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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

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バック・イン・ブラック

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  1. 1 : : 2020/08/16(日) 10:12:47
    こんにちは。
    今回、夏のオリコ祭に参加させていただきます。


    参加者(敬称略)
    ・風邪は不治の病
    ・ベータ
    ・De
    ・シャガルT督
    ・カラミティ
    ・フレン
    ・豚骨味噌拉麺
    ・私
    ・herth


    前回とはやり方が異なりますが今回もお題交換式となっております。
    今作ではお題は最後に発表いたします。







    今作は青春です。カテゴリは気にしないでください。
    あと、読めない漢字とか出てきたら無理に読まなくてもいいと思います。
  2. 2 : : 2020/08/16(日) 10:14:56
    言い忘れましたが、お題はベータさんからいただきました。










    平和な羊の群れに、狼を一匹放り込んだらどうなるか?



    羊が一匹残らず狼に喰われるか?
    逆に羊たちが団結して狼を撃退するか?



    答えは、どちらでもない。
    羊と狼が衝突することはないのだ。



    ならばどうなるのか。



    羊たちは狼について行くようになるのだ。
    狼に付き、狼に従い、狼に染まる。



    そしていつしか羊たちは、自分が何者なのかも思い出せなくなる─────。


















































    「やっとかぁ。やっと来たなぁ」

    「終業式長すぎんよ〜」

    「まあどうせ宿題地獄なんだろうけどな」

    「あと部活地獄な」

    「いや、それはお前だけだわ」

    「ああそうか……俺以外みんな文化部だもんな」


    毎日の練習ですっかり日に焼けた城間(しろま)は溜息をつく。

    中学生になり、何かしらの部活動に強制入部しなければならなくなった。
    城間は小学校卒業とともに辞めるはずだった野球を一年と三ヶ月ほど続けていた。
    辞めたかった理由は二つあり、ひとつはこのグループで一緒にいる時間が自分だけ短いことに以前から寂しさを覚えていて、もうひとつは単純に野球という『暑苦しく泥臭い姿』が嫌になったから。

    それなのに野球から離れなかったことに疑問を感じていたが、最近やっとその理由がわかった。いや、認めた。

    ひとつは、大会の度に女子が盛り上がっているのを知ったから。
    自分が泥臭いと思っていたことがどうやら彼女らには格好良く見えているらしい。女子に良い視線を向けられたことなどない城間は大会が近くなる度に一歩上のステージを踏んだような気持ちになった。

    もうひとつは……中学に上がるとともにこの陰気なグループから離れて新しい華やかな学生生活を謳歌したいという気持ちがあったこと。



    五人もいながら全員が目立たなくてパッとしない我ら。

    彼ら四人は小学校からずっと一緒に遊んできた。
    大体は家の中でゲームをするか漫画を読んでいて、外に出ることは殆どなかった。
    学校でもゲームの話が基本で、パソコンクラブで誰かが作ったネット上の動画で笑うのが日課だった。
    趣味や波長の合う人間たちと過ごす日々は楽しかったし、疑うことなどなく我々は一生親友なのだろうと思っていた。



    しかし、中学生になって環境は一変する。



    突然眼鏡からコンタクトに変えて髪型が少女漫画の男キャラのようになっていく男子、子ども特有の変な髪型を下ろして下品な笑い方をやめた女子。
    そして、まだずっと雲の上というくらい先だと思っていた『性』の話が彼ら彼女らはすぐ側にあった。

    同じ場所()に各々の個性()を付け足していくという意味で『キャンバス』だなんてグループ名まで付けて『よく分からない何かごっこ』をしてきた自分たちが環境の変化から置いて行かれたことは一目瞭然だろう。
    目を逸らすほど心は自覚していく。
    振り払おうとすればするほど焦燥感と劣等感は強く心に焼き付いていく。
    『成長』とはどういうことなのかを強く見せられ、まったく成長しようとしない仲間とそれに安心感と居心地の良さを覚えている自分に嫌気がさした。
    陽気な野球部の連中と会話してるとこの気持ちは更に膨れていった。



    だが六年間も共に過ごしてきた仲間たちを簡単に切り捨てられるわけもなく、彼らと同色に染まりきっている自分を他のグループが入れてくれる筈もなく、城間は嫌われないように愛想笑いを繰り返しながら所謂『陰キャ』の側の人間として負け組生活を余儀なくされていた。
  3. 3 : : 2020/08/16(日) 10:16:56

    「まあ毎日無駄に学校で過ごすよりは効率いいと思うんだよなぁ」



    自分で切ったかのような髪型をした瑞木(みずき)が黒縁眼鏡の位置を直しながら言う。



    「まあな。『学校』なのに勉強しに来てないような奴らもいるしさぁ」



    そう言ってる割に勉強しに来てないような奴らより毎回成績が悪い村崎(むらさき)が吐き捨てる。



    「有意義に過ごしてぇしなぁ」



    鼻の辺りまで伸ばした髪をセットしてるのかしてないのかよくわからない明石(あかし)が呟く。



    「やっぱ俺たちだけで色々やった方がぜってぇいいよな!」



    無駄に身長と声が大きい紀田(きだ)がニキビ面を掻いて大口を叩く。



    こんな感じだ。
    これが我ら『キャンバス』だ。
    小学生の頃は仲良しで団結して同じことをしてて、元気いっぱいで一緒にいるのが楽しくて、ただそれだけでよかったのに。
    舞台・環境が変わり、社会・生活に求められるものが変わった。
    話しているだけなら楽しいのだが、どうしてもそれだけではいられなくなった。周りの目、評価、クラス・学年での地位。常にふるいにかけられ続ける青春競争曲。
    クラスの中心になっている生徒たちの日常生活と我々の日常生活。そこには『差』が生まれていた。

    男女で連んで教室でふざけて笑って、飲食店で談笑して写真を撮って、特定されるようなものを隠すこともなくSNSに掲載して『いいね』だ。
    片や我々は教室の隅で冴えない男だけで漫画の話をして、自撮りなんて勿論することはなく、強がりだけの言葉をSNSに吐き捨てて『いいね』もクソもあったもんじゃない。

    きっとみんな感じている差だ。
    決して口には出さないが、焼けつくような劣等感を心の内に秘めてるはず。



    「なぁみんな。今年さ、祭り行ってみないか?」



    城間が苦笑いを浮かべながら提案する。
    それは皆でこの状況をどうにかしたいという願いであった。
    同時に小学生の時なら考えなかったであろう、『あまりこの面子と一緒に外を歩きたくない』という抵抗もある。

    二律背反の感情は今の城間の表情(かお)のように不安定だった。



    「ど……どうかな〜。俺らさ、ずっとゲームとかアニメとかで……えーと……だから、たまに外に出かけてみたいなってさ」



    五人で一緒にいる時間は一番少なかったが、彼らの中では『クラスの中心グループにいそうな奴』に一番特徴が近かった(それも『見た目に不快感がなく、運動部に所属している』というだけのお粗末なものだが)城間はなんとなくグループのリーダー的存在になっており、その立場故の呼び掛け(賭け)だった。



    「いや……いやいやちょっとなぁ」
    「いや普通に暑いし……さぁ」
    「いや面倒くさいし……なぁ?」
    「当たり前だよなぁ?」



    分かっていた。
    こういう返答がくるのは分かりきっていた。これが我ら『キャンバス』なのだ。
    クラスの奴らに会いたくない、自分たちが馬鹿にされる、笑われると目に見えているんだ。口には出さないが。中には親に反対されるのを懸念している者もいるのだろう。
    まあ最悪変なやつに絡まれて殴られるなんてことがあるかもしれない。そういうことも念頭に置いているのか。



    「いや、でもさ、やっぱみんなで集まれるのって夏の方が多いと思うんだよな、出かけられるのもさ。二学期まで一ヶ月ちょいあるんだしやっぱ色々今まで出来なかったこととかに挑戦したりとか……なんたって、ほら、夏だし────」

    「それは、俺たちの夏(・・・・・)じゃないだろう」



    村崎が城間の言葉を遮って言う。
    小太りで肌も汚い、頭髪も眉毛も手入れしていない。格好いいと思っているのか尖っており他者に対する優しさが一切見受けられない。失礼だが外見も内面も何一つ良いところがない。人数を一人でも増やしたいがためにこのグループにいるような存在。
    そして何より、このグループが負け組たる一番の原因でもある。

    唯一明確にいじめを受けていた経験のある村崎はとくにこの手の問題には辛くあたる。
    自分の手に入れた居場所を絶対に手放したくない、外部からの干渉も一切されたくない。そういう気持ちが一番強いのは明らかに彼だ。
  4. 4 : : 2020/08/16(日) 10:18:37

    「そ、そっか……俺たちの夏、ね……うん、そうだよな。ごめん」



    残りの三人も村崎側に賛同したことで城間の願いは叶わなかった。

    城間は去年もやんわりとこの提案をしたがはっきりとした返答がないまま消滅しており、その年は野球部と一緒に行った。
    思ったより危険じゃなかったし普通に楽しかった。クラスの女子が化粧をして出かけている姿を初めて見たし割と優しく話しかけてくれたのが印象に残った。そのときの第一声が「珍しいね」だったのでやはり城間は『そういう奴』の一人として認識されていたようだ。



    「お前は野球でいっつも外にいるから外にいるのは慣れてるし楽しいだろ、部活やってる間は外にいる者同士だし尚更な。でも俺たち(・・)はそうじゃないんだよ」

    「お、おい村崎、別に俺らそこまでは思ってな───」

    「何でわざわざ訳わからんやつらに振り回されないといけないんだよ。涼しい部屋で勉強して遊んで、それで充分だろ。いちいち汗かきたくないしな」

    「村崎、ちょっと落ち着────」

    「お前にはお前の価値観があるのすごく分かるよ。みんなそうだしな。でもそれを他者に押し付けるのは違うと思わないか?」

    「待てって、今城間『ごめん』て言っ────」

    「城間、今の俺たちじゃ足りないのか?お前は俺たちがそんなに気に食わないのか?俺は────」

    「なら、このままでいいのか?」



    誰も言わなかったことを城間が言ってしまう。

    皆が何も言えなくなった。
    口では現状維持を訴えるも内心このままでは嫌だと思っていた村崎も含めて。

    村崎に言わせれば、嫌ならこのグループから出て行けばいい話だ。
    だが、それを言ってしまえば最終的に村崎以外全員出て行ってしまうだろう。
    村崎自身なんとなくそれを感じているはず。だから口には出さないしそれでいて維持と保身に必死なのだ。

    城間としても出て行くという選択肢が無いわけではない。
    前述した通り本来ならもっと陽気に、それこそ青春を謳歌していたい。
    せっかくの一生一度、さらに言えばこれからの人生の分岐を決めるこの青春時代を陰気臭く過ごさねばならないのは耐えられない。
    高校デビューという道も用意されているが、それはあくまで中学時代あってのことであり現実は漫画のようにはいかないのだ。

    これも前述したが城間は彼らを嫌っているわけではない。彼らと話しているのは楽しいし安心する。
    何を言ってもやっぱり一番仲が良いのは彼らだ。切っても切れぬ縁というやつだ。

    城間と四人の考え方の違いは城間の学生生活に強く影響した。
    誰とでもそれなりに話せるようになれば変われるのにと思いそれを奨励する城間。
    話し合いの余地もなく真っ向から他人を拒否する彼ら、というか村崎。



    「城間、お前変わったよな」

    「え?」



    村崎が静かに言った。



    「お前、小学校のとき『一生親友でいような』って言ってたよな」

    「村崎だって言ったよ。みんなが同じく思ってるから───」

    「今はお前の話をしているんだが?俺が言ったとかみんなが言ったとか聞いたか」

    「俺も言ったよ。それが何だ」

    「言ったんだよな、認めるんだな。それなのにお前は中学上がってからツレなくなったよな」

    「小学校三校の生徒が同時に混ざり合うんだから交流だって増えるだろ。誰にでもあることだ」

    「辞めると言ってた野球も続けてるだろ」

    「辞めろっ()ったのはお前だろ。俺はどうするか悩んでただけだ」

    「辞めてたらお前が変わることもなかっただろ」

    「俺が変わるのは別に自由だろ。俺はお前とも仲良いと思ってる、それでいて部活の連中とも仲良いと思ってる。自分の置かれてる環境で最低限仲良くやるのは当たり前だ」

    「違う。お前は俺たちを見捨てたんだ」

    「はぁ?」

    「お前が他の奴らと絡むからだ。お前が他の奴らに俺らが負け組連中だって印象付けたんだ。自分が勝ち組に昇るために」

    「なワケあるか。何言ってんだお前」

    「一生親友だって誓ったのにお前は俺たちを裏切ったんだよ!!」

    「訳わかんねえよ。大体、いつの話してやがる」

    「何!?」

    「確かに誓ったよ。けどそれはそれだろ。誓ったからって何で四六時中お前とずっと連んでなきゃなんねぇんだよ」

    「そ、それは……」

    「俺だけじゃない。瑞木も明石も紀田もそれぞれの交流があるに決まってんだろ。瑞木は科学部、明石と紀田は文芸部、お前はPC部」

    「う、お、俺は」

    「あるだろ。まさか俺らといなきゃ独りなわけでもあるまいし───」
    「黙れ!!!!」



    村崎が独りなのは分かっていたが、それでもつい口に出してしまった。
    周りの三人はわざとらしく目を逸らす。
  5. 5 : : 2020/08/16(日) 10:19:15

    「うるせぇなオタク」



    城間の後ろから声をかけたのはクラスの中心になっている生徒だ。
    男女数人取り巻きを連れている。
    村崎も、授業中であろうと関係なく莫迦みたいに騒ぐお前には言われたくないと思っているに違いない。



    「あ……に、尼寺(にじ)くん……」

    「玄関で騒ぐんじゃねえよ。ほんとオタクは他人の迷惑考えねえのな。オタクがってよりまあコイツが、だけどな」

    「あ……ご、ごめ……」

    「何言ってるか聞こえねぇよ。さっき大声出してたくせに強弱逆だろ。まあいいや、しばらくお前見なくて済むんだし何も言わねえわ」

    「おい城間、お前も気を付けろよ〜。オタクはキレると何してくるか分かんねえから。気付いたら周り血塗れにしてたとか言うじゃん?怖いわぁ〜」



    そう言って尼寺と取り巻きはゲラゲラ嘲笑(わら)いながら帰っていった。
    この後マックにでも行くのだろう。



    「お前やっぱ裏切ったろ」



    村崎が思いっきり城間を睨みつける。



    「あ?」

    「お前あいつらの仲間になったんだろ!!」

    「何でそうなるんだよ」

    「あいつ最後お前だけに声かけただろうが!!」

    「偶然近くにいたからだろ」

    「でもさっきのちょっとおかしいよな」



    ずっと黙っていた瑞木が眼鏡の位置を直しながら割り込む。



    「偶然近くにって、俺らも距離変わんないじゃん」

    「だから偶然最初に目に入ったのが俺だってだけだろ」

    「けどお前のことだけ呼ぶかな」

    「知らねえよ。あいつそこまで考えねえだろ」

    「あ……そういや尼寺って野球部にも仲良いやつ何人かいたよな」



    明石も口を挟んだ。



    「ほら見ろ!!お前は裏切ったんだよ!!」

    「知らねえっつうの。証拠でもあんのか」

    「お前が裏切ったから俺たちがこんな目に遭うんだ!!」

    「おい、聞いてんのか」

    「お前は害だ!!お前が俺たちの『キャンバス』を黒く塗り潰したんだ!!おま、お前、お前は裏切り者の人生(ひと)殺しだ!!」

    「村崎落ち着けって。城間は何もしてないだろ」

    「なんだ紀田!!お前も───」

    「どうした?」



    振り返ると、ひとりのクラスメイトがこちらを見ていた。



    「……緇野」

    「喧嘩かい?やめときなよ」



    緇野は学年委員長を務める男子生徒だ。
    整った顔立ち、パーマをかけた栗色の髪、すらりと伸びた脚。
    勉学も完璧だが運動もそつなくこなす。
    全ての動作に常に余裕がある。
    誰かと連むタイプではないが、誰にでも等しく接しており女子人気は相当高い。



    「こ、これは……」

    「何でもない。すまんな緇野」

    「チッ……行こうぜ」



    村崎、明石、瑞木、紀田は帰って行ったが城間はついて行かなかった。



    「行かなくていいの?」

    「あ、ああ……あいつら用事あんだってさ」

    「そうか。なら仕方ないね」
  6. 6 : : 2020/08/16(日) 10:20:07

    流れで緇野とバス停まで話しながら歩いた。
    クラスで人気の緇野と除け者の自分。
    自分たちに対してもこうして快く接してくれるのは心が救われる。

    「そうか。城間君だけ野球部だったね」

    「ああ。それでなんか、あいつらと居られる時間少なくてさ」

    「それで喧嘩していたのか」

    「まぁ……な」



    村崎は最底辺の人間だ。
    だから自分と同じような人間に救いを求める。
    もしかしたら自分より下の人間を探していたのかもしれない。



    「でも君は優しいんだね」

    「え?俺が?」

    「ああ、そうさ。喧嘩したのは仲良いからこそなんじゃないかな」

    「そう……なのか?」

    「だって君、他人(ひと)の悪口とか喋らないだろう」

    「まぁ、言ったって仕方ないしな。第一、自分が言われたら嫌だろ」



     ─────お前は害だ。お前が『キャンバス』を黒く塗り潰した。


    城間は不思議だった。
    何故村崎は他人にあんなことが言えるのだろうか。
    自分が一番言われてきたはずなのに、言われる痛みを解ってるはずなのに何故。

    俺は他人を悪く思ったことはあるけど悪く言ったことは殆どない。
    自分が誰かを悪く言えるほど出来ている人間ではないと理解(わか)っているから。大体そんなこと言ってしまったら相手に何をされるか分かったものではない。
    なのに村崎はあの体たらくでありながら平気で他人に唾を吐き捨てる。そして結果的に天に唾を吐きかけることとなっている。

    俺が黒か。

    村崎からすれば確かにそうなのは分かる。村崎(あいつ)の世界には真っ白いキャンバスが広がっていて、趣味・波長の合う者同士がそれぞれの色を足して絵を作っていく。
    五色しかないが、誰かと誰かの色が混ざり合うことで新しい色を生み出すことができる。

    だが黒は違う。黒はどんな色も塗りつぶしてしまう。
    『樽に入ったワインに一滴の泥水を垂らせば、それは樽に入った泥水になってしまう』という話を聞いたことがある。
    村崎にとって俺はその一滴の泥水だったのだろう。俺が彼のワインを泥水にしてしまったと、言いたいのだ。

    俺は少しでも変わりたかった。行く行くは、変わった俺を見てみんなにも変わってほしかった。
    小学生の頃からわんぱく小僧だった奴らは中学生になっても明るくて面白い奴らだ(中には暴力的になってしまう奴もいるが)。
    そういう奴らと連む機会は野球部しかなかった。奴らはこんな負け組の俺にも優しくしてくれた。このチャンスを逃さまいと俺は必死に部活にしがみ付いて、見た目臭そうで嫌だった日焼けも受け入れて、泥臭くて離れたかった野球部で必死に努力した。
    その結果俺だけは体育で除け者にされなくなった。バスケもバレーも余らなくなった。周りの視線が変わっていくことにも成果を感じていた。

    村崎はその頃から俺が気に食わなくなっていたのだろう。
    『たまたま運が良かったから』『たまたまスポーツの才能があったから』『たまたま向上心があったから』。
    いつだって彼はそうやって他人を妬んできた。あまりにも愚かな、負け犬の遠吠えである。
    俺だって急に変わったわけじゃなく、一年かけてやっと今がある。まだ十四歳だ、いくらでもやり直せるはず。



    「……城間君?大丈夫かい?」

    「……ん、ああ悪い、ボーっとしてて」



    バスが来て緇野とともに乗り込む。
    いつも降りている場所までは時間がある。
    普段はほとんど絡まない緇野に何か聞いておこうか。



    「そういえば緇野って、将来医者になるのか?」

    「ん?ああ、親が医者だからってことかな?」

    「ああ、まぁな」

    「そうだね……医者の息子がそのまま医者になりましたじゃ少しつまらないと思うんだ。僕は何か、他の道を探そうと思う。今のところは教師になってみたいかな」

    「そ、そうか……」

    「城間君、君もレールの上だけ歩いていちゃダメだよ。自分で道を切り拓かないとね」



    勿体無いな。
    城間は率直にそう思った。

    親が医者という生まれつきのボーナスを持っていながら、それを使おうとしない。

    才能に恵まれていながらそれを活かそうとしていない。
    何でも選べる身でありながら選択肢の外を探している。

    選べない側の人間からしたら羨ましい限りだ。
  7. 7 : : 2020/08/16(日) 10:22:06

    バスを降りて緇野と別れた帰り道、スマートフォンが振動した。
    電話の相手は紀田。



    「……紀田、どうした」

    『おう城間、さっきはごめんな』



    いつものデカい声ではない。申し訳なさそうな感じが電話越しに伝わってくる。
    このグループで喧嘩なんて今まで殆どなかったから当然か。



    「いや、別に。俺も言いすぎたよ」

    『今どこにいる?』

    「家の前だ」

    『そうか。お前ん家集まらないか?』

    「俺ん家?今からか?いいけどさ」

    『おう。実は村崎、先に帰っちゃったからさ』

    「そうか。じゃあ後から来てくれ」

    『おう、悪ぃ。じゃ』



    村崎なしで集まる、か。
    嫌な予感がしなくもない。

    誰もいない家のソファにドッと座り込んではぁ、と溜息をつく。
    夕陽がちょうどいい角度で城間を照らす。眩しくて目を細めた。
    インターホンの音で我に帰ると明石・瑞木・紀田を部屋に招き入れる。



    「村崎は何してんだ?」

    「いや、それがさあ。あれの後俺たち、お前に謝ろうぜって話したらちっとも引き下がってくれなくてさ」

    「ああ。城間(おまえ)が悪い、あいつはパンデミック男だって言って聞いてくれないんだ」

    「そうか。すっかり病原菌扱いだな俺は」

    「悪い、こんなはずじゃなかったんだ」

    「いや、いいよ。俺も言い過ぎたし」

    「いや、そうじゃないんだ。村崎(あいつ)、前からお前のこと気に食わなかったみたいで……」



    明石がセットしてるのかしてないのか分からない汚らしい髪をいじりながら目を伏せる。



    「お前が部活行ってるときとか、すげえ陰口叩きまくっててさ……俺らにもめちゃくちゃ同意求めてくるし」

    「ああ。もうお前が女子とちょっと話してるだけでもすげえ表情(かお)で睨んでて」

    「何っつーか、もう、さ……見てられないんだよ。自分の境遇を全部環境とか他人のせいにして、今回もだけど何かあればすぐ被害者ぶってさ……小学校んときあんなに酷くなかったのに」



     ───── 一生親友だって誓ったのにお前は俺たちを裏切ったんだよ。



    村崎は変わらないでほしかったのだろう。

    確かに世の中には変わらない方がいいものもあるが、これはそうじゃない。変わるとか変わらないとかそういうのではなく、人間が成長するために履修すべき科目だ。
    村崎は『成長に伴う環境の変化』を部活とかサークルみたいなものだと思っている。これはそんな易しいものではない。今のあいつは必修科目を拒否してるのと同じなんだ。
    あいつだけが、ずっと小学生の頃の心のまま留年し続けている。



    「だったらさ」



    城間が切り出す。
    三人は伏せていた顔を上げる。



    「もう、一人にしてやるといい」

    「え?」
    「どゆこと?」
    「え、それは」

    「みんなも分かるだろ、いくら興味ない振りしてもさ。俺たちは青春時代というこの競争に置いていかれてるんだ。村崎が過剰に煽るから言い出しづらかっただろうけど、みんな彼女とか欲しいだろ」

    「「「うん」」」

    「他の同級生たちと同じように誰とでも隔てなく話したいしクラスにも認められたいだろ」

    「「「おう」」」

    「誰にも白い目で見られないのなら休日は外に出かけたいしゲーセン以外でも遊んでみたいだろ」

    「「「勿論」」」

    「行こうと思えば何処でも行けたよ。けどどうしても躊躇してしまうのは村崎がいたからだろ」

    「「「まぁ言ってしまえば」」」

    「だったらさ、村崎は村崎の道を歩いてもらったらいい。俺たちは俺たちの道を辿ろう。リア充見る度に歯軋りする必要も誰かにビビる必要もない。みんなで、少しずつでいいから変わっていこう」

    「そ、そうだなぁ」
    「おう……で、どうすればいい?」

    「実は明日からの野球部さ、素人も来ていいことになってるんだ」

    「素人も?」

    「ああ。始業式までの間だけどな。夏の運動キャンペーンとか言って、ランニングと筋トレだけやらせるんだって。うちの生徒なら学年性別問わず誰でも参加OKなんだとよ」
  8. 8 : : 2020/08/16(日) 10:27:10

    「えっまさかそれに参加すんの?」



    瑞木が眼鏡の位置を直しながら問う。



    「ああ。運動できるようになればやっぱ人って変わるよ。俺を見たらわかるだろ?」

    「おう……」
    「まあ確かに……」
    「まぁ、うん」



    今のは少し調子に乗りすぎたと思ったが、城間は反応を伺いつつ続ける。



    「約一ヶ月半、キツいときもあるだろうけど諦めるな。ダイエットだって何日も地道な努力を重ねて変わってるんだよ。運動することが楽しくなれば心も明るくなるはずさ」

    「ま、まぁ、そうだよな!」
    「お、そうだな」
    「頑張ってみようぜ」



    村崎がいなくなった途端、皆の意見が一致した。
    彼には悪いが、これでいいんだ。

    漫画で読んだことがある。人間は五人も集まると一人は必ず足手纏いになる、何かあればそいつが真っ先に切り捨てられるのだと。
    それが村崎だったのだ。

    何より、皆が自分の意見に賛同してくれるのが心地良かった。



    「じゃあみんな、明日から頼むぞ」

    「「「おう!」」」





     ────────────────────






    陽射しが大雨のように降り注ぐ翌朝。

    学校指定のジャージを着た三人とその他知らない顔大勢を加えて野球部のミーティングは始まった。
    まずは校庭を三周するのだが、三人はその時点でもう既に限界を迎えていた。
    顧問は普段の怒声を全く利かすことなく優しく素人集団に指導する。
    『表面上はいい人』ってのはこうやって生まれ、そして何人も騙されていくのだろう。



    「お、お疲れ……どう……だった?」

    「疲れた……ってレベルじゃねぇな」
    「やべえよ……やべえよ……」
    「満身創痍だ」

    「ああ……まぁ、そうだろうな……」

    「これを毎日やってるお前ってすげえよ、城間」
    「ああ……大声じゃ絶対言えないけど正直野球部なめてたわ」
    「ああ……勉強よりキツいって正直思った。それに……」



    満身創痍だと言った紀田が力を振り絞って巨体を起こして俺を見る。



    「めちゃくちゃ必死に練習してるお前見て、俺らも頑張んねーとって思った。正直もう行きたくないくらいキツいし明日も多分泣き言吐きながらやるんだろうけど、それでも明日からも頑張りたいって思えるわ、俺」
    「ああ、それな。カッコ良かったぜ」
    「お前ら……」



    心が浮き立つ。
    俺が変えている。俺が皆を良い方向に導いている。
    汗だくでいい笑顔だ。まるで元からスポーツやってる人みたいに見える。
    俺たちに足りなかった、何であろうと『一生懸命やる』という心。
    これこそが青春ではないか。


     ────────────────────






    二日目、三四五、六、七日と三人は悲鳴をあげながらも素人組の中心となって熱心に運動を続けた。

    心なしか身体の方も引き締まったように感じる。



    「筋肉痛がやべえよ」
    「全身爆弾だわコレ」
    「肺も死にかけてるわ」

    「頑張ってる証拠だよ。すごいぞみんな」




     ────────────────────



    「地獄だ」



    つぶやいて明石は五体投地した。
    身体の老廃物を体外に出しているからか、それまでの汚らしさが一転して以前より爽やかになったように感じた。
    教室の隅で辛気臭く集まってるような人間たちがよくここまでついてきてくれたものだ。



    「明石、瑞木、生きてるか?」

    「力を入れたらその部位が爆発しそうだ」

    「座る動作すら億劫だ……」

    「相変わらずキツいよ野球部」

    「鍛えないと大会で勝てないからな。でもお前らちゃんと筋肉ついてるよ。やったな」



    満身創痍の中、四人で座りこんで話していたその時だった。
    校舎の方から確実に聞いたことある不愉快な笑い声がした。
    バスケ部が練習してる体育館から、制服姿の尼寺のグループが外に出てきたのだ。
    講習を終えてバスケ部の同級生のところへ遊びに来ていたのだろう。当然、隣接している野球部(こちら)にも気付く。



    「あれあれ、オタク君たちじゃない」

    「城間は部活だけど、キミらは野球部で何してんの?」

    「最近見ないと思ったらこんなトコいたんだ。死んだかと思ってた」



    三人は、いや、四人は黙り込む。
    どうせこちらが何と言おうと嘲笑(わら)うんだから、何を言っても向こうの思う壺だ。



    「始業式までツラ見なくて済むと思ってたけどこんなトコで会うなんてついてねえな」

    「あんま言ってやんなよ。可哀想だろ〜」

    「こちらがいじめてるみたいで後味悪いじゃんよw」



    しばらく此方の反応を楽しんでいたが顧問が早く帰れと追い払うと、思ってもいない「すいませ〜ん」を置いて帰って行った。



    「……帰ろうぜ」

    「「「……おう」」」
  9. 9 : : 2020/08/16(日) 10:27:56

    無言のまま四人でバス停まで歩く。
    女性と腕を組んで歩く小太りで不潔そうな男が正面から向かってくる。
    普通に町中(まちなか)だというのに(しき)りにキスをして歩いている。
    いくら彼女が欲しくてもあんな風にはなりたくないなと思って男の方をチラッと見たそのとき。



    「あ……」

    「……ん?お、お、お前、城間……お前ら、瑞木、紀田、明石……」



    フロントに髑髏と英文が敷き詰められた長袖のTシャツに、それとセットで売られていたのであろう大きめのクロスネックレスを提げたその男は、村崎だった。
    全く外に出ていないのか、顔は真っ白い。



    「友達?」

    「まぁね。友達でいてやってる(・・・・・・)んだ」



    村崎と瑞木を足して二で割ったような顔をした村崎の彼女が尋ねる。いかにも『村崎と趣味の合う女性』といった感じだ。村崎はドヤ顔で俺たちを見下して返す。



    「お前ら随分日焼けしたなぁ、どうしたんだ」

    「野球部の練習に参加してるんだよ」

    「へぇ〜そうかぁ、大変そうだなぁ、そんな泥臭いことしてる間になぁ、お、俺は恋人ができたけどなぁ」



    ニチャァと気持ち悪く笑う村崎。
    そんな村崎にぴったりくっ付く彼女の方もまた村崎と同等かそれ以上の気持ち悪さでニチャアと笑った。



    「彼女ができたのか、そりゃ良かったな」

    「ああ、そうさ!そうだろう!お前らには居ないんだろうなぁ〜」

    「良かったじゃないか。仲間外れにされた結果新しい出会いがあったんだ」

    「う、う、うるさい!!俺は自分から抜けたんだよ、害色の集まりからなぁ!!そ、それにな、俺には仲間がいっぱい出来たんだよ!!」

    「もう〜あんま怒らないで?ねえダーリン」

    「あ、ああ、ごめんごめん、ごめんよ萌華〜。んじゃあお、お前ら負け組はなぁ、とっとと帰れよ。お、俺はこれからデートだかんなぁ」

    「そっか。じゃあな」



    磁石でも仕込んでるのかというくらいぴったりくっ付く二人を見て、そして先ほどの村崎の態度を見て城間は確信した。

    結局あいつは誰かを自分より下に見たくて俺たちを利用していたんだ。
    思えば『キャンバス』というグループ名を考えたのは村崎である。ひとつの場所にみんなの個性を〜なんて言っておきながら、あくまでも『自分(村崎)のキャンバス』だったのだ。
    自分の気に食わない色は頭ごなしに塗り潰し、自分の好きな色だけの絵を作る。自分だけに都合の良い世界を作る。最初からそのためのものだったのだろう。



    「……はぁ」



    まだ昼だというのに色々ありすぎて疲れ果ててしまった。
    三人も同じような顔をしている。

    バスに揺られながら、尼寺のことを思い出す。
    田舎の中学生なんてこんなもんだろう、と思うだろうか。
    やることが幼稚かつ陰湿すぎる。小学生のレベルだ。
    だが、例え小学生レベルの戯言だったとしてもこちらが言い返せなかったのもまた事実だった。
    相手への苛立ちと不甲斐ない自分たちへの苛立ちでどうしようもなく胸糞が悪い。

    疲れた身体を引き摺ってバスから降りると、これまた珍しい人影と出会う。

    栗色のニュアンスパーマを遊ばせる緇野がそこにいた。
    クラッチバッグを持っている。あまり女性ウケは良くないと聞いたが。



    「城間君、珍しいね」

    「俺らはいつもここで降りてるよ」

    「そっか。部活帰りかい?」

    「まあな。そっちは?」

    「僕はただの暇つぶしだよ。君らも一緒に行くかい?」



    容姿端麗、頭脳明晰。
    緇野のような人間には相手にされたこともない三人はただ城間と緇野の会話を見守ることしかできない。



    「何処かで昼食にしたいな。僕が奢るから、どうかな」

    「「「行くよ」」」

    「じゃあ、モールにでも行こうか」

    「「「えっいやそれは」」」

    「奢るよ」

    「「「行くよ」」」
  10. 10 : : 2020/08/16(日) 10:29:02

    緇野と五人でショッピングモール内の喫茶店に入る。

    周りを見ても洒落た女性だらけだ。
    どう見ても場違いな四人は萎縮してしまい端っこの席を選んだ。

    城間はメロンソーダとサンドイッチ、明石・瑞木も同じようなもの、紀田はピザを頼んだ。
    緇野はナポリタンとコーヒー。

    喫茶店なんて行ったことない三人がガツガツと食らい付く中、緇野は優雅にパスタを巻き取る。



    「緇野君、いっつもこういうトコ来てんの?」



    紀田が恐る恐る話しかける。
    普段は声が大きいのに、自分とステージの違いすぎる緇野に物凄くビビってるように見える。



    「ああ。ここはお気に入りなんだ。美味いし静かだし、尼寺たちも『騒げないから』って来ないしね」



    唐突に現れた尼寺の名に城間は、いや、四人は咽せた。
    他の客から白い目で見られたに違いない。

    紀田が今日あったことを話す。
    本当は他人に話したくないような失態を、緇野が尼寺を嫌っていると分かった途端にぺらぺらと喋りだした。



    「そうか。君たちは彼らに莫迦にされていたからね」

    「ウッ」
    「ゴホッ」

    「けど、どうして何も言い返さなかったんだい?」

    「そ、それは……」

    「仕返しが恐いからかい?」

    「うっ……」

    「僕には分からないね。努力している人間を揶揄うのは良くないことだよ。自信を持って言い返したら良かったじゃないか」

    「でも……」

    「君たちが何か悪いことをしたのかい?」



    その言葉に城間はハッと思い出す。
    他の三人も同じような顔をする。

    そうだ。俺たちは何も悪いことなんてしていない。
    勉強も運動も自分なりに頑張ってきた。
    そして、頑張っている人間を悪く言ったりなんてしなかった。

    それなのに何故か誰にも評価されなかった。
    授業中騒ぎまくる尼寺が軽く叩かれるだけで許され、真面目にやってる俺たちは少しの失敗ですぐ怒られた。
    特に体育教師は今すぐ教師を名乗るのをやめた方がいい。



    「人間あれほどの人数が集まれば必ず一部の者は塵箱にされる。こいつになら何をしてもいい、と言わんばかりに全員が塵箱と認識する。なぜか何をしても褒められず、何をしても怒られ、嘲笑(わら)われる」

    「それでも、いつだって君たちは正しかっただろう。己の力量と立ち位置を理解し、波を立てぬよう慎ましやかに生きている。君たちが誰かの陰口を叩いたかい?叩いてないよね。だけど君たちはいつも小言を言われている」

    「例え弱者でも努力している者を僕は讃えるよ。そんな君たちを何の理由もなく踏み付けにする連中こそ社会から制裁を受けるべきなのさ」



    緇野は自分の拘りを早口で喋る村崎の如く流暢に語りだした。
    言い終わって優雅にコーヒーを口に運ぶ。

    四人はきっと同じことを感じたはずだ。

    『勝った』と。

    学年一の優等生でカリスマ性も持ち合わせた緇野が、ボロ雑巾のように扱われてきた自分たちに味方したのだ。これ以上の後盾はあるまい。
    理由は分からないが尼寺でさえ彼には一切逆らわない。どれだけ授業中に雑音を奏でていても緇野の一言で凪いだ海のように鎮まる。

    これはもう、尼寺のグループに勝ったも同然であると。



    「確かに、そうだ!」
    「うんうん!さすが学年トップの緇野君だ」
    「いやぁ〜やっぱ緇野君は違うなぁ」

    「あはは。そんなんじゃないよ。ただ僕は、君たちに諦めてほしくないのさ。一生に一度きりの青春時代だ、辛気臭い顔しないでいこうじゃないか。それに僕が君たちに託したいのは、尼寺のためでもあるんだよ」
  11. 11 : : 2020/08/16(日) 10:29:29

    「尼寺のため?」



    城間が聞き返す。
    緇野は「うん」といいコーヒーカップを静かに置いた。



    「例え話だけど、『平和な羊の群れに狼を一匹放り込んだらどうなるか』という話があってね。
    羊は狼を恐れる。狼の機嫌を損ねたらいつ食われるか分かったもんじゃないからね。
    戦っても羊が狼に勝てるわけないよね。束になったところで食われて終わりさ。
    じゃあどうなるか?羊たちは狼について行くようになるんだよ。狼に従順になるのさ」

    「狼が鹿を殺せと言ったら鹿を殺す。やりたくないことも狼の命令ならやるようになる。逆らったら自分が殺されるからね。
    そうこうしているうちにね、羊は段々自分が狼になったような錯覚に陥るようになるんだ。羊は羊でしかないのにね。
    そして彼らは完全に狼に染まりきったとき、羊としての倫理も何もかも忘れてしまうんだよ」

    「まさしく、今のクラスがそれだと思わないか?
    尼寺が君たちを塵箱にして、塵の山(ストレス)を君たちに投げつける。みんなにもそれをやらせる。
    みんな尼寺が恐くて逆らえない。彼の機嫌を損ねたら自分がいじめの対象になるからね」

    「そしていつの間にか君たちがいじめられてるのが当たり前になり、みんなは尼寺の命令じゃなくても素で君たちを見下すようになっている。『命令で仕方なく』が知らないうちに『自ら進んで』に変わっているのさ。人間としての倫理はとうに失っているだろうね」

    「だから僕は君たちの立場が変わればみんなの意識も変わると思っているんだ。クラスを操っていた気になってた尼寺も自分が大した人間でないことに気付くだろう。どころか、君たちよりも下であることにね」



    緇野の言うことは、大体俺が思っていることと同じだった。
    本当に彼が俺たちに味方をしてくれるのであれば、敵はいない。



    「まあアレだね。ドラッグ依存みたいなもんだね」



    瑞木が得意げな顔で言う。

    「依存?」と緇野が乗ってくれたのが嬉しいのか「うんうん」とドヤ顔で説明を始める。



    「アレだよ、尼寺はね、ドラッグ依存みたいなものさ。尼寺というドラッグを吸って、周りの奴らは身体のあらゆる器官を尼寺色に染められて、尼寺に依存するようになるんだよ」

    「なるほど、薬かぁ。いい例えだね、瑞木君」

    「いやいやいや!緇野君の二番煎じに過ぎないよ〜」



    瑞木のドヤ顔はイラッときたが、言い得て妙だと思った。
    黒で塗りつぶされれば黒しか使えなくなってしまうように、負のループから抜け出せなくなってしまう。

    それこそ、村崎だ。
    他人を見下す味を、誰かが自分より下にいる感覚を覚えた彼はもう帰っては来られまい。



    「……で、話を戻すんだけど」



    明石が髪をいじりながら切り出す。



    「緇野君、俺たちはどうすればいいんだい?」

    「どうしろということもないさ。君たちが諦めなければいいんだ。楽しそうに、幸せそうに……そうすればみんな君たちを認めてくれるよ。僕が保証するよ」

    「なるほどね!俺たちもそうしたいって思ってたんだ〜」

    「そうだ!みんな連絡先を教えてくれないかな。僕は呼んでくれたら君たちのもとへ行くよ」



    完全勝利、といった表情(かお)の明石・瑞木・紀田。

    明後日の祭りに行こうと緇野が提案すると三人は快くOKを出した。
    俺からの提案は断ったくせに。

    俺たちは当日着ていく服を緇野に選んでもらって(全員分、約五万円全て緇野が支払った)その日は解散した。



    「いや〜なんか……『到来()た』って感じだな!」
    「ああ!俺らのターン来てるわコレ!」
    「尼寺の野郎見とけよ見とけよ〜、なぁ城間!……城間?」

    「ん?ああ、悪い聞いてなかった」

    「オイオイオイ。どうしたんだ城間」
    「なんか元気ないように見えるぞ」
    「村崎のこと気になってんのか?」

    「いや……なんだろうな、分からん」



    何だか、モヤモヤする。
    よく分からない感情が渦巻いている。
    言葉にするなら『歯痒い』が一番近いかもしれない。



    「心配すんな。きっとすぐ晴れるよ。明日からも部活頑張ろうな」

    「え?部活やんの?」
  12. 12 : : 2020/08/16(日) 10:31:57

    「えっ」

    「いや、明後日祭りだぜ?まあ明日の部活は百歩譲っていいとして、祭りのとき支障あったら困るだろ」
    「ああ。緇野君が折角誘ってくれたのに無理させたくないしな」
    「そうだよ。ちょっと色々調べる時間にしようぜ」





     ───── めちゃくちゃ必死に練習してるお前見て、俺らも頑張んねーとって思った。



     ─────正直もう行きたくないくらいキツいし明日も多分泣き言吐きながらやるんだろうけど、それでも明日からも頑張りたいって思えるわ、俺。



     ─────カッコ良かったぜ。





    部活中の彼らの言葉、必死に走る姿、やりきったときの顔を思い出す。
    変わりたいと強く望み、暑い日を一緒に走り抜けてきた約二週間。

    『キャンバス』一丸になって変わるんじゃなかったのか。
    明日も頑張ろうって思えるんじゃなかったのか。
    俺が格好良かったんじゃなかったのか。

    この気持ちは、何だろう。

    ……何だろう、な。




     ────────────────────




    三人が部活に来ないまま祭り当日を迎えた。

    緇野に勧められたワックスで作ってきた毛束の具合を気にしながら、紺のポロシャツと白いハーフパンツで他のメンバーを待っていた。
    履き慣れてないデッキシューズがやけに足首をざわつかせる。

    相変わらず変な髪型の瑞木、少しはマシなセットになった明石、部活に参加した成果をタンクトップで表現する紀田。
    三人ともさっきからそわそわしていて落ち着かない様子だ。

    白いビッグシルエットに黒スキニーの緇野が最後にやってきて新生『キャンバス』は田舎の夜に駆り出した。



    「ま、祭りって、何したらいいんだ」



    色々調べると言った割に何を調べてきたのか分からない明石がキョロキョロとあちこちに視線を飛ばしている。



    「唐揚げ五百円って、高くないか……ポテトも三百だってさ……」

    「人、とにかく人がやべぇよ」

    「とりあえず花火が上がる前に見やすい位置を探そっか。先に腹ごしらえしてもいいだろう」



    緇野が先頭をきって皆を案内する。

    人影の少ない場所を通ったとき、対立する人影の横目でとらえた。

    派手な色の服を着たグループと、BAD BOYの長袖を着たグループ。

    それは間違いなく尼寺のグループと村崎だった。
    靴を踏まれて逃げられず、胸ぐらを掴まれる村崎の周りにいるのがこの前言ってた仲間とやらだろうか。彼女もその中にいる。



    「緇野」

    「うん。行った方がいいね。瑞木君、明石君、紀田君、来てくれ」



    まっすぐ尼寺のほうに向かう緇野に四人もついて行く。
    とはいえ、どうするのだろう。
    緇野が喧嘩できるようには見えない。
    三人は喧嘩なんて御免だろう。



    「やめなよ」



    赤いタンクトップの尼寺に緇野が話しかける。
    まるで時間が止まったかのように突然尼寺が手を止めた。
  13. 13 : : 2020/08/16(日) 10:33:28

    「げっ、緇野、お前、なんでここに……?当日は行かねえって……それに、そいつら」

    「気が変わってね。大体、僕が来たら何か不都合でもあるのかな?」

    「い、いや、別に……つうかそいつら、お前なんで」

    「彼らと一緒に行くことにしたんだよ。とにかく、その手離しなよ」

    「こ、こいつから喧嘩売ってきたんだよ!」

    「離しなよ」

    「くっ」

    「尼寺」



    俺は尼寺の顔を真っ直ぐ見ながら冷静に言い放った。



    「みっともないぞ」



    俺に対してキレることはできない。
    今俺の横には緇野がいるからだ。
    尼寺の首に汗が光る。こんなに焦ったこいつは見たことがない。

    思わず表情が綻びそうになる。
    心の中でざまぁみろと唱えた。
    後ろの三人も同じことを思っているのだろう。



    「尼寺君、次やったら」

    「わ、わかってる!わかってるって!!」

    「ふうん、そっか。じゃあ行こっか」



    尼寺のグループが逃げるように立ち去るとともに俺たちも祭りの会場に戻る緇野について行く。
    俺は村崎と目が合ったが一言も話さなかった。
    尼寺の逃げる姿を見た俺はついに口角が上がるのを抑えきれなかった。

    明石に関しては笑い声が漏れていた。彼らに聞こえていても不思議ではない。



    「見たか?あの後ろ姿」
    「ああ、滑稽だよ滑稽」
    「面白スギィ!」



    瑞木と紀田もついにこの調子だ。
    でも俺も同じだ。
    今までの鬱憤を全部晴らしたような気がする。心がスッキリしているのが分かった。



    「あ、緇野君!」
    「あー城間!去年もこの辺で会ったじゃ〜ん」
    「え?緇野君なんでこいつらと居んの?」



    クラスの女子だ。五人とも浴衣に厚化粧。いや、現代の女子中学生はおそらくこれくらいの厚さがデフォルトなのだろう。

    「なんでこいつらと」という言葉に先ほどまで笑顔だった三人の表情は曇る。



    「まあいっか!瑞木とか休日初めて見るわ〜!超レアじゃん」

    「あっ、そ、そうかな」

    「城間と緇野君以外あんま見ないよねー。これどーゆー繋がりよ?」

    「あっ、えーと、俺らは……」

    「何?聞こえねー!まぁいーわ、写真撮ろーぜ」



    明らかに緊張してる二人が面白い。
    そりゃそうか。彼らは女子とまともな会話をしたことがないのだから。

    その後は様々観てまわった。

    三人は初めての祭に心の高揚を隠しきれておらず、終始煩かった。
    その度注意するがなかなか聞かず、結局緇野が注意を促した。
    それでも楽しそうだった。りんご飴を作るところを初めてみる瑞木は眼鏡を何度も掛け直す。
    折角買ってもらった服にソースを垂らして焦る明石。
    ラムネの飲み方が分からず緇野に開けてもらう紀田。

    こんな日が本当に来るなんて。

    終業式の日、なるべく彼らと外を歩きたくないなと思っていた自分が情けない。

    祭に出て、新しく友達ができて、女子と話ができて、恐れていた存在を跳ね返した。
    俺たちはもう惨めじゃない。勇気を出して何だってできる。

    もう何も恐れることなんかないんだ。

    夜の十時をまわり今日はもう解散しようと緇野を見送った帰り、遊び足りない四人は羽目を外したい気持ちを抑えて歩いていた。



    「どうだったよ、お前ら」

    「楽しかったよ!やべえな祭り!」

    「来年も行こうぜ〜」

    「お、そうだな」

    「オイ」



    こちらを呼ぶ声に振り返ると、明石・瑞木は「あっ」と声を上げた。

    明らかに殺意の篭った目で尼寺はこちらを睨み付けていた。
  14. 14 : : 2020/08/16(日) 10:35:05

    やけに酒臭い。飲んでいるな。
    俺は三人を庇うように立ち塞がる。



    「何の用だ」

    「何の用だじゃねぇだろコラ。てめぇらどういうつもりだ」

    「あ、いや、アレは」

    瑞木(てめぇ)に聞いてねぇよカスが。緇野がいねぇと態度違うな」

    「お前も緇野がいないと分かったら態度違うな」

    「あぁ?何調子のってんだ」

    「お前がな。俺たちがお前に何かしたか?」

    「なんだてめぇ」

    「なんだじゃねぇだろ。喧嘩売ってきたの尼寺(お前)の方だろうが。質問に答えられなかったらキレて誤魔化すのやめろよ」



    尼寺が思いっきり俺の胸倉を掴む。

    だが、もう何も怖くない。
    三人は焦るが、俺は焦らない。



    「ブッ殺すぞ」

    「やれよ。俺は今までお前に馬鹿にされた分全部返してやるからよ」

    「し、城間!」



    紀田が止めに入る。
    尼寺の右手は俺の左頬に直撃する。
    だが、大したダメージではない。



    「この野郎……殺してやる」

    「何が殺してやるだよ。このパンチでよく言えたな」

    「あぁ!?」



    俺は野球部で鍛えてきた腕を思いっきり振りかぶって尼寺の顎に当てた。

    タンクトップを着ていて分かったが、尼寺は身体が細い。
    筋肉だって俺の方があるかもしれない。

    体制を崩す尼寺の胸に蹴りを入れて転ばせる。



    「て、てめぇ」
    「まだ二割もお返しできてないぞ」



    立ち上がった尼寺の睾丸を思いっきり蹴り上げ、伏せた顔に思いっきり膝を入れる。
    その後何度も全力で殴った。何度も何度も。



    「迷惑なんだよなぁ、毎日毎日ギャーギャーとサルみてえに煩くてよ。てめぇの何が偉いんだよ、あぁ?迷惑なんだよ、迷惑」

    「てめっ、止め……」

    「毎日毎日クソみてえに騒いで授業妨害しやがってよぉ、なぁ、この迷惑集団がよぉ」

    「し、城間、もう止め─────」

    「お前は害だ!!お前は有害ウイルス!!病原菌!!分かるか!?分からねーよな!!」

    「城間、もう止めろって!!」

    「やかましい!!いちいち指図すんじゃねぇ!!こいつは制裁をくわえないとダメなんだよ!!こういう奴にはさあ!!」



    手が血塗れになってもなお殴るのを止めなかった。
    顔も身体も何度も殴って蹴った。何度も何度も。

    紀田と明石に取り押さえられる頃には尼寺には意識がなかった。


    緇野は諦めてほしくないと言っていた。
    諦めなかったから尼寺に勝てたんだ。

    俺は今日の日を忘れない。
    四人でその場から全力で逃げながらそう誓った。



    翌日以降、俺はいつも通り野球部で汗を流していた。

    先日同級生を気絶するまで殴ったことなんて気にも留めずに。

    部活が終わった帰り道、瑞木から電話をもらって四人で集まった。



    「よう」



    浮かない顔をする三人に軽く挨拶をする。



    「……おう」

    「最近部活来ないよな。どうしたんだ?変わるんじゃなかったのかよ?」

    「馬鹿お前、聞いてないのかよ……?」

    「何を」

    「尼寺のやつ、意識不明の重体なんだぞ……死ぬかもしれないって」

    「煩い奴がいなくなるのか」

    「ふざけんな!!どうすんだよ!?」



    明石が声を荒げる。



    「お前が、俺たちが逮捕されるかもしれないんだぞ!!分かってるのか!?」

    「されないよ。俺が間違ったことをしたか?」

    「はぁ!?」

    「緇野も言ってただろ、俺たちの立場が変われば周りも変わるって。俺が尼寺に勝ったってことだろ?もう誰も俺たちを馬鹿にはしねえよ」

    「そういうことじゃないだろぉ!?」

    「いや、よく頑張ったね城間君」
  15. 15 : : 2020/08/16(日) 10:36:43

    緇野がこちらに歩いてくる。



    「緇野君!?なんで……」

    「城間君に呼ばれてね。何かと思えば、尼寺を病院送りにしたのは城間君だったんだね」

    「ああ、そうさ。これで俺たちはもう惨めじゃない」

    「そうだね。よくやったよ城間君。君が正しいよ」

    「緇野君、こんなのおかしいよ」

    「おかしくねえよ。緇野が『正しい』って言ったんだから正しいんだよ。お前緇野より頭悪いんだから黙っとけよ」

    「そ、そんな……」

    「僕は警察に知り合いがいるからそっちは心配しないで。これからどうするかを考えよう」

    「そ、そうだね……どうするの?」

    「決まってんだろ。尼寺のグループの奴ら全員ボコるぞ」

    「はぁ!?何言ってんだよ!!」
    「お前どうかしてるぞ城間!!」

    「けど君たちを苦しめていたのは尼寺君だけじゃないよね。彼らは絶対に尼寺君を売って逃げるはずだよ」

    「ああ。それは許されない。お前ら協力してくれよ。『キャンバス』だろ?」

    「城間、俺はもう止めにしたい」



    ずっと顔を伏せたまま黙っていた紀田が口を開く。



    「お前には本当に感謝してる。お前、ずっと俺たちに変わってほしくて色々な提案してたよな。
    けどずっと拒否されて、嫌だったよな。何でもかんでも村崎がいるせいにしてきたけど、俺たち自身のせいでもあるよ。本当にごめん。
    祭りの帰りも、お前がいなかったら絶対ボコボコにされてたよ。正直な気持ちを喋ると、尼寺がこんなんなって安心してる。
    けど、それら全部踏まえた上でもうお前にはついていけないんだ。
    『キャンバス』は色々な問題を抱えて生きてきたよ。俺は今の俺たちになれたのはお前のお陰だと思ってる。だからこそ、俺は『キャンパス』を解散して、これからはそれぞれの道で─────」



    言い終わる前に紀田は城間に殴られて吹き飛んだ。


    「し、城間!」

    「ふざけたこと抜かすなよ。それが感謝してる人間の態度か」



    城間は紀田の胸倉を掴んで続ける。



    「俺たちだけで何かした方がいいって言ってただろお前。今更何言ってんだ」

    「けど……誰が予想した、こんなことになるなんて……」

    「必然だろ。ああいう奴は制裁を受けて然るべきなんだからな。そうだろ、緇野」

    「うん、その通りだね」

    「けど……だけど……」

    「誰のお陰で変われたんだ?

    誰のお陰で自分に自信持てるようになったんだ?

    誰のお陰で祭に行けたんだ?

    誰のお陰で女子と会話できた?

    誰のお陰で─────誰のお陰で今のお前が在るんだよ、紀田」

    「そ、それ……は……」

    「また負け組に戻りたいか?」



    また負け組に戻りたいか。
    その一言で三人はついに黙ってしまった。



    「わかった、わかった。協力するよ、俺は。なぁ瑞木、明石」
    「あ、あぁ……勿論、だ」
    「……おう」



    その後五人は解散し、城間は昨日尼寺を殴った空き地に行ってみた。



    「……ん?」



    空き地の前のベンチに佇むのは明らかに元気の無い顔をした村崎。
  16. 16 : : 2020/08/16(日) 10:38:42

    「おい、どうしたんだ」

    「城間か……どうしたと思う」

    「仲間にいじめられたのかよ?」

    「違う……いや、ある意味そうだわ。彼女に振られたんだよ。祭りの日に尼寺のやつが絡んできて……お前知ってるだろ、目合ったし」

    「ああ。外出も嫌いなお前がまさか祭りにいくとは思わなんだ」

    「まあな……あのとき、情けない姿見せちまって、それで、俺に幻滅したみたいで、しかも今は他の仲間と付き合ってんだ」

    「地獄絵図だな」

    「ああ。そいつはゲーセンで俺らと意気投合してさ、その時から彼女、そいつに惚れてたらしくて……お前らが来てくれた後すぐ俺らは解散して、そんでその後よく見たら祭の日来れなかったはずのその男と腕組んで歩いてたんだよ。それで今日話を聞いたら思いっきり振られちまった」



    小太りの村崎だが顔は(やつ)れているように見える。
    この前の威勢は一体どこへ行ってしまったのかと言いたくなるほどだ。
    フェイクレイヤードのTシャツと裏地チェックのパンツはどちらも今まで着ているのを見たことがない。
    勝負服だったのだろうか。



    「ありえねーよ、あんなに色々買ってあげたのに」

    「何買ったんだ?」

    「そ、それはどうでもいいだろ。お、お前女に何か買ってあげたことなんてあるのかよ。はぁ、畜生、そもそも何で尼寺の野郎あんなタイミングで……」

    「尼寺がいなくてもお前と別れてその男と付き合ってたと思うぞ」

    「う、うるさいな!お前、お前そういうとこだぞ!分かってるんだよ、そんなこと……じゃなきゃ来れないって言った男と一緒にいるわけがないんだ。畜生、あの男が俺たちのグループに来てからおかしくなったんだ。
    城間、お前も気をつけろ。平和な池だと思っても、外来種は突然やってきて生態系を壊し、池を汚す。
    二度と平和な池は返ってこないんだ。黒く塗りつぶされた絵のようにな」

    「平気だよ、緇野がいるからな。それに尼寺だって喧嘩で負かしてやったんだからさ」

    「え!?アイツを!?」

    「ああ。病院送りにしてやったよ。丁度あの辺りで」

    「へ、へぇ……まじかよ」

    「村崎、もしお前がこれまでの自分を悔いてるなら俺のところに来い。俺といればお前は変われるぞ。尼寺をぶっ倒したんだぜ?もう俺に逆らう奴はいねぇよ」



    尼寺に勝ったという言葉を聞かされてさすがに断れない村崎は城間と協力することを承諾した。
    何より、自分が城間に気に入られれば最底辺生活を抜け出せる可能性があった。






     ────────────────────







    あいつら来なくなったなぁ、なんて話を部員がしていた。
    もうどうでもいい。やる気のない奴は来なくていい。俺の言うことを聞かない奴は一生負け組でいい。
    その日は緇野と待ち合わせがあったため、部活が終わると学校のジャージではなく持ってきた私服に着替えた。



    「やぁ、来てくれたか」

    「ああ。けどどうしたんだ?」

    「別に、たまには僕も遊ぼうかと思ってさ」

    「そうか、どこ行く?」

    「僕の家だ。初めて友達を家に招くんだ、なんか緊張するなぁ」



    緇野はあははと笑った。
    入ったことはないが、たしか緇野の家はかなり大きかったはずだ。医者の家と言われたら納得の豪邸だ。まさか入れてもらえるとは。しかも俺が第一号だなんて。

    バスに乗って十五分ほど経った、降りたことのない停留所。



    「あれ、家じゃないのか?」

    「ああ、ここは別荘みたいなものでさ。見せたいものがあるからついてきて」



    学校の音楽室に使われてそうな重い扉を開けると緇野は階段を降りた。城間もそれに続く。
    地下室を開けた途端目に入ってきた光景に城間は息を飲んだ。
    部屋の真ん中で鎖に縛られていたのは、クラスでも人気の女子だ。
    誰にでもまあまあ優しいが、村崎や明石たちには辛くあたってるのを見たことがある。
    ちなみに俺はまともに会話したこともない。

    丸裸で口枷をつけられ、手足を拘束されている。
    同級生の胸や尻をみるのは初めてだ。それがまさかクラスで人気の子とは。
  17. 17 : : 2020/08/16(日) 10:40:45

    見鳥(みどり)さん……何でこんなところに?」

    「彼女は僕の奴隷なんだ」

    「ど、奴隷……」

    「色々なこと試してみたんだけど、なんかどれも飽きちゃってさ……だからこれ(・・)君にあげるよ」

    「え、俺に!?」

    「うん。もし家に置けないのなら別荘(ここ)の鍵を一つあげるから入りたいときにいつでも入っておいで。地下室自体はいつでも入れるから」

    「けど……いいのかよ?」

    「うん。だって僕ら、友達だろ?」



    城間は確信した。
    俺は完全な勝ち組だ、と。

    俺を脅かす存在は排除され、何でもできる友達ができて、可愛い女の奴隷もいる。
    何かあったときに使える村崎()もある。



    「んじゃ、僕もう帰るからあとは楽しんでおくれよ」



    階段を登る足音が響き、重いドアが閉じる。

    誰も来ることのない空間。目の前には抵抗できない同級生の女子生徒。

    俺は彼女の股間と肛門の玩具を同時に引っこ抜き、代わりに自分の怒張を激しく何度も叩きつけた。

    村崎の不細工な女とは違う。本物の極上品を半日かけて隅々まで味わった。

    翌日、俺は部活には行かずに一日中彼女で遊んでいた。
    三日、四日とそんな日々が続くと確かに変わりばえのない日々に飽きてしまう。

    次の日は明石たちを呼んだ。紀田は来なかった。
    何だかんだと言っていたくせに目の前の女体を夢中になって貪っていたのは滑稽だった。




    「いい加減にしろ、やっぱおかしいぜこんなの。お前、部活も行ってないって聞いたし……」



    ある日の夜、紀田に連絡をもらって久しぶりに会ってみれば説教から始まった。



    「大丈夫だっつうの。緇野がついてるんだぜ?」

    「い、いや、そういうことじゃなくて……そ、そうだ城間、久しぶりに部活行かないか?俺明日行くよ」

    「行きたきゃ行けばいい。俺は行かねえよ。何の意味もない」

    「俺はめちゃくちゃ必死に練習してるお前を見て、初めて頑張ることの意味を知ったんだ。正直もう行きたくないくらいキツいって何度も思ったけど、泣き言吐きながらやってたけど、それでも泥臭く這いつくばりながらも諦めないお前は俺の希望だったんだ」

    「地道な努力を重ねて変わるんじゃなかったのか?運動することが楽しくなれば心も明るくなるはずじゃなかったのかよ?俺はお前を─────」

    「それは、俺たちの夏(・・・・・)じゃないだろう」

    「そ、それは……」

    「緇野が言ってたろ。俺たちの立ち位置が変わればいいって。塵箱のままでいいのか?」

    「そういうことじゃない、俺はッ」



    紀田の腹に思いっきり拳が入る。



    「うるせえなあお前はさっきから否定ばっかでさぁ。俺が間違ってたかよ?負け組に戻りたいか?塵箱に戻りたいのか?」

    「ち、違……」

    「じゃあ何なんだよ!俺は間違ってない!俺が!いなきゃ!何もできねぇくせに!」

    「ま、待て城……」

    「俺は勝ち組だ。力を持った仲間(緇野)もヤらせてくれる女もいる。外に出ても夜に歩いても恐いものはない。誰も俺に逆らえねぇだろ。お前らは俺といれば勝ち組になれるんだよ。何でそれが分かんねぇんだ」

    「違う!お前も緇野君も間違ってる!!」

    「うるせぇ!!間違ってねぇ!!俺とあいつを否定すんな!!」



    何発殴ったのか分からない。
    気付けば紀田の顔は血と痣だらけで意識は既になかった。



    「お、おま、お前が……お前が悪いんだぜ」









    朝になって緇野から連絡があった。
    尼寺が昨日の夜死んだと。
    尼寺の自業自得だから気にするなと。

    友達っていいもんだ。

    奴隷にもう興味はない。
    恩を仇で返すような塵も必要ない。
    無意味な野球もやらなくていい。

    紀田があの後どうなったのか知らない。
    けど俺は間違ってない。俺を否定する奴が悪い。緇野もそう言っていた。

    携帯が鳴る。相手は村崎。



    「どうした?」

    『し、城間。今夜あの空き地に来てくれないか』

    「何で俺がお前の命令聞かなきゃいけねえんだよ。いつからそういう立場になった」

    『緇野君が呼んでるんだ。頼む、どうにか』

    「あ、お、おう。そうか。分かった。じゃあな」



    緇野が呼んでいるなら仕方ない。
    というか俺に一番最初に言うべきじゃないのか。



     ────────────────────





    「おう、緇野」

    「やあ城間君」

    「村崎は来てないのか?」

    「ちょっと遅いね。まあ今のうちに話しておこうかな」

    「ん、何だよ?改まって」

    「城間君、突然で悪いと思うけど、僕と君の関係も今日までだ」
  18. 18 : : 2020/08/16(日) 10:41:30

    「お、おいおい、冗談言うなよ。何だ?急に」

    「僕は間違っていたんだ」

    「な、何がだよ……」

    「僕は君が尼寺に勝ったら変わると思っていた。クラスは平和になるとね。騒音も塵箱も無くなって全員が平等に、対等に……それこそ全員が平和な羊であればいいとね」

    「ああ、そうだな。で、何が間違ってたんだよ?」

    「うん。それはね────」



    刹那、城間の後頭部に衝撃が走る。
    鈍器で殴られる痛みを城間は初めて体感した。
    必死に振り返ると、そこにいたのは金属製のバッドを振りかざす顔中包帯だらけの紀田だった。
    それだけじゃない。落ち着きのない村崎、明石、瑞木。


    「お、オイオイ、お前、何で……」

    「君が狼だったってことだよ」



    頭の痛みが緇野の言葉に勝る。
    視界が霞みかける。



    「ご、ごめんよ、城間。お、俺」

    「村崎……何のつもりだ」

    「痛いか、城間。俺がお前から受けた痛みに比べたらお粗末だろうがな」

    「紀田……てめぇ……オイ明石、瑞木、どういうことだよ。お前ら全員、誰のお陰で……誰の、誰のお陰で勝ち組になれたと思ってんだ!!」






    「緇野君だろ」







    瑞木は冷静に、そして塵を見るような目で言い放った。



    「城間、お前が何をしてくれたんだ?お前が部活を勧めたのも緇野君がいたからだろ?祭に行こうと言ったのも緇野君だよ」

    「な、何言ってんだよ……俺、言ったし」

    「君にそもそも声をかけたのが緇野君だって話だよ。その他、全部緇野君の指示じゃないか。俺たちが本格的に動き出したのも緇野君が来てからだよな」

    「お、おい、狂ってんのか!最初に言ったのは俺だろ!!」

    「いいや、僕だよね?」

    「うん」
    「緇野君だね」
    「その通りだよ」
    「当たり前だよなぁ?」

    「く、緇野……てめぇ」

    「城間君、君という狼を消せば平和な羊の群れの出来上がりだ。さあ、ササッとやっちゃおうか」



    バッドを持った明石・瑞木・紀田・村崎が近づいてくる。
    死へのカウントダウンのようにゆっくりと一歩ずつ。



    「や、やめ、許し─────」







































    「な、なぁ緇野君、本当に良かったの?」



    何百回と殴られて骨までボロボロになった城間を見下ろしながら瑞木が問う。



    「うん。これで全部平和になるよ」

    「うん!緇野君が言うなら間違いない!」
    「仕方ない。このままじゃ俺たちが尼寺の二の舞だった」
    「それにしてもあんな奴になっちゃうなんて……」

    「まぁ、仕方ないさ。だって─────」






















    「─────『白』ほど染められやすい色はないから、ね」



    既に意識のない城間(しろま)の側に蹲み込んで、緇野(くろの)は小さく囁いた。



    「さて、夜遅くなっちゃったね。今日は僕の別荘においでよ。奴隷とでも遊ぼっか」

    「「「「うん!」」」」



    END
  19. 19 : : 2020/08/16(日) 10:43:38
    終わりです。


    お題は『休み』と『毒』でした。



    『毒』を上手く使えないかと、様々な比喩表現を用意しました。お題を知った上でもう一度読み直してみるのもいいかもしれません。


    引き続き他参加者の作品をお楽しみください。

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