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Loneliness Witch Historia
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- 1 : 2016/02/15(月) 19:59:19 :
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【Loneliness Witch Historia】
ロンリネス ウィッチ ヒストリア
これが、物語の題名。
寂しい人生って嫌だよね。誰もがそう思う。
人から蔑まれたり、嫌われたり、一人になるのが嫌だったり、友達が欲しかったり、恋人が欲しかったり。
その願いというのは個人個人で様々だけど、僕が思うに、一番嫌なのは「自分のことを愛してくれる人が誰もいない人生」だと思う。
僕が今から話す物語は、今までに誰からも愛されることのなかった、孤独な魔女の一生の話。
普通の物語ってさ。時系列どおりに進んでいくのがセオリーってもんだけど。この度君が読む物語は「遡り」の物語にしよう。
ん? なんでそんな判り辛いことをするのかって?
だって
「普通だと面白くないじゃないか」
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- 2 : 2016/02/15(月) 19:59:49 :
第一章「ユヴェール」
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- 3 : 2016/02/15(月) 20:03:01 :
私が入った小さな部屋には、中央にベッドがあった。
何年も掃除をしていないのだろう。12畳程の広さのある中、ベッドを含め周りの絨毯も埃だらけだ。
毒花っぽい異臭と、様々な薬物の香り。たまに生肉のような血臭い匂いもした。一見して何かの実験室の中央にベッドがある部屋と思われる。
「遡る物語って、素敵だと思わないかい?」
と、突然の声。
私も部屋に入ったばかりで見落としていたが、ベッドの隣に30~40代の男性が立っていたことに気が付く。
金髪で短髪、青目。服装は布の服だろうか。ラフな格好で私へ両手を広げている。
「ね、ユヴェール。君はどう思う」
男性は私の名を知っていた。
一瞬、自分と同じ魔法使いかと思い態勢を整えたが、その男性から魔力は微塵も感じられなかった。
誤解されないために言っておくが、先日16歳を迎えた私にこんな男性の知り合いはいないし、顔なんて見たこともない。
まあ、今までの私の人生からすると【知り合いがいる】なんて状況はまずあり得ないのだけれど。
何故この男性が私の名を知っているか、その謎は不明のままではあるが、彼の正体は足元を見てなんとなく察した。
「あっはは。バレちゃったか。そ、僕は人間ではない。この体も実体じゃあないんだ。足が透けてるってどんな気持ちか分からなかったけど、実際自分がなってみると不思議な感覚だねえ」
男性は頭をぽりぽりと掻きつつ、ほくそ笑みながら話を続ける。いや、頭を掻いているのは錯覚か。透明な彼の指は頭を透けて通していた。
「今僕は思念体、つまりこの世に未練のあった魂ってことさ。僕はとうに死んだ体だ。って、おおっと、除霊魔術は唱えないでくれよ。今でさえ時間が少なくて消えそうなんだ。僕は」
「――――どうして、私の名を知ってるの」
私は、部屋に入る前に母から譲り受けた退魔のブローチを握りしめてそう言った。
目の前の男性に怖いという感情は浮かばなかったけれども、私も母の魔女の血を受け継いだ一人。
地縛霊が昇天していないのなら、除霊という魔法行為は当然として思いつく行動ではある。
「どうして知ってる、か。さぁどう答えたものかな。ずっと間接的に見ていた、といえば答えになるのかな」
「間接的に? ……水晶映のことかしら。でも擬視魔力は感じなかったし」
「ま、とにかくだ。君のことは色々と知っているよ。ユヴェール」
「……」
疑心暗鬼となる癖は、物心ついた時に母から教わった。
私達魔女の末裔は、人を簡単に信じてはならない。自らの持つ力を悪用される可能性が大いにあるからだ、と。
それに今目の前にいる幽体は、自らをして「思念体」と述べている。
念体はやっかいな存在だ。己の目的を達しない限り、数年以上消えることなく世に亡き魂を留まらせ、実体なく行動することができる。
この思念体が何を目的として生まれたのかは知らないが、例えば「私を殺すこと」を命令されていたのなら、その目的を達するまでか、若しくは魔術契約期を過ぎるまで彼は死滅することはないだろう。
「で、僕の質問にはどう思った?」
「……質問?」
「ああ。遡る物語って、素敵だと思わないか?」
「……あまり思わないわ。人として大事なのは未来、歩み出すものであるからよ。確かに、過去の偉人が成し遂げた業績を振り返るのは大事なことだと思うけれど、それだけでは人は進歩しないわ」
「うむ、正論だね。僕だってそう思う。でもさ、普通に時系列を辿る物語ってのは、世にたっくさんあるじゃないか」
「貴方がいつの時代から思念体となっているかは知らないけれど、遡る物語だって世にはあるわ。ただ、読者は受け入れられなかったのじゃない? 過去を目安に進んで行く物語なんて、未来を先に見ているのだから面白い、興奮するなんて感情は生まれないわ」
「そうかなぁ」
「そうよ」
いつになく私は強気だった。
例え彼が私を憑き殺す思念体だったとしても。
私は伝説の魔法使い「エボル」の末裔。このようなひ弱そうな思念体に物怖じていては、最強の魔女と称えられたご先祖様に示しがつかない。
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- 4 : 2016/02/15(月) 20:04:31 :
「でもさ――――過去を見るからこそ、今が光るものだってあると思うんだ」
男性は右手人差し指を上げそう言うと、ベッドへ足を組み座り込んだ。
「彼女だって、その一人。孤独な大魔女(ロンリネスウィッチ)エボル・グラーラ」
「……エボル、ですって……?」
男はゆっくりと、ベッド上枕元の毛布をめくる。
そこには、辛うじて息を保っている老婆の姿。
顔は傷だらけで痩せ細り、見える中では上半身は裸。既に体は骨と皮となり、生きているのかさえ不安になる体型だった。
「何やらびっくりしている様子だね。ユヴェール」
「びっくりはしたけど、貴方が嘘つきだということが判ったわ。エボルは私の祖母の名よ。それに、彼女は既に60年前の聖戦で命を落としている。彼女がここにいるはずがないもの」
「いやぁ。僕は君に嘘をつく存在ではない。メリットもない。魔女の君なら知っていると思うが、思念体の行動原理は想いだ。僕が必要以上のことを君に伝えることは存在意義自体に矛盾が出てくるからね。だから今言ったことは本当だよ」
「……今、そこで寝ている彼女がエボルだというの? その、皮と骨だけの存在が?」
「そんな言い方はないだろう。こんな姿になったとはいえ、彼女だってまだ生きてるんだ」
私はローブ内へ隠し持っていた短めの杖を握る。
例えば男の言うとおり、ベッドに寝ている彼女(エボル)が本当に祖母のエボルだとしたら。
私は彼女を殺さねばならない。
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- 5 : 2016/02/15(月) 20:07:37 :
「物騒な顔をしているじゃないか。ユヴェール」
「思念体でも人の顔色は伺えるようね。そりゃあ物騒な顔もするわ」
「どうしてだい? 今ここで眠る彼女は、君の祖母であり、60年前に世界を救った勇者一味の大魔法使いであり、誰が見ても今は魔法など使えないひ弱な老婆だ。君が敵意を寄せる意味が、僕には分からないよ」
もう隠している意味はない。そう思い、隠し持っていた短杖をローブから出す。
杖の先には奴をいつでも焼却できる【火炎魔砲】のエネルギーが溜まりつつあった。
「貴方には関係ないこと。私は彼女を殺す理由がある。実力もね」
「人の話は最後まで聞こうぜお嬢ちゃん。おっと、僕は人じゃないなんてツッコミはよしてくれよ。こう見えても元人ではあるんだ」
「……彼女のせいで、私はこれまで16年間、地下施設に監禁されていたわ。母以外に誰とも話すことは許されなかった。あるのは自らの魔法を鍛え上げる拷問のような鍛錬、そして休息時間に多少の読書ができるのみ」
「ほう。何故そのような待遇に?」
「言ったでしょ、貴方には関係のないことだと。そこをどきなさい。私は彼女を消滅させる」
「おいおい、だから待てって。思念体の僕が彼女の近くにいる理由は判るだろ? 術者は彼女ではないにしろ、僕は一応、彼女と関連のある思念体なんだ。彼女が死ねば僕も死ぬ。そう理解をしてくれよ」
だからと言って私が止まる理由はない。私の心の中は闇で満たされていた。エボルが生きていた、それだけが心中の光明を生み出した。私のような不遇な存在を生み出した祖母に、復讐するのは「今」。
「彼女は誰からも愛されなかった。愛されてはいけなかった」
「!」
「これが、君の祖母の事実だ」
【火炎魔砲】の火力が消える。
魔術とは名の通り、魔に属す死神との契約が必然である。
世に蔓延る魔法使いは、同契約を結ぶことによって初めて魔法を使用することができる。
もちろん死神にも重軽の違いはあるのだけれど、私の祖母、もとい先祖が契約を交わしたのは死神の中で最も悪逆だとされる「デモン」だった。
「そうよ。そんなこと知ってるわよ。なんで改めて思念体の貴方にそんなことを言われなければならないの」
「おや。知っていたのか」
「馬鹿にするのも大概にして。エボルの呪術内容を知るあなたが、私のことを知らない訳ないでしょう」
「……。いや、分からない。実は僕、思念体となってまだ日数が少ないんだ。君自身はどんな呪術を継承しているんだい?」
「話の無駄。彼女を焼却するからそこをどきなさい」
「どくわけにはいかない。だって彼女が死んだら僕も死んじゃうから」
「ならば一石二鳥ね。どこぞの思念体とも分からない貴方を共に葬り去ることができるわ」
「まあまあ熱くなるなよユヴェール。君が復讐を全うしたい理由もなんとなく判る。だが、彼女のことは少しくらい知っているんだろう?」
「……」
「孤独な大魔女(ロンリネスウィッチ)と呼ばれた彼女。その名のとおり、彼女はずっと一人きりだったのさ。そ、君と同じようにね」
思念体の分際で生意気な。
いつでも貴方など瞬時に塵と化すことができる。気付けば私は名も知らぬ思念体へ睨みをきかせていた。
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- 6 : 2016/02/19(金) 14:43:01 :
「おお、怖い怖い。やはり大魔女の血を引くだけはあるね。その睨みだけで僕は昇天してしまいそうだ」
「黙りなさい。祖母と同じ血が流れていると聞くだけで吐き気がするわ。そしてさっさとそこをどいて」
「嫌だね。じゃあユヴェール、僕と賭けをしないか?」
思念体はにやりと靨を作り、立ち上がって私にそう言った。
「賭け、ですって?」
「ああ。僕が今から彼女の過去の話をする。君がその話を聞いても、彼女を殺したいと判断するなら、殺せばいい」
「……」
「だが、君が話を聞いて彼女を殺すのをためらうのなら、その時は――――彼女を愛してやってほしい」
「はっ!」
思わず嘲笑いが出る。私が彼女を愛するですって?
大概にしてほしいものだわ。誰のせいで私が今までの一生を惨めに過ごしてきたか。
「思念体とはジョークが好きなようね。言わなかった? 私はこの女を心底恨んでいるの。貴方がどんな話をしようと、私がこの老婆を愛せるなんてことは有り得ない」
「いやぁ。そんなことは分からないさ」
「分かるわよ。ねぇ、絶対って言葉知ってる? 暗い場所では絶対に本が読めないの。それと一緒」
「なら、明かりを灯せばいい」
「明かりさえない場所だったらどうするの?」
「目が慣れてくるのを待てばいいのさ」
「ふんっ。貴方は思念体だからいいわよね。私が過ごした地下施設は毎日明かりが灯っていないの。だから私が本を読めるのは、朝10分間だけ微かな光が差す時間だけ」
「君のこれまでの生活を聞くと同情するけれど、論点がずれているよ」
「貴方が無駄な交渉をしてくるからよ。何があろうと私の心が変わることなんてないわ。そう言いたかったの」
男性は鼻から少し息を出すと、私に背を向け両手を挙げる。
すると彼の体が今まで以上に透け、一瞬だけ光を放ったかと思うと、彼の周囲にピンク色の無数の光が取り囲んでいた。
これは――――鱗粉魔法?
本でしか読んだことはないが、妖精種族が利用する魔法の一種だ。鱗を吸った者を幻術へと誘う。
「ちっ! 正体を現したようね悪魔。私には幻術は効かないわよ」
「違う。僕は悪魔じゃない。それに君を悪意ある幻術に取り込むつもりもない。感じないか? この鱗は聖気であることを」
男の戯言に付き合うつもりは毛頭ないが、私も魔女の端くれ。魔術の効果や属性についてはさすがに理解できる。
確かに男の言うとおり、この鱗粉からは【聖気】が感じられた。
【邪気】を匂わせる魔法ならば、私よりも先に「退魔のブローチ」が反応しているはずだ。
しかし、何故この思念体ごときが【聖気】を?
【聖気】を操る魔法は、勇者の血を引く者にしか使うことはできない。
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- 7 : 2016/02/19(金) 15:25:31 :
「……貴方、勇者の血筋を引く者なの?」
私の口からは、自然とその疑問が出ていた。
男は私を見てくすりと笑う。
「ああ。恐らく、だけどね。でも言ったろ、僕は思念体として生まれてまだ日数は少ないんだ。それが確実とは言い切れない」
「……」
様々な疑問はあった。
①何故、母は私を今日ここへ連れてきたのか。
②何故、死んだはずの祖母エボラが生きているのか。
③何故、思念体ごときの男が、勇者の血筋を引いているのか。
全ては謎に包まれているが、確信したのは③だ。
気というのは、生まれながらにして決定するものであり、私が魔女の血を引き【邪気魔法】しか使えぬように、彼が【聖気魔法】を使えるのは勇者の血筋である以外に理由がない。
故に、彼は【嘘はつけない】し、この魔法も【危険が無いもの】と確信しても良いのだ。もし彼が嘘をつく思念体だったとすれば【聖気魔法は使えない】からだ。
「何が、目的なの」
「目的? うーん。とはいえ僕は思念体だからなぁ。目的意識はあるのだけど、それを強制させる力もない。君に語り掛け、幻術を見てもらおうとする行為はできるってだけさ」
「分かりにくいわね。つまり、私は貴方の幻術にかかればいいのでしょう? それが貴方の目的なのでしょう?」
「ん。まー簡単に言うとそうだ」
色々と想いを巡らせた私であったが、先に自らが言っていた言葉を思い出し、杖をローブ内へおさめた。
【人として大事なのは未来、歩み出すものである】と。
「いいわ。その幻術にかかってあげる」
「素直になってくれて嬉しいよ。表情も少し柔らかくなったね。君は美しいのだから、その顔の方が似合ってる」
美しい、などと言われたことは生まれて初めてだった。
年に1度しか会わない母に言われるのは罵倒の言葉だけ。
「汚い」「醜い」「触るな」「何故お前が私の娘なのだ」「さっさとのたれ死ねば良い」
私がその扱いを受ける理由は祖母にあったのだけれど、母は本気で私を殺そうとしていた。
だから私も常日頃から思うようになった。
祖母が生きていたら祖母を殺す。
その後、母親を問い詰めて殺す。
私が地獄とも言える魔法鍛錬で生きながらえている理由は、その復讐心のおかげだった。
「美しい、等と言ってくれてありがとう。でもね、貴方の幻術を見るには条件があるわ」
「条件? なんでしょう、お嬢さん」
「幻術を確認し終えたら、貴方の力を私に頂戴。聖気は魔女にとっての弱点にもなりうる。私はその力を使って、母を殺す」
祖母である大魔女エボルとは違い、その魔法力は衰えたと言われる母ではあるが、未だ未熟な歳の私が母を殺せる力はない。
「やけに物騒だねユヴェール。分かった、いいだろう。幻術を全て見せ終えたら、僕のことは好きにしてもらっていい」
「そちらこそ、やけに上手く交渉にのってくれるのね。また私の行動を止めるのかと思っていたわ」
「言っただろ。僕は思念体の行動原理に基づいて行動する。君に幻術をかけることが原理の一つなんだ。それが終わりさえすれば、僕に目的意識はなくなる。存在価値がなくなる。だから、その後は好きにすれば良いさ」
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