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【合作】たとえ、君に何を思われようとも この『選択』を僕は選ぶ。

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  1. 1 : : 2016/01/07(木) 13:34:49


    初合作!!

    進撃のMGS様と空山 零句の合作作品です!!


    更新はだいぶ自分の諸事情によりだいぶ

    遅くなってしまう事と思いますが、

    どうか、MGSさんと、ワタクシめの描くエレン&ミーナをご覧ください!


    追記

     今まで作中で沢山のありがたい意見を頂いております。ありがとうございます!
     ですが、今現在は他の方が読みやすくなる様、コメントは申し訳ありませんが不許可とさせて頂いてます。
     感想、ご意見は是非是非こちらへお願いします。ご協力、お願い致しますm(_ _)m

    http://www.ssnote.net/groups/2284

  2. 9 : : 2016/01/17(日) 12:12:07
    よろしくお願い致しますm(_ _)m
  3. 10 : : 2016/01/17(日) 12:18:28
    おおいに感謝しております!

    MGSさん、よろしくお願いしますね!^^
  4. 11 : : 2016/01/17(日) 12:25:53



















  5. 12 : : 2016/01/17(日) 12:36:24







    進撃の巨人 attack on titan

    〜 Auswahl der Hoffnung 〜









    ― 望んだ 選択 ―










  6. 14 : : 2016/01/17(日) 12:37:52









    -850-



                    





  7. 15 : : 2016/01/17(日) 12:58:45



     その日、「調査兵団」が帰還した。

     いくつかそんな彼らに関して言える事があるとするならば、
    彼らにとって、壁の向こうへと出た代償はあまりにも大きかった。

     彼らがこの壁を出る際には、確かに生きていたはずの兵士。

     その兵士たちが、帰還の際にはわずか全体の3割ほどにまで、ごっそりその数を減らしてしまっていた。 


    「また、これだけしか帰ってこれなかったのか」

    「皆、喰われちまったんだろ……?」


    「!!」


    「わざわざ壁の向こうの『世界』になんて出るからこうなるんだ」

    「これじゃあ……俺たちの税で」

    「奴らに『餌』を与えて 太らせてるようなもんだろ?」


    「……ッッ!」


     その一言は、彼自身を堪忍袋の緒を切る寸前まで刺激した。
     興味本位でその様子を見に来た壁の中の住人達。彼らには 自らの生活が何よりも大切なものだった。

     だからこそ。

     「自由の翼」を背負う 勇気ある兵士達は「異端者」としてしか、彼らの目には映らなかった。
  8. 16 : : 2016/01/17(日) 13:17:21

     少年はその時、彼らを呪った。

     お前らなんか知りもしないくせに。

     奴らが、いったいどうやって「人間を喰べているのか」。

     ─────見たことも無いくせに、と。

     幼かった少年は、気が付けばその身を大きく成長させている。少年は兵士になった。やがて、彼自身が望んだ通り彼は調査兵団の兵士になっていた。

     その場で、自由の翼を背負った少年。

     好き勝手に、野次を飛ばすことが出来ない彼らに対し、心に 憎しみと悔しさが溢れては止まらない。

     怒りで。

     虚しさで。

     絶望感で。

     ただひたすら、涙を────堪えていた。

  9. 17 : : 2016/01/17(日) 13:28:02


     そう、彼らは知らない。


     無知。

     否。

     彼らは、知ろうとする「努力」すらしようとしなかったのだ。

     何故なら、彼らは壁の中の「偽りの平和」に満足をして。

     目の前の「選択」に一杯一杯で、

     最も大切な「選択」をする努力を怠り。

     選択する危険(リスク)から目を背け。

     まるで、人間が育てる「家畜」のように。

     自らを籠の中へと閉じ込めていったのだから。

     
  10. 18 : : 2016/01/17(日) 13:38:20


     こんな────

     こんな奴らなんか────


     少年は足元に転がっていた小さくも、頑丈そうな木の棒を野次を吐く男達へ叩きつけようとした。いっそ、殺してやろうか。
     この家畜同然の男達に、彼らの無念を、怒りを、憎しみを、ぶつけてやろうかと。

     自分達の気持ちも知らぬ彼らへ。ぶつけようと、した。
     何で、オレはこんな奴らなんかの為に。
     何で、あの人たちは、オレの為に。

     消えろ。消えてしまえばいい────。

     だがその時、声が聞こえた。

     彼の名を呼ぶ、一人の少女の声が。


    『エレン!!』


    そうしてその瞬間────世界の光景は変わった。
  11. 19 : : 2016/01/17(日) 13:48:45



    「エレン!!」


    「ッ!!」


     少年───エレン・イェーガーはそうして目を覚ました。

     目を覚ましたばかりで、反射的にまばゆく、淡く輝く夕日の
    光から瞼を閉じそうになる。やがて鼓膜に、忙しないほどの音が伝わる。
     荷馬車の車輪。それらが地面に転がる小枝や小石を弾き飛ばし、木板諸共その際の振動によって揺れ動く音。馬が低くいななく声。

     そして、彼はそれに起床を促されているような気になり、再び重い瞼を、ゆっくりと開く。

    「……ッあ……」

     彼の瞳には、座りこみながら睫毛の多い大きな瞳で見つめる一人の少女の姿が映り込む。

  12. 20 : : 2016/01/17(日) 13:57:35


     柔らかに風に揺れる、お下げ髪が特徴の少女。


    「──────ミー……ナ」


     彼女の名前は、ミーナ・カロライナ。

     エレンの、初めて自らの命よりも大切にしたいと願った想い人。恋人。

     彼女はうっすらと涙を浮かべている。

     そしてまっすぐに哀しげな瞳を、エレンに向けたままだ。


    「エレン! 大丈夫……?」

    「……ミーナ、お前…….なんで……」

  13. 22 : : 2016/01/17(日) 14:51:02


    「……グッ! うぅ……ッ!」


     体がまるで鉛のように重い。

     おまけに目覚めてから、呼吸がどうも落ち着かない。

     いったいここはどこなのか。エレンは体を無理にでも起こそうと肘を立てる。だが。


    「エレン、ダメ! まだ、動かないで」


    「安静にしてて? ……ね?」



     ミーナがエレンをそっとなだめ、再び彼はやわらかい布のようなものに頭を下ろす。その布のようなものを、横目で確認する。


    (───マント、か? コレ)


     横目で見ただけな為、正確にはその正体は分からない。それは緑色のマントのように見えた。視線を彼女───ミーナへ向ける。調査兵のマントを身に着けていない。


     そうか、そういうことかと納得する。おそらく、ミーナがエレンの頭の下に敷かせたのだろう。
     何気なくも、ミーナの普段から人を想う優しさ。それがエレンには感じ取れた。


  14. 23 : : 2016/01/17(日) 15:16:50


    「……ここは、どこなんだ?」

     多くの馬の蹄が地鳴りのように響く。
     風は唸るようにその身を翻し、ミーナの髪を揺らし続ける。
     辺りには平原。そして、エレンとミーナの乗る荷馬車の周りには数多くの調査兵達が、馬を駆けさせていた。

     関節の節々が重く、そして軋むように痛む。だが何とか首を真後ろに向ける。その痛みの正体も思い出せず、考えもまとまりそうにない。

     後ろを見ると、様々な負傷を負った数多くの兵士達が 護衛班の荷馬車に、乗っていた。

     いったい、コレは何だ。この状況は何なのか。

    「………覚えて、ないの?」


    「…………………え?」


    「エレンは」


    「リヴァイ兵長の班にいた人達と“女型の巨人”に遭遇して」

     脈が、弾ける。
     自らの心臓の音が聞こえる。


    「ペトラさん達、皆……あいつに殺されて」


    「そのまま、エレンは“女型の巨人”に連れて行かれるとこだったんだよ?」


     早鐘のように鳴り響き続ける心臓は決して、気のせいなどではない。そう。これは、まるで、死を連れてくる音のよう。
     
     脳の奥を、残像が走る。戦慄もまた、止まらない。
     あぁ、そうだ。オレは─────あの時。
     
     自分のした選択で、
     そうして、

     全てを、失ったのだ。


    ______
    ____
    ___
    __
    _

  15. 24 : : 2016/01/17(日) 15:55:49



    ゴオオオオオオオォォォォォ!!!


    『やはりか………!!』

    『………ッ!!』


    『来るぞ………ッ!!』


    『女型の巨人だ!!』



    『そん、な………何で…? グンタ、さん………!!』


    『ッ!!!』


    『エルドさん、ペトラさん、オルオさんも………!!』


    『オレがッッ!! オレが今度こそやります、オレが奴を!!』


    『ダメだ!!!!』


    『!!? そんな、エルドさん、何で!!?』


    『エレンはこのまま本部を目指しなさい!! 全速力で!!』


    『ペトラさんまで!!? そんな!!』


    『オレも、オレも戦います!!!』


    『なんだてめぇ!? まだ俺達の腕を疑ってんのか!?』


    『………!! オルオさん……』


    『………エレン?』


    『!』

    『そうなの?』


    『そんなに────私達のことが』



    『信じられないの?』





    『………!!』






    『………………………』


    (ペトラさん………ズルイ、ですよ)


    (そんな………言い方されたら……………!)


    (──────ちく、しょう)


    ──────エレン。


    お願い。 


    私を、


    私達を─────信じて?







    ヒョォォオオオオオオオオオオオオ!!!!


    『……………………ッ!!!』




    『……我が、班の』



    『我が班の………勝利を信じてますッッッ!!!』


    『ご武運を!!』





  16. 25 : : 2016/01/17(日) 16:02:07


    『エレン』


    『!』


    『ありがとう』


    『ペトラ、さん?』


    『ミーナちゃんと絶対に幸せになりなさい』




    『………え? そんな、待って………待って、ください』


    『ペトラさん!!』


    『ダメですよ、そんな!! 絶対に生きて………!!』



    『皆、生きて帰るんでしょう!!?』



    『ピィーピィー喚くな! ガキンチョ!!』


    『心配すんな!』


    『オルオさん』


    『行け、エレン!!』



    『エルドさん……!!』




    『………………ッッ』



    パシュッ!!


    ……………カッ 


    『──────どうか、ご無事で!!』


    ギュィィィイイイイイイイイイ!!





  17. 26 : : 2016/01/17(日) 16:10:37
    ______
    ____
    __
    _



    『………!』クルッ


    『な………! つ、強い!』


    『そんな、あの女型が、一方的に……!』


    『──────………進もう。』


     振り返らずに、皆を信じて。

     そうして進めばきっと、それが正解なんだ。


     やっと、やっと、オレにも分かった──────





    ─────俺には 分からない。






    『…………………ぁ』ドクン





    ずっと、そうだ。





    『自分の力』を 信じても


    信頼に足る『仲間の選択』を 信じても







    ………結果は──────




    誰にも、わからなかった。







    『…………ッ!!』バッ!!










    だから─────




    まぁせいぜい、『悔い』が残らない方を


    自分で 選べ……

  18. 27 : : 2016/01/17(日) 16:30:02



    ドォォオオオオオオオオ!!!

    ギュィイイイイイイイイイイ!!!!


    『ッ!!』


    (やれ! エルド……!!)


    (お願い、エルド!)



    『俺が!! すぐそのうなじを!!!』


    『うぉおおおおおおお!!!!』









    パチ







    ギュルンッッッ!!!

    バグッッッ!!!!!!






    『……………………え?』






    『………あ』

    『……ッ』






    バキ・・・ッ ブチブチブチ・・・!!


    『エルドおおおおおおおおおお!!!!!!!』







    『………あ……え、エルド、さ……』


    『あ、あ、あぁぁああ…………!!!』


    『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』










    『なんで………!?』



    『そんな、まだ………まだ眼が見えるわけが……!!』


    『まだ、まだ30秒も経ってない!!』



    ググググ……………ドォォ!!ドォ!!ドォ!!




    『っ!! ヒッ………!!』



    『ペトラ!! 早く体勢を立て直せッッ!!』


    『ペトラ!! オイ!!!早くしろ────

    ドォ!!ドォ!!ドォ!! ドォオオオオ!!!!


    『─────あ……』


    『へいちょ………お、とうさ……』










    バキィィイイイイ!!!!

    ─────グシャッ


    『……………』

    『───────────ぁ』








    『アアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』


    『やめろぉぉぉぉおおおおおおおぉおおお!!!』










    『…………………オイ』




    パシュ


    ──────ドスッ








    『死ね』


    ギュイイイイイイイッィイイィィィ!!!!











    ガキィィィイイイイン………


    『………は………』


    『な、ぜだ………』


    『刃が………』




    『通らなね

    バキィィィイイイイ!!!!











    『───────────────』


    『あ…………………あぁ、あぁああ』






    ────オレが

    ────「選択」を間違えたから






    ─────皆、死んだ。








    オレガ


    最初ッカラ コイツヲ



    ブッ 殺シテ オケバ……………!!!


    『こいつを……』


    『こいつ、を…………………!!!』


    『殺すッッッッ!!!!』







    ガリッ!!!


    カッッ!!!


    __________
    ________
    _____
    ___
    __
    _
  19. 28 : : 2016/01/17(日) 16:54:59




    「─────あぁ…………ああああああ!!!!」



     彼らの死に際の表情。脳裏に焼き付いたそれが、どんどん蘇る。残酷なことに、それは留まる事を知らない。

     グンタの死。

     エルドの死。

     オルオの死。

     そして一番エレンの悩みに、ミーナのことを知った上で相談に乗ってくれていたペトラの、死。

     すべては、自分があの時─────選択を、間違えたから。

     皆と一緒に。

     あの時、無理にでも戦っていれば
     巨人の力を、使ってさえいれば。


    「オレの、オレのせいだ……!!」


    「エレン!? エレン!!」


    「オレが、あの時────戦ってさえいればッッ!!」


    「エレン!!」

     後悔と自らへの怒り、女型への殺意。
     両手で脳を潰さんばかりに頭を抱え込む。オレが、あの時、戦っていれば─────
     そんな様子に耐えられなくなった少女は、やがて彼を大声で制した。エレンはその時驚愕せずには、いられない。

     普段、大声を出すことなどめったにないミーナに驚いたのではない。大粒の涙。それが、彼女の頬を伝っていたからだ。


    「………っ」


    「…………お願い、エレン」


    「私も、私も分かってる! エレンが今、どんなに辛いかなんて」


    「でも!!」


    「─────今は、今だけは。お願い……」


    「休んで。………お願いだから、安静にしてて」


     ミーナは懇願するように、ぽろぽろと水滴を零して頼み込んだ。
  20. 29 : : 2016/01/17(日) 17:00:54
    本日、私ははここまでとします!すみません・・・!

    期待してくださったすべての方!ありがとうございました!!

    MGSさん・・・すみませんが、あとをお願いしますね!^^
  21. 30 : : 2016/01/17(日) 17:01:37
    了解です!
  22. 31 : : 2016/01/17(日) 17:56:14











    やがて、傷ついた俺たちはカラネス区へと帰還した。










    そんな俺たちを待っていたのは―――――――非難、罵声、嘲笑・・・・・・。



    ねぎらいの言葉なんか、どこを探しても見当たらなかった。














    特に、調査兵団を率いていたエルヴィン団長へ、厳しい声が向けられた。









    「こんなに部下を死なせて、何か思うことはないんですかッ!!」



    こんな罵声が浴びせられたのを、俺は今でも記憶している。











    でも、俺にとって何より堪えたのは、俺とミーナの相談によく乗ってくれたペトラさんの、父親の姿だった。



    リヴァイ兵長から真実を知らされたあとの父親の姿は、到底語るに忍びない・・・・・・・・・・・・。










    「・・・・・・・・・・・・くぅ、うぅ・・・・・・うぐっ・・・・・・。」



    涙は、独りでに、俺の目から溢れてきた。





    誰かの目を憚るとか、
    泣いたら恥ずかしいだとか、
    皆悲しんでいるのにとか、



    そんなことはもう、全然、考えられないほどに、ただただ俺は泣き続けた。










    隣に、ミーナがいてくれた、それだけが・・・・・・・・・・・・心の救いだった。














    __________今回の壁外調査に掛かった費用と損害による痛手は、調査兵団の支持母体を失墜させるには十分だった。



    エルヴィンを含む調査兵団の責任者が王都へと招集されると同時に、俺は、王都へと引き渡されることとなった。














    これが、今回のお話の・・・・・・・・・・・・始まり。



    そして、俺にとっても、ミーナにとっても・・・・・・・・・・・・避けられない苦痛の、始まりだった。

















    ―――――――
    ―――――
    ―――
    ――




  23. 32 : : 2016/01/24(日) 12:38:06













    数日後。
    旧調査兵団本部。












    「兵長・・・・・・紅茶が、入りました。」









    時刻は深夜。







    夜の闇があたりを覆い、広い食堂の中には蝋燭のほかに明かりもない。
    兵長がカップをソーサーにおくカチャカチャとした音や、蝋燭のジリジリと燃える音が部屋の中に響く。


    部屋の中には俺とミーナ、そして、リヴァイ兵長の三人のみ。
    紅茶を入れたミーナは、俺の隣に座ってから、一言もしゃべろうとしない。











    間もなく俺は、迎えの憲兵団に引き渡され、数日後には王都へと迎え入れられる。
    それから俺は、人類の“英霊”となる――――――・・・・・・・・・・・・。








  24. 33 : : 2016/01/24(日) 12:38:57










    「ちっ、遅せえな・・・・・・エルヴィンの奴。迎えの憲兵団が先に来ちまうだろうが。あらかた、クソがなかなか出なくて困ってるんだろうな。」









    重苦しい空気を破るように、リヴァイ兵長がぼそりと呟く。
    兵長がしゃべり始めたのに驚いたミーナが、兵長に尋ねた。










    「あの・・・・・・兵長?」

    「何だ?」

    「兵長って・・・・・・・・・・・・意外と、おしゃべりなんですね。」

    「!! おい、ミー――――――「馬鹿言え、俺は元々結構しゃべる。」









    俺の話を遮ってこんなことを言うものだから、俺は思わず「えっ!?」と兵長のほうへ振り向いてしまった。









    「クソの話もよくするぞ?」

    「そんな・・・・・・・・・・・・俺のためにそんな無茶しなくてもいいですよ!?」

    「何のことだ?」

    「えっ!? いや、だからその・・・・・・・・・・・・無理して、励ましてくれなくったって――――――「お前はバカだな、エレン。」








  25. 34 : : 2016/01/24(日) 12:39:37








    いきなり兵長に馬鹿呼ばわりされて、俺はまたしても「なっ、バカって?」と聞き返してしまった。
    すると、兵長は持っていた紅茶のカップを置き、じっと俺の目を見据えた。










    「その小さい頭で余計な心配をするな。そんなのといたって足手まといだからな。」

    「足手まといって・・・・・・エレンは落ち込んでるんですよ!?」

    「ミーナ!」

    「!! エレン・・・・・・・・・・・・。」

    「・・・・・・・・・・・・すみません、兵長。」






    俺が謝ると兵長は、小さくではあるが、舌打ちをした。
    右足をさすり、ほんの一瞬ではあるが、痛がっているのに俺は気が付いた。











    __________せめて、女型が誰なのか分かれば、すぐにでも殺してやるのに。




    エレンの心の中で、復讐の念が渦巻く。
    すると、食堂の扉をノックする音が聞こえた。









  26. 35 : : 2016/01/24(日) 12:40:14










    「待たせて申し訳ない。」



    エルヴィン団長はいつもと変わらない、冷静な様子で食堂に入ってきた。
    流石の団長も落ち込んでいるに違いないと思っていたから、普段と変わらない冷静さに、俺は違和感のようなものを感じたほどだった。










    「随分と遅かったな、エルヴィン。」

    「そう言うな。君たちにいい知らせと、悪い知らせがある。入れ。」








    団長はそう言うと、開けっ放しにした扉の方を向いた。









    「お、お前ら・・・・・・・・・・・・どうして?」



    中に入ってきたのは、ジャンとミカサ、そして・・・・・・・・・・・・アルミンだった。









  27. 36 : : 2016/01/24(日) 13:16:53




    「まずは良い知らせだ。…………“女型の巨人”と思わしき人物を、見つけた」



    「……!」

    「……え?」



     エレンとミーナは、その驚愕の言葉に思わず声が出てしまう。


     正直なところ、ここまで早くその正体が分かるとは二人ともまったく持って予想だにしていなかった。

     “女型の巨人”。第57回壁外調査において、調査兵団が大打撃を食らうことになった元凶であり、数少ない『知性』を併せ持った巨人の一体。

     その元凶は、数多き調査兵を死に追いやった。
     エレンの所属していたリヴァイ班のメンバーたちの、直接的な死因。

     そしてそれ以前にも右翼索敵班から始まる調査兵もまた、その巨人に嬲り殺しにされたのだ。
  28. 37 : : 2016/01/24(日) 14:31:39

     そもそもの話、この女型の巨人が知性を伴った異種の巨人である事が分かったのも前例があったからだ。
     一月ほど前の「トロスト区攻防戦」の引き金となり────エレン、ミカサ、アルミンの故郷を、巨人の闊歩する地獄へと変える要因にもなった“超大型巨人”。

     そしてその超大型巨人とともにシガンシナ区に出現し“ウォール・マリア”の内門を破壊し、そのまま5年間未だに姿を見せた事のない“鎧の巨人”────この2体の巨人も、知性を持ち合わせていたのだった。

     知性を持ち合わせたこの2体の巨人により、人類はこれまでにも幾度となく後退を余儀なくされてきた。

     二度あることは三度ある、とはよく言ったものかもしれないと、エレンは考える。そしてこの度の壁外調査での女型の強襲。普通に考えれば、エレンと同じ「巨人になれる中身」が存在がある事は想像に難くない。

     それさえ見つかれば、確かにこの状況を打開する術にはなるかもしれない────だけど、それは誰だ?

     
  29. 38 : : 2016/01/30(土) 21:11:25










    そう、調査兵団は、いつだって後手後手に回ってきたのだ。
    それ故に、団長の言葉は、一艘の重みをもって受け止められた。



    団長は相も変わらず冷静に、話を続けた。







    「女型の正体は、アルミンが突き止めた。作戦もアルミンが立案し、私が全面的にそれを採用した。」

    「!!」







    団長のこの話にエレンとミーナは驚き、二人はアルミンの方を向いた。
    小声で「やったな・・・・・・アルミン。」と、くぐもった中から、少し嬉しそうな表情でエレンはアルミンに呟いた。


    対して、アルミンの表情は曇ったままだ。
    そこには、一点の喜びも感じられなかった。






    「? どうかしたの、アルミン?」

    「・・・・・・・・・・・・。」








    ミーナに尋ねられても、暗い表情のまま俯くアルミン。
    すると、頃合いを見計らったかのように、団長が話を切り出した。








  30. 39 : : 2016/01/30(土) 21:12:12







    「曰く、女型は君たち104期の同期の女性で、憲兵団に所属している可能性が高い。」

    「「!!」」








    __________どういうこと!?





    団長の指摘に、ミーナはハッとした。
    慌ててエレンを見ると、彼もまた目を大きく見開き、動揺している。






    「ちょっと、待ってください!」



    思わずエレンは立ち上がり、団長に詰め寄るように言い募る。
    団長は、しかし、エレンの意向などお構いなしに話を続けた。











    「女型と思しき彼女の名は―――――――・・・・・・・・・・・・










    __________止めて、聞きたくないッ!!



    ミーナは、心の中で耳を塞ぎ、叫んでいた。










    彼女の脳裏には、一人の女性――――――かけがえのない親友の姿が浮かんでいた。



    募るエレンへの恋心を察してくれて、あれこれと相談に乗ってくれた、
    辛い訓練の日々に逃げたくなって、そんな私を諭してくれた、
    目標のなかった私に、兵士として生きる道を示してくれた、




    大切な、大切な親友・・・・・・・・・・・・












    「・・・・・・・・・・・・アニ・レオンハート。」



    団長は、静かに、ミーナの親友の名前を呟いた。










  31. 40 : : 2016/01/30(土) 21:13:35










    「・・・・・・・・・・・・どういうことなの、アルミン?」



    続いてミーナは、激しい怒りを抑えたように、そっとアルミンへと呟いた。










    「知ってる筈よね? アニは、私の・・・・・・・・・・・・大切な親友だって。」

    「・・・・・・・・・・・・。」









    アルミンは、辛そうな顔をして、ミーナの質問に答えなかった。








    __________冗談じゃない。



    辛いのは、私の方なの。



    だから、こんな辛い表情なんて、して欲しくない。
    だって、こんなの、あり得ないでしょ?







    すると、出し抜けにリヴァイがアルミンへと尋ねた。







    「おい、なぜお前はそう思うんだ?」

    「・・・・・・・・・・・・何でなんだよ、アルミン?」








    重ねてエレンもアルミンに尋ねる。
    アルミンは、一息つくと、やがて決意を固めたように話し始めた。








    「・・・・・・・・・・・・ハンジさんが捕獲した、二体の巨人を殺害したのが、アニだと思われるからなんだ。」

    「どうして!? アニが・・・・・・・・・・・・そんなことする訳ないじゃない!」








  32. 41 : : 2016/01/31(日) 10:53:19


    空気が、凍りつく。

    ミーナのアルミンへの怒りは、静かに募り続けていく。

    その空気を打ち破るように、エレンは もう一度訊ねる。


    問いただす。


    自分の親友が放った そのとんでもない一言に対して。


    納得がいかない。

    あり得ない。

    不条理だ。



    同じ釜の飯を食べ。

    毎日、共に、血も滲む様な訓練を積み重ねてきた。

    そんなかけがえのない「仲間」に対し、それは


    あまりにも。

    あまりにも――――――非道である。

  33. 42 : : 2016/01/31(日) 11:32:23


    そして、それは

    「侮辱」そのものなのだから。


    ミーナに対しても。

    他でもない―――アニ自身に、対しても。



    だからこそ、エレンは許せない。

    許すことができない。


    「なんで・・・」


    「なんで、そう・・・思うんだよ」


    「・・・おい、アルミン。何でだよ!!」


    「何でそんな風に思えるんだよ!!」


    エレンは激昂する。

    自分にとって―――かけがえのない親友である

    アルミンに対して。



    「・・・・・・」



    だが、アルミンの瞳には

    迷いという感情は、映っていなかった。


    その瞳には、決意とミーナに対する謝罪の念で溢れた

    哀しさがこもっていた。

    ミーナから、憎悪と哀しみの入り混じった視線を向けられても。



    それでも。

    アルミンは続ける。


    「・・・アニは――――“女型の巨人”は」


    「エレンの顔を知っていたんだ。」


    「・・・!」


    ミーナの顔の皮膚が、硬く・・・強張る。


    「そればかりか・・・」


    「同期でしか、知り得ないはずのエレンのあだ名」


    「“死に急ぎ野郎”に反応を見せていた。」


    アルミンの表情は、さらに曇っていく。


    だが、まるで報告書を読むかのようなその口調には

    感情が感じられなかった。


    「・・・それに、さっき話した二体の巨人は・・・」


    「おそらく、かなり高度な立体機動の技術によって殺されたはず

    なんだ。」


    「・・・それで?」


    ミーナは責め立てるように、アルミンを

    睨み付けながら・・・答えを求める。


    「つまり、何が言いたいの?」


    「・・・ミーナ。覚えてる?」


    「その2体の巨人を殺害した者を捕らえるために・・・あの時、

    立体機動装置の検査が行われたよね?」
  34. 43 : : 2016/01/31(日) 11:45:52


    「結局、犯人はわからないままだった。」


    「・・・その理由は、おそらく・・・」


    「アニが別の立体機動装置をあの時、提示したからなんだ。」


    「・・・別の立体機動装置、だって?」


    「いったい・・・どういうことなんだ?」


    エレンが、反応を示す。



    立体機動装置は、基本的に一人一つの支給である。


    訓練兵団に入団して数日後の

    ―――初の立体機動訓練の際に支給される。


    3年間、ようやく使い続けることで、立体機動装置は完全に自分

    のものとして使いこなすことが可能となる。


    最初は適正が見られないかのように見えたエレンも。

    ミーナも・・・立体機動の翼を持つ兵士、全員がそうである。
  35. 44 : : 2016/01/31(日) 11:56:44


    そのため、二体の巨人を

    『誰にも目撃されることなく』

    『瞬時に仕留め』

    『瞬時に離脱する』

    などという高度な技術は――――


    自身の使い慣れた立体機動装置を使わなければ


    限りなく、不可能に近いのである。




    「・・・二体の巨人は、明らかに自分の立体機動装置を使わなけ

    れば殺害なんて不可能だし」


    「ガスの使われた形跡があれば、すぐにでも判明してしまう」


    「だから・・・」


    「アニは、マルコの立体機動装置をあの時、提示させた」




    「・・・は?」


    「え・・・?」


    その一言は、エレンとミーナにはあまりにも

    不可解極まりなかった。


    「・・・え? 何を・・・言ってるの?」


    「・・・何で・・・」


    「何で、そこでマルコが、出てくんだ?」

  36. 45 : : 2016/01/31(日) 12:09:44


    アルミンは、ようやく表情を変える。

    ・・・アルミンは、その答えに確信が持てていなかった。


    「・・・」


    「・・・わからない。」


    「・・・・・・何なんだよ、そりゃあ」


    「み、見間違いじゃないの!? 何で・・!!」


    エレンもミーナも、共に困惑する。

    何故、そこでマルコが出てくるのか。


    それは・・・おそらくジャンも気にしているはずなのである。


    ―――あの戦場で、誰にも絶命する瞬間を見られることなく。

    その命を散らせた・・・マルコは、ジャンにとって



    数限りのない・・・たった一人の親友だったのだから。



    ミーナは、ジャンの表情をふと目にする。


    「・・・・・・」


    意図的になのか。未だに信じがたいのか。


    その顔は、ひどく無表情だった。


    ジャンは現状理解に長けている。

    恐らく、前者のほうであろう。
  37. 46 : : 2016/01/31(日) 12:39:36



    「・・・わからないんだ。」


    アルミンは続ける。


    「・・・僕の、見間違いかも・・・しれない」


    「でも、あれは・・・あの立体機動装置は」


    「確かに・・・マルコの物だったんだ」


    ―――途端。

    リヴァイが、話を遮った。



    「―――オイ、ガキ。」


    「それはもう、わかった。」


    「・・・それよりもだ。」


    「お前はさっきから女型だと思われる(・・・・・・)とか言ってるが」


    「そもそもの話、他に根拠はねぇのか」


    アルミンは、リヴァイを緊張した面持ちで見つめ返す。

    その質問には、ミカサが代わりに返答した。


    「・・・アニは、女型と顔が似てると、私は思いました。」


    そのとき、ミーナがついに立ち上がり

    ――――声を荒げる。


    「何を言ってるのミカサ!!? そんな・・・!!」


    「そんな・・・たいしたこともない根拠で!!」


    「・・・・・・」


    ミカサは答えない。

    恐らく、一番アニへの想いが強いミーナがいなければ、

    エレンがきっと立ち上がっていた事だろう。


    さらに重みを増した空気のそれは、とても仲間同士とは思えない

    ものだった。

    そんな空気を再び遮るように、リヴァイは言う。


  38. 47 : : 2016/01/31(日) 12:47:36


    「・・・」


    「つまり、根拠はねぇが・・・やるんだな。」


    第57回壁外調査打撃の元凶、そのものである

    “女型の巨人”―――


    またの名を

    “アニ・レオンハート”―――捕獲作戦を。





    「・・・・・・」


    ミーナは戦慄した。

    ひどく。ひどく。

    戦慄した。


    目の前で、大の親友そのものである彼女を―――

    どう、捕らえるのかについて。


    目の前で

    かけがいのない仲間が それぞれ思案させているのだから。

  39. 48 : : 2016/01/31(日) 12:54:21


    エレンは思い出していた。


    エレンは、ミーナからも・・・たくさん彼女の話を聞いている。


    アニのことを、一番の親友のことを・・・

    いつもミーナはとても・・・とても、楽しそうに話していた。


    エレンも、笑顔でアニのことを嬉しそうに話すミーナを見ていて


    ――――とても、なんとも言葉にできない

    幸せを。

    癒しを。

    いつも、感じていた。



    今、一番傷つき・・・悲しみをこらえているのは

    目の前にいる、このあとげなさがまだ消えない彼女なのだ。





    エレンは、ミーナの気持ちを想像し

    ひどく胸が痛むのを―――抑えられなかった。

  40. 49 : : 2016/01/31(日) 13:08:29


    「証拠が・・・ない?」


    「なんなんだよ・・・それ」


    エレンは沸々と沸き起こる静かな怒りを、

    抑えられない。


    「何で・・・何で、やるんだ?」


    エレンはたまらず、激昂する。


    「そんな、ふざけた作戦・・・!!」


    「こいつが!! 今・・・どういう気持ちなのか!!」


    無論―――ミーナ以外にほかならない。


    「お前ならわかんだろ!? アルミン!!」


    「僕だって!!!」


    「・・・!」


    アルミンも、とうとう我慢しきれず感情を叫びだす。


    「・・・僕だって・・・」


    「アニを疑う事なんてしたくないよ!」


    「今だって・・・! 信じられないんだ!!」


    アルミンは歯軋りをし、唇を噛む。

    悔しさと信じられないという感情が、表情から滲み出す。


    ミーナはその表情に気づいた時、気付けば睨み付ける事を

    ―――やめていた。


    アルミンは続ける。


    「きっと・・・!! 何かの見間違いだって・・・」


    「そう、思いたくて・・・!!」


    「・・・そのせいで・・・」


    だが、それ以上アルミンは

    そのことでは・・・口を開かなかった。



    代わりに、別の話題を口にする。

  41. 50 : : 2016/01/31(日) 13:25:15


    アルミンは、ミーナの瞳を見つめる。


    「ミーナ」


    「・・・! ・・・何?」


    「どうか、わかってくれ。」


    「これはエレンを、助けるために残された」


    「唯一の、手段なんだ。」


    「・・・!」


    ミーナはひどく複雑な顔で、アルミンを見つめ返す。

    エレンはアルミンに訊ねる。その言葉の意味を。


    「オレを・・・助ける?」


    「・・・」


    「このまま、何もしなかったら」


    「エレンは、確実に明後日には・・・」


    「中央の―――何にもわかってない、自分の保身しか頭にない

    連中の生け贄になってしまうんだ」


    「それは・・・エレンはもう、一ヶ月前の兵法会議でよくわか

    ったはずでしょ?」


    「・・・・・・」


    事実、その通りだった。

    あんな公共の審議場でも、彼らは

    自分の命や立場を守る事に、必死だった。


    ミーナも、その醜さは目の当たりにしている。



    だが、ミーナは

    その時 この作戦の「とんでもない欠陥」に気付いた。
  42. 51 : : 2016/01/31(日) 14:24:34







    アルミンは確かに、エレンを助ける、と言った。
    でも、どうしてもこの言い回しが引っかかる。


    ミーナの心が疑念に満たされていく中、エルヴィンは作戦の概要を説明し始めた。









    「大まかに説明すれば我々が憲兵団に護送される際にストヘス区でエレンが抜け出し、目標をおびき寄せて可能なら地下で巨人化させることなく捕縛することが目的だ。」

    「!! ちょっと待ってください、団長・・・・・・・・・・・・もし、もし・・・・・・・・・・・・アニが、き、巨人だったとして、その・・・・・・・・・・・・巨人化したらどうするんですか!?」









    ミーナが気が付いた、この作戦の「とんでもない欠陥」。
    それは・・・・・・・・・・・・








    「その時は・・・・・・・・・・・・エレン、君に頼ることになる。」

    「そんな・・・・・・・・・・・・巨人がストヘス区で暴れでもしたら、けが人が出るどころじゃ済まないんですよ!?」









    __________多数の市民が犠牲になることを“前提に”立てられた計画であるということだった。









  43. 52 : : 2016/01/31(日) 15:15:37









    机をバンッと叩き、ミーナは今度は団長に対して怒りをあらわにした。
    エルヴィンは、しかし、アルミン以上に感情の籠らない声で話を続けた。








    「そうだ。この作戦で、少なからず死傷者は出るだろう。」

    「そ、そんな・・・・・・・・・・・・あなたは、人の命を何だと思ってるんですかッ!!」








    いつの間にか、ミーナの双眸からは涙が溢れていた。








    ・・・・・・・・・・・・無理もなかった。








    愛するエレンが、実は巨人であったということでさえ、今だに受け止めきれないというのに、
    更に、親友であるアニも巨人で、しかも人類の敵とは、到底、受け止めきれるものではなかった。


    そして、アニの捕縛に対して犠牲を厭わないエルヴィンやアルミンの存在は、ミーナにとってみれば許しがたい“悪”であった。









    恋人(エレン)親友(アニ)を争わせ、関係のない市民を巻き込む・・・・・・・・・・・・









    今のミーナには、隣に座るかつての臆病ながらも心優しいアルミンが、冷酷な悪魔の末裔のように思えてならなかった。








  44. 53 : : 2016/01/31(日) 15:16:41









    「・・・・・・・・・・・・ミーナ。僕は・・・・・・こう、思うんだ。」

    「!!」








    すると不意に、アルミンがミーナに向かって話しかけ始めた。










    「僕らは・・・・・・・・・・・・常に、何かを選び、何かを捨てて前へと進んでいく。」

    「だから何?」

    「何かを捨てることが出来なければ、僕らは何も変えられない!」

    「だから市民を犠牲にしても許されるっていうのッ!?」

    「僕は・・・・・・・・・・・・エレンを救うためなら、人類の勝利のためなら、人間性だって捨ててみせる! それが・・・・・・・・・・・・僕の、答えだ!」









    すると、今までの確信のなかった瞳から一転して、アルミンの瞳には、不退転の決意が宿った。




    人類のため、
    エレンのため、


    例え大切なものでさえも捨て去り、全てを捧げ、身を挺してまでこの作戦に賭けんとする、アルミンの強い決意が、伝わってきた。








  45. 54 : : 2016/01/31(日) 15:19:20









    「おい、おさげ髪。テメエのクソみてえな私情をこれ以上挟むな。」



    更に、リヴァイまでもがミーナに詰め寄る。
    相変わらず口が悪く、荒い口調ではあったものの、そこから垣間見える決意は揺るがぬものであった。









    「テメエがどう思おうと、調査兵団は生き残りをこの作戦に賭ける。文字通り、全てを、だ。テメエのその倫理観を守るのもいいが、その為に何を犠牲にするのか、その足りない頭でよく考えろ。」

    「!? どういう、ことですか!?」

    「そこのガキと市民の命、テメエはどっちを犠牲にするかと聞いている?」

    「!! そ、そんな・・・・・・・・・・・・」









    迷うことなく、エレンだと言いたい気持ちと、
    こんなこと、馬鹿げてると罵りたい気持ちと・・・・・・・・・・・・



    混じり合わない答えが複雑に絡み合って、ミーナは下を向いて黙り込んでしまった。









    そんな気持ちを汲み取ったのか、エルヴィンはすっと立ち上がると、ミーナに声をかけた。



    「女型捕獲作戦は、明後日には決行する。明日の正午までに、結論を出すんだ。」










    団長はそう言うと、踵を返して暗い食堂を退出していった。









  46. 55 : : 2016/01/31(日) 16:10:48


    その後、アルミンを含む調査兵は、ミーナとエレンを残して

    退室することとなった。


    その際、ミーナはアルミン達と目も合わせることはなかった。


    「・・・・・・」


    「・・・・・・」


    二人だけの空間が生まれたが、空気は軽くなるどころか

    ますます重みを増しただけだった。



    ―――エレンは、ひどく苦悩していた。


    この作戦を受けるにあたり、エレンには

    結論から言えば、二つの選択が強いられる事となっていた。




    この作戦を、受けるか。受けないか。




    それはすなわち―――――




    心の安らぎを与えてくれた恋人を取るべきか。

    夢を与えてくれた親友を取るべきか。


    その「選択」と、まったくもって同意義だった。


    結論は出ない。

    出しようが無い。


    何故なら―――エレンはつい先日に、自らの「誤った選択」で

    ようやくできた新しい信頼を。


    ――――失ったばかりなのだから。



    脳裏に浮かぶ―――


    ミーナの話を聞いたペトラの、エレンへの微笑み。


    リヴァイ班ならではの掃除方法を教えてくれたグンタの助言。


    皮肉を言いつつも、どこか優しい所があったオルオの言葉。


    自らの恋人の話をエレンに聞かせた時のエルドの表情。




    今度は―――

    自らの選択で



    最愛の彼女を、失くすことになるかもしれない。

  47. 56 : : 2016/01/31(日) 16:24:07


    その―――「絆」に。

    「仲間への思い」に。


    すがって・・・失敗した。


    気付いたときには。

    もう、何もかも失っていた。





    だが。


    仲間であり。


    ミーナの親友でもある アニを。




    殺すことになるかもしれない選択なんて、選べようも無い。




    思考がまるで、濁流のように溢れ続ける。

    さながら洪水のように。



    「・・・エレン」


    「エレン!」


    「・・・え」


    思考のあまり、ミーナのエレンへの呼びかけは

    まったく耳に入っていなかった。


    「・・・ミーナ」


    「エレン・・・」


    ミーナは先程から、ひどく顔を曇らせたままである。

    もともと、顔に感情が出やすいところがあったが

    ここまで顕著に陰鬱な顔をしたことは無かった。


    「・・・・・・」


    ミーナの表情は、どうすれば晴れるのだろう。

    どうすれば彼女は、元気になれるのだろう。

    ふと、エレンは考えた。

    ――――そのとき、エレンの脳内に突然ある提案が浮かぶ。


    「ミーナ」


    「何・・・?」


    「・・・このあと、お前の好きなもん一緒に食いにいかねぇ

    か?」


    「・・・え?」
  48. 57 : : 2016/01/31(日) 16:33:03


    単刀直入に言えば、デートの誘いであった。



    恋人同士。

    考えれば、自然な話である。


    だがエレン達は、調査兵入団から壁外調査に到るまでの

    一ヶ月間、そしてそれから後の―――この一週間。



    まともに二人でいる時間など皆無に等しかった。




    その突然の誘いに、ミーナは先程までとは一転。

    陰鬱だった表情はかき消え、途端に頬を桜色に染めた。


    否。

    桜色ではなく、もはや真っ赤だった。


    「・・・なッ」


    「え、え、えぇ!?」


    「な、何だよ。嫌なのか?」


    「え!? う、ううん!違うもん!」


    「・・・何がだ?」


    「あ・・・」


    困惑して。

    緊張して。


    つい、言葉を間違えてしまうほどに。

  49. 58 : : 2016/01/31(日) 16:39:26
    ______
    _____
    ___
    __
    _


    時刻はすでに深夜1時を回っていた。


    二人は、馬を駆けさせ

    旧調査兵団本部の古城を後にした。


    ――――ひどく風が冷たい。

    空は高く透き通り、星空が広がっていた。

    旧調査兵団本部は、森に囲まれている為、満点の星空をみること

    ができた。



    季節はもうすぐ、冬を迎えようとしていた。





    「・・・つめてぇな」


    「え?」


    「いや、寒いなって思ってな」


    「・・・うん、わかるなぁ」


    ミーナはその言葉にはあえて深く答えずに

    エレンとともに、馬を駆けさせた。

  50. 59 : : 2016/01/31(日) 16:55:20


    エルミハ区、市街。


    馬を繋ぎ、二人はともに街を歩いていた。

    時刻はすでに2時を回っている。


    もうすぐ、本格的に夜がやってくる。


    街灯からはポツポツと灯が消え、静かな町の雰囲気を

    なおいっそう、静まらせていく。


    さすがに、貴族の住む町並みはミーナの生まれ故郷でもある

    トロスト区に比べて、比較できようはずがなかった。


    あちこちに大きな豪邸が立ち並び。

    そこには「巨人」の恐怖からは、はるかに遠い『幸せ』が

    町には溢れていた。

    確かにこれでは、“ウォール・マリア”が破られたことが

    遠い世界の出来事のように感じてしまっても

    無理はないかもしれないように、ミーナには思えた。




    ――――これほどまで貧富の差が表れているとは、ミーナは以前

    に初めてこの街を訪れた時まで、知る由もなかった。


    何故なら、ミーナは兵士になるまでこの街に足を踏み入れたこと

    すらなかったのだ。


    無論、シガンシナ区出身のエレンも、それは同じ事であった。


    しかし、二人は訓練兵時代に一度この街を訪れたことがある。


    理由は、現在と変わらず。


    二人きりで―――――



    デートを、する為であった。



    その際に、二人は 

    ある秘密のシチューの名店を、偶然にも知ったのだ。




    もうこんな時間に空いてるとは思えないが、

    ―――――それでも。

    二人はそこを目的地として、徒歩で向かうことにした。
  51. 60 : : 2016/01/31(日) 17:04:57


    そうして二人並んで歩き出してしばらくした頃

    ミーナがつぶやいた。


    「・・・ここ、前来た時は夕方には帰っちゃったから夜の景色は、

    全然知らなかったんだけど―――」


    「ん?」


    「すっごく・・・すっごく綺麗な街だね」


    「・・・あぁ、そうだな」


    ミーナは続ける。


    「ねぇ・・・エレン?」


    「何だよ?」


    エレンはその時、以前にもこんなシチュエーションがあったのを

    思い出していた。

    ・・・ミーナは上目遣いでエレンを見上げていたのだ。


    「・・・手、繋ぐか?」


    「・・・え?」


    頬が染まり、ぱぁっという効果音が

    聞こえるくらいに、顔を輝かせた。


    「・・・ほ、ホント?」


    今度は少し、もじもじしながら下を俯いた。

    これも、エレンはまったく同じ動作を以前に見ていた。


    「・・・・・・」


    「・・・ったくよ」


    エレンは、ぎゅ、と

    ミーナの華奢で柔らかな手の平をそっと、握った。


    途端。


    ミーナの顔は再び真っ赤に染まり、笑みを隠せずに

    エレンに視線を向けた。


    ミーナもエレンのごつごつした手を握り返して、一言。


    「・・・ありがとう」


    と再び、呟いた。


  52. 64 : : 2016/02/14(日) 15:34:45




    温かい。

    手の平から伝わる温もりは



    やわらかく。



    そして――――――



    じわじわ、と。



    二人の、暗く憂鬱だった気持ちを

    晴らしていった。





    どんなに願ったところで二人は

    完全に心まで分かち合えるわけではない。


    完全に、お互いの気持ちまでわかる事は、できない。


    それが、当たり前の事なのだから。

    それが人間なのだから。



    ――――しかし。

    それでも。
  53. 65 : : 2016/02/14(日) 15:55:28


    この温かさは

    ほんの少しでも心が通じ合うことができている。


    その数限りない「証」だと――――


    ミーナは、そう思った。



    二人はそうしてゆっくりと歩いていると

    夜の静かな街灯に照らされ、ゆらゆら、と

    水面に光がたゆたう、小川がある道へと出た。


    そのとき、ミーナがふとエレンに顔を向けた。


    「ん? 何だよ?」


    「・・・ふふ! ううん、なんでもない!」


    「・・・?」


    ミーナは・・・エレンの顔を

    桜色に染まった、幸せそうな表情で見上げると

    すぐにまた川の方へ視線を向けた。


    「・・・ねぇ? エレン」


    ミーナは再びつぶやく。

    エレンにだけ届くような、小さな声で。


    「何だよ、さっきから?」


    ぶっきらぼうに、だがどこか優しい声で

    エレンも訪ねる。


    エレン自身は気づいていないが

    どこかその表情も、ほのかに緩んでいた。


    「私ね、思うんだ」


    「ん?」


    「あの灯りの一つ一つが」


    「きっと「人の生きている証」なんじゃないかなって」


    「・・・!」


    「最近ね、エレンと一緒にいると」


    「そう、思えるんだ」


    彼女は、そっと。


    温かい、だがとても儚げな。

    そんな表情で、エレンに呟く。


    「・・・あぁ、そうだな」


    こういうとき、何を彼女に言ってあげれればいいんだろう。

    エレンには、どうにもわからなかった。

    だが、それでも。



    これが、この瞬間が。どうしようもなく

    幸せなことなのだということだけは


    確かに感じていた。
  54. 66 : : 2016/02/14(日) 16:15:25


    数分後。


    二人は裏路地のような場所にたどり着き

    ある看板を見上げていた。


    『Lampenlicht』

    と書かれていた。



    「・・・変わってねぇな」


    「うん、そうだね」


    エレンがそういうと、ミーナはふふふ、と苦笑いをした。


    さすがに営業は終わっているはずである。

    二人は半ば諦めがちに、ここに来てみたわけなのだが。



    「・・・嘘だろ、灯点いてるぞ」



    エレンは驚愕せずにはいられなかった。

    ミーナもエレンほどではないにせよ

    驚愕と、意外な展開への嬉しさを感じていた。


    「・・・入ってみるか?」


    「迷惑じゃないかなぁ・・・?」


    「だといいけどよ・・・。」


    エレンはそっと、古びたドアノブに手をかけた。

  55. 67 : : 2016/02/14(日) 16:44:05


    ちょうど、半年前。


    以前のデートの際にも、ここを訪れていた。


    その時はここで、夕食を済ませていたのだ。



    どうやら、この店は

    密かな名店として名を馳せているそうなのだが

    店自体が、袋小路に囲まれているため

    訪れることのできる貴族は、ごく少数に限られていた。

    (貴族は裏路地に入り込むこと自体毛嫌いするためである)


    この店をみつけたきっかけは

    食事のできる場所を探す時に

    二人一緒に道に迷ったことである。


    間違いなく偶然に等しい出会いであったろうと、

    今でもエレンは思っている。


    そして―――そんな秘密の隠れ家を連想させる

    この店は、シチューが非常に美味。


    内地にある食事店の中で、比べるのであれば

    間違いなく上位を占めるであろう絶品である。




  56. 68 : : 2016/02/14(日) 16:48:33


    もし、もう一度内地へ行く機会があるのならば

    ぜひ、もう一度来たい。

    そう思わずにはいられないほどの味だった。


    何よりも、ミーナにとって食事は

    誰かと一緒に食べることが楽しみなのである。


    エレンとミーナは

    その絶品のシチューを食べたことによって

    何か幸せな気分になれたことを、お互いに覚えていた。


    そして、今。


    再びその思い出の味のシチューが、目の前に出ていた。

  57. 69 : : 2016/02/14(日) 16:59:41


    「・・・・・・」


    「・・・・・・」


    内地の牛乳が使われた、やわらかな匂い。

    人参、芋、そして、肉・・・

    今の壁内では貴重な具材がたっぷりと白の海に

    包まれていた。



    店内は白い壁で覆われ、

    金色に輝くシャンデリアが天井を装飾する。


    ところどころに花瓶が添えられていて、明らかに貴族にのみ

    立ち入りを許可されているような、

    そんな、なんとも言葉では

    とても表現しきれない優雅なつくりだった。


    だが、空間はそこまで広くもない。


    むしろ、広さは一般的な民家にある部屋に似ていた。


    そのおかげなのか。


    二人は以前にも感じた、どこか落ち着く空気を

    十分に堪能することができた。



    「・・・食べよっか?」


    「・・・そ、そうだな」


    だが、二人は圧倒的過ぎるその豪華さにどこか緊張を

    覚えていた。


  58. 70 : : 2016/02/14(日) 17:03:32


    「んぐ! ~~~~~っ!」


    「おいひぃぃ~~!!」


    一口吸っただけでもミーナはこの反応である。

    少々大げさ過ぎるだろ、とエレンは思ったが


    一口。銀色に輝く新品のようなスプーンで

    芋を押し切る。そして、口に含む。


    「・・・!!」


    ・・・決して大げさではなかった。

    夕食を食べていなかった二人には

    そのシチューは言葉に出来ないほどに、味わい深かった。

  59. 71 : : 2016/03/06(日) 15:47:05
    ww
    シチューってw

    期待してます
  60. 72 : : 2016/03/13(日) 02:15:36
    久し振りの期待感謝です!ありがとう!
  61. 73 : : 2016/03/14(月) 22:23:28
    久しぶりに更新します!

    お待たせしてしまい申し訳ないです!
  62. 74 : : 2016/03/17(木) 10:46:46


    エレンもミーナも

    共に喋る事を忘れ、お互い
    夢中になって その絶品のシチューの

    美味に酔いしれていた。


    そして数分後。

  63. 75 : : 2016/03/18(金) 10:39:44


    「ぷは~~っ おいしかったぁ~!」


    ミーナは、器の中にあるシチューを一滴残さずとは

    言わずとも ほぼ残さず、綺麗に食べきっていた。


    そして、思いっきり 木調の椅子の上で

    気持ちよさそうな伸びをすると

    ミーナは、満足そうに幸せそうな微笑みを 

    にんまり、とエレンへ向けた。


    エレンはミーナよりか一足早く食べ終わり、

    ミーナと同じく心地のよい一服に浸っていた。


    「・・・美味しかったね」


    幸せそうな、そして満足そうな笑顔をエレンへと

    向けたまま、ミーナは言う。


    「いやはや、これはサシャじゃなくったって多分夢中になって
    食べちゃうだろうね・・・きっと」


    「よく言うじゃねぇか、お前・・・」


    「あいつほどじゃねぇけどな、お前も食い意地は張ってるほうだと思うぞ」


    「なっ・・・! エ、エレンひどいじゃないっ!」


    「お、女の子は少食よりいっぱい食べてる方がいいでしょ!?」


    二人は和気藹々(わきあいあい)と言い合う。



  64. 76 : : 2016/03/18(金) 10:49:29


    ミーナはむぅ、と言わんばかりに頬を膨らませる。

    そして、かすかに頬を再び桜色に染め。


    「・・・べ、別に・・・」


    「エレンの前でくらい・・・いいじゃんか」


    「こんな恥ずかしいとこなんて、エ、エレンにしか見せられないんだもん」


    と呟く。

    それを聞いたエレンは


    「・・・っ!」


    とエレンも頬を急激に赤くさせる。

    そして。


    「・・・ま、まぁ・・・オレも」


    エレンは何やら言いづらそうに頬をかき、そして普段よりも

    だいぶ小さな声で


    「お、お前のそういう食い意地張ってやがるとこも・・・」


    「身長そんな小さくねぇのに、意外と気にしてやがるとこも」


    「・・・そんな風に無邪気に、元気に笑ってくれるとことかも」





    「全部・・・好きだから、付き合ったんだよ。オレだって」




  65. 77 : : 2016/03/18(金) 10:57:02


    「・・・~~~~~~~!?」


    それを聞いたミーナは、明らかに

    わかりやす過ぎるくらいに頬を赤らめ、恥ずかしがった。


    恥ずかしがりすぎて、ついぷるぷる、と震えてしまうぐらいに。


    「・・・・・・」


    「・・・・・・」



    お互いに頬を真っ赤に染め、見つめあい。


    無言の何やら気まずい空気が

    二人しかいないこの隠れ家のような

    豪華な店内に、漂った。


    だが二人にとって、それは確かに気まずいものではあったが


    確かな 幸せな時間、そのものだった。


  66. 78 : : 2016/03/18(金) 11:04:10


    だが、ふいにその雰囲気は 

    一人の男の介入でひそかに霧散した。



    「お客様」


    「・・・!」


    歳は大体五十代半ばといったところか。

    白く、さらさらとしていそうな顎ひげが揺れる。


    その男は、先ほど二人に絶品なシチューを運んだ男だった。

    黒い執事服のようなシルエットに、赤の蝶ネクタイが映える。


    どうやらその男は、その店の店主か何かのようだった。
  67. 80 : : 2016/03/18(金) 12:05:29
    お願いしますねo(^▽^)o
  68. 81 : : 2016/03/18(金) 12:29:38


    ミーナはつい、自分たちが迷惑なのかと思い

    「あ、ご、ごごめんなさい!こんな時間に・・・」

    と慌ててその男に謝る。

    エレンも少々たじろぎ、その男に頭を少し下げる。


    しかし、男はそんな二人に優しく微笑みかけて言った。


    「いえいえ、とんでもございません」


    「迷惑などでは決してございませんのでご安心ください」


    二人はつい、呆気にとられ

    「・・・え?」と呑気な声を上げる。


    ふふふ、と苦笑し、店主らしき男は

    外見通りの厳かな低さの声で続ける。



    「お客様はとても運がよろしい。」


    「実は当店はちょうどこの時間より営業をしているエルミハ区でも唯一の店舗でございまして」


    「え・・・あ、はい」


    ミーナもエレンとともにたじろぎ、応じる。



    だが、エレンはその時

    とてつもない違和感に支配されていた。


    いや、正確にはもともと違和感自体は

    この店に入ったときより、エレンは感じていた。

    感じないほうが不自然である。


    普通は、こんな深夜に店が営業していることはまずない。

    大抵の住人はこの時間には、もう寝静まり店を訪れることなど

    ないからである。


    そしてそれ以上に、飲食店に関して言えば、

    深夜に営業などしても訪れる人間など皆無に等しいはず。


    何より、この店主がそこまで思考が届かない人物には

    どうも見えない。


    どうも、何か意図が感じられるかのように

    普段あまり深くは思考を働かせることのないエレンにも

    そう、思えた。
  69. 82 : : 2016/03/18(金) 12:45:57



    この店は、外見があまりにもひっそりとしていた。

    何せ、店自体、大通りからとても分かりづらい位置にある。

    客もおそらく、そんなに多くはないのだろう。


    そのため、まだ店の看板があるのかどうかが

    二人はどうも不安になったのだ。



    そのことだけを知るために、ミーナと夜の街を歩き

    あくまでそのついでに、この店をもう一度訪れた。



    二人のデートの、思い出の場所である

    この店の外見を見るために・・・


    だがまさか、こんな状況になるとは

    二人は完全に予想などしていなかった。


    夕食を結局食べていなかった二人は、この店から漂ってきた

    やわらかく、そしてどこか甘いその匂いの誘惑には勝てず。



    そして、今に至るわけである。



    エレンがそんな思考にふけっている間にも店主は続けた。


    「当店は、この時間にご来店してくださる数少ないお客様に」


    「サプライズのプレゼントのご用意をしているのです」


    ミーナは口をぽかん、と開口しつい「えぇ!?」と驚きの声を

    上げてしまった。

  70. 83 : : 2016/03/18(金) 12:54:20


    「さ、さサプライズ!?ねぇエレン聞いた!?私たち、特別に

    サプライズプレゼントしてもらえるんだって!」


    ミーナは左手は頬を押さえ、右手でエレンへ平手を振る。


    右手の動きが相当に早い。

    かなり興奮してるようである。


    「は!? え、な、何だよ?」


    思考にふけっていたため、まったく話の内容がエレンには

    わからなかった。


    またもや店主は 今度は、どこか楽しそうにくくく、と

    苦笑していた。


    「ふふふ、お客様はお似合いなカップルですな」


    「ふぇ!? え?! そ、そんなこと・・・ありますよぉ!」


    普通その言い方は、否定する際に使うのが

    語彙としては正しいのだが、顔を真っ赤にして

    さぞかし楽しそうにはしゃぐミーナには

    まったくそんな思考は頭にはなかった。
  71. 84 : : 2016/03/18(金) 12:59:19


    はははは、とミーナのはしゃぎっぷりに静かに高笑いする

    店主は、ミーナへと微笑みかける。そして。


    「少々お待ちください」


    そう言うと、店主は

    一旦、厨房らしきところへ戻っていった。


    そして、約三分後。


    「お待たせいたしました、どうぞ、お持ち帰りくださいませ」


    そっと、店主はミーナに、あるものを差し出した。


  72. 85 : : 2016/03/18(金) 13:23:09


    「え、こ・・・これって!」


    「ん? 何だよ、それ」


    ミーナは、机にそっと置かれた

    網目状で底が浅い容器に入った

    その二つの袋に、驚愕せずにはいられなかった。


    可愛らしくピンクと青のリボンでくくり付けられて

    手のひらサイズの袋の中には、

    4つほどの、砂糖菓子と思われるものが入っていた。




    ウォール・マリアが突破されて以降、

    深刻となった食料問題は、砂糖などといった品物の供給にも

    少なからず・・・影響を及ぼしていた。


    その為、5年程前にはトロスト区でもよく見かけた砂糖菓子も

    ――――現在ではほぼ、内地においてのみ見られる

    貴重な食料品となっていた。


    事実、ミーナ自身もここ5年程

    砂糖菓子を口にしたことはなかった。


    そしてそれは、シガンシナ区に住んでいた

    エレンも、同じことだった。


  73. 86 : : 2016/03/18(金) 13:36:19



    エレンも、ずいぶんと久しぶりに見かけたその袋の中身には

    とても驚かされていた。


    何しろ、ミカサやアルミン達と

    よく食べていた思い出のお菓子だ。


    「す、すげぇな! 砂糖菓子じゃねぇかよ!?」

    ミーナはその砂糖菓子に見とれる反面、慌てて店主に聞いた。


    「い、いいんですか!?」


    「こんなお菓子、貴重なものなんじゃ・・・!」


    だが、店主は彼女の予想とは違い、朗らかに反応を返した。


    「いえいえ、むしろ私共も感謝している身なのです」


    「え? そ、それはまたどうして・・・?」


    店主はかすかに下を向き、そっと続ける。


    「私どもの店は、内地の数少ない暖かい食事を提供できる店と

    してここ数十年営業してまいりました。」


    「―――――ですが、お客様の身となりもう一度思案をさせて

    頂きましたところ、このエルミハ区では深夜・・・夜遅くまで

    身を粉にして働いている新聞社を始めとした多くの貴族以外の方

    の為の、飲食店がないことに・・・」



    「ある日、我々は気づいたのです」


  74. 87 : : 2016/03/18(金) 13:49:16


    「・・・・・・」


    二人はその真剣に、そして静かに話しをする店主に・・・

    真摯に耳を傾けていた。


    「そこで我々は考えました。」


    「そして考えたのが・・・今のこの、午前2時~午前8時までの

    営業体制と、午後1時~午後7時までといった営業体制な

    のでございます」


    ――――確かに、この店主の言っていることは

    明らかに的を射ていた。


    事実、大通りや人目につきやすい通りでは

    数多くの飲食店の看板があったものの・・・

    先ほど見た限りでは、もちろん深夜まで

    営業している店は、一軒も見当たらなかった。




    ミーナは思い出していた。


    新聞を作る記者は非常に忙しい勤務らしく

    仕事がどうも深夜までかかることが多い、といったことを

    彼女の父の友人が、父に話していたことがあったのだ。


    確か、彼女の父がシガンシナ区に駐屯兵として勤めていた頃

    であったため、7年程前の話である。



    新聞社は内地により多く軒を構えている。


    食事などを出来る余裕がなく

    仕事が終わるのも遅い。


    家に帰宅してから、

    家族の寝顔を垣間見つつ食べる食事は、

    なんとも味気がない上に・・・

    とても虚しさが残るものなのか。


    そう、彼女の父の友人は・・・父に愚痴を溢して、

    嘆いていたのだ。
  75. 90 : : 2016/03/30(水) 17:43:57


    「・・・!!」


    ミーナはそのことを思い出し、

    その店主の言った言葉にとても共感を見せた。


    「て、店主さん! そ、それ・・・すごくいい提案だと思います!」


    「! ミーナ?」


    突然のミーナの反応に多少驚きを見せるエレン。

    それは店主も同じようで、

    少々彼女の反応には目をしばたたかせた。


    だが、店主はやがて彼女たちに毎回のように見せている

    唇をほのかに動かす微笑むしぐさをすると


    「そう、ですか・・・」

    「そのようにお客様に共感をいただけるとは・・・」

    「真に恐縮でございます」

    そう言って、深々とミーナに頭を下げた。


    「い、いえそんな・・・!」


    ミーナは何やら、まんざらでもなそうに首を横に振る。

    とても素直な反応である。

    彼女らしさがよく出てるな、とエレンは思った。

  76. 91 : : 2016/03/30(水) 18:31:02
    ______
    ____
    ___
    __
    _



    数分後。

    時刻は午前4時を回ろうとしていた。

    ミーナとエレンは、団服を羽織り

    砂糖菓子の包み袋をそれぞれ手に取った。


    そして「て、店主さん・・・ こんな真夜中に来てしま

    ったのに」と、店主に今度は彼女が頭を下げた。


    「とっても美味しい料理にこんなお土産までいただいてしまって」

    「本当に・・・何だか申し訳ないです」


    すると、店主は首を横に振る。


    「・・・いいえ」

    「お礼を申しあげたいのは私のほうでございます。」

    「私自身も、こんな営業などしてよいのか・・・ どうも自信というものを持てずにいましたので・・・」


    それを聞いてミーナも、

    にこっ、と微笑むと首を横に振って


    「いいえ、自信を持ってください!」

    「大丈夫だと思います!」


    「さっき、私は――――

    このお店は、雰囲気だけじゃなくて

    本当にお客様のことを考え、おもてなしをする素敵なお店だな、

    と、とっっても・・・思ったんです!」


    ミーナは続ける。

    エレンはその様子をを微笑みながら見守っていた。


    「店主さん・・・

    Lampenlicht、って「灯り」とか「灯火」って意味ですよね。」


    店主は素直に驚きの反応を見せた。


    「なんと・・・! 当店をあらわすその単語の意味までおさえて

    いるとは・・・ お客様は非常に博学でいらっしゃる!」


    えへへへ、とはにかみ、照れる表情をするミーナだが。


    実はエレンは、なぜそのような言葉を

    けして普段から真面目に勉学に努めているわけでもない彼女が

    意味を知っていたのかを察していた。


    2週間ほど前、調査兵の座学の際に

    ミーナがエレンの隣で「よくわかる!素敵な単語集!」といった

    エレンからすると非常に謎な本を講義中だというのに

    盗み見していたところをエレンは隣で目撃していたため

    であった。

    第57回壁外調査直前の重要な陣形確認を行っている際に

    真面目とは言いがたいその自分の彼女の様子に

    冷や汗が出ていたエレンであった。(ちなみにその後彼女に無言

    で注意をするためプスッ、と彼女のお下げ髪の分け目部分に

    ペンを軽く刺したそうである。さぞかし涙目になった。)
  77. 92 : : 2016/03/30(水) 18:34:09

    「・・・・・・・・・・・・・・・」

    エレンはそのミーナの照れる表情に

    遠い目を向けていた。


    言うべきか、言わざるべきか。


    結局、後でどんな目にあうか分かったものではないため

    コンマ数秒考え言わないことにした。

    ちなみにこれは言わずもがな、すべてエレンの脳内の話である。

  78. 93 : : 2016/03/30(水) 18:38:43


    そんなエレンの視線に気づいたミーナは

    「な、なによ、何か言いたいことでもあるの?」

    と頬を膨らませて聞く。

    「・・・」

    「イヤ、ナンデモネェ」

    ※何故カタカナ表記なのかはエレンの心情が関係している。

    エレンはさらに遠い目になっていた。
  79. 94 : : 2016/03/30(水) 20:34:21


    そんなエレンの心境など知る由もない店主はミーナへ続けた。


    「おっしゃるとおり、私のこの店の名前の由来は―――

    真夜中に食事をしたいお客様に『灯』()(とも)したいという願いから、付けさせて頂きました。」


    「・・・!」


    二人は店主から――――



    お客様に喜んでほしい。

    寂しい思いを、虚しい思いをほんの少しでも晴らしてほしい。

    そう願う

    「おもてなしの心」を 心からそのとき、感じていた。




    何よりも。


    誰かの為に。

    何かの為に。

    人が――――――


    人のことを想い、行動するのは。

    行動したいと思えるのは



    「喜んでいてほしい」

    「笑っていてほしい」



    ――――そういった

    人の


    『幸せ』を祈る気持ちから


    『願い』から


    生まれるものなのだと。
  80. 95 : : 2016/03/30(水) 20:50:01


    ミーナは、もう知っていた。


    エレンも、ミーナから それを、教わった。


    ともすれば、忘れてしまいがちな

    人として「本当に大切なこと」を

    「お互いを思いやる心」を

    「人の幸せを願う心」を


    二人は、その店主から

    そのような思いを受け取り 

    思い出せていた。


    ―――ミーナは、エレンに腕を絡め。そして。

    満面の笑顔で店主に言った。


    「こんな―――素敵なお店で、二人っきりで食事ができて」

    「本当に・・・幸せでした。」


    「ありがとう・・・ございました・・・!

    また――――ここに来ても、いいですか?」


    ミーナはエレンに頬を桜色に染めながら。

    エレンへ顔を上げて「ね?エレン? また一緒に来よ?」と

    言った。

    エレンはあまりにも積極的なミーナの行動に心臓をひどく

    高鳴らせながらも、頬を珍しく真っ赤に染め「・・・あ、あぁ」

    と、応えた。


    その微笑ましく、初々しい光景を見た店主は――――

    二人が見てきたこれまでの彼の笑顔の中で

    一番の。


    満面の笑顔で――――言った。


    「またのお越しを、お待ちしております。」

  81. 96 : : 2016/03/30(水) 21:18:22
    _____
    ____
    __
    _



    二人はその後、手をつなぎ。

    エルミハ区の大通りを歩いていた。


    時刻は午前4時05分を回っていた。

    所々残る灯りに照らされている真夜中の街に

    星空が照らしかける。


    二人であの調査兵団本部を出た時の、あの重々しかった雰囲気は

    もう、すっかり解けきっていた。


    二人のつないだやわらかな「体温」が

    二人に熱を与えたからであろう。


    「・・・・・・」


    ミーナは一歩一歩、

    エレンとともに大通りのその道を、歩むたびに

    幸せを、かみ締めていた。


    そして、普段は歩みが速いエレンが何気なくミーナに

    歩幅を合わせている様子にも、彼女は嬉しさを感じて微笑みを

    隠さずにはいられなかった。


    そのとき、ふとミーナが足を止めた。


    「・・・ん? どうしたよ、ミーナ」


    エレンはたずねる。

    すると、ミーナは


    「・・・エレン」

    「渡したいものが、あるの」


    とつぶやいた。


  82. 97 : : 2016/03/30(水) 21:37:43
    期待
  83. 98 : : 2016/03/30(水) 21:42:55


    「・・・え、オレにか?」

    「うん」


    エレンが聞くと、ミーナはうなずいた。


    「さっき・・・馬に乗ってるとき、寒いって・・・

    言ってたでしょ?」


    「・・・あ、あぁ」


    「実はね・・・買ったんだ、エレンに・・・これ」


    そう言ってミーナは腰に付けていた

    バックから何かを取り出した。

    エルミハ区に到着し

    馬を括り付けていた頃から何やら腰に付けていたバックである。


    一緒に歩き出した頃から少々気になってはいたのだが、

    聞くほどでもないと判断しエレンは

    あえて質問はしていなかった。


    ミーナがバックから取り出したのは小さく折りたたまれていた

    朱色のマフラーだった。

    「ミカサにね? エレンってどういうの喜ぶかなって聞いたら」

    「これがいいんじゃないかって、教えてくれたの」

    そう言うと。



    かつて――――寒がっていたミカサに、

    自分の巻いていたマフラーを巻いたエレンのように。


    ミーナは、エレンにやさしく。

    暖かなマフラーを巻いた。


    少々背伸びをしながら。

    んぐぐ・・・と声を上げながら。


    「・・・はい、プレゼント・・・!」


    その健気な様子に、エレンは思わず失笑してしまった。


    「ちょ、ちょっとぉ・・・何がおかしいのよお!」


    恥ずかしがって顔を赤らめるミーナ。

    エレンは「悪ぃ、悪ぃ・・・!」と笑う。

    そして。

    エレンは、ミーナから受け取った暖かい気持ちに

    心が、満たされていくのを感じていた。


    「・・・ミーナ」

    「え? なぁに?」

    「―――ありがとな」

    「・・・うん!」


    普段はなかなか言えない、感謝の言葉が、素直に出ていた。

    ミーナもエレンの満足そうな微笑みに、幸せそうな笑顔を

    浮かべた。が、しかし。


    「・・・大好きだぞ、ミーナ」


    「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・。」




    「~~~~~~~~-----っっっ!?」


    と、突然の告白の言葉にボッッ、と顔を真っ赤に紅潮させた。


    「・・・っつぅぅ・・・」

    「・・・ん・・・わ、私も」

    そして。

    ミーナもエレンに負けじと精一杯の笑顔で。


    「大好き! エレン」



    と、真っ赤な顔で告白した。




  84. 99 : : 2016/03/30(水) 21:43:28
    >>97
    期待、本当に感謝です。ありがとう!
  85. 100 : : 2016/03/31(木) 08:55:19


    そんなやり取りが続いた数分後。

    二人は、調査兵団の本部―――宿舎前にたどり着いていた。


    馬を繋ぎ、二人は歩き始める。

    ミーナから貰ったエレンの首に巻いた朱色のマフラーが

    やわらかそうにふわふわ、と揺れる。


    ミーナはその様子を見て、どこか満足そうにしていた。

    だが。

    エレンは先ほどの幸せそうな表情からは一転し。

    暗い顔を、見せていた。

    それもそのはず。

    ――――もうすぐ、幸せな時間は終わりを迎えるのだ。

    エレンに課せられた、残酷なあの「選択」は

    先延ばしにされていただけでなのである。


    また、あの「現実」に戻らなくてはならない。


  86. 101 : : 2016/03/31(木) 09:02:51

    言ってしまえば、「これ」は現実逃避して

    回答を先延ばしにしているだけなのである。

    だが。

    選択の時は、確実に迫っている。


    選ばなければならない。

    最愛の恋人のため、作戦を受けないのか。

    親友の考えを肯定し、作戦を受けるのか。


    極論、そのものである。

    結論を言ってしまえば。


    エレンはどちらも「選べない」。




    どちらかを選べば。


    ―――――間違いなく、「大切なもの」を失くすからだ。

  87. 102 : : 2016/03/31(木) 09:12:51

    後者を選べば。


    ミーナは悲しむだろう。


    ミーナは・・・普段は、ミーナの天真爛漫かつ気さくな性格が

    影響し、アルミンとはとても仲がよかった。

    訓練兵団のときは卒団時の最後の班、立体機動第34班でも

    アルミンはミーナと協力し、

    共に何度も幾多もの困難を乗り越えてきた。


    そんなミーナが。




    __「知ってる筈よね? アニは、私の・・・・・・・・・・・・大切な親友

    だって。」


    __「アニが・・・・・・・・・・・・そんなことする訳ないじゃない!」



    アルミンにあそこまで、激昂したのは

    言うまでもない。


    アニを、自らの「親友」を想うからこそである。


    そんなアニが今。

    裏切り者として調査兵から。

    アルミンを始めとした、同期の多くの仲間から


    疑いの目を、敵意の目を――――向けられているのだから。
  88. 104 : : 2016/03/31(木) 09:50:52



    しかし。


    ――――力というものには「責任」が伴う。

    エレンの「力」は―――

    人類にとって、大いなる希望、そのものである。


    その希望に願いを託し。


    一ヶ月前のトロスト区攻防戦では



    ――――多くの人間が、そうして 命を落としたのだ。



  89. 105 : : 2016/03/31(木) 19:00:05

    だからこそ。


    エレンには、前者を選ばなければならない

    「義務」と 「責任」が、伴っている。


    選ばなければならない。その選択を。

    人類のために。

    守るべき仲間や「恋人(ミーナ)」自身のためにも。

    ミカサや、アルミン。

    自分を命がけで助けてくれたリヴァイ兵長の為にも。




    ミーナは、今とても、とても幸せそうにしている。



    作戦に参加する意思を見せれば――――




    間違いなくエレンたちの意見は相容れず。




    ミーナはエレンのその思いに傷つき、苦しむだろう。

  90. 106 : : 2016/04/01(金) 09:33:23


    だが―――――

    それでも。

    それでも。


    たとえ、ミーナを傷つけることになっても

    たとえ、彼女に何を思われようとも



    エレンはその「選択」を選ぶ。




    それが、今 自分の 果たさなければならない責任なのだから。
  91. 107 : : 2016/04/03(日) 12:51:48

    「・・・・・・」

    「・・・ミーナ」


    エレンはミーナとつないでいた手を

    やさしくほどき、歩む足を止めた。

    ミーナの体温が、ゆるやかに。確実に。消え去っていく。

    エレンの首に巻かれたマフラーは風にそっとたなびいた。


    「? どうしたの?エレン?」


    ミーナは後ろを振り向き、エレンに上目遣いで訊く。

    辺りに置かれた松明の光が、ゆらゆら、と揺れる。


    「・・・話がある。」

    「?」


    「・・・・・・・・・」


    だが、エレンはミーナの幸せそうな笑顔を見た時。

    確かに開こうとしていた口が。


    たちまち強張ってしまった。



  92. 108 : : 2016/04/03(日) 12:59:58


    ミーナはエレンの様子を不思議に思い、やや首を傾げる。

    エレンの表情は少々俯いていて、ミーナの方からはエレンの表情が

    よく読み取ることができない。


    「・・・・・・」


    エレンは閉口したままだ。

    ミーナは、エレンが何かを話そうとしているのはわかる為、

    あえて1、2分待ってみたが、エレンは何も言わない。

    沈黙が続く。


    ミーナは、沈黙に耐えかね。

    そしてエレンにも気を遣ったのだろう。

    ミーナの方から話すことにした。


    「・・・あ~あ・・・ もう、おしまいだね。」

    「せっかくの、二人っきりの時間も」


    「・・・!」


    「・・・あぁ、そうだな」

    「・・・楽しかったか?」


    エレンはミーナに訊く。


    「!」

    「ふふふっ、当たり前でしょ!」


    「すっごく幸せだったよ・・・!」


    「・・・・・・」


    エレンはミーナの様子に。

    余計に何も言えなくなってしまった。

  93. 109 : : 2016/04/03(日) 13:00:47

    「・・・」

    言わなくてはならない。

    いずれしなければならない。為さなくてはならないのなら。

    もう――――――伝えなければならない。

    だが。どうしようもなく、一途で素直なミーナの優しさが。


    今は、痛い。


    「・・・明後日のさ」

    「作戦の、話なんだけどよ」


    「・・・え・・・」

    瞬間、ミーナの顔から――――笑顔が消えた。





    痛む。

    ズキン、と痛む胸。


    こんな痛みなんて。


    こいつと。


    ミーナと。


    出会わなければ――――知らないものだった。


    「・・・オレは・・・さ」


    伝えなければ。


    「・・・うん」


    オレの――――気持ちを、こいつに。


    「明日の、作戦には・・・」
  94. 110 : : 2016/04/03(日) 13:00:51

    「・・・まだ、参加するかどうかは、まだ決めてねぇんだ」


    ――――嘘だった。嘘をついた。


    「・・・だってよ・・・そもそも、アニが女型である

    確証だってないんだから」


    「・・・何か別に、打開策だってあるかもしれねぇし・・・」


    ――――昔。まだ訓練兵だったころの話だ。

    オレはアルミンに言われたことがある。

    エレンは嘘をつくとき。


    変に口の動きが早くなって、耳が赤くなる癖があるよね、と。


    笑って言われたのを、こういう時に限って。

    思い出す。

    おそらく、耳は間違いなく赤くなっているだろうな。

    その耳が赤くなる癖はミーナにはもうバレているから

    オレは必死に誤魔化していた。


    ミーナからもらった、このマフラーで。


  95. 111 : : 2016/04/03(日) 13:00:54

    ―――――ミーナは、その瞬間。

    曇らせていた表情を、安堵する表情へと変え。

    再びエレンを見つめなおす。


    「そ、そっか・・・ そう、だよね!」


    「・・・・・・」


    エレンは、言えなかった。

    真実を。本当の思いを。



    真実は、時として残酷なものである。

    だからこそ、人は――――


    自分を傷つけないために。自分を守るために。

    人を傷つけないために。人を―――守るために。


    目を、そらす。現実逃避をする。

    そうして。嘘をつく。


    「・・・あぁ。」


    「・・・アニが、女型かもしれないなんて、言ってしまえば」


    「全部、・・・あいつの、アルミンの予想でしかねぇんだから」


    早口になる。

    耳が、赤くなる。

    少しずつ。身体が震えだす。


    だが。必死でそれを誤魔化す。

  96. 129 : : 2016/04/29(金) 03:06:01


    「大体、アニはお前の一番の親友だろ?」

    「…アニが、もし仮に女型だったとしたら

    そんなこと…お前に隠し通せるわけ…」


    額から汗が出る。

    エレンには

    この真っ直ぐな瞳をしている

    少女に 嘘を、付くには

    あまりにも 正直過ぎた。


    ましてや、彼女にとって

    本当に大切な 親友の事で

    このようなごまかしは


    あまりにも 残酷極まりなかった。


    エレンに対しても。

    ミーナに対しても────

  97. 132 : : 2016/04/30(土) 15:23:50


    人には誰しも

    「誰にも話したくない」ことや

    「誰にも話せない」ことというのは

    確かに存在する。


    たとえ、それが

    信頼している友人や。

    最愛の恋人であっても。


    ――――たった一人の、親友であっても。


    「それ」を、言い出すことのできない人間もいる。



    たとえば。


    アニが、もし。

    仮に「女型の巨人」だったとして。


    自分が―――「人類の敵」なのだと。

    自分が―――「大量殺戮を行った人間(・・・・・・・・・)」なのだと。



    それを、「壁の中の人間」である


    自分の「敵」である人間に


    親友(ミーナ)」に、話せるのだろうか。
  98. 133 : : 2016/04/30(土) 15:32:49

    否。

    話せない。


    「・・・・・・」


    わかっていた。

    話せるわけがない。


    せめてもの、ごまかしだった。

    そんなことは、わかっていた。

    だが。


    エレンは、エレンには。

    どうしても、ミーナが傷ついてしまう選択が。

    選べなかった。


    果たさなければならない「責任」も「義務」もある。

    理性の方が、確かに数分前まで勝っていたはずだった。

    わかっていた、はずであった。


    ここで、先延ばしにして、本心(・・)

    伝えないでいれば


    いずれ。


    ミーナは 大きく傷ついてしまうだろう。


    だが。


    目の前のこの彼女に本心を伝え。

    傷ついた顔を。涙を流すであろう彼女の表情を。


    エレンは、どうしても。見たくなかった。


    そして。

    嘘を、ついた。
  99. 134 : : 2016/05/05(木) 13:48:00


    近くに立つ松明の炎がゆらゆら、と揺れる。

    まるで陽炎のように。淡く、そっと揺れ動く。
       
    どうやら風が強くなってきたらしい。

    その風の強さに伴って、気温も少しずつ下がってるように

    エレンには、感じられた。


    ミーナは、顔をマフラーで必死に隠そうとする

    エレンの様子に気づく。


    「? 大丈夫・・・?」

    「寒いの?」


    自らも寒いはずだが、こんな時でさえ彼女は自分よりも

    エレンの身を案じる。


    そんな彼女の優しさに、ますます。

    エレンの胸の痛みは加速していく。

    もう、耐えられない。
  100. 135 : : 2016/05/05(木) 14:06:42

    「・・・いや、なんでも・・・ねぇよ」

    「大丈夫だ」

    「そう? よかった」


    そういって、すこし哀しげに微笑む。

    やめてほしい。


    そんな笑顔を向けられる資格は、自分にはない。


    「もう朝になっちゃうね・・・」


    東の夜空に少しずつ明るみが出てきている。

    今の時期は、日の出が早いのだ。

    夢のような時間は、夢のように終わる。

    現実はいつだって、無慈悲に迫ってくる。


    ミーナとの3回目の、一か月ぶりのデートは

    終わりを告げようとしている。


    まるで、少しずつ昇りゆく太陽のように。

    そっと下りゆく月のように。

    ゆっくりと、唐突と終わる。
  101. 136 : : 2016/05/05(木) 14:14:28

    「・・・そろそろ、帰ろっか」


    ミーナは別れの提案をした。

    二人きりの時間は終わる。

    そのことに、どこか悲しさと虚しさを感じたエレンだが。


    ――――心のどこかに、安堵する気持ちがあった。


    「・・・そうだな」


    「・・・あ、あのさ」


    エレンは、女性調査兵の宿舎の方へと

    体を向けていたミーナを呼びとめた。


    「え? どうしたの?」

    「・・・明日さ。団長に、別の提案をしてみようぜ」

    「・・・!」

    「さっきも言ったけどよ、何か別に打開策があるかもしれない

    だろ?」


    「アニが女型なんて百パー決まったわけじゃないし」

    「そうだろ?」


    ミーナは驚いたように目を少し開くと。


    「・・・うん! そうだよね!きっと!」

    「・・・!」


    ミーナはまた、笑った。笑顔いっぱいの、優しい笑顔で。

    心から、安心したように。

  102. 137 : : 2016/05/05(木) 14:23:26

    「うん!そうしよ!」

    「・・・あぁ」


    ――――もう、心臓の痛みは限界を超えていた。

    今すぐにでも、ここを去りたい。


    だが。その気持ちだけは、絶対に表には出してはならない。

    アルミンのおかげで「心配をさせない為に負の表情を出来る限り

    表に出さない」ということを学んだエレンは、

    少しだけ、強ばる頬を無理やり動かして。

    ミーナの為に、笑顔を作った。


    その普段はなかなか笑おうとしないエレンの様子に

    ミーナはまた一つ安心し、幸せな気持ちになることができた。


    そんな彼女は、ふとエレンと別れる前にあることを思いつく。

  103. 138 : : 2016/05/14(土) 12:13:35

    「・・・っ」

    「あ、ね・・・ねぇ!エレン!」


    ミーナはどこか挙動不振な素振りをする。

    なにやら再び顔を真っ赤に染めて。


    「・・・! 何だよ?」


    エレンは顔をミーナに向け反応する。


    「―――――ッ」


    ミーナは目が合った瞬間に

    視線を下に動かし、俯いてしまう。


    「?」


    エレンはミーナの様子がいまいちよくわからず、困惑した。

    ミーナにはこういうところがある。

    何を考えているのかよくわからない時が稀にあるのだ。


    どこか気が沈んでいるように見えたと思えば

    いきなり元気になったりと。


    「乙女心は秋の空」という言葉をエレンは

    聞いたことがあるが。


    ――――ミーナに関していえば秋の空どころではない。

    もはや急激に天候が変わる夏空である。


    そんなことをふと思ったエレンは、次の瞬間ミーナが呟いた

    一言に、対応が遅れざるを得なかった。
  104. 139 : : 2016/05/14(土) 12:20:22

    「き・・・す、しよ?」


    彼女が、顔を真っ赤に呟いた一言がそれであった。


    「・・・・・・」


    エレンは思考が停止した。


    きす?鱚??

    キスとは魚のキスのことなのか。


    ――――否。


    ――――――そんなわけがない。

    こんな状況でウォール・ローゼの湖で取れる淡水魚の話を

    するのはよほど空気が読めないか、自らを天才と言い張る

    頭の足りない者の思考回路である。


    キス。KISS。

    いわゆる「接吻」のことである。


    「・・・・・・」

    「・・・・・・」


    二人は身じろぎができなくなり、数十秒近く停止していた。

  105. 140 : : 2016/05/14(土) 12:55:19

    「は・・・」

    「はぁ!?」


    エレンの第一声はそれであった。

    無論、頬を真っ赤にしながら。

    だが、それはミーナも同じことであった。


    「・・・だ、だめ?」

    「!」


    「・・・・・・」


    いや。

    そんな俯きながら、

    おまけに上目遣いでいわれても困るのだが。


    だが。確実にエレンは一種の嬉しさというべきか。

    興奮というべきなのか。


    そんな説明不能の感情を確かに感じていた。


    「・・・」


    「だ、だって、まだ私たち一回しかしてないじゃん!」

    「・・・きす。」

    「そ、それに、もうしばらくないかもしれないでしょ?」


    「――――こんな風に、二人っきりになれる時。」


    言うまでもない。

    調査兵団の非番は基本的に少ない。

    壁外調査までに、様々な訓練を積む

    必要が大いにあるからである。



    ――――エレンは、ミーナとは一度だけ。一度だけ、

    キスをしたことがある。


    ――――― 一ヶ月前。


    いうまでもない。人生で生まれて初めての、いわゆる

    ファースト・キス、というアレである。


    だが、その際、エレンもミーナも

    互いにキスを楽しむ余裕など無に等しかった。

  106. 141 : : 2016/05/14(土) 13:01:40

    何せ、互いに人生初のキスであった。

    緊張しすぎて完全にガチガチな状態であった。


    よく言うレモン味だの、林檎味だのいうキスはキスであって

    キスでない。

    味などわからない。そんな余裕はない。


    エレンもミーナも心臓が喉から飛び出てしまいかねない。

    もしくは鼓動に心が潰されかねない。

    そんな緊張を味わっていた。


    二人きりで、食堂の帰り道にて星空を一緒に眺めた時の

    話である。

  107. 142 : : 2016/05/14(土) 13:14:55

    「あ、あの時以降、全然エレン、私としてくれないもん」

    「だ!だから・・・今は・・・駄目?」


    「久しぶりに、したいよ。 ・・・イヤ?」


    しばらく俯かせていた大きな瞳。

    林檎のように赤らめた頬を向け、ミーナはエレンに聞いた。


    「・・・・・・」


    したいか。したくないか。

    無論である。たった一人の恋人と、接吻を迫られて

    断るのはあまりにも野暮というものである。

    エレンとて、そのつもりである。


    だが。

    今の心境で、ミーナとそのことをするのは

    あまりにも不誠実ではないか。

    嘘をつき、彼女に本当の気持ちを伝えていない今の心境で。


    そんなことを、自分にする権利はあるのか?



  108. 143 : : 2016/05/14(土) 13:21:38


    その思いが。

    ミーナの思いに応える事を、拒んでいた。

    しかし。


    ――――瞬間だった。


    ミーナはエレンの顔をまっすぐ見つめ。

    やや背伸びをすると――――




    遠目から見てもわかる

    柔らかな、そしてみずみずしさの溢れたその唇を


    ―――――エレンの唇へと押し当てた。

  109. 144 : : 2016/05/14(土) 13:26:57

    「!!?」


    エレンは突然のその状況に軽く、否。

    大いにパニックになる。


    目の前にはやさしく閉じられた二重の睫毛が映る。

    もはや林檎のよう、ではない。

    林檎そのもののように。


    彼女は頬を紅く。紅く、染めていた。


    愛らしい。いじらしい。

    可愛らしい。

    いくつもの言葉がエレンの脳裏に浮かぶ。

    不可能である。


    彼女のこの表情に合わせた言葉が、見つからない。

    ―――――表現が、できない。


    エレンも彼女と同じく、コンマ数秒開けていた瞼を閉じる。

  110. 145 : : 2016/05/14(土) 13:35:33

    その瞬間、唇と唇の温かな感触だけが、エレンのその身を

    支配する。

    それは、無論ミーナとて同じことであった。


    ―――――ただひとつ、分かっている事があった。


    エレンにはただひとつ。

    今、この瞬間に分かっている事が確かにそこにはあった。


    自分は、この「少女」を

    誰よりも。

    何よりも。


    愛しているのだということ。


    この残酷な世界で見つけた、たった一つのものを。

    何よりも、愛し。大切にしたい。

    それだけが、今、この瞬間に確かに分かっている事なのだ

    ということに。


    今は。今だけは、今この瞬間だけは。

    何もかもを忘れていたい。



    「ぅ・・・っ んんっ・・・」


    ミーナは唇を閉じたまま、何やら言おうとする。

    だが。

    エレンはミーナの唇に、そっと舌を入れ込んだ。

  111. 146 : : 2016/05/14(土) 13:45:46

    「ッッ!!?」


    瞬間、ミーナは瞼を思わず開けてしまう。

    その瞳はどこか潤み、とてつもなく

    色気に溢れている瞳であった。

    それでいて、頬はゆるみなく紅潮しきっている。


    瞬間。

    エレンにはどうしようもなく

    彼女が、艶めかしく感じてしまう。


    エレンはミーナの身体に触れ。腰のくびれ辺りに手を回す。


    「っッ・・・!? ぅぐぅ・・・!」

    「・・・・・・んんっ・・・ッ」


    ミーナは肩を揺らす。

    だが、抵抗はしない。


    お互いの唇が、舌が絡まりあう。

    思わず気を抜けば、そのまま快楽にとろけてしまいそうな。

    そんな感覚が、さらにエレンの舌の動きを加速させる。

    気持ちがいい。

    たまらなく、確かな幸せが身体を満たしてゆく。


    だが、とうとう堪え切れなくなったミーナは

    唇をぷはッ、と離す。

    絡み合っていた唾液がそっと糸を引く。


    離れていく唇の柔らかさ、温かさがどうしようもなく

    惜しく感じてしまう。ミーナの体温が離れていってしまう。


  112. 147 : : 2016/05/14(土) 13:51:14

    エレンは思わず、「・・・!」と我に返る。

    けほっ、と呼吸を荒げるミーナの姿が、視界には映った。

    どうやら、一分近くキスを味わっていたようである。


    ミーナの顔は呼吸が荒くなり、頬を紅潮させたまま、

    微かに、小さな雨粒のような汗が滲み出ていた。


    「わ、悪い。 ・・・大丈夫か?」

    「・・・も、もぉ・・・」


    「ディ・・・ディープキスなんて、

    いきなりすぎだよぉ・・・」


    カァァアア、と再び頬を真っ赤に染める。

    その姿に思わずエレンまで同じように赤面した。



  113. 148 : : 2016/05/14(土) 13:55:58

    「び、ビックリしたじゃんか・・・」

    「悪ぃ・・・つ、ついさ」

    「え、エレンって意外と大胆なのね!」



    「・・・・・・」


    「!」


    「・・・イヤだった、か?」


    ミーナはエレンと目を合わせると、にこっと笑った。

    さぞかし、幸せそうに。嬉しそうに。


    「・・・ううん」

    「すっごく、すっごく嬉しかった。」


    「・・・・・・」


    「我慢できなくてしちゃったの、私なのに」

    本当に・・・嬉しかったよ?」


    「ありがと。」


    途中から声のボリュームが

    恥ずかしさゆえか、落ちていった。

  114. 149 : : 2016/05/14(土) 13:58:10

    (~~~~~っ で、ディープキスしちゃったぁ・・・)


    (・・・やだ、す、すごく気持ちよかったよぉ・・・)


    ミーナが心の声を呟いたことは、幸いなことに

    エレンには伝わっていなかったようである。
  115. 150 : : 2016/05/14(土) 14:07:23

    「・・・じゃ、じゃあ」

    「そろそろ、帰ろっか」


    ミーナは先程の興奮を何とか沈め、心臓の鼓動を抑え。

    エレンに提案をした。


    「・・・そうだな」


    「・・・・・・」


    二人は再び沈黙する。

    そして、先に口を開いたのはミーナだった。


    「―――――じゃあ」

    「また、明日ね」


    「・・・!」


    このまま都合よく、この時の幸せだけを味わえていたら

    ―――――いったい、どんなにいいんだろうか。


    残像のように、エルヴィンや、アルミンの言葉が蘇る。


    再び、胸の痛みが蘇ってしまった。ミーナと感じた

    確かな体温そのものが、熱が、冷めていってしまう。


    だが。今だけは、それを無視した。


    「・・・あぁ、またな」


    「おやすみ! エレン」


    「あぁ。おやすみ」



    「――――――大好きだよ?」


    「!!」


    「――――あぁ、オレもだ」


    「愛してる。」

  116. 151 : : 2016/05/14(土) 14:21:35

    ______
    _____
    ___
    __
    _


    調査兵の宿舎。

    第57回 壁外調査を終え、エレンは寝床が変わった。

    以前の旧調査兵団本部の部屋から異動になったのである。


    体が重い。

    エレンは、ミーナと別離してからひどい体の重みと。

    胸の痛みに、気だるさを覚えていた。


    その重い、思いに耐え、エレンは自分の部屋へと辿り着く。

    現在はアルミンとの同室部屋となっていた。


    訓練兵のころとは違い、一つの大部屋に

    ベットが固まっているわけではなく、

    今はアルミンのベットとは反対側に

    エレンのベットが置かれている形になっている。


    つまり二人部屋というわけである。


  117. 152 : : 2016/05/14(土) 14:28:11

    「・・・・・」


    無論、物音一つない。

    ここまでの廊下も階段も、ランプの中の松明が燃える音が

    辺りに響いているのみである。


    そして、エレンは自らの部屋のドアノブに手をかけた。

    旧調査兵団本部ほどではないが、ここも大抵である。


    木の軋む音がギィィイイ、と小さく響く。


    恐らく、もうアルミンは眠りに落ちている筈である。

    なるべく音を出さないように配慮しながら、エレンは

    そっと古びた扉を開け、そしてドアノブを慎重に回しながら

    静かに閉めた。


    だが。アルミンに対してのその予想は、

    小さく裏切られることとなった。
  118. 153 : : 2016/05/14(土) 14:50:30

    「・・・ようやく帰ってきたんだね。待ちわびたよ」

    「・・・!?」


    いったい今日だけで

    どれだけ驚愕を覚えなければならないのか。


    アルミンは枕もとのランプを照らし、そして

    ベットに深く座り込んでいた。

    ランプの微かな灯りが、アルミンの

    温和な表情をゆるやかに、照らしていた。


    「―――アルミン・・・ まだ、起きてたのか!?」


    「――――うん、まぁね。」


    「エレンに、大事な話があってね。」

    「こんな時間にまでおきてること・・・」

    「なかなかないから、大変だったよ」


    どうやら、本部でのあの話の後から、

    アルミンもずっと起きていたようである。

    アルミンは基本的に眠るのは早い。


    寝不足は能の回転が悪くなってしまう元だよ、エレン―――


    と、よく訓練兵の際にも言われていたものである。


    そんなアルミンがこんな夜明け寸前まで

    目を覚ましているとは大層、大切な話なのであることは

    エレンにも容易に察しがついた。


    「・・・わ、悪いな。 ずっと待ってたのかよ?」


    「あはは、まぁね。 もう4時回ってるのに全然帰ってこな

    いから正直不安だったよ。」


    ――――このように笑うアルミンは、いつもと何一つ変わら

    ないように思えた。

    いつもの、優しく人に対し気遣いを忘れない暖かな少年のま

    まである。

    初めて出会って、もう7年以上過ぎようとしてるが、

    いまだにその性格だけは変わらない。


    「・・・もしかして」

    「ん?」


    「ミーナとデートでもしてたのかい?」

    「・・・・・・」

    敵わない。

    さすがに7年の付き合いは伊達ではなかった。


    「・・・よ、よくわかったな」


    「フフフ、エレンがわかりやすすぎるのさ」

    「そのマフラーも、ミーナから貰ったの?」


    「ま、まぁな。」


    「あはは、暖かそうだね」


    そういって、お互いに微笑しつつ、エレンは自分のベットに

    座り込み、団服とブーツを脱ぎ始める。

    ミーナから貰った朱色のマフラーは、そっと畳み、

    自分の乱雑した机の上に大事に置いた。


    「・・・エレン。」


    「ん? 何だよ?」


    「明日は」

    「どうするの?」


    「――――――ッ・・・・!」


    ズキン。

    また、胸が、痛みに襲われた。


    「選択」を迫られていく、現実に。


  119. 154 : : 2016/05/14(土) 15:39:49
    ききき 期待です!!
  120. 155 : : 2016/05/23(月) 01:07:19
    >>155
    ご期待ありがとうございます(∩´∀`)∩
  121. 156 : : 2016/05/23(月) 01:07:54







    部屋の中に、冷たい風が吹き込み、ランプの明かりがフッと消えた。







    時刻は夜明け前、最も気温が下がる時間。
    しかも、明かりが消えたせいか、余計に寒く感じられる。


    そして、暗がりでよく見えないが、聞こえてくるアルミンの声もまた、冷石のようであった。






    「明日、俺が、どうするか・・・・・・だって?」
    「まだ、“選択”は出来ていないんだね?」

    「・・・・・・・・・・・・。」





    図星だった。





    「せ、選択って、そんなに簡単にできるわけねぇだろ。第一、アニが・・・・・・・・・・・・アニが女型の巨人だって決まったわけじゃ、ねぇし。」
    「じゃあ、エレンは、誰をもって女型だと思うんだい?」

    「はあっ?」






  122. 157 : : 2016/05/23(月) 01:09:14







    まるで氷柱を首筋に当てるように、アルミンの言葉は俺の耳に突き刺さった。
    暗がりの中からアルミンがそっと俺に近づき、漸く俺にも見える位置にきた。


    普段はキラキラとしている青い瞳が、今は闇に沈んでいるせいか、玲瓏としている。





    普段と違う、アルミンの視線に射竦められ、思わずエレンは冷や汗をかいた。
    よく知っているはずの幼馴染みが、まるで違う人間に思えた。






    「エレン・・・・・・・・・・・・君は自分の置かれた立場がまるで分かってない。」
    「お前、何言ってんだ?」

    「君は今、薄氷の上に立っているんだ。」




    「薄氷?」


    「歩き方を誤れば、たちまち君は命を失う。でも僕は、君に歩き方を間違ってほしくない!」
    「だから仲間を疑うのか!? アニを・・・・・・俺の恋人の親友を疑えってのか!?」


    「そのとおりだ!」


    「!! アルミン、テメエ!!」






  123. 158 : : 2016/05/23(月) 01:10:05







    夜明け前にもかかわらず、俺は声を荒げた。
    冷たい風の吹き込む寒さにも拘らず、俺は声を荒げた。


    そして、アルミンと俺は遂に言い争いになった。





    「いいかい、エレン! アニを捕獲しようとすることが、君を傷つけることも、そして、ミーナを傷つけることも分かってる!」
    「だったら何でだ!?」

    「人類の・・・・・・・・・・・・勝利のためだ!!」












    風が、止んだ。








  124. 159 : : 2016/05/23(月) 01:11:00







    「人類の・・・・・・勝利?」

    「僕らは、巨人に勝たなきゃならない! その為に、エレンの力は絶対に必要だ!」
    「だから、アニを犠牲にするつもりなのかよ!」



    「僕は、こう思う・・・・・・・・・・・・何かを得るためには、何かを犠牲にしなくちゃいけない。たとえそれが、大切なものであっても・・・・・・。」







    部屋の中に流れる時間が、まるで凍ってしまったかのように感じられた。
    それくらい、重苦しい沈黙が部屋の中を包んだ。






    「俺は・・・・・・。俺は・・・・・・・・・・・・どうしたらいい?」





    独り言のように、ぼそりと呟く。
    すると、アルミンは踵を返し、ドアノブに手をかけながら、俺に話しかけた。







  125. 160 : : 2016/05/23(月) 01:12:29






    「エレン・・・・・・・・・・・・僕はこれ以上はもう説得しない。ジャンは今、君がいた地下室の部屋で寝泊まりをしている。」
    「!! ジャンが!? どうして!?」

    「ジャンが、君の替え玉になる。」


    「はぁッ!?」





    思わず俺はアルミンの肩に掴みかかったが、アルミンはその手を払いのけ、俺を突き飛ばした。
    不意を取られた俺は、転倒して尻餅をついてしまった。






    「今回の作戦は、憲兵団の目線がジャンにくぎ付けになっている間に、アニを地下に誘き出して捕獲する。
    君が動かずとも、調査兵団の人間は動き出す。君は命を永らえる・・・・・・・・・・・・皆から必要とされてね。」

    「アルミン・・・・・・・・・・・・お前・・・・・・。」





    「僕は君のような力はない。だから、この作戦に・・・・・・・・・・・・僕のすべてを賭ける。」






    アルミンはそう言ってドアノブを回し、部屋の外へと出ていった。
    ややあって、部屋の中に日の光が・・・・・・・・・・・・差し込んできた。



    この日の昼には、再び会議が開かれる。






    「どうして・・・・・・・・・・・・どうしてアニと、戦えるんだよ。どうして・・・・・・。」





    俺は、尻餅をついたまま、独り言のように呟いた。






  126. 161 : : 2016/11/01(火) 14:42:35
    __________
    ________
    _______
    _____
    ___
    __
    _


    ___夜が明け。

    選択の時が訪れる。

    エレンはその後、結局一睡もすることは無かった。

    カーテンから零れる朝陽がエレンの横顔を薄く照らす。

    エレンはまるで、眠気にその身を包み込まれているかのように、ひどい気だるさを覚える。

  127. 162 : : 2016/11/01(火) 15:00:51

    「エレン」

    「…!」

    背後からの声に、振り返る。

    兵団服を身に纏ったアルミンが、エレンからはあまり感情を感じられない瞳で彼を見つめている。

    既に兵舎に向かう準備ができているようだった。

    「…アルミン」

    「…寝てないの? エレン」

    アルミンはエレンの目の下にできていた薄いクマにすぐに気付いた。

    その一言は、相も変わらず、アルミンの目ざとい観察力を感じさせる。

    自らを気遣っている事は、すぐにエレンには分かる。

    だが、今の彼には。

    その思いやりに感謝できる余裕はほぼ無に等しかった。

    「………あぁ」

    アルミンと話した内容。

    つい、4時間程前に話したそれは、エレンにとっては、あまりにも信じがたく。

    そして、受け入れられないものだった。

    4時間という時間が、途方も無く。

    長く、長く、エレンには感じられた。

    ひたすらに、イメージだけが、頭には浮かんでいた。数時間後の現実の、予想を。

    結果を。

    眠りにはつけなかった。

    このあと行われる作戦会議に赴くであろうミーナに、アルミンの作戦を伝えた結果。

    彼女が───

    その時、何を思うのか。

    どんなに、悲しむのか。

    どんなに、つらい思いをするのか。

    涙を流すだろう。決して納得などしないだろう。


    それを思うだけで。

    考えるだけで。

    痛む。

    骨身に染みる。

    身を切られる。張り裂ける。

    壊れそうに、なる。

  128. 163 : : 2016/11/01(火) 15:06:51

    「…エレン」

    「そろそろ時間だ。行くよ。着替えてくれ」

    「…分かった。」


    苛立ちが自らの声から漏れているのを、エレンは気づく。まるで、ひどく軋む家屋から零れる雨水のように、漏れているのを。

    だが、それを抑えるには、今のエレンには心身共にあまりにも余裕は無く。

    せめてそれが爆発してしまわぬように蓋をするのが精一杯だった。
  129. 164 : : 2016/11/01(火) 15:13:25
    _____
    ___
    __
    _


    トロスト区、調査兵団支部。

    そこにエレンとアルミンは来ていた。

    日は既に高く昇り、もうすぐ昼を迎えようとしている。

    2人は、馬を簡易な馬小屋の杭にに括りつけ、兵舎に向かう。

    足取りは重い。エレンには、1歩1歩足を踏みしめる度に、身体が軋むように感じられた。

  130. 165 : : 2016/11/01(火) 15:55:51

    アルミンは、兵舎のドアを開く。

    ほのかに風が通り、室内へ一瞬響く。
    が、エレンが扉を閉めた後、すぐにそれは途絶えた。

    兵舎には、何やら慌ただしい調査兵団の制服を纏った兵士達が数多く溢れていた。

    作戦会議は、二階の団長部屋にて間もなく行われる。おそらく、そこには既にミーナ、ミカサ、ジャン達の姿がある事だろう。

    エレンは容易に想像できた。

    ミーナには、合わせる顔は無かった。
  131. 166 : : 2016/11/01(火) 16:10:38

    二人は、慌ただしい先輩兵士達を横目に階段を登る。木でできている階段は、1歩1歩歩く度に、軋む。

    その軋む音はまるで、エレンの今の心を表してるのかもしれないと、内心アルミンは思った。

    上から誰か別の兵士が降りてくる。

    花のように綺麗な赤髪が揺れ、鼻が丸みを帯びた女性兵士。エレン達よりもいくつか歳上の先輩兵士、二ファだった。

    「あら、アルミン、エレン!」

    2段ほど前にいる彼女は、エレン達に気さくに声をかける。

    「おはようございます、二ファさん」

    「おはよう、アルミン。」

    「あ、エレンも! おはよう。」


    二ファはアルミンに挨拶をし、アルミンの背後にいたエレンにも明るく声をかける。

    二ファとアルミンは丸みのある鼻が互いに似通っていて、外見的にも少々似ている為、調査兵団に入った後にすぐに仲良くなったようである。

    彼女は普段は明るいが、壁外調査などの場面においては非常に冷静な判断力と、思考能力に優れ、巨人戦においても大いにそれを活躍させている。

    おそらく、ペトラをはじめとしたな兵士達とは同期だろう。

    非常に優れた兵士だと、エレンは二ファについて聞いていた。伊達にこの組織において2年以上生き残ってはいない。
  132. 167 : : 2016/11/01(火) 17:58:19
    更新待ってました!

    超期待です!
  133. 168 : : 2016/11/01(火) 18:20:10
    期待ありがとうございます!
    超感謝です!
  134. 169 : : 2016/11/01(火) 18:30:29

    「…おはようございます、二ファさん」

    苛立ちが零れそうになる。

    エレンは、必死にそれに蓋をして二ファに挨拶を返す。

    確か、この人はハンジさんの部下でもあり、ケイジさん達とも同期だったように思う。ということは、つまり、この作戦のことも、聞いているはずだ。

    「というか、もうお昼ですし、こんにちはの方が正しいですかね? 二ファさん」

    「あははっ、それ思ったわー!」などと、アルミンと二ファは顔を見合わせて冗談を言い合っている。
    エレンはとてもではないが、そんな雰囲気には乗れそうになかった。

    「それは、そうと」

    「…エレン、アルミン。団長がふたりを待ってるわ」

    「ちょうどあなた達を迎えに行こうと思ってたの」

    「そうなんですか、すみません。すぐに向かいます。」

    アルミンは後ろを振り向き、軽く肩を叩いて「エレン、行くよ」と言う。

    エレンは、その手を払い「…分かってる」と俯きぎみに呟いた。
  135. 170 : : 2016/11/01(火) 18:49:21

    本棚で溢れる部屋。



    その部屋には、長距離索敵陣形の構図の

    書かれた貼り付け用紙や、

    人類の領域を表す三つの壁に、たくさんの書き込みがなされている

    大きな地図が貼付されている。

    二つのくたびれた赤いソファの間には、

    ストヘス区の構図の地図と

    びっしりと細かく表記された作戦要項が、5枚ほどまとめてある。


    片方には顔を俯かせているミーナが座り、いつも通り平然とし、涼しい顔をしているミカサが隣に座っている。


    そしてもう片方には、ジャンとハンジが隣り合って座っていた。


    そして。


    窓際の机には、エルヴィンと、窓の外を見つめながら足を軽く押さえるリヴァイが立っている。

    ジャンは目の前にいる調査兵団のトップとも言える2人に、多少ながら萎縮を覚えていた。


    エレンとアルミンが到着すれば、まもなく作戦説明を行う。


    部屋に入ってきたミーナ達に、静かにそう言ったエルヴィンは、そこから黙りこんだままであった。



    空気に重みがあるのであれば。



    間違いなく、その部屋をとてつもなく重い何かが支配していた。



    「…ハンジ分隊長。」



    その空気に痺れを切らしたジャンは、とうとう口を開いた。

  136. 171 : : 2016/11/06(日) 00:11:01

    揺れる。

    開け放たれた窓からは、昼の匂いを思わせる、風が入り込む。

    エルヴィンの机の上に、まるで山のように積み重ねられた多くの

    書類が、風に密かに煽られて。そっと揺れる。



    風と共に、微かにたなびくカーテンの隣に佇むリヴァイは、

    壁の上へ舞い踊るように飛んでいく小鳥達を眺めている。



    「どうしたんだい? ジャン」


    「…作戦の決行はもう」


    「決まった事なんですか」


    ジャンはハンジに訊く。


    「……………」


    ハンジは、ジャンの前に置かれた作戦要項を手に取る。


    薄い眼鏡の奥の瞳が、何を思っているのか、ジャンに読み取る事はできない。

    ちょうど光が反射している。


    ハンジは、薄く、耳を澄まさねば聞こえないほどの小さな溜息をつく。


    「……さぁ。どうなるんだろうね。」


    「ねぇ? エルヴィン。どうするつもりなのさ? 結局この作戦。」


    「やるの? やんないの?」


    「黙ってろクソメガネ」


    ハンジのエルヴィンに対しての問いは、リヴァイの一言で掻き消えた。


    「……………」


    「…リヴァイは作戦に参加しないよね? 口を挟まないでくれないかな?」


    ジャンは微かに、だが確かに。

    普段は快活なハンジがリヴァイに怒りを面立たせていることに

    気づいた。


    空気が、重くなるだけだった。

    ジャンは自らの行動に密かに後悔を覚えていた。



  137. 172 : : 2016/11/06(日) 00:22:39


    そして。

    唐突にその時は訪れた。


    扉が3回程ノックされると、赤髪を揺らしながら「エルヴィン団長、失礼します」と

    ニファを始め、エレンとアルミンが入ってきた。


    「すみません、少し遅れました。」と、アルミンは反省の意思を示し、エレンはその後ろで、頭を下げた。


    「構わない、座りたまえ。」


    エルヴィンは席を立ち、厳かさを感じさせる声でエレン達に

    声をかける。その一声は、室内に一種の緊張をもたらす。


    ニファは、二人を入室させ、その扉が閉まるのと同時に部屋を出ようとする。が、エルヴィンはそれを制した。


    「ニファ。君にもまた別件で用がある。聞いていてくれ。」


    「し、しかし…よろしいのですか?」


    「あぁ、構わない。そこにいてくれ。」


    「…わかりました。」

  138. 173 : : 2016/11/06(日) 10:40:40

    エルヴィンは視線をある方向へ向ける。

    二ファは、その視線の元に気付く。
    そして、微かにだがエルヴィンの意図していることに思い立った。

    エルヴィンは机の上に積み重なる書類の上から、席についたエレンたちの目の前にあるものと同じ要項を手に取る。

    そして、一つ小さな咳払いをすると。

    エルヴィンは声を響かせた。


    「さて」

    「…全員揃ったな。」

    「これより、ストヘス区『"女型の巨人" 捕獲極秘作戦』について──改めて。」


    「詳しく説明を行う。」



  139. 174 : : 2016/11/06(日) 10:58:49

    ミーナは額に、感触が悪く。

    冷たい汗が滲むのを感じた。

    これほど。これほどまでに、何か始まるのが、不快だと感じたことはない。

    その時。
    自分が知らぬ間に、強く、強く拳を握りしめている事に、初めて気づく。

    だが、そんな彼女の思いには反して、エルヴィンは続ける。


    「だが。」

    「……その前に。」


    作戦要項に目を合わせていたハンジとリヴァイ、二ファ以外の
    全員の視線がエルヴィンに、向く。


    「ミーナ。」


    来た。

    来てほしくない瞬間は非情に訪れる。

    心臓が、嫌な脈を打つ。そして、

    小さく、そっと息が出る。

    震える。震えが、何故か止まらない。
    指が。肩が。声が。震える。

    思わず、息を呑む。

    「…はい。」


    「結論を聞かせてもらおう。」


    「…………」


    「君の、この作戦への」

    「────参加の意思を」

    エルヴィンは、問う。

    その、覚悟を。
  140. 175 : : 2016/11/06(日) 11:20:45


    ゆっくりと、だが確実に、ミーナは口を開く。

    大きく息を、吸い込む。


    「───私は」


    「………作戦を行う事には、同意できません。」


    「……そうか。」


    「私は、アニが女型の巨人だとは」


    「どうしても、思えないんです。」


    「…ねぇ、エレン」



    ミーナはエレンに、問う。

    その在処を。本心を。

    エレンは心臓が凍るような。そんな、感覚を味わう。

    微かに、呼吸が乱れる。

    「……!」


    「…そうだよね? アニは」


    「女型の巨人なんかじゃ、ないでしょ?」



    エレンの脳内に、残像が走る。


    ────「…うん! そうだよね!きっと!」


    ミーナの、緩みきった笑顔。
    表情。安心を絵にしたような、それは。

    心に、刃を貫き通す。

    痛み、ではなく。もはやそれは

    言葉で表すのならば。


    疼き、だ。
  141. 176 : : 2016/11/06(日) 11:54:42

    その時。ふいに横から口を出したのは

    ミカサだった。


    「──エレン」


    「…ミカサ……な、何だよ?」


    「…確かに、アニが女型の巨人だという『確実』な証拠は無い。」


    「……ッ!! そ、そうだ!! 当たり前だろ!?」

    「アイツを────アニを疑うなんてどうかして────」


    「────でも。」



    その瞬間、エレンはまるで。


    鋭利な、
    確実に自らを穿つ小さな刃に

    ───まるで、自分が貫かれたかのような。

    そんな錯覚を、覚えた。

    ミカサの一言。それはエレンにそんな感覚を味わせる。

    「─────女型がアニ「かもしれない」と聞いた今」


    心臓が、嫌な音を奏でる。
    背筋が。身体中を巡る血液が。

    全てが、凍り付いてゆく。


    「エレンには」

    「────『本当に』」

    「思い当たる節は、無いの?」


  142. 177 : : 2016/11/06(日) 12:16:25

    「─────」


    ミーナは、エレンの視線が泳いでいるのに、気付く。

    そして、ミーナ自身の、心にも。

    黒い、何かを、もたらす。



    「………え、エレン?」


    「─────ッ……………」


    ミーナは、エレンに視線を合わようとする。

    だが、エレンは、決して目を合わせない。

    合わせることが、出来ない。


    「……ねぇ、エレン。」


    だが、ミカサはその全てに気づいていても。

    それでも、なお、続ける。


    「────自分でも、本当は」

    「気づいているんでしょ?」


    違う。違う。違う、違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

    そんな、はずが無い。


    「────違、う。」


    アニが、女型の、巨人?

    あり得ない。あり得ない。あっていいはずが、無い。

    いや、違う。本当は。

    本当は。



    ────「僕は、こう思う・・・・・・・・・」

    ────「何かを得るためには、何かを犠牲にしなくちゃいけない。」

    ─────「たとえそれが、





    ──────大切なものであっても。」


  143. 178 : : 2016/11/06(日) 12:27:46

    「……本当は。」

    「気付いていて─────見て見ぬ振りを」


    ミカサの視線が。声が。
    エレンを、刺し貫く。


    それは、容赦なく。


    触れて欲しくない所へ、降り注ぐ。



    「しているんじゃないの?」



    やめろ。やめてくれ。
    もう、やめてくれ。嫌だ。

    やめろ。

    エレンの心は悲鳴を上げる。

    それは声にもならない、悲鳴だ。


    「…ミカサ、やめろ。」


    だが、その声は、ミカサには届かない。



    「───────女型の巨人と、格闘戦を交えたのなら。」

    「何か」



    「────『女型独特(・・)』の技術を」


    「見たりはしなかったの?」

  144. 179 : : 2016/11/06(日) 12:42:13


    蘇る、景色。

    信じられなかったその光景。

    そんな、はずはない。

    気のせいだと、思い込もうとして。

    それなのに。



    それは。その光景は。

    どうしようもなく。瞼の裏からは消えない。


    ───あの日。

    一週間前に見たもの。

    第57回 壁外調査の際の、巨大樹の森で、エレンが女型の巨人と戦った時。

    幾多もの拳を交え、怒りのままに

    吼えた。

    爆風が、森の中に吹き荒れ。

    何本もの巨大樹が、その衝動とともに、薙ぎ倒されていく。

    疲弊していく身体。

    薄れゆく、意識と理性は
    次第にエレンを蝕む。
    消耗してゆく。

    そして、その戦いが始まって───

    ある時。

    それは突然の幕切れとなった。

  145. 180 : : 2016/11/06(日) 12:48:48

    女型の巨人との、ほんの数秒の対峙。

    左から拳を振り下ろす。その用意と、準備は既に出来ていた。

    だが。

    それは、ほんの一瞬だった。

    その間に、エレンは、躊躇した。

    その、女型の巨人の構え(・・)を見た時。


    ──────「何か、女型独特の技術を見たりはしなかったの?」



  146. 181 : : 2016/11/06(日) 12:54:22
    エレンの脳裏に浮かぶ、ミカサの言葉。

    そして。

    女型の巨人が見せた。


    アニしか身に付けてなかったはずの(・・・・・・・・・・・・・・・・)

    対人格闘術。


    そうして。

    見ないように、考えないようにしていた

    全ての辻褄が。

    合致した。




  147. 182 : : 2016/11/06(日) 13:20:39
    頬に当たる、風。

    和やかなその空気は、エルヴィンの部屋には確かに届く。

    だが、その風は、空気は、

    エレンにとっては、不快なものでしかなかった。

    「………………エレン?」

    「………ぁ」


    ミーナはエレンの方へ振り向く。

    その表情は、まるで恐怖を貼り付けたように、固く硬く、強ばっている。

    頬からは、汗が滲み出ているのが、エレンには伺えた。

    「……ねぇ? エレン?」

    「……ち、違うん、でしょ?」

    目を見れない。

    エレンは、目を見れない。

    ミーナの。世界でたった1人の彼女の。

    ─────視線に、応えることが、出来ない。


    「……ね、ねぇ、エレン。違う、んでしょ? 違うよね?」


    「…………」


    言葉が、出てこない。

    言葉に出来ない。

    伝え、られない。

    「……ねぇ、エレン、何か、い、言ってよ」

    「……エレン、言って……くれたでしょ?」

    「───私に、言ってくれたよね?」


  148. 183 : : 2016/11/06(日) 16:35:06
    すみません、本日の更新はここまでとさせていただきます。

    また、1週間に2度ほどの更新で、12月14日までは進めていきたいと思いますをよろしくお願いします。
  149. 184 : : 2017/06/16(金) 16:51:54
    期待
  150. 185 : : 2017/09/01(金) 16:19:22
    長いこと放置してしまい、申し訳ありませんでした…
    ようやく、執筆の目処が立ち、MGSさんとも一緒に書ける状況になったので執筆して行きます!!いつも低更新でごめんなさい…
  151. 186 : : 2017/09/01(金) 16:35:53

    「ねぇ、エレン……エレンは、言ってくれたよね?」

     何で。
     どうしてこんなことになっている、とエレンは思う。何故、オレはミーナに嘘をついたんだ、と。

    「『アニが、女型の巨人って確定したわけじゃないんだから、きっとまだ打開策はある』って」

    「『だから作戦に、参加するかどうか決めてない』って」

     顔面蒼白なミーナの表情。エレンはそこから目をそらす事は出来ない。頬を伝う脂汗。冬の雪中訓練で触った事のある氷の温度よりも、それは酷く冷たい。
     まるで、身体から熱という熱が奪われて、凍えてしまったかのようだ。
     だが、エレンは気付く。
     この気持ちを味わっているのは、オレだけな訳が無いと。

    「……………」

    「……………」

     エレンも、ミーナも、共に立ち尽くす。
     エルヴィンやリヴァイは口を挟む事はなく、その様子をただ傍観している。それは、ミカサ達も同じ事だった。

    「……てよ」と、ミーナは呟く。

    「ねぇ、答えて」

    「答えてよッッッ!」

     びりびり、と。それは部屋が揺れたかのような錯覚を起こす程の怒声でもあり、悲鳴でもあり、泣き声だった。
     ミーナの瞳からは、ポロポロと、身を知る雨が溢れてきている。目を真っ赤に腫らし、憎しみと、悲しみと、言葉にならない絶望が、そこから溢れてきていていた。
     それは────およそ、留まることを知らない止まない雨そのものだった。
  152. 187 : : 2017/09/01(金) 16:52:51

    「……ミーナ」

     使い古されたソファに背筋を伸ばして座りながら、その様子を見ていたアルミンは呟く。
     うるさいよ、と感情をエレンにすら感じさせないほどの未だかつて無いほどの、冷たい声。それを聞いたミーナは一瞬、ゾクッと小さく背筋が震えた。

    「……感情的になるのもいい加減にしてよ、ミーナ」

    「───エレン」

    「…………なん、だよ」

    「本当はどうなのか、教えてよ」

     自身に向けられる、穿つような視線。エレンはおよそ目の前にいるその人物が、一瞬誰なのか分からなくなった。
     これが、アルミン? お前は本当にアルミンなのか、と。
     だが、そんな事は考えている暇はない。質問への問いを返さなくてはならない。もうこれ以上、なぁなぁに。曖昧にしてはならない。
     決して、それは許されないことなのだから。

    「…………オレ、は」
     
  153. 188 : : 2017/09/02(土) 00:26:10

    「────アニは、女型の……巨人だと、思う」

     エレンはまるで、自分の声が自分のものではなくなってしまったような気になる。
     女型の巨人のあの『構え』。
     視界が飛ぶ寸前に見えた、『蹴り方』。
     それら一切が、脳裏にフラッシュバックする。
     アレは、知っている(・・・・・)。何故ならアレは、つい一年ほど前に直接、自分が味わったもの。地面に投げ捨てられた時の背骨と頭蓋骨の痛みも、舌に絡んだ土の味も、全て忘れようはずもない。
     アレは、紛れもなく。

     ────『アニ・レオンハート』だけが持つ対人格闘術の構えで、蹴り方だったのだから。


    「─────────ぁ」と、ミーナは絶望に目を剥く。それを聞いてふらり、とよろつく。まるで、もう何も信じられないと言わんばかりに。

    「…………………つき」

    「……………つき、嘘つきっ、嘘つき嘘つき嘘つき!!!」

    「なんで、なんでそんな嘘なんてつくの!!?」

    「なんで、………どうして!!? エレン!!」

     それは、小さな言葉。そして、まるで呪いのような吐露。何度も、何度も何度も。エレンに向かって、吐き捨てられた。
     嘘つき、と。
     涙でぐしゃぐしゃになった顔には、憎悪と失望が浮かんでいる。
     だが、それを見兼ねたリヴァイは「オイ。うるせぇ」と一喝した。

    「……ッ!」とミーナは怯えるように肩を震わす。

    「……テメェは邪魔だ。出てけ」と今度はリヴァイが吐き捨てるように言う。
     そして、ミーナの前へと歩き出すと、彼女を凄まじい形相で睨み付けた。

    「言ったはずだ」

    「感情的になって場を乱すのならこれ以上はここにいる意味はねぇ」

    「───これ以上、テメェの価値観を押し付けるな」

    「………なにが、貴方に分かるんですか……」

     ミーナは怯えながらも強くつよく歯軋りをする。ギシッ、という音は距離のあるエルヴィンにすら聞き取れる。
     そして、そのまま叫ぶ様にミーナは言う。

    「親友が、こんな私を、ずっと助けてくれていた親友が、人類の敵だなんて言われて!! エレンだけはきっとそんな事はないって言ってくれた!!」

    「………貴方みたいな人に、私の気持ちなんて分かるわけない!!」

     だが、動じることもなくリヴァイは「知らん、だがな。テメェの隣にいるコイツが、何の為にそんな嘘を付いたのかくらいは俺にも分かる」と、エレンを横目に見つつ呟く。

    「……ッ!」


     
  154. 189 : : 2017/09/02(土) 00:55:53

    「……テメェはこいつと恋仲だとか言う割には、どうやら頭が足りないらしい」

     諦観したようにリヴァイは振り返り、エルヴィンの元へと歩き出す。
     その一言は、ミーナの思考回路と、堪忍袋の緒を破裂させるには、十分だった。

    「─────どういう、意味なんですかそれは!!」

    「なんで……なんで、そんなことを貴方に言われなきゃならないんですかッッ!?」

    「なら何故そいつが嘘をついたのかテメェには分かる筈だ」

    「………」

     エレンはその様子を、ただ見つめていることしか出来ない。リヴァイは自分を庇おうとしている。それは分かる。
     こうなった責任はオレにある。なら、これはオレが決着をつけなければならない。決めたはずだ。たとえ、ミーナに軽蔑される事になっても、それでもオレはこの選択を選んだ。
     だからこそ、と決意するように瞼を閉じる。
     閉じた視界に、ミーナの笑顔の残像が浮かぶ。同時に、つい先ほどの絶望の表情も浮かぶ。
     あぁ、オレのせいだと、彼は強く思う。オレは結局自分を守りたかっただけ。ミーナの傷つく顔を見たくなくて、そんな顔を見て胸が締め付けられるのが嫌で、オレは嘘を吐いた。
     つよく拳を握りしめるとリヴァイの肩をつかむ。

    「────兵長、すみません。こうなった責任はオレにあります」

    「……オレが、ミーナを騙したんです。ミカサやアルミンの言った通りなんです」

    「オレは……ずっと、目を逸らしてたんです。分かっていて、見て見ぬ振りをした」

    「………」

     リヴァイはエレンの方を見ることも無く、その言葉を黙って聞いている。ミーナは呆然としながら、立ち尽くしている。
     だが、その時。

    「……ミーナ」とエルヴィンは目を閉じたまま顔の前に拳を添えて、厳かな声で彼女の名前を呼んだ。

    「……悪いが、私もリヴァイの意見に同意見だ。君にはこの作戦を辞退してもらう」

    「……やるんですか」とミーナは顔を上げて言う。

    「───この作戦で、もしもエレンが巨人化したら、本当に大勢の人が死ぬんですよッ!?」

    「アニは………アニは女型の巨人なんかじゃない!! 絶対に、そんなの間違ってる!!」

    「何かを犠牲にする事が、何かを得る為に必要な事で……そして、この組織がそういう人達の集まりでしかないんなら……!!」

     ミーナはジャケットの調査兵団の刺繍を力の限り引っ張る。ブチブチブチッ、とそれは悲鳴の様な音を立てながら裂けていく。

    「んんんんん!!」

     刺繍は惨めに裂ける。ミーナは右手に掴んだそれを地面に叩きつける。

    「………私は、調査兵団なんかやめます」

    「………こんな組織、潰れて無くなればいい!!」


  155. 190 : : 2017/09/02(土) 01:12:01

    「……そうか。それが君の答えか」

     窓の外には、鷹が空を舞っている。
     そして、その窓からは穏やかな昼中の風が相も変わらず吹き込む。
     エルヴィンは、ミーナのその言葉を肯定することも無く、否定することも無く、小さく息を吸うと、静かに続ける。

    「なら、只今を持って───第104期調査兵ミーナ・カロライナを中途脱退とし」

    「調査兵団の誇りを失った者として、その自由の翼を剥奪する」

     そして、エルヴィンははっきりと、出ていきたまえ、と呟いた。
     ミーナは涙をつよく袖で拭うと、ジャンやミカサ達には見向きもせず、扉の方へと足を踏み出す。
     
    「ま、待てよ……! ミーナ!!」とエレンは肩を掴もうとする。

    すると、「さわらないで」とミーナは感情の無い声で呟いた。

    「─────」

    「……………」

     ミーナは拳を握りしめ、鼻をすする。そして、走り出す。ドアノブを強く掴み古びた扉を強引に開き、叩き付けるように閉め、部屋を飛び出していった。


     
  156. 199 : : 2020/09/01(火) 16:08:47

     部屋を出た彼女の足音が遠ざかり、やがて完全にその部屋に届かなくなった頃、ひとつの息を着く音が漏れた。

    「……二ファ。ひとつ、頼まれてくれるか?」

     エルヴィンは眉ひとつ動かすことなく、ともすれば静かに瞳を開いたまま二ファへ声を掛ける。古びた扉を眺めていた赤髪の少女は、調査兵団団長の元へ慌てて向き直った。

    「! 何でしょう、エルヴィン団長」

     緊張したような佇まいで、彼女は自分へ視線を向ける。そんな視線を向けられるのに慣れたのはいつからだったか。
     そんな事を薄らと考え、両手を重ねて顎の自重を保っていた姿勢を解く。ゆっくりと重ね合わせた両手を降ろし、真っ直ぐに二ファを見据える。

    「……彼女の事を、頼みたい」

    「!」

     二ファは目を見張る様な仕草を見せ、ほんの数秒程視線を合わせながら「……分かりました。これは確かに、私が行かないとですよね」と苦笑いをしてみせた。「……分かってたんですね。こうなること」
     まだ調査兵団に入団し、ハンジたちの部下として努める彼女は決してベテランと呼べる様な兵士では無い。だが、逆にベテランと呼べるハンジを始め、ナナバやゲルガー、リーネ達にとって彼女がとても信頼の置ける存在ではある事に変わりはなかった。
     彼女のこういった察しの良さに、他ならぬ団長の立場である自分すらも助けられた節があるのだから。

    「……すまないな、二ファ。頼んだぞ」

    「ハッ。……こんな時や、伝達役でくらいしか…私、役に立てませんので気にしないでください」

     そんなことは決して無かった。だが敬礼を静かに休め、それを言う間もなく二ファははにかむ。そうして踵を返し、部屋を静かに退室していった。
  157. 200 : : 2020/09/01(火) 16:15:20

     二ファが部屋を出た事を、リヴァイは視線だけで追っていた。
     エルヴィンの判断は正しい。というより、この場合の適役はこの部屋に居る同期の人間やハンジ、勿論自分やエルヴィンを含めて二ファしか有り得ないのは明瞭だ。
     恐らく自分がエルヴィンと似た立場であれば似たような役目を二ファに背負わせたのは間違いない。
     奴の判断はいつも俺達よりも一手先を常に歩いている。エルヴィン・スミスはそういう男だ。
     
    「………………」


     沈黙が扉を開けて帰ってきた様に、再びその空間に根付き始めた。内心舌打ちしたくなる衝動に駆られながら、やがてリヴァイは目の前の紅茶へ手を伸ばす。

    「オイ、エレン」

    「ッ、は、はい、兵長……」

     独特な持ち方、と言われた事もある飲み口部分を片手で持ち上げるような持ち方で、彼は紅茶を啜る。
     
    「……お前のした選択は間違ってねぇ。アイツはどちらにせよこの場に相応しい人間じゃなかった」

    「…………」

     エレンはリヴァイの言葉に俯き、虚ろな目を目前の入れられた紅茶へ向けている。

    「……言ったはずだ。結果は誰にも分からんと」

    「この作戦にあの女が参加し、『女型の巨人』を前にして戦意を損失する可能性もあっただろうな」

    「ましてや……そんな事になれば、アイツは確実に死ぬ」

     信じたくもない現実は、エレンをまるで押し潰すかのように事実を告げる。その通りだ。今のまま、ミーナが作戦に参加しても、確実にアニと戦うことを躊躇する。そうなれば────ミーナは、死ぬ。殺されるだろう。実の親友の、手によって。

    「そしてミーナが言った通り、この作戦が二次作戦に移行する形になれば……多くの死人が出るだろうな」

    「エレン、お前も多くの市民を殺す形になるかもしれねぇ。あのクソデケェ巨人が暴れ回りでもしたらストレス区の被害は検討も付かねぇからな」

     その通り。どれもこれも、全て分かっている。リヴァイの言うそれは文字通り最悪の事態になった場合のケース。
     だが実際の所、アニがそう簡単に捕まるとは考えにくい。その事は他でもないエレンがよく知っている。彼女の格闘技を何度も味わい、何度も地面に転がされた事があるエレンだからこそその事が分かっていた。
     彼女はアルミン程じゃないにせよ、聡い。エレンよりも座学の成績も良かった。
     普通に考えれば。
     エルヴィンのいう「可能ならば、地下で巨人化させることなく捕獲する」という事がほぼほぼ不可能である事など誰の目から見ても一目瞭然だ。そんな事は、火を見るよりも明らかに彼女には気付かれるに違いない。
     故に。
     覚悟を決めなければならない。オレは、誰かの命を踏みにじって、この選択を成し遂げなければならない。それがミーナか、他でもない他人や人類、あるいはまた別の何かの違いだ。

    「………オレは、……自分の選択を、信じるのが、怖いんです」

     アルミンやミカサ、ジャンはエレンへ視線を向ける。
     そんな事を言うエレンの姿を、彼らは今まで見た事など無い。エレン自身も、他でもないそれが言い訳や、弱音でしかないことは分かっていた。だが、それを吐かずにはいられない。

    「………」

     エレンの脳裏には、エルド、オルオ、グンタ、ペトラのそれぞれの顔が浮かぶ。選べ。
     そうだ。あの時、オレが戦っていればあんなことには。
     そして同時に、マフラーをくれた時の嬉しそうな、心底幸せそうなミーナの表情もまた、浮かぶ。選べ。
     あの時、オレがハッキリと事実を言っていれば。

    「よせ、後悔をするな」

     不意に、そんな言葉がエレンの耳に届く。

    「リヴァイも言った通りだ。結果は誰にも分からない。後からその結果が分かろうと、それをやり直すことなど絶対に出来ない」

     それは、エルヴィンの言葉だ。
     胸を抉る程の正論。あるいは暴論か。いや、何処までもそれは正論なのだろう。エレンは目を剥く様にして視線を向ける。
  158. 201 : : 2020/09/01(火) 16:58:45

     まるで、自分の心を見透かしたようなタイミングでエルヴィンは表情の読み取れない目線を自分へ向けてきていた。

    「その先が、その未来が分からなくても、残酷にも選択の時は必ず人生には訪れる」

    「そして選ばなければならない。たとえその結果が何かの、あるいは多くの犠牲を伴うのだとしても」

     無表情な目には、一瞬、何かが映る。
     エレンは、幻覚を見る。自分の周りを、誰かが取り囲んでいる。それは誰かは分からない。
     いや、厳密に言えば何人かが分かった。リヴァイ班のメンバー。そして、顔だけは知っている何人かの兵士。調査兵のマントを羽織り、まるで死人のような虚無の瞳をこちらへ向けてきているのだ。
     視線を、動かせない。
     取り囲れた『彼ら』はまるで自分の選択を待っているようにすら見える。脂汗が、額を伝う。

     これは、何だ。

     いや、これはきっと、亡霊だ。オレの選択次第で、この人達に報いることになるのか、裏切るのかが変わる。オレが、選ばなければ、
     選べ。
     選べ。
     亡霊が口を揃えているかのように聞こえる。剥いた目が動かせず、眼球が痛みすら覚え始める。

    「エレン」

    「これは以前、リヴァイに言った言葉だ。……『ひとつの結果は、次の結果の為の材料にして初めてその意味を持つ』」

     そしてエレンは理解する。その言葉が脳内にこだます時、亡霊は気が付けば姿形を無くしていた。今のは幻覚でも、妄想でも、あるいは幻想でもなんでもない。
     彼は、エルヴィン・スミスは『これら』を背負って生きる人間なのだと直感的に、その事実を理解する。
     
  159. 202 : : 2020/09/01(火) 17:57:20

    「故にエレン、君は何を選ぶ」

    「答えを聞かせてもらおう。エレン・イェーガー」 

    「………」

     数十秒の沈黙が過ぎ、エレンはその身を強ばらせる。天井を仰ぐ。
     亡霊に、応えねばならない。
     その贖いは、果たされなければならない。アニを捉えること、殺しはしない。だが聞かなければならない。
     アニ。お前は何の為に戦ってるんだ。
     何の大義があって、人を殺せた。
     答えさせる。ミーナへ、その答えを吐かせる。その為なら、容赦はしない。

    「……ミーナを、死なせない。オレは、必ずアニを拘束します」

    「何があろうと、必ず」

    「今はそれしか言えません」

     アルミンは静かにエレンを見つめる。目が合う。互いに対峙し合うも、言葉などない。やがて「決まりだ」と、エルヴィン・スミスは立ち上がる。

    「重要参考人としてミーナ・カロライナの招集も行っていたが、彼女は今作戦より外す」

    「これより内容を一部変更し、『ストヘス区「女型の巨人」極秘拘束作戦』の最終概要確認を行う」

    「……先日伝えたとおり、コレが最後の賭けになる。次は無い。この作戦の失敗は」

    「強いては、人類の敗北を意味する」

     戦え。
     戦え。
     戦え。
     先端に血が通らなくなる程の力を込めて、拳を硬く、固く握る。そして、念ずるようにエレンは作戦概要書へ目を通す。
     戦え、と自らへさながら、呪いをかけるように。
  160. 203 : : 2020/09/01(火) 18:16:52


     何故、こんな事になってしまったんだろうと彼女は考える。当てもなくストヘス区を彷徨い、エンブレムが禿げた団服を着た彼女は、やがて何処ともしれぬ小さな公園に辿り着いていた。
     そこは大した遊具もなく、大人用のベンチと、ある程度開けた草原に砂場が広がる様な公園だった。何も考えたくなかった彼女は、そこへ力無く座り込む。
     ────もうこれで、私の居場所はなくなってしまった。そんなことを、ミーナ・カロライナは思う。

    「…………」

     ふと、視線を上げた。見上げる空は青く、散り散りになった雲が何かを探すように漂っている。昔から、空を見上げるのは好きだった。

     この世界は、ミーナが産まれた時から壁が視界の半分だった。

     幼い頃、市民病院に勤めていた看護士である母親の職場に、いつも隙を見ては遊びに来ていた。
     市民病院は屋上が解放されていて、古びた木の扉を開けると、たくさんの洗濯物と一緒に青々しい空がいつも見えたものだ。
     病院は建物自体も大きく、その分、屋上から見える壁上の空は家の窓から見える景色よりも眺めやすかった。いつか、あの空の向こうに行ける日は来るのかな、と幼い彼女は考えた事もあったように思う。
     だがもちろん、そんな日は来ることも無かった。
     一度だけ、母親と父親にその話をした事がある。その時、両親は共にどこか悲しそうな顔をしたので、ミーナはその話を二度と誰にもしなくなった。

     もし、巨人なんていなかったら、どんな世界があったんだろう。

     アニに、聞いてみたことがあった。訓練兵時代、エレンに想いを伝える少し前。アニの髪を梳きながら、聞いたんだったか。

    「………そんな世界が、本当にあったら」
     
    「どんなに良いんだろうね」

     そう。確か彼女は、そんな事を呟いていた。
  161. 204 : : 2020/09/01(火) 18:29:08

     ひどく珍しく、意外な言葉を言われた事だけは印象に残っている。てっきり、興味無いと言われて終わると思った。
     アニは基本、反応はせず黙って彼女の話を聴くばかりだった。殆ど喋る事はしなかった。
     だがミーナが話しかけに来ると「またアンタか……本当に、変わってるね」といつも無表情になりながらも、いつも聞いていた。
     きっと自分の存在はアニにとって面倒くさくて、鬱陶しい存在だったかもしれないと、ミーナは思う。
     アニは不機嫌だった時もあった。そんな時には話しには行きにくかったけど、でもそれでも、また話は聞いてくれた。

     ミーナの話を、アニはどれも覚えていた。覚えてくれていた、その事実を彼女は思い出す。

     知っていたのだ。アニが本当は、不器用なだけの優しい子なのだと。
     どんなに良いんだろうね、と言った彼女の横顔は、2年以上たった今でもミーナは思い出す。壁が無い世界を想像し、青い空の話をした時も、彼女は同じ顔をした。
     アニは、あの時、どんな気持ちで自分の話を聞いてくれていたのだろうか。裏切り者だったアニ。多くの調査兵を殺し、そして壁を超大型巨人や鎧の巨人と共に壊したアニ。
     ペトラを始め、エレンにとっての繋がりであったリヴァイ班の面々を殺めたアニ。それらは全て、同じアニ・レオンハート本人だ。
     ふと、思わずにはいられない。
     彼女はずっと───あの3年間、どんな気持ちでいたのだろうか。
     許せない、という気持ちもあった。
     何故、どうして、という気持ちもあった。無いはずがない。
     でも、それ以上に。
     アニのあの横顔だけが私の脳裏に浮かぶ。憎悪や怒り以上に、それらが浮かんでは、どうしてかただただ苦しい。
     そして同時に、エレンの悲痛そうな顔も思い出す。
     そういえばエレンと一緒に壁上固定砲整備になった時、アニと同じように空の話をした。いつもは殆ど昔話をしないエレンが、その時は珍しくミーナに「オレも、昔からボーッと空を眺めるのが好きだったぞ」と教えてくれたのだ。
     
    「空の上は、この世界できっといちばんの『自由』があるからな」

     自由。
     あの空の向こうに広がる本当の自由。
     アニは、エレンは、その自由をきっと知らないのだろう。そして無論私自身も、知らないんだ。
     ミーナはそうして、そんなことを思いながら視線を細める。青空はどこまでも広く、そして美しい。


     
  162. 205 : : 2020/09/01(火) 18:40:34

     やがて、風が吹く。そよ風は頬を撫で、2房の彼女の髪を揺らす。見上げ続ける空が、滲む。
     時が止まってくれたらいいのに、とふと彼女は思う。止まってくれたならば、きっと幸せだ。こんな気持ちで、一体誰と向き合えばいいと言うのだろうか。こんな苦しくて、痛くて、背負うには余りにも重すぎるものを、捨てれるはずなどないのだ。
     
     だが少女は知っていた。
     時が、止まってなどくれようはずもない。空は変わらず流れてゆく。時間は刻一刻と選択の時を迫る。彼女の気持ちとは裏腹に、容赦なく世界はその身を変えていってしまう。決して、彼女の身に寄り添ってなどはくれない。

     分かっている。分かっている、はずだった。自分で、自分の心を。だけど、分かってはいてもこれ程までに受け入れ難いこともあるのだということを、ミーナは理解できなかったのだ。

     調査兵団を自分の私情でかなぐり捨てた気持ち。
     本当は一番板挟みになって辛いはずのエレンに、これ以上無いほど残酷な事を言ってしまったこと。
     エレンを救いたい気持ちは、自分とさほど変わらないアルミンの叫び。
     エルヴィン団長や、リヴァイ兵長の研ぎ澄まされた正論。目を背けたくて、向き合うのが許せなくて、納得出来なくて逃げ出した。彼の言ったことなんてよくよく考えればまず間違いなくその通りだ。私がただ、認めたくなかっただけだ。そうして彼女はそんな事を思いながら奥歯を噛み締め、精一杯にその身を屈ませる。
     そして何よりも、アニを裏切り者だと単純に信じたくない気持ち。それら全てがごちゃ混ぜになっては、この身を掻き乱していく。

    「……ッ、うっ、……ッ、…ううっ……」
     
     目頭が熱く、感情にもならない残骸が水滴になって頬を伝う。嗚咽が、溢れる。なんで。

     どうして、こんなことになっちゃったんだろう。私は、誰よりも大切な人に、どうしてあんな事を言えてしまったのだろう。

     どうして、友達と戦わなければならないのだろう。
     どうして、人が死ぬ事が判り切っている作戦に参加して、戦わなければならないのだろう。
     一体何を糧に、私は戦えばいいのだろう。そもそも何故、戦わなければならないのだろう。巨人がそもそも居なければ、こんな事になんてならなかったのに。
     ─────もう帰るべき場所も無い。エレンにも、きっと嫌われた。嫌われた上に、もしかしたら、この関係も、終わってしまうのかもしれない。
     
     どうして、私は……いつも、こうなんだろう。

     涙は止まらない。こんなことなら最初からアニと仲良くなりたいと願わなければ良かったのだろうか。エレンに想いを伝えるべきじゃなかったんだろうか。そもそも私は、最初から調査兵団になんて入るべきじゃなかったのかな。
     どうしようもないほど、身体の水分が零れて零れて、止まらない。自分のした選択のせいで、こんな事になったんだとしたら───私は最初から、こんな所に、居なければ良かったのに─────

    「ミーナ」

    「ッ!」
  163. 206 : : 2020/09/01(火) 20:29:22

     両腕の中に埋もれていた彼女の肩を、後ろから誰かが優しく叩いて声を掛けた。穏やかな笑顔で屈みながら「隣、座っていい?」と伝えてきたのは、赤髪が目立つ歳上の兵士────二ファだ。

    「……二ファ……さん」

     ミーナは慌てて固い袖で顔を拭う。どうして、こんな所に。
     だが、真っ赤になった目尻を誤魔化す事は出来そうもなく、諦めて頷いた。

    「……ふふっ、ありがと」

     そうして、柔らかな微笑みを浮かべながらゆっくり二ファはミーナの隣へ腰掛けた。二ファはミーナのくしゃくしゃになった顔を気にすることもないように座り直す。

    「気持ちいいねぇ〜ここ、いつ来ても」

    「……え?」

     いつ来ても、という言葉が引っ掛かり、ミーナは思わず反応を示す。それに気付いた彼女は「あぁ、ここね。……私も実はよく来る場所なんだ」と目を瞑り、心地良さそうに頬を綻びらせる。

    「……そう、なんですか?」

    「うん」

     頷いた二ファは、ミーナの顔をふと垣間見る。一瞬、目が合う。「……大丈夫? って……そんなわけ、ないか」と苦笑を浮かべつつ、二ファはミーナの髪へ触れる。

    「……っ」

     先程のことは二ファも見ていたはず。
     故に責め苦を受けると萎縮していたミーナのその姿勢を解すかのように、二ファはそうして優しく彼女の髪を撫でる。
     まるで怒ってないよ、と言わんばかりに。

    「……………」

     彼女の小さな手のひらに、ミーナは少しずつ落ち着いてゆく。

    「……ねぇ、ミーナ。せっかく二人で話すわけだからってのもあるし……突然だけど少し、昔話してもいい?」

    「……はい。どんな、話ですか?」

    「ふふっ、まぁそんな大した話でもないよ。……私ね、実を言うと調査兵団の中でもそんなに強いほうじゃないの」

    「そう、なんですか?」

     うん、と困った様に苦笑する。アルミンにどこか似たその笑顔に、少しだけ彼女の頬も緩む。まるで二ファはミーナの緊張の糸をほぐすかのように彼女を気にしつつ、ゆっくりと話し始めた。

    「私ね、ハンジ分隊長の班に配属される少し前の壁外調査で死にかけたことあるの」

    「……どうして、ですか?」

    「長距離索敵陣形……その陣形を展開してる時に、突然奇行種に鉢合わせてね。……私の班はその時、報告班や、私自身も含めて4人居た」

    「奇行種発見の煙弾を飛ばしたや否や、その巨人はたちまち私以外の3人に飛びかかった。……物凄く俊敏な巨人で、ベテラン兵士だった私の先輩は一瞬にして捕食されたわ」

     ミーナは絶句する様にして、ただ黙ってその話を聞いていた。二ファはどこか遠い目を公園にそびえ立つ大木へと向けて、続ける。

    「私自身も必死に応戦した。……でも、平地戦じゃ、アイツのうなじを捉えることは出来なくて……あえなく捕まったわ」
  164. 207 : : 2020/09/01(火) 20:58:43

    「あぁ、もう死ぬんだ私……って思ったとき、本当に運良く、リヴァイ兵長とハンジ分隊長が来てくれて」

     ミーナはその2人が出てきた事に驚き、顔を上げて二ファへ視線を向ける。

    「あ、あの二人って基本……特別作戦班やエルヴィン団長達のいる進路決定班に所属してるはずじゃ……!」

    「うん。今はね……ただ、その時は巨人の侵入もあって陣形がかなり乱れてた。2人はたまたまその時近くに来てて、黒の煙弾を確認してくれて、飛ばしてきてくれたみたい」

    「……そんな、事が……」

     二ファは懐かしむ様な口調でそれらを語りつつも、どこか苦笑した表情は崩さない。「……だからね、エルヴィン団長もリヴァイ兵長も、ハンジさんも……私の、恩人でもあるんだ」

    「そんな恩人であるあの人たちに何とか応えたくて、必死にこの1年頑張って来たけど……なかなかあの人達の力になれなくて」

    「………」

    「悩んでて、苦しくて、無力さにうちひがれていた時……ストヘス区に居た時はいつもこの公園に来てたの」

    「そうだったんですね……」

     話し終えた二ファを横目に、ミーナはまた俯く。その様子に気が付いた二ファは少し慌てた様に「ごめんね、私の話ばっかりしちゃって」と謝る。

    「……いいえ」

    「……エルヴィン団長にね、頼まれたの。あなたのこと」

  165. 208 : : 2020/09/01(火) 22:20:07

    「エルヴィン……団長が?」 

     ミーナは顔を上げ、声を上擦らせる。二ファは微笑みを浮かべたまま「驚いた?」と彼女の顔を窺う。
     はい、とミーナは静かに頷き返さずにはいられない。
     冷静に考えて、あんな形で上官へ口答えをし、ましてや調査兵団の「自由の翼」の証を目前で剥がしてみせたのだ。

     そんな事をしでかしてみせた自分を、上官が顧みるはずもないと思った。それはごくごく自然のことであり、そうなって当然だと自分でも考えていた。

     なのに、どうして。それに加えて、何故二ファさんがここに? ミーナは混乱せずにはいられない。

    「団長も、兵長も、……皆、あなたの事気にしてた」

    「……え?」

    「壁外調査に行く前にね、エレンの元に会いに行ってたこと、あったでしょ? ミーナは」

    「は、はい」驚くミーナをよそに二ファもまた、空を見上げる。
     それは、数週間前。壁外調査も差し迫った頃だ。エレン達リヴァイ班の元へ、たまたま近くに居たミーナがナナバに贈り物を頼まれたのだ。その際、エレンに会った時のミーナの姿をエルヴィンやリヴァイもまた、兵舎の窓越しに見ていたのだという。

    「……兵長や団長も、エレンとミーナがどんな関係かなんて事は……察しついてたと思う」

    「…………」

     ミーナとしては、エレンとの関係を知っているのはペトラを初め、一部の人間だけだと思っていた。兵長が2人の関係について知っているのは理解していたが、よもや団長までもが気付いているとは彼女は思わなかった。
  166. 209 : : 2020/09/09(水) 08:38:01

    「まあ知ってる人は少数だとは思うけどね」とも苦笑しながら二ファは続ける。ミーナは横目で彼女を見つつ、眉をひそめて顔を伏せる。

    「………リヴァイ兵長の言ってた事は、その通りかもしれないって、思ってます」

    「え?」

    「あの時、兵長に言われた言葉です。お前はコイツと恋仲だと言う割には頭が足りてないらしい、って」

    「あぁ、そういうことか」

    「………冷静に、普通に考えれば、察しなんてつくはずなのに」

     そこまでミーナは続けて、言葉を詰まらせる。つくづく思う。
     よく良く考えれば、どうしようもなくリヴァイ兵長の言う通りで、返す言葉なんて無かった。エレンがどういう人間で、何を思ってあの時私とデートをしてくれたのか。
     何を思って、あの時嘘をついたのか。

     私が逆の立場ならどうだろう。そうしてミーナは考える。

     私が逆の立場であるなら、本当の事をエレンへ言えたのか。そうして考えれば、エレンはどんなに辛かったのだろう。どんなに自分は、残酷な事を言えてしまったのだろう。どうして私は、あんな事を言えたんだ。
     
     そこまで思い描いて、私は、と呟く。二ファは目線を静かに向けてくる。

    「………最低です。エレンのこと、自分のことでいっぱいいっぱいになって責めることしかできなかった……!!」

  167. 210 : : 2020/10/29(木) 13:44:36

     苦しい。呼吸が乱れ、いくつか咳を漏らす。そうして彼女は、咳とともにむせび泣く。背を丸め、声を詰まらせながら「……謝りたい、……謝りたいです、エレンに、アルミンに……みんなに……」と呟いた。

    「……………」

     二ファはその様子をただただ静かに見守り、ミーナの背中を優しくさする。そうして空高く浮かぶ雲が目に見えて流れた少し後、ミーナの嗚咽は止み始めた。「……辛くないはずが、無いよね」と二ファは囁く。

    「────……二ファ、さん」

     さする手は休めないままに、二ファは穏やかな目線で彼女を見つめ続ける。手の甲で涙を拭うミーナもまた、それに気が付く。

    「……大切な親友が、離れ離れになった人が、人を殺していた。それも多くの人を」

    「そして、その親友を捉える為にきっとこの先も多くの人が犠牲になる。そんな事言われて、……そう簡単に、結論なんて出せるわけないよね」

     二ファは彼女の気持ちへ想いを寄せる様にして、そう呟く。ミーナはそれを聞いて、止まりかけていた涙は更に溢れ始める。

    「……………っ、ぁ」

    「……わた、し、戦えないです……私は人を殺すために調査兵団に入ったんじゃない……!!」

    「私は、家族を、大切な友達を、エレンを、皆の為に少しでも強くなりたくて、守りたくて、…………戦うって、決めたのに……!!」

     情けないと、自分でも思う。心底思う。そんなことなど分かってる。止まれとさっきからずっと考えている。でも、止まらない。止まってなんてくれない。顎の先まで伝う彼らは、その身を焦がすように苦しさばかりもたらしてくる。
  168. 211 : : 2020/10/29(木) 14:19:55

     ミーナ、と名前を呼ばれる。二ファの名前の呼び方は綺麗だ。彼女の声はどこまでも暖かく、さながら何かの静かな楽器のように優しく耳に残る。
     
    「……貴方は、普通の女の子だもの。そもそも、こんな事、向いてる訳が無い」

    「……でもきっと、世界はそれを許さない。否応なしに、この残酷な世界はミーナだけじゃなくて、私や、エレン、調査兵団のみんなを戦わせようとするわ。きっと、これからも」

    「そしてその度に、きっと誰かが死ぬ。私だって、明日の戦いで生きてるかなんて保証は無いわ」

    「……そしてもちろん、エレン達も」

     その言葉は、彼女の脳髄を揺らす。心臓は一際大きく跳ね飛び、彼女の脳裏にはエレンの不器用な笑顔が浮かぶ。エレンが、死ぬ。アルミンや、ミカサや、ジャンや、あるいは他の、誰かが。
     巨人に握り潰され、あるいは叩き潰され、喰い千切られた兵士達の死骸の記憶がその顔を覗かす。

    ____『そこのガキと市民の命、テメエはどっちを犠牲にするかと聞いている?』

     リヴァイの言葉は、そのタイミングになって耳殻から響き渡る。先輩達の死体と共に、追憶の痛みは、この場において更に彼女を追い詰めていく。

    「いや…………いや、です、そんな、の……」

     だが彼女は弱々しくそう答える事しか最早出来ない。

    「……うん。分かってるわ。だから、選んで?」

    「─────え?」

  169. 212 : : 2021/02/01(月) 23:29:29

    「選ぶって……何を、ですか?」

     二ファは憂う様な金色の瞳を優しく向けたまま、やがて真っ直ぐにミーナを見据える。そこからは、静かな決意と揺らぐことのない何かを彼女に感じさせた。「……逃げてもいいの」と、二ファは呟く。

    「苦しくて辛くて、どうしようもない時は、逃げたっていいの」

     でもね、と二ファは眉を悲しげに潜ませ、そうして強く瞼を開く。

    「後悔だけは、しないで」

    「……二ファ、さん」

    「時間は止まってなんてくれない。どんなにミーナが悩んで、苦しんで立ち止まっても決してそんな都合のいい事は起きてくれない。そんな中で、後悔の無い選択を選ぶなんて余りにも難しいことだって私だって思うわ」

     それでも。ミーナの中で、小さな何かが滾る。「それ」が何かは分からない。

    「だけど、それでも」

    「ミーナの生きたいと思う道を、自分で進みたいと思う道を選んで。たとえその先に、新たな未来があるか分からなくても。誰に否定されても、ミーナは…ミーナ自身のことを、信じてあげて」

    「そうして………それ以上、自分の中での後悔を、増やさないで」

     二ファは、ミーナをそうして抱き寄せた。瞼がたまらなく熱い。やがて耐えきれないそれは一気にその温度を冷やし、目頭から溢れていく。その言葉は、彼女の世界を照らす様に、光の欠片を彼女の中へ注いでいく。

    「……っ、ぅええっ、……ぁああぁん」

     彼女はそうしてしばらくまた、泣いた。
     ミーナが涙を流し続け、嗚咽を漏らし続けている間、赤髪の少女は彼女の元でそうして寄り添い続けた。
     やがて二ファの睫毛を、ミーナの髪房を、やさしく風が揺らしていく。空もまた、一匹の鳥が興味深そうに風を泳ぎながらその様子を見守り続けていた。
  170. 213 : : 2021/02/01(月) 23:30:27


     時刻は正午を回っている。

     アニ・レオンハートはマスケット銃の弾丸を詰め直し、ウォール・ローゼ東城壁都市「カラネス区」の内門へ歩を進めていた。
     同じ憲兵支部に付属するマルロ・フロイデンベルクは、先程この辺りに勤める憲兵に嬲られた顔の傷を擦りながら前を歩いている。
     また、同支部に所属するヒッチ・ドリスは、始まる前に疲れたと言わんばかりに深い溜め息を漏らし、ひどく怠そうにマルロの更に前を歩いていく。
     アニはその様子を見ながら、左足の違和感に気が付く。パキッ、という乾びた音が耳に届いた。
     重々しく、まるで鉛のような履き慣れたブーツを持ち上げてみる。

     そこには、あるひとつの死体があった。

     昆虫の死骸。骸。

     灰色の石畳には、赤黒い血と共に名前も知らないバッタが死に絶えていた。腸は破れ、臓物が零れる様にして溢れ出ている。その眼には既に光は灯らず、どこを見ているとも分からぬままに、生命は消え去っていた。

    「─────────────」

     瞬間。足の指先から悪寒が、全身に走る。踏みしめ、殺めた生命は生々しい感触となって踵裏にこびり付く。その悪寒は幾つもの地獄を瞼の裏へと蘇らせる。

    『ああああああああぁぁぁアニっっ!?!? 嫌だ、助けてくれぇえええええ!!! なんで!!!!? どうしてだよ!!!?』

    『まだ…………まだ、何も話し合ってないじゃないかぁぁぁぁ』

    『う、ぐぁう、ヴあぁヴぁっ、ァァァァァァァァあああああぁぁぁぁああああああああぁぁああああああああぁぁぁぁ』

    「アニ。おい、アニ」

    「─────────────ぁ」

     正気に返る。
     いや。我に返るという表現が正しいのだろうか。いずれにせよ、アニは目を強く見開いたまま正面に視界を向ける。「………何をしている。早く行くぞ」と怪訝な目線を向けたマルロとヒッチがそこにはいるだけだ。
  171. 214 : : 2021/02/01(月) 23:31:19
     
     ここは、巨大樹の森ではない。おびただしい血と、死骸にたかる蝿、崩れた家屋と建造物が並ぶトロスト区でもない。
     
    「………悪いね。少し、眠くてさ」

     正直返すのも面倒くさかった。だが、ここで何も返さずに訝しげに見つめられ続けるのも鬱陶しい。眠いのは決して嘘ではなかったが。

    「……朝礼時言ったが、あまり意識を弛ませるなよ。市民に示しがつかないからな」

    「アンタってさーーホント基本的にバカをつけていいレベルで真面目だよね」

    「お前が不真面目過ぎるだけだ、ヒッチ。大体お前は先日他の奴に書類を押し付けたらしいじゃないか。王都に遊びに行くより先にやる事がまずあるだろうが」

    「はぁ〜? 別に押し付けたわけじゃないけど〜?? 何言っちゃってんのかしら。こないだフロルが掃除をサボって私が上官殿に怒られたからその埋め合わせをしてもらっただけだってーの」

     マルロとヒッチがアニの前を歩きながら言葉の匙の投げ合いをしている中、彼女は何気なく空を見上げた。眠さ。幻想、悪夢。
     それらない交ぜになったものに対して、もうアニ・レオンハートはつくづくウンザリしていた。ヒッチたちの会話の内容など関心の向くところではない。そんな事はどうでもいいのだ。
     ただ、先程マルロに対して言ったあの言葉だけはまた別だったのかもしれないと、アニは思う。

    『でも───』

    『それでも……私はただ……そうやって流される様な「弱い奴」でも』

    『人間と思われたいだけ……それだけ……』

     本心だった。
     紛れも無く、本音だったと言ってもいい。そうしてアニはふと、視線を空に向ける。今日も呑気に晴れ渡っているようだ。普段ならば、興味など欠片も湧きはしないそんな青空を見上げた。

    「………………」

     そこには、一匹の鳥が羽ばたいている。思わず、手を伸ばしていた。そんな事をしても何の意味も無いのだろう。だがその時、伸ばした左手首に小さな音がする。

    「…………!」

     それは『ミサンガ』だった。
     黄色と蒼色の、日に照らされると色の具合が変わる細やかな紐で結ばれたリング状のアクセサリー。手首先から腕に滑り落ちたこれは─────そう。かつて、ミーナ・カロライナから貰った物。

    『これの別名はね「プロミス・リング」って言うんだって!』

     明るく、朗らかな声が脳内に蘇り、こだましている。
     それは、二つの房で縛り込まれた黒髪のお下げを揺らす少女が、得意げに、さも嬉しそうに話していた時の記憶。
     そう、これは確か二年前の話。訓練兵になってから一年目の冬、部屋が同室になった頃の話だったか。
     
  172. 215 : : 2021/02/01(月) 23:32:47
     
    『約束の腕輪? ……随分とロマンチックなんだね、あんたは』

    『でしょ〜!? 私がね、ちっちゃい頃にお母さんに作り方を教えてもらったものなんだ!』

    『……へぇ……』

    『アニも興味あるの?』

    『……別に。そういう洒落たものに別段興味は無くてね』

    『えー、残念。アニにもきっと似合うのに』

     あの時は、そう。たしかそれで終わったのだ。

     ……あの子は、いつも私を見掛けるとやたらと声を掛けにきていたような気がする。そんな事を、アニは思う。そして、思い出す。
     朝昼晩、やたらと声を掛けられ、一緒に食事をした。食事に限った話でもない。
     まともに眠れやしない中、密かに身体を休めたかったというのに格闘術鍛錬の時間、絡まれて相手をした事もある。
     聞いていやしない事をペラペラと自分から話に来て、しょっちゅう反応に困る様な問い掛けを返された事もあったか。それに、髪留めや服の買い物に付き合って欲しいとしつこくせがまれ、あまりにしつこくてトロスト区への買い出しに付き合った事もある。

     正直に言うと、鬱陶しいと感じないことがなかった訳ではなかった。
     距離を縮めようとは、思わなかった。
     縮めたいなどと、感じた事はなかった。

     否。思ってなど、いけなかった。少女は「兵士」ではない。「戦士」だ。故に、あってはならなかった。

     だというのに。だと、いうのに。
  173. 216 : : 2021/02/01(月) 23:33:22
     
     アニはそんなことを思いながら、そうして空を翔ける名も知らない鳥を見つめ続ける。金色の瞳に映るそれは、陽炎の様に揺らめく。

     それなのに私は、ミーナを否定する事も、拒絶する事も出来なかった。自分から行く事は一度として無かったが、拒む事もまた、一度として無かった。

     何故、どうしてなのだろうと彼女は考える。

     その時、三つの記憶がひっそりと脳の奥の松果体から顔を覗かせた。ひとつは、二年前の雨が多かった季節の頃の記憶。

     それは「立ち上がりな」と泣きながら兵舎で塞ぎ込んでいた彼女に手を伸ばしたあの日の記憶だ。

     自分自身で前を向きな、と差し伸ばしたあの日。

     あの時はまだ殆ど関わりは薄かった。だが同じ班で運搬業務の任務をした時、彼女の事をアニは知った。
     自分を救ってくれた、守ってくれた人を助けたい。そう訴えたミーナ。自分では、何の価値も見出していなかった自身の「格闘術」を教えて欲しいと、初めてそんなことをせがんできたミーナ。
     格闘術鍛錬の時も、その技の事を何度も聞かれ、何度もその身に叩き込んだ。正直、ライナーに苛ついていたこともあって手加減もせずに本気で叩き込んだこともあった。

     それなのに。

     それなのに、ミーナは笑っていたのだ。仰向きに地面に転がっては、やっぱりアニは強いねぇ、と。

     二つ目は、トロスト区防衛戦。その直前、初陣の折に本部の建造物の陰でこの腕輪を渡された時の記憶。「死なないで」と哀しいほど優しい笑顔で自分の様な人間を慮ったミーナの表情。自分も、怖かったであろう筈だ。怖くないはずが無いのだ。

     それなのに、そんな時ですらも彼女はこんな自分の事を心の底から心配していた。加えて、アニの手首に括り付けたミサンガに「どうか、アニが幸せに生きていてくれますように」などと、願いを込めて、だ。

     それに対して、どうしようも無い罪悪感と痛みが溢れた。だが────「あんたもね」と、思わず、無意識に、アニはミーナへと伝えていた。伝えられずには、いられなかった。
  174. 217 : : 2021/02/01(月) 23:33:55


     他人に興味など無かった。

     自分にも、意味など見出したことは無かった。だからこそ、何もかもどうでもよかった。

     ミーナは、いつだったか自分はただただ「流されてきただけの弱い人間」だと、自分のことを卑下していた。
     正直にいえばそれは別段─────アニも自分も同じだと思い込んでいた。全てのことに意味を見い出せない、そんな人間が流されるのも考えれば自然な話なのだろう。

     …………だから、なのだろうか。

     ミサンガが光る。小さなビーズが密やかに、細やかに埋め込まれた繊細な腕輪が、物柔らかに手首の元で日差しに輝く。

     だから、マルロがいう「クズを普通の人間に戻す」という理想。それに反して大きな流れに流される様なクズ。その事を聞いて思い浮かんだのは死に急ぎ野郎こと───エレン・イェーガーのこと。
     そして、そんな彼に恋心を募らせていたミーナ・カロライナのこと。最後に、自分自身。

     踏み潰し、

     帰る為に。

     擦り潰し、

     それでも、帰る為に。

     蹴り殺し、

     それでも、なお、帰る為に。

     そして、失敗した。

     沢山の命を屠ったのに。仲間を────殺したのに。

     その結果の自らの手は血塗れに汚れきっていて、その殺した時の感覚は洗っても取れはしないだろう。
     そうでなければならなかった。
     邪魔をするものは何があろうと潰さなければならなかったのだ。なさなければならない事は何があろうと成されなければならなかった。
     本来の、『本当の始祖の巨人』を得る事が出来なければ、父も、そして自分も死ぬ。女型を奪われて、何もかも奪われて、殺されるのだ。

     どうしようもなく、とアニは思う。

     どうしようもなく、本当に弱い、クズの塊だと、自分でも思わずにはいられない。

     ミーナを。エレンを、想う。そして、流されるようなそんな自分でも、『人間』だと見て欲しかった。アニのその願望が、零れ落ちた。
     だがだれがそれに気が付くだろうか。
     誰が、こんな自分を『悪魔』と罵らないでいてくれるのだろうか。
     ねぇ、教えてよ。
     アニは空を飛ぶ鳥に問い掛ける。だが「そんなものは自分で考えろ」と言わんばかりに、やがて空から、そして視界からその鳥は消えていった。
     まるで、『彼女』のように、跡形もなく姿を消していった。それをきっかけとして─────三つ目の記憶の蓋が、開きかけた、その時。

    「アニ」

     小さな溜め息を零し、随分と前を歩くヒッチたちを追おうとしたその瞬間でもあった。身体が硬直する。
    身を翻し、アニは今度はヒッチたちに姿を見られないように速やかにその声の主がいるであろう路地に足を向けた。

    「─────────────なんで」

     第一声は、それだった。
     本来、そこにいるはずでない人物が、そこにはいたからだ。

    「やぁ。……もうすっかり、憲兵団だね」

     日が通らない狭く、暗い路地。このストヘス区を物語るような汚い路地ですら、輝く様に揺れる金髪。フードを被っていてもなお、それは分かる。加えて何度も、聞いた声だ。間違えるはずもない。夢でもない。そこに居たのは────

    「……………………アルミン」

     アルミン・アルレルト、その本人だった。


     
  175. 219 : : 2021/02/02(火) 21:50:38
    アニの心理描写、原作より深めで良いと思うわ、期待
  176. 220 : : 2022/05/20(金) 00:39:49


     時刻は、作戦開始3時間前。場所はストヘス区南門より700ほど離れた距離にある民家の屋根上だ。
     日は既に高く登り、空は青々としている。
     前日同様、天候は悪くない。だというのにさほど気分は晴れず、遠くを飛ぶ鳥を見つめながら、少し陰鬱なままでいる。

    「………………ふぅ」

     そうしてハンジ・ゾエは浅い溜め息を一つ、思わず零した。
     部下達へ三次作戦の概要説明を終え、その要となる簡易対巨人拘束装置の配置の指示を終えたところで一息着く。
     
    「北西方面の予測地点、拘束装置の配置完了しました、分隊長!」

     そのタイミングを意図せずか意図してか、モブリット・バーナーは立体機動によってハンジの横へ降り立ってきた。

    「ご苦労、モブリット。助かったよ」

     煙突にもたれ掛かり、一息着いていたハンジは首だけ動かしつつ、モブリットへ手を振る。

    「あと残りの設置は────」

     エルヴィンより手渡されたハンジ宛ての作戦企画書に記された内容を彼女はもう一度確認する。「恐らく、これで全て配置完了かと思います。分隊長」と、それを察したモブリットは伝えてきた。

    「そうかい、ご苦労さま」

    「いえ……今朝は寝不足でしたか?」

    「ああうん……まぁ、昨日からこの作戦概要をエルヴィンと色々練り直してたところでね。終わったのは朝方だよ。殆ど寝てない」

    「また無茶しますね……」

     モブリットはどうやら寝不足も相まって何処か覇気のないハンジの姿に少し苦笑する。

    「お互い様だろ、お前さんもそんなに寝てないんじゃないか?」

    「私はいつでも分隊長の元に昨日は行けるようにしてました。壁外調査に関する報告書をまとめつつ、自室待機してたので……分隊長よりは恐らく仮眠してますよ」

     似たようなものじゃないか、とハンジもまた苦笑する。そうですね、とモブリットもまた苦笑しつつ、隣に座ろうと屈む。

    「隣、いいですか」

    「好きにしてくれていいよ」

    「なら、失礼します」という立体機動装置の硬い金属が接地する音に加えて、鞘に仕舞われたブレードも鳴りつつ、彼もまた一息を着いた。

    「………………」

    「………………」

     普段であれば、無茶をするハンジをモブリットが停め、今よりは騒がしいことが多い二人だった。だが、今日に関していえばそんな事をしてられる程、ハンジやモブリットには余裕も無い。
     モブリットは静かに息を着きつつ、微かにうなだれる。一方のハンジは相変わらず空を静かに見上げているようだ。

    「ねぇ、モブリット」

    「何でしょう、分隊長」

    「鳥が、羨ましいって思うことはない?」

    「なんですか、唐突に」

    「いやぁ、何となく空を見てて思ったのさ。ない?」

     ハンジは見上げたまま、視線を動かしつつ聞く。モブリットはそんなハンジを一瞥(いちべつ)してから同じく首を上へ向ける。
  177. 221 : : 2022/05/20(金) 01:19:46

    「……まぁ、子どもの頃とかはそんな事をおもったこともありましたか」

     何処か遠い目で、モブリットは呟く。「今は?」とハンジは静かに続けて聞いてくる。

    「まぁでも────……羨ましいというより、そうなれたらいいのに、といつも割と思ってます」

    「…………そうかい。私もだよ」

     皮肉な話だと、ハンジは思う。
     背中の紋章は本来、二つの鳥を型どる形で作られたものだ。自由の翼。だが結局のところ、人類はどう足掻いたところで鳥にはなれない。それは分かっているのだ。
     鳥になれるのなら、巨人とそもそも戦う必要も無く、加えてどこまでも飛んで行けるはずだ。巨人など無視して、どこまででも遠くへと。

    「─────………でもまぁ、例え鳥になれないからといって」

    「なろうとする努力をやめてやろうなんて気はないんだよね」

     そう言って、ハンジは勢いよく立ち上がる。額へ押し上げていた度入りのゴーグルを装着し直し、気合を入れ戻すかの如く腰を強く伸ばす。

    「……分隊長」

     ハンジを仰ぎ、ふと微笑みを浮かべたモブリットはそうして「…………そうですね」と呟き、同じく立ち上がる。

    「──────壁の向こうにあるものを知りたいなら、翼だけじゃない。自分の脚を踏み締めて、見に行けばいい。その為に、たくさんの同胞達は心臓を捧げたんだからね」

    「……それが、調査兵団だ」

    「……たとえ、多くの人間がそれを遮ろうと、何を思われようと、私達は戦うことを選ぶ。それが明日に繋がるって、信じているからね」

     そうして、ハンジとモブリットは背後へ視線を向けた。
     

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okskymonten

空山 零句

@okskymonten

この作品はシリーズ作品です

進撃の巨人 エレン&ミーナ 短篇集 シリーズ

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