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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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続・東京喰種√P lll

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  1. 1 : : 2016/02/29(月) 21:29:01
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  2. 11 : : 2016/03/12(土) 11:47:26







    #010 【爻躰】








     ピアノを奏でる音が、耳朶を摩った。










     寒い。
     もう時期、春という桃色の季節が枯死するというのに地球はえらく低温で寒々しい。太陽はまだ懶惰な生活に甘えるつもりか。凍る世界のなか、呼吸が苦しい。
     空気を吸い込む──肺に冷気が突き刺ささる。口から息吹く──白い煙霧が頭を出して、蹂躙される。現在の冷寒さから窺うに、時間帯は草木も眠る丑三つ時。
     昼夜限らずこの世界には四六時中黒雲が垂れ込めていた。午前か午後かを確認する手段は気温で判断するしかない。

     狭い。
     ぼくが囚われている世界から、他の世界を覗くことは理論上不可能。外界に出る道筋(ルート)が存在しないから。
     さきほどから「世界」なんて奇妙な喩えで語っていたけれど、世界では変だ。
     だとしたら、この空間の呼称はなんだろう。部屋、違う。箱も違う。牢獄、違う。家畜小屋、違う。鳥籠も、どうしてか陳腐だ。此処は部屋であって部屋ではない。
     無論、悪い場所に変わりはない。
    地獄があるとするなら、そいつらが束になっても一蹴されてしまうほど異質で歪な囚獄。喩えるならそう、魔窟。この歪んだ牢獄は、獰悪な魑魅魍魎が跋扈する魔窟。
     十二分にその称号を授けるに能っている。きっと不思議の国へ入っていこうとするアリスも、この魔空間の片影を打見れば
    兎に続いて穴に飛び込むという軽率な行動をとることはなかろう。次には血相を変えて何が何でも入るまいと踠きまくり、脱兎の如く退散するに決まっていた。

     臭い。
    ───悪臭がする。
     拷問部屋の腐臭とも違う。
     純粋な嫌悪からくる汚臭。
     臭い、臭い、臭い。
     通気孔も風窓も、窟から脱する穴も、僅かな釁隙も無。扉は有る。当の然、用心深く外側から施錠されいる。
     魔窟は、完全な密閉空間だった。
     そのせいかな、厭な悪臭がするんだ。
     獰猛な獣の臭い。穢らわしい魔物どもが発する瘴気で、部屋が腐海に沈みそうな勢いだった。

     暗い。
     自分の手元に、足元に、喉元に、首元に……正体不明のナニカが棲んでいる。
     得体の知れないナニカは、虎視眈眈とぼくの魂を狙っているのだ。
     肉眼で可視できるのは白い円柱状の頂上で産生をあげた朱色の焔と、暗暗とした無窮の闇黒。蝋燭に灯された蕾はこの世の重力を翻し、摩天楼のように天上界に靡いていた。不意に、燐寸規模の燭が揺れた。
     風が通るはずがない魔窟でのそれは、途轍もなく不気味でぼくの恐怖心を掻き立てるのに事足りていた。
     視界の片隅で蝋燭の灯りに照らされた漆黒のナニカがもぞもぞと蠢動した。
     火の動きに呼応して左側、右側がてかてかと黒光りする。
     その度にぼくの身体も震懾と仲良しこよし。この魔窟はどこもかしこも物騒だ。
     しかしぼくが踞っている位置は、他とは比べ物にならない危地だと認知した。
     不穏な気配のする左方と右方を忌避しながら、ぼくは躄って後退る。
     グギュッと後ろについた手がぷにぷにした感触を受け取った。全身にブツブツが浮き出る。毛が逆立った。錆びた機械のようにぎしぎしと首を拗けさせ、眼球を下に回して異常を診てもらう 。
     手元が暗くて薄ぼんやりとしか視えないが、自分の手がナニカを押し潰していることはわかった。ぷにぷにしたエニグマの正体を確認したくない反面、幻妖に脅かされる屈辱から逃げ出したいという二つの想念が相殺して、何も出来ずに石化してしまう。
    ──このままずっと固まっていれば、逃げれる。弱さから逃げれる。何ものからも逃げれる。いっそ石になってしまおうか──瞼を降ろし、心を無にする。
     そのときだった。目を見開き、目蓋が反射的に持ち上げられた。
     手首に鋭い痛みが奔ったのだ。
     恐慌し喫驚し、ぼくは手首を凝視する。
     時を移さずして右足の脹脛に激痛が牙を剥いた。
     闇の中で光る熱が一つ増える。
     大腿、腹部、上腕と矢継ぎ早に痛みが身体中を踏みつけにする。
  3. 12 : : 2016/03/12(土) 12:02:29

     一つの痛みは一つの炎を創造し、まもなく黒い魔窟は橙色へと変色を遂げた。
     照らされた空間に、許多の足を生やした黒い触手の大群が忽焉と顕現する。
     初めから感じていた捕食者の視線が顕になった。壁や天井にひっついてこっちを見つめる無数の眼。パチリと眼があった気がした。恐ろしくて顔を伏せる。地を見たぼくは、啼泣するのを怺え息を呑んだ。
     黒く彩られているのは、地面も例外ではなかった。ぱっと見てこれが「百足」と誰が思えよう。周りに蝟集していたのは黒海であった。ぼくに向かって波が押し寄せている。数匹、既に身体中にベッタリとひっついていた。絶大な痛みを次々伝播していたのは此奴らだったのだ。
     なおも真っ赤な毒牙がぼくの肉を啄んで、むしゃむしゃと貪っている。
     小さな咀嚼音、地面を這う奴らの音。
     ぼくの身体は擦過傷や皹で爛れているから、傷口から此奴らが寄生して巨大な蚯蚓腫れが出来上がるかもしれない。

    「 いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!」

     気が動転した。立ち上がり、鎖で封鎖された扉に駆け寄る。
     ぐちゃぐちゃグチャぐちゃぐちゃ。百足たちを踏み潰しながら。

    「ままっ、まっまっままままままままままままままままマ ⁉︎  たサケタスタスタスケケ助けままままマ出してごめんなさいごめんなさいいうこと聞くからこっここっこここから出してここだしてお願いおねがいしままう」

     ガチャガチャがちゃガチャガチャ!
     氷のようなドアノブを激しく廻す。
    「出せよダシテヨネぇ、ママぁッ!!?」
     破壊する気で殴り、爪先や足裏で蹴る。
     拳に血が滲み、足の親指が突き指する。
     終いには膝蓋骨が鉄扉と摩擦してぱっくりと赫く花開いた。けれど怪我や痛みなど瑣末な事柄は、殊更問題にすることではなかった。ここから出なきゃ。逃げなきゃ。殺される。死ぬシク死ぬ死ぬ。
    「ああああぁぁぁぁぁくるな 、はいってくるな、這入ってくるなぁっ!!」
     扉に膠着していた百足達が腕を伝って袖の中から侵入してきた。
     下のからも、山登りに励んでいる登山家がいる。服の中で小さな足達がぴくぴくと騒いでいるのがわかる。ぼくは動転して地面に倒れこんだ。それが号砲だった。
     雲霞の如きでこぼこの大群が、陰惨に漣を立てる。一瞬にして囲繞された。
     いたるところを隈なく厳重に警備、警邏し、逃亡を堰いている。コイツらがやろうとしている行為は、人間の檻だけに閉じ込められず、生命を有し、意志を持つ生き物が総じて振る舞う常套手段だ。
     排斥運動が始まる。
     纏まった群衆のなかで一人だけ他とは異なる者が居れば、一丸となって排斥しようとする。自分とは違う異端者が居れば、抹殺しようとする。 家に蜚蠊や百足が出れば、家人達は総出で殺すか外に追いやろうとする。同じだ、全部同じ。学校でのいじめも同じ。他とは違うから。
     無理やり籠の中に放り込まれた数百のコイツらだが、この魔窟はもうコイツらにとっての巣も同然。家なのだ。
     今から行うことは、異物の駆除。





    ────ねぇ。
    ────なに?
    ────覚悟はできた?
    ────怖いよ。
    ────それも今だけだよ。すぐに恐怖なんて消える。
    ────消える……
    うん───……。




    「ああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああぁぁぁあああああああぁぁぁああああああああぁぁぁあぁぁぁああああぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



      侵入(はい)ってくる。鼻から、耳から、口から、全身の穴という穴から。身体が蝕まれていくのを実感する。










    ────自分が喰われていくのがわかる。
  4. 13 : : 2016/03/12(土) 12:14:16




    嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌
    殺赦逃厭 白痴 厭 混濁 蠱毒 混乱孤獨 幽囚
    寒 赤 重 臭 弱 痒 痛 苛 苦 悪 酷 堅 暗 疎
    い い い い い い い い い い い い い い
    嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌
    彷徨う 弱さ 怒り不知 哀悼 あけぼの 遺恨
    死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
    熱 黒 軽 汚 強 粗 甚 疾 長 恐 惨 太 明 薄
    い い い い い い い い い い い い い い
    ねねねねねねねねねねねねねねねねねねね
    維新 宴 壊死 越冬 怨嗟 錯綜 覚醒 前夜
    消消消消消消消消消消消消消消消消消消消
    細 辛 煩 憎 醜 脆 眠死死ね死ね死ね死ええ
    い い い い い い い死死ね死ね死ね死ろろ
    死死死死死死死死死死死死ね死ね死ね死ね
    ねねねねねねねねねねねね死ね死ね死ね死
    死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死
    ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
    死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死くぼ





    ピアノの音が聞こえる。
    聞き覚えのある曲。
    曲名はわからない。
    分かるのはクラシックという、
    曖昧模糊とした抽象的な解答だけ。
    迚も、
    酸鼻な 旋律(メロディー)だ。
    戦慄と激甚が交錯する螺旋の中に、
    茨の道を徒渉した──させられた
    自分の境遇を弔っているような
    優しさが隠微していた。
    架空の何者かが
    白鍵と黒鍵を敲くたびに、
    ピアノが哀歌を謡う。









    闇と光が交差する時。
    隻は無慚に息を引き取るだろう。
    この狂った世界は瑕疵した天秤。
    平等も対等も、平行も平衡もない。
    相対する『全』が釣り合うことは、ない。天秤は機能しない。鳥籠に於いて、
    天秤という識別装置は不能で無能。
    力を乗せた皿が水平に線を創ることは
    ない。
    二つの鉾がぶつかりあえば、
    一方が死に、一方は生きる。
    闇が強ければ光は覆われ。
    光が強ければ闇を照らす。
    1:1は成立し得ない。
    完璧な平等は絶対にない。
    叩き出した数値が5:5だとしても、
    片方に必ずミリ単位で
    力が加算されている。
    人はそれを見極めきれず見逃し
    拮抗だと戯けを尽くす。
    埃が少しでも付着していれば
    力は無情に傾くのだ。








     片脚で建っていたドミノから、崩壊の兆候がみられた。
     耳で奴らがガリガリとがなり立てている。五月蠅い。姦しい。煩い。囂しい。

     盤上に揃えられた表裏白黒の駒。

     決して揃うことのないルービックキューブに拍車をかけ、色彩そのものが行方を晦ませる。残る虚しいモノクロ。




     ドミノが、倒壊する。
     軽快に将棋倒しに倒れていく。
     一つの盾はもう一つの盾を巻き添えに、また一つ、もう一つと、一緒に崩潰する。
     全て壊れるまで、ドミノの破壊がおさまることはない。
     次第に盤上の黒が、白に裏返される。
     一片の欠陥なく揃っていた『パズル』の『ピース』が、灰燼に帰していく。








          霜を頂戴して












            ぼ  
        
            く
            
            は


            死
            ぬ。
  5. 14 : : 2016/03/12(土) 12:26:40





     おかあさんをわすれた。おかあさんもきっと、わすれてる。
     おもいだせないんだ。メも、ハナも、クチも、コエも、ニオイも、カオも。
     おかあさんは、しんだ。
     そう、死んだんだ。
     棺桶のなかで腐っている。
     そしてぼくも、今から柩のなかに眠る。
     死ぬ。カネキケンは忘却の彼方に溺れて、かわりに泳くことのできる真っ白で透明な『僕』が産まれる。





     四月二十日。それが、僕の誕生日。



     そして、ママの命日。悲しい、哀しいよ。


    レプリカでも、ママが死ぬのは────




     ママ。あなたから貰ったのは、傷だけだったけれど、でも……ぼくを愛してくれて、ありがとう。



     右手の親指で人差し指を九十度折り曲げる。これは、ママが拷問中によくやる癖だった──……



    ──
    ────────
    ────────────
    ──────────────────
    ────
    ──



    「八年くらい先輩だからね、助言しておくよ」

    「何を?」
    「鳩ってね、正義とか、平和の象徴なんだって」
    「へぇ」
    「だからね。この間違った世界を正すために、鳩になりなよ」
    「鳩に……どうやって? 僕は人間だよ」
    「さあね、それは僕にもわからないよ。いずれ、自ずと答えはやってくるよ」
    「そう……」
    「うん」
    「違うね」
    「え?」
    「間違っている世界を正す為に必要なのは、平和じゃないよ。それに、どう頑張ったって、未来永劫、世界に平和が訪れることなんてない」
    「……じゃあどうするの?」
    「べつに、どうもしないよ。そもそも僕たちの望みは平和じゃないしね」
    「そっか……今は君が僕で、僕が君だからね」
    「今からそんな先のこと考えても意味ないよ。その時の自分に従って、どうしたいか決める」
    「そうだね、それがいい。任せるよ。僕は君に、君は僕に」
    「じゃあ、しばらく。もしくは永遠に、さようなら」
    「……うん、さようなら」
    「ああ、別れの前に言っておくけど、僕は君を怨んでいるよ。僕を起こしてくれたことをね」
    「……。」
    「……君が逃げたせいで、君が弱いせいで、僕の邪魔をしたんだ」
    「……ごめんね」
    「…………じゃあ、今度こそさようなら」
  6. 17 : : 2016/03/25(金) 00:14:24




     四月二十日 21時13分


     歯が欠けたように廃れた二階建てアパートの前に、一台のモノクロ自動車が停車していた。車のてっぺんでは赤い警光灯が燦燦と旋回し、その存在を強調している。
     モノクロ車の横に、白いコートを着た二人の男性──喰種捜査官──と紺色の警官服を着用した警察官がアパートを見据えながら待機しており、なにやら話しあっている。

    「ここか、立派なアパートだな」

    「大きくてもこの有様ですから。住んでいる人は極わずかだそうですよ」

     白コートの中の一人が感慨深く感想を呈すると、もう一人が淡々とポロアパートの惨めな現状を示唆した。見れば見るほどボロボロだ。彼らの視線がぶつかるだけで屋根が地面に昏倒しそうなくらい。
     アパートの外面は腐蝕し錆まみれ。
     建設当初とは強度や外観、なにもかもが大きくかけ離れているのだろう。


    「住人がいることに驚きだ。……それで、情報は確かなのか?」

     中を取って、他愛のない談話に句点を打つ大柄な捜査官。彼は弛んでいた声と表情を仕事モードに切りかえた。釣られて部下も表情を固める。

    「喰種だという証拠は出ていません。ですがアパートの住人から、子供の悲鳴を聞いたことがあるとの証言をいただきました」

     警察が逆探知で特定した公衆電話の位置から半径数キロメートルにわたって調査を進めていたところ、ぐうぜん例の男性が通りかかった。近くに住んでいる住民だと推測して話をうかがってみると、男性は一瞬顔を強張らせたものの、ぎこちなく笑ってとりあってくれた。

    『実は、うちのアパートの隣から男の子……かどうはわからないですけど、子供の泣き声というか悲鳴のようなものが聞こえることがあります』と声を震わせながら。何度か様子を見に尋ねたことがあるらしいが、シラを切るだけで追い返えされたとか。通報しようにも確かな証拠もないし、なにより危ないことだったら恨みを買われたりしそうで、怖くてできなかったようだ。

    「その男性は同じこのアパートに住んでいるようですが、部屋が離れていることから子供はかなり大きな声で泣いていたと思われます」

    「他には?」

    「警察側から拝借した『少年』との通話が録音されたテープをこのアパートの家主や例の情報提供者に聴いてもらったところ、聴きおぼえのある声だとこたえてくれました。名前は伊達すみれ。二十四歳、女性。このアパートで一人暮らし。アルバイトで生計を立てるフリーターです」

     ぺらっと胸ポケットから取り出した女性の写真を上司に見せる。上司はふむ、と顎に手をあてまじまじと観察をはじめた。

    「この時間、伊達すみれはまだバイト中で、帰路につくのは22時を過ぎた頃だと聴いています」

    「22時か……」

     現時刻は二十一時二十分。その帰宅時間までは一時間はあった。だが余りある一時間はこちら側にとってメリットしかない。
     彼女が喰種で、在宅中なら『鳩』が飛んでいるのを素早く感知していただろうし、逃げる時間は有り余っていた。
     一時間以上あるのなら、万全を期して準備に取り掛かれる。伊達すみれと対話ができるのは請け合いだ。
     上司は、
    「パトカーを人目につかないところに駐車もらえますか?」と赤く威圧するモノクロ車を指差し、警官の二人に申し出る。
     理由は言わずもがな。察しのいい警官二人は簡潔に返事をするとパトカーに乗車しアクセルを踏んだ。
     去って行くパトカーを見送りながら、部下はこれからの方針を訊ねた。


    「我々はどうしますか?  伊庭特等(・・・・)
  7. 18 : : 2016/03/25(金) 00:25:37

    「どうするって、捜査に決まってんだろ。 親鍵か合い鍵は借りたか? 」

     あたりまえのことをいう部下に半ば呆れた様子で伊庭はいった。部下は「いちおう、借りましたが」といってポケットから古臭い銀色のキーを差しだす。
    「108号室だな」 鍵に彫られたルームナンバーを確認する。

    「本当に入っていいんですかね? 」

    「だからなに言ってんだ。お前のそれはいらねぇ杞憂だ。事件の可能性もあるんだぜ? それに捜査令状も出したし大家さんの許可も降りてる。不法侵入ってことにはならねぇ、わかったか?」

    「はあ……。」

    「まったく、気弱だなお前は」 茶化すように言う。部下はふくれっつらをした。

    「まぁ、確実なんてないからな。もしかしたら伊達すみれが帰ってくるかもしれん。だからお前は外で見張っててくれ」

    「はい、わかりました!」

     にわかに元気をとりもどす部下。コロッと早変わりした部下に今度は伊庭が苦渋の色を強面に浮かべた。手すりにつかまって、アパートの手前についた鉄製の階段に足を積んでいく。
     例外なく階段も錆の餌食になっていた。
     階段を踏み抜かないか心配でしょうがない。それを考慮すれば一人で調査に赴くのは正解だったかもしれない。
     二人だとなにかの拍子で、うっかりこの老廃した鉄の(きざはし)を粉々に砕いてしまいそうだった。

    「伊庭特等ー! 大丈夫ですかー?」と手を口に当て声を張る部下。おおかた、自分と同じように階段が壊れないか危惧しているのだろう。伊庭は冗談っぽく言った。

    「おう、心配ならお前もこいよ」

    「すいません……それはちょっと」

     真顔で拒否する部下。

    「へいへい」

     手をぶらぶらと振り、階段を上る。

     なにがそんなに不安なのか。
     部下はどちらかというとネガティブなタイプだから、そういう活発的なアクションには抵抗があるのかもしれない。
     いまはまだ「新人だから仕方ない」ですまされるものの、喰種捜査官たるもの激戦は避けて通れない道なのだ。なによりこういう捜査のときこそ積極性が必要とされる。

    「(黒巌に篠原に真戸。それにあいつも、俺がきっちり(しご)いてやらねぇとな)」
  8. 19 : : 2016/03/25(金) 00:40:17

     まだまだ未熟な部下や教え子のことを考えると、鍛えるのに腕がなった。

     階段をあがると、そのまま真っすぐ108号室に前進する──横から見れば右に進んでいる──玄関の前までついた伊庭は、念のため誰かいないかチャイムを鳴らすことにした。部屋の奥から足音も聞こえなければ物音も聞こえない。
    伊達 (だて)さん、伊達すみれさん、いますか?」今度はチャイムとノックのセットで呼びかけた。まさか居留守を使うなんて馬鹿げた真似はしないだろうし、やはりバイトに出かけているようだ。「失礼します」と一言だけ言って鍵穴にキーを挿し込む。手首を右にくねらせて解錠。 玄関を開けると真っ暗だった。
     電気を消して家を出るのは通途だろう、驚くべき要素はない。
     だが暗いのはこちらが困る。電灯は部屋の中天に飾られているはずなので、光を望むというのであれば土足で邪魔しなければいけない。普段なら豪放磊落な彼でもそんな無礼は冒さなかっただろう。
     アパートが家主の所有物で、家主の許可を得ているとはいえ、この部屋に住んでいるのは伊達すみれだ。その彼女に針の先ほどの知らせもなく鍵を開け、もうはいってしまっているのだ。その時点で土足で上がることに良心の呵責を感じるのは野暮だ。
     伊庭は小型の懐中電灯を懐から摘出した。微光を頼りに沓脱ぎから部屋に侵入し、懐中電灯を翳して電気を模索する。
     せめてナツメ球を灯してくれていれば手っとり早かったであろう。
     軽い皮肉をしまって、天井の中心を照らした。
     天井から太いコードで〝広げた傘〟が吊るされている。最近でも普通に見かけるが、旧型の電気だ。伊庭も良く知る馴染みの物である。引き紐を二回引っ張るとカチャッ、カチャッという音と共に白熱灯で室内が照明した。当然ながら、玄関から第一に繋がる部屋はキッチンであった。
     面積はざっと八畳とっいったところか。
     キッチンにしては贅沢の広さ。しかしそれを台無しにするほどの腐れっぷりである。

    「……子供用の食器? 」

     流し台に洗浄されないまま、水につけられただけのスプーンや皿があった。
     しかも皿にいたっては動物に餌をやる時のような皿に酷似している。
     どこのアパートも基本犬・猫のペットは禁止。それともこのアパートは、そういうことに対して開放的なのだろうか。

    「野良猫に餌を与えたか……情報通り子供がいるかだな。それとも大穴で伊達すみれが子供用の食器を使っている可能性もあるか?」

     ない。流し台の中には通常の皿もフォークもある。常識的に考えて子供用を私的に使っているという説は省こう。さっぱり除外するのではなく、一つの可能性として頭のすみに置いておこうと決め、伊庭は物色を再開した。
  9. 20 : : 2016/03/31(木) 22:12:50


     流し台の横を見澄ます。えらく草臥 (くたび)れた 焜炉(コンロ)が窪んだ台にふてぶてしく在席していた。加え、申し訳程度の料理をした痕跡。あまり料理をしないのだろうか。
     となれば普段は弁当等で食事を済ませているのかもしれない。不健康で不健全な暮らしをしているものだと思う。一歩下がって、台所の上の吊り戸棚に手を伸ばした。
     思った以上に固く、開けるのに手こずってしまう。片方の板を掴んで開こうとするが、びくともせず摘んでいる板が湾曲してしまっていた。力尽くでやれば折れてしまいそうであるが、そのときはそのときだ。
     板を引っ掴む手に力を上乗せさせる。
     がこっと大袈裟な音に続き板が観念した。
    「おっと」抵抗する力が無くなった反動で、踏ん張っていた足が緩み踵が跳ねる。
     もう一方も開放してやると、伊庭は数歩下がり戸棚の中を確認した。
     どうやらハズレ箱を引いたらしい。
     収納されていた物はフライパンや鍋、その他諸々だった。
     気を取り直して次は台所下の棚と引き出しを漁る。引き出しにはラップ、アルミホイル、輪ゴム。下の棚の中は使えなくなった電気製品や、電球と蛍光管といったものしか収納されておらず、案外スッキリしていた。

    「うおっ、ゴキブリじゃねぇか」

     開いた棚から、ものすごいスピードで 蜚蠊(ゴキブリ)が韋駄天。
     情けなくも驚いてしまった。
     女のように悲鳴をあげたりでもしていれば、恥辱に耐えぬ汚名をきせられていた。
    しかしながら大の大人、それも対喰種のスペシャリストが蜚蠊におびやかされるのは、とんだいい笑ものである。部下にでも見られていたら面目を失っていた。
     つくづく一人で良かったと、外で待っている部下に感謝した。
     元を辿れば、いきなり飛び出てきた蜚蠊に驚かない人間はそうそういないのでは。
     自分が知ってる人物を数え挙げてみる。
     すると五本の指で足りるどころか余ってしまった。中でもあの天才は米粒ほども意に介さず、瞼の降下が機能しないだろう。

    「(残るはこれだな)」

     キッチン内の怪しい場所を粗方探りつくした伊庭は最後の宝箱を睨んだ。
     これまで喰種の家に上がり込み調査した回数は数知れず。最終的に真実が明らかになるのはいつだってこの瞬間だった。
     冷蔵庫。正直言って、棚なぞよりも冷蔵庫の方が余程尻尾を掴みやすい事を、伊庭自身重々承知している。喰種も腹が空くたび人間を狩りに趨く不効率な作業はせず、悪者宜しくその狡智を遺憾なく発揮させ、主婦のように数日先の食事を見越して買い置きまがいの工夫を添えている。
     人肉だろうが肉は肉。保存環境が適切でなければ食材が傷み、やがて腐る。
     行きつく先は冷凍保存というわけで、伊達すみれが喰種か否か。ここで判別が付くといっても過言ではない。伊庭は自分の腰まで届く背丈の冷蔵庫と目線を同じくし、冷蔵庫を開けた。ゆっくりと、目を細める。
    ──ビンゴ。
     冷蔵庫の中身は日付の記されたタッパーとラップで表面を護られた円形の皿。
     乱雑に重ねられた皿の一枚を引っ張る。
     ラップを被った皿の上には、刺身大の大きさに切り取られた肉──恐らく人肉──が載せられ。その周囲をスライスされた眼球が丸い円を描いて囲っていた。
     伊達すみれが喰種か否か、もはや疑う余地はない。
  10. 21 : : 2016/03/31(木) 22:17:28

     伊庭は立ち上がり、奥の部屋に進む。
      証拠は十分。このまま撤退してもいいが、まだ何かあるかもしれない。証拠は多いに越したことはないので、伊庭は詮索を継続した。徒らに造られた数ある部屋。
     便所、浴室、和室、洋室。見た中では便所と浴室以外の使用具合や広さは似たり寄ったり。一人暮らしな分この膨大な家を活用できず持て余している様子。
     ほとんどが使われていなかった。
     一室だけ、高級ホテルのような清潔で眺望の良い洒落た部屋があった。
     伊達すみれが日常的に使用している居間とみて間違いないだろう。しかし結局、どの部屋からも新たな証拠は見つからなかった。喰種なら伊庭の予想に反せずマスクが出てくる予定だった。そこから伊達すみれの喰種としての 正体(呼称)を暴くことも。 だがこうして掘り出せていないということは、伊達すみれは普段からマスクを持ち歩いている線が濃厚だろう。
     それが判明したところで利益はないのだが。

    「(骨折り損のくたびれもうけってか……)」

     最後の部屋のドアを閉め、ぎしぎし鳴く廊下を踏み締めながら撤収する。
     得たものは肉だけ。これだけで十分な成果なのだが、解決していない点が一つある。
     公衆電話から通報してきた子供についてだ。

    「(電話でのやりとりから推測するに、あの少年は伊達すみれに 監禁(つかま)っていた。そして伊達すみれの手中から逃げ出し、警察に通報)」

     これは少年が口下手ながらも切に訴えていたことだ。間違いない。
     問題はその後。
     通話中、横から女性の声が微音だが入ってきていた。 この女性が伊達すみれ。残念ながら録音には、特に手掛かりとなりうる発言は記録されていなかった。通話が切られたのはその数秒後、少年が下の名を名乗った直後に敢え無く途絶えた。
     伊達すみれがフッキングしたものとみられる。通報があったのは十八時四十七分二十秒。通話時間は約四十秒で、切れたのが十八時の四十八分。

    「(伊達すみれは現在バイト中……シフトが入るのは何時だ?)」

     その辺の事情を部下に聴いていなかった。伊庭は歩調を加速させる。
     すぐにぴたりと足を止めた。
     ドアが半分開けっ放しになっている部屋を見つけたのだ。 未踏の部屋がまだ残っていたようだ。今更なにかを期待するつもりはないが、念には念をいれておく。
     部屋に近づき、伊庭の眉がぴくりと痙攣した。可笑しな事にこの部屋だけが観音開きの扉だった。ベテラン捜査官の直感が告げる。この部屋には〝何か〟あると。
     半分開いた扉の隙間から、はからずとも内部が姿を覗かせる。扉を挟んだ向こうの空間は、果てしなく続く黒。調べた部屋も同じく全て電気はついていかったのに、この部屋には何か空恐ろしさを感じた。
     観音開きの開いている方の翼板につま先を突っ掛け、もう一方の翼板に手を掛ける。

     伊庭は意を決して扉を引いた。



    「これは……」
  11. 22 : : 2016/04/03(日) 06:22:34



     21時40分。



    「伊庭特等、どうでしたか?」 階段を降りる伊庭に向かってぬけぬけと結果の報告を求めにくる部下。背後にはパトカーの隠蔽をすませた警官二人がいた。
    伊庭が言う。「収穫はあった」「本当ですか!」「ああ。色々と大漁だったが、掻い摘んで言うと冷蔵庫に人の肉がな」
     それを聞いた部下の顔が険しくなる
    「それではやはり」と部下の言葉が止まる。続きを伊庭が繋げた。
    「喰種だろうな」
     伊庭は部下の横に身体をずらし、部下の背で隠れていたうしろの警官二人に手まねきした。突然の呼び出しに胡乱気な表情を露わにしながらも、二人はすぐに馳せ参じた。「何用でしょう? 伊庭特等殿」と高身長で瓜実顔の警官が訊く。
    「聞いていたでしょうけど、伊達すみれが喰種だとほぼ確定した。あなた方も拳銃を所持しているでしょうが、喰種に通常の武器は通用しない」 そういって瓜実顔の警官の腰に飾られている拳銃を指す。「なので、これを渡しておきます」
    コートの内側に一度手を突っ込み、二丁の短銃を連れて手を出すと、それを二人に賜与した。
    「交戦する事になればこっちを」「……これは?」と疑問符を浮かべる瓜実顔。相方の老け顔パーマの警官も同様のようで、自身の拳銃と見比べている。
    「対喰種用の銃。特別な弾丸が使われていて、それなら喰種に効果はあります」クインケほどじゃないがね、と付け足す。
     警官二人はなるほどと感嘆し「お借りいたします」と一礼し懐にしまった。



    「おい、ちょっといいか?」
     伊庭は人差し指を前後に動かし、部下にこっちへ来いとジェスチャーをした。

    「何ですか伊庭特等?」
    「もう一度アパートに入るからお前もついて来い」
    「ええっ? ど、どうしてですか……」
    「ちょっとヤバいモンを見つけたんでな」
    「……わかりました……」
     意外だった。断られると思っていた伊庭は、予想の斜め上を行かれて調子が狂う。
     陥落するにしてももうすこし粘ると思ったのだ。「ずいぶんと潔いな」と思ったことを素直に言うと「いえ、壁に張り付いて抵抗しても無駄でしょうし……」ということらしい。
    真面目な雰囲気を感じ取ったのだろう、自分の我儘はまかり通らないと悟ってくれたようだ。伊庭は警官二人に「もう一度見てくる」とだけ言って階段を上がる。
     返事は聞いていないが、目の端に頷く姿が映っていたので問題はないだろう。
  12. 23 : : 2016/04/03(日) 06:52:30


    「え、この階段ふたり一緒に上るんですか? 危ないんじゃ」
    「いいから早く行くぞ」
    「わかりましたよ〜」


     108号室に到着する。もう一度来るつもりだったので鍵はかけていない。もたつくことなく伊庭がすんなり部屋に入ると、部下も割と堂々と伊庭に続いた。
    「うあぁ……」と呻き、外見とさして変わらないボロボロな室内に驚いていた。
     部屋内は男が夢見る女性特有の甘い香りではなく、鼻につく奇妙な臭いと、お香の匂いがしている。

    「まずこれをみてみろ」
     
     伊庭が沓脱ぎの右横に配置された靴棚を顎でさす。
     靴棚には何足か子供用の靴がしまわれていた。伊庭がここを出るときにちょうど気づいたものだ。流しには子供用の皿。
     あれは一つの可能性として伊達すみれが使用しているやもしれないと想定の範囲内に入れておいたが、靴はサイズが合わないため伊達すみれが使っているなんてことはありえなかった。
    つまり、『この部屋に子供が立ち入りしている』か、『伊達すみれが監禁している』のどちらかの線が確証に変わったのだ。

    「それと、お前も一応確認しておけ」

     冷蔵庫をあけ、肉をみせる。

    「うわわっ!?  ちょっ、やめたくださいよ! ……ゔッ」

     顔を青くし口を押さえしばし悶えた部下は、もう嫌だと奥の部屋に進んだ。
     重要な部屋はそこではない。伊庭は部下に注意し自分についてくるよう先導する。

    「ここは……?」

    部下は伊庭に連れられてきた、観音開きの扉に視線をぶつける。


    「ああ、そうだ。開けるぞ」

    「はい。ですけど、一体この部屋に何が……」
     部下の言葉を横断して、両の翼が左右に広がった。眼で見て、脳が蛍光灯の下に憚る室内を把握した刹那。部下は絶句する。
     同じく伊庭も最初は同じ反応をしたものだった。
     扉が観音開きというだけで部屋の造形は一般と何も変わらない、どこにでもある、何の変哲もない、ただのありふれた、けれどこの一室には、悲惨と悽惨の連鎖が凝縮された計り知れない怨念が膿のように溜まっていた。部屋の真ん中にあるテーブル、その上に乱雑に放置された醜怪な小道具。
     確かに部屋のなかを流離う何とも形容しがたい臭いに、部下は苦虫を噛み潰したような顔をした。

    「うっ……家に上がった時なにか変な臭いがすると思ったら、まさかこれが正体……?」

    「たぶんな。お香の匂いがしたのもこいつを紛らすための謀りだろ……」

     間を置いて、伊庭は言った。

    「十中八九、ここは拷問部屋だ」

    「ご、拷問部屋……?」
    「ああ。仮に拷問部屋じゃなかったとしても、ボロ雑巾みてぇに使い古された椅子、テーブルの上に置かれた怪しげな道具、部屋にこびりついた大量の血液。
    こんなものがある以上、この部屋で長きにわたる何かしらの惨劇が行われていたのは火を見るよりも明らかだ」

    「そうですね……」 部下は唾を飲み込んだ。震えながら目でそろりと部屋を眺めるている。「あの、伊庭さん!」 と急に伊庭の肩を叩く。「あん? どうした?」 振り向く伊庭に部下は 「これ、見てください!」と床を指差し、お宝でも見つけたように目を驚愕に見開いていた。
     うながされるまま伊庭は指の先を目で追った。何のことはない、ただの固まった血だった。これがどうしたと言うのだ。
     問い詰めるように視線を部下に戻す。
     部下はすかさず説明をした。

    「これ、たぶん他の血よりもずっと新しいやつですよ! 数時間くらい前のものじゃないでしょうか」

    「なに?」

     再度その血をみて、他の固まった血と交互に見比べる。言われてみれば、他の血が黒いのに対し、この血はまだ微かに鮮やかな紅色を保ったままだ。だが一つの疑問が湧いてくる。なぜ血が? 誰の? と思ったがそれは愚問であろう。数時間前だとすれば、この部屋にいるのは電話の少年か、伊達すみれに絞られる。
     もしこの血が伊達すみれのものだったなら、血液検査で「喰種」か「人間」か、分岐する。


    「鑑識は……いないな」

    「はい……近くにいるのは、外で待機している警官と我々だけです……」

    鑑識課がいなかった。血を調べ、Rc値が基準値を超えれば、強制的に勾留できるのだが。伊庭は腕時計を確認する。
  13. 24 : : 2016/04/03(日) 07:15:43


    「四十五分……」
     とそこで、伊庭は大事なことを思い出した。伊達すみれのバイトが始まる時間と終わる時間である。それを聞くためにさっきは降りてきたのだった。

    「おい、伊達すみれのバイト時間はわかるか?」
    「え? あ、はい。えっと、十九時から二十二時だったと」
    「十九時? 少年から警察に通報があったのは十九時(七時)前じゃなかったか?」

    「はい。十八時五十分ごろです」
    「……。」

     二十二時にバイトが終わるなら結局、血液を採取し鑑定している暇はない。というよりも、ぶっちゃけてしまえばRc値の判定がどうだろうとオマケでしかない。
     伊達すみれを拘束し、喰種ではなかったとしても、冷蔵庫から人肉が見つかっている以上、話を聞くのが筋だ。
     訴えられたりはしないだろう。
     伊庭はさっさと割り切り、次に進む。
     もたついている暇なはい。自分たちは伊達すみれが帰る前に、周辺で身を潜めて待機していなければいけないのだから。
     準備するまえに、伊庭は部下から聞いた時間から、頭を整理し少年の居場所を大雑把に推理する。

     通報時刻は十七時前の、十八時五十分。
    伊達すみれのシフトが入っているのは十九時。通報時の十八時五十分、伊達すみれと少年は公衆電話の場にいた。
     とてもバイト時間に間に合いそうにないが、伊達すみれにが家を留守にしていることから、バイトに出ているのだろう。
     ならば伊達すみれが働いている店は公衆電話の位置から、徒歩十分以内の場所にあると推測される。問題は、一緒にいるはずの少年。バイト先に子を連れて行くなどどう考えてもご法度。一旦アパートに戻り、置いてからバイトに出るのが普通だ。
     が、アパートに少年の姿はなかった。
     つまり自分の部屋以外の場所に少年を預けて、バイトに出た。
     少年を置いた場所もそう距離はないだろう。それがわかれば十分だ。
    伊達すみれの拘束後、少年の場所を吐かなかったとしても、自力で見つけ出すことは可能。

    「よし、俺たちはアパートの周辺で待機するぞ」
    「あっ、はい!」

     考えに耽っていた頭を引き戻し、伊庭が顔をあげる。
     部下に呼びかけ、拷問部屋から出ようしたところで……外から乾いた音響がした。

    「──なんだ? …………まさか、銃声……っ!」

    「え? ど、どういう──」

     虚を衝つかれはしたものの、伊庭は取り乱すことなく、颯と天穹に疾呼する針含みの哭慟が銃声だと思い至る。
     伊庭とは逆に、意想外のイベント開催で慌てふためく部下。一見情けなく見えるが、きちんと発砲の音だと理解しているだろう。だからこそ狼狽している。
     伊庭は部下の横を駆け抜けベランダへ直行する。窓の鍵を開け、網戸を乱暴に右へ叩きつけた。




     銃声轟く空の中。一羽の白鳩が月光を浴びた天下に羽ばたいた。
  14. 25 : : 2016/04/03(日) 07:30:17
    書き方を変えてみました。読みにくいかなぁ…うん、読みにくいな。次から戻そう…。

    ところでベートーヴェンの交響曲、第9だったかな? 日本では「歓びの歌」とか言われてますが……小さき頃、初めてあれを聴いたわたしは、とても恐怖を感じました……
  15. 26 : : 2016/04/13(水) 20:11:14




     急遽勃発した戦闘。その戦場に伊庭が駆けつけたときには後の祭りで、火急の問題はエンドロールに突入していた。
     アパートの正面にある四つの人影。
     二人は地面に伏せ、一人は卑しくほくそ笑み、もう一人は顔を蒼白に。
     月に雲がかかりよく見えないが、伊庭は(くずお)れている二人が警官だとわかった。
     横臥する老け顔の警官。彼のわずかにひらいた目蓋から、焦点の合わない空虚な瞳が見え隠れしている。瓜実顔の警官は伊庭が渡した特別銃を手に握ったまま仰向けにたおれ、背中と地面の間に黒い湖をつくっていた。半分だけひらいた唇から、唾液と混じって血が垂れ流れていて、白い前歯を紅く色付けしている。まるで何か言い残したことがあるかのように。
     伊庭は臍を噬んだ。
     待機させるべきじゃなかった、行動を共にするべきだった、と。爪が皮膚を破り、握った拳から熱い血が出てくる。
     どれだけ後悔しようとも、覆水盆に返らずというように過ぎてしまった時間は一時も戻ることはない。伊庭は、後悔よりも他にやらなければいけないことがあると自らを叱咤する。

    「クインケ展開しろ!」 かけ声とともに尾赫のクインケを展開する伊庭。玄関からむかってきた部下も一喝を耳にしてアタッシュケースからクインケを出した。
     二人かかって斬り込もうとした瞬間、艶やか美声が発せられた。
     それは笑い声だった。女の、艶艶しい笑い声。ひとしきり笑い、女が口を開く。

    「いいのかしら? この人まで攻撃しちゃっても」

    「なに……?」

     意味深なことをいう女に、伊庭は問いを返す。伊庭たちの遥か頭上で、月の光を遮っていた雲が徐々に横へ流れる。

    「お前は……」

     雲が女王の前からおさおさ隔離すると、月光は女の素顔と周囲を円満に照射した。
     伊庭たちのまえに映し出される、にやりと口角をつりあげた人物の正体。
     黒みを帯びた光沢のある流麗な茶髪を後ろで一括りに結わえ、白のタートルニットに黒のスキニーデニムを着た女性の姿が現前する。上着はサイズが小さいのか、バストラインが窮屈そうに浮き出てていて何とも婀娜な格好だった。
     常並みの男なら彼女自身の美貌とその豊満な胸に魅了され、鼻の下を伸ばして醜態をさらしていたのだろう。 ところが、姿容が赤裸々になったせいで煩悩は擺脱。伊庭と部下の顔は弛緩するのではなく、汗を滲ませ逆に強張っていた。それもそのはず。
     伊庭が部下から見せてもらった伊達すみれの顔写真と、目の前の女の顔貌が合致したからだ。警官二人を襲撃したのは、喰種の容疑がかけれている伊達すみれだった。

    「えっ⁉︎ 大家さんっ⁉︎」 と部下が叫んだ。アパートの家主が捕まっていたのだ。
     弓形に曲げた腕を首に回され、動きを封じられている。
     人質。
     六十代前半の老女が「助けてぇ」と呻く。枯れた声で助けを請う老女に憐憫の情が邪魔をして、攻撃の手が止まる。
     しかしどういうことだろう。
     疑問が沸騰する。伊達すみれはバイトに行っているはずではないのか。まだ22時をまわっていない。
     伊庭は考える。

    「(単純にこの日伊達すみれのバイトがいつもより早く終わっただけか?……月〜金のシフトが、全部同じだという保証はないし、大家さんだって詳細には知らないだろう……)」

    ──いや、おおいに違和感がある。
     銃声が鳴ってからの出来事を考えなおしてみれば、至極あたりまえな不審の念。
     都合が良すぎるというか、勝ちの決まったゲームをやっているような……。
     思考の奥に潜れば潜るほど、妙ちきりんな点が解決していく。
  16. 27 : : 2016/04/13(水) 20:27:53


    ──特等の伊庭と部下の喰種捜査官がいなくなった瞬間に、見計らったかのような襲撃。

    ──家主から聞いたバイト時間とのちぐはぐ。
    ただ、バイト時間の食い違いは問題の範疇ではない。真の問題は家主が伊達すみれのバイト時間を把握していたというところにある。家主は詳しくは知らないだろうと考えたが、詳しくではなく、そもそも知らないことが普通だろう。

    ──警官への攻撃。家の前に警察が張り込んでいたらそれは驚いても仕方のないことだが、喰種捜査官でもないのに話も聞かず、話もせずただ無鉄砲に攻撃するのは可笑しい。

    ──伊達すみれの落ち着きよう。仮に伊達すみれのバイトが早めに終わり、帰ってきていたとしても、伊庭たちが再度部屋の調査に行ってからだろう。
    その頃警官は〝外〟で見張りをしていて、伊庭と部下は家の〝中〟にいたのだ。略述すると、帰宅した伊達すみれは警官の姿を目視しても『喰種捜査官』の存在は知らないはずなのである。
    にもかかわらず、部屋から出てきた伊庭たちを前にしてこれだけ深沈な態度。

    まるで、喰種捜査官がいることを事前に知っていたかのようだ。

    そして最後に、どうしても『不自然』と言わざるを得ない点があった。
    それは……突然、人質として現れる家主。そもそもどこから出てきた?
    この難問が挙がった時点で、伊庭は家主を疑った。
    伊達すみれが家主を人質に取る意味がわからない。人質をとるなら、常識的に考えて警官の一人を生かして人質とするだろう。
    それをやらなかったのは──初めから人質を用意していたから。この説がピッタリくる。


    ごちゃごちゃになった頭の中を整頓し、伊庭は一つの結論を出した。


    「(……伊達すみれと家主は、グルか……!)」




    ***



    十九時十分。


    「店長っ、ごめんなさい……遅れました」

    はぁ、はぁ、と息を切らしながら店長と呼ばれる初老の男に豪快に頭を下げる女性。店長は優しく笑いながら 「数分だから大丈夫、大丈夫。ま、いちおう交代の時に謝っておきなよ」

    「はい……すみません、本当に」

    「だからいいってば、ははっ」

    伊達すみれは自分の住んでいるアパートからそう遠くない、小さなスーパーで働いていた。シフト交代の時間に遅刻した原因は、息子の悪戯に付き合っていたからである。
    公衆電話から連れ出して、カネキを【ムカデ園 】に送り届けるや、スーパーに疾走してきのだった。

    「さっ、反省してるんだったら早く着替えてきな」

    「はいっ!」

    元気よく、返事する。伊達すみれは二つの顔を持っていた。
    時と場合により使い分けることのできる仮面。カネキといる時の淑女を気取った素の自分と、普段らしからぬ言動を振舞う店での自分。
    天真爛漫……それが伊達すみれのもう一つの〝顔〟だった。
    陽気で、それでいてギャルっぽくもなく、おまけに美人。 いいヒトを装っていた方が、何かと都合がいい。
    男女関係なく、店の者達からはバイタリティーあふれる心良い娘という印象をいただいていた。

    「じゃ、今日も頑張ってね」
  17. 28 : : 2016/04/13(水) 20:44:24

    気の快い返事に満足したようで、ウンウンと頷き店長は気を利かせロッカールームを出て行った。
    見送り、伊達すみれはロゴ入りのポロシャツに着替えてエプロンを着けると、店内へつづくドアを開けた。
    食品が綺麗に置かれた棚を駆け抜け、時折客にお辞儀しながら足をレジへと運ぶ。


    「遅れてすみません。レジ、交代します」と前任者に声を鎮めて言う。

    「ううん、気にしないで伊達さん。じゃ、あとはお願いね」と前任者の女性は、店長らしく笑って入れ替わった。

    「大変お待たせしました。ポイントカードはお持ちでしょうか?」

    列に並んで交代を見守ってくれていた客ににこやかに言い、てきぱきと捌いていく。この時間帯、夕御飯の食材などを買いに来る主婦は多く、マダムDもとい伊達すみれには汲汲たる労働が課せられる。
    今日のバイトは閉店時間の二十四時まで、ざっと五時間。二十一時を過ぎると客足も遠のいてゆき、人でごった返しているこの暮方よりは大分楽になる。




    「ポイントカードはお持ちでしょうか?」

    「いえ、ないです。あっ、タバコいいですか? 」

    「はい。何番でしょう? 」

    「18番を二つ」

    「18番を二つですね〜」

    一時間半が経過しても、ひっきりなしに流れてくる客と延々、同じやりとりを交わす。客の右横にできた行列は一向に減る気配を見せない。
    半永久的に続くかのような会計業に臆することなく、伊達すみれはただ忠実に教わった通り客を捌いていた。
    というのも、客のことなど眼中になかったからである。客と話す時も、商品のバーコードを一個一個スキャナーに当てる時も。
    伊達すみれはずっと、ある事が気掛かりだった。
    カネキが、警察に通報したことである。立ち所に通話を切電したが、よくよく思い返せば〝公衆電話から〟警察と回線が連結した折に、危険はすでに芽生えていたのだ。
    ちらっとネットで調べ、伊達すみれは知った。世に蔓延る公衆電話にも一台一台きちんと電話番号が有り、警察は公衆電話の番号から発信地を特定できることを。
    そしてまさかもしも。
    ──警察が自分を嗅ぎまわっていたら──、──捜査官が家を訪問したら──と胸中で様々な懸念が醞醸し、伊達すみれを悩ませた。



    「すみれちゃーん、お客さん減ってきたから少し休憩していいよ」

    背後から店長の声がした。
    顰めっ面から一転、伊達すみれは〝いつもの〟 伊達すみれに戻る。
    店内を瞥見してみると、多勢いた客はいつの間にか鎮火していた。
    振り返り、ふわっと微笑む。

    「それじゃあ、お言葉に甘えて!」

    「うん。あ、でも、15分くらいで戻ってきてね?」

    「わかりましたっ♪」と上機嫌になって、バックヤードへと向かう。


    ロッカールームに帰還し、ベンチらしき長椅子に腰掛ける。ドッと疲れが取れ、腰が癒される。ずっと立ちっぱなしで疲弊した足を、脹脛を重点にほぐし快感を味わう。
    自分のロッカーから鞄を取り出して、持参したペットボトルの水を一口呷った。

    「ぷはっ……いま何時かしら」

    キャップをしめ、ペットボトルを太ももとの間に挟んだ。時間が気になり、鞄の中の携帯をあさる。伊達すみれの体感時間では2時間ほど。

    「八時、五十分……はぁ、まだ帰りは長いわね、ケンちゃんに会いたいわ」

    二十時五十分。多少の差異はあれど、果たして経過時間は二時間だった。
    バイト終了は二十四時で、残り三時間。先の長さに酷く落胆する。
    嘆いても時の流れが速くなるわけがないと分かっていても、「はぁ〜……」とため息をつく。鞄をロッカーに入れ、(気乗りではないが)レジに戻ろうとした直後だった。
    ロッカーがぷるぷると振動した。ブウウウーンという音も聞こえた。誰かからの着信だと察する。

    「大家さん……?」

    緩慢な動作でロッカーを開けて、携帯を取り出し、書けてきた人物にやや驚く。
    こんな時間に何の用だろうか?
    家主が電話してくる理由に見当がつかない。
    家賃だってちゃんと払っている。
    不思議に思いながらも、出ればわかるかと承諾ボタンを押した。
  18. 29 : : 2016/04/13(水) 21:01:33

    今日はここまでです。続きは明日投稿します。過去のお話も多分40以内に終わると思います。

    余談。
    昔から愛の反対は無関心って言いますけど、これって本当ですよね。
    本当にどうでもよかったり興味なかったら、関わらないのでしょう。

    つまり何を言いたいのかというと。
    伯母さんには愛されていなかったカネキくんだが、でもお母さんにはちゃんと愛されていた、……のか?
  19. 30 : : 2016/04/20(水) 18:35:56
    すみません、こちらの都合で投稿できませんでした。
    21時より投稿します。
  20. 31 : : 2016/04/20(水) 21:11:14



    「はい、もしもし? 」

    『伊達さんかいっ……⁉︎」

    電話越しに軟弱な声が弾んだ。疑いようもなく自分が貸りているアパートの家主だったが、いつもののそのそした喋りではないことから、切羽詰まっている様態だということが手に取るようにわかる。
    そして自分に電話をかけてきたということは、家主にも自分にも何か不都合のある問題だと解釈できた。
    さらに、その悪い問題も考え付く限りでは一つしかない。


    口内に溜まった固唾を呑んで、訊く。

    「はい、私です。……どうしましたか? 」

    『ど、どうしたもこうしたもないよ!』 家主は小声で憤った。戸惑い、もう一度訊く。
    「だから、どうしたんですか? ……きちんと言ってくれないと」
    『白鳩がウチに来たんだよ……っ!!』

    機先を制して家主が爆弾を投下する。
    予想していた通り王道を征く事態。
    身構えていたが、頭の中で思惟するのと現実で告げられるとではインパクトの桁が違った。
    伊達すみれは下唇を噛んだ。噛んだ下唇から、ツーと顎にかけて鮮血が枝垂れる。


    ───やはり……あの時点で、導火線に火が点いていたのだ。


    「喰種捜査官? どういうことですか? 」

    無論、それは聞くまでもなく伊達すみれが一番了知している。
    しかし自分の所為で捜査官が来たなど知れ、変に恨まれるのも遣る瀬無い。
    ここは何も知らない『いち喰種』を装っておくべきだと判断した。

    『どうもこうも、アンタのことを聴いてきたんだよ』

    「何ですって? ……まさか私のことを売ったりしていませんよね」

    『ま、まだ何も言ってないさ……』

    「まだ? それってどういう」

    『いま玄関で待ってもらってるんだよ……そんなことよりなんで捜査官が来てんだい。種がアンタだったら容赦しないよ』

    家主は憎たらしく殺意のこもった声で言った。ところが、伊達すみれは気にした様子を見せない。驚く余裕もなかった。
    今一度、家主との会話を振り返り愕然とする。
    ───どうもこうも、アンタのことを聴いてきたんだよ───
    家主は捜査官が自分のことを聴いてきたと言った。つまりそれは公衆電話の位置だけに飽き足らず、警察や捜査官は伊達すみれをも特定しているということだった。

    「どういうことですか……⁉︎」

    『はぇ……?』

    「さっき言ったことです、 なんで白鳩は私のことを!」

    伊達すみれは焦って捲し立てると、電話の向こうで家主の戸惑う声が聞こえた。
    やがて 『あぁ……』 と思い出したように訳を言った。
    『 同じアパートの住人から、怪しいことを聴いたって言ってたね……悲鳴がなんとかって』

    「同じアパートの住人? 」

    そのキーワードで絞り込めば、出てくる候補者は二人だけ。部屋を二つ隔てたお隣の老婆、一階中央に住まう男。
    老婆は耳も遠く、拷問部屋には防音設備が施してあるし、万が一にも秘密が流れることはない。
    ならば 情報(ひみつ)を漏洩させたのは、遮音など笑って跳ね除けられる存在の喰種で、度々文句を言いにドアを叩いていた中央の住居者であるのは必定。


    「っく……あの青二才……!」

    明らかに自分より年上の三十路だが、何とでも罵るしかなかった。
    馬耳東風と滅多矢鱈に追い返すのではなく、波風を立てず受け流すべきだったと悔恨する。
    捜査官が現段階でもう自分に目をつけているのだとしたら、今更家主が追加情報を提供しようと捜査官たちは家主から鍵を借り自分の部屋を調査するだろう。
    そうなれば伊達すみれは『重宝』を喪ってしまう。
    それだけは何としても阻止しなければならない。絶対に、奪われるわけにはいかなかった。
  21. 32 : : 2016/04/20(水) 21:23:21


    「大家さん……捜査官が訪れたのは私の責任です」

    『な……っ!?』

    「私に、協力してくれませんか?」

    伊達すみれは自分の目的遂行のため、家主と折衝することにした。
    この度し難い問題を有利に運ぶには、助太刀人が必要である。それも、自分の正体を知る存在かつ貧弱な外見が理想。
    家主は二つの条件をクリアしている。
    駒としてはこれ以上ない人材。

    『い、いやに決まってるだろ! 誰が進んで危地に立つか! あたしら喰種はひっそりと生きていかなきゃいけないんだよ! 』と当然のリアクションをする家主。

    「……、申し出を断ると? 」

    『あ、当たり前さね! 悪いけどあたしゃアンタを売らせてもらうよッ』

    伊達すみれは唇についた血を優美に舐めとる。美味しい。
    口元が半月を作る。顎に垂れた血を親指の腹で拭い、憫笑した。

    「いいんですか? そんなことをして」

    『な……どういう意味だい!』

    「私を売る、だなんて。フフッ……大家さん、自分の命に耽溺するよりもまず、考え直した方が良いのではないかしら?
    貴女が諜報活動を行うということは墓穴を掘るに等しい行為なんですよ」

    『…………はっ! グ、こ、この小娘がぁぁ……!!』



    如何に愚騃なる家主でも、秘密を告げ口することが藪蛇だと気づけたらしい。
    何故なら、伊達すみれが家主の命を繋ぎ止めているも同然だからである。
    伊達すみれが拘束されたとしても、捜査官に一言「大家さんは喰種です」と告げ返しさえすれば、妄信せずとも疑われはする。そうなればRc値の検査により正体が露顕し、明日は来ない。惚れ惚れする道連れが成立する。
    故に始めから選択肢は無く、家主が命を惜しむのなら伊達すみれに追従する他なかった。

    「さぁ、もう一度だけ お願い(めいれい)します。私に協力してくれますよね?」

    携帯のマイクへ、諭すように語りかける。
    耳にあてがったスピーカーから歯軋りの音に続き、舌打ち。
    家主は不承不承、首を縦に振った。

    「では、これから私の指示通りに動いてください」

    『……あぁ……』

    「まず、私の情報を売り払ってくれて構いません。ただし、嘘を加えて……ですが」

    『……どういう、ことだい?』



    捜査官が訪問した当時、家主はちょっと待っててと言って、捜査官を玄関前で待たせた。
    調べ物をしてくるように家の中に引っ込むと、捜査官が来たことをこうして伊達すみれに電話で密告したのだ。
    だが、待たせすぎると捜査官に疑われてしまう。
    早々に玄関へ行き、何かしらの情報を提供するべきだと伊達すみれは踏んだ。
    その差し出す情報が重要だった。

    「そのままの意味です。白鳩に危なくない程度に私の情報を示唆する。容姿や写真などの問いは正直に教えて結構です。
    ですが一つ、情報の中で嘘を伝えなければならないものがあります。それは、バイトの時間」

    『バイトの、時間?』

    「ええ。『私の居場所を把握しているか』と、それっぽいことを訊いてくると思います。これに関しては偽りなくバイトに行っていると答えていいです」

    『……わかったよ。それで……バイト時間のデタラメってのは?』

    そう。そこが肝なのである。
    伊達すみれの中で、宝を奪おうとする略奪者の殺害は決定事項であった。
    奪われる前に、奪う。自分とカネキを引き裂こうとする者は、早急に一掃しなければ。
  22. 33 : : 2016/04/20(水) 21:33:44


    「その前に、捜査官の人数はわかりますか?」

    『捜査官の他に警察がいるよ……。』

    「人数は? 」

    『詳しくは読み取れないけど、話し声とかからして、捜査官も警察も二人ずつだと思うね』

    「そうですか、四人以上いる。確かですね?」

    『ああ』

    「それがわかったのは儲け物ですよ」 と伊達すみれは余裕綽々の笑みを浮かべた。 「白鳩には私のバイト時間を十九時から二十二時と虚言してください」
    「十九時から二十二時? たったの三時間じゃないか、すぐにバレるんじゃないのかい……?」
    「特定の曜日だけ、普段より早く終わると捏造すればいいでしょう」

    「わかった……。」

    「それではお願いします…………あぁ、言い忘れたことが。鍵の拝借も願われると思うので、渡していいですからね」

    「わかってるよ……逆に渡さなかったら疑われるだろ」

    「そうですね。じゃあ私もすぐにそちらへ向かいますので、白鳩にはうまく対応してくださいね」

    「ああ」


    失礼します、といって二人は電話を切った。
    ちらっと時間を確かめる。二十一時十分。
    伊達すみれは店の服を脱ぎ、ロッカーからハンガーに掛かった私服を出す。
    着替えを終え、店に来た直後の服装にチェンジした。傍目には、これから帰りですと言わんばかりの風貌である。
    それも、あながち間違いではない。
    今日のバイトは早退になる。自分が抜ければ、人手が足りず店に支障をきたす恐れがあるが、後日謝るとしよう。
    店長に帰宅の交渉をするべくロッカールームを後にした。





    伊達すみれは焦った。ロッカールームから出たきり十分もの時間を無駄にしている。
    店長が見当たらない。
    バックヤードと店内を何度も往来してはふい、ふい、と小首をかしげ、また店内へバックヤードへ。
    苛立ちを隠せぬまま、従業員の先輩方に聞けば 「え? さっきまでそこをうろうろしてたよ。店長も伊達さん探してたみたいだけど」 と言っていた。
    行き違いになっているのかもしれない。
    ひとまずバックヤードに戻って、店長がとんぼ返りするまでじっと控えておこうと決めた。
    足早にバックヤードへと向かい店内とを繋ぐドアを押すと、たいした力で押していないのにドアは円滑に開いた。


    「あっ⁉︎ すみれちゃんっ⁉︎ 」

    「て、店長!」
  23. 34 : : 2016/04/20(水) 21:45:27

    ドアの向こうから飛び出てきた店長と運よく鉢合わせする。
    なめらかにドアが後退りしたメカニズムは、店長が内側から引いたことで力が合併したための相乗作用といえる。

    「どこ行ってたのかな⁉︎ 休憩は十五分までって忠告してたのに、もう三十分以上経ってるよ!」

    「すっ、すみません! 私も店長を探してたんですけど、その、入れ違いになっていたようです」

    「みたいだね……はぁ、それじゃ早くレジに……」

    「それについてですけど」

    ちょっとお話が、とおずおず持ちかける。

    「んぇ? どうしたんだい? 」

    「あの……ですね」

    「何かあるんならとっとと言っちゃいな。ほら、レジずっと任せちゃってるからさ」

    言い淀む彼女に、店長は催促する。
    伊達すみれの休憩がおわる十五分間、店長はほかの従業員ににレジを頼んでいた。約束の時間を盛大にオーバーしているというのに、これ以上待たせるわけにはいかない。
    伊達すみれもそれはわかっている。
    自分もこれ以上、過ぎていく時間を棒立ちで見てはいられない。

    「はい。迷惑を承知でお願いしますが、今日のところはこれで帰路につかせてもらっていいでしょうか?」 真剣な顔で、敢然と早退を冀望する。
    「放っておけない事情があるんだね?」と手重い雰囲気を気色取った店長が訳を求めた。
    首肯き、伊達すみれは包み隠さず吐露した ──匪、嘯いた。

    「実家の埼玉に住んでいる父から電話があって、母がたおれたって」

    「お母さんが……!」

    「はい……今病院に運ばれているみたいなんですけど、あまりいい状態じゃないらしくて……私心配で、だから一刻も早くそばに行ってあげたいんです!」

    ぺらぺらと口八丁に嘘八百を並べる。彼女に悪びれるようすは欠片もない。
    ある意味本音を混ぜているぶん、後ろめたさもなかった。
    迫真の演技にコロリと騙され、人がいい店長は作り話をすんなり聞き入れた。

    「 わかったよ。そういう事情なら今回は是認する。後のことは私たちに任せて、すみれちゃんはお母さんのところに行ってあげて」

    自分が騙されているとはつゆ知らず、店長は涙ぐんで早退を認可した。
    店長の目に映る伊達すみれは元気なバイトの女性ではなく、誠実に母親を心配をする親孝行な娘だった。
    まさか泣かれるとは思わなかったのか、伊達すみれは戸惑いつつ、何とか取り繕った笑みをもって切り上げる。

    「ありがとうございます、店長。先輩方に迷惑おかけしますが……」

    「大丈夫。私からよろしく言っておくよ」

    「助かります。それでは、失礼します」

    「うん、急ぎすぎて事故に遭わないようにね」

    「わかってます」






    二十一時三十一分、店を出発。
    夜道に揺らめく聖母の髪が、熱の冷めた微風に流されていた。
  24. 35 : : 2016/04/20(水) 21:46:40
    終了…。
    ではまた2日後か3日後にお会いしましょう
  25. 36 : : 2016/05/03(火) 22:56:53




    アパートの界隈に着到したのは、それから五分後のことである。店長を空言で欺いたのち、全速力で帰路を蹴飛ばした。
    伊達すみれはアパートに直行せず、少し離れた他所の宅に登り、屋根から目的地を見渡した。
    アパート前には二人の人影がある。
    捜査官特有の白服を着ていないことから警察官だと断定できる。
    計算に誤りなく、正義の味方様は動いてくれたようだ。
    あの場に居ない白鳩二人は家の中だろう。まさにお誂え向きの状況。
    この現象は偶然の産物ではない。起こるべくして起きた現状である。
    こうなるようにうまく取り計らってくれた家主を称賛したいものだ。
    といっても、礼なら今に伝えられる。
    伊達すみれは屋根からそっと降り、アパートの隣の家主の家へと闊歩する。

    「大家さん、いますか?」

    あえてチャイムは鳴らさず、控えめのノック。

    「……やっときたのかい」

    玄関のドアから仏頂面の家主が出てくる。

    「ええ、お別れを告げに」と微笑する。「のんびりはやっていられないので、手早く済ませますね。ご協力ありがとうございました」

    下心も悪意もなく、伊達すみれは軽く頭を下げる。だというのに家主は気持ち悪そうにそっぽを向いた。家主からしてみれば、自分をいいように操っていたくせに、と調子のいい話に唾を飛ばしてやりたいくらいだった。彼女の感謝の気持ちは本物なのだが。

    「一つ確認したいことがあるのですけど、捜査官に鍵は渡しましたか?」

    「ああ、渡したよ。今頃はアンタの部屋をあさってんだろう」

    「フフ、やっぱり思い通りに動いてくれましたね、白鳩は」

    「……なんの話だい? 」

    「いえいえ、こちらの話ですよ。それでは、私は自分の目的を遂げるとします」

    「……そうかい、せいぜい死なないよう努力するんだね」

    「えぇ、もちろん」


    伊達すみれは会釈して、家主に背を向けた。もう家主と顔をあわせることはない。
    捜査官と戦えば死ぬか生きるかだ。
    勝ったとしても別の捜査官が送り込まれ、自分はお尋ね者。
    心残りはない。家主とそれほど親交があるわけでもないのだし、 情が湧く何てこともだ。ただ、「悪い」と、罪悪は感じていた。ここで情けをかけてしまえばかえって仇になる。
    だけど、これくらいは言っておこう。


    「大家さん、あなたも逃げたほうが賢明だと思いますよ」


    背を向けたまま足は止めず、婉曲な言葉だけを投げ捨てる。
    家主は眉を八の字にして不機嫌な顔をした。

    「……ったく、アンタみたいなのに部屋を貸さなきゃよかったよ」

  26. 37 : : 2016/05/03(火) 22:58:57




    * * *




    心臓を鷲掴みにされた。ギュッと停止した心臓が激しく脈打つ。動悸がする。鼓動が激しい。
    アパートを囲む塀に身を隠す伊達すみれ。
    その眼に映る光景は、どこまでも彼女を苛んだ。月の明かりで伸びた三本の影。二人は警官で、一人は喰種捜査官。
    目下の問題は重大だ。
    場にいるのは『三人』である。
    これが何を意味するか……作戦失敗の予兆だった。
    想定していた未来図であり、想定していなかった図でもある。
    伊達すみれが設計した作戦とは、端的に言えば『捜査官と警官を分断させ、警官を襲う』だった。だというのに、目的遂行ちょくぜんで歯車が狂った。
    家主との電話のさいに伝えた、偽りのバイト時間。【二十二時】を設定したのには言うまでもなく意味があった。
    捜査官が情報収集として家主の家に押しかけたのが、かれこれ【二十一時前後】。
    そして家主が伊達すみれの指示に従いバイトの終始時間をたれこむ。その後、捜査官たちが情報収集に費やした時間が十数分相当として、すべての収集が完了した頃には時計の針が【二十一時十五分】を告げていただろう。
    家主からきいたアルバイト時間により、捜査官たちは葛藤する。
    彼らは伊達すみれに容疑をかけていたにしても、喰種か人間かまでは曖昧だったはずだ。唯一の情報は『子供の悲鳴が聞こえた』というものだけなのだから。
    大まかにいって、伊達すみれの帰宅まで一時間はある。
    微妙に取り残された一時間の猶予。
    この一時間が、家を探るか、探らないかをめぐる葛藤をつくった。
    そして、ただ黙って待つより、彼らは証拠を得る道を選んだのだ。
    何が起こるか分からない以上、全員で捜査・潜入は不可能。喰種系に関しては〔CCG〕の領分、よって 待機チーム(警官) 捜査チーム(喰種捜査官)に分断される。
    ──ここまでは、彼らを股掌の上で玩んでいた。構築した計画図が塗り替えられる原因となったのは、捜査官と警官の数を細密に智見できていなかったこと。
    伊達すみれの主目的は家に戻り宝を護ることにあるが、捜査官たちの命を摘むことも重大であった。しかし一概に『殺す』といっても、伊達すみれは自分が捜査官と警官の『四人』を手玉に取れるほどの 強者(つわもの)でないことは自覚している。じゃあどうすればいいのか。それは、相手の正義を利用することだ。
    捜査官と警官が分断し、外に残るは警官『二人』のみになる。捜査官ならまだしも、警官二人までなら勝算はあった。そこから捜査官を殺す案も。
    警官の一人を殺し、一人を生け捕りにして人質にする。さすれば正義を掲げる喰種捜査官は下手に手出しができず、伊達すみれの捜査官殺害は容易となる。けれど、こうしてつまずいているように、そうならなかった。
    作戦を完璧に成功させるには、捜査官と警官が合わせて『四人以下』であり、外で待機している警官が『二人以下』でなければならない。
    実際はどうだ。待機人が三人──あまつさえ喰種捜査官一人に、警官二人である。
    つまり、彼らは『四人以上』いる……。
    家主との電話では『四人以上』と聞いていたが、伊達すみれは『以上』を聞き流し『四人』だと脳内で変換してしまっていた。
    失態、とはいえない。伊達すみれはハナっから成功法しか視野に入れていないのだ。弱い伊達すみれが宝を護り、かつ捜査官たちを殺せる方法は先述の策だけ。
  27. 38 : : 2016/05/03(火) 23:01:16


    「………ふ〜……」



    やけに穏やかな息継ぎは、虚脱状態のあらわれだった。
    諦めたのだ、重宝……カネキ ケンを。
    警察官と一緒に固まっている喰種捜査官。貧弱そうな見た目だが、常に周りを警戒している。突っ込もうものなら返り討ちだろう。
    一か八か、本気でやれば可能性はある。かもしれない。

    「……。」

    考える。考える。考える。考える。考える。

    熟慮を重ね、 「……さようなら、ケンちゃん……。」

    マダムは後ろ髪を引かれる思いで踵を返した。
    カネキ ケンは死んでいったどの子供達よりもお気に入りの子供だった。
    そう断言できる。実の息子のように愛しくおもい、溺愛していた。かといって、自分の命を賭してまでは助けてやれない。
    伊達すみれの一番がカネキケンでも、最高のお気に入りは自分だ。
    誰だって自分が大切だ、命が惜しい。
    自分の命にはかえられない。なにものにも。
    伊達すみれは理解している。この世界の掟を、不条理を。間違った世界で生きながらえるには『捨てる覚悟』が重要なのだ。
    代わりなら、いずれ見つかる。カネキケン以上の者が、きっと。
    未練たらしい自分に言い聞かせ、伊達すみれはかぶりを振った。


    「……!」

    途端、伊達すみれは足を止めた。

    聞こえる。

    足音が。それも階段を降りる音だ。
    伊達すみれは部屋を捜査していた捜査官が戻ってきたのだと決定付ける。
    だが不可解な点がある、足音が一つだけだということだ。
    数人の内一人が戻ってきたのか……だとすると捜査はまだ終わっていない?
    伊達すみれは踵に踵を返し、塀と一体化すると耳を澄まさせた。
    気づかれる恐れもあるので、顔は出さない。


    『伊庭特等、どうでしたか?』と部下の喰種捜査官が声をかける。

    『収穫はあった』と階段から降りてきた人物が言う。
    『本当ですか!』
    『冷蔵庫に人の肉がな』
    『それではやはり……』
    『喰種だろうな』

    今度は今の2人とは別の声がきこえた。

    『なんでしょう? 伊庭特等殿』

    呼ばれたのは警官の一人。

    『聞いていたでしょうけど、伊達すみれが喰種だとほぼ確定した。あなた方も拳銃を所持しているでしょうが、喰種に通常の武器は通用しない』

    がさがさと衣擦れの音がする。

    『なので、これを渡しておきます』
    『これは?』
    『対喰種用の銃です。特別な弾丸が使われていて、それなら喰種に効果はあります』
    『なるほど、謹んでお借りいたします』


    それから、伊庭と呼ばれる『特等捜査官』は部下を引き連れて再び部屋に這入っていった。


    塀に隠れる伊達すみれは、声を押し殺して「ククッ……フフフフッ」と一人で爆笑する。

    「前言撤回ね……まっててケンちゃん、すぐ迎えに行くから」


    捜査官たちの会話を端から端まで耳に入れ、合点がいった。
    傾いていた計画の主柱が持ち直す。
    階段から降りてきた男、伊庭特等といったか。最初は聞き間違いかと思ったがそんなことはなかった。
    『伊庭藤重』。喰種連中で知らない者はいない有名人。階級は喰種捜査官の最高位にら席を置いている特等捜査官。
    尾赫の名手として有名で、数々の喰種を葬ってきた。その名声は尚も世を飛び交っている。
  28. 39 : : 2016/05/03(火) 23:05:13


    そんな彼がなぜこんなところに。
    担当区が21区なのは存じていたが、まさか自分が狙われるとは夢にも思わなかった。
    正直、一も二もなく逃げ出したいものの、この好機を逃しすわけにもいかない。
    話を盗み聞いておおかた把握できた。
    幸か不幸か、伊達すみれの脳内計画図は塗り潰されていなかったのである。
    捜査官たちの人数が『五人以上』これは誤解だった。おそらくあの四人は即席で集まったパーティ。
    いや、即席とは何か違うが、パッととりあえずで結成された組だろう。
    さっき、一人での捜査はあり得ないと勘繰った自分を否定する。
    伊庭は一人で捜査をおこなったのだ。
    百戦錬磨の特等捜査官なら一人での捜査も頷ける。
    そうしなければならない理由も想像できた。
    捜査官も警官も二人だけなら、部屋の捜査に回ると警官から捜査官が離れることになる。
    そうなったら最後、捜査官が家の中にいる時に伊達すみれが帰って来れば、喰種と戦い慣れていない警官はあっという間に殺害されてしまう。
    じゃあ『3:1』でなく捜査官一人と警官一人のペアを取り替え『2:2』にすれば伊庭を一人で行かせなくて済むのではないか。
    伊達すみれはこのようにならなかった理由を『戦力問題』だと考察した。
    確かに『伊庭と警官1』、『部下と警官2』でペアを組ませれば丸く収まりそうだが、捜査官側は伊達すみれの戦闘力を知らない。
    Sレート以上ということも考えれた。
    Aレート以上の喰種なら部下と警官の二人だけでは荷が重い。
    それを勘定に入れた上で、伊庭は一人での捜査を選んだ。
    ちょうど伊庭が部屋に入っている最中に伊達すみれが帰還したため、彼女は四人以上居ると勘違いしたのだった。
    と、単独捜査の経緯がわかったところでなんの意味もなさない。
    伊達すみれが勝つには警官の二人ぼっちが必須。
    先ほど伊庭が戻ってきて三人から四人に増え、状況は依然、悪化しただけである。
    と思ったのも束の間、伊庭は部下を連れてまた部屋に蜻蛉返りした。
    よっほど凄惨なモノ、拷問部屋を目撃したのだろう。安易に部下を引き連れる軽率な行動に嘲笑する。
    こちらにとっては僥倖な頓馬 (エサ) 。遠慮なく喰わせてもらう。
    もしかしたらすぐに出て来る恐れがあるので、伊庭たちが部屋入ってから少し待つ。
    やはり罠でも何でもなかった。安全は保障された。あとは自分次第だ。


    ──落ち着いて。呼吸は静かに。気配を消して。

    警官だからといって甘くみてはいけない。相手は対喰種用の銃を授かっている。
    どちらかの警官を生け捕にするためには、殺さないよう力の調整がいる。
    けれど、力を惜しめば殺られる。


    だから──


    「(殺す気でやるッ)」


    殺せば大凶、生かせば大吉の大博打。


    飛び出す。
  29. 40 : : 2016/05/03(火) 23:10:06


    肩を突き破ってでてきた紫紺の(はね)が燃え盛る炎のように猛然と猛り、翅の腹部分に集中している斑点がギュルギュルと渦巻く。
    たちまちの内に殷賑を極めた紫紺の翅は、此れから死にゆく二名を殺意で刺突する。
    うかびあがる苦悶の表情。
    瞬間、瓜実顔の若い警官から銃口が向けられた。ヴァァン! と異なる銃声が鏡写しに啖呵をきった。
    やにわに消える雑音。両者の、鈍重なる一挙手一投足。警官が咄嗟に発砲したはずの銃弾は、奇跡的に自分を捉えていた。
    親指大のQバレットがゆっくり近づいてくる。
    その三倍の型を誇る自分のアメジストも、ゆっくりとあちらへ近づいている。
    しかも、双方の弾丸の軌道線はほぼ同一に視える。
    互いの急所を狙っている弾同士が衝突すれすれで交差した。至近距離ですれ違った影響で空気が波動し、軌道が逸らされる。
    伊達すみれの右頬に赤い線が奔る。
    しかし赫子の弾丸はその大きさが功を奏したのか、急所が完全に逸れることはなく、瓜実顔の首を掻っ切った。
    血潮を噴き出しながら、瓜実顔の警官が斃れる。

    「貴様、よくも……ッ!!」

    同僚をやられ、若干、歳不相応の顔立ちをしたもう一人の警官が、義憤にかられるまま銃を差し向けた。その手は震えている。未知の怪物にたいする不信、同僚が死んだ不安、巡ってくる自分の番。
    一絡げに、恐怖が召喚した震え。

    構えられた銃に対抗するように、伊達すみれは赫子の進行方向を警官へ。
    射つ箇所は手脚。極力胴体を避け、動作活動を壊死させる魂胆だ。

    先手を取った者が勝つ。いち早く赫子を発射させる態勢をとると、先を急いだのは銃声であった。
    先手を取られたというより、後手を取らされ、逆手にとれられた。
    伊達すみれと警官はまたしても同時に射った。聴こえた銃声は何処からだったか、 明瞭(はっき)り云えるのは、弾丸が自分のへそのあたりから出てきたことだけだ。
    前から飛んできた弾丸が後ろから飛んでくるという超常現象が起こるはずもなく、だとすると、考えられるのは後ろから飛んできたということになる。
    見れば、仰向けで腕を上げた瓜実顔の警官がいる。右手には銃を。

    「わ……悪足掻きを……ッ」

    息の根を止めようと赫子を振りかぶった。はいごから小さな殺気がする。
    サッと振り向くと、老け顔警官の指が銃の引き金を握っていた。射線は自分の額と接吻している。
    いまにでも、死を引きそうで──ふざけるな。私はまだ、死ねない。ケンちゃんに会わないと……やめろ、待て──。


    「づアアアあぁ!」

    「え……? 」

    卒爾に老け顔の警官が悲鳴をあげた。
    彼の腹部から深紅のミミズが、縦横無尽に蠕動している。にちゅにちゅと不快な音を立てるたびに、先端に付着した血が滑り落ち、青黒い警官服を黒く汚す。
    ぞんざいにミミズが穴へと引っ込み体内から這い出ると、警官は吐血し前のめりに崩れた。
    伊達すみれは、勝手に死んだ警官をただ唖然と見つめる。


    「ぁ……な、たは……っ」

    そう掠れ声をもらしたのは、瓜実顔の警官だ。次いで伊達すみれも驚愕する。
    自分の窮地を救った人物が意外すぎて、半開きになった口が塞がらない。
    己が傀儡とし、用がすめばその命をお払い箱にした──家主。

    「大家さん……」

    「勘違いすんじゃないよ。ただの気まぐれさ」

    「ありがとう、ございます……」

    命を見捨てた相手に、命を救われる。我ながら珍妙な役回りだと思う。
    だが、作戦に支障がでてしまった。
    警官を両方とも殺しては人質がとれない。老け顔の警官は死に、瓜実顔の警官も、息はあれど時期に死ぬ。
    こと命の救出に関しては頭が上がらないが、これでは本末転倒というもの。

    「……いいえ、カードはまだ残っているわ」

    首の皮一枚、繋がっている。


    「大家さん」

    呼びかけに、家主は伊達すみれをジロリと見上げ、深く息をつく。


    「一つ、お芝居に興じていただけませんか?」




    閑話休題。
  30. 41 : : 2016/05/03(火) 23:16:59


    40以内に終わるといったな。あれは(ry
    まぁ、45、いや7以内には終わる…
    というか遅くなってすみません。修正とかしたり、あとはまぁ色々です。
    >>37のところとか読みやすく心がけましたが、あれが限界のようです。
    たぶん、読んでいる方は「? ?」とこんがらがると思われますが、「アーウン、ナルホド、ウンウン」となんとなくの理解でいいですヨ。

    ゴールデンウイークということで、筆速度が上がりますように。アーメン
  31. 42 : : 2016/05/27(金) 20:46:44
    おそくなりました。しばらくぶりです。
    伊庭視点に戻ります。>>27から繋がってます。

    どぞ
  32. 43 : : 2016/05/27(金) 20:58:33



    ***



    すったもんだの果ての果て、伊庭は伊達すみれと家主が共犯関係にあることを悟った。それはいいのだが、伊庭としてはまだ見過ごせない疑問があった。

    「(どうにも腑に落ちない……。)」

    家主との共謀うんぬんではなく、伊達すみれの出現自体がだ。
    それが怪訝なのである。
    常識的に考えて、捜査官が張り込んでいるというのに、ふつう家まで戻ってくるだろうか。 どう考えてもデメリットしかなく、愚行そのものだ。
    家に戻らず逃走すれば、一時的だがほぼ確実に逃げられたであろうに。
    結果的に人質を取る方策で難を逃れいる(つもり)が、虎の尾を踏んでまで敢行する訳柄があったのだろうか。



    「さぁ、そのおぞましい武器は没収よ」

    伊達すみれという喰種はひどく用心深いようで、クインケを含む、危険因子となり得る武器の呈出を命令してきた。
    はいそうですか、と潔く明け渡せるわけもなく、伊庭はひそかに臨戦態勢をとる。


    「(動くべきか? ……だが伊達すみれとの間合いは距離がある。奴が切れ者なら余裕でいなされる)」

    できれば一撃で仕留めたい。初撃が避けられれば、人質を捨て駒に逃走もある。


    「(となると〝あいつ〟に縋るしかないが……連絡が来てないってことは位置の確保に手間取ってるようだな。……仕方ない、こっちでなんとか頑張るしかねぇか)」

    伊庭は部下にアイコンタクトを送るも、意味がわかっていない様子だったので断念。
    逃さず攻撃をヒットさせるには、隙をつくらせる必要がある。

    「聞こえなかったのかしら? はやく武器をよこしなさい!」

    自分の命令に何も答えず沈黙を守る伊庭に、痺れを切らして恐喝する。

    やれやれ、と伊庭は返事をした。「その前に、一ついいか? 」

    伊達すみれの有無をまたずして、伊庭は言葉を先駆させた。


    言葉による均衡の破壊。一声。それだけで、(パニック)はおとずれる。



    「──大家さん、あんた喰種だろう? 」

    ピシッと二人が凍りついた。


    確信めいたふうに言ったのがアタリだった。ただ正鵠を突くだけではだめだ。「あんた喰種か?」と疑問部分を大きくすれば、相手は伊庭に確信がないと信じ、臨機応変に処置をとってしまう。
    だが、このように訊けば勘づかれていると危懼し、まっさきに焦りが顔を出す。

    「な……っ!」

    「ばっ……っ⁉︎」

    「え? 」

    不測の事態に、我知らず恐慌の()を嘔吐する家主。
    ヘマをやった家主に胸中で毒づく伊達すみれ。
    一人おいてけぼりを喰らう部下。


    一難去ってまた一難。止んだ小戦闘は再生され、戦いの火蓋は落とされた。
  33. 44 : : 2016/05/27(金) 21:12:54



    部下を尻目に、駿足をとばし伊達すみれに肉薄する。伊達すみれは紙一重で家主共々うしろに跳び、接近を未然に防いだ。
    伊庭の横薙ぎは空を裂き、あろうことか反撃を受ける。

    「……っ!」


    羽赫の攻撃を華麗に弾きながら、着々と詰め寄る。攻撃可能な範囲まで、あと三歩。伊庭にとってこの程度の赫子、過去の猛者にくらべれば度合いが違った。
    回避と前進をそつなくこなし、伊達すみれの領土に侵攻した。

    「くっ……!?」

    「終わりだ!」

    下段から打ち上げられた諸刃が彼女を葬る────……はずだった。
    伊達すみれの腕に捕まっていた家主がついと躍り出、身代わりに〝同胞〟の剣難を受けた。




    「ゔぁぶっ……あん、た……な、にを……!?」


    「……⁉︎」

    家主の懐疑的な痛哭は、故意で伊達すみれの前に打って出たのではないことを雄弁に物語っていた。


    「……ごめんなさいね」

    腕を突き出した状態で、歪んだ口から感情の篭っていない謝罪をする。


    「せいぜい、自分(わたし)の命のために踏ん張ってください?」


    「く、そおおおおおおおおおお!!!」

    冷たく切り捨てると、血と憤怒を流す家主に目もくれず、彼女は自分の部屋へと駆け出した。


    「待っ、……」

    伊庭は制止しようとして、途中でやめた。


    「伊庭特等! なぜ追わないんです⁉︎ 」

    「……追うのは得策じゃない。 伊達すみれの行動はどう見ても不可解だろうが」

    弱っている家主にトドメをさし、伊庭はぽつりと訳を言う。
    部下の疑念はもっともだ。老弱な家主は捨て置いて伊達すみれを追うべきだっただろう。しかし、伊達すみれの奇行がそうさせなかった。


    「不可解、ですか?」

    「あぁ、考えてもみろ。伊達すみれはどこに逃走した?」

    「……自分の、部屋……?」

    「そうだ……なぜ、伊達すみれは真っ直ぐ逃走せずに部屋に入った? 」

    「ベランダから逃げる……はないですよね」

    「ったりめーだ。考えられる可能性としては秘密の抜け道が有力だろうが、このアパートにあるとも思えないし、造れるとも思えない。よしんばあるとしても、罠か何か仕掛けてあるのは自明だな」


    「……なるほど……さすがです」

    「けどな、これは可能性が低い。最有力候補は別にある」

    「え?」

    「この戦いの要因ってのはなんだか分かるか?」

    「……警察に子供から電話が……って、え、まさか」


    「伊達すみれの部屋を捜索した際、通報者であり喰種被害者の少年の姿は見つからなかった。だが伊達すみれが部屋に向かった時点で、半ば確信した。見落としがあったかもしれないってな。そして予想が正しければ、伊達すみれは少年を人質として扱うかもしれん」

    「⁉︎ ま、まずいですよ!! それって大家さんとは違って本当の人質ってことじゃないですか! そんなことされたら次こそ手を出せませんよッ!」


    その通りだ。家主は喰種だったからいいものを、少年は明らかに人間である。
    人質となってしまったらもう八方塞がり。
    ……けれど伊庭とて喰種捜査官の、特等捜査官の端くれ。いざとなれば、腹をくくる所存である。


    「……ん?」


    ザザ……ザザザ……ザザ……



    ポケットに沈む無線機から、マイクに息を吹きかけたような煩わしい音が聞こえる。耳障りな 無線機(トランシーバー)は、小声で向こうの声を通訳した。





    『位置取り完了しました』
  34. 45 : : 2016/05/27(金) 21:29:46





    ***



    伊達すみれは、狭い廊下をドタバタと壁にぶつかりながら激走していた。


    ──ケンちゃん……っ ケンちゃん……っ


    ──生きましょう。ケンちゃん! 私たちが明日も笑って愛し合うために──。


    出てきて、さぁ、あの猛禽どもに目にものをみせてやるのよ──……



    「ケンちゃん」



    蝶番の軋む音がする。
    拷問部屋の左隅っこ、四角い型のついた床を開放する。縦横60㎝ほどの隠し扉の奥は真っ暗で、下に渡る綱の梯子が吊るされている。
    じわじわと奥底からよじ登ってきたムカデを踏み潰して、薄汚い空間に降り立つ。
    そういえば、這い上がろうとしたムカデが一匹だけだった。前回はうじゃうじゃいたのだが……珍しいこともあるのねと特に気することもなく、伊達すみれは灯りをつけた。


    「ケンちゃん……?」


    お仕置きとして閉じ込めた、このムカデ園。
    いつもなら部屋の隅で萎縮している我が子は、どういうわけか中心にのっそりと立っいる。そればかりか、投入した大量のムカデはカネキを取り囲む形で、膨らみのない紙の如く、平らに形を変えていた。


    「ケンちゃん、む、ムカデさんたちがぺちゃんこじゃない……あなたがやったの?」


    うんともすんとも言わない。
    顎を上げ、天井を見上げる虚ろな瞳は、遥か青天井を見据えているようで、神秘的だった。

    「っ……そう、答えたくないのね。ならいいわ。と、とにかくついてきてちょうだい!」

    カネキの腕を引き地上へ連れ出そうとする。
    いつもの抵抗は無い。まるで人形みたいで、ひどく彼女を当惑させた。

    死んでいるのではないか? でも、心臓は動いている。ムカデは噛まないように口一帯を大雑把に封じているのだ、毒にやられアナフィラキシーショックを起こしたわけではないだろう。現に身体に異常は見当たらない、それは確かだ。



    ──いいえ、細かいことはあと。とにかくケンちゃんを人質代わりにして、白鳩から逃げることが大切よ……っ!


    「大人しくしていてね、ケンちゃん。あなたはただ黙っていればいいの。それで、私たちはいつもどおりよ。これまでと全く一緒ってわけにはいかないけれど、大丈夫。住む環境が変わっても私はケンちゃんを愛しているわ。あなたもそうでしょう? なるべく不自由はさせないし、愛でて(拷問して)あげる。ちゃんと……シアワセしてあげるわ。うん、いい子ね」




    カネキの額に唇を重ね、優しく抱きしめた。





    ***




    「そうか。タイミングはお前に任せる」


    伊庭は無線機越しに自分たちが置かれている状況を仔細に話し、これからの指示を出した。

    『了解』と幼さの残る声が恭順の意を唱える。

    「プレッシャーをかけるようで悪いが、全部お前にかかってる。頼んだぞ」

    『はい』


    細かな会議に段落をつけ、伊庭は無線機の通信を切った。

    「伊庭特等、電話の相手って……」と部下が尋ねる。

    「電話って、お前な……まぁいい。連絡はお前が思ってる奴だ」

    「やっと場所を見つけたんですね!」

    「らしいな、時間はかかったが」


    早々にポイントを抑えていれば、勝ち戦は絶対となっていただろう。
    過ぎたことをねちねち垂れる伊庭ではない。取捨選択し、無用の愚痴は払い除ける。
    伊達すみれが人質をもちいた場合、戦捷は確固たるものとなる。
    それほどまで、伊庭の知っている〝彼〟に『失敗』の文字は当て嵌まらない。
    彼は冠絶した人材だ。喰種捜査官に誰よりも適している。天賦の才といってもいい。
    彼と伊庭は誇張しても長い付き合いとは言えないが、彼を一目見た瞬間、音なく燃ゆるアウラで、伊庭は次元が違うと実感させられた。
    業腹ながら、天晴れだった。


    「出てきませんね、彼女……やっぱり逃げたんじゃ……?」

    不安そうにぶつくさ駄弁る部下。

    「そんな気配はない」


    自分たちに残された手段は末尾まで見守ることだけだ。
    黙々と待ち続け、伊達すみれが登場したなら。残った切り札を悟られぬよう努力する。



    「ケハイって……なんでそんなのわかるん──」


    「──見ろ」


    「へ?」

    その時はきた。開け放たれた扉の中。ゆったりと緩慢な動きで、小弱な魔女は純白の生け贄を連れて。



    「賽の目が出たぞ」

  35. 46 : : 2016/05/27(金) 21:36:58
    とまぁ、ちゃっかりトドメ刺されちゃった大家さんでした。

    今日はここまで。

    日曜日、投稿あると思います。信じる信じないは……あなた次第。
  36. 47 : : 2016/06/02(木) 21:03:03





    「最後通告よ。武器を差し出し、私を見逃しなさい。 そちらが要求を飲めばこの子を解放してあげる」


    アパートの二階で伊庭と部下を見下ろす伊達すみれが抑揚のない、しかし非常に通る声でいった。
    果然、伊達すみれは新たな人質を工面し駆け引きにでたのだ。
    伊庭は慎重に言葉を選ぶ。ゴクリと隣で唾を飲み込む音がする。
    戦況は佳境、ここがすべての分岐点。


    「……先にその子を離してくれねぇか? 」

    武器を渡せと伊達すみれはいった。
    先に武器を渡す、その命令には従えない。
    もしも自分たちがクインケを手放してしまったら、いくら底辺喰種とはいえ勝算は消し飛ぶ。
    さらに武器を手放したあと、素直に人質を解放するとも思えないからだ。

    伊庭側にはまだ伏兵が潜んでいる。
    そう考えればクインケを渡してもいいと思えるが、それができないのは、至極残念なことに、伏兵の攻撃が100パーセント当たるほしょうが全くのところ存在しないからである。
    無論、伊庭は彼を信じているし、その能力も一人の喰種捜査官として一目置いていた。



    だが、魚だって溺れるのだ。


    突発は突として発するから突発という。


    万一攻撃をはずして、逆上した伊達すみれが少年を殺せば伊庭たちを縛る枷は無くなり、結果的に勝利する。

    そして、〝敗北〟する。



    「戯けたことを。却下よ」


    「そうはいってもな……こちとらお前を信用できねぇんだよ。武器をやった途端、その子を連れてトンズラこくかもしれないだろ?」

    「──立場をわきまえなさいッ!!」

    ヒステリックに、伊達すみれが叫ぶ。

    「……!」

    伊庭は体を強張らせ、部下はびくっと肩を跳ねさせる。


    「いい? 今、この瞬間、この場での権力者 (ルール)は私よ! 私が女王で、あなたたちは奴隷! 逆らえるはずないでしょう、奴隷は奴隷らしく私の命令にただ(こうべ)をたれていればいいの! それができないと言うのなら、舌を噛み切って死になさい……!」


    傲岸不遜。
    横暴だ、と反駁できればよかった……。
    伊達すみれの言分は妥当である。
    伊庭たちに拒否権はない。



    「4秒あげる。その間に武器を差し出さなかったら、わかるわよね? 数えるわよ……4」



    「……っ」


    「3」


    「い、伊庭特等……っ」


    「2」


    伊達すみれが無情にカウントを続け、伊庭の答えを待っている中、部下も心配そうに伊庭を見て、彼の下す判断を待っていた。


    「1」

    1を、やや強調して言った。


    「……渡せ」と伊庭は聞こえないように舌打ちし、部下にクインケの呈出を促した。


    伊達すみれがニヒルな笑みこぼす。


    「階段の下に投げなさい」


    言う通りに、二人はクインケを地面に滑らせて階段の方に置いた。
    もうクインケは取れない。争奪戦をしても、この距離では先に取られしまう。


    「さあ、お望み通りくれてやったぞ。約束通り、その子を離してもらおうか」


    「まだよ」

    「なに……?」


    少年を連れ二階から降りた伊達すみれは、恐る恐るクインケを拾い、心底恐ろしそうに身震いする。
    そして、赫子を出した。
    それをクインケに叩きつけるが、火力が足りないのか傷をつけるだけで破壊はできなかった。
    眉間に皺を寄せ忌々しげにクインケを持つと、伊達すみれも伊庭も届かない、遥か後方に放り投げた。


    「壊せなかったのは癪だけど、まあいいわ。あなたたちに武器がないことに変わりはないのだしね」



    さて、と。伊達すみれは次の行動の枕詞を綴る。



    もう怖いものはないと言わんばかりに、少年ともども足先を伊庭たちに転向する。


    「お二人とも、死んでもらえるかしら? 」
  37. 48 : : 2016/06/02(木) 21:15:05



    ──やはりそうか。

    伊庭の表情が翳る。
    なんというか、予定調和というか、挙句そこに収束してしまうのか。


    「テメェ、ハナっからそのつもりだったな……!」

    「当然」

    伊達すみれはけろっと首肯する。



    勝てるだろうか。徒手空拳で、喰種に。
    護身術、柔術など、素手での体術は並以上に身につけているにしろ、伊庭は黒巌ほどの超人ではない。
    力くらべではまず負ける。
    勝利を収めるには首をへし折るかだ。


    「!……(いや待て……武器はある……、)」


    徒手空拳は早計であった。
    武器なら、警官に預けた〔CCG〕の銃がある。
    幸い、彼らは伊庭の数メートル後方で臥しており、争奪の軍配は伊庭に上がる。
    伊庭と部下が部屋の調査をしていたとき聞こえた銃声は、2〜3回。
    銃を預けた直後の装填数は5発だったはずだ。であれば、もうしぶんなく残弾はある。


    「まさかとは思うけれど……ポリスの銃をとって戦おうだなんて、考えてないわよね? あなたがその場から動いた瞬間、この子の首が飛ぶわよ」


    「……おいおい……じゃあどうしろってんだ? このまま大人しく殺されろってか」

    「ええ、そうよ。諦めなさい」


    即答する。伊達すみれは羽赫を飛ばし、警官が握っている二丁の拳銃を破壊した。


    「どう満足? これで文字通り裸ね」


    赫子をひろげ、伊庭と部下へ。
    距離は10メートル弱。常に警戒をおこたらず、伊達すみれリーチをかける。


    「せめてもの情けとして
    辞世の句でもきいてあげようかしら?」



    「……」



    崖っぷちに立たされているというのに、伊庭の頭は冴えていた。冴えわたっていた。
    諦観とは違う。焦りはある。緊張もある。
    それなのに、やすらぎを感じる。
    伊庭自身も変だと思った。
    クインケも、特別銃もなくなった。
    肉弾戦という手段はある。勝率も五分。だが、動けば若い芽が摘まれる。
    なのに落ち着いているのは、さっぱり赤手となり、放心しているからかもしれない。

    (いな)

    放心などではない。委ねているのだ。
    伊庭と部下にできることは、犠牲を払って対象を駆逐する苦肉の策だけ。
    しかし、今なお遠くから機を伺っている彼なら、この局面を打開し丸くおさめることが可能だ。


    「(手は尽くした。……あとは頼んだぜ……)」


    そもそも──『あぁ、プレッシャーをかけるようで悪いが、お前にかかってる。頼んだぞ』

    『はい』──あの時からすでに、自分たちの命はあずけてあるのだった。


    大船に乗った気で福音を待とう。


    信じよう──


    〔CCG〕の麒麟児を。



    「辞世の句? 言い残すことなんざ、なにもねぇよ」


    伊庭の断言に、部下もぶんぶんと首を縦に振った。


    「……そう………」


    伊達すみれはつまらなそう呟く。
    広げた翼から、アメジストが身を乗り出した。


    「さようなら」





    刹那的で、まさに突発的だった。




    何百、何千年と溜まった憎悪の堆積のように赫く、恋慕のように朱く、愛慕のように紅い、真っ赤な灼熱の薔薇が咲いた。
    薔薇は弾け、やがて鮮紅の時雨が憂いをつれてやってくる。



    伊庭と部下は揃って口を開け立ちすくんでいた。


    どさっと、重い物が地面に墜ちる。


    伊庭たちを殺す一歩手前だった、伊達すみれだ。左胸から左肩にかけて、抉れたようにぱっくりと空洞ができていた。


    「ッ、け、ケ……け……ちゃ……ん」


    まだ息があるのか、伊達すみれは血みどろ口をもごもごと動かす。
    その途切れた言葉は、案山子となっている少年──カネキに向けられていた。
    血腥い手をカネキに伸ばす。
    その手を取るでもなく、カネキは無機質な瞳でずっと伊達すみれを見つめていた。
    生命を繋ぐ鼓動が止まっても。
  38. 49 : : 2016/06/02(木) 21:19:02



    ふぅ……《次回、最終回(?)》《更新日、日曜(日曜なかったらおそらく水曜)》
  39. 50 : : 2016/06/07(火) 06:40:42



    月輪に抱かれる春月が麗しい。




    荒廃したアパートから南西へ1300m。
    虚飾の街に屹立するビル群。
    中でも異彩を放つ巨大なビルディングの頂で、彼は泰然自若として夜景を俯瞰していた。
    今宵は風が強く、一歩間違えれば真っ逆さまに落下して即死である。にもかかわらず、彼の表情には何も無い。
    春月を囲む月輪の下、紺碧の空と同色の髪が燦然と輝く。

    威容の高層ビルには目もくれず、星々は魅入るように彼を神々しく照らしていた。
    ──敵影を肉眼で確認。
    暗視機能付きの双眼鏡で、街の奥の闃寂とした街衢を目視し、 標的(ターゲット)を捕捉する。
    子供と一緒に並ぶ白い服を着た女性が的。今回、彼の担当は白兵戦ではなく狙撃手だった。狙撃を担うのは初めてである。
    上司、伊庭曰く。 『自分にかかっている』のだと。
    敵との距離は約1kmと300m。
    つまり4265.092フィート(1300m)からの狙撃ということになる。
    撃てる回数は一回きり。失敗は許されない。寸毫の揺るぎはあるが、失敗の文字は浮かばなかった。
    彼は腹這いになり、双眼鏡から狙撃銃のスコープに切り替えた。右手を二脚に支えられた黒の銃身に滑らせる。冷厳な金属は穂先を敵に向けたまま、素気無い。
    この銃は〔CCG〕から特別貸与されたもので、性能は一般的なスナイパーライフルを優に凌駕する。
    弾薬は7.62mmQバレット弾を使用する。


    依然、スコープの中の標的に動きはない。標的は赫子を構えた状態で、伊庭と何事か話している。
    蓋し、益体もない取引でもしているのだろう。
    彼は頤をひき、右手人差し指をトリガーガードに沿えた。
    タイミングは自分に丸投げされている。
    いつ撃とうが自由だ。
    照準線 (レティクル)の十字を動かす。視野が狭すぎてピントが全く合わない。林立するビル群のせいである。
    都合のいい狙撃位置獲得に手間取ったのは、これらが邪魔をしたからだった。
    どのポイントも、遮蔽物が銃弾の通過地点の前に居座っていたのだ。
    転々と移動を繰り返し、ようやく見つけた〝しがらみのないトンネル〟が、この高層ビルであった。
    ただし、難易度は計り知れなかった。
    弾丸が敵の心臓まで届く一本の射線はあるが、それは針の穴に糸を通すよりも難関を極める試練なのである。
    弾丸が射線を通る際、密接する建築物の間を通過する。
    その隙間は僅か7cmあまり。
    少しでも擦過すれば弾の軌道は大きくずれ、ゲームオーバー。

    が、それはあくまで常識の通ずる範囲の問題に過ぎない。
    レティクルが敵を捉える。
    ──横風が強い。照準を右に一クリック修正。
    スコープの側面についたネジを回しながら、口の中で呟く。
    微調整をすませ、彼は流れるようにボルトハンドルを引く。金属音とともに薬莢が排出され、からんっと顔下に落ちた。
    トリガーを引くのはまだ時期尚早。
    虎視眈々と時節を待つ。
    ……レティクル内の標的が口を閉じた。
    赫子が動いている。
    ここが正念場。ひと呼吸おき、彼はトリガーに沿えた指に力を込めた。


    風向き良し。
    水音がする。
    源泉は風。
    せせらぎ。
    血の、せせらぎ。


    深沈たる面持ちで、若き死神は刻々と彼女の残り少ない寿命を算出し、 余命宣告(カウントダウン)を告げる。






    漆。 陸。 伍。 肆。 参。 弐。 壱。






    「零」



    鉄琴を打ったような音がして、花火の音がした。
    掉尾を飾る必滅の弾丸が、赫子の発砲を置き去りに、轟音を伴って火を噴いた。
    舞う火の粉。波濤するアトモスフィア。
    歪みと鳴動が随処に浸透する。



    天翔る輪転の死。




    虚空に芽吹いた弾丸が刹那を貫き、一弾指の間に────咎人を終焉へと誘う。
  40. 51 : : 2016/06/12(日) 14:50:24



    滅茶苦茶な、麗人の骸。流れ出る血は真新しく、飛び散った肉片は紅の下にピンク色がちろっとのぞいていた。
    正確無比に胸から侵入した弾丸は、なかで散々跳ね回ってから外に抜けたようである。証拠に穿たれた心臓部は綯い交ぜになっている。なんとも、顔をそむけたくなる醜穢な様だった。
    となりの部下が顔を半分引きつらせ、「う、うわ、凄いドンピシャですね」と云っている。

    「ああ……狙撃の経験はないとかいってたが、熟練のスナイパーの腕にしか見えん」

    「伊庭特等、伊達すみれと大家さんの死骸の処理、僕たちだけでは難しいですから、増援をお願いしたほうがよくないですか?」

    「そうだな。悪いが支部に連絡頼めるか? 」

    「ええ。特等は……」

    「俺は……あの子を、な」


    伊達すみれの糜爛した肉体を見つめる、抜け殻のような少年に近ずいていく。
    返り血を浴び、透明感のある白髪はところどころ赤く色付いている。
    異質な髪と空白の相貌。少年はもう、少年ではなくなっているのだろう。
    伊庭はすり切ったカネキを引き寄せ、深く謝罪する。

    「遅くなってすまない、今の今まで、君を助けてあげられなかった。だがもう安心だ……君は、人並みの生活に戻れる……」

    涙を堪え、伊庭は地獄からの解放を伝えた。光を失った目は焦点が合わず、少年は伊庭も伊達すみれも、この世界すらも見えていない。
    それが悲しくて、伊庭はカネキを強く、強く抱きしめた。
    久々だったのだろう。
    人の温もりを感じたのは。
    カネキの体がピクリと反応し、伊庭の背中に腕をまわした。


    「…………あん……しん……」


    「そうだ! もう、大丈夫だ。だから帰ろう」


    「あん、しん……かえる…………あんしん、……」



    一筋の光が、カネキの頬をつたった。




    ***



    Cレート喰種【キッドナイパー】。
    本名、伊達(すみれ)


    四月XX日X曜日。 午後6時47分20秒
    警視庁本部に喰種系通報。
    本部から〔CCG〕本部に要請が流れる。
    対象は21区におり、〔CCG〕本部から21区支部に要請がかかる。
    その命を受けた伊庭特等らが現場に急行。
    ◯◯◯◯巡査部長らと合同で捜査を開始。
    分担捜査の最中、◯◯◯巡査部長らがキッドナイパーに襲撃をうける。二名ともに殉職。その後、伊庭とその部下が交戦するも、人質を取られ戦闘不能。
    が、伏兵の狙撃によりこれを駆逐。
    キッドナイパーに拐かされた少年も無事救出。しかし、これまでキッドナイパーの被害にあった数々の子供達は見つからず、おそらく死亡したものと思われる。
    救出した少年は約一年前に誘拐され、それから長きにわたる拷問を受けていたと、傷だらけの体が語っている。
    救出後、身元が判明するまで、〔CCG〕の管轄する保護施設に預けられた。
    調べにより、身元が判明。名を 金木研(かねきけん)という。
    医師によれば、金木研は体以外に、脳に損害をうけていたようだ。
    記憶の欠落。俗に言う記憶喪失に近いもので、記憶喪失とは紙一重で異なる。
    《解離性障害》、いや《解離性健忘》といったほうが正しい。
    精神疾患の分類の一つで、耐えることが不可能なレベルの肉体的・精神的ストレスやダメージを受けた時に、自分自身を守ろうとする防衛本能がはたらき、記憶を抹消してしまうと考えられている。
    もしくは断片的に記憶の障害が生ずるとも。例えば、3日前のことはおぼえていても、2日前や4日前の記憶がなかったり。
    その記憶がない期間は自分ではなく、もう一人の自分、いわば別の人格が出てきて行動していることが多いとされ、多重人格に類似している。
    金木研の場合、おぼえている記憶はいっさいなく、綺麗さっぱり維新していた。
    乖離しているのか、記憶だけがなくなったのかが現状不明なのだ。
    とりあえず一週間、母親のもとで様子をみてみたが、記憶以外に異常はみられなかった。
    医師が治療のすすめたが母親は断った。
    生活に支障をきたさないのなら、つらい記憶を思い出させなくないとのことだった。

  41. 52 : : 2016/06/12(日) 14:51:24




    ∬ ∬ ∬


    侘しい室内には、大量の机と椅子と、数人の少年少女がいた。 おとなしめのその子たちは熱心に勉強をしたり、絵を描いたりと彼らなりに昼休みの時間を過ごしていた。
    教室の最奥、いちばん後ろの窓側の席に、少年は座っている。絹のような白髪を持つ少年はその空間に溶け込めておらず、窓外の騒音をBGMに本を読んでいた。
    世は若者の活字離れが激しい時代、奇特なおこないである。


    「……なに?」

    本から目線を変え、手前の席に座る金髪の少年に、何か用かと目で問いかける。
    金髪の少年はくるりと体を白髪の少年へ向け、無遠慮に視線を送っていた。


    「なに読んでんだ ⁉︎」と話しかけてくる。白髪の少年はクラスメートの名前をほとんど知らず、どうしようと困っていた。
    とりあえず、無言で表紙にかかれたタイトルをみせる。エクトール・マロの作品で、『家なき子』という本だ。

    「おもしろい!?」

    「うん……」

    金髪の少年はやたらとテンションが高く、物静かな白髪の少年はすごすごと圧倒されていた。引いているといったほうが適切かもしれない。

    「お前さー、いっつも一人でコソコソ本読んでるよな!」


    「……本、好きだから……悪い?」

    孤立していることを揶揄されたみたいで、白髪の少年はすこし棘のある言い方をする。金髪の少年は気にしていないようだった。

    「お前友達いないだんだろ!?」

    「……まず、どからどこまでが友達なのか……その定義を教え」

    「あーっ! あーっ! もういいもういい。それ、友達がいない奴の言うセリフだろ!」

    「……それで、わざわざバカにしにきたの?」

    「そうじゃなくて……俺こっち引っ越してきたばっかだから、友達がまだいないんだ! だからさ、俺と友達になってくんない?」

    「ともだち……?」

    「よし決まりー!」

    「えっ……ちょっと」


    「あ、そういや名前まだ教えてなかったよな! 俺、永近英良な!」

    「えっと……ぼくは……金木、研」

    「よろしくな、かねき!」


    「よろしく……?」

    「さっ!本なんか置いといて外で遊ぼうぜ!」

    「え、う、うん……」



    金髪の少年は、白髪の少年を引っ張って走り出す。



    金木研と永近英良が初めて邂逅した瞬間だった。

  42. 53 : : 2016/06/12(日) 14:56:49
    過去篇、終了。よくやった、俺!

    それにしても52ですか。誰だ47以内に終わるとか言ったやつ?


    ……おのれシュナイゼルッ!


  43. 54 : : 2016/06/12(日) 17:24:21
    次スレに移ります。スレ立てたらしらせますので、《次の記事》をクリック!
  44. 56 : : 2016/06/21(火) 18:27:12
    たてました!

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1025

バカナス

@1025

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