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奇跡の三重奏 ~進撃の巨人パロ~

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  1. 1 : : 2016/05/04(水) 14:54:43
    皆さんどうもこんにちは、進撃のMGSです。

    今回はエレン、ミカサ、アルミンの三人で、音楽モノのパロディを書いてみたいと思います。





    ~登場人物~



    エレン・イェーガー・・・・・・・・・・・・「チェロの神様」の異名を取るチェリスト。

    ミカサ・アッカーマン・・・・・・・・・・・・男勝りな性格と貴族的なヴァイオリンの音色から「ヴァイオリンの貴公子」の異名を取るヴァイオリニスト。

    アルミン・アルレルト・・・・・・・・・・・・色気と詩情に溢れたピアノで、「ピアノの詩人」と評されるピアニスト。



  2. 2 : : 2016/05/04(水) 15:00:39















    1958年
    プエルトリコ


    俺はひとり、自宅の窓辺に座り、歌うようにそよぐ風に想いを寄せていた。






  3. 3 : : 2016/05/04(水) 15:01:51






    カリブ海に浮かぶ島であるプエルトリコは、熱帯の気候に属しており、比較的過ごしやすい。
    これは、いよいよ老年期を迎えたエレンにとっては好都合で、今でも活発に活動を続ける彼にとっては絶好の癒しの場であった。


    南国の太陽は部屋の中まで明るく照らし出し、エレンを優しく包み込んでいる。







    エレンの部屋には、幾重にも楽譜が重なっていた。
    それはそのまま、チェリストとしてのエレンの歩みを体現するものばかり。



    バッハの無伴奏チェロ。
    ベートーヴェンのチェロ・ソナタ。
    ドヴォルザークのチェロ協奏曲。

    他にもたくさんの楽譜が、エレンの書斎にある机の上に積まれていた。
    これらは全て、エレンの手の内に入った大切なレパートリーであり、「チェロの神様」という大仰な異名を取ったエレンにとって、宝物のようなものであった。









    それらが雑然と積まれているエレンの書斎の中央には、ピアノが一台と、椅子が三脚、置いてあった。
    そのうちの二脚とピアノは、埃をかぶっていてもう何年もその場から動いていない。





  4. 4 : : 2016/05/04(水) 15:03:23







    「さて、今日も練習だな。」





    俺は老骨に鞭をうって、皺だらけになってしまった左手でチェロを握る。
    三脚のうちの一脚に腰を下ろし、弦に弓を当てて、音色を奏で始める。


    愛器であるチェロ―――――――ゴフリラーが歌を歌い始める。



    チェロを始めて握って以来、ほとんど毎日のように繰り返してきた基礎練習。
    この基礎の反復こそが、俺のチェリストとしての土台を作ってきたのだと言っていい。







    俺は練習が好きだった。




    俺には、ミカサのような霊感に溢れた閃きも、
    或は、アルミンのような、深い瞑想と火花のような熱情も持っていなかった。

    あいつらの感情に攫われたような、計り知れない才能の発露ともいうような演奏を羨ましいとも思ったものだ。








    だから俺は一生懸命練習をすることにした。
    「チェロの神様」はその実、友人に対する劣等感に満ちていたと言ったら笑われるだろうか。






  5. 5 : : 2016/05/04(水) 15:31:20
    期待です
  6. 6 : : 2016/05/04(水) 16:15:19
    期待&お気に入り登録ありがとうございます(∩´∀`)∩
  7. 7 : : 2016/05/04(水) 16:23:45







    コンコンッ





    と、ここで、玄関の扉を誰かが叩く音が聞こえてきた。
    それは随分と控えめな音で、チェロを弾いていた俺は危うく聞き落とすところだった。


    一体誰が来たんだろう。
    来客は別に珍しくないが、なぜだろう・・・・・・不思議と胸騒ぎがした。







    そっと俺は玄関の扉を開けると、そこにはスーツをビシッと着こなした、一人の老人が立っていた。
    一瞬、俺は彼が誰だか分らなかった。


    けれど、その一瞬を通り越すと、胸の中に懐かしさが溢れ出した。






    ややあって、その男はおずおずと口を開いた。
    その声はもう既に老人のそれでしがわれていたものの、間違いなく彼の声であった。







    「・・・・・・・・・・・・ああ、久しぶり。本当に、久しぶりだよ、エレン。」

    「アルミン・・・・・・。」






  8. 8 : : 2016/05/04(水) 16:25:35








    (エレン)と会ったのは、実に30年ぶりのこと・・・・・・。







    ここに来るまでの僕の足取りは、例えようもないくらい重いものだった。
    何故なら僕は、エレンに対して、取り返しのつかない過ちを犯したから。


    もう僕には、エレンに顔を合わせる資格さえない。






    それでも彼を訪問したのは、赦しを乞いたかったからだ。
    慙愧の念に、僕自身が耐えきれなかったからだ。


    いや、もっと正直に話すと、最後に一目だけでも、エレンに会いたかったからだ。








    「・・・・・・・・・・・・中、入れよ。」

    「・・・・・・・・・・・・うん。」





    こうして会ってみると、30年があっという間に過ぎ去ってしまったかのように思えた。



    エレンは白いTシャツにジーンズ、麦わら帽子といった格好で、日焼けした肌がいかにも南国で暮らしているという感じがした。
    対して僕はパリからやってきたせいか、着こなしたスーツがここでは本当に場違いに感じられる。






  9. 9 : : 2016/05/04(水) 16:27:26








    「そんなカッコじゃ暑苦しいだろ?」
    「うん。ここに来るまでにひどく汗をかいてしまってね。」


    「俺たちは年寄りだぞ? 無茶をするもんだ。」
    「僕はまだ現役のピアニストだよ? 流石に指が回らなくなっては来たけどね。全く、歳は取りたくないものだよ。」


    「若い時だってミスタッチはあっただろう。練習不足なんだよ、大体が。」
    「効率の良い練習をしていただけさ。無駄に長い練習は僕には要らないよ。」







    書斎においてあった椅子に座って、僕らは暫くとりとめのない話をしていた。
    ふとエレンの机に目をやると、そこには一枚の写真が飾られていた。






    「エレン・・・・・・・・・・・・この写真。」
    「ああ、随分と懐かしいだろ?」



    それは、僕ら三人(・・)がまだ若い頃の写真だった。
    ふざけ合って撮った一枚で、エレンがピアノの前に座り、ミカサがチェロを握り、僕はヴァイオリンを得意そうに持っている。



    イェーガー・トリオ・・・・・・・・・・・・若かった僕らは意気投合して、三重奏団を結成した。



    これはその頃の写真で、まだ20代だった僕らは満面の笑みを浮かべている。









    僕は立ち上がって、その写真を手に取った。
    その瞬間に、視界が歪んだ。






    「・・・・・・・・・・・・ごめん、なさい。エレン。僕は、最低のことを・・・・・・。」






    涙を流しながら話す僕の言葉を、エレンは黙って聞いていた。
    僕らの出会いは、60年くらい前に遡る・・・・・・・・・・・・








    ――――――


    ―――



    ―――――――
    ―――





    ――――――





    ――







  10. 10 : : 2016/05/04(水) 19:47:28







    1905年
    パリ



    その頃のパリは燃えていた。






    「お前なぁ!? よくそんなんでピアニストやってられんなぁ!?」
    「エレン? 今のは流石の僕でも聞き逃すことは出来ないよ!?」



    俺たちはよく夜な夜なカフェに出かけては、相棒のアルミンと議論を交わしていた。
    俺たちだけじゃない。このころのパリは、芸術家や思想家、詩人や哲学者、果ては政治家まで・・・・・・・・・・・・とにかく沢山の特別な才を持った人間たちが激論を交わす場所だった。






    「僕の天職は、ワーグナーを指揮することだ! どれだけ忙しくてもこれだけは譲れないよ!」
    「だから練習不足になんだろうが! 挙句に人よりミスタッチしてりゃ世話ねえよ!」
    「何だって!? もう一回言ってみろ!」

    「何度だって言ってやらぁ! ミスタッチ魔人!!」
    「もう怒った! 君とは絶交だよ! この音程不安定野郎!!」

    「なっ!? やろうってのか!?」
    「僕と君、どっちが格上か、今ここで決めてやろうじゃないか!!」






    議論が白熱すると、俺たちは大体喧嘩になった。
    そして奇妙なことに、僕らはその場で協奏曲を弾き始めるのだ。

    いや、競うように弾きまくるから競争曲って言った方が正しいかもしれない。




    とにかく、俺とアルミンは親友でありながら、不倶戴天の敵でもあるのだ。
    まぁ、芸術家ってのはそんなもんだよな。






  11. 11 : : 2016/05/04(水) 19:52:03







    「や、やるじゃない・・・・・・音程がふらついてるのに・・・・・・。」
    「相変わらず正確にリズムを刻みやがる。ミスタッチする癖に・・・・・・。」





    白熱した演奏にカフェ中から拍手喝采が起こる中、息を切らせながらお互いに呟く。
    なんだかんだ言って、俺たちはお互いのことを認め合っていた。


    すると、拍手をしているカフェの客の中から、スッと一人の女性が立ち上がって、俺たちに近づいてきた。
    自慢に聞こえるかもしれないが、俺たちはもう既に有名人で、パリを席巻する音楽家だったから、そんな俺たちにわざわざ近づいてくる女性がいたことにビックリしたのだ。






    「ん? 誰だよお前?」
    「ああ、ゴメンね。エレンは直截な男でね。僕らに一体何の用かな?」






    その女性は返事をする代わりに、颯爽とヴァイオリンを取り出した。







  12. 12 : : 2016/05/04(水) 19:53:47






    彼女が颯爽と演奏を始めるので、僕もエレンも呆気にとられてしまった。
    暫くすると、しかし、僕らは別の意味で呆然とすることになった。





    その音色には、霊感があった。
    とにかく高貴な貴族を思わせるその音色が、たった今目の前で紡がれていることが信じられなかった。


    気が付けば、僕もエレンも彼女の紡ぎ出すヴァイオリンの音色に心を奪われていた。






    そして、その女性がヴァイオリンを弾き終わると、カフェの中は拍手喝采。そんな中、彼女はこれ以上ないくらいのドヤ顔を僕らに見せた。
    まるで、あなたたちなんかに私は負けない、とでも言わんばかりに。






    「お、女のくせにやるじゃねえか。」


    負け惜しみのようなエレンのセリフに、彼女はムッとした顔をした。






    「あなたたちが勝負するのを聴いていた。でも、どちらも独善的に過ぎる。」
    「初対面の人間に向かっていい度胸だな!?」




    喧嘩っ早いエレンはすぐに挑発に乗ってしまったが、僕は逆に彼女に興味が湧いた。





    何故かって?


    ・・・・・・・・・・・・音色の高貴さと、性格があまりにもかけ離れてたから、と言えばいいだろうか。






  13. 13 : : 2016/05/04(水) 20:05:37






    「ねぇ、君は何ていう名前なの?」
    「・・・・・・・・・・・・ミカサ。」




    その名前を聞いて、僕は納得した。
    隣にいたエレンも納得したようだった。


    ミカサ・アッカーマンと言えば、パリにごまんといるヴァイオリニストの中でも、抜群の知名度を誇る存在だ。
    こんな所でばったり鉢合わせするなんて、天の啓示としか思えなかった。





    「おいアルミン。もう一度だ! もう一度やるぞ!!」
    「え、やるって何を?」

    「音楽に決まってんだろうが!! 今度はヴァイオリニストもいるからな・・・・・・・・・・・・シューマンのピアノ三重奏でどうだ!?」





    こうして僕らは初めて三人で三重奏を演奏することになった。






  14. 14 : : 2016/05/04(水) 20:07:44







    その時の演奏は、僕もよく覚えている。







    音楽をすることは素晴らしい・・・・・・・・・・・・僕だけじゃない。エレンやミカサも同じことを思っていたようだ。

    僕らはお互いにやりたいことが理解できた。
    ヴァイオリンが前に出る場面ではミカサがのびのびと歌って、エレンのチェロと僕のピアノがしっかりと寄り添った。


    僕がフレーズを伸ばしてピアノを弾きたくなったときに、二人は自然に合わせてくれた。







    演奏が終わった時、カフェの客だけでなく、僕ら三人も暫く呆然としていた。
    さっきまで僕らの手元にあった音楽が跡形もなく消え去って、とても虚しい気持ちになった。




    「凄かったね・・・・・・・・・・・・エレン。」
    「ああ、俺、まだ興奮してっぞ?」
    「私も、ゾクゾクした。」








    ほどなく僕らは三人で三重奏団を組むことにした。







    「イェーガー・トリオに決まってんだろ! 俺が年長者なんだからな!」
    「何を!? アルレルト・トリオに決まってるでしょ!? ピアノ三重奏だよ!? 三重奏はピアノから始まるんだよ!?」

    「いい加減にして。アッカーマン・トリオの先が思いやられる。」



    「いやお前がいい加減にしろよ!?」






    そんな些細な事で喧嘩しつつ、結局くじ引きで三重奏団の名前はイェーガー・トリオと決まった。







    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  15. 15 : : 2016/05/04(水) 20:29:15
    かきくけこか期待

    お気に入り登録もしたZOY
  16. 16 : : 2016/05/04(水) 20:30:34
    期待&お気に入り登録ありがとうございます(∩´∀`)∩
    頑張りますね。
  17. 17 : : 2016/05/05(木) 13:03:59
    すっごく3人のやり取りが好きです!!ww
    頑張ってください! 支援!!ww
  18. 18 : : 2016/05/05(木) 15:21:47
    支援&お気に入り登録ありがとうございます(∩´∀`)∩
  19. 19 : : 2016/05/05(木) 15:22:14








    僕の目から見ても、エレンは特異な存在だった。


    彼自身は練習の虫で、才能なんかこれっぽっちもないと卑下してはいるが、僕から言わせればとんでもない話だ。








    三重奏団を結成したはいいものの、お互いのスケジュールがきつ過ぎて初演奏は何と来年になってしまった。





    初共演までまだ時間はある。



    僕とミカサはこっそりスケジュールを合わせて、エレンの開く演奏会にコッソリお邪魔することにした。
    この日、エレンはフリーダ侯爵夫人に招かれ、彼女のサロンで演奏をすることになっていた。






    定期的に開かれるフリーダ侯爵夫人のサロンは、パリの社交界の中でも最も影響力のあるサロンであり、
    ドイツの詩人のマルコ・ボットや、印象派最後の巨匠と名高いジャン・キルシュタイン(気難しさでも有名だけど)が、自身の作品を出品することでも知られていた。


    彼女のサロンは、いわば品評会であり、彼女や彼女に親しい貴族たちに認められれば、出世の道が開けてくる。
    だから大望を抱いた若い芸術家たちが、こぞって自分の作品を出品したがった。






    今日の夜も出品された様々な絵画が侯爵夫人の豪華な部屋に飾られ、新しい詩が朗々とした声で朗読されていく。
    もちろん、厳しい審美眼を持っている彼女に認められるのはほんの一握り。


    そんな彼女に惚れこまれるほどの腕を持っているのだから、エレンが凡才であるはずがないのだ。






  20. 20 : : 2016/05/05(木) 15:29:14







    「もう少しで始まるね。」
    「私も、楽しみにしてる。」





    エレンの出資者(パトロン)たちへの挨拶もそこそこに、燕尾服を纏ったアルミンと情熱的な赤いドレスを着こなすミカサは、エレンの登場を今か今かと待ち構えていた。







    「あら? あなた方は、ピアニストのアルミンさんにヴァイオリニストのミカサさんではありませんか?」



    ふと後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには白い清楚なドレスで身を包んだ女性が立っていた。







    「フリーダ侯爵夫人。お久しぶりです。」
    「お久しぶりです。」



    僕はスッと侯爵夫人に向かって頭を下げた。
    ミカサのほうも、普段の少し棘のある口調を引っ込めている。

    というのも、彼女はエレンの最大のパトロンであり、イェーガー・トリオを結成する際にも資金提供や周りへの喧伝といった労を取ってくれた恩人だから。






    僕らが頭を上げると、侯爵夫人は柔らかい笑みを浮かべていた。






    「ご友人の演奏を聴きにいらしたのね。」
    「ええ、まあ・・・・・・。」

    「ふふ、大変仲がよろしいことね。エレンにはあなた方が来ることをお話していませんから、きっと驚かれますわよ。」






    侯爵夫人は、その高い教養とは裏腹に、悪戯っぽい表情を浮かべた。
    飾らない素直な夫人の人柄のおかげもあって、このサロンには自然と人が集まってくるのだ。


    と、そこへ、燕尾服を着たエレンがチェロを持って部屋へと入ってきた。







    「エレンったら、緊張してる。」
    「ふふ、分かる? 普段の気の強さからは考えられないよね。」





    ミカサと僕がクスクスと笑う中、幾分か緊張の面持ちでエレンは用意されている椅子に腰かけた。
    音を慎重に合わせ、それからエレンは、得意としているバッハの無伴奏チェロを弾き始めた。






  21. 21 : : 2016/05/05(木) 15:30:45







    エレンのチェロが歌を歌い始めると、周りの人間が、まるで金縛りにあったかのようにその動きを止めた。








    チェロを弾くエレンの容貌は、ひたすらに自らを鞭打つ修道僧のそれに似ていた。
    そこには一切の作為がなく、あくまで自然に音楽を聴かせる。





    でも、僕には分かる。
    エレンの作為のなさは、手練手管を尽くして得られたものだという事を。

    僕ら三人のうち、エレンは曲の全体像を掴む能力に最も長けていた。
    だから、奏でる音はこれしかない、といった調子でぴったりとはまっていく。






    こういうのを無為の為とでもいうんだろうか。
    演奏に打ち込むエレンの顔は厳しさに満ち溢れ、それを聴き手である僕らにも強要する。


    ミカサの言う独善的とは、エレンの演奏が強いる求道的な緊張感を指してそう言っているのだろう。
    確かに、これがバッハのすべてではないとは思うが、しかし、何と魅力的な演奏だろう。








    気が付くと、僕たちは皆、エレンの創り出す大伽藍の中に囚われて、身動きすら取れなかった。







  22. 22 : : 2016/05/05(木) 20:08:06







    演奏が終わると、全ての音が吸い取られてしまったように静寂が拡がり、やがて拍手が沸き起こった。




    その場に居合わせたマルコも拍手を送り、
    ひねくれ者のジャンでさえ、そっぽを向いていた。


    まぁ、下手な演奏には容赦なく罵声を浴びせるジャンだから、これは彼なりの讃辞なのだ。





    「全く、素直じゃないんだから、ジャンは・・・・・・。」
    「るせえ! 俺はあいつが気に食わねぇんだよ!」




    マルコが呆れたように呟き、ジャンがふてくされて悪態をつくところまでがお約束だ。






    「ん? お前ら!? 何でここに!?」



    とここで、エレンはようやく僕らに気が付いたようだ。
    びっくりしたエレンはまるで何かに弾かれたように立ち上がり、ずかずかとこっちに近づいてきた。







    「やあ、素敵な演奏をありがとう、エレンくん。」
    「びっくりした?」

    「・・・・・・・・・・・・。」




    僕は割と仰々しく、ミカサはあっけらかんとしていて、エレンは返す言葉に詰まったようだ。
    まあ、言わなくともその狐につままれたような表情を見れば何を考えているのかは充分に分かるけどね。






  23. 23 : : 2016/05/05(木) 20:14:43






    俺は口をあんぐりさせてアルミンとミカサを眺めていた。
    すると後ろから、侯爵夫人に声をかけられた。





    「ふふ、初々しい反応をするのね、エレン?」
    「こ、侯爵夫人!?」




    侯爵夫人に声をかけられ、俺は漸く事の真相に気が付いた。
    やれやれ、侯爵夫人も粋な悪戯を仕掛けてくれたものだ。





    「ご紹介いたしましょう。私たちの誇る偉大なチェリスト、エレン・イェーガーが、アルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマンと共に、新しい三重奏団―――――――イェーガー・トリオを結成いたしました。
    まずはアルミン・アルレルトとミカサ・アッカーマンにそれぞれの得意な曲を披露していただき、最後に、三重奏曲を披露していただきたいと思いますわ。」





    そう、今回開かれたサロンは、侯爵夫人のつもりでは、イェーガー・トリオの社交界デビューであったようだ。
    すると今度は、アルミンとミカサが驚いたような顔をした。





    「侯爵夫人? 僕たちに、演奏をしていただきたいとおっしゃるのですか?」
    「ええ、そうですわ。何せ、お二人とも、パリを席巻されている音楽家ですもの。」




    侯爵夫人がアルミンにそう返事をすると、周りからは拍手喝采。
    これはもう後には引けないだろうと思っていると、アルミンとミカサもすっかりその気になったようだ。







    「では、僕の切り札ともいうべき演奏をご覧に入れましょう。」


    アルミンはそう言いながら、用意されていたピアノの前に座ると軽く指慣らしをし、演奏を始めた。






  24. 24 : : 2016/05/05(木) 20:21:12






    アルミンは古今無双のショパンの大家だ。



    アルミンは、後に台頭することになる「鍵盤の獅子王」ライナーのような、明晰でスケールの大きな演奏をする男ではない。
    むしろ、テンポ・ルバートを多用し、妖しいまでの色気を放つ、魔術師のような男だ。





    テンポ・ルバートとは、イタリア語で“盗まれた時間”を意味する。




    一つの音符を長く演奏し、他の音符を短く演奏する技術。曲全体で見れば、演奏時間が伸び縮みするわけではない。
    それこそが、テンポ・ルバートの考え方。


    どの音を長く弾き、どの音を短く弾くか・・・・・・・・・・・・ピアニストは常にその難題を突きつけられる。





    アルミンはテンポ・ルバートの名人だった。
    左手は正確にリズムを刻んでおきながら、右手は自在にテンポを揺らす。


    そしてそれはショパンでこそ、その威力を最大限に発揮できた。






  25. 25 : : 2016/05/05(木) 20:22:21






    アルミンが今弾いているのは英雄ポロネーズ。
    ショパンの遺した曲の中でも特に難曲として知られるものだ。




    (今、ミスタッチしたな・・・・・・。)




    そもそもアルミンはピアニストには向かない、小さな手をしていた。
    唯一、柔軟性だけは人並み外れていたが、それでも向いているとはおおよそ言い難い。


    それをアルミンは効率的な練習と並外れた技術で補った。
    アルミンは練習法すら自分で発明して、第一線に立つピアニストとなった。


    不器用な俺には出来ない芸当だ。







    アルミンのピアノからは、尋常ならざる色気と、テンポの多様さからくる色彩感が放たれていた。
    まるで一幅の絵画を見ているかのように、飛び出す音色は多彩なものであった。


    最後の急加速、絶妙な間からの連弾が響いた後、部屋は熱狂的な拍手に包まれた。







  26. 26 : : 2016/05/05(木) 21:01:21
    期待してます!
  27. 27 : : 2016/05/06(金) 01:23:00
    期待&お気に入り登録ありがとうございます(∩´∀`)∩
    頑張ります!
  28. 28 : : 2016/05/06(金) 01:23:27








    「流石はアルミンさん。わたくし、すっかり感服いたしましたわ。」





    立ちあがったフリーダ侯爵夫人は、アルミンに対して賛辞を惜しまなかった。
    部屋中に響き渡る拍手に対し、アルミンは嬉しそうな様子で一礼し、侯爵夫人と握手を交わした。






    「やっぱり上手いな、アルミン。まぁ、ミスタッチはあったけどな。」
    「もう。素直に誉めてくれたっていいじゃない。」

    「そうですわよ、エレン。これ程素晴らしい演奏にケチをつけるのは、野暮というものですわ。」






    ただでさえ弁の立つアルミンに、侯爵夫人までいては敵わないと、俺は白旗を上げた。
    どうやら今回の演奏で、アルミンは侯爵夫人のお気に入りの仲間入りを果たしたらしい。


    つくづくアルミンは只者じゃないな。






    アルミンの演奏は、ともするとスケールに欠けるきらいはあるけれど、自在なテンポ・ルバートによる強烈な官能は、一度聴いたら確かに忘れられないだろう。






  29. 29 : : 2016/05/06(金) 01:24:16







    僕の魂を込めた演奏が終わり、今度はミカサが演奏をする番になった。







    「アルミン。私はこれから、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタを弾きたい。伴奏を頼んでも?」
    「勿論だよ。ミカサの頼みなら、断る理由もないからね。」






    ミカサは演奏をするに当たり、僕に伴奏を求めてきた。
    僕のピアノの音を元に、ヴァイオリンの音を合わせていくミカサ。


    彼女が手にしているヴァイオリンは、何と1720年製のストラディヴァリウス。
    とてもとても値がつけられないほど高価なヴァイオリンであり、世界に約600挺程が現存しているが、これもその一つだった。







    クロイツェル・ソナタは、ベートーヴェンが作曲したヴァイオリン・ソナタの中でも王者と位置付けられる傑作。
    ベートーヴェン自身はこの曲を“ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ”と位置付けている。


    即ち、ピアノとヴァイオリンが対等に会話できなければ、この曲の演奏は成り立たない。
    技術面でも高いテクニックが要求される、まさに難曲というにふさわしい曲。







    これを持ってくるとは、ミカサは自分の演奏に相当自信があるに違いない。
    僕はどうやら、ミカサに試されているな、そう感じた。






  30. 30 : : 2016/05/06(金) 01:25:36







    「おいおい、よりによってクロイツェル・ソナタかよ!?」





    これには俺も驚いた。
    ヴァイオリンとピアノが丁々発止を繰り広げるこの曲では、やもするとミカサがアルミンに喰われてしまうのではないか。


    それほどの難曲だったし、相手がよりによってアルミンだ。





    そんなことを考えているうちに、ミカサの和音から演奏が始まった。
    最初の和音を聴いて、俺にはすぐに他の奏者との違いが分かった。





    (音程が・・・・・・少し低いな。)




    初めはゆっくりとした曲調で、ミカサは滑らかに音を紡いでいく。


    合わせて、アルミンも表現を随分と抑揚の利かせたものに変えてきた。
    恐らく、ミカサの表現を聴いたアルミンは、彼の中にある別の表現の引き出しを開けてきたのだ。


    そして、暫くするとプレストとなり、曲が一気に早くなると、ミカサの特徴が一層はっきりとした。






  31. 31 : : 2016/05/06(金) 01:28:22







    ミカサは弓を弾く技術―――――――ボウイングに長けた奏者だ。



    ミカサのボウイングは、歌うというよりは、語り掛ける、と言った方がより適当だった。
    リズムを躍動させて情緒過多に歌わせるのを避け、繊細な詩情を求めて一つひとつの音を奏でていく。





    ヴィヴラートを抑制したかと思えば、より濃厚に語り掛ける場面では左手のネックの持ち方さえ変えて、ヴィヴラートのかけ方を変えてくる。
    成程、ミカサのあの高潔さに満ちた霊感と色気に満ちた官能の秘密は、ここにあったという事か。






    艶めかしいところは、まるで舌で舐めるかのように。
    速いところは鋭い刃で斬りつけるように。


    それでいて過度に歌い過ぎず、語り掛けるように音を奏でていく。
    その柔らかな語り口は、型に嵌まらず、節度を保っておきながら尋常ではないエロスを発散させていく。



    触発されたアルミンも、ピアノから艶めかしさを解き放った。






    自在にリズムを伸び縮みさせて歌うアルミンのピアノと、語り掛けてくるようなミカサのヴァイオリン。



    水と油のように資質の異なる両者の音楽が、高い次元で調和していく。
    曲想とは少し離れているかもしれないが、官能の渦の中に否応なく、俺たちは捕えられていった。






  32. 32 : : 2016/05/06(金) 15:32:43








    演奏が終わった直後、部屋にいた俺たちは陶然として、暫時は拍手をすることさえ忘れてしまった。







    思い出したようにパラパラと拍手が起こり、やがて、熱狂的な拍手になる頃には、ミカサもアルミンも満足そうな顔をして抱擁を交わしていた。


    全く、恐ろしいまでに天才的な音楽家たちだ。
    同年代に生まれた人間たちが、冷や飯を食わされるんじゃないかって心配になる。





    俺がトリオを組んでいるのは、こんな天才たちなんだ。





    アルミンもミカサも、特にミカサは感興の赴くまま、燃え上がるような才能を惜しげもなく火花へと変えていく。
    ううむ・・・・・・・・・・・・ミカサがアルミンに喰われかねない?


    いや、ミカサやアルミンに喰われかねないのは、むしろ俺のほうだ。






    (・・・・・・・・・・・・嫉妬?)





    そうかもしれない。
    情けない話だが、俺はあいつらの才能に羨望の念を禁じえない。


    凡才な俺があいつらを超えるためには、練習しかない。
    特に、ミカサのあの独特のボウイング・・・・・・・・・・・・あれをものにしたい。






  33. 33 : : 2016/05/06(金) 15:34:12







    さて、部屋の中は暫く拍手に包まれていたが、侯爵夫人が再び立ち上がると、漸く拍手が止んだ。
    感極まった様子の侯爵夫人は、いくばくか声をうち震わせながら、ミカサに語り掛けた。






    「素晴らしかったですわ、ミカサさん。アルミンさんとの見事な協奏曲! この私、フリーダ・レイスがあなたたちのパトロンとなることをお許しいただければ、私の喜びもひとしおです。」



    ミカサに対してスッと手を伸ばし、侯爵夫人は握手を求めてきた。
    これはもちろん、夫人のお気に入りとなった証拠だ。






    「私は、素直にうれしい。演奏を評価してもらえて。」



    ミカサはフッと微笑んで、侯爵夫人と握手を交わした。
    ミカサが侯爵夫人と握手をする中、汗をびっしょりかいたアルミンが俺に近寄ってきた。






    「ミカサは僕らの中で一番才能がある。うかうかしてると僕らが喰われちゃうね。」
    「お前もそう思うのか?」

    「勿論。僕だって必死だよ? ミカサやエレンに食べられないようにさ。」






    その言い方に、俺は棘を感じた。
    珍しくアルミンが対抗心や敵対心を剥き出しにしている。





    (・・・・・・・・・・・・面白い。)






    「俺がお前らを喰い尽してやるよ。」
    「言ったね? その言葉、そっくりそのまま君に返すよ。」

    「二人とも、何の話をしているの?」





    尋ねてきたミカサに対し、俺たちはお互いに不敵な笑みを浮かべた。








    「お前(君)には絶対に負けないってことだ(さ)。」








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








  34. 34 : : 2016/05/07(土) 03:09:39






    1906年
    パリ





    フリーダ侯爵夫人のサロンでの演奏会を経て、僕らは漸く、パリにあるシャンゼリゼ劇場にてデビュー・コンサートを開くことが出来た。
    僕たちは舞台袖から、登場を今か今かと待ち続ける観客の様子を覗き込んでいた。







    「見てよ、エレン・・・・・・・・・・・・客席が満席だよ?」
    「ああ、流石は侯爵夫人だな。」

    「少し声をかけるだけで、こんなに人が集まるとは・・・・・・。」





    侯爵夫人の知名度にも助けられ、広いホールは超満員。
    勿論貴賓席にはフリーダ侯爵夫人とその夫である侯爵が陣取っている。


    それと、よくよく見てみると、もう一人のビッグゲストがそこにいた。






    「ねぇ、あの人・・・・・・・・・・・・ドット・ピクシスさんと違わない?」



    気が付いたミカサが手で口を押さえながら言うので見てみると、間違いない。
    侯爵の隣に座っているのは・・・・・・・・・・・・






    「まさか!? あのコンセルトヘボウの首席指揮者が!?」
    「!? マジかよ、お前ら・・・・・・。」



    そう、オランダにある名門オケ、アムステルダム・コンセルトヘボウの首席指揮者、ドット・ピクシスが座っていたのだ。
    このころのピクシスはまだ30代で、まだまだ白髪交じりの髪の毛が生えていた。






  35. 35 : : 2016/05/07(土) 03:11:15







    僕は指揮者もやっていた。



    ワーグナーに入れ込んだ僕は、聖地バイロイトにおいて助手を務めていたこともあったし、
    トリスタンや神々の黄昏、パルジファルといった、演奏時間が3時間を超えるような楽劇のフランス初演まで手掛けた。


    だからこそ僕には、ピクシスという鬼才のすさまじさが理解できた。
    この二年後にはエレンも指揮者としての活動を始めるが、やってみて彼の凄みを理解できたという。







    演奏をする前に、かつてこれ程緊張したことがあっただろうか?
    意識していても、手が震えてしまう。






    「おい、アルミン!?」
    「ふぇッ!?」




    いきなり肩をポンと叩かれ、僕は思わず飛び上がってしまった。
    僕の緊張を察したエレンが、気を遣ってくれたのだ。






    「俺はお前に勝つつもりで演奏するからな。気を抜くなよ?」




    エレンはそう言って、眩しい笑顔を見せてくれた。
    今思うと最初から、この三重奏団の取りまとめ役はエレンだったようだ。








    「分かった。僕の持てる芸術を、ここで咲かせよう。」
    「私も、持てる力を全てだそう。」




    エレンの器の大きさに包まれて、僕とミカサもようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。
    このトリオの名前は、まさしく・・・・・・・・・・・・イェーガー・トリオだ。








    「よし、行くぞ。」



    エレンの合図に合わせて、僕らは舞台上へと歩き始めた。







  36. 36 : : 2016/05/07(土) 17:24:39








    僕らが舞台の上へと登場するとすぐに、ホールは拍手喝采に包まれた。

    僕ら三人がトリオを組んで初めての公演を行うという情報は、好事家たちにとって格好の話題だったようで、始まる前からもうホールはむせ返るような熱気が感じられる。





    エレンとミカサが椅子の上に座り、僕はピアノの前へと腰かける。
    重いピアノの蓋をこじ開けて、一緒に音合わせをすると、会場はいよいよ沈黙に包まれた。







    演奏はまず、奔流のようなピアノの歌に乗ったチェロの、すすり泣く様な独白から始まった。
    その後を受けてヴァイオリンが、咽び泣く様な悩ましい音色で語り掛けてくる。





    演奏している曲は、シューマンのピアノ三重奏曲第一番。
    僕らが初めてカフェで演奏をした、思い出深い作品。


    前期ロマン派を代表するピアノ三重奏曲の一つで、確固とした構成と緻密な展開法を持った傑作中の傑作。






  37. 37 : : 2016/05/07(土) 17:25:44






    演奏が白熱してくるにつれ、ミカサのヴァイオリンの音色が艶を増して、めくるめく官能を奏でていく。
    僕のピアノからも、滔々と流れる大河のように、豊かな音色が溢れ出していく。


    そこに巨大な骨格を与え、全体のスケールを雄渾たらしめているのが、エレンのチェロだった。



    僕ら三人は、矯めることなく各々の個性を最大限に発揮していた。







    三重奏曲は難しい。






    なんせ、それぞれの楽器がソリストとして輝いていなくてはならず、
    同時に協奏曲として、しっかりとアンサンブルを調和させなければならないのだから。


    全く方向性の違う名手たちが即席でトリオを組んで見事に空中分解したり、
    大したことない奏者たちによるトリオが素晴らしいアンサンブルを繰り広げたりすることがよく起こる。



    それだけに、僕らは自信をもって言える・・・・・・・・・・・・









    イェーガー・トリオが織り成すアンサンブルは、唯一無二、三重奏団の頂点なんだと。






  38. 38 : : 2016/05/07(土) 17:37:02
    期待です
  39. 39 : : 2016/05/07(土) 22:56:50
    >>38
    ご期待ありがとうございます(∩´∀`)∩
  40. 40 : : 2016/05/07(土) 22:58:37






    演奏が終わり、三人が立ち上がって一礼をする頃には、ホールはもう割れんばかりの拍手に包まれていた。
    感極まった観客たちが椅子から立ち上がり、劇場内は激烈なスタンディングオベーションと相成った。


    ブラーヴィという熱狂的な声があちこちから沸き起こり、頭を下げるたびに歓声が沸き起こった。






    「素晴らしい演奏でしたわね、ピクシスさん。」



    すっかり感動した様子の侯爵夫人がそっとピクシスに声をかけると、ピクシスは内に燃え上がる炎を押さえきれないかのように、震える声で話し始めた。






    「あなたの見る目は、確かですな・・・・・・夫人。」
    「ふふ、彼らは私のお気に入りですの。あなたと同じようにね。」

    「私に負けず劣らずの音楽家・・・・・・という事ですか。ふふっ、益々興味が湧きましたよ。」





    彼らを見るピクシスの目は、野心に満ち溢れていた。


    ピクシスとアルミン・・・・・・・・・・・・後にこの二人が、まさにこのシャンゼリゼ劇場において共演を果たすこととなるとは、両者とも夢にも思っていなかった。






  41. 41 : : 2016/05/07(土) 23:00:00







    最初の演奏が終わり、三人は次から次へと野心的な曲を演奏していった。


    まずはミカサがアルミンの伴奏の元、フォーレのヴァイオリン・ソナタ第一番を艶めかしく語ったかと思えば、
    同じくアルミンの伴奏で、エレンがベートーヴェンのチェロ・ソナタ第三番を、巨大なスケールで築き上げていく。







    「いやはや、君たちはホントに、遠慮妥協を、知らないよね!」

    「油断したらお前の演奏になっちまうからな。」
    「これだけ思い通りにやっているのに、アンサンブルが崩れないのは、アルミンのおかげ。」





    舞台袖で休憩を取る間、僕は流石に息を切らしていた。
    表現力が化け物の二人の伴奏を、休憩なしにやったら誰だってそうなるに決まってる。


    さて、次の曲が最後になる――――――――――まぁ、伴奏を務める代わりに、大トリをやらせてほしいと言ったのは僕なんだけれど。






    最後にアルミンは、舞台袖から一人で出てきた。





    アルミンが最後に聴衆に披露した曲は、シューマンのクライスレリアーナ。
    8曲からなるピアノ小曲集であり、作曲者を代表する傑作の一つ。


    疲れているのにもかかわらず、いや、疲れていたからこそ、
    アルミンは熱に浮かされたような衝動に突き動かされ、まるでこの世に在らざるかの如く、幻想的な歌を響かせた。








    ________初めての共演は、信じられないくらいの大盛況だった。




    演奏が終わって熱狂の渦が吹き荒れる中、アルミンは深く一礼すると、フラフラと舞台袖へと戻っていった。
    何度も何度も拍手によってエレンとミカサは呼び戻されたが、アルミンは遂に疲れ果てて舞台に戻ることはなかった。








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  42. 42 : : 2016/05/07(土) 23:30:39







    翌日






    「ぶぇっくしッ!!」



    結局アルミンは無茶をし過ぎたせいか、風邪で寝込む羽目になってしまった。
    大体無茶をし過ぎなんだという言葉が出かかってはいたものの、ベットの上で静かに新聞を読んでいるアルミンに言うのは酷だろうとその言葉を飲み込んだ。





    「ねぇエレン? 今朝の新聞の批評欄を読むかい?」
    「どうせ悪口書いてんだろ? 読む気にもならねぇよ。」

    「はは、当ったり・・・・・・。何でも、君のチェロ・ソナタは音程が不安定で、僕のクライスレリアーナは感情過多で技巧の綻び(ミスタッチ)が散見されたんだってさ・・・・・・・・・・・・へくちッ!」



    「まぁ冗談半分に聞き流しとけよ。音楽を心で聞かない連中だからな。神様への捧げものとしては最上の部類だったと思うぜ?」
    「あはは、まぁ・・・・・・聴衆があれだけ熱狂してくれたんだから。後は聴衆が判断してくれるよ、きっと。ああ、水をありがとう。」





    ミカサはソロ・コンサートの準備のためにここにはいなかった。
    昨日の今日で仕事をこなせるなんて、ミカサは本当に鉄人か何かだろう。





    「そういやミカサの批評は?」
    「聴きたいかい?」
    「ああ。」


    「今回の演奏会の最大の功労者はミカサ・アッカーマンだと言ってもいい。技巧に幾分かの拙さは見られるものの、訴えかけてくる官能的な音色は比類のないものである。」






    新聞を読み上げるアルミンは幾分か不満そうだったが、俺にはすんなり納得できた。
    まあいいことじゃないか。俺たちはまだまだ、演奏を高めていけるのだから。





    「じゃあ俺はそろそろ帰るわ。」
    「ありがとう、エレン。帰ったら練習かい?」



    尋ねてくるアルミンに、俺は振り返って微笑んだ。







    「当然だろ。じゃあな。」







    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  43. 43 : : 2016/05/08(日) 15:02:16







    さて、元々忙しかった僕らだったけれど、先のコンサートの大成功を受けて、ますます忙しさに拍車がかかった。








    エレンはパリのオーケストラの一つであるコンセール・ラムルーに招かれて、チェロの弾き振りを披露した。
    そこからエレンは指揮者としても活動を始め、ただでさえ忙しいチェロの演奏活動の合間を縫っては指揮棒を振った。



    一方の僕は指揮棒を置き、ピアニストとして演奏活動に勤しむ傍ら、教育活動にも精を出した。
    パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)に教授として招かれ、教鞭をとる傍らで多くの教え子を指導した。



    ミカサは相も変わらずヴァイオリン一筋だった。
    とは言ってもミカサの活躍の場はフランス国内にとどまらず、ワールド・ツアーを敢行しては、世界中の聴衆を唸らせた。









    そんなだったから、みんなで集まって三重奏をするのは難しかったけれど、それでも断続的に僕らはイェーガー・トリオとして演奏を続けた。

    僕らの芸術は、これから頂点を向かえようとしていた。







    そんな時だった。





    僕らの光を覆いつくすように、不気味な影が、次第に拡がり始めたのは・・・・・・・・・・・・。







  44. 44 : : 2016/05/08(日) 15:05:08









    ___________第一次世界大戦、勃発









    ヨーロッパの火薬庫、サラエボに響き渡った一発の銃声は、たちまちのうちに全てを焼き尽くさんばかりの炎となって、ヨーロッパ中を舐め尽くした。







    そして僕らは目撃した。


    あれほど美しかった都が、森が、他ならぬ文明の力によって破壊されていく様を・・・・・・。
    麗しき文明が、他ならぬ自らの力によって自壊していく、虚しい様を・・・・・・。







    激しい戦火の中で、僕らは、バラバラになった。

    ワーグナーの神々の黄昏の如く、美しきヴァルハラの城を滅ぼすローゲの炎は、否応なく僕らを巻き込んでいった。







    そして・・・・・・・・・・・・







  45. 45 : : 2016/05/08(日) 15:07:58









    1919年
    パリ、陸軍病院







    「ミカサ・・・・・・ミカサッ!!」


    見境もなく、僕は病院の中へと駆け込み、病室の扉を開けると大声で彼女の名前を呼んだ。







    そこには、チューブに繋がれて、胴体を包帯で巻いて横たわっているミカサの悲惨な姿があった。
    辛うじて息をしている状態で、繋がれた呼吸装置の静かな音が、微かな彼女の生命活動を伝えている。







    「彼女は今、危険な状態です。」
    「そ、そんな・・・・・・。」

    「助かるか助からないか、状況は五分と五分。後は・・・・・・彼女の生きようとする意志に賭けるしかありません。」






    ミカサは陸軍に志願して、前線へと送られていった。
    そこでミカサは爆風を浴び、背中に大きなやけどを負ってしまった。


    恐らく、咄嗟に両腕をかばったのだろう。
    ヴァイオリニストとしての本能が、彼女を突き動かしたに違いない。







    僕はその場にしゃがみ込み、ミカサの美しい手を取った。
    繊細な詩情を奏でる、僕よりも少し大きな手。







  46. 46 : : 2016/05/08(日) 15:09:52









    「・・・・・・・・・・・・大、丈夫、だから・・・・・・。」






    その時、ミカサは、僕に対して弱々しい声で呟いた。
    朦朧としているだろう意識の中で、ミカサは、呟いたのだ。




    苦しいはずだろうに、
    辛いはずだろうに、



    それでもミカサは、目を微かに開けて、僕や“エレン”に語り掛けてくる。









    「また、一緒に・・・・・・三重奏を、やろう・・・・・・。」





    そう言ってミカサは眠りに落ちた。
    僕はずっと、ミカサの手を取り、肩を震わせて・・・・・・・・・・・・泣いた。


    ミカサから見えないように、病室の廊下で立っていたエレンは、一筋の涙を流すと、そのまま病院を去っていった。










    間もなくエレンは、戦火を逃れるためにパリを離れ、故郷であるスペイン、カタルーニャへと帰っていった。









    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  47. 47 : : 2016/05/08(日) 17:45:07








    俺はここで、鳥が歌っているのを聴いていた。
    故郷であるカタルーニャの風は、地中海の熱気を含んで少し暑いくらいだった。







    自室の窓から吹き込んでくる風。
    時々歌うようにさえずる鳥の鳴き声。


    俺はこの、故郷の歌を深く愛していた。





    迷いが生じ、どうしようもなくなると、俺はいつもこの故郷の歌を思い出していた。
    心のうちにこの歌が聴こえてくるたびに、俺は何のために音楽をやっているのかを思い出せた。







    でも、今は・・・・・・・・・・・・思い出せなかった。






    あの頃の、無心の音楽を奏でては喜んでいた俺は、もういない。
    巨大な力を前に、俺自身の無力をいやというほど知った。


    俺の奏でる音楽は、戦争を前に、脆くも崩れ去っていった。
    俺の祈りは、戦いの騒音の中に、掻き消されていった。






    それでも俺は、毎日チェロを握っては、練習を欠かすことはなかった。
    一体何が、俺をかくの如くに突き動かすのか・・・・・・・・・・・・暫くは自分でも分からなかった。








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  48. 48 : : 2016/05/08(日) 17:47:20








    戦後、荒廃してしまったフランスで、僕は演奏活動を再開した。






    折しも僕は、パリ国立高等音楽院で改革を訴え、ついに実現しないだろうと見切りをつけていた。
    自分の手で、理想の学校を創ろう―――――そう考えた僕は、自らエコールノルマル音楽院を設立し、翌年にはパリ国立高等音楽院の教授職を辞した。


    演奏活動に勤しむ傍ら、教育活動にも熱心に取り組んだ僕は、多くの才能を発掘した。
    後に音楽界を席巻するピアニストたちを、僕は熱心に指導した。



    その一方で、一流の講師陣を招いては、後進のための講義を要請していた。







    「それで、私に講義をして欲しいと?」
    「うん。君の演奏はずば抜けている。今更分かり切ってるけどね。だから君にも講義をお願いしたいんだ。」







  49. 49 : : 2016/05/08(日) 17:48:12









    しばらく考え込むような仕草を、彼女は見せた。
    それから、彼女は眩しい笑顔を見せて、






    「・・・・・・・・・・・・分かった。アルミンのたっての希望。私には断る理由なんかない。」

    「・・・・・・・・・・・・ありがとう、ミカサ。」
    「漸く動けるようになった。今度は私のためじゃない。他の誰かのために。」






    一命をとりとめたミカサは、僕の依頼を快諾してくれた。
    あの後、ミカサは奇跡的な回復を見せて、漸く復帰にまでこぎつけた。







    後は、エレンさえ戻ってきてくれれば・・・・・・・・・・・・僕はエレンの復帰を熱望して、何度も手紙を送ったけれど、一向に返事は返ってこなかった。







    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  50. 50 : : 2016/05/08(日) 17:49:23







    俺はその頃、指揮台に立っていた。







    結局俺は、音楽から離れることが出来なかった。



    だもんで俺は、自費で団員をかき集め、自分のオーケストラを創設した。
    それだけじゃ飽き足らず、合唱団も創設しては、練習漬けの毎日。


    創設から暫くすると、やっぱりスケジュールはいっぱいになった。
    スペイン中を駆け回っては、チェロの演奏活動や指揮活動、教育活動に勤しむ毎日。







    「忙しいですね、エレンさん。次はどこでしたっけ?」
    「確かバルセロナだな。まあ、どこに行っても仕事が待ってんだろうけどよ。」

    「はは、確かに。」







    コンサートマスターと談笑しながら、移動用のバスに揺られること数時間。
    俺たちはバルセロナにあるカタルーニャ音楽堂へと到着した。



    さて、今日も仕事を頑張ろう―――――――・・・・・・・・・・・・「エレ~ン?」





  51. 51 : : 2016/05/08(日) 17:52:07







    バスを降りたところでいきなり声をかけられ、俺はぎょっとした。
    声がした方を見て、ますます俺はぎょっとした。







    「どうして手紙の返事をよこさないのかな~?」
    「元気そうでほっとした。」

    「あ、アルミンに・・・・・・・・・・・・ミカサ!?」







    数年ぶりに、俺はアルミンとミカサに再会した。
    驚いて団員たちの方を振り返ると、団員たちは一様にニヤニヤしていた。


    そうか、そういうことか。






    「君、随分忙しくてまともに自宅に帰ってないんだって? だから手紙を見てなかったんでしょ!?」
    「て、手紙!?」

    「一緒にまた三重奏をやろうって手紙だよッ! 全く君ときたら・・・・・・。」






  52. 52 : : 2016/05/08(日) 17:53:08







    怒っていいやら、喜んでいいやら、
    訳が分からなくなって、終いに僕は泣き出してしまった。






    「な、泣くんじゃねぇよ!? 気まずいだろ!?」
    「き、君の、せいだッ!! 何もかも・・・・・・。君が黙って、いなくなる、からぁッ!!」






    結局、僕は寂しかったのだ。
    いや、寂しかったのは僕だけじゃない。






    「エレン・・・・・・・・・・・・また会えて、私はすごくうれしい。」
    「ミカサ・・・・・・。」





    ミカサはもう何も言わず、俺に抱き付いてきた。
    後にも先にも、ミカサが肩を震わせて、涙を流したのを見たのは、この時だけだ。


    すると、俺とミカサを抱きかかえるように、アルミンも俺たちに抱き付いてきた。







    正直苦しかったんだが、俺は何も言わなかった。
    いや、何も言うことが出来ず、気が付くと俺の双眸からも涙が零れていた。






  53. 53 : : 2016/05/08(日) 17:53:58








    ややあって、俺はミカサとアルミンに笑顔を見せた。
    やっと俺たちの間に、笑顔が戻った。




    「よし、イェーガー・トリオの・・・・・・・・・・・・再結成だな。」








    ________奇跡は、起こった。








    戦争で離れ離れになってしまった俺たちは、再びイェーガー・トリオとして活動を再開することが出来た。





    ミカサが負傷し、俺が故郷に去ってから3年。
    1922年のことだった。








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  54. 54 : : 2016/05/08(日) 18:05:26
    期待です!
  55. 55 : : 2016/05/08(日) 18:16:24
    ご期待ありがとうございます(∩´∀`)∩
  56. 56 : : 2016/05/08(日) 20:54:21







    イェーガー・トリオを初めて結成してから20年余り・・・・・・。








    ここに来て、僕らの芸術は、漸く成熟の時を迎えていた。




    いや、正確に言うと僕は全盛期へ向けて上り坂。
    エレンは全盛期を少し過ぎたあたり。


    そして、ミカサはまさに心技体共に充実した、全盛期を迎えていた。








    1926年
    ロンドン、クイーンズホール


    僕ら三人は、ある目的のためここに呼び寄せられた。








    「コンサートの時とは、また違った緊張感だな。」
    「何だか僕は慣れないよ。」

    「私も、緊張してる。」






    そう、僕らはここで三重奏曲を録音することになったのだ。

    用意された椅子に座りながら、何だ居心地が悪そうな様子で、エレンが僕に語り掛けてきた。






  57. 57 : : 2016/05/08(日) 20:55:07







    「なぁ、ホントに俺たちの音楽が綺麗に録音されんのか? 大音量じゃなきゃ上手く録音されねぇんだろ?」
    「いや、エレン。今回の録音は機械式の吹き込みじゃなくて、電気録音なんだ。」

    「うん? 電気録音だって? 聞いたことねえぞ?」





    「去年開発されたばかりの新技術なんだ。今までと違うところは、巨大なラッパの前で演奏しなくて済むという事さ。ほら、あそこにマイクが見えるでしょ?」
    「あ、ああ。」


    「あれが音を拾って、電気信号に変換されて録音されるってわけ。だから無理に大きな音を出さなくてもいいんだ。」


    「何だかよく分からねえけど、とにかく演奏会のように演奏していいってことなんだな?」
    「そういう事。実際僕も何枚かそのレコードを持ってるけど、大したもんだよ。」






    僕が夢中になって電気録音について語っている間、エレンとミカサはうんうんと難しい顔をしていた。
    とそこへ、僕らの録音を企画したプロデューサーがホールへと入ってきた。






  58. 58 : : 2016/05/08(日) 20:59:54







    「流石はアルミン教授、詳しいことですな。」
    「これはキースさん。お久しぶりですね。」







    レコード会社、英グラモフォン、通称HMV――――――――蓄音機に耳を傾ける(ニッパー)の絵がトレードマークのこの会社は、録音技術に関しては世界最高水準。


    後に英コロンビアと合併し、英EMIとして知られることとなるHMVの敏腕プロデューサー。
    それが、キース・シャーディスという男。







    少し気難しく、またクラシックに造詣の深いキースは、少々、いやかなりの毒舌家としても知られていた。
    僕が立ち上がって会釈をすると、キースはふんと鼻を鳴らして録音機材の目の前へと座った。






    「あいつ・・・・・・。」
    「誤解しないで、エレン。あれは彼なりに緊張してるんだ。」

    「緊張?」

    「うん・・・・・・・・・・・・レコードの録音は一発勝負。少しのミスも許されないわけだから、彼だって殺気立ってるのさ。」
    「演奏している時の俺たちみたいにか?」




    「そういう事・・・・・・・・・・・・よし、僕らも真剣勝負と行こうじゃないか。」






  59. 59 : : 2016/05/09(月) 12:06:07









    僕らが初めに録音に選んだ曲―――――それは、シューベルトのピアノ三重奏曲第一番だった。








    僕のピアノが8分音符を刻み、演奏をリードしていく。


    その上をミカサのヴァイオリンが軽やかに、まるで飛ぶようにメロディを奏で、
    エレンのチェロが、その重厚感あふれる音色でがっちりとした構成感を付与していく。







    ヴァイオリンとチェロが、同じ旋律を奏でていく。
    ミカサの演奏は語り、エレンの演奏は祈る。


    チェロとヴァイオリンのユニゾンにおいて、ミカサとエレンは官能の火花を散らした。
    それは、僕も驚くほど表現が同じ方向を向いていた。








    エレンはミカサのボウイングを参考に、チェロの奏法に革命をもたらした。






    元来チェロは、両脇を締めて演奏するものであり、それはかなり窮屈だった。
    だが、エレンは次第に弓を持つ右脇を開け、表現力に幅を持たせるように努めた。


    本人は表現力を追い求めたら必然的にそうなっただけ、革命なんて大げさだと言っていたが、勿論まわりの人間はそうは見ていなかった。







    解き放たれた右腕がエレンの演奏に、繊細な表情をもたらした。
    元々規格外なスケールを誇っていた大伽藍に、細やかな詩情が漂うようになった。


    ミカサの艶めかしいまでのボウイングに見劣りしないほどに、エレンのチェロから、危険な香りが溢れ出した。







    この頃にベルリンフィルの指揮者になったエルヴィン・スミスは、「チェロの神様」エレン・イェーガーに対し、最大級の賛辞を送っている。



    「エレン・イェーガーの演奏を聴いたことの無い者は、弦楽器の鳴らし方を知らないものである。」と。






  60. 60 : : 2016/05/09(月) 12:07:22








    さて、第一楽章の演奏が終わり、僕らはプレイバックを聴きだした。










    案の定、キースは不満げな顔をしている。
    が、それ以上に不満げだったのは・・・・・・・・・・・・エレンだった。






    「バランスが取れてない。私が録っているのは三重奏曲だ。演奏の発表会ではない。」



    あからさまに不満を表明するキースに対し、ミカサが思わずムッとした表情を取る。
    「ヴァイオリンの貴公子」の名をほしいままにしてきたミカサにとって、全身全霊を込めた演奏をけなされることは屈辱的だったのだろう。






    とそこへ、エレンが割って入ってきた。




    「ミカサ・・・・・・・・・・・・お前の演奏は確かに完璧なんだけどな。もう少し魂を入れてくれないか?」
    「どういうこと? 私が腑抜けているとでも言いたいの?」







  61. 61 : : 2016/05/09(月) 12:08:05








    一気に険悪なムードになったが、僕は止めようとしなかった。


    演奏家は、ことに自分の演奏になると妥協の二文字を知らない。
    それは、僕とて同じことだ。





    忌憚なく言えば、さっきの演奏はミカサに詩情が不足していた。
    演奏の質に最もばらつきがあるのがミカサの最大の欠点だ。






    「ミカサ。僕もエレンと同じ意見だ。」
    「アルミン?」

    「君はまだまだいろんなことを語り尽くせるはず。よもやさっきのが限界じゃないよね?」







    これがにわか仕立てのトリオだったらとっくに喧嘩になっていることだろう。
    結成当初の僕らだって、喧嘩になるのは間違いない。


    結成から既に20年、これが僕らの強みだった。








    「キースさん、もう一度録り直しましょう。」
    「安くはないのだ。せめてこの機材以上の価値のある録音を残すんだな。」






    キースさんやエレン、僕の言葉を受けて、ミカサの集中力はその極限まで研ぎ澄まされた。
    今なら、最高の録音が遺せそうな気がする。




    キースが再び機材を回し始め、ホールの中に、再び音楽が溢れ出した。











    ___________こうして、イェーガー・トリオの演奏は、ほぼ理想的な形で遺された。








    その後も録音は、一年ごとに続けられた。




    1927年にはハイドンとメンデルスゾーンの三重奏曲。
    1928年には僕らの切り札、シューマンの三重奏曲とベートーヴェンの大公。

    1929年にはバルセロナにおいて、ブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲―――――――エレンのオーケストラを僕が指揮し、ミカサとエレンがソリストを務めた演奏を録音した。





    それぞれの芸術が頂点を迎え、トリオとしての演奏が爛熟の極みに達した時期に録音を遺せたことは、ほとんど奇跡といっても良かった。







    この時の僕らは、気が付いていなかった。


    奇跡は、そう何度も起らないからこそ、奇跡なのだという事に・・・・・・。









    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  62. 62 : : 2016/05/09(月) 15:24:56










    1936年
    スペイン、バルセロナ







    その時俺は、リハーサルの最中だった。








    「今日の夜には本番だからな。気合を入れていくぞ?」



    指揮台に登り、指揮棒を振りだすと、オーケストラから分厚い和音が谺する。
    俺は今、ベートーヴェンが遺した最後の交響曲―――――第九のリハーサルを行っていた。


    武骨な響きが練習用のホールの中に響き渡る中、事件は起こった。















    遥か遠くから、俺は、何かが爆発する音を聞いた。
    続いて、銃声も、聞こえてきた。









    ____________スペイン内戦、勃発






    共和制が樹立されていたスペインにおいて、軍部がクーデターを起こし、内戦の炎は瞬く間にスペイン中に飛び火した。
    その火中に、俺はまさに居合わせてしまったのだ。


    この炎は再びヨーロッパを焼き尽くし、やがて世界中に飛び火していく。






  63. 63 : : 2016/05/09(月) 15:25:43







    「一体・・・・・・何が!?」
    「銃声!?」

    「また戦争が!?」






    オーケストラの団員が次々と不安を口にする中、俺は静かに指揮棒を上げた。






    「エ、エレンさん?」
    「しっかりしろよ! お前らは誰だ? 音楽家だろうが!!」





    俺が大声で団員たちを叱咤すると、団員たちはハッとした様子でそれぞれの楽器を持ち始めた。









    「いい顔だな・・・・・・・・・・・・よし、始めるぞ!」




    バルセロナの街に銃声が響き、爆発音が轟き、悲鳴が上がる。
    そんな中にあって、ソリストたちが、合唱団が、オーケストラが必死になって“自由”を叫んだ。







  64. 64 : : 2016/05/09(月) 15:26:14









    交響曲第九番 合唱 第四楽章
    <歓喜に寄す>




    おお、友よ、このような調べではない!
    もっと心地よくて、さらに歓びに満ちた調べを
    ともに歌おう!


    歓びよ、美しい神々の火花よ、
    楽園(エリジオン)の娘よ、
    われらは熱き感動に酔いしれて
    天上の、御身の聖殿に踏み入ろう!


    この世の慣わしが厳しく分け隔てた者たちを
    あなたの神秘なる力はふたたび結び合わせる。
    御身の優しい翼の憩うところ、
    すべての人が兄弟となる。


    大いなる天の賜物を受け、
    ひとりの友の友となり得し者よ、
    優しい妻を勝ち得た者は
    和して歓喜の声をあげよ。


    そうだ、たとえただひとつの魂でも
    地上で友と呼べるものをもつことができる者は!
    しかし、それができなかった者は
    涙しつつ、この集いからひそかに立ち去るがよい。


    すべての生き物は、
    自然の乳房から歓喜を飲む。
    すべての善人も、すべての悪人も
    自然の薔薇の小径をゆく。


    歓喜はわれらにくちづけと葡萄酒と
    死の試練を経た友を与えた。
    快楽は虫けらに与えられ、
    そして智天使ケルビムは神の御前に立つ。


    楽しげに、神の太陽たちが
    壮大な天の軌道を飛びかうように、
    走れ、兄弟たちよ、なんじの道を。
    英雄が勝利に赴くように、喜ばしく。


    抱きあえ、いく百万の人々よ!
    このくちづけを全世界に与えよう!
    兄弟たちよ、星のかなたには
    愛する父が必ず住み給う。


    ひれ伏しているか? いく百万の人々よ。
    創造主を感じているか? 世界よ。
    星空のかなたに、主を求めよ。
    星々のかなたに必ず主は住み給う。








  65. 65 : : 2016/05/09(月) 15:26:49









    演奏はほとんど叫びのようなものとなり、合唱はまるで慟哭のようなものになった。
    これからやってくる暗い予感に、涙を流すものさえいた。


    演奏が終わると、近くで爆発が起こり、ホールがパラパラと揺れた。







    「ありがとう、友よ。ありがとう・・・・・・。」



    俺は言葉に詰まって、口を手で押さえながら、やっとの思いで呟いた。









    「いつかまた・・・・・・ここに自由が戻る時が来たら。その時こそ、その時こそだ・・・・・・・・・・・・また、ここで、“自由”を、歌おう・・・・・・。」








    そして俺は、オーケストラを、解散した・・・・・・。



    またいつか、ここに戻ってくることを誓って。
    平和のために、身を捧げることを誓って。







  66. 66 : : 2016/05/09(月) 15:27:24








    バルセロナの市街地は、共和制を守るための人民戦線と、台頭するファシズム、フランコ将軍率いる反乱軍の戦場と化していた。







    銃弾が飛び交う中を、俺たちは命がけで脱出しなければならなかった。
    血なまぐさい戦場を、俺たちは駆け抜けなければならなかった。

    俺は再び亡命者となって、今度は俺の故郷から脱出しなければならなかった。


    雪の降りしきる冬のピレネー山脈、ここを超えることを俺たちは余儀なくされた。







    「はぁ、はぁ・・・・・・。」



    50歳を過ぎた俺には、雪の中の行軍はあまりにも過酷過ぎた。
    両手両足がかじかんで、休み休みながらでないと、動くことが出来なかった。






    「流石の俺も、歳には、勝てないか・・・・・・。」
    「いえいえ、普通だったら、こんなに歩けないですよ。」

    「もう少しで国境です! 頑張りましょう!」






    オーケストラの団員に励まされ、時折担がれながら、漸く俺は国境にまで辿り着いた。
    スペイン―フランス国境、ピレネー山脈の尾根から俺はもう一度、スペイン、カタルーニャのほうを振り返った。








    「いつか、戻る。いつか・・・・・・必ず・・・・・・・・・・・・。」






    俺はもう一度、涙を流し、国境を後にした。
    けれどこれは、これからやってくる悲劇の、ほんの序曲に過ぎなかった。









    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  67. 67 : : 2016/05/09(月) 22:38:24








    始まりは、1922年だった。








    イタリアのローマにおいて、ベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党が権力を掌握し、ファシズム政権を誕生させた。
    遅れること11年、ドイツにおいてアドルフ・ヒトラー率いるナチスが権力を掌握し、第二のファシズム政権がここに誕生した。






    ムッソリーニとヒトラー。




    二人の独裁者の影が日に日にヨーロッパに深い影を投げかけていく中、とうとう第三のファシズムが勃興しようとしていた。
    軍人だったフランシスコ・フランコ率いる反乱軍が、スペイン内戦を引き起こし、エレンは戦火に巻き込まれたのである。


    この時、ドイツとイタリアは公然とフランコを支持し、直接参戦した。







    その時僕は、パリにいた。







    ピアニストである以上、僕はピアノで人に訴えかけることしか出来ない。
    僕は依然として、聴衆の前で演奏を続けたし、ドイツにさえも、僕は出かけていった。


    音楽を愛する人間たちのために、等しく音楽を奏でたい。



    それが僕の願いであったし、そこには政治も主義も、立ち入る隙などあってはならない。








    戦いに巻き込まれてしまったであろうエレンを心配しつつも、僕はそんなことを考えていた。
    そして、この時の無知蒙昧さを、僕はずっと後になって後悔することになる。








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  68. 68 : : 2016/05/09(月) 22:41:13








    1937年
    フランス、パリ





    俺はスペイン国境に近いプラドに新居を構え、フランスを中心に暫くは活動を行っていた。




    バッハの無伴奏チェロ全曲。
    ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲。
    ドヴォルザークのチェロ協奏曲。



    この時期に集中して、俺は重要なレパートリーを悉く録音していった。

    同じ頃、ミカサは重要なレパートリーであるフォーレやドビュッシー、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを、アルミンの伴奏で録音していた。



    同じパリにいるのに、相も変わらず忙しくて、俺たちはすれ違いの日々を送っていた。









    「なあ、アルミン、ミカサ・・・・・・・・・・・・俺たち、そろそろイェーガー・トリオで新しい録音をやらねぇか?」



    それは、俺の何気ない一言だった。






    その時、俺とアルミンはミカサの部屋でくつろいでいた。




    お互い忙しいスケジュールの合間を縫って、もう一度三重奏曲を演奏したい。

    それに、俺たちはまだ、トリオとしては五曲しか録音をしてない。


    だから、まだまだたくさんの録音をしたかったのだ。






    すると、アルミンは少し難しそうな顔をした。




    「スケジュールがきつそうか?」
    「うん、暫くはドイツに演奏旅行をすることになってるから―――――「おい、お前今なんつった!?」






  69. 69 : : 2016/05/09(月) 22:43:26








    その時、エレンの鋭い声が、僕の答えを遮った。
    部屋の空気が、変わった。










    今まで僕は、幾度となくエレンを怒らせてきたと思う。
    僕らがまだ若かりし頃、パリのカルチェ・ラタン、あのカフェで、僕らはよく言い争いをしてきたから。


    でも、今の怒りは、今まで感じたどの怒りとも違っていた。






    「お前、今のドイツで演奏することが、どんな意味を持つか分かってんのか!?」
    「エレン、僕らは音楽家だろう? 音楽には思想も主義も入り込む余地なんてない!」

    「てめえ、ふざけてんのか?」



    「エレン、アルミン、止めて!!」






    見かねたミカサが仲裁に入ろうと大声を上げる。
    だが、これほどまでに激昂したエレンを鎮めるには、もう遅すぎた。







    「テメエはずっとナチスの前で演奏してろ、このナチ野郎!!」
    「なっ!?」






    この一言に、僕も冷静さを失ってしまった。
    その時のことを、僕は今でも悔やみきれない。






    「僕が、ナチだって・・・・・・・・・・・・ふざけんなぁッ!!」
    「ああ! 第三帝国で演奏する奴は皆ナチだッ!! 糞の掃きだめだッ!!」

    「僕は、音楽家だ・・・・・・・・・・・・。音楽に国境なんてない! 主義思想は関係ないッ!!」








    「ほざいてろッ!! もう二度と・・・・・・・・・・・・俺の前に現れるなッ!!」






  70. 70 : : 2016/05/09(月) 22:44:20









    そう言ってエレンは、ミカサの部屋を飛び出していった。







    「ダメッ! 待って、エレンッ!!」



    暫く呆然としていたミカサが、我に返ってエレンを追いかけていった。
    僕は、まるで金縛りにあってしまったかのように、その場から動けなかった。





    ややあって、ミカサは暗い表情で帰ってきた。





    エレンはそのままプラドへと帰り、二度と僕らの前に姿を現さなかった。


    僕らの友情は、壊れてしまった。
    イェーガー・トリオは解散し、もう結成されることもなかった。






    奇跡は何度も起らない。






    僕はそっと、ミカサの部屋を出ていった。








    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







  71. 71 : : 2016/05/10(火) 17:25:22







    暗い時代の、幕開けだった。








    エレンが出ていってしまってから、僕とミカサも間もなく疎遠になってしまった。






    「もう、あなたにはついて行けない。私も、ドイツでは演奏したくない。」


    そう言ってミカサも、僕の元から去っていった。









    それから間もなくのこと。









    1939年9月1日
    ドイツ軍、ポーランドに侵攻





    _______________第二次世界大戦、勃発







    エレンの言っていることは、確かに正しかった。







    何も、僕はナチスだというわけではない。
    けれど、芸術や音楽は、政治と無関係でいることは出来なかった。


    それを思うと、今でも胸を焼くような後悔に駆られる。
    もっと早くに気が付いていれば、苦しまずに済んだのにと。






  72. 72 : : 2016/05/10(火) 17:26:02








    「偉大なる「ピアノの詩人」アルミン・アルレルト。お会いできて光栄です。」
    「こちらこそ光栄ですよ。ゲッベルス大臣。」

    「本日は総統閣下もご臨席賜る。くれぐれも失礼のないように振る舞い給え。」








    僕は何度も、ナチスの連中の前での演奏を強いられた。
    時に僕は、ヒトラーの前でさえ、演奏させられた。


    ナチスの高官たちの前で、僕はよくショパンを演奏した。


    ポーランド人であるショパンの嘆きをナチスの連中は聞き取っただろうか。
    演奏の中に込めた僕の抗議や、やり場のない悲しみや怒りを感じ取っただろうか。









    風の噂で、エレンがプラドから動かず、間もなく演奏活動を止めてしまったことや、
    ミカサが、戦争で傷ついた負傷兵たちを相手に慰問演奏を行っていることが耳に入ってきた。


    それを聞くにつけ、僕の心は曇っていった。








    最初から、そうすべきだったのだ。




    僕は、音楽の持つ負の力を知らなかった。
    いや、音楽を負のほうへと捻じ曲げてしまう悪の存在を知らなかった。





    あのワーグナーの偉大な音楽が・・・・・・

    リエンツィが、
    ワルキューレが、
    マイスタージンガーまでもが、


    かの独裁者、アドルフ・ヒトラーのために用いられ、彼の偉大さを現すための象徴とされた。







    そして戦争は、僕の想像だにしなかった悪夢へと繋がっていった。






  73. 73 : : 2016/05/10(火) 17:27:17








    1940年6月14日―――――――――パリ、陥落






    遂にヒトラーの魔の手は、フランスを打ち砕いた。
    ヒトラーはパリに入城し、空っぽになってしまった光の都をドイツ軍が蹂躙した。


    この未曽有の国難に対し、僕に出来ることは、ただ音楽を奏でることだけだった。








    1944年
    パリ、シャンゼリゼ劇場





    結局フランスは、ヴィシー政権というドイツの傀儡政権によって統治され、僕も彼らと関わらざるを得なかった。
    戦況が日に日に厳しさを増す中、僕は演奏でしか人々に語れなかったし、それ以外の生き方を知らなかったのだ。


    この日、僕はこのシャンゼリゼ劇場で、とある人物との再会を果たした。






    「お久しぶりですね、ピクシスさん。」
    「そうじゃのう。若いお前さんたちがトリオを組んで、ここで演奏をしていたのが懐かしいわい。」

    「ええ、お互い随分と歳を取ってしまいましたから。」






    アムステルダム・コンセルトヘボウの首席指揮者、ドット・ピクシスであった。
    彼もまた戦争に巻き込まれ、音楽を奏でる以外に生き方を選べなかった。


    そして僕らは皮肉にも、エレンやミカサと初共演を果たしたこのホールで、共演することとなったのだ。






  74. 74 : : 2016/05/10(火) 17:28:54







    「一つ、聞きたいことがあるのじゃが。」
    「何なりと・・・・・・。」



    「お主は今、何を思うて音楽をやっておる?」





    それは、難しい問いだった。
    尋ねてくるピクシスからが、何らかの答えを求めているかのように、苦悶の表情を取っていた。


    僕は、一呼吸おいてから、ゆっくりと話し始めた。






    「音楽には力があります。人を喜ばせもすれば、失意の底に叩き落とすことも。さらには、特定の人物を権威づけることも可能です。


    でも、音楽をすることは素晴らしい。

    私は、そこに聴衆がいる限り、一人でも多くの人間に音楽のすばらしさを知って欲しい。
    今となってはおこがましいことではありますが、私はそれ以外に、生きる術を持たないのです。」



    「ふふ、お互い、不器用なものじゃのう。」






    僕の話を聞いていたピクシスは、悲しみの中に笑顔を浮かべた。







  75. 75 : : 2016/05/10(火) 17:29:56







    音楽家とは、なんと不器用な人間の集まりだろう。
    才能のすべてを注ぎ込まねばいけないばかりに、他に出来ることなど何もない。


    だから体よく、政治に利用される。


    こんなにも容易く、愚直なまでに・・・・・・。








    僕やピクシス、パリ放送管弦楽団の団員たちが壇上に上がると、聴衆から眩いばかりの拍手が送られた。






    ________喜びも悲しみも、音楽は全てを包み込む。





    ピアノの前に座り、音を合わせると、ピクシスは指揮棒を振り下ろした。


    ポーランドの音楽家、ショパンが遺したピアノ協奏曲第二番。
    喜びも悲しみも全て入れ尽くし、音楽として昇華していく。











    エレン、ミカサ・・・・・・・・・・・・





    パリは・・・・・・

    パリは・・・・・・・・・・・・










    パリは今、燃えている。










    ―――――

    ―――






    ――――――
    ――





    ――――













  76. 76 : : 2016/05/10(火) 17:32:07












    戦後、ナチスに協力したとされた音楽家たちは次々と裁判にかけられた。




    ベルリンフィルの指揮者であるエルヴィン・スミス。
    アムステルダム・コンセルトヘボウの指揮者、ドット・ピクシス。


    彼らは演奏禁止処分をそれぞれ下され、公での演奏を禁じられる羽目になった。




    アルミンもまた、裁判にかけられて、一年間の演奏禁止を言い渡された。
    楽壇を追われたアルミンは、フランスから追放されてスイスのローザンヌへと亡命せざるを得なかった。








    結局俺は、故郷であるカタルーニャに帰ることは出来なかった。





    フランコは現実的な男で、イタリアやドイツに便宜を図りつつも、表向きは非交戦国という立場で連合国との直接対決を避けた。
    5万人もの人間を粛清しておきながら、戦後もぬけぬけと独裁者であり続けた。


    狡猾なもので、連合国も次々とフランコ体制を承認していった。







    「スペインに自由が戻らない限り、俺は祖国に帰らない。」





    俺はそう宣言して、戦後再開した演奏活動を封印した。
    俺は嫌というほど知っていた。


    政治に利用されてしまう、その虚しさを。






    だから俺は、演奏を封印することで、フランコに対する抗議としたのだ。







  77. 77 : : 2016/05/10(火) 17:35:43








    1950年
    フランス、プラド







    「だ~か~ら~! お願いしますって言ってるじゃないすかッ!!」
    「だ~か~ら~! やらねぇって言ってんだろうがッ!!」






    演奏活動を封印してから5年余り。



    すっかりプラドに居付いていた俺の元に、珍客が訪れた。






    「なんだよ~、「チェロの神様」っていうからホントに神様みてぇな人だと思ったのに、ただの頑固ジジイじゃん。」
    「もう一度言ってみな、コニー? 外のゴミ捨て場に放り出してやるぞ、コラッ!」






    こいつはコニー・スプリンガー。こう見えてヴァイオリニスト。
    演奏の腕は一人前なんだが、お馬鹿なのがたまに瑕だ。







    「大体、何で俺がアメリカに行かなくちゃならねぇんだよ!?」
    「「チェロの神様」が何でチェロ演奏しないんすか!?」

    「そんなに簡単は話じゃねぇんだ! お子様はとっととおうちに帰りな!」





    終いには俺は怒りだして、コニーを家から追い出してしまった。
    「また来るからな~!」とコニーが言ってくるので、「二度と来んな!」と叫んでおいた。




    ・・・・・・・・・・・・また来るだろうが。









    「全く、俺が金で動くと思いやがって。」





    天文学的なギャラを示されたことも、気に入らない理由の一つだった。
    如何にもアメリカ的な、金でものを言わせる感じが気に入らなかった。



    政治に利用されるのはごめんだと俺は呟いて、日課としているチェロの練習を始めた。







  78. 78 : : 2016/05/10(火) 17:38:16







    一週間後






    ドンドンッ




    チェロの練習をしている最中に、誰かがドアを叩く音が聞こえてきた。
    あいつだ、あいつが来たに違いない。


    そう思った俺は、バレバレの居留守を決め込もうとした。
    が、次に聞こえてきた声は、コニーのものではなかった。








    「エレンさん? いらっしゃいますか!?」
    「!! まさか、サシャか!?」





    驚いた俺は玄関のドアを開けた。



    玄関の前に立っていたのは二人。

    一人はもちろんコニーであったが、もう一人は俺の古い友人だった。







    サシャ「お久しぶりですね、エレンさん!」
    コニー「また来たっすよ!」

    エレン「・・・・・・また来たのか、コニー。それに、サシャ。お前まで来るなんてな。」





    サシャ・ブラウス。



    ピアニストであり、俺がパリにいた時代に、ベートーヴェンのチェロ・ソナタを一緒に録音した友人。

    もっとも、歳は父娘ほどにも離れてはいるが。






  79. 79 : : 2016/05/10(火) 17:39:08








    「という事は、俺の復帰を仕組んだのは、お前だったのか、サシャ。」
    「もったいないですよ、エレンさん。あなたほどの人が。」

    「サシャ、お前ならわかるはずだ。何で俺がチェロを弾かなくなったか。」







    するとサシャは、俺の予想に反して笑顔を見せた。
    気が付くと、コニーも隣で笑っている。






    「勿論分かってますよ! だから、エレンさんはアメリカに行かなくていいんです!」
    「はっ!?」

    「俺たちのほうからここに来ます。このプラドで、新しい音楽祭をやるんすよ!」


    「はぁッ!?」






    一瞬呆気にとられて、俺は何も言えなかった。





    逆転の発想だ。
    来られないなら、こっちからこればいい。


    あまりにも単純だが、実に巧妙なものだ。
    そう思うと、今度は腹の底から笑いがこみ上げてきた。






    久しぶりに、俺は心の底から笑ってしまった。





    「え、エレンさん?」
    「ははは・・・・・・悪い悪い、サシャ。お前、こんな小さな町で音楽祭やったって、何の足しにもならねぇぞ?」

    「らしくないですよ、エレンさん? 金もうけのために音楽をするのは、お嫌いでしょう?」






    参ったな・・・・・・サシャもコニーも、純粋に音楽がしたいのだ。
    そんな若い音楽家に担がれたら、休んでなんかいられないじゃないか。






    「良い音楽祭にしようぜ。サシャ! コニー!」

    「はい!!」
    「よろしくお願いします!!」







    こうして俺たち三人は、このプラドの地において、プラド音楽祭を開催することになった。
    1955年になって、俺がプエルトリコに越してからも、この日のために俺はプラドに足を運んだ。







    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








  80. 80 : : 2016/05/10(火) 17:40:16

















    1958年
    プエルトリコ





    ついに俺は、故郷へと帰ることが叶わなかった。


    プエルトリコの気候は、故郷であるカタルーニャのものとはだいぶ異なっている。
    それでも風を感じては、故郷の風を、空を飛ぶ鳥たちのことを思いだす。






    俺はひとり、自宅の窓辺に座り、歌うようにそよぐ風に想いを寄せていた。




    そんな折だ。

    およそ30年ぶりに、アルミンが俺を、尋ねてきたのは。







  81. 81 : : 2016/05/10(火) 17:41:04








    アルミンだと分かった瞬間、30年分の悲しみが、一気に襲ってきたように思われた。
    彼を中に招き入れた俺は、アルミンが語る悲しみに耳を傾けていた。







    「一年の後に演奏禁止自体は解かれたのだけれど、演奏の機会に中々恵まれなかった。そんな折、君が漸くプラドで音楽活動を再開したと聞いた。
    勿論、すぐに会いに行きたかったけれど、僕には決心がつかなかったんだ。」






    アルミンの話を聞いているうちに、いつの間にか日は落ちて、あたりは暗くなっていた。
    俺は静かに頷き、それからゆっくりと立ち上がった。






    「アルミン・・・・・・・・・・・・よく、よく来てくれた。」
    「エ、エレン?」

    「まさか30年も待つとは思わなかったんだがな。」






    そう言って俺が微笑んだ瞬間に、アルミンは泣き崩れた。







    「もう止せよ、アルミン。」
    「僕は・・・・・・恥ずかしい・・・・・・。彼らに、協力して、君を、裏切って・・・・・・。」






    胸のつかえが取れたかのように、アルミンは泣き続けた。
    30年もの時を、埋め合わせるかのように・・・・・・。







  82. 82 : : 2016/05/10(火) 17:41:49








    「・・・・・・・・・・・・ごめんね、勝手に押しかけてしまって。」
    「今更だ。昔からそうだっただろう。俺もそうだったが。」





    それから俺たちは、お互いの思い出話に花を咲かせた。


    時に笑ったり、
    時に泣いたりして、
    時間はあっという間に過ぎていく。





    今考えても、俺たち三人の出会いは奇跡だった。
    俺たち三人は、お互いに足りないものを補い合える、そんな関係だったと思う。







    「僕らがこうして、仲直りできたと知ったら、ミカサも喜ぶかな?」
    「そうだな・・・・・・。あいつが亡くなって、もう5年も経つのか。」






    ミカサは、飛行機事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。

    あいつの使っていた1720年製のストラディヴァリウスは、遂に燃え滓すら見つからなかった。








    奇跡は、そう何度も起らない。
    時は、残酷にもあらゆるものを奪っていく。


    それでも時は、貴重なものを与えてくれる。







  83. 83 : : 2016/05/10(火) 17:42:42








    1958年
    プラド音楽祭







    俺とアルミンは、この音楽祭にて最後の共演を果たした。






    俺たちが最後に演奏した曲は、奇しくも、俺たちが最初の共演で演奏したベートーヴェンのチェロ・ソナタ第三番だった。




    アルミンは相変わらずミスタッチするし、
    俺もひどく音程が不安定で、かつてあった色気が抜け落ちてしまっていた。


    それでも俺たちは、心の底からこう思えた。









    ・・・・・・・・・・・・音楽をやることは素晴らしいって。








    「相変わらず、お前はリズムの処理が正確だな。」
    「君の演奏のスケール感は素晴らしいよ。」

    「ありがとう、アルミン・・・・・・・・・・・・お前とまた音楽がやれて、本当に良かった。」






    こうして俺たちは、舞台上で抱擁を交わした。


    もう涙は必要ない。
    俺たちは、笑顔で観衆に深々と頭を下げた。







  84. 84 : : 2016/05/10(火) 17:43:33









    このコンサートを最後に、アルミン・アルレルトは引退を宣言し、長かったピアニスト生活に終止符を打った。



    引退後、アルミンはエコールノルマルの教授職に復帰し、精力的に後進の指導に当たった。
    教育者としてのアルミンの資質は確かで、弟子の系譜をたどっただけで一つの派閥が出来るほどだ。




    バッハ、ベートーヴェン弾きの司祭、アニ。

    薄命のショパン弾き、ミリウス。
    稀代のモーツァルト弾き、ミーナ。

    今に至るまで第一線で活躍するピアニスト、ナック。


    そして、酒とタバコをこよなく愛するショパン弾きの風雲児、リヴァイ。




    彼らはそれぞれ、アルミンが見出し、デビューさせた弟子たちだった。







    そして、4年後の1962年には・・・・・・・・・・・・













    彼の訃報に接した。
    享年、84歳。









  85. 85 : : 2016/05/10(火) 17:44:12


















    月日は流れ、1971年10月24日・・・・・・・・・・・・








    親友だったアルミンが亡くなってから9年。
    ミカサが亡くなってから14年余り。




    俺はいよいよ、94歳になってしまった。


    最年長だった俺が今だに現役のチェリストであり指揮者だなんて、あいつらが知ったらさぞかし驚嘆することだろう。
    年齢順から言って、最初にリタイアするのは俺だと、心のどこかで思っていたから。









    この日、俺は国際連合に招かれた。






    長い間演奏活動と並行して、俺は平和活動にも取り組んできた。
    その功績が認められて、国連の日である今日、事務総長から国連平和賞を贈られることとなった。





    受賞するにあたって、国際連合の本部において、演奏会が開かれた。




    この日のために俺は、“国際連合への賛歌”を作曲し、俺自身の指揮で初演を果たした。
    これ以上ないと思われるくらいの栄誉を、この日、俺は授かった。






  86. 86 : : 2016/05/10(火) 17:45:44








    「それでは最後に、「チェロの神様」エレン・イェーガー氏に、スピーチをしていただきましょう!」






    表彰を受けた後で、俺は司会からスピーチを求められた。
    国際連合の総会が開かれる会議場が拍手で包まれ、俺はゆっくりと、壇上へ向かって歩き出した。


    漸く壇上につくと、会議場は静まりかえった。
    俺がいつ話し出すのかと、各国の代表は静かに座っている。



    俺は一息つくと、静かに話し始めた。







    「私には・・・・・・ここで語るべき言葉がありません。その代わり、私には歌があります。今一度、チェロを演奏するときが来たようです。」







    すると、国連の職員は、俺にそっとチェロを手渡してくれた。
    長年使い込んできた俺の相棒、ゴフリラー。




    もう、往年のテクニックはない。
    もう、あの時のような演奏は出来ない。


    でも、今だからこそ、歌えることもある。






    「私はこれから、カタロニア民謡にある“鳥の歌”という曲を演奏しようと思います。




    私の故郷の鳥たちはこう、歌います――――――ピース(peace)ピース(peace)ピース(peace)と・・・・・・。




    このメロディは、バッハ、ベートーヴェン、そして・・・・・・・・・・・・全ての偉人たちが称賛したもの。
    そして、私の民族、カタルーニャの、魂なのです。」










    この演奏が、俺の集大成になる。



    歌うんだ。
    故郷を飛び回る、鳥たちのように・・・・・・・・・・・・。











    俺は弦に弓を当て、静かにゴフリラーを歌わせ始めた。








    Fin







  87. 87 : : 2016/05/10(火) 17:48:25



    以上で終了になります。



    私の趣味全開で書いた進撃の巨人で音楽モノのパロディでしたが、いかがだったでしょうか?

    感想を頂けたら幸いです<m(__)m>





  88. 88 : : 2016/05/15(日) 18:25:54
    とても面白くて深いですね…
    楽器の表現が豊かでつい読み込んでしまいました!
  89. 89 : : 2016/05/15(日) 18:40:45
    乙でしたッ!
    ずっと更新されていくのを見てニヤニヤしてました。
    この作品で進撃の巨人と音楽というジャンルにハマってしまったようです←
  90. 90 : : 2016/05/15(日) 20:12:21
    >>88
    ありがとうございます(∩´∀`)∩
    楽器の表現は力を入れたところですので、正直とても嬉しいですw

    戦争に対して、人は何ができるのか。それはとても難しいと思います。例え善意でやっていたとしても、結局は政治権力に歪められ、利用される。それでも演奏することでしか生きていけない・・・・・・そんなジレンマを書こうと思いましたので。


    >>89
    お気に入りまで入れていただき、ありがとうございます(∩´∀`)∩

    また機会がありましたら進撃×音楽モノを書きたいと思いますw
  91. 91 : : 2016/05/15(日) 20:33:12
    お久しぶりです。
    壮大なスケールと逆境に立ち向かう演奏者達の逞しい生き様に圧倒されました。本当に心から音楽を愛しているんだなあというのが強く伝わって来ました。改めてMGSさんの想像力、筆力に脱帽です!
  92. 92 : : 2016/05/15(日) 22:22:46
    >>91
    カンツォッティさん、いつも私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます(∩´∀`)∩

    この話は、カザルス・トリオという実在の三重奏団の、それぞれの奏者たちの人生がモデルになってますw



    このお話、半分は音楽モノで半分は戦争モノになっています。

    音楽モノを書こうと思ったときに、部活のような学園モノは書きたくなく、また、戦争モノとしても、よくある日本が悪うございましたというような話にはしたくなく、結果としてこのようなストーリーになった次第ですw

    最後に、お気に入り登録ありがとうございます(∩´∀`)∩
  93. 93 : : 2017/04/06(木) 22:29:50
    泣けますやん
  94. 94 : : 2020/10/06(火) 10:15:12
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

    恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
    http://www.ssnote.net/archives/86931

    害悪ユーザーカグラ
    http://www.ssnote.net/archives/78041

    害悪ユーザースルメ わたあめ
    http://www.ssnote.net/archives/78042

    害悪ユーザーエルドカエサル (カエサル)
    http://www.ssnote.net/archives/80906

    害悪ユーザー提督、にゃる、墓場
    http://www.ssnote.net/archives/81672

    害悪ユーザー墓場、提督の別アカ
    http://www.ssnote.net/archives/81774

    害悪ユーザー筋力
    http://www.ssnote.net/archives/84057

    害悪ユーザースルメ、カグラ、提督謝罪
    http://www.ssnote.net/archives/85091

    害悪ユーザー空山
    http://www.ssnote.net/archives/81038

    【キャロル様教団】
    http://www.ssnote.net/archives/86972

    何故、登録ユーザーは自演をするのだろうか??
    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
    http://www.ssnote.net/archives/86986

    http://www.ssnote.net/categories/%E9%80%B2%E6%92%83%E3%81%AE%E5%B7%A8%E4%BA%BA/populars?p=18

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