『進撃の巨人』◇ side story ◇
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- 1 : 2017/02/26(日) 11:57:58 :
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◇ 少年と少女の話 ◇
地を穿つような雨が、訓練場のグラウンドに降り注いでいる。
大抵の訓練兵は、その日の訓練を短縮、または中止させてくれる雨というものを好んでいた(少しくらいの雨なら訓練は決行されるのだが)。
今日の雨はバケツをひっくり返したような勢いだ。否応無しにも訓練は中止されるだろう。訓練兵達も談話室で訓練中止の知らせを今か今かと待ち詫びていた。
そんな腐った空気を感じながら、男、エレン・イェーガーは、まるで親族でも亡くしたかの様な面持ちで窓の外を眺めていた。
(クソ…こんな雨なんか降んなきゃ、訓練が出来るってのに…)
(まぁ…周りの奴らは嬉しそうな顔してるけどよ)
そんなことを思いながら超大型級のため息をついた時、後ろからの声でエレンは振り返る。
「あんた、どうしたんだい?」
エレンに声をかけて来たのは、同期の訓練兵であるアニ・レオンハートだった。
「…いや、ちょっと雨空観察といこうかなってな」
「…あんたの趣味を止めるつもりはないけど、もう朝食だ。みんな行っちまってるよ」
「はぁ?冗談よせよ。優秀な皆様は訓練中止の報告を待ち…」
そう言いつつ辺りを見渡すと、談話室には気づかぬ間に誰もいなくなっていた。
エレンはそこまでぼうっとしていた自分に驚きつつ、恥ずかしさからなのか、雨による落胆の気持ちからなのか、妙に重々しい腰を上げる。
「言っただろう?」
いつもと変わらないポーカーフェイスのまま小馬鹿にしてくるアニ。今度こそは恥ずかしさからなのだろう、エレンの顔は少し紅潮していた。
「あー…ところで何でアニが俺を?」
「礼の一つでも聞こえたら教えてやっても良いよ」
「…すまなかったな、有難うよ。それで、何でだ?」
「今日は私が食事当番だからね。みんなが席に着かなきゃ減点されちまう」
「親切心じゃなかったのかよ…」
エレンは自嘲的な笑みを顔に貼り付けると、アニと共に食堂へと向かい始めた。
◇◇◇◇◇◇
ご覧頂き、有難う御座います。どうもTatsuです。
本SSは、『進撃の巨人』の登場人物達の日常などをサイドストーリーとして描いていきます。
注意点として、ショートストーリー形式であり、一つ一つが異なる話となっております。ご注意下さい。
それでは、お楽しみ下さい。
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- 2 : 2017/02/26(日) 21:08:07 :
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「今日はラッキーだったね」
食堂へと向かう最中、アニが唐突に口を開いた。
「何がだ?」
「訓練が中止になるって話」
「…俺はアンラッキーだ。調査兵団になるまで、一分一秒も無駄にできないってのに…」
調査兵団というのは、いつも死と隣り合わせの兵団だ。そんな過酷な状況下で生き残って行くためには、そして自分の夢を叶えるためには、今日という日はエレンにとって何よりの凶日だろう。
「…そっか、あんたはそういう奴だったね」
「あぁ、そういう奴だ」
二人の間に沈黙が訪れる。だが意外にも、それを破ったのはアニだった。
「尊敬するよ」
「はっ?」
驚きのあまり、歩みが止まり、気が抜けた様な声を出してしまう。だが当然だ。あのアニがそんな言葉を口にしたなど、他の者に言っても信じないだろう。
「変な声だね」
「いやお前…そこじゃないだろ!」
「じゃあどこさ」
「俺の事尊敬してるって…」
「あぁ、本心だよ」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。エレンの口は閉め忘れた財布の様になっていた。
「あ…その…有難うな?」
何と言って良いか分からず、エレンは咄嗟にそう呟く。
「別に。本当のこと言ってるだけさ」
「私には…自分の意思がないからね」
「自分の意思?」
「あぁ、自分が叶えたいものとか、やりたいこと」
「あんたはいつも前向きで、真面目で、夢を持ってる。私なんかとは真逆の存在さ」
再び歩き始めながらそう言うアニの様子は、どこか暗く感じる。
「…ベルトルトもそんなこと言ってたっけな」
「!」
ベルトルト、という言葉に やけに反応している。その顔には微かな曇りが感じられた。
「…ベルトルトもかい?」
「あぁ」
「…そっか」
「どうしたんだ?」
「…いや、何でも…」
「…とにかく、あんたには他の人にはない強い意思がある。そこを私は尊敬してんのさ」
不自然に話を変えるアニ。だが流石のエレンといえど、踏み込んではいけないラインは心得ているらしい。それ以上は詮索しなかった。代わりに___
「…そんなに俺を褒めても何も出ねぇぜ」
小さな笑みをアニへと向ける。
「…あぁ、そうみたいだね。期待して損した」
「って、おい!本当にそれ目的だったのかよ!」
「さぁ、どうだろうね?」
とぼけ顔をするアニ。そんな“仲間”の様子を見て、エレンは一人安心する。
「…ほら、もう食堂だ。さっさと席に着きな」
確かに、もう食堂の扉が眼前に迫ってきていた。アニとエレンという組み合わせが珍しいのか、こちらをジロジロと見てくる訓練兵も確認出来る。
「あぁ、そうするか。あ、あとよ」
「なんだい?」
「改めて、有難うな!」
「…どうも」
アニは相変わらず冷ややかな態度を貫いているが、エレンはアニの口角が僅かに上がったのを見逃さなかった。
「エレン!こっちに席とっといたよ!」
幼馴染の親友の声が、エレンの耳に届く。
「おう、悪りぃアルミン!今行く!じゃあアニ、またな!」
「じゃあね」
こうして二人は、再び日常に溶け込んでいくのであった。
◇ 少年と少女の話 ◇
完
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- 4 : 2017/06/08(木) 23:37:33 :
◇ ユミルの災難 ◇
「_____このように、立体機動装置を開発したのは“アンヘル・アールトネン”であり、その立体機動装置を使用して初めて巨人を討伐したのが“キュクロ・イノセンシオ”である。また___」
しん、とした座学室に、教官の声が響き渡っている。
その声を右から左へと受け流しながら、ユミルはあることを考えていた。
(座学なんて受けてる場合じゃない…私のクリスタが熱でうなされてるんだぞ!?)
ユミルが言うクリスタとは、104期訓練兵団の『クリスタ・レンズ』の事である。
彼女はその容姿と優しさ溢れる言動から、同期の兵士達から _______まぁ殆どが男子だが _______ 『女神』や『天使』などと呼ばれている。
そんな彼女が今日、熱を出したのだ。過酷な訓練が多いこの訓練兵団では熱など日常茶飯事で特に気にすることなどないのだが…
(なんとか…抜け出せないものか…)
(いや、不可能だ…。人が多すぎてばれずに抜け出すことはまず出来ないし、体調が悪いと行って抜け出してもクリスタと同じ医務室へ行けなければ意味がない…)
(ましてや、教官からの配点が高い座学だ。放棄すれば10番以内に入る確率を大きく下げちまう…)
(…クリスタの為にも、諦めるしかないか)
神に見放されたこの状況に、ユミルは はぁ、と ため息をついた。
◇◇◇◇◇◇
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- 5 : 2017/06/08(木) 23:37:53 :
「本日はここまで。後日、『報告書』を私に提出するように」
さらりと告げられた地獄に、ユミルの気分は地に叩きつけられた。
あの教官の報告書は、簡単に言ってしまえば非常に「面倒くさい」のだ。彼の報告書を好む訓練兵がいるとするなら、それはかなりの物好きだろう。
「はっ!?報告書…!?」
「…なんだ?スプリンガー。何か問題でも?」
「あああああいえいえ!!何も!全く何もありません!!」
「…っ……ふっ……」
「…はぁ…」
コニー・スプリンガーの慌てふためく姿と、それを見て笑いをこらえるジャン・キルシュタインを横目に見ながら、ユミルは本日2回目のため息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇
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- 6 : 2017/06/08(木) 23:38:23 :
(さて、次は…立体機動訓練だったか。立体機動も点数が高いし、真面目にやらないとな)
ユミルはボロボロの廊下を歩きながら、地に着いた『やる気』をのそっと起こす。だが…
(…ん…?待てよ…今日クリスタは寝込んでいて訓練どころじゃない。ってことは…)
(立体機動訓練での私のペアがいない…!)
迅速な移動や訓練など、立体機動はあらゆる場面で活躍するが、主にその真価とは巨人と対峙した際に発揮される。
そして巨人と対峙した際に1番重要視されるのは、他の兵士との立体機動での阿吽の呼吸だ。
一人が巨人の気を引く、または巨人を負傷させ、もう一人がうなじを削ぐ。この行程を瞬時に、ミスなくこなさなければならない。
なので立体機動訓練は、実践に近い経験を積む為に二人一組、ないしは三人一組などのペアを組んでするのが基本なのだ。
だがいつもペアを組んでいるクリスタが不在な為、ユミルは組む相手がいない。普通なら他の者に「組もう」と言えば済む話なのだが…
(どうする…私は今までクリスタとしか組んでなかったからな…。今更他の奴に組もうって言うのもなんか嫌だし…。第一他の奴もペアがほぼ固定されちまってる…)
ユミルの性格や言葉遣い、そしてそれに相まって人を寄せ付けない雰囲気そのものがその一言を阻害していた。
(あああこんなことを考えている間にもう訓練時間だ…!)
(ていうか私ってこんなことで悩む奴だったんだな…)
「…クソが」
ユミルは一つ悪態を吐き、やけに重い足を訓練場へと運んでいった。
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- 7 : 2017/06/08(木) 23:39:58 :
「ではいつも通りペアを組み、先ほど説明した目標地点まで巨人像を倒しながら向かえ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
教官の声と、威勢のいい訓練兵達の声が青空にこだまする。
普段ならこの二つの声を耳に入れれば、「あぁ、始まったな」と思うのだが、今のユミルにそんな余裕はない。
(ああクッソ…誰だ…誰と組めばいい!?)
(…そうだ…!芋女がいるじゃねぇか!あいつならよく話すし気まずくなったりしねぇ!それにアイツと組みてぇなんて思う奴はそうそういない筈!よし、そうと決まれば早速アイツを……)
(…いた!)
サシャ・ブラウスを見つけたユミルは、安堵の色を声に滲ませながら彼女に向かい叫ぶ。
「おーい!芋女!私とペア_______
「サシャ!今日も一緒にやろうぜ!」
「はっ?」
自分の耳を疑い、咄嗟に後ろを向くと、コニー・スプリンガーがサシャへ向かい走っていく様子が視界に入る。
「あ、はい!良いですよ!それとユミル、何か言いました?」
「…い、いや…何にも…言って…ねぇよ…?」
「そうですか。じゃあコニー!スタート位置に行きましょう!」
「おう!」
駆けていく二人をじっと見つめるユミル。その内心は焦りと動揺で満ち満ちていた。
(…あんのクソ坊主やりやがった…!私の…唯一の希望が…!)
(…もういい!この際ヤケクソだ!1番“そういうこと”を気にしなそうなアルミンに…)
「アルミン!俺と組んでくれないか?」
「勿論だよ、エレン」
(……)
(はあああああ!?)
「うおっ、どうしたユミル、顔すげぇことになってんぞ…?」
怪訝な顔をしながら質問をしてくるエレン。
「ちょっとエレン!女子に向かってその言い方は…」
それを制すアルミン。
「あーうるせーうるせー!!お前らなんか顔も見たくねぇ!さっさと位置についてろ!」
「…わ、悪りぃユミル…。そういうつもりで言ったわけじゃ…」
「それに怒ってるんじゃねぇよ!なんかもう…タイミングにだ!分かったならさっさと行け!」
シッシッ、と手を払いながらエレン達を追い払おうと試みるが、エレン達も _______わざとではないが________ なかなか引かない。
「エレン、ここはもっと誠意を込めて謝るべきだよ。そうすればユミルもきっと許してくれる」
「そ、そうだな…。ユミル。本当にすまなかった…」
エレンに耳打ちでアドバイスをするアルミンとそれ通りに行動するエレン。そんな二人を見てユミルの頭は更に恥ずかしさと苛つきで溢れる。
「お前も勘違いしてんじゃねぇよアルミン!あとエレン!そのことはもう分かったから、頼む!位置についてくれ!」
「…? よくわからねぇけど、取り敢えず許してくれたってこと…か?じゃあ先行ってるぞユミル。アルミン、行こうぜ」
「う、うん。何なんだろう、勘違いって…」
「んー…分からねぇ…」
頭の上にクエスチョンマークが見えそうなほど、首を傾げながらスタート位置に向かうエレンとアルミン。
そんなことをよそにユミルは息を荒くしながら次の標的を探す為に目を動かす。だが…
「誰も…いない…」
先ほどまで人が溢れていたグラウンドは、エレン達と話している間に もぬけの殻になっていた。
「…マジかよ…」
足の力が抜け、思わずその場に座り込んでしまう。そして、思う。
(…一人って…案外辛いな…)
(ハッ…第2の人生手に入れて、自分の為に生きるって決めたのに…自分の力で生きるって決めたのに…)
(自分はクリスタを助けてるつもりでも、気づかない間にクリスタに頼って、なおかつその生活に依存してたんだな…)
(あーあ…何してんだろ、私)
(って、そんなことよりさっさと訓練行かねーと…なんか今日の私は私じゃねぇみたいだ)
訓練兵達に遅れを取り、点数を下げるようなことがあってはいけない。
そう思い、ユミルが重々しい腰を上げようとした瞬間_______
「ユミル?」
背後から聴き馴染んだ声が飛んでくる。
この声は______
「…クリスタ…」
「やっぱり…!こんなところに一人で座り込んで…どうしたの?」
「…それはこっちの台詞だ。熱はどうしたんだ?」
「あぁ、そのことだけど、医務室に運ばれて少し横になったらすぐ下がったの。心配かけちゃったかな?ごめんね!この後の訓練は参加出来るから!」
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- 8 : 2017/06/08(木) 23:45:18 :
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「…あぁ、心配かけたよ。かけすぎてグラウンドに一人で座っちまった」
「え!?」
「ハッ…冗談だよ冗談。そんなことで座り込むわけねーだろ」
「よ、良かった…」
「あれ?じゃあなんで座り込んでたの?」
「あ…それはだな…えぇと…」
「…まさか、一人で寂しかったからとか?」
「!」
「バッ、ちげーよ!アレだ!す、少し目にゴミが入ってな!それと格闘してたんだ!」
「ふふ、そっかそっか」
「あぁ!そうだ!」
「ふふ」
「……」
「……」
長い沈黙が訪れる。
だが、クリスタがそれを唐突に破った。
「……ねぇ、ユミル」
「な、何だ?」
「困ってることとか、悩んでることがあったらさ…私に言ってよ。」
「は、はぁ?何だ急に」
「…ユミルはさ、いつも何かに必死になってる。皆は気づいてないみたいだけど、私には分かる」
「なっ…」
核心に迫られ、ユミルの心臓はドクン、と跳ね上がった。
顔にも動揺が色濃く浮かび上がった筈だが、クリスタは構わず話し続ける。
「なんでも楽にこなすユミルがそんなに必死になる『何か』ってさ、並大抵のことじゃないと思うんだ。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど…一人で抱え込まないで、私に頼ってよ」
「いつもユミルが、私にしてくれてるようにさ」
人に知られてはいけない秘密、そして自分の人生の原点。全てを見透かされているような気がした。
だが、不思議と悪い気分にはならなかった。
「…お前結構、私のこと見てるんだな。ちょっと気持ち悪いかも」
「えぇ!?酷いよ!?」
「ハッハ。だから冗談だって。お前は騙されやすいなぁ」
「…もう!そうやっていつもユミルは私を______
「有難う」
その一言は、自然と口からこぼれていた。
「え?」
「だから、有難うな。そう言ってもらえると、何かと気持ちが軽くなるよ」
「…へへ、なら私も嬉しいよ、ユミル!」
「お、おう」
少し照れ臭そうに顔を逸らす。クリスタはそんなユミルを見て小さな笑みを顔に浮かべる。
「さぁ!今は立体機動訓練の時間でしょ?私とペア組んでやろうよ、ユミル!」
「…あぁ、そうだ、そうだったな。じゃあ…」
「行くか!」
「うん!」
太陽を背に、共に2人は駆けていく。様々な思いを胸に抱いて。
◇ ユミルの災難 ◇
完
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- 9 : 2017/07/02(日) 00:03:25 :
- すごく良い話だああああ!!!!!
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- 10 : 2017/07/04(火) 21:54:12 :
>>9
有難う御座います!まだまだ更新しますのでお楽しみに!
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