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密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの慈愛』
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- 1 : 2015/04/20(月) 13:00:49 :
- 密めき隠れる恋の翼たち~『エルヴィン・スミス暗殺計画』
(http://www.ssnote.net/archives/2247)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスとの1週間』
(http://www.ssnote.net/archives/4960)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの苦悩』
(http://www.ssnote.net/archives/6022)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの審判』
(http://www.ssnote.net/archives/7972)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの否応』
(http://www.ssnote.net/archives/10210)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの溜飲』
(http://www.ssnote.net/archives/11948)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの流転』
(http://www.ssnote.net/archives/14678)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの渇望』
(http://www.ssnote.net/archives/16657)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの血涙』
(http://www.ssnote.net/archives/18334)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの証明』
(http://www.ssnote.net/archives/19889)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの慕情』
(http://www.ssnote.net/archives/21842)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの天命』
(http://www.ssnote.net/archives/23673)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの微睡』
(http://www.ssnote.net/archives/25857)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの再陣』
(http://www.ssnote.net/archives/27154)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの謀反』
(http://www.ssnote.net/archives/29066)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの杞憂』
(http://www.ssnote.net/archives/30692)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの勇敢』
(http://www.ssnote.net/archives/31646)
密めき隠れる恋の翼たち~『番外編・エルヴィン・スミスの挽回』
(http://www.ssnote.net/archives/32962)
★巨人に右腕を喰われたエルヴィンと
最愛のミケを失うが、エルヴィンに仕えることになった
隠密のイブキとの新たなる関係の続編。
『進撃の巨人』の最新話に私の想像(妄想)を書き足した
オリジナルストーリー(短編)です。
オリジナル・キャラクター
*イブキ
かつてイヴと名乗りエルヴィンの命を狙っていた隠密の調査兵 。
生前のミケ・ザカリアスと深く愛し合っていた。
ミカサ・アッカーマンの年の近い叔母。
※SSnoteのルールに則り感想等を書いていただくグループコミュニティを作りました。
お手数ですが、コメントがございましたら、こちらまで
お願いします⇒http://www.ssnote.net/groups/542/archives/2
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- 2 : 2015/04/20(月) 13:03:18 :
- 調査兵団団長のエルヴィン・スミスは腹心の同兵団兵士長、リヴァイを伴いオルブド区の住宅街を歩いていた。
道すがら、ロッド・レイスが変貌を遂げた炎を放つ、とてつもない大きさの巨人に対する作戦の要点だけを涼しい顔で話すエルヴィンに対してリヴァイは眉根を寄せ、冷めた眼差しを返した。
それは、エルヴィンが相変わらずの博打的な作戦を練ろうとする、ということだけでなく、彼にとって手放せない存在となり、隠密から調査兵に生まれ変わったイブキと少し前まで抱き合っていたはずが、それさえなかったようにいつもの冷静で淡々とした団長に戻っていたからだ。その切り替えの早さにリヴァイは半ば呆れ、不愉快さを現す視線を投げていた。
通りを縫ったリヴァイの視線の先には彼らの部下が待つ駐屯兵団の倉庫のドアがあった。
リヴァイ班の面々は上官二人の登場で、天井から吊るされたランプの灯かりの下、緊張で引きつらせる頬が浮かび上がる。
「遅れてすまない――」
久方ぶりのエルヴィンを交える作戦により、若きリヴァイ班には更なる緊張感が駆け巡る。
皆は作戦会議のため、積み重ねた物資が入る木箱の上で、図面を広げ、各々の意見を交換していた。この作戦の参謀である団長が来たことにより、それまで中心となり、意見を述べていたアルミン・アルレルトはエルヴィンに求められ、ペンを手渡した。
真剣な眼差しを浮かべ、アルミンがすでに描いていた巨人化したロッドに向かいペンを走らせる。
本来は右利きであったはずの団長が握る左手のペンが、巨人の顔を器用に付け足し、特に大きな口が強調され描かれた。
真向かいに立ったリヴァイが腕組みをしながらペン先を睨みつける。道すがら聞いていた内容を重ね、口火を切った。
「――つまり、あの巨人を倒すには、口の中に火薬をぶちこんで、あわよくば、うなじごと吹っ飛ばそうってことか?」
「そうだ…」
当たり前で、これまでの作戦と同様に淡々と返事をするエルヴィンをリヴァイは冷徹に返す。
眼差しは、淡くて柔らかなランプのオレンジの光とは馴染まないように冷たい。かつての部下が死んでいく様が脳裏を過ぎって、それを目の色に現さないつもりでいても、彼の瞳の奥はより冷めて強くなっていく。
「確かにあの高熱なら、起爆装置がなくても勝手に燃えて爆発するだろう……
巨人が都合よく口をアホみてぇに開けといてくれればな……」
「そうだ…うなじの表面で爆発しても、効果は望めない…。
必ず内側から爆発させなければならない。
目標は自重がゆえか、顔を大地で削りながら、進んでいる。
つまり『開く口』すらないかもしれない…それが、今回の賭けだ――」
エルヴィンの強い語尾を聞いて、最重要な作戦だけでなく、あるかどうかもわからない、巨人の口に火薬を放り込むという賭けに挑むのは巨人化したエレン・イェーガーだと若きリヴァイ班はすぐさま気づく。
エレン自身もそれを実感して、目を大きく見開いた。その目には驚きだけでなく、半ば焦りの色も滲ませた。
それは自分自身が人類の希望で切り札でいいのか、という迷いである――。
だが、傍らのリヴァイはいつもの冷めた眼差しは変らない。目の前の団長も中央憲兵からの尋問に耐え、傷を負ってもその姿勢は変らない。
エレンの揺れ動く決意はこの二人の前では払拭されつつあった。
「じゃ…この無謀な作戦にヒストリアは参加せず、イブキが引き続き警護…ってことか」
「そうなるな」
この場でリヴァイからイブキの名前を出されても、エルヴィンはペンを動かしたままで、引き続き作戦の詳細を皆に説明する。その伏し目がちな瞳は冷淡で、特に尋問で受けた傷が残る左目にさえ痛々しさは感じさせなかった。
少し前までにイブキの前で見せていた男の本能と弱さは心の奥底に沈め、団長としての責任感を前面に出し、皆と接していた。
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- 3 : 2015/04/20(月) 13:04:43 :
- とはいえ、巨人化したロッドに壁上固定砲の砲弾が撃ち込まれる最中、調査兵団の兵士たちがその効果を壁上で確認していると、エルヴィンは無意識にイブキの傍らに立っていた。
特に若きリヴァイ班の面々はその動きを敏感に察知し、緊張しながらも落ち着きがなくなり、エルヴィンとイブキを見やって、目を瞬かせる。
上官であるエルヴィンとイブキがキスしていたと、ヒストリア・レイスがうっかり話してしまい、その想像が巡っての動きだった。
咄嗟の異変に気づいたのはやはり、リヴァイで舌打ちが響かされた。
「おい…おまえら…この脅威を目の前して、しかも高けぇ壁上の頂に立っていながら緊張感がまるでねぇな…」
リヴァイの低く冷めた声が皆の気を引き締め、改めて目標である巨人に視線を移した。だが、リヴァイだけは別の目標に視線を投げる。
「団長、おまえのせいか…?」
エルヴィンはリヴァイの冷めた声にも意に介さず、砲撃を受け、白煙に包まれる巨人を眺めていた。
「さぁ、どうだ…地上の固定砲はさらに効果が薄いようだ」
「当たり前だ…壁上からの射角にしたって大してうなじに当たってねぇじゃねぇか…」
リヴァイはこれまでの調査兵団としての経験を踏まえ、この北側に属する駐屯兵団の兵力について不満をエルヴィンにぶつける。エルヴィンはそれが最大の戦力であると淡々と応えてもリヴァイの刺す様な視線は団長に投げ続けられた。
「何せ、今回も俺ら調査兵団の作戦は博打しかねぇからな…おまえの思いつくのはすべてそれだ…」
リヴァイの憎まれ口にようやくエルヴィンは彼の方向に視線を送った。傍らで耳を傾けるイブキは棘のある口ぶりに頬を引きつらせていたが、エルヴィンは淡々とした表情を保ち、あえて何も言わないことが二人の関係を良好に築いているのかと感じていた。
「エルヴィン! 持ってきたよー!!」
エルヴィンとリヴァイの間に澱む冷めた空気を乱したの調査兵団分隊長のハンジ・ゾエの賑やかな声である。
ハンジの直属の部下であるモブリット・バーナーと共にエルヴィンが探すよう頼んだ物資を運んできていた。
「ハンジ、モブリットさん! こんなにたくさん…! 私にも手伝わせて!」
イブキはトロッコで運ばれた多くの樽を見やって、モブリットが広げたネットの上に運び、列を作って並べる。
イブキの姪であるミカサ・アッカーマンはハンジから習い、巨人に挑む武器を作り始め、手早く、さらに軽々と樽を担ぐ。
「ミカサ…! すごい…力持ちだね」
「えっ、このぐらい、普通でしょ…?」
「普通…ね…」
樽の中身はすでに火薬が詰め込まれていて、尚且つ重たいはずだが、それを厭わずミカサは素早く作業を進める。イブキはミカサに関心しても、同じように担がず、樽の淵を転がすようにハンジの指示に従って、広げられたネットに並べていった。
「――3段まで積み上げよう」
ハンジに指示を自然に従い、淡々と身体を動かすミカサを見やるエレンは、突如、幼い頃の忘れがたい記憶に苛まれる。それは母親が巨人に喰わる直前で、死を迎えようとしていた瞬間だった。
傍らのヒストリアはこの困難な状況下で誰よりも一緒にいるはずだが、短い間にも関わらず彼女の成長は著しい。
エレンはミカサと経験した地獄を思い返しても自身は何も成長していない気がし、突として自分の顔に拳を振り上げ殴りつける。
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- 4 : 2015/04/20(月) 13:05:08 :
- 「ちょっと、エレン!?」
自分を殴りつけるエレンに驚き、ミカサは彼の元にすぐさま近づいて、腕を掴む。イブキはアルミンも含め幼馴染3人が集まる様子を眺め、そばに近づこうとしても、その動きを止めた。
伏し目がちで、落ち着きなく狼狽するエレンを宥めるミカサとアルミンに少しだけ口端を上げて再び眺めていた。
「心を許せる友達って…いいな」
イブキの友達といえばかつての暗殺仲間で、共に辛い修行に励んできた。だが、その仲間たちは自ら手に掛けてしまった。ミカサの代わりに3段目の樽を置いて自分の手のひらを見つめ、血の痕はすでになくても、かつての仲間の顔が浮かび、ごめん、と弱々しくつぶやいた。
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- 5 : 2015/04/20(月) 13:07:18 :
- 「君の考えは理解したが…戦闘の参加は許可できない」
「団長どうか…!」
低く通るエルヴィンの声にイブキが顔を上げると、そこには熱心に身振り手振りを交え、戦闘に参加したいと、団長を説得するヒストリアが立っていた。
ヒストリアの成長に驚いているのはエレンだけではなく、エルヴィンをはじめこの壁上にいる彼女を知る皆だとイブキは感じる。エレンの嘆きに一瞥をくれ、目を細めヒストリアを眺めた。
(ヒストリア…あなたは…本当に変った――)
イブキは両手をぎゅっと握り、前だけを見つめようと改めて決意し、作業を再開しようとしたときだった。
「まぁ…もっとも、私のこの体では君を止めることはできないだろうがな……」
エルヴィンはヒストリアの気持ちを理解し、左手で失った右腕を摩る。参戦させることの諦めではないが、彼女の熱意に折れるように体の動きで、自分の返事を示したようだった。
「わがままを言って、申し訳ありません…それから、わがままついでにもうひとつ…!」
強く光っていたヒストリアの目の奥が少しだけ柔らかくなり、エルヴィンを眺めていた視線はイブキに移った。
「イブキさんの私の警護という任務…私が巨人に挑んでいる間、団長の警護をお願いできますか?」
「えっ…!」
エルヴィンは予想さえしないことを突きつけられ、面食らう。
摩っていた左手をゆっくりと下ろし、またイブキは自分の名前を出されたことで、作業を中断し、エルヴィンとヒストリアのそばに近づいた。
「イブキさん、やっと会えた大切な人と、この先もずっと会えるとは限らないんだよ!
だからこの壁上にいる間でも、愛し合う二人は一緒にいるべきだよ!」
熱のこもったヒストリアの声にイブキは唖然と息を吞みこんだ。ヒストリアは団長の前で敬礼し、前線の戦闘配置に向って踵を返す。
「お二人はとてもお似合いですよ…!」
肩越しに見せる横顔は、はにかんでいた。直後、ヒストリアは姿勢を正して、配置を見つめる強い眼差しは父親との初めての親子喧嘩に挑む決意の固さの現われでもある。
「『愛し合う』って…」
イブキはヒストリアに言われたことに少しだけ狼狽し、唇はかすかに引きつらせる。エルヴィンは表情を変えず、自分の持ち場に戻ることにした。
「成長したヒストリアには参るな…」
硬いエルヴィンの声にイブキは頷く。腕の通っていない右腕の袖がなびくジャケットの後姿にヒストリアの言うとおり、壁上で、更にはかつてない巨人の脅威にイブキはエルヴィンの警護が必要だと思い始める。
「ハンジ、悪いけど…私はエルヴィンのそばに――」
「あ、うん…どうぞ、どうぞ! 最初からそのつもりだったし」
「…えっ!」
「いいから! ミカサたちもいるし、さぁ、行った、行った!」
ハンジはおどけながら、イブキの提案を普通のことと受け入れ、負傷していない左手をひらひらと動かし、エルヴィンのそばに行くよう指示を出した。
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- 6 : 2015/04/20(月) 13:08:34 :
- イブキはハンジの顔を見やって戸惑うも、すぐさまエルヴィンの背中を追いかけ、彼の傍らに立った。
「エルヴィン…私がついている」
「そうか…だが、いざというときは、君は君自身を守るんだ、イブキ」
「うん…だけど、多くの命を死に追いやった私たちは…簡単に死なせてはもらえないかもね」
冗談とも本気とも取れるイブキの言うことにエルヴィンは表情を変えず聞いていて、視線の下には巨人化したロッドが壁の直前に迫っていた。イブキが傍らにいても、キスしたときに見せた本音を封じ、険しい表情を崩さない。
駐屯兵団が巨人に砲撃し続け、空高く立ち上って、辺りを覆っていた煙だったが突として、強風にあおられ壁の内側に押し込まれるように漂ってきた。風向きが変り始めている。巨人のうなじを狙い、集中攻撃を浴びせたつもりが、反対に煙に弄ばれてしまった。駐屯兵団の活躍もむなしく、すべての砲弾は弱点を外し、巨人の背中に多くの穴を開けるだけで終わってしまった――。
「遅かったか…」
警戒の色をその目に宿し、エルヴィンは目標である巨人がいるであろう白煙を眺めていると、壁よりも高い巨人の大きな手がゆっくりと伸び始め、まるで欄干に手を添えるように壁上を握った。高熱を帯びる大きな手に逃げ惑う駐屯兵団を構うことなく、続いて両手を使って壁上を握り締め、まるでいきり立つように巨人は全身を晒す。体中から炎を噴射し、その内側に押し込められた巨大な五臓六腑をオルブド区の住人たちに見せ付けるようだった。
巨人を目の当たりにした住民たちに駐屯兵団は避難を促す。
壁上の兵士たちも砲撃を中止し、指揮を執っていた隊長が退避するよう大声を張り上げていた。
大慌ててで、退避しつつ兵士としては高年でベテランの隊長が壁上を駈けていると、巨人が握っていた壁上がひび割れを起こし、今にも崩れ落ちそうな不吉なきしむ音を立てていることに気づいた。
「俺の育った街が……終わりだ……」
自分の故郷が今にも崩れ去れそうな衝撃は大きく、駈けていた脚の動きを思いがけず止めていた。
その地点は調査兵団が待機していた場所でもある。顔面蒼白で頬を引きつらせる隊長の背後に立つリヴァイは邪魔だ、と言いたいのを吞み込み、彼の肩を叩いて声を掛けた。
「下がってろ、駐屯兵団……あとは俺たちが引き受ける」
隊長が振り返ると、調査兵団の兵士たちが炎を吐く巨人に立体機動の白刃攻撃を仕掛けるため、頭から水を浴びていた。
「わかった…! あとは頼む――」
駐屯兵団の隊長は部下を退避させながら自らも逃げていると続いて、巨人に挑むエルヴィンとすれ違おうとした。
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- 7 : 2015/04/20(月) 13:09:53 :
- 「これからは我々に任せてください」
「エルヴィン…! 頼んだ…あれ? 彼女は…?」
エルヴィンの隣で険しい顔で立ち尽くし、巨人を見上げるイブキの姿が隊長の目に止まった。
「噂に聞く『団長の女』か…これまた噂通りいい女だな…!」
「いいえ…彼女は調査兵の一人です」
エルヴィンは涼しい顔で否定した。それをいいことに隊長はイブキの正面に立って、巨人の脅威に晒される最中、頬を赤らめゴクリと唾を吞みこんだ。
「おい、あんた…! この戦闘が終われば、一緒に酒場にでも行って…!」
イブキを目の前にして、気が緩んだのか、冗談めいて誘うが、彼女は頬を引きつらせた。
「こんなときに…何を…!」
だが、イブキは戸惑った素振りをしてすぐさま美しくて、妖しく笑みを返す。
艶やかで、女の色香を漂わせる表情に封印したはずの隠密のイヴが少しだけ現れた。
「ご一緒しますか…」
「本当か!?」
「この戦闘で生き残ったら…ね!」
イブキの返事に目じりが緩む隊長の横顔に同じく退避を誘導する部下である女性兵士が呆れるよりも怒りで眉間にしわを寄せながら駆け寄ってきた。
「隊長…! 何が起きているかわかります!? 全く、もうっ! 奥さんに言いつけますよ!」
「あっ…! いや、その…! エルヴィン、本当に頼んだぞ」
部下に檄を飛ばされ、隊長は我に返る。エルヴィンにその場を託し、慌てて足早にその場を去っていった。
退避していく駐屯兵団たちの背中を見送り、エルヴィンは隣のイブキにすぐさま声をかけた。
「イブキ…本当に行くのか…? 酒場に…?」
「えっ…! 冗談に決まっているでしょ、その場を繕ったまでよ」
「そうか…」
真顔で応えるイブキに安堵感からエルヴィンは軽くため息をつく。イブキの肩をそっと触れ、二人は戦闘配置についた。壁上にきて、エルヴィンがイブキに触れたのはこれが初めてである。
エレンが巨人の力を発揮するため、配置に向うと同時にエルヴィンは戦闘開始の合図で使用する信煙弾の準備を始める。
信煙弾に装填しようとしても、左手だけでは少しだけ時間を要し、見かねたイブキが手を添えて加勢する。
「すまない…イブキ」
「いいの、これぐらい」
「だが…君としたリハビリの成果は十分に出ている」
エルヴィンはようやくイブキの前で小さな笑みをもらし、信煙弾のグリップを握り、トリガーを左手人差し指で添えていた。
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- 8 : 2015/04/20(月) 13:11:23 :
- イブキがエルヴィンの右側に立つ。壁の内側に吹いていた強風は落ち着いてきて、巨人化したロッドが全身から吐き出す煙はゆっくりと雲ひとつ浮かばない青空に向って上っていった。
聞き覚えのある爆発音がイブキの背中で響いたとき、肩越しには巨人に変貌を遂げたエレンが一心にロッドを眺めていた。
それを合図にエルヴィンは信煙弾を握る左手をそっと上げ、銃口をロッドが立つ方へ向ける。
タイミングを見計らって、トリガーに触れる指先に力が入った。
「今だ! 攻撃開始!!」
信煙弾の銃口から発砲音と煙が勢い飛び出した合図で、ロッドの両手に向って両方向から火薬を詰め込み、立体機動装置の仕掛けが施された荷車が勢いのままに放たれた。
荷車が爆発して、ロッドの手の甲を吹き飛ばす。すると、大きな体を支えられなくなり、急降下するが如く、巨人のあごが壁上に打ち付けられた。壁上は左右に揺れ動いてもエルヴィンは巨人の顔から視線をそらさない。それは最大の賭けである『開く口』を確認するためだ。
エルヴィンとエレンが同時に口があると確信したとき、巨人化したエレンは壁上を突っ走り、『開く口』目掛け火薬を勢いのまま投げ込んだ。賭けが当たったとエルヴィンの口端が少しだけ上がる。
すると、巨人の体は火薬に反応し、大爆発を起こした。壁は地上に目掛け大きく裂けていき、上空だけでなく、あらゆる方向に炎を含む大きな瓦礫が爆音を伴い吐き出される。
「総員!! 立体機動で止めを刺せ!!」
再び部下たちに命令するエルヴィンの声が空に向って響く。その声と同時に皆は一斉に巨人に向って飛び立ち、本体がいるであろう『うなじ』を目指した。
「エルヴィン! 危ない!!」
兵士たちを一心に眺めているエルヴィンに向って、瓦礫のひとつが飛び出してきたとき、イブキが咄嗟に庇って、避けられた。
「すまない…イブキ」
「あなたは皆から目を離さないで! 私は巨人の動きを見ているから――」
「わかった…だが、君に庇ってもらうのは二度目だな」
「そうね…!」
イブキの背中に目をやると、互いに困難から凌ごうと抱きしめようと思っても途中で止め、視線はリヴァイをはじめ部下たちの動きを固唾を呑んで眺めていた。イブキは巨人が吐き出す沢山の炎に包まれた瓦礫の動きからエルヴィンを守るため、巨人から視線を逸らさない。
「ヒストリア…!」
エルヴィンは次期女王であるヒストリアの動きで不安げに顔が曇り、額には脂汗が浮かんだ。
ヒストリアは迫ってくる瓦礫にアンカーを突き刺し、巨人のうなじがあるであろう場所に向ってブレードを振り上げた。続いて煙の中で姿を消し、再び巨人が大爆発を起こした。
ヒストリアが姿を現したのは爆風から吹き飛ばされた直後だった。エルヴィンはイブキに向って命ずる。
「イブキ、ヒストリアを…!」
命ずる声と同時にイブキはヒストリアが落ちてゆく壁内に向って飛び出す。
「頼む…イブキ!」
「了解! それに、ミケがついているから、大丈夫!!」
イブキは咄嗟にミケ・ザカリアスの名前を出して、振り向きもせず、立体機動を操作し、壁下へ飛び立った。
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- 9 : 2015/04/20(月) 13:13:29 :
- 「ミケ…頼む…イブキを守ってくれ…」
イブキの背中を見送り、再び彼女と離れたことで心細さが胸に募る。イブキがいたはずの空間から温もりが消え、徐々に孤独感がエルヴィンを包む。
「俺は…こんなに弱かったのか…イブキ……」
これまで多くの仲間の死を見送ってきたはずなのに、大切に想うイブキが目の前から姿を消しただけで、自分の弱い部分を露呈させ、戸惑わされる。だが、本来の自分を取り戻すように大きく深呼吸をしていると、亡き父や死んでいった仲間たちの顔が脳裏に映し出された。あえて思い出さないようにしていた彼らに慈愛を感じる。エルヴィンは忘れていた人間らしい感情だと改めて気づく。
「イブキ…君は俺をただの男に戻してくれるのか……」
心細さが同居した強い眼差しは蒸気を帯びる巨人を見上げていた。
(イブキ…止まれ…)
「えっ!」
ちょうど壁の半分まで降りてきたとき、突如、イブキの心にミケの声が響き、反応して立体機動のアンカーを壁に突き刺した。
理由がわからぬまま、壁にへばりつき、壁下のヒストリアを眺めていると、彼女の周りに多くの住人が囲っている。話し声まではイブキには届かない。
「ヒストリア…無事だったんだ…よかった」
立ち上がってヒストリアが何やら話している姿を眺め、安堵感からイブキが顔を上げると、どこまでも澄んだ青空が広がる。棚引いていた雲の合間から下りる日差しがイブキの眠そうな目元を明るく照らす。
「本当に…これで終わり…?」
ロッドが炎を放っていた影響で辺りは熱い空気が漂っていたはずだが、どこからともなく吹いた冷ややかな風がイブキの頬を掠めていった。
澄んだ空と冷めた空気にイブキは不安に襲われそうになる。
(イブキ…俺がついている…心配するな)
ミケの優しい声がイブキの心に染み渡る。声が響いた胸に手を宛がい、ミケの温もりに気持ちを傾ける。
「そうね…ミケ…私は大丈夫…」
ミケの背中を摩るつもりで、自分の胸を摩った。改めて壁下のヒストリアをイブキは眺める。
住人たちと話す光景に変りはなく、気づかれないようイブキは気配を消して、壁下にゆっくりと降りて行く。
ミケの温もりに浸り、エルヴィンが待つ上空を見上げても、イブキはヒストリアが立つ壁下へ向った。
「今度は…女王のあなたを警護することになるの…? ヒストリア」
イブキは次期女王に軽口のような独り言をいい、唇に微かな笑みを宿す。
壁下へ降り立ち、住人たちの合間からヒストリアの神妙な面持ちが見え隠れした。
自信の中にも不安が滲んだよう見える緊張感が隠せないヒストリアをイブキは見守っていた。
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- 10 : 2015/04/20(月) 13:13:42 :
- ★あとがき★
皆様、いつもありがとうございます。
今回もエルヴィンの登場で長い内容になってしまいました…。
ですが、今回は「悔いなき選択」(後半)のエルヴィンの影響は否めないです。
あの冷たさの裏返しで、イブキと出会ってきっと人間らしさを露呈させる自分に
戸惑うだろう、ということを書きたくなりました。それはイブキの前だけで、
もちろん、リヴァイをはじめ、部下の前ではいつも以上に強さを見せる二面性のある
「人間エルヴィン」がいてもいいのでは?と妄想しています。
ますます原作から目が離せないですが、また来月もよろしくお願いいたします。
お手数ですが、コメントがございましたら、こちらまでお願いいたします!
⇒http://www.ssnote.net/groups/542/archives/2
★Special thanks to 泪飴ちゃん(•ㅂ•)/♡love*
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