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ミカサ「私の腹筋肌で感じて!」エレン「片腹痛いわ!」

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  1. 1 : : 2017/04/23(日) 18:27:12
    雲が流れて月が覗く。雲が流れて月が隠れる。先ほどから空はそんな調子で、灰と白をさまよっていて落ち着きがない。
    空はあんなに流れているのに、風が強いことはない。カラスが鳴くこともカエルが合唱を披露することもない。空とは完全に相反しており、静の文字一つで収束される。


     ミカサは今日も眠れなかった。
     二段ベッドの一段目に寝転がり、日の境を越えても暫くは二段目の背を凝視していた。そして眠れない。
    入団してからはずっとこんな調子で、うまく眠れていない。二人の温もりはもう無いから。
     布団をぎゅっと抱きしめたところで、音はあがらない。熱はあるけれど、私の熱が伝っただけの木綿でしかない。そうか、私は空いた心の溝を埋めるためにただの空虚に縋っているのか。
     ため息を吐いて窓に目を配る。雲の奥に月が浮かんでいるのが見て取れ、微量の月光に照らされる灰色が酷く不気味に浮かんでいる。切れた雲の間に、数多の星が煌々と輝いている。灰で覆われた向こうにもまた多大なる量の星が輝いていることだろう。
     死んだ人間はいつか星になるという。はるか昔に両親が寝床で話してくれたお伽話を思い出した。浄化された魂が蒸気のように空へ登ってゆき、雲を越えてそのまた上へ登ってゆき固化するという。肌で感じることはできないけれど、空を見れば見守っていてくれていると、そう、言っていた。いつの間にか'四人'は見守る側になってしまっているのは悲しいことで、耐え難い事実だ。でも見守っていてくれているから、空の向こうから私達を見ていてくれているから、私は安心して生きてゆける。幸が少ない時世だけれど、きっとどうにかなると信じている。浮かぶ尊い犠牲者の魂が、誰のものともしれない生きた屍ががっかりしないように、最善を尽くすのみであって────。



    そこまで思想にふけ、一〇五号室の部屋を出る。タンクトップの上に、起き上がる際担いだ白のパーカーを羽織る。アニが"捨てるから、もういらないの、これは"と言っていて、勿体ないからと頂いたものだけれど、身長やガタイの問題で些かサイズが合っていないのはもうどうしようもないことである。
     寮の廊下に備え付けられているいくつかの窓にはカーテンがかかっていない。顔を左に向ければ、ガラス越しにグラウンドと空が映る。先ほど見た西の空は不規則な形容をした灰が漂っていて不気味であったが、東の空に遮断物は一つもなく、数多の天体──星が煌々と光を放っていて、思わず見惚れ感嘆をあげた。すごい、こんなに綺麗なものは久しぶりに見た。……最後に見たのはいつだっただろう?シガンシナ区でだっただろうか?開拓地だっただろうか?確かその時はカルラさんがいたっけ、わたしとエレンを両脇に抱えて家の屋上で寝っ転がって空を見上げたのだったっけ。気が付けば朝になっていて、その日は三人揃って風邪を引いてしまったのを覚えている。おじさんが呆れながらも適切な処置を施してくれたのを覚えている。


     とまった足を出口に赴かせる。木製の床は私が歩を進める度にぎしぎしと悲鳴をあげている。出口の横に立てられている百数個の箱の中から、自分の外履きを取り出して足を入れる。ドアノブを捻って、規則を破り外へ出る。


    そっと閉めて左に歩く。突き当たりを左に曲がる。グラウンド今日も広々としていて、以前と変わらず砂で染まっている。
    目を凝らしてよく見れば、その枠の隅に人影が一本たっていた。その位置は普段器具などが置かれ物置として使われているところで、ダンベルやら懸垂が思う存分使えるところとして認識されている。こんな時間に規則を破って、自主練習に励むような訓練兵はエレンしかいない。


    「おい、アッカーマン。何をしてる?」


    「え……?」


    先ほど内側から覗いていた寮の窓、そこの死角になるような位置に教官が立っていた。厳密に言えば背を壁に預け偏っているのだが、そんな些細なことは今はどうでもよくはある。
    見つかってしまったのだ。

    「先ほどからここにいたんだが、やがて寮の中の廊下を歩く音がしたと思ったら貴様だったのか」


    「……」


    言葉が出ない。
  2. 2 : : 2017/04/23(日) 18:27:44
    「で、何をしている?」


    そう尋ね、規則を忘れているわけではなかろうと付け足した。


    「……」


    「口は割らない、か。まあそうか。へたをうてば開拓地送りだからな。
    ……だが、安心して良い。私は歴史上類を見ない貴重な逸材を掃いて捨てるような男ではない。貴様は人類生存のためには必要だからな、嫌でも働いてもらわねばならん。まあ卒団後どうするかは貴様次第だがな。動機もあらかた検討は付く。最近、成績が少し下がり気味なのはそのせいだろう?点数をグラフ化すると貴様はよく波立っている。少なくとも来週までには改善させておけ。
    ……それでだが、今回は内密にしておく。次はしくじるなよ?私以外の人間には見つかるな。やつらは容赦なく出た釘を打つからな。それから他の訓練兵にもだ。知られたら面倒だろう。……おっと、時間を取って申し訳ないな。さっさと恋人に会いに行け。私は失礼する」


    私の横を通り過ぎていく。振り向き、
    「有難うございます。……念のためですが、あの……か、家族ですから」そう言えば、「わかっているよ。なぜなら私は観測者だからだ」後ろ手に手を振った。


    普段は何に関しても口煩い。訓練をサボるようなものには鉄槌を、その後には長い説教、盗みを働くものには鉄槌を、その後には長い説教、ふざけるものにも鉄槌を、その後には長い説教をくらわせてきたキース教官。だから例外なく出る釘は必ず打ち、風紀を乱すものはいかんなく破門とする、そんなイメージしかなかったのだ。典型的な軍隊の上官だ。
    そんな教官の言動の意は何一つ汲めない。なのに、その言葉にはどこか暖かい何かを感じてしまう。


    どこか悲しそうで。どこか嬉しそうで。どこか苛まれてそうで。どこか孤独そうで。見えなくなるまで、大きな背中から目を離すことはできなかった。









    「エレン!」


    「は?」


    「久しぶり……」


    「いやいや……規則は守れよ。破門にされるぞ」


    「私は大丈夫。それと、あなたにそれを言う資格はないはず」


    「うぐっ……」
  3. 3 : : 2017/04/23(日) 18:28:00
    「あ、別に懸垂をやめる必要はないのに」


    「誰かに見られてたらまずいだろ?」


    「何が?」


    「ん、えっと、あの……言わせるな。頼む。わかってくれ」


    「ん……?」
  4. 4 : : 2017/04/23(日) 18:28:19
    「じゃあ私がやろう」


    「わかった、見てるよ」


    「……それはやめて。なぜかわからないけれど、恥ずかしい……」


    「なんかすまん……」
  5. 5 : : 2017/04/23(日) 18:28:38
    「ねえ、今日は425回できた。連続ではないけれど」


    「すげえよ……」


    「そう?……あ、ありがとぅうぅっ」


    「疲れてんのに無理して喋らんでもいいぞ」


    「うん……はあ……はぁ……」
  6. 6 : : 2017/04/23(日) 18:28:55
    「ふぅ……。ねえ」


    「お、どうした」


    「腹筋怠ってるでしょう?」


    「は?なんでわかんの?」


    「それはもう、完全感覚よ」


    「お、おう」


    「見せて 」


    「ま、まあいいけど」


    「……」


    「鑑定するのはやめろ」


    「一日50回はやって」


    「ええ、そんなにやんの?」


    「それはそうよ。訓練兵なのだし」


    「……まあ、そうか……」


    「……」


    「……」


    (じゃあお前の腹筋も見せろよ、とか言ってこないの?ねえ、なんで?)


    (こいつもいっぱい筋トレやってんだろうなあ。参考にしよう)


    「……」


    「……」


    (……)


    (……)
  7. 7 : : 2017/04/23(日) 18:29:13
    (数分の沈然を破るのは私か。なぜだろう、負けた感じがする)


    (でも抑えられないの……)


    「ねえ 」


    「どうした?」


    「何で私の腹筋に興味ないの?」


    「……は?」


    「ん?」


    「意味がわかんねえよ」


    「泣きそう」


    「泣くな」


    「了解」


    「で、なんなの?」


    「私の腹筋、触ってほしい」


    「ん?」


    (チーズの角にでも頭打ったのかなあ)


    「どういう神経してんだお前。同じ寮のやつに触ってもらえよ」


    「私はあなたに触ってほしいのだけれど」


    「片腹痛いわ。あまり笑わせるようなことを言うなよ」


    「泣いた」


    「泣きやめ」


    「了解」

  8. 8 : : 2017/04/23(日) 18:29:29
    「……それで、あの、触って?」


    「ジト目は俺に効かない」


    「ねぇ……触ってぇ?」


    「上目遣いで懇願するように頼んでも俺には効かない」


    「今回は本当に泣きそう」


    「……俺は悪くないはず。……だよな?」
  9. 9 : : 2017/04/23(日) 18:29:43
    「ねえ、お願い。本当に。こんな苦痛にはもう耐えられない」


    「なんだその拷問を受けているような口調ぶり」


    「だってこんなにお願いしても触ってくれないなんて一種の羞恥プレイってやつじゃないかしら」


    「おい、どこでそんな言葉覚えた?」


    「ユミルが言っていた」


    「明日しばいとけ。あとその言葉はあんまり使うな」


    「確かにそうね。意味のわからない言葉は使うものではなかった」


    「ああ、そうだ」


    「で、触って?」


    「遠慮しておこう」


    「「……」」


  10. 10 : : 2017/04/23(日) 18:29:56
    「なら、強行突破するしかない」


    「覆いかぶさってくるんじゃねえ」


    「はぁぁぁぁぁああああああああ♡」


    「(物理的に)片腹痛いんだが」


    「私の硬い腹筋肌で感じてぇ!もっとお!」


    「ぐはぁ!俺をバランスボールみてえに扱うんじゃねえ!いてえんだよ!」


    「ああああああああ気持ち良いよおおおお……はぁあっ……」


    「いてえ」(重いよ)



  11. 11 : : 2017/04/23(日) 18:31:37
    「ごめんなさい、取り乱した」


    「なーにがごめんなさいじゃ。いきなり脱いでピストン運動してくるから吐きかけたわ」


    「ごめん……なさい……うぅ……ぐすっ」


    「え?……あ、まあ問題ねえよ?だから気にすんなよ?な?」


    「本当にごめんなさい、嘘泣き」


    「キレそう」


  12. 12 : : 2017/04/23(日) 18:32:23
    「ねえ」


    「あん?」


    「星、綺麗だね」


    「……ああ、そうだな」


    「……」


    「……」
  13. 13 : : 2017/04/23(日) 18:35:34
    「ねえ、またみんなで笑い合えるの?」


    「……」


    「……」


    「……」


    「なんで皆いなくなるの?お母さんもお父さんも、おじさんもおばさんも」


    「なんで、だろうな」


    「私、もう耐えられないの」


    「……」


    「あなたしかいないの、私には」


    「……アルミンを忘れてやるなよ」


    「……アルミンは大切な親友、家族はもうあなたしかいないのに」


    「……だとするなら、俺も家族はお前しかいないな」


    「……」


    「……」


    「「……」」
  14. 14 : : 2017/04/23(日) 18:40:22
    「お願い、いなくならないでね?」


    「当たり前だ。お前を遺して逝けるわけないだろ?」


    「だから、お前もいなくなるなよ」


    「私はあなたを見てなきゃいけないから……」


    「お互いにお互いをみつめるのか……こんがらがりそう」


    「正気を保って」


    「保ってまんがな」


    「エレンも成長した」


    「ん?」


    「前までは"ガキじゃねえから"と、あなたの言う'ガキ'みたいなこと言っていたのに」





    「そんなんは照れ隠しに決まってるだろうが」

  15. 15 : : 2017/04/23(日) 18:42:29
    「え?」


    「俺は気付いたんだよ」


    「お前しかいないって」


    「アルミンもライナーもベルトルトも、紛れもなく仲間だけどよ」


    「家族はお前しかいないんだよ」


    「だから、家族になら」


    「あの、えっと、その……」


    「見ていてほしいってよぉ……」




    「……そう」


    「あぁ、そういうことだよ」


    (うまく決めれなかった)
  16. 16 : : 2017/04/23(日) 18:43:36
    「私も見ていて。ね?」


    「もちろんだ」


    「って、この話今さっきしたよな?」


    「二回目ね」


  17. 17 : : 2017/04/23(日) 18:44:34
    「……エレン」


    「……どうした?」


    「私の腹筋」


    「肌で感じて?」



    「二回目はさすがに無理」
  18. 18 : : 2017/04/23(日) 18:47:55
    閲覧感謝。2700文字付近でした。くぅ疲。
    皆様も大切な人の腹筋を肌で感じてあげてください。きっと新しい世界へ旅立てると思われます。

    ではさようなら。また何処かで。

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