この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
この作品は執筆を終了しています。
箱の中の妻
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- 1 : 2018/01/30(火) 00:12:15 :
- みーしゃさん主催の冬花杯ssです!!
http://www.ssnote.net/groups/835
前回色々とやらかしまくったので今回はしっかりとしたものを持って来ました。
少しでもこの企画を盛り上げられたらと思います。
それではよろしくお願いします!!!
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- 2 : 2018/01/30(火) 00:12:41 :
- 「頑張れ……まだ死んではダメだ……」
「あなた………」
私は今、病院のベッドに横たわっている人物の手を強く握りしめている。それはもう強く…相手が痛がっているかもしれないくらい強く…握りしめていた。
そのベッドに横たわっている人物とは私の妻である。
妻と私は小学生からの付き合いでありたまたま中学 高校 大学と同じ学校に通い、大学卒業から4年後に結婚をした。その2年後には愛娘の乃亜が誕生しその娘も1歳と8ヶ月。これから家族3人で支えあいながら生活していく………はずだった。
しかし半年前に妻の体調不良が気になり病院に連れて行った……。
そしたらなんと…胃がんであることが発覚したのだ。
娘の乃亜は施設に預け夫である私は会社に勤務をしながら帰り道に娘のいる施設と妻が入院している病院に行くといった日々が続いた。
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- 3 : 2018/01/30(火) 00:13:22 :
「乃亜は……元気?」
「ああ、実はな…今日見に行ったら、乃亜が喋ったんだ」
「あらっ!あの子ついに喋ったのね!」
「そうだ、僕自身嬉しくてその場で泣いてしまって…」
「うふふ、あなたは涙脆いものね。昔から」
「いや…でも…」
「でもわかるわ、あなたの気持ち」
本当は少しでも横になって眠っていたいはずなのに私が部屋に駆けつけると必ず上体を起こして私と話してくれる。
こういう場面でも妻の人思いな性格が良く出ている。
「それであの子…なんと喋ったの?」
「……えっ?」
「ほら、あの子の喋った台詞」
「………………………」
この瞬間、私は妻に嘘デタラメを言って誤魔化そうとした…が。妻のため、何より愛娘のために正直に言おう。
その感情の方が強かった。
「『ママ…ママ……』って」
「………………………」
「………………………」
実は妻が入院して以来、娘の乃亜と妻は顔を合わせていない。これは妻からの願望でありその理由は『娘にこんなベッドに横になって具合の悪そうにしている姿を見せたくない』ということだ。
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- 4 : 2018/01/30(火) 00:14:18 :
- 「……………………そう」
「……………………」
「あの子が……そんなことを……」
「ああ……」
先ほどまで明るめだった妻の表情がとても寂しそうな表情になっていた。その表情の目からは涙が溜まっており、いつ泣き崩れてもおかしくない状況だった。
「早く元気になって、乃亜にその姿を見せてやらなきゃいけないな」
「…………」
「…どうしたんだ?元気ないじゃないか」
「……ねぇ、あなた。正直に答えて欲しいことがあるの」
「えっ、ああ。特に心当たりはないが…君に聞かれたことに嘘をつくつもりは微塵もないぞ」
「ほんと?じゃあなんで私へプロポーズしてくれる前の日に『結婚なんてあまり考えたことないなぁ〜』なんて言ったの?」
「いや…あれは…しょうがないじゃないか!バレるわけにもいかないし」
妻は非常に話し上手だ。
昔から、いつまでも話していたいと心から思わせてくれる。
そう…いつまでも…
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- 5 : 2018/01/30(火) 00:14:51 :
「ふふっ、わかってるわよ。あの嘘のおかげでプロポーズされた瞬間の感情が倍になってしまったわ」
「ははは…懐かしいなぁ」
「ええ…もう4年前の話ね…つい最近のことのように感じるわ」
「それで…僕に聞きたいことって何だろうか?」
そう聞くと妻の顔が曇った。そんなに言いにくいことなのだろうか…私はそれを気にせずにはいられなかった。
「えっと…その……ね」
彼女は言うのを躊躇っていたのか中々口が開けずにいた。しかし決心がついたのか、私の目をジッと見つめ口を開いた。
「私の余命とか…お医者さんから聞かれてない?」
「……………………えっ」
妻のその言葉が耳に入った瞬間、私の脳内にある記憶が蘇ってきた。
忘れていたかった記憶が……。
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- 6 : 2018/01/30(火) 00:17:57 :
- 2ヶ月前
「余命3ヶ月って……どういうことですか!!??」
私は病院の一室に妻を担当している医者と面談していた。妻の様子を見にきただけだったご突如先生から呼ばれたので妻の容態と世間話でもするくらいだと思っていた。
だが違った。
私は今先生の肩を強く握っている。
突如先生から伝えられた妻の余命、ガンになったのでこういう最悪の場合も少し予想していたが想像以上に短い。
そんな現実を受け止めれずにいた。
「辛い気持ちはわかります旦那様。ですがこれはお伝えしなければならない事実なのです」
「手術が…手術が失敗したんですか!?」
「いえ…決して失敗はしておりません…ですが…間に合わなかったのです」
「えっ?」
「私達の予想以上にガンの進行は進んでおりました」
「お金は…お金は幾らでも払います!!だからお願いです!!妻を…妻を助けてやってください!!」
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- 7 : 2018/01/30(火) 00:20:13 :
こんなに肩を強く握ったのだからきっと先生は痛かっただろう、しかしこの時はそんなことを考えている余裕はなかった。
足元には水滴があり、その水滴は消えることを知らずどんどんと増えるばかりであった。
「本当に申し訳ございません…現代の科学力ではどうすることも出来ないのです…」
「!?」
「私も悔しいです、あのようなお若く心優しい方を救えないなど…」
「せ…先生…」
よく見ると先生も泣いていた、拳は強く握りしめており顔全体に力が入っていた。
その姿を見て私は冷静さを取り戻すことが出来た、よく考えると先生は悪くない。年を見る限り何年もこの病院で働いていそうだし、何より本当に悔しそうだ。
そんな一生懸命病気と戦っている人に強く当たるのは間違っているし何よりそんなの妻が悲しむだろう。
「………このことは、妻に…伝えた方がよろしいのでしょうか?」
「それはお任せします…」
「……………………」
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- 8 : 2018/01/30(火) 00:20:54 :
あの日から2ヶ月が経ち、私はそのことを妻に伝えることはしなかった。
それを伝えて妻が悲しみ症状が悪化したらどうしようかと思うと…それが怖くて言えなかった。
テレビとかで余命宣告された人間が余命の日を通り越して生きていたドキュメント番組があったし確率はあるんじゃないか?
小説なんかで奇跡の生還などした人はみんな活発だったのは妻と当てはまるしもしかして…。
そんな起こる確率が1%以下の願いを信じ込んで私は待っていた。
「お願い…正直に言って欲しいの…」
「………………………」
「実は…2ヶ月前に先生から…君の余命を宣告されていたんだ」
「!!」
「………………………」
「……………それで…私の余命は…どれくらい?」
「……………………」
「後…………1ヶ月…………」
「………1ヶ月……………」
シーーーーンという空耳音が病室の中に響き渡る、それはそうだろう。普通に考えれば妻は後1ヶ月後にはこの世を去ってしまうのだから。
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- 9 : 2018/01/30(火) 00:21:46 :
「そう……1ヶ月なのね」
「何故…いきなりそんなことを聞き出したんだ?」
「何だろう…体がどこかぎこちないというか…違和感があったというか…言葉にするのが難しいけど…こう思ったの」
「もう長くないって……」
「くっぅ…………」
妻の容態の悪化をどうしても止めることが出来なかった、そんな無力な自分自身が悔しくてたまらなかった。
「泣かないであなた…私まで泣きたくなってしまうわ」
「す…すまないな」
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- 10 : 2018/01/30(火) 00:26:25 :
- 余命を教えたからにはどうしてもやりたいことが私にはあった。
「なあ、これからは乃亜を一緒に連れて来ていいか?」
「えっ?」
「……君の命は…短い。ならせめて、少しでも長い時間を乃亜と過ごしてほしいんだ」
「………………………」
「なっ?いいだろ?」
今度からは乃亜を施設に預けっぱなししなくて済む。まだ元気がある妻だし家族3人の大切な時間を…少しでも多く作ろう。
そう思っていたが………。
「いえ、ダメよ…あの子とは会わないわ」
「…………………なに?」
考えもしていなかった返事が返ってきたことに私は理解が出来なかった。
「会わないって…どういうことだ?いつ乃亜と会うんだ?」
「いつも何も…あの子とは会うこともなく旅立とうと思うわ」
「お前…………」
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- 11 : 2018/01/30(火) 00:26:59 :
私は感情を抑えることが出来ず今の今まで妻の手を握っていたがそれを離し立ち上がり妻の肩を掴み顔を近づけて言った。
「お前自分で何を言っているかわかっているのか!?あの子に顔を合わせずに…なにも言わずに…あの子の元を去るつもりなのか!?」
「落ち着いてあなた、そうじゃないの」
「じゃあどうだって言うんだ!?」
「……………………」
「あなた、あの子の…乃亜のために…お願いがあるの」
「お…お願い?」
「私の…最後のワガママ…聞いてくれないかしら」
「……………………」
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- 12 : 2018/01/30(火) 00:27:48 :
- そして妻の人生最後のワガママを聞いたあの日から、1ヶ月半が経過した。
自宅
「ただいま」
私は施設から退院することになった乃亜を連れて家に戻ってきた。
自宅は5階建てのマンションの3階であり、決して広い家とは言えないが3人で過ごすのには丁度良いスペースはある。
「そのうち2人で頑張って一軒家を建てよう」という1つの目標があったのだが…
「パパ……」
「んっ?」
乃亜に話しかけられ、乃亜が既に言葉を喋れることを再認識させられる。
こんな声をしているんだ。とか…
話し方は結構ゆっくり目だな。とか…
「どうしたんだ乃亜?」
「ママ…ママは?」
「あぁ…ママ……か……」
やはり娘が会いたいのは私ではなく妻らしい。最初に自分を抱いてくれた妻を娘は施設に預けていた頃からずっと思っていたのだろうか…。
「…わかった、ママを呼んでくる」
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- 13 : 2018/01/30(火) 00:28:56 :
- 私はそう言うと乃亜をソファの上に座らせて妻と合わせるための準備をした。
そして準備を終えた1分後
私は母を待っている乃亜の隣に座る。
「ママ…どこ?」
「ははっ、慌てるな。もうすぐあそこから見えてくるぞ」
と言いながら私はソファの前方にあるテレビ画面に向かって指をさす。
そしてそのテレビの画面が黒から変わる。
『乃亜〜、久しぶり〜!』
テレビ画面には妻が手を振っている姿が映し出された。
「ママッ!!」
その姿を見た乃亜も今までに見たことのないほどの笑顔になってテレビを見ていた。
『長い間会えなくてゴメンね、ママも色々と忙しかったから』
『でも、今日からはママはここにいるから大丈夫よ!』
「ママー!ママーー!!」
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- 14 : 2018/01/30(火) 00:29:51 :
乃亜は嬉しさのあまりかソファを飛び立ってテレビに向かって猛ダッシュをした。
「あぁ、危ないぞ乃亜!」
テレビに抱きつく寸前で何とか止めることが出来た。
『でも乃亜、ごめんなさい』
「えっ…?」
『ママはね、ちょっと大事な用事があって…この箱の中から出れなくなってしまったの』
「箱………」
箱…というのはこのテレビのことであったがまだまだこの世の知識の浅い乃亜は妻のセリフをすんなり受け入れた。
『でも大丈夫よ、ママはこの箱の中でお仕事をしているからまた乃亜に会いにくるわ』
『だから、しっかりパパの言うことを聞いて大きくなっていってね。ママはこの中で応援しているから』
「ママ……」
『それじゃあ、今日はこのくらいにしてママは仕事に戻るわ。乃亜、元気でね』
「うんっ!!ママバイバイ!!」
それを言うとテレビは再び黒くなり、終始笑顔だった妻の姿も消えた。
「またママに会うの、楽しみ」
「…そうか、今度も元気な乃亜の姿を見せてあげなくちゃいけないな」
「うん!」
「それじゃあ、お風呂入っておねんねしよう」
「うん!」
乃亜の顔は妻と会った影響か帰ってきた時よりも格段に明るくなっておりどこかほっと一安心安心した気持ちになった。
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- 15 : 2018/01/30(火) 00:30:33 :
そして乃亜を眠りにつかせた後…
DVDプレイヤーから『Dick1 最初』と書かれたDVDを取り出して、乃亜が届かないような高い場所にしまった。
妻は今日から丁度1週間前にこの世を去ったのだ。
それから今日までお通夜や葬式を行なったり妻の親族への挨拶などを済ませてお墓を作る準備も行った。
その妻が娘のためにこの世に残していったメッセージ。
それを伝えることが妻の最期のわがままであった。
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- 16 : 2018/01/30(火) 00:31:24 :
1ヶ月半前
「私の…最後のワガママ…聞いてくれないかしら」
「……………………」
「ビデオカメラとパソコン、それから素材用のDVDをたくさん持ってきてほしいの」
「なに?一体何をするつもりなんだ?」
「あの子へのメッセージを撮るのよ」
「メッセージなど伝えなくても直接会って言えば…」
「いいえ、それでは私が納得いかないの。あの子の前で辛い表情をし続けている私を見せたくないの…」
「し……しかし……」
「お願い…あなた。私を信じて…」
「…………………」
妻は乃亜を愛している、きっと乃亜がこの世に生を受けた時にこの世で一番喜んだのは妻であろう。
その妻がここまで自分の姿を見せたくないのはきっと何か彼女なりの考えがあるからだろう。
「………わかった明日にでも持ってくる、何に使うかはあえて聞かないでおいとく」
「……あなた、ありがとう」
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- 17 : 2018/01/30(火) 00:32:50 :
- そしてDVDとPC ビデオカメラを渡してから2週間後
ガラガラ
「…やあ、体調はどうだ?」
「だ…だい、大丈夫よ」
「……とてもそうには見えないな」
この前より格段に顔色が悪くなっているし声の張りもなくなってきてしまっている、それでよく大丈夫という言葉が出てきたものだ。
「………ごめんなさい、はっきりいってかなり悪いわね、身体の背中辺りが痛いし…ゴホッ…ゴホッ」
「そんなに強がらなくていいんだ、無理しないでくれ…」
「……ごめんなさい」
この2週間で彼女は日に日に表情が悪くなっている気がした、見た目も5年くらい老けたかと思うほどにだ。
「あっ、あなたに渡しておきたいものがあるの」
「あ…あぁ、なんだ?」
そういうと妻はベッドから立ち上がりカバンからこの前貸したDVDとPC ビデオカメラを持ってきた。
「これ…もういいのか?」
「ええ、すべきことは済んだわ」
「……すべきこと?」
妻が私に渡してきたDVDには何かシールが貼ってあった。そこには『Dick 1 最初』『Dick 2 2歳』『Dick 3 2歳半』などと色々と書いてあり、このDVDがどういうものなのかを私は瞬時に理解することが出来た。
「これ…まさか…」
「ええ…あの子に見せてちょうだい、順番通り……ね」
「……良いんだな?本当に乃亜と会わなくて」
「ええ、乃亜に…死というものを実感させるのは早すぎるわ……」
「そうじゃない、僕は今、乃亜のためにではなく君自身のために聞いているんだ」
「………………」
「………会わなくて良いんだな?」
「……ええ、悔いは……ないわ」
「………わかった、だけど安心してくれ。このDVDは…必ず見せる」
「あなたも見てね…乃亜と……一緒に」
「………ああ」
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- 18 : 2018/01/30(火) 00:33:56 :
- 現在
「…………………………」
まさかあのDVDにはあのような映像が入っていたとは知らなかった。あれは病院の庭で撮られたものだ、服装もいつも着ている私服になっていたし表情も病人とは思えないほど明るかった。
きっと、この映像に自分の中にまだ残っていた余力を使っていたのだろう。だからあの2週間であそこまで衰退してしまったのか……。
「うっ……うううっ…」
いつの間にか大粒の涙が溢れていた。
さっきの映像を見ている最中も本当に涙が溢れそうだったが、乃亜の前で泣いてはいけない。そんな気持ちが強くてグッと我慢していた。
このDVDを見るのは多少は楽しみだが、正直言うと辛い……テレビの中の妻の顔を見ると今までの妻との思い出が昨日のことのように蘇ってくるからだ。
しかし彼女は言った「あなたも乃亜と一緒に見て」と、妻との最後の約束を守り続けるために私はこのDVDを乃亜と共に見続ける。
決して…涙を流さないように………。
それから半年に一回のペースで乃亜にDVDを見せていった。
私は会社を休職し生活保護法に基づいて乃亜の成長の世話をしている。
「乃亜、箱の中にいるお母さんが会えるそうだぞ」
「本当!? やったっ!」
『Dick.2 2歳半』と書かれたDVDをこっそりプレイヤーの中へと入れる。
このDVDもDick.1同様乃亜の成長を讃える動画が入っていた。
それにしても本当に妻は凄いと思う。約1ヶ月前とはいえ がんの進行はかなり進んでいるはずなのにそれを全く感じさせない。
がんが発覚する前の5年ほど前と……なにも
『それじゃあ、お母さんは仕事に戻るね。お父さんの言うことをしっかり聞くのよ』
「うんっ!」
『それじゃ、またね。乃亜』
「またね!ママっ!」
そしてDVDの再生は終了した。
「今度ママいつ来てくれるかな!?」
「ママも忙しいからな…ただきっとまた来るだろうから、その時は乃亜の元気な姿見せてやろうな」
「うん!!」
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- 19 : 2018/01/30(火) 00:38:26 :
- 乃亜は2歳半になったが施設にいた頃より随分と言葉を覚えていた。私が絵本を寝る前に読ませているというのがあるのかもしれない。
今はなに一つ不自由ない生活が送れているがどうしても「妻がいたら…」と思ってしまう。これは私の悪い癖なのだろう、そんなことばかり思っていては天国の妻に怒られてしまう。
そしてまた時が過ぎ
「乃亜3歳の誕生日おめでとう!!!!」
「わーーい!!乃亜も3歳だね!!もう大人かな!?」
「うーん、3歳はまだ大人とは言えないかなぁ」
今日は乃亜3歳の誕生日
4号サイズのケーキを2当分にして食べる、そこで気づいたのが…少し大きくし過ぎたということ…、来年からは気をつけよう。
………………
(妻が生きていたら手作りのケーキだったのかもしれない…サイズもきっと子供向けの丁度良いのを……)
どうしてもそういうことを思ってしまう。
妻と乃亜と自分の家庭を勝手に想像してしまうのだ。
絶対にもう叶わぬ願いだとわかっているのに。
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- 20 : 2018/01/30(火) 00:39:27 :
- 「そうだ、3歳の誕生日だから今日はお母さんに会えるらしいぞ」
「えっ!ほんと!?やったぁ!!」
そう言うと食卓の椅子から飛び上がってテレビ前のソファにダイブした。
「こらこら、ケーキを食べてからにしなさい」
「後で!ママと早く会いたい!」
「はぁ…」
仕方なしに妻に合わせるための準備をする。
先にケーキを出したのは、まだ私自身の気持ちの準備が出来ていなかったからだ。
『Dick.3 3歳』のDVDをプレイヤーの中に入れる。
ウィーン
真っ黒のテレビ画面に色が映し出され、そして妻の姿を映し出した。
「ママっ!!!!」
『乃亜、3歳の誕生日おめでとう!』
『身長が少し伸びたかしら?きっとパパがしっかり面倒見てくれてるのね』
「うん!早くママに会いたい!」
『ママはまだこの中から出てこれないけど、この中からでもあなたのことを応援しているわ』
妻が一方的に話してるのに乃亜と会話をしている風に感じるのは何故だろう。
妻は乃亜がどんな反応をするのかを予測していたのか?いや、予想していたのだろう。そうでなければここまでシンクロしたりはしない。
本当に、妻は凄い人だったのだと改めて思わせられる。
その後約5分ほど妻の話が続き、DVDは終了した。
「パパっ!」
「んっ?どうした?」
「ママが箱の中から出てきたら、3人で遠い所に遊びに行こうね!」
「……………あぁ、そうだな」
「乃亜 だんだん言葉もわかってきたからお話しするの楽しい!またママに会うの楽しみだなぁ」
「ふふっ、またそのうち来るさ。その時は、また乃亜の元気な姿 見せてあげなきゃな」
「うん!!」
「いい返事だ、その調子なら大丈夫だな」
「じゃあケーキ食べよう!全部食べていい!?」
「はははっ、好きなだけ食べなさい!」
わかってる……
わかってる………
いつかは言わなければいけないと……
わかっている………
DVDには終わりがあると……
しかし、乃亜のダイヤモンドのようにキラキラ輝いている目を見ると…今はとてもじゃないが言えない…
しかし必ずバレる日が来る……
その日が来るのが怖くて怖くてたまらなかった。
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- 21 : 2018/01/30(火) 00:40:56 :
その後、家事をやり乃亜の世話をするという生活が続いた。
嵐のように毎日が過ぎていったが代わり映えがない毎日では無かった。
楽しみは乃亜の成長だった。
鉄棒で前回りが出来るようになったり
平仮名が全部書けるようになったり
前よりもスムーズに話せるようになっていった。
あっという間に乃亜は3歳半 そして4歳となり半年経つごと妻が残したDVDを見せた。
3歳半のDick.4 4歳のDick.5もDick.3と同様に乃亜の成長と今後のことを願ったメッセージだった。
そしてDick.5を見せた次の日
「乃亜ー、ご飯だぞー」
「…………………」
「乃亜ー、ご飯出来たぞ〜?」
乃亜を呼んでも応答がない、いつもなら「ご飯だー」なんて言って駆け寄ってくるのに…。
リビングに目をやると乃亜が座卓の上でなにかお絵かきをしている。
「ご飯の時間だぞ、乃亜」
「待って…もう少しで……」
「出来た!!」
「完成したか?乃亜の力作をパパに見せてくれないかな?」
「うん!はいっ!」
乃亜は元気よく私に絵を渡してくれた
その絵には……
「人が3人……ということは?」
「うんっ!乃亜とパパとママ!3人で遠くの場所へ遠足してる絵だよ!」
「……そうか……よく出来てる…」
「乃亜 ママがあの箱の中でお仕事が終わったら3人で遠足に行きたいんだ!ママのご飯は美味しいってママが言ってたからママにお弁当を作ってもらって!」
「ははっ…そう…か、行きたいよなぁ」
「絶対に、ぜーーったいに行こうね!!」
「ああ、ママが帰ってきたら……な」
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- 22 : 2018/01/30(火) 00:42:55 :
乃亜が書いたこの絵が現実になることはない。
それでも乃亜の強い視線からNOと言い切ることは出来ない、それは乃亜の夢を壊してしまうことになるからだ。
妻に……がんなんてものが無ければ…きっと……この絵みたいに……
「………パパ?」
「んっ?どうした乃亜?」
「なんで泣いてるの?」
「…えっ?」
咄嗟に手を顔に近づける。
確かに目から頬までの皮膚が一部濡れている、その後鏡を見ると目が多少赤くなっていた。
無意識のうちにか…泣いてしまったらしい。
「パパ大丈夫?痛いの痛いの飛んでけする?」
「だ…大丈夫大丈夫、目にゴミが入っただけだった!」
「痛くない?」
「痛くないさ!あー、目がかゆいかゆい!」
この絵のことを想像して泣いてしまったなんて口が裂けても言えない、咄嗟に嘘をつく。
これで乃亜に何回嘘をついただろう…。
「さあ、ご飯食べよう乃亜。今日はカレーだぞ!」
「やったー!乃亜カレー大好き!!」
真実を言う日が怖くてたまらない。
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- 23 : 2018/01/30(火) 00:44:17 :
乃亜が4歳になったことで幼稚園に入園させることが出来ることになった。既に平仮名や片仮名を全て書ける。このことから乃亜は非常に才に恵まれており幼稚園に入れない理由はなく入園させることを決定させた。
私自身も乃亜が幼稚園にいる間は前働いていた会社に戻りお金を貯めるため再び働き出した。
そして……
『乃亜、入園おめでとう!これから楽しいことがいっぱいあるよ!乃亜元気にしている姿を見たらママも元気が出てきたわ!』
『幼稚園、楽しんでね!』
「ママありがとう!乃亜たくさん楽しむね!」
Dick.6 幼稚園入園のDVDを見せた。
そしていつのまにか…乃亜に見せてないDVD数が半分を切っていたことに気がついた。
幼稚園に入園したことにより乃亜はますます明るい少女になっていった。
迎えの車の中でも夕食を食べている時でも…。
「今日ね!まさくんとみーちゃんとかえでちゃんとね!」
「ははっ、落ち着いて落ち着いて。話題は逃げないからゆっくり話しなさい」
「三輪車で競争して、乃亜1番になったんだよ!!」
「凄いじゃないか!まさくんって子、この前のかけっこ1位だった子だよね?」
「そう!そのうちかけっこでも1番になりたいなぁ」
「運動神経の良さはママに似たんだな」
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- 24 : 2018/01/30(火) 00:45:04 :
乃亜が幼稚園に行かない土日は仕事を休んで出来るだけ乃亜と一緒にいる時間を長くした。
親の愛情が少ない子供は心が空っぽになると妻が言っていた。妻がいない分、私が乃亜へ愛情を伝えてやらなければならない。
乃亜自身は幼稚園での生活がとても楽しそうだ。
運動会の時も、演劇会のときも、いつもいい意味で目立っている。
その姿は本当に妻そっくりだと感じた、妻とは小学校で始めて出会ったので幼稚園時代は見たことがないが彼女の性格からきっとこんなふうだったのだろう。
乃亜の幼稚園生活は順調で何一つ問題なく進む…………なんてほどこの世は都合良くない。
とある日の夕方
いつも通り乃亜を向かいに行くために幼稚園へと車をとばす。
幼稚園に着いたが、いつも校門の前にいるはずの乃亜が今日は居なかった。
誰かの家に行っているのか?と思い車から降りて幼稚園の敷地内に入ろうとした
その時…
「乃亜ちゃんのお母さんはもういないんだよ!」
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- 25 : 2018/01/30(火) 00:46:46 :
園児の声が聞こえ、まさかとは思いすぐさま声の方へと向かう。その先にはジャングルジムに座った乃亜と男の子2人が話していた。
「いるもん!いなくなったりしてない!!」
乃亜が珍しく怒鳴っている、家では決して見ることの出来ない姿である。
そういえば乃亜が怒っている姿は始めて見たかもしれない。
「だって乃亜ちゃんの話おかしいもん、箱の中の世界なんてないんだよ」
「あれはテレビって言って映像を映してるだけなんだよ、つまり君のお母さんはそんなところに入っていないよ」
「2人とも何もわかっていない!!だって乃亜のお誕生日の時いっつも会ってくれるもん!3歳の時も4歳の時も!!」
「じゃあなんで毎日会ってくれないの?お母さんなのに」
「それは箱の中での仕事が忙しくて……」
「ほら、やっぱりおかしいじゃん!乃亜ちゃんお母さんいないんだよ!!」
「いるって………」
「だからあれはテレビで----」
「いるに決まってるじゃん!!!!勝手なこと言わないでよ!!!!!!!」
「そ…そうなんだ…ごめんね…」
「えぇ…」
「もう2人とも大嫌いだよ!!!」
その光景を見て私はその場から動けなかった。
それは『お母さんはもういない』という台詞を聞き数年前のことがフラッシュバックして妻の姿や顔が脳内にたくさん蘇ってくる、約3年前の妻を亡くしたあの日が…。
あの2人の男の子は決して間違ったことを言ってない、ただの正論だ。
男の子達はきっと乃亜がどうして怒っているのかがわからないはずだ、申し訳ないことをしたと思う。
「パパ…」
「!」
涙を流しながら顔をクシャクシャにした乃亜がこちらの存在に気付き猛ダッシュで近づいて来て抱きついて来た。
「乃亜………」
「パパ、ママは……ママは箱の中の世界で生きてるよね…」
「………………」
「乃亜も…ママに抱きつける日がくるよね……」
「………………」
「ママは…いるもんね」
「………………」
「ねっ?パパ……」
乃亜が目を赤くしながら私の顔を下から見てくる、その強い眼差しは最期のお願いをしてきた妻の強い眼差しとよく似ていて、また涙腺が緩み始めたが泣くわけにはいかない。
しっかりと涙腺を結んで口を開いた。
「あぁ、勿論だ。いずれ来るさ」
そしてまたウソをついた…
しかしこれは仕方ないことなのだ…。
妻が残してくれたDVDを最後まで見せ終わるまでは…
妻のためにも…乃亜のためにも…
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- 26 : 2018/01/30(火) 00:47:48 :
その日は乃亜は口数が少なくあまり表情の変化が見えなくいつものはっちゃけた元気が失われていた。
ずっと心配していたが翌日に「おはよう!!」といつも通り元気よく挨拶をしてくれたのを見てホッと安心した。
嫌なことは次の日には忘れる、それは私自身に似たのかも知れない。
そして月日が経ち乃亜が5歳になったと同時にDick.7 5歳 と書かれたDVDをプレイヤーの中に入れて見せた。
1年ぶりに今は亡き妻の姿がテレビに映る。
『久しぶり乃亜。4歳の誕生日以来だけど元気にしてたかしら?』
「うん!元気だったよ!久しぶりママ!」
『ゆっくりあなたの幼稚園での思い出話しを聞いていたいのだけど、最近バタバタしちゃってあまり時間がないの』
『だから、今日はママが幼稚園の頃の話をしようと思うの。聞いてくれる?』
「ママが幼稚園の頃?」
ごそごそとバッグの中を漁り、1枚の写真を取り出すとそれを見ている私と乃亜に見せた。
『これね、ママの幼稚園の時の写真なの』
「えっ?」
『どう?乃亜と良く似てる?』
「うん!凄く…凄く似てる!乃亜とママ似てる!!」
似てるなんてものじゃない、まんま乃亜だ。
確かに乃亜の顔も良く妻に似ている部分がある。乃亜は妻に似たのか…そう思うととても嬉しく思う、妻がこの世にいないから尚更そう感じるのだろう
その後妻は幼稚園時代の思い出話を乃亜に聞かせた。
話によると妻は昔運動音痴でかけっこもいつもビリだったけど妻の両親に色々と特訓してもらって卒園する頃にはかけっこで年長1位になったらしい。
きっと妻は乃亜がもし運動が下手で幼稚園での生活が上手くいってなかった時のためにこのような話しをしたのだと思う。
きっと全てが上手くいっている乃亜にとっては妻の話はよくわからないだろう。
しかし乃亜は妻の話に興味津々だった、久しぶりに話せたというのもあるのだろうが
-
- 27 : 2018/01/30(火) 00:48:59 :
『それじゃあ、ママはそろそろお仕事に戻ろうかな』
「乃亜…ママともうちょっと話していたい」
「乃亜……」
『今日も乃亜に会えて嬉しかったわ。それじゃあ、またね』
「待ってよ、ママ」
「乃亜…もうちょっとお話ししていたい---」
ブチッ
しかし娘のそんな思いは伝わらずテレビ画面は真っ暗になる。
当然といえば当然、なにせこれは過去に録画された動画なのだから。
「………………」
いつもなら母に会えたという喜びからDVDを見終わった後は上機嫌なのだが今日は違っていた。
やはり前の園児2人に正論と現実を言われたあの日を気にしているのかもしれない…
「パパ、乃亜お腹空いたな」
「えっ……あぁそうか、ご飯まだだったな」
今後もこのウソを貫いていけるのだろうか…。
そのウソをバラす日はもうそこまで来ているのかもしれない。
妻が私の立場ならどうやって対処するのだろう…。
時間と乃亜の成長は待ってはくれない。
-
- 28 : 2018/01/30(火) 00:49:48 :
その後年長になった乃亜であったが年中の時よりも口数が多少減ってしまった。妻の異変に気がつき始めていたのかもしれない。
そんな乃亜の幼稚園から今度授業参観があるという報告の資料が来た。
当然この授業参観は出席をすることにした、乃亜の幼稚園での姿をしっかりとした形で見てみたい。
そして当日
国語の時間だった。
国語と言っても先生が園児に絵本を見せてそれを聞くだけである。
「今日読むのは『魔女姫と王子様』という本だよ〜、みんな静かにして聞いてね〜」
「「はーーーい!」」
「むか〜しむか〜し、あるところに……」
簡単に説明すると内容はこういうものだった。
王子様の婚約者であるお姫様は悪魔によって魔法をかけられ悪い魔女に変身してしまい驚異的な力を持って王子様を倒し国を乗っ取ろうと動き出します。
しかし王子様の目の前に現れた天使によって王子様は魔女化したお姫様を凌駕するほどの力を手に入れ悪魔の野望を食い止め平和が戻ってきました。
しかし魔女化したお姫様は悪魔の呪いによってこの世を去ってしまいます。
王子様は悲しみましたが天使は自分の命と引き換えに最期の力をお姫様に与えお姫様は一命を取り留めました。
こうして王子様とお姫様は再び2人で仲良く国を守り続けましたとさ…。
「おしまい」
「最期お姫様生き返ってよかった…」
「悲しいお話……」
「やっぱ王子様かっけーー!!!」
あちらこちらにいる園児達が絵本の感想を言っている、どうやら園児達には好評だったらしい。
-
- 29 : 2018/01/30(火) 00:51:22 :
「せんせーー!!」
「どうしたの?たくやくん」
「最期消えた天使はどこに行ったの?」
「うーん………そうねぇ…」
「天国じゃないかな?」
「天国ってどこ〜?僕も行ってみたいな!」
「死んじゃった人達が行く場所よ」
「え〜、それじゃあ無理だよぉ…」
「天国………」
乃亜が小さな声でそう呟いた、その時は乃亜が何を思っていたのかがわからなかった。
その帰り道
いつも通り乃亜を車の後ろ座席に座らせて家まで車を運転する。
「ねえ、パパ」
「ん?どうした?」
「天国ってあると思う?」
「……………………」
「いきなりどうした?」
「今日の絵本見てて思ったんだ、天国ってあるのかなって…」
「……父さんは死んだことないからわからないよ」
「そっか…パパでも知らないんじゃわかるはずないかなぁ…」
「ははっ、そうだなぁ…」
「ママなら知っているかな?」
「っ………」
乃亜はもしかして…もう母親をなくしたことに気づいているのではないのだろうか?
そんなことを感じさせる質問だった。
「ママは何でも知っているからな、もしかしたら知っているかもしれない」
「へぇ…でも、知らないよね」
「ママは生きてるから…」
そうだ、妻は生きている。あの子の中では生きている。
解けかけた情けない涙腺を固く結び直す。
もう4年近く前のことなのに…いつまで私は……
………………………
-
- 30 : 2018/01/30(火) 00:53:01 :
乃亜が6歳になったが6歳記念のDVDは無かった。
半年ずつ見せていたものが1年になり、遂に誕生日記念のDVDも無くなってしまった。
何故だろう、スタミナが足りなくて数を少なくしたのか……それとも他に理由が?
どんなに考えてもきっと答えは出ないのだろう、なにせ答えの持ち主は既にいないのだから。
そして……幼稚園の卒園式。
2年間一緒に過ごした仲間達とはいえ園児達が泣き合うということはなかった。なにせ小学校でまた一緒になること友達もいるし家も近い人が多いからすぐに会える。
泣いていたのは先生の方だ、やはり我が子のように可愛がっていたからか、その感情が溢れてくるのだろう。
式が無事に終わり最期の先生の言葉も終わった、後はこの2年間世話になったこの場所に挨拶をするだけだ。
「ママ〜、一緒に帰ろー!」
「お母さん、帰ったらランドセル背負った写真撮って〜」
「幼稚園大好きだった!」
卒園した児童達が次々と両親と共に帰宅する。
手を繋いだり、おんぶしてもらったり、肩車してもらったりして、みんな笑顔で帰っていく。
「パパー」
「ああ乃亜、もう良いのか?」
「うん、もう先生にも友達にも挨拶したし、大丈夫」
「そうか…じゃあ帰ろうか」
「うん!」
-
- 31 : 2018/01/30(火) 00:53:54 :
そう言いながら私は幼稚園を背に向け歩き始める…と
「あっ、待って!」
「ん?どうした乃亜」
「乃亜も……」
「乃亜もパパと手繋いで帰りたい」
「……わかった、そうしよう」
娘の小さな手が力強く私の手をぎゅっと握りしめる、前よりも手が大きくなっていた気がした。
昔妻と手を繋いで帰宅してた頃を思い出すようだ。
「乃亜ちゃんじゃあねー」
「乃亜ちゃんまた小学校で会おう!」
「のーちゃん、またねー!」
色々な友達が乃亜に声をかけてくれる、年長になって少し物静かになっていたがこうやって人気者になっていてホッとした。
「みんなありがとうー!またねー!!」
乃亜が幼稚園全体に聞こえるような声で叫び、私達は幼稚園を後にした。
「パパ」
「ん?」
「ママもお祝いしてくれるかな?」
「きっとしているさ」
私は今、無駄に緊張している。
その緊張は家に着くに連れどんどんと強くなっている。
遂にこの日が来たのだ。
乃亜に、妻からの最期のDVDを見せる時が…。
-
- 32 : 2018/01/30(火) 00:54:52 :
- 家に着くと乃亜を抱っこしてソファの上に乗せた。
「乃亜、今からお母さんが来てくれるよ」
「ママが?」
「そうだ。久しぶりだなぁ、会うのは」
「うん、楽しみだな」
「それじゃあ、準備するから待ってて」
そして押入れの上の扉からDVDを取り出した。
そのDVDの題名は……
『Dick.FINAL 卒園式』
これが題名の通り正真正銘、最期のDVDだ。
このDVDを見せ終わった後に、私は乃亜に真実を伝えなければならない。
箱の中の世界なんてないことを…。
今までは全て録画したものだったということを…。
妻はもう……この世にいないということを。
私自身も覚悟を決めて最期のDVDをプレイヤーの中に入れる。
そして真っ黒の画面から色が出始めいつも通り妻の姿になった。
-
- 33 : 2018/01/30(火) 00:55:48 :
- 『乃亜、本当に久しぶり』
「ママ……」
この時点でまず不思議と感じた点があった。
妻の顔に元気がない、今までは元気に手を振って乃亜を迎えるのだが今日は違った。
『卒園おめでとう、もうすぐ1年生だね。ランドセルはパパに買ってもらった?』
「うん!赤いランドセル!!」
『乃亜、今日は真剣な話をしようと思うの』
「真剣…?」
『ママの最期のメッセージだからよく聞いてね』
「最期……」
『乃亜、あなたも薄々気づいているかもしれないけど…』
『ママはね、もうこの世界にいないの』
「えっ…」
「っ………」
-
- 34 : 2018/01/30(火) 00:56:54 :
まさか、わざわざ題名に最期と書いたのはこのためか…自分から口にするとは思わなかった。
「ママ…」
『あなたがこれを見ている時、ママはもう天国にいるわ』
『もう……死んじゃってるの……』
「何故…何故君の口から……」
無意識のうちに私は喋っていた、そして4年前のあの日あの時の言葉の『意味』を思い出した。
-
- 35 : 2018/01/30(火) 00:58:05 :
4年前
病室で妻の手を握りしめ、妻の表情をジッと見つめる。
妻はチューブをつけられており目をつぶっている、きっと私の存在に気づいていないのだろう。
心拍数のグラフは微かに動いているがいつ一直線になってもおかしくない状況である。
「頑張れ…頑張れ…頑張れ…」
そうとしか声をかけるしか出来なかった。
奇跡を信じてジッと待つことしか出来なかったのだ。
すると…
「!」
妻の目が僅かに開いた、そしてその開いた目でこちらを見てくる。私の存在に気づいたようだ。
「僕だ…しっかりしてくれ、頑張れ」
「あ…あな……た………」
すると妻はなんと口に付けてあるチューブを外し始めた。
「ちょっ!何してるんだ!しっかり付けておかないと死んでしまうぞ!!」
隣に座っていた医者も慌てふためいてチューブを付け直そうとした。
しかし妻はそんなことなど気にせず私の手を両手で強く握りしめた。
それも死ぬか生きるかの間にいる病人とは思えないほどの強い力でだ。
「DVDを……必ず……見せ……て…」
「DVD……」
「あれに……私の…全てを………残した…」
「乃亜に……絶対に乃亜に見せてあげて!!」
「わ…わかっている!安心してくれ!!」
こんな大声で言い合っていたら他の人に迷惑だろう、しかしそんなことを考えている余裕などこの時はなかった。
「それ……聞け……て…………」
「安心…………し…………た………………」
妻はその命消える瞬間まで掠れた声で必死に私に話しかけていた……。
そして今でもはっきり覚えている………。
最期の最後まで笑顔だった………。
そして妻がバタリとベッドに倒れた、そして隣をみると心拍数のグラフが一直線になっていたのに気がついた…。
最後の最後まで、愛娘乃亜のことを思って……。
-
- 36 : 2018/01/30(火) 00:59:25 :
現在
「全てを残した。君が伝えたかったのはこういうことか」
『乃亜、今までウソをついてごめんなさい』
『本当に…ごめんなさい……』
ビデオの妻の顔は泣いていた、娘の乃亜のことを思って泣いていた。
そしてそれを見ている乃亜もまた泣いていた、履いていたスカートがびしょ濡れになるくらい大粒の涙を流して…。
「良いの…良いの!!ママと話せて…」
「乃亜、凄く嬉しかったよ!!!」
一緒に見ていた私自身も泣いていた、『家族全員』が泣くのはきっとこれで最初で最後なのだろう。
『こんなすぐに病気で死んでしまうような弱いママでごめんなさい』
『あなたに…親として……ママとして……なにも出来てあげられなかった……』
「ママッ!!」
『私だって…乃亜を直接褒めたかった…』
『抱っこしてあげたかった…』
『絵本読ませてあげたかった…』
『ご飯作ってあげたかった…』
『運動会や演劇会だって…見たかった』
『乃亜の………乃亜の………』
『乃亜がどんどん大きく成長をしていくところを見ていたかった!!』
その姿から妻がどれだけ娘のことを思っていたのかがよくわかる。
これでも病人なのに…こんなに声を張って…。
『あなた…』
「!」
『あなたの性格ならきっと私が死んだことを乃亜には伝えていないと思う』
『あなたはそういう人よ』
「……………」
『きっと、DVDを見ている時。泣かないようにしていたのよね?』
「ああ…そうだ………」
目の前のテレビに映っているものは録画だと知っていても…本当に妻が話しかけているように見える、この気持ちはなんだろう。
きっとそれだけ感情がこもっているんだ。
-
- 37 : 2018/01/30(火) 01:00:04 :
『うっ………ううっ……ううううっ……』
「ママ……もう…泣かないで…乃亜、笑ってるママの方が好き……」
『あなた、乃亜を私のお墓に連れて行ってあげてちょうだい』
『そこで…また会いましょう』
「…………あぁ、わかった」
『それじゃね、乃亜 あなた。私の最後のメッセージ…これで終わりよ』
『これから苦しい時も悲しい時もあると思う』
『けどそんな時は…もし良かったら……このママを思い出してね』
『私はいつもあなた達を見ているわ』
「ママ………」
「……………………」
『……あなた達の前に……祝福を……』
『じゃあね……バイバイ』
そして泣きながらも最後は無理やり笑って手を振ってくれた。
そして画面が真っ暗になる、この画面に妻が表示されることはもうないのだろう…。
-
- 38 : 2018/01/30(火) 01:00:53 :
「ママァアアアアアアア!!!!!」
乃亜が泣き叫びながらテレビに抱きつく、その中に妻がいないというのを知っているが必死に抱きついた、そして泣いた。
「うわぁああああああああああん!!!!!!!!!」
もう妻の声が聞くことは出来ない、DVDを見直せば当然できるだろうが妻はそんなことはきっと嫌がるだろう。
ただ、さっきのDVDを見て全て吹っ切れた。
もう妻のことを思い出して泣くことは出来ない。
きっと天国で見ている妻に怒られてしまうだろう。
「乃亜、ママに…会いに行こう」
「ひっぐ……グスン……」
泣きながらも乃亜は頷いた。
-
- 39 : 2018/01/30(火) 01:01:45 :
そして外履きに履き替えると車で妻のお墓まで連れて行った。
水をかけて掃除して、お線香を立ててお辞儀をする。
「……DVD、ありがとう。君の気持ち、確かに受け取った」
「乃亜は僕がしっかり守る、だから君は安心して見ててくれ」
そして乃亜もお墓でお参りをする。
乃亜に妻のお墓を見せるのもお参りをするのも初めてだ。
「パパ。ここに、ママが眠ってるんだね」
「ああ、そうだ」
「乃亜…将来はママみたいなママになりたい」
「ママみたいに…優しくて…強くて…人が大好きなママに乃亜もなりたい」
その言葉を聞いて私は凄い嬉しかった、そして乃亜の肩をポンと叩き口を開いた。
「乃亜なら慣れるさ。だって、あのママの娘なんだもん」
「うん、なるよ!乃亜絶対なる!!」
乃亜の成長をまた感じられた。
「それじゃあ、帰って小学校の準備しようか!」
「うん!ランドセル姿の乃亜また撮ってね!!」
「またかぁ?毎日撮ってるじゃないか」
「良いの!ママも昔は赤のランドセルだったみたいだし!お揃い!!」
「まあ確かにそうだったけどなぁ…」
そんな会話をしながら妻の墓を後にする。
僕が天国で君に会うのはまだまだずっと先だけど…
君の強い志は私と乃亜がしっかりと引き継いでいくから
ゆっくり見ててほしいな、天国で。
「よしっ!帰るぞ乃亜!」
「うん!!!!」
Fin
-
- 40 : 2018/01/30(火) 01:09:07 :
- あとがき
今回 自分の中で決めた一つのテーマ
それは「死」です。
自分も今までのssの中でキャラクターや生き物を何人も殺して来ましたが、今回はその死というものを追求しました。
ssやアニメの中などで死というものはとても安っぽくて「あーあ、死んじゃったー」くらいにしか思わないですよね。死んだキャラに「このキャラの母親や兄弟可愛そう!」なんて思う人なんていないと思います。
ですので今回私はこのssで1人の死をかなり重く書いて見ました、如何だったでしょうか?
今回もこういう企画ものに参加させていただいて光栄でした!最後まで読んでくださった方がいましたら、本当にありがとうございました!!
冬花杯ばんざーい!!!
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- 41 : 2020/10/03(土) 09:11:47 :
- 高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
http://www.ssnote.net/archives/80410
恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
http://www.ssnote.net/archives/86931
害悪ユーザーカグラ
http://www.ssnote.net/archives/78041
害悪ユーザースルメ わたあめ
http://www.ssnote.net/archives/78042
害悪ユーザーエルドカエサル (カエサル)
http://www.ssnote.net/archives/80906
害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
http://www.ssnote.net/archives/81672
害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
http://www.ssnote.net/archives/81774
害悪ユーザー筋力
http://www.ssnote.net/archives/84057
害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
http://www.ssnote.net/archives/85091
害悪ユーザー空山
http://www.ssnote.net/archives/81038
【キャロル様教団】
http://www.ssnote.net/archives/86972
何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
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