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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

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魔法少女は魔王になりたい! 01「凡人、魔界に転移する」

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  1. 1 : : 2017/06/04(日) 22:01:31
    久し振りの完全オリジナル作品です。プロローグである第一話だけを試験的に投稿する感じになるので、続きそうな感じのところで終わりますがそこで一回締めます。タイトル回収度もイマイチです。
    今後の参考にしたいので、感想どんどんください。辛辣でも良いです。
  2. 2 : : 2017/06/04(日) 22:04:36

    少年が最初に気付いた異常は、空の色だ。
    一言で言ってしまえば、紫色。それも時折夕空が染められるような、幻想的な紫ではない。神々しさよりも禍々しさを感じさせ、感動よりも失望を生む、そんな色だ。そもそも太陽と思しき光はほぼ真上にあり、暁とは程遠い。つまり、異常は明らかだ。

    次に気付いた異常は、目の前を行き交う人々だ。
    いや、人々という呼称すら適していないのではないだろうか。右に左に流れていく生き物達には、人間に当てはまらない点が多すぎる。
    赤、青といった様々な色の皮膚に加えて、ある者には角が、ある者には尻尾が生えている。
    二足歩行以外の移動方法を採る者もいる。翼を持っていて空を飛んでいる者もいれば、四肢の全てで身体を支え四足歩行で移動する者もいる。
    十人十色の生物達に唯一共通していることと言えば、知性がありそうなことぐらいか。

    他にも、少年の視界には異常が尽きない。
    周囲の建物に目をやれば、彼の見慣れたものとは大きく異なった構造や装飾の住居が建ち並んでいる。彼の持つ知識の中から近いものを引き出すとすれば、ヨーロッパの住居が上げられるが、それでも眼前の建造物の喩えとしては不適だろう。
    西洋の建築士達が築き上げた芸術とも呼べる住居群とは違い、こちらの建造物の外見はお世辞にも良いセンスをしているとは言えない。具体例を挙げると、建物の配色は見ていて気が滅入る程暗いのものばかりで、時折見られる装飾は髑髏や悪魔をモチーフにしたような恐ろしいものが大半を占めている。
    最終的に、現実にある建物の中で類似するものは思い付かなかった。

    ――何とか適した喩えを挙げるすれば、RPGに出て来る建物ぐらいか。……それも魔界の。
    そんな建物が並ぶ街並みを歩く群衆は、少年に珍奇な物を見るかのような視線を向ける。

    彼は決しておかしな見た目の人物ではない。寧ろ、凡庸過ぎるぐらいだ。
    中肉中背、顔はこれといって美少年でもなければ不細工でもない。特徴として挙げられること言えば、三白眼を中心とした悪人顔なことぐらい。
    服装は、上にグレーのパーカーと、下に紺色にオレンジのラインが入ったジャージ。

    しかし、彼は周囲の眼差しを素直に受け入れる。
    自分と似たような服装をした人はおろか、人間すら見当たらないこの状況。異端なのは自分なのは間違いない。そう考えるのが一番楽だ。

    それから彼は、どうしてこのような状況に陥ってしまったのかを、自分の行動を思い返すことで追究することにした。
  3. 3 : : 2017/06/04(日) 22:12:09



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    少年――天見(あまみ)拓磨(たくま)は十七歳の高校二年生である。

    彼は凡庸という言葉では足りない程、何処にでもいる平凡な男子高校生だ。
    勉強もスポーツも中の中。友人の数も多くも少なくもない。恋愛経験は――ゼロ。しかし、それは女子と話をしたことがないというような極端なものでもない。
    強いて特徴を挙げるとすれば、人よりアニメやゲームといった創作物を好んでいることぐらいだ。

    今回の件の発端は、そんな彼の数少ない特徴がもたらしたものであった。



    今朝、タクマは休日にしては珍しく朝早くに家を出た。
    朝が苦手で、学校の日にはいつも母に起こしてもらうことで何とか遅刻を免れている。そんな彼が独力で早朝に目覚め、外出するなど偶然では起こりえない。当然、大きな理由があった。

    「今日という日をどれだけ待ち望んでいたことか! サークルエニックスの新作RPG『トゥルー・ファンタジー』の発売日を!」

    学校では出したことがないような大声で叫びながら、タクマは原チャリに跨がり住宅街にエンジン音を轟かせる。そして、最寄りのゲーム屋へ向かって原チャリを走らせた。

    原チャリ――原動機付き自転車の免許を持っていることも、タクマの数少ない特徴の一つだ。
    彼がそれを獲得しようと思った原因は、自宅と最寄りのゲーム屋との距離にある。
    彼の家は住宅街の最奥側に位置しており、住宅街を出るのに先ず一苦労。その先にはスーパーマーケットや飲食店が建ち並んでいるのだが、そこにも彼が求める店は無く、その一帯を抜けるのにもう一苦労。
    往路だけで、自転車では三十分も掛かってしまう。たまに行くだけなら我慢できる程度の苦労ではあったかもしれないが、彼はゲーム好きであった。

    原チャリの免許を獲得し、親戚から原チャリを譲り受けたのは半年も前のことだ。それから足繁くゲーム屋に足を運んだタクマは、その数だけ原チャリを運転してきた。もう、運転には慣れっこだ。

    何事もなく開店前のゲーム屋に到着し、同じゲーム目当ての者達で構成された行列の末尾に加わる。
    そして、開店。到着時こそ最後尾にいた拓磨だが、そこは開店時の最も長くなった行列全体から見れば十分に先頭集団と呼べる位置であった。その為、彼は無事に「トゥルー・ファンタジー」を入手。彼は帰路につく。
    そのまま、何事もなく帰宅するはずだった。

    ――突如として耳に飛び込んで来た、甲高いブレーキ音を忘れることはない。

    道路交通法上一時停止すべきだったのはトラックの方で、悪いのはトラックの運転手。彼は後に多大な賠償金を支払うことになるのだろう。
    しかし、これから死に逝く身からすれば、そんなことはどうでも良かった。

    凡庸な男子高校生の人生は、異常な程早くに幕を下ろすこととなった――筈だった。
  4. 4 : : 2017/06/04(日) 22:14:15



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    「――そうだ。俺は死んだんだ」

    追憶の結果突き付けられたのは、自分の死という余りに重く信じ難い事実。
    しかし、臨死の際の喪失感に満ちたあの瞬間は、夢として突き放すには濃すぎる体験だった。だからタクマは、自身の人生の終わりを受け入れることにした。

    「そして今、俺はこの訳の分からない街中に立っている」

    死という最上級の悲劇を受け入れながら、タクマは冷静に現状分析へと移る。
    彼がこうも平常心のままでいられるのは、「死」の実感はあっても、「終わり」の実感がないからだ。現に今、彼の意識は続いている。
    そして冷静沈着な分析の結果、彼は答えに辿り着いた。

    「最初に考えたのは、ここが死後の世界って説。だけど、その説を信じるにはおかしな点がある。一つは、俺がまだ閻魔大王様的な奴と面会していないこと。もう一つは、周りの奴等がどう考えても『俺が生きていた世界』の住人だったとは思えないことだ。あんな原色の肌した生き物、二次元でしか見たことがない。――よって」

    誰が聞いているわけでもないのに、タクマは答えに至るまでの過程を丁寧に説明する。過程を言い終えると同時に、彼は右の人差し指を立て、その答えを言い放った。

    「俺の身に起きた現象。それは、異世界転移だ」

    正気を疑われかねない答えを、タクマは堂々と言ってのける。
    その答えが、真実であった。
  5. 5 : : 2017/06/04(日) 23:23:49

    異世界転移という言葉によって、自分が置かれている状況を端的に言い表すことには成功した。そうと決まれば、次に問題視すべきなのは――、

    「一体俺にどんな能力が与えられたのか……だな」

    能力が与えられていることが大前提の疑問を、タクマは本気で抱いていた。
    それも当然。彼にとって異世界転移したということは、ライトノベルの主人公になったことと同義なのだ。
    もちろん彼は、この状況に陥る前から異世界の存在を信じていたような電波系男子ではない。創作物の世界と現実世界との分別はしっかりと付けていた。
    しかし、現実として異世界転移に遭ってしまった今、彼の胸中は、自分が創作物の主人公になったのかもしれないという期待で満たされてしまっていた。

    そして始まるタクマの異世界生活。その第一歩目をいきなり挫かれる事態が発生する。

    「――お腹減ったな」

    太陽の位置が示す通り、時刻はちょうどお昼時。とは言えタクマの腹時計がこの世界の時間に適応するには、過ごした時間は酷く短い。それにも関わらず彼の腹時計が正常に機能しているのは、偶然か必然かは分からないが、転移先が「日本」と同じ時刻の場所であったからだ。
    その事実に少し感心するが、それ以上掘り下げることはしなかった。その行為よりも空腹を満たすことに重きを置いたからである。

    「見た感じ、食べ物屋っぽい店は……」

    飲食店を求め、今度は細部まで気を配りながら街中を見回す。そこで、気付いたことがもう一つ。

    「言葉は普通に日本語なんだな」

    至る所に掲げられている看板の文字が、タクマの母国語だったのだ。
    異世界感溢れる街並みに反する事実に、彼は僅かに幻滅する。だがすぐにこの世界での使用言語が意味不明なものであった場合を想像し、その事実に安堵した。予習ゼロで異世界に投げ出された上に、文字が読めず会話も通じないとあっては絶望しかない。

    取り敢えず、会話や読み書きには苦労しないことが分かった。
    それを踏まえてあちこちにある看板を注視すると、それらの一つに書かれてある「食事」の二文字が、タクマの目に飛び込んで来た。

    「あの店に行ってみるか」

    旅行先、たまたま見つけた飲食店に入るぐらいの感覚である。だがこの場所は、辺境の観光地とは訳が違う。

    ――ここは異世界。

    その洗礼を早くも受けることになることを、タクマはまだ知らない。
  6. 6 : : 2017/06/05(月) 23:50:18



    「――そう言えば、お金も日本と一緒なのかは確認してなかったな」

    飲食店の扉の取っ手に手を掛けたところで、タクマは重大な問題に気付く。
    異世界転生したタクマの所持品は、財布とスマートフォンの二つ。財布の中には三枚の千円札と小銭が数枚――所持金は約三千円。昼食には十分な額である。
    しかし、これは当然日本円であり、この世界の貨幣ではない。言語や時間と同じく日本と共通である可能性はあるが、その可能性は余り高くはないように思える。

    「まぁ、注文の前に確認すれば大丈夫だろう」

    そんな甘い考えの下、タクマは扉を開けて店内へと足を踏み入れる。そこで彼が目にしたのは、店内を埋め尽くす凶悪な顔の客達だった。
    凶悪というのは、目がつり上がっているとか顔に傷があるとかそういうことではない。そういう意味であれば、鋭い三白眼を持つタクマも十分凶悪な顔をしている。ここでの「凶悪な顔」とは、悪人面とかそういう次元の話ではないのだ。

    一言で片付ければ、皆悪魔なのだ。
    山羊のような角とコウモリのような翼、そして尾を持った、伝説上のあの悪魔をそのまま実体化させたような怪物が、店内の客の大部分を占めているのだ。

    「――てめぇ、亜人族だな」

    扉の前で立ちすくんでいたところに、声を掛けられるタクマ。服装からして、その者は店員なのだろう。
    そして、悪魔だ。

    「この店は悪魔族以外お断りだ! 亜人族みてぇな下等種はその辺の草でも食ってろ!」

    タクマはその店員悪魔に罵声を浴びせられる。状況が全く呑み込めていない彼は呆気に取られてしまい、何も反応することができない。
    するとタクマの腹に、店員悪魔の蹴りが入れられる。タクマの体はその蹴りの威力によって、店の外まで弾き出された。

    「げほっ、うっ、い……ってぇ!」

    痛みに声を上げながら、何とか上体を起こす。

    店員悪魔の蹴りによる痛みは、喧嘩とは縁遠い生活をしてきたタクマにとっては人生でも上位に入る程激しいものであった。だが、彼の頭を支配したのは痛みではなく、怒り。入店しただけで、罵声と暴力を浴びせられた不条理に対しての怒り。しかもその理由は、亜人族であるからという見当違いなもの。
    込み上げる怒りが沸点に達したとき、彼がその怒りに乗せられて軽薄な行動を取ってしまったことを責めることはできない。そもそも、それが軽薄な行動であることさえ、彼には分からないのだから。

    「――誰が亜人族だ! 俺は、正真正銘の人間だってんだよ!」



    ――向けられる視線の色が変わった。



  7. 7 : : 2017/06/05(月) 23:58:59

    当然、周囲の感情を視覚化する力なんて持っていない。そんな力が無くとも、色が変わったと表現してしまう程、突然の著しい変化。
    その原因が先程の言動にあることに気付けるはずもなく、突き刺さる視線に対したじろぐことしかできない。

    「そこの人間さん、今言ったことは本当のことかい?」

    後ろから曇った声を掛けられて、背筋を伸ばしながらタクマは振り向く。そして自分に近付く二つの姿を見て、息を呑む。

    彼の視界に映ったのは、二足歩行する化け猫とミイラが並んで歩く様だ。
    化け猫の体毛は黒く、体格は中年男性を連想させる程にどっぷりと肥えている。顔はいかにも意地悪げなもので、猫とは思えない程可愛げの欠片もない。
    ミイラの方は、全身に包帯を巻き付けた、如何にもミイラという外見をしている。声を掛けて来たのはミイラの方だ。口にも包帯が巻かれており、それが声の曇りの原因であることは明らかである。

    「おいおい、無視はねぇだろ」

    「あっ、えっと、本当……ですけど……」

    何一つ言葉を発せずにいることを化け猫に咎められ、タクマは慌ててミイラの質問に答える。
    その答えに、化け猫は笑った。

    「がっはっはっはっはっ!」

    化け猫は腹を抱えて汚らしい笑い声を上げる。傍らのミイラも、笑っている。包帯で口は見えないが、そう断言できる。彼等の笑いが、軽蔑を孕んでいることも。
    何が可笑しくてこんなに笑っているのか、タクマにはサッパリ分からない。自分の容姿が整っている方だとは思わないが、人間だという主張が一笑に付される程に醜いつもりもない。理解不能な事態を理解しようと、脳は空腹のタクマから強引にエネルギーを搾り出して頭を回転させようとする。
    その時、耳障りな笑い声がピタリと収まった。

    「魔王の城下町のど真ん中で人間だと口にしたからにゃ、死ぬ覚悟はできてるってことだよな」

    「――え?」

    化け猫の言葉が答えだ。
    その認識が脳内の神経を走り情報として処理されるよりも前に、灼かれるような激痛が割り込んで来た。

    訳の分からないまま、気付けば地面が目の前に。うつ伏せに倒れたのだ。鼻が痛い。鼻よりも、頭が痛い。痛い。痛い。痛い。
    声を上げたいが、それも叶わない。そうすることもできないのだ。

    ――あれ、痛くない。

    次々と襲い来る不条理に、とうとう頭が置いてけぼりを食らったのか。いつの間にか灼熱の如き激痛は消えていて――、



    続いて、タクマの意識が消え失せた。
  8. 8 : : 2017/06/06(火) 00:08:24



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    「――うう」

    覚醒と共にタクマが味わったのは、口の中に散らかるザラザラとした感触と、苦々しい味だ。それが地面の砂によるものだと認識した頃、意識が漸く明瞭としたものとなる。

    「えぇっと……、昼飯を食べに店に入ったら亜人族とか言われて追い出されて、その後化け猫とミイラに絡まれて……、頭を殴られた……か? いや、蹴られたような気も。あれ、そもそも何が理由で殴られたんだっけか?」

    意識を取り戻した者の当然の行為として、意識を失った原因を回想によって探り始める。ところが、頭を強打したためか記憶がハッキリとしない。その威力の割には、頭の痛みはすっかり引けているのだが。

    「仕方ない、先ずは基本に立ち戻ろう。最初は貴重品の確認からだ」

    柄の悪い連中に襲われる理由の代名詞と言えば、強盗だ。自分自身に襲われる要因が無いのなら、要因は所有物の方にあると考えるのが自然。だが――、

    「スマホ良し、財布良し、財布の中身……良し。どうやら、何も取られてないみたいだな」

    その結果自体は、タクマにとって喜ばしいものであったと言える。この世界においてのスマホと日本の貨幣の有用性は謎――恐らく皆無であるが、それでもほぼ身一つで異世界に転生したタクマにとっては数少ない装備品だ。有るに越したことない。
    しかしその結果が、襲撃を受けた要因が何であるかという謎をより深めてしまったこともまた事実であった。

    「分かったことと言えば、この世界の治安は悪いってことぐらいか。闇雲に動くのは命取りっぽい……。いやそもそも、この世界の知識を何一つ持っていない俺に闇雲に動かないなんて手はあるのか!?」

    重ねて言うが、タクマには行動の根拠となる情報がほぼ皆無。どう動こうとその行動に明確な根拠が伴うことは無い。結論、彼の行動の全ては闇雲にならざるを得ない。
    闇雲に動くことは許されないこの状況で、闇雲に動くことしかできず、完全に八方塞がりだ。

    このまま立ち止まり続けているわけにもいかない。リスクを承知で何かしらのアクションを起こさねば。タクマがそう決意し、次なる行動を選択すべく思考を巡らせ始めた時――、

    「――人間?」

    二足歩行で、肌は肌色で、角も尻尾も翼もない。自分と同じ、人間の姿をした少女がタクマの視界に入り込んだ。

    ――彼女を呼び止めなければ。
  9. 9 : : 2017/06/06(火) 23:00:23

    反射的に、タクマは少女の下へと走り出す。
    理解不能の異世界で、奇々怪々な人外だらけの中、少女の存在は曇天の隙間から降り注ぐ光芒にも感じられた。そしてその光芒は、何度も目にすることができるようなものではないことを本能が訴えている。
    逃してはならない。比喩でも誇張でも何でもなく、これは運命の導きに違いないのだから。

    「あの、すみません!」

    少女との距離を走り出した時から半分程度まで詰めたところで、タクマは少女を呼び止めようと声を発し始める。しかし、名前も何も分からないので、誰を呼んでいるのかもハッキリしない漠然とした呼び掛けになってしまう。
    案の定、少女はこちらを振り向こうとする素振りを一切見せてくれない。

    ――かくなる上は、少女の目の前に躍り出るしかない。進路を塞がれたら、否が応でもこちらに注意を向けるだろう。

    歩く少女の移動速度は、当然ながら走るタクマよりも遅い。少女の眼前に立ち塞がるという行為自体は、何の困難もなく達成可能だ。だが、タクマはその決意を今一つ固められない。

    「そんなことしたら、第一印象最悪だよな」

    この期に及んでそんなことを気にしている場合ではない。そう指摘したくなる人は多いだろうし、事実ご尤もな指摘だ。
    だが、タクマは他人からの評価に対してかなり神経質な男だった。大阪弁で言う、「気にしいな男」だ。誤解して欲しくないのは、目立つことを嫌っているわけではないことだ。あくまで、他人から嫌悪的な目を向けられることを執拗に恐れているのである。

    突然、見ず知らずの男が目の前に立ちはだかったら、少女はきっと怒るだろう。或いは、怖がられるかもしれない。だがしかし――。

    「――す、すみません!」

    逡巡の末、タクマは実行を決意し少女の前に躍り出て、正面から少女の顔色を窺いながら声を掛ける。それから自分が怪しい者ではないこと、続いて用件へと言葉を続けようとしたのだが、それは敵わなかった。

    ――か、可愛い……。

    黒を基調としたローブを身に纏ったその少女は、長く煌びやかな銀髪をそよ風になびかせて、黄金色の双眸に月光の如き光を灯している。その肌は透き通るような白さで、少女の可憐さに清らかさを上乗せしている。美しさと可愛らしさを兼ね備えたその容姿は、見る者全ての庇護欲を掻き立てるに違いない。
    タクマから言葉を奪った少女の妖艶さはまさしく、現実離れしていると言って過言ではなかった。

    そして肝心の、突然の進路妨害に対する反応はというと、少女の顔からは怒りや恐怖よりも驚きが強く表われていた。最も妥当な結果だろう。

    「あの……何でしょうか?」

    可憐な容姿に相応しい美しい声が、タクマの鼓膜を振るわせる。その心地よさにしばらく酔いしてしまいたくなるが、まずは事情の説明をしなければならない。しなければならないのだが――、

    「えっと……、その……」

    上手く説明する言葉が見つからない。
    美少女と面と向かっている状態であることも要因の一つではあるだろうが、最大の要因は、事前に進路妨害を仕掛けるに至った事情をどう説明するかを全く考えていなかったことだ。
    ただ「怪しい者ではない」と主張して、信じてもらえることなぞ有り得ない。

    こうしている間にも、少女の困惑の色は強くなっていく。それを感じてとにかく言葉を捻り出そうと頭をフル回転させようとするのだが、焦りは正常な思考を妨げるものである。
    呼び止めることに成功したのは良いものの、話が進まないどころか始まらない。

    「……一つ聞いても良いかしら?」

    泥沼の状況を打ち破ったのは、少女の方であった。
  10. 10 : : 2017/06/06(火) 23:01:25

    「ど、どうぞ」

    「あなた、亜人族よね?」

    「――へ?」

    鈴の音のような声によって紡がれたその言葉に、タクマは一瞬目を丸くする。それから微かに眉を寄せ、ハッキリと答えた。

    「俺は、純人間だよ!」

    他人の評価を気にするタクマは、他人に誤解されることを何より嫌う。誤解が明らかになれば、直ちにそれを訂正しなくては気が済まない。例え、初対面の人間が相手であってもだ。

    だから、同じ轍を踏むなというのもどだい無理な話であり――。



    ――視線の色が変わった。



    再びその感覚を味わったことで、意識が消失する前の記憶が鮮明に舞い戻る。
    そして、自分が暴行を受けた要因と考えられる発言も……。

    「――――」

    このままではマズい。何かしらのアクションを起こさなければ、同じ目に遭いかねない。
    だが、動くことができない。ここでも言葉が出て来ない。

    緊張状態の中、無言と不動の時間は現実よりもゆっくりと過ぎゆく。
    その合間、タクマは気付いた。自分に向けられる視線の中に、一つだけ違う色のものがあることに。そしてその視線が、目の前の少女から向けられていることに。

    「……全然面白くない」

    「――はい?」

    「その冗談、全然面白くないわ。冗談を言うなら、もっと面白い冗談にしてちょうだい」

    少女はタクマの主張を、冗談であると一蹴する。次の瞬間――、

    「着いて来て」

    少女はそう呟き、タクマの手を強く握りしめる。そして、足早に歩き出した。
    少女の突然の行動への驚きと、美少女に手を握られたことへの緊張から心臓が高鳴るのを感じながら、タクマは少女に従うことにする。

    結局、先程の少女の視線に深い哀しみの感情が垣間見えたことを言及する機会は、タクマに与えられなかった。
  11. 11 : : 2017/06/06(火) 23:32:42



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    「――あの、ちょっと良いか?」

    「何?」

    「どこまで歩くんだ?」

    少女に手を取られ歩き出してから、タクマの体感時間では30分は経っている。彼の時間感覚の正確さは定かではないが、歩き疲れるには十分なぐらいには歩き続けている。同じだけ、手を握られ続けてもいる。
    当然その時間に見合った距離を移動しており、周囲の街並みはスタート地点とは風貌を異にしている。簡単に言えば、田舎っぽくなっている。人通りも少ない。

    どちらかと言えばインドア派なタクマの体力は、この長距離歩行に対し悲鳴を上げ始めていた。それは終わりが見えないことへの精神的な重荷から来ている部分もあるため、まずはそれを取り払おうと少女に先程の質問を投げ掛けた次第だ。
    しかし、少女は何も答えない。前を向いたまま、歩を進めるのみ。その態度にタクマは苛立ちを覚え、言葉を続ける。

    「おい、無視するな」

    「――――」

    「おい!」

    「――この辺で、良いわね」

    結局タクマの質問を無視したまま、少女は漸く足を止めた。
    少女が足を止めた場所は、主要な道から一本外れた脇道だ。人通りは皆無で、見える範囲に人影はない。

    「こんなところまで連れて来て、何のつもりだ」

    タクマは溜まりに溜まっていた苛立ちと疑問を、荒げた口調の言葉として吐き出した。少女はそれを受け、タクマの方へと顔を向け、目を合わせる。少女に見つめられ、タクマは頬が赤らむのを抑えきれなかったが、それでも鋭い視線は崩さない。
    だがそこで、タクマは遅れて気が付いた。寧ろ、少女の方がより鋭い視線を突き付けていることに――。

    「何のつもりはこっちの台詞よ! 魔王の城下町のど真ん中で人間だって名乗るなんて、何を考えているの!?」

    「――へ?」

    無知から来る情けない返事をするのは、本日何度目なのだろうか。

    「その返事は何!? こっちは真剣に言ってるのよ!」

    「ああ、ちょっと待ってくれ。その……頭が追い付いてない」

    そう言って、タクマは頭を抱え出す。

    異世界転移をしてから、分からないことだらけだ。それは至極当然なことで、それが理解できるようになるには相応の時間が必要だ。だが今、聞き逃してはならない、理解しなくてはならない単語が鼓膜に飛び込んで来たことを、タクマは感じ取っていた。それは――、

    「魔王の城下町……。ここが、そうなのか?」

    「え、ええ。厳密には、さっきまでいたところが――というのが正しいけど。ここはもう、町の中心部からだいぶ離れてしまっているから」

    「マジかよ……」



    ――俺の転移先、魔界でした。



  12. 12 : : 2017/06/06(火) 23:35:59

    少女によって語られた衝撃の事実に、タクマは驚きを隠せない。
    そして少女は、タクマの驚き様を見て驚いていた。

    「まさか、知らなかったの?」

    「ああ。あそこが魔王城の城下町だってことはおろか、この世界が魔界だってことも初めて知ったよ」

    「えっ!? ど、どういうこと? 記憶喪失……には見えないし、酔っ払ってここまで来ちゃったとか?」

    「魔界って酔った勢いで行けちゃうの!?」

    少女の発言に思わず突っ込みを入れるが、タクマは魔界への行き方を知っているわけではないので、それがおかしなものだと言い切れないあたりが異世界転移の恐ろしいところだ。
    一方で、タクマにも言い切れることは、少女の疑問は至極真っ当であることだ。
    それこそ、泥酔していたり、記憶喪失になったりしていない限り、自分のいる場所がどこか分からないなんてことはそうそう起こりえない。迷子になった挙句に辿り着くようなところでもない。いや、迷子で行き着く場所かどうかは先の理論からいって断言できないのだが。

    兎に角、自身の摩訶不思議な事情を少女には伝えなければならない。それは少女の前に立ちはだかった時点からこの時まで後回しにされていた義務だ。だがしかし、「異世界転移」等と言って信じてもらえるはずがない。
    ここは適当に嘘を吐かなければならない。自分の事情に近く、それでいて少女が信じてくれるような嘘を。

    「ここがどこだか分からなかったのには、ちゃんと事情がある」

    「事情?」

    「ああ。ワープゲートがあったから飛び込んでみたら、出口があの町だったんだ。何処に繋がっているかも分からずに飛び込んじゃったから、途方に暮れて――」

    ――いや、ワープゲートって何だよ。しかもあったから飛び込んでみたってバカかよ。もしくはユーチューバーかよ。こんな話、信じてもらえるわけが――。

    「ワープゲート……。『転送渦(てんそうか)』のことかしら?」

    「え、あ、うん。それそれ」

    「なるほど、そういうことだったのね」

    信じてもらえました。

    「それにしたってダメじゃない! 転送渦は魔界に繋がっているものも少なくないんだから、何処へ飛ぶかも知らずに飛び込むなんて自殺行為よ!」

    「反省しております」

    信じてもらえたのは良かったのだが、別の理由で怒られてしまった。美少女の叱責を受けて肩をすぼめるタクマだが、一方で新出異世界単語の分析は怠らない。

    転送渦――少女がすぐに連想できたことから、ワープゲートとほぼ同義と見て間違いないだろう。そして、ワープ先は分かる場合もあれば分からない場合もある。某有名RPGの旅の扉と似たものだとすれば、ワープ先は決まっていて先駆者がいれば行き先が分かるが、最初に飛び込むものはどこに飛ぶことになるかは全くの謎……といった感じだろうか。
    魔界に繋がっているものもあるというのも重要なポイントだろう。転送渦の所在にもよるが、この世界では魔界と人間界との往来はさほど難しくないという仮説が立つ。となると、本当に酔った勢いで行けちゃうのかもしれない。

    「とにかく、事情は分かったわ。人間界への帰り方を教えてあげる。これに懲りたらもう無茶な真似は――」

    『グウゥゥゥ』
  13. 13 : : 2017/06/06(火) 23:38:28

    「何の音?」

    「あ、あの……」

    少女の忠告に、間の抜けた音が無作法に割り込んできた。それが何の音かと少女が尋ねれば、タクマが恐る恐る挙手をする。

    「空腹度がそろそろ限界」

    恥じらいで赤くなった顔を下に向けたまま、タクマは少女にそれを伝えた。

    空腹感から飲食店を探し、見つけ出した店に入った直後に追い出されてから、かれこれ一時間以上は経過している。毎日規則正しく、健康的な食生活を送ってきたタクマにとって、一時間の空腹の放置はそれなりに辛いものがある。無論、空腹を我慢できない等と言うつもりは毛頭無いが、これから先も美少女の傍で腹の音を鳴らしていくことを考えると、その羞恥が我慢できない。
    先ずは腹ごしらえから――というのが、タクマの正直な要望だ。

    「あなた、自分の状況が分かっているの?」

    「だよなぁ。悪かった。空腹ぐらい我慢する」

    タクマの訴えに対する少女の反応は素っ気ない。しかし、それは予想通りでもあり、タクマは潔く空腹を我慢する意志を固めたのだが――、

    「良いわ。近くに私達でも入れるお店があるから、そこで空腹を満たしましょう」

    「――へ?」

    一体この世界は、何度この間の抜けた返事をさせれば気が済むのだろう。

    「さっき注意したばかりだけど、そのふざけた返事は止めなさい。不快よ」

    「我慢しなきゃいけない流れだと思ってたから、びっくりしたんだよ」

    「あら、私ってそんなに冷たい人に見える?」

    タクマの勘違いが、少女の見た目によるものだと勝手に判断し、少女は顔を曇らせる。その反応にタクマは嘆息。勘違いの原因を勘違いされては堪ったものではない。

    「まあ良いわ。それで、お金はどれくらい持ってるの?」

    「あっ、そうそう。俺もお金のことは気になってたんだ」

    そう言って、タクマはポケットから財布を取り出す。
    異世界転移における重要問題の一つ――通貨が元の世界と共通か否か――が、遂に解明されるとあって、タクマの表情には緊張が走っている。
    そして財布の中から一枚の紙幣を摘まみ取り、少女の眼前へと差し出した。

    「これって使え――」

    「こんな変な模様の紙切れが、使えるわけないでしょ!」

    美少女の怒鳴り声が、再びタクマを襲う。
    異世界転移のお決まりとも言えるすれ違いに、タクマは肩を落とすしかなかった。

    それから念のため、硬貨の方も少女に見せてみたのだが、紙幣を差し出した時のような怒声は上がらなかったものの、やはりこの世界では無価値という結論が下された。
    こうしてタクマの、無知に続く新たな一面が明らかになった。

    「無一文……。こんな状態で、よく転送渦を潜ったわね」

    「ごめんなさい。もうしません」

    少女の皮肉に、タクマは自らが告発した身に覚えのない罪状を平謝りするしかない。そこに至った過程はどうあれ、タクマの無知無一文というどうしようもない状況に変わりはないのだ。
    ここまで何だかんだ言いながらもタクマを救おうとしてくれた少女でも、きっと呆れ果てたに違いない。空腹の我慢は当然として、見捨てられることすら覚悟すべきだろう。そう思っていたのに――、

    「仕方ないわね。お金は私が出してあげるから、着いてきなさい」

    少女はタクマを見捨てるどころか、腹ごしらえをさせてくれると言う。そんな少女の優しさに逆に呆れながらも、タクマは胸の内が暖かくなるのを感じていた。
  14. 14 : : 2017/06/08(木) 22:15:10



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    少女が紹介してくれた店は、場末の居酒屋と表現するに相応しい雰囲気の店であった。従業員は男性と女性が一人ずつ――恐らく、夫婦だ。二人の見た目は人間にしか見えないが、ここが魔界であることを踏まえると、人間ではないのだろう。

    タクマが最初に訪れた店とは違い、この店はタクマを快く歓迎してくれた。
    席に着き、手渡されたメニュー表を見てみると、意外なことに馴染み深い食品名が連なっている。魔界特有の下手物料理を食すことを覚悟していたタクマは、そのことに安堵した。
    タクマはメニューの中からおにぎりを選び、それを少女に告げた。少女はそれを受け、自分の分も加えた二個のおにぎりを注文する。

    それから五分程で、女性従業員が二個のおにぎりをタクマ達の机へと運んで来てくれた。「どうぞごゆっくり」と告げ、会釈する姿はやはり人間そのもの。だが、違うのだ。
    そしてそれは、目の前の少女にも言えることで――。

    「そう言えば君は、何の種族なんだ?」

    「――い、いきなり何よ?」

    「いや、君もこの店の従業員も、人間に見えるのに違うんだよなぁ……と思ってたら、そもそも君の種族すら知らなかったことに気付いて聞いてみただけ」

    ちなみに、少女の種族はエルフか妖精族というのがタクマの予想だ。理由は一つ、美少女だから。

    「答えてあげても良いけど、もっと先に聞いておくべきことがあるんじゃないの?」

    「あ――」

    思えば、タクマは少女のことを何一つ知らなかった。種族や出身はおろか、名前さえも。
    そして自分もまた、少女に名乗っていなかった。

    「俺の名前は天見拓磨。呼び方はタクマで良いよ」

    「分かったわ、タクマ」

    美少女に名前で呼んでもらう千載一遇のチャンスを逃すまいと、自分を下の名前で呼ぶように誘導する文句を付けてタクマは名乗った。その作戦は功を奏し、早速アリスの美しい声によってタクマの名が呼ばれる。

    「それで、君の名前は?」

    「私の名前は、アリス・ウィッカ。呼び方はお任せするわ」
  15. 15 : : 2017/06/08(木) 22:18:49

    「じゃあ俺も、下の名前で呼ばせてもらうぜ、アリス」

    「えっ? タクマって名字じゃないの」

    「俺の住んでいた所では、名字が先の方に来るんだよ」

    「へぇ……。不思議」

    「お互い名乗り終えたところで改めて質問するけど、アリスの種族って何なんだ?」

    名前に対する認識の齟齬も正したところで、自己紹介の発端となった質問を繰り返す。だがその質問が、二人の会話の流れを急変させた。アリスが何かを考え込むように、沈黙し始めたのだ。
    タクマがアリスに尋ねた問は、答えに思考を要するようなものではない。アリスに求められているのは、自分の種族を明かすこと――それだけのはずだ。

    「アリス?」

    「えっ、あっ……。ごめんなさい。私の種族のことよね……」

    沈黙に耐えかねたタクマは、アリスの名を呼んだ。するとアリスは、先程まで心ここに在らずであったかのような反応を見せる。タクマはその反応に至った原因を尋ねるべきか思巡するが、そうしている間にアリスが質問への沈黙に終止符を打った。

    「私の種族は、亜人族の……魔女よ」

    自らの種族を告白したアリスは、何かから逃れるように目を伏せた。

    「魔女!?」

    アリスの回答を聞き、タクマは驚きからその回答を反復する。アリスは、何かを恐れるように目を閉じ、身を縮めた。

    「アリスって、魔法少女なのか!」

    「――へ?」

    間の抜けた声を出すアリス。今までタクマが何度も出して、アリス自身が何度も注意してきた、その声を漏らしてしまったのは、アリスにとってタクマのこの言動がそれだけ意味不明であったことに他ならない。

    そして結果的に、タクマの珍奇な言動が閉ざされかけたアリスの心の扉を再び開くことに繋がったことを、二人はどちらも自覚してはいなかった。
  16. 16 : : 2017/06/08(木) 23:27:46

    「よしっ。ようやく理想の異世界転移らしい要素が出て来たな」

    「ちょっと待ってタクマ。魔法少女って初めて聞く言葉なんだけど、どういう意味なの?」

    魔法少女との出会い――それはタクマにとって、期待を裏切られ続けてきた異世界において初めての僥倖と言って良い。その幸運を独り喜んでいるタクマに、リリスの素直な疑問が飛んで来る。

    「読んで字の如く、魔法を使う少女だよ」

    「それって、魔女とは違うんじゃ」

    「いや、殆ど同じ。魔女も要は、魔法を使う女の人ってことだろ。だから同じ」

    「……それじゃあ、どうしてわざわざ私のことを魔法少女なんて呼び直したの?」

    「そっちの方が可愛いから」

    タクマのその答えに、アリスは大きく目を見開いて驚きを露わにする。タクマはこの反応を受けて、自分が元居た世界の価値観を前提とした回答になっていることを反省。補足説明を加えようとするのだが――、

    「本質的には魔女も魔法少女も変わらないんだろうけど、魔女はちょっと怖いイメージもあるだろ? だけど『法』と『少』の字を加えて『魔法少女』にすると、あらびっくり、萌えと愛らしさに満ちた単語に変身するってわけだ」

    「萌えと、愛らしさ……?」

    「ああ。『魔法少女』って言葉自体に、可愛らしさを感じないか?」

    アリスが真剣な眼差しで説明を聞いてくれるのを良いことに、タクマの弁に熱が乗ってしまう。結局、異世界人には意味不明な理論だ。
    最後の問いかけの直後、そのことに気付いたタクマの顔はみるみる赤くなっていく。クラスの女子が相手であったら、ドン引きされるに違いない行為だ。目の前の少女にもドン引きされている可能性は十分にあり得る。やり過ぎたか。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
    それでもタクマは、羞恥心に負けずにアリスの反応を待つ。アリスの反応は――。

    「……うん、可愛い。魔法少女――気に入ったわ。良い言葉を教えてくれて、ありがとう」

    笑顔でアリスはこう答えた。
    共感を得るだけに留まらず、感謝の言葉まで貰うことになろうとは。初めて自分へと向けられた魔法少女の笑顔を眼に焼き付け、タクマは心の中でガッツポーズした。
  17. 17 : : 2017/06/08(木) 23:31:20

    「――さっ。自己紹介はこの辺にして、今後の話に戻りましょう」

    魔法少女というこの世界では馴染みが薄い、或いは馴染みの無い用語にアリスが好感を示したところで、これまで互いに名前も知らなかった二人の自己紹介タイムは終了。アリスが話題を今後の話――タクマを人間界へと帰す方法についての話に戻すよう提案する。
    この店を訪れることになった切っ掛けは、アリスが人間界への帰り方をタクマに教授しようとした際に、タクマが空腹により腹の音を鳴らしてしまったことである。従って、人間界への帰り方についての話は中断されたままだ。

    タクマにとって今後の生き死にに直結する問題なので、話題転換の提案については間髪入れずに賛成の意を示す。尤も、「帰り方」ではなく「行き方」になってしまうのだろう。転送渦というワープゲートが存在するような世界だ。人間界と言っても、それは異世界の人間界であり、自分が元居た世界とは違うのだろう。

    「人間界への帰り方なんだけど、方法自体は簡単よ。人間界へと繋がる転送渦を潜れば良いの」

    「ほうほう」

    「だから本当のことを言うと、タクマは町中を散策するようなことはせず、自分が潜った転送渦にもう一度飛び込んでいれば簡単に人間界に帰ることができたのよ」

    「ごめんなさい」

    再び自身の行動を咎められ、またまた謝罪。実際は転送渦を潜って来たわけではないので、「潜った転送渦」なんてものはそもそも存在しないのだが。

    「反省しているなら良し。とにかくそういうわけだから、タクマが潜って来た転送渦のある場所に戻るのが一番早いんだけど――」

    その存在しない転送渦の場所について言及され、タクマは動揺する。だが、そんなタクマの動揺は直後に無為になる。

    「ウエステリアの中心部にまた足を踏み入れるのは危険だから、オススメできないわ」

    「そ、そうだな。ウエステリアっていうのは、魔王城の城下町ってことで良いんだよな?」

    「そっか。町の名前も知らないのよね。そう、それで合ってるわ。――魔王にしてみれば人間は敵。その城下町に住む魔物達にとっても、同じことが言える。だから、人間だって宣言することは、宣戦布告と同じと言っても過言ではないのよ」

    「マジかよ……」

    自身の言動に勝手に秘められていた余りに恐ろしい意味に、冷や汗をかくタクマ。それから、魔物の群れ相手に宣戦布告を二度もして命がある幸運に感謝。最後に、その幸運の最大の要因である魔法少女に最大限の感謝。

    「――助かった。ありがと、アリス」
  18. 18 : : 2017/06/08(木) 23:32:32

    「えっ、えと……、ど、どういたしまして」

    その感謝を言葉にしてみたところ、アリスはあたふたしながらこう返した。このタイミングでお礼を言われることを全く予想していなかったのだろう。

    「まぁでも、考えてみればこの感謝は当然のものよね。私が居なかったら、今頃タクマはウエステリアの住人に袋叩きにされていたに違いないわ」

    慌ててしまったのを帳消しにしようとこう言って強がってみせるアリスだが、顔は紅潮していて誰が見ても照れているのが丸わかりだ。すごく可愛い。
    このままその様子を眺めていた気持ちもあるのだが――。

    「それで結局のところ、俺はどうやって人間界に帰れば良いんだ?」

    「簡単な話よ。別の転送渦を潜れば良い。この町から南東に歩いて一日ぐらいの場所に、人間界に繋がる転送渦があるわ」

    「歩いて一日!? そんなに歩けねぇよ」

    先程の30分超の徒歩ですら、タクマにとっては体力の限界に迫る運動量であったのだ。丸一日の徒歩など不可能だ。根性で何とかなるレベルでもない。たぶん。

    「そう言うと思っていたわ。だから馬車を借りて、途中で一回休憩も挟んで行くから安心して」

    「馬車を借りてって、当然有料だよな。俺が無一文って話はさっきしたばかりなんだが。……もしかして、それも奢ってくれるのか? だとしたら、さすがにそろそろ罪悪感で胸が痛いんだけど」

    「お金を出すのは私だけど、それについてはそんなに気にしなくても良いわよ。元々今日、馬車で帰る予定だったから」

    「帰るって何処に?」

    「もちろん家よ。私の家はちょうど、ここから転送渦へと向かう途中にあるの。だから、私がお金を出しても損じゃないし、タクマはそこで一晩泊まって身体を休めることができる。一石二鳥でしょ」

    アリスの説明に、タクマは顎に手を添えて頷く。確かにアリスは損をせず、タクマにとっては大助かりの行動案だ。
    だが決して、アリスにとって得があるわけではない。こんな素性の知れない男を助けることで得られるものはなく、時間の浪費と言っても良い。そもそも、食事を奢った時点で実損が出ているではないか。
    それなのにアリスは、当然のようにタクマを人間界へと送り届けようとしてくれている。助けようとしてくれている。

    「――優しいんだな」

    その呟きは、少女に届かないように小さく零された。
  19. 19 : : 2017/06/08(木) 23:33:37

    「しっかし、何から何まで悪いな。帰り方を教えてくれるだけじゃなく、家にまで泊めてくれるなんて。……何だか申し訳なくなってきた。もし転送渦が俺一人で行けるような場所にあるなら、やっぱり一人で行くよ」

    「う~ん……。じゃあ聞くけど、武術の心得は?」

    「現状なし」

    「魔法は使える?」

    「今のところは無理」

    後々になって目覚める可能性があるので、このように答えさせてもらった。しかし、将来性など今この時においては何の役にも立たない。その証拠に、タクマの答えを聞いたアリスから溜め息が零れた。

    「魔界はね、街には魔物しか住んでいなくて、街の外には腹を空かせた魔獣が彷徨いているの。腕っ節が強かったり、魔法が使えたりしないと、人間は一日と生きていられないわ。当然、タクマが一人で転送渦に辿り着ける可能性は皆無よ」

    「そりゃそうか。魔界だからな」

    正直なところ、単身で転送渦まで向かうというのは殆ど通らないと思っていた提案であったため、アリスに全否定されてもタクマにショックを受けた様子はない。アリスの優しさが過保護になっていないかの確認作業のようなものだ。
    一方のアリスも、タクマの武力が皆無であるという事実を耳にして、溜め息は吐いたものの別段驚きもしなかった。はっきり言ってしまえば、予想通りだったからだ。

    「それじゃあ、観念して何もかもお世話になるよ。付き添いも、今晩の宿も……宿?」

    「どうかしたの?」

    「――いや、何でも無い」

    「あらそう。なら、そろそろ出発しましょう」

    出発の催促にタクマは素直に従い、アリスと共に席を立つ。それからアリスが会計を済ませ、二人は従業員の男女に「ごちそうさまでした」と挨拶をしてから店を出る。向かうは馬車の停留所だ。
    そこへと向かう間も二人はそれなりに会話を交わすのだが、先程までに比べてタクマの口調がどこかぎこちない。

    ――美少女と一つ屋根の下で夜を過ごすことになったと気付き、緊張しているなどとは口が裂けても言えないタクマであった。
  20. 20 : : 2017/06/09(金) 22:09:16



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    二人が馬車の停留所に着いた頃には、太陽が地平線の下に潜り込み始めていた。本来なら夕日が美しい時間帯であるのだが、元々紫色であった空が夕焼けの茜色に染まるわけもなく、ただただ暗さが増したばかりである。

    停留所で二人を待っていたのは、毛深い男性だった。いや、毛深いなんてものではない。服から出ている部分の殆どが茶色の体毛に覆われている。端的に言って、猿だ。

    「デミッカ村までお願いします」

    「かしこまりました。お二人で、400メダルとなります」

    「デミッカ村」と言うのがアリスの家がある所で、「メダル」が通貨単位といったところか。
    奢られるのも二回目になり罪悪感が少し薄れ始めていたタクマは、冷静に異世界新出単語を分析。その横で、アリスが猿男との会計を済ませる。

    運賃を受け取ると、猿男は馬小屋から二頭の馬を連れ出し馬車に繋いだ。意外なことに馬は魔獣の類ではなく、普通の穏やかな馬だ。

    「魔獣の中にも馬に似ている種類はいるけど、気性の荒い種類か、反対に知性があって馬車を引くなんてことはしない種類しかいないのよ。だから魔界の馬車も、馬は人間が飼っている馬と同じよ」

    タクマが呟いた疑問に対する、アリスの答えだ。言われてみれば納得である。

    「どうぞお乗りください」

    猿男に促され、二人は馬車の荷台へと乗り込んだ。荷台は木造で、本来は荷物運搬用なのか座席はない。左右に一つずつ窓があり、出入り口となる後方は完全に開放されていて、前方にある御者台とはカーテンで仕切られているという構造だ。

    「では、出発致します」

    鞭の乾いた音と共に、馬車が走り出した。
  21. 21 : : 2017/06/09(金) 22:11:43



    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



    馬車が走り出してから、タクマの体内時計にして二時間程が経過した。
    荷台の床は想像以上に座り心地が悪い。タクマは加重部位に痛みが走るのを、忙しなく姿勢を変えることで我慢していた。本当なら寝転がりたいところであったが、アリスの前でそれをするのはみっともなく感じられたのでタクマは控えることにする。尤も、寝転がるのもそれはそれで辛そうだ。
    魔界の道は悪路が多いのか、頻繁に大きな揺れに襲われるのも難点だ。ただ座っているだけの筈なのに、同じ時間歩くよりも疲労が大きいのではないのだろうか。それでも、一日歩くよりは楽には違いないのだが。

    「アリス、到着まで後どのくらい?」

    「半分は過ぎていると思うわ」

    「その言い方だと、まだそれなりに掛かりそうだな。くそっ、尻が痛い……。アリスは平気そうだな。これって慣れの問題?」

    「そうね、私は城下町との行き来でよく荷台に乗っているから。今回は荷物も無いし、寧ろ快適なくらいよ。もしかしてタクマって、人間界では結構裕福な暮らしをしているの?」

    「いや、そんなことは――」

    タクマは否定しかけるが、途中で言葉を止める。彼が暮らしていた国――日本においては、タクマの暮らしは平凡そのものだ。だが、この世界の基準から考えれば、温室育ちなのかもしれない。元の世界で考えても、日本の暮らしは世界全体で考えれば極めて裕福なのだから。

    「まあ、衣食住に困ることはないぐらいには豊かな暮らしをしていたよ。アリスの方こそ、パッと見は裕福そうだけどな。その黒いローブとか高そうだし」

    「自分で言うのは気が引けるけど、確かに私は裕福な暮らしを送っているわ」

    ――となると、ベッドの寝心地は期待しても良さそうだ。その代わり、家が狭くて一緒の部屋で寝ることになるパターンは期待薄となったが。

    「アリスの家がどんな家か、今から楽しみだ」

    タクマは、異世界で初めて訪れる家となるアリスの家への期待を口にする。
    ちょうどその時、馬車が止まった。

    「もしかして、もう着いたとか?」

    「それは無いわよ。まだ森も抜けていないんだから」

    窓越しに外を眺めると、鬱蒼とした木々が辺り一面に広がっている。魔界の森を構成する木々は、タクマの世界でいう針葉樹と殆ど同じ見た目のものだ。その為、形自体に違和感は無い筈なのだが、夜の森林からは不気味さが拭い去れない。
    そのように感じてしまったからか、タクマには風が吹き抜ける際に響く木々のざわめきが、不吉の報せに聞こえてしまって仕方がない。――そもそも、ここまで一度も止まることなく進み続けていた馬車がピタリと止まったこと自体が、異変の予兆と考えるには十分であった。

    「ちょっと俺、運転手の人に聞いてみるよ」

    タクマは腰を上げ、荷台前方へと向かい歩く。そしてカーテンを少し開け、顔を出して御者に話し掛けようとする。だが、御者台には御者の姿は無かった。
    その代わりに――、

    「――は?」

    馬車の前方を、緑色の壁が塞いでいる。――否、それは壁ではなく、腹だ。でっぷりと肥えた巨躯が、馬車の目と鼻の先に佇んでいるのだ。
    顔は見えない。見上げなければ見えない程の高さにあるからだ。見えないならば、見たくない。きっと見ただけで身体を動かせなくなるような、恐ろしく気味の悪い顔に決まっている。
    今は、立ち止まっている訳にはいかない。分かる。今すべきことは――。

    「アリス! 飛び降りるぞ!」

    タクマの叫びに、アリスは困惑の表情。だが、説明している暇はない。タクマは勢いよくアリスを荷台から突き飛ばし、続いて自らも飛び出した。

    次の瞬間、荷台が木っ端微塵に砕かれる音が、タクマの耳を劈いた。
  22. 22 : : 2017/06/09(金) 23:35:10

    荷台と共に粉砕されるのを間一髪で回避したタクマは、着地するや否や飛び出した勢いを殺しきれずに地面を転がり回る。そのまま何回転かした後にようやく身体を制止させ、馬車のあった方を向き、彼は戦慄した。
    人間二人分はありそうな巨大な棍棒、荷台を砕き地面へとめり込んだそれを、緑色の大男が片手で軽々と持ち上げているのだ。

    「タクマ、大丈夫!?」

    タクマの咄嗟の判断によって彼と同様粉砕を逃れたアリスが、心配そうに彼の下へと駆け寄る。アリスが心配するタクマの負傷具合はというと、先程の着地失敗により身体のあちこちに擦り傷がある。が、それだけだ。

    「大丈夫、何ともない」

    「良かった。さっきはありがとう。それと……ごめん」

    大丈夫というタクマの言葉にアリスは安堵。続いて感謝と謝罪。
    感謝は、先の一撃から自身を救ったことにだろう。だが、謝罪される謂われが分からない。分からないのだが、そのことを訊ねる暇も余裕も無い。
    今は、眼前の脅威に全ての注意を払わねばならないのだから。

    改めてタクマは、緑色の大男を見る。
    3メートル程の巨体に、でっぷりと太った体。そして醜悪な顔面。頭髪は無い。衣服として身に付けているのは、簡素な皮の腰巻きのみ。
    その姿がタクマに、ある種族名を連想させた。

    「まるでトロルだ」

    「まるでじゃなくて、正真正銘のトロルよ」

    「マジか。野生のトロルが現れた――てところか?」

    「いえ、トロルに野生型はいないわ。恐らく、ルシファーの手下ね」

    「ルシファー?」

    ルシファーと言えば、堕天使や悪魔の名として見聞きする、中二心をくすぐる名前だ。その名がアリスの口から出て来たので、タクマはつい反応してしまう。だが、そのことを後回しにしなければならない事態が起こる。

    「その通りだ。魔女・アリス」

    トロルが喋ったのだ。

    「蛮族スタイル全開の格好の割に喋るのかよ。しかも、アリスのことを知ってる……?」

    「お前がどこのどいつかぁ知らんが、そんなに不思議がるこたぁないだろ」

    アリスのことを知っているかのような口ぶりに、タクマは疑問を露わにする。その様子を目にしたトロルは、タクマの疑問に異を唱える。まるで、それが当然であるかのように。

    「アリス、君って有名人なの?」

    「それは……」

    返答に言葉を詰まらせるアリス。そこに、トロルが割り込んでくる。

    「お前、何も知らないでこの女と一緒にいたのか。そいつぁ災難だったな」

    「災難?」

    「ああ、災難だ。……そうだなぁ、知らないまま死ぬなぁ可哀想ってもんだ。魔女さんが語らないっていうなら、俺が代わりに教えてやるよ。その女は……、魔女・アリスは――」

    「魔王候補よ」

    トロルの話が結論に至る寸前、アリスが言葉を割り込ませ自らの口でその結論を述べる。そうして、魔法少女は己の正体を語った。
  23. 23 : : 2017/06/10(土) 18:26:33

    魔王候補。その単語が、一向に脳内で消化されないのをタクマは自覚していた。
    異世界新出単語ではない。「魔王」という単語と「候補」という単語の組み合わせ。聞き慣れた単語ではないが、理解は容易い単語だ。
    それにもかかわらず、こうしてタクマが魔法少女の言葉を理解しあぐねているのは、目の前の少女が余りにもその単語と縁遠い存在であるからで――。

    それを察したアリスはもう一度、はっきりと口にした。

    「私は、次代の西の魔王候補の一人よ」

    「――魔王候補」

    アリスが二度に渡って自称したその称号を、タクマは自ら口にして噛みしめようと試みる。それでも、目の前の少女とその称号は繋がらない。その正体を聞いてもなお、タクマの目に映るその姿は、愛らしい魔法少女のままである。

    「後でちゃんと説明するから、今は下がって。危ないわ」

    未だ事実に頭が追い付いていないタクマに、アリスは離れるように命じる。
    後で説明する――その言葉を受けて、タクマはアリス=「魔王候補」についてあれこれ考えるのを中断し、再び眼前の脅威・トロルに目を向ける。その姿はやはりおぞましく、生存本能が警鐘を鳴らし続けているのが自覚される。
    本音を言えば、素直にアリスの指示に従いその場を離れたかった。だが、そういうわけにもいかない。

    「危ないって、それはアリスも一緒だろうが!」

    女の子を殿に逃亡等、男として許されることではない。そして何より、狼狽えてばかりの情けない男だと思われたくない。そんな考えから、タクマはすぐに下がることはせず、アリスのことを心配する素振りを見せる。
    するとアリスは微かに笑みを浮かべ、告げた。

    「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私、結構強いから。何て言ったって……、魔王候補で、魔法少女なんだもの」
  24. 24 : : 2017/06/10(土) 18:28:59

    静かな口調とは裏腹に、その銀鈴の声からは確かに彼女自身の強さを感じ取ることができた。
    そして彼女は、己の力を顕現させ始める――。

    「身体が、光ってる……」

    タクマが洩らした驚嘆の声は、アリスの身に起きた変化を脚色なく示していた。

    淡く蒼白い光を帯びるアリス。その幻想的な姿は彼女自身の美しさも相まって、見る者全ての視線と心を奪い取る優美さを持っている。だが、その光の本質は美にあらず。
    徐々に輝きを強めていく光。それと共に、彼女の周囲にも変化が訪れる。その変化とは、風だ。風が、彼女を中心に渦巻いているのだ。それは自然には起こり得ぬ現象であり、それを引き起こしているのは彼女の持つ超常の力の奔流だ。
    そしてその超常の力を表す言葉を、タクマは知っている。

    「――魔力……?」

    「ええ、そうよ」

    タクマの呟きを、アリスはあっさりと肯定する。この世界にとって、魔力という名の超常の力は、それだけ日常的なものなのだろう。
    そしてその肯定が、タクマの意志を固めさせた。自分がこの場において――この世界において、どれだけ無力な存在であるかを完全に理解したからだ。

    「どうやら、アリスに任せて逃げるのがマジで正解みたいだな。……悪いけど、頼む」

    「悪いなんて思わなくて良いわ。私が呼び寄せてしまった敵だもの」

    「こういうときは余計なことは言わないで、偉そうに堂々と『任せなさい』って言えば良いんだよ」

    「……分かったわ。私に任せなさい」

    このやり取りを経てトロルの相手をアリスに一任したタクマは、少しでも安全なところに逃れようと二人に背を向けた。

    ――それが、誤算だった。

    先程から、タクマとアリスが緊迫しながらも普通に会話をしていたために忘れてしまいそうになるが、敵は二人のすぐ目の前にいるのだ。しかも、臨戦態勢に入っている。
    トロルが二人の会話中に攻撃を仕掛けなかったのは、会話を妨げるのは野暮だと考えたから――等という、甘い理由では断じてない。攻撃を仕掛けたところで、常に自分へと注意を向けているアリスに躱されることが目に見えていたからだ。そうでなければ、今頃二人はトロルの持つ棍棒によってその身を砕かれていた。
    故に、あってはならないのだ。この状況で敵に背を向ける等ということは――。
  25. 25 : : 2017/06/10(土) 18:29:23

    「待て!」

    予期せぬ誤算を前に、咄嗟にタクマを制止しようと声を上げる。声を上げたのは――トロル。

    敵の命令に従う義理は無い。タクマはその声を歯牙にも掛けず背後を向く。
    アリスもまた、タクマの愚行を止めようとはしない。戦闘素人のタクマの逃亡が隙だらけになることぐらい、予想の範疇だ。トロルからタクマへの追撃を防ぐ為の準備はできている。

    そしてタクマは、アリスを標的としているはずのトロルが自分の逃亡を制止しようとしたことへ疑問を抱くよりも早くに、完全に後ろへと振り向き終えた。
    それが、運の尽きだ。

    「――え?」

    振り向き終えたことでタクマの視界に映るのは、当然背後の景色。その景色に異物が紛れ込んでいる。そのことに、タクマは驚きの声を漏らした。
    異物――黒い身体にコウモリの羽を生やした悪魔が、こちらに突進して来ているのだ。それも、三叉の槍を握りしめて。そしてその先端が向かうは――。

    「させるか!」

    気付いてからは一瞬だった。
    タクマは思い切り地面を蹴り、己の身体を悪魔の突進の軌道上へと跳び込ませる。迷いなく、最短で。そうして悪魔の槍の進路を妨げることに成功したタクマは――、

    アリスの代わりに、槍の一突きをその身に受けた。

    腹部から広がる、灼けるような痛み。切断された血管が、神経が、一斉に悲鳴を上げる。
    激痛に顔をしかめながら、タクマは自身の勇気を僅かに後悔した。何故、こんな行いができたのか。自分の知っている自分であれば、こんなすぐに命を捨てるような真似、できるはずがないのに。あの美しい魔法少女の前だからなのだろうか……。
    だが、後悔したのはその一瞬だけ。後はもう、少女の命を救った自分の功績を誇ることにする。そもそも後悔したところで、仕方が無いのだ。だって――、

    勝手に、体が動いてしまったから。
  26. 26 : : 2017/06/11(日) 20:48:22

    突き刺さった槍が引き抜かれると、タクマの体は重力に一切逆らうことなく地に崩れ落ちた。生気の感じられぬその姿と傷口から溢れ出す血液から、タクマの生命の危機が感じ取られ、アリスは焦燥を覚える。
    だが、この事態を受けて焦燥に駆られることとなったのはアリスだけではなかった。

    「おいオッズ! 標的ぁそいつじゃねぇぞ! なにしくじってんだ!」

    「標的を間違えるわけがなかろう! この男が急に飛び出して来おったのだ! ジャンゼ……貴様こそ、標的の注意を引きつけるという役目を果たせておらんではないか!」

    「仕方がねぇだろうが! いきなり敵に背を向けるたぁ誰が思うかよ!」

    トロルのジャンゼとコウモリ型の悪魔のオッズが、アリス殺害の千載一遇のチャンスを逃したことへの責任の擦り付け合いを始める。

    この襲撃は、綿密な計画の上で行われたものであった。
    予め御者の猿男を買収し、ジャンゼ達の待ち伏せ地点に確実に馬車が通るように仕向け、更にその場所で馬車を止め逃げるように指示。そして、アリスに姿を見せぬまま棍棒で馬車ごと叩き潰す。これで仕留められれば御の字だった。が、結果的には回避されることとなり、またそれ自体はジャンゼ達の予想の範疇であった。
    そして、最初の一手を防がれた場合として用意されていた策が、背後に潜むオッズによる奇襲である。眼前に敵を捉えた状態での、予期せぬ第二の刺客による急襲――これを防ぐのは至難の技だ。現にアリスは、少なくともタクマが後ろを振り向くまではオッズの存在に気付いてなかった。

    だがしかし、二人の計画は狂わされることとなった。無知無力無一文の男によって――。

    「魔女・アリス暗殺を果たし、ルシファー様に気に入っていただこうと思っていたのに……、貴様のせいでおじゃんだ!」

    「ああ!? 何全部俺の所為にしようとしたんだよ! 悪いなぁてめぇもだろうが!」

    益体もない言い争いが続けられる。失敗の原因がどちらにあるかなどは水掛け論でしかなく、この場にいるのが二人だけであれば、片方が引くまで終わらない諍いとなっていただろう。

    「――謝るのなら今の内よ」

    だが、怒りを孕んだ少女の声が、二人の言い争いに終止符を打った。
    謝罪を求めるアリスの言葉を耳にして、ジャンゼ達は双方顔を見合わせる。

    「おいオッズよぉ。良い解決方法が思い付いたぜ」

    「奇遇だな、ジャンゼ。私もだ」

    そして、同時にアリスへと視線を向けた。

    「要は、正面から襲ってぶっ殺しゃぁいい話だ!」

    ジャンゼの殺意表明と共に、ジャンゼ達は武器を構え再び臨戦態勢に入る。その行為は、アリスの言葉を無視したことも意味しており――。

    それが、二人の命運を定めた。

    「分かったわ。ならば罰として、魔王候補の力をその身に受けなさい!」
  27. 27 : : 2017/06/11(日) 20:49:46

    直後、再びアリスの周囲に魔力の奔流が発現する。彼女を覆い吹き荒れる風の規模は、先刻を遙かに上回るものであった。アリスの激昂が、感情の高ぶりが、魔力となって表現化されたのだ。
    その様子にアリスの力の深淵を垣間見たのか、ジャンゼ達は一瞬、戦闘への躊躇を見せる。だが、奇襲に失敗し何とか挽回を図ろうとする二人の頭に退くという選択肢は無く、即座に躊躇を捨ててアリスに立ち向わんとする。

    「魔王候補だろうが所詮亜人族であることなぁ変わらぁねぇ! 叩き潰してやるよ!」

    「死せよ、魔女アリス!」

    二人は一斉に飛び出し、アリスへと攻撃を仕掛けようとする。

    「――グランウィンギル」

    その攻撃が実行に移される前に、銀鈴の声が不思議な言葉を紡ぎ出した。すると、いつの間にかアリスの正面に浮び上がっていた紋章――魔法陣が輝き出す。

    次の瞬間、巨大な風の刃が魔法陣から飛び出し、オッズの体を縦に真っ二つに切り裂いた。

    「はっ?」

    一瞬にして同胞の肉体と命を断たれたジャンゼは、間の抜けた声を発しながら、状況をまともに理解しないままに攻撃を実行する。

    「アウェイル」

    だが、新たな言葉と魔法陣と共に発生した突風によって、ジャンゼは後方へと吹き飛ばされてしまう。当然、攻撃は失敗――だけでは済まされない。

    気付けば、ジャンゼの足下にも魔法陣が――、

    「ギルヒューラ」

    アリスから発せられた言葉を受けて、魔法陣が眩い光を帯びる。そして生み出されるのは、巨大な竜巻。

    轟音と共にうねり吹き荒れる風が無数の刃となり、ジャンゼの体をズタズタに切り裂いていく。そして竜巻が、込められた魔力を存分に発揮し消え去るよりも前に、ジャンゼの命の灯火は吹き消された。
  28. 28 : : 2017/06/11(日) 23:09:30



    アリスが魔王候補の力を発揮し、一瞬にして二人の悪魔を葬った様子を、タクマは霞む視界の中で見ていた。

    普通なら、目の前のアリスの姿に……、魔王候補である彼女の圧倒的な暴力に恐怖を抱くのだろう。それが、この世界における一般人の真っ当な反応であるのだろう。
    しかし……だ。何故だかちっとも恐怖やそれに類する感情は生まれない。
    それは、彼女の容姿が可憐だからなのだろうか。
    それは、彼女の優しさに触れたからなのだろうか。
    それは、彼女が自分の味方であると信頼しているからなのだろうか。
    ――きっと全部だ。

    ジャンゼ達を倒したアリスは、直ぐさま地面に倒れ伏すタクマの下へと駆け寄る。

    「タクマ! しっかりして、タクマ! 今治してあげるから――、ルオラ」

    呼び掛けの後、アリスは新たな魔法を発動する。状況と文脈から言って、治癒魔法なのだろう。
    傷口が温かなお湯に浸かっているような感覚と共に、痛みが和らいでいくのを感じる。だが、失った血の量が多かったのか、視界の霞は取れてくれない。寧ろ、激痛の主張が無くなっただけ意識の保持が難しくなってしまった。瞼が重い。

    意識が消失に向かっていく中で、自分が彼女に対し恐怖の代わりに抱いた感情が何であるのかをふと考えた。そして、答えはすぐに出た。
    ――喜びだ。
    自分は、自分が傷付いたことに彼女が怒り、その力を発揮してくれたことが嬉しかったのだ。自分を心配してくれることが、喜ばしかったのだ。
    それは決して褒められた感情ではないのだろう。でも、仕方が無い。自分は英雄でもなければ聖人でもない――凡人だ。

    だからタクマは、どこか満足したような表情を浮かべながら、その瞼を閉じた。



    -01fin-
  29. 29 : : 2017/06/14(水) 21:08:04
    ラノベ感覚で読めて面白かったです!
  30. 30 : : 2017/06/15(木) 22:20:54
    >>29
    ラノベ感覚で書いたので良かったです!
  31. 31 : : 2017/09/04(月) 19:12:07
    プロの作家さんなんでしょうか?
    もしそうならそうで失礼なんですが、プロと思えるくらい素晴らしい文章力と、面白い心を踊らせるストーリーでした!

    続きに期待します!(もうあったらすみません)
  32. 32 : : 2017/09/04(月) 23:52:03
    >>31
    こんなに人を高ぶらせる褒め言葉があるんですね。私はプロとは程遠い存在です。

    続きは超スローペースで私のパソコン内に書き溜められておりますので、投稿できる頃合いになるまでお待ちいただけると幸いです。文章力はともかくストーリーはめっちゃ熟考してるのでこれから面白くなるはず…
  33. 33 : : 2017/12/22(金) 20:11:01
    二話書き始めました!
    http://www.ssnote.net/archives/56997
  34. 34 : : 2020/10/26(月) 14:56:16
    http://www.ssnote.net/users/homo
    ↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️

    http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
    ↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
    ⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️

    ⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
    10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
    みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
    今回は誠にすみませんでした。


    13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
    >>12
    みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
    現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました

    私自身の謝罪を忘れていました。すいません

    改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
    今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
    あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
    SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
    本当に今回はすみませんでした。




    ⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️

    http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi

    ⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️

    56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ごめんなさい。


    58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ずっとここ見てました。
    怖くて怖くてたまらないんです。


    61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
    お願いです、やめてください。


    65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    元はといえば私の責任なんです。
    お願いです、許してください


    67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    アカウントは消します。サブ垢もです。
    もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
    どうかお許しください…


    68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    これは嘘じゃないです。
    本当にお願いします…



    79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    ホントにやめてください…お願いします…


    85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    それに関しては本当に申し訳ありません。
    若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
    お願いですから今回だけはお慈悲をください


    89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
    もう二度としませんから…
    お願いです、許してください…

    5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
    ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
    本当に申し訳ございませんでした。
    元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
    私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
    今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。

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