この作品は執筆を終了しています。
追憶④
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- 1 : 2016/11/22(火) 19:25:50 :
- 過去レス
『追憶』
http://www.ssnote.net/archives/48585
『追憶②』
http://www.ssnote.net/archives/48872
『追憶③』
http://www.ssnote.net/archives/49248
前作『蛍』の続編・・・なんですが・・・
どうなる事やら。
前作を読んでないとあんまわかんないです。
前作『蛍』
http://www.ssnote.net/series/2989
オリジナル設定多数。
キャラ崩壊バリバリ。
細かい事は抜き。
因みに私、艦これはやった事ございません。
おそらく筋金入りの提督さんには向かないと思われます。
以上を踏まえた上でお付き合いいただけたらと・・・思っております。
申し訳ないです(;゚(エ)゚) アセアセ
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- 2 : 2016/11/27(日) 19:28:28 :
「長門さんを好きになった理由・・・ですか」
大川は漣が輝く海原に眼を向ける。
濃藍色の空が何処までも続き、その中に濃紺の雲がぽっかりと浮かぶ。
白く美しい月光は海原を白銀の絨毯へと変える。
艦首で砕けた引き波は何処までも広がりを見せ、静まり返る幻想の世界に唯一、有機質な音を立てていた。
彼女を好きになった理由を頭に思い描こうとする大川は、目の前に広がる雄大な海原に瞳奪われていた。
吹き抜ける風の音が時折強くなる。
風に靡く前髪をたくし上げながら改めて彼女の事を思い出す。
心に込み上げてくるのはあの鎮守府の突堤で抱きしめた温もり。
この場所で交わした口付けと約束。
様々な事が走馬灯のように過ぎる中、彼は彼女との出会いに記憶を遡ろうとした。
初めて出会ったのは何時だっただろう・・・?
しかし出会ったときには彼女は心の中に居て、大川の胸を満たしていた。
彼は手すりに頬杖を着きながら遠くで海面を飛び跳ねるイルカを見つけ、無邪気に喜んでいる陸奥をほほえましく見つめていた。
「長門さんを好きになったその理由は・・残念ながら覚えてません」
「え?なによそれ。それって言いたくないって事じゃなくて?」
それまでイルカを見つけて無邪気に喜んでいた陸奥が怪訝な顔を彼に向ける。
大川はその顔を見ることもなく言葉を続けた。
「そうじゃないですよ。今・・ずっと思い出していたんですが、これっていう決定的なものは無いんですよね・・・」
「じゃぁ出会った瞬間の一目惚れって事?」
「まぁ・・・それに近いのかな?」
鼻の頭をカリカリと指で掻きながら恥かしそうにしている大川を横目に、期待した答えとは全く違う方向から来た返答に落胆の表情を見せる陸奥。
大川は困ったといわんばかりに微笑んだ。
「子供の頃、母方の祖父の家に遊びに行くと、『軍艦長門』の写真と、旧日本海軍の飛行服に身を固めた人物の画像が飾られていました」
陸奥さんの質問の答えになるか判らないけど・・・と前置きをしながらつとつとと大川は語り始めた。
落胆の色を隠せないまま、手すりに乗せた腕に顎を乗せ海を眺めながらその話に聞き耳を立てる陸奥。
今まで見つめていた海を背に、大川は手すりに寄りかかりながら話を続ける。自らの影が屋上の床に長く伸びている。
飛行甲板越しの海は今までの白銀の海原とはまた違った表情を見せつつも、長く伸びた引き波を湛え凪いでいた。
「僕の曽祖父に当たるんですかね・・・その方が戦艦長門で零観のパイロットをされてましてね・・・その話をよく爺さんにせがんで話してもらってました・・・」
「その話は知ってるわ・・・長門本人からも聞いた事がある。相当良い腕だったんでしょう?長門を退艦した後、戦闘機パイロットになったって聞いたわ。」
溜め息混じりに返答する陸奥に苦笑いをしつつ、彼は話を続ける。
「そうですね・・・だから僕の中には、憧れとして『長門』はずっと僕の中に居ました・・・でも艦娘の『長門』さんに初めて出会ったのは国防海軍戦闘機隊に入ってからですかね・・・」
大川は手すりに寄りかかりながら濃藍色の空に浮かぶ雲を見つめていた。
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- 3 : 2016/12/04(日) 11:39:29 :
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「僕が海上自衛隊に入ってすぐに自衛隊は軍へと格上げになりました。それまで海上自衛隊に航空機部隊は存在していたものの、戦闘機隊は存在していなかった・・・当時は空母も在りませんでしたしね。」
冷たい風が吹きぬけ、大川は白い息を吐き出した。
ライトダウンのジャケットを着ていても外は寒い。
陸奥は大川の話に相槌を打ちながらずっと白銀の海を見つめている。
「深海棲艦との戦闘が本格化して、いずも型護衛艦に空母改装の話が出て、僕は出向先の空軍から海軍に戻りました。戦闘機隊開設のためにね・・・その最初の航空支援作戦で長門さんと初めて会ったんです」
大川は上着のポケットに手を入れ、少し俯きながら話す。
襟元に埋めた口から吐き出される白い息が、冷たい風にたゆたう。
陸奥は、大川のそんな様子を見ながら自身も彼と同じ方向に向き直った。
同じく着ている上着に口元を埋め、自身の伸びる影を見つめている。
「・・初めて彼女に会った時、心臓が高鳴って全身に電気が走りました。あんな経験初めてだった。それまで『一目惚れ』なんて信じてなかった・・・米の銘柄くらいにしか思ってませんでしたからね」
黙り込んでいる陸奥に、今のは笑う所ですよと呟いてウィンクを送る。
二人は暫し他愛なく笑い合うと、また黙り込んだ。
「本当に一目惚れなんてあるんだって初めて知りました・・・。体が硬直して動けなくなるほどでしたからね・・・何度か作戦で一緒になって、硫黄島の奪還作戦の時に彼女と初めて会話しました」
「・・・私はその時はまだ居なかったけど・・・その作戦も相当大変だったって・・・」
「あの当時、戦艦は金剛さんと榛名さんと長門さんしか居なくて・・・。陸奥さんはその後でしたね。」
当時を偲ぶように空を見上げる大川。
月に雲が罹り辺りが薄暗くなる中、彼は手すりに向き直ると肘から寄りかかる。
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- 4 : 2016/12/04(日) 11:41:07 :
- 「第一航空戦隊の赤城さんが小破、加賀さんが中破の状態で艦載機の発着艦に難が出て、制空権の維持が非常に困難でした。突撃していった第二艦隊が孤立し、敵艦載機に囲まれてしまって・・・当時、我々海軍の中に深海棲艦の艦載機群に対抗できる操縦者は居なかった・・・。飛行隊長と艦隊司令の命令を無視し、僕が飛びました。何とか敵艦載機を撃破して第二艦隊を誘導、その海域を一時撤退しましたが・・・。まぁ~・・・その後飛行隊長や艦隊司令から怒られるわ怒られるわ・・・大変でしたよ」
深海棲艦に制海権を奪われ、国防軍の基地だった硫黄島が深海棲艦に囲まれ孤立した事件があった。
元々以前から硫黄島の戦力は周囲偵察程度のものでしかなく、もっぱら周囲警戒と訓練基地に使用されているだけだった。
国防海軍はすぐさま硫黄島に海軍と艦娘の合同艦隊を派遣、深海棲艦の討伐にあたったが、艦娘の取り扱いや運用についてまだまだ未熟な点が多く、奪還作戦は一筋縄ではいかなかった。
当時艦隊司令だった佐伯が艦娘の運用に当たったが見事に失敗、元々艦娘という得体の知れない生体兵器に否定的だった佐伯はあえて第二艦隊に突撃を下命し、その性能を試そうとした。
結果第一航空戦隊の相次ぐ被弾により制空権を消失、艦娘の第二艦隊は孤立してしまう事となる。
大川はその事態に海軍航空戦力の出撃を具申したが了承は得られず、命令を無視する形でF35で発艦、敵艦載機との激戦の末制空権を奪還し、第二艦隊を救出、そのままその海域を一時撤退した。
翌日、護衛空母『かが』内で応急修理を終えた艦娘の機動部部隊、第一艦隊、第二艦隊、大川率いる海軍戦闘機隊の奮戦により硫黄島奪還が成される。
作戦終了後、佐伯は大川の行動を問題視し処罰を望んだが、作戦成功の立役者の一人でもあり、真嶋の後ろ盾もあって結局は厳重注意と始末書、3ヶ月間の減俸で終わった。
その作戦で大川は艦娘達の絶大なる信頼を得る事になり、真嶋が戦時特例を出す一つのきっかけになった。
一方佐伯の反感を買ういくつかの要因の一つになったのは言うまでも無い。
陸奥はその作戦終了時に発見、保護されているため、本作戦を知る事は無かった。
大川の話を鼻でフフっと笑う陸奥に大川が鼻で笑うなんてと顔をしかめる。
陸奥は心無い様子で謝るとすこし凍えた両手に息を吹きかける。
「提督らしいわね」と呟いた陸奥の言葉に恥かしそうに話を続けた。
「損傷を負っている艦娘の皆さんを『かが』に収容して・・・その後でしたかね。僕はお説教が終わって艦長室から自室に戻る際に、長門さんと廊下でばったり会ったんです。僕から敬礼したら、答礼してくれた彼女から話しかけられたんですよ『貴官があの操縦者か』って。長門さん、突撃していった第二艦隊に居たんだそうで・・・そこで彼女からお礼を頂いたんですよね。それから色んなことがあって・・・戦時特例って事で真嶋さんのてこ入れで呉の司令官に任命されて・・・」
「で、長門が貴方の秘書艦に・・・」
「そうですね。もう何年も経ってたから、忘れられてるだろうなって思ったら、意外にも覚えててくれてて・・・。僕はそれまで現場で戦ってばかりいたから、司令官の仕事なんてわかんないし・・・相当迷惑かけました・・・彼女にはね」
大川は長門の話をしながら微笑んでいた。
きっと心の中に様々な思い出が去来しているのだろう。
嬉しかった事、悲しかった事、辛かった事、笑い合った日々・・・長門と大川は傍目から見ても本当に様々な時間を共に過ごしてきた。
陸奥はその姿を間近で見ていたからよく知っていた。
長門がまだ健在だった時、寮では陸奥と長門は同室だった。
まぁ、一般的には姉妹艦や艦種が同じ者どうしが相部屋になる事が多いのだが・・・。
そんな理由から、二人の仲を相当早くから察知し、一番見つめ続けていた数少ない人物の一人だった。
執務室の明かりが夜遅くになっても消えていない事を心配し、様子を見に行って結局明け方近くに帰ってくる羽目になった長門の姿や、彼の傍で常にサポート役に徹し、戦闘では彼の為に戦果を上げる事を至上命題にして戦っていた彼女の姿をよく知っている。
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- 5 : 2016/12/04(日) 11:42:38 :
『彼の為に死ぬ事になんら躊躇は無い』
時々危うい場面に遭遇し、作戦終了後、入渠中にその事を陸奥が咎めても彼女はそういって微笑んでいた。
あのときの微笑を思い出すたびに、陸奥も目頭が熱くなる思いがした。
陸奥の肩先がすこし震える。
今彼女が着ているのは通常の部屋着にベンチコート。
流石にこの寒風吹き荒ぶ中子一時間前後居れば寒くもなろう。
艤装の調整作業をしている時、あれだけ寒い中鳥肌一つ立てなかったのは艤装のシールド機能によって守られているからであって、それが無い状態であれば流石に彼女達も暑さ寒さには人間と同じ感覚なのだろう。
大川は自分が着ている上着を更に彼女の肩先に掛ける。
ベンチコートの上から更にマイクロダウンをかけている陸奥の姿はなんだかずんぐりむっくりしていていつものグラマラスな彼女のボディラインが見る影も無いが、そんな小さなことを云々言うよりも、明日のトライアルの方が大事である。
こんなところで風邪を引かれては困るというものだ。
「ねぇ提督、貴方には長門しか見えてなかったのかもしれないけど・・・本当はね・・」
陸奥が肩先に掛けられたダウンをしっかりと羽織ながら口ごもった。
先程まで彼が着ていたそのダウンには、彼の温もりと香りが残っている。
背中を暖めるその温もりが陸奥の心の奥底に沈められていた何かを呼び起こしたのだろう。
俯き、唇をかみ締め、必死に何かを堪えようとしている陸奥の横で大川は彼女に微笑を送ると、頭を撫でる。
まるで父が娘を気遣い、優しくその髪を撫で付けるような掌の温もりに、陸奥は顔を上げた。
「大分冷えて来ました・・・明日のことも在る。そろそろ部屋に戻りましょう」
「提督・・・一つだけお願いがあるの」
「なんです?」
大川は正対する陸奥を見つめる。
身長差はそれほど大きくは無いが、すこし見上げる位置にある大川の瞳を見つめる陸奥。
陸奥は何度もためらいの仕草を見せたが、意を決するように切ない目線を大川に向けた。
「今だけで良いの・・・お願い、抱きしめて・・」
陸奥の懇願に大川は優しく彼女を抱きしめる。
陸奥はその腕に包まれながらうっすらと目尻に雫を浮かべた。
心の中にある思いを沈めるために、ずっと抱き続けた残り火の様な仄かな温もりを消してゆく一抹の寂しさのように、彼女は大川の温もりの中で瞳を閉じた。
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- 6 : 2016/12/12(月) 21:21:19 :
- その日は空気も澄み渡り、外洋は何処までも深い蒼を湛えている。
沖合いに発生していた低気圧のせいだろう。
海原は若干高波気味ではあったが、大川や長井の乗る護衛艦にはなんら影響を与えるものでは無かった。
護衛空母『かが』の艦橋に立つ大川の目には期待と緊張が共存している光があった。
先程長井よりネット電話で艦娘の金剛の調整が若干遅れている旨の報告があったが、程なくして終了したらしい。
彼は外の空気を吸おうと艦橋から側面のタラップへと出た。
空の蒼さも際立ち、吹き抜ける風の音だけが耳を轟々と打ち着けている。
上空を旋回する米軍の早期警戒機、目標付近に待機している米駆逐艦、はるか衛星軌道上にある軍事衛星をフルリンクして行われる今日の演習は、戦艦娘の長距離砲撃能力を試すための物。
『統合戦術情報共有高速ネットワーク計画』の本格運用試験。
その肝となる予備電算機。
正に『頭脳』と呼ぶに相応しいほどの計算能力は、遺伝子工学が生み出した。『脳』そのものだった。
艦娘の皮膚細胞から生体幹細胞を作り出し、遺伝子操作によってもう一つの『脳』を作り出す。
もちろんその『脳』には自我は存在せず、HL計画で培われたデータを元に、演算に特化させるため脳全体の容量拡大、神経伝達シナプスの増加を行う事によって通常の人間の10倍以上の神経伝達速度を実現、それを演算に利用し、各種艦艇、早期警戒機や軍事衛星から送られる様々なデータの高速処理、それに伴う弾道計算、目標物の未来位置予測などを艦娘に代わって行う。
艦娘の負担を減らし、長距離砲撃における目標への命中率の向上を目指して計画された、それが艦娘用高速通信ネットワークだった。
艤装の調整を終え、戦艦娘の陸奥と金剛が洋上に出た。
駆逐艦娘や、軽巡洋艦娘などは念のために周囲警戒をしている。
翔鶴、瑞鶴が直掩機を飛ばし制空権の確保を行っている。
物々しいまでの警備体制だが、いつ何時何が起こるかわからない。
ましてや先日、深海棲艦と戦闘再開の報も飛び込んできた。
当初山瀬に『あまりに厳重すぎやしないか?』と聞いてみたが
『海軍は本計画に並々ならぬ期待を寄せている為、これでも警備としては薄いくらいだ』との回答だった。
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- 7 : 2016/12/12(月) 21:22:07 :
護衛艦『こんごう』の艦上で艦娘の『金剛』の背中を見送る長井は、今朝の冷たい風に何かの不安感を感じて居た。
それは今日のトライアルのことばかりではなく、昨日の夜にネット電話で大川と話したことだけでもない。
えもいわれぬ胸の奥の、胸全体を覆うこのモヤモヤした鈍痛・・・・
予感なのだろうか?それとも・・・
「いよいよですね・・・金剛さんの艤装の調整にすこし梃子摺っちゃいましたけど、今は完璧です。トライアルが楽しみですね」
「え?・・・あ、ああそうですね・・・私も楽しみです・・・」
後ろから突然夕張に声を掛けられ、外洋の深く蒼い海に眼を奪われていた長井はドギマギしながら答える。
先程から思う不安感に、救いを海原に求めたのか・・・夕張が声を掛けるまで全く何も判らなかった。
ただ金剛が笑顔で手を振る後姿を見つめ、すこし波が高い海原に視線を集中していた。
「・・・どうしました?なんだか顔色が・・・」
「え!そうですか?昨日はよく眠れたはずなんだけど・・・」
「長井さん・・・考えすぎですよ。上手く行きますって・・・トライアル」
「ええ・・・そうだといいんですけど・・・・」
親指を立て、笑顔を送る夕張に口元を緩め微笑を作る長井。
しかしその瞳はいつもの明るさを放つことなく、彼女の綺麗な虹彩を曇らせていた
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- 8 : 2017/01/03(火) 20:44:17 :
トライアルは順調だった。
予備電算ユニットを搭載し、高速通信システムを使った長距離砲撃はその精度の高さに関係者一同が驚くほどだった。
2万メートルの命中率は7割を超え、金剛には最大射程(その砲が砲弾を飛ばせる最長距離のこと。届くというだけで命中精度はがた落ちである。因みに当てることの出来る最大距離は『有効射程距離』となる)となる3万メートルの砲撃でもその命中率は5割と破格の命中精度だった。
陸奥にいたっては最大射程距離の3万8千メートルで命中率5割という結果となった。
データ転送やネットワークの構築に関しても問題は見当たらず、レーダーやソナー、監視カメラや軍事衛星からの情報、その共有は非常に有効に働いた。
トライアルも終盤に近づき、この計画に関わった人たちが安堵の表情を浮かべ始め、協力してくれている米軍からこの装備品の供与の話が出始めた頃、長井は護衛艦の艦橋から連続で砲撃を行う金剛、陸奥の背中を見つめていた。
今朝からどうも胸騒ぎがする。
彼女は各種のデータウィンドウが並ぶノートパソコンの画面をチェックしながら思っていた。
海を眺めていても、潮風を感じていても、なぜかそれが騒がしく感じる。
遠い昔に味わったような感覚・・・。
言葉に出来ない胸の中のモヤモヤを抱えたまま、彼女はノートパソコンの画面からはるか沖合いの水平線へと視線を移した。
その視線は遠く水平線の彼方・・・雲をつきぬけ、海原を滑るように駆け抜けたその先、不気味に笑う怪しい光を放つ瞳にぶち当たる。
嘲うかのようなその瞳にはまるでこの世の全てを飲み込まんとするような邪悪な光が揺れる。
突然脳裏に浮かんだその禍々しいまでの光は、長井の背筋に悪寒を走らせるだけの闇を映し出すも、しかし彼女にはどこかで見覚えのあるその瞳から視線をそらすことが出来なかった。
「・・・長井さん?」
突然夕張に声を掛けられ、長井はハッと我に返った。
人が多く詰めている艦橋内、外よりも遥かに人いきれのする環境だが、空調が聞いているのでそこまで過ごしにくい所ではない。
それにも関わらず額や首筋にじっとりと嫌な汗をかいていた。
長井はポケットからハンドタオルを取り出すと湿った首筋や額にあてがう。
ずれたメガネを指で押し上げ、パソコンの画面に視線を戻しながら溜め息を吐いた。
先程脳裏に感じたあの瞳・・・私は知っている。
彼女の胸騒ぎは今や根拠の見出せない予見へと姿を変える。
その間にも金剛と陸奥の砲撃は続いていた。
夕張は長井の傍らで同じくトライアルの様子と、次々に送られてくるデータを自分のノートPC上で確認していた。
先程から長井の落ち着かない様子にそこはかとない何かを感じる夕張。
長井に声をかけ、一旦外の空気を吸いに行こうと思いついた時、なんだか艦橋内の空気がピリッとした緊張に包まれつつある事に気が付いた。
米軍早期警戒機が奇妙な通信を日本艦隊宛てに送って寄し、それが護衛艦『こんごう』の艦橋をざわつかせていた。
レーダー手も本艦のレーダー画面を確認するも、どうやら自前のレーダーには映っていないらしい。
「米早期警戒機より入電、本艦9時方向、距離約4万メートル、未確認の艦艇多数。IFF(identification friend or foe、敵味方識別装置の事)に反応なし、深海棲艦の艦隊と思われる不明艦が本艦隊に接近中、各艦にデータ転送、トライアル中止、総員対空対艦戦闘用意」
『こんごう』艦内にベルの音が響き渡ると各員が一斉に動き出すのが判る。
大柄の男達がバタバタと動き出す中、一人の隊員が長井に救命胴衣とヘルメットを渡した。
その隊員に促されるまま長井は戦闘指揮所へと移動する。
これから実戦となった場合、陸奥と金剛の火力は必要になる。
戦闘中、不意のトラブル等に即座に対応するための処置だった。
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- 9 : 2017/01/03(火) 20:44:52 :
- 各艦艇が一斉に戦闘態勢に入る。
護衛空母『かが』を中心とした輪形陣を形成し、各艦はVLS(ミサイル垂直発射装置)内の装甲貫通性能を向上させた新型ミサイル、アスロックⅢの発射シークエンスに移行する。
しかし如何せん相手がレーダーに捕捉できず、戦闘指揮所は焦燥感に包まれていた。
国連海軍側も前回の戦闘終了から決して開発を怠っていたわけではないのだが、どんなにレーダーの性能を上げても、対象物が小さいことと、深海棲艦側にも独特のステルスシステムがあるらしく、艦娘の持つ索敵能力と有視界戦闘をフルに活用せざるを得ず、いたちごっこを繰り返していた。
『米早期警戒機から入電、現在軽巡『長良』を旗艦とする第11戦隊が敵艦隊を迎撃中、あと40秒で金剛、陸奥の射程距離に入ります』
「第11戦隊を後退させろ、長距離砲撃準備、データリンク開始」
護衛空母『かが』の戦闘指揮所では山瀬が所狭しと並べられたモニターを睨み、艦長が各担当者に指示を与えている。
大川は山瀬の横で同じく自らのノートPCの画面を凝視していた。
戦闘指揮所は殺気立つ事もなく淡々と状況を確認しながら米軍から送られてくるデータを解析、処理していく。
戦闘指揮ともなれば普通怒号が飛び交うような場面を想像しがちだが、実際の戦闘ともなれば常に冷静に、訓練どおりの対処を要求される。
プロの戦闘集団ともなればなおさらの事だった。
『諸元データ転送完了、第11戦隊、後退を始めました。誤差修正、左へ三(さん)、上げ二(ふた)』
『修正完了、砲撃用意よし』
『敵艦影をレーダーで捕捉、アスロックⅢ、発射体制に入ります』
報告が相次ぎ、山瀬が黙って頷く。
戦闘開始の合図だ。
その様子を見て艦長が命令を下した。
「砲撃開始と同時にアスロックⅢ発射、翔鶴、瑞鶴の艦爆隊に発艦準備をさせろ。敵艦載機は?」
『早期警戒機からの連絡は在りません。対空レーダー反応なし。翔鶴、瑞鶴が艦爆隊を発艦準備中です』
戦闘指揮所に緊張が走る。
大川は山瀬に一言断ると、周りが閉鎖されモニターが乱立する戦闘指揮所から金剛と陸奥の様子が見やすい艦橋へと移った。
戦闘指揮所は文字通り各種データを集中させ戦闘状況の解析や各部署への命令、攻撃指示を行う場所だ。
艦橋の下の閉鎖されている空間に在り安全性も高いのだが、人の密度と緊張感が渦巻く狭い空間が昔から大川の肌に合わなかった。
艦橋に移れば危険性も増すが砲撃性能もその目で見たいという気持ちもあり、それを理由に体良く抜け出した来たというのが本音だった。
「よし・・・金剛、陸奥、撃ち方はじめ!」
『撃ち方はじめ!』
戦闘指揮所から指示が飛ぶ。
護衛空母『かが』の艦橋にいる大川の目の前で、護衛艦『こんごう』の戦闘指揮所のモニター越しに見る長井の目の前で、金剛、陸奥の主砲が轟音と共に火を噴く。
『各艦、目標に向けアスロックⅢ発射、翔鶴、瑞鶴は艦爆隊を発艦始め!』
各護衛艦の戦闘指揮所に『かが』から通信が入る。
海原に輪形陣を組む各艦のVLSやミサイル発射管から一斉に炎を吹き上げながらアスロックⅢが弧を描く煙を棚引かせながら飛翔してゆく。
各艦の間に深海棲艦からの砲撃が着弾し、幾つもの巨大な水柱が乱立する。
そのうち何本かの水柱が米駆逐艦、日本の護衛艦を飲み込み、その姿を掻き消してゆく。
大川は『かが』の艦橋からその光景を眺め、轟音が空気そのものを震わせるすべてを体で感じながら『こんごう』に乗る長井の身を案じていた。
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- 10 : 2017/01/12(木) 22:38:02 :
金剛、陸奥の放つ砲弾が次々と敵に突き刺さった。
あるものは形を残すことなく粉々に吹き飛び、あるものは大ダメージを受け、最早片舷が水に浸かり、大傾斜を起こしている。
海上には幾つもの深海棲艦の破片が散らばり、国防海軍、米海軍にも多少の被害は出たものの、艦娘の活躍でその被害も最小限で済んでいた。
長距離砲撃で撃ち漏らした敵に対し、軽巡を旗艦とする第11、12戦隊が追撃、海域内に居るほぼ全ての深海棲艦を掃討していた。
相手の艦隊に空母の姿もなく、このまま翔鶴瑞鶴の艦爆、艦攻隊と長距離砲撃だけで決着しそうな雰囲気だった。
大川は戦闘の経過を見ながら安堵の表情を浮かべる。
相手の砲撃も数が減り、輪形陣も乱れることなく維持され、戦闘指揮所の話では敵はほぼ壊滅状態だと言うことらしい。
目の前を航行している護衛艦『こんごう』も至近弾こそあったものの、ほぼ無傷。
先程長井に連絡した時は『大丈夫です』と元気な声を出していた。
そう思って陸奥たちの砲撃を眺めていた時--------
突然輪形陣内に幾つもの水柱が上がる。
轟音と共に上がる巨大な水しぶきが護衛空母『かが』の艦橋のガラスにたたきつけられ、視界が遮られる。
艦橋の外で見張りをしていた見張り員は正面から水を浴び、艦橋にたたきつけられながら水浸しになっている。
突然沸き起こった至近弾に艦は大きく揺らされ、事態を飲み込めていない隊員は何かに掴まったまま動けなくなっていた。
明らかに今まで居た敵艦隊の方角ではない所から飛んできたと思われる砲弾に大川は慌てて反対舷を振り返る。
それと同時に艦載機によるものと思われる爆弾の投下、また雷跡を目視する。
艦橋に居る見張員と大川は顔が青ざめる。
すでに輪形陣は崩れ、煙を上げる艦の数が目立つ。
浮いていられる艦はまだいいほうで、後方ではすでに半分以上沈んでしまっている艦もある。
「山瀬!!敵艦載機だ!取り舵一杯!前進強速!!」
大川はとっさに艦内電話の受話器を取ると、戦闘指揮所に向かって叫んだ。
かつての激戦を戦った男だけに、こういう状態になれば計らずとも体が勝手に反応してしまう。
ましてや司令官とはいえ戦闘指揮所にいるのはかつての部下、環境は整ってしまっていた。
艦橋の見張り員は何事かと驚いていたが、命令の的確さに顔が引き締まり、自身も即座に持ち場に戻る。
『取り舵一杯!前進強速!!』
山瀬が受話器の向こうで返答もせずに叫んでいる。
その更に向こうで復唱が続く。
山瀬にしてもこの阿吽の呼吸で動くあたりはやはりかつての上司と部下の関係、しかも現役時代は名コンビとまで言われたほどのチームワークだっただけに
なんら異議も疑問も差し挟む事もなく大川を信じきっていた。
艦は一気に左に向きを変え、艦に続く航跡の色も白味を増す。
スクリューが勢い良く回転し、海を蹴立てているのだろう。
「翔鶴瑞鶴の直掩機はどうした!?現海域を離脱後『かが』の戦闘機隊の発艦準備!ファンクラス迎撃開始!急げ!」
大川は受話器をそのままに山瀬に叫ぶ。
戦闘指揮所内では大川の命令そのままに山瀬が声を上げていた。
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- 11 : 2017/01/12(木) 22:40:27 :
- 突然始った戦闘に慌てる事も無く『こんごう』の戦闘指揮所からその行方を見守っていた。
各種データが表示されるノートPCから目を離すことなく、砲撃の精度を確認していた。
命中率はトライアルの際と同様高い数値を示し、相手の艦隊がいとも簡単に撃破されてゆく様をただ見つめていた。
自分には記憶は無いが、かつて自分の乗っていたフェリーを沈め、家族の命を奪った。
自分も瀕死の重傷を負い、命からがら助かった。
今の仕事をしているのも、国を守るためという大義名分を翳しながら、どこかで自分の家族の仇を討ちたかったのかもしれない。
だからこんなに冷静に深海棲艦が撃破される様を見続けられるのだろう。
そもそも深海棲艦の生態も、行動原理も、その独自のステルス性能についても、生き物なのかどうなのかもわかっていない。
ただ判っているのは、我々人類を敵対し、攻撃し、滅ぼさんとしているという事だけ。
『人間ハ・・・ニンゲンハ言ワバ病原菌ダ・・・大地ヲ犯し、資源ト称シソノ命ヲ吸い上ゲ・・・様々ナ命を奪イ・・コノ星のシステムそノもノヲ壊ソウトシテイル・・・』
頭の中に誰の言葉かわからない、片言とも言えない、言葉として発されたのかも判らない言葉が響く。
滴る血、見開かれた嘲うような蒼白い瞳、薄ら哂う口元・・・・。
戦闘開始前に感じた、水平線の向こうに感じた瞳と同じ。
背筋に悪寒が走る。
ずっと誰かに見られているような感覚。
知っている・・・知っている・・・。
長井は両肩を抱きしめるように悪寒に耐える。
しかし次の瞬間、夕張の制止も聞かず艦橋へと飛び出していった。
艦橋へと飛び出した長井は砲撃中の陸奥を見やる。
違う・・・そっちじゃない!
心の中で叫ぶ。
長井は甲板に向かって艦橋横のタラップを駆け下り、甲板上に設置されている主砲の脇に出た。
途中隊員の制止を振りきり、彼女は砲撃する二人の反対舷を見つめる。
そこには輪形陣の中心に居る『かが』が見えた。
しかし次の瞬間、突然目の前に膨大な水柱が轟音と共に聳え立った。
大量の水を空に向かって放り投げるその質量と威力は全てを引き裂かんとするだけの悪意を孕み、風に乗った海水は風下の『こんごう』へと降り注ぐ。
頭の上からスコールよりも大量の海水を被り、文字通りずぶ濡れになりながらも尚その場に立ち続ける長井の目線には、急降下に転じる敵艦載機の姿が映る。
それは『かが』を目標とし、正に急激な角度で突入しているというよりも『落下』しているといえるほどの進入角度で上空から殺到していた。
『かが』は急転舵し、艦体を傾けながら速度を上げる。
投下された爆弾は『かが』を掠め海上に落ち、また巨大な水柱へと姿を変えた。
遅ればせながら『こんごう』その他の戦闘艦艇から対空砲火が火を噴き、艦載機の後を曳航弾の赤い筋が追いかける。
蒼い空に描かれた赤い弧は艦載機に当たることなく遠く景色に溶け込んで行く。
長井は目の前で起きている事を、まるで映画やドラマを見るような、遠い世界の非現実的な映像を見ている錯覚に陥っていた。
もし今、敵艦載機が投下する爆弾が自分の近くに落ちれば確実に命はなくなるだろう。
至近弾であったとしても破片が飛んできて無傷では済まない。
砲撃でも機銃掃射でも命は落とす。
でも彼女にはまるで実感がわかなかった。
自分には砲弾も機銃弾も爆弾も当らない。
根拠は無いが、漠然とそう思っていた。
いや、正確には当らないという考えではなく、目の前に直面している『死』と呼ばれる現実の中に自分が置かれているということが理解出来ていなかったのかもしれない。
軍需産業に勤め、自分は敵を倒す兵器を作っていても、いざ実際にそれらが自分を襲う恐怖となり、その現実を受け止められない自分が居る。
トライアルと実戦の違いだけで説明出来ない現実が目の前にある。
彼女は自分が今何をしていて、今何処に居るのかすら考え付く事が出来なかった。
「長井さん!現海域を離れます!!CIC(戦闘指揮所)に戻ってください!」
夕張が声を掛けるまで、彼女はただ目の前に水柱が乱立し、その中を縫って進む艦艇を見つめていた。
-
- 12 : 2017/01/13(金) 20:05:55 :
- 敵の第一波が度等の如く押し寄せた。
幾つもの水柱が乱立し、国防海軍に合流した米駆逐艦も護衛艦ともども何隻かが海底に没した。
現在は脱出した隊員の救出作業が開始され、各艦艇は被害箇所の確認と復旧が成されている。
護衛空母『かが』では戦闘機の発艦準備がなされようとしていたが、元々トライアルを主目的にしていたので艦載機は殆ど搭載していなかった。
「二個飛行小隊(6機)しかないのか・・・」
「翔鶴、瑞鶴の直掩機で何とか凌ぎましたが、それも大分落とされました」
「敵の勢力は?」
「駆逐ハ級ニ級があわせて20、軽巡へ級、ト級12、重巡り級5、戦艦ル級2、タ級2、レ級1、軽空母ヌ級3、正規空母ヲ級2です」
「大してこちらが国防海軍、米海軍、艦娘あわせても約半分・・・まぁ結構苦しいね」
戦況が落ち着き、戦闘指揮所から出た山瀬は廊下で大川と立ち話よろしく小声で会話をしていた。
通り過ぎる隊員は民間人と司令官が廊下でこそこそ話している図を見て何事かと目を丸くしていたが、山瀬の一睨みでその場を早足で退散して行く。
「航空兵力は半分以下だもんね・・・どうしたもんかな」
「現在呉鎮守府から増援部隊がこちらに向かっているそうですが・・・分が悪すぎます」
そういえばさ・・・と大川が前置きする。
悪巧み前の子供のような顔を見て山瀬は悪い予感が脳裏を過ぎった。
「さっき格納庫見たときに面白い骨董品があったな?」
「ああ・・・F-35EJV改ですか?」
面白がっている大川の言葉に山瀬は怪訝そうな表情を隠そうとはしない。
「あれ飛ぶの?」
「一応飛ぶはずですが・・・まさか飛ばす気じゃないでしょうね?」
「さっきの戦闘で操縦士が負傷して何機かは飛べないんだろう?」
悪戯っぽいにやけ顔を山瀬に向ける大川。
その表情は山瀬の背筋に悪寒を走らせるには十分たる威力を出している。
「やめてくださいよ?あの戦闘機は遠野さんが大事にしているんですから・・・」
「え?あの整備ヲタクのじっさままだ現役なの?」
「現役も何も・・・貴方がF3墜としちゃったから・・・遠野さん、定年終わったのに再雇用までしてもらって元貴方の乗機であるあの機体を動体保存しているんですよ」
「はぁ~・・頭が下がるわ・・・後で顔出しとかにゃぁ・・・」
大川が頭をかいているその時、第二波の到来を告げるサイレンが鳴った。
「貴方の装備、操縦士待機室の『開かずのロッカー』に保存されてます。私は許可しませんよ!しませんからね!」
真剣な表情で大川に向き直ると、山瀬は小さなキーを差し出した。
「あいよ・・・俺は民間人だから軍の装備なんて扱えません」
そういうと山瀬から鍵を受け取った。
「今度は・・・落とされないで下さいね。てか本当に飛べるんですか?」
「はぁ?俺を誰だと思ってるんだ?」
大川は戦闘指揮所に戻ろうとする山瀬に向かって口を尖らせると、一旦言葉を切る。
「・・・大川さんだぞ!?」
ニヤリと笑いながら上着を左右に開くと、その場の空気が凍りつくのがわかった。
山瀬は苦笑いを答えにすると、戦闘指揮所へと消えていった。
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- 13 : 2017/01/29(日) 19:36:53 :
「見慣れねぇ顔だな・・・新入りか?」
轟音が響きわたる格納庫内で整備の神様と呼ばれた遠野が、背中越しに歩いてくる操縦士に声を掛けた。
ずんぐりむっくりとした体躯で脚立の頂点にすわり、一心に機体をなにやら弄っている。
顔に深く刻まれた皺は、長い年月を整備に捧げてきた年輪を感じさせた。
「お久しぶりです。大川です」
背筋を伸ばし、ピシッと踵をそろえると脇をしめ、掌をやや内側向きにする海軍式の敬礼をする。
それまでF-35EJV改と向き合っていた視線をちらりと声の主に向けた。
「・・・俺の知っている大川って奴はおめぇ見たいな優男じゃねぇぜ?飛ばせんのか?そんなんで・・・」
「相変わらず手厳しいっすね。大丈夫ですよ」
機体に向き直り、黙々と手を動かす遠野の背中に頭を掻きながらぼやきを投げかける大川。
整備ハッチを閉めると、腰に下げていた手ぬぐいで手の油をふき取り大川に歩み寄る。
「山瀬から聞いたぞ。・・・飛ばすのか?」
「飛ぶんでしょ?それ。なら飛ばします」
「援軍がおっつけ来る。待てねぇのか?」
「ステルス性とか関係ないんで、詰めるだけ対艦ミサイル積んでください。パイロン使ってもいいんで」
「本当に大丈夫か?」
決して信じてないわけではないのだろう。
しかし久しぶりに会った大川はあまりにもビジネスマン然としていて、頼りない。
長い年月、様々な操縦士を見、また様々な機体の整備を行ってきた遠野からみて、それはあまりにも操縦士としては頼りなさを感じてしまうのだろう。
無理も無いことだった。
そんな遠野を素通りし、操縦席に掛けられているタラップを上り、操縦席に座る大川。
久しぶりに座るF-35のコックピットをくまなく見渡し、大きく呼吸をするとシートベルトを掛け始める。
続けてタラップを上がってきた遠野の心配する顔を見ることも無く各計器をチェックし、エンジンの始動準備に掛かる。
遠野は諦めてシートベルトの装着を手伝った。
-
- 14 : 2017/01/29(日) 19:38:38 :
- 翼の下にパイロンが装着されると、対艦ミサイルが数本取り付けられる。
電源車とコンプレッサーが機体に近づいてきた。
「・・・このままじゃ援軍来る前に全滅するかもしれないですね。どうせ死ぬならなんかやってからの方が良い」
大川が呟く。
シートベルトの装着が終わった遠野がおもむろに機体の注意事項を語りだした。
「・・・・セッティングはあの時のままだ。HL計画だかなんだか知らねぇが、本当にお前が俺の知ってる大川なら飛ばせるだろう。F-35(コイツ)はもうこの機体しか残ってねぇんだ・・・傷一つ付けずに帰って来い。良いな」
専用ヘルメットを渡しながら大川に呟く遠野。
手渡されたヘルメットを見つめる大川。
「相変わらず心配性っすね。出撃する時はいつもそうやって言われてましたっけ。『整備が面倒だから傷一つ付けずに帰って来い』ってね」
「うるせぇ、おめぇが休んでる間、こっちは死に物狂いで整備してるんだ。すこしは楽させろ」
ヘルメットを被りながら呟く大川に面と向かってごちる遠野
へいへいと大川が生返事を返すと遠野は彼のヘルメットを軽く叩いた。
「電源車接続、コンプレッサー準備。エレベーター上げろ!」
遠野の声が格納庫に響いた。
翼を折りたたまれた状態でサイドエレベーターに載せられ、そのまませり上がる。
予備電源車が機体に接続され、戦闘機に電力を供給する。
コンプレッサーが圧搾空気をジェットエンジン内に送り込み、圧縮タービンを回転させる。
エレベーターが上がりきるのと同時にエンジンは定常回転状態に達し、キーンという甲高いタービン音を奏で始めた。
大川の乗るF-35EJV改はF3が正式採用される前の日本でのライセンス生産モデルだった。
ロッキードマーチンに多額のパテント料を支払い、F3のテストも兼ねた新機軸を盛り込んだ日本初のステルス戦闘機だった。
ステルス性能はF3に若干及ばないものの、大幅な軽量化と外板材質の変更、各種補強と運動性能は元のF-35を凌駕し、新型ジェットエンジンにより単発機でも十分な速度性能と上昇能力をたたき出していた。
ドッグファイトが不向きとされていた元のF35をはるかに超えるの格闘戦性能を示し、F3が開発されるまで日本の空や艦上機での主役だった。
F35を乗せたエレベーターが上がりきると、大川の瞳に鮮烈な映像が刻まれた。
艦載機が行き交う空、わきあがる幾つもの水柱、砲撃を食らったのか、魚雷があたったのか・・・傾斜しながらも尚前進を続ける米駆逐艦。
幾つもの艦艇が煙を上げ、無事な艦は数えるほどしかなかった。
通常で在ればこの状況で艦載機を発艦させること事態が危ぶまれる状態にも関わらず、それでも飛ぼうとしている自分は頭がどうかしているんだな・・・
大川は操縦席内でぽつんと呟いた。
艦娘の第11戦隊は大破者続出でほぼ壊滅に近く、金剛、陸奥も被弾、中破状態。
艦娘以外の艦艇がこれだけ残っているのは奇跡に等しい。
翔鶴、瑞鶴の五航戦は中破による発着艦困難で航空兵力は皆無に等しくなってしまった。
それでも奮闘し、深海棲艦の航空兵力を漸減させる事に成功している。
艦娘達が相当頑張っているから被害がこれで済んでいるのだろうことは想像に難くなかった。
-
- 15 : 2017/01/29(日) 19:39:51 :
- 大川は酸素マスクを装着し、風防を下ろす。
誘導員の指示で機体が艦首カタパルトへと動き出した。
すでに『かが』は風上に向かって全力運転を行っており、合成風力は申し分ない。
カタパルトのシャトルが最高端まで戻り、大川は甲板誘導員の指示の元、シャトルに前輪のフックをかけた。
担当兵がシャトルにフックが掛かった事を確認すると誘導員に合図を送る。
翼を完全に展開し終わると、機体後端、ジェットノズルの後ろ側の甲板が競りあがる。
通常、カタパルトの順番を待つ機体が後ろに控えるため、発進の際の全力運転の熱を待機中の機体に当てないために遮熱板が持ち上がる。
今回は後続の機体も無いので関係ないのだが、手順の一つなので仕方なかった。
カタパルトの準備が整う。
誘導員が甲板にしゃがみ込み、発射が間近に迫っている事を告げる。
操縦席内に緊張が走る。
射出される時は自分の体重の3倍以上が一気に体にのしかかる。
幾ら軽量化されているからと言って15トン以上の機体を100m前後で離陸させるには相当の力が必要で、射出の際に下手をすると乗っている人間は気絶してしまうだろう。
しかし空母は大きさがせいぜい200m前後である事、また発艦の際にミサイルなどを満載すれば機体重量も増し、余計に大きな力が必要になってしまうことを考えれば、これ以下の力では飛び立つことはできない。
正に艦載機の宿命だった。
大川は誘導員を視野に収め、じっと水平線を見つめる。
久しぶりの発艦に緊張の色は隠せない。
操縦桿をしっかりと握りなおし、スロットルを全開にし、アフターバーナーを点火させる。
ノズルから蒼白い炎を噴出させる機体がグッと沈み込み、推力が最大限に発揮されている事を教えている。
誘導員が号令をかけた。
機体が一気に加速をはじめ、操縦席の大川はシートに押さえつけられたまま呼吸すら出来ないほどの圧力を感じる。
それはジェットコースターでも味わう事の出来ない圧力で、気が付けば一気に海上へと放り出されている。
一瞬だけ遠のいた意識を取り戻すと、後方を振り返る。
発艦直後に敵に後ろを取られて無いか確認すると、『かが』が針路変更をしているのがわかる。
すでに飛び立っている僚機に合図を送ると、上空を旋回し、一気に戦闘体制に入った。
-
- 16 : 2017/01/29(日) 19:40:43 :
上下に蒼を湛え、降り注ぐ真っ白な光の中に躍り出た瞳は、それでも尚荒い呼吸を繰り返しながら緩やかな弧を描き世界を駆け巡った。
初めて空に挑んだ時、そこには今までに感じた事の無い目眩く光と蒼の開放感に放り出された。
今でも覚えている。
僕はこの空に憧れて、空に挑み、空を守ろうとした。
そこには国を守るとか、愛する誰かを守るという意識より先に、自らの思いだけでそこに抱かれていた。
操縦訓練で我を忘れ操縦に夢中になり、後で教官に大目玉を食らった。
空に、あの澄んだ大気の層に抱かれるだけで、全てが浄化されているような気分になった。
たとえその空が、血生臭く死を司る『死神』達が飛び交う空だったとしても・・・
そして今、彼が居るこの『蒼(そら)』も、血の飛び交うものでなければ、それだけ幸せなのだろう。
今目の前にある『敵』を落とすために、H.U.Dの機銃用の照準にそれを捕らえ、トリガーを絞らんとするその瞬間も・・・・
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- 17 : 2017/01/29(日) 19:42:03 :
- 大川は瞬間的に重なる照準に敵を捕らえると、一気にトリガーを絞る。
機体下面に装着されたガンポットが火を吹き、目の前の敵艦載機が火を噴いた。
もう何機落としたのだろう?
自分でもそのスコアを忘れてしまうほどの激戦の中、何度も補給に空母に戻ってはまた飛び立つ事を繰り返した。
今の戦闘機に搭載されている機銃は連射速度が速く、100発なんてものの数秒で撃ち尽くす。
F-35にも自前の機銃は装備されているが、装弾数は少ない。
おそらく30秒ももたず撃ちつくしてしまうだろう。
大分数を減らしただろう敵艦載機は、それでも尚果敢に空戦を挑み、撃墜され海上に上がる水柱と化す。
僚機も次第にその数を減らし、今この空に居るのは何機なのだろう?
自分は今、何の為に戦っているのだろう?
そうだ、今この眼下に見える艦隊を守るために、そして護衛艦『こんごう』にの居る彼女を守るために-----
大川は大きな旋回をしながら眼下の艦影を見た。
急激な機動を繰り返すと速度はその分落ち、翼の飛び上がろうとする力、揚力は下がり、必然的に高度も下がる。
そして短時間で速度を稼ぐ一番手っ取り早い方法は急降下して稼ぐ事だ。
敵も同じ事を考えるからそれを追えばおのずと高度は下がってゆく。
眼下に広がる大海原に相変わらず水柱は上がり、緊急回避する艦艇が海面に綺麗な引き波の弧を描いていた。
彼女の乗る『こんごう』は健在だった。
大川はそれを見て安心すると、上空に目を向ける。
この空域の制空権はほぼ確保されたと言って良く、呉や硫黄島からの援軍もまもなく到着予定。
すでに先行した援軍は戦端を切っているらしい。
今この空にも第一航空戦隊の空母艦娘『赤城』『加賀』から発艦した戦闘機が所狭しと飛び回り、艦攻や艦爆を上空援護していた。
陸奥、金剛も中破状態になりながらも長距離砲撃を繰り返し、深海棲艦の艦隊に大ダメージを与えていた。
戦況はなんとか有利になってきた。
これなら無事に帰れる可能性も高い。
大川は胸を撫で下ろすとバイザーを上げ、酸素マスクを外した。
そのまま眼下の海の蒼さと、降り注ぐ空の蒼さに目を細めた。
-
- 18 : 2017/01/29(日) 19:43:21 :
『蒼(そら)』はいつだってそうだ。
何も言わず、なんの隔たりも無く全てを抱き、全てを飲み込む。
喜びも悲しみも、願いも、そして争いも。
どんなに綺麗な空を飛んでも、その美しさに息を呑んでも、どんなに凄惨な事が起きても、空はそこに在り続け、これからも普遍にそこに在り続けるのだろう。
全ての始まりも終わりも無く、これからも繰り返されるだろう全ての歴史(じかん)の中で、その蒼さは変わらないのだろう。
『旗艦『かが』より各艦に通達、現在戦闘は小康状態を保つも散発的な砲撃は続く、周囲警戒を厳となし、全力で迎撃に当たれ』
無線に入ってきた山瀬の声はすこし安堵の雰囲気を感じさせ、大川は物思いを中断した。
今だ戦場の空を飛んでいるのに、何を考えていたんだ・・・。
改めて周囲を見回し、自分に、また横を飛ぶ僚機が無事か確認すると旋回しながら海上に視線を落とした。
『こちら『こんごう』!!3時方向、レ級近づく!距離約300!!!』
通信に叫びに近い報告が飛び込んできたのは彼が海上にその異変を発見するのと同時だった。
何時かの記憶が脳裏に蘇り、心臓が早鐘を鳴らしている。
大川は酸素マスクを装着しなおし、バイザーを下げるとスロットルを前に全開に倒し、アフターバーナーを点火させながら機体を急旋回させる。
あの時守る事が出来なかった約束・・・。
猛そんな思いはしたくも無いしさせたくも無い。
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- 19 : 2017/01/29(日) 19:43:40 :
たとえ彼女が『彼女』で無かったとしても------
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- 20 : 2017/01/29(日) 19:44:00 :
今はもう会うことの出来ない、追憶の中だけの君だとしても
僕は彼女を守る。
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- 21 : 2017/01/29(日) 19:44:20 :
翼端に白い雲の線を空に刻むと、一気に海上に向けて旋回降下して行った。
-
- 22 : 2017/01/29(日) 20:25:01 :
- 新しいスレです
http://www.ssnote.net/archives/51601
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