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Rebirth
- ファンタジー × 青春
- 1404
- 12
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- 1 : 2020/05/04(月) 15:04:59 :
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春のオリコ祭投稿作品になります。
参加者が漢字一文字の「テーマ」を一人ひとつ提出し、それをシャッフルして自分が引いたテーマに沿った作品を投稿するというものです。
作品テーマは以下の通りです。
ししゃもん→「悪」 引いた人→De
シャガル→「氷」 引いた人→ししゃもん
私→「散」 引いた人→同じ
風邪は不治の病→「水」 引いた人→同じ
理不尽→「巨」 引いた人→シャガル
De→「嘘」 引いた人→理不尽
つまり私は「散」がキーワードということになります。
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- 2 : 2020/05/04(月) 15:05:50 :
雨が降っていた。
大雨なのに空は黄色く明るくて、おぼろげな天気だった。
夜が近づいている空には雨雲の隙間から太陽が禿げ頭を半分ほど覗かせていて、雨粒とアスファルトに反射する。
行き先は分からない。
行く宛なんてそもそもない。
それでも走った。
雨に打たれ、服は濡れ、視界は利かず、ただただ寒い。
─────嗚呼。
やっと自由を手に入れたのに、何も持っていないんだ。
あなたといろんなところへ行きたかった。
あなたをいろんな場所へ連れて行きたかった。
だが、そのあなたさえも居なくなった。否 、自分から突き放してしまった。
あなたを失うのが怖かったのに、あなたから逃げてしまった。
名前も知らないあなたと話した夢物語も、二人で考えた冒険の書も、何もかも水滴のように蒸発した。
そんな自由に、一体何の意味があるのだろう?
何度、何度言ったっけ。
結局その続きは決まらなかったけれど。
「もし、生まれ変わったら」─────。
「梅原先生、終わりました」
「ありがとうね、佐倉内くん。みんな部活で委員会行けないって、順序逆よねぇ普通。青春が大事なのはわかるけどね」
「……まあ、部活やってないの俺だけですし」
「勿体ないわね、背もまあまあなのに。あなた体育5でしょ?すぐビッグスターになれるって里中先生も言ってたよ」
「生憎、天体観測には興味ないんで」
めんどくさそうに後頭部を掻く。
里中がそう言ったのであればやはり部活なんてやらなくていいと佐倉内は再認識した。
運動を執拗に勧める体育教師の言葉はスポーツというものに対する熱を氷点下まで冷めさせる。
「そもそも、今は勉強しないといかんですから」
「医者になりたいんだっけ、保健委員やってるのもそれでなの?」
「まあ。少しは頭の足しになるかと思って」
「とりあえずスピードラーニング流しとく的な感覚ね……まあそれはいいとして。佐倉内くん部活やってないなら、ちょっとやってほしいことがあるの」
梅原が保健室の一番端、窓からグラウンドが見えるベッドのカーテンを静かに開けた。
そういえばここはいつも閉められていて、保健室登校の生徒が使っているというのを聞いたことがある。
「この子のことなんだけだね」
墨のように真っ黒い長髪。
骸骨のように白く痩せ細った腕。
顔が赤く、じわりと汗をかいている。
「熱ですか?」
「たまに高熱を出すの。放課後にね、この子の世話をしてほしいなって思って」
「生きてる……んすよね」
「当たり前じゃない。今は寝てるだけよ。迎えが来るまでの間でいいから」
「まぁ、いいですけど。やることないし」
「サンキューね。私ちょっと時間なくなってきてるから助かったわ。今日はもう大丈夫だから、明日からよろしく頼むわ」
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- 3 : 2020/05/04(月) 15:06:43 :
保健室を出て下駄箱に歩いていると、スーツを着た男が保健室に真っ直ぐ向かっていった。
教師ではなかったが、それでいて目的地が分かっている歩き方だ。保健室に行き慣れているのだろう。
あの子の父親だろうか。
昇降口の端に座っていると、その人が職員玄関の方から出てきた。
やはりあの子を連れている。
弱々しく歩く身体を支えて黒いセダンに乗せ、自身は運転席に移動した。金持ちの娘か?
「佐倉内、帰んの?」
玄関から出てきたのは同じクラスの運動部。
上はワイシャツ、下は学校ジャージのハーフパンツ。
運動部アピール強めのデカいスニーカー。
バスケ部ではこのどっちつかずで何もかもが中途半端な帰宅スタイルが流行っているんだろうか。
「藤田か。帰るよ、仕事終わったしな」
「部活終わる時間まで梅原先生にこき使われてんのか。いいなぁ、誰も来ない保健室であんなエロい美人と2人きりなんて俺なら単に勃起するだけじゃ収まらんね。俺もコキ使……おっと、こき使われてみてえなぁ」
「今何で言い直したんだよ。委員の仕事しかしてないっつうの」
「エクセルに打ち込むだけだろ、そんなん時間かかんのか?」
「全クラス分のその日その日の体調データだからな」
「うわあ……そういうこき使われ方は勘弁だな。もっとなんか、こう、手取り足取り竿取りコースがいいぜ」
「お前と話してると莫迦が感染 りそうで怖いよ」
「ひでえ!次のテストは必ずお前より上行ってやるからな!」
「お前の点数倍にしても俺が勝つわ」
「まあ多分今回もそうなることであろう。勉強はもう十分なんだから空いた時間でバスケ部の助っ人に来てくれよな」
「いや、明日から新しい放課後の仕事ができた」
「マジで?大会まで2ヶ月ないんだが?」
「だから行かねぇって。じゃあ俺帰るわ」
「おう、昼休みのバスケだけは今まで通り付き合ってもらうからな」
「体育で十分だろ」
会話をしている間に黒塗りの高級車は行ってしまった。
自転車のペダルを踏んだ佐倉内は坂を下り、藤田は坂を上がっていった。
勿論このとき既に佐倉内は藤田のことなど微塵も考えてはおらず、保健室での出来事を思い出していた。
病気で上手く動けない人を補助する。いわゆる介護だ。
佐倉内は医学については少しずつ学んでいるが、介護についての知識は無い。
古希を過ぎてもピンピンしている人ばかり見てきたものだから学ぶ由もなかった。
だが人の命を助けるということはどちらも同じ。だからこそ佐倉内は医者を目指しており、放課後の仕事も引き受けたのだ。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「しゅんだー!!おかえりー!!」
「しゅん遊べー!!」
「おいおいお前たちや、春 は忙しいんだよ。春、夕飯できてるから」
「ありがとう、蓮野さん」
佐倉内を迎えてくれたのは、母親ではなかった。
彼が生活している孤児院の院長と、そこに住む子供たち。
現在、佐倉内が子供たちの中で一番の古株だ。両親がいた記憶は無く、拾われてこの施設に住んでいる。
いや、記憶が無いというよりも本当は─────。
「今日も委員会?」
「うん。最早ルーチンワークさ」
「大変だね。まあ将来は命を左右する人になるんだからねぇ」
「うん。だから勉強しなきゃいけないんだ。俺の判断で人を死なせたくないから」
そうだ。
医者が人の命を救う。けれど、ときにそれは人の命を終わらせてしまう。
少しの失敗が命を救う魔法から命を奪ってしまう呪いになるのだ。
大袈裟だが、言うなればそんな日々が明日から始まる。
俺は大丈夫だろうか。そればかり考える。
「考えごとかい?箸でカレー食うなんて器用じゃないか」
「どうりで食いづらいと思ったよ」
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- 4 : 2020/05/04(月) 15:07:31 :
授業中にやることは変わらない。
教師が黒板に書いたこと、口頭で言ったことを理解し、その中から大事なことを抽出して自分のオリジナルのノートを作る。
普通なら多分怒られるんだろうけど、俺は成績が良かったため『俺の勉強法』として認められ、教師は誰も咎めなかった。
要点を抑えることに重視しているので、他人 に教えるときにも簡潔で役に立つ。
「なるほどなぁ、これなら俺でも解るぜ」
「バスケットボールのように中身のない脳味噌でも理解できたか、良かった」
「ひでえ!勉強だけ野郎の癖にって言えないスペックなのが歯痒い!」
「んじゃ、俺『仕事』行ってくるから」
「ああ、いつもの委員会ね」
「いや……初仕事だ」
廊下は運動部のウォーミングアップでドタバタしている。
走るのは別にいいとして、変な掛け声をリピートしながら走るのはマジで何の意味があるんだろうか。ただ余計に疲れるだけだと思うのだが。
そんなことを考えながら、保健室のドアをノックする。
返事がない。俺は失礼します、と言いゆっくりと引き戸を開いた。
保健室は静寂に包まれている。先生はいない。
デスクのノートパソコンを確認すると、毎日のカルテを打ち込む仕事は終わっていた。
ベッドのある方を見る。
相変わらず一番端、窓からグラウンドが見えるベッドだけカーテンが閉まっていた。
音を立てぬよう、ゆっくりとカーテンを開く。
少女は眠っていた。
今日は熱はなさそうで、スヤスヤと静かにまるで死んでいるかのようにそこにいる。
ふと、窓に目をやる。
外では夕陽が空とグラウンドを少しずつ橙模様に染め始めていた。
それに伴ってこの保健室も橙色の影響を受けていく。
少しだけアスファルトに光が反射した、あの雨の日に似ている……ような、似てないような─────。
「……ん?」
「あっ……」
少女は目を覚ました。
「あ、あの、えっと……」
「2Aの佐倉内です。梅原先生に放課後あなたの看病をしてほしいと頼まれました」
「そうなんですか……ごめんなさい、こんな状態で」
「いえ、いいんです。保健委員なので」
「燕木 ……です、私。2C……です。一度も教室行ったことないけれど」
「ツバキさんですか。これから毎日、放課後看 にきますので」
「はあ」
「……あの「ここからいつも、みんなが部活でワイワイしてるのが見えるんです」
「……え?」
「私は生まれてからずっとこんな感じで、スポーツなんてほとんど出来ないから、羨ましいんです」
「……生まれつきの病、ですか?」
「え、ええ、まぁ、そのような感じの、うん。そうです」
「…………」
「私もああやって自分の足で野を駆けてみたい。ああやって思いっきり腕を振ってみたい。
みんなとても楽しそう。だから好きなんです、ここから見えるグラウンドが」
「……もし。 もしも貴女が健康で元気だったら何をしたいですか?」
「そうですね……やっぱり先ずは全力で走りたいです。脚をフルに動かして思いっきり─────あ、ごめんなさい。私ばっかり一方的に」
「いえ、いいんです。それが俺の仕事ですから」
驚いた。
最初の一言でなんとなく、この人は俺から話さないと会話ができないタイプだなと思ったから。
困ったものだなぁ、俺は会話を続けるのがあまり得意ではないんだ、とか考えていたのは杞憂だったようだ。
そして、声もしっかり出ている。
病弱な人間というのはどうしても掠れたような一生懸命絞り出したような声で話す印象があったので、明るく元気に語る姿はとても意外であった。
どこかで見たような誰かと、少しだけ重なっていた。
「あ、もうすぐ迎えが来ます……ごめんなさい、こんな時間まで」
「いえ、いいんです。俺、玄関まで運びます」
まさしく老人を介護するかのように支えながら歩く。
自分より足の遅い人にわざわざ合わせて走ってるような気持ちだ。
「燕木さん」
昨日見たスーツの男だ。
背後には昨日と同じ黒いセダン車
さん付けで呼んでいる。父親ではないのか?
俺は彼女を男に渡すと、男はありがとうとだけ言って一礼したあと彼女を乗せて自分も車に乗り込んだ。
車が校門から出るまで見送り、俺も帰宅した。
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- 5 : 2020/05/04(月) 15:08:05 :
「春、また考え事かい?」
「ん?」
「パスタを箸で食うなんて。まぁ出来なくはないけど」
「違和感なかったわ」
考え事はしている。
彼女のこと。
俺たちはこのように何の違和感もなく箸を使っているが、生まれつき両手のない人は手があったら「箸を使ってみたい」と思うものだろう。
何の違和感もなく毎日歩いたり自転車を使って登校しているが、足のない人は自分で歩いて学校に行くことができない。
足があったら、自分の足で歩いて外に出られたら、学校に通えたなら、どれだけ感動するだろう。
それと同じだ。
生まれつき病弱な人間と、何の疾病もなく元気な人間の差。
歩行もおぼつかない身体で17年を過ごしていたら、何気ない運動さえ羨ましいはず。
しかも彼女は五体満足で走ろうと思えば走れる身体だ。障害でなく目に見えない病気で動けないのは、悔しくて悔しくてたまらないだろう。
俺もきっとそうだ。
あんな風に不自由だったら、自由が欲しくなる。
「……自由」
自分で自分の言葉を繰り返す。
誰でもいつでも使うこのワードに何かが引っかかった。
重なるのか。
重なるのか、彼女と『あの人』が。
そういえば、どことなく似ている。
急に向こうから話し始めるあの感じ。
何にでも夢を見る少女を相手にしているような、純粋な心で一方的に話しかけられてるような。
楽しかった。
あの人と話していると、脳内でRPGをやっているような、そんな気になった。
先の未来に夢を見ることができた。
それなのに俺が置いてきてしまったんだ。
あのとき無理にでも連れ出せばよかった。
あの状態ならどうせ長くは生きられないのは知っていたのだから。
そんな中でも一日でも一時間でも一秒でもできるだけ長く生きていてほしいと思う自分と、死ぬ前に思い出を作りたいと、外の世界へ一緒に行きたいと思う二つの心の間で揺れていた。
幼かったあの日俺は他人の命の責任まで背負えなくて結局「生きてさえいれば延命の方法が見つかるかもしれない」と、あの人が長く生きられる方を選んだ。
あれから11年が経っているのに自分は何の障害もなく今でも普通に生きていることが、あの日の決断を後悔させた。
やっぱり間違っていたんだ、連れて行けば良かったんだと。
あの施設は今どうなったのか、調べればすぐ分かるのにそれすらずっとしなかった。
もう何もかも忘れたくて。思い出したくなくて。
どうせもう、会えないんだからと。
何度自分に言い聞かせてもダメだった。
本当に無力だ、枯れるしかない花みたいに。
本当に無価値だ、誰も見つけない花みたいに。
「アンタあれだね、好きな人いるね」
「え?」
フォークを持った蓮野さんがいつの間にか真向かいに座っていた。
箸で9割を食べた俺にはもう必要のない代物なのだが。
「春さん恋してんですかー?」
孤児院で一番歳の近い子が反応する。
「何言ってんだ、そんなわけ───」
「そりゃあねアンタ、恋だと気付いてないのさ」
「うーん……そんなもんなの?」
「そうですよー。特に一目惚れとかだと最初は気付かないんですよ」
「俺が……ねぇ。ふうん」
「まあ大変なのはわかるさ。けどそういうのも必要だよ、学生時代にしかできないこともあるからね。学業と青春、両方やらなくちゃあならないってのが学生のつらいけど良いところだね」
「そうですよ春さん。恋するなら青春 の時代 ですよ〜」
「……考えとく」
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- 6 : 2020/05/04(月) 15:08:48 :
俺が、恋ね。
まさかね。
11年前と同じ思いをしないために医者に、というか詳しくは薬剤師になりたいと思い、勉強にだけ励んできた俺が、ね。
たまたま運動神経も良かったから友達作りには困らなくて、そいつらがクラスで誰が好きとか誰が可愛いとか心底興味なくて。
クラスの仲良い女子が誰が好きとか誰がカッコいいとか誰が彼女と歩いてたとか心底どうでもよくて。
お前らそんなに女子にモテたいんだったらもっと死ぬ気で勉強して頭良くなって学歴つけりゃいいじゃんか、と常に思ってて。
オタクどもはこいつらに僻んでる暇あったら痩せて身なり整えて、運動も学業も一番とは言わないからそれなりに両立させて、さらに言えば何か一つでも趣味を極めればそれでいいんじゃないか、と常に感じてて。
よくよく考えたらコレ、俺こいつらにすごい興味あってこいつらのことよく考えてる人みたいじゃんか。
もしかしたら、そうなのだろうか。
俺は勉強だけじゃない、友達が好きで、恋愛にも興味があって、それで好きな人がいて─────。
「佐倉内、聞いてるか?」
「あっハイ」
「大丈夫か?手が止まってるぞ」
先生に名前を呼ばれて我に帰る。
教科書はもう俺が開いている数ページ先まで進んでいた。昨日既に予習した場所だが。
「珍しいなぁ。昨日夜更かしでもしたか?」
「まあ、ハイ、そんなトコっす」
「はははは。勉強のしすぎだなぁ。良いことだが、身体を労ってやるのも忘れるなよ?」
「センセー、違うっすよ。こいつちゃんと保健室で梅原先生と身体労ってますよ」
「何ぃ〜?やっちまったなぁ佐倉内。羨ましい奴めぇ」
先生が笑う。クラスも笑う。俺も少し笑う。
昨日までならこういう空気に辟易して作り笑いさえできなかったが、今日は違った。
俺が藤田みたいな頭空っぽでどう考えても相性合わなそうなやつと仲良いのも、もしかして俺に人並みの感情があるってことなのだろうか。
「佐倉内、今日も保健室か?」
「そうだけど藤田、お前今日の数学のときのアレ忘れないからな」
「ちょっと待て!アレは和ませようとして言ったの〜!」
「よーし、じゃあ今日はお前用に作ったワークシートやるから明日までに解いてこい。今日は一睡もできないと思えよ。明日お前が先生に注意されたら俺が和ませてやろう」
「ひでえ!絶対あることないこと言う気だ!」
藤田と別れて保健室へ。
梅原先生は今日もいない。
「佐倉内さん」
一番端のベッド、少し開いたカーテンからひょこっとこちらを覗いていた。
「ツバキさん。体調はどうですか」
「今日は普段より調子が良かったです。いつもより長い時間勉強できました」
「勉強?ここで?」
「はい。クラスのみんなが勉強したのと同じ内容のプリントを貰うので、教科書を見ながらそれを解いてるんです。あとはワークブックを」
「少し、見せてもらってもいいですか?」
どうぞ、とプリントとワークを見せてもらった。
多少間違っている部分はあるが、どの科目も基礎がしっかりとできている。
教科書だけを見て、つまりほとんど独学でここまでできるのはすごい。
少なくとも教科書を開いて授業を聞いてノートを作っているはずのクラスの奴らよりは何倍も頭が良い。
もし自分の意思で普通に何処へでも行けたなら、すごい人になっていたかもしれない。
「どう……でしょうか?」
「すごい……と思います。いや、すごいです。頭良いんですね」
「もっと、もっと勉強しなきゃいけないんです」
「え?」
「私は運動ができないから、学力だけはどこまでも伸ばしていかなくちゃならないんです。私にはこれしかないから……みんなよりももっと勉強して、世界で一番頭良いくらいの人にならなくちゃ。だけど」
「だけど?」
「難しいですね、教科書だけじゃ。どうしても限界があるように感じてしまいます」
彼女は目を伏せて溜息を吐いた。
泣き出しそうなのを堪えるかのように。
これしかない、と思ったものに限界を感じたらそりゃ泣きたくもなるだろう。
勉強だけじゃない、それこそスポーツや芸術・芸能なんかもそうだ。
藤田が怪我が何かでバスケができなくなったら、あいつも泣くだろうか。
そのときはまたどうにか周りが助けてくれるだろうか。
……あれ?
そういえば俺はなぜあいつに勉強を教えているのだろう。
向こうから教えてくれと言ってきたのは、テスト期間のみだ。
向こうが学びたがっているのはいつも、テスト用の『その場しのぎの知識』だけだ。
そんな奴に知能 のレベルに合わせたワークプリントまで作っているのは、何故だ?
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- 7 : 2020/05/04(月) 15:09:46 :
「俺と勉強しませんか」
「え?」
それは、咄嗟に出た言葉だった。
随分前にも同じようなことを言った記憶がある。
────藤田、俺が勉強教えてやる。
────お前が行きたい大学に入れるように。
────お前が『勉強しときゃよかった』って後悔しないように。
────バスケができなくなっちまってもまだどうにかなるようにだ。
「俺、医療関係者になりたいんです。そのために毎日、学校でやる授業の他に自分の夢に必要な分野の勉強を独学でやってます。
学校の勉強は、他人に教えられるように独自のノートをとってるんです。友達にも先生にも分かりやすいって褒められたりしてます。
俺なら、あなたに勉強を教えられます。あなたが分からないところもなるべく分かりやすく教えます。あなたが学びたいことも、調べてきて翌日一緒に勉強します。
勉強だけは、躓いても挫けても助けてあげられます。
俺があなたの先生になります。家庭教師になります。あなたを世界で一番勉強のできる人にしたい」
静寂。
まるで漫画のような合間だ。
「……す、すいません。なんか俺熱くなっちゃって────」「嬉しい」
泣き出した。
彼女は俺に抱きつくように胸で泣いた。
「私、諦めかけてました。やっぱり無理なんじゃないかって。唯一自由に動かせるのが『頭脳 』だから、これだけは絶対に頑張ろうって、でも完璧になれなくて。
何もかも、私にできることなんかないんじゃないかって、まともにクラスにも居られない私を助けてくれる人なんていないから、だから、嬉しいです」
「俺は……って、ん、あれ、ツバキさん?ツバキさん!」
彼女はガクッと力を失った。
「燕木さん!!」
突然背後からの声、入ってきたのはスーツの男。
「ちょっと気を失っただけ、か。良かった」
「あ、あの……」
「君が燕木さんを看ててくれたのか?ありがとう……ん?君、もしかして昨日の」
「あ、はい。そうです。佐倉内です。保健室 の梅原先生から放課後の看病頼まれてます」
「あ、そうだ、佐倉内君だ。昨日燕木さんが言っていたよ」
「はあ。で、あの、これ大丈夫なんですかね」
「うん。ちょっと張り切っちゃったのかなぁ。しばらく大人しく寝かせておけば目を覚ますよ」
「はあ、それは良かった……。そういえば、あなたは?親御さんですか?」
「ああ、私はね、父親ではないんだよ」
「え?」
「私は梅原さんの知り合いで、彼女に協力しているんだ。彼女がいた施設が無くなって、私の家に燕木さんを泊めている、というか部屋を貸している状態だよ」
「そう、だったんですか」
「うん。でも、燕木さんのことは実の娘のように思っているよ。私には彼女の3つ上の娘がいてね、彼女のことを大切に思っていてくれてるんだ。家では彼女にピアノを教えていてさ」
「でしたら、何故どこか他人行儀な呼び方なんですか?」
「ああ、それはね。彼女、自分の名前が嫌いなんだ」
「名前?」
「『秕 』っていうのはね、『実のならない種子』のことらしい。だから彼女はそう呼ばれるのが嫌いなんだ」
「えっ『しいな』?彼女の名前?じゃあ『ツバキ』って苗字だったんですか?」
「えっ?ああ、そうだよ。燕木は私の苗字なんだ。そうか、『つばき』も名前っぽいなぁ、確かに。あんまり違和感ないなぁそういえば……あっ」
「話しすぎですよ」
「目を覚ましていたのか……すまない」
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫です。少し、熱くなっちゃったみたい。ごめんなさい」
「そうですか。無事なら良かった」
「そういえば、佐倉内さんは下の名前、なんて言うんですか?」
「あっ俺?ですか?そういえば、言ってなかったかなぁ」
「ええ。気になるわ」
「『しゅん』、です。はる、春夏秋冬の春で『しゅん』です」
「春さん─────『さくら』で『はる』、なんですね」
二人が保健室から出た後、帰りを見送った俺は昇降口に座り込んだ。
同じ年齢。
昔は施設にいた。
病弱。
名前を言いたがらない。
もしかしたら─────。
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- 8 : 2020/05/04(月) 15:10:45 :
「あ、そこはちょっと工夫が要るんです」
「こっちですか?」
「そう、それです。公式を少し変える必要があって」
「これちょっと分かりにくいんですけど、この時こういう反応が起きてるんです」
「ごめんなさい、最初から、いいですか?」
「大丈夫ですよ。一回じゃ絶対わかんないと思うんで」
「これ、実はこういう意味になる言葉でして」
「ああ!こういうことだったんですね!」
「ええ。これ、授業のとき先生がチラッと喋ったんですよ。それ最初に言ってりゃ簡単だっただろって」
「確かに!意味が分かっていたらすぐできたかもしれませんね」
こんな感じだ。
俺のノートを見せて、教科書を読みながら、たまに雑談を交えて。
過去に習った部分も少しずつ復習しながら、まだ習っていない部分にも二人で手をつけていった。
俺が独自に作ってきたワークプリントも難なく解けるようになった。
ある日は俺が訂正されたときもあったくらいだ。
大学レベルの問題にも取り掛かりたいところだがあんまり詰めすぎると彼女は知恵熱を出してしまうだろう。
実際、毎日こうしていたわけではない。
熱を出したときはずっと看病し、気分のすぐれないときは無理に勉強させず、寝ているときは起こさなかった。
「梅原先生、今日もいないか」
気がつけば俺の学校生活は放課後に重点が置かれるようになった。
授業がほとんどうわの空で、後から自分で勉強するのがほとんどだ。
藤田にも作ってきたプリントを渡すだけでそれ以上構っていられなくなっていた。
腹が減ったときに昼休みが来るのを待つように、金曜日に帰りのHRが終わるのを待つように、俺は毎日早く放課後になってほしいと思いながら過ごしていた。
勉強を教えるのが楽しいとか、自分だけの特別な時間とか、誰かに聞かれたらきっとそういう言い訳をするのだろう。
俺はただ、彼女に─────。
「春さん」
「燕木さん、調子はどうですか」
「だいぶ調子がいいわ。毎日、春さんが来てくれるからですね。ああ、それと……」
「何でしょう?」
「名前、で……呼んでくれます、か」
「燕木さん、自分の名前は嫌いだったんじゃ」
「名前なんて、案外適当なものです。とりあえず当て字みたいにして付けたのかも知れません。だから、意味を考えるのはやめます。それよりも」
「それ、よりも?」
「あなたに、名前で、呼んでほしいんです」
俺は少し黙ってしまった。
今までに抱いたことのない感情が湧いてくる。
胸が熱くなる、というのが正しいのだろう。
「……秕、さん」
緊張して、ぎこちなくなってしまった。
しかし、不安そうにしていた彼女の顔はパッと明るく咲いた。
「嬉しいです、春さん」
「それは……良かったです。俺の名前も、多分適当なんじゃないかと思うんです。苗字に『さくら』が入ってるから『春』、みたいな、何かそんな感じに」
「ああ、そうだ、さくらと言えば」
彼女は窓の外、もうすぐ散り始めそうな桜の木を見た。
「花が散るのって、実は色んな表現があるんですよ」
「……表現?」
「ええ。桜は『散る』ですが、梅の花は『こぼれる』って言うんです。牡丹の花は『崩れる』、菊は『舞う』、そして椿は『落ちる』って言うんです」
「ああ、『落椿』って言いますもんね、そこから来てんのか。にしても初めて知りましたよ」
「花って、人間みたいですよね。咲いて、枯れて、また咲いて、と繰り返して。散るからこそ美しいっていう儚さも……」
「散るから美しい、ですか」
「人間は老いていくし、いずれ命が散ってしまう。けど、その弱さ、儚さの中でも、綺麗で、美しく、輝いていたい。そういう感じ、なんだか似てますよね」
「……国語に関しては秕さんの方が上みたいですね。俺が教わりたいくらいです」
「ふふふ。いつか私が春さんの先生に……先生、先生……そうだ」
「私、夢ができたんです」「夢?」「はい」
「私、先生になりたい」
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- 9 : 2020/05/04(月) 15:11:57 :
「春さんと一緒に勉強して、もっともっと頭良くなって、知識を取り込んで、今度は私が春さんみたいに誰かを助けたい。
そういう存在になりたい。それまでには元気になって、そしたら、私、春さんと─────」
彼女は咳をした。
同時に吐血した。
今までは熱が出たり、急に気絶したり、と色々あったが、今回は明らかに今までとは違う。
俺はそれを一瞬で理解した。
血の気が引く。嫌な予感が肌にビリビリと焼き付く。
不安が下腹部をせり上げてくる。
「秕さん!」
「春、さん……ごめ……さい」
「秕さん!!!」
間も無く救急車が到着、俺も病院へ同行した。
あとから燕木さんもやってきた。
医師が言うには、『とても危険』とのこと。
半月、持つかどうかというレベルらしい。
先生になる。そのために勉強する。
夢を語ってからここに至るまで、何分の世界だった?
咲いた花が、心無く踏まれて枯れた。
嫌な予感が、すべてその通りになった。
「佐倉内君、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ。こんなときに言いたくないんだが」
「何……ですか?」
「梅原さん、亡くなったんだ」
驚いた。
が、なんとなくそんな感じはしていた。
突然知らない生徒の世話なんか頼まれて、しかも『時間がなくなってきた』という言葉。
梅原先生は自分の死期を悟って俺に彼女を託したのか。
「それでね、梅原さんと燕木さ……ああ、秕のことなんだけど」
「まさか」
「うん、そのまさかなんだ。症状が酷似していると」
梅原先生は難病だったそうだ。
普段はそんな感じには見えなかったが、秕さんの看病を頼まれる一週間前からやたらと俺自身のことについて質問してくるようになった。
部活はやらないのか。
恋人、または気になってる人はいないのか。
交友関係は上手くいってるのか。
理想や夢は実現できそうか。
燕木さんも梅原先生に頼まれていた。
先生にとって秕さんが何か特別な存在であることは間違いない。
「……秕さん」
呼吸器がつけられ、点滴を打っている。
顔はさらに蒼白になり、映画でよく見る亡霊のようだ。
微かに開いた目はほとんど光が無い。
保健室で看 てきた明るい彼女とは他人だった。
「春……さん」
「……ごめんなさい。ずっと、迷惑しかかけてないわ」
「いえ、いいんです」
「俺は、ずっと、ここにいます」
「あなたが辛く苦しいときも、逆に調子の良いときも、俺はずっとあなたのそばにいます」
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- 10 : 2020/05/04(月) 15:13:05 :
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俺は学校を休んでいた。
熱が下がらないと伝えて、何かあれば孤児院でなく俺の携帯にと言っておいた。
一週間以上休んでいるが、俺の成績なら問題ないだろう。
「春さん」
「はい」
「カーテン、閉めてくれませんか?」
彼女が入院してる部屋は一階で、外では祖父母の見舞いに来たのであろう家族の子どもたちが暇を持て余していた。
笑顔でワイワイ騒いで元気に駆けまわっている。
「閉めて……いいんですか?」
「はい。今は……元気な人を見てると、憎くてたまらないの。どうして私はこんな思いをしなければならないのかって。
私は幼い頃からずっと不自由だったのに、どうして彼らはあんなにも自由に走りまわれるのかなって、考えてしまうんです」
『私もああやって自分の足で野を駆けてみたい。ああやって思いっきり腕を振ってみたい。
みんなとても楽しそう。だから好きなんです、ここから見えるグラウンドが』
いや、いい。
もう一週間前の話だ。
人の気持ちなんてすぐ変わってしまうものだろう。
俺は自分にそう言い聞かせてた。
「私、悪い人だわ。誰かに、自分と同じ思いを味合わせてやりたいって思ってる。
自由に歩ける人を見ると、足を切り落としてやりたいって思っちゃう。
私は……私は、悪い人。春さんにも、嘘をついて」
「嘘?」
「はい。私ずっと……。私は生まれつき長くは生きられなかったんです」
「病気では……ない?」
「ええ」
「私、花から生まれたの 」
言葉が出なくなる。
絶対零度で、すべてが止まったような。
「何の花だか、分からない。けど、私は花から生まれ、研究されてきたの。人間と花の、実験。目が覚めたとき、私は施設にいて、梅原先生が私の世話をしてくれたんです。
梅原先生が言ってたの。私も同じだって。もう一人、男の子がいたけど、その子も同じなんだって」
「本当は、普通なら最大でも10歳までしか生きられないって言ってた。
だから、私と先生は『長寿』って、そう言ってたわ。
先生が亡くなったの、私、おと…燕木さんから聞いて、知ってたんです」
「春さん、こっち、来てください。コレを」
彼女が震える腕に必死に力を込めて俺に渡したのは、ピンク色の液体が入った小さな瓶だった。
瓶は親指ほどのサイズしかなく、中の液体も少ない。
「これは……」
「梅原先生から貰ったんです。苦しくなって、どうしようもなくなったら、それを飲んでって言われました。濁してたけど……なんとなく、分かります。それはきっと、延命の薬じゃない」
「それを飲んだら、きっと私、もうあなたに会えなくなります。けど私、一人じゃ飲めなくなっちゃったから……だから」
「春さんが、あなたがそれを……私に……」
「私、幸せでした。あなたに会えて、本当に」
「桜が咲いて散るような、刹那の出会いでした。それでも私、幸せです」
「私は、あなたが、好きでした。私が、もう少しだけ、元気だったなら……キス……とか、してみたかったです」
「もし、花みたいに、また咲いたら、また生まれ変わったり……とか、その、したら……きっとまた、春さんと出会うの。一緒に、初めましてって言って」
「そして一緒に……一緒に勉強も運動も、一緒にして……きっと、その、結ばれて、それで、ですね、あの、いけない事も……少しだけなら」
「だから……もし、生まれ変わったら──────────」
生まれ変わったら─────。
その先は、聞けなかった。
『もしもし、どうされました?』
「104号室です」
「燕木秕さん、亡くなりました」
椿の花が、静かに落ちた。
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- 11 : 2020/05/04(月) 15:14:34 :
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いろいろあった。
通夜も葬儀も、そりゃもういろいろやった。
彼女のクラスメイトは、誰一人来なかった。
当然……なのだろう。一度会ってるか会ってないかというレベルだろうし。
中途半端に来られても彼女はきっと困るのではないだろうか。
出たくもないであろう通夜にクラスのみんなを巻き込んでしまった、とか言って。
「佐く……春君、すまない。最後まで、秕を」
「…………謹んで、お悔やみ申し上げます」
「ああ、いいんだ、ありがとう」
「燕木さん、これからは……」
「秕のことは忘れない。春君のことも、梅原さんのことも。本当に……本当に、ありがとう」
俺が言葉を返す間もなく燕木さんは背を向けて歩いていった。それから燕木さんとは会っていない。
当たり前か。接点が無くなってしまったのだから。
それから俺は行方不明になった。
一週間かけてやってきたのは、俺の記憶が一番古い場所。
ようやく調べる気になって足を運んでみたら、ああ、誰もいない廃墟になっているではないか。
そう、雨が降ったあの日俺が逃げ出した、研究施設。
人間と、花。その身体と命の研究。
『私、花から生まれたの』
確信した。
11年前、自分の名前を言うことを嫌がった、俺と同い年の女の子。
夢を語って、いつか一緒に外に行こうって約束した、椿から生まれた女の子。
桜から生まれた俺に『さくら』とは何か、と聞いてきた女の子。
俺が出て行ったとき、置いてきてしまった女の子。
「生まれ変わったら」の続きが決まらなかった女の子。
秕さん、間違いなくその人だった。
─────嗚呼。
俺は2回もあなたを置いてきてしまった。
あなたと一緒に出たかったのに、俺だけが外に出た。
あなたと一緒に夢を叶えたかったのに、俺だけが生きている。
やっと自由を手に入れたのに、結局何も持っていないな。
あなたといろんなところへ行きたかった。
あなたをいろんな場所へ連れて行きたかった。
名前を知ったあなたと話した夢物語も、二人で考えた将来の話も、何もかも桜のように散った。
やっと会えたのに、俺はまた間違った選択をしてしまった。
あなた無しで手に入れた自由に、あなたと叶えられなかった夢に、何の意味もないのだ。
俺はポケットから、ピンク色の液体の入った小さな瓶を取り出した。
梅原先生が秕さんに遺したものであり、秕さんが俺に遺したもの。
いやぁ、俺はよく頑張ったと思うんだよな。
半年も生きられないって言われた俺が17年間生きたんだから、十分長寿だよ。
友達には恵まれて、小さい頃好きだった人にも再会できて、しかもその子と両想いで、二人だけの時間を過ごせた。
なかなか咲かない人生だったけど、最後に満開になってよかった。
治したい人を失ったから、医者になる理由は失くしてしまったけど、もう十分生きたよ。
この薬が、延命の薬でないのなら。
俺は瓶の中身を全て飲み干した。
「飲み干す」という量じゃないが。
効果はすぐに現れた。
眠気がすぐにやってきて、全身が動かなくなって、皮膚が花びらのように剥がれ、風に舞い始めた。
身体がバラバラになっていく。
少しずつ意識が遠のいていく。
「もし、生まれ変わったら」─────。
桜の花が、静かに散った。
「あの」
「ん?」
「あ、目覚ましたのね」
「何だろう、ここ。花しかない。綺麗ですね」
「ええ、とても居心地がいいわ……あっ」
「ごめんなさい。私ったら、まだ名前も聞いてないのに」
「ああ、俺、佐倉内です。あなたは?」
「私、燕木といいます。これも何かの縁ですよね。ふふふ」
もし、生まれ変わったら─────。
─────初めましての再会をしよう。
END
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- 12 : 2020/05/04(月) 15:15:30 :
- 青春と言ったら青春です。
引き続き他参加者の作品をお楽しみください。
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