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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品はオリジナルキャラクターを含みます。

この作品は執筆を終了しています。

最原「Chapter07?」

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  1. 1 : : 2017/11/06(月) 18:09:47
    ししゃもんさん主催の秋のコトダ祭りに投稿するssとなっております。


    詳しくはこちら
    http://www.ssnote.net/groups/639/archives/131


    ネタバレ注意。

  2. 2 : : 2017/11/06(月) 18:11:02



    最原「ここも、何もないか……」 


    あのコロシアイ学園生活から約1ヶ月。 

    行く宛もない旅の中 

    僕らは黒幕が遺した最期の言葉、『模倣犯』の意味を噛み締めていた。 


    最原(本当に、外の世界が崩壊していた……!?) 


    一体どんな理由で……それはわからない。僕らが一度は辿り着いた真実も虚実なら、記憶はもちろん、今目に映るこの景色すら信用に足らない。 


    最原(更に言えば、僕自身のことすら信用出来ない。僕は確かに最原終一のはずなのに、少しでも意識してしまうと、綱渡りをしているような気分に陥る) 


    学園を出て、僕らはひたすらに歩き回った。影に潜む不安を疲れで撃退するように。誤魔化す方法を画策して、がむしゃらを装うように。 

    けれど、不安は強すぎた。幾つの街を回ったか、数える度に落胆し絶望する。 

    自我を保つ意味でも、手帳に日記をつけ始めた。しかし、1日につき1文で終わってしまうような空虚な内容が続いていた。 


    最原(結局、一度突き止めた真実が正解で、白銀さんは江ノ島盾子に憧れただけだったのかな……。いや、そんなことより、大事なのはこれから生きていく僕らのことだ) 


    最後に食料を口にしたのが1週間前。たまたま目の前を横切ったトカゲを捕まえ、火を通して、口に入れた。 

    東条さんの作る美味しいご飯が恋しい。ちょっと前まで、僕らは確かに日常を過ごしていたのだと実感する。 

    そう、あんなものでも、コロシアイでも、日常なんだ。 

    少しだけ、不条理が表面化した、日常だったんだ。 
  3. 3 : : 2017/11/06(月) 18:11:36


    夢野「おーい、最原」


    夢野さんの声で振り返ると、彼女は両手一杯に缶詰を抱えていた。


    最原「こんなに……どこで見つけたの!?」

    夢野「向かい側のスーパーじゃ。飲み物もたまっておったわい。どっちも腐ってない。保証済みじゃ」

    最原「そっか。ありがとう夢野さん。重いよね、僕も持つよ。春川さんの所まで運ぼう」

    夢野「ん、悪いな」


    夢野さんの震える腕から缶詰を半分以上僕の腕に移し、春川さんの待つホテルに帰る途中、僕は缶詰に目を向けた。

    缶詰の日付を見るに、製造されたのが20xx年7月20日……つまり世界は、少なくともその日までは正常に動いていたことがわかる。

    今の気温は過ごしやすく、夏か冬ではないため春か秋だろう。

    こうして少しずつでもこの世界の情報を集めていければ、この先何をすべきかも見立てやすい。


    最原「運んだら、飲み物も取りにいこうか。それと、薬も」

    夢野「そうじゃな。ウチとしたことが、無心で缶詰を抱えてしまったわい……」


    グゥ、と夢野さんの腹の音が鳴る。

    倒壊した学園から見つけた非常食を少しずつ摂取することで生き延びてきたが、それも限界を迎えようとしていたところだ。

    これまで歩いた街でも得られなかった成果であるが故、精神的にも随分と楽になった。


    最原「入るよ、春川さん」


    この街のホテルの一室が、僕らの拠点だ。

    半ば廃墟と化していたそこは、他の建物と比べて原型が保たれており、またある程度清潔だった。水も光もガスもないが、それは今まで巡ったどのホテルでも同じ条件だった。


    ガチャン


    最原「体調はどうかな?春川さん」

    春川「最原……少し楽になったかも」


    春川さんはベッドで横になっていたが、僕らを見るや否や上体を起こし、普段通りの様子でそう言った。

    昨夜、突然春川さんが倒れた時は驚いたけれど、1日で楽になるのであれば、大したことはないだろう。

    ただ、確かに最近歩きすぎた。僕も疲れが溜まっているし、今は休むのがいいだろう。


    最原「夢野さんが缶詰を見つけてくれたんだ……今はしっかり食べて、体力をつけよう」

    春川「……夢野。ありがと」

    夢野「どうってことないわい!ま、ウチの魔法なら楽勝じゃな!カッカッカッ!」


    夢野さんの明るい笑い声が和やかに響く。

    こういうとき、ムードメーカーの存在はありがたい。


    最原「よし、今度は飲み物を取ってくるよ。安静にして待っててね」

    夢野「風邪は体を冷やしたらイカン。布団にくるまっておくんじゃぞ」ププッ

    春川「わかってるよ……っていうか夢野、今私が布団にくるまったら本当に春巻って思ったんでしょ」

    夢野「ムッ!?何故わかった!?」

    春川「顔に書いてあるよ!」


    ポンッ


    夢野「ぷぎゃ!」


    春川さんの投げた枕が夢野の顔に当たり、そのやり取りが可笑しくて、僕は笑う。

    気分が明るくなったところで、僕と夢野さんは拠点を背にした。
  4. 4 : : 2017/11/06(月) 18:12:30


    夢野さんが指を差した先、目的地であるスーパーが姿を現した。

    寂れてはいるが、自身の誇りを失っていないようなので、惜しみ無い賞賛を送りながら僕らは眠り続ける自動ドアを潜って入店した。


    夢野「こっちじゃ、最原」

    最原「うん」


    夢野さんの案内で進む。

    と、開封済みのレトルトカレーのパックに足をとられ尻餅をついた。


    最原「てっ!」

    夢野「もう……情けないのぉ。ほれ、手を貸してやるわい」

    最原「ごめん……」


    やっぱり、僕も疲れてる。

    僕よりもよっぽど小さくか弱い、逞しい手に握られて立ち上がった。


    夢野「……知っておるぞ。少食と言ってウチに食料を渡しておったが、裏で空腹に苦しんでおるのをな」

    最原「!」

    夢野「見抜かれてないとでも思ったか?覚えておくといいぞ。ウチの千里眼魔法の前では、隠し事は全て無効だとな!」


    カッカッカッ!と高らかに笑い、夢野さんは僕に無理をするなと遠回しに伝えた。

    そして、隠し事はするな、とも。

    僕は夢野さんの後ろで、静かに頷いた。

    そうこうしている内に、僕らは缶詰や、飲み物の積まれた山の前に辿り着いた。


    夢野「よし、運ぶぞ!」

    最原「うん」


    缶に入れられた飲み物の山に手をかけ、抱え込むようにして持ち上げた。

  5. 5 : : 2017/11/06(月) 18:13:03


    缶詰も飲み物も、いくら袋に纏めているとはいえごわごわとした形状で抱えにくい。そして何より、重たい。

    それは僕の貧相な肉体にも責任があるけれど、何より感じるのは、生きることの重さだ。


    最原(これだけで、僕らは何日生きられる……?)


    僕らの過ごす未来は、たかが数日で、この重み。これが尽きたらまた探して、それも尽きたら、そうならないようにと植えておいた種に望みを懸けるのか。

    正直、なんとかなると思っていた。暖かいベッドも美味しいご飯も、衣食住困ることのない生活が再現されていたのだから。

    まさかあれがこの世界の集大成だなんて、そんなはずはないと都合のいい解釈をしていたのか。


    最原「──あれっ、夢野さん?」


    物思いに耽て、気がつけばスーパーを背にしていた。辺りに夢野さんの姿はなく、意識を外界から遮断してまったため、前後の記憶が曖昧だ。

    ただ、推理することは出来る。ぼーっとしていたのは店内から外に出る程度の時間だし、僕の後ろを歩いていてかつ小柄な夢野さんが先を行っているわけがない。

    ただ歩くのが遅いだけ?いや、それなら声をかけられる。僕の意識が覚醒している今は、その声を鮮明に聞き取れるはずだ。

    なら、耳が覚えたこの寂しさは?彼女は声を出していない。いや、出せない?

    両足と共に思考が馳せる。

    何故気づかなかった?カレーの袋に足を取られた時、何故それがそこにあるのかをどうして考えなかった?

    そんなに頭が回らない人間じゃないだろう?僕は!

    僕は……


    最原「夢野さん!!」


    スーパーマーケットの中を、僕の声が反響する。

    静かだった。今日まで、僕らを除いた世界は驚くほどに無口で、朝も夜も眠っていた。

    だからわかる。僅かな気配も、耳から伝わる微かな呼吸も。


    最原「……そこにいるのはわかってるよ」
  6. 6 : : 2017/11/06(月) 18:13:32


    商品棚の影、僕からは死角となる場所。そこに降りた漆黒の影に加担する者の存在へ、僕は強気に声をかけた。


    「……へぇ、やるねぇ」


    影が、そのままの形状を保って移動する。

    身長が190cm近くある大柄な男が、背筋を伸ばして、僕を見下ろしていた。

    小脇に、衣服の乱れた夢野さんを抱えて。


    ドクン ドクン


    心臓が高く、そして速く脈打つ。

    右手に握られているサバイバルナイフから放たれた死の予感という糸が、僕の視線を固定する。

    僕らは死と暮らしてきた。

    僕らは死と密接だった。

    僕らは死に鈍感だった。

    死には対処法があると思っていた。

    ない。

    ……ないや。

    あの学園にはあって、ここにはないもの。それが恋しい。


    ルールが、恋しい。

  7. 7 : : 2017/11/06(月) 18:13:58


    極限状態だと思っていたあの環境にも、ルールがあった。

    ルールは僕らを守る盾。盾を持たない勇者は許されても、盾を持たない愚者は許されない。

    盾がない。剣もない。裸同然。なのに相手は剣を持っている。誰の目にも理不尽だ。

    社会は瓦礫の山へと倒壊して、自然が残り、自然の掟である弱肉強食を残して、いや、その他のルールは瓦礫の山から白い手を覗かせる今が結果だ。

    僕らのやってきたことの、結果だ。


    「……びびっちまったか」


    びびった、というか、受け入れてしまった。

    蛇に睨まれた蛙が憑依したように。

    僕はこれから殺されて、殺人者はお楽しみを再開する。

    夢野さん、ごめん。

    僕が百田くんなら、キミを助けることが出来たのかな。


    最原「ごめん……」


    僕の呟きに、夢野さんは虚ろな目を見開いて、ハッとした。


    夢野「最原……」


    すがるような視線が僕に向けられる。夢野さんも、僕と同じ未来を見ているのだろう。


    最原「ごめん、夢野さん……僕の不注意で。僕がもっと考えていれば……」


    謝罪。謝罪。謝罪。僕の口から都合のいい言葉が垂れ流される。

    許して欲しいんだ。僕は。責任の所在が回ってこないように必死だ。

    今際のきわだというのに、結局僕は弱くて、醜い……


    夢野「最原!早く助けんか!」

    最原「!」

    夢野「何をやっておる!ハルマキが待っているんじゃぞ!お主は頭がいい!ちゃっちゃと終わらせるんじゃ!」


    その声が、僕を覚ます。


    最原「あった。ルール」

    「あぁ……?」
  8. 8 : : 2017/11/06(月) 18:14:20


    弱肉強食。それが自然のルールなのに変わりはない。

    だけど、野生と自然は違う。獣が持つのは野生でも、僕らの中にあるのは野生じゃない。知性だ。

    野生は力。知性は技。

    なら、勝つのは僕だ。

    技は、力を制するために生まれたのだから。


    最原「夢野さん、ごめん」


    その言葉で、夢野さんは少しホッとしたようだ。


    夢野「さっきのごめんとは違う意味じゃな。まったく、世話が焼けるわい」


    夢野さんの精神は、脆いはずだった。

    過去形。

    夢野さんはずっと前を見ている。

    過去を経験値として吸収している。だから強いんだ。


    最原「夢野さんを放せ」


    暴漢に向けて、一度失った強気を取り戻すように発した。
  9. 9 : : 2017/11/06(月) 18:14:59


    「まだ諦めてねえのか。お前、頭良いとか言われてたけどそれは学校のお勉強とかの話で、実際馬鹿だろ」


    僕の嗅覚に届いた男の口臭は、一切の文明を感じさせず、また、堕落を帯びていた。

    見れば、男の身なりは汚い。髪はボサボサだし、服の汚れも目立つ。


    「俺の方がでかいし、刃物もある。お前はひょろくて素手。こっちの小学生は役立たず」

    夢野「舐めるな!ウチは高校生じゃ!!」

    「お前が俺に勝つことなんか誰の目にも不可能。こいつを見捨てて逃げりゃいいだろ」


    口腔が砂嵐に見舞われたのかと勘違いするような滑舌に、優位性を主張する論法。

    加えて、夢野さんの状態や発言から、彼女をすぐに殺すつもりがないのは明らかだ。

    なら、強気でいい。自分自身を奮い立たせるためにも。


    最原「お前は……さっきからペラペラペラペラ、そのナイフより薄っぺらい言葉で僕を斬ったつもりでいる。お前に僕は殺せない。お前には、誰も殺せない」


    僕に向けられた刃先と目が合う。

    冷静になってみれば、怖い。けれど、怖いだけだ。

    僕らはもっと明確な殺意、あるいは、凄惨な狂気の渦中にいた。

    だから、怖いだけ。それ以上でもそれ以下でもない。


    ナイフが走る。僕の胸元を、帰路と勘違いした迷い子が走る。

    僕はそれを、上体を反らすだけで無慈悲にかわした。


    夢野「!」


    以前までの僕なら、慈愛に満ちた無表情で心臓を差し出していただろう。

    でも、今の僕は。


    「な、なんで当たらねえんだ!?」


    錯覚しちゃいけない。

    僕は強くなったわけじゃない。

    教わったんだ。夢野さんからは勇気を、百田くんからは自信を。

    体を鍛えたことで、肉体的にも精神的にも余裕が出来た。

    余裕があるから、元々僕に備わっていた能力も最大限使うことが出来る。


    最原(動きは単調で遅い。それに、酔ってる)


    僕が感じた酒気は、嗅覚だけでなく視覚、足運びからも見てとれた。

    そんな攻撃が、素面で冷静な僕に当たるわけもない。

    なんなら、相手が踏み出す先を読んでつま先を置いておく余裕があった。


    ガシャン!!

  10. 10 : : 2017/11/06(月) 18:15:24


    千鳥足の男が倒れ、大袈裟な音を立てる。

    僕はそれを冷眼で見下ろした。

    転倒の衝撃は男の手に持っていたナイフを空中に放り出し、乱舞させるに充分で、ならば僕は、すでにこの戦いを終わらせるまでに優位に立っている。

    馬乗りになって、記憶にある護身術を発揮し、組み伏せる。これで終わりだ。


    最原「……もう二度と僕らに手を出さないと誓ってくれ」


    罰することに慣れた僕だからか、言葉はすらすらと綴られた。


    「わ、わかった!わかったよ!」


    男は自らの第一印象をぶち壊す程情けない声をあげて、僕にはそれが可哀想で、速やかに解放してあげた。

    大柄な男がみるみると小さくなっていくのを横目に、僕は夢野さんに駆け寄る。


    最原「夢野さん、大丈夫?」

    夢野「あぁ……最原、よくやったぞ。そっちこそ怪我はないか?」

    最原「大丈夫。これも、僕が持つよ」

    夢野「……腕は細いしひょろっちいが、たくましくなったな」

    最原「!」


    夢野さんの背後で、百田くんが笑った気がした。


    最原「……」

    最原「ハハ、そう言われると嬉しいな……」

  11. 11 : : 2017/11/06(月) 18:15:47


    最原「開けて、夢野さん、開けて」ゼェゼェ

    夢野「なんじゃ……だらしないのぉ。前言撤回じゃわい」

    最原「仕方ないじゃないか!両手塞がってるし!」

    夢野「あまりウチの魔法に期待するんじゃないぞ。エントロフィーを凌駕してしまうからの」

    最原「夢野さん、エントロフィーってな~んだ」

    夢野「……」ガチャッ

    夢野「帰ったぞ、ハルマキ」

    最原「エントロフィーって」

    夢野「ほれ、薬もあるぞ」

    最原「な~んだ」

    春川「ありがとう……最原は何?エントロフィー?」

    最原「いや、何でもないよ」

    春川「……待って。夢野、あんたこの服……」

    夢野「! これは、な」

    春川「……」


    赤松さんの鋭い視線が刺さる。


    最原「さっき、知らない男にやられたんだ」

    春川「男?人がいたんだ」

    夢野「そう。じゃが、最原が助けてくれたのじゃ」

    最原「追い払ったから、もう平気だと思うけど……」

    春川「最原……」


    なんだ……?

    誤解は晴れたはずなのに、なおも視線は鋭い。

    まるで、僕より、僕の向こう側を刺すような尖った視線だ。


    春川「どうして殺さなかったの?」

  12. 12 : : 2017/11/06(月) 18:16:18


    最原「え、だ、……え?」

    春川「1ヶ月歩いてようやく見つけた貴重な人間だったんだよ。せめて情報は引き出した?……まさか、何もせずただ追い払ったの?」

    春川「夢野に乱暴した奴なんだよ?こっちの顔は覚えられたし、姿を消したフリして逆に尾行されたかもしれない。早くここを引き上げないと……」

    夢野「ハルマキ、そうは言っても非常時で……」

    春川「だから、でしょ?……わかってるよ。あの学園に居た頃の記憶が邪魔するのは。でも今は、人を殺すことに制約はないんだよ」


    僕はその言葉に呆気をとられていた。

    ここまで、ここまで違うのか。

    暗殺者である、春川さんの目線は。


    春川「殺さなきゃこっちがやられる。わかったよ。この世界は、あの学園以上の悪意と狂気に満ちてる。ちゃんと世紀末ってこと」

    春川「……最原、覚悟して」

    最原「春川さん?」


    春川さんが取り出したのは、白銀のナイフだった。

    それを、僕の胸に突き立てた。


    最原「……!」

    トンッ

    軽い音、軽い感触。


    春川「持って」


    言われるがままに、僕は、僕に向けられたナイフの柄を握った。

    自然と、刃の先端が春川さんを指す。


    夢野「何を……」

    春川「夢野、あんたもだよ」


    夢野さんも、僕と同じようにしてナイフを握らされた。


    春川「どう?これが刃物を人に向ける気持ち」

    最原「……想像していたより、ずっと嫌な気持ちだ」

    夢野「フム、魔法で刃物を向けることはあるが、その時とは大分違うな」

    春川「2人とも、足と声が震えてる。いい?それが覚悟だよ」

    春川「これから先、私達だけで生きていく。身に降りかかる火の粉は全て払うという、覚悟」

    最原「……」


    僕らを襲ったあの大男も、僕らに刃物を向けていた。

    あいつは、覚悟していたんだ。

    僕の生半可なものと違って、本物の覚悟を。


    最原「わかったよ。春川さん」

    夢野「うむ」


    僕らがナイフを受けとると、春川さんは頷いた。


    このナイフが僕の決意だ。

    このナイフが僕の覚悟だ。

    この白銀の示す先、切り開かれる大地が道。

    道は未来。僕らと未来は繋がっている。

    紡いでいく、命の物語。



    Chapter07 僕らは明日も生きていく。

    (非)日常編


    Now loading……

  13. 13 : : 2017/11/08(水) 00:17:26




    ▽ アイテム『ナイフ』を獲得しました。




  14. 14 : : 2017/11/15(水) 18:58:55


    各々がナイフをホルダーに収納すると、言葉を発することもなく全員が荷物をまとめ始めた。

    災害用の大きなリュックに缶詰や飲み物を詰め込むと、黙々とした作業の雰囲気が、男を撃退した程度で安心していた自分の慢心を痛感させられる。


    春川「ゲホッ、ゲホッ!」


    春川さんが両手で口を覆って、僕らに遠慮をするように咳をした。

    春川さんも本来なら横になるべき体調なのに、率先して作業に取り組んでいる。僕が、僕がなんとかしないと。

    希望を振り撒き、皆を奮い立たせて黒幕に挑んだ赤松さんや、その行動力で皆を救おうとした天海くん。

    方法は間違っていたのかもしれないけれど、皆のためを思い、必死に抗っていたアンジーさん。幾度となく僕らの前に立ち塞がったけれど、ずっと黒幕と戦っていた王馬くん。

    そして、百田くんのように。


    夢野「また歩くのか……しんどいのぉ」


    ……とは言いながら、僕もまだ体力に自信があるほどではない。

    小柄で、女性の夢野さんはなおさらだろう。

    表には出していないけれど、先の出来事にもかなり動揺しているはずだ。しかも、その脅威は終わっていない。

    ちゃんと対処出来なかった僕の責任だ。せめて最善のケアをするべきだろう。


    最原「ねぇ、春川さん」


    春川さんは提案をした。

    自身の才能や経験、記憶に基づいた適切な提案を。

    ならば僕も、僕の全てを以て対応するべきだ。


    最原「次の拠点なんだけど、この隣のホテルにするのはどうかな」
  15. 15 : : 2017/11/15(水) 18:59:45


    春川「どうして?この街にいる限り安心出来ないんじゃないの」


    春川さんの言い分は最もだと思う。先端の丸い、言葉のナイフによるカットは言いくるめるためでなく、議論のための切り込みだ。

    ただ、ここがあの学園なら、僕の手には何らかの言弾が握られていて、春川さんの言葉に向けて放っていたことだろう。


    最原「……それは違うよ」

    春川「どういうこと?」


    間髪入れずに春川さんが応える。


    最原「この街に来るまでの1ヶ月、僕らは未知の危険に怯えながら、同時に飢えや、環境の問題とも直面していた」

    最原「明日も生きているビジョンが見えない程の生活を過ごしてきたよね」

    春川「それが何。今だって変わらないでしょ」

    最原「違うよ。今は少なくとも、ひとつだけ危険がハッキリしてる」

    春川「対策出来るってこと?」

    最原「そう」

    春川「なら簡単だよ。この街から出ればいい」

    最原「他の街にはもっと危険な人物がいるかもしれない」

    春川「それはこの街でも言えるんじゃないの?」

    最原「この街は探索したけれど、例の男以外は見つけてない。人が住んでいる形跡すらないくらいだ」

    春川「どこに誰が潜んでるかわかったもんじゃないと思うけど」

    最原「それは他の街でも言えるよね?」

    春川「!」

    最原「それに、他の街は完全に未知だ。でもこの街の情報はある。目立つ驚異はひとつあるけれど、逆に言えば、それさえ解決すればこの街は快適だ」

    春川「……どうやって解決するの?」

    最原「覚悟さ」


    僕は腰にかけたナイフのホルダーに掌を重ねて、春川さんを真っ直ぐと見つめ云った。


    最原「覚悟で、解決する」

  16. 16 : : 2017/11/15(水) 18:59:54


    夢野「最原よ……それは」

    最原「あってるよ。それで」

    春川「私達を避難させてここで待ち伏せるつもり?火でも放たれたらどうするの?」

    最原「火は……大丈夫。あの男の目的は僕らを殺すことじゃない。それはハッキリしてる」


    じゃなければ、夢野さんも僕も殺されてる。

    なんとなく、あいつの言動から世界の全体像が浮かび上がってくる気がした。


    最原「それと、待ち伏せはしない。春川さん達を一時的に避難させるっていうのはその通りなんだけど」

    春川「私が負けるとでも?」


    瞬間、横殴りの雨が僕を襲った。春川さんの発する肉食獣さながらの気迫がそれだ。

    ただ、怖くない。むしろ心配だ。僕にはわかる。

    ……ただの風邪じゃないってことくらい。


    最原「僕じゃ夢野さんを守れない。だからそれは春川さんに任せる」

    最原「でも、こっちの方は……僕に任せて」


    僕は自分自身を鼓舞する意味も兼ねて、握りこぶしで胸を叩いた。


    春川「……」

    春川「私は、あんたにも死んでほしくないんだよ」

    最原「大丈夫。絶対」

    春川「策はあるの?」

    最原「あいつは酔っぱらっていた。体格の差はあっても、充分に対応出来る」

    春川「あいつの場所は特定出来てるの?」

    最原「それは僕の専門分野さ」


    僕が口角を吊り上げると、春川さんは無表情のまま振り向き、大量の荷物が入ったリュックサックを背負った。

    それを見届けて、僕も振り返る。

    胸を叩いた影響か、鼓動は強く、高鳴っていた。

  17. 17 : : 2017/11/15(水) 19:00:07


    街に出ると、黄色の空の下腐敗の風が吹き荒れていた。

    これまで幾度と街を過ぎてきたけれど、そのどれもが生を感じさせない、ジオラマのような風景だった。

    ここが特別なのか、今までが特別なのか。

    なんにせよ、僕にはまだわからない。周囲を見渡したが、空虚な景色が広がるのみ。人の影も、形もない。


    最原「よし、まずは……」


    探偵は足も使う。僕は迷わず、正面のスーパーマーケットに向かった。

    あいつがナイフを回収したかどうか、それを知りたかった。

    回収してるのなら、あいつはまだ明確な敵意がある。

    もしも、していないのなら……。


    最原(少し厄介になるな)


    数歩進んで、件の場所に到着すると、厄介な光景が広がっていて、思わず舌打ちした。

    すでに戦意を喪失させて逃げたか、それならいいんだけど……。

    もしも、より優れた武器があって、ナイフなんて奴にとってどうでもいいのなら。

    やはり、僕の判断は間違っていたということになる。

  18. 18 : : 2017/11/15(水) 19:00:53


    僕はナイフを拾い上げて、じっくりと見つめた。

    特におかしなところはない、食事にも殺人にも使えそうなナイフだ。

    これから拾いに来るという可能性も捨てきれないし、僕が持つことにしよう。

    僕はそのナイフを懐にしまって、踵を返した。

    もうスーパーに用はない。


    最原(さて、次は……)


    と、スーパーを出たその時だった。

    僕らが拠点としていたホテルはまさにスーパーの正面。つまり、スーパーから出れば自然とホテルを視界に入れることになる。

    僕は見た。

    ホテルに入っていく、大柄な背中。

    僕から逃げていった、敗者の背中。

    それを拭おうとする、殺意の背中を。

    探すまでもなく、向こうから来た。

    覚悟を試す瞬間が、歩いて。


    最原「……よし」


    意を決して、後を追った。

    尾行なんていつ以来だろうか……なんて、呑気なことが頭を過る分、僕も余裕があるのだと安心しながら。

    さて、視線の先で男は、動かないエレベーターを当然のように無視して階段を上り始めた。

    階段は慎重にならなければいけない。音も立ちやすいし、何より、下にいる方が圧倒的に不利だからだ。

    幸い男が振り返る気配はなく、真っ直ぐに上がっていった。

    距離を取りつつ、踊り場の折り返し地点から顔を出して恐る恐る様子を伺う。

    男は2階の廊下へと歩みを進め、近くにあった扉の前に立った。


    最原(探しているのか……僕らを)


    少しすると、今度は隣の扉の前に立ち、また少しすると、次の扉へと移って行く。

    恐らく、ドアノブを見ているのだろう。

    暫く使われていなかったはずのドアノブは埃を被っているが、僕らが使っているのなら埃は取り払われているはずだから。

    さて、相手は後ろを向いている。

    このまま一気に近づいて、ナイフで刺せばそれで終わりだ。

    出来る、僕には。

    出来る、出来る、出来る。


    最原「……」


    東条さんも

    真宮寺くんも

    ゴン太くんも


    最原(こんな気持ちだったのか……)


    足が震える。けど、覚悟は済んでる。

    震えていた足は宙から吊るされた糸に操られているようにして、不格好に、それでも自然に動き始めた。

    無防備な、背中に向かって。

  19. 19 : : 2017/11/15(水) 19:01:23


    最原「……」

    最原「……!」


    違う。

    ナイフを握る。ただ、人に向ける。

    殺意を持って握り、人に向けるのとでは、あまりにも。


    最原(おい!決めただろ!!)


    遅いとも速いとも言えない、半端な走行。

    相手に気づかせることで救いを期待するその行為は、僕の期待を十二分に叶えることとなる。


    「す、すまねぇっ!!」

    最原「!?」


    僕はわざとらしく急ブレーキをかけるようにして停止した。

    男は瞳を潤わせて、両手を挙げている。

    とてもついさっきの男と同一人物とは思えない。が、どう見ても同一人物。


    最原(酔いも覚めてる……のか?)


    ただ単にアルコールの影響で強気になっていただけなのか。大柄な男が、まるで小動物のように見える。


    「ヒィッ……やめてくれ……久しぶりの女だったからつい……」

    最原「久しぶりの……?」


    ……何にせよ、これはチャンスだ。

    この世界の情報を、こいつから聞き出すことが出来る。


    「そうだ……世界が崩壊して、もう何年経ったか……」

    最原「何があったんですか?」

    「なんだ?記憶喪失か……?」


    男は怪訝な顔をしたが、僕の持つナイフが余程恐ろしいのか、少し手首を捻らせただけで瞬時に怯えた表情に戻り、話を続けた。


    「……流行り病だよ。地球に近づいた隕石が原因で、無数に感染する治療法のわからない未知のウイルスに全人類犯されたんだろ」


    王馬くんが辿り着いた結論と、大体同じだ。デスロードの先で見た景色とも重なる。


    最原「それで、隕石は?」

    「奇跡的に当たらなかったんだろ?衝突は免れないと偉そうな学者が言ってやがったが、ただウイルスをばら蒔いただけでおしまいさ」

    最原(……)

    最原「人類史上最大最悪の絶望的事件は……」

    「懐かしいな。けどそんなもんより、現状のがよっぽど最悪だぜ」

    最悪(ゴフェル計画は、実在していたのか……)

    「……ッ!ゲホッ!ゲホッ!!」

    最原「!」

  20. 20 : : 2017/11/15(水) 19:01:48


    男の咳は、あらゆる不吉を孕んでいた。視覚化されたその色は、あの学園では、一種の合図となっていた、そんな色、そんな液体。

    最原「血……?」

    「誰にも抗えない……わかるだろ?抗体を持った高校生達を保守する計画があったらしいが、あれもどうなったか……」

    最原「っ……。(いや、そんなことより)他にはもう、生き残りはいないのか!?どうしてお前は生き残っていたんだ!?」

    「薬、だよ。治ることはない。ただ延命出来る……それだけの薬さ。それもとうとう、最後の1個になっちまった。これが切れたら、俺もこの世界とはおさらばさ……あぁ、死にたくねえ……死にたくねえ……」

    最原「薬……」


    春川さんの咳が脳裏を過った。

    春川さんは咳をする際、両手で口を覆っていた。

    僕には、エチケットのように見えたが、思った以上に衰弱していることを考えると……。


    最原(抗体のある16人……といっても、百田くんは……)


    例外はひとりとは限らない。

    このまま春川さんが百田くんと同じ結末を迎えるのなら、僕は……。

    薬が欲しい。

    春川さんを救い、僕も楽になり、夢野さんの不安も晴れる、薬が。


    「見逃してくれ……あれは出来心だったんだ。俺はここを去る。二度とあんた方に迷惑はかけない……だから頼む……」


    男が頭を下げた。

    僕が首を切りやすい、丁度いい位置まで。

    再三確認するが、覚悟は済んでいる。

    どこかの殺人鬼が、人間を斬る感触は豆腐に似ていると言っていたが


    僕もそう思った。

    今日、眠りにつく時、この貴重な体験を、1文では到底収まらない濃厚な1日を、僕の日記に綴ろう。
  21. 21 : : 2017/11/15(水) 19:02:12





    ▽ アイテム『最原の日記』を獲得しました。




  22. 22 : : 2017/11/15(水) 19:04:16


    ドクン ドクン

    今、僕の脳が全身全霊を以て大量の麻薬を作成していて、錯覚と高揚と幸福と安堵と焦燥が次から次へと錯綜する不思議な感覚が絶え間なく続いていた。

    熱く冷たい体を無理矢理動かして春川さん達の待つホテルへ歩く。


    最原「っ……あっ!」


    ダンッ!!

    階段を踏み外し、不格好に転がり落ちたが、痛みはない。

    全身を打つ衝撃が駆け抜けて、去っていく。

    何事もなかったかのように立ち上がる、と、すぐに足が挫け再び地に伏せた。


    最原「!?」


    わからない。

    どうしてこうなった?どうして。

    いや、何もない。自然にこうなった。

    僕のポケットには貴重な薬が入ってるんだ。早く春川さんに届けないと。

    僕は蛇のように這って進んだ。

    やがて立てるような気がして立ち上がると、お酒を飲んだわけでもないのに千鳥足になっている自分がいて、思わず吹き出した。

    可笑しいや。

    何とかして春川さん達の部屋の前に着き、勢いよく扉を開けると、2人の視線が僕に集中する。


    最原「大丈夫。もう安全だよ」


    僕は夢野さんに微笑んだ。夢野さんは、余程嬉しかったのか、感極まって涙を浮かべた。


    春川「……最原、あんただけに背負わせない。夢野、死体を見に行こう」

    夢野「うむ。最原……すまない……本当に……」

    最原「謝ることはないよ。必要なことなんだから……」


    2人を連れて、僕は死体のもとへと案内をした。

    2人が支えてくれたから、真っ直ぐに歩くことが出来た。

    これからもずっと、僕らは、生きている気がする。


    最原「あれだよ。ほら」


    僕が指を差す先に、僕の初めてが転がっている。

    春川さんと夢野さんが、それを視界に入れる。


    ……本当に、殺した。

    僕が殺した。人を。この手で。殺した。


    最原「……アァッ!!くぅっ!!ふぅっ!!」


    殺した!!殺した!!殺した!!


    春川「最原!!」


    爆発する。頭が。抱えきれない。重くて。重くて。

    こんな、こんな辛いなんて!人の命を奪う意味を、意義を、理解してしまっていたから!きっと余計!

    冷静さを取り戻した体が、限界を迎えた。

    同時に、僕は気づく。

    そうだ。今まで外の世界を歩いてきて、見たことがないものがある。

    僕らは、死体を見たことがない。

    流行り病が実在したのなら!人類はほぼ絶滅したのなら!

    死体が残っていてもいいんじゃないか?

    これが、これが初めての死体だ。

    そして、追い討ちをかけるようにして

    天から降り注ぐ、あの声を聞いた。


    『死体が発見されました!』





    Chapter07 僕らは明日も生きていく。

    非日常編


    Now loading……
  23. 23 : : 2017/11/17(金) 05:15:18





    ▽ アイテム『薬』を獲得しました。



  24. 24 : : 2017/11/23(木) 22:11:46


    不快すぎる程爽快でクリアなアナウンス。

    二度と聞くことはないと思っていた、忌まわしき声が僕らの顔を蒼白させる。


    春川「嘘……これって……」

    夢野「モノクマ!?白銀は死んだはずじゃ!一体なんで……」

    最原「僕らは降りた……降りれたはずじゃないのか……?」


    矢継ぎ早に浮かぶ疑問の全ては、たった一言で一蹴された。


    『一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!!』


    学級裁判。

    僕らは未だ、ルールに縛られていた。

    あれだけ恋しかったルールの帰還に、今は拒絶反応すら覚える。


    春川「学級裁判って言ったって……証拠も何もなく……」


    春川さんが僕に目を向ける。

    当然、この場合のクロは僕だ。


    なら、僕が処刑される……?

    あのおしおきを、僕が……?


    途端、景色は抽象画のように歪んで、青く黄色く緑色に変色を始めた。

    殺したのは僕だ。

    でも殺すつもりはなかった。

    焚き付けたのは誰?

    春川さん。

    きっかけは?

    夢野さん。

    殺したのは?

    僕。

    不条理だ。不公平だ。僕だけに背負わせないって言って、僕だけに背負わせた。


    最原「そんな……そんな……!!」

    春川「待って。最原落ち着いて」

    最原「来るなッ!!」


    バッ


    春川「っ!」


    棒のような腕が振り回されて、春川さんらしき人物を弾き飛ばした。

    あ、僕がやったのか。

    ごめんね。春川さん。


    ごめんね。
  25. 25 : : 2017/11/23(木) 22:12:36


    夢野「ハルマキ……最原……」


    ウチは状況を飲み込めずにいた。

    というか、全員がそうじゃろう。

    ハルマキが倒れたのを見て、ウチは思わず駆け寄ったが、最原は依然として立ち尽くしたまま動かない。

    ウチらは、これからも生きていくんじゃないのか……?

    ウチらは……どうなるんじゃ……?


    春川「ウッ!ゲホッ!ガァッ!!」


    ベチャッ


    ハルマキが苦痛を露にした咳から溢れる血液が、忽ち鉄の臭いを充満させる。

    やはり、ただの風邪ではないのだな。

    もう時間もないのかもしれん。……考えることは得意ではないが、ウチも覚悟は済んだ身じゃ。

    わかることから整理する。

    まず、あの男を殺したのは最原で間違いない。凶器はナイフ。コロシアイゲームが終わっていないと考えると、あの男も、今日までの状況も、ゲームが用意した動機なのか?


    夢野(悪趣味じゃ……とても……)


    ゲームを降りるという選択肢は、結果的には甘かった、というわけじゃな。

    なら向き合うしかない。向き合うのなら、せめてゲームの終了条件を念頭に置きたいが……。


    モノクマ「モノクマファーイル!!」ドンッ!!

    夢野「うわぁ!!」

    モノクマ「よぉ……5年ぶりだな……」

    春川「嘘でしょ……お前まで……」

    モノクマ「嘘じゃないよ。しかしまぁ、悲しいなぁ……5年じゃなくて1ヶ月ぶりだろって突っ込んでくれる人がいないなんて……とか思ったら、そうだ、もう残り3人なんだもんね」

    夢野「元々そんなツッコミ役もいなかった気がするのじゃが……」

    モノクマ「あれー?まぁいいや。わかると思うけど、これが最後の学級裁判だからね。気を引き締めて臨みましょう!!」


    最後の学級裁判。

    証拠も何もいらない。殺したのは間違いなく最原じゃ。

    そして、抗う術もない。

    最原を指名して、ウチとハルマキが仲良く卒業……それで全て終わらせる。

    それがモノクマのシナリオ。

    ここは降りることの出来ない地平線の彼方まで続くステージの上。役者は天井から垂らされた糸に吊られて踊るしかないというのか……?


    夢野(ダメじゃ!ウチにはなんっも思い付かん!せめて最原が冷静なら何か策を提案するのじゃろうが、今の最原では期待も出来ん!)


    頭を振り、一旦冷静になるための呼吸をしたあと、思考の取捨選択を行う。

    結論はすぐに出た。


    夢野(この捜査時間は、最原を冷静にさせるところから始まる!先ずはそれからじゃ!)

  26. 26 : : 2017/11/23(木) 22:13:17


    モノクマ「さぁーて、このゲームも残り人数が2人になった時点で終了!それじゃ、捜査頑張ってね~!」


    ヒュンッ


    そう言い残して、モノクマは跡形もなく姿を消した。

    砂時計が時の経過を伝え始めた。

    ウチは、ウチに出来ることをやるだけじゃ。


    夢野「のぉ、最原……」


    咄嗟の事態に、ウチの体は意外な程機敏に動いた。

    直感というべきか、培われた経験がルーチンとして反応しただけなのか。

    何れにせよ、ウチは目前に迫った刺突を指先で受け止めて、軽くつまみ上げることで本体となるナイフを回収し、自らの手中に収めた跡、ただ自然に刃先を相手に向けて構えた。

    相手が最原だというのに、自然に。

    魔法の練習で刃物に触れる機会が多かった。その記憶だけがウチを救った。

    ……精神的には、刺されたも同然じゃな。


    最原「なん……で……!」


    最原の昂った感情が、表面張力で保たれていた感情が

    崩壊する。


    最原「なんでだよ!!なんで僕はこんな惨めなんだよ!!」

    夢野「……」


    内面の具現化となる拳を何度も床に打ち付けながら、最原はみっともなく泣き喚く。

    その様を、ウチはただ見ているしかない。

    最原の出した結論を、理解してしまったから。

    最後の2人になった時点で終了、このルールを利用して、ウチを殺そうとしたことを。


    春川「最原……お願い。あんたが冷静じゃないと何も始まらない……」


    ハルマキも限界じゃろう……。踞ったまま立ち上がろうともせん。

    そもそも、ハルマキが健在ならウチを庇った上で最原を組伏せていたはずじゃ。

    ……なんて、意味のない捜査時間じゃ。

  27. 27 : : 2017/11/23(木) 22:13:50


    最原「クソ!クソ!クソ!!」

    最原「どうして僕をここまで苦しめる!?こんなに、こんなに!!」

    最原「悪いのは全部黒幕だってわかってる!!わかってるけど!!今日までしてきたことの仕打ちがこれか!?」

    最原「じゃあ僕のしてきたことは!?僕はあの学園から、夢野さんの命を何度救った!?」

    最原「たまには僕を救えよ!不公平だろ!!」

    最原「なぁ!なぁ!!なぁ!!!!!!」


    夢野(……ダメじゃ)


    自暴自棄というか、完全に壊れてしまっている。


    夢野(もうダメじゃ。ウチには……何も……)


    ピンポンパンポーン♪


    モノクマ『学級裁判だぁーーー!ドォーーーーン!!』

    モノクマ『ンンッ!!外に!!出て!!そこが!!裁判場!!だぁーーーー!ドォーーーーーーン!!』


    現状とは対照的なアナウンスに誘われて、ウチらは重い足を引きずり外に向かう。


    夢野(自我がないようにふらふらと……まるでウォーキングデッドじゃな……)


    いや、変わらんか。

    ウチらは死体と、なんも変わらん。


    外に出ると、腐った卵のような空が一面に広がっていて、その下で幾つもの墓標が円を描いていた。

    簡易的だが、間違いなくあの裁判場を模して作られたそれは、本物と変わらない威圧を、空気を放っていた。

  28. 28 : : 2017/11/23(木) 22:14:13


    モノクマ「さ、集まってくれたね。今回の主題は、誰がモブ山モブ太郎クンを殺したか?ぶっちゃけ彼はイレギュラーだから写真もないんだけど……殺人は殺人だよね。ということで、議論をお願いしまーす!」

    夢野(……ついにこうなってしまったのじゃな。議論はせずとも結果は出とる)

    夢野(皆で生きていこうと誓ったウチらの絆も、こんなちっぽけなものじゃったとは……)

    夢野(ともかく、こうなってしまった以上最原はもう諦めるしかない……ウチとハルマキだけでも生き残るんじゃ)

    夢野(と、モノクマファイルだけでも見ておくかの)


    被害者はモブ山モブ太郎。

    死亡推定時刻はついさっき。

    死因は首の動脈を切断されたことによる出血。

    凶器はナイフ……ウチが最原から取り上げたこれじゃな。

    状況的にも最原が殺したことは明白。そもそも、投票になろうが多数決でウチらは勝っている。


    夢野(逆に、ウチらがここで死ぬ可能性は……?)

    夢野(ナイフは取り上げた。今の最原に武器は……)

    夢野「……!」


    ある。あの男が持っていたナイフか。


    夢野(ハルマキの様子もおかしいし、これはさっさと投票に移ってモノクマにおしおきして貰った方がよさそうじゃな……)

    夢野「モノクマよ。投票じゃ」

    モノクマ「あれ?議論はまだ始まってもないけど?」

    夢野「議論するまでもないじゃろう。全ての証拠が最原を犯人だと裏付けているし、何よりウチとハルマキにはお互いにアリバイがあるのじゃ」

    夢野「それに最原は自らあの男を殺すと言った!最早出来レース。こんな議論さっさと終わらせて投票に移るべきじゃ!」

    モノクマ「だそうだけど?」

    春川「私は……構わないよ……」

    モノクマ「で、犯人は?」

    最原「……もちろん、異議ありさ」

    最原「まず僕が直接殺すと言ったって?そんな証拠はない」

    夢野「言ったじゃろ!!最原が!!」

    最原「子供の喧嘩じゃないんだ。言った言わないは水掛け論だよ……」

    夢野「ぬぬ……なら!このナイフが動かぬ証拠じゃ!」

    最原「そのナイフが?」

    夢野「最原がこれであの男を殺したんじゃ!当然じゃろ!」

    最原「ならなんでキミが持ってるの?キミが殺したから?」

    夢野「なっ……!」

    最原「答えなよ。夢野さん」

    春川「ダメ、夢野……挑発に乗らないで。ゲホッ!!……もう投票しよう」

    最原「!」

    夢野「ハルマキ……そうじゃな」

    最原「待って、モノクマ」

    モノクマ「ハイハイ?」

  29. 29 : : 2017/11/23(木) 22:14:36


    最原「捜査時間に満足な捜査が出来なかったからか、今回は証拠品が少なすぎる。もう一度、僕らに捜査時間をくれないか?」

    夢野「っ!?」

    春川「モノクマ……!投票……!」
     
    モノクマ「ふむふむ。最原クンの言うことも最もかもしれませんが……今回はそれほど証拠もないんだよね。特例中の特例みたいな裁判だし」

    最原「そうか……けれど、現存する証拠はどれも決め手に欠ける。捜査時間がないのなら、せめて何か他の証拠を提示してくれないか?」

    夢野「無駄な足掻きじゃ。何をやってもお主のクロは覆らん」

    最原「モノクマ」

    モノクマ「ごめんね。特に用意してないよ」

    最原「そっか。じゃあ提案だ」

    夢野「最原!見苦しいぞ!」

    最原「前回の裁判で、オーディションの動画が流れたよね」

    モノクマ「うんうん。それで?」

    最原「夢野さんと春川さんの動画がなかった気がするんだけど……どうしてそれは流さなかったの?」

    夢野「何を企んどる!もう裁判は終わりじゃ!!」

    最原「モノクマ、どうなの?」

    モノクマ「別に流す必要がなかったからねえ……それに、赤松さんや百田クンと違ってそこまで面白いものでもなかったんだ」

    最原「ここにいる中で僕だけ流されてるんだ……公平性を主張するよ」

    モノクマ「そう……?ウププ……なら、見せちゃおうかな……」

    夢野「モノクマ!投票じゃ!!」

    モノクマ「これが終わったら投票でいいでしょ?じゃ、ムービースタート!」

  30. 30 : : 2017/11/23(木) 22:14:59


    夢野『おはようございます。劇団ファインから来ました。夢野秘密子です』

    『はい。おはようございます。まず、ダンガンロンパへの出演を希望した理由についてお聞かせください』

    夢野『はい。私は子供の頃から演劇が好きで、特にダンガンロンパに出演している役者さんの演技に感銘を受けており……』


    モノクマ「ね?普通でしょ」

    最原「そうだね……驚く程普通だ。夢野さんは驚いてないみたいだけど」

    夢野「……今さらこんなことで動揺せんわい。早く投票じゃ」


    モノクマ「じゃ、次は春川さん」

    春川「……」

    夢野「ハルマキ!?大丈夫か!?」


    ハルマキの顔が、まるで本物の死体のように青白く。床は対照的な赤にまみれている。


    春川「投票……夢野……」

    夢野「頼む!ハルマキがもう!!」

    モノクマ「えー、でも、約束は守らなきゃ」

    夢野「モノクマ!!」


    春川『こんにちは~ハルマキちゃんって呼んでください(笑)』

    『お、可愛いね。さ、座って』

    春川『は~い!私ぃ、ダンガンロンパ大好きでぇ、中でも江ノ島盾子ちゃんに憧れてるんですよぉ』

    『うん。ファッションも似てるね』

    春川『そうなんですよ!これとか似たようなの探すの大変で……』


    モノクマ「ごめん。これは流した方がよかったかも」

    最原「ふふ、意外なギャップだね」

    夢野「なんでもいい!!モノクマ!もう茶番は済んだじゃろう!!投票じゃ!!」

    最原「ここまで来たら全員分流して欲しいな」

    夢野「最原……!!」

    モノクマ「うーんそれはまた今度かな。流石に尺とりすぎだしね」

    最原「そっか、残念……」


    そう言って、最原は腰に手を伸ばした。

    ウチの予想が正しければ、あれは!


    夢野「最原!ハルマキは殺させんぞ!!」


    男から奪ったナイフ!

    ウチもナイフを出して、最原に向ける。

    すると、最原は。


    最原「ふっ……はははっ!!」


    嗤った。


    夢野「……何がおかしい?」

    最原「早とちりだよ。夢野さん。僕が出すのは……」

    最原「この、薬さ」

  31. 31 : : 2017/11/23(木) 22:15:28


    夢野「薬……?」

    最原「そう。春川さんの病気、気づいてると思うけど風邪なんかじゃない。百田くんと同じ病気さ」

    春川「ハァ……ハァ……」

    最原「その病気を治すとっておきの治療薬だよ。あの男が持ってた……これを春川さんに渡したいんだ」

    夢野「嘘じゃ!!そんなもの!!生き残りたいからとでたらめを抜かすな!!」

    最原「本当だよ。ただし、条件があるけどね」

    最原「春川さん。夢野さんに投票してよ」

    夢野「!!」

    最原「そうしたら、この薬を渡すからさ……僕ら2人で生きて帰ろう。春川さんだって死にたくないはずさ」

    春川「最原……ハァ……私は……いいんだよ……!」

    最原「ん?何がいいって?」

    春川「ハァ……ゲホッ!!私……は……ガッ……!!」

    夢野「もうよい……ハルマキ……投票じゃ……ボタンを押すだけの労力で全て終わる……!」

    最原「春川さん!このままだと春川さんは死んじゃうよ!けど僕なら助けられる!」

    夢野「聞かんでよい!!最原に投票して終わりなんじゃ!!」

    最原「春川さん!!」

    夢野「ハルマキ!!」

    春川「……」

    春川「……もう…………」

    春川「…………」

    夢野「……」

    最原「……」

    夢野「ハル……マキ……?」

    最原「……フフ……」

    最原「やったぁぁぁぁああああああ!!僕の勝ちだ!!やったーーーーーー!!」

    最原「よし!!よし!!よし!!」

    夢野「……なんじゃ、これは」

    夢野「なんじゃ!?なんじゃこれは!?」

    最原「夢野さん、いいじゃないか。僕らは生き残ったんだ」

    夢野「よくない!何もよくないぞ!こんな、こんな終わり方が……」

    最原「腑に落ちないのかな。じゃあ解説するよ」

    最原「……これが、最後のクライマックス推理かな」

  32. 32 : : 2017/11/23(木) 22:17:34
    最原「僕はね、ただ時間を稼いでただけなんだ」

    最原「あれだけ皆で生き残ろうとしていた春川さんが僕への投票を促した時、僕は春川さんに死期が迫っていることを悟った」
     
    最原「なら、時間さえ稼げば全て終わるよね」

    最原「捜査時間の要求も、証拠の提示も、オーディションの映像も、全て利用させてもらったよ」

    最原「あとはやっぱり薬だよね。これが一番時間を稼げると思ったんだ」

    最原「死に際、僕が救いの手を差し出すことで生じる迷いは夢野さんにも伝染すると思ったんだけど……春川さんがゆーっくり喋ってくれたからそれでオッケー」

    最原「と、こんなところかな。ようやく全て終わったんだ!これで堂々とゲームを放棄することが出来るよ!やったね!」

    モノクマ「はい!おめでとうございます!これで2人はめでたく卒業です……ウウッ感慨深い……」

    モノクマ「刺殺、撲殺、銃殺、絞殺……色々な可能性を提示したけれど、最後の最後がまさか、見殺しだなんて……」

    モノクマ「まさに!特例のChapter 07に相応しい結末でしたね!」

    夢野「……最原」

    最原「なぁに、夢野さん」

    夢野「ウチは許さんぞ……必ず!必ずお主を……このゲームに代わって、ウチが必ずお主を裁く!!」

    最原「はは、もう全部終わったんだって」

    モノクマ「くぅ~疲れましたw NewダンガンロンパV3はこれにて終了です!」

    モノクマ「次のダンガンロンパでお会いしましょう!さよ~なら~!!」

    夢野「ウチは諦めない!!最原!!お主だけ……は……!!」


    世界が白く包まれて

    ダンガンロンパが、終わっていく。






    Chapter 07 僕らは明日も生きていく

    END.


  33. 33 : : 2017/12/01(金) 15:46:08


    ウチが目を覚ますと、そこはベッドの上、白雪の如く清浄な景色が視界一面に広がっていた。

    しかし、景色を遮る障害物も少なくなく、それらは醜い笑顔で数多の視線をこちらに向け、壊れたおもちゃのように手を叩くのだ。


    「おめでとう!おめでとう!」


    あぁ。

    全部終わったのか。

    到底自分に近いとは言えないキャラを強要されていた分、解放された今は張り詰めていた糸がプツンと切れた気分。

    宿題を終えた、夏休みのような。

    鳴り止むことのない拍手を騒音として聞き流し、部屋の中をぐるりと見渡す。

    すると、一際目立つ卑しい笑顔の塊が、醜い内面を詰めた小綺麗なパッケージが目に入った。


    白銀「おめでとう!夢野さん!」

    夢野「……白銀、生きてたんだ」


    どちらかというと、私の素は春川魔姫に近い。

    もっとも、彼女はもう本人共々故人のようだが。


    白銀「ま、私が死んだらゲームが成り立たないからね。中々苦労したよ。学園の外は何も設定されてない白紙の空間だから、そこに色々付け足して……シナリオライターも寝ずに考えて」

    夢野「だからあんな無茶苦茶したんだね」


    私は冷めた目線を彼女に送る。

    彼女はそれを鼻で笑い飛ばし、両手を腰に据えて言った。


    白銀「それはそれで、ダンガンロンパだから許されるんだけどね」


    流石、一大コンテンツは言うことが違う。

    それに憧れていた私も私だが、いざ参加してみれば、なんとも薄く汚らわしいことか。

    天海が何を思って2回目の参加を決意したのか理解に苦しむ。


    白銀「まぁ地味に成功してよかったよ!次回もあると思うから、そのときは呼びに行くね!あ、もしかしたらそっちから来てくれるかもしれないけど!」


    なるほど、拒否権はなかったってわけか……。


    夢野「……ペリエをちょうだい」


    これからのことに思考を巡らせると

    口に含んだ炭酸水は、体内でパチパチと弾けた。

  34. 34 : : 2017/12/01(金) 15:46:42


    ひとまず、真っ先に決まった目標は揺るぐことない方針として私の足を動かした。

    帰ろう。

    鬱蒼とした草木を掻き分けて、鉄の扉に手をかける。

    一瞬嫌な予感がしたが、杞憂だった。

    扉はあっさりと開いて、私が外界に出ることを望んでいるかのように続く無機質な廊下を示した。

    歩いていく。

    元の世界、本当の体、それら全てが虚構のようで実感が追いつかない。

    廊下ですら雲のようで、ちゃんと踏めているか不安になる。

    ただ少しでも安心出来るように、私は下に降りるため、エレベーターではなく階段を使った。

    エレベーターは、先が見えない。

    着いた先が異世界であっても、言い訳が出来ない気がした。

    だから階段で、踊り場から恐る恐る顔を覗かせて、先を伺い、段が続いていることに安心しながら少しずつ進んでいく。

    一歩、一歩。


    「わっ!」

    夢野「!!」


    ドタッ


    情けない音が響く。

    段をひとつ踏み外して、踊り場に四肢で着地した私は、声の主に向けて振り返った。

    私の顔がどれだけ赤いか、それが余程おかしいのか、そいつは私を見下ろして嘲笑していた。


    白銀「ごめん、地味に驚かせちゃった?」

    夢野「……嫌な女」

    白銀「あ、未来少年コナンかな?懐かしいね。コナンといえば最近は名探偵の方に行きがちだけど未来少年の方も面白いんだよ」

    夢野「今ので年割れたよ。女子高生役はキツいってことも」

    白銀「あ、嫌な女」


    私は白銀に背を向けて、階段を下った。

    背後からの視線が粘つき、離れないことに関しては、不快の一言で結論付けることにして。

    やがて階段を下り終えると、入口にして出口の自動扉が姿を現した。

    ここに入ってから出るまで、どれだけの日々が経過したのかは後で実感するとして、今は何よりも家の布団でぐっすり眠りたい。

    ふと俯いていた顔をあげると、ガラス張りの扉の向こうから浴びる日光に目が眩んだ。


    白銀「ぷっ」


    違う。

    日光はこんな連続して、絶え間なく輝くものではない。そして、こんなに眩しくも。


    「~~~!」

    「~~~~~~!!」


    ならこの騒がしく、太陽を騙る光は何者か。

    段々と目が慣れてきて、私はようやく気がついた。


    「夢野秘密子さんですよね!?一言お願いします!」

    「今のお気持ちを!カメラに向けて!」



    それがカメラのフラッシュであることを。

    疲れた体をさらに消耗させる害悪を含む光の弾丸が次々と降り注ぐ。

    背後からは、そんな様子を楽しむ笑い声が聞こえた。


    白銀「報道陣の皆さん、どうぞどうぞ!」


    白銀の掛け声で、檻は開き、カメラとマイクを持った動物達が雪崩れ込んだ。

    動物達は隙間が無くなるほど私に近づくと、私を中心とした大きな円となり、光の次は音で私を攻撃し始める。


    「キーッ!キーッ!」

    「ブヒブヒブヒブヒ!!」


    あぁ、ダメだ。言葉が多すぎて何言ってるのか何にもわからない。

    どれも同じような、適当な鳴き声に聞こえる。

  35. 35 : : 2017/12/01(金) 15:47:05


    夢野「……ぉして、通してください」


    私の声は与えられた役割を果たそうとせず、ただただ騒音の奔流に飲み込まれていった。


    「「フゴ、フゴ、フゴ!!」」


    眩しくて、五月蝿いし、臭い。

    しかもほぼ密着している状態、どさくさに胸や尻を触られた気がしたが、それについて言及する気力は底を突いていた。

    道は塞がれてしまっているため、逃げることも出来ない。

    ……ここはなんだ?


    白銀「はーい、ストップストップ。質問は挙手をして、順番に!」

    夢野「……」

    白銀「はい、まず私からね」


    そう言って白銀が手を挙げ、マスコミのひとりからマイクを取り私の前に立った。


    白銀「どうして最原くんのことを聞かないの?」

    夢野「……」


    面倒くさい。

    以前の私であれば、劇団の教え通り笑顔を意識してハキハキと応じただろうが、私は、夢野秘密子でいる時間が長すぎた。

    彼女の個性である面倒くさがりを持ち帰ってしまったのかもしれない。

    ……疲れているから、定かではないか。

    気の利いた返しも思い付かないし、それをそのまま伝えよう。


    夢野「疲れていて、今は何よりも早く帰りたい気持ちです。彼がどうかしましたか?」

    白銀「んー。最後の最後にさ、最原くんを裁くって言ってたから」


    確かに言った。しかしあれはキャラクター夢野秘密子の言葉であって、私の本心は「どうでもいい」だ。

    私がそれを表情で伝えると、白銀は笑顔で口を開いた。


    白銀「あれね、二度と叶わないんだよ」

    白銀「最原くん、死んじゃった」


    ……。

    …………どうでもいい。

  36. 36 : : 2017/12/01(金) 15:47:26


    白銀「最原くんは夢野さんより1時間くらい早く目が覚めたんだけどね、ほら、彼元々内気な性格だからさ、このマスコミの応酬にびびっちゃって、おまけに人気の春川さんを殺して夢野さんを騙したわけだから、そりゃあ罵詈雑言あったわけよ」

    白銀「あれだけトリックを考えてるとか言って殺す気満々だった彼も、病んじゃったんだよね。火事場の馬鹿力でマスコミ振り払って、屋上から飛び降りちゃった」


    結果的に、裁かれはしたというわけか。

    まぁ、それならそれで夢野秘密子も未練がないだろう。


    白銀「見る?まだ死体処理してないの。マスコミの方々はそれを撮るために一旦外に出てたんだよ」

    白銀「で、彼の結末が面白かったから夢野さんにも似た演出をしたわけ。夢野さんは自殺する理由ないけどねー」

    白銀「はいはい皆さん、外に出ますよー。夢野さん単体はもうバッチリ撮ったでしょ?次は最原くんとのペアいきましょ。本当は生きてるときに撮りたかったけど、これはこれでありだよね!」


    白銀が指揮すると、本能のままに行動していた動物の群れが道を開けた。


    白銀「さ、こっちこっち」


    その手に導かれて外に出る私も、また動物なんだろう。


    白銀「ほら、これ」


    珍しい虫を見つけた男の子のような純粋さで、彼女が指差す先に置かれた死体は、最原の服を着た何かだった。

    それこそ、珍しい虫なのかもしれない。

    そう言われても納得してしまうほど、その何かは原型を留めていなかったのだ。

    四肢は折れ曲がり、破裂していて、スーパーに並んでいる鶏肉のような肉が皮を突き破って露出している。

    酷いのは頭部で、スイカのように割れたそれは首から繋がる顎だけを残して四方に砕け散っていた。


    白銀「凄いよね。腕とか脚とかめっちゃ曲がってるし、死体は見慣れてるけどこれは中々珍しいよ」

    夢野「……」


    実際、最原の末路を見ても、私の心は特別弾むわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただあるがままの光景を受け入れて、日常の景色として消化する。それだけだった。

    背後のフラッシュは、これまた不快の一言で片付けるとして。


    白銀「何も言わないし、何もしないね。じゃあゲームの脳の私がここでやるべきことを教えてあげる」


    すると白銀は私の耳に唇を寄せて、囁くように言った。


    白銀「死体を調べると、キーアイテムが手に入るの」


    それ、普通に言えばいいじゃん。

  37. 37 : : 2017/12/01(金) 15:48:07


    私は決してゲーム脳じゃないけれど、白銀に言わせればたぶんこれはゲームのイベントのようなもので、言う通りにしなければ先には進まないのだろう。

    死体漁りなんて趣味は毛頭ないが……私は赤いコンクリートの上に膝をついて、最原の服に手をかけた。

    背後からのフラッシュが一層強くなる。

    思い立って、空を見上げた。

    高い高い、チームダンガンロンパの所有するビルだ。

    この上から飛んだのなら、こうなっても仕方がないと思える。

    それは別として、本物の太陽の輝きがなんとも心地よかった。


    白銀「さ、早く早く」


    急かされるままに私は視線を最原へと戻す。

    近くで見ても、肉塊は肉塊だ。

    指先が衣服に触れると、怯んで、指を離した。

    次は、躊躇わずに手のひらを当てる。

    意外に固いそれは、死後硬直という言葉を思い出させる。

    が、死後硬直は確か死後2~3時間で発生し、ゆっくりと時間をかけて全身に回るもので、白銀の言葉を信じるなら、これはまだ死後硬直が始まってもいない死体だ。

    さて、ゲームというなら、大抵はポケットに何かあるものではないか。

    私はまずズボンのポケットに手を伸ばした。が、何もない。


    夢野(胸ポケットか……?)


    だとすると、これまた面倒なイベントだ。

    この死体はうつ伏せの状態で、胸ポケットを探るのであれば一度裏返さなくてはならない。

    冒涜的で、怠くて、汚くて、まるでいいことがない。

    ただ、これをやらなければ帰れないのなら……


    グッ……


    私は、最原の死体を裏返した。

    まるで紙のように、驚くほど軽かった。

  38. 38 : : 2017/12/01(金) 15:48:31


    表にすると、流石に吐き気を催した。背後のフラッシュも強くなる。

    密な関係であるはずの歯ですら逃げ出した半開きの口は何を訴えていたのか、鼻から上がないのだから、表情は伺えない。

    ただ、高所からの飛び降りは頭に血が集まって、着地より先に気を失うことから、自殺する際に痛みを伴わない方法のひとつと聞いたことがある。

    もしもそれが本当なら、きっと最期は安らかだったのだろう。 

    それだけは、良かったね。

    そして、ようやく胸ポケットに手を伸ばす。と、案の定。

    そこには血で汚れた、最原の手記が残っていた。


    白銀「あっちの世界からの、お土産ってところかな。かがくの ちからって すげー!」

    夢野「……」


    持ち主と違ってなんとか原型を留めていた手記を、私はゆっくりと開いた。


    夢野「最原……」


    最原。


    最原終一。


    彼の生きた証が、足跡が、そのまま


    いや


    ハルマキと、ウチも加えて


    3人で生きた証が、そこに記されていた。

  39. 39 : : 2017/12/01(金) 15:48:54


    4月1日月曜日 晴れ

    今日から僕らの旅が始まる。行く宛のない旅路だ。きっと辛い道のりになる……だから、自分を見失わないために日記をつけることにした。赤松さん、百田くん、どうか僕らを見守ってほしい。
    そうそう、日付がわからなかったから、便宜上4月1日にしておいたよ。始まりの季節ってことで、僕らの新学期を祝福してくれますように。


    4月5日金曜日 晴れ

    僕らの仲に問題はない。ただ歩くだけでも、夢野さんと春川さんと掛け合いが面白くて、どこまでも行ける気がする。衛生的な問題は追々解決させるとして、まずは水と食料かな。
    この調子だともってあと数日。どうしようか……。


    4月10日水曜日 曇り

    水や食料の問題は思ったよりも深刻だ。どこかで補充出来ればいいけれど、街には人もいないし、何もない。暗い顔をしていると、夢野さんが得意の手品で励ましてくれた。おっと、魔法って書かないと怒られるかな。もしもタネがあるのなら、花が咲くといいね。


    4月15日火曜日 雨のち晴れ

    今日も特に成果は無し。明日に期待。


    4月16日水曜日 雨

    明日に期待。


    4月17日木曜日 〃

    明日に期待。


    4月18日金曜日 〃




    4月19日(土) はれ




    4月20日(日)

    生まれて初めてトカゲを食べた。美味しくない。


    4月21日(月) 晴れ

    頑張ろう、夢野さんと春川さんが僕の生きる理由だ。


    4月22日(火) 晴れ?

    特に無し。

    4月23日(水) 

    特に無し。

    4月24日(木)

    特になし。

    4/25(金)

    とくになし

    4/26(土)

    とくになし

    4/27(日)

    とくになし

    4/28(月)

    とくになし


    4月29日(火) 晴れ

    春川さんが倒れた。彼女は大丈夫と言っていたが、思えば、ここ最近不自然な点があったかもしれない。夢野さんも心配してるし、早くよくなってほしいな。

  40. 40 : : 2017/12/01(金) 15:49:12


    夢野「……」


    無関心で、いるつもりだった。

    無理だ。

    ウチは、夢野秘密子でいる時間が長すぎた。


    夢野「うっ……うっ……!」


    目から溢れる熱い液体はフラッシュの光を反射して輝く。

    徐々に手帳を握りしめる手が強くなるのを、私は止められずにいた。


    夢野「最原……最原ぁ……!!」


    目の前にいる最原が、ウチの中で徐々に原型を取り戻していく。

    その顔は、ウチが愚考していた安からとは欠け離れた無念に満ちていて、開かれた口はハッキリと言葉を届けた。


    最原「夢野さん、ごめん。ごめん……」


    大丈夫じゃ。

    全ての元凶は黒幕。お主を狂わせた張本人に向けての、本当の裁きは

    本当の、キーアイテムで


    夢野「ああああああああ!!」


    ザクッ!!


    白銀「!?」


    最原のポケットには、手記ともうひとつ。

    落下の衝撃で柄と刃が分離して、歪に変形したナイフが入っていた。

    ウチはその歪な刃を手に取って、白銀の胸に突き立てた。

    人を斬る感触は豆腐に似ていると語った殺人鬼がいるらしいが



    ウチは違うと思う。

    生暖かい血飛沫が頬に跳ねて、リアリティが加速する。


    時の流れが止まるようにして、フラッシュが止んだ。
  41. 41 : : 2017/12/01(金) 15:49:35


    死人に口無しとはよくいったもので、耳障りな言葉を発する女は人形となり朽ち果てた。

    ウチはそれを見届けて、流れるような動作で報道陣に目を向ける。


    夢野「……」


    こいつらは、なんでここに居る?

    なんで生きてる?

    天海が、赤松が、星が、東条が、アンジーが、転子が、真宮寺が、入間が、ゴン太が、王馬が、百田が、キーボが、ハルマキが、最原が死んで

    どうしてこいつらが生きていて、ウチを地獄に落とそうとする?


    夢野「おい、そこを退けい」


    ザッ


    壁が割れて、道が出来た。

    真っ直ぐな道だ。

    最原のナイフが切り開いた、白銀の示す道ではなく、ウチらだけが歩むべき道だ。


    夢野「待っておれ、皆」


    天海もきっと、同じ思いをしたのじゃろう。

    ようやく理解した。真に腐った世界はリアル。

    この世界に絶望して、再びあっち側に戻ったんじゃな。

    ただ、あっち側を統治する奴が悪かった。

    じゃが、そいつはもういない。



    道は未来。ウチらの未来へ、繋がっている。

  42. 42 : : 2017/12/01(金) 15:50:01




























  43. 43 : : 2017/12/01(金) 15:50:43





    赤松「それでね、最原くん……聞いてる?」

    最原「え?うん。聞いてるよ」

    赤松「嘘。よそ見してた」

    最原「(赤松さんのドレスが可愛すぎたから)してたけど……話は聞いてたって」

    赤松「じゃあなんの話?」

    最原「えっと……」 

    王馬「次はちゃんと爪切っておけってさ!」

    最原「え!?」

    赤松「王馬くん!」

    王馬「にししっ、嘘だよ!……え、嘘だよね?」

    春川「バカ、空気読めよ。殺されたいの?」

    茶柱「折角のパーティーだっていうのに、盛り上げる手段に乏しく、安直な下ネタに走って場を盛り下げる……これだから男死は……」

    星「まぁまぁいいじゃねえか、無礼講ってやつさ」

    星「で、どうなんだ最原」

    最原「え、あ、そんなこと……」

    赤松「即答してよ……迷ったらそれっぽいじゃん」

    入間「ひゃっひゃっひゃっ!おう早くいっちまえよ~遅漏かぁ~?」

    真宮寺「クックッ……興味深いネ」

    アンジー「あれあれー?なんの話ー?」

    ゴン太「ゴン太も混ぜて欲しいな!」

    最原「いや、えっと……」

    百田「終一も隅に置けねえよなぁ!」

    最原「あぁ……うぅ……っていうか、僕じゃなくて赤松さんに聞いて……」

    百田「それはダメだ!そういうのは男から言うもんだぜ!」

    赤松「そもそも、私と最原くんの会話にこんな混ざらないでよ~!」

    キーボ「任せてください!どんな話をしていたか、ちゃーんと録音してますから!」

    王馬「さっすがキー坊!馬鹿は使いようだよね!」

    キーボ「ちょっと!」

    真宮寺「その諺の馬鹿は相手を貶す意味じゃないんだヨ……」

    王馬「へぇー。じゃあキー坊、早く早く!」

    キーボ「それじゃあ……」

    赤松「やめて!!」

    東条「はいはい、ケーキが出来ましたよ」

    ゴン太「わぁ、大きなイチゴのケーキだ!」

    赤松「ホッ……」

    最原「東条さんに助けられたね……」

    入間「早速挿入するぜー!」

    星「入刀じゃねえか?」

    百田「茶柱、ああいうのはどうなんだ?」

    茶柱「何事にも例外はあります」

    春川「結構都合いいんだ……」

    アンジー「あ、ちょい待っちー。秘密子がまだ来てないよー」

    赤松「まだ手品の支度してるのかな?」

    茶柱「魔法です!間違えないでください!」

    最原「あ……あれじゃないかな?」

    夢野「おぉ、待たせたのぉ皆!」

    王馬「紅白の小林幸子かな?」

    夢野「そこまで派手じゃなかろう!」

    茶柱「夢野さん!とんでもプリティーです!」

    ゴン太「うん!馬面にも衣装だよ!」

    夢野「馬子にもじゃ!」

    東条「それじゃあ、主催の夢野さんも来たことだし、パーティーを始めましょうか」

    最原「あ、これってなんのパーティーだっけ、夢野さん」
     
    夢野「いいんじゃ!とにかくパーティーじゃ!」

    百田「おう!楽しけりゃなんでもいいんだ!」

    春川「夢野……」

    夢野「……?」

    春川「……いや、なんでもない。乾杯」

    夢野「うむ。乾杯じゃ」

    キーボ「あ!ふたりだけ先にずるいです!ロボット差別ですか!?」

    入間「そうだぞ!皆でおっぱい!」

    夢野「ええ~い!乾杯じゃ!!」

     
    豪華絢爛な食事の並ぶテーブルを囲んで、ウチらはジュースの注がれたグラスを天井に向けた。


    人生は、継続している。章毎に区切ることなんて、絶対に出来ない。

    続く限り、ウチらは明日も生きていく。


    紡がれた、命の物語。

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