この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
ただ君に【夏花杯】
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- 1 : 2017/08/05(土) 10:24:52 :
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「…るり、るり」
今日も私は、夢を見る。
「…るり?」
覚めることのない、夢を見る。
「るり」
この上なく不幸で、この上なく心地いい夢。
「…る、り」
ずっとたゆたっていたいと思うくらい、心地いい夢。
「……めんね」
不幸せが心地いい、狂ってしまいそうな夢。
「……しいよね、るり」
これは、君と私の、一夏の夢のはなし。
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- 2 : 2017/08/05(土) 10:28:44 :
- 今回初めて、夏花杯(http://www.ssnote.net/groups/835)にこの作品で参加させていただきます。拙い文章ですがどうか最後までおつきあいください。
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- 3 : 2017/08/21(月) 14:59:37 :
蝉の声で目が覚めた。少し不思議で、ロマンチックなフレーズだけれど、裏を返せば、ただメリハリがないだけの1日を表しているように聞こえる。
事実私はメリハリのない生活を送っているから仕方がない。夏休み、というのはそういうものだ。メリハリのある生活を送ったところで何の報酬もない。
今日は一段と蝉の声が五月蝿いように感じられる。耳を蝉の声が覆う。
「みーん、みんみんみんみん…」
口に出すともっと耳から離れなくなってしまった。自分の馬鹿さを噛み締めながら、すでに冴えていた目をこすってベッドから降りる。薄暗い部屋で、午前6時を示す時計が真っ先に目についた。
「さて、どうぶつの森でも起動するかな…」
最近は朝起きてすぐ、洗顔や着替えの前にゲームを1時間ほどやるのが日課だ。もう体に染み付いてしまっている。剥がすことのできない毛布、とでも言うべきだろうか。それほどにここちよくて、あたたかい場所。
ゲームの中の私は、学校にも行っていない。軽率に外に出て、裏表が全くない住民達と話して暮らしている。そんな生活が、今はうらやましい。
ーーー2017年9月7日(木)06:01
ゲーム画面に表示された日付。私には日付も曜日も関係ない。ただメリハリのない、心地いい毎日を過ごしていればそれでいい。悩みなんてない。何もない。
すべてから逃げている事以外、何もない。
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- 4 : 2017/08/21(月) 15:01:47 :
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ぱた、と3DSのふたを閉じた。
7時。
これから、何をしよう。
夏休みは、無だ。無に等しい感覚だ。いそいそと勉強して、くよくよ悩んで、そんな忙しい日常とは違う。何か、かけはなれている。
外の世界では今の時期を「新学期」と呼ぶのであろう。私は一応、「高校1年生の二学期」ということになる。私には、わからない。外の世界とは、もうしばらく干渉していないことになる。
ジジジッ、ジジジジジジ。
「はーーーーーーーーあ……」
ため息をついて、冷たい床に転がる。
今日は冷房を付けることはないだろうか。もしかしたら昼になれば暑くなるのかもしれない。設定温度はいつもと同じ、23度で行こう。環境に悪いことぐらいはわかっていても、体が慣れてしまって変えられない。
ジジジジジジッ、ジジジジジジ
蝉の羽音。
どうやら私の部屋のベランダに落ちてきたらしい。蝉がばたつく音がする。
ッジジジジジジジジ、ジジジッ
「うる、さいなぁ」
掠れた声で呟いて、カーテンを開ける。窓の外を見やると、ひっくり返った蝉が落ちていた。片方の羽に傷がついて、飛べなくなってしまったのだろうか。それともただひっくり返って起き上がれないのだろうか。
「仕方ないな」
ベランダの隅に置いてあるサンダルに足をつっかけ、もう一度前を見た。
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- 5 : 2017/08/21(月) 15:03:19 :
「あ…れ…?」
私の目の前で、ベランダの手すりのそばで、少し低めのポニーテールが揺れている。真っ黒な髪に、中くらいの背丈。茶色いワンピースをまとって、外を眺めている。それは、まるで、
「陽菜…?」
勝手に声が飛び出していた。
「…陽菜、陽菜なのね?陽菜なんでしょ?なんでここにいるの?帰ってきたの?」
だめだ、ってわかっていたけれど、食い止められなかった。
「答えてよ、私だよ!高山瑠璃だよ!」
「…陽菜、ね」
初めて少女が振り向いたのは、その時だった。
「……親友か、何か?」
声色は違った。口調も違った。ただ、顔つきは似ていた。だけど、やっぱり違った。
「…あ……あ……」
人とあまり喋らないせいで、情けない声だけが私の唇から零れ落ちていく。
「…あなたには、関係ない。」
思ってもいないことだけを、口にする。
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- 6 : 2017/08/21(月) 15:16:51 :
「…ねぇ、高山瑠璃さん」
「…フルネームで呼ぶのやめてくれない?気持ち悪いんですけど」
「じゃあ君も敬語使うのやめたら?なんかよそよそしいよ」
「赤の他人ですし」
「でも一応家に入れてもらってるしな」
なんとなく陽菜に似たところのある「サヤ」という少女を、なんとなく放っておけなくて、結局泊めてくれないかという願いを承諾してしまった。
あとから考えればかなりの愚かな決断だった。陽菜に似ているというだけで、いくら同じくらいの年齢だからとはいえ赤の他人を家に入れてしまうというのは、あまりにも常識はずれだ。
「じゃー…るりでいい?」
「じゃあ私もサヤって呼びますね」
だから敬語やめてってばー、と耳元で五月蝿いサヤをよそに、私は久しぶりに役目を果たしている電球を見つめていた。
ーーーサヤは、蝉なんだろうか。
あのとき確かに蝉はいた。しかし、サヤが出現したその瞬間から、ひっくり返った蝉は何もなかったかのようにどこかへ消え去ってしまったのだ。あれからどれだけ確認しても、ベランダに蝉はいない。
「…瑠璃、入るわよ」
「…かくれて」
もしかしたら私にしか見えていないのかもしれない。と思いながらも、サヤを机の下に隠す。
「ハイ、これスイカね。あんた、朝から何も食べないのはだめよー」
「ありがと、ばあちゃん」
スイカが2切れ載った皿は、こころなしかひんやりしているように感じる。扉が閉まると同時に、おばあちゃんが渡してくれたスイカの皿を床に置いた。
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- 7 : 2017/08/21(月) 15:25:44 :
「うわぁー、超美味しそう!食べてもいい?」
「だめって言ってもどうせ食べるんでしょう?食べてください」
「…敬語、やめてって言ってるのに」
ボソッ、と呟いた言葉を無視しながら、一切れのスイカを手に取った。
真っ赤に熟している実に、黒い種が点々と沢山ある。赤、赤、黒、赤、黒、
「…ねぇ、るり」
「なんですか」
「今日って、9月7日だよね?…私の間違い?」
ひやっ、と背筋が凍る様な感じがした。
「…そうです」
「…学校、行ってないの?」
「…っ…それはサヤこそ」
「私は、…通信制の高校だから」
「じゃあ私もそういうことで…」
「…なんで、行ってないの?」
そのとき、初めて私はサヤの目を見た。
輝いていた。
「…それは…その。」
「あなたには、関係ないですから」
目を逸らすと同時に、スイカの汁が膝に落ちた。
「…そっか。そうだよね。私、赤の他人だもんね」
「そう、です。詳しいことは、聞かないでください」
ぽた、ぽた、とスイカの汁が垂れている。その汁も示し合わせたみたいにほんのり赤い。
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