきている。


    リヴァイ「それが姿を現すとしたら──」


     さらに近くなる音。

    そしてついに、奴はその姿を俺達の前に現す。


    リヴァイ「──一瞬だ」

  35. 85 : : 2014/06/22(日) 19:20:37

              ◆


     逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げる────!


     ──悲鳴が響き絶叫が轟き血渋きが舞い死体が跳ねる。


    三人を除き、この場で後ろを振り返る者はいない。振り返らない彼らは、たった一人の男を信じて前へと進む。


     ──首が飛んで血肉が散って肢体がもがれて人が死ぬ。


    『エレン』「なんでっ!? 援護を!! 早くしないとまた──! またやられて──」

     ぐしゃり。

    また一人、人が死んだ音がした。

    その音を耳にし、その惨劇を目にし、再び『自分』が叫び声をあげる。

    必死に。懸命に。助けないのかと。手を貸さないのかと。

    エレン「…………」

     その様子を後ろから眺めつつ、俺はまた人間が死んだであろう音を聞いた。

    今度のは、何かに擦り付けられたような音だった。

    『エレン』「またっ! また死んだ!! 助けられたかもしれないのに……」

     “助けられたかもしれない”

    その通りだ。もしかしたら今この場にいる全員であの巨人に挑めば、ついさっき地面に叩き潰された兵士は死ななかったかもしれない。

    だが、それはもう過去の話。今さらどうこう言ったところで何も変わらない。

     背後を気にして速度が落ちてきている『エレン』に、リヴァイ班の連中が「前を向け!」と声を張り上げるが──納得できないのか、『エレン』は反発する。

    『エレン』「仲間を見殺しにして逃げろってことですか!?」

    ペトラ「っ──そうよ! 兵長の指示に従いなさい!」

     まさか肯定してくるとは思わなかったのか、『エレン』は一瞬押し黙る。が、すぐにまた口を開く。

    『エレン』「見殺しにする理由が判りません! それを説明しない理由も──」

     『エレン』とリヴァイ班が口論している間にも、女型の巨人は徐々に距離を縮めてきている。

    進行を妨害する兵士の数にだって限りはある。いつかは確実に追い付かれるだろう。

    クリスタ「……あ、またやられた。残りは一人か」

     人が踏み潰される様を見、それを淡々と口にするクリスタ。

    彼女にとって……まあ俺もだが、兵士が何人死のうが特に何か思うわけでもない。彼らは俺達からしたらなんら関わり合いのない他人なのだから、それは別段不思議でもなんでもない。

    だけど、『あいつ』にとってはそうではないのだろう。

    周りの制止を振り切り、『エレン』は口許に指を寄せる。あれは確か……巨人化する際にする行為だった筈。

     ……戦う気か? 巨人化は『エレン』自身が危険に陥った場合にしか許可はされてなかった筈だが……。その証拠に、ペトラが必死にやめるように説得している。

    別に俺は止めるつもりはない。とやかく言える立場でもないし。

    ただ『あいつ』が戦うことを決めたら、俺も後ろのアレと戦う必要が出てくるが。

    兵長さんはつい先程こう言った。『エレン・イェーガー』を傷付けさせずに命の限り尽くすこと、それがこの隊の役目だ、と。

    今の俺は一応兵長さんの指揮下に置かれているから、『エレン』が戦うなら俺とクリスタも付き合わなくてはならない。『エレン』を死なせないために。

     ……まあ、当の本人は未だふん切りがつかないのか動こうとしないが。

    ペトラ「信じて!!」

    『エレン』「う……ううっ──」

    リヴァイ「遅い! さっさと決めろ!!」

     それには同意。

    『エレン』「──進みます!!」



     ──直後。

    最後の一人が、絶叫と共に、死んだ。
  36. 86 : : 2014/06/23(月) 03:59:28
     少しの間を置いた後、巨人の足音のテンポが急激に早くなった。

    グンタ「目標加速します!!」

    リヴァイ「走れ!! このまま突っ切る!!」

     その指示に従い全員振り向かずに前進するが、このままでは近いうちに間違いなく捕まる。

    付け加えると、初めに捕まる可能性があるのは最後尾を走っている俺かクリスタだ。

    クリスタ「団長さんにもいろいろ考えがあるんでしょうけど……」

     スウッ、と眼帯をしていない方の目を細め、クリスタは背後から迫る敵に対して一層警戒心を募らせる。

    クリスタ「手を出されたら、やり返しても構わないわよね」

     ……やり過ぎたら文句の一つくらい言われるかもしれないなぁ。団長さんの狙いはアレを殺すことじゃないだろうし。

    後ろを振り返ると、女型の巨人はすぐそこまで来ていた。

    腕を伸ばせば容易く俺達に手が届くほどの距離まで近付いてきていたコイツは──実際腕を伸ばしてきたのだが、それは一番身近にいた俺とクリスタの“上”を通過していった。

    巨人の視線の先と、誰に腕が伸びていくのかを確認し、女型の巨人の狙いを把握する。

     ──ま、予想通りだな。

    護衛対象を殺させる訳にはいかない。もう少し先で“不自然に人の気配が集まっているのは”気が付いているが、どうやらそこにたどり着くには後一歩時間が足りなさそうだ。

     兵長さんもそのことに気付き、立体起動に移ろうとしたが──それより早く、ある人物が動き出した。

    長い金髪を風に靡かせながら“馬の上から跳躍した”クリスタは、空中で腰をひねり、女型の巨人の伸ばした腕目掛けて下から突き上げるように蹴りを放った。

     途端、鈍い音と共に、巨人の腕が跳ね上がった。

    リヴァイ「──!」

     一同、絶句。

    あの兵長さんですら目を見張っているのだから、その光景は中々に衝撃的だったのだろう。

    女型からもどこか驚愕したような雰囲気が感じ取れた。

    俺は見慣れてるからそうでもないけど。


     周りが驚愕一色に染まる中、落ちてきた彼女を受け止める。馬上ということもあり、一瞬よろめいたがなんとか体勢を立て直す。

    突然のことにも倒れなかった馬には感謝。

    クリスタ「ふふ、ありがと」

     喜色一面、笑みを浮かべるクリスタ。

    ……こいつ、初めから俺の所に落ちるつもりだったな。

    エレン「お前は……、俺が落としたらどうするつもりだったんだよ」

    クリスタ「あら、落とすつもりだったの?」

    エレン「いや、まったく」

    クリスタ「ならいいじゃない。──あ」

    エレン「! ──あー」

     なんとか間に合ったみたいだな。



    エルヴィン「撃てええぇええ!!」

     刹那。

    思わず耳を塞ぎたくなる程の轟音が鳴り響く。

    砂塵が舞う中、視界の端に捉えたのは。

    ワイヤーで体をがんじがらめに拘束されていく、女型の巨人だった。

  37. 87 : : 2014/06/23(月) 12:53:29

    リヴァイ「お前ら、今から俺とは一旦別行動だ。指揮はエルドに任せる。適切な距離であの巨人からエレンを隠せ」

     そう言い残し、兵長さんは女型の下へと向かっていった。

    エレン「どうする?」

    クリスタ「このまま『エレン』と一緒でいいんじゃない? 私達の力が必要なら、兵長さんも一緒に来るように言ってきたと思うし」

     「それに個人的にもあの女型巨人には興味ないしね」と言って、クリスタは自分が乗っている馬を一撫でした。



     離れた位置で馬を繋ぎ終え、現在、俺達を含むリヴァイ班は大木の枝の上で待機している。

    またリヴァイ班がもめていたようだが、ところどころ話を聞く限り、どうやらこの捕獲作戦を知らされているかいないかについて騒いでいたらしい。

     思ったよりどうでもよすぎて、ついため息を吐いてしまう。

    その時、隣からも小さなため息が。

    エレン「どうした?」

    クリスタ「思ったより暇だなぁって。巨人も全然見かけないし」

    エレン「中央班以外が森の周辺で引き付け役をしてるんだろ。元から森の中にいたのは……先行班が殺したか、初めから数が少なかったのか。そこは判らないな」

    クリスタ「これなら兵長さんに付いて行けばよかったかしら」

    エレン「ま、確かにあっちにいれば退屈はしなさそうだな」

    クリスタ「今からでも向かおっか」

    エレン「いや、今から行ったところでもう終わってる可能性が──」


     “きぃゃあああぁぁああぁぁああああああ!!”


    ペトラ「っ!? なっ、なに?」

    『エレン』「悲鳴──ですかね」

    グンタ「今のは……女型を拘束した方角から聞こえたが……」


     突如として耳に入ってきた奇声。

    戸惑いをみせるリヴァイ班を横目に、俺は周囲への警戒を一段上げる。

    クリスタ「ねえ、今のって」

    エレン「ああ。いつかのあの“でかい鳥”が発した声に似た感じがした」


     ──それはかつて、別世界にて人間より一回りも二回りも大きい猛獣……モンスターと戦っていた時。

    追い詰められると辺りに不可思議な声を発し、別のモンスターを呼び寄せる力を持った敵が存在した。

    名前は……もう忘れたが、そいつの発した声と今の奇声はどこか通じるものがある。

    そう感じたのはクリスタも同じようで、さっきまでのゆるい雰囲気はいつの間にか消え去り、周囲を観察するよう視線をあちこちに動かしている。

    エレン「何か聞こえるか」

    クリスタ「ちょっと待って。……これは……足音、かしら。まだ微かに聞こえる程度だから、断定はできないけど」

    エレン「ここに来そうか?」

    クリスタ「判らない。耳がいいって言っても所詮は人間の範疇だし……どこぞの月の兎さんみたいな聴力があればそのくらい容易だったんだろうけど。ま、警戒するに越したことはないわね」

  38. 89 : : 2014/06/24(火) 04:45:29
     あの奇妙な叫び声が聞こえてから少し経ち。

    木々の間から撤退の合図である煙弾を確認したリヴァイ班は行動を開始した。

    作戦が成功したと思ってるからか、彼らが軽口を言い合いながら馬を繋いだ地点へ進んでいくのを、俺は内心呆れながら後を追う。

    クリスタ「気を緩めすぎね。まだ結果すら判っていないっていうのに」

     クリスタの言う通りだ。さっきの奇声といい彼女が聞いた足音といい、まだ警戒を解くのは早すぎる。

    グンタ「ちなみに俺も洩らしてねえからなエレン! ──ん? あれは……きっとリヴァイ兵長からの連絡だな」

     一発だけ上がった煙弾に、こちらも煙弾を撃って応じる。

    グンタ「兵長と合流するぞ! お前ら、続きは後でやれ!」

     ……小便撒き散らした話はもういいだろ。






    クリスタ「……誰か来るわ。ガスを蒸かす音がする」

     言って、音がする方へ顔を向けるクリスタにつられて、俺も同じ方へ視線を移す。

    グンタ「兵長……? いや違う。誰──」

     ──そこいたのは、フードを深く被った小柄な兵士。


    そしてその手には、二振りの刃。


    エレン「おいお前! そいつから離れろ!」

    グンタ「だ──え」

     ちいっ──遅かったか。最後尾にいたのが裏目に出たな。

    舌打ちをしつつ、ガスを一気に蒸かして前へ向かう。

    『エレン』「……グンタさん? 急にどうしたんですか?」 

     突然力が抜けたように、ワイヤーに吊られて宙ぶらりんになった仲間に『エレン』が困惑しながらも近付く。

    『エレン』「グンタさ──」

     そして、見た。

    首が半分しか繋がっていない、仲間の死体を。

    『エレン』「え──? なん──グゥッ!?」

    エレン「ボサッとするな!」

     呆けてる『エレン』の襟元を掴み、強引に前へ引っ張る。首が締まって変な声を洩らしていたが、今はそれを気にして気遣うなんてことはできない。

    未だ状況を飲み込めていない『こいつ』を無視して周りを見ると、流石は特別作戦班といったところか、既に武器を抜いていつでも戦える態勢を取っていた。

    オルオ「チクショウどうする! どこに向かえばいい!? エルド!」

    エルド「馬に乗るヒマはない! 全速力で本部に向かうぞ! とにかく味方の元へ!」

    オルオ「女型の中身か!? それとも複数いるのか!?」

    ペトラ「クッソ──よくもっ! かかってこい! 刺し違えてでも殺してやる!」

     リヴァイ班がさらに警戒と怒気を高める中、俺とクリスタは『エレン』を挟むようにして敵からの襲撃に備えていた。

    エレン「ちっ……こう遮蔽物が多いと刃を飛ばしての攻撃は無理だな」

    クリスタ「牽制くらいにはなるかもしれないけど、物資の無駄遣いね」

     忙しなく眼を動かすクリスタ。恐らく敵の使っている装置の音から場所を判断しているんだろう。

    『エレン』「女型が……なんで!? 捕まったんじゃなかったのかよ……!」

    エレン「誰もそんな報告は受けてないだろ。……ま、あれが女型の中身だとはまだ決まったわけじゃないが、もしそうなら──厄介だな」

    『エレン』「それは──どうして……」

    クリスタ「判らない? “ただの人間”と貴方の違いは何かしら?」

    『エレン』「違い? ……巨人に、なれること?」

    クリスタ「正解。じゃあ巨人になれる貴方に私から質問。貴方は“何回まで”巨人になれる?」

    『エレン』「! それは──」



     瞬間。

    強烈な光が、背後から発生した。

    クリスタ「……質問した意味、なくなったみたい」

    エルド「やはりか……来たぞ!! 女型の巨人だ!!」
  39. 91 : : 2014/06/24(火) 16:40:25
    『エレン』「今度こそ……今度こそ俺がやります!! 俺が奴を!!」

    エルド「ダメだ!!」

    『エレン』「なっ──」

    エルド「俺達三人で女型を仕留める! エレンはこのまま全速力で本部を目指せ! お前達もだ!」

     ……俺とクリスタも、ね。

    足手纏いだと言いたいのか、それとも──最後の保険のつもりなのか。

    まあどちらにせよ、俺達は『エレン』を守るのが仕事だ。こいつの側からは離れられない以上、『エレン』が本部に戻るのなら付いていく選択肢しかない。

    『エレン』「俺も戦います!」

    エルド「ダメだと言った筈だぞエレン! お前は早くここから離れろ! それが最善策だ! お前の力はリスクが大きすぎる!」

     ──時として、リスクを払わなくてはならないこともある。今がその時かは判らないが。

    『エレン』「で、ですが──」

    オルオ「なんだてめぇ……俺達の腕を疑ってんのか!?」

    ペトラ「そうなのエレン。私達は……そんなに、信じられないの?」」

    『エレン』「っ──う……」

     ……迷ってる暇はもうないぞ。

     さあどうする? 『俺』

    『エレン』「──っ! 我が班の勝利を信じてます! ご武運を!!」

     歯を噛み締め、『エレン』は身を翻した。

    反対にリヴァイ班の三人が女型の巨人に接近していくのを尻目に、俺とクリスタは『エレン』を追う。

    クリスタ「ねえ、私達が相手した方が良かったんじゃない? 最低限の時間稼ぎくらいなら難なくできたと思うけど」

    エレン「俺達はあくまで部外者だ。たとえそうだとしても、口出しできる立場じゃない」

    クリスタ「部外者っていうのも今更な気もするけどね……それにしても、随分と気にしてるみたいね、あの子のこと」

     …………まあ。

    エレン「そう頼まれたからな」

    クリスタ「頼まれなかったら違ったのかしら?」

    エレン「……どうだろうな」

     その曖昧な答えに、クリスタはただ「ふふっ」微笑んだ。

    そんな彼女から視線を外し、前を行く『エレン』へ移すと……唐突に、こちらをバッと振り向いた。

    正確には、俺達を越えたさらに後ろを。

    つられて、俺も背後を振り返る。



     死体が、ひとつ増えていた。


    『エレン』「え──あ──、エルド、さ──」


     ブチェ、と、潰れる音がした。


     死体が、またひとつ、増えた。


    『エレン』「あっ──あああっ──ペト、ラ、さん──」


     ガキィンッ! と甲高い音が響く。


     直後、ドッ! という鈍い音がした。


     死体が、三つになった。


    『エレン』「あ、ああああっ、ァァアアアアア!!」


     身を返し、叫ぶ。

    俺とクリスタの横を通り過ぎていく『あいつ』に、制止の声はかけなかった。そんなもの、今の『あれ』には意味がない。


    『エレン』「こいつを、殺す」



     一人目は、切り殺された。

     二人目は、噛み殺された。

     三人目は、踏み殺された。

     四人目は、蹴り殺された。

     五人目は、まだわからない。


  40. 92 : : 2014/06/25(水) 07:45:49

              ◆

     雄叫びが、森の中を浸透する。

    振動でビリビリと肌が震える中、俺は一定の距離を保ちながら、目の前で行われている戦闘を眺めていた。

    『エレン・イェーガー』が巨人化した以上、下手にあの中に介入するのはまずい。敵味方の判別がつくかも判らない今の『あいつ』に近付くのは自殺行為だ。

    まあ、仮に殴られたとしてもあの程度じゃ死なないんだが。

     “ァァアアアアァアアアアアアアッ!!”

    『エレン』が吼え、拳を振るう。

    それを避け、『エレン』の勢いを利用した女型は、拳によるカウンターをあいつの顎に叩き込んだ。

    突き抜け、一瞬両者の動きが止まる。

    普通の人間なら、顎から下が吹き飛んだ時点でもう駄目だ。

    ──が、今のあいつは人間じゃない。

    すぐさま反撃に移ろうと、身体を捻り力を込める『エレン』に対し、女型が咄嗟に身を引こうとした──直前。

     飛来した銀色が、女型の片方の眼球に突き刺さる。

    クリスタ「素直に殴られてあげなさい」

     ほのかに笑みを浮かべたクリスタの手には、刃の付いていないブレードの柄が握られていた。

     刃が眼に刺さり、僅かに動きが鈍った女型。

    その隙を逃さず、『エレン』は下からすくいあげるように女型の腹めがけて拳を押し込んだ。

     大きな鈍い音と共に、女型が宙を舞う。

    ……あれは痛い。昔似たようなものをやられたことがあるけど、暫く呼吸は止まるわ、胃の中のもの全部吐き出すわで死ぬかと思った。あいつらは違うみたいだが。

     巨人の状態では痛みを感じないのか。大木に激突した女型は、『エレン』からの追撃を横に転がるようにしてかわし、背を向けて走り出した。

     片目を再生する間の時間稼ぎか? 逃げる、はないな。実力的には『エレン』の方が劣ってる。

    ──ま、とりあえず仕掛けてみるか。

    ワイヤーを女型の向かう先にある木に放ち、ガスを蒸かして相手の前に躍り出る。

    奴を見ると、既に眼の再生は終わっていた。ただ刃を飛ばして刺しただけではそこまで傷を与えられなかったか……。

    エレン「さてと」

     団長さんはアレの中身を捕獲するみたいなことを言っていたから……殺すのはまずいか。今の武器でアレを殺せるかは判らんが。

    女型の後ろからは『エレン』も追ってきていることだし、機動性を奪う程度でいい……

    エレン「ん?」

     突然足を止めた女型。

    振り返り、走ってくる『エレン』に対して構えを取り──

    エレン「まずっ──」

     離れろ! と『エレン』に伝えようと口を開いたが、もう遅い。

    次の瞬間、巨人と化した『エレン』の顔が上下に別れていた。
  41. 96 : : 2014/06/28(土) 01:48:36
     崩れ落ちる敗者の巨体。

    それのうなじに勝者は噛みつき、そのまま肉を噛み千切る。露見する『あいつ』の姿を確認し、奴は再び口を開いた。

    大きく、大きく。


    「エレン!!」

     どこからか、『あいつ』を呼ぶ声がした。

    聞き慣れたその声色に反応したのかどうかは定かではないが、『あいつ』はうっすらと瞼を開く。

    女型の巨人は、その声の主に目もくれず、眼下でぼんやりとしている獲物に口を近づけ───


    エレン「悪いが」


     ──そこで初めて、こいつは自分の肩に乗っている俺という存在に気がついた。が、今更気づいたところでもう遅い。

    エレン「そこから先は許容できないんだ」

     女型の瞳に、俺の姿が映り込む。

    驚いているのか、はたまた困惑しているのか。その瞳からは察することはできない。

    エレン「ま、どうでもいいか」

     軽く跳躍し、ぐるん、と空中で上半身を後ろへ捻る。

    女型は口を開いたまま動かない。いや、動けないのか。だったら好都合。

    捻った身体を戻す勢いで蹴りを放ち、隙だらけの横っ面にねじり込む。

     ゴッ! と到底人間が物を蹴ってもならないような音が辺りに響き、女型の顔面は蹴られた勢いで大きくのけ反る。

    その隙に『エレン』をうなじの部分から強引に引き抜き、脇に抱えながら近くの木の枝へと脚力のみで跳躍した。

    ミカサ「エレン!」

    エレン「……。大丈夫だ、死んではいない」

     必死の形相で近づいてきたミカサを手で制し、極度に疲労しているのか、ぐったりとしている『エレン』を改めて脇に抱える。

    その扱いに不満があったのか、ムッと唇を尖らし目を細めたミカサの横に、トンッと音をたててクリスタが降り立った。

    クリスタ「また見事に蹴り飛ばしたわね」

    エレン「流石に食べさせるのはな。お前は……」

    クリスタ「? ああ、コレ? 貴方が蹴り飛ばした後試しに斬ってみたんだけど……ダメね。こんな柔な武器じゃ話になら無いわ」

     ひらひらと折れた刃を見せるように振ると、クリスタはもう使い道の無いそれを外し、新しいのと付け替える。

    ミカサ「? それはどうして……」

    クリスタ「ん? ああ、貴女は今来たばかりで観てなかったもんね。あの女型には──」

    エレン「ストップ。話は動きながらにするぞ」

     グググッ、と体を起こす女型を横目に告げ、二人が頷いたのを確認すると、俺は『エレン』を抱えて移動を開始する。

    その際、ある人に俺達の居場所を知らせる為、ミカサには煙弾を撃ってもらう。

    エレン「それじゃあ、逃げるか」

    ミカサ「アレは……殺さないんですか?」

    クリスタ「私達の仕事は『この子』を護衛し──最悪“死なせないこと”なのよ。だから今するべきことは、彼に抱えられて涎垂らしてぐったりしてる『その子』の身の安全の確保。戦闘は最低限に抑えるべきね。何より──」

     アレ、殺せないし。と彼女は笑った。

  42. 97 : : 2014/06/28(土) 17:40:34
     当然というか、女型は俺達を追ってきた。

    他の巨人とは比べ物にならない速度で追ってくるアレから逃げ切るのは無理。ということで、俺とクリスタが足止め役に、ミカサが『エレン』を運ぶ役に決まった。

    ……平然と同年代の男抱えて運べるミカサはどこかおかしいと一瞬思ったが、別世界にはもっと規格外がいたなぁ、と思うと普通な気がしてきたから不思議だ。

    その一例が隣にいるし。

    クリスタ「ねえ、今なんか失礼なこと考えなかった?」

    エレン「いやなにも」

    クリスタ「嘘ね」

     あっさりバレた。

    クリスタ「嘘ついた時、貴方顔にでるもの」

    エレン「……どこにだよ」

    クリスタ「教えるわけないでしょ」

     勝ち誇ったようにクスリと笑うクリスタ。

     ……どこだろ。




     そんな緊張感の欠片もない会話をしつつ、俺とクリスタは女型の進行を少しでも送らせるために攻撃を与えていた。

    クリスタ「んっ──!」

     うなじをクリスタが狙い、わざと手で覆わせる。

    こいつは皮膚を硬くし身を守る能力がある。それを利用し、手を硬化してうなじを守ってる間に俺が脚を狙って動きを鈍らせる。

    これを繰り返せば『エレン』を逃がす時間くらいは稼げるだろう…………と思ってたんたが、それが通じたのは初めの一回だけだった。

    アレが“うなじの表面も”硬化できるというのが頭から抜けていた。今では両手を使い、さらには足技まで使って俺とクリスタの攻撃を事前に防いだり、むしろ積極的に仕留めにきている。

    “こちらが手加減しているとはいえ”、人間が操る巨人は普通の兵士では相手にならないほど厄介な存在だと理解する。

    エレン「……ま、それでも充分なんだけどな」

     『エレン』とミカサとはある程度距離を取れた。後はここに“適役”が来れば……。

     あ。

    その一文字が俺の口から出た、その直後。

    なんの前起きもなく、女型がバランスを崩して後ろに倒れ、尻餅をついた。

    「オイ」

     声の方を向き、求めていた人物が来たことにわずかに安堵する。

    ただでさえ鋭い目をさらに細め、頬に付いた血を拭いもせず、彼は起き上がろうとしている女型を睨み付けた。

    その表情を見て、察する。

    その雰囲気を肌で感じて、理解する。


    リヴァイ「あいつらを殺ったのは、奴か」


     人類最強は、現在進行形で、キレている。


    エレン「そうだ」

    リヴァイ「そうか……エレンはどうした」

    エレン「『あいつ』は先に逃がした。巨人化した反動かは知らないがかなり疲労していてな。ちょうどよく調査兵団の兵士が通りかかったからそいつに任せた」

    クリスタ「戦うのに邪魔だったのもあるけどね」

     木の枝に立つ俺と、幹に立体機動で体を固定したまま女型を睨む兵長さん。

    そこにクリスタも現れ、会話に加わる。

    リヴァイ「お前らはあいつの護衛だろうが。離れてどうする」

    エレン「そうは言うがな。アレを『エレン』から遠ざけるのはこれが一番手っ取り早かったんだよ。一応実力者も付いてるし、大丈夫だろ」

    リヴァイ「実力者だと……? お前、そんなどこの馬の骨野郎かもわからない奴にあいつを任せたのか」

    エレン「野郎じゃなくて女な。つうか、そもそもあんたが『あいつ』の抑止力になるって話だったろ。なに真っ先に離れてるんだよ。アレの捕獲も失敗してるし──」

    クリスタ「はいはい、長ったらしい話は後にしなさい二人とも。今はアレの相手をするのが先でしょう」

    エレン「……そうだな。今なら兵長さんもいるし、文句は言われないだろ。たぶん」

     立ち上がってから俺達三人を見据えて動かない女型の姿を、改めて視界に収める。

    『エレン』を追うことはやめたようだ。俺達が“自分の命を脅かす存在”と認識したのか、はたまた別の理由があるのかは判らない。

    判らないが、やることは変わらない。


    リヴァイ「散々好き勝手やってくれたが……てめぇはここで削り殺す」


    クリスタ「生きたまま中身を取り出すのがベストなんだろうけど、この面子じゃ難しいと思うし……やり過ぎちゃったらごめんなさいね」


    エレン「まぁ、あれだ。知り合いの殺人鬼の言葉を借りるなら──殺して解して並べて揃えて晒してやるから」

     大人しくそこで斬られてろ。

  43. 101 : : 2014/06/29(日) 19:57:18

              ◆

    クリスタ「私が注意を引くわ」

     兵長さんが合流し、互いに敵についての情報を共有した後。

    言って、ひとり飛び出すクリスタ。

    わざと女型の視界に入り込むような軌道を描き、露骨にうなじを狙いに行く。

    そんな彼女に対して、女型がとった行動は迎撃だった。空中にいるクリスタに向かって素早く右の拳を突き出す。

    クリスタ「見よう見まねだけど」

     自分を殴り飛ばそうと迫ってくる拳を前にしても、クリスタは動じなかった。

    脇の下から隠すようにして放たれたワイヤーは、彼女の真横にある一本の木の幹に突き刺さり──途端、クリスタの体はほぼ直角、真横に移動する。

     そんな彼女の横を、女型の拳が通り過ぎた。

    それで生じた空気の震えを肌で感じながら、俺はその伸びきった腕の“付け根”へと突っ込む。

    エレン「ふッ──」

     小さく息を吐き、腕を支える肩回りの筋肉を瞬時に削ぎ落とす。

    ダラリ、と片腕がぶら下がる。本当は切断するつもりでやったんだが……今の武器じゃこれが限界か。

    上昇し、欠けたブレードの刃を新しいものと交換する。

    リヴァイ「──つあ!」

     見下ろすと、兵長さんがもう片方の女型の腕を体を回転させながら切り刻むという荒業を披露していた。

     ……今度真似してみよう。

    兵長さんはそのまま俺と同じように肩回りを削ぎ、残っていた腕も使えなくすることに成功する。

    リヴァイ「ッ──!」

     続けざまに攻撃しようとする兵長さん。

    彼に合わせ、降下した俺も一気に女型の全身を切り刻む。

    首、背中、横腹、足の付け根、太もも、膝裏、アキレス腱、足首───。

    時折交差する兵長さんとぶつかることなく、女型の身体を上か下まで傷だらけにする。

    このまま一気に全身余すところなく削り尽くすか、と女型の顔を見上げた俺だが──当然、相手も黙ってやられる筈がない。

    まだ動けない程ではなかったのか、脚を振り上げ、自らの足元にいる俺と兵長さんを蹴り殺そうとする。

    クリスタ「あら、私を忘れてない?」

     唐突に女型の顔前に姿を現したクリスタは、目の前で動く眼球目掛けて思いきり刃を突き立て、横に乱暴に振り抜いた。

     視界を失い、見当違いの位置を蹴りあげる女型。その隙をつき、兵長さんがさらに深く脚を切り裂く。


    ──ズシンッ、と大木を背にするように倒れる女型。

    両腕は使えず、今のこいつにうなじを庇えるものはない。即座にガスを蒸かし、うなじを狙いに行くが……。

    エレン「……やっぱ無理か」

     甲高い音と共に、刃が折れた。
  44. 103 : : 2014/07/01(火) 11:38:38

     続けざまにクリスタと兵長さんがうなじを狙いに行くが、それらは硬化された皮膚によって悉くはじかれてしまう。

    それでもなお、俺達はうなじを狙うのをやめようとはしない。

    兵長さんが言うには──正確には団長さんの見解らしいが、あの硬化する能力は長時間維持することができないらしい。それが本当なら、絶え間なく攻撃を与え続ければいつかは倒せると俺達は考えた。

    けれど、時間制限があるのはこちらも同じ。

    リヴァイ班との先頭の最中、女型は負傷したある特定の部位のみ優先して修復し、通常より格段に早く再生していた。

    あれが皮膚の硬化と同時に可能なのだとしたら──って、……あー。

    エレン「言った側からやってくれたな、おい」

     視力よりも先にうなじを守ることを優先したのか、俺と兵長さんが削いだ肩回りを先に再生した女型は、腕を乱雑に振り回し、残った方の手でうなじを覆った。

    さすがに危険と判断したのか、クリスタが去り際に一太刀いれてたから俺の側へと後退した。その一撃も硬化された指によって防がれたが。

    エレン「無事か」

    クリスタ「ええ、大丈夫、当たってないわ。ただ……」

     彼女の視線を受け、俺は察する。

    どうやら二人して同じ問題に直面したようだ。

    エレン「刃の替えが無くなったか」

     そう。俺もクリスタもブレードの替刃がもう残り少ないのだ。俺の方はまだ少しあるにはあるが、クリスタは女型の牽制にそれなりの数飛ばしたから俺より少ない。

    リヴァイ「オイてめぇら、なにボサッとしてやがる」

     攻撃を止めた俺達が気になったのか、兵長さんが近くの枝に飛び乗り声を出した。

    俺達の刃がもう残り少ないことを伝えると、舌打ちをひとつ。

    リヴァイ「……撤退するぞ」

    クリスタ「あら、削り殺すんじゃなかったの?」

    リヴァイ「……認めたくねぇが、あの硬化する能力がある限り無理だ。てめぇらがいれば話も変わったんだろうが……」

    クリスタ「……そっ、判ったわ。撤退しましょう」

     指先が白くなるまで握られた拳。

    無言で佇む兵長さんに、クリスタは興味無さげに答えた。

    『エレン』とはそれなりに距離を置けた今、アレを相手にする理由は俺とクリスタにはない。

    それに比べて、兵長さんは女型に班の仲間を皆殺しにされている。顔には出していないが、アレを前にして見逃さなければならないのは相当“くる”ものがあるだろう。

    クリスタ「なら早くいきましょう。アレが完全に再生しないうちにね」

     邪魔されてもかなわないし。

     彼女の視線の先では、既に女型は潰された眼を再生し、こちらを睨み付けるようにして見ている。全快になるまでそう時間はかからないか……。

    リヴァイ「……いくぞ」

     真っ先に移動を始めたのは兵長さん。

    彼に続き、俺とクリスタも移動を開始した。




    それから森を抜け、本隊と合流するまでの間。

    女型の巨人が、追ってくることはなかった。
  45. 105 : : 2014/07/04(金) 17:02:20

              ◆

    『エレン』「っ──、あ、れ」

    エレン「起きたか」

     荷台に寝かせられていた『エレン』が目を覚ました。

    ぼんやりとした表情で首を動かし、同じく荷台に座っていた俺に気がつく。

    『エレン』「え? あ……俺、は……」

    ミカサ「エレン!」

    『エレン』「! ミカサ──ッ!?」

    ミカサ「まだ起きてはいけない。……安静にして」

     馬に引かれる荷台の横を並走していたミカサから声をかけられ、『エレン』は体を起こそうとしたが、まだ疲弊しているのかわずかに顔を上げることしかできなかった。

    『エレン』「女型は!?」

     その問いに答えないミカサ。

    代わりに俺へと視線を向けてきた。

     ……実際にあの場にいた俺に話してほしいってことか。

    エレン「女型は逃した。作戦は失敗。詳しい話は兵長さんあたりが後でしてくれるだろうから、今は休んでおけ」

    『エレン』「なん……え。逃した? 皆は──っ」

    エレン「だからそれは壁に着いた後で話すと言っただろ。兵長さんが。だから今は寝てろ」

     起き上がろうとした『エレン』を荷台に押さえつけると、何やらうめき声をあげた気がしたがそこは無視。

    ふと横を見ると、ミカサが何とも言えない表情をしてこちらを見ていた。

    大方『エレン』に手荒な真似をした俺に文句の一つでも言いたかったが、やっていることは間違ってないので口に出すこともできないってところか。

    ……そういえば。

    エレン「もうじき壁に着くんだが──“あまり周りを気にしないようにな”」

    『エレン』「……? それって、どういう……」

    エレン「着けば判る。嫌というほどに」

     視界の先には人類を“閉じ込めている”巨大な檻。

    それを暫し見つめた後、俺は団長さんとの話を終えて戻ってきたクリスタを見つけて──そしてその横にいる“もう一人”を見て、「あ」と声を洩らす。

    クリスタ「ただいま。とりあえず簡単にだけ説明してきたわ」

     あとは全部兵長さんに押し付けちゃった。と笑顔で言い放つクリスタ。

    今改めて思うが、部下を失ったばかりの人に対しての配慮がまったく無いよな。クリスタも俺も。

    まあそんなことより。

    エレン「よく連れてこれたな。隊列とかあるだろうに」

    クリスタ「団長さんの許可はもらってるし、今更隊列とかないようなものでしょ。あと別に私から
    連れ出した訳じゃないわよ? あの子が自分から付いていきたいっ言ったんだから」

     荷台に座る俺の近くを陣取ったクリスタと共に、彼女に付いてきた『もう一人』の方へ顔を向ける。

    ミカサ「クリスタ……何故あなたがここに?」

    『クリスタ』「エレンが怪我したってアリスさんに聞いて……あ、ちゃんと許可はもらったから大丈夫だよ」

     笑う『クリスタ』だが、その笑みにはどこか陰りがあった。

    ミカサ「……無理はしない方がいい。エレンの心配をしてくれるのは嬉しい。けど、自分のことも大事にしないと」

    『クリスタ』「……ありがと。でも私は大丈夫だから」

     また笑い、横になっている『エレン』に話し掛ける『クリスタ』に、ミカサは何も言わなかった。


     そんな彼らをクリスタと一緒に眺めているうちに。

    多くの損害を負った調査兵団は、壁へと到着した。
  46. 107 : : 2014/07/05(土) 14:53:09
    クリスタ「予想はしていたけど』

     門をくぐり、本部に戻る街路を進む中、周囲を見渡したクリスタが呆れたように肩をすくめて口を開いた。

    クリスタ「ほんと。暇なのかしら、この人達」

     俺達を──調査兵団を囲む無数の野次馬。もとい街に住む住人達。

    口を開けば調査兵団に対しての罵詈雑言の嵐。以前彼女と話した税金の無駄遣いだの何だのという言葉も聞こえてくる。

    ふと辺りを見ると、『エレン』も『クリスタ』も、他の調査兵団の者も皆暗い表情で俯いている。ミカサはマフラーで口許を隠してはいるが……雰囲気が周りと一緒なので正直隠せていない。


    そんな中、調査兵団の目の前でわざと聞こえるように罵倒の言葉を発した男に、さすがに看過できなかったのか、『エレン』が無理矢理体を起こそうとする。

    ミカサ「エレン!」

    クリスタ「ダメだよ! まだ安静にしないと!」

     二人が制止の声をあげ──不意に、『エレン』は起き上がるのをやめた。彼の視線は、とある一点を見つめている。

    気になり、俺もその方へ視線を傾け──ああ、と理解する。

    一人の男の子が、キラキラと瞳を輝かせて、憧憬の眼差しを『エレン』へと向けていた。「かっけー」だの、「すげー」だのと、この罵倒の嵐の中調査兵団を誉めたてている。


     その様子を見、思い浮かぶのは過去の自分。

    もう随分と昔のことのように思うが──あの頃の俺も端から見るとあんなだったのかと、古ぼけた記憶を思い漁る。

    そして、思う。

    よくあそこまで残酷なことをできたものだ、と。

    クリスタ「子どもっていうのは怖いわね」

     自覚無く人を傷つけるんだから。と、クリスタは小さく呟いた。



  47. 108 : : 2014/07/06(日) 17:53:03

     調査兵団がさらに深く落ち込んでいく最中、前方では団長さんに対して多くの言葉が飛び交っていた。

    犠牲に見合った収穫はあったのか。死んだ兵士に悔いはないのか。ただ“人殺し”とだけ叫ぶ声も聞こえてくる。

     ……人殺し、か。強ち間違ってないから言い返すこともできないな。まぁ、あの団長さんがわざわざ言い返すことはないと思うけど。

    クリスタ「これ、もしかしたら狙い通りかもね」

    エレン「狙い?」

     唐突に発せられたクリスタの言葉に、俺含め、周りにいた数人が反応を示す。

    クリスタ「ほら、前に話したでしょ? “調査兵団が存在している理由”」

    エレン「……ああ、あれか」

     初めてリヴァイ班の拠点である旧調査兵団本部を訪れた時のことを思い浮かべる。

    あの時は──確か途中で終わったんだっけか。

    『エレン』「あの……調査兵団が存在している理由って……」

    クリスタ「ん? ……んー、ま、別にいいか。あくまで私の勝手な憶測だし」

     と、前置き。

    クリスタ「調査兵団の目的は壁外の調査。これは誰でも知ってることよね。それは確かに本当のことだけど、“本質”ではない」

    ミカサ「本質……」

    『クリスタ』「それって……壁外調査が本来の目的じゃないってことですか?」

    リヴァイ「…………」

     『クリスタ』が会話に加わる。ミカサもクリスタへと目線を向け──そしてほんの少し離れた場所にいた兵長さんも、クリスタの会話が気になったのか、こちらに無言で近づいてきた。

    クリスタ「いいえ。“調査兵団としては”壁外の調査が目的と考えていいと思うわ。団長さん──は、正直何を考えてるか判らないけど」

    『エレン』「調査兵団としては……? それって、どういう……」

     ……あー。

    エレン「お偉いさんは違うってことか」

    クリスタ「そ」

    リヴァイ「……どういう意味だ」

     “お偉いさん”に反応したのか、兵長さんが割り込んできた。

    ここから先は人目につく場所で話す内容じゃないんだが……まあいいか。これで“釣られてくれるかも”しれないし。

    エレン「調査兵団はお偉いさん──つまり王政が組織した。全権を代々の団長に委ね、壁外を調査するという名目で。これはいいよな」

    リヴァイ「……ああ」

    エレン「それが実は違った、て話だ。王政の調査兵団設立の目的が“調査”ではなく、別の意図があったとしたら……」

     今の俺の発言に、兵長さんは目を鋭くし、他の会話を聞いていた面々は驚きに目を見張る。

    リヴァイ「てめぇらはその意図が何か判ってるのか」

    エレン「俺は何となく予想はできてるが……」

     チラリとクリスタの方を見。

    エレン「今、この調査兵団を取り巻く状況こそが狙い、か?」

    クリスタ「ええ──恐らくは、だけどね」

     なるほどな。と納得したように頷く俺とは対照的に、周りは理解できないのか、眉を寄せたり首を傾げたりしている。

    ただ兵長さんだけは「とっとと言え」とでも言いたげにこちらを睨み付けていた。

    ……ぶれないなあ、この人。表面上はいつもの兵長さんと変わらなく見えるし。内側がどうかは知らないけど。

    まあそれは置いといて。

    エレン「なあ『エレン・イェーガー』、今回の遠征で沢山の人が死んだよな」

    『エレン』「っ──、それは……そう、ですが。それが今の話と関係あるんでしょうか」

    エレン「ある。つまりはそれが調査兵団の存在理由だ」

    『エレン』「……は──?」

     間の抜けた表情を浮かべる『エレン』。

    『クリスタ』もよく判っていなさそうだが、ミカサと兵長さんは今の俺の一言で理解したようだ。

    普段の無表情や仏頂面を崩し、瞳を見開いて俺を見つめる。

    エレン「判らなかったか? ならもう一度、次は言葉を変えるぞ」

     理解できたであろう二人と視線を交わすことなく、俺は『エレン』と『クリスタ』に──これから先の騒乱の“中心”になるであろう二人に顔を向ける。



    エレン「調査兵団とは、“壁外調査を建て前に人間を巨人に食わせて減らすことを目的として設立された”──いわば口減らしの為に用意された兵団ということだ」

  48. 112 : : 2014/07/07(月) 11:49:12

    《おしまい》


     薄暗い室内に、俺と彼女の舌を絡め合う音が響く。

    突き出された彼女の舌に吸いつき、口内を舌先で舐めまわして蹂躙し、くちゅくちゅと卑猥な音を何度も響かせる。

    クリスタ「ん──ぷはぁっ、エレン──エレッ、んんっ……」

     上着のシャツのボタンに手を掛け、ひとつ、またひとつと器用に外していく。

    次第に露になる白い陶磁器のような肌。艶やかなそれを視界の端にしっかりと収めつつ、俺は彼女とのキスを続けながらさらにボタンを外し──女性の象徴ともいえる、二つの膨らみに触れる。

    クリスタ「あっ──んっ、んあ」

     驚くほどに柔らかいそれをゆっくりと撫でつつ、彼女の背中に手をまわして下着のフックを外す。

    パサリ、と膨らみを隠していた物が落ち、彼女の胸部が空気に晒される。

    丸く、ほどよく手のひらに収まる大きさのそれを優しく揉みしだく。

    クリスタ「ふあっ──ん、あっ、んっ」

     ビクッ、ビクッ、と体を震わせる彼女を抱き寄せ、首筋に舌を這わせる。耳裏、うなじ、そしてまた首筋と繰り返した後、顔を下へと移動する。

    クリスタ「ひゃっ──んんっ!」

     まるで弄ってくれとアピールしているかのように突起した、そのピンク色の先端を舌先で弾くと彼女は一際大きな反応を示した。

    その反応を楽しみつつ、舌先で何度もコロコロと転がす。時折吸い付くように口に含むと、また違った反応をするからたまらない。

    クリスタ「あんッ、あ──ひうっ」

     もう片方も指先でコリコリと弄りつつ、空いた方の手を彼女のスカートの中へとしのばせ──足の付け根の中心に、そっと触れる。

    クリスタ「あ──っ」

     大きく跳ねる体。

    下着越しからでも判るほどに、彼女のそこはぐっしょりと濡れていた。

    エレン「濡れてる」

    クリスタ「ッ──」

     言葉に出されたのが恥ずかしかったのか、一気に赤面する彼女。今まで何度も行為に及んでいるというのに、未だにこういう初な反応をするところが男心をくすぐる。

    エレン「脱がすぞ」

     返答を待たず、一気に下までずり下ろす。

    クリスタ「あ、待って……スカート脱ぐから、このままだと汚れちゃ──きゃっ」

     最後まで言わさず、ベッドに彼女を押し倒す。

    エレン「たまにはそのままでいいだろ」

    クリスタ「……エッチ、変態、このマニアック」

     うーっ、と口を真横に結んで唸るクリスタ。

    俺は苦笑いを浮かべつつ、彼女の秘所へゆっくりと手を這わせ────…………。

  49. 113 : : 2014/07/08(火) 16:04:53
    ※お知らせ

    どうも、NISIです。私の作品を読んで頂きありがとうございます。

    前置きは短く、本題に入ります。

    簡潔に述べると、【編集機能を使って読者の方々により読みやすいSSを作ってくれ】という内容のお達しが運営から届きました。

    本文と関係のない書き込みは非表示にして、極力雑談紛いなことはしないように、と。

    どうやらこれ、読者様からのコメントに対する私の返答なども含まれるようでして。

    つまり「期待!」などのコメも非表示にしないといけないそうです……。

    ということで、まことに勝手ながら、今からその作業に入ろうと思うのですが……さすがに書き込まれたばかりのコメをすぐ非表示にするのはどうかと思うのですよ。作者自身それらのコメはモチベーションの維持にも繋がってますし。

    なので、書き込まれてからおよそ一週間は残し、期間が過ぎたものから非表示、編集していきたいと思います。

    完結済みの作品に関してはある程度時間が経ったものは全て編集していこうと思います。

    突然のことで驚いているかと思いますが、ご理解頂けると幸いです。

    今後、感想用のグループを作る……かは判りませんが、その際は報せようと思います。

    では、長文失礼しました。
  50. 114 : : 2014/07/08(火) 20:28:29
              ◆


     第57回壁外調査は終了した。

    結果的に、調査兵団は成果をあげることができずに終わった。

    女型の中身を捕らえることもできず、表向きの目的であった『エレン・イェーガー』の生家があるシガンシナ区までのルートも確保できず。

    調査兵団は失墜し、団長さんを筆頭に幾人かの責任者が中央──つまり王都に召還されることになり、同時に『エレン』の引き渡しが行われることとなった。


     その一行に加わる形で、俺も彼らに同行している。さすがに普段の私服ではまずいから見た目だけでもということで、今は調査兵団の制服を着用。違和感はそんなにないらしい。

    ちなみに、今この団体にクリスタの姿はない。あいつには“もう片方”に付いていてもらっている。本人は不満そうだったが。

    おかげで夜通し相手をさせられたのは言うまでもない。

     一夜の情事を思い出しつつ静かにため息をつくと、いつもなら彼女の定位置である隣へちらりと目を動かす。

    エルヴィン「ん? どうした?」

    エレン「……いや、どうして俺はあんたと同じ護送車に乗ってるんだろうなと思っただけだ」

    エルヴィン「嫌だったかい?」

    エレン「嫌とかそういう問題じゃないだろうに。いや確かに嫌だけど、ただでさえ憲兵から不審な奴を見る目を向けられてるっつうのに、調査兵団団長と一緒にされてみろ。周りの視線が鬱陶しいったらこの上ない」

    エルヴィン「ははは、それはすまなかったな。だが君を『エレン』の方に回すわけにはいかないんだ」

    エレン「判ってる。今回の策は俺みたいなのがいたら逆に目立つしな」

     それに敵が予想通りの相手なら、一度戦った俺がいるのは不必要な警戒心を与えるだけだ。

    ……しかしまあ。

    エレン「いくらなんでもザルすぎないか、これ」

    エルヴィン「立場上、あまり口に出すのはいけないのだが……概ね、私も君と同意見だよ。これが今の内地の──憲兵団の実態だ」

     エルヴィン・スミス含む調査兵団の護送が仕事だというのに、既に三人“取りこぼしている”ことに気づいてすらいないのには呆れすぎてため息も出ない。

    それに護送対象者に見張りの一人も付けないとは……護送車の外だけじゃなく中にも配備しろよ。
    本当に“噂”通りなんだな憲兵団は。

     ──まあ。

    エレン「有能を無能に堕落させることに関してだけは評価できるか」

    エルヴィン「……あまり問題事は起こさないでくれよ」

     善処するよ。と口にすると、団長さんは曖昧な笑みを浮かべた。




     ウォール・シーナの東に位置するストヘス区。

    そこが今回の作戦の決行場所であり、それが成功すれば『エレン・イェーガー』の引き渡しを無かったことにできる可能性がある。

    作戦内容は至って単純。

    “取り逃がした兎を、今度こそ捕獲すること”

    ──ま、相手は兎なんて生易しい存在じゃないが。

  51. 115 : : 2014/07/09(水) 20:14:05
     ──始まりは突然やってきた。

    市街地から突如として轟音が鳴り響き、俺達の乗る護送車が急停止する。

    「なんだ! 何があった!?」

    「市街地の方からだぞ!」

    「お前! 何があったか見てこい!」

    「はあっ!? なんであたしが行かないといけないのよ! てめえが行けよ!」

     慌ただしく動き回る憲兵達だが、指揮系統から何からめちゃくちゃでまともに動けているのは数人しかいない。

    「護衛班! ここはいいから状況を見てこい!」

    その数人に指示を出したのが、憲兵団師団長の……ちょび髭のおっさん。

    エルヴィン「ナイル、すぐに全兵を派兵しろ」

     あ、ナイルって名前なのか。

    エルヴィン「巨人が出現したと考えるべきだ」

    ナイル「馬鹿な……何を言ってるエルヴィン。ここはウォール・シーナだぞ! 巨人なんかが現れるわけが──!!」

     その二人の会話を耳の片隅で聞きつつ、俺は騒ぎに乗じて近づいてきた調査兵団の兵士から立体機動装置を受け取り、装着する。

    リヴァイ「オイ、準備できたか」

     そこに現れたのは俺達とは別の護送車に乗っていた兵長さん。コツコツと装置を叩いた彼に、俺は無言で頷く。

    リヴァイ「ならとっとと行くぞ」

     そう俺を急かすと、兵長さんは返事も待たずに一人で先に行ってしまった。

    よっぽど鬱憤溜まってたんだなあ。と、猛スピードで飛んでいく兵長さんの背中を見つめる。



     当初、兵長さんは“あちら側”の作戦班に加わりたいと希望していたが、それは却下された。

    ただでさえ人類最強として知名度が高い兵長さんがあちら側に回ると目立ち過ぎるというのもあるが、今回、彼にはその知名度を活かした別の役割が与えられたからだ。

    それは『エレン』達三人が目標との接触を容易にするため、憲兵団の目をいくつか兵長さんに向けさせること。

     人類最強の名は憲兵団にも知れ渡っている。

    今回の王都召還によって、団長さんを筆頭に調査兵団の有力者が来ることは憲兵団──さらには護送を受け持つ護衛班にも当然伝わっている筈。

    その有力者の中に“人類最強”と名高い兵長さんがいないとなると、いくら憲兵が堕落した無能者ばかりだといってもある程度の疑惑は持たれてしまう、と調査兵団は考えた。

    その疑惑が作戦になんらかの支障をきたすかもしれない、とも。

    ……まあ、目の前の憲兵の様子を見る限りその心配もいらなかったのかもしれないが。


     さておき。

    そんな理由があったため、兵長さんには憲兵達の目を少しでも『エレン』達から離すよう、こちら側で大人しく護送“されて”もらっていたのだ。

    「それが作戦なら俺は従おう」とその作戦が決まった時は了承した兵長さんだったが……本心では違ったらしい。

    仲間の仇が目と鼻の先にいるんだから、一早く切り殺したい気持ちは分からんでもないけど。

    ──仮に、それこそ万が一クリスタが殺されたとして、その仇を目前に別の場所で待てと言われたら…………うん、無理。周り無視して即座に殺る光景しか思い浮かばないわ。

    まあそれ以前に、クリスタがそこらの輩に殺されること自体想像できないが。

    むしろ返り討ちにして痛め付けてるところの方が容易に想像できる。

    ……それはそれでどうなんだろう。
  52. 116 : : 2014/07/09(水) 22:36:01
    期待です
  53. 117 : : 2014/07/10(木) 18:58:30
    クリスタの返り討ちにあってみたい!!!!!!!!!!!!!
  54. 118 : : 2014/07/10(木) 23:10:18
    (^д^)<エロキター!
    お久です!一言妄想でコメしてきますた!(「きますた」はわざとです)
    ところで終わりにするなら原作の何巻までやりますか?
  55. 119 : : 2014/07/11(金) 12:20:24
    「くそっ、平地だ!」

    「まずいぞ……あそこにはアンカーを刺す建物がねえ!」

    「ここは迂回するしか……」

    「ちんたらしてたら奴に逃げられるぞ!」

     調査兵団の兵士達の前方を走るのは、先日巨大樹の森にて捕獲し損ねた女型の巨人。

    その“中身”は『エレン・イェーガー』と同じ104期訓練兵出身であり、卒団後は憲兵団へと入団した人物。


     名は、『アニ・レオンハート』


    彼女は自らの正体を、今回の作戦立案者であるアルミン・アルレルトによって看破された。

    周りを調査兵団に囲まれ、さすがに勝ち目は薄いと判断したのか──それとも初めから戦うつもりがなかったかは定かではないが、彼女は巨人化すると真っ先に逃走を図った。

    黙って逃がす筈もなく、調査兵団は彼女を捕らえる為に妨害を仕掛けるが多少の足止めにすらならず。

    さらに運の悪いことに、女型の進む先は立体機動を使うことができない平地であった。

    追うためには大きく迂回するしかない。が、そんなことをしていては女型に逃げられてしまう。

    ハンジ「くそっ」

     その状況に、分隊長であるハンジ・ゾエは苛立ちから顔を歪めた。

    ハンジ「リヴァイはまだ来ないし──いや、いくら彼でも立体機動が使えないと……」

     思考を巡らすハンジだが、一向に妙案は浮かんでこない。

    しかし、ただ黙って突っ立ってる訳にもいかない。その間にも女型は着々と壁に近づいてるのだ。


     どうする、どうする────。


    ミカサ「っ、エレン!」

    ハンジ「──!」

     ミカサの声に反応すると共に、ハンジは自らの真横を通る巨体を視界に捉えた。

    彼が自我を保てていることにわずかに安堵しつつ、すぐさま判断を下す。

    ハンジ「二手に分かれろ! エレンが時間を稼ぐ! なんとしても女型を確保せよ!」

     指示通り左右に分かれていく兵士達。

    そして自らも平地を迂回すべく行動を開始する。

    作戦では既にこちらに合流してるであろう“人類最強”が、未だその姿を見せないことに疑問を抱きながら。

  56. 120 : : 2014/07/11(金) 12:39:34
    >>116
    期待ありがとうございます!

    >>117
    命の保証はできませんよ? うちのクリスタさん、エレン以外には容赦ないですから。

    男が相手なら“切り落とす”ことにも躊躇いはないかと。ナニがとは言いません。

    >>118
    エロ入りましたよ。昼間っから投稿する内容じゃないなーとか思いつつやっちまいましたよ。

    ウトガルド城戦あたりから全くの別ルートに向かう予定……うん、予定。なので原作何巻までなどは特にありませんね。
  57. 121 : : 2014/07/12(土) 04:42:21
     『エレン・イェーガー』の足止めも、あまり長くはもたなかった。

    女型の強烈な蹴りを顔面に受け、家屋にその巨体を沈める。

    「クソッ! エレンがやられた!」

     兵士のひとりが叫ぶ。

    まだ女型とそれを追う兵士達の間には距離がある。このままでは……。

    ハンジ「──ん?」

     怪訝な反応を示すハンジ。

    彼女の瞳には、『エレン』を置いて逃げるわけでも、ましてや『彼』をうなじから取り出して連れ出そうとするわけでもなく──ただひたすらに、何度も何度も『エレン』に向かって拳を降り下ろす女型の姿が映っていた。

     なぜ?

    「今のうちだ!」

    「回り込め!」

     周りの言葉に、頭に浮かんだ疑問を振り払う。


    女型はこちらの接近に気づいたからか、最後に声を張り上げて『エレン』を殴り付けると、再び逃走を始めた。

    “壁″に指先を突き刺し、上へと登っていく。

    「まずいぞ! 間に合わない!」

    ハンジ「っ……」

     後一歩というところまで追い詰めた。

     が、その後一歩が遠い。

    ハンジ「何かっ──何か手は──」

     その時、ハンジは視界の端に“あるもの″を捉えた。

    それが何か始めは判らなかったが……注視し、理解すると同時に口角をニヤリとつり上げる。

    ハンジ「遅いと思ったら……まったく、ひやひやさせてくれるね」





     ──50メートルの壁の“上″。

    ブレードを両手に携え、調査兵団の制服を風になびかせながら、眼下の敵を鋭く睨む男がひとり。

    そしてその隣に立つのは、男とは対照的になんの興味もないといった様子で下を見つめる彼。

    “自称一般人″と“人類最強″が、そこにいた。
  58. 122 : : 2014/07/12(土) 08:42:04
    おお!期待!
  59. 123 : : 2014/07/13(日) 05:47:14
              ◆

     見下ろす先にいるのは、壁を這うようにしてよじ登ってくる女型の巨人。

    こいつが現れたということは、女型の中身はアルミンの予想通りアニだったわけか……。

    ま、正体が誰だろうと俺にはどうでもいいことだが。


     ──トンッ、と隣から地を蹴る音がした。

    その音に続き、俺も兵長さんの後を追うように壁を飛び下りた。

    両手両足を使って壁を登る女型に俺達に対しての攻撃手段はない。眼からビームでも飛ばせるなら別だが、そんなものはどこぞの巨大ロボットだけで充分だ。

    先に飛び下りた兵長さんは、こちらを見上げて驚愕してるであろう女型の顔に一瞥をくれることなく、その巨体を支えている片手の指先全てを一瞬で切り裂く。

    リヴァイ「チッ……汚ねぇな」

     返り血を浴び、兵長さんは忌々しげにそう呟いた。


     支えの片方を失った女型は当然バランスを崩すが、もう片方の指先が壁に引っ掛かっていたおかげで落下は免れていた。

    その指を俺が切り落とせば終わる話なんだが……別に手を出さなくても済みそうだ。

    ミカサ「っああ!」

     “壁の下から″猛スピードで突っ込んできたミカサが、唯一の上半身の支えとなっていた女型の残りの指に思いきり切り掛かった。

    エレン「ま、あれだな」

    血が舞い散る中、俺は唖然としている女型の額の上に降り立つ。

    エレン「お前の敗因は壁を“手で″登ったことだ」

     せめて駆け上がるくらいはしないとな。

    ──さあて。

    ミカサ「ねえ、アニ」

    リヴァイ「オイ、クソ女」

    エレン「なあ、女型」


     両隣に現れた二人も、女型の額に足を付け。


    ミカサ「落ちて」

    リヴァイ「落ちろ」

    エレン「さようなら」


     軽く、本当に軽く、足に力を加え。

     女型の巨人は──アニ・レオンハートは。

     地に、落ちていった。


  60. 124 : : 2014/07/14(月) 10:25:25
    そういえばエレン壁駆け上がってたねw
  61. 125 : : 2014/07/14(月) 20:57:35
     「ふう」と、近くで息を吐く音がした。

    俺は下で巨人化した『エレン』に押さえ付けられている女型から視線を外すと、壁にアンカーを刺してその場に体を固定する。

    エレン「疲れたか?」

    ミカサ「……いえ」

     短い答えが、俺と同じ様に壁に立つミカサから返ってきた。

    作戦上、それなりに身体に負担が掛かっているのが普通なのだが──確かにミカサを一目見る限り、これといって疲弊している様子はみられない。

    内側の様子までは判らないが。

    リヴァイ「! ……なんだ、今のは……」

     同様に壁に足をつけていた兵長さんから、なにかを訝しむような声が発せられた。

    釣られて俺も彼の視線の先へ目を向けるが……煙や砂埃が舞っていて、『エレン』の大きな影しか確認できない。

     ……ん?

    そんな時、顔の横をパラパラと何かが落ちていった。

     壁の破片……崩れてきたのか。

    特に気にもならなかったが、何となく、崩れてきた壁の方へ顔を向ける。

     “顔があった″。



    ミカサ「────」

     息を飲み、驚愕で目一杯瞳を見開くミカサ。

    兵長さんの反応も似たようなもので、二人は“壁の中にいる巨人の顔″を凝視する。

    不意に、巨人の眼が“ぎょろり″と動いた。

     ──生きてるのか。

    自分を見つめるミカサを、逆に見つめ返す巨人。

    ミカサ「ッ……」

     ぐぐぐ、とミカサの手が動く。

    そしてブレードの柄へ指がかかり──


    エレン「ストップ」


     ──俺に腕を掴まれ、その動きは止まる。

    ミカサ「なにを──」

    エレン「焦るな」

     兵長さんの方へ目だけ動かすと、彼もブレードに手はかけてあるが動き出す様子は今のところみられない。

    エレン「今ここでコイツとやり合うのは得策じゃない。コイツが暴れたら周りへの被害が大きすぎるのもあるが、なにより」

    “壁の中にいるのがコイツ一匹だけとは限らない″

     その言葉に、ミカサは俊巡した様子をみせ……息を吐いて自らを落ち着かせると、ゆっくりと力を緩めた。

    彼女の腕を離し、改めて壁に埋まるようにしている巨人を見据える。眼は先程動いたが、体は壁に埋まっていて動かせないのか、一向に何かをする気配がない。

    そこでふと、いつだったか聞いた変人の話が頭に浮かぶ。

    巨人が活動するには“日光″が必要だ、とあの変人は言っていた。

    それが本当なら、ついさっき壁が剥がれるまで一切日の光を浴びていなかったコイツはまだ体を動かすことができないのかもしれない。

    ただそれは、このまま日の光を当て続けるといつかは動き出すかもしれないということ。

    ……まあ、その辺は下で騒いでる連中にでかい布でも用意させればいいとして。

    エレン「しっかし、なるほどな……これが」

     ○○○○○の言っていた、壁の“秘密″ってやつか。

    確かに、壁の中に巨人がいるなんて話、ただの“一般市民達″に話すわけにはいかないわな。

    ……巨人は人類を脅かす敵、ね。


    エレン「それも、真実はどうなんだか」


     そんな俺の呟きは、慌てた様子で布らしき物を運んできた兵士達の喧騒に遮られ。

    誰の耳にも、届かなかった。

  62. 126 : : 2014/07/14(月) 21:00:53
    >>124
    壁は手や梯子で登るものではない。
    足で駆け上がるものである。

    ちなみに天井は歩くものである。
  63. 127 : : 2014/07/16(水) 20:28:58

              ◆


    ハンジ「……とりあえずはこんなところか」

     壁に空いた穴を隠すように吊るされた、いくつも繋ぎ合わせた布を確認して小さく頷く変人。

    ハンジ「それにしても驚いたよ。いつまで経ってもリヴァイも君も来ないから、何かトラブルでもあったのかと思ったら……まさか先回りしてるとはね」

     あはは、と笑う変人だが、その笑みはどこか渇いたものだった。

    エレン「隔離された壁内では女型に勝ち目はないからな。多少の交戦はあれど最終的には逃げると踏んだ」

    ハンジ「そして逃げるには壁を越える必要がある、か……なるほどね」

    エレン「そんなことより、今はこっちの方が先だろ」

     くい、と親指をある方へ向ける。

    ハンジ「……そう、なんだけどね」

     ため息まじりに答えると、変人は自分の隣で這いつくばりながら壁の下を見ている男を見下ろす。

    ハンジ「本格的な補修作業は日没後に行います。速乾性の高い目地材で薄く固めていって……周囲の脆くなった部分も同時に」

    「……うむ、いいだろう」

     這いつくばっている男……確か変人はニック司祭と呼んでいたか。

    詳しくは聞いてないが、“ウォール教”とかいう団体の一員らしい。なんでも壁に関わる全権を持っているとかなんとか。

    ニック「住民はこれを見ただろうか」

    ハンジ「……付近の住民は戦闘後より今に至るまで、この辺りから遠ざけたままですが……完全に隠し通せた確証はありません」

    ニック「……そう、か」

     つかの間の沈黙。

    ハンジ「そろそろ話してもらいましょうか」

     初めに口を開いたのは、変人。

    ニック「……、何をだ?」

     判っているだろうに。

    ハンジ「この巨人は──なんですか? なぜ壁の中に巨人がいるんですか?」

     …………。

    ハンジ「そして何故、あなた方はこれを黙って……いや、隠してたんですか?」

     ニックは、答えない。

    無言で体を起こし、その場に座り込む。

    それを黙って見つめた後、再び変人は口を開く。

    ハンジ「答えていただきます」

     「それはいかん」と、ニックは立ち上がった。

    ニック「私は忙しい。教会も信者もめちゃくちゃにされた。貴様らのせいだ、後で被害額を請求する。さあ、私を下に降ろせ」

     ……このおっさん、よくもまあこの空気の中そんなこと言えるな。ただ空気が読めないだけなのか、自分の立場を理解できていないのか──それとも、頭がイカれているだけなのか。

    ……頭がイカれてるのは俺も同じか。

    そんなことを考えていると、変人が行動を起こした。

    ニック「!? なにを──ひいっ」

    ニックの首根っこを掴みぐるんと動かし、壁から落ちるか落ちないかのギリギリの位置で停止させる。

    ニック「ふ、ふざけるなっ……なんのマネだ!?」

    ハンジ「ふざけるな」

     それはこっちの台詞だ、と、いつになく真剣身を帯びた変人はニックを鋭い目で睨み付けた。

  64. 128 : : 2014/07/16(水) 21:55:00
    よっ  ハンジさんカッコいい―\(^o^)/ そして期待
  65. 129 : : 2014/07/17(木) 19:55:33
    >>128
    期待ありがとうございます!

    ハンジさんはカッコいい。
    だが変人扱いである。
  66. 130 : : 2014/07/17(木) 19:55:43
    ハンジ「これは重罪だ。人類の生存権に関わる、重大な罪だ」

     鬼気迫る、とは今の変人のことをいうのかもな。

    ハンジ「お前が……お前ら教団が、今まで壁の強化や地下道の建設を散々拒んだ理由はこれか……?」

     ……そりゃあ、万が一壁を弄らせて巨人の存在が明るみに出るのはいろいろとまずいだろうしな。

    教団にも、その上にいる奴らにも。

    ハンジ「壁に口出しする権限をお前らに与えたのは王政だったな……つまりこの壁の秘密を知っているのがお前だけなんてあり得ない」

     「何人いるかは知らないが──」と、変人は一旦言葉を切り、続ける。

    ハンジ「お前らは、我々調査兵団が何のために血を流しているかを知ってたか? 巨人に──“今私の足下にいるこいつの同類に”奪われた自由を取り戻すためだ。その為なら、命だって惜しくなかった……」

     「それが!」という叫びに、ニック含め周りの兵士達も息を飲む。

    ハンジ「それがたとえ僅かな前進だったとしても、人類がいつかこの恐怖から解放される日が来るならと、命を捧げ続けてきた……っ」

     ……命を捧げ続けてきた、か。

    ハンジ「しかし……こんな重大な情報は今まで得られなかった。それでもまだ、とぼけられるのか? どれだけの数の仲間が巨人に食い捨てられていったか、知りませんでしたと……?」

    ニック「ッ……」

    ハンジ「事実お前らは黙っていた……お前らは、“黙っていられた”……」

     …………。

    ハンジ「いいか、お願いはしていない。命令した。話せと。そしてお前が無理なら次だ。次の奴に自分の命とどっちが大事か聞いてみる」

    ニック「…………」

    ハンジ「何にせよ、お前一人の命じゃ足りないと思っている。それともお布施の方がいいか? いくら欲しい?」

    ニック「……手を、離せっ……」

     その言葉に、ほんの一瞬だが僅かに動揺したように、変人の肩がピクリと揺れる。

    ハンジ「今、離していいか?」

    ニック「ッ、今、だ!」

    ハンジ「────」

    ニック「今! ここで離せ!」


     自ら己を殺せと叫んだニックに、周囲が押し黙り、閉口している中。

    俺はただ冷めた瞳で、目の前の自殺志願者を見つめていた。
  67. 131 : : 2014/07/18(金) 15:13:09
    ニック「お、お前達の怒りはもっともだ。だが我々も悪意があって黙っていた訳ではない! 自分の命がかわいい訳でもない! それを証明してみせる! そもそも──」

     ニックが自らの身の上話を叫び、自分をろくでなしだとかなんだとか自虐していたがそのあたりは割愛する。

    聞いたところで意味もないし、特に興味も湧かない内容だったし。

    ニック「私を殺して学ぶが良い! 我々は使命を全うする!」

    ハンジ「──わかった。死んでもらおう」

    「なっ、分隊長!?」

    「ハンジさん!?」

     変人の死刑宣告に周囲がどよめき、制止の声をかける。

    ニック「あ……ああっ……」

    ハンジ「…………」

    ニック「か、神……さ、ま……」

    ハンジ「────っ!」

     直後。

    ズザァッ、とニックは無様に壁上を転がった。

    ハンジ「ハハッ、ウソウソ。冗談だよ、じょーだん」

     ニックを思いきり叩きつけた変人は、取り繕った笑みを浮かべながら壁の縁に腰かける。

    ハンジ「ねえ、ニック司祭。壁って全部巨人でできてるの……?」

     その問いに、ニックは答えない。

    泣いているのか、蹲ったまま静かに呻き声を洩らす惨めな自殺志願者に一瞥をくれることなく、変人はただ黙って茜色の地平線を見つめる。

    よく見ると、その体は小刻みに震えていた。

    その俺の視線に気づいたのか、変人は曖昧に微笑みながらこちらを振り返る。

    ハンジ「ハハッ、なんだろうね……、急に震えてきたよ」

    エレン「……。怖いか?」

    ハンジ「怖い? ……あぁ、うん、そうか……そうかもね。いつのまにか忘れていたよ」

     顔を逸らし、変人は再び地平線を見つめる。

    ハンジ「こんなの、初めて壁の外に出た時以来の感覚だ」



     ──怖いなぁ。


  68. 132 : : 2014/07/19(土) 17:05:28

    ハンジ「…………」

    エレン「…………」

    ハンジ「ねえ、ひとつ訊いていいかな?」

    エレン「なんだ」

    ハンジ「前にさ、リヴァイのとこのペトラと話したんだけどね」

     ペトラ……? ああ、リヴァイ班の女兵士か。

    ハンジ「君は……あと君の連れのアリスって子もそうらしいけど、巨人に恐怖を感じないって本当かい?」

     ……そういや前にそんな話をしたっけ。

    エレン「そうだな。俺もあいつも巨人は怖くない」

    ハンジ「はは、本当なんだ」

    エレン「今度は俺からいいか?」

    ハンジ「ん? いいよ」

    エレン「あんたはさ、巨人の何が怖いんだ? 見た目か? それとも人間を殺して捕食することか?」

    ハンジ「……そう、だなぁ。改めて考えるといろいろと思うところはあるけど……全部、かな。その生態の謎も、どうして人間のみを狙って襲うのか、どこから生まれてどこから来るのか。“わからない″って、案外怖いことだったんだね」

    エレン「…………」

    ハンジ「さっきはひとつって言ったけど、もうひとつ。どうして君は巨人が怖くないのかな?」 

     また似たような質問だな。

     ……、別にいいか。

    エレン「それ以上の恐怖の対象があるからだ」

    ハンジ「……そっか」

     その反応に、意外だな、と思った。

    もっと掘り下げたところまで追求してくるかとも思ったんだが……。

    今はそんなことより、こっちの方が重要だな。

    エレン「なあ、あんたはウォール教……だかなんだか知らんが、その信徒の一人なんだよな?」

     未だに蹲ったままのニックという男に歩み寄り、俺は見下ろしながら問い掛けた。

    が、それに対するニックからの返答はない。別に返ってくるのを期待していた訳でもないからそこはいい。

    俺は彼の横に膝をつき、小さく呟く。

    エレン「壁の秘密とやらはこの“巨人″のことだけじゃない。違うか?」

    ニック「……」

    エレン「本当に巨人は人類の敵なのか? いや、本当に人類“は″巨人の敵なのか?」

    ニック「……」

     答えのない問い掛け。周りの人間には聞こえないように喋ってはいるが……仮に聞こえていようがどうでもいい。

    ここまではあくまで前置きだ。

    本題はここから。

    エレン「壁の秘密にはある家系──血族とでも言うべきか。それが深く関わっているよな。あんたが壁の全権を任される人間なら、そいつらがどこのどいつかも知っている筈だ」

    ニック「…………」

    エレン「その血族の名は──」


     ──レイス家。


     ピクリ、と、微かに反応を示したニック。

    エレン「……、次だ。あんたは『クリスタ・レンズ』という名前に聞き覚えは?」

    ニック「! ……っ」

     今度こそ大きな反応を顕にしたニック。

    驚愕の表情を浮かべてこちらを見るこいつを無視し、俺はゆっくりと立ち上がる。

    エレン「……さてと」

     どうするかな。

  69. 133 : : 2014/07/20(日) 11:20:22
     ウォール・シーナという、最も内側に位置する壁内での巨人の出現。

    女型の巨人、『アニ・レオンハート』によるストヘス区内部の破壊、及び調査兵団の独断による女型の捕獲作戦。

    それらの騒動により、事実上『エレン・イェーガー』ならびに調査兵団幹部召還の件は保留となった。

    そのあたりは俺には関係のないことだから、詳しくは語らない。というか語れない。ほとんど聞き流したし。



     『アニ・レオンハート』は地下へと収容された。その際一目見たが、全身は水晶のような硬い物質に覆われ、拷問する以前に手を触れることすら不可能な状態になっていた。

    まあ、硬いと言ってもオリハルコンやヒヒイロカネやどこぞの古龍の鱗と比較すれば薄っぺらいガラスみたいなものなのだが。

    その気になればあの程度の殻は壊せるのだが、下手に手を出して中身に何かあったらマズいと思いそのまま放置した。あれをどうにかするのは今後の兵団の仕事だ。



     そして例の壁の中にいた巨人だが……正直、多少なりとも驚きはしたがそこまで関心が湧くわけでもない。

    この世界にもレイス家は存在し、『クリスタ』がそれに関わりを持ってるのは判明したが──俺としては、まあ好きな人と同じ存在が“面倒事″に巻き込まれるのに思うところはあるけれど、そこまで深く関わるつもりはない。

    どちらかと言うと、クリスタの方が積極的に近づいている節がある。実際『クリスタ』とお茶しに行ったりもしてたし。

    俺の自慢話やら何やらを語って来た、と言っていたが……ノロケられた方は散々だっただろうな。


     それはさておき。

    現在、団長さんや変人などの一部の調査兵団はストヘス区内の憲兵団支部で会議の真っ最中である。

    どうして独断で女型の捕獲を実行したのか、何故そのことを憲兵団に報せようとしなかったのか、等の会議というより取り調べな気もしなくはないが、それらの話し合いが俺の背後の扉の先で行われている。

    ちなみに一般人の俺は参加していない。憲兵団には胡散臭げな目で見られたが、事実兵団には所属していないのだ。一般人が兵団の重要な会議に加わるわけにはいかないだろ。

    そう答えると、団長さんと変人が苦笑いしていたが。



     会議が始まってから、およそ三十分。

    ある一人の兵士から、ウォール・ローゼが破られたという報告が届いた。

  70. 134 : : 2014/07/22(火) 04:53:59

              ◆

    アルミン「……一体、どうすれば……」

     馬に繋がれた荷台に乗り、シーナの東に位置するストヘス区から南のエルミハ区へと移動する最中。

    不意にそう呟いたアルミンは、深刻そうな顔で俯き気味に息を吐いた。

    アルミン「いきなりローゼが突破されるなんて……我々に、何か手は残されているのでしょうか……」

     その言葉に、同行している他の者は口を開かない。

    『エレン』は巨人化の影響からか体の疲れがまだ取れないようで、アルミン同様俯きながら荷台に揺られ、ミカサはそれに連れ添うように隣に座っている。

    アルミン「これからエレンを現場に向かわせたとしても……とても上手くいくとは思えない。それに──」

     顔を上げ、斜め前に座る男に視線を向けるアルミン。その表情にあるのは──疑問。

    アルミン「なぜ……ウォール教の司祭まで一緒に……」

    ハンジ「ああ、言ってなかったけ。ニックとは友達なんだよ。ねー?」

    ニック「…………」

     ……白々しさが滲み出てるな。

    隣に座る変人を横目で見つつ、俺は出そうになった欠伸を噛み殺す。

    ハンジ「彼は壁の中に巨人がいることを知っていた。でもそれを今までずっと黙っていた。何故かは知らないが、自分が死んでもその他の秘密を言えないというのは本当らしい──そして」

     “彼ら教団は何かしら壁の秘密を知っている”

    その最後の言葉に、一際反応を示したのは『エレン』だった。

    『エレン』「はあっ!? 何だそりゃ!? ──っ」

     叫び、立ち上がった『エレン』だったが、すぐに立ち眩みを起こしたように体をよろめかせた。

    ミカサが介抱するのを傍目に、変人が再び口を開く。

    ハンジ「他の教徒に聞いてもよかったんだけど、彼は自ら同行することを選んだ。状況が変わったからね。現状を見てもなお原則に従って口を閉ざし続けるのか……自分の目で見て、自分に問うらしい」

     ……へえ。

    壁上で話した時も思ったが……こいつ、案外甘いタイプだな。

    『エレン』「イヤイヤ、それは……おかしいでしょ。何か知ってるなら教えてくださいよ。人類の全滅を防ぐ以上に重要なことなんて無いでしょう」

     …………。

    ハンジ「どうだろう? 私には司祭は真っ当な判断力を持った人間に見えるんだ。もしかしたら、だけど……“人類滅亡”より重要な理由があるのかもしれない……」

    エレン「──もしくは」

     唐突に口を挟んだ俺に、この場にいる者達の目線が一斉に集まる。


    エレン「人類は初めから滅亡しないのかもしれない。……いや、敢えて滅亡“させる”というのもあるな」


    『エレン』「──え?」

    ミカサ「……それは、どういう……」

     疑問を口にする二人。それ以外──変人とアルミンは思案顔で黙り、ニックは目を伏せたまま。

    そしてニックの隣に座る──つまり俺とは反対方向にいる兵長さんの顔は、間に挟んだ二人が邪魔でよく見えなかった。

  71. 135 : : 2014/07/23(水) 00:52:15
    面白ーい!このシリーズ大好きです!!期待!!
  72. 136 : : 2014/07/24(木) 05:02:32
     俺が先を話さないのを悟ったのか、ニックの隣に座り、彼を見張っている兵長さんが別の話題を切り出した。

    彼はこの荷台に乗る前から変人が手にしていた石ころに視線を向け、どうしてそんな物を持っているのかを理由を問う。

    ハンジ「これはただの石じゃない……女型の巨人が残した硬い皮膚の破片だ」

     皮膚の破片……、ん?

    アルミン「……え、えっ!?」

     同じ結論に至ったのは、どうやらアルミンだけのようだ。

    アルミン「消えてない!?」

    ハンジ「そう! アニが巨人化を解いて体から切り離されてもこの通り! 蒸発もしないで存在している……消えないんだよ」

     活動が停止した後、巨人の肉体は蒸発し、いずれ消滅する。それは巨人から飛び散った血液などにもいえることで、本来なら変人が持つ見た目石ころの皮膚も今頃は消えていなくてはおかしいのだ。

    だが、それは確かに今この場に存在している。

    ハンジ「もしかしたら、と思ってね。壁の破片と見比べたらその模様の配列や構造まで酷似していた」

    アルミン「……それって……」

    ハンジ「うん。多分アルミンの考えている通りだと思う。あの壁は大型巨人が主柱になっていて、表層部分は彼らの硬化した皮膚で形成されていたんだ」

     …………。

    ミカサ「……本当に、アルミンが言ってた通り……」

    アルミン「っ、じゃ、じゃあ──」

    ハンジ「待った!」

    アルミン「んぐっ!?」

     身を乗り出し何かを言おうとしたアルミンだったが、それは彼の口を塞いだ変人によって遮られる。

    ハンジ「言わせてくれアルミン。──今までのままじゃウォール・ローゼを塞ぐのは困難だっただろう。穴を塞ぐのに適した大岩でもない限りね」

    『エレン』「…………」

    ハンジ「でも、もし……巨人化したエレンが、硬化する能力で壁の穴を塞ぐことができるのだとしたら」

  73. 137 : : 2014/07/24(木) 05:03:04
    >>135
    ありがとうございます!
  74. 138 : : 2014/07/25(金) 19:47:47
    『エレン』「俺で……穴を塞ぐ……!?」

    ハンジ「元の材質は同じ筈なんだ。巨人化を解いた後も蒸発せずに石化した巨像を残せるのなら、あるいは……。本当にそんなことが可能ならだけど、さっきまでそう考えてたんだ」

    『エレン』「…………」

    アルミン「賭ける価値は大いにあると思います。それに……同じやり方が可能なら、ウォール・マリアの奪還も明るいですよね」

     ほのかに笑みを浮かべたアルミンは、『エレン』による壁を塞ぐ作戦におけるメリットを語る。

    従来の方法では大量の資材を運ぶ必要があり、それを支える人員や兵站を考えると道中に拠点を設けながら進むしかなく、それにはおよそ二十年掛かる計算だったそうだ。

    そこに『エレン』という要素が加わると、話はガラリと変わる。

    アルミン「荷馬車を護送する必要もないとなると……シガンシナ区まで最速で向かうことも可能だと思います」

    ハンジ「……なるほど。少数だけなら一気にウォール・マリアまで行けるかもしれないのか」

     そこで少しの間を置き。

    アルミン「夜に──」

    ハンジ「え?」

    アルミン「夜間に、壁外の作戦を決行するのはどうでしょう?」

     夜間……。

    ああ、そういえばそんな話もあったな。

    アルミン「巨人は夜間には動けない。その隙を狙うんです。……さすがに松明の明かりだけで馬を駆けさせることはできませんが……多少遅い速度でも、人数さえ絞れば夜明けまでにウォール・マリアへ行けるかもしれません」

    ハンジ「…………。状況は絶望のどん底なのに、それでも希望はあるものだね……」

     絶望だからこそ、希望しかないんだがな。

    ──果たしてそれが希望に繋がるのかは定かではないけれど。

    アルミン「えぇ……ただし、この作戦は」

     言葉を区切り、『エレン』へと顔を向けるアルミン。

    アルミン「エレンが穴を塞げるかどうかに懸かってるんですが……」

     瞠目し、息を呑む『エレン』。

    ……というかその作戦、徹頭徹尾『エレン』にすべてが懸かってると言っても過言ではないような。

    ハンジ「ええと、こんなこと聞かれても困ると思うんだけど……」

     どこか申し訳なさそうな顔付きで、変人は『エレン』を見。

    ハンジ「それってできそう?」

     これまた申し訳なさそうな声色で、変人は問い掛けた。

    ……ほんと、この世界の『俺』は面倒な立ち位置というか、碌な目に遭わないというか、なんというか。

    難儀だなあ、と、俺は内心ため息をつきながら、僅かながら『自分』に同情した。

    ──まあ、どちらかと言うと俺の方が同情されるような目に遭ってるんだけど。

  75. 139 : : 2014/07/26(土) 17:16:21
    リヴァイ「できそうかどうかじゃねえ。やれ、やるしかねぇだろ」

    『エレン』「……!」

    リヴァイ「こんな状況だ……兵団もそれに死力を尽くす以外にやることはねぇ筈だ。必ず成功させろ」

    『エレン』「──、はい! 俺が必ず穴を塞ぎます! 必ず……!」

     …………。

    『もう、わけのわからん状況にはうんざりなんだ……まずは今からウォール・ローゼを塞いで、ウォール・マリアも塞いだら──次は“地下室”だ」

     地下室……。それも“巨人化”に次ぐ俺と『こいつ』との差異のひとつだな。

    『エレン』「そこにすべてがあると言っていた親父の言葉が本当なら、親父の消息の手掛かりも……」

     首に紐で吊り下げられた小さな鍵を握り、まるで自分に言い聞かせるように『エレン』は言葉を紡ぐ。

    『エレン』「そこにすべての答えがある筈だ……そうすりゃ判るだろう……判る筈だ。この怒りの矛先をどこに向ければいいかが──っ」

    ミカサ「…………」

     “怒りの矛先をどこに向ければいいか”、ね。

    もしかしたら、『こいつ』は薄々勘付いているのかもしれない。本当の敵が“別の何か”だということを。

    いや、勘付いてるというよりは……違和感を覚えてる程度、か。少なくとも、矛先を向ける先が“巨人”一直線じゃなくなったのは大きな変化だろうな。

    ハンジ「ん……、もうすぐエルミハ区だ。ニック司祭はここまで。後で他の兵士に付いてもらうけど……私としては、それまでに答えを用意しておいて欲しいところではあるかな」

    ニック「…………」

     変人の視線を受け、ニックが僅かに俯く。

    その様子を他の面々が無言で見つめる中、俺は段々と近づいてくる壁を何となくボーッと見つめていた。


              ◆

     ウォール・シーナの南、エルミハ区。

    壁が破壊されたことにより避難してきた、町全体に溢れかえる程の人間の波を頭からシャットアウトし、変人達は出発の準備を進める。

    ハンジ「ここから先はもう巨人の領域になるよ。エレン、馬には乗れそうかい?」

    『エレン』「えぇ……体の力はある程度戻ってきました」

    ハンジ「よし。それじゃあ西側のリフトに用意してあるから……モブリット、お願い」

     判りました、と一人の男が言葉を返すと、『エレン』を連れて先へ向かおうとする。

    ハンジ「…………」

    「分隊長? 急ぎましょう」

    ハンジ「モブリット……ちょっと待って」

     告げ、変人は離れた位置で所在なさげに突っ立っているニックの元へと歩み寄っていく。

    ハンジ「司祭。何か……気持ちの変化は、ありましたか?」


  76. 140 : : 2014/07/27(日) 09:59:05
    ニック「…………」

    ハンジ「────。時間がない! あんたにもそれくらい判るだろ!? 話すか黙るかハッキリしろよお願いですから!!」

    ニック「……私は、話せない。他の教徒もそれは同じで変わることはないだろう……」

    ハンジ「っ、それはどーも! わざわざ教えてくれて助かったよ!」

     苛立ちを隠すことなく叫び、立ち去ろうとする変人。

    が、その動きは背中から掛けられた「それは……」というニックの声で停止する。

    ニック「自分で決めるには、あまりにも大きなことだからだ。私には──いや、我々にはあまりにも荷が重い……」

     沈痛な面構えで語るニックに、変人と、さらには周りにいた複数の兵士達も注目する。

    ニック「我々は、代々強固なる誓約制度を築き上げ、壁の秘密をある血族に託してきた」

     そこでほんの一瞬、チラリと俺を見てきたニックだが、すぐにまた話を再開する。

    ニック「我々からは話せない。だが……壁の秘密を話せる人物の名を教えることならできる」

     ……へえ。教えるのか、あいつのこと。

    この現状を目のあたりにして気持ちの変化でもあったのかね。

    ハンジ「責任を……誰かに押し付けて、自分達の身や組織を守ってきたってこと?」

    ニック「……そうだ……。その子は三年前、その血族の争いに巻き込まれ、今は偽名を使って身を隠している」

    ハンジ「偽名……」

    ニック「その子はまだ何も知らないが……壁の秘密を知り、おおやけに話すことを選べる権利を持っている。今年調査兵団に入団すると聞いた」

    『エレン』「……!」

    アルミン「今年ってことは……僕達の同期?」

     『エレン』達が困惑する中、ニックは静かにあいつの名を告げる。

    ニック「その子はクリスタと。クリスタ・レンズと、今は名乗っている筈だ」

    ミカサ「!──」

    アルミン「え……」

    『エレン』「あいつが……クリスタが?」

     唖然とする104期の面々。

    「……? え、誰?」という声が変人から洩れるが、誰もその疑問には答えず、ニックは話を続ける。

    ニック「彼女を連れてこい。彼女なら我々の知り得ない真相さえ知ることができるだろう……その上で、真実を話すかどうかは彼女次第だが……私ができる譲歩はここまでだ」

     後はお前達に委ねよう。という言葉を最後に、ニックは静かに息を吐いた。

     ……それにしても、そんな重要機密の一端のような話をこんな場で話すとはな。

    見渡す限りでは兵団の連中しかいないが……ま、俺とあいつはもう“目をつけられてるだろうし”、今更か。

    ハンジ「ちょっと……その子、104期ってことは……今は最前線にいるんじゃ──」

    『エレン』「っ、行きましょう! とにかく現場に急がないと!」

    ハンジ「待って! まだ104期全員の名前をまだ知らないんだけど……」

    リヴァイ「エレン、そいつの特徴を言え」

    『エレン』「えっ……と、あの一番小さい子ですよ! ほら、壁外遠征の帰りに一緒にいた、あの金髪の……」

    リヴァイ「……ああ、あいつか」

    ハンジ「え、リヴァイ知ってるの?」

    リヴァイ「一度見ただけだがな」

    ハンジ「あ、そうなの……他に何かない?」

     一度も会ったことのない──いや、別の意味で同一の人間には会ってるんだが、今一特徴を掴めない変人。

    アルミンやミカサが付け足す形でいろいろ言っているのを傍目に、俺は今まさに最前線にいる、件の“同一の人物”のことを思い浮かべていた。

    巨人の百や二百程度じゃケガすらしないと思うが……むしろ片手間に蹂躙している光景すら浮かぶのはもう諦めた。

    ……それが普通に思える俺は、もう末期なんだろうなあ。


    そんな彼は、愛しい彼女が“猿人を模した巨人”から投げられる大岩を、片手間どころか片足で蹴り壊していることを知らない。

    知ったら知ったで当然のように受け止めるだろうが。
  77. 141 : : 2014/07/28(月) 19:47:04

    《あーあ、死んじゃった》


     時は遡り。

    エレンを含めた調査兵団の選抜部隊がエルミハ区を出発する、およそ十六時間前。


     ウォール・ローゼ内地の南。

    そこにある拠点のひとつに、『104期訓練兵団』卒団者の兵士達が理由も知らされずに集められていた。

    装備も着けさせてもらえず、兵士の務めともいうべき訓練すら禁止され、ただただ意味もない時間を過ごす。

    そんな怠惰な時間は、サシャ・ブラウスの「沢山の足音が聞こえる」という一声で終わりを告げることとなる。

    調査兵団の先輩から、南方からの巨人襲来の報せを受けた新兵達が慌ただしく準備を行う中、とある女性はその作業に加わることもなく、一人憂鬱そうに“北の空”を眺めていた。

    耳に入る周囲の喧騒も、遠くから聞こえる木偶の坊達の足音も、すぐ近くでナナバとかいう兵士と何やら会話している変態匂いフェチ髭野郎の声も、全てシャットアウト。

     彼女──クリスタ・レンズの頭の中は、この命を落とすかもしれない状況であるにも関わらず、ある一つのことで埋め尽くされていた。



  78. 142 : : 2014/07/29(火) 04:44:28

              ◇

     エレンに会いたい。

    エレンに会いたいエレンに抱き付きたいエレンに抱かれたいエレンとキスしたい!

    そりゃあね、あっち側と同じくらいこっち側も重要なのは判るけど……やっぱり離れ離れになるのは嫌ね。寂しくて死んじゃいそうだわ。

    当の本人が聞いたらきっと笑い飛ばすんでしょうけどね。


    ナナバ「ミケ、巨人の位置は?」

    ミケ「前方だ……あの一帯に九体いる。鼻で判る限りではな」


     ──しかしまあ、私も変わったなあ。昔は少しくらいなら離れても問題なかったのに……むしろエレンの方が私にベッタリだったっけ。


    ナナバ「再び、壁は破壊されたと……そう、捉えるべきなのかな。トロスト区や────」


     今じゃすっかり反抗的になっちゃったしなぁ。特に夜のアレの時なんか、何だかんだ主導権はあっちだし……初めの頃の拙さはどこにいったんだか。


    ナナバ「──都合のいいサイズの岩がその付近に転がっていない限り、エレンがいても穴を塞ぐことはできない……つまり、考えうる限り最悪の事態が今──起きているってことだ……。事実上、ウォール・ローゼは突破されてしまった……っ」


     ふふ、まあそれもまたいいんだけどね。普段は私が主導権握ってるから、たまには受けと攻めを交換しないとエレンにもストレスとか溜まりそうだし。


    ナナバ「私達は……超大型巨人の正体も、鎧の巨人の正体も……もしくはそれ以外の敵勢力を見つけ出すことにも失敗し──この日を、迎えた」


     けどなあ、最近はあっちばかりが攻めだし……そろそろ私からヤるのもいいかしらね。流石にそっち系のプレイは気が引けるけど……むう、悩みどころね。


    ナナバ「私達は……人類は、負けた……」

    ミケ「いいや、まだだ」


     前にエレンがはまったコスプレ衣装はこっちの世界には無いし……いっそ自分で作ろうかしら。


    ミケ「人は戦うことをやめた時、初めて敗北する。戦い続ける限りは──まだ負けてない」


     作るにしても何にしよう……。ナース服はまあ無難よね。あとはスーツとかメイド服とか……学生服は……さすがに二十歳になってまで着ようとは思わないわ。


    ミケ「104期には申し訳が立たない。我々が疑ったばかりに、無防備な状態でこの状況に放り出してしまったのだ……」

    ナナバ「……情けない所は見せられない、か」

    ミケ「あぁ……戦うぞ、奴らと」


     んー、でもコスプレなんだし年齢は関係ないか……。ただいざ着てみて彼に引かれるのはちょっと嫌だし……。


    ミケ「……アリス、といったか。君はどうする? エルヴィンからは好きにやらせていいと言われているが……」

    クリスタ「まぁ、まだ作ってもいないんだし……保留でいいか」

    ミケ「……ん?」

    クリスタ「え? なに、何か言った?」


     ──少しして。

    準備を終えた104期の新兵達を引き連れ、彼らは拠点を後にした。

  79. 143 : : 2014/07/29(火) 17:58:22
    ミケ「あの巨人群が林まで到達したら一気に離散する! それまでに四つの班を構成する!」

     先頭で馬を走らす匂いフェチ変態髭野郎──長いから変態でいいわね。

    あいつの声に従い、武装兵と104期の兵士達を混合した部隊を急遽編成。

    東西南北にそれぞれ分かれ、残っている住人の救助を最優先に、巨人との戦闘は可能な限り回避するよう指示が出される。

    その中で、北と南は出身地があり土地勘を備えているという理由で、サシャ、コニー両名が案内役を買って出た。

     ……コニーの方は是が非でも、といった様子ね。巨人が来たのは南で、故郷の村があるのも南。気になるのは当然か。

    南へ向かう班には壁の破壊跡の確認も追加されて人数が必要みたいだけど……今の私は武器も持たない“か弱い”一般人だし、極力安全な方角に向かうのは当たり前よね。

    ……ま、そんなのは建て前なんだけど。

    というか、一般人って言った私を何人か訝しげに見つめてきたのは何でよ。

    ナナバ「判ってると思うが、今日は人類最悪の日が更新された日だ! そして人類至上最も忙しく働くべき時が──今だ!」

     背後から聞こえてくる足音。

    振り向き、巨人が木々という障害物のある林の中にいるのを確認した変態が叫ぶ。

    ミケ「巨人共が林に到達した! 各隊離散せよ! 最高速度で駆け抜けろ!」


     ──直後。

    巨人達が、まるで初めから打ち合わせていたかのように、急激にその移動速度を上昇させた。

    比較的大きい巨人は木々を薙ぎ倒しながら、小さい巨人は間を縫うようにしてこちらに接近してくる。

    ミケ「……何故だ……っ」

    「巨人が一斉に走り出した!?」

    「速い──追い付かれるぞ!」

     周りが動揺する最中、私は無言で『クリスタ』のすぐ側で馬を走らしながら、チラリと背後に目をやる。

    ──まるで何かに統率されたような動きね。巨人に意志疎通の手段なんてあったかしら……?

    ミケ「ゲルガー! 南班はお前に任せた!!」

     言い残し、変態はひとり別方向へと進路を変えた。

    どうやら巨人を惹き付けるつもりみたいだけど……一人であの数を相手にするのは無謀でしょうに。

    ま、アレが死のうがどうなろうが構わないし、気にする必要もないわね。

    欲を言えば、『この子』に降りかかる危険分子をいくつか消してくれればいいのだけれど……、兵長さんに次ぐ実力者だって話だし、そこは期待しようかしら。

     目の前を走る『自分』の後ろ姿を見つめながら、私はそんなことを頭の片隅で考えていた。

  80. 144 : : 2014/07/30(水) 17:31:17
     巨人襲来から、およそ七時間が経ち。

    西班に混ざって住人達の避難、誘導を終えた私は、どういうわけかそのまま南へ向けて進行していた。

    ……壁の破壊跡の確認は南班の仕事じゃなかったのかしら。



     思ったよりも少なかった集落を回り、人がいるのを確認したその都度人員を彼らの誘導に削いだ結果、西班は片手で数えれる程の人数にまで減っていた。

    このままウォール・シーナで待機かな、と私は思っていたのだけれど、それはある一人の言葉で見事に覆された。

    「このまま南下しよう」

    そう言い出したのは、見た目はまだ若いナナバという名前の兵士。

    実質、この西班を指揮していたのは彼……彼女、かしら? まあどちらでもいいけれど、そんな先輩さんからの指示を受け、一番初めに言葉を返したのはユミルだった。

    まとめると、武装していない『クリスタ』と自分は前線から一時離脱させろ、というもの。親切なことに、その離脱組の中に私も入れてくれたユミルだったが、その案は呆気なく却下された。

    ナナバ「悪いけどそれはできない。何が起きるか判らないこの状況、一人でも多く連絡要員は確保したい……兵士を選んだ以上、死は覚悟してくれ。この初期対応にすべてが懸かってる」

     私は兵士じゃないんだけど、と口に出したところで、多分意味はない。

    恐らくだけど……この先輩さんは私を戦力として認識している。というのも、実はつい少し前、私は先輩さんの目前で巨人をのしてしまったのだ。

    その状況を簡潔にまとめると、大体こんな感じ。



    「ぐおーっ!」

    クリスタ「うるさい! てい!」

    どかっ!

    「ぎゃー!」

    バタンッ!



     …………私の小説家としての才能が皆無だというのが露見したところで、話を戻す。

    まあとにかく、私が10メートル級の巨人を蹴り飛ばしていたのを先輩さんは目撃していたのだ。

    その場で深く追求してこなかったのは、私を知る別の人……兵長さんとか団長さんとか、もしくはあの変態から多少なりとも私のことを聞いていたからかもしれないが、正直対応が面倒だからそれはそれで良かったと思う。

    ちなみに、『クリスタ』とユミル、後もう一人の兵士は私の理不尽さを知らない。ちょうど別行動していたのが幸いした。あれ見られてたら間違いなく面倒な目に遭ってただろうし。

     ……まあ、たとえ私だけ外れてもいいと許可されたとしても、『彼女』がいる限り離れるつもりはないんだけどね。
  81. 145 : : 2014/08/06(水) 19:59:35
     南に下り、気がつけば辺りは闇に包まれていた。

    道中の村から松明を拝借し、その明かりを頼りに、私達は壁の破壊跡を見つけるべく恐る恐る馬を進める。

    ナナバ「……ふぅっ」

     先輩さんから、大きく息を吐く音が洩れた。

    『クリスタ』もユミルも、もう一人の兵士も、皆極度の緊張感から荒い呼吸を繰り返しているのが確認できる。

    松明の明かりがあるとはいえ、照らせるのはほんの少しだけ。ぼんやりと照らされる距離も含めて精々三メートル程度。

    いつなん時巨人が襲ってくるのか判らないこの状況、緊張するなと言う方が無理だろう。

    ……私はなんともないけど。

    クリスタ「…………」

     ふと、隣にいる『クリスタ』を見た。

    汗をかき、ハァハァと肩で息をしている。

    この中で一番疲弊しているのは彼女だろう。体力も精神も、この中では一番脆く、弱い。

    ──まだまだ新米だし、そこは仕方ないのかもね。私と違って修羅場をくぐり抜けた経験なんて殆ど無いだろうし。

    …………、ま、いっか。

    クリスタ「大丈夫? 『クリスタ』ちゃん」

    『クリスタ』「! あ……、はい、大丈夫です」

    クリスタ「そこまで緊張しなくていいわよ。この辺り、巨人はいないみたいだし」

    ユミル「は?」

     その言葉に真っ先に反応したのはユミルだった。

    ユミル「いや、待て、待てよ。あんた、なんでそんなこと判るんだ? 見ての通り辺りは真っ暗だ、何も見えないだろ」

    クリスタ「ええそうね。何も見えないわね」

    ユミル「じゃあなんで……」

    クリスタ「私、常人より耳がいいの」

    ユミル「……」

    クリスタ「片目が使えなくなって、ちょおっとそのままじゃ困る状況にいたことがあってね。無理矢理聴力だけ底上げしたのよ。死角からの音だけでも拾えやすいようにって」

     “眼帯で隠された右目”を指先でなぞりながらそう言った私に、ユミルは眉を寄せて小さく「はぁ?」と疑問の声をあげる。

    ユミル「んな無茶苦茶なことできるわけ……」

    クリスタ「あら、世の中には私達が思っている以上に“規格外”で“非常識”な現象や輩は沢山溢れてるのよ?」

     あらゆる薬を作れる月の民や、手にした者の願いを叶える万能の願望器、とか。

    クリスタ「なにより、貴方達の身近にもあるじゃない、無茶苦茶な存在が。巨人になれる人間なんて、そうそうお目にかかれないと思わない?」

    ユミル「……はっ、確かに」

     表面上は鼻で笑ってみせてはいるけど……内心では私に対する疑惑で一杯ね、あれは。

    そりゃあ聴力だけ底上げしたなんて言われたら誰だって疑うわよね、頭を。

    ま、超小型の集音機とか付ければ可能なんだけどね。この世界の技術力じゃ無理だろうけど。

    ナナバ「君達、お喋りはあまりしないようにね」

    クリスタ「あら、ごめんなさい。必要以上に気を張りつめるのもどうかと思ってね、つい口出しちゃったわ」

    ナナバ「…………」

     まったく悪びれた様子もなく言った私に、先輩さんは無言ながらも鋭い視線を向け──それを外すと、露骨にため息ついた。

    呆れからかどうかは判らないけど、今ので少しは先輩さんの緊張も解けたみたいね。

    適度な緊張感は大事だけれど、それも度が過ぎると咄嗟の時の枷にしかならない。

    ……私みたくまったく持たないのも、我ながらどうかと思うけど。

  82. 147 : : 2014/08/08(金) 20:38:07
              ◇


     巨人発生から、およそ十一時間。

    私のおふざけで少しは緊張を解せたけど、やっぱり巨人に対しての恐怖を忘れることはできなかったようで。

    じわりじわりと汗で額を濡らしながら進む四人と共に壁沿いを進む。

    今のところ破壊されたような跡は見つかっていない。もっと南なのか、もしくは…………ま、それは近いうちに判るか。


     ──あ。


    クリスタ「何か来るわね」

    『クリスタ』「っ──それって巨──」

    クリスタ「巨人じゃないわ。足音が小さすぎるし。これは……馬、かしら」

    ナナバ「……そうだとしたら、南に回った班かもしれない」

    『クリスタ』「だったら早く合流を……」

    ナナバ「いや、まだ決めつけるのは早い。彼女の聴力は本人が言うように優れているのかもしれないけど……私は君の言葉をすべて鵜呑みにするわけにはいかないんだ」

     目だけを向けてきた先輩さんに、私は「それはそうでしょうね」と答える。

    クリスタ「貴女の立場から、こんな得体の知れない“一般人”の言葉を信用して、周りを危険な目に遭わすわけにはいかないもの。そう考えるのは当たり前よ」

     むしろこんな私達に行動の自由を与えている団長さんとかの方が異常なのよ。いくら取引やら契約やらが関わってくると言っても、いくらなんでも警戒心が薄すぎる。

    それに関しては今更感がしなくもないけど。

    私達の正体を知った上で、だったら別かもしれないけど、その可能性は低い。

    ──と、思うんだけどね……。

    一人だけ、私達の正体に勘づいてそうなのがいるから、否定もできないのよね。そいつが団長さんに報告してるかもしれないし。

    ……ま、ばれたらばれたでどうとでもできるからいいんだけど。手を出してきたら物理的に黙らせればいいし。


     閑話休題


     私の音が聞こえる発言から、四人はより一層警戒を強めてゆっくりと進んでいく。

    すると、突然いくつかの明かりが視界に入り込んできた。

    ナナバ「ッ──! ゲ、ゲルガー……か?」

    ゲルガー「! ──、……ナナバ?」

     明かりの正体は南班の持っていた松明の灯火だった。見ると、ゲルガーと呼ばれた兵士を先頭に、ライナーやベルトルトなどを含んだ五人がこちらの面子同様焦燥した顔つきでこちらを見ていた。

    ゲルガー「お前らも、壁を沿って来たのか?」

    ナナバ「ああ……、それで、穴はどこに?」

    ゲルガー「──は?」

     …………。

    ナナバ「? ……こっちはかなり西から壁沿いを迂回してきたんだけど、異常はどこにもなかった。こっちじゃないとすればそちらが見つけた筈では?」

    ゲルガー「……いいや、こちらも穴など見ていない」

     ──へえ。

    穴はなかった、か。


  83. 149 : : 2014/08/09(土) 19:01:43
    「見落とした可能性は?」

     女兵士の意見に、今まで私達と行動していた男の兵士が「ありえない」ときっぱり否定する。

    「巨人が通れるほどの破壊跡だぞ。余程のことがない限り見落とすなんてことは……」

    ゲルガー「くそ、どうする……もう一度確認してみるか?」

    ナナバ「そうすべきだが……さすがに馬も我々も疲労が限界にきている。今以上の集中力は──期待できない」

     瞳を閉じ、呼吸を落ち着かせようとしている『クリスタ』を横目にして、先輩さんはそう告げる。

    ゲルガー「せめて月明かりだけでもあれば……あ?」

    ナナバ「月が……これで少しは視界が晴れる」

     雲の隙間から差し込む月明かりにより、大地はぼんやりと照らされる。

    これで幾分かは視界的にも精神的にもマシになった、と何人かが肩の力を抜く中、私はとある方向にあるものを注視していた。



     ──それは、まるで魔王の城に向かう途中にある中ボス的な輩が住み処にしているかのような。

     ──もしくは、どこぞの悪の吸血鬼がねぐらにしているかのような。

     ──はたまた、悪い魔法使いに囚われたお姫様が幽閉されているかのような。

    そんな雰囲気を醸し出す“くたびれた城のような建築物”が、月をバックにひっそりと、その存在を主張していた。


  84. 151 : : 2014/08/10(日) 10:54:06
     ウトガルド城。

    昔はどうかは判らないけど、今ではならず者の溜まり場にでもなっていたのだろう。城跡のいたるところについ最近まで人が住んでいた形跡が残されていた。お酒の瓶とか。


     南班を加えた私達は、その城跡の一室で薪に火を付け、それを囲んで束の間の休息を取っていた。

    「しかし盗品のおかげで体を休めることができるとはな……」

    ナナバ「これじゃあどっちが盗賊か判らないね」

    「ハハハ、まったくだね」

    ゲルガー「…………」

    ナナバ「……ゲルガー、君はいい加減それを手放しなよ」

    ゲルガー「……判ってる」


     ……余程お酒が好きなのね、あのゲルガーとかいう男は。私もお酒は好きだから、飲みたくても飲めないもどかしさは理解できるけど。

    それにしてもお酒かあ。ここ最近飲んでないわね。どうしてか、私が飲もうとするとエレンがいつも止めてくるし。

    そりゃあ、いつもお酒を飲んだ後の記憶が無いから、エレンが私を心配するのも判らなくはないけど……何も禁止にする必要はないと思うのよねえ。

    それに私を止める時のエレンが、何故か怯えた表情を浮かべるのも判らないんだよなあ……。

    ゲルガー「──じゃあ俺から行くぜ。ここにいたら酒が気になって仕方がねえ」

    ナナバ「ああ、頼んだよ」

     私が過去の記憶を振り返っている間にも、先輩さん達の話は進んでいたようで。

    さっきまで持っていた酒瓶を名残惜しそうに地面に置いたゲルガー……酒好きさんでいいか。彼は一瞬お酒を見下ろすと、今度は壁際に座る『クリスタ』達に目を向ける。

    ゲルガー「お前達新兵はしっかり休んでおけ。日が沈んで結構経っているから動ける巨人は少ないと思うが──念のため、我々が交代で見張りをする。出発するのは日の出の四時間前からだ」

    『クリスタ』「あの……もし、本当に壁が壊されていないとするなら、巨人はいったい何処から侵入してきているのでしょうか」

    ゲルガー「それを突き止めるのも明日の仕事だ。今は体を休めることに努めろ」

     言い残し、酒好きさんは階段をあがり、この場から姿を消した。

    このウトガルド城。“城”という名前が付いてはいるが、どちらかと言うと塔に近い形をしている。

    最上階は外の見張りにはちょうどいいだろう。

    『クリスタ』「……もしかしたら」

     不意に、『クリスタ』が呟く。

    先輩さん達に顔を向け、話を続ける。

    『クリスタ』「当初想定していた程のことにはなってないんじゃ……ないんでしょうか。何と言うか、その……」

     確かに、当初想定していた“壁が壊された”っていう最悪は、実は違ったのかもしれない。

    けれど、それが本当に“最悪”だとは限らない。

    「あぁ、確かに巨人の数が少ないようだ。壁が壊されたにしてはな」

    ナナバ「私達が巨人を見たのは、最初に発見した時と……あと一度、小さな村で遭遇した時だけだからね」

    ユミル「……。そういやコニー、お前の村はどうだった。向かったんだろ?」

     “村”繋がりで思い出したのか、ユミルが自分の斜め前に座るコニーへ問い掛けた。

    その問いに、彼はユミルと顔を向き合わすことなく、目だけを向けて口を開いた。

    「壊滅した」と。

    「巨人に踏み潰された後だった」と。

    それを聞き唖然とする『クリスタ』とユミル。

    私は特に何も思わなかった。他人の身に何が起きようが興味もないし、関心も湧かない。

    ユミル「……そう、か。そりゃあ──」

    コニー「“でも誰も食われてない”」

     
     その言葉には、さすがに興味が湧いたけど。

  85. 152 : : 2014/08/11(月) 15:06:39
    コニー「皆うまく逃げたみたいでよ……それだけは、良かったんだけど……」

     ──うまく逃げた?

    ただの、なんの訓練もしていない人間が、熟練の兵士すら殺されることがある巨人の──しかも単体ではなく集団から?

    そんな都合のいい話がある訳がない。村人全員が私みたいな“異質な一般人”でもない限りは。

    ユミル「……は? いやお前、さっき村は壊滅したって言わなかったか?」

    コニー「家とかは壊されてたけど、村の人に被害はなかったんだ。もし食われてたら、その……血とか、そういう跡が残るもんだろ? それがないってことは……つまり、そういうことだろ」

    ユミル「…………」

     ……食われた形跡がない。けれど、村は破壊されていた。

    巨人って、確か人の集まる場所に寄ってくる習性があった筈よね。仮にいち早く巨人の接近に気がつき村人全員が逃げたとして、なぜ“誰もいない”村を巨人は壊滅する程破壊した?

    奇行種の仕業もあり得るけど……実際にその村を見てもいないし、判断がつけにくいわね。

    コニー「ただ、ずっと気になっているのが……俺の家にいた巨人だ。自力じゃ動けねぇ体で俺の家で寝てやがった」

    ライナー「……!」

     その言葉に、どういうわけかコニーの隣にいるライナーの瞳が僅かに反応した。

    コニー「そんでよぉ……そいつがなんだか……“おれの母ちゃんに似てたんだ”……」

    クリスタ「────」



     ……ああ、そう、そういうこと。

    本当に、本当にこの世界は、“相も変わらず優しくない”わね。私達に。

    狙いは何かしら。実験? それとも『希望』に対抗するための戦力の増加?

    まったくの無関係、とは考えにくいし……。

    あーもう、“思い出せない”ってのいうのがここまで厄介だとは思わなかったわ。



    コニー「あれは一体……」

    ライナー「コニー。まだそんなこと言ってるのか。お前は──」

    ユミル「バッカじゃねぇーの」

     ライナーの言葉を遮るようにして発せられた声に、皆の注目は声の主であるユミルへと注がれる。

    私も目を向けると、そこには口を開けて今にも笑いだしそうな彼女の顔が。

    ユミル「ダハハハハハ……ッ! おいコニー! お前の母ちゃん巨人だったのかよ!? じゃあなんでお前はチビなんだよオイ!?」

     ……演技、かしら。

    いや、強ち本気かもしれないけど。

    『クリスタ』「ちょ、ちょっとユミ……っ、て、え? あ、アリスさん?」

     会話に入り込みそうだった『クリスタ』を軽くこちらに引き寄せ、私は唇に人差し指を当てて俗に言う『しー』をやる。

    せっかくユミルが場の空気を“都合のいい方に”向かわせようとしているのに、横いれをさせるのはちょっとね。

    それに、まだ『この子』は知らない方がいいと思うし。もう手遅れかもしれないけど。

    ユミル「お前そりゃあ──辻褄が合わねえじゃねぇか! お前バカだって知ってたけど……こりゃあ逆に天才なんじゃねぇか!? なあ!? ダッハハハハハハ!」

     ……演技、よね?

    コニー「あぁ……もう、うるせえなぁ……バカらしくなってきた」

    ユミル「ハハッ、つまりあれだ、その説が正しければお前の父ちゃんも巨人なんじゃねえの? じゃねぇとほら……できねえだろ、な?」

    コニー「うるせえクソ女!! もう寝ろ!!」



  86. 154 : : 2014/08/13(水) 13:01:40
              ◇


    クリスタ「…………」

    『クリスタ』「んんっ……ぅん」

     …………何と言うか。

    自分の寝顔って、改めてこうして見ることなんてなかったけど。

    マヌケね。

    クリスタ「……もう」

     女の子なんだから、涎はまずいでしょう。

    上着の内ポケットからハンカチを出して、目の前で口を半開きにして眠る『自分』の口許を軽く拭き取る。

    ──世界は違えど、こういうところは同じなのね。私もたまにだけど、彼に涎垂れてるってからかわれたし。

    ……今思うと、寝ている女の子の顔をまじまじと見つめた挙げ句、涎垂れてるとか言うのってデリカシーに欠けてるわよね。

    クリスタ「ま」

     そういうはっきりと言ってくるところも好きなんだけどねー。惚れた弱味かしら。

    『クリスタ』の頭を何となしに軽く撫でながら、私は今頃女型であろう彼女に接触しているだろう『想い人』の姿を思い浮かべる。

    もしかしたら既にけりをつけて、巨人出現の報せを受けてこちらに向かっているのかもしれない。

    出会い頭に飛び付くのは確定として……あとは何をしようかなあ。

    彼に抱きつくと、凄い安心できるのよねぇ。

    『クリスタ』「んっ……」

    クリスタ「……ねえ、『私』? 貴女には、そんな人はいる?」

     あちこち馬で駆け回り、少し汚れが付いてしまっている『クリスタ』の髪の毛に手櫛をゆっくりと通す。

     一緒にいて安心できる人はいる?

     身も心も委ねられるような、そんな人はいる?

     ──本当の意味で、好きな人はいる?

    クリスタ「“何から何まで私と同じだとしたら、そんな当たり前な幸せすら自分には訪れないとか思ってるかもしれないけど”……そうだとしたら、それは貴女の勘違いよ」

     幸せを求めてはいけない人間なんていない。

    それを私は、彼と一緒に知った。

    どんな犯罪者も、どれだけ人を殺した殺人鬼も、“どれほど人を騙し続けた嘘つきも”。

    幸せを願ってはいけないなんて、そんな決まりはどこにもない。

    それを認めないのは、周りだけ。

    クリスタ「でも大丈夫。少なくとも、それを認めてくれる人が貴女の周りに“二人”はいるわ」

     だから──


    「全員起きろ!」


     ──ああ、もう、私は馬鹿か。

    ここがどこで、どんな状況下かも忘れて何を喋っているのか。

    こんなんじゃ、エレンにたるんでるとか言う資格がないわね。

    「屋上に来てくれ!! 全員すぐにだ!!」

     女兵士の叫びが響き渡る。

    元から起きていた者はすぐさま反応し、尋常じゃない様子の女兵士を見て表情を引き締め。

    座り、又は横になって眠っていた者は、微睡んだ意識の中、周りに合わせて緩慢な動きで立ち上がる。

    『クリスタ』「な……に?」

    クリスタ「ほら、しっかりしなさい」

    『クリスタ』「あ、アリス……さん? 今のは、一体……」

    クリスタ「私が話さなくても、現状を目にすれば嫌でも理解できるわ。だから今はほら、服正して、シャキッとしなさい」

     言われて、ようやく意識がはっきりしてきたのか。

    乱れた服を慌てて直しながら、『クリスタ』は私の後を付いて階段を登る。

    私はそんな『彼女』を尻目に、耳に入り込んでくるいくつもの雑音と、それについさっきまで気付かなかった私自身に苛立ちながら、足早に屋上へ向かい──現実を、確認した。

    『クリスタ』「……な、に、これ……」

     ウトガルド城を取り囲む数多の巨人。


    ぬるま湯に浸かる時間は、もう終わりだ。


     
  87. 161 : : 2014/08/15(金) 20:51:16
     太陽の光を浴びる時間のみ行動できると考えられていた巨人が、夜に活動している。これだけでもかなりの衝撃をこの場にいる彼らは受けている。

    「月明かりが出てきて……気付いたら……」

    ゲルガー「なんでだよ!? なんでまだ動いてんだ!? 日没からかなり時間が経ってるのに!!」

     私達に報せた女兵士は冷や汗を垂らし、酒好きさんは恐怖を誤魔化すように大声で怒鳴り散らす。

    『クリスタ』「どうして……どうなって、いるの……?」

    コニー「──おい……! あれを見ろ!」

     声に反応して振り向くと、コニーがある方向を指差していた。

    指先を辿るようにしてそちらに目を動かすと……いた。

    コニー「でけぇ……何だ、あいつは……」

     他の巨人に比べて明らかに長い手足。目測だけど──大体十六、十七メートル級だろうか。

    体全体は体毛で覆われ、その姿は動物でいう猿を連想させる。どことなく顔も猿っぽい。

    コニー「巨人……って言うか、なんかありゃ獣みたいじゃねぇか。なあ?」

     その問いに、答える者はいなかった。

    ライナー、ベルトルト、ユミル。この三人はあの“猿もどき”を目にした直後から、まるで信じられないものを見たかのような……そんな表情で微動だにしていない。

    あえてエレンで例えるなら……町中で大量殺人鬼がさも平然と京都の八つ橋を食べながらお茶してるのを見た時の表情、かしら。

    案外身近にいるものよね、殺人鬼って。


    コニー「あ……あいつ、壁の方に……」

     唖然としている三人から視線を外し、改めて猿もどきへ目をやると、あいつは私達のいる塔を無視して壁の方へと向かっていた。

    他の一般的な巨人は未だに群がっているというのに、あいつだけは別行動を取った。

    奇行種とも言えるけど……果たして、今の段階でそう判断していいものかしら。

    ただ言えるのは、アレはこの場で一番警戒しなくてはならない存在かもしれない、ということ──っと。

    コニー「うっ──おっ」

    『クリスタ』「な、なに──!?」

     突如、何かが硬いものにぶつかる大きな音と共に、足場である塔が大きく揺れた。

    周りの連中はなんとか踏ん張りながら、何事かと塔の下を見下ろす。

    ゲルガー「オイ、オイオイオイ……何……入って来てんだよ……ふざけんじゃねえ……ふざけんじゃねぇよオイ!! 酒も飲めねぇじゃねえか俺は!! てめぇらのためによぉっ!!」

    「ゲルガー! 落ち着け! 落ち着けって!」

     屋上の縁に足を乗せて大声で叫び、ブレードを抜いて今にも飛び出しそうな酒好きさんに、それを制止する女兵士。

    ナナバ「新兵、君達は下がってるんだよ。ここからは──立体機動の出番だ」

     先輩さんが一歩前に出て『クリスタ』達に告げる。

    その際、一瞬私に視線を向けてきたが……それがどんな意味かを理解し、私は首を横に振った。

    私みたいな“か弱くて儚い一般人の女性”を戦場に出すのもどうかと思うし……何より、私は貴方達より優先するべき存在がいる。

    ナナバ「…………」

    ゲルガー「ナナバ、早くしろ!」

    ナナバ「……ああ、すまない。行くぞ!!」

     四人の立体機動を装備した先輩さん達は、先輩さんの声を皮切りに一斉に屋上から飛び出した。

    それを黙って見送る104期の新兵達。

    皆不安そうに眼下で蠢く巨人達を見据える中、私はひとり、壁へ向かったあの猿もどきを見つめていた。


  88. 163 : : 2014/08/17(日) 08:48:26
     また一体、巨人が倒れた。

    塔という立体機動を扱うには絶好の建造物があるおかげか、今のところはスムーズに巨人を殺せている──が、これがいつまでも続くかは定かではない。

    ほんの些細なミスが、油断が、一瞬で命を落とす原因に繋がる可能性もある。

    現に扉が破壊され、塔の内部に巨人が入り込んでしまったのは、確かなミスと言えるだろう。

    「巨人が塔に入ってきてる! 急いで中に入ってバリケードを作って防いで!」

     果たして巨人相手に通用するようなバリケードを作れるかは甚だ疑問だけど……何もやらないよりはマシ、か。

    「──防げなかった時は……最悪、この屋上まで逃げてきて。でも、それも必ず助けてやれるってことじゃないからね? 私達も生きているか判らないから──」

     最後に女兵士が言った「生きてるうちに最善を尽くせ」という言葉を聞き終え、『クリスタ』達は大急ぎで階段を駆け下りる。

    ライナー「巨人がどこまで来てるか見てくる! お前らは板でも棒でもなんでもいい! かき集めて持ってこい!」

    コニー「あっ、お、おい……」

    ベルトルト「待てよライナー! 待つんだ!」

     一人先に駆けていくライナー。

    ……そういえば、彼はどの世界でも似たような性格だったっけ。率先して前に進み、皆に頼られる兄貴分、みたいな評価を受けてる世界もざらにあったし。

    けれど、どういう訳か殆どの場合、そんな兄貴分のライナーは私達と──というか主にエレンと敵対関係にあったのよね。

    争いに無縁な世界だとそういうこともなかったんだけど……なんでかしら。

    まあ、仮にこの世界で私達の敵になるのだとしたら……完膚なきまでに叩き潰すけど。



     先を行ったライナーを追う『クリスタ』達と一緒に階段を下りていると、私の耳にバキィッ! と木材が壊れたような音が入り込んできた。

    同時に、ライナーの叫び声も。

    ライナー「おいここだあぁぁあ!! なんでもいいから持ってこい!!」

     焦りを含んだその叫びに、『クリスタ』達の動きも一層早まる。

    ベルトルト「ッ──」

     途中の広い空間の壁に立て掛けてあった、食卓に並ぶ食器のフォークを巨大化したような農具──名前は、確かピッチフォーク、だったっけ。

    それを持ち出したベルトルトは一目散にライナーの声がした方へと駆け出す。

    コニー「ベルトルトッ……くそ、おいっ、他に何かないのかよ……!」

     そう言うコニーの手には、刃渡り十五センチ程のナイフが一本。あれじゃあ余程巧くやらない限り巨人は殺せない。

    『クリスタ』「何か……何かないのっ……?」

    ユミル「クリスタ! コニー! それとそっちのあんたも! これ押すの手伝え!」

    『クリスタ』「ユミル──!? それって……」

    ユミル「いいから早くしろ! こいつを直接ぶつける!」

     慌てて彼女の元へ集まる二人と共に、私もユミルへと近づくと、彼女らと一緒に車輪付きの荷台に乗った“砲台"を押すのに手を貸す。

    ユミル「ッ……あんた、すげえ力だな、見た目に反して」

    クリスタ「そう?」

     これでも手を抜いてるんだけどね。とは言わない。言う必要もないし。

    というか見た目に反してって……いや、これは一応誉められてるのかしら?

     私の疑問を他所に、砲台はゴロゴロと押されていく。ちなみに『クリスタ』は松明係。相変わらずユミルは『私』に甘い。



    ユミル「──ライナー! ベルトルト!」

     広間からの扉を抜けた先で、二人はさっきベルトルトが持っていったピッチフォークを巨人の眼に刺した体勢でなんとか踏み留まっていた。

    ライナー「!? ──オイ、それ……火薬は!? 砲弾は!?」

    ユミル「んなもんねえよ! これごとくれてやる! ごちゃごちゃ言ってないで早くそこをどけえ!!」

     砲台を思いきり押し出す。

    壁沿いに設けられた階段を勢いよく転がり、寸前で避けたライナー達の横を通り抜け。

    扉を無理矢理こじ開けようとしていた巨人にぶつかり、眼にフォークを刺したまま、奴は大きな音を立てて地に倒れ込んだ。


  89. 167 : : 2014/08/18(月) 04:25:27
    ライナー「……、上手く、いったみたいだな。奇跡的に……」

    ユミル「あぁ……ありゃさすがに起き上がれねぇだろ、あいつのサイズじゃな」

     砲台の下敷きになって動かない巨人と、それを見つめながら言葉を交わすユミル達。

    コニー「なぁ、どうする? こんなナイフしかねえけど……うなじ、削いでみるか?」

    ライナー「やめとけ、掴まれただけでも重傷だ」

    コニー「そ、そうだよな……」

     ……と、彼らは言っているけど、個人的には『あの子』の危険になりそうな要素は取り除いておきたいのよね。

    ついでだし、“二体共"始末しておこうかしら。

    クリスタ「ねえ、ちょっとこれ拝借するわよ」

    コニー「は? え……あ、れ?」

     ぶらぶらと指先に挟んだナイフを揺らしてみせると、コニーはいつの間にか自らの手から消えていたナイフが私の指に挟まれていることに驚愕する。

    ライナー「お、おい……」

    『クリスタ』「ア、アリスさんっ、何を──」

     戸惑っている彼らの様子を脳裏に思い浮かべながら、私は未だに手を見つめて呆けているコニーを出入り口からどかす。

    クリスタ「貴方達は危ないから下がってなさい。巻き込むつもりはないけれど、万が一もあるから」

    ユミル「だからあんたは一体何を言って──っ、オイ! そこから離れろ!」

     ぬうっ、と姿を現した、先程とは違う巨人を目にしたユミルが叫ぶ。

    ──さあて、今の私の得物は小さなナイフが一つだけ。普通なら諦めて逃げ出すのだろうけど……。

    クリスタ「まあ」

     この程度の状況、なんら驚異にすらならないわね。



     私を最初の獲物と決めたのか、巨人は大口開けてこちらに飛び掛かってきた。

    不意を突かれたのならまだしも、こんな判りやすい動きを避けるのは容易い。体を巨人に対して半身にし、飛び掛かってきた間抜け面をゆらりとかわす。

    顔から床にダイブした巨人。

    そこにすぐさま接近し、起き上がろうとしているそいつの後頭部へ向けて足を振り上げ──容赦なく降り下ろす。

    ズドンッ、と巨人は顔面を床へ強制的にめり込まされる。

    間髪入れずにコニーから拝借したナイフをこいつのうなじへ突き立て、横に思いっきりかっ裂いた。

    ──ぶしゅっ、と血肉が飛び散る。

    それを気にせずナイフを引き抜き、再生しようとしている肉体が“再生しきる前に"再びナイフを突き立て、切り裂く。

    かつて、とある世界で不死身の不死鳥である男と殺り合った際、相手が肉体を再生する間に連続で攻撃を与え続けて倒したことがある。

    あの時に比べたら、こんな再生中は不動の木偶の坊と化す間抜け面の相手なんて余裕過ぎる。

    三度目の切り裂く作業を終え、四度目になる突き立てをした直後──ビクンと体を震わしたかと思うと、間抜け面の再生が止まった。

    恐らく、致命傷である部分に刃先が到達したのだろう。小型の巨人だからこの程度の武器で勝てたけど、大型相手ではさすがに無理だっただろうな。こんな武器で挑む輩もいないだろうけど。

    動かなくなった間抜け面をもう一度確認し、ゆっくりと立ち上がり──ふと、周りがあまりにも静かなことに疑問を持った。

    見ると、皆唖然とした顔で私のことを見つめていた。というか『クリスタ』、貴女は女の子なんだから、そんな大口開けて呆けるのはやめなさい。

    クリスタ「……なに? 私の顔に何か付いてるかしら」

    『クリスタ』「んぐ」

     『クリスタ』の頭と下顎に手を当て、舌を噛まないよう注意しながら無理矢理口を閉じさせつつ、首を動かして他の面々に問う。

    コニー「いや、そういう訳じゃねぇ……です、けど……」

    クリスタ「ならいつまでも呆けてないで、バリケードを作るのに使えそうな物でも探しなさい。“内部から巨人の音はもうしないけど"、用心に越したことはないんだから」

    ライナー「あ、ああ……わかっ──、判り、ました……」

     ? ……ああ、そういうこと。

    クリスタ「年上だからって無理して言葉遣いを正す必要はないわよ。別に気にしないし、貴方達の上官ってわけでもないんだしね」

    ライナー「そ、そうで……、そうか?」

    クリスタ「ええ、それでいいわ。それよりほら、貴方達も早く行動しなさい。時間は無限じゃないんだからね」

     ユミルとコニーが先程巨人に壊された扉の残骸から使えそうなものを拾っているのを目で示すと、ライナーとベルトルトも動き始めた。

    『クリスタ』「ん、んんぅ──んーっ」

    クリスタ「あら、ごめんなさい、忘れてたわ」

     嘘だけど。

    『クリスタ』「──あ、あの、アリスさんって……昔、兵団に所属してたりしたんですか?」

    クリスタ「ん? ……んー、まあ、昔ちょこっとだけね」

     貴女よりも期間は短いけど。


  90. 171 : : 2014/08/19(火) 10:39:38
     それから私と『クリスタ』も探索に加わり。

    気休め程度だが、見つけた棒やら板やらで扉にバリケードを設けることができた。

    その作業中、“三人"から熱烈な視線をちょくちょく浴びせられたのだけれど……少しは警戒心ってものを隠しなさいよ、貴方達。

    ともあれ、作業を終えた私達に今のところやることはない。

    ユミル「さて、外の方はっと……おぉ、流石は調査兵団、他の兵士とはワケが違うってことか」

     窓から外の状況を確認したユミルの口から、感嘆するような言葉が洩れる。

    周りの子達も彼女に便乗して窓へと近寄っていくのを眺めていると──不意に、奇妙な音が私の耳に入り込んできた。

    ヒュルルルル、という妙な音。近付いてきているのか、次第にそれは大きくなってくる。

     ──これは……何かが空気を裂く音?

    ユミル「ん……? おい、なんか聞こえないか?」

    ライナー「ああ、確かに聞こえるが……なんの音だ?」


     ──途端。

    外で“何か大きな物が落下したかのような轟音"が、周囲一帯に響き渡った。

    コニー「な、なんだ!?」

    ベルトルト「今のは……」

    ライナー「オイ! また聞こえてきたぞ!」

     ライナーの言う通り、私の耳にもまたあのヒュルルルルという音が聞こえている。

    実際に見てないから判らないけど、この音の後に聞こえた大きな破壊音のようなものがこれと関係があるのだとしたら……。

    咄嗟に『クリスタ』の首根っこを掴んで、近くに引き寄せる。

    『クリスタ』「きゃっ」

    クリスタ「貴方達、早くそこから離れなさい。巻き添え喰うわよ」

     返事は聞かず、私は『クリスタ』を引っ張って中央付近へと移動し、壁際から距離を置く。

    ──直後。私達のいるちょうど真上──屋上あたりから、先程の轟音のような音が聞こえたかと思うと、ガラガラと窓の外を塔の破片らしきものが落ちていくのが見えた。

    ライナー「っ──!」

    ベルトルト「ライナー! また君はそうやって──クソッ」

    コニー「おい、何が起きてるのか判らねえのは俺が馬鹿だからじゃ──」

    ユミル「んな馬鹿なこと言ってる場合か馬鹿! 私達も行くぞ!」

     いち早くライナーが屋上へと続く階段を駆け出し、それを追い掛ける四人。

    クリスタ「さ、私達も行くわよ」

    『クリスタ』「あ、──あの、アリスさん!」

    クリスタ「なに?」

     走りながら話し掛けてきた『彼女』に、私は振り返らずに答える。

    『クリスタ』「どうしてアリスさんは、“私ばかり構うんですか”?」

     …………。

    『クリスタ』「さっきも、手を引いてくれたのは私だけで──今だってそうです」

     …………。

    『クリスタ』「もしかしたら、私の勘違いなのかもしれないけど……アリスさんは、もしかして……」

    クリスタ「ストップよ、『クリスタ』ちゃん」

     え、と背後の『私』から小さな声が洩れる。

    クリスタ「その話はもう少し後でしてあげる。だから今は、目先のことに集中しなさい」

     屋上に着いた私の目に映るのは、先程まで巨人共相手に戦っていた兵士が二人。

    身体中傷だらけで、至るところから血を流して横たわっている。

    彼らを囲む他の人間の表情と、発する重苦しい空気から、二人が既に息絶えているのが遠目からでも判断できた。

    ナナバ「まるで……最初っから弄ばれてるような気分だ……」

     遠く。ウォール・ローゼの壁の上から発せられた雄叫びが。

    やけに、耳に残った。

  91. 173 : : 2014/08/19(火) 18:06:58
     皆が沈痛な面構えでいる中、再び“あの音”が聞こえてきた。

    コニー「お、おい! あいつまた何か投げやがったぞ!」

    ナナバ「ッ──君達は早くここから離れて! 中に入るんだ!」

     立体機動を身に着けている先輩さん達は塔から飛び降りて回避することもできるが、『クリスタ』達はそうはいかない。

    慌てて中に逃げ込もうと行動を開始するが、もうすぐそこまで猿もどきが投げた投擲物はきている。間に合いそうにないし、仮に中に入れても衝撃の余波で怪我くらいはしそうだ。

     ──面倒だけど、ちょっと出張るか。

    目立つのは今更だし、何よりこのままだと『彼女』が怪我をしてしまう。それは私の望むところではない。

    『クリスタ』「アリスさんっ!? 何して──早く逃げないと!」

     一人佇む私に、背後から『クリスタ』の焦ったような声が掛けられる。

    同時に、何人かの足音が止んだ。恐らく動かない私を気にかけて足を止めたんでしょうけど……他人なんか放っといて早く逃げなさいよ。まったく。

    軽く足首を回しながら、もう一度目標を確認。あれは岩なのか瓦礫なのか……まあそこらへんはどうでもいいとして、大きさは軽く五、六メートルはあるか。

    人間に直撃したら肉体が弾け飛びそうね。

    ま、それもまた、どうでもいいことか。



     軽く助走をつけ、塔から落ちるギリギリで跳躍。

    後ろから何やら大声で私を呼び止める声がした気もするが、そんなものは無視。跳んでしまった以上、今更屋上には戻れない。

    流石の私も空中を走ることはできないのだ。

    それなりに力を入れたせいか、ぐんぐんと私の体は宙を前へと進み──ついに、あの巨大な投擲物が目と鼻の先に来るまでに接近していた。

    クリスタ「んっ──」

     ぐるん、と腰を捻り、勢いをつけて体を回転させ──目前に迫るそれに向かって、思いきり蹴りを放つ。

     結果。

    飛んできた投擲物は、あまりにも容易に、あまりにも呆気なく、ものの見事に砕け散った。



    コニー「──は?」

    ライナー「……おい、ベルトルト、俺は夢でも視ているのか?」

    ベルトルト「いや、君の目は正常だよライナー」

    ユミル「なんの冗談だよオイ……化けもんかよあの別嬪さんは……さすがに笑えねえ」

    『クリスタ』「…………」



     化けもんとは失礼ね。

    飛び散った破片が眼に入らないように注意しつつ、私は屋上から微かに聞こえてきた声に内心ツッコミをいれる。

    それにしても、思ったより硬くなかったわね。女型の巨人の硬質化した時の皮膚と同じか、それより僅かに劣るって程度かしら……。

     そんなことを考えている間に跳躍の勢いも衰え、次第に私の体は地面へと落ちていく。

    “五十メートルくらいなら落ちても問題はないし”……今回は大体二十メートル。着地は余裕ね。

    膝を曲げ、衝撃を緩和しながら地面へと着地する。その際に舞い上がった埃を払い除けつつ、辺りの様子を見渡す。

    数が減ったとはいえ、まだ巨人はいる。私の武器はコニーから拝借したままのナイフがひとつだけ。戦えないこともないけど、『クリスタ』の側を長い時間離れすぎるのもあれだし。

    クリスタ「戻ろうかな」

     今は先輩さん達がいるからいいけど、また巨人の群れが来て内部に侵入されるかも判らない。

    それまでにこの場から逃げたすのが一番なんだろうけど──どうやら最初の投擲によって馬のいた小屋が潰されたようで、まず逃げるための足がない。

    籠城ならぬ籠塔しか今のところ選択肢はなさそうだ……。ならやっぱり、一度戻った方がいいか。

    そうと決まれば早く戻ろう、と思ったのだけれど……一々階段を登るのも面倒ね。

     となると。

    クリスタ「久々にやろっかな。“壁登り”」





     無事屋上まで戻った私だが……どうしてだろう。皆呆けたように口を半開きにしてこちらを見つめていた。

    別に今更私が壁を駆け登ろうが驚くようなことでもないと思うのだけど。

    あと『クリスタ』、貴女は女の子なんだから口を開けて固まるのはやめなさいとさっきも──。


  92. 174 : : 2014/08/20(水) 17:34:26
     巨人出現よりおよそ二十時間。

    猿もどきの攻撃は最後の私が蹴り壊したあれ以来なく、猿もどき自体も壁上から姿を消していた。

    これでひとつの脅威は去った──けれど、私達が未だ巨人の群れに囲まれていることに変わりはなく。

     ……まあ、問題はそれだけじゃないんだけど。

    クリスタ「……そろそろ、かしらね」

    『クリスタ』「え……何が、ですか?」

    ユミル「クリスタ、あまりそいつに近寄るな。何されるか判ったもんじゃねえぞ」

    『クリスタ』「なっ──ちょっとユミル! 失礼でしょ!」

    ユミル「ハッ、あんなでけえ岩を足でぶっ壊すような、挙げ句の果てに垂直な壁を駆け登ってくるような正体も判らない怪しい人間に対しての礼儀なんて、生憎私は持ち合わせてないんだよ」

    『クリスタ』「ユミルッ!」

     ……これだ。

    どうやら『クリスタ』大好きっ子の彼女は、先程の私の行動から私を“危険人物”と認識したようで。

    つい少し前までのむき出しの警戒心に加え、今は微かにだけど敵意まで混ざってるし。

    ただ、それだけ私を警戒していて何も手を出してこないってことは……恐らく、まだユミルの中では私の立ち位置はどっち付かずなのだろう。

    敵か、それとも味方か。

    決して触らぬ神に祟りなしとか、そんな感じじゃない……。ない、と思う。

    ちなみに、他の面々はユミルのように毒を吐いてくるわけでもなく、私とは物理的に距離を置いている。

    ベルトルトからのまるで上から下まで観察するような視線を除けば、まあ今までとそんな変わらない距離感だろう。

    唯一話してくれるのは『クリスタ』だけだ。

    『クリスタ』「ごめんなさいアリスさん……ユミルが、その……」

    クリスタ「構わないわよ。あれが当たり前の反応だし」

     むしろ『貴女』は警戒しなさすぎる。なついてくれるのは嬉しいんだけど……これから先が心配だわ。

    私に近付いてはユミルに引き離される『クリスタ』を横目で流し──続いて、眼下に広がる戦場へと目をやる。

    クリスタ「……さて、後どれくらい保てるかしらね」

     先輩さんが切り殺した巨人が離れの塔へもたれ掛かり、塔は巨人の重みにより倒壊する。

    長い戦いで相当脆くなっていたのだろう。次第に立体機動を扱える“場”が無くなっていく。残りは私達のいるこの塔だけだ。

    加えて、そろそろ立体機動のガスも無くなってきている筈だ。死んだ二人の立体機動が壊れて使い物にならなかったのは痛手だったわね。

    クリスタ「……あ」

     とうとう、一人が巨人に捕らえられた。

    あれは……酒好きさんかしら。慌てて先輩さんが彼を掴んだ巨人を殺し、壊れて崩れた穴から塔内部に放り出されたみたいだけど……多分、もう駄目ね。巨人が穴に手を突っ込んでる。

    しかしまあ、最後の言葉が“酒”とはね。どれだけ酒が好きだったんだか。

    コニー「まずい、捕まった!」

    『クリスタ』「ッ──ナナバさん! ナナバさ──あ……」

     ついにガスが切れたようだ。

    動けない先輩さんは巨人に掴まれ、抵抗することすら出来ず、蹂躙され──殺される。

    その隣にいる別の巨人の口から垂れている体は、恐らく酒好きさんだろう。頭から噛み付かれたようだ。

    あんな死に方は私もしたことないわね……したいとも思わないけど。




    クリスタ「…………」

     ごめんなさいね、お二人さん。

    私が出張れば“もしかしたら”死なずに済んだかもしれないけど、今の私は他人を進んで助けるような人間じゃないの。

    身近な人を守るので精一杯。

    手を差し伸ばせるのは、極僅かな範囲だけ。

    その僅かな範囲に、貴方達はいなかった。

    ただ、それだけ。

    だから。


    クリスタ「恨まないでね」


  93. 176 : : 2014/08/21(木) 05:11:08
    コニー「あ、ああっ……やられた」

    『クリスタ』「そんな……、ッ!」

    クリスタ「よしなさい」

     小さな抵抗。

    落ちていた石を手に取り巨人に向かって投げようとした『クリスタ』の腕を引き、私は制止の言葉を掛ける。

    クリスタ「もうこの塔もいつ崩れるか判らない。あまり縁に近付くと落ちるわよ」

    『クリスタ』「でも……でもっ、私達の身代わりに……ナナバさんが……ゲルガーさんが……」

     別に本人達は身代わりになるつもりじゃなかったと思うけど。

    コニー「あぁ……クソが……、なあ、このままここで塔が崩されて、ただ食われるのを待つしかねえのか? ──ねえのか……もう……クソッ、クソ! クソッ!!」

     頭を抱え座り込むコニー。

    抱く感情は怒りなのか、悲しみなのか、それとも恐怖なのか。

    塔の一部をひたすら殴り付ける彼を、周りは黙って見つめる。

    そんな時、隣から小さく「私も」という声が洩れた。

    『クリスタ』「私も……戦いたい。何か……何か武器があれば……“そしたら一緒に戦って死ねるのに”」

     ──ああ。さすがは『私』ね。

    中々に、歪んでる。

    いや、それは私も同じか。

    むしろ私の方が……ま、人間なんてみんな歪んでるようなものだし、今は置いておきましょう。

    ユミル「クリスタ……お前まだそんなこと言ってるのか」

    『クリスタ』「え……」

    ユミル「彼らの死を利用するな。あの上官方は“お前の自殺の口実”になるために死んだんじゃねえよ」

     …………ほんと。よく見てるわね、ユミルは。

    『クリスタ』「そんな……そんな、つもりは……」

    ユミル「お前はコニーや上官方とは違うだろ! 本気で死にたくないって思ってない……いつも“どうやって死んだら褒めてもらえるのかばかり考えてただろ”?」

     そこで、一瞬の沈黙が場を支配する。

    『クリスタ』「そ、そんなこと……私は──」

    ユミル「クリスタ」

     『彼女』の肩を掴み、顔を寄せて向き合うユミル。

    ユミル「お前は、こんな話もう忘れたかもしんねえけど……“多分、これが最後になるから”……思い出してくれ。雪山の訓練の時にした──約束を……」

     ……雪山、ね。

    さて、『私』はその約束とやらを覚えているのかしら。

    私はそんな約束を交わしたことすら、思い出せないけど。

    今の私にあるのは、彼と巡った世界の記憶だけ。

    それ以外は、すべて捨ててきた。

    “クリスタ”だった頃に、捨ててきた。



  94. 177 : : 2014/08/21(木) 17:50:48
    ユミル「なあ、あんた。コニーから奪ったナイフはまだ持ってるよな?」

    クリスタ「……あら、奪ったなんて人聞きの悪い。ただ借りただけよ」

    ユミル「許可取らないで借りたはねぇだろ……まあいい。ちょいとそれ、私に“貸して”くれねえか?」

    クリスタ「嫌よ」

    ユミル「────、そりゃまた、何で?」

    クリスタ「これから私が使うから。それしかないでしょ?」

     くるくると手の中で器用にナイフを回す。

    そうしていると、ユミルが呆れたような──馬鹿にしたような笑みを浮かべて、私に告げる。

    ユミル「おい、まさかとは思うが……あんた、戦う気か? あの巨人の群れと? そんなナイフ一本で? ハッ、だとしたら狂ってるぜあんた。死に急ぎ野郎より死に急ぎなんじゃねぇか?」

    クリスタ「ありがとう、最高の褒め言葉だわ」

     彼と同じ存在になれるなら、それ以上の喜びはない。

    ユミル「っ──おい」

     塔の縁へと歩んでいく私に、ユミルから再度声が掛けられた。

    ユミル「あんた、マジで行く気か……本気で、あの中に──あいつらに、勝てるとでも思ってるのか?」

     ……勝てると思ってるのか、か。

    クリスタ「ねえ、知ってる? 世界はとても広いのよ」

    ユミル「は? ……何、言って……」

     突然の問いに戸惑うユミル。それに構うことなく、私は続けて言葉を紡ぐ。

    クリスタ「自分がこんなにもちっちゃな存在かと思う程に世界は大きいの。自分の世界がなんてちっぽけで狭いと思い知らされる程に世界は無数にあるの。……ねえ、貴女は知ってる? 私は知ってるわよ」


     一人のお姫様を救うために、時をも越えて魔王に立ち向かう勇者の世界を。

     悪魔に魅入られた少年が、人と悪魔を救うべく戦う世界を。


    クリスタ「貴女がどう思ってるかは知らないけど……人間は、そんなに弱い生き物じゃないのよ?」

     そう。人間は決して弱くはない。

    巨人、魔王、吸血鬼、悪魔、ドラゴン、神。──確かに、人はこれらに比べたら貧弱な存在かもしれない。現に人間は、彼らに蹂躙され、弄ばれ、殺され、滅ぼされたりもした。

     けどね。



    クリスタ「巨人を、魔王を、吸血鬼を、悪魔を、ドラゴンを、神を……。退け、滅ぼし、打倒するのもまた、人間なのよ」


     
  95. 179 : : 2014/08/23(土) 20:42:31

     ユミルは何も言わなかった。

    ただ黙って私を見据えていたかと思うと、小さく舌打ちをし、目を逸らした。

    クリスタ「それじゃ、私は行くわよ。ああ、これは私が“死にそうになったら”渡すから、それまで待ってなさい」

     なんて。

    死ぬ気はないから、渡すことはないけどね。

    そもそも死んだら渡せないし。



     振り向き様にユミルに笑んでみせてから、私は改めて巨人達を見下ろす。

    ……さあて、さっきはユミルに別世界の話をしたけれど。

    この世界には彼らのように“英雄”や“勇者“と呼ばれる者はいない。『エレン・イェーガー』がそうなる可能性はあるけど、個人的にそんなものになってほしくはない。

    誰だって、自分の愛した人と同じ人間が“利用されて殺される”のなんて、見たくはないだろう。

    まあ、まだ『彼』がそうなると決まった訳じゃないし……それに、その時に私達がまだこの世界にいるとも限らないのよね……。

     ん?

    クリスタ「どうかした?」

     不意に服の端が掴まれた。

    振り向くと、『クリスタ』が私の服を掴んでいた。声には出してないが……その不安げな表情から何を言いたいかは察することができる。

    昔の私はこんな顔もできたのか、と、『彼女』の頭に手を置きながらちょっと苦笑い。

    クリスタ「大丈夫よ」

    『クリスタ』「っ……でも……」

     ……なるほど。通りで、エレンがシてる時に私をいじめるわけだ。

    私もこんな顔していたのだとしたら、そりゃ嗜虐心を刺激されるのも判るわ。

    サディストと化した彼の顔を頭の隅に追いやり、目の前で涙目になっている『クリスタ』の目尻に指を当て、優しく拭う。

    一体何を想像したのか……私が死ぬ瞬間でも思い浮かべたのかしら。短時間に身近な人がいっぺんに死んで、思考が嫌な方に偏ってるのかもしれない。

    クリスタ「何度も言うけど、私は大丈夫。あんな奴らに殺されたりなんかしないわよ。……それにもうじき“彼”も来るだろうしね」

    『クリスタ』「……彼……って、あの、エレンと同じ名前の?」

    クリスタ「そ。私の王子様よ」

    『クリスタ』「王子、様……」

    クリスタ「ふふ、私はお姫様って柄じゃないけどね」

     当の本人に言っても、きっと私と同じで「王子様なんて柄じゃない」っ言うんだろうなぁ。

    むしろ騎士様かしら? ……それもどこか違う気がするわね。

    クリスタ「だから私は大丈夫。お姫様のピンチに駆けつけない王子様はいないんだから」

     ポンッ、と『クリスタ』の頭に手を置くと、私は『彼女』と向き合っていた体を反転させ、背を向ける。そしてなんの躊躇いもなく、塔に群がる巨人目掛けて屋上から身を投げ出した。



     飛び降りる刹那。ふと視線を逸らすと、地平線の先に一筋の光が見えた。

    永い夜は、ようやく終わりを告げた。


  96. 182 : : 2014/08/25(月) 04:50:30

     駆ける。

    振りかかる赤い液体は気にしない。襲い来る巨大な指はひらりとかわし、迫り来る巨体は斬り殺す。

    さすがに大型はうなじにまで刃が通らないから、時には拳で、時には脚を使って地に這わせている間に小柄な奴から始末していく。

    クリスタ「さて、と」

     “こちらに意識を向けない巨人共の背後で”、私は手元にある得物を見つめた。

    刃は欠け、柄と刃の繋ぎ目の部分は既にぐらついている。もうこれ以上奴らを倒すのに使うのは無理だろう。林檎の皮剥きに使えるかどうかも怪しいところね。人は殺せるだろうけど。

    どこぞの絶対に壊れない概念を持つ剣でもあれば楽だったんだけど……無い物ねだりしたところで現状は変わらない。

     ごめんねユミル。貸す前にイカれちゃったわコレ。

    内心でユミルに謝ると、次はどうやってあいつらを殺すかを考える。

    人間が多い場所に集まる習性があるから、単体の私の方へはあまり注意を向けてこない。その隙に好き勝手殺りまくったんだけど……んー、どうするか。

     いい加減塔の方も限界が来るだろうし。

    垂直にそびえ立つ塔を駆け上がり、届かないくせに腕を伸ばして屋上にいる『彼女達』を捕まえようとしている一体の巨人の額へ足裏を叩き込む。

    大きいのを倒すと、何体か巻き込んで倒れてくれるから時間稼ぎにはちょうどいい。あくまで時間稼ぎにしかならないのがミソだけど。

    クリスタ「まだ来ないのかしらね、私の“王子様”は」

     “垂直の壁に立ちながら”、私は北の地平線を見つめる。

    何やら屋上の方から「あり得ねぇ!」だの「やっぱ化けもんじゃねえか!」だの声が聞こえるが……失礼ね。私が化け物だったら他世界で会った殆どの人達は皆化け物を越えた何かになっちゃうじゃない。

    それに練習すれば誰だってできるわよこれくらい。ここは凹凸が多いから、足にかかりやすい分余計やり易いくらいだし。

    私達にこれを教えた人なんて、「産まれた次の日には二足歩行。二日目には壁歩行。三日目には天上歩行。四日目には空中歩行を会得してた」なんて言ってたし。

    真相は不明。ただあの人なら本当にやってそうだから怖い。

    ソウドオフ・ショットガン? とやらの弾を零距離で受けて生き残った人だし。千人の仙人と戦って勝った人だし。

    化け物というならあの人の方が──


     閑話休題。


    群がる巨人共を足蹴にして塔の崩壊を凌いでいるけど、それもいつかは終わりが来る。

    『クリスタ』一人連れて逃げ出すこともできる……が、多分それは『彼女』が認めない。自殺願望のある『あの子』は、きっと他の人と一緒に死ぬことを望む筈だ。まあ死なすつもりはないけど。

    そんな面倒なことになる前に来てほしいんだけどなあ。

     私がそんなことを思いながら、何度目かになる北の方角へと目を向けると……ふと、音が聞こえた。

    私の耳でも微かに聞き取れる程度の小さな音。その方向へ注意を向けていたからこそ聞き取れた、音。

    馬の蹄が地を叩く音じゃない。巨人の足音でもない。それは音を聞かなくても、目で見ただけでも判る。

     ──思わず、口許がニヤつく。頬が緩む。心音が高鳴る。気分が高揚する。

    愛しさが、暴発しそうになる。

     こちらに近づいてきたその“人影”も、どうやら私に気がついたようだ。

    途中にいた巨人を数体、いとも容易く葬ると、立体機動のアンカーを射出。

    隣に移動してきた彼に、私は微笑みながら口を開く。

    クリスタ「遅いわよ。どこで油を売ってたのかしら、私の王子様は」

     王子様? と彼は首を傾げる。

    クリスタ「あら、騎士様の方が良かったかしら?」

     言うと、返ってきたのは私の予想した通りの内容で。

    けど、付け加えられた部分は、私の予想していなかった内容で。

    自分でもだらしないと思う程に、表情が緩む。

     バキッ、という音がした後、「ほら」と渡される一本のブレード。貴重な兵団の武器を躊躇いなく壊すのはどうかと思うが、それでも私の顔は緩んだまま。

    クリスタ「ふふっ、後で文句言われても知らないからね……それじゃあ、私の“   ”さん」

     ──行こっか。一緒にね。

    そんな私の言葉を合図に、私達は同時に壁から足を離した。



     ここから始まるのは、奴らにとってはただの一方的な蹂躙だ。

    私にとっては、楽しい愉しい、想い人との共同作業なんだけどね。


  97. 185 : : 2014/08/26(火) 05:02:39

    《あるべき姿であることこそが人間だ》


              ○

     その人は、なんというか、不思議な人だった。

    第一印象は、すごい綺麗な人。腰下まである私と同じ金髪を腰のあたりでひとつに纏めていて、瞳の色も私と同じ碧。違うのは、片目を眼帯で覆っているくらい。

     アリスさん、というらしい。

    サシャと一緒にお茶をしたこともあった。後でサシャから私とアリスさんがどこか似てると言っていたけど、私はアリスさんみたいな美人じゃないし、格好良くもないからそうは思わなかった。

    何より、アリスさんは私と違って“ちゃんと生きている”。私みたいにどっち付かずの中途半端な生き方をしている人じゃない。

    それから何度かアリスさんと話す機会があった。と言っても片手で数える程しかなかったけど、その度にアリスさんは私に親身に接してくれていた……と、思う。

    なんだか、お姉ちゃんみたいだな、と思った。

    私は“独りっ子”だから、兄弟……姉がいるというのはよく判らないけど。それでも、姉というのはこんな感じなのかなぁ、とか考えてた。



     そんなアリスさんが、今、私の目の前で巨人と戦っている。エレンさんと一緒に。

    立体機動装置も使わず、片手にブレードを持ち、とても人間とは思えない動きで次々と巨人のうなじを削いでいく。

    開いた口がふさがらなかった。

    ユミルも、コニーも、ライナーも、ベルトルトも──私、も。

     ……こんなに強かったんだ。いや、もう強いとか、そういう次元の話じゃない。

    どうしてその力を……ナナバさんや、ゲルガーさん達が戦っている時に振るわなかったのか。

    そんな疑問が一瞬浮かんできたけど、すぐに奥底に沈んで。

    新たに浮かんできたのは、私はアリスさんのことを何も知らないんだな、という、場違いな寂しさだった。

    名前に年齢、好きな食べ物やちょっとした趣味は前のお茶会の時に聞いたけど、それ以外は何一つ知らない。

    今まで何をしてきたのか。どうしてあんなに強いのか。

    何故……私に優しくしてくれるのか。

    判らないことだらけだ。


     そして。

    彼女が巨人に立ち向かう、その背中を見た時に。

    “なんだか別の人の後ろ姿と重なったように見えたのは”、私だけなのだろうか。

    それもまた、判らない。



  98. 187 : : 2014/08/27(水) 01:08:25
    >>182ソードオブショットガンっていうのが有るらしいがもしかしてそれ…ですか?
    それと>>175見落としてるのですか?返事(?)来ないので聞いてみました
  99. 194 : : 2014/08/28(木) 03:13:40

              ◆

     俺の彼女が巨人相手に無双してた。

    いや、目と鼻の先で観てたわけじゃないから、普通ならこう断言することもできないのだが。

    遠目からだけど、流石に生身で巨人を蹴り飛ばす人間は限られる……というか、この世界だと思い当たるのが俺を除いて一人しかいない。

    クリスタ「んふぅ、久々のこの匂い……んー」

     その思い当たる一人。まあクリスタなのだが、現在彼女は俺の背中に抱き付いて、うなじのあたりで鼻をスンスンさせている。

    ギャップの差が激しすぎる。お前はどこぞの匂いフェチ変態髭野郎か。

    さっきまでの凛々しさはどこにいった。キャラ崩壊も甚だしいぞオイ。

    『クリスタ』達の顔もなかなか面白いことになってるし。目が点になるってああいうことをいうんだろうな。

    『エレン』「え、……っと……」

     俺が置き去りにし、後から来た『エレン』達はどう反応したらいいか判らず、所在無さげに立ち竦んでる。

    ……『自分』の情けない顔を見るのも、なんというか、いろいろと思うところがあるな。

    リヴァイ「オイてめぇら、何をボーッと突っ立ってやがる。移動するぞ」

     俺とクリスタの様子を見ても華麗に流した兵長さん。

    流石は人類最強と言ったところか。

    ……いやまあ、人類最強の肩書きはこの場においてまったく関係ないんだけどさ。

    俺も久し振りにクリスタに逢えて無自覚ながらもテンションが上がっているらしい。

    我慢できず、今は俺がクリスタを真っ正面から抱いて首筋に鼻を当てている。何やら周りから「わっ、わっ」とか、「エレン、貴方は見ちゃ駄目」とか雑音が聞こえるが、気にしない。

    クリスタの甘ったるい匂いを堪能することしか、今の俺の頭の中にはないのだ。


  100. 196 : : 2014/08/29(金) 19:51:45

    クリスタ「ほら、しっかり掴みなさい」

    『クリスタ』「あ……ありがとうございます」

     クリスタが手を差し出し、それを『クリスタ』が掴むと、クリスタが引っ張りあげる。字にするとややこしいことこの上ないやり取りを横目に、俺はウォール・ローゼの壁上を見渡した。

    久々にクリスタと逢った反動から、つい人前で“過ぎたこと”をしてしまったが……それはもう過去のことだ。忘れはしないけど今は置いておく。


     遠くに見える古城──名前はウトガルド“城”というらしい。城にはあまり見えないとクリスタは言ったが、そこには概ね同意だ。

    クリスタ「なかなか刺激的な一晩だったわよ。まあ、貴方と過ごす夜に比べたら全然だったけど」

     はにかみながらの一言。たったそれだけで嬉しいと思う俺は単純なのだろうか。

    そんなやり取りをしている俺達の隣では、変人が『クリスタ』と何やら話している。内容は──『クリスタ』の抱える秘密について。

    ハンジ「司祭から“触り”程度しか聞いてないから、私もまだ殆ど知らないんだけど……君の本名が『ヒストリア・レイス』っていうのは本当なのかな?」

     『ヒストリア・レイス』

    その名を変人が口にした途端、隣のクリスタの雰囲気が変わった。表面上はさっきまでと変わりないが、その目はしっかりと会話する二人を捉えている。

    『クリスタ』「……は、い。そうです」

    ハンジ「君の事情もある程度は聞いたよ。こんな形で知られるのは不本意だったのかもしれないけど──ごめんね、私達にはもう余裕がないんだ……。話は戻るけど、レイスって、あのレイス家? 貴族家の?」

    『クリスタ』「……はい」

    ハンジ「そう、か……うん、判った、ありがとう。それで、今後は君をどう呼べばいいのかな? 私としては──」

    クリスタ「『クリスタ』よ」

     え? と、突然割り込んできた声に反応する『クリスタ』と変人。

    クリスタ「その子は“まだ”『クリスタ』よ。ヒストリアじゃない。『ヒストリア・レイス』は“そんな人間”じゃない。でしょ? 『クリスタ』ちゃん」

     ……珍しく踏み込むな。

    かつての自分と重ね合わせているのか、それとも……いや、前々からこいつは『クリスタ』には甘いところがあったし、一概にそうとは言えないか。

    “最初に二人と関わりを持つよう提案したのもクリスタからだったし”、気紛れ、ってこともある。

    まあ、今のクリスタの醸し出す雰囲気からみて、気紛れって線はないだろうな。

    というかそんな威圧的な空気出すなよ。何の前置きもなかったから『クリスタ』も変人もどう反応していいか迷ってるし……『クリスタ』なんて怯えてるんじゃないか、あれ。
  101. 203 : : 2014/09/01(月) 19:48:46
     それに気付いたのは、俺が先か、クリスタが先か、もしくは同時か──。

    いつだったか、調査兵団の兵舎で感じたのと同じ“視線”。監視、監察、はたまた観察か。鋭い刃のように研ぎ澄まされたそれが向けられているのは、俺とクリスタと──『クリスタ』だ。

    エレン「なあ」

    クリスタ「ええ、判ってる。間違いないと断言はできるけど、一応、確認くらいはしておいた方がいいわ」

     言うと、クリスタは「ところで」と目の前にいる変人に話しかけた。

    クリスタ「変人さん。ちょっと聞きたいんだけど」

    ハンジ「……? え、なに、変人ってもしかして私?」

    クリスタ「そうだけど。他に誰かいる?」

    ハンジ「待って。確かに自分が一般人とは“ちょっと”違った趣向に走ってるのは自覚してるつもりだけど、面と向かって変人呼ばわりされたことは…………あるね、うん」

     ……そういや、本人に向かってそう呼んだことはなかったっけか。というか他とは違うって自覚はあったんだなこの人。

    「一番初めに言ってきたのはリヴァイだっけなぁ」とどこか遠い目をしながら過去へと思いを馳せる変人を尻目に、俺はさりげなく移動し、変人と『クリスタ』の背後へと回る。

    瞬間、クリスタと視線を交わす。

    クリスタ「貴女の過去に何があったのかは興味がないから話を続けるけど……ねえ変人さん、貴女、記憶力は良い方かしら?」

    ハンジ「記憶力……? まあ、それなりじゃないかな。悪くはないと思ってるけど」

    クリスタ「調査兵団全員の顔って覚えてる?」

    ハンジ「え、全員? ……ある程度長い付き合いのあるのは覚えてる、というか大体は頭の中に入ってるよ。さすがに新兵とかの顔はまだだけど」

    クリスタ「ふうん、じゃあ──あそこ。あそこにいる“二人の男”に見覚えはあるかしら?」

     変人と『クリスタ』の背後を指差すクリスタ。俺は背を向けているが、その方向には周囲から距離を置いた“二人組の男”が立っているのを移動する前に確認している。

    指を差してるのが奴らにバレると面倒だが、それは俺が間に立って“壁”になっているから問題はない。

    二人はクリスタの指の先を追って振り向く。その際、背後にいた俺に軽く驚いた様子をみせた。

    それは気にせず、俺は体を僅かにずらしてさらに向こう側を変人に……『クリスタ』も見ているから、結果的に二人に見せる。

    エレン「向こう、あの端の方にいる二人組だ」

    ハンジ「ああ、あの外れにいる二人ね。……んー……あ、れ?」

     眉を寄せ、おかしいな、とでも言いたげに首を傾げる変人。

    ハンジ「あんな二人、見たことない……な、うん、ない。私は調査兵団の中でも割りと古株だけど、あんな二人は見たことが……でも“調査兵団”の制服は着てるし……あ、ちょっと、見えないんだけど」

    エレン「そりゃ見せないようにしてるからな。あとあまり凝視するな、気取られたら厄介だ」

     体を割り込ませ、変人の視界を塞ぐ。

    ハンジ「気取られる? 厄介? ……どういうこと?」

    エレン「今のあんたの証言だけだと断言はできないが……恐らくあの二人は調査兵じゃない。いや、表面上は本当に調査兵団の兵士かもしれないが──中身は別物だろうな」

    ハンジ「調査兵じゃない……? いや、ほんと待って。何がなんだかさっぱり判らな──」



     ──瞬間。

    変人がすべてを言い終える前に、誰かの叫び声が周囲に木霊した。

    『クリスタ』「きゃっ」

    ハンジ「っ、わ──っ!?」

     咄嗟に変人と『クリスタ』を引っ張り、突然発生した爆風で飛ばされないように足に力をいれて踏ん張る。

    ……思わず危うい二人を優先してしまった。

    これは後でお仕置きかもなあ、と、嫉妬深い彼女へと視線を向けると。

    クリスタ「────、う、そ」

     目を見張り、信じられないと言った様子で明らかに動揺を隠しきれていないクリスタが、そこにいた。


  102. 206 : : 2014/09/03(水) 17:32:24
    続きを激しくきたーーーい!!!
  103. 210 : : 2014/09/05(金) 04:56:42

     超大型巨人と鎧の巨人。

    五年前、ウォール・マリアの南、シガンシナ区の壁を破壊し、人々に巨人の恐怖を思い出させた二体の巨人。

    そして104期訓練兵の卒団式の前日、再びなんの前触れもなく現れ、トロスト区を救いのない戦場へと導いた“人類の敵”。

    突如現れ、人々が混乱する中いつの間にか姿を消した謎の巨人らに対し、当然ながら兵団による調査は行われた。しかし、二体の巨人について有益な情報を得ることはできなかった。

    そんなある時、一つのヒントを得る。

    『エレン・イェーガー』による巨人化である。

    勘の良い──それこそ一組織の長である、調査兵団団長エルヴィン・スミス、表舞台には上がっていないが、駐屯兵団司令でもあるドット・ピクシスなどはうっすらとだが気付いただろう。

     超大型巨人と鎧の巨人もまた、『エレン・イェーガー』のように巨人と化した“人間”なのではないか、と。

    確たる証拠はない。あくまで可能性があるというだけの話だ。常人が聞けば鼻で笑い飛ばしただろうが、『エレン』という実例を考えると頭から否定することはできない。

     ほんの些細な情報──きっかけを得た彼らの前に、さらに上乗せするように新たな要素が舞い込んできた。

     女型の巨人の出現。

    その正体は104期訓練兵出身、アニ・レオンハート。『エレン』と同じく人の身から巨人へと変化することのできる人間。

    果たして何故巨人になれるのか。なんらかの組織による人体実験か、はたまた産まれた時に能力を授かり、成長過程で発現するようなものなのか。

    それは未だ不明瞭だが、彼女の出現から、一部の者は以前考えていた仮説が確かだということに気付く。

     巨人になれる人間は、一人ではない。

    調査を進める中、ある二人の人物の名が浮き出てきた。

    ライナー・ブラウン。
    ベルトルト・フーバー。

    この二名は女型であるアニと同郷であり、その人間性などは別にして、疑う価値はある、と調査兵団側は判断した。

    この話は、女型の捕獲作戦に参加した者達にしか伝えられていない。つまり、『クリスタ』やユミル、既に故人となった身のナナバやゲルガーらは知らない、知らなかったのだ。

    ライナー、ベルトルト、この二人が今最も調査兵団に警戒されている人物だということを。

    つまりそれは、彼女らと共にいたクリスタもまた同じ。二人が巨人の可能性があるなんて微塵も考えていなかった。


     知らなかったからではない。

     彼女は“知っていたからこそ”──今、自らの目の前で、件の二人が巨人と化した際に発生した風を浴びながら、つい口に出してしまったのである。


     ──嘘だ、と。


              ◆

     このタイミングで動くか……。

    『エレン』を掴み、今まさに壁から飛び降りようとしている鎧の巨人──変人や団長さんが予想した通り、その正体はライナー・ブラウンだった。

    超大型巨人──ベルトルト・フーバーはというと、その巨大な腕を振るい群がる兵士を一掃しようとする。

    だがその巨体さゆえに動きは緩慢。不意を突かれた何人かは吹っ飛ばされたようだが、大半は自ら壁の下へと逃げることで攻撃を回避している。

    風圧で吹っ飛んだ奴もチラホラ見えたが。


  104. 221 : : 2014/09/08(月) 15:25:19
     周囲が騒然とする中、一足早く飛び出したのは兵長さんだった。

    次いでミカサが『エレン』達が落ちた壁とは反対の方から現れ、鬼気迫る表情と雰囲気を醸し出しながら兵長さんの後に続く。

    『クリスタ』「なに……巨人……!?」

     唖然とした様子で眼下で繰り広げられる巨人化した『エレン』と鎧の巨人の攻防、そして壁上で腕を振り回す超大型巨人。

    どこぞの怪獣戦争だとツッコミたくなるが、まあまだ口から炎を吐いたり空から隕石を降らせないだけマシだと思うことにする。

     ……さて、護衛対象の“一人”である『エレン』の方には人類最強とミカサが向かい、超大型巨人の方にはさっきの爆風から我を取り戻した変人が兵に指示を飛ばして対応している。

    俺達の仕事は護衛だ。考える必要などなく、『エレン』へと加勢するのが筋なんだが……壮絶な肉弾戦を繰り広げている所へ突っ込むのは心情的に憚られる部分がある。

    死にはしないだろうが、あの鎧に包まれた手で殴られるのは痛そうだ。下手をすれば護る対象に誤って攻撃される可能性も否定できない。

    まあ、その程度だったら先に述べた通り死なないだろうし、気にせず特攻かましてもいいんだが……今の俺達──直接頼まれたのは俺なんだが、俺達にはもう“一人”護らなきゃならない存在がいる。


     『クリスタ・レンズ』

     本名は『ヒストリア・レイス』


     チラリ、とその人物を盗み見る。

    驚愕、恐怖、疑惑──判りやすいくらいに動揺しているな。

    確かにクリスタの言った通り、こんなのがヒストリアな訳がない。この世界の『ヒストリア』がどんな人間かは知らないからなんとも言えないが、俺の知ってるヒストリアとはまるで別人だ。



     横にいるクリスタへ目を向けると、「なに?」と首を傾げて反応してきた。

    さっきは何やら動揺していたようだが、今はいたって普通、いつも通りのクリスタだ。

    表面上は、だけど。

    クリスタ「まさかあの二人が巨人とはね……少しおかしい態度も度々あったから、何かあるとは思ってたけど……。んー、『クリスタ』ちゃん、少し離れましょうか。貴女は武器も何もないんだから、巻き込まれたらひとたまりもないわよ」

     『クリスタ』の手を取り、壁上で暴れる超大型から距離を取るため歩き出すクリスタ。

    確かに言っていることは間違ってはないんだが……どこかいつもより強引に見えるのは気のせいだろうか。

    いや、強引と言うよりは──予想外の事態に対する焦り、か? だけどこの程度、今まで何度も直面してきているから今更混乱するようなことでもないと思うんだが…………。

     ほんの僅かな違和感を覚えつつ、俺は二人の後に続いて足を踏み出した。


  105. 225 : : 2014/09/09(火) 07:16:01
    >>222>>223>>224
    文句言う奴はブラウザback頼む。
  106. 226 : : 2014/09/17(水) 00:45:22
    続きはよ!
  107. 227 : : 2014/09/17(水) 08:59:40
     作者です。

    先週の雨にやられて熱だして死にかけてました。更新遅れて申し訳ないです。

    とりあえず、作者の中で区切りのいい目処がついたので、そこに至ったら新しいスレに移行しようと思います。
  108. 228 : : 2014/09/17(水) 09:00:42
     「避けろおおお!!」

     叫び。

    振り向き、状況を認識した俺とクリスタはすぐさまその場を飛び退いた。

    超大型巨人によって降り下ろされた腕が、壁上を木っ端微塵にする。またもや何人かが風圧で吹き飛ぶ中、『クリスタ』を抱えた彼女が隣で小さく舌打ちをする。

    クリスタ「さっきからブンブンと五月蝿いわね……『クリスタ』ちゃん、怪我はない?」

    『クリスタ』「は、はいっ、大丈夫で──きゃあっ!」

     今度はなんだ? と、肌を襲う熱風を煩わしく思いながら目を動かす。

    見ると、超大型のうなじから上の部分から蒸気のようなものが出ていた。それなりの熱量なのか、その周りの空間が歪んで見える。

    あれは……そこいらの兵士では突破してうなじを削ぐのは無理だろうな。やろうと思えばやれるが、全身焼けて皮膚はただれてこちらも死ぬだろうが。

    ハンジ「一班は私に付いてこい! 鎧の巨人の相手だ!」

     どうやら、変人はあの状態の超大型は倒せないと踏んで標的を鎧に変えたようだ。何人かの兵を残し、壁の下へ消えていった。

    クリスタ「……これくらい距離を置けば、とりあえず巻き込まれる可能性は低いわね……それにしても熱いわ」

     パタパタと手で顔を扇ぐクリスタ。内心、したところで意味ないよなぁ、とか思いながら、俺は『クリスタ』を見る。

    立体機動装置を着けていない『クリスタ』があの場にいると命がいくつ有っても足りはしない。俺の装置を渡せればいいのだが──生憎、塔での戦闘でぶっ壊したから使えない。

    予備の装置でもあればいいんだが……。



  109. 229 : : 2014/09/17(水) 09:03:24

    コニー「あっつっ……!」

    『クリスタ』「! コニー! 大丈夫!?」

     負傷した兵士を肩で担いできたコニーに駆け寄る『クリスタ』。

    コニー「わりぃクリスタ……! そうだ! お前、ライナーとベルトルト見てねえか!?」

     ──? 何言って…………、あー。

    コニーの奴、二人が巨人になったのを見ていなかったのか。もしくは混乱して頭の中がごっちゃなのか……どちらともあり得るのがコニーらしいというか、なんというか。

    まあ、今はこっちのことより。

    エレン「何を手こずってるんだか」

     無様に地面に横たわる『自分』を見下ろし、小さく息を吐く。

    つうか、兵長さんやミカサまでいて苦戦するのは──いや、この場合は相手との相性が悪すぎた、か?

    確かにブレードの刃じゃあの鎧に傷を付けるのは無理だろうが……筋肉の間接部は“まだ”柔らかいだろうから、そこを狙えばいいだろうに。

    その部位すらもブレードが通用しないんじゃ、まあお手上げだが。

     …………。


    エレン「アリス」

    クリスタ「はいはい、判ってるわよ。『エレン』を護るのも私達の仕事なんだしね。こっちは私が付いてるから、とっととあの五月蝿い筋肉黙らしてきなさい」

     手をひらひらさせる彼女に、思わず笑みがこぼれる。

    何も言わなくても理解してくれると言うのは、中々どうして、嬉しいものだ。

    言葉にしなくては伝わらないこともあるが、それはまたその時だ 。


  110. 230 : : 2014/09/17(水) 09:05:36
     ブレードを片手に、彼女に背を向け歩き出す。

    狙うは眼下で暴れるいろいろな意味での“元”同期。明確に俺達と敵対している訳ではないが、こちらも依頼された身だし……何より、クリスタがそう望んでる。

     “アアアァァァァアアアアア!!”

     ──咆哮。

    『エレン』が鎧を組み敷き、間接技を決めていた。どうやら純粋な打撃では通用しないと判断し、戦い方を変えたようだが……できるなら初めからそれをやれ。まったく。それでも俺か『お前』は。


     刃の残数などを確認しつつ、改めて状況を把握する。

    超大型は未だ燃え続け、下では……遠くて声までは聞こえないが、恐らくアルミンや変人が『エレン』に指示を出し、ミカサや兵長さんらが援護をしながら鎧を相手どっている。

     案外、俺は必要ないんじゃないか? とも思うが、まあ早く終わることに越したことはない。クリスタの妙な違和感も気になるところだし。


  111. 231 : : 2014/09/17(水) 09:07:16
     装置とブレードを繋ぐ部分を壊してしまったので、今の俺には立体機動はできないが……問題はないだろう。

    先に始末するのは鎧だ。超大型は巨体で力もある、他の巨人とは一線を画すが動きそのものは緩慢だ。蒸気を出すのは厄介だが、その点を除けば仕留めるのにそう時間はかからな……って熱いなおい。

     ある程度時間が経ったというのに、未だに超大型がいる付近は熱い。

     “オオオオオオオオオオオオオッ!!”

     んでもって五月蝿い。

    突然叫びだした鎧だが……女型と同じように巨人を集めようとしたのか? けれど周りに巨人はいない。それを理解していないとは思えない。

    なら狙いは……あ。

     ぐらり、と超大型の巨体が傾く。ドドドドッ、と壁を削りつつ、だんだんと斜めに傾いていき……。

    コニー「上だあああっ!! 避けろおおおおおおおっ!!」

     後方から聞こえてきたコニーの叫び。流石の俺でもあれは止めれない。

    落下していく超大型巨人の先には、鎧を締め上げている『エレン』や兵長達がいる。

     ……さっきの鎧の叫びはこれの合図だったわけか。


  112. 232 : : 2014/09/17(水) 09:12:30
     巨人になっても意思疏通はできるんだなぁ、とかどうでもいいことを考えつつ、俺は壁際に立つ。下では突然落下してきた超大型のせいで混乱している。その隙に『エレン』を確保するのが狙いなんだろうが──それは許容できない。

    エレン「さて」

     行くか。

    砂塵や埃、超大型の蒸気のせいで視界が悪いが、まあ大丈夫だろ。

    ある程度の位置を見定め、あと一歩で落ちるといった位置まで足を踏み出し──


    エレン「────」


     ──ああ、これは……。

    唐突に、ゾワリと背中を這いずるように駆け巡ったそれを、俺は知っている。

    いつだったか、どこだったか、誰だったか、何だったか。あらゆる世界で、幾度となく経験してきたその感覚を……忘れる筈がない。

     赤き英霊と対峙した時だったか。

     シャーマンの王と向かい合った時だったか。

     人間失格の殺人鬼と目を合わせた時だったか。

     ああ、そうだ、忘れられる筈がない。この感覚を味わった時は、いつだって、俺は“後悔していたじゃないか”。




     音が遠ざかる。世界がやけに遅く感じる。

    どうしてだかは判らない。直感か、はたまた経験か。

    踏み出す直前だった足を止める。超大型や、鎧の巨人から視線を外す。意識はもうそこにはない。あんなものはどうでもいい。


     ゆっくりと──実際には遅くない筈だが、不自然な程に視界が移るのが遅い。

    振り向き、その先にある光景に、一瞬呼吸をすることを……心臓を動かすことすら忘れそうになる。


     ──ああ、そうだ、そうだったな。世界なんてものは、いつだって、そういうものだったよな。


    “どこかで見た覚えのある男にナイフで体を突き刺されているクリスタを目にして”。


     俺は人知れず、世界を呪った。






    《……to be continued》

  113. 233 : : 2014/09/17(水) 09:17:46
    クリスタあぁ!!!?
  114. 234 : : 2014/09/18(木) 02:55:28
    Oh...マジか...
  115. 235 : : 2014/09/18(木) 17:20:36
    どうも、作者です。

    『そして繰り返したその先に』はここまで。
    読んでくださった読者の方々、ありがとうございます。

    本当なら今作で完結する予定だったんですが……次回に持ち越しですね。

    ではでは、次回予告といきましょうか。
  116. 236 : : 2014/09/18(木) 17:23:25

    貫かれた身体。

    倒れるクリスタ。激昂するエレン。

    血だまりの中に横たわる彼女は、薄れゆく意識の中、最期の言葉を告げる。


    エレン「クリスタ!」

    クリスタ「ふふ……大、丈夫よ、エレン……たとえ私が倒れようと、第二第三の私が現れ……貴方の精を搾り取……」ガク

    エレン「え…………。え?」



    動揺を隠せないエレン!

    そんな彼の前に、時空の狭間を、世界の壁を越え、彼女達が現れる!

    クリスタ2「待たせたわねエレン! 私が来たからには……あ、いや、べ、別にエレンの為に来たわけじゃなくて、そこにいる私に頼まれたから仕方なく──そう! 仕方なくなんだから! 勘違いしないでよ!」

    ツンでデレなクリスタが。

    クリスタ3「エレンお兄ちゃん! 私が来たからにはもう安心してね! 私達の邪魔をする奴等はみーんな私が殺してあげるから!」

    ロリで妹なクリスタが。

    クリスタ4「はは、なんともまあ元気な私ね……ああ、こんにちわ、私の愛しいエレン。我慢できなくて来ちゃったわ」

    クールで大人なクリスタが。

    クリスタ5「わあ! エレンだエレンだ! むふぅ、この匂い、この匂いだよ! ふにゃぁ……」

    猫耳猫尾のクリスニャンが。


    さあ! ここに集った数多の可能性を携えたクリスタ達を相手に、果たしてエレンは無事一夜を越えることができるのか!


    次回! 『そして搾り取られたその先に』

    こうご期待!


    クリスタ「あ、正妻は私だから、そこは譲れないわよ」シレッ

    エレン「え…………、え?」


    …………。

    こうご期待!


  117. 237 : : 2014/09/19(金) 03:04:32
    え?
  118. 238 : : 2014/09/19(金) 20:28:16
    http://www.ssnote.net/archives/23847

    ↑続きはこちらになります
  119. 239 : : 2017/08/02(水) 14:02:55
    ええええ!!!!
  120. 240 : : 2020/10/06(火) 09:12:21
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

    恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
    http://www.ssnote.net/archives/86931

    害悪ユーザーカグラ
    http://www.ssnote.net/archives/78041

    害悪ユーザースルメ わたあめ
    http://www.ssnote.net/archives/78042

    害悪ユーザーエルドカエサル (カエサル)
    http://www.ssnote.net/archives/80906

    害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
    http://www.ssnote.net/archives/81672

    害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
    http://www.ssnote.net/archives/81774

    害悪ユーザー筋力
    http://www.ssnote.net/archives/84057

    害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
    http://www.ssnote.net/archives/85091

    害悪ユーザー空山
    http://www.ssnote.net/archives/81038

    【キャロル様教団】
    http://www.ssnote.net/archives/86972

    何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
    http://www.ssnote.net/archives/86986

    http://www.ssnote.net/categories/%E9%80%B2%E6%92%83%E3%81%AE%E5%B7%A8%E4%BA%BA/populars?p=12
  121. 241 : : 2023/07/04(火) 09:21:58
    http://www.ssnote.net/archives/90995
    ●トロのフリーアカウント(^ω^)●
    http://www.ssnote.net/archives/90991
    http://www.ssnote.net/groups/633/archives/3655
    http://www.ssnote.net/users/mikasaanti
    2 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 16:43:56 このユーザーのレスのみ表示する
    sex_shitai
    toyama3190

    oppai_jirou
    catlinlove

    sukebe_erotarou
    errenlove

    cherryboy
    momoyamanaoki
    16 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 19:01:59 このユーザーのレスのみ表示する
    ちょっと時間あったから3つだけ作った

    unko_chinchin
    shoheikingdom

    mikasatosex
    unko

    pantie_ero_sex
    unko

    http://www.ssnote.net/archives/90992
    アカウントの譲渡について
    http://www.ssnote.net/groups/633/archives/3654

    36 : 2021年11月6日 : 2021/10/13(水) 19:43:59 このユーザーのレスのみ表示する
    理想は登録ユーザーが20人ぐらい増えて、noteをカオスにしてくれて、管理人の手に負えなくなって最悪閉鎖に追い込まれたら嬉しいな

    22 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:37:51 このユーザーのレスのみ表示する
    以前未登録に垢あげた時は複数の他のユーザーに乗っ取られたりで面倒だったからね。

    46 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:45:59 このユーザーのレスのみ表示する
    ぶっちゃけグループ二個ぐらい潰した事あるからね

    52 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:48:34 このユーザーのレスのみ表示する
    一応、自分で名前つけてる未登録で、かつ「あ、コイツならもしかしたらnoteぶっ壊せるかも」て思った奴笑

    89 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 21:17:27 このユーザーのレスのみ表示する
    noteがよりカオスにって運営側の手に負えなくなって閉鎖されたら万々歳だからな、俺のning依存症を終わらせてくれ

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