この作品は執筆を終了しています。
熊本地震
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- 1 : 2016/06/22(水) 21:31:07 :
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どうもkmです。
一作目書いてる途中ですが..。
あの地震から二ヶ月経ちました、
平成28年熊本地震を体験してあった出来事を書きます。
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- 2 : 2016/06/22(水) 21:31:54 :
- 支援&期待
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- 3 : 2016/06/22(水) 21:44:54 :
- 小学六年生になったばかりの頃。
私のとなりの席には5年生の時の女友達がいて、
五年の時と同じ面白い先生。
何一つ変わらなくて、友達出来るかな、
うまくいくかな、なんて心配ばかり。
学校が終わって、いつもの古いアパートに帰る。
多分きっと4時30分ぐらいだろう。
宿題やって、パソコンなどをいつも通り弄って、
兄ちゃんもお母さんも帰ってきて。
夜ご飯をお母さんが作る。
私達の生活はだらしないため、8時ぐらいに食べてるときが多い。
8時にご飯を食べて、食べ終わっていつも通りパソコンを弄る。
お母さんは「ご飯を食べたら眠くなったから寝る!」と言って
ソファに寝転がる。
いつも見る家の内装、家具の位置、パソコンの画面。
それがひとつの出来事で壊れた
パソコンを弄っていると地響きがする、それに私が気づいた瞬間に
ドスンッ!、グラグラ..
下から突き上げるような揺れ。
私はマウスを握り目を見開いて5秒ぐらい固まったまま。
頭は当然からっぽ。
はっ、として地震と分かった。
私のすぐ近くに窓があったため離れた。
飼ってる犬を抱きしめ、お母さんと兄ちゃん二人と私で急いで家に出た。
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- 4 : 2016/06/22(水) 21:46:26 :
- 期待と共に支援
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- 5 : 2016/06/22(水) 21:59:12 :
- 玄関に向かう途中。
視界の隅には棚から出た割れた皿と開いた冷蔵庫。
そして倒れた洗濯機だった。
ご飯を食べてるときとはまったく違う部屋を見て
私はどこか違う世界か夢を見ているのかと思った。
三階に居るため階段を下りなければならない、その時も少し欠けている部分があった。
そしてやっと外に出るともちろん私以外にアパートに住んでいる人も大家さんも外に避難。
近所の友達の家と友達が心配になった。
でも逆に迷惑と思い行きたくても行けなかった。
お母さんが家に出る前に車の鍵をとっていたので車の中に入った。
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- 6 : 2016/06/22(水) 22:11:42 :
- そして近くに広い公園があるので
屋根の瓦が落ちてる車道を走り、そこに行った。
私たちはまだ早い方だったみたいで、
2台目だった。でもしばらくそこに居るとどんどん
人や車が入ってきて安心は少ししたものの、
やはり不安の方が多い。
2011年の東日本大震災も私は経験して、
両親が離婚して地元の熊本に来て2年後こうなった。
もの凄く不安になってしまった、ため息は尽きず。
津波来るのかな、このあとどうなるんだろう、
食料は?水は?家は?
いろんな事を想像してしまう。
多分みんなもそうだと思う。
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- 7 : 2016/06/22(水) 23:05:15 :
- 食料の問題は一番に解決した、すぐコンビニに向かい
おにぎりやカップラーメン、パン、水をお兄ちゃんが沢山
買ってきて安心。
家が古いので余震で崩れないか、電柱が落ちてこないか
不安だったけど、無くしたいため無理やり寝ようとした。
軽自動車で4人乗りの小さい車に私含め四人。
相当きつかった。足を伸ばせない辛さ、
慣れない環境、不安。
眠れそうだったのに余震の警報で起きてしまったり、色々
大変だったがなんとか寝れて、5時に起きた。
3時ぐらいに寝たので、2時間だけ。
でも夜更かしをしている私には余裕でした。←慣れてる
そのあと起きてパンをひとつ食べて様子を見たまんま。
7時ぐらいにはもう皆起きていて、
一度家に戻ろうか、となった。
戻ってみると余震でさらにひどくなったのか、お風呂、トイレの壁にあるタイルが5枚はがれていて、割れてる皿は増えてる気がする。
もちろん靴のままあがった。
ほこりがすごかったし、一番ビックリしたのは天井だった。
木の板が6枚ぐらい横に並べてある天井が、
ずれて中身丸見え。となりの部屋は外れはしなかったけど
中身は見えていた。
そして掃除を始めて、やっと安心できるように。
パソコンを起動してTwitterでフォロワーが心配してるだろうと思い
生きてます!と呟いた。
フォロワーの中に2人ぐらい熊本県民が居ました。
画面の向こうの相手が自分と同じ状況になってるんだ、と
思うと不思議な気持ちでした。
その後大きい地震が来てもいいように大切なものや持っていくもの、懐中電灯をバックに入れていつでも持っていっていいようにしてた。
そしてご飯を食べて安心して、寝れる内に寝といた。
そして私は1時10分ぐらいに起きた。
お母さんは心配で眠れなかった、理由を聞くと
「もう一回これより大きい地震が来そうな気がするから」
と言いました。苦笑した後暑かったので、
上の服を脱いで薄い長袖になり床に服を置いた瞬間。
あの時と同じような地響きが、..
ゴゴ..グラグラ...ガタガタ、グラングラン、ガタガタガタガタガタガタッ
二回目はすぐ判断できました。
地震だ、って。
地響きが鳴った3秒後、たてにもよこにも揺れた。
犬はこっちに急いで逃げてきて私が犬を抱きしめすぐそばにあった
毛布を被った。お母さんは私をかばった。
毛布を被っていたのでもちろんなにも見えなかった。
けど停電したのが分かって、天井はもちろん外れたんだろう。
棚はもっとひどくなっているだろう。
お母さん、兄ちゃんのパソコンも倒れてる。
そこまで察した。
グラグラグラ、ガシャン、ガタガタガタガタ。
とにかくうるさくて耳を塞ぎたかった。
もう家も崩れて私達も死ぬだろうと思ったが
強い揺れは収まったがまだ小さく揺れている、
運が良いことに一階二階三階も潰れなかった。
一番上の兄はバイト中だったから心配だった。
真ん中の兄ちゃん
「早く外出ないと!また強い揺れきたらどうすんの!」
と言うがお母さんは焦りまくって、
「完全に揺れが収まるまで出ない方が..」
とお母さんは言うが兄ちゃんは出た方がいい、と言う。
お母さんは出ることにして、私も出る準備をした。
この時のために準備しといた大切なものを入れたバックを持った。
が、お母さんが何故か必死に車の鍵を探していて、
私も焦った。
車の中入れなかったら寒い外に居たまま..?と思い
一緒に探すが兄ちゃんは「早く!!」と言う。
車の鍵を探すのを諦め外に出た。
外は全体的に真っ暗だ。階段を気を付けながら早く降りる。
自転車が倒れるのが見え通り越した。
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- 8 : 2016/06/22(水) 23:20:44 :
- 降りる途中、階段がある壁はおもいっきり亀裂が入ってたり、
ポストは落ちていて壁は二つに割れて外が見えた。
さっきの地震でこうなんだから、
また同じぐらいの地震が来たら今度こそ崩れると思った。
外に出ると小学3年生の子が泣いていた。
「揺れが大きかった」「生きて帰れるのかな」
なんて言葉に私も泣きそうだったが、慰めて
3年生の子が寒そうだったので上から羽織るのをかけた。
その子のお母さんが「いったぁ..」と言いながらこっちに来た、
よく見るとその人は欠けたのが頭に当たったのか、
焦って壁に頭をぶつけたのか分からないが、
頭から血を流していて「うそ...」と声が出てしまった。
頭から血を流すなんて一度も見たことないから
ただただ吃驚した。
また3.11を思いだし本当に泣きそうになった。
なんでこんな目に会わなきゃいけないの。
と何回も頭の中で繰り返して思う。
強がりの私でも流石に心が折れそうだった。
するとお母さんがバックの中に入れていた懐中電灯を取りだし、
「車の鍵取ってくる」と言った。
心が折れそうな私は不安で不安で仕方がなかった。
でも車の鍵がないと車に入れないし寒い。
だから止めずに行かせた。
幸いにもお母さんが戻ってる間余震は無く、
無事帰ってきて安心した。
車の中に入れてほっとした。
でも本当にこれからどうしよう、と思った。
こんなに揺れたなら停電はもちろん、断水も。
真っ暗で少ししか見えないがきっと屋根は相当落ちてる、
その車道を走ってパンクしたら?と思うと嫌になる。
でも食料、水は絶対に必要。
だからまたコンビニに言って食料、水を買って
しばらく駐車場にとまってた。
スマホでワンセグをつけて見てみるともちろん
ニュースがあり、震度7、熊本地震という単語が聞こえる。
正直言って聞きたくなかった。
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- 9 : 2016/06/22(水) 23:28:53 :
- でもゲームは暇。
だからテレビを見るしかなかった。
死者は5人ぐらい出ていた。
運が悪かったら私はこの車に居なくて、
死者の中の一人に入ってたのかな、なんて
思ってしまう。
私は地震前からネガティブで、カウンセリングを受けていた。
だからネガティブ思考がどんどん頭のなかでぐるぐると。
もう寝たかった。不安を消したくて消したくてたまらなかった。
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- 10 : 2016/06/23(木) 01:12:09 :
- でも寝れない、きつくて辛かった。
その後のことはあまり覚えてないです。
お母さんのお姉ちゃんが住んでるマンションに行き、
駐車場の後ろの方が空いてたのでそこに止めることに。
その時はもう電気が使えたからごはんを炊いておにぎりを何個か作って、アイスや水、苺とかくれて物凄く感謝した。
10回以上お礼言いたいです。
車のなかを椅子を倒したりして広くして寝たりしました。
あまり私は眠れませんでしたが。
その後急いで引っ越し先を決めて、
私を除いた3人で命懸けで家具(ソファ、棚以外)を運んで、
ソファや棚は運んでもらうよう頼みました。
引っ越し先に家具を運び断水は直り学校は再開し、皆無事で今に至ります。
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- 11 : 2016/06/23(木) 01:20:05 :
- 車中泊などしている時に一番思ったことはやっぱり、
普通に生きていること、退屈と感じるという事が
どれだけ幸せなのか、と思いました。
なにも起こらなくていい、刺激的な事は起こらなくていい、
退屈なままでいい。
生きているという事が一番素晴らしいことで、
どこかで地震が起こった、とニュースで聞いても
他人事の自分を叱りたかったです。
自分が他人事と感じて地震が起こってるなんて忘れてる間に
こんな事が起きてるんだ、って。
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- 12 : 2016/06/23(木) 01:30:05 :
- きっと、他の県の方も、友達が熊本にいない限りあせる人はいないでしょう。
ええ!?震度7の地震があったの!?ぐらいしか
思ってない人もいると思います。
私が違う県に住んでたらそうなってると思います。
そしてすぐ忘れると思います。
でも地震があった事を忘れていっている間に熊本では
人が亡くなり、今も避難している人はいるんだ、って
何を言いたいか分からなくなってきたので、..((
これで終わります、読んでくださりありがとうございました。
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