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屍人

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  1. 1 : : 2019/08/13(火) 22:57:45
    暗がりの中に水の音が反響する。

    ここは『レイン・ダンジョン』

    基本的なダンジョンは迷路の様になり、全体が石で覆われているが、ここは常に石の表面が濡れている。
    そして上からは定期的に多量の水が降ってくる。
    足も滑りやすく、魔物は殆どが斬撃が通用しないので、探索者にはあまり人気ではない。

    その奥深くの中心部に鎧兜を装着している彼がいる。
    ただの質素な鎧ではあるが、常時滴り落ちる水によってその鎧兜は洗浄され、少し高価に見える。

    彼の元の名は「モナーク」。

    水も滴るいい男であるが、彼は既に死んでいる。
    肉は腐敗し、甲冑の中身はただの骨体。
    所謂スケルトンである。

    大昔にこのダンジョンで鎧のまま死んだ探索者が、何故か意志を持ち始めまた探索し始めたのだ。

    勿論、徘徊する魔物達には敵対されない。
    彼も魔物に敵対しようとはしない。明確な考えというものを持ち合わせていないからだ。

    彼の目的は探索する事だけ。


    今日もまた彼は探索し続ける。まだ見ぬ宝を目指して。
  2. 2 : : 2019/08/13(火) 23:51:14
    ダンジョン内の道の出口に向かって当てもなく歩いているモナークは、道端で聖女の銅像に向かって何か祈っている女性を見つける。

    モナークは何もしない。認識と言えば、ただ目の端に生命が蠢いているだけだ。

    彼女は彼に気付き、彼に向かって十字架を突き付ける。

    「帰りなさい。…死者に授ける言葉はありません。」

    モナークは何も言わない。それに、何もしない。目の前にいる彼女を無視し、そのまま横の道に入っていった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ━まずいな。

    目の前にいる小鬼と倒れ、弱り切った仲間達を見て思う。

    俺は小さい村から出てきたただのしがない僧侶。

    パーティーメンバーは戦士、魔法士、僧侶と在り来りなメンバーだが、俺にとってはかけがえのないメンバー達だ。

    だが俺達はこのダンジョンの適正レベルを侮っていた。

    いくら何でも平均レベルに達したからといって安易に突っ込んではいけないのだ。

    だがまさかただの小鬼だけでこんなに痛手を喰らうととも思わなかった。

    「グウゥウ…ウ…」

    小鬼も相当なダメージを負っている筈だ。今は倒れている仲間達よりこいつを倒すのを優先しよう。

    杖を構えた所で、後ろから気配がする。

    「アンタ!ちょっと手を貸してくれ!」

    助けを求める。なんて運がいいんだ。

    見たところ俺と同じ職業柄だ。全身鎧なので相当高位な探索者だろう。

    背中には太刀を持っている。

    俺は安堵し、小鬼に向き直った。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    彼は目の前の男は何故安堵した表情になっているのか分からなかった。

    男の前にいる小鬼は剣を持ち、腹辺りを抉られ、苦痛に顔を歪めている。

    「アンタ!俺がこいつを惹き付けるから、その隙にやってくれ!」

    男は杖を持ち直し、小鬼に向かっていく。

    当然だが、彼は何もしない。言葉は分かるが、その言葉の意味を考えようとはしないのだ。

    小鬼は剣を振りかざし、男に攻撃する。男は腕辺りを斬られ、少しよろける。

    「お、おい!どうしたんだ!早くやってくれ!」

    男は苦難の表情でモナークに叫ぶが、その声は届かない。

    「グルルァ!ギャア!」

    小鬼によって、一太刀一太刀男に傷がついていく。

    いつの間にか、男体を覆っていたローブが着るものとして機能しなくなっていく。

    「クソ!なんなんだよ!なんで見てるだけなんだ!!」

    男はついに逃げ出そうと出口の方向へ向かうが、小鬼に背中を斬られ、倒れている仲間達と同じように突っ伏す。

    小鬼の剣さばきは圧巻だ。
    徐々に男を壁に追い詰めていく。

    「ヒッ!や、やめてくれ!おい!やめろ!やめて!嫌だ!嫌だぁ!」

    ドスッ。

    小鬼の剣が男の頭に突き刺さり、男は事切れた。

    「………」

    小鬼は少しモナークを一見し、歩みを進める。

    恐らく男が助けを求めたので同類だと思われたのだろう。

    モナークは分からなかった。今まで敵対していなかった生命がいきなり敵意を剥き出しにして襲ってくるのだ。

    「グルギャァァ!」

    小鬼が一気に走り出し、血塗られた剣でモナークを狙う。

    「グルァォ!?」

    モナークは小鬼の細い腕を掴み、横にある石に小鬼の身体を叩きつけた。

    「ア…ギ…!ウ ウゥ…」

    小鬼は金切り声を上げながら事切れた。

    モナークは既に死んでいる男に歩みを進め、男の腕を持ち、腕をもぎ取る。

    グヂィ、と嫌な音が鳴る。
    モナークは腕を兜の前に持っていき、静止した。

    眺めているのだろうか。しばらくするとモナークはもぎ取った腕を持ち、どこかへ去っていった。
  3. 3 : : 2019/08/14(水) 14:38:57
    ダンジョン内には「宝箱」というものがある。
    要は中に価値があるモノが入っている箱のことである。

    そこにある半径30cm 直径20cmの木箱。

    彼はその宝箱の中に先程取ったモノを入れた。

    細長く、それでいて少し汚れのついたモノ。

    それを木箱に納め、彼は背中を見せて歩いて行く。

    彼は知ってしまった。

    宝を。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    「おい、本当にここであってるのか?」

    「ええ、勿論よ。私のスキルによれば、後もう少しかしら」

    横にいる女…ミリウッドはそう言って誇らしげにしているが、コイツのスキルは宛にならない。

    今まで何度かコイツと共にダンジョンを廻ってきたが、一回も宝箱に遭遇した試しがない。

    それどころか魔物の巣に到達する事もあるくらいだ。

    まあ、このダンジョンの適正レベルはそんなに高くない。

    難所と言えば知能を持った魔物が不意打ちを仕掛けてくるくらいか。

    「ちょっとリフト。何しけた顔してんのよ。」

    「どうせならもっと有能な仲間が欲しかったぜ…」

    「どういう意味よそれ!そう言っていつもアンタは…」

    「はいはい。早く行くぞ…あれ?」

    ふと横を見ると、さっきまで一緒に歩いていたミリウッドがいない。

    まさか――

    「ッ……!!」

    下を見ると、首の折れたミリウッドが、そこに転がっていた。

    身体中から汗が吹き出してくる。

    なんでだ?仮にもこいつは探知スキルを持っていたハズだ。

    このレベルのダンジョンなら何処から襲いかかってきてもミリウッドは察知できる。

    なのにどうやって…

    「ハァ……ハァ……」

    身体が震える。呼吸も乱れてくる。

    まさか…このダンジョンにはまだ未確認の魔物がいるって言うのか…?

    ゆっくりと引き抜き、剣を構える。

    剣の芯が驚く程にブレている。

    緊張で視界もぼやけて見える。

    「……出てこいよ…!切り刻んで…やる…」

    精一杯の虚勢。

    俺より遥かに強いミリウッドが死んだんだ。

    適うハズがない。

    だが俺は今死んだミリウッドの為にも、やらなくちゃならない。

    もう一回ミリウッドを見る。

    首が折れ、目は開けたまま。

    腕は両腕とも無くなっている。

    前に向き直った。

    ……………

    あれ?

    こいつ、腕なんか――

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    グキャッ…

    首の骨が回り、頭ごと回転する。

    グヂィ…

    鎧の騎士は、さっきまで立っていた男の腕をもぎ取ると、そのまま暗闇に去っていった。

    魔物には、癖がある。

    ある特性、とでも言うべきか。

    スライムは飲み込んだ植物や生き物を中で溶かし、栄養分にする。

    植物系の魔物は、人間や他の魔物を取り込み、絞って栄養分を摂取する。

    彼もまた、魔物だ。

    だが彼の場合、癖ではなく、習慣づけられた行為だった。

    ヒトの腕を集める。

    傍から見れば残虐極まりない行為。

    だが、彼は一目惚れしてしまったのだ。

    自分とは違う、きちんと鍛えられた筋肉。

    自分とは違う、しっかりと持つことの出来る器用さ。

    自分とは違う、手から薄ら見える血液。

    羨ましい…ではない。

    生前の恨み…ではない。

    ただ単に好きなのだ。

    好意を持ってしまった。

    意志を持ち、知能を持ち、その上特殊な嗜好まで持った彼はもう止められない。

    次は、あの祈っていた彼女にしようか。

    はたまた、別のツテを探そうか。


    「意志」は「意思」と成り、貪り喰らう。


    この日、初めてモナークは、想う事が出来た。
  4. 4 : : 2019/08/18(日) 21:32:16
    「どうか…我らに恵みを…!エルメス様…!」

    私はある聖女の銅像に向かって十字架を額に募り、祈る。

    この聖女の銅像の元となった神の名はエルメス。

    古代神話、『恵み』の神としてありとあらゆる者を救い、分け与えていた。

    私はある街に住んでいる。

    名を「ヘンク」と言い、首都、「ホーリーローフ」を囲むようにして建てられている四つの街の一つだ。

    ヘンクは治安が最も悪いとされている。周りが砂漠であるのも関係しているのだが、問題は別だ。

    食人族の「カニバル」や獰猛で人を生きたまま貪り食う鳥類「ユークリッド」が周りに闊歩しているからだ。

    近衛兵は毎回忙しそうにしており、時には衛兵全員が瀕死になる位だ。

    そんな荒廃寸前のスラム街に私は生まれ、盗みなどで過酷な世界を生き抜いていた。

    そんな時、母はもう一人弟を生み、亡くなった。

    弟はいつも弱気で、盗みを働く私を見ては怖がっていた。

    ある時、弟が病気を患った。

    こんなスラム街だ。あらゆる感染病が蔓延している。

    表の街に出れば、なんとか薬は持ってはこれるが、近くにいる衛兵が黙っているわけがない。

    私は何度も薬を盗みに潜入したが、尽く捕まっていた。

    そんな時、弟の病気を治せる唯一の薬草がここ、レイン・ダンジョンの最深部にあると聞いてやってきた。

    結論から言うと、見つけた。

    だが、数多の魔物がそれを守っていた為、傷を負いながら命からがら逃げ切ったのだ。

    …もう、足は動かない。

    幼い頃から極悪非道なことをしでかしてきた私には慈悲の欠片も与えられない。

    せめて、最期に「祈った」という安心感だけでも…

    …ふと、気配を感じる。

    「……!あなたは…!」

    後ろを見ると、見知った顔の探索者が立っていた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    彼は、目の前の彼女をよく見る。

    なんということだ。前はよく見ていなかったが腕が傷だらけになっている。

    彼は、彼女を癒そうと手を伸ばす。

    「…ああ。良かった。少し治療をしてくれないかしら。足をやられてしまって」

    彼女は友好的に話しかけてくる。

    彼女の腕が光り輝く。

    そして腕の傷がみるみる治って行く。

    「あ、いや、腕はいいの。足を治療してくれないかしら?」

    ドッ。

    彼は彼女の右側の胸部分を手刀で突き刺す。

    手が背中から飛び出し、臓物の破片が飛び散った。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    どういうこと?

    見知った顔の探索者…リフトの手が私の胸に突き刺さっている。

    途端に、凄まじい激痛と、喉から昇ってくる液体が全身を強ばらせる。

    「あ……ぶぶぅ…」

    ベチャベチャ。

    口から紅に染った血が吹き出てくる。

    「なん…………えぐっ…!」

    涙が出てくる。

    視界がぼやけるが、目の前にリフトはいなかった。


    いるのは、なんの感情も持ってなさそうな、黄泉の者だけ。


    ―――あぁ、そうだったのか。


    ―――――お母さん。


    ――死ぬのは、やだよ。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    「………う……あぁ……ご…れ…!」

    彼の目の前にいる肉塊はなにかを差し出す。

    見たまんま、薬草のようだ。

    「わた…しの………ぉとうどに…!!」

    掠れてはいるが、力強い意志を感じる。

    「おねがィ……!」

    グヂィ

    両腕ごともぎ取り、彼女が倒れたところで彼はその場から立ち去った。

    例の1戦で、彼はある能力を使えるようになった。

    「彼が殺した者の体、思考、神経を乗っ取り、自由に操れる能力」。

    全ステータスは何も変わらない。死んだ後のままだ。

    想いの募りが彼の能力を発現させたのかもしれない。

    「……」

    死者の形となったモナークは、死して取ってもなお、強く握り締めている薬草を眺めながら、彼の「宝箱」にその腕を仕舞った。
  5. 5 : : 2019/08/18(日) 23:15:56
    「腕」しか心配してないの怖いな 期待

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