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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

東京喰種√P III

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  1. 1 : : 2015/11/29(日) 00:49:39
    前々作
    http://www.ssnote.net/archives/32297

    前作
    http://www.ssnote.net/archives/38113

    の続きの√ P lIlです。シクヨロ(・ω・)ノ❇︎
  2. 5 : : 2015/11/29(日) 01:40:32



    処刑がおこなわれる厳かな空間のように、ひっそりと静まり返っている室内には、三人の人影が確認できる。

    此処は議長室だ。


    この張り詰めた雰囲気を醸す源は、玉座にも似た大き目の椅子に凝然と腰を下ろしている老人である。
    皺が深く刻み込まれた面貌。
    静謐な表情は彫像のように揺れ動くことはない。さらに老翁の凄みを際立たせているのは、白い長髪と白髭。
    容姿は遠目からでも、長い年月を過ごしてきたと窺えるほどに老いを感じさせる。
    しかしその姿格好は老人のそれであっても、全身から発せられるオーラは弱々しい老人のものではない。
    威厳と貫禄が最高峰に達し、見る者全てを慄かせる殺人的な眼力。
    彼から漂っているのは、『強者』が持つソレとなにひとつ遜色ないものであった。


    なにを隠そう、この老翁こそ、SSS討伐者にして〔CCG〕総議長・和修 常吉である。


    常吉「……これが例の」


    ローマ数字で刻まれた巨大時計を背に、総議長が一枚の書類に目をおとし寂寞を破った。

    「はい」

    言の葉に、前方に立つ人物が短く応じる。


    常吉「金木 研、いい眼だ………この報告書に記されている報が真であるならば、なお良い人材だ。貴将」

    重々しい声の行く先は、敬礼する有馬貴将へ。


    常吉「過日アカデミーに侵入した喰種……お前の目から見て推定レートは」


    有馬「SSレートでしょう」


    SSレート。
    喰種捜査官でも滅多に遭遇することのない強敵。それを駆逐するとなれば、特等レベルでなくては荷が重い飛び切り危険な類の喰種だ。
    完全ではないにしろ、狂喰種が赫者であったことも相まって、有馬が下した評価に誤りはない。


    常吉「ならば、試験はいい。入局を許可する」

    SSレート、と、有馬がそう口にしたこともあってか、満足げに一度まぶたを閉じてから総議長は金木研の入局を諒する。
    総議長からみても金木研は逸材に見えるため、SSレベルを討伐した功績がなくとも入局に問題はなかった。
    斃したのならもう躊躇は必要ない。




    「し、しかし…」




    常吉「───何か、あるのかね?」




    有無を言わせぬ言葉の威圧に、男は本能的に逆らうことを破棄し、憮然と口を縫った。




    常吉「……パートナーには───」









    常吉「───貴将、お前がつけ」
  3. 45 : : 2015/12/02(水) 23:20:52









    有馬「──話した通り……君はこれから喰種捜査官で、正式に俺の部下になった」


    カネキが喰種捜査官になるまでの道程を一通り語り終わった有馬が、黙ってカネキを見る。返答でも待っているのか……



    カネキ「え〜…っと……」


    なんだこれ……?
    急すぎる話に頭の中は慌てふためいていた。
    突然 有馬貴将が病室に来たかと思えば
    自分が捜査官になる事になったと話しだした。



    玲を除いた全員が唖然としながら有馬とカネキを見ている。
    視線の的にされているカネキも、同様に何と応えればいいのかわからず、対応に頭を詰まらせている状態だった。



    だってそうだろう。
    いつの間にか喰種捜査官にされて、いつの間にか有馬さんの部下にされてしまっている……。





    ──とは言ったものの、それに対しての怒りは別段ない。
    むしろ歓迎するのだが、自分の知らないところで話が勝手に一人歩きしていた事については戸惑いというか、急過ぎて上手くついていけない気持ちが少なからず存在する。




    有馬「これからよろしく頼む。カネキ ケン 」


    頭を悩ませていることを知ってか知らずか、有馬はスッとカネキに向かって右手を差し出してきた。

    これから、といっても……それは早くて一ヶ月後くらいだろう。
    カネキが退院しなければ喰種捜査官の仕事もクソもない。




    ところで、これは完全な余談だが、

    先日まで彼、有馬特等の部下であった平子丈は、実力的にも話しの流れ的にも上等捜査官への昇任を授かり、有馬のパートナーから〝元〟パートナーになったという。
    昇進は早いのでは……という声が少数上がったそうだが、平子は有馬貴将ととも捜査に取り組んでから四年。
    その四年間、平子は誰よりも近くで有馬貴将の戦いを目にしてきた。
    村人その2のような面をしてはいるが、人を見た目で判断してはいけないというヤツで、平子はもうその辺の上等捜査官に勝るとも劣らない程度の力を身に付けており、上へあげても問題はないだろうという事で昇進が決定したそうだ。




    カネキ「……よ、よろしくお願いします……」


    カネキは包丁で切ったクロナの指に消毒液と絆創膏を巻いて(つけて)あげならがら、差し出された有馬の右手を見て「ああ、握手か」と理解し、狼狽気味に返事をして出された手を掴んだ。





    かくして……金木研は誰よりも早く候補生から〝喰種捜査官〟に成り立ったのだった。















    それから約二週間後のこと。
    カネキと教官は、玲より一足先に傷を完治させ、アカデミーへと戻ってきていた。



    教官「……なんだが懐かしく感じるな」


    アカデミーの門の前で茫然と立ち尽くしながら言う。

    長くここで働いていたせいかアカデミーに二週間ぶりに戻って来て、教官は実家に戻って来たような親近感を抱いていた。


    「大袈裟じゃないですか?」と一緒にこの場所に戻って来たカネキが呆れた様子で疑問を投げる。


    教官「お前はそんなに長くないからなあ」


    カネキ「そうですけど……」


    教官「そういえば……お前は喰種捜査官になるんだったな。
    淋しくないのか? 鈴屋なんて、カネキくんがなるなら自分も捜査官になるとかなんとかって大声で喚いていたぞ……」


    カネキ「あはは……それは……はい。クロナちゃんや、ナシロちゃん。それに玲くんと暫く会えなくなるのは淋しいですけどね」


    それは正真正銘の本音だ。このアカデミーに来てから大切な人を得た。
    側にいて守りたいという気持ちもあるが、それよりも先に優先しなければならないこともある。
    ずっと会えない……なんて訳ではないだろうが、あの有馬の下で活動するともなれば他の喰種捜査官の比ではないくらい日々が忙しくなるのは目に見えている。
    会えるのは数週間、はたまた数ヶ月に一度という極僅かな回数かもしれない。
    けれど、それを承知の上でカネキはこの道を選んだのだ。




    教官「おい、ちょっと待て。俺の名前が入ってないぞ」


    カネキが口にした人物の中に自分が入っておらず、思わず「オイ」と教官がツッコミを入れる。
    この人とも、随分と仲良くなった。
    口調も最初の頃の堅苦しい感じが欠片も見えない……。
    正直なところ別に教官に会えなくなるのは淋しくない。
    これを言うとさらに「オイ」と返ってくるので、言うのは中止し心の中にとどめておく。
  4. 47 : : 2015/12/02(水) 23:34:18



    カネキ「はは…教官も入ってますよ」


    教官「そうかそうか。何時からアカデミーを出るんだ?」


    カネキ「一週間後くらいでしょうか」


    教官「そうか。上手くやっていけるといいな、俺も、お前も……」


    カネキ「……、」



    どこか遠くを見ている目に、罪悪感にも似た如何ともし難い感情が薄っすらと湧き出てくる……。

    狂喰種襲来の一件で、職員の大半は亡くなった。
    ……生存した者といえば、隣にいるこの人と数名の欠勤していた職員のみ。
    無論、その中には悪質な事に戸影教官も入っている。
    何にせよ、このままでは明らかに教官の人数が乏しいため、新しく職員が動員される事になったのだが、誰も知らない顔らしく、上手くやっていけるか些か不安のようだ。


    カネキも、これからたった一人で知らない人だらけの職場に飛び込む身である。
    ……思いは同じだ。


    とんでもないことのように言ってはいるが、この様な事は殆どの人が通る、或いは通った事のある道だろう。

    例えるならば、中学から高校に入学した時に、小中学時代の友達とクラスが別々になり、同じクラスに知り合いが極少しか居なくなる。そうするとまた一から友達作りに励まなければいけない。大抵はうまくいくことだ。


    教官やカネキの抱えている不安も成るように成ることだろう。気づいたら周りと溶け込めているはずだ。



    カネキ「きっと大丈夫ですよ、お互い頑張りましょう!」


    喝を入れ、声を張り上げて教官を元気付ける。


    教官「ああっ、そうだな……!!」


    何生徒にフォローされてるんだ。と自分を情けなく思い、辛気臭い表情を一変させていつも通り明るく振舞ってみせた。


    「ああっ! 教官と金木だ! 」


    「おぉ、本当だ!」

    「ただいま〜!」


    唐突に前方からまだ幼さのある子供の声が発せられた。

    いや、そこは「おかえり」だろ。

    「おかえり」ではなく「ただいま」と言ったアホの子にカネキは一人突っ込んだ。

    声の主達は言わずもがなアカデミーの生徒達である。
    カネキ達が帰ってくるのを待っていてくれたようだ、それにしても相も変わらず此処の子達は元気がいい。

    二週間前に喰種侵入という大事件が発生したにも関わらず、ニコニコと元気に白い歯を見せて破顔している。

    実際、狂喰種との戦いが勃発している最中この子達は人の気も知らず気持ちの良い眠りに落ちていたのだから、
    朝起きて昨日の夜事件がありました〜なんて騒がれても実感というか現実味がないのだろう。

    教官達が亡くなった件については
    日が経つにつれ、現実を知りショックを受けたものも多かったようだが。


    教官「おお〜! お前たち元気にしてたか!」


    「元気元気〜ちょーげんきー!」


    「さっきまで虫取りしてたよ!」


    出迎えてくれたんじゃなかったんかい。
    また突っ込む、教官の分も合わせて本日3回目である。


    カネキ「はは…虫取りかぁ……」

    興味深そうに一人の生徒が腰に添えている虫かごに目を向けた。
    自分はどちらかというと外で元気に遊ぶタイプの子供ではなかった為、虫取りなど子供がよくやる遊びは数える程しか経験がない。やりたいとは思わないが……


    「おう! たのしいぜ! ケンもいっしょにやろうぜ! 」


    カネキ「はは……折角の誘いありがたいんだけど、これから色々やらなきゃだから。また今度誘ってくれる?」

    色々やらなきゃというのは真実であるが、昔から何故か虫には苦手意識があり、虫取りとか……そういう類の事を進んでやる気にはなれなかったからだ。


    「えー! なんでだよ〜! やろうぜ!? 楽しいって! 」


    生徒が腰に付けていた虫籠を外してカネキに押し付けるように見せてくる。
    籠の中には、飛蝗(バッタ)、蜘蛛(くも)、蝶(ちょう)、蟻(あり)と多種多様な虫が雑然と放り込まれている。
  5. 49 : : 2015/12/02(水) 23:41:37


    カネキ「うわぁ……よくもまぁこんなに沢山取れたね…この時季、そんなにいっぱい虫がいるの?」

    もうすぐ四月に入ろうかとう時期で、季節はまだ夏を迎え入れていない。
    外は未だ肌寒さが残っているし、虫が本格的に活動を始めているとは思えないのだが……

    「探せばめちゃくちゃいるぞ! そこ森だしな、土とか掘れば幼虫もでくる」

    聞く人によっては顔色を悪くしそうな発言をしながら、生徒が得意げに話し始めた。
    なるほど、確かに林…というか森はすぐそこに存在しているし、この生徒が言っている通り虫は探せばいるのかもしれない。


    「ほらコレ! トノサマバッタ! すげぇだろ!」


    籠の中で乱暴狼藉を働く虫達を差し置いて、一匹だけ存在感のある巨大な飛蝗を指差した。

    「おー」、小さく歓声を上げる。
    トノサマバッタとやらをしばらく見つめていると、籠の隅でモゾモゾと何かが蠢いた。


    ドクンッッ……心臓が激しく動悸を打った。


    え、まさか、蛇とか……?…………



    考えるが、もう頭は答えを理解していた。
    見間違えるはずはない。
    くだらない思考は破棄してカネキは素直に認めることを決心した。

    蛇なんかじゃない……そうやって誤魔化すのはやめよう。

    コイツと自分との間に一体何の因果があるのかは不明だが、自分はコイツを恐れている。


    醜い姿をしたコイツを。



    赤い頭部と二つの顎と触角に、黒く長い胴体、その左右に並ぶ橙色の数多の肢。

    虫籠で動いたのは、世間一般で「百足(ムカデ)」と称される害虫だった。


    カネキ「……ッ」

    眉間に皺を寄せながら、目を背けたい衝動に駆られる。
    ライオンとチワワが対面したかのような錯覚を覚え、カネキは思わず一歩後退った…
    …こめかみから頬へ汗がつたってくるのがハッキリと分かる。


    「ケン? え? もしかしてバッタ嫌いとか?」

    様子がおかしい自分を気遣ってか、バッタを自慢していた生徒が声をかけてくる。
    しかし、耳から耳に通り抜けていくだけで、まるで頭に入ってこない。


    全身が発熱し、虫籠から目が離せない。文字通り目が釘付けになっている中、籠の中の虫達が動きを魅せた。

    自然の摂理……。弱肉強食という言葉が最も的を射ていた。


    食事だ。


    サバイバルや、自然界の中で生き抜く場合……どうなるだろうか?言うまでもない。
    生きていく為には、他者を喰らわなければならない。
    いま籠の中で起ころうとしているのは、それのお手本だ。謂わば教科書。

    弱い物ほど獲物にされ、先に消えていく。


    飛蝗も、蝶も、蜘蛛も、百足も……皆

    貧弱で脆弱な、小さな蟻(あり)を狙っていた。
    当の蟻は、ちょろちょろと動き回っている。恐れて、逃げているか……

    その場景を目睹するが早いか、視界が回り出し、胃液が逆流してきそうな程の吐き気を催した。

    カネキ「う…っ!」


    教官「……金木? 顔色が悪いぞ、お前大丈夫かっ?」


    カネキ「…大丈夫です」

    なんとか嘔吐せずに済んだが、カネキの顔色は優れていない……それを察した教官が助け舟を出してくれた。


    教官「ほら、お前達、教官(せんせい)もカネキも、まだ病み上がりで体の調子が良くないんだ。だから遊ぶのはまた今度にしてやってくれ」


    「えー……でも、仕方ないか……じゃあ今度一緒に遊ぼうな! 約束だぜ!」


    「おだいじにね〜」


    約束を果たす日は一体いつになるやら、もしかしたら一生無理かもしれない。
    ……小さく謝罪の合唱し、カネキは「うん」と相槌を打つと、労わりの言葉を背中で受け止めながら自分の部屋へと連れて行ってもらった(教官に)
  6. 64 : : 2015/12/04(金) 23:18:53






    『うぅっ…ひぐっ……か…ぁ…さ
    ん』




    暗く静かな闇の中にいた。

    黒髪の少年が、嗚咽を洩らして泣いている。


    見たことがある光景だ、どこで見たんだっけ……思い出せない。



    周囲は真っ暗…。
    まるで舞台か何か様に、少年の場所だけにスポットライトが当てられている。

    明るい光はちゃんと当たっている。
    しかし、その強すぎる光に遮られ、逆に少年の顔が見られない。


    手を伸ばす。

    手を伸ばしても少年に届かない。
    動物園の動物や、水族館の魚を窓越しから見ているようだ。


    《どうして泣いているの?》


    話しかけても、
    聴こえててくるのは少年の嗚咽のみ。
    そもそも自分の声が届いているのかさえ分からない。
    急に、少年が泣き声とはまた別の悲鳴を上げた。


    三角座りの状態のまま小さな腕と足で地面を押しやり、服越しに臀部を引き擦らせながら自身の身体を後ろ──壁際へと追いやっていた。



    『なに…⁉︎ やめて……くるな……!こないで…っ!』


    少年が投げる言葉の先には『何か』がいる。モゾモゾと嘲っている。

    少年が悲鳴を撒き散らした。
    壁に背中をくっつけ、両腕で全身を抱きしめ震えている。

    モゾモゾと蠢く何かは、少年の前方ではなく全方に居たのだ。
    少年の周囲に堂々と姿を晒している。
    隠れる意思はさらさら持ち合わせていない。寧ろ見つけてくださいと言わんばかりに、そこら中をうろついていた。



    蠢く一匹の正体を視認すると、黙って傍観していたカネキの顔にも恐慌が奔り、みるみる表情が震盪し始めた。

    カネキの見据える先で、少年の周囲で……嘲笑うように蠢動していたのは─────



    ブツンッ。


    バグが発生したかのように、何の前触れもなく映像は途絶えた。



    と思ったら……ギギギッと、機械が軋むような不愉快な音を連れて一筋の白い光芒が少年に向かって差し込んだ。


    細い光線は不愉快な音が続けば続くほど、徐々に郭大していった。

    鉄と鉄が擦れる音と、差し込んでくる光からして、この場所はある一つの部屋の中だとカネキは推測する。
    軋む音は、扉か何かが開放されているのではないだろうか。
  7. 65 : : 2015/12/04(金) 23:40:25




    不快な音が聴こえなくなった。
    気づけば扉と思わしき物は全開され、いつの間にか光は部屋全体を侵食していた。

    少年の視線の先では、誰か人が立っている。
    光の所為で真っ黒なシルエットとなり、またしても顔は確認できないが……スラッとした体躯から考えて、女性かもしれない。








    『け〜んちゃん❤︎』





    ───…映像が途絶えた。




    映像が始まった……。



    『さぁ、お仕置きタイムよぉ〜』


    『あああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!』


    『はぁい、数えて〜』


    『きっ、きゅう、ひゃく…きゅうじゅうさ…』




    ───…途絶えた。




    『ダメな子ねぇ……どうしてこんな子に育っちゃったの? また捌けてないじゃないの。ママ恥ずかしいわ』


    『ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめん、な…いごめんなさぃごめんなさい、ご、め、ん、な、さいごめんなさいごめんなさい』


    『ダメよ。お仕置きレベル5! 虫部屋よお!』


    『やめっ、ごめんなさぃ、お願い……やめ、て、やめて、やめてください』




    『ぁ、ぁぁぁあぁああああぁぁあああああああああぁぁぁぁあぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁああああああああああぁぁぁあああああああぁぁぁあああああぁああああぁぁああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああああああああッッッ!!!!」





    途絶えた───……。













    カネキ「──ッッは、あああッ…ッ⁉︎」



    映像が途切れるのと同じくして、ベッドから上体を飛び起こす。


    カネキ「ッ…はぁ…はぁ……っ!」


    動悸が激しい。

    落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をし、なにが起こったのか…頭を巡らせる。


    さっきの映像は?……少年は?、女性は?……

    どこを見ようとも、先まで見ていた背景や
    人物の姿は影も形も見当たらない。

    というより、いま自分がどこにいるのかすら理解できない。


    ここはどこだ?…………



    ………………………………。




    暫し時間が経ち、ポツポツと思い出した。
    自分は生徒たちと別れて、教官に自室まで連れて行ってもらったのだった。
    具合も悪かったから、着いた早々、着替えもせずだらしなくベッドに入りそのまま眠りに就いたんだ。


    記憶が段々蘇ってくる………じゃあ、さっきのは夢なのか。


    カネキ「……。」


    納得のいく結論をつけ、安堵した。
    ベッドから這い出ようと身体を動かした時、服が冷たい事に気づいた。
    背後に腕を回してみると、背中から腰にかけて汗でびっしょりと濡れていた。

    顔色はまた悪くなっていく。


    シャワーを浴びようか。
    嫌な夢を見たときは汗を洗い落とすために何時もシャワーを身体に浴びさせている。

    よろよろと立ち上がる。その場で服を脱ぎ捨てて、さっきの夢の事を考える。


    あの夢だ……
    自分をよく苦しませる嫌な夢。

    昔の事が今更夢になって出てくる。
    虫部屋に放り込まれ、毎晩毎晩
    泣き叫ぶ日々。
    ママに拷問紛いのお仕置きされる毎日。

    解体屋として人間…を……














    カネキ「───…は??」
  8. 90 : : 2015/12/06(日) 22:39:52




    頭が空っぽになり、空白が埋め尽くした。


    カネキ「僕は……いま何を……ッ?」



    『昔の事が今更夢になって出てくる』


    昔? 何を言って……

    あれ……?

    そもそも、なんで自然ににスラスラと『虫部屋』や『解体屋』などというワードが出てくる?


    ママ…… ママってなんだ……



    カネキ「……『黒髪の少年』……」


    風に乗って消えてしまいそうな
    くらい小さな声が喉を通る。


    夢を、思い出す。
    夢だというのにあの光景がくっきりと
    目に、脳に、烙印の如く焼きついている。
    顔は見えなかったけど、髪は黒かった。
    黒髪の子供なんて…日本中、世界中、探すまでもない、歩けば周りには嫌という程いる。



    ……だけど……

    やけにリアルな夢、流れ込んでくる無数の記憶。
    ふつふつと、やかんの水が沸騰した際の蓋みたいに、頭の中で何かが姿を現そうとしていた。


    僕は鏡と対面し、自分の髪を凝視する。


    白だ。真っ白だ…清々しいまでに。


    黒とは真逆の白。



    カネキ「……あ」


    ある事実に思い当たった。


    ───この髪は染めたんじゃない。生まれつきでもない。『いつの間にかなっていた』と、そう思っていた。

    よくよく考えてみれば、この言葉自体がおかしいのだ。
    気づいたら白髪になっているなんて、意味不明とかそういうレベルじゃない。
    普通ならばこれを地毛だと思うだろう。
    しかし、『気づいたら』という事は白髪じゃない時期があったということだ。


    そう、気づかないだけで
    ちゃんと記憶には小さく小さく残っていたのかも知れない。




    カネキ「──!」



    もうわかっている。あの夢が自分の記憶の一部だってことは……だけど確認せずにはいられなかった。


    アカデミージュニアに引っ越してくる時……カネキは家にあった大切な物───母の遺品や、思い出の品、顔は知らない父の残した本───をダンボールに詰めてもってきた。


    あの時の記憶が正しければ、本や大切な物をダンボールに詰めるとき一緒にアルバムらしき物を入れた覚えがある。


    ベッドの下に無理やり押し込まれているであろう幾つものダンボールを引き摺り出し、ガムテープを剥がしていく。
    外フラップと内フラップを乱暴に開け放ち、中の物を投げて外に出した。


    ───アルバム、アルバムッ!アルバムどこだ…ッ!!

    必死の形相で、アルバムと何度もリピートする。


    あるはずなんだ、昔の、姿が…っ!



    カネキ「くそっ…どの箱に入れんだ……!」


    一個一個ダンボールを漁っても、出てくるのは本ばかりで目当てのアルバムが顔を見せてくれない。

    こんな事なら『これがあれで〜〜』と分別しておくべきだった。
    後悔を顔に滲ませながら、次のダンボールに移る。





    カネキ「…っ!」




    最後のダンボールが終了しようとした間際、一番下の底から漸く探し物が出てきた。
    それは通常の書籍より更に大きい、B5判サイズ──週刊誌サイズ──のブックが寝かせられていた。




    ──…アルバムだ。
  9. 93 : : 2015/12/06(日) 23:14:05




    カネキ「あった…っ!」


    僕はアルバムを力尽くで引っこ抜いて、ペラペラと本を読むようにページを捲り。
    毎秒20ページの速度でアルバムに眼を走らせる。


    しかし、半分以上覗いても写真は殆ど保存されていなかった。
    一ページに2、3枚あるだけで、酷いところは1枚も入れられていない。


    思い返してみれば、確かに写真なんて滅多に撮ることはなかったと思うが、これは明らかに可笑しい。
    数が少ないだけならば単純に「ああ、そんなに写真は撮らなかったんだな」で納得がいくが、バラバラに入れられているというのは一体全体どういう事だ。



    カネキ「(まるで……抜き取ったみたいだ……)」


    最初はちゃんと入れられていたが……「何か」があって特定の物だけを取り出した、とか?

    それなら何となく辻褄が合う。


    カネキ「なら、その「何か」って……?」


    いや、もう答えは半分でかかっているだろう。
    僕は深く目を閉じると、アルバムから1枚写真を手に取った。


    それは、子供のくせにどこか大人びた笑顔を見せる白髪の少年。
    背景がよく見えないけれど、多分公園だろう。
    後ろに小さくあの親友が写っている。


    間違いない、僕だ…。

    背丈からして、小学三〜四年生くらいの時かな。



    こうして昔の自分を改めて見るのは、なんだが気恥ずかしい。僕一人しかいないのに……。



    カネキ「へぇ…こんなのも。あ、これは中学に入学した時の……はは、ヒデと一緒に写ってる」


    カネキ「あっ、これは小学校卒業した時の、ってまたヒデだ」


    アルバムなんて、一度も見た事はなかった……
    あまり興味もなかったし、そんな物があるなんて知らなかったから。
    こうやって振り返ってみると、昔歳の自分を見るのは中々楽しいものだ。


    カネキ「あ、またヒデと僕。どれだけあるんだ……本当に僕ってヒデしか友達いなかったんだなぁ…」

    それも自業自得、進んで誰かに声を掛けたりしなかった僕がわるいんだけど……

    自身のコミュニケーション能力の低さに、自分で自分が憐れに思えてしまい口元が引きつる。



    カネキ「ぁ…」


    笑って(といっても空笑いだが)気を取り直すと、また他の写真を手に取った。

    写っているのは母さんと僕。
    背景は真っ白。これは雪だ。
    雪が降っているということは12月とか1月だろうか。


    カネキ「母さん…」

    じん…と涙が込み上げてくる。
    鼻がツンとして痛痒い。

    写真とはいえ、母さんの顔をもう一度拝む事ができたのは、嬉しくもあり悲しくもあるものだ。


    カネキ「……また、御墓参り行かなきゃな…。」


    僕は写真をアルバムに戻して、次のページへと移動した。
    気づけば次で最後だった。


    このページには1枚しか保存されていないようだ。
    三段目(一番下)のポケットに封入されている写真を、指で挟んで摘み取る。



    カネキ「!」


    2枚、……入ってる?


    この微妙な厚み、おそらく2枚いれられている。
    2枚一緒に入れるの何てよくあることだろうと、特に気にする様子もなく
    僕は写真に目を合わせた。

    いたって普通。
    映し出されているのは、ランドセルを背負い、両手で黒猫を抱いている無表情の僕。
    学校の帰りに猫を拾ったんだっけ(飼わなかったけど)……名札には小学五年生と書かれてある。





    ……………あれ?


    そういえばアルバムの写真、これも合わせて全部見たけど……小学三年生より以前の写真が一つも無い。
    赤ちゃんの頃や、幼稚園は?一年生の時は?二年生は…?

    どうしてその頃の写真がただの一つも無い?
    家を片付けている時、アルバムはこの一冊しか無かった。


    偶然?
    僕が三年生より以前の頃は、写真なんて全く撮らなかったのか?


    いや、でも……





    ───…その答えを差し出すかの如く、手に持っている写真がずれ、
    下に重ねていた2枚目の中から……


    『 黒 』がチラついた。
  10. 95 : : 2015/12/06(日) 23:49:41


    カネキ「…っ!!」


    黒だ。黒が見える……。
    写真の中から、黒が。

    揺れる瞳。脈打つ心臓。笑う腕。震える指。

    全身の毛が逆立った。


    小刻みに戦慄く全身を抑え込み、息を呑み、唾を飲み込む。



    ゆっくりと、親指を動かして、上の写真を退かす。



    そうか……



    カネキ「あ…ッ」



    やっぱり……





    入学式の時の服装。黒のブレザーに半ズボンを着用し、ネクタイを付けた、可愛らしい恰好をした黒髪の男の子。

    間違いない。この子は紛れもなく、夢で見たあの少年だ。



    その隣には、男の子と一緒に写る眼鏡をかけた女性。黒髪の男の子の母親…


    僕の…、母。




    僕が自分の顔を見間違えるわけがない。身長も歳も小さく、黒髪だけど。



    間違いない。






    カネキ「僕だ……」









    ──────……僕、だったんだ
  11. 142 : : 2015/12/13(日) 00:36:11




    カネキ「………………そうか。はは……やっぱり、そうだったのか」

    黒髪の少年、僕。
    僕にも、髪が黒かった時期があったのか。

    忘れていた記憶が蘇る。DVDを×32で巻き戻しているように、「過去」が頭に流れてくる。

    もう、ほとんど思い出したよ。

    カネキ「……。」


    あぁ、そうか。
    アルバムに写真がバラバラに入れてあったのは、一部を抜き取ったように見えたのは、僕にこれを見させないため。
    僕に、〝あの事〟を思い出させないため。



    だから、母さんはそれに関する物を処分したんだ。
    黒髪の僕が写っている写真だけを棄てたんだ。

    だから、僕が喰種に襲われたと聞いてあんなに取り乱したんだ。





    どうでもいい話だけれど、昔こんなことを尋ねたのを憶えている。

    僕は白髪だったために、クラスや学校で浮いていて、よくちょっかいをかけられる事があった。


    『お母さん』


    『うん。どうしたの?』


    『どうして僕の髪は黒じゃなくて白いの?』


    僕は思い切って自分の悩みを打ち解けてみた。


    『どうして…って言っても。研の髪は地毛だから。生まれつきなの』


    『でも僕、この髪のせいでクラスのみんなから馬鹿にされるんだ……きっと気持ち悪いんだよ!』


    『…ふふ。そんな事ないわ。いいじゃい。皆と違う、皆と同じ枠に収まらない。お母さんかっこいいと思うわ』


    優しく笑って、頭を撫でてくる。


    『──!』

    そんな母さんの一言が、髪の色なんてどうでもいいと教えてくれた。僕を、元気にしてくれた。


    『でも、本当に辛いなら、黒に染めましょうか』


    『い、いい!…僕、このままでいいよっ』

    『そ、そう?……研がいいならお母さんもいいけど。本当に辛かったのなら、我慢せずに言うのよ』


    『うん!』







    カネキ「ふっ……」


    懐かしいな。




    話の線がずれてしまったけど……戻そう。


    あの事件を、僕が白髪へと変化するまでの道筋を回顧しよう。

    僕の……過去の物語《はなし》をしよう。






    遡るのは、今から凡(およ)そ9年前─────…。

  12. 144 : : 2015/12/13(日) 00:58:08





    ───────……九年前。


    小学校入学式が終わってから数日後のことだった。
    黒髪の少年───カネキは、比較的大人しかったから入学早々、学校ではほとんど一人。たまに誰かが話しかけてくるだけ。それだけで、遊ぶ友達は皆無。
    唯一、学校でやることといえば勉強と昼食を食べるくらいだった。



    学校が終わって下校している時。
    カネキは早く家に帰って、昨夜、途中まで読み進めていた本を読みたかったばかりに、近道と称し路地に入っていったのだ。

    事の発端は、「早く本の続きが読みたい」という些細な衝動だった。



    カネキが入ったこの路地には人があまり寄り付かない。

    こんな噂話がある。『ここに入ったら最後、2度と出てくることはできない。』
    否。正確にはその人と2度と会うことが出来ないとか。

    クラスの子も先生も近所の人も皆言っていた。
    この路地には近づかないほうがいい、この路地の近辺には、〝怪物〟が潜む───…と。



    意味がわからない。だって自分は何度か通ったことがあるけど、そんなもの見たことない。
    カネキは噂は所詮噂だと高を括って路地に入った。

    だからこそ、不運だったと言わざるを得ない。


    黒い服と黒いズボンを着用し、キラキラの黒のランドセルを背負った、全身黒尽くめの少年が、路地(近道)を全速で走る。
    その姿はさながら黒猫のようで、これから不吉なことが起こる合図にも見えた。

    カネキが路地を突っ切ろうとした直前、ガッ!と誰かにぶつかった。


    カネキ「ご、ごめんなさぃっ!」

    相手の顔を見るよりも先に、小さな頭を下げて謝る。
    ぶつかった人は何も言わない。怒っちゃったのかな、ビクビクしながらカネキが顔を上げるのと……その人が口を開くのは同時だった。


    「ふふ…気にしなくていいわ。ボク、学校の帰り?」

    ぶつかったのは、黒いブラウスと白黒チェック柄のショートパンツを穿いた、可愛らしい印象を与える若い女性だった。

    その中でも特に印象的なのは、腰まで真っ直ぐ伸びているライトブラウンの髪。
    さらさらで、きちんと手入れされているのが窺える。


    カネキ「は、はぃ…っ」

    母さん以外の女の人とは大して喋ったことがないカネキは、かなりテンパっていた。

    「へえ〜……」

    唇に人差し指を当て、クリッとした目で妖しく見つめてくる。
    そんな眼差しを受け止めきれないカネキは恥ずかしそうに顔を少し俯かせた。

    必然的に、目線は女性の脚へと移る。程よい肉付きをした太腿、スラッとした白一色の脚。俗にいう美脚だった。

    カネキは顔を赤くし、慌てて脚から目を逸らすと、素早く顔を空へと向けさせた。
    直後。黒みがかかった茶色の瞳と、視線が交差する。


    「フフ……かわいい…♡」


    カネキ「ぇ…?」


    「それに…」

    ペロリと舌で唇を舐め、彼女は言った。


    「とても美味しそう」


    最後まで聴き取ることが出来ないまま、強い衝撃がカネキを襲い、徐々に視界から全てが消え去っていった。






    近道を通らなければ、何かが変わっていたのだろうか?





    ───これから一年……
    カネキは地獄の中を彷徨い続ける。





    程なくして、彼方へ消えていった意識が帰ってきた。
    目が醒め、真っ先に感じた違和感は、何も見えないことだった。
    カネキは真暗な闇の中にいた。
    瞼を開いているのに、視界に映るのは黒だけ、闇だけだった。


    小さいカネキにとって──いや、大人でもおなじだろう──それはとんでもなく恐かった……不安、焦り、恐怖が津波のように一気に押し寄せてくる。


    何も見えない中、唯一感じ取れるのは頬から通達する冷たい地面の感触のみ。


    本当に恐ろしかった……何も見えないのがこんなに恐ろしいなんて知らなかった……。

    初めて体験する暗闇の恐怖に、カネキは全身を震わせることしか出来ない。



    ……冷たい……寒い……。
  13. 145 : : 2015/12/13(日) 01:17:51



    カネキ「さむいよ………おかあさん……」


    どこにいるの? ここはどこ? 助けて……助けてよ……




    どれだけ待っても、視界に光が灯ることはない。
    真暗だ……闇が消えるどころか、どんどん深くなっている気さえしてきた。



    このままでは、闇の深淵に呑み込まれる。




    そんな錯覚に陥ったカネキは、恐怖心に駆られ身体を我武者らに動かす。
    が、動くのは胴体だけで、地面を無様に転がることしかできていない。


    カネキ「ど、どうしてっ、」


    なんで動かないの……⁉︎



    手を足を暴れさせるが、肘や膝蓋骨が微動するだけで、それ以上は何も起こらない。


    カネキ「も、もしかして…しばられてる…⁉︎」



    その通りであった。 いまカネキは横向けで地面に転がったまま手足をガッチリ束縛されている。
    拘束具は手鎖や足枷といった大層な代物ではなく、ただの至極普通の縄だ。
    しかし、小学一年生──7歳の子供にとって…キツく括り付けられたソレは、鎖と同等の拘束力を発揮していた。


    そして、目が見えないのは目隠しをされている所為だろう。



    カネキ「な、なんでこんな……っ」



    何故自分がこんな目にあっているのか見当がつかない。どうして?何が起こったの?






    しばらく失明状態を体験したカネキは、少しの慣れが来たのか……なるべくマイナスな考えを避けるようにし、最初の頃より落ち着きを取り戻していた。
    といってもほんの少しだが……


    カネキ「(たしか……真っ暗になる前まで、ぼくは何をしていたんだ……?)」


    頭を整理して、こうなる前……何が起きたのか、自分は何をしていたのか……その記憶を探る。

    最も新しい記憶は────、


    そうだ……ぼくは本が読みたくて、近道をとおったんだ…それで、それで……それで
    茶色いかみの女の人とぶつかって……

    それで…………どうなったんだっけ?
    あれ、思い出せない……。
    気づいたらこうなってたんだ…。


    あれ? じゃあなんでこうなったんだ? あれ? わからない……あれ…?


    純粋で無垢なカネキがあの女の人を疑うことができるはずもなく、只管(ひたすら)に他の事を考え、この事態に陥った経緯を探る。

    本で…ある特定のページを探すように自分の中の記憶を辿ってみるが、当然。
    完全記憶能力など爆発的な力を持ってもいなければ、まだ幼少期である子供の脳が充分に発達しているわけもない。
    隅から隅まで記憶を復活させるのは不可能だ。
    薄ぼんやりと回想できるのは、心に深く残っている思い出や、精々三日前の夕飯くらいのものだった。

    結論は……行き詰まり。
    何故この事態に至ったのか、答えが出ない…。


    奈落の底に落ちたみたいだ。カネキは絶望から逃避して目を激しく瞑った。眠りに就けば恐怖から逃げれると思ったからだ。


    カネキ「! …寝る……? そ、そうだ…夢、ゆめだ、きっとこれはゆめなんだ……!」


    カネキ「さめて、夢ならさめて、さめろ…覚めてよッ!!」



    叫びながら、地面に頭をぶつける。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……



    カネキ「な、んで…っ、」


    なんで夢じゃないんだ…っ…



    とうとう耐えきれなくなり、必死で抑えていた涙を零した。
    目に当てられている布にじわっと吸収されるのがわかる。

    涙腺が緩み、噴水のように哀しみの雫が流れ出る。



    カツッ、カツッ、カツンッ


    鼻をすする音とは別に、地面から快音が伝わってきた。
    誰かの足音、たぶんこの鋭く響く音はハイヒールだろう。
    視覚が封じられているせいなのか、地面な耳をくっつけているせいなのか、妙に音が聴き取れる。



    カネキ「…!」



    数秒の間「一人じゃない」……という安心に埋め尽くされたが……直ぐに掻き消され、得体の知れない恐怖が一緒になって付き添ってきた。


    足音、誰かいるのは確実だ。だが……それがもし自分を捕縛した者だったとしたら……



    足音が止まると、今度はハイヒールの快音とは逆の不快な音が鳴った。

    ギイィィイ、という不快な音だ。



    カネキ「だ、れ……っ、?」





    「おはよう……ぼーや❤︎」



  14. 146 : : 2015/12/13(日) 01:23:21
    オッス! オラごくー!
    みんな!きたいありがてぇな!

    次回!トーキョーボールZ、【明かされる過去】

    来週もぜってーみてくれよな!
  15. 147 : : 2015/12/13(日) 01:24:17
    そういや玲ってどんな感じにビッグマダムにつかまったんだろ・・・


    おう!絶対見るぜ!!
  16. 149 : : 2015/12/13(日) 03:21:49
    期待!!昨日、最初っからこの小説シリーズを全部読みました❀.(*´ω`*)❀.
    玲の足がきれたところらへんで、これは、もしや、カネキくん、実は、喰種で赫子だすんじゃ……とか思ったけど、全然違うっぽいですね(´・-・。)
    あと、カネキくんの、過去が(இ﹏இ`。)
    スクラッパーだったなんて(><。)(でもそれも原作と違うくていい)

    楽しみにしてます!頑張ってください!(*≧∀≦*)
  17. 150 : : 2015/12/13(日) 08:45:45
    ドキドキ…期待!
  18. 193 : : 2015/12/17(木) 18:26:19


    「坊やより、研ちゃんの方が可愛いかしらね」


    カネキ「…っ、?」


    女性の声だ……。どこかで聞いた覚えがあるが、これもまた思い出せたい。
    というよりも、それより重大な点がある。いま女の人は何といった?
    『けんちゃん』……『研ちゃん?』

    誰の事だ? まさか自分の事を言っているのだろうか。ならば、女の人は知り合いなのか?
    だけど自分を「けんちゃん」と呼ぶ人に心当たりがない。他の人を呼んでいる…はさすがに無いだろう。
    知らない人だろうか? じゃあなんで名前を…?


    「泣いていたの」カツッ、カツッ


    カネキ「…!」ビクッ


    聞いた事がある。だけど思い出せない。




    カネキ「っ!、……だ、だれ………?」



    「あら、わすれちゃったの? 私よ。わ・た・し」


    艶めかしく「私」を強調させて言う。
    そう言われても、顔を見えないカネキでは誰だかわからない。
    ただ……もしかしたらこの女性は「良い人」なのかもしれないというのが、与えられた第一印象だった。


    「あら……本当にわからないの? 」


    カネキ「ッ……」


    女性が誰か、よりも先に……
    カネキは相手が敵なのか、それともそうじゃ無いのか。一番にそれを考えていた。
    「良い人」なのかもしれない。かもしれないというのは、あくまで『かも』という偏見であり、推測でしかないのだ。
    実際に良い人なのか、そんなもの分かりっこない。


    「酷いわね。君は〝ついさっき〟会ったばかりのヒトを忘れちゃうの?」


    カネキ「 ? ……⁉︎」



    カネキ「……さ、さっき…って?」


    「さっきはさっきよ。狭い道であったでしょう?」


    カネキ「せまいみち……え…?」


    車が急に飛び出してきたかのような衝撃を与えられ、心臓が締め付けられた。
    〝さっき〟というのは先刻。数秒〜から数分、数時間(2、3時間)のことをいうのだろう。
    ならば、「さっき遭った人物が自分を捕まえた犯人」……
    この暗闇で目を覚ます前に、自分が遭った人物。それは誰だ? 一番新しい記憶は近道を通ったこと。近道は抜けていなかった、とおもう。
    抜け出る直前に、そう。そこで女性と遭っていたのだ。全く疑っていなかったが、意識を手放して数分〜数時間しか経っていないとしたら。〝さっき〟遭ったという人物は……




    茶髪で、白と黒の服装をした…目つきの鋭い……



    カネキ「さっきの…お姉さん……?」


    「フフッ。正解 ♪ 」


    「ご褒美に取ってあげる」


    コツコツとハイヒールの音が接近し、カネキの耳元で止まった。
    すると、優しく赤子の頭を撫でるように、彼女はカネキの頭を持ち上げ、目に巻き付けてある布…目隠しを滑らかに取った。

    カネキ「うっ…!」



    眼界がオール黒だったからか…瞼を開け、瞳に空間を映させた0,1秒後、飛び込んできた電灯に弾かれ脱兎の勢いで再度、目を閉じた。

    その後、何度か目を閉じたり開いたりを繰り返して、瞳孔が光に慣れたようだ。



    カネキ「ここは……?」
  19. 194 : : 2015/12/17(木) 18:39:51


    目を開けると……蛍光灯のみで照らされている殺風景な部屋の中にいた。
    真っ先に視認したのは、蛍光灯と天井。次に灰色の床と壁…三角を作っている壁際には黒い汚れが見え、床──というよりは混凝土(コンクリート)のサラサラした地面。には、限りなく黒に近づいた赤色の汚れがあった。


    「私のお家、みたいなものよ」


    カネキ「お家…家?……こ、ここが…?」


    こんな殺風景極まりない部屋にすんでいるのだろうか。とても人が暮らせる空間ではない…。



    「そんなことよりも、金木研くん。君は私のターゲットよ。これからいっぱい楽しみましょうね」


    カネキ「⁉︎ …な、何でぼくの名前を…」

    当然の疑問に、彼女は自分の左胸をトントンと指で叩いてみせた。
    黙って見ているが、なんの意図があるのかは理解できない。


    「私じゃなくて自分の胸よ」


    告げられ、ハッとする。カネキは自分の左胸を見た。左胸側の服の上からは自分の名前が刻まれた名札が付けてある。
    彼女が名を知っているのは名札を見たからというわけだ。



    カネキ「じゃ、じゃあっ、何でぼくをこんなところに連れてきたんですか⁉︎……はやく家に、帰してください…っ」


    捲し立てていう。



    「ダメよ。さっきも言ったでしょう? 研くんは私のターゲット。獲物。逃すことはできないわ」


    カネキ「なっ…何言って…!」


    「そもそもよ。始まりは君があんな見るからに怪しそうな場所をうろついていたから、こうなったんでしょう?…不運とも言えるし、自業自得とも言えるのよ」



    カネキ「そ、そんな…ッ!、ぼくは、ぼくはただ…!」


    「でもまぁ。不運か自業自得だったとしたら、間違いなく前者ね……あぁいや、私が釣られたのは君の匂いだったから、自業自得?……でも根本的に言えば、産まれた時からその匂いだろうし、やっぱり不運かしらね。」


    カネキ「に、におい…ッ?!」


    「そう……君、自分じゃわからないだろうけれど、とても美味しそうな匂いがするのよ。フフッ」


    カネキ「おいしそう……? ひ、ひとなんて食べれませんよ…!」



    「フフッ。喰べれるわ……逆に言うと、それしか喰べれないもの」


    カネキ「え?… どういう……」



    「私はね〝喰種〟なのよ。…知ってるかしら?」


    カネキ「グール…?」


    ぐーる? グール? ぐうる? 喰種 ?

    聞いたことがある気がしないでもない。
    だが……三度、思い出せない。
    この状況にはある程度慣れて、頭がクリアになったと思っていたのだが、
    矢張り無理があったようだ。表面に焦燥が出ないだけで、裏面ではしっかり混乱状態に沈み浸っている。



    「その反応は、知らないようね」


    「子供でもわかるように簡単に説明すると……君達人間は、豚や牛、お魚を食べるでしょう?」


    当たり前だ。カネキは何を言い出すのかと、不思議そうな目で上を見上げながら、頷いた。


    「人間の食べ物は豚や魚。……でもね……私達〝喰種〟にとっての豚やお魚は、人間なの」



    カネキ「…ッ?!!」

  20. 209 : : 2015/12/21(月) 21:24:45



    カネキ「にんげんを……食べる…?」


    「そうよ」


    人間を喰べる。喰種、喰種にとっての豚は人間……だとすれば、自分を攫った理由は一つに絞られる。


    カネキ「ま、まさか……」


    「そんなに震えなくてもいいわぁ。あなたを喰べようってわけじゃないの」


    カネキ「…!!」


    女性から発せれた朗報を聞いて、溢れ出ていたアドレナリンと、擦れ合っていた歯が終熄へと向かっていく。



    カネキ「じゃ、じゃあ…っ」


    「何でこんな事をするんですか…かしら?」

    いままさに、言おうとしていたことを言い当てられた。
    カネキはまた、首を動かしているのか見分けがつかないくらい小さく頷き、肯定の意を表した。


    「……それはもちろん。もっといいことをする為よ❤︎」


    不気味に、しかし優美に歪んだ顔の裏側に何が隠されているのかなんて、知る由も無い……
    純粋な瞳に彼女の優しそうな顔が薄気味悪く反映されたのは、彼女の言う「いいこと」が……本当に「いいこと」だとは思えなかったからだ。


    純粋な子供。純粋とは、穢れを知らないこと、疑うことを知らないことだ。良く言えば正直、悪く言えばお人好し。
    そんな純粋な者だからこそ、意図して隠された邪悪なペルソナから単純に違和感を感じ取ったのだ。



    「今日からキミは────」






    「私の子供(モノ)よ、研ちゃん。
    以後、私のことはママと呼ぶように────…❤︎」

















    彼女は額いっぱいに汗を滲ませ、壮絶な苦悩と格闘していた。
    時刻は七時四十五分。なのに、家に居るはずの息子が居ない。


    カネキ母「研…どこにいるの…⁉︎」



    普段の彼女ならば、いまごろ内職についているのだろうが、悠長にそんなことをしている場合では……絶対にない。
    六時過ぎ頃にパートが終わり、彼女は帰宅した。
    いつもなら息子が……研が出迎えてくれるのだ。
    なのに今日に限ってそれがなかった。
    不審に思い、とりあえず家に上がってみれば、研の姿も、靴も、服も、黒のランドセルもない。
    お風呂場も、トイレも、押入れも、考え付くところはすべて探し尽くした。
    だけど居ない。
    研は小学一年生。この時間帯には必ず家に帰ってきていなければならないのだ。寄り道をするような子でもない、仮に寄り道をしたとしても、学校が終わるのは三時前か少し過ぎ、四時には絶対に終わっている。
    どう考えたって七時半を過ぎても帰ってこないというのは、不可解すぎる。




    学校にも電話してみたが、帰路につくのを見送ったと言っている。

    それなら帰り道の途中で何かあったのか……。
    その「何か」が重要だ……良い出来事か悪い出来事か。いくら考えても後者にしか行き着かない。人は良くない状況に置かれると、途端にマイナス思考になる生き物だというか、本当だと証明された。


    望まない嫌厭な出来事を想像して総毛立つ。
    七時ごろに家を出て外を探し回り…
    近所の住人にも心当たりがないか聞いて回ったのだが、みんな揃って首を横に振るだけで、有益な情報は得られなかった。
  21. 210 : : 2015/12/21(月) 21:31:19


    カネキ母「ッ……やっぱり警察に…」



    警察に捜索依頼の連絡をするか否か…
    大袈裟すぎないのか、もう少し待ってみるべきなのか……いや




    カネキ母「大袈裟なわけないわ…! 」



    自分の息子を心配するのは親として当たり前だ。
    研が帰って来れば、心配しすぎの一言で笑うことができるが……
    もし帰って来なければ……遅くなれば自体が悪化するかもしれない。


    彼女は固定電話の受話器を外して、110に電話を掛ける。
    トゥルルルル、トゥルルルル、数回のコール音のあと、ガチャッと電話越しに受話器を取る音が聴こえてきた。



    『はい、もしもし』



    カネキ母「あ、あの。私、金木〜〜と申します。実は、小学校一年生の息子がまだ家に帰宅していないのですが…………捜索をお願いできないでしょうか…!」



    『…なるほど。ちなみに、息子さんのお名前をおききしてよろしいでしょうか?』

    カネキ母「金木 研です。」


    『男の子ですね?』


    カネキ母「はい」


    『帰宅していない、とは、学校から、ということでしょうか?』


    カネキ母「そうです。」


    『ふむ…ならば、もう少し待ってみましょう。もしも八時半を過ぎても帰って来ないのであれば、こちらで捜索を始めます』

    カネキ母「い、今すぐというわけにはいかないんですか…っ!」

    『まだ決めつけるのは早いです。寄り道をしている可能性もありえなくはないので、もう少しだけ待ってみましょう』


    カネキ母「で、でもっ」


    『不安な気持ちはわかります。こちらも、あなたのような親御さんを幾度となく見てきました。その中に事件が絡んだ例もありますが、何事もなくお子さんが帰宅した例もあるので、もうしばらくだけ待ってみましょう。』



    カネキ母「っ……はい」



    『それでは、八時の半を回っても帰って来なかった場合は、お手数かけますが、〜〜〜〜の署までいらしてもらえますか? そこで詳細をお聞きしますので。……ああ、それとその時は〜〜〜〜〜(警察の名前)を出してくださいとおっしゃっていただければ、私が出ますので』


    カネキ母「…………はい…わかりました……、」



    『それでは』



    ガチャッ。ツーッ、ツーッ…。





    カネキ母「……研…」




    小さな一室に、彼女の声と話中音だけが残った……。

  22. 211 : : 2015/12/21(月) 21:41:29






    ──────────────────────────────





    カネキ「!ッ!ああああああああ??!ああいたいいたいいたいやめて、 やめて くだ、 さい ッ…??!!」


    「もう…爪を二枚剥がしたくらいでオーバーねえ。でも、その苦しむ顔がそそられるんだけど」



    カネキ「ーーッ!…ああッ、はぁ……はぁ、ッ…う、!?っ、?」


    「やっぱり子供を〝可愛がる〟のはやめられないわぁ。
    少しの痛みで悲鳴をあげるし……とても脆く、壊れやすい。
    だけどそれがいい。壊れないように慎重に愛でる……なんだかゲームみたいだと思わない?」


    密かに予期していた通り、陰惨な路へと繋がってしまった。
    「可愛がる」という名ばかりの虐待行為が始まったのは、一時間ほど前。流されるまま椅子に縛り付けられ、再び目隠しを付けられた。
    恐怖を感じる間も無く、瞬時に頬へ平手打ちを叩き込まれた。
    最初は何をされたのかわからなかったが、返ってきたもう一発でショートしていた頭が整頓され、ぼんやりと殴られたのだと認識した。


    それだけならば大して問題はなかった。



    また打(ぶ)たれるのかな……次に迫る攻撃を覚悟して待機した。
    しかしこなかった……。いや、打たれはしなかったという意味であり、危害を加えられなかったという意味ではない。
    ビンタの代わりに自慢の長い爪で皮膚を削ってきたのだ。



    カネキ「ーーーーーッ!!!」


    奥歯を噛み締め、少しでも痛みから離れる……



    ……、それから暴力は悪化していき、遂には爪を剥ぎ取るにまで至った。



    「不満そうな顔ね?…哀しいわ。せっかく大事に大事に愛してあげているのに」

    カネキ「なんで……こんな事を…ッ」


    愛でる? 可愛がる? 勘違いも甚だしいだろう。これは拷問その物だ。
    彼女の言う愛でる、可愛がるというのはイコール拷問。



    「嬉しくないの? ダメな子ね。……なんでこんなことをするの、だったかしら? ……人間って各々の性格が違い、色んな趣味を持った人がいるでしょう? 喰種もお・な・じ。 私の趣味は気に入ったヒトを盲愛(苛む)すること」


    カネキ「もうあい…?…あなたはぼくにひどい事をしているだけじゃないですか…っ⁉︎」


    パ シ ン ッ ! …頬に響く痛み、血が驚き、ジンジンと共鳴している…。


    「あなた? 私の事は〝ママ〟と呼びなさいと教えたわよねぇ? 」



    カネキ「ぼ、ぼくのお母さんはあなたじゃな──」



    バ チ ン ッ ! バ シ ン ッ! バ チ ン ッ!



    カネキ「ッ!…、ッ…っ……ッ…!」






    ─────────────────────────────




    チックタック、チックタック…。




    ───短い針は、「八」と「九」の中。長い針はたった今「六」の先へと進んだ。



    眼鏡から覗くそわそわしていた眸子に、一大を決心した重い影が纏われる。
    立ち上がり、服を整えて玄関へ。
    速やかに動きやすいスニーカーを履き終えると、憂慮で胸を殺しながら息子の無事だけを祈って署へと足を走らせた。





  23. 214 : : 2015/12/21(月) 22:05:45






    カネキ母「すみません…っ!!」


    警察署(支部)に急行した彼女は、「先程連絡を入れた金木ですが…!」
    言われた通り、警察の人の名前を出して連れて来てもらうよう交渉する。



    忙しなく目を泳がせ、待つこと五分。
    電話で名乗ったとおもわれる男性警察官と上司(だと思う)の2名が姿を見せた。

    「こんばんは。警部補の〜〜〜〜です。」

    「巡査長の〜〜〜〜です」


    互いに名乗り終えると、待合室のような個室に案内され、手早く本題に突入する。


    「それで……御宅の息子さんが帰ってこない…とのことでしたね?此方に来られたたということは」


    カネキ母「はい…。まだ帰宅は………
    学校は午後の3時頃には終わっています。担任の先生からも見送ったと聞きました」


    「なるほど…近辺は捜しましたよね?」


    カネキ母「はい……でも、どこにもいなくて…っ」


    「…わかりました。電話で聞き間違えていないか、いちおう確認します。お子さんのお名前はカネキ ケンくんで間違いないですか?」


    カネキ母「間違いありません…」


    「ありがとうございます。…それでは、お子さんが通っている学校名と、顔の特徴や服の特徴などなど、わかる限り教えて頂けますか?」


    カネキ母「はい……。黒髪で、顔立ちは他の同級生と比べても童顔な方だと思います。」

    胸ポケットからメモ帳とボールペン取り上げ、彼女が話す息子の特徴を警部補はスラスラと書き写していく。


    「はい……それで?」


    カネキ母「今日、着ていった服は、黒の長袖のシャツに、同じく黒の半ズボン。靴は〜〜〜〜」



    「はい、はい…はい。」









    「それでは……能う限り早く、捜索隊を手配していただけるよう上に要請してみます。お母さんは今日のところは御自宅に…」


    カネキ母「あ、あの……見つかるまでここで待っていてもよろしいでしょうかっ…!」


    「こ、ここでですか?」


    カネキ母「は…はい……。」



    心配で心配で仕方ない。家に帰っても息子のばかり考えロクに眠ることもできないだろう。
    家で苦悩するよりも、この場で待っていた方がまだ落ち着くのだ。


    「……この様な事は、あまり言いたくないのですが……私共が息子さんを今日や明日に見つける事ができるとは保証できませんよ…?」


    カネキ母「そ、それでもっ…!」


    なおも食い下がる彼女に、警部補たちは考える素振りを見せたのち、仕方ない。と、眉を下げて承諾した。
    くれぐれも我々の、むろん其方の仕事にも支障が出る様な事は避けてください
    という条件付きで。


    カネキ母「有難う御座います…!」














    蛍光灯がチカチカと点滅する音。
    もうそろそろ取り替え時なんじゃないだろうか……。
    こんなどうでもいい事を冷静に考えられるなんて、相当きてるなと思う。


    血生臭い異臭、錆びた鉄の腐臭、発生源はわからないが、鼻腔を苦しめる悪臭。
    血と汗と唾が辺り一面に降りかかった生々しい壁と地面。
    哀愁漂う部屋のど真ん中には、子供用の小さな椅子が無造作に配置されている。
    椅子の上には死神に魂を抜かれたような少年が下を向いて鎮座していた……
    異様なのはそれだけではない、少年の手足は椅子の後ろで縛り上げられ、両の足の縄は肉に食い込むほど頑丈に固定されている。



    しかも綺麗だった黒の長袖と半ズボンはボロボロに破れている。
    半ズボンはボロボロで済むが、長袖のシャツは袖が乱暴に千切れており、半袖のシャツに変化を遂げていた。

    ヘソ一帯を覆うシャツの布は刃物で切り裂かれでもしたのか、パックリと開き、赤と青の混じった紫色の傷跡が露わになっていた……





    カネキ「……………………
    ………………………………………。」
  24. 215 : : 2015/12/21(月) 22:17:39





    監禁されてからの時間経過は何秒だろう、何分だろう、何時間だろう、何日だろう?
    五日? 十日と少し? …曖昧模糊とした表現しかできない。
    明らかに、時間の感覚が麻痺している…



    何日かは言い表せないが、拷問の日々が続いた。爪は全て剥がされた。
    時には豪快に剥ぎ取り、時には爪切りやハサミでどんどん、ゆっくり、甚振るように(いや、甚振っているのか)切っていくのだ……。
    爪が無くなれば背中を鞭と刃物でガリガリとなんども傷を彫る。傷みを与えるのだ。 数え切れないほど、なんども……




    なんども何度も何度もなんどもなんども何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども何度もなんどもなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんども何度もなんども何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんども何度もなんどもなんども何度も何度もなんども何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども何度も何度も何度も何度もなんども何度もなんども何度も何度もなんども何度もなんどもなんどもなんどもなんども何度も何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども何度もなんども何度もなんどもなんども何度もなんども何度もなんどもなんどもなんども何度もなんどもなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんどもなんどもなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんどもなんども何度も何度も
    何度もなんども何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんどもなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども何度もなんども





    精神崩壊 寸前まで追い込まれるほどに、茶髪の女喰種による拷問は惨憺たるものであった。





    ほら、またきた。







    何度目とも知らない、扉が開く音が目覚めた。僕を苦しめる音。
    この音こそが───





    ───地獄(拷問)を開始するシグナルだ……。



    鉄板の彼方より『傷み』を連れてきたのは、言うまでもなく話題の中心となっている、件の茶髪の女性喰種(ママ)だ。
    怖い話で出てくる幽鬼みたいに顔をゆらりと持ち上げ、虚ろな目で彼女を見やる。
    眼球が充血している。何されたのかはご想像にお任せしよう



    瞳が映す、ぼんやりと歪んだ映像内では、ママが仁王立ちしていた。
    いつもの軽い服装ではなく、ドレスを着て、口紅やら化粧……所謂(いわゆる)オシャレをしているように視える。
    どうしたんだろうか、そんな恰好をして……お出掛けでもするのか。


    規則正しく歩を進めてきたママは、僕の首にリングーー首輪をつけ、代償として拘束具を解いた。



    「お出掛けよ…研ちゃん。それにしても、一ヶ月よく耐えれたわねぇ〜、いい子よ」


    我が物顔で自分の子供のように僕を褒めて頭を撫でてくる。
    一ヶ月……五日や十日ではなく、一ヶ月も過ぎていたらしい。
    よく耐えれたなど、とんでもない。
    もう限界の門の前だよ。二ヶ月後には精神崩壊を来し、狂死している自分の姿が目に浮かんでしまっているんだ。
  25. 216 : : 2015/12/21(月) 22:27:46




    「髪の毛も真っ白になっちゃってるわね……フフ。一ヶ月前の面影がすっかり消えちゃってる。髪だけじゃなくお洋服も黒じゃなくてホワイトにデビューしましょうか? それがいい! きっと似合うわ!」

    彼女の口から語られた通り、艶のあった美麗な黒髪は、瑞々しさが消え去り……白雪を連想させる純白の白髪へと変質していた。
    原因は、長時間の監禁・拷問による多大なストレスによってメラニン要素が無くなったためと思われる。



    カネキ「…………うん…」



    陰鬱な声音で短く小さく返事をする。
    人前でこんな正気がない声を出せば、気分を悪くしてしまうだろう……今はそんなのどうでもいいことだ。
    「どうでもいい」で思い出した。
    これはどうでもいい話、今話すべきなのか、そうでは無いのか疑問だが、どうでもいいのだが……
    この部屋に閉じ込められてから、叫びと悲鳴以外の声が殆ど喉を通っていないのだ。
    もともと饒舌の部類には属していないと自覚しているが、逆に寡黙かと言われるとそうでもない。
    ただ単に話したくないのだ。話す必要もない……
    ……人はどんなに慣れているものでも長い時間それを実行せず、サボっていれば下手くなる。例えば漫画でも漢字でも、描(書)かなければ、書(描)き方を忘れ劣化の道に走る。
    同じく僕は断固として必要以上のことは口に出さなかった……だから口下手になったのだと思う。世間体でいうコミュ障(コミニュケーション障害)の一歩手前、それが一番しっくりくる表現かもしれない。





    「そうと決まれば、身体を綺麗にしなきゃだからお風呂に行きましょうね。
    ばっちりお洒落したら、研ちゃん。〝レストラン〟にお食事しに行きましょう♡」



    カネキ「…え…?」



    聞き間違い? レストラン…食事?









    ─────外に出れる……?

















    なんて、希望があるはずがなかった。
    そんな幻想や夢想を、この女が許すはずがないのだ。
    わかっていた、わかっていた……もう逃げられないってことくらい。


    百歩、いや万歩譲って外に出ることが現実になったとして、どうやって逃げるんだろうか……地の果てまで追ってくるような奴だ。リアル鬼ごっこをリアル(現実)で開始する羽目になる。


    自由の代わりに連れられてきた場所とは、高級レストランと呼ぶにふさわしい豪華な造りを施された立派な屋敷だった。(豪華な造りをされたのは屋敷の中である、それを見るのはまだ先の話だ)



    「お待ちしておりました、マダム(D)……そちらの方は?」



    扉の前には変な面で顔を隠した黒スーツの男が待ち構えていた。軽く会釈をし、よくわからない話を始める


    「私の〝新しい〟子供よ。案内よろしくお願いするわ」


    「そうでしたか。かしこまりました。それでは御二方、どうぞ此方へ、御案内します」
  26. 218 : : 2015/12/21(月) 22:37:28
    名前……、マダムAが確か阿倍とかだったから、Dなら伊達とか?(笑)

    期待してますよー( ̄▽ ̄)ゞ
  27. 219 : : 2015/12/21(月) 23:39:26
    耳にムカデは入れられずに済んだんですね。
    あ、でもこれからかもしれない
  28. 220 : : 2015/12/21(月) 23:41:24
    アオギリメンバーの登場まだかな〜。
    あんていくメンバーの再登場はよ
  29. 221 : : 2015/12/22(火) 00:11:31
    >>219喰種じゃないからね。多分死んじゃうからじゃない?


    期待です
  30. 225 : : 2015/12/22(火) 17:19:49
    期待してる
  31. 227 : : 2015/12/22(火) 21:37:05
    期待です
  32. 229 : : 2015/12/23(水) 02:10:30
    赤司っちさん!
    ファイトです!
    頑張ってください!期待しています!
  33. 233 : : 2015/12/25(金) 19:40:49
    これ読んでいる中にクリスチャンはいるのかな?
  34. 234 : : 2015/12/25(金) 19:51:28

    >>218よし、その名前いただきます。カネキを拷問してる女性は伊達さんで(笑

    >>233いや、いないでしょう……
  35. 242 : : 2015/12/28(月) 23:20:03




    虚しい照明に照らされる一室……卓に両肘を付け、両の掌で、顔を包むように覆った女性の姿がある。
    顔は見えないが、彼女は約一週間前から満足に食事・睡眠をとれていない…
    …両手の目の下の眼窩には酷い隈が出現しているだろう。




    三十日、一ヶ月。一ヶ月だ……。


    人によっては、聞き様によっては、聞く人によっては……その期間は短くも長く(永く)も感じるかもしれない。
    彼女にとっては……二ヶ月も三ヶ月も経ったように…三十日(一ヶ月)という「時」が遅く、永く、体と心に沁み渡っているのだ。



    彼女の息子───、金木研の捜索を始めて、あるいは行方を晦ませて一ヶ月。
    ……捜索が始まり、1日の陽が沈むまでは警察側も乗り気ではない……いや言い方が悪かった。
    大事、つまり事件関係ではないと括っていたのだろうが、捜索を始めて3日が過ぎた頃には、あちら側にも焦りの色が浮かび、
    誘拐も有り得ると考え、人員と捜索範囲を大幅に増やして全力で捜査に当たった。


    それから一ヶ月経っても、金木研に纏(まつ)わる有益な情報(目撃情報)や痕跡は見つからず、今や完全に手探り状態。
    …………新聞でもニュースでも報道され、重い事件となっていた。
    何の手がかりもないのでは、警察側も見つけように見つけられない。
    だからといって簡単に仕事を投げ出して言い理由にはならないし、投げ出すつもりもないのだろうが……捜査員たちにの顔には『諦め』の二文字が見え隠れしていた。


    あと二〜三ヶ月しても金木研が見つからなければ、恐らく捜索を打ち切るだろう。
    例え中止しなかったとしても捜索の手は九分九厘、衰える。



    それを悟った母は、絶望に打ちひしがれている……。


    「研……」


    最低限の身嗜みを整え、ふらつく足を今日も支部へと運ばせる……。




    ──────────────────────────────


    レストランに入り……
    使用人のような、執事のような、紳士的なヒトのあとに続いて屋敷(レストラン)の奥へと進んでいく。
    歩いている途中、チラチラと紳士(仮)がカネキをさりげなく視ていたご、気にする余裕もない。



    稍あって、着いた場所は美しく彩られた一本の通路……とでもいうべきだろうか。
    言うべきだろう。
    その一本の通路を豪快に占領して、高級感が漂う円形のテーブルと椅子が綺麗に並べられている。
    シュールな光景だ……狭い道路にテーブルと椅子がポンポン置いてあると説明すればわかりやすいだろう。
    そして、自分(カネキ)から見て右側は壁、左側には大の大人の腰まで届く高さの洒落た鉄柵がズラッと彼方まで張り巡らされており……柵の下にはポッカリと四角の浅い穴(とは呼べないかもしれない)がある。
    なぜ柵が……と思ったが
    まぁ、そこに落ちないためなのだろう。
    なぜ巨大な四角穴があるのかは理解しかねるが。



    「あら……他の方々はまだいらしてないの?」


    「はい。マダムD様が本日最初の御来店になります」


    「そうなのね」

    「すぐにお食事になさりますか?」


    「まだ、いいわ。…この子とは〝ショー〟を添えて素敵な晩餐を楽しみたいもの……皆さんがお揃いになられたら美味しいステーキを用意して頂戴?」


    マダムDことママはカネキに一笑してメニューを喋る。


    「かしこまりました。それでは、珈琲をお持ちしますので……時間までこちらの席で暫くお待ち下さい」


    美々しく並べられるテーブル席の内の一つに2人を促し、あらかじめ取り付けられていたコーヒーカップ(ソーサーも含む)に、高熱度の黒い液体を注いでいく。
    マダムDのカップはブラックコーヒーだと思われるが、カネキのカップには薄茶色の……ちゃんとミルクとシロップを混入させた甘いコーヒーを淹れている。気が利くものだ。


    黒色と栗色の液体から微細な水滴と化した水蒸気───この際、湯気と言った方が早いが、敢えて言わない。理由はない。───がカネキとマダムDの間に立ち昇る。




    「あら、けっこう美味しいわね。研ちゃんはどう?」


    カネキ「……うん……」


    ぉぃしぃょ。と……一口も、一滴も
    飲んでいないのに、雑に適当な感想を述べる……。
    彼女はさして気にした様子もなければ、咎めることもせず、
    なぜか頬を緩ませて再びカップに唇をつけた。
  36. 244 : : 2015/12/28(月) 23:32:13




    マダムD(伊達)が珈琲を飲み終えた頃。ぞろぞろと「マスク」にドレス・タキシードを身に纏った紳士淑女が集まってきた。
    有象無象たちは、「御機嫌よう」…挨拶と御辞儀すると、近所のおばさんと話す主婦のように何気ない会話に移行する。




    が……



    「む…?」


    「何ですかな? この鼻腔を撫でるような甘い香りは……」


    「こちらから漂って…」


    喰種だらけの中に『人間』が一人でも混じっていれば、鼻が鋭い喰種はより敏感に反応する。
    それが人間の中でも、特に美味しそうな薫りを放つのなら尚更だ。


    一斉に……周囲からカネキに好奇の眼差しが送られた。
    これだけ視線の的にされれば、さすがに今のカネキだとしても
    嫌でも気になるし(気まずいし)、厭わしい。
    ママに助けを求めようと試みるが、当の本人は、自慢気に顔を緩めているだけで、助ける気など毛頭ないようだ。


    ついに、一人の男性が行動に移った。
    マダムDに近づき、話しかける。


    「お久しぶりですな、マダムD」


    「お久しぶりですわね。GMさん」


    「マダムDは、会うたびに違うお子様を連れていらっしゃる」


    「ふふ。みんなすぐ崩れるんですもの」


    「ハハ。…では、その子も?」


    「いいえ。この子は大事にしているの。とてもとても…」


    「………ふむ。確かに……不思議な臭いをお持ちですな」


    「フフッ…………行っておきますけれど……あげませんわよ? 絶対にね」


    それは……目の前のGMを含め、この場の全員に対する威嚇、もとい牽制であった。
    自分の子を奪おうとするものなら、ただではおかない、容赦はしない。そう
    釘を打ちをしたのだ。
    しかし飽くまで「威嚇した」だけだ。
    マダムDの戦闘力はお世辞にも高いとは言えない。
    例えばGM氏や他の者たちが本気でかかって来ようものなら、勝てると言い切れるだけの自信と力は持っていないのである。


    無論。本人も、他の者もそれを理解している。
    なら何故そんなことを言ったのか…。
    実際、牽制など言っても言わなくても一緒なのだ。言っても言わなくても一緒なら、……どうせ一緒だとすれば一応言っておこうということだろう。


    「ハハッ、そんな不躾は真似は致しませんよ……第一、取り合いになっても、我々では彼の方には勝ち目がないですからな」


    「…?」



    意味がわからないGMの発言に困惑する。
    勝ち目がない? いや、あるだろう?


    「親しき仲として、一つ警告を。」


    「…?」


    親しき中というトンデモ発言は華麗に聞き流し、
    じっと、耳を立ててその警告とやらを待つ。
    GMは自分の背後をさりげなく顎で差すと、






    「女王(BIG)は黒ネコをハントするつもり、かもしれませんな」




    「!!」
  37. 245 : : 2015/12/28(月) 23:40:22




    GMの背後には、黒に光るサングラスを掛け、大きな口に口紅を塗りに塗りまくったーーー巨漢だか巨女だかわからないが、マダムなのだから女なのだろうーーー大きな体躯のヒトが巨大な椅子に座っていた。
    彼女(?)こそ、マダム界でもトップクラスの地位につく……ビッグマダムだ。


    彼女がここに、レストランに来ていることにも驚いたが……
    それよりも、カネキに、研に目をつけた?
    そうだとしたら、勝ち目は粉塵もない……。



    「それでは、御武運を」


    言うと薄情にGMは去っていくと。
    入れ替わるようにビッグマダムがズカズカと子供と護衛を連れて歩いてきた。
    条件反射で身構えこそしたが…
    なんとなく、あちらからの敵意は感じられない気がする。


    ビッグマダム「こんばんわあ〜」


    「こんばんは、(ビッグ)マダム」


    何の用だ、と思う。
    マダムDとビッグマダムは全く面識がない、とまではいかないが、一、二回、顔を合わせ……一、二回、お喋りをした程度の間柄だ。



    やはり、『狙っている』のか?




    ビッグマダム「おたくの子、可愛らしいわねえ〜…私好みの造形だわあ!」


    カネキ「……、……」


    ピクリ……カネキの肩が失笑する。



    「……いくらマダムといえど……この子はあげられませんわよ…?」



    ビッグマダム「オホホホッ! そんな野暮なことしないわあ!……だって、アタシも最近特にお気に入りのコをゲットしたんだもの」


    『そんなことはしない』という返答に、半信半疑ながらもとりあえず安堵する。





    ビッグマダム「ほらぁ〜…御挨拶は?什造ちゃん❤︎」



    ビッグマダムと護衛の隣から、意気消沈とした子供がぎこちなく出てくる。





    什造「はぃ………………ジューゾー
    、です」





    中々の礼儀っぷりに押され…負けじとマダムDもカネキを出して、礼儀よく自己紹介をさせる。






    カネキ「…………かねき、けん…です…。」
  38. 246 : : 2015/12/28(月) 23:46:37
    今日はここまでです。GM氏はゴ・ミです。

  39. 247 : : 2015/12/28(月) 23:53:39
    カネキと玲が主人公とライバルみたいですね。
  40. 248 : : 2015/12/29(火) 00:29:38
    頑張‼頑張‼(ブロリー風)


  41. 249 : : 2015/12/29(火) 00:52:25
    おや、二人は面識あったんだね
  42. 250 : : 2015/12/29(火) 00:58:02
    面識あったけど二人とも思い出せなかったんだねぇ…
    あっ!ちなみに俺っちもクリボッチでしたよ〜!
  43. 251 : : 2015/12/29(火) 07:15:49
    G.MはGrand motherかと思った。(----------------の)
  44. 254 : : 2015/12/30(水) 01:22:24
    期待
  45. 256 : : 2015/12/30(水) 01:43:47
    後、GM氏がいるってことはKZ氏(クズ)もいるってことだよね
  46. 257 : : 2015/12/30(水) 07:54:41
    SN氏(死ね死)いるのかなぁ
  47. 258 : : 2015/12/30(水) 15:59:13
    KS氏(カス)とかもいそう
  48. 259 : : 2015/12/31(木) 13:32:35
    期待が高ぶる
  49. 263 : : 2016/01/03(日) 00:41:53

    >>256ありがとう( ^ω^ )

    ちなみにSN氏(死ね死)もKS氏(カス)も(このSSでは)存在しますが……彼らの登場を欲するものはこの世に存在し得ないと思われるので、出ることはないとおもわれます。
  50. 264 : : 2016/01/03(日) 17:55:03
    期待です!(*゚∀゚*)
    かねきくんと、什造(*´;ω;`*)
  51. 265 : : 2016/01/03(日) 21:06:07
    期待です!٩(ˊᗜˋ*)و
  52. 266 : : 2016/01/03(日) 21:29:49
    明日かぁワクテカ
  53. 267 : : 2016/01/03(日) 21:40:14
    やっぱ子供の金木はこの拷問の所為で人間の限界超えたのかなあ
  54. 268 : : 2016/01/04(月) 12:45:33
    期待してる
  55. 269 : : 2016/01/04(月) 20:25:13
    期待です!
  56. 270 : : 2016/01/05(火) 00:04:51
    んふふまだかなぁ〜
  57. 271 : : 2016/01/05(火) 01:13:15



    生々しく治りきっていない傷、梅雨の空を思わせる曇った瞳、鎖で強固に閉ざされた扉のように、鎖された表情。





    ───自分と「同じ」だと思った。



    向こうも、同じことを思っているのだろうか……


    カネキ「───……」


    什造「…… ……。」


    ビッグマダム「あらあ、もうショーが始まるわあ……そろそろ行きましょうジューゾーちゃん」


    什造「…………は、ぃ……」


    ビッグマダム「オホ オホホ それじゃあ、ごきげんよ〜」


    ビッグマダムは強制的に什造の腕を引っ張り、嵐のように去っていった。結局何をしに来たのだろう。(馬鹿に、自分の子の自慢なのかもしれない)
    連れられる什造は……何か言いたげな顔をしていたが、それが外に出ることはない。


    カネキ「……ぁ」


    カネキもまた同じ事を……
    だが、マダムDよって言動を阻まれる。
    二人は何も話さぬまま……別れを遂げるのだ。






    ────金木 研と鈴屋 什造(玲)がマトモに対面したのは……未来(九年後)と、過去の今日だけだった。












    「……研ちゃん。料理きたみたいだから、食べましょうか」



    カネキ「…………うん」


    不意に、空気に乗って鼻に入ってきたのは「良い匂い」だった。正体はテーブルにどっしりと構えている肉。ステーキだろうか?
    香ばしく焼けた肉と、ジュウッと肉汁と油が跳ねる音は、カネキの食欲をいやらしく誘ってきた。



    気づけば、テーブル(鉄板皿に)置かれた〝肉〟を口いっぱいに頬張っていた。
    食事を怠っていたからなのか……とても美味しい。
    〝マダムDが同じ肉を満足そうに食している〟のにも気付かず、
    カネキは瞬く間に皿の上のお肉を完食した。


    すると、マダムDが満面の笑みで、とんでもない衝撃を口にした。





    「美味しかった? に・ん・げ・ん・お・に・く♡」



    カネキ「……? 、 ?」


    何を言っているんだろう、ニンゲン? ニンゲンという食べ物なのか?



    「フフッ…とてもがっついていたものね。人間のお肉、美味しかったでしょう? 勘違いしているようだけど、人間は人間よ。ヒ・ト。研ちゃんと同じ人間」



    カネキ「ぇ……は……なっ、……ッッッ?!?!」


    フリーズしていた脳が、パンクした。



    ────人間にんげん間人げんにんんげにんにんげんげにんんにんげん現にんげんに肉肉人肉ひとの肉食べ、食べ……っ?!



    カネキ「〜〜〜ッ!! あぁっあぃおえおええおああっ、おえェェぇぇえぇェェえぇえエっ……!っ!??」


    言葉を呑み込み、意味が溶け込んだ瞬刻……、カネキは鳩尾や腹を引っ込め、喉を押しやって体内へ飲ませた食物を吐き戻そうとした。


    結果、カネキは盛大に嘔吐した。


    「……あらあら、なんてことをするの研ちゃん。……後でオシオキね♡」

    飄々した態度で淡々と言う。


    カネキ「ゲホッ……はぁ、はぁ……うぅ……っ!」


    喉が痛い……風邪をひいた際のように、喉が痛い。
    涙ぐんだ目でカネキはマダムDに睨みを利かすが、睥睨にはなっていなかった。
    勿論のこと、マダムDはカネキの睨み紛いの抗議を取り合うことなどせず、べらべらと憎たらしい口角を動かす。


    「あっ! ほら、観て研ちゃん。やっと始まるわよぉ!」


    カネキ「……!」


    始まる……、詳細は存知が、マダムDやビッグマダムなる喰種が言っていた『ショー』とやらが始まるのだろうか……。



    周囲の雑輩等が心を躍らせ、興奮を露わにする中…………件の『ショー』が始まった。
    四角く形作られた窪みの真ん中に一本の切り取り線の様なものが浮かび上がり、四角を作っていた鉄の板が左右に切り開かれてゆく。
    ……まるでエレベーターの扉が開くのを上から見えいるみたいだ。


    完全開放された天井(下から見た場合はそうだが、この場合は地井とでも言うのだろうか)の直ぐ下には、二人のヒト影が確認できた。
    事態についていけてないのか、二人は困惑顔で上にいる喰種を見上げている。


    「え? なにこれ? 美味しいお店があるからってついてきたら……何かのサプライズ? ドッキリ?」

    二人の内の一人が、少々驚いた風に状況を整理し、理解しようとしている。意外と落ち着いた様子だ。
    当然の反応と言えば当然の反応だろう。いい大人がちょっとしたことで慌てたりはしない。
  58. 272 : : 2016/01/05(火) 01:28:26
    がしかし……いい大人だろうが、どんなに優れた人間だろうが、いくらなんでも上にいるヒトが〝喰種〟で、今から食材として自らが解体(調理)されるなどとは然程も考えつかないだろう。





    カネキ「っ……? なにが……?」


    「フフッ、さっきから言っているでしょう、研ちゃん? ショーよ、人間解体ショー」

    マダムDがすかさず疑問に答える。


    カネキ「かい、たい…?」


    「バラバラにするってコト」


    カネキ「っ⁉︎」


    「本当は、食事をしながら観戦したかったのだけれど、研ちゃん直ぐ食べちゃったものね。まったく……」



    カネキ「っ!! た、食べてなんかない……!」


    聞き捨てならない発言に、カネキは血相を変えて反論する。
    人間を食べた、なんて冗談じゃない。
    そんなことはあり得ないし、あってはならない。
    認めるわけにはいかない……。


    「食べたわよ」



    カネキ「! たべてな……いっ」


    口籠っていう。
    ハッキリと断言出来なかった理由は……
    まだ舌に残っている『人肉』の味が
    「食べた」という覆すことのできない事実を無情に突き付けてくからだ。


    絶妙に焦げ目をつかせた香ばしさ漂う肉の面。フォークを刺し口の前まで誘うと、鼻を通って口内に浸入し、螺旋を描くように匂いはさらに暴れ回る。
    ……いよいよメインの肉を口いっぱいに放り込み一回目の咀嚼を迎えたら最後、落雷が落ちた。……溢れんばかりの肉汁が舌に染み渡り、心と体を存分に満たす。




    そう……そうだ…………、、、



    …………………美味しかったんだ。




    「 た べ た わ よ ね ?」



    カネキ「っ!! ちゃ、ちゃんとはきだしたよ……っ……!」


    これは、 言い訳だ……。屁理屈だ……。


    「だからなぁに? 吐き出したから『食べてない』ってことになるのかしら?」


    わかっている。そんなこと。
    だからこんなに否定してるんじゃないか……味を忘れるために唾で舌を濁し、唇を噛んで、血で味を上書きする。


    「それに……美味しかったわよね? 」


    悪戯をした子供を優しく諭す母親のように、マダムは鷹揚に核心を掴んでくる。
    口の中は鉄の味でいっぱいなのに……仄に、だけど諄く、しっかりと〝あの味〟が凝着している。


    カネキ「……ッ……ぅ……!」



    「……まさか、不味い……なんて言わないわよね? そんなこと言ってしまったら、カワイソウじゃない?
    な〜んの罪もない人が捕まえられて、殺されて、調理されて……豪華なお料理にされた。そんな不幸な人のお肉を食べて美味しくないだなんて、最低で残酷で冷酷だと思わない?……死んでるのに殺す気?」


    卑劣で、卑怯で、非道で、外道で、そして汚い。
    最低で残酷なのはどっちだ。
    そんなふうに咎められたら、罪悪感で「不味い」「美味しくない」なんて言えるわけがない。



    カネキは何度か口を開閉させると、搾り出すように、声に音を乗せて口を開いた。




    カネキ「ぉ……おいし、かっ、た……」


    「そう……いい子ね❤︎」



    マダムDは目を細めて、カネキを抱擁した…。
  59. 273 : : 2016/01/05(火) 01:39:09
    まずいですねぇ…3000文字しか書けてない…!
    頑張って明日は書きまくろうと思います。


    余談。

    一ヶ月ほど前、「四月は君の嘘」というアニメを観たのですが、とっても面白かったんだ!しかも主人公の名前が有馬で、声優さんがカネキ君と同じ人だったから「おっ!」ってなりました。アハハ(*゚▽゚*)



    そして、遅くなりましたが……皆様。新年明けましておめでとうございます。皆さんが来年(ていうか今年)も(?)良いお年を送られることを祈っております。
  60. 274 : : 2016/01/05(火) 01:40:07




    追記



    リア充は除きます。
  61. 275 : : 2016/01/05(火) 01:56:19
    赤司っちさん、無理をなさらずに頑張ってください。
  62. 276 : : 2016/01/05(火) 01:58:58
    やっと追いついた…
    とても面白いです
    自分のペースで頑張ってください
    期待してます
  63. 277 : : 2016/01/05(火) 04:12:21
    遅れましたが新年明けましておめでとうございます。
    これからも頑張ってください!
  64. 278 : : 2016/01/05(火) 16:52:11
    君嘘見たんですか!?
    私も前に見て超泣きました!
  65. 279 : : 2016/01/05(火) 21:16:44
    <<274



    それなwwwwww



    あけおめです
  66. 285 : : 2016/01/06(水) 22:32:06
    期待してる
  67. 287 : : 2016/01/06(水) 23:24:22




    「た、助けてくれえぇ!! おいおいおい冗談だろッ!?」



    「やれぇ! スクラッパー! 」


    「美味しい血を浴びせてちょうだい!」


    ドッとレストラン内に喧騒が広がった。一人が嘆き、喚き、泣いている。それに対し、見物する喰種が〝スクラッパー〟に声援を送る。
    開いた地盤の下には、血を撒いて倒れた一人の人間と、それを放って逃げ回るもう一人の人間。
    そして、彼を追い掛け回している覆面を被ったガタイのいい男が、解体屋(スクラッパー)だ。



    カネキ「っ……⁉︎」


    「さぁさぁ、研ちゃん……皆様と一緒にスクラッパーさんを応援しましょうね〜」

    マダムはカネキを抱き抱え、鋳物フェンス(柵)の傍まで歩行する。抵抗を試みるが、結果は火を見るより明らかだ。抜け出せるわけがない。
    子供はもちろんのこと大人でも喰種の力に張り合える者は皆無で絶無。
    いや、今のは誇張しすぎた。
    存在はする。だがそれでもそんな人種は極々稀なのだ。


    「フレー、フレー、ほら研ちゃんもっ」



    カネキ「……っ……ふ、ふれー……ッ」


    人間でありながら、人間の天敵である喰種を応援する。これほど滑稽なものはない。
    人が引き千切られ、焼かれ、潰され、八つ裂きにされる凄惨な様を、カネキは泣きながら傍観するしかなかった。




    「ねぇ、研ちゃん」



    期待のこもったような、未来を見据えたような目で、改まった口振りで発話する。



    「あなたに、解体屋(スクラッパー)さんになってほしいの」



    どう? とカネキの意見を訊いてくる。しかしそれは言葉上のものであり、応える必要のないものだ。意味が無い。
    言葉の芯(真)を聞き取り、感じ取れば、自分に選択する権利などないということは一目瞭然なのだから。
    つまり、「スクラッパーになってほしいの」というのは、お願いではなく〝命令〟。
    「どう? 」というのは、嫌ならいいのよ、という気遣いみたいなものではなく「嫌なんて言ってりしないわよね? 」というある種の強迫であり威令なのだ。






    ─────人間に限った話では無いが……人間とは、いっそ素晴らしいと言えるほど、軽い生き物だと思う。それはもうインクレディブルなほどに。
    体重が重いとか軽いとかの意味ではなく、軽薄とか、そういう意味だ。


    転校した学校先で、初めはたどたどしく、よそよそしいが、
    ある程度その状況に身を置いていれば「慣れ」が来て、その環境に適応する。





    こんなふうに────……




    「ぎゃ、ガァッ! やべ、やべでェェッ !?」


    逃げ惑う人間。それを襲撃する、子供。解体屋(スクラッパー)


    カネキ「……だめ、ダメダメだめダメダメ駄目だよコロさなきゃころさなきゃまた怒られるオシオキされる部屋虫部屋……!!」


    人間の男性に飛びついて、刃渡り十五センチのナイフを首筋に突き立てているのは……




    解体屋・ケン。
  68. 325 : : 2016/01/11(月) 21:36:08


    「いけーっ! スクラッパー! 」


    「喉笛をかっ切れぇ!」








    マダムD「……はぁ。また、駄目かしらね……」

    周りは熱く強い声援を送っている中、カネキケンの飼い主(ママ)ことマダムDは、右肘を左の掌に乗せ、右手を頬に当てたポーズで失望の篭った声を洩らした。
    エールを送る喰種達も、心の中ではマダムDと同じ事を思っているだろうが、多少ながらも気を遣っているようで、本音を口に出さない代わりに声を張り上げているのだろう。
    結局は人それぞれならぬ喰種それぞれ。
    十人十色であり、普通に表に出す者もいるわけだが。


    ゴミ「どうやら、〝またしても〟殺せないようですな。マダムの飼いビトは」

    毎度ながらの、最早お約束となりつつある「殺せない」という失敗を晒すカネキに、GM氏は皮肉たっぷりに言う。
    スクラッパーに成り下がってから、早十ヶ月。
    その時間の中で、マダムD自ら教鞭をとり、カネキには地獄の訓練が与えられた。
    主に、ナイフの使い方や身体の動かし方……どうすればより自由に動けるのか。
    どうすれば食材を傷めずに解体できるか。嫌という程教え込まれた。
    するとどうだ? スクラッパーとして芸(解体)を披露するにつれ、運動能力に
    向上の兆しが見え始めた。
    日に日にそれは研ぎ澄まされていくではないか。
    ……今現在では、サーカスのピエロのように身体を柔軟かつ鮮烈に操作(コントロール)できるまでだ。


    然し、遺憾にも研鑽の末に手に入れた柔靭な身体能力を裏切るように、ともすれば嘲笑うように解体屋(スクラッパー)という悪行でその役割を発揮させてしまった。


    だが、GM氏が宣っている通り、カネキは「殺せない」……いや、「殺していない」のだ。
    解体屋。わかっていると思うが、これは殺害を意味する。
    人を殺すのは人道に背く非人道だ。



    カネキはそれを理解していた。それをやっていけないと、心に深く刻み、自身の貧弱な意志にマッチ一本で弱々しい焔を点火させた。
    故に、ギリギリで耐えたのだ。
    水をかけられ、灯火が消されそうになっても、越えてはならない壁の前で踏みとどまった。



    最も忘れないで欲しいのは、カネキもまた一人の小さな人間であり、無敵ではないということだ。
    確かに精神はタフと言えるが、解体屋を生業として十ヶ月もの月日が経っているのだ。
    毎日毎日、血反吐をぶちまける虐待にもにた高度な訓練。
    に、続き。喰種の娯楽を満たすべく、レストランで人間を襲う解体屋のシゴト。

    終いにはいつも拷問だ。


    十ヶ月もの永久時間、拷問漬けにされて……精神が崩壊し、自分を見失わなかったのは奇蹟だ。異常といってもいい。




    ───閑話休題。




    「やめろ、やめろ! このっ、ガキッ!」


    体にへばりつき、凶器をちらつかせるカネキを人間の男性(食材)が引き剥がそうとするが、接着剤で固定されたみたいに離れない。


    カネキ「だめだめだめだめ、ころ殺さなきゃぁアア! またおしおきされるコロさなきャァァアアアッ!!」




    ───どうやら……限界のサインが来たようだ。と、表で狂気に囚われる自分を見て静かに思う。



    男性はカネキの異常さを見て、ドン引きし、恐れを抱いていた。
    眉間の皺から広がる歪んだ顔面は、同情によるものだろうか、それとも気持ち悪いとか……軽蔑だろうか……。



    暴走機関車と変貌したカネキは、握ったナイフを頭上に掲げる。
  69. 327 : : 2016/01/11(月) 21:49:41




    マダムD「……!」


    GM「おや……?」


    まさかの行動に、レストラン内がざわついた。
    カネキが、初めて致命傷となりうる外傷を与えたのだ。



    カネキ「あああぁぁアァァガアぁぁぁあぁぁアァァアアアァァァァアッ!!!」


    狂声とともに、ナイフが降ろされた。
    頭上より振り下げられた得物は、重力とともに次第に速度を増していく。
    流星の如く殺意を持って落下するナイフは、会場から発せられる照明により一瞬の煌めきを魅せ、「眼」を目的地として前進する。


    刹那……目的地への案内を終えた腕が停止し、人を殺す力を持った鋭利な先端が目的地へと到着した。


    「ぐぎゃぁさがぅ!??きやかむきたぬたあつあまかめるあグァァあああまああ!!!!」






    マダムD「け、研ちゃぁあぁんっ!! 」


    自分の息子が一歩を踏み出した朗報をしかと見て、愉悦の咆吼を轟かせる。
    ノルマクリアは「殺す」だが、今まで一度も致命的なダメージを負わせることの出来なかったカネキがソレをやったということは……
    一歩、いや二歩も三歩も前に進んだということ。
    これは、マダムDから見ても、他の者からみても、途轍もなく大きな成長に見えたことだろう。








    「やめめろいたいえ、あっああ、あああああッ」


    馬が自身に跨る人間を振り落とすように、カネキごとナイフを剥がす(引き抜く)と、傷みの赴くまま痛苦の鳴をどよめかせ、あらゆる方角に身骨を捻転させる。
    これだけ暴れまわれるほど溌剌としているのだから、思った以上に致命ダメージではなかったようだ。
    刃の横幅が四センチ以上ある為、眼球を覆う上下の骨に妨げられ、深奥までナイフが到達しなかったのだ。



    「たす、てっ!、助けてくれえええええ! 」

    血の涙を流し、カネキに拳を振るってみるも、粗野な攻撃は悉く無力化され、男はついに逃走に出た。
    カネキも疾駆する。
    その絵図は、兎を狩る獅子そのものだった。

    片目を殺された男は……走る速度、身体のバランスが曖昧になり、全身が思い通りに動いてくれない。
    ふらつく五体、視えない右視界。ふわふわのクッションの上を走っている錯覚に陥った。

    「ぐぅっ!」

    走り出して十秒。男はバランスの糸に縺れて、転倒した。
    すぐに両手をついて立ち上がろうと努力するが。
    一、二、……三秒も満たぬ内に魔の手が迫る。


    カネキが飛躍して、男の背中に全体重を被せる。
    約二十キロ前後の重りが、墜落し、男は「ぐえっ」と蛙(かえる)の声を吐いた。


    カネキ「フゥーッ……フゥー……! 」

    鼻息を荒げ、汗水を流す強暴で、凶暴で、狂暴な少年の姿がそこにあった。
    あれだけ穏和な心の持ち主だった少年からは、今や跡形もなく見る影もない。


    兇悪な殺眼に、男は完全に震え上がった。
    恥だとか、大人としてのプライドだとか、そんなのは此処には存在しない。
    何故ならこれは「殺される恐怖」や「自分を殺そうとする少年への恐怖」ではなく、〝少年の壊れっぷり〟に怖じ恐れているからだ。


    カネキ「ぁぁぁあああぁぁぁあああああああああああッッ!!」


    狂ったように叫び───実際狂っているんだろうが───馬乗りなったカネキは、逆手持ちに戦闘ナイフの柄を血が滲むほど強く両手で締める。
    次の目的地は背中だ。
    虚空に構えれた戦闘ナイフは、空気を裂いて、またしても落下を始めた。
    総力を募らせた細小な上腕が、肉の感触を掴み取る。
    ナイフの尖鋭が皮膚を突き破り、刀身の三分の一が、肩甲骨と背骨のちょうど間に深々と突き刺さった。
  70. 328 : : 2016/01/11(月) 22:03:07



    「!? ぐううがああああっ!!」


    並々ならぬ絶叫。断末魔の苦しみの中、ナイフが高々と上がり、返り血を輝かせる。
    上がったナイフが消えた。
    否。落下した。
    小気味いい音と共に血飛沫が宙を舞う。



    その行為は、会場に娯楽のプレゼント。

    最高の贈り物を受け取った会場(レストラン)内の喰種が、一斉に興奮を噴出した。
    食材(男)の絶叫を掻き消すまでの
    喚声と、(いい意味での)絶叫を誘い、解体屋(スクラッパー)の腕も愉快に上下運動を繰り返す。



    カネキ「あはっあははっはっはっあははははっ!」











    暴れるだけ暴れて、自分を苦しませていた精神ダメージ(ストレス)を、吐き出すだけ吐き出すと……
    カネキは漸(ようや)く狂気から正気を取り戻した。
    まず目に飛び込んだのは、辺りの惨状。赫(あか)く染まった髪と顔と体。
    血濡れたナイフをもつ自分の手。



    足元には、倒れた男性。


    カネキ「───……え……?」


    潰れたトマトのように、男性を中心に広がる紅色の液体。



    カネキ「ぁぁぁあ……ああっ、ははっ、ぁはは、はは、はは??は、はははははは、は、は、は、ははははははっ」


    再び笑いは来訪する。精神不安定による狂笑ではなく、ただの失笑。
    喜楽の象徴とされる「笑声」は、この時ばかりはその範疇ではない。
    今この瞬間この笑いは、自分自身への失望の表れだ。







    ───男性を襲う前からも、襲っている最中も聴こえていた。
    ……大音量で鳴り響く警報ベルを無碍(むげ)にして、踏み止まっていた場所から離脱し、……黄色く貼り巡らされた人としての運命を左右しうる、越えてはならない最期の境界線を、通貫してしまったのだろうか。


    仮に男性が一命を取り留めていたとしても、死ぬ。
    自分が殺さなくとも他の喰種共に命を爆ぜられる。
    そうなってしまった時……自分は、はっきりと自信を持って「殺してない」と明言できるのか?
    ノーだ……そんなふざけた自信は持てなかった。



    「ぐ……ぅ……ぁ」


    男性の口から、辛うじて命を繋ぐ……呻き。

    まだ、生は保たれている。


    芋虫の様に身を捩らせ、地面を這い蹲る男に、正気を取り戻したカネキは何も手を加えることはできない。しない。

    マダムDが何か叫んでいる。
    どうせ、拍子抜け。結局殺せなかったことへの落胆なのだろう。
    また恥をかかせてしまった、帰ったらお仕置きか……

    カネキは自嘲する。




    マダムDが鬼の形相で、Rc細胞を放出し、二枚の赫子を発現させた。
    赫子の連動に合わせて律動する大気。紫色の結晶が慈悲なく無慈悲に、男性を蜂の巣に変えていった。
    その光景は、天から舞い散る羽根の如し。




    死に際、男はカネキを見ていた。
    呪いでもかけたのか、自分を怨んでいるのか、其の何方かか、もしくは両方か……。
  71. 330 : : 2016/01/11(月) 22:12:46




    「研ちゃん……」


    カネキ「……、」




    「帰るわよ」



    ひどく、ドスの効いた声だった。






    檻(私宅)に帰るや否や、
    即刻、俊敏に拷問が始まった。今回は無知を使った拷問だそうだ。
    背中……体の背後も鞭で叩く為、椅子には縛られず手足だけを縄で拘束して地面に転がせられている。


    「あれだけ言ってるのに、なんで殺せないの……!」


    バシンッ! バシンッ !


    カネキ「ぅぐッ……!」


    「今日はやってくれると思っていたのに、なんであそこでやめちゃうの」


    カネキ「ッ……!……ッ」


    「研ちゃぁん! あまりママに恥をかかせないでちょうだい!」


    バ シ ン ッ !

    風船が破裂する様な音の後に、一際大きく鞭がしなる。


    カネキ「ぅ……ぐあ……うぅっ!!」





    ……痛みには慣れない。当初の頃よりは耐性がついて、多少マシになっだろうが、痛いものは痛い。
    巡り巡ってくる、痛みの渦に冒される中、カネキの脳裏にはレストランでの出来事が彷彿(ほうふつ)と蘇っていた。
    あの時の自分は正常の域を超えていた。
    だけど……正気ではなかったとしても、自分が暴虐を尽くしたという事実を受け入れられない。
    これまでずっと踏ん張ってきた、自制心は強かったはずだ。
    ならば必然。精神に限界がきているんだろうな、というのは何となく理解できた。
    図らずとも、次が最終ラインだ。
    もう一度、解体屋を務めれば……人を殺してしまうだろう。





    ……こわい……。
    自分が壊れるのが……
    ……いつか人を殺してしまうかもしれない自分が……





    …………こわい…………

  72. 334 : : 2016/01/11(月) 22:42:27




    「ウフフ♡ ひとまず休憩ね。これ以上は壊れちゃうかもしれないから。」

    ほんと人間って不便、と愚痴をいいながら、拷問道具が無数に置かれているテーブルに鞭を投げる。


    「じゃあ、休んでていいわよ。私はティータイムに入るわ」


    本当は一緒に飲みたいのだけど、それじゃあお仕置きの意味がないものね。と言い足すと、つま先に力を加え、カネキを放って拷問部屋に背をむけた。





    カネキ「…………………………………………………………………………………………。」



    このままでは、拙いと思った。
    このままでは、自分が自分じゃなくなる
    このままでは、人を殺してしまう


    それだけは絶対に嫌だ。
    いままで……カネキはマダムDに過度な反抗はしなかった。
    反抗をしたは、したのだが。
    先のレストランでカネキが男性を軽くあしらっていたように、全くの無駄な抵抗に終わったのだ。



    ならば……今はどうだろう。
    今の自分と、凡(およ)そ十ヶ月前の自分とを比較してみると。
    見違えるほど戦闘能力には雲泥の差がある。


    赫子さえなんとかできれば、高い身体能力と、高度なナイフ捌きでマダムDを翻弄し、逃げ出せるかもしれない。


    いける……今のところ、負ける要素は存在しない。
    加えて運も良い。今回の拷問は、椅子に縛り付けられていない。
    手足はご覧の通り拘束状態だが、どうにか立ち上がれるし移動もできる。


    カネキは──……寝ている姿勢で身体をズリ動かしながら、壁際まで身を寄せると。上体起こしの要領で上半身を起き上がらせる。
    上げる時、斜めにそれてまた寝そうになったが、セーフだ。
    上半身を壁にくっつけ、L字型に座る。
    縛られている両手が、背中と壁に圧迫されて痛かったが、介せずやるべき事を執行した。
    次は下半身を起こして立ち上がらなければならないのだが、これが予想をはるかに上回るレベルで難関だった。
    立とうとしても、膝が曲がって三角座りになって……そこで打ち止めだ。
    努力しても膝頭を先頭に脚が左右に分かれ、股を開くという情けないポーズを取ってしまう。


    それから幾度となく、地面につけてある臀部を持ち上げ、両足をきちんと地面に立たせようと嘗試(しょうし)してみるも、成功は開けず、失敗の連続が続いた。彼此(かれこれ)50回は挑戦しているだろうか。
    コツが掴めてきてはいるものの、あと一歩が踏み込めないでいる。
    数をこなすにつれて「早くしないとママ(マダムD)が戻ってきてしまう」という焦燥感に駆られ、着々と遣り口が雑になってきていた。




    カネキ「〜〜っはあっ……っ!」



    駄目だ……立てない。呆れるほどの数の失敗に、イラつきが迫ってきそうだったが、諦念感で消滅した。
    それに、脚に負担をかけすぎたせいで
    歩き過ぎた時のような痛みが廻ってくる。……一旦休息を挟むしかない。
    とはいえ、まさかこんな初歩の段階で、万策尽きるとは思ってもみなかった。


    これ以上、無謀な戦(いくさ)に出ても時間だけが無駄に過ぎていくだけだ。
    どうすれば……と煮詰まり状態で、考えるだけ考えた結果、一つの根本的な問題(解決策)が頭を出した。


    そもそものやり方を変えればいいんじゃないか?
    壁に背を付けながら立つというやり方ではなく、例えば、何かを杖のように支えにすれば……




    思いついたなら善は急げ。壁から離れ、大きな四脚のテーブルに近寄る。
    テーブルを支える一本の脚に、背中を向ける……理由は腕が後ろで縛られているからだ。
    自由の効かない腕でも手は開くし、手首までなら動かせる。


    カネキはテーブルの脚をがっしり掴むと、下半身を浮かばせる。さっきまでならここまでで、これ以上は何もできなかったのだが、テーブル脚という支えがある為、話は別だ。


    浮かせいる下半身から出来るだけ力を抜いて、腕に全力を送る。


    ここまでで来たら、残るは気合いだ。
    手足がガクガク震えているが、震えも黙るレベルで、膂力(りょりょく)を行使し、遂にカネキは、地面に真っ直ぐ立ち上がった。
  73. 350 : : 2016/01/14(木) 23:33:38



    立ち上がって、まず一にカネキがとった行動は「耳を澄ます」だ。
    念には念を入れ、マダムDが戻ってきていないかを確認するため、扉にピョンピョン跳ねて近づき耳を密着させる。
    ───跳ねてる時、転けそうになったが、今こうして立っているのだから無事なのは言うまでもないだろう。もしこれで転んでいたら、全てが水の泡で絶望ルートまっしぐらだった───無音だ。
    どうやらマダムDはまだ抜け抜けとティータイムを満喫していると推測する。


    カネキは再びテーブルに寄り添う。
    何をやるにしたって、まず一番に邪魔な障害は手足を縛っているこの忌々しい鎖(縄)だ。
    まずはコレを切れない程度に切る。
    拷問道具の中に──テーブルの上に───皮膚を刻む用のキザギザナイフがある。


    無駄に脚の長いテーブル。(大人にとっては通常サイズよりも小さめだろうが)
    これでは上に道具があっても取ることができない。
    何か手段がないか部屋に眼を光らせる……
    ひとつ、これをクリアできるアイテムが存在した。

    いつもカネキを貼り付けにしている縄とお馴染みの子供用の椅子だ。椅子に乗っかり、身長をアップさせればテーブル上のブツを獲得できる。
    記憶が正常で何の傷もないのなら、マダムDが椅子を拷問部屋の外に出してはいない(あくまでじぶんのきおくでは、だ)
    だからこの部屋にあるはずだが、無意味な広さと室内が蛍光灯(しかも点滅してる)だけで照らされているので若干薄暗くて見つけにくい。


    カネキ「(ママは……向こうに椅子を置いてたような……)」


    カネキの言う向こうとは、すなわち部屋の一番(右側の)端っこである。
    テーブルが置いてある(つまりは今カネキがいる位置は)のは部屋の中心近く。
    道理で見つけきれないわけだ。光の弱いオンボロ蛍光灯は、当然照らす範囲も狭い。
    この部屋全体に光が届くわけがないのだ。

    しかしながら、椅子の在り処が判明しても、足を運ぶのは躊躇われた。
    部屋の隅は真っ暗とまではいかないが……限りなくそれに近い。
    何ヶ月か前までは、暗闇に怖れはなかった。(怖いは怖いが、極度に怖がることはなかった)
    けれど、今は話が違う。
    黒く塗り潰された空間は、カネキにある記憶の蘇生を嗾けていた。
    この部屋は拷問部屋であって、〝あの部屋〟ではない……
    頭の中ではわかっていても、体が自然と拒絶反応を起こしていた。
  74. 351 : : 2016/01/14(木) 23:42:24



    カネキ「……ッ!」


    どうすればいい…………、


    どうしても、あの部屋のことを思い出して椅子に近づこうとしない。
    ……椅子を取らなければ、逃げるという希望は奈落の底に沈没する。
    永遠に拷問の輪の中で、早い内に人を殺し、次々と惨殺してしまう。


    あと十分以内にマダムDは帰還するだろう……
    このような重苦しい葛藤をしている時間さえ惜しい状況なのだ。


    どうすればいい……記憶(トラウマ)を乗り越えるのか……
    地獄の道を歩き続けるのか……
    暗い空間、冷たい空気、発熱する全身。
    目の縁から海水の味がする液体が出てきて、眼球を膜のように覆った。


    カネキ「……っ!」



    今、カネキは……複雑な問題が錯綜しあった重大な岐路に立っている。
    いや、岐路とか撰択とか大層なもんじゃない。歩き、走れる路は二つあっても一つしかないんだ。
    もうすでに腹を決めて、カネキは闘いの途上に立っている。


    あとは、進むだけだ。



    これは撰択ではなく、己との苦悩なる闘い。



    カネキ「うっ、く、ぁぁああああああぁっ……!」


    苦渋と苦肉の判断で、カネキは永久拷問を切り捨て、暗闇の中へ驀地。
    両足で地面を叩き、雄叫びをあげて右方一直に驀進する。





    やがて頭蓋が壁面に殴打され、行き着く所まで──右壁と体当たりをするまで間近に進行を進めた。


    カネキ「い、椅子は……」


    ところが緊要で肝心な椅子が見当たらない……。
    この周囲にあるのは確定しているだろうが、如何せん部屋の面積が広いせいで(薄暗さも相まって)可視できない。
    直線に跳ねている時も何かにぶつかる体験はなかった。
    それでも半径五メートル以内には椅子が放置されているだろうと思い、カネキは壁にくっつけている頭を離すと、辺り一帯を縦横無尽に駆け回る。


    右、左、右、左とジクザグに元来た場所をなぞって懸命に椅子の探索を実行する。
    こんな暗いところに何時迄(いつまで)も居てたまるか、と恐怖をどうにか怒りに変えて敢行した。
    十五秒後にはわこんな心境では見つかるものも見つからないんじゃないか……?と自分の愚行を俊敏に悔い改め、恐怖も偽物の怒りも消すつもりで頭を冷やし、心を落ち着かせる。
    そうして、左斜めを断行する四回目のジクザグで、膝の辺りに鈍い痛みが走り、
    故意ではなく自然と身体が飛び跳ねた。



    カネキ「……! いす……!」


    一瞬、幽霊とか非科学的なものを想い浮かべるも、冷や冷やしながら体を使ってもう一度触れてみた。
    ガギギッと、地面から音を立てて物が動いた。
    これで確信した。体に触れる無機質な鉄の冷たい感触、地面を動く時に脚の部分と摩擦する音。


    椅子だ、と。
  75. 352 : : 2016/01/15(金) 00:06:35




    見つけるや早々、カネキは直ちに椅子を倒さないように部屋の中心まで身を呈する。(これで運ぶ途中に椅子を地に這いつくばらせたら、もう立ち直せない)


    ややあって、ものの三分で中心地(テーブルの傍)に。
    右から部屋の中央に進むにつれて蛍光灯の光が届いたので後半は運ぶのが楽だったし安心できた。

    次の関門は、「どうやって椅子に乗るか」。
    この程度の高さなら、それなりの跳躍力を持っている自分ならば飛び乗れると自負した。
    なぜ飛び乗るかというと、それしか椅子に乗る術がないからだ。
    地面に立った時のように椅子のパイプを掴んで立とうとも思ったが、無理だった。
    自身を支える物が自身の背丈より小さかったらそれは不可能だ。
    唯一……着地の時が心細い。


    それも自分のバランス力ならと自信をもって、数歩下がった。
    時間は限られているのだ……こんな時までもたもたしているわけにはいかない。




    けんけんを両足で行い、助走をつける。
    揺れる髪の毛が視界に入る。



    カネキ「(高く羽ばたく跳躍のやり方……!)」

    ぶれる眼界で、ある日の教えを脳に生き返らせていた。

    夕焼け色の部屋で、マダムD(ママ)は言った。



    『いい? 研ちゃん。ジャンプというものは、ほんの少しの体の向き、使い方で大きく偏ったりするものなのよ』

    走る時、腰は少し下げて。
    跳ぶとき膝を曲げすぎないように。
    いい? この時バネとなるのは爪先でも脚でもないわ……筋肉──筋よ。
    無数に絡み合う糸のような筋を収束させるように脹脛から膝まで、力を入れすぎないように入れて、最後にためた筋力を足裏に乗せる。
    跳ぶ時は体の力を抜いて、音を消して歩くように跳躍するの。



    ウサギを超え、カンガルーの如きジャンピングで、手足を縛られるとは思えないほど華麗に椅子の上に直立した。
  76. 374 : : 2016/01/18(月) 19:21:20


    カネキの行動は迅速だった。


    椅子と合わさって身長は百余センチ。
    胸の位置にテーブルの板がある。
    卓上を一も二もなく眼球が移動する。
    この際だからギザギザナイフでなくてもいい、とにかく刃物だ。
    忙しなく目を移動させ血眼で探す。



    カネキ「! あった……!」


    刃毀れした剣や刀のように刀身がガタガタの造りになっているハーフセレーションのナイフ。
    乱雑に散りばめられた拷問道具に混じって、お求めの必要道具(アイテム)が今の自分でも取れる位置に投げられていた。
    子供の手の届かないところに保管しておくべきだったと
    マダムDは自分の粗相を追い追い悔やむことになるだろう。



    寂寞の部屋に、ガチャガチャと金属の笑い声だけが漲る。
    カネキは身を乗り出し、といっても胸までだが……巻かれている手と足は使えないので、口を酷使して唾棄すべき拷問用の道具を歯で挟んだ。
    時と場合によっては、存在しているだけで嫌悪の対象である怨憎の武器が役に立つのだから皮肉なものだ。


    カネキは首を曲げて頭を下に向けた。
    そして勢いよく頭を上げ、口で挟持しているナイフを背後に投擲した。
    上から飛んできたナイフを、縛られた手で器用にキャッチすると、先鋭を背中に向けるように逆手で持って捕縄にギザ刃を当てる。


    ジリジリと、ナイフのセレーション部分で地道に縄を削減していく。
    いっそこのまま截断したいが、そのような蛮行に走ればマダムDと正面からの真っ向勝負は免れない。

    戦う(やりあう)のなら、奇襲や不意打ちの方が、勝機の片寄りは此方に向いてくる。


    カネキ「……よし」


    0,5㎜前後の厚さを残して、縄(ロープ)を切るところまで切った。
    これなら、ある程度の力を入れればブチ切ることが可能だろう。

    マダムDが戻る前に作業を達成できたのは偉業。後は待つだけだ。
    その前に大まかな説明を述べておこう。
    単純な……作戦と呼べるかもわからないが、一応「作戦」と銘打っておく。


    まず一に、マダムDが戻ってきたら、自分は十分ほど前の自分、何の抵抗も出来ず只々されるがままにお仕置き(拷問)を受けていた自分を演じる。

    二つ、油断したところで不意打ちを行う。


    簡単単純な作戦だろう。
    だが所詮、子供が考えられるのは精々このくらいが限界なのだ。
  77. 375 : : 2016/01/18(月) 19:27:20




    ──────────────────────────────


    天井から吊り下げられたシャンデリアに照らされる山吹色の一室。
    浮き出る高級感とは裏腹に、部屋の面積はそこまで広くないようだ。

    赤みを帯びた淡い絨毯の上に、ダークブラウンのソファーとガラスの四角いテーブル。それらの向かい側には、部屋の角にフィットするよう造型されたテレビ台。
    上にはずっしりと42V型の液晶テレビが聳え立っている。
    テレビ台の棚となる部位には、DVDプレーヤーやCDが収納されている。

    足を組み、ソファーに身を沈め、淑女ぶって珈琲を啜っている女こそマダムDだ。
    現在、ティータイムの満喫を終了し安閑のひと時をエンジョイしている真っただ中である。
    それももうエンディングを迎えるのだが。


    「ふぅ……そろそろね。フフッ、研ちゃん」


    時分を見てソファーから腰を浮かせた。
    今度は鞭を二つ使って愛撫してあげようかしら、と物騒な言葉を綴りドアノブに手を張らせる。


    「研ちゃん泣いていそうね〜、それとも私を潤んだ目で待ち望んでいるかしら」

    この部屋から拷問部屋までは、それなりの距離があるので喰種の聴覚でも中の様子は聴き取れない。
    マダムDはあまり人が寄り付かない、かつ住人の少ないボロアパート───部屋だけは広い───に住み着いているのだが、これの壁が中々に厚めで、それが防音的役割を果たしているのかもしれない。
    さらにその上に保険をかけ、遮音性を高める為にスレート系の分厚いボードを壁一面に何重も貼りに貼って貼り付けまくっているので、よっぽど耳を澄まして壁に耳を充てがうでもしない限りは内側の(カネキの)音声(叫び)が外に漏れる危惧はない。
    防音対策に抜かりはないのである。



    「いまママがいきますからね〜♡」


    うわずった声でドアを開け、十メートル弱の廊下をスキップする。
    一般人の人々がいまの彼女を見たらどう思うだろうか。
    奇しくもマダムの容姿は整っているので、男性なら「可愛い」と思うのが多数だろう。女性なら男性と同じ、もしくは「変な人」とか「気持ち悪っ」とか思ったり口に出したりするのかもしれない。

  78. 376 : : 2016/01/18(月) 19:41:54








    「け〜ん〜ちゃ〜ん」




    拷問部屋に着いた。拷問部屋と口々に言ってはいるが、マダムDは玩具部屋だったり子供部屋だったりと呼び方はまちまちだ。
    鉄扉を開扉し、高らかに声を馳せらせる。
    返事はない。そんなものは別にいらない。
    視線を闇海に泳がせカネキを……ケンを求める。
    ……いた。いつものように放心状態で蹲っている。
    ピクリとも動かない。眠ってるフリでもしているのか、そんなことをしても鼓動のリズムや息遣いで嘘寝だと暴露されてしまうのに。



    カネキ「……ママ」


    「おはよう。研ちゃん……さ、続きをしましょうか」

    わざとらしく目覚めの挨拶をしてやると、宣言どおり二本の鞭を地面に叩きつける。


    「次は二本……ね♡」


    マダムの喜楽の表情とは打って変わって、カネキの表情に変化はない。
    今さら一本や二本、数が増えたからといってなんなのだ。少年にとってはそんな陳腐な事柄は問題外であり論外、枝葉末節であるのだ。


    マダムはカネキのその反応が酷く不満で気に入らなかった。



    もっと悲鳴をあげなさい。

    もっと悲惨な顔をしなさい。


    もっと悲痛に泣きなさい。



    もっと悲劇に震蕩しなさい。





    黒紅の二本の鞭がうねりを魅せて迸った。
    ポリ袋が揺れるような小癪で胸糞な雑音をBGMに、蛍光灯の光で壁に映し出された鞭と、二つのシルエットが幾度と振動する。


    それは数時間も続いた…………。




    一頻り鞭と二影の連動が紡がれると、マダムDはある生理現象に急襲された。眠気が催したのだ。
    生物皆、生きていく中で、飲食・睡眠は畢竟。
    絶対の必須条件なのである。
    致し方なく意識を手放すことを決断した。

    準備はよく、布団はこの部屋に置いてある。真ん中に布団と毛布を敷くと、研(カネキ)に手招きをした。






    「研ちゃん。ママ眠くなっちゃったわ……、おいで。一緒に眠りまし…」



    「う」。の機先を制して、どこから湧き出たのか〝ナイフ〟を携えたカネキ(研ちゃん)が、今まさに自分(マダム)に反逆の牙を剥き出しにし、斬りかかった。







    カネキ「───しね」





    「───……ッッ!」
  79. 377 : : 2016/01/18(月) 19:48:59
    続き、コピーしようとしたらペースト押して消えちゃいました。憂鬱です…

    では、また明日お会いしましょう!


    余談&悲報


    朝、起きた時、心臓がズキッと。
    まるで針でも刺されたかのような痛みに襲われました…つまりこれって………


    くぅ〜w疲れました! これにて我が人生終了です!
  80. 382 : : 2016/01/18(月) 23:38:44
    すみません、僕が刺しました笑笑
  81. 383 : : 2016/01/19(火) 18:20:24
    >>382いや、刺したのはこの僕だ
  82. 384 : : 2016/01/19(火) 18:37:41
    凄い文章力ですね!!期待です
  83. 385 : : 2016/01/19(火) 19:46:54
    みんなが赤司っちさんを刺してる(笑)
  84. 386 : : 2016/01/20(水) 00:12:00
    すまない、その針は俺だw
    期待
  85. 387 : : 2016/01/20(水) 00:42:28
    期待してる
  86. 388 : : 2016/01/20(水) 17:37:58
    あれ?裁縫道具のなかにあった針がない!?
  87. 389 : : 2016/01/20(水) 19:28:31
    針ww
  88. 390 : : 2016/01/20(水) 21:25:20
    すいません!それ僕の赫子で(ry
  89. 392 : : 2016/01/21(木) 19:01:16





    唸る鞭打ちのノイズ。
    ……いつまで続く……

    早く終われ、隙を見せろと。
    神経を研ぎ澄まし、カネキは己の刃を鉄の心で磨いていた。

    「フフフッ!」


    打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ。


    カネキ「……ッ」





    こんな悪虐を為して何ががそんなに愉快で痛快なのだろう。
    マトモな者には到底理解が及ばないことは確かだ。
    だからまぁ、こういうヒトを「頭のネジが外れてる」「イカれてる(狂ってる)」と暴言を吐き、罵ることができる。頭のネジが外れているヒトにしか、この味(拷問)は吟味できないのだ。

    マダムD(ママ)は愉しいのだろうが……鞭を、拷問を受ける側は一方的に欝憤が募るばかりでしかない。
    いつまでも自分(ママ)の思い通りで、カネキには抵抗や反抗をする気概がないと楽観視しているのか?


    だとしたら、大間違いだ。




    カネキは、か弱い子供ではない……



    今この瞬間は、鳥籠の中から抜け出ようと戦う一匹の獣だ。



    カネキ「(どこで、仕掛ければいい……)」


    どのタイミングで……逆らう。

    後ろを向いた時、違う。
    興奮に身を任せている時、違う。
    笑っている時、違う。
    転んだ時、違う。


    もっと決定的な隙を…………



    「ふぁ……」


    カネキ「…………!」

    マダムが不随意に出てきた欠伸をさり気なく手で隠した。

    仕草の含蓄は……疲労か、倦怠(飽き)か。

    何の変哲もなく、単に眠気によるものか。




    見極める必要がある……。


    眠気による現象だとしたら、これを逃す手はない。


    ……マダムは部屋の隅に畳んであった布団を持ち出し、豪放に部屋の中央に敷いた。


    ───眠気、だ。


    見当がついた。
    睡眠欲だったことに、ピクリとカネキの中で何かが奮い立った。


    眠気に囚われている時。
    ヒトの感覚、反射機能、生理機能……五感全てが著しく低下する。



    森羅万象の流れは来ていた。
    早瀬に飛び込むように、疾風と一体になるように……カネキは上昇気流に乗ってズボンと腰の間に挟んでいたナイフを気づかれぬよう装備すると、静かに襲撃の刻を待つ。





    「研ちゃん」


    目が合う。

    「ママ、眠くなっちゃったわ」
  90. 393 : : 2016/01/21(木) 19:18:42



    マダムの眼が刻々と細められゆく。
    眠たそうにカネキを見つめながら、うとうとと布団の中に身を包む。
    カネキは神経を尖らせたまま、自分の眼をマダムの眼から隔離させまいと心掛ける。


    「おいで……一緒に眠りましょ……」


    優しく囁き、マダムの瞼が降りろうした時。カネキの双眸が細まり、限界まで見開かれた。組まれた手と足からブチッと、布が破れるような音がする。


    手足が解き放たれた余韻に浸る間も無く、四肢で地面を圧して寝そべった状態から急速に立ち上がる。

    この間0.3秒。
    久方振りに自由をもぎ取った肢体にしては、万全には程遠いにしろ
    ふんだんに働いてくれた。


    その0.3秒後、斬撃のモーションを振り切った。

    さらに0.7秒後、マダム(ママ)が殺気(反抗)を感じ取る────遅い遅い遅い遅いもう遅い、遅い遅い遅い遅いもう遅い、遅い遅い遅い遅い手遅れだ───……

    …………後の祭り。



    カネキ「しね……ッ!!」


    温厚な少年が吐露したバッドワード。
    セレーション部分ではなく、直刃部分での攻撃、本気で本物の殺意。
    積年の───積日の───怨みを籠めた氷刃はマダムの頚動脈を咬み殺したいと疼いていた。


    見ろ。あの顔、あの表情……マダムが今まで一度も表に出したことのない表情(かお)だ。

    困惑。動揺。焦燥。激しく心が乱れている。


    生を刈り取るナイフが首に触れ───


    た……?




    バキンッ…………。





    解るだろうか? 何が起きたのか。


    信じられるだろうか? この光景を。



    空中に飛んだのはマダムの首でも鮮血でもない、鉄の塊だった。


    グルン、ぐるん、グルン、ぐるん。


    手に持つナイフの刃は、中途半端にへし折れていた。

    薄闇の宙に、刃のみのナイフが乱回転する。




    笑える。





    井の中の蛙大海を知らず。




    カネキは喰種に対しての知識が圧倒的に足りなすぎた。浅慮。浅知恵。
    喰種について知っていることといえば、羽を背中から出す、人間しか喰ない、狂っている、だけ。

    決行した奇襲作戦で、一番大切な大部分の知識が欠けていた。欠陥があった。


    ───喰種に普通の刃物は通らない。


    カネキ「…………」


    「……」

    水を打ったような静寂。
    両者が沈黙を決め込んだ───というより両者ともに口を開けなかった。
    数分どころか十秒にも満たない空隙が、カネキにとって永く、永久に感じられた。
    密かに抱いていた野望は塵になり、今まで反抗しなかったことが裏目に出たのだ。
    一度でも抗い、一戦を交えてさえいれば攻撃が通用しないことも承知できていた。
    そこから何か対処対策ができたかもしれないのに、と。
    後悔しても詮無いことを慮る。



    「ぁ、あああ、ああ……ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ…今ママになんて? しね?……反抗期………そう、そうなの、そういうことをするのね……ふふふ………なんて、なんてこと、殺そうとしたの? ふふふふ…………ママを…」


    カネキのあまりに突発的な行動に、初めての反抗にマダムは雷に打たれたショックを蒙った。なんならショック死するレベルである。

    狂ったように笑って喋り出し…………憤慨した。



    「ケけぇぇエェえェェェエええエええェェぇエえぇぇエえェぇぇえェぇえェンンんッッッ!!!」


    暴言による怒り、反抗による憤り、本気で殺す気だったことへの哀しみ。
    常軌を逸したマダムの怒号に、室内が激震する。


    かつてない激昂にカネキも身を揺すぶられた。


    自分はとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。
    やらかしてしまったのかもしれない。
    しでかしてしまったのかもしれない。


    彼女の怒りの琴線に触れてしまった。
    仮に謝り、土下座しても……聞く耳を持たず、怒りを和らげる寛恕は持ち合わせていないだろう。
    其れ程までの憤激を招いてしまったのだ。
    ……叱られる? 否。叱咤では宥められない、下手をしたら殺されかねない。




    ──逃げる? 邪魔される
    ──戦う? 殺される
    ──逃げる? 立ち塞がる
    ──戦う? 死ぬ
    ──逃げる? 阻まれる
    ──戦う? 死にに行く
    ──逃げる? 無理
    ──戦う? 無理





    降伏する? 虫部屋に行く。







    それだけは絶対に却下だ。
  91. 394 : : 2016/01/21(木) 19:23:07
    すいません。続きは明日です。

    眠たすぎる……!!

    というか、みんな僕の心臓刺してるんですけど? どう責任取ってくれんですか!
    そろそろ寝ますけど……僕が起きた時キミたち刺さないでくれよ!
  92. 395 : : 2016/01/21(木) 19:40:09
    分かりましたww
  93. 396 : : 2016/01/21(木) 19:50:21
    今から準備っとww
  94. 397 : : 2016/01/21(木) 19:51:05
    寝てる時に刺しておきますw
  95. 398 : : 2016/01/21(木) 20:41:48

    赤い血が全身から流れている作者の赤
    司っちさん。何処へ行っても危険人物ば
    っかりで休む暇も無く逃げるしか無い。
    ちゃんと急所を狙ってくる追手。何故、
    危険な目に合わなければならないのか?
    機械の様に正確に追手達は迫ってくる。
    一番安全な場所は何処だろう暗がりでは
    髪の毛が白い為目立ってしまう。
  96. 399 : : 2016/01/21(木) 21:00:07
    赤司っちさんに「アラタ・弍」と「ドジウマ・改」を贈ります。
    ついでに「サソリ」も
  97. 400 : : 2016/01/21(木) 22:14:36
    体は大切に、期待
  98. 401 : : 2016/01/22(金) 09:17:00
    今日貴方を駆逐する!
  99. 402 : : 2016/01/22(金) 11:11:37
    ニコに追い回されて、月山に襲われて
    読者さん達にも狙われる赤司っちさん。
    大変ですねぇ〜ww
  100. 403 : : 2016/01/22(金) 23:16:36
    ニヤッ(─ ∀ ─)つ サソリ カサカサマムシウネウネヤモリ カネェキィ

    ........ん?なんか俺一人だけやばいもん持ってるような気が..チラッ(つД・)チラ ヤモリカネェキィハァハァ
  101. 404 : : 2016/01/23(土) 15:41:45
    クロナとナシロと玲がヒロインぽいけど誰が人気?自分はナシロ
  102. 405 : : 2016/01/24(日) 10:24:57
    おい待て玲は男だぞ
  103. 406 : : 2016/01/24(日) 13:57:04
    男のアレが無い!
  104. 407 : : 2016/01/24(日) 22:39:17
    何!?性別ナシなのでは無いのか!?
  105. 408 : : 2016/01/24(日) 22:54:27
    男の娘であり、アレが無く、性別が無い
  106. 409 : : 2016/01/24(日) 23:42:16
    確か原作では「男だけど喰種にモノを潰されている」という事になっていますよね???
  107. 410 : : 2016/01/25(月) 02:09:29
    性別無しになってるよね?どっちでもいけるってこと???
  108. 411 : : 2016/01/25(月) 19:03:25
    男性器も女性器も痛覚(性感?)も無いからどっちもいけない
  109. 412 : : 2016/01/26(火) 21:09:40
    期待です
  110. 413 : : 2016/01/26(火) 23:40:42
    明日書くと言った赤司っちから返事が無い。 ただのしかばねのようだ。
  111. 414 : : 2016/01/27(水) 15:45:49
    もうちょっとで一週間が(笑)
  112. 415 : : 2016/01/27(水) 20:30:16
    赤司っちさんの霊圧が…消えた…?
  113. 416 : : 2016/01/27(水) 20:49:24
    まさか本当に死ん((殴
  114. 417 : : 2016/01/28(木) 18:19:04
    ナルカミで叩き起こそうか(嘘)
    頑張ってください!!!
  115. 418 : : 2016/01/28(木) 18:53:41
    まだかな(^ν^)(^ν^)(^ν^)(^ν^)(^ν^)
  116. 419 : : 2016/01/28(木) 22:15:06
    どうも。とにかく明るい私です。
    安心してください、生きてますよ!


    一週間経ってしまいました……ごめんなさい。色々と忙しくて……ホホホ。
    積み重なる謝罪をせねばなるまい。続きは明日の23時以内に更新します。長く、楽しみにしてくれている方々を待たせてしまったので、さすがに本当ですよ!
  117. 424 : : 2016/01/29(金) 21:52:32




    疑う余地もなく、「戦う」か「逃げる」かの二者を厳選させてもらう。






    扉との間隔は大股歩きで概ね三歩。
    施錠はされていない。
    扉を突貫し、外に出るのに遅くて三秒弱……。
    脳内推定で三秒なら、実際は五秒と推し量っておくべきだろう。
    しかしまあ、五秒も要するのでは拿捕されるのは必然であり当然。
    巨大隕石が世界中に落ちるくらいの確率で脱走できたとしても、カネキはこの部屋以外に足を踏み入れたことがない──あるが、数えるほどしかない。それこそ3本の指で足りるくらい──。
    建物の構造が把握できていない以上、迷宮・迷路と同等の家中である。(家が広ければの話ではあるが……)
    拷問部屋の広大さからして本体の家も相当なものだと思われる。


    「ケンちゃぁん……いくら優しいママでもぉ…………さっきの所行は看過できないわ」


    冷然とした声。無理に平静を装っているのがわかる。
    なぜなら、顔には出ているから。
    鬼。般若。悪魔。どれもが適切で的確であり、色んな呼び名が当てはまる。
    いま逃げたり戦ったりとトチ狂った真似をしようものなら、想像を絶する拷問が奥に控えているだろう。
    だからなんだという話である。尋常ではない拷問くらい屁でもない。
    がしかし……虫部屋に行くのは断固として拒否する。


    扉の開扉時間を二秒短縮できるのならば「逃げ」に出るべきだし、そうしたいのは山々だ。
    だけどドアノブの位置はカネキにとって高い位置に取り付けられている。
    手を伸ばせば優に事足りるが、限界まで伸ばした手でドアノブを捻り、かつ引いて扉の外へ飛び出す行為を三秒でやってのけるのは骨が折れる。



    そこでカネキは「戦う」を選択した。
    逃げれば背中を見せてしまうし、逃げて拘束されるかされないか…………
    エレベレストと富士山どちらが高いか比べるようなものである。
    「戦う」なら戦闘のゴングが木霊する。馬鹿だと思うだろうか。
    しかし「戦う」を選んだ一番の理由としてあげられるのは、死なないからだ。
    ……マダムが自らカネキを殺しはしないだろうから……。
    拷問部屋には頼りない拷問道具しかないが……数を打てば……もしかしたら、もしかするかもしれない。


    結論から言うと、「戦う」が最善の策だ。







    カネキ「ふっ!!」

    あらかじめ用意しておいた予備のナイフをポケットから二本取り出し、頭と心臓付近に発射する。
    再びマダムの顔に動揺が走った。
    至近距離。回避不可。当たる──刺さる。


    ガギッンッ!


    皮膚を狙ったはずが、硬い物に当たったような鈍い音を立ててナイフが跳ね返ってきた。



    ……急所でも通らないようだ。




    自分に向かって滑空するナイフを空中で掴み、三度(みたび)攻撃に挑んだ。


    が……三度目のナイフが接触する前にマダムの怒りが沸点を超えた。


    「ケエエぇエエええええんっ!!」



    カネキ「……え……?」



    思惑がズレた。ハズレたのではなくズレた。「殺すことはしない」はカネキの勝手な予想でしかなかったということ。
    いや、違う……「殺そうとする気はなかった」これは正しかっただろう。
    カネキは怒らせすぎたのだ、マダムを。


    背中から噴き出るRc細胞が、羽を形作っていく。…… 死ぬ。殺す気だ。
    マダムは殺す気なんて更々ないのだろうが子供に赫子のブレットが三発でも着弾すれば──当たりどころが悪ければ──死ぬ。


    Rc細胞の放出を察してすぐ……退避せずただ棒立ちで驚愕していたのは愚策だった。
    退避どころか、近づいている。
    カネキが攻撃を仕掛けている途中でマダムの怒りが噴火したのだ。
    ……つまり自分とマダムとの距離は一メートルもない至近距離。


    カネキ「ック……うぅっ!!」


    射線はカネキへ直進するのだから、ブレーキをかけたりバックステップするのは得策じゃあない。
    よってカネキは、あえて前に進んだ。


    走るスピードを上昇させ、マダムを通り過ぎる。


    これで赫子は誰もいない空を穿つだけだ。
    と思った相前後。赫子は前方に発砲されず、あろうことか後方に───マダムの背後に潜った自分に───飛弾した。



    マダムが分秒で軌道修正を行ったのだ。

  118. 425 : : 2016/01/29(金) 22:03:52




    カネキ「───っっ!!」


    羽から放射された小さな紫紺の結晶が放物線を描いて遮二無二猛進する。
    一寸の猶予も認めず、カネキは鋭敏な動体視力で紫紺の殺弾が通過する線状を観測し、回避法を詮索する。
    残された時間は三秒もなく、回避する手段を悠長に考慮している暇はない。
    ……その為カネキはそれぞれ異なる速度で後進する変則的なパープルブレットを半分以上勘だけで掻い潜った。

    勘という誰もが持つ天性のセンス一辺倒で躱し、回避する常識はずれの奇行は考えが甘く緩かったようで、都合よく円満無疵(むきず)とはいかなかった。


    何となしに己の左肩に眴(めくばせ)する。肩は五センチ未満のアメシストを二片、吸引していた。
    一片は三角筋を突き通ろうとして中途半端に停止し、深々と刺さったまま。
    もう一片は上腕骨に行き当たり、浅く骨に捻入っている。
    損害のわりに疼痛はない。
    痛みには慣れたが感覚が消滅したわけではないので、この損傷での無痛は不思議以外のなにものでもなかった。
    もしかしたら麻痺しているのかもしれない……。
    何にしろ痛みをもらって悦びはしないので、無痛はウエルカムである。



    それはさておき……左腕が機能を失い
    無用の長物となってしまった。
    動作がのろいだけで動きはするものの、邪魔なだけだろう。


    まだまだ煮え滾ったマダムの怒りは収まらない。「けえええええぇぇぇん!」と第二波の予兆。


    赫子が着弾し芥となった刃折れナイフを捨て、肩より相生するアメシストを二本抜き取る。
    グチャリと不快極まりない音がした。
    これが自分の血と肉を刳る音だとしたら尚更、不快で不愉快で厭悪(えんお)だ。


    ───効果があるか皆目見当がつかないが、ナイフが折損したからには……都合上、新たな武器として赫子の力に頼るしかない。


    カネキは腕をクロスさせ、間抜けに背中を晒すマダムに飛びかかった。
    両の手を斜め下に振り下ろす。
    紫紺の軌跡が空気中にXを描写し、マダムの背中にX字の紫電が吸収された。
    ────………徹った(とおった)。
    壊れたダムのように、暴れるホースのように、溶けゆく氷山のように、血潮が噴流する。







    「──っけえ?! えええぇえっ、ああああああああああぁぁぁ……っ!?」


    マダムの啼き声が果敢無い(はかない)拷問部屋に蔓延った。
    一世一代の脱走好機である。
    使える物(ほこ)は根刮ぎ使い尽くす。
    自分の悲惨な記憶が語る……レストランで男を穿孔だらけにした赫子の結晶は、長い時間を待たず霧散していた。ならこれが消えるのも時間の問題。


    4秒のインターバルを挟んでマダムの第三の攻撃が飛んでくるだろう。



    カネキは満腔の力という力を圧搾して荒武者の如く……これでもかというくらい身体を奮闘させた。
    膝を畳み身体を下段まで滑落させ、マダムの両足のアキレス腱を断線する。
    ───足は死亡。
    起動力を奪われたマダムは重力に従って背後に呆気なく傾倒した。
    カネキの猛襲に唖然としているのか、屍のようにじっと天井を見つめて自失している。


    これで終わりではない。


    赫子が霧となる前に、滔滔と視力を奪ってやった。
    マダムの眼からは小さなタケノコみたいに赫子が凛々しく生えている。


    視力と足を同時に封殺することに成功。
    もう逃走する自分を追いかける事は出来まい。


    カネキ「……!」

    刺さっている紫の結晶が消散した。
    目玉がなくなりポッカリと穴ができた眼窩には血が澱んでいる。
    数十秒前の激甚(げきじん)な心情はどこへやら……ピクリとも動かないマダム。
    死んだのか……? ……。

    いや、どうでもいいと、考えるのをやめて扉に向かう。
    ドアノブを捻り……待ち望んでいた外へ。


    カネキ「……たしかあっちはママのへや……こっちは……?」

    扉の外は案の定、何処が何処だかわからなかった。扉を開いてすぐ左右に廊下がある。
    向こう(左)はママの部屋……それで、その先は何もい壁だったろう。
    なら右だと、右折した。
    すると、すぐにまた分かれ道……思慮しても詮方無いので勘を頼りに迷路の家を進んでいく。








    紆余曲折あったが……待ち望んだ玄関前。
    玄関に辿り着くのに時間はそうかからなかった。
    短い廊下をよたよた歩いて、何枚も並ぶドアの開け閉めを反復した。その最終地点がここである。

  119. 440 : : 2016/02/02(火) 21:04:35




    律儀にかけてあるチェーンと鍵を開錠し、台所と隣接する鉄の板──戸──を前に押した。蝶番の軋む音が耳に障る。
    だがそれも一瞬のこと。
    ドアが少しずつ開き、空隙から微細な耀きが覗いた瞬間……カネキの世界に「光」が灯ったようだった。


    情け容赦なく飛び込んできた久方ぶりの太陽は、偉業への祝福にも感ぜられた。
    燦々と煌めく日光に、目が眩む。


    カネキ「──……」


    呑み込まれそうなほど膨大で美しい水色の空。
    止まることなく浮遊するどこまでも真っ白な白雲。
    ……自分の穢れた髪とは大違いだ。


    晴天の下を、スズメの親子が仲睦まじく放浪している。


    ……頬を撫でる陽射しが暖かい……。


    暖かい太陽の包みと永い地獄から脱出したことへの安楽が相まって、酷い眠気に誘われた。

    脱出といっても──家の外に出ただけで、完全にマダムの手中から遁逃したわけではない。
    一刻も早くここから離れて、警察に訪問し助けてもらう必要がある。
    眠ることなどできはしない。そもそもこの状況でそんな馬鹿で阿呆な行いを披露すれば、愚の神様ですら呆れ果て、天使でさえも激怒する。
    カネキは眠気という名の煩悩を振り払い、憔悴しきった躰で広大なアパートから駆け出した。蹌踉と走りながら、用心深く背後に目を向ける。

    外から見た茶色いアパートは、ボロボロでとても大きかった。上の階と下の階に、ズラリと玄関扉が堵列している。
    アパート大きさは、ざっと普通のアパートの三倍はあるだろう。────それよりもあの家がアパートということに驚きを隠せない。
    何故なら、アパートなら隣や下に住居人がいるはずだ。
    なのに誰も尋ねてこなかったのだ。
    ……自分があれだけ悲鳴をあげていたのにも関わらず、なぜ誰も助けに来なかったのか。不審に思わなかったのか。

    まさか住居している人が厄介ごとに関与するのを嫌がり、見て見ぬフリ、聴こえているのに聞こえていないフリをしたのか、
    それともマダム以外の住居人がいないのか。

    アパートの全貌は経年による錆や苔で汚れていて、素晴らしく汚い。
    とてもじゃないが住めたものではなさそうだ。
    でも、さすがに1人くらい居ても不思議ではないと思う。



    ──……そんなカネキの考えは、あながち間違ってはいなかった。
    あのアパートには、二人、住居人がいる。
    一人は、アパートの二階の一番左側に住んでいるお婆ちゃんだ。
    マダムは同じく二階の一番右に住んでいるため結構な距離がある。
    しかもマダムは拷問部屋に防音設備を施しているのだ。


    ・部屋が隔離した隣人。
    ・住んでいるのは年老いた老婆(耳が遠い)。
    ・部屋に防音設備あり。

    こんな糞みたいに理不尽な三段構えがあるのでは、万が一にも聴こえはしない。


    そして、もう一人は……アパートの一階中央に住んでいる……〝喰種〟である。
    喰種としてはなるべく人目を避けたいのだろうから、住んでいることに違和感はない。


    喰種には声を遮断しても無駄だ。聴こえている。
    丁度カネキが寝ているときに、その喰種が文句を言いに来たことがある。何度言ってもマダムは生返事するだけで、反省の意を持たずカネキを〝可愛がる〟ことをやめなかった。
    もう注意しに行っても時間の無駄だと解った喰種は、不承不承ながらも諦めたようだった。


    誰も助けに来なかった理由は、以上のとおりだ。



    カネキ「?……。あ、れ、?………?、」


    アスファルトを蹴っていた足を止め、その場に棒立ちになる。



    ───自分はどこへ走っているんだ……?




    飛び出し、警察に保護してもらう方針が決まったはいいが、此処が何処だかわからない。
    〜〜〜の何丁目だとか、◯◯周辺だとか。住所も、どこの地域なのかも……全くわからない。


    デパートで母親とはぐれた子供のように、足が行き場を失くす。


    路傍を通る人は居ない。近くにあるのは、地面から聳り立つ電柱や、電柱の付け根から生える雑草、犬の小便の迹(あと)。
    白線の内側で、右も左も分からないカネキは、誰か近くを通らないかソワソワして待つしかなかった。


    しかし…仕組まれているかのように、何分待っても誰も通らない。


    日が暮れ、空がオレンジ色に変わり始めている。
    闇への恐怖に煽動され、カネキは自暴自棄(ヤケクソ)になって足を馳せらせた。



    後ろから逼る影に気づかず……。
  120. 453 : : 2016/02/05(金) 23:25:26






    カネキ「──待っ……!」


    ブゥオオオオォ……と、トラックが排気ガスを迸発してカネキの横を通り過ぎて行く。


    走り出して約10分、実に六回目だ。
    少し前、竟に待ちに待った車が到来したと思ったら、無視して通過していった。
    再来時も声をかけたが、届かず通り過ぎていった。
    三度目にいたっては、軽トラに乗ったおじさんが「おう! 坊主、もうそろそろ暗くなるから気ぃつけて帰れよ!」と一方的に言うだけ言って同じく通り過ぎていった。
    それからは似たような事の応酬が続き、約まるところ助けてもらえていない。


    何軒か家を尋ねもした。
    ……陽が半分だけ頭を出している。そこから察するに今は六時半頃、時間帯からしてまだ仕事から帰ってきてない人がほとんどなのか、インターホンを押しても誰もいなかった。




    一度ばたりと故意に倒れて、通る車(運転手の)気を引こうとしたが、三分以上待っても誰も(何も)通らなかった。
    諦めて起き上がり、ふらふらと走り出した頃に車が通るという凶運。
    どんな偶然なんだろうか……、
    はたまた神様の嫌がらせか……


    ……自分が一体何をしたというんだろう。


    拷問され、人の肉を食わされ、人を殺そうとさせられた。
    一年前からずっと被害者。ずっと独り。脱走しても、土地勘がわからない。挙句、無視して誰も助けてくれない。
    もういい、もういいだろ。もう頑張った。ここまで耐えた。
    もう限界だ……そろそろ救いがあってもいいんじゃないのか……。

    救いが、助けが、……



    ご褒美を……頑張った祝いに、今度は拷問じゃない、本当の…本物の…ご褒美を……



    ───誰か……助けて




    カネキ「だれか……」



    ブゥオオオオォオオッ……



    車の音。止まらない。運転手はカネキにチラリと視線をやるが、何でもない風に視線を前に戻す。
    これで服でもボロボロなら、気にかけてくれただろうが、服は大して弱ってない。


    カネキ「ふ……」





    また一台、車が通り過ぎ───







    カネキ「──……ふ、ざけん、なよッ!! 何で、なんで誰も助けてくれないんだッ……無視するな…
    きこえてるだろ……ねえ、おいッ!!……止まって、止まれ、止まれよ………………止まって、お願い……」





    お願いだから……助けて下さい




    ───救いをください───






    カネキ「はぁ……はぁ……っ」



    息も絶え絶えで、儚く願う。





    カネキ「助け、て……たす……けて」




    カネキ「たすけて、ください……」




    消え入りそうな声で救済を哀願する惨めな子羊をこの世界が見かねたのか、
    嘆きに沈むカネキへ希望の手を差し伸べた。


    いいや、紛う事なく、悲願が叶ったと言っても過言ではない。



    蜃気楼や幻覚かと疑ってしまうが、眼前に現れたものは本物。現実だ。
    間違いなく……網膜を通り脳が視せている実態。



    カネキの前に現れたのは、透明なボックスに八方を包囲された緑色の公衆電話である。




    水を与えられた魚ように俯いていた顔をがばっと上げ、曇っていた目を晴れさせる。
    こんな所に公衆電話があるのは珍しい、本当に願いが叶ったみたいだった。


    カネキは全身を作興させ、公衆電話に激走した。
    公衆電話の無色ドアを開けて、家の電話番号を入力しようとする。


    カネキ「ッ?、あれ……でんわばんごう……って……なに……?」


    ところが家の電話番号を忘れてしまっていた。恐らく、ずっと電話を使わなかったことが原因だろう。


    0からだっけ……1から? 9? 090? 000? 0123……
    駄目だ、どうしても思い出せない。


    カネキ「……あ、そぅいぇば……お金……」


    電話番号うんぬん以前に、電話をかけるお金がなかった。
    無論、お金の代用品であるテレフォンカードも保有していない。
    マダムから与えられていたものなんて最低限の食事ぐらいだ。
    アパートを出るときお金を窃取しなかったのが悔やまれる。
    お金もカードも持ち合わせていないなら……目の前の公衆電話はなんの価値もない、ただの大きいゴミだ。



    カネキ「くそっ……!!」


    だんッ! と無機質な電話機に拳をぶつける。頼みの綱もこのザマ。
    あげて落とすとはこういうことを言うのか。
    まさしく飛行機から太平洋に投下された気分だ。高ぶった感情と期待は、世界の思惑どうり、どん底まで落とされた。
  121. 454 : : 2016/02/05(金) 23:45:19




    拳を突きつけたまま、カネキは頭を下に垂れさせる。
    目視できるのは、棚に置かれた分厚い電話帳と地面……あとは、傷だらけの醜い素足。
    そんな折、ふと目に付いたのは、公衆電話───のお釣を取るところ(釣銭口)とは逆の、公衆電話の左下の方に張り付けられている透明なキャップに包まれた赤いボタンだった。
    ボタンの右横にはパトカーや救急車の絵が描かれており、110、119と数字もある。


    なんだこれと、数字の意味に一瞬頭を詰まらせたが、間を置かず警察の番号だとわかった。

    けれども、番号が分かったところでお金がないので、同じ事だ。

    カネキ「……!」

    諦めて公衆電話のボックスの中から退出しようと思った矢先、ボタンの下に細かく文字が綴られているのに気づいた。



    書いてある文字は「SOS」……英語だろうか……意味は解らない……。
    そのさらに下には、こう書いてある。
    ▪︎受話器を外し
    ▪︎◉ボタンを押し
    ▪︎ダイヤルしてください
    カードや硬貨は不要です。


    カネキ「う(受)、はなし(話)、き(器)、をはずし? ボタンをおし……だいやるして、ください……カードや……はふようです」


    小説を読んでいたせいか、漢字はある程度読めた。
    一年と数ヶ月前に覚えていた漢字を読めた事に驚きだが、こんな非常時に小説で覚えた漢字が役に立つとは僥倖である。

    ところどころ読めない字もあったが、何となく理解はできた気がする。


    カネキは背伸びして、受話器に手をかけ、取る。
    次に空いている手で赤いボタンに親指をピタリとくっ付けた。
    警察に電話をかける緊張からか、怖ず怖ずしながらも、勇気を出してボタンをプッシュした。
    直後、ぷーっと警報ベル的な音が公衆電話から鳴り、偶さか体がビクリと跳ねた。



    落ち着いて、受話器に耳を傾ける。


    一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、六秒…



    カネキ「ぁれ……?」


    コールが始まらない。電話が繋がらない。何か間違ったのかもと……注意深く、再度説明を見る。


    受話器を押し
    ボタンを押し
    ダイヤルしてください。



    カネキ「ダイヤル、してください……?」

    どういうことだ。
    ボタンを押すだけでは警察に連絡は取れない。押して何かをしなければならないという事───それが「ダイヤル」。
    だがカネキは、ダイヤルの意味がわからなかった。




    どういうこと……?
  122. 455 : : 2016/02/05(金) 23:49:43



    ……赤ボタンを押してから、次にする事なんて何もない。唯一できることはフックスイッチを押すか、0〜9の番号を入力するだけしかないだろう。
    フッキングすれば回線を瞬断する事になるし、フックスイッチを押す=ダイヤルする、ではないだろう。

    なら残るのは、0〜9の番号を入力するの一択。
    だけど、番号を入力しても何の意味もなさそうである。


    カネキ「!」


    いや……と。カネキは思い当たる節があるのか、閃いたとばかりに目を開いて、ジッと考え込む素振りを見せる





    カネキの仮説ではダイヤル=0〜9の番号が芽生えつつある。
    というのも、ほんの数ヶ月前、ママ(マダム)の部屋で、コーヒーを一緒に飲んでいた時の事である。

    あの時、テレビで家電製品やらを売っていたのだ。
    番組終了間際、『御電話は、フリーダイヤル012〜〜〜〜』と言っていた。


    『フリー「ダイヤル」』



    ダイヤルが数字の文字盤の事を指しているのだとしたら、辻褄が合う。

    赤ボタンの右側に110の番号が記されていた意味。ダイヤルしてください……ダイヤルが数字盤の事なら、訳すと「110してください」だ。

    まとめると、
    ・受話器を外し、
    ・赤い丸ボタンを押し、
    ・110してください。



    抜け目がないし穴がない。完璧だ。
    ボタンを押してから、ダイヤル───110を入力すればいいのだ。きっと。
    そう仮定するやカネキはもう一度、受話器を外し、赤ボタンを押しす。
    最後に、恐る恐る110を入力……ダイヤルした。




    すると……

    トゥルルルルル、トゥルルルルル、


    コールが始まる。


    トゥルルルルルルル……



    そして、三回目のコールで───



    ───ガチャッ



    カネキ「! (つながった……!)」



    「はい、110番。警察本部です。何がありま───」





    「もう、気は済んだかしら?」



    と、警察の方がいい終える前に、他の声が被さり、警察の言葉を呑み込んだ。


    サッと、この場の空気が冷め、温度が氷点下まで下がった。


    カネキ「───……ッ⁉︎」


    あまりに突発な登場に、呼吸が停止し、気管に唾が入ってむせ返る。





    「我儘も大概にね? ケンちゃん……❤︎」
  123. 486 : : 2016/02/11(木) 00:31:30




    カネキ「な、んで……っ⁈」


    「なんで? あら……まぁさか、死んだとでも思ったの? フフフ、あれくらいで死ぬわけないでしょう。
    でも、 冷蔵庫にお肉がなかったら、回復には時間がかかっちゃってたけど」


    カネキ「……、」


    言葉が出ない。
    背中に冷や汗が下り、頭から漏れる汗が頬を伝って、顎(アギト)から地面に滴る。



    ───死んでない?
    脳まで結晶が届いていなかったということならば、「死んでない」は納得できる。けれど…………明らかにおかしい点があるだろう。不可思議すぎる……。


    首までは噛み切れなかったらしいが、不条理な力量差を前に孤軍奮闘の末、確実に屠った箇所がある。
    ところが……彼女はそこに〝立って〟、カネキを〝視ている〟のだ。
    あの時殺した──殺された──アキレス腱は接合され、判然とその足で片寄る事なく体の平衡を保っている。
    慥かに刺した──刺された──二つの眼球も形成され、眼窩の中に傷一つなく
    すっぽりとはまっていた。


    物々しいダークブラウンの瞳孔が、カネキを正視する。
    視線の杭を打ち込まれ、金縛りに遭ったように身動きが取れない。
    眼球を泳がせる事も、指一本動かすことすら儘ならない。
    強制的に、マダムから視線を離すことができなかった。




    「はい? もしもし? …………もしかしてイタズラですか? 」



    発信者からの返答がいつまでたってもないせいか、打ち付けに、警察が声を大にして問うてきた。
    受話器越しから聴こえる警察の声には苛立ちが感じ取られる。



    イタズラだと思ったら即行で電話を切りそうなものだが、切らずに問いかけてくれたのは有難かった。
    おかげで、空気を束縛していた鎖が千切れ、カネキは我に戻ることができた。



    「あの、わかってますか? このような悪ふざけは『業務妨害罪』として…」



    カネキ「った!、助けてっ、 助けてくださいっ……ぐーる、グールが……ッッッ!!」



    「 ! …………落ち着いてください。
    〝喰種〟とは、あの〝喰種〟ですね。それで、どうしました? 」



    ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、受話器の向こうの警察は、今しがたの無礼を詫びるよう小さく咳払いをし、真剣な声で審問してきた。


    カネキ「グール、につかまって、に、にげてきた……!」


    動揺が激しすぎて上手く話せない。
    完全に片言になっていた。
  124. 487 : : 2016/02/11(木) 00:42:13



    「あらあら、まだお巡りさんなんかに縋っちゃって。通報なんてしちゃ『メッ』よ。……お喋りはもうお終い、ね?」


    背後にいるマダムがそう言って、ジリジリと肉迫してくる。
    足取りがいやに遅緩なのは、カネキを時限爆弾のタイムが減っていくような錯覚に陥らせ、恐怖心を煽るという意があった。これはマダムなりのイジワルである。


    カネキ「ッッ!! はやくたすけてッ、くださいッ、も、もう、すぐそこまで」



    「な、なに⁈ 逃げてきたんじゃ………くっ! 君、一応、名前を教えてくれっ」


    一刻の猶予もできないと悟った警察は、早口で次の情報(疑問)を催促してくる。



    名前、と聞いて、カネキは思わず言葉に詰まった。



    次には、頭の中がパンクしそうになる。







    ────上の名前が思い出せない。






    カネキ「けん、ケン……っっ!!」



    カネキは強く目を瞑り、憶えている下の名前だけを懸命に名乗った。



    「い、いやっ、苗字は───」



    カチャンッ!



    ブツッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……



    通話終了のお知らせ。


    話の途中で、マダムが受話器を引っ掛けるところ──銀(鉄)のフックスイッチを引き、通話を強制終話させられた。


    「残念でしたぁ❤︎」


    カネキ「っ!」


    カネキから受話器をそっと取り上げ、定位置(鈎)に戻す。
    と、戻した直後に慮外な事が起こった。公衆電話が突然金切り声を上げたのだ。


    間違いなく、あちら(警察)からの電話。


    「だ〜め」


    電話を取ろうとするカネキを、マダムは服の襟を摘んで、抑止する。
    立て続けに襲い掛かる銷魂な出来事に、カネキは抵抗する気力も失っていた。あるのは、今から数十分後───あるいは数時間後の未来で待ち受けている『最悪』な拷問への、恐怖だけ。



    「ふふ……そんなに怯えないで? 大丈夫。もう〝怒ってない〟わ」


    莞爾として微笑み、意思表示をするマダム。その言葉と笑みは、嘘偽りないものに見えた。
    だが恐怖と緊張は緩和しない。
    一年監禁され──いや、形はどうあれ一年間過ごしたカネキは、マダムという〝喰種〟のヒトとなりを幾許か了知していた。


    他人を惑わせる、ベールに包まれた含みのある笑い。カネキは、この妖しい笑みを何度も見たことがあった。
    「〝怒ってない〟」は真実なのだろうが、釈然としない。



    何か、齟齬がある。

  125. 519 : : 2016/02/15(月) 06:07:12





    四月XX日X曜日。

    午後6時47分20秒、警察本部の通信指令室に、一件の110番通報があった。









    「ーーーはい、もしもし」
    「ーーー事件ですか? 事故ですか? 」
    「ーーー渋谷区で暴行事件が発生、現場で通報者に会い事象を把握せよ」
    「ーーーはぁ、ったくまた悪戯か」


    デスクトップの画面とにらめっこする者。
    通報に応答し事情を聴く者。
    機敏な動きで対応し、指令台から、現場付近を周回しているパトカーに指示を送る者。
    懲りることなく降りかかる「イタ電」に溜息をつく者。


    そして、「イタ電」に辟易するのは、一つの110番受理台と向かいあっている男、一慶正貴(いっけい・まさき)も同様だった。

    「……いい加減にしてほしいな、まったく」

    ついさっき、イタズラ電話があったところだった。
    通信指令室には一日に約数百件──多い時には千件にも及ぶ110番の通報がある。といっても、その三分の一以上はイタズラである。
    毎日毎日、数百数千の事件・事故が多発するなんてこちらとて堪ったもんじゃない。
    しかし紛れもなく数百件の中に本物の事件──事故が存在するわけであり、そんな一刻を争う中でイタズラ電話の相手などしていたら死人が出てしまう。


    だから本当にやめてほしい──のだが……説教したり、訴えたりしても、電話の向こうの阿呆達は反省の色を見せず、機械のように延々と傍迷惑な言動に勤しむ。
    これで清しく鼬ごっこの完成だ。


    「(一度、ガツンと言い聞かせたいものだな……どうせ無駄だろうが)」


    再び、疲労の息を吐く。


    「また通報か……しかも公衆電話から……よし」


    間髪入れずに110番の通報が殺到。
    悪戯かもしれないが、本当の事件かもしれない。
    キチンとした性格と正義感の強い一慶正貴は、頬を叩いて気を引き締めると、隣の受理台勤務員、斜め前の指令台勤務員、受理監督台勤務員らに目で「取ります」とアイコンタクトをし、応答ボタンを押した。

    それが意味するところは、彼らも通話内容を聴くからだ。


    110番通報の内容は通常、複数の勤務員が同時に聴いており、
    110番の受理中に指令台勤務員が、事件・事故の処理を管轄する警察署や、現場付近を走行しているパトカーに臨時指令を行う。



    「ーーーはい、110番。警察本部です。何がありましたか?」


    マイクに向かって問いかける。


    が、何故か返ってくるのは無音。
    他の勤務員達に視線をやってみると、自分と同じように胡乱な顔をしていた。

    「……いたずらだな。切っていいぞ」

    受理監督勤務員が一慶に向かって言う。


    「いや、待ってください。 何か聞こえませんか? 」

    何かを聴き取ったのか、一慶の隣の女性勤務員が待ったをかけた。
    それを聞いた受理監督は「なに?」と言ってヘッドセットに両手を当てて、耳を塞ぐポーズを取る。
    釣られて一慶も微音に耳穴を開けた。


    『 あら………か、……んだと……ったの…… フフ、れくらい……死ぬわけないでょう……れい……うこ…お肉がなかっ……回復に…時間かっ……たけど』


    要領を得ない──どころか意味不明な単語の発語。
    どう考えても悪悪戯にしか思えなかった。



    今こうしている間にも、困っている人々がいるかも知れないというのに───そう思うと、ふつふつと赤く熱い感情が湧き上がってきた。
    衝動を抑えきれず、一慶は強めの口調で、これまで我慢していた不満を言ってやった。


    「もしもし? ……聞こえてます? もしかしてイタズラですか?」

    堪忍袋の緒が切れかける。
    無益だと分かっていても、ガツンと言ってやりたかった。

    「……わかっていますかッ? このような行為は私達だけでなく他の方々にも迷惑がかかるんです。……それに貴方にも得はないんですよ? 警察機関へのイタズラ電話は『業務妨害罪』として──」



    『た、助けてっ!、 助けてくださいっ……ぐーる、グールが……ッッ!』
  126. 520 : : 2016/02/15(月) 06:17:25




    一慶の言葉を最後まで聞かず──あるいは意図的に言わせずなのか、聞こえてなかったのか。
    いきなりマイクの彼方にいる誰かは、
    吃りながら、悲況からの救いを哀願してきた。


    「!? (子供……? さっきの声は女性だったような……)」


    さっきの声は女性で……イタズラ電話で……少年が、助けを叫んでいる。

    「(いや……待て……!)」

    ぐちゃぐちゃな独白を中断して、別のことを熟考する。
    さっきは女性の声だった、だのはどうでもいい。
    それよりも、耳を疑うワードを聴いた。


    ──ぐーる、グールが……ッッ!


    〝喰種〟。ヒトをの姿をした、人間を喰す怪物。
    警察の職に就いてるものは、喰種の話はよく耳にする。捕食事件に関わった者も少なくはないだろう。
    一慶自身は話を聞くだけで、一度も遭遇したこともないし、見たこともない。
    それでも、実在するものと信じている。

    一般市民は都市伝説レベルで見ているようだが。



    「…………落ち着いてください。
    〝喰種〟とは、あの〝喰種〟ですね。それで、どうしました? 」


    一度咳払いをして、優しく語りかける。
    正直、少し疑っている自分がいた。
    完全に疑いきれていないのは、どこか真剣な雰囲気を感じたからだろう。


    『ぐ、っ、グール、につかまって、に、にげてきた……!』


    片言……とまではいかないにしても、口に出して言うには不自然だった。
    「グールに捕まって逃げてきた」まるで小説の一文を聴いたようだったが、少年が何を言おうとしているのかはしっかりと伝わった。
    妄言でなければ、どうやら少年は喰種に捕まって逃走してきたらしい。


    事件、だとしたらおそらくは誘拐か……。
    捕まっていたとされる期間が長ければ、肉親から告訴や被害届けが提出されているはず。
    そしてその案件が、資料として残っているだろう……名前が分かれば、少年が嘘をついているか否かわかる。


    『あらあら……まぁだ警察さんになんかに縋っちゃって。通報なんてしちゃ、メッよ。……お喋りはもうお終い、ね?』



    「……⁉︎」

    「「「……!」」」


    一慶と一緒に通話を聴いていた勤務員共々、眉根がピクリと反応した。
    110番通報を受け取って、初めに聴いたのが、このハスキーな女性の声だったからだ。
    あの時は途切れ途切れでだったものの、特徴のある声質だったのでよく覚えている。



    ────と、そこで少年が叫ぶ。


    『ッ!! はやくたすけてッ、くださいッ、も、もう、すぐそこまで』



    「な、なに⁈ 逃げてきたんじゃ──」





    逃げてきた───。

    逃げるということは、犬が勝手に外に出た時、飼い主がそれを追いかけるように、少年を逃すまいと同じように追いかけてくる人物がいるということ───それがつまり……この女性(喰種)……ッ⁉︎


    「くっ!! すぐに警官を向かわせる。なるべく近くを離れないようにしてくれ。それと君ッ、一応名前を教えてくれっ」





    一慶の中で、少年が嘘をついているかもしれないという疑いが、消し飛びつつあった。
    女性が言った……怪しく黒いセリフもそうだが、一慶の正義〝勘〟が本物だと訴えてくるのだ。


    『……けん、ケンッッ……!!』
  127. 542 : : 2016/02/18(木) 23:59:11



     ケン──名字、ではない。ケンなんて姓氏はないだろう……これは下の名前。

     それでは困る。


     下の名前だけでは、名簿から探すのは至難を極める。それにケンなんて名前の子供はごまんといるだろう。


    「い、いやっ! みょうじは──」


    上の名前を聞こうとした途端、


    ブツッ……。

    通話が途絶した……いや、された。


    「なっ……! くそッ」


     瞬時に逆探知し、使っている公衆電話の位置と、その電話番号を画面に表示する。



    「──、 出ない……! 志田(指令勤務員)さん! 21区を巡回しているパトカーに臨時指令を……」


    「まぁ、待て。一慶」


    「し、しかし、太賀谷さんっ……!」


     慌てる一慶に、手で落ち着けと制してくるのは、一慶の上司──受理監督の太賀谷 雄一郎(たがや・ゆういちろう)。


    「だから落ち着け。お前は正義感の強い奴だが、血気盛んな少年ってワケじゃない。もう立派な大人だろう。少し冷静になりなって……さっきの通報が本当かどうか、定かじゃないんだから」

     上司の言葉を聞いて──上司に対して笑いを飛ばしそうになった。怒りの笑いを。
     一慶はチラッと、他の意見を伺うように勤務員達に視線を巡らせる。
     通話内容を聴いていた皆は、怪訝そうな顔をし……半信半疑といった様子だった。

     今度こそ、鼻から吸気が勢いよく抜け出た。文字通り、鼻で笑ってしまった。
     それだけ噴飯物だったのだ。


    「太賀谷さんっ、 さっきの電話はイタズラでもないし、少年が言っていたことも嘘ではありません!」


     上司に向かって目一杯、怒号を散らす。


     通報内容は〝喰種〟で、しかも電話をかけてきたのが子供だ。疑うのわかる。
     過去にも喰種を見たとの通報が何度かあった──約100件中1〜10件が本物、残りの90は虚偽の証言だったが──。これまでの例を顧みると、この通報が嘘である蓋然率は90〜99%、真実である確率は1〜10%だ。

     そんな低確率でも、一慶の中ではあの通報が───少年の悲鳴が、嘘か真(まこと)か……なんて。そんな愚問、答えるまでもなく決まっていた。
     電話が切れる直前まで少年の声を聞いて、確証はないが……確信はした。

     羸弱しきった息遣い。

     煙のように、風が吹けば消えてしまいそうなくらい……かぼそい声。


     一心不乱に助けを切望する、痛々しい子供の姿(映像)が、今でも鮮明に髄(なずき)の中で再生される。


    「お前は一体、何を根拠に本物だと言ってる? アレが事実だと証明できるだけの証拠でもあるのか?」


    信憑性ゼロの頓珍漢な発言に、太賀谷は至極もっともな意見(疑問)を返した。


    「それは……」

     理由が理由なだけに、思わず口籠ってしまう。この状況で「勘です」などと宣った暁には、「馬鹿馬鹿しい」と一蹴され、少年の捜査(救出)は暗礁に乗り上げるだろう。


    「……なんだ」

     重量感のある音吐で、太賀谷が訊いてくる。本人の強面も相まって、堪らなく迫力があった。


    「論拠は……ありません……ただ、そう思ったからです」

     たどたどしく、自分の馬鹿げた考えを言ってしまった。今度はあちらが笑う番だ。


    「そうだろう? ただのイタズラだよ。そうと分かってて、徒らに時間を使うこともあるまい」
  128. 551 : : 2016/02/20(土) 22:39:32




    そんな訳はない。なんでそうイタズラに持って行きたがる。


    「イタズラなわけがないです! 太賀谷さんも、少年の弱く哀しい声を聴いたでしょうっ! 少年が危機に陥っているのは明白だ!!」

    「演技だとしたらどうする」

    「なんですかそれは⁉︎ まさか二人揃って演技をし、我々警察を欺いているとでも仰るんですか? それこそありえません! それに少年の方は、演技だとしたら巧妙すぎます!」


    小学生くらいの子供があれだけ上手に自分を偽装し、なおかつ高レベルな演技をできるわけがないと、喚き散らした。

    足の裏から脳天まで、一慶の怒りがぐんぐんとせり上がってくる。

    「おいおい、巧みな演技をする少年がいないとでも?」


    堪忍袋の緒が切れ、一慶はとうとう激怒した。
    決めあぐねるどころか、何かと言い訳をつけて動こうともしない上司に。


    彼の胸倉に掴みかかって、力の限り引き寄せる。
    「一慶⁉︎」「馬鹿野郎! やめろ! 」「上司だぞっ」と周りの連中が、そんな下らない事に対して焦っている。
    彼等を無視して、一慶は太賀谷に自分の正義をぶつけた。


    「なんでッ! なんでですか、 なんで動かないんですっ! 小さな子供が必死で助けを求めているのに、我々警察が動かないなんて……そんな事があっていいんですか!? それでも貴方は──」


    「動いたよ。あの通報が真実の言明ならな」


    「───ッッ!! 貴方は、少年が言っていた事が本当だという、根拠も証拠もないから動かないんですよね……?!」

    「ああ、そうだな」


    「なら裏を返せばっ、あの通報が嘘だという根拠も証拠もないはずです!!」


    「屁理屈だな。今での例を振り返ってみな。わずか一割だけが本当の通報だった。…………お前、この数字の意味がわかってるか?」


    一割。1〜10%……。
    これは1日の喰種系通報から導き出された通算ではない。
    〝今まで〟の喰種通報から割り出した大凡の数値だ。遡れば、もう何年も前からの。
    1日にくる数百件の通報の内、50件が喰種に関するものだとする。
    太賀谷のいう〝今まで〟が、例えば五年前からとして仮定すると、五年で91,250件の喰種通報。
    これの1割(1〜10%)が本物。単純計算で912〜9,125ということ。



    空を見上げそうになるくらいには、壊滅的な、常軌を逸した数値だった。











    ─────そうだとしても、







  129. 554 : : 2016/02/21(日) 00:22:55





    「そうだとしもっ……動くべきだッ!! ここで動かずに長い月日が経って、もしもあの通報が嘘じゃなかったと知った時、俺は後悔で死んでしまいそうになるッ……!」


    「……、」




    「───……そしてそれは、あなたも同じじゃないのかっ⁉︎ 今動いて、無駄足だったらイタズラだった。いいや、そうじゃない。「少年には何もなかった」それでいいじゃありませんか!」


    一慶は、自分の正義を包み隠さず曝け出した。






    「…………。」



    指令室全域に、静粛の波が広がった。
    誰一人として、口を開こうとしない。動こうとしない。
    滝のように流れてくる通報も、この時ばかりは……音沙汰無かった。




    数秒後。虚しい沈黙を滅したのは、沈黙を生み出した張本人である一慶だった。
    ぐるっと首を180度動かし、太賀谷と勤務員達を一瞥すると、体ごと彼等から顔をそむける。


    鍛えられた鯔背な背中からは、彼等に対する失望と諦念が垣間見えた。




    「……あなた方が動かないのなら、俺が一人ででも現場に行って、真意を確かめます」

    誰に言ったか……別に誰かに向けて言った言葉じゃない。
    ただ、全員に聞こえるように言っただけ。


    「……仕事中だぞ」

    太賀谷が、覇気の無い声で咎めてくる。


    「俺の代わりなら、いくらでもいます」


    「……自分の仕事を他人に押し付ける気か?」

    「はい」

    一瞬の逡巡もなく即答する。


    「110番の受理は俺でなくとも出来ます。ですが……」


    言葉を区切って、太賀谷と正面から向き合う。



    そうだ。
    自分の仕事なら誰にだってできる。
    押し付ける形で任せるのは気がひけるが「職務」か「人命」のどちらかを選ぶとしたら、迷うことなく人命を尊重する。

    仕事は自分以外の誰にでもこなせても、他人には出来ないこともあるのだから。




    「───今、〝あの子〟を助けられるのは、俺しかいませんから」


    吐き捨てるように確言し、地図システム画面から、逆探知した場所をメモすると一慶は一目散に駆け出した。





    「はぁ〜……ったく、困った後輩だな」



    「……!」


    出し抜けに、太賀谷が深い溜息をついて何かをぼやいた。
    一慶の足がピタリと止まる。



    「一慶、知ってるか? 人間には、大きく区別すると2種類のタイプがある。
    男と女、とかじゃない。その人がどういうタイプの人間なのか、だ。
    その2種類ってのが『感情派』と『論理派』だ」


    いきなり、太賀谷は訳のわからない話を持ち出してきた。
    何の話を始めようというのだ。
    一秒でも早く少年の元へ駆けつけなければいけないというのに、人間? 種類?
    一慶は太賀谷が何を考えている全く分からなかった。



    太賀谷は一慶が訝しんでいることを察しながらも、何の説明もせず独り言のように口を動かし、言葉の放浪を続ける。


    「お前は勘で動くタイプの──感情的なタイプの人間だな。誰が見たって悟られるくらい、わかりやすい」


    ほんのり、笑いながら言う。その笑みには、どことなく優しさがあった。


    「対して俺は、お前とは真逆の理屈に従って動く、面倒くさい理論的なタイプの人間だと思う。」
  130. 556 : : 2016/02/21(日) 01:20:39



    「…………。」


    「俺自身、自分のそういう部分に関して不満はない。それに、そういう人間のほうが好きだ。何故なら、そっちほうが仕事では効率がいいし、いろんなところでしくじる事がないからな。その点、感情的なタイプは要領が悪いうえに、こっちの足を引っ張られることが多々ある。全部が全部そうってわけじゃないがな。
    こっからは俺が昔、上司から聞かされた話になるが……いくら道理に基づいた人間でも、土壇場では感情的に動く奴に勝てないときがあるんだってよ。当時の俺は全然理解できなかったが、もしかしたら今みたいな状況のことをさしてるのかもな」


    「……!」


    「通報からもう1分近く経ってる。
    アレが本当だったら、俺達は迅速に対応しなきゃならない。
    電話の少年が近くから離れる前に、とか。危害が及ぶ前に、とかな。猶予は無いんだ。そういう一刻を争う状況下では、論理的に解答を導く材料──証拠うんぬんが揃う前に判断を下さなければいけない」



     太賀谷は、ちゃんと警察としてやるべき事を理解している。
     ならなぜ……動かない? いや、理論型だからこそ、不確定な事柄を疑う余地なく実行することができないのだろう。理論的な人間は、感情的な人間を第三者の視点で嫌というほど観ている。
     自分を信じて突っ走り、挫折した人間を何度も、観ている。


     その逆も、またしかり。



    「そのときこそ理論派にはない、感情派の特権……『直感』に従うってヤツなんだろう。そして直感が的中した時、理論派の人間は感情派の人間に負けたことになる」

    「……」


    「お前はさっき、助けに行かずに、いつか通報が真実だったと知ったとき、後悔すると言ったな。お前も、俺も」


    「はい……」


    「その通りだ。俺にもお前ほどじゃないが、正義感はちゃんとココに持ってる」


    胸を拳でたたく太賀谷。


    「俺は理屈人間だ。だからちゃんとした証拠がないと、あの少年の叫びを信じてやれない」


    「……そう、ですか……」




    「ああ、だから今回は少年を信じずに、お前を信じてみるとする。一慶」


    「───……!」



     幻聴のような上司の衝撃的な発言に、斜め下を向いていた顔が、がばっと起き上がった。目を白黒させている一慶の横を颯爽と通り過ぎ、太賀谷は声高に指示を飛ばしはじめた。


    「永瀬ちゃん! 喰種対策局に連絡を頼む!」

    「はいっ!」

    「志田はパトカーに臨時指令を頼む」

    「うっす!」


     太賀谷が真剣に行動を起こしていた。とんでもないハイスピードなやり取りに、置いてけぼりをくらっている一慶。
     すぐに口を半開きにしたまま慌てて動きだす。


    「た、太賀谷さん……っ」


    「……一慶! 何ボサッとしてる、逆探知した場所を志田に教えろ!」



    「はいっ!」


     一慶は、受理台の上に鎮座しているテレビ大の地図画面に公衆電話の発信地を表示し、

    「場所は───」



     一慶正貴とその同僚は、少年救出に躍起になり、全身全霊で取り組んだ。





     その後。警察と喰種捜査官は、Cレート喰種の元より、空っぽの少年を助け出すこととなる。
  131. 564 : : 2016/02/21(日) 07:36:37

    スレ移動しました。続きはこちらです。
    http://www.ssnote.net/archives/43864



    >>142

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1025

バカナス

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