ssnote

x

新規登録する

作品にスターを付けるにはユーザー登録が必要です! 今ならすぐに登録可能!

この作品は執筆を終了しています。

若き自由な翼たち

    • Good
    • 3

loupe をクリックすると、その人の書き込みとそれに関連した書き込みだけが表示されます。

▼一番下へ

表示を元に戻す

  1. 1 : : 2013/10/01(火) 00:56:30
    初めての投稿です。
    エルヴィンが主役で、ミケ、ハンジが同期だったという
    オリジナルストーリーです。
    設定も独自のものや、オリジナルキャラもいます。
    どうぞよろしくお願いします。
    大人目線(?)の「青春ストーリー」(←古い)です。
  2. 2 : : 2013/10/01(火) 01:01:56

    ①調査兵団本部にて

    トロスト区奪還の後、
    エレンは一時的とはいえ調査兵団に託されることになった。
    エルヴィン・スミスは調査兵団本部の自室のデスクに座り、
    1ヵ月後の壁外遠征のために作戦を練っていた。
    その日夕暮れ時、夕焼けに染まる生け捕りにした巨人の
    実験場を窓際から眺めながら、エルヴィンの同期でもある
    ミケ・ザカリアスが話し出した。

    「30日後に拠点作りの壁外遠征…それも今期卒業の新兵を交える…」

    エルヴィンは卓上でペンと物差しで作戦の見取り図を描きながら答えた。

    「入団する新兵がいれば…」

    「いずれにしろ、俺にはいささか早急に過ぎると思うが?」

    ミケが振り返りながらそう言うとその表情は不安気だった。

    するとエルヴィンは淡々とミケの疑問に答え始めた。

    「エレンの現在の処遇はあくまでも一時的なものだ。可及的速やかに
    彼が人類に利する存在だと中央に示す必要がある。
    でなければ、いつまた憲兵団あたりが横槍を入れて…」

    ミケが途中から遮るように

    「俺にも建前を使うのか?エルヴィン?」

    それを聞いたエルヴィンはミケの元に振り返り、

    「相変わらず、鼻がきくな、ミケ」

    すこし微笑みながら答えた。それはミケの鋭さに思わずこぼれた笑みだった。

    ミケは鼻をすすりながら、

    「だが、おまえほどには効かない」

    「時期がくれば、話す」
  3. 3 : : 2013/10/01(火) 01:03:07
    エルヴィンは神妙な面持ちでそう言うとまた卓上に向かい、作戦を練り始めることを再開した。
    ミケ・ザカリアスは初対面の相手の首もとの匂いをかぎ、ほくそ笑む…という
    常人には理解しがたい趣味がある。しかし、その『鼻』が窮地を救うことも何度もあった。

    ミケはまた鼻をすすりながら、

    「ん…?エルヴィン、久しぶりにきたみたいだぞ」

    「久しぶりに…?えっ?」

    エルヴィンは驚きながら、顔を赤らめ、まるで小さい子供が好きなものを
    与えられたときのように目を輝かせながらミケの方に振り向いた。
    そして、デスクの引き出しから、小さな日記帳を取り出した。
    その日記帳をパラパラとめくっていくと、前半は文字が描かれているが、
    だんだんと絵が描かれている。それは女性が笑ったり、怒ったり、泣いたりという
    喜怒哀楽の表情が描かれていた。その絵はすべてエルヴィンが描いたものだ。

  4. 4 : : 2013/10/01(火) 01:04:16
    「今日のミランダからは、どんな匂いを感じる?さぁ、教えてくれ」

    ミケは場合により、その場にいないモノの匂いを第六感的に感じとることも出来る、
    『不思議な鼻』の持ち主でもあった。匂いをかぐ癖は誰もが知っている有名なことだが、
    第六感的なことを知っているのはエルヴィンだけであり、そして唯一の理解者でもあった。

    エルヴィンは今まで見取り図を作成するために使っていたペンを
    日記に向け描く準備は万端だった。

    「ミランダは・・すごくエルヴィン、お前のことを心配している。そして、今回は彼女だけじゃない」

    ミケはゴクリとつばを飲み込み答えた。

    「というと…?」

    エルヴィンの輝いていた目が厳しいものに変わり眉間にシワを寄せた。

    「今まで、人類のために心臓を捧げた仲間たちが…たくさん集まっている
    彼らも30日後の壁外遠征のことが気がかりのようだ」

    「とにかく、ミランダも彼らも…すごく俺たちのことを心配している」

    ミケはそう応えると、額の汗を腕でぬぐった。

    エルヴィンは汗で濡れたミケの制服の腕を見ながら、

    「そうか…ミランダ。調査兵団の英知を集めた『最善策』を考えなければならないな…」
  5. 5 : : 2013/10/01(火) 01:04:27
    ポツリと答えるエルヴィンは神妙な面持ちで作成途中の作戦の見取り図を見ていた。
    また今回、ミケからそう聞かされると、日記にはペンを走らせることはできなかった。
    いつからか、ミケが感じ取ったミランダの匂いや雰囲気を描く習慣があったが、
    それを中断するのは初めてだった。
    ミランダ・シーファーは二人の同期の女性兵士であり、
    そしてエルヴィンが心の底からから愛おしいと感じた女性でもあった。
  6. 6 : : 2013/10/01(火) 22:13:35
    訓練兵時代・適性検査

    今からX年前。第○○期の訓練施設にて、
    新兵の立体起動装置の適性検査を受けるために
    多くの新兵が訓練用の起動装置の前に集まっていた。
    腰からロープをぶら下げて、
    姿勢制御が出来るかというテストである。
    そこには新兵のエルヴィン・スミス、
    ミケ・ザカリヤス、
    そしてまだ当時はあの才能が開花する前の
    ハンジ・ゾエもいた。
    新兵時代のハンジは肩までの茶色い髪を下ろし、
    メガネをかけていた。
    研究熱心さは当初からあり、立体起動について
    独自の視点から観察するため同期の
    みんなの様子のメモを取っていた。
    もちろん、誰が頼んだものではなく自主的なものである。
  7. 7 : : 2013/10/01(火) 22:14:50
    ミランダ・シーファーも
    その検査を受けるために集まった一人だ。

    「ミランダ、ちょっと危ないなかっかしい、あ、危ない!!」

    今まさに地に頭を打ちつけようとした直前、
    抱き止めたのはヴィッキー・クロースだ。

    「ヴィッキー、ありがとう…どうしてこんなに難しいの?」

    流したおでこの冷や汗を腕でぬぐった。

    ミランダは長身で痩せ型。
    長身であることと体重の影響かバランスをとるのが難しい様子だ。

    ミランダ・シーファーはウォール・ローゼの一般的の家庭の出身で、まだまだ
    あどけなさ残る女の子、という雰囲気だった。
    長身で目鼻立ちはハッキリしとして、
    すこし焼けた小麦色の肌。
    すこしゆるいウェーブが掛かった栗色の肩までの長さの髪でブルーの瞳。
    そして、笑うと両方のほっぺたに表れるエクボの持ち主だ。
    幼いころから
    『エクボを見せるとまわりのみんなも笑顔になる』
    ということがわかっていて、
    気が付けばいつも笑顔になっていた。

    「ミランダは…ちょっと痩せすぎだからかな?
    私だって出来たんだから、きっと出来ると…
    あ、そんなこと言ったら私があなたより太ってるって
    言っているようなものね」

    茶目っ気たっぷりで、
    そう答えたヴィッキー・クロスも同じウォール・ローゼ出身だが、
    裕福な家の出身だった。
    しかし、詳しくは『裕福だった家』の出身であった。新兵の初日の恒例の
    恫喝でそれが判明したが、
    あまり多くを話したがらないために、受け答えがしどろもどろとなり、
    教官から締め上げられたことは言うまでもない。
    ミランダより少し背は低く、
    腰まである自慢の金髪をポニーテールにして、
    彼女と同様にクッキリとした目鼻立ちで透き通るような白い肌の持ち主。
    同期の女性兵士の中でも大人びた雰囲気をしていた。
    ちなみに太っておらず、その同年代では平均的な体格である。
  8. 8 : : 2013/10/01(火) 22:16:14
    「あぁ…なんでよ!もう!!こんなに難しいとは」

    少し弱音を吐くミランダを離れていたところから様子を伺っていたエルヴィンだった。

    ・・・筋はよさそうだが、やはり体重が軽いようだ

    アドバイスをするつもりでヴィッキーに支えられているミランダの方へ歩み寄った。

    「君は体重をもう少し増やすといい。
    彼女くらいの体重がちょうどいいバランンスを…」

    その瞬間、ヴィッキーから威勢のいい声が飛んできた。

    「ちょっと…!!女の子に向かって、
    『体重を増やせ』って何事よ??言葉を選びなさいよ!!
    それに私に対してもどういうつもりなの??」

    妥当なアドバイスだと判断したエルヴィンだったが、その声に驚き、

    「ただ、俺はさっきから見ててもう少し太った方がいいと・・」

    「今度は太った方がだって??
    あなた、その直球過ぎる言い方は何??物腰は柔らかいのに
    言うことキツイのね!!」

    また先ほどよりもさらに大きな声でヴィッキーは返事をしエルヴィンをにらんだ。

    二人のやり取りを見ていたミランダは焦り、

    「まぁ、まぁ…二人とも、私は気にしないから。
    体重を増やせばいいのね?アドバイスありがとう。
    ところで、あなたは名前はなんというの?」

    エルヴィンに微笑みながらたずねた。

    「エルヴィン・スミスだ…よろしく…」

    返事をしながら、エルヴィンの目は泳いでいた。
    そのときのミランダの目は微笑みながらも、怒っているようにも見えたからだ。
    『年頃の女の子には体重のことは人前で言うべきではない』
    そう強く思い知らされた瞬間だった。
  9. 9 : : 2013/10/01(火) 22:17:26
    「エルヴィン・スミスね!よろしく!私はミランダ・シーファー、そしてこの子が」

    「私はヴィッキー・クロース、よろしくね、エルヴィン。
    ところであなたはこの適性検査はどうだったの?」

    ヴィッキーは自己紹介と同時にエルヴィンに質問した。

    「俺は問題なく合格した。それじゃ、生産者に回らないようにがんば・・」

    「やっぱり、あなたって一言多い!」

    間髪入れずにそう言い放ち、
    少しずつ冷静さを取り戻していたはずのヴィッキーの怒りが再燃した。

    「もうヴィッキー!大丈夫だって、私は頑張るから」

    笑顔を見せるミランダのほっぺたのエクボを見つけたエルヴィンは少しドキっとした。

    ・・・この子が笑うと、心が潤うような感覚がする

    そう感じながらも二人に軽く手を振りその場を後にした。
    そのときの適性検査は惜しくも、ミランダは不合格となった。
    翌日の再検査に合格しなければ、生産者送りが決定となる。
    そして、その日の夕方。
    ミランダとヴィッキーは自主的に練習をすることにした。
  10. 10 : : 2013/10/01(火) 22:19:09
    ミランダは真剣な顔で、訓練用の起動装置を見上げ

    「ヴィッキー…私は必ず合格しなきゃいけないの。これ見て!」

    そういいながら、満面の笑みを浮かべ制服のジャケットの前部を開けて見せた。

    「何??ミランダ、あなた、本当に太ったの??」

    ミランダの昼間とは全然違う大きくなったウエスト周りをまじまじと見つめた。

    「エルヴィン・スミスが言っていたでしょ?
    太ったらって?最初は何言ってんだか、
    って怒りがわいてきたけど、まずは物は試しだと思って」

    そう答えるミランダは真剣そのもので、
    ウエストを大きくした正体は布で
    小さな長方形型の袋を作り、その中に砂を入れた。
    袋の厚みは女性の拳くらいの程度。
    制服のパンツ前部のベルト周りにその袋を挟み、
    そしてその上からシャツの裾を入れファスナーを締めていた。

    ヴィッキーは最初は驚いたものも、だんだんと笑いがこみ上げてきて

    「ミランダ…まさか、ホントに太るとは思わなかったけど、そんな方法だとは!」

    お腹を抱えて、真剣なミランダをよそに大笑いしてしまった。

    「もう!私は真剣なのよ!とにかく、
    生産者にだけには行きたくないんだから」

    大笑いしているヴィッキー見つめながら、そう真剣な面持ちで答えた。
    目にはうっすら涙を浮かべているようにも見えた。
    その顔を見た気を取り直してヴィッキーは

    「ごめん、ごめん。
    あまりにもあなたがアイツのいうことを真に受けるもんだから!悪かった。
    それじゃ、準備しよう」

    ミランダは起動装置を身体に付け、深呼吸をした。そして

    「ヴィッキー、いいよ、上げて」

    「わかった、ゆっくり上げていくから」

    そう言うと、ヴィッキーは少しずつ、ミランダを上げるよう装置を調整した。

    「ええ?さっきとは全然違う!バランスが取り易い!」

    驚きながら姿勢制御を見事にこなすことができた。

    「ヴィッキー、やった!出来た!!これなら明日合格できる!」

    姿勢制御をしながら、ミランダは全身を伸ばし喜びを表現した。

    そして、ヴィッキーは地上に下ろしながら、

    「でも、ミランダ…これって、教官にバレたら、あなた即生産者に回るんじゃ?」

    「え?」

    「やっぱり、不正のようなものだし…」

    「あ…」

    『不正』という言葉を聞いて、ミランダは顔面蒼白になった。

    「どうしよう?」

    半泣きの状態のミランダの前に突然、エルヴィンが現れた。
  11. 11 : : 2013/10/01(火) 22:19:38
    「あ、エルヴィン!これは…」

    そう言いながら、ヴィッキーはミランダの前、
    とくにウエスト部分を自分の身体でふさぎ
    エルヴィンから見えないようにした。

    「…君はそこまでして、合格したいのか?」

    エルヴィンは不正を見つけたり!というようなしたり顔でミランダをにらんだ。
    一瞬ひるんだミランダは、

    「そうだよ、合格したいよ。私には帰る家はもうないのだから」

    真剣なまなざしと共に答える、
    ヴィッキーとエルヴィンはミランダを驚いた表情で見つめ返した。

    「そうだ、エルヴィン、あんた頭よさそうだから、何かいいアイディア出しなさいよ!」

    ヴィッキーはエルヴィンに詰め寄った。

    「ちょっといいか?」

    エルヴィンはミランダの砂の入った袋の部分に触れた。

    「エルヴィン!!どさくさにまぎれて、ミランダに触ってるんじゃないよ」

    怒りながら、触ることを阻止しようとするヴィッキーに対してミランダは
    潤んだ瞳でエルヴィンを見つめアドバイスを求めた。

    「いいの、私は合格したいから、気にしない。エルヴィン・スミス、どうしたらいい?」

    エルヴィンはその瞳に吸い込まれそうになるも、
    気持ちを引き締めアドバイスを開始した。
  12. 12 : : 2013/10/01(火) 22:21:06
    「この袋に入っている砂の量はそんなに多くないようだ。だから、
    袋がなくても問題ないと思うのだが」

    「うん、わかった」

    そうすると突然その場で
    制服のジャケット下のシャツのボタンを外し始めた。エルヴィンの前で…。

    「あぁーーっ!ミランダ、あなた、何してるの??」

    その行動に驚いたヴィッキーはミランダとエルヴィンの間に入り、
    ミランダがウエスト部分から、
    砂袋を取り出している間、咄嗟にエルヴィンからミランダの『着替えの風景』が
    見えないように視界からふさいだ。

  13. 13 : : 2013/10/01(火) 22:21:33

    「ヴィッキーありがとう。夢中になって気にもとめてなかった。もう大丈夫」

    砂袋を取り出してたミランダは見慣れた制服のスタイルに戻った。

    「エルヴィン・スミス、どう?今は?」

    エルヴィンは右手の拳で軽くミランダの腹筋をパンチするように触れた。

    「もしかして、腹筋にもう少し力を入れたら出来るかもしれない。
    この砂の量では大した体重の変化もないと見受けられる。
    今しがた、姿勢制御が出来たのは
    ウエスト部分に袋があることを意識した故に、
    腹筋にさらに力が入ってバランスが保てたのかもしれない」

    淡々とエルヴィンが説明すると、とミランダはごくりとつばをのんだ。

    「もちろん、今までだって腹筋に力を入れてるけど、まだコツとかが必要なの?」

    エルヴィンはミランダの腹筋あたりが目線になるようしゃがみこみ、
    ウエストを両手で挟んだ。

    「まず、姿勢を正して、息を吐いて止める。そして思いっきり腹をへこめる。
    それだけでも、この細い腹回りにはかなり力が入るだろう」

    「うん、わかった。やってみる」
  14. 14 : : 2013/10/01(火) 22:22:07
    そして、姿勢を正した瞬間、ミランダの胸膨らみがエルヴィンの顔の近くに
    あっという間に近寄ってきた。
    エルヴィンは涼しい顔で平静を装いながら、

    「息をゆっくり吐いて…そしてすぐ息止めて!」

    激を飛ばすかのように大きな声でミランダに言うと、
    両手にはミランダの腹筋が硬くなっていくのがわかった。

    「ヴィッキー、装置を上げて」

    「りょうかーい!」

    ヴィッキーが装置のロープをゆっくり上げていくと、
    ミランダはだんだんと上がっていた。
    姿勢制御が少しずつ形を成してきた。
  15. 15 : : 2013/10/01(火) 22:23:35
    「あれ?私、できてる??すごーい!」

    ミランダは興奮した様子で姿勢を保っていた。
    エルヴィンはウエストを持ち、

    「この状態を忘れるな。君は細い分、
    普通よりも腹筋の力の入れ方にコツ必要なのかもしれない。
    それじゃ、離してみる」

    エルヴィンは少しずつ、まるでもろい何かをを恐る恐る手放すように
    ミランダのウエストから
    手を離した。

    「え、、出来てる??大丈夫?ねぇ??」

    そうすると、ミランダは始めて姿勢制御を問題なくこなすことが出来た。

    「見てみて、ヴィッキー!私できてるよ、ほら!!」

    両手足を広げながら、その自分自身の姿をヴィッキーに見せると

    「ミランダ!!やったじゃない!おめでとう!」

    ヴィッキーはミランダの誇らしげな笑顔を見上げながら、
    同じように微笑み返した。

    「私、これで合格できるやった…!きゃっ!!」

    そう興奮して大声を上げた瞬間、ミランダはバランスを崩し、
    また地面にまっさかさまに
    頭から落ちそうになると、咄嗟にエルヴィンが抱きしめて助けた。
  16. 16 : : 2013/10/01(火) 22:24:11
    「ありがとう、エルヴィン・スミス!あなたのおかげで、コツがつかめたよ!」

    そう満面の笑みで応える姿、そしてほっぺたのエクボを見つけると、
    さっきから身体に触れていること、胸元が目の前にあったことなどを
    思い出すとエルヴィンは顔が火照っていくのがわかった。

  17. 17 : : 2013/10/01(火) 22:24:38
    ヴィッキーが装置を調整しミランダは両足を地上に着地させ、
    エルヴィンも両手から身体を離した。

    「とりあえず、よかった。まだバランスが取れないようだったら、
    今日はしばらく練習に励んだほうがいいだろう。これで失礼する」

    エルヴィンはうつむき視線を落としながら、そういうと、
    火照った顔がバレないように足早にその場から退散した。

    ミランダは大きな声で、

    「ありがとう!私、頑張るから!」
  18. 18 : : 2013/10/01(火) 22:25:00
    嬉しそうなミランダの声を背中で確認し、
    軽く右手を挙げて合図を送り足早に食堂に入った。
    エルヴィンは食堂のドアを閉めると、ホッとため息をついた。
    それを見ていたミケはエルヴィンに近づき、ほくそ笑みながら、

    「エルヴィン、何があった?顔が赤いぞ?」

    今までの状況を見ていたミケだが、あえてそのことには追求せず、
    イタズラっぽくエルヴィンにそう聞いた。

    「何のことだ?ただ、俺はミランダに姿勢制御のアドバイスを…」

    咄嗟に返答するエルヴィンだが、

    「俺は何もミランダのことなんて一言も言ってないぞ?」

    ミケはエルヴィンの肩を組み、

    「お堅いヤツだと思っていたけど、なかなかやるじゃないか。気に入った!」

    そういいながら、ミケはエルヴィンの首元の匂いをかぐと、

    「何するんだ?」

    すぐさまエルヴィンはミケを引き離すと

    「悪い。俺の癖でな。この匂いは・・」
  19. 19 : : 2013/10/01(火) 22:25:45
    ミケはエルヴィンに対してニヤリと笑った。
    すべてを見透かされているような気がしたエルヴィンは動揺を隠すように

    「俺はいずれ調査兵団に行く。女なんか…いらない」

    低く落ち着いた声で言い放ち、右手でミケの左肩をポンと叩いて、
    その場から逃げるように後にした。

    「ちなみに、同期のオトコ新兵の中で一番人気なのはミランダだぞ」

    と、からかい半分でエルヴィンの背中に言うが、

    「俺が知ったことか」

    そう冷たく言い切って、ミケから離れていった。
    食堂から再び出ると、しばらく歩くと気がついたら、立ち止まっていた。

    ・・・あの子の…ミランダの笑顔が頭から…。いや、俺は調査兵団に行く男だ

    エルヴィンは自分の心に言い聞かせ、ミランダの笑顔を忘れるよう努めた。

    ・・・もう、ミランダと関わるのはよそう。そうだ、俺は…一体何しにここに来たんだ

    調査兵団に入ること目標に訓練生活に挑もう、気持ちを切り替えるために
    心臓を捧げる敬礼を軽くしたのだが、その強く握った右手から心臓の鼓動が
    鳴り響いているのが伝わってきた。

  20. 20 : : 2013/10/01(火) 22:26:06
    ・・・アドバイスなんかするんじゃなかった

    エルヴィンは早い時間の適性検査を真剣に挑むミランダを見て
    何かをしてしなければ、という気持ちが自然と芽生えていた。
    その気持ちを強制的に押さえつければよかった、と深く後悔した。
  21. 21 : : 2013/10/01(火) 22:26:38
    翌日。

    「訓練に励め」

    立体起動装置の適性試験で教官から、そう言われているミランダの姿があった。

    そして合格した喜びを全身で現しながら

    「ヴィッキー!私やったよ!!」

    涙ながらに喜んでいるミランダの姿を見つめるヴィッキーも

    「よかった、ミランダ!一緒に頑張っていこう!」

    同じく喜ぶヴィッキーの涙目になっていた。

    そしてミランダはキョキョロとロープで
    釣るされた状態で誰かを探している様子だった。

    「あれ?エルヴィン・スミスはどこだ?」

    そうつぶやくと、エルヴィンを探し始めた。

    ミランダから遠くに離れていたのにも関わらず、

    それに気づいたエルヴィンは

    ・・・まずい

    咄嗟にミケの後ろに隠れミランダに背中を向けるような状態になった。

    その行動に少し驚いた様子のミケは

    「エルヴィンどうしたんだ?あぁ…」

    合格して喜んでいる様子のミランダを見つけ、

    「エルヴィン、近くに行ってあげたらいいじゃないか。
    一応、アドバイスしたんだから、多少の責任は」

    そう言い掛けたところでエルヴィンは覆い被せるように

    「彼女が努力して勝ち取った合格だ。俺には関係ない」

    そう言い放つと、ミケからエルヴィンはさっさと離れ去っていった。

    「エルヴィンよ・・その背中からの熱は何なんだろうな。
    自分に素直になれないのはキツイぞ」

    そうつぶやきながら振り返り、ミケは鼻をすすった。
  22. 22 : : 2013/10/01(火) 22:29:34
    訓練兵時代・適性検査(6~21)は第②章です。
  23. 23 : : 2013/10/02(水) 22:34:23
    ③訓練兵時代・解散式

    3年後のその日はやってきた。

    「第○○期、首席、エルヴィン・スミス」

    教官から名前を呼ばれると、
    訓練兵時代にお世話になった壇上にいる
    恩師たちに向かってエルヴィンは力強く
    心臓をささげる敬礼をしていた。
    エルヴィンは立体起動装置を身体の一部のように
    使いこなすだでなく、座学もトップのエリートであり、
    どの兵団に入団しても
    いつかはトップに立ち率いていくだろうと
    教官たちからは期待されていた。
    唯一、気がかりなのは時折見せる
    『冷酷さ』ということだけだった。
    同期からも当初は恐れられていたが、
    結果的にエルヴィンの判断に間違いなかったことが多く、
    皆が離れていくということはなかった。
    上位10名の中にはミケやハンジの姿もあったが、
    残念ながら、ミランダとヴィッキーが
    呼ばれることはなかった。
    しかし『上位に限りなく近い』ことは確かであった。
    式場の遠い位置から、ヴィッキーが上位10人の姿を見ながらため息をついた。
  24. 24 : : 2013/10/02(水) 22:35:56
    「まさか、私たちがあのハンジに負けるとは…」

    「まぁ、いいじゃない。駐屯兵団か調査兵団に行ける訳だし」

    ミランダは笑顔で答えた。そしてハンジについて話し始めた。

    「あの子は確かに座学で巨人の生態について学んだとき、
    目が血走って怖かったけど、
    だけど、ゴーグル型のメガネを作ったりこの3年間で色々発明してるのよ」

    「ふーん、そんなこともあったね。
    それより久しぶりに見るエルヴィンはどう?
    相変わらずのインテリでしかもエリートで、
    未来の憲兵団の団長様だろうね」

    ヴィッキーは嫌味っぽくそう言い放った。

    「確かに、そうだろうね。
    あのエルヴィン・スミスのことだから、
    どこへ行っても彼は間違いないよ」
  25. 25 : : 2013/10/02(水) 22:37:01
    ミランダは懐かしむように式場の最前列にいる
    エルヴィンの後姿を見つめていた。
    この3年間、死ぬ物狂いで訓練に励んできた
    ミランダやヴィッキーだったが、
    不思議なことに立体起動の適性検査以来、
    エルヴィンと訓練で顔を合わすことはなかった。
    同期は約200人在籍しているため、
    班がわかれるなどはあったが、
    全員訓練も多々あったにも関わらずだ。
    それはあえて、エルヴィンが避けていた結果なのであった。
    『ミランダは自分の妨げになる』
    そう心に強く感じたエルヴィンは毎日の厳しい訓練の中、
    ミランダを避けることも視野に入れていた。
    それは常にミランダが心にいるということでもあったが、
    エルヴィンはそれに気づいていなかった。
  26. 26 : : 2013/10/02(水) 22:37:54
    「ところでさ、ミランダ、
    明日、所属兵団を決めるでしょ?どこにするか決まった?」

    ヴィッキーはミランダに質問すると、

    「そうだね…私は『死なないところ』に行きたい」

    ミランダは淡々と正面を見ながら答えた。

    「そっか。ってことは駐屯兵団か。
    私もそうするつもりだったから、
    ミランダ、これからもよろしくね」

    「こちらこそ」

    ミランダとヴィッキーは顔を見合わせ、微笑んだ。
  27. 27 : : 2013/10/02(水) 22:38:26
    その日の夜は大食堂では同期の『解散式』も行われた。
    翌日の所属兵団をが決定した後、
    ほとんど顔を合わせることがなくなるからだ。
    特に調査兵団に志願すると…。
    仲間同士の思い出話に花咲かせる会話があちこちらで交わされていた。

    「この3年間、よく死ななかったな」

    「これで親孝行が出来る」

    「彼女を作る暇もなかった」

    時には泣いたり笑ったりと、楽しげな会話が交わされていた。
    そして成績上位者10名の周りにはひどだかりが出来ていた。
  28. 28 : : 2013/10/02(水) 22:39:41
    「エルヴィン、やっぱりお前は出来る男だ!
    冷たいところもあるけどな!!」

    と、持ち上げては落とすような言われようだが
    エルヴィンは微笑みながら、その光景を見つめていた。

    ある同期から、

    「なぁ、おまえはもちろん憲兵団に行くんだろ?
    もともと故郷でもあるウォールシーナに戻れるし」

    「エルヴィン、お前、ウォール・シーナってことは金持ちじゃん!
    どうしてまた訓練兵に?」

    等など、質問攻めに合っていたが、

    「いや、それは幼いころまでの話だ。ほぼウォールローゼで育ったよ」

    と、淡々とエルヴィンは答えていた。もう会う事はないかもしれない同期のために
    今まで明かさなかったようなことも話し饒舌だった。

    「通りでエルヴィンって品があったんだ!
    私たちのような下町育ちにはない匂いがするわけだ!」

    同期の女性兵士がからかう様に言うと、みんなが一斉に笑った。
  29. 29 : : 2013/10/02(水) 22:40:37
    「俺は憲兵団ではなく、調査兵団に入るよ」

    突然、エルヴィンが淡々と話すと

    談笑していた皆が驚き、一斉にエルヴィンに対して視線が集中した。

    「お前、エリートなのに何考えているんだ!」

    「約100年、巨人が人間を喰っていないとはいえ、
    調査兵団に行くと、ほぼ確実にそうなる」

    「それに、お前のそのインテリじゃ、憲兵団に入って悠々自適に暮らせるだろ?」

    同期からはとても驚かれ怒号が飛び始めた。

    「あんた、巨人のエサになるために首席になったの?」

    そう問われるとエルヴィンは

    「俺は自分が死ぬとは思わない。
    その為に3年間、死ぬ物狂いで訓練に励んできた。
    この3年間で得た英知を人類のために活かしたい。それだけだ」

    淡々とそして自信が溢れた表情でそう答えると、皆は静まり返った。
  30. 30 : : 2013/10/02(水) 22:41:30
    食堂中に『首席エルヴィンが調査兵団に行く』ということが瞬く間に広まった。
    もちろん、ミランダとヴィッキーの耳にも。

    「あのエルヴィンが調査兵団に?頭いいのに、あいつホントはバカなの?」

    そう口走ったのはヴィッキーだった。

    「そんなこといっちゃ悪いよ!
    エルヴィン・スミスの選択に狂いはないよ。いつもそうだから」

    ヴィッキーは面食らった様子で、ミランダを見つめた。
  31. 31 : : 2013/10/02(水) 22:42:00
    「『いつもそうだから』って私たちがアイツとまともに会話したのは
    訓練が始まった一時くらいでしょ?
    どうしてそれがわかるの?」

    ミランダは微笑みながら答え始めた。

    「確かにほとんど訓練では合わなかったけど、
    たまに座学が一緒になると、エルヴィン・スミスは
    一番前に座り、教官を困らせるような質問をしたり、討論をしていた」

    「そうね、確かにあれは見ものだったわ。そのおかげで居眠りできたけどね…」

    「あの受け答えを見ていたら、エルヴィン・スミスなら壁の中でも、どこへ行こうと、
    平和な未来は約束される、そう確信した。
    エルヴィン・スミスと一緒なら、きっと死なないよ」

    最後にミランダは自分のことではないのに自信が溢れる表情でうなずいた。
  32. 32 : : 2013/10/02(水) 22:43:47
    エルヴィンは座学で教官顔負けの頭脳を発揮しては困らせていた。
    知識も知恵もバランスよく備え、博学であった。
    しかし、教官を困らせるような質問や討論をするのは決まって
    座学のクラスにミランダがいるときだった。
    クラス内で、視界にミランダが入るとさっさと教壇の前に座った。
    そして授業が始まると、教官お手上げの時間が過ぎていく。
    エルヴィンは万が一、ミランダが隣に座ると
    『自分の決意が崩れていくという』
    確信があったから、3年間そうしていた。ちなみにミランダがいないと、
    前列には座るが、特に何も質問も特にせず大人しく授業を受けていた。
    そのときの教官は安堵感からか饒舌となり、
    しばしば授業時間をオーバーすることもあった。
    ミランダは討論しているエルヴィンの背中を遠くから見つめては

    ・・・エルヴィン・スミスが作る未来は私たちが想像できないものになりそう

    そう思っては微笑んでいた。


  33. 33 : : 2013/10/02(水) 22:44:47
    同期の解散式が終盤になると、
    ヴィッキーはミランダの手を引き上位トップのメンバーの前へ移動していた。

    「もしかして、
    これでエルヴィンたちに会うのも最後かもしれないから、挨拶ぐらいしようよ」

    「うん、そうだね」

    嬉しそうに答えると、二人は上位のメンバーを目の前にしていた。

    ヴィッキーはハンジに声を掛け

    「おめでとう!ハンジ!私がまさか、あなたに負けるとは思ってもみなかった!
    だけど、いつか私がいい男をつかまえて、結婚したら、私の勝ち!」

    ハンジは負けじと、

    「何その意味のわからない負け惜しみは!私だっていつか、巨人の…」

    「えっ」

    思わず皆から声がもれ、その発言に一斉にハンジに注目した。

    「あぁ、間違えた。私より背の高いいい男をってことだよ!」

    照れながら答える、
    その何を考えているのかつかめないハンジに一同、引き気味だった。
  34. 34 : : 2013/10/02(水) 22:45:26
    一方、ミランダはエルヴィンの前に立っていた。

    「本当に久しぶりだよね!その節はお世話になりました」

    ミランダがそう挨拶すると、
    エルヴィンは無意識に後ろに後ずさりしようとするが、
    その時を逃さないかのように、ミケがガッチリと肩を組んできた。

    「ミケ、何を…」

    驚きの表情を見せながら、エルヴィンが話しかけたと同時に

    「あれ?話すの久しぶりなんだ。俺にはそう思えなかったけどな。
    ミランダももしかして上位に入れたかもしれないのに、
    残念だ。こいつがまた指導を…」

    ミケが楽しそうにミランダに話しかけると、彼女も驚いた表情を見せた。

    「何ふざけたことを言っているんだ、ミケは。こいつの言うことは無視していい。
    それより、久しぶりに会うと、体格がガッチリして兵士らしくなったもんだな」

    エルヴィンは相変わらず女性に対する発言とは思えない言葉をミランダに言うと
    ミランダは思わず噴出して笑ってしまい、

    「成績は上位でも、女性に対しての発言は成長してないのね」

    泣き笑いの笑顔のミランダは涙を指で拭いながら、
    エルヴィンを見つめそう言い放った。
  35. 35 : : 2013/10/02(水) 22:46:21
    泣き笑いの笑顔のミランダは涙を指で拭いながら、
    エルヴィンを見つめそう言い放った。

    エルヴィンは久しぶりに間近で見たミランダの笑顔、
    そしてほっぺたのエクボに普段封じている、
    言い知れぬ感覚がよみがえってくるのがわかった。

    ・・・まただ…なんでこんな日にこんな気持ちになるんだ

    ミケはエルヴィンの肩から自分の腕をから離して

    「お二人さん、ごゆっくり」

    そういいながら、後ろを振り返らず手を軽く右手を振って
    その場を離れ二人だけにさせた。
  36. 36 : : 2013/10/02(水) 22:46:46
    「ミケって何考えてるんだろう、おかしな人ね。
    ところで調査兵団に行くって本当なの?」

    ミランダはエルヴィンを真剣なまなざしで見つめ質問した。

    「あぁ、訓練兵入団当初から決めていたことなんだ」

    ミランダは終始笑顔を絶やさずに

    「エルヴィン・スミスなら、
    どこでもやっていけると思っていたから、驚かないよ」

    ミランダはエルヴィンを見つめながら答えた。

    「ありがとう」

    エルヴィンはお礼を言うと同時にもしかして、
    調査兵団行くのだから、これでミランダに会うのが最後だと思うと
    何とも言えない締め付けられる気持ちと
    『これで自分の気持ちに区切りが付けられる』と感じた。そして

    「君も新しい兵団でこれまで培ってきたものを活かすんだ」

    そう言いながら、優しい笑みを浮かべ、
    握手するためにミランダに手を差し伸べた。

    ミランダは微笑みながら、
    エルヴィンに手を握り、もう片方の手も添えた。

    「そうね、私ももっともっと、
    頑張って人類に尽くさなきゃね。これからもよろしく!」

    ・・・『これからも』って今後は会うことは無いだろうに…もしや
  37. 37 : : 2013/10/02(水) 22:47:43
    「おーお!大型カップル誕生か?」

    同期の一人が大きな声で冷やかし始めると、
    エルヴィンは慌てて握っていた手をミランダから引いた。

    「ちがう、ただの別れの挨拶だ。
    明日も早いからみんな、今日はこれでお開きだ」

    すぐにエルヴィンはみんなに宴の終焉を告げた。
    その慌てる様子をミランダは見ては

    ・・・久しぶりっていうけど、座学の授業だけじゃなくて、
    他でも何度か見かけているはずなんだけど

    エルヴィンと過去の出来事を少し思い出しては、
    イタズラっぽく笑みをうかべ、その場を後にした。

    その翌朝。
    所属兵団を決めるため新兵がもう一度、解散式をした同じ式場に集められた。
    調査兵団の団長が挨拶をして、志願者は残れと言うと
    ぞろぞろと新兵たちが会場から半ば逃げ出すように出て行った。

    「やっと厳しい訓練が終ったのに、
    なんでわざわざ死にに行くようなことしないといけないんだよ」

    そうぼやきながら、帰るものもいた。
    式場に残ったのは約50人。新兵の約4分の1だった。
    今回は例外的に多いのだ。やはり、首席のエルヴィン・スミスが志願する
    という影響が大きいのだろう。
    その中にはミランダやそしてヴィッキーもいた。
    ミランダは驚いた様子でヴィッキーを横目で見ながら、
  38. 38 : : 2013/10/02(水) 22:48:10

    「どうして?あなたは駐屯兵団に行くはずじゃ?」

    そう小声で話しかけた。

    するとヴィッキーは

    「ミランダだってそうじゃないの?
    だって『死なないところに行く』って行ったのはあなたでしょ?
    それって、駐屯兵団のことじゃないの?」

    と、質問し、そしてミランダは

    「私にとって死なない場所は
    『エルヴィン・スミスが行くところ』なのよ。あの頭脳があれば、
    どこでも生き延びられるんじゃない?」

    小声で返事した。
    ヴィッキーはため息をついて

    「はぁ…こういうことか。確かにアイツの頭脳明晰なのは知っている。
    今でも巨人が壁外にいるということは、もしかして、いつか駐屯兵団も
    調査兵団もやってることは同じっていう時代もくるかもしれない…。
    だからあなたがいう『死なないところ』だったら、
    そこ行ってみたいと思って、
    それであなたと同じところにしようと決めたの。
    まさか調査兵団とは思わなかったけど、
    どっちみち、どこを選んでも私たちには明るい未来は…」
  39. 39 : : 2013/10/02(水) 22:48:45
    すかさずミランダは

    「いや、エルヴィン・スミスがそうはさせないよ。
    きっと明るい未来が待っている」

    力強く小声した。

    ヴィッキーは小さくため息をつきながら、小声で話し続けた。

    「そうだね、アイツに掛けるのもいいかもしれない。まぁカッコイイし、
    私の未来の旦那様かもしれないしね」

    ミランダは慌てて

    「それは、その…」

    「冗談よ、冗談。それより、あの前にいるの、ミケやハンジじゃない?」

    ヴィッキーは目線で二人の位置を合図した。

    「あ、ホントだ。頼もしい二人もいるってことは
    今後の調査兵団の死亡率が下がるかもね!」

    ミランダがそう答えると、ハンジの肩が揺れていることに気づいた。

    「ハンジ、泣いているのかな?それか武者震い…?」

    ミランダが心配そうにしていると、

    「そうだね、式が終ったら声かけてみようよ。
    優秀なのに調査兵団に志願するって理由があるかもしれない」

    ヴィッキーがそういうと
    お互いに顔を見合わせて、アイコンタクトをとった。

    しかし、実際のハンジは小さく

    「やっと、やっとだ…巨人に会える…」

    と、つぶやき喜びいっぱいで全身が震えていたのだった。
  40. 40 : : 2013/10/02(水) 22:49:21
    ヴィッキーはまだまだ小声でミランダに話しかけた。

    「ところでさ、ミランダはどうして、エルヴィンのことを
    『エルヴィン・スミス』ってフルネームで呼ぶの?」

    「えっ?」

    ミランダは予想外の質問のため、驚いたと同時に笑みを浮かべた。

    「それはね・・」

    「うん」

    「秘密!」

    ミランダがイタズラっぽく微笑んだ。

    すると突然、

    「おい、そこの二人!さっきからおしゃべりばっかりしおって!!」

    と、調査兵団・団長からお叱りの激が飛んだ。

    ミランダとヴィッキーは『ハッ』と驚き、声をそろえて

    「申し訳ありません」

    と、大きな声で謝り、姿勢を正した。

    一斉に二人へ視線が集まった瞬間、

    その目線の元にはエルヴィンもいたのだった。

    ・・・なぜ?ミランダが?
    あぁ、昨日の『これらかもよろしく』ってやはり、こういうことか

    複雑な心境になったが、嬉しさもこみ上げてきた。
    しかし、それを振り切るように正面を向いた。
  41. 41 : : 2013/10/02(水) 22:50:15
    最後に団長が

    「心臓を捧げよ!」

    大きな声で最初に敬礼をすると、続いて皆で一斉に同じ敬礼をした。
    久しぶりにエルヴィンの右手に心臓の鼓動を感じたのだが、
    それは巨人への恐怖のためではないということにすぐ気づいた。
    隣にいたミケは

    「エルヴィン、よかったな、と言っていいものか。お前は彼女を守れるのか?」

    小声で話し掛けると、すかさずエルヴィンは

    「もうミランダは立派な兵士だ」

    間髪いれず、即答した。

    「俺は『ミランダ』の『ミ』の字も出してないが?」

    ミケは笑いをこらえるのが必死だった。

    「お前は首席だけど、女が絡むとホントに全然成長してないな」

    ミケがまた小声で言うと

    ・・・それは自覚している

    心で思いながらエルヴィンは耳を赤かくして、
    黙り込んで返事はしなかった。
    ミランダが願う『明るい未来』が見事なまでに
    大きな音を立てて崩されるとは…誰も知らずに、
    同期の皆は誇らしげに敬礼をしていた。
    もちろん、その明るい未来を夢を見ながら。
  42. 42 : : 2013/10/03(木) 22:03:45
    ④古城・調査兵団本部

    シガンシナ区からウォール・マリアから約10キロ北へ位置にある
    ある大きな古城は調査兵団の本部として使われていた。
    古城はウォール・マリアの特に山奥にいくつか存在していたが、
    一体、いつの時代、どんな王族や貴族の住まいだったのか、という
    文献は残っていなかった。
    しっかりとした石造りのその古城は
    調査兵団の兵たちの住まいとしても使われていた。
    ごく一部の上官には個室が与えられていたが、
    ほとんどが相部屋になっていた。
    その部屋の回転率は早い。
    特に壁外遠征が終るころには、主の無くした部屋が増えていく。
  43. 43 : : 2013/10/03(木) 22:04:11
    エルヴィン・スミスは歴代の首席の中でも優秀な成績を修めたということ、
    そして将来有望ということで新兵ながら、
    珍しく個室が与えられていた。
    しかし、その部屋のほとんどが書斎であり、
    同部屋内のもう一つのドアを開けると
    続き部屋になっていて、そこは寝室だった。
    ベットしか置けないような狭く小さな部屋で高窓が一つあるだけで、
    『ずっと居ると息苦しくなってしまう』という理由で
    この部屋の代々の利用者は本当に
    寝るためだけに寝室を使い、
    他は書斎で過ごしていた。書斎はデスクや作戦会議で使う
    6人掛けのテーブル、そして壁際には3人掛けのソファや本棚があった。
    質素な部屋だが兵員や上官の出入りも多く、
    この部屋の主のプライベートは皆無に等しかった。
  44. 44 : : 2013/10/03(木) 22:04:56
    エルヴィンやその同期が調査兵団に入団して、約1年が過ぎていた。
    その日は2回目の壁外遠征から調査兵たちが
    調査兵団本部である古城に戻ってきていた。
    いつものごとく、出発時と帰還時の人数はだいぶ合わない。
    エルヴィンは帰還するとすぐにデスクに座り、
    今回の壁外調査の結果報告をまとめる作業に入った。ペンを手に取り、

    ・・・今回も酷かったな・・

    淡々と作業を進めたいが、
    巨人に次々と喰われる瞬間の兵たちの姿が頭に焼き付いて離れない。
    しばらく、頬杖をついてぼーっとまだ未記入のままの報告書を見つめていた。
  45. 45 : : 2013/10/03(木) 22:05:44
    しばらくすると、廊下からドカドカと足音が響いてくるが、それが
    エルヴィンの部屋に近づいてくるのがわかった。バタンと乱暴にドアが開くと、
    そこに立っていたのはミランダ・シーファーだった。
    遠征から帰ってきたばかりの姿のまま、
    自由の翼のマントも羽織ったままだった。

    そして怒りにまかせ、エルヴィンの元にやってきては
    両手でエルヴィンのデスク上を大きな音を立てて叩いた。

    「何、ぼぉーーーーっとしてるのよ!!」

    ミランダは怒りの勢いそのままに、大声で怒鳴り出した。
    しかしエルヴィンは淡々と冷静に書類を見つめながら

    「今は報告書をまとめないといけない。
    すまないが、急用でなければ、出て行ってくれないか」

    氷のように冷たくミランダにそういうと、ペンを走らせた。
  46. 46 : : 2013/10/03(木) 22:06:38
    「ねぇ?どうして、どうしてよ!!
    どうして、あんなに人が死んじゃうの?
    エルヴィン・スミス、あなた、頭いいでしょ?
    もっといい作戦考えなさいよ?」

    さらにエルヴィンは続けて顔は上げずに

    「本当にこんなことを言うためなら、出て行ってくれないか。
    この報告書は遺族に通達しなければならない、すみやかに・・」

    そう言い放った瞬間、デスク上に何かがポタポタと垂れる音がした。
    エルヴィンが顔を上げると、
    大きな目から大粒の涙を流しているミランダの顔がそこにあった。
    ポタポタと立てる音の正体はミランダの涙の雨粒だった。
    エルヴィンは調査兵団に入った約1年、多忙であった。
    壁外遠征の過去の報告書を読み漁ったり、
    また先輩の補佐で報告書の作成の手伝いや
    経験談を聞きまわっていた。
    そして初めての壁外遠征で多くの死を目の当たりにしていくと、
    恐怖だけでなく、今後の責任や重圧で
    ミランダへの思いを封じることにどうにか、こうにか成功していた。
    今では動揺することはほとんどなくなり、
    ミランダ本人の前でも冷たい態度を取ることができた。
    気持ちは封じ込めているだけで、
    しかし実際のところは気持ちは変わらなかった。
  47. 47 : : 2013/10/03(木) 22:07:04
    ・・・ミランダ…すまない

    心ではそう思いながらも引き続き冷たい態度、そしてあえて低くゆっくりと

    「出て行ってくれないか」

    そう言い放ち、エルヴィンは眉間にシワを寄せミランダを睨み返した。
    しばらく間があったが、その間もミランダの涙は止まらなかった。
    そしてまたエルヴィンの部屋に誰か入ってきたのがヴィッキー・クロースだった。

    「ミランダ!もう、こんなところにいたんだ!他に私たちはやることがあるでしょ?
    それが終ったら一緒にエルヴィンに文句いってあげるから、今は戻ろう」

    そう言ってミランダの肩をつかむと、
    それを振り払いデスクにミランダが足をかけようとした瞬間、
    ヴィッキーはミランダを羽交い絞めにした。

    そして大声でミランダは

    「エルヴィン・スミス!!
    あなたは訓練兵時代にはその力を存分に発揮していたのに、
    その力を全力で出し切りなさいよ!!」

    「はいはい、ミランダ、帰りましょうね~」

    ほとんど強制的に引きずられるようにヴィッキーはミランダを連れ帰った。

    「エルヴィン、おじゃましました~あとはこっちでミランダは何とかするから」
  48. 48 : : 2013/10/03(木) 22:07:52
    ヴィッキーはエルヴィンに引きつった笑顔と
    疲れた表情を見せながらもそのまま出て行った。
    ドアは開けっ放しのままで…。

    エルヴィンは自分でドアを閉めると、

    「全力を出し切る…今でも出し切っているのかどうかわからない」

    そうつぶやいた。巨人を目の当たりにすると
    今までの得た知識などが通用しないことが
    ほとんどである。
    そのために自分の不甲斐なさを目の当たりにすると、
    情けなさ、敗北感でいっぱいだった。
    再びデスクに座ると、ミランダが流した涙の跡を改めて見つけた。
    封じ込めているミランダへの想いがよみがえるのがわかったので、
    目の前にあった書き損した報告書をくしゃくしゃにして、ふき取った。

    ・・・ミランダ…お前を死なせたくない

    心の中でそうつぶやくと、報告書の作成を再開した。
    ヴィッキーはミランダを城内の談話室に連れて行き、
    落ち着かせ、なだめていた。
  49. 49 : : 2013/10/03(木) 22:08:13
    「ミランダ、気持ちはわかるけど、
    もっと冷静になろうよ。どんなときでも冷静さが制するよ」

    涙をタオルでぬぐいながら、ミランダは目を真っ赤に腫らしていた。

    「ごめんね、ヴィッキー…。
    今回は前回よりもたくさん戦死者が増えて。私は冷静さを失った。
    あんなに必死に訓練したのに、巨人を目の前にすると、その経験が無になる」

    「ミランダの言うとおりだよ。
    人の死なんてなれないのが当然だと思う。それを乗り越えられると、
    人間性を失うのかもしれないけど、
    調査兵として活動するなら、必要なのかもね…」

    ヴィッキーは淡々と弱弱しく話した。
    ミランダはヴィッキーを見つめながら、

    「うん…わかった。どうにか自分をもっとコントロールできるように努めてみるよ。
    ヴィッキー、さっきはありがとね。
    もう少しでエルヴィン・スミスを蹴り上げるところだった」

    涙で腫らした目で無理やり笑いながら答えた。

    「もう~!ミランダ!冷や汗モノだったよ…エルヴィン、間一髪だったね」
  50. 50 : : 2013/10/03(木) 22:09:05
    ヴィッキーはやれやれといった表情で話していると、
    近くに座っていたハンジ・ゾエが

    「巨人が予想と違う、お友達になれると思ったのに」

    そうつぶやくと、ミランダとヴィッキーは一斉にハンジを見た。

    「ちょっと…ハンジ!あんなヤツと、友達って…。
    意思がない物体ってことは、だいぶ前から知られていることでしょ?」

    ヴィッキーは半ば呆れ、顔は引きつっていた。

    「もしかして、どこかに…意思が通じる巨人がいるかもしれない、
    『人類がまだ出会ったことがない巨人』がいるかもしれない、
    って期待したのに」

    ハンジがそうつぶやくと、テーブルに頭を横向きに付け眠るようなしぐさを見せた。
    ミランダはさっきまで喚いていた自分の行動が冷静に感じ取られ、

    「ハンジ、疲れているだね。眠るなら、
    ゆっくり自分の部屋で眠ったほうがいいよ。後の作業は私たちするから」

    ミランダは優しくハンジをなだめた。
    そしてハジはゆっくりと立ち上がり、

    「わかった…二人とも、ありがとう」

    小さくつぶやくと、とぼとぼと自室に戻っていった。
    二人はハンジを見送ると、

    「まさか…巨人に恋しているとは…知らなかった」

    ヴィッキーはそうつぶやくと、ミランダもうなずいた。
  51. 51 : : 2013/10/03(木) 22:09:38
    二人は任されていた馬の世話を終えると、ひと段落していた。

    「もう今日の作業は終わりだから、
    ミランダ、さっきのことエルヴィンに一言謝ってきたら?」

    ヴィッキーはミランダにそういいながらタオルで顔をの汗をぬぐった。

    「あぁ、そうだよね…謝らなきゃ。このあと行ってくる」

    ミランダは後片付けをした後、再びエルヴィンの部屋に向かうことにした。
    今度は静かにドアをノックして

    「エルヴィン・スミス、ミランダです。入ってもいい?」

    しばらく待つが無反応だった。
    もう一度ノックをして、中からの反応を待つがやはり無反応だった。
    ミランダは

    ・・・留守かな?

    と思いつつ、ドアノブをまわすと開いた。
    そっとドアを開けると正面のデスクでは頬杖をついて
    居眠りをしているエルヴィンがいた。

    ・・寝てるんだ…そのまま帰ろう

    ミランダは思ったが、
    この石造りの古城は日が落ちると冷えてくる。
    エルヴィンは制服のジャケットを脱いで、
    中のシャツだけで報告書を作成していたようだった。
    『しばらくすると身体が冷える』と判断したミランダはソファーに
    無造作に置かれているジャケットをエルヴィンの肩に掛けることにした。
    音を立てずにドアをしめ、そっと部屋に入り、ソファーの上のジャケットを取り、
    静かにエルヴィンを起こさないように、優しく肩に掛けた。
    エルヴィンは熟睡している様子でミランダには気づいていないようだ。

    ・・おやすみ、エルヴィン・スミス

    心の中でつぶやくと静かに足音を立てずに部屋から出て行った。
    エルヴィンの部屋から出て行くミランダの後姿を見たのはミケだった。
    ミケは鼻で笑い、エルヴィンの部屋のドアをノックした。
  52. 52 : : 2013/10/03(木) 22:10:08
    「エルヴィン、俺だ、入るぞ」

    ミケが部屋に入ると、目の前には熟睡しているエルヴィンがいた。
    もちろん肩にはジャケットがかけられて。
    開けたドアの音に気づくと、エルヴィンはすぐに起きた。

    「あぁ、ミケか、寝てしまっていたようだ」

    エルヴィンは目を指でこすりながら、ミケにそう言いながら
    背中のジャケットに気づいた。

    「あれ?いつの間に…?」

    そうエルヴィンが言った瞬間、ミケは

    「それ、ミランダだよ」

    イタズラっぽく笑って答えた。

    「全然気づかなかった。ミランダが…」

    まだ寝ぼけてぼーっとするエルヴィンだったが、すかさずミケが

    「おまえら、部屋で二人っきりで会うような関係になったのか?」

    ミケがエルヴィンにからかい半分でいい言い放つと、
    目が覚めた様子のエルヴィンが

    「まだそんな関係なんかじゃない」

    「まぁだあ??」

    ミケは半笑いでエルヴィンに即突っ込んだ。

    「あ…」

    完全に目が覚めたエルヴィンは顔が真っ赤になった。

    「ミケ、何を言わせるんだ、ところで何しに来たんだ?」

    エルヴィンは話題を切り替えるために用件を聞いた。

    「あぁ、報告書の追加分を持ってきたんだ」

    そういいながら、エルヴィンに封筒を手渡した。

    「すまない、ミケ」

    エルヴィンがそう言うと、彼はさっさと部屋から出て行こうとした。

    「ミケ、もう帰るのか?」

    「またミランダがやってくるかもしれないしな。
    邪魔者はさっさと退散するよ」

    振り返らずに右手を軽くあげ部屋から出て行った。

    「ミランダが…」

    エルヴィンは笑みをこぼしながら独り言を言うと、
    久しぶりに心が和むような出来事が自分に起きた為か、
    また眠気が襲ってきた。
  53. 53 : : 2013/10/03(木) 22:10:30
    「ダメだ…今日はさすがに疲れた」

    エルヴィンは立ち上がると、ソファーに倒れこむように横になった。
    数時間たってもエルヴィンはまだ眠りから覚めないままだった。
    それだけ疲労困憊していたということを表していた。

    エルヴィンは夢を見ていた。
    真っ黒な世界でひとりでいると、後ろから叫び声が聞こえた。

    「エルヴィン・スミス!!助けて!!」

    その声の主はミランダで、振り返った瞬間、
    ミランダが巨人に飲み込まれていたのだった。
    エルヴィンが

    「ミランダ!!」

    叫びながら右手を伸ばと…そこで目が覚めた。

    「夢か…」

    目覚めたと同時に声に出してしまったエルヴィンは
    心臓が口から飛び差すんじゃないかと錯覚するような
    激しい動悸をしていた。
    エルヴィンはソファに座りな直し、しばらくぼーっと天井を眺めていた。

    「…夢だけど、現実味を帯びている」

    エルヴィンはそうつぶやき頭を抱えた。

    「何かいい案を考えなければ」

    エルヴィンはソファから立ち上がると、デスクに再び座り報告書を
    手早く作成したのち、新しい作戦を考える為、
    まっさらな紙を引き出しから取り出した。
    ソファーで寝込んでしまったということもあり、
    時間はだいぶ遅くなっていたが、
    作戦を考え集中していると、気が付くと背を向けている窓の外から
    柔らかい朝日が差してきた。
    エルヴィンは自分の仕事を終えると部屋にこもり
    案を練る作業を数日間、続けていた。
  54. 54 : : 2013/10/04(金) 22:48:58
    ⑤壁上の女神

    エルヴィン・スミスや同期たちが調査兵団に入団して
    3回目の壁外遠征が決まった。
    それはエルヴィンが考案した作戦の
    現段階ではまだ名称すらない、
    『長距離索敵陣形』を試すためでもあった。
    作戦会議が何日も続いていたが、まだ仮のものであり、
    改善する部分は多々あるものの、
    試す価値がると上官たち判断された。
    壁外遠征のその日の早朝。調査兵団の兵員たちは列をなし、
    シガンシナ区の壁の門の前にいた。
  55. 55 : : 2013/10/04(金) 22:49:11
    兵員たちからは

    「いかに巨人と戦わないで済むかっていう作戦だとよ」

    「ホントかね」

    「まぁ、疑わしいけど、やるしかないだろう」

    そんな声もちらほら聞こえたが、大きな門は緞帳のように上がり
    その向こうには壁外が広がっていた。巨人たちに壊された建物が
    多少残っているが、それ以外は何もない、平原が広がっていた。
    その作戦で荷馬車護衛班の荷台にいたミランダ・シーファーは
    索敵班のヴィッキー・クロースが気がかりでならなかった。
  56. 56 : : 2013/10/04(金) 22:49:27
    「ヴィッキーの腕なら、問題ないだろうと思うけど先端でもないし、
    健闘を祈るしかない…どうか無事でいて」

    ミランダはそうつぶやくと手に汗を握りながら、
    正面の平原を見つめていた。

    「第○○回、壁外調査を行う!進めー!!」

    団長の怒号にも似た合図で一斉に
    地鳴りのような馬の足音とともに壁外へ出て行った。
    エルヴィンは先頭の団長と同じ班にいた。
    早速、巨人発見の赤の信煙弾を確認すると、
    エルヴィンは方向を示す緑の信煙弾を空に向け撃った。
    しばらくその繰り返しでいると、
    今回は試運転の短距離であるため
    目的地まで、あっという間に到着した。
    全兵員がそこに集まり、しばしの休憩を取る事になった。
    死者・負傷者を確認すると、短距離である影響もあるが、
    過去の壁外調査の中ではダントツの少なさであった。
  57. 57 : : 2013/10/04(金) 22:49:46
    「エルヴィン、この作戦の試運転を繰り返し、
    そして完璧なものに仕上げないとな。期待しているぞ」

    団長から激励され右肩をポンと叩かれた。

    「はい、有難きお言葉。これからも勤しんでまいります!」

    エルヴィンは団長に向かって力強く心臓を捧げる敬礼をした。
    その頃、ミランダはヴィッキーを探していた。
    そして馬から下りる途中の金髪のポニーテールの後姿が見えた瞬間、

    「ヴィッキー!!よかった…生きていた!」

    ミランダはそう言いながら後ろからヴィッキーに抱きついた。
    ヴィッキーは振り返ると、青ざめていた。

    「ミランダ…私の班から、死者が出たよ。途中までうまくいっていたのに」

    ヴィッキーが力なくつぶやくと、ミランダはギュッと力強く抱きしめた。

    「そうだったんだ…こういうときってやっぱり掛ける言葉も見つからない」

    ミランダも弱々しく答えた。

    「だけど、死んでいった先輩方は
    『今までの壁外調査で経験したことないくらいスムーズに進んでいる』って
    話してたんだ。だから、先輩方の遺志のためにももっと頑張らないと…」

    ヴィッキーは話している途中から涙になりだんだんと声にならなくなっていった。
    ミランダはしばらくヴィッキーが落ち着くまで抱きしめていた。
  58. 58 : : 2013/10/04(金) 22:50:17
    「やっぱり、あの男はすごいね、エルヴィン」

    落ち着いてきたヴィッキーは涙で鼻声になっていたが、
    すこし明るい声で話し出した。
    ミランダはヴィッキーのその声を聞きながら顔を見ると、

    「そうでしょ?何たって私たち同期の誇りなんだから!」

    ミランダは満面の笑顔を見せそうヴィッキーに言うと、再び強く抱きしめた。
    休憩が終了すると、シガンシナ区へすぐさま帰還することになった。
    荷馬車護衛班のミランダは帰還時は遺体と一緒に帰ることになり、
    その馬車は最後列に位置していた。詰まれた数々の遺体を見つめながら、

    「ごめんなさい…ゆっくり休んでね、
    と言っていいものか言葉が見つからないよ」
  59. 59 : : 2013/10/04(金) 22:50:28
    荷馬車の上で重ねて詰まれた遺体に囲まれ涙ぐみ、
    膝を抱えながらミランダはつぶやいた。
    地鳴りのような馬の足音、
    そして荷馬車の車輪の音を
    響かせながら進んでいくと、徐々に壁が見えてきた。
    団長が周りに巨人がいないことを確認し、
    壁上に待機している駐屯兵に対して
    門を開けるよう、合図の煙弾を撃った。
    重い門が上向きで、鈍い動きと共に開いていくと、
    調査兵団の一行は前列の団長の班から徐々に入っていった。
    帰還時は足取りが重く、皆は心なしかゆっくりと入って行き、
    最後列のミランダの荷馬車が入ろうとした瞬間、
    突然、横から四つん這いの巨人が
    どこからともなくやってきて、ミランダに襲い掛かった。
  60. 60 : : 2013/10/04(金) 22:50:46
    「キャーーーッ!!」

    ミランダの叫び声とともに門は閉められたが、
    その直後に壁の中に入ってきた荷馬車の荷台の上には
    彼女の姿はなかった。その叫び声がミランダだと
    最初に気づいたのはヴィッキーだった。
    馬上で振り返りながら、

    「ミランダ!どうして、門のそばでこんなことが!」

    そう叫びながら、戻ろうとするも、
    帰還兵たちの波で戻ろうにも戻れなかった。
    併走していた兵から

    「あきらめろ…もう門は閉まった。
    もう一度開けたら巨人が入ってくるし、どうにもできない」

    そう突きつけられると、
    ヴィッキーは悔しさと憎しみをこめて
    その発言者をにらみ付けた。
    あっという間の出来事だったが、
    ヴィッキーが名前を叫んだおかげで皆の間に
    閉門の直前に巨人に襲われたのは
    ミランダだとあっという間に知れ渡った。
  61. 61 : : 2013/10/04(金) 22:51:06
    「ミランダが…!」

    エルヴィンがそうつぶやくと後ろを振り返り、
    現在地と壁までの位置を瞬時に確認し、
    馬上から立体起動を作動させ、
    瞬く間にエルヴィンは壁にへばりついていた。
    ミランダに危険が及んだと知ったエルヴィンの咄嗟の行動だった。

    その様子を見ていたミケは

    「やれやれ…壁内での立体起動は
    許可なく出来ないって知っているだろうに…。
    大目玉くらっても、知らねーぞ、エルヴィンよ…」

    微笑みながら、そうつぶやいた。
    このエルヴィンのその行動のため、帰還途中であるが、
    しばらくシガンシナ区内で待機することになった。
    エルヴィンはすばやく50メートルの壁を登りきると、

    「ミランダーー!」

    名前を思い切っり叫んで降り立った瞬間、
    その位置から十数メートル先で立っていたのはミランダ本人だった。
    エルヴィンは驚きと同時にミランダのそばに駆け出した。

    「ミランダ、お前無事なのか?ケガは?」

    そう言いながら、目の前のミランダの両肩を優しくつかんだ。
    ミランダは大きな目を丸々とて驚いた様子で、

    「エルヴィン・スミス、わざわざ助けにきてくれたんだ!ありがとう」
  62. 62 : : 2013/10/04(金) 22:51:20
    笑顔を見せて答えるミランダだったが、
    その肩から震えているのがわかった。
    ミランダは四つん這いの巨人が襲ってきたその瞬間、
    間一髪で立体起動装置で壁に上ることができた。
    不幸中の幸いで、四つん這いは地上を這いながら正面・横の動きが
    俊敏でも、縦の動きは鈍いようで、壁に上ったミランダを
    必要以上に追いかけなかったために、壁上まで自力で登ることが出来た。

    「エルヴィン・スミス、見てよ!
    あのカエルみたいな巨人。あんなヤツもいるとは初めて知ったよ。」

    そういいながら、
    ミランダは自分を襲った四つん這いの巨人を指差した。
    しばらくその巨人は壁の間際でウロウロしていた。

    「あぁ、俺も初めて知った。報告せねば」

    エルヴィンも驚いた様子でミランダに言うが、
    それよりも彼女の無事を確認したことがエルヴィンに安堵感を与えた。
    そしてその時、突然強い風が吹いてミランダのウェーブかかった髪が顔を隠した。
  63. 63 : : 2013/10/04(金) 22:51:40
    「さすが、50メートルの壁上は風が強いね!髪が乱れちゃう」

    ミランダがそう言いながら、髪を整え微笑んだ瞬間、雲の合間から光が差し込み、
    そのエクボの笑顔を照らすと、さら輝きを増した。
    まさに『女神のごとく』という雰囲気を出していた。
    エルヴィンは乱れた髪の毛が数本、
    まだミランダの唇についていることを確認すると、
    それを払いのけ、両手を優しく頬に沿えて、そっとキスをした。
    エルヴィンは自分の行動に驚き、ミランダに謝りながら、のけぞった。

    「ごめん、ミランダ…これは、その…君があまりにも美しいから」

    しどろもどろになり、うろたえるが、ミランダの目を見ると、涙で潤んでいた。
    震えた声で、

    「エルヴィン・スミス、怖かった…」

    そう言うと、ミランダはエルヴィンに抱きついた。
    そしてエルヴィンも力強くミランダを抱きしめた。
    エルヴィンは抱きしめながら、ミランダが震えが少し前に比べると、
    和らいでいることに気がついた。
    ミランダの頭を優しくなでると、涙の跡の頬にもう一度優しくキスをした。
    涙で潤んだ目でエルヴィンを見つめながらミランダは

    「エルヴィン・スミス…そんなに優しいキスをするんだね」

    「あぁ、ごめん、何度も」

    「何度もって、まだ2回だけでしょ…ホントに助けにきてくれてありがとう」

    ミランダはすこし背伸びをして、エルヴィンの唇にキスをした。
    エルヴィンは驚くと同時にただただ、
    ミランダを抱きしめることしか出来なかった。
  64. 64 : : 2013/10/04(金) 22:52:03
    ・・・俺はこの子とどうなりたいんだ…俺は…

    心の中でそう思いながらも、
    今までミランダへの強い想いがあっても何も出来なかった分
    強く強く抱きしめた。
    しかし…その様子を遠くから見ていた駐屯兵団の一人が

    「おーい!そこの二人!お楽しみ中すまないが、
    壁下へ降りるゴンドラの準備が出来たから、きいてくれないか」

    すぐさま声を掛けると二人は気がつき、現実に戻されたような感覚に陥ったが、
    そこはもちろんそこは壁上だ。

    「了解!」
    「行くぞ、ミランダ」

    エルヴィンがそう言いながら、足早にゴンドラまで向かおうとすると、
    ミランダは咄嗟にエルヴィンの制服の左袖をつまむと、
    それを振りほどいてエルヴィンは手をつないだ。
    エルヴィンはゴンドラを用意した駐屯兵に対して

    「手間を取らせて申し訳ない。面倒掛けた」

    軽く挨拶してゴンドラに乗り込んだ。

    「いいって、いいって!それより、下に着くまで手をつないでるのか?
    まぁ、いいけど…若いっていいねぇ。それじゃ、お幸せに!」

    そう言いながら、下ろす作業に入った。
    エルヴィンとミランダは返事が出来ないほど、顔を赤らめていた。
    その金髪の短髪無精ひげの作業をする兵はヒゲを触りながら、

    「いいね・・ホント若いって。
    調査兵はこの先どれだけ生きられるかわからないから、
    せいぜい、今を大事にするこったな」
  65. 65 : : 2013/10/04(金) 22:52:20
    独り言を言いながら作業を続けた。
    ゴンドラが地上に近づいていくと、
    エルヴィンの横顔はだんだんいつものような
    厳しい表情に変わっていくことにミランダは気づいた。
    そして優しく握っていた手を振りほどいた。

    「すまないが、ミランダ…壁上での出来事は…忘れてくれ」

    エルヴィンはミランダに対して冷たく言い放った。

    「えっ」

    と…突然の発言のために小さく思わず声に出してしまったが、
    エルヴィンが兵団から将来を期待されていること、調査兵である以上、
    常に死を覚悟しなければならないということを
    重々理解しているが、ミランダはさらに続けた。

    「『忘れろ』って言われても…思い出にするならいいよね」

    ミランダは優しく、切なくつぶやいた。
    エルヴィンは正面を向きながら、

    「頼む…」

    低く、冷たい声で、でも悲しげ聞こえる声でミランダに言い放った。
    そしてミランダの手を再び強く握ると、すぐに振りほどいた。
    そうこうしていると、地上にゴンダラは到着した。
    先にエルヴィンが下りると、その横顔には涙が一筋流れた。
    もちろん、その瞬間をミランダは逃さなかった。
  66. 66 : : 2013/10/04(金) 22:52:46
    「うそつき…」

    ミランダは思わずエルヴィンに向かってつぶやくが、
    その声が届いているか、どうかわからなかった。
    エルヴィンを察すると、複雑心境になるが
    寂しくもあり、幸せな笑みを浮かべていた。
    エルヴィンは汗をぬぐう素振りをして、
    制服のジャットの腕の部分で涙を拭いた。

    ・・・女のために涙とは…俺はどうかしている

    エルヴィンは心でそう思いながらも、
    ミランダ対して切なく胸が締め付けられるような気持ちになっていた。
    そして、待機していた自分の馬に飛び乗って
    再び帰還の途についた。

    次にゴンドラからミランダが下りると、
    そこに待っていたのはヴィッキーだった。

    「ミランダー!!」

    そう叫びながら、ヴィッキーはミランダに抱きついた。

    「大丈夫??ケガはない??」

    そういいながら、ミランダの顔を見ると、

    「ん?えっ」

    驚きの声が出た。

    「ミランダ、あなた…怖い思いしたんじゃないの?
    なのに何?その惚気顔は?」

    「何??惚気顔ってて??」
  67. 67 : : 2013/10/04(金) 22:53:06
    驚いたミランダは自分の顔を触ってみて確認すると、

    「何があったの?怖い思いして、おかしくなったんじゃ…」

    そう話している最中、

    「きょ、巨人に教われたのに惚気顔…?」

    震え声で発言したのはミランダが心配で
    ヴィッキーとともに待機をしていたハンジだった。

    「ミランダ、どういうことよ?いい男の巨人でもいたの???」

    鼻息荒く、興奮しながらミランダの力強く両肩をつかみながらそう言うと、
    ハンジの目がやはり血走っていて、
    彼女は四つん這いの巨人よりも恐怖を感じた。

    「いい男の巨人ではなかったけど…
    私を襲ってきた巨人は『四つん這い』だったよ」

    「四つん這い??」

    そこにいた一同は驚き、唖然とした。
    もちろん、ベテラン兵もいたが

    「二足歩行のヤツは何度も見たが、四つん這いなんて、出くわしたことないぞ」

    そういいながら驚きの表情を隠せずにいた。
    ミランダは自分が見た特徴を話していると、
    興奮してきたのやはりハンジだった。

    「ハンジ、そんなに興奮しないの!あなたが前に言っていた
    『人類が出会ったことのないような巨人』っているかもしれないね」

    そうミランダはイタズラっぽくハンジに言った。
  68. 68 : : 2013/10/04(金) 22:53:18
    「ミランダ…だけど、無事で何よりだよ」

    涙声でハンジはミランダを抱きしめると、ヴィッキーも二人を抱きしめた。
    ヴィッキーは馬で掛けていき、小さくなっていったエルヴィンを見ては

    ・・・アイツ、ミランダのことを…やっぱりね

    心の中でそう思っては微笑んだ。
    その後、エルヴィンは今回の作戦について高く評価され、
    引き続きその方法を練り直して挑むよう託された。
    壁内で許可なしに立体起動装置を作動させたことが
    『厳重注意』で済んだのはもちろん、作戦の評価もあったが、
    それと引き換えに新たな奇行種の
    『四つん這いの巨人』の発見の報告もあったからだった。
  69. 69 : : 2013/10/05(土) 22:21:13
    ⑥慟哭

    エルヴィン・スミスが考案した後に
    『長距離索敵陣形』と呼ばれるようになる作戦の試運転は
    壁外遠征で多用され、その度に兵士たちは手ごたえをつかみ、
    死者・負傷者を減少させることに成功していった。
    エルヴィン・スミスの評価もあがり、
    入団してわずかな期間で『分隊長』まで出世した。
    同期ではもちろん、出世したのはエルヴィンだけだった。

    「エルヴィンのヤツ、本当にいつか、団長まで上り詰めそうだね。
    私たちもその勇士を見届けるまで、死ねないね」

    「まったく、ヴィッキー!死ぬなんていわないでよ。
    私たちは『明るい未来』に進んでいるの!エルヴィン・スミスのおかげでね」
  70. 70 : : 2013/10/05(土) 22:22:20
    調査兵団に入団してから、
    何度目かの壁外調査のためミランダ・シーファーとヴィッキー・クロースは
    シガンシナ区から離れた何にもない壁外の草原にいた。
    そこは今回の調査の目的地であり、休憩地でもあった。
    今回の二人は索敵班担当のため安堵で胸をなでおろしていた。

    「こんなにぼやいたり出来るのも、エルヴィン・スミスのおかげかもね」

    イタズラっぽくミランダはヴィッキーに微笑んだ。

    「だけど…死者や負傷者を目の当たりにするのは全然なれないよ」

    ため息混じりにヴィッキーはつぶやくと、
    ミランダは言葉にできずうなずくだけだった。
    そして何気なく空を見上げると、草原の果ての上空から
    大きな雨雲が出始めてたいた。
    そこは帰還する予定のシガンシナ方面でもあった。
  71. 71 : : 2013/10/05(土) 22:23:08
    「雨か…早く帰らなきゃ」

    雨の影響で視界が悪くなると、
    巨人を見落としがちになり圧倒的に死者数が増えてしまう。
    その為に過去の壁外調査でも目的地に到着する前に
    『大雨が降る』と判断されると、
    途中帰還することも何度かあった。

    「総員、帰還の準備を早急にせよ!雨雲発生中!」

    エルヴィンの大きな声が当たりに響いた。

    「はいはい、準備しますよ~分隊長様~!」

    「もぉ、ヴィッキー!からかっちゃ悪いよ」

    そう笑顔で話しながら二人は帰還準備をしていると、
    雨雲の動きは早く小雨が振り出した。
    二人とも雨に濡れないよう自由の翼のマントのフードを被り、
    自分の馬にすばやく乗って団長の合図とともに走らせた。
  72. 72 : : 2013/10/05(土) 22:24:38
    「そういえば、ミランダ、何回か前の壁外調査で壁上に上ったじゃない?
    あれから、エルヴィンと何か話したことある?」

    「あれから…?」

    ミランダが数回前の壁外調査で、『四つん這いの巨人』に襲われたことがあり、
    そのとき、間一髪のところでミランダは逃げ出すことが出来た。
    その後の壁上の出来事はミランダにとっては宝物のような思い出だった。
    エルヴィンの評価が上がるにつれ、
    同期とはいえあまり顔を合わせることもなくなってっいった。
    調査兵団本部内いたとして、エルヴィンは会議や他の兵団との打ち合わせなど、
    一体、どこで何をしているのかわからないような、多忙を極めていた。
    そのため唯一、長時間一緒にいられるのが
    『壁外調査』になってしまってしまうのが必然となっていた。

    ・・・エルヴィン・スミスとはもうどのくらい話してないだろう
  73. 73 : : 2013/10/05(土) 22:25:32
    ミランダはエルヴィンが出世するのは嬉しいが、
    寂しいようなそんな感覚もあった。
    壁上の出来事はエルヴィンの立場を考えると、
    誰にも話さないでいた。
    例え仲がよくても、ヴィッキーにも話せなかった。
    しかし駐屯兵団の一人に見られてしまったため、
    もしかすると酒の肴になっているかもしれないが…。
    二人は馬上で風を感じながら、

    「ねぇ?ミランダ聞いてる?」

    「聞いてなかった、ごめん」

    「もぉ~!エルヴィンのこと考えてるんじゃないの?」

    ヴィッキーはミランダにからかい半分に言うと、

    「そんなことないよ!」

    と言うがその発言とは裏腹に顔は赤らめていた。

    ・・・あの出来事は、親友でもあるヴィッキーには話しておいた方がいいかな。
    『思い出話』として話してみてもいいかも…これ以上、進展しない関係だから
  74. 74 : : 2013/10/05(土) 22:26:12
    「ヴィッキー実はね、あのとき壁上で…」

    途中で雨脚が強くなり、その声はヴィッキーには届かなかった。
    ヴィッキーは馬と正面を見ながら
    『馬を走らせることに集中』アイコンタクトを送った。
    それに気づいたミランダはうなずいた。

    ・・・またタイミングが来たら話せばいい。
    いつ話せるかわからないから…。
    こんな視界が悪いときにあの『四つん這い』がきたら…
    いや、こんなことを考えるぐらいなら、帰還できぎることに集中しよう
  75. 75 : : 2013/10/05(土) 22:27:46
    空は暗くなり雨脚がどんどん強くなると、
    頬に当たると痛いくらいの嵐になっていた。
    休みたいのは山々だが、
    スピードを上げて一気に前進するしか選択はなかった。
    周りには何もない平原を走っているはずだが、
    まるで暗い森の中を疾走しているような感覚で
    兵士達の間でも恐怖が溢れていた。
    カミナリの音で大声で悲鳴を上げるものも多かった。

    そして、恐怖でいっぱいの最中の一瞬の出来事だった。
    ヴィッキーの目の前に巨人の大きな手が飛び込んできて、
    馬から落とされてしまった。
    ミランダはヴィッキーが落ちる瞬間を目の当たりにして、
    落馬した元へ引き返すと頭から大量出血している
    ヴィッキーが雨に打たれ草原に倒れていた。
  76. 76 : : 2013/10/05(土) 22:28:02
    「ヴィッキー!!」

    ミランダはそう叫びながら、馬から下りて駆け寄って抱きしめるが、
    頭を強打していることもあり意識がなかった。

    「ヴィッキー…死なないで!!」

    ミランダは血だらけのヴィッキーを抱き上げ
    自分の馬に乗せようとしたその時だった。
    ヴィッキーを襲った巨人が二人に向かってやってきた。
    二人に手を伸ばし、ミランダはヴィッキーを抱きしめながら観念したが…
    巨人は二人の目の前で足から崩れ落ちるように倒れた。
    視界が悪く、体温と外気温の温度差の影響で
    トレードマークのメガネが曇っていて、
    二人に気づいていないようだったが、
    その巨人を討伐してくれたのは、ハンジ・ゾエだった。
  77. 77 : : 2013/10/05(土) 22:28:28
    「ハンジ…!ヴィッキーが!!」

    聞き覚えのあるミランダの声を確認すると、
    討伐した巨人の背中に乗っているハンジが
    ゴーグル型のメガネをおでこまで引き上げ、二人に気づいた。
    頭から出血しているヴィッキーを抱きかかえ、
    ずぶぬれのミランダが青ざめて座り込んでいた。

    「え、ミランダ…もしかして、こいつが?」

    ミランダはうなずいて答えると、
    ハンジの目を釣り上げ、

    「こいつ!なにすんだーーー!!」

    怒り任せにこの巨人の首をはね、思いっきり蹴飛ばすと、
    予想される距離よりも遠くまで飛んでいった。

    「何だ、この感覚は…もしかして、巨人って…軽いのか?」

    その様子を見ていたミランダだったが、
    ハンジに対して叫び声を上げ懇願した。

    「ハンジ!お願い、私の馬にヴィッキーを乗せるのを手伝って!」

    「あぁ…それよりもさ、もう少ししたら、
    荷馬車護衛班が通るから、乗せてもらおうよ」

    ハンジが言ったとおり、後方から荷馬車の車輪の音が近づいてきた。

    「ヴィッキー、聞こえる?荷馬車が来たから大丈夫だよ」

    ホロ付きの荷馬車は負傷したヴィッキーを乗せ壁へ向かっていった。
    ミランダは口や鼻の気道以外の頭部をを抑え、
    これ以上、出血しないよう止血に務めていた。
    その間もずっと話しかけた。
  78. 78 : : 2013/10/05(土) 22:30:08
    「もうすぐ、壁だから、大丈夫から」

    だんだんと大雨が小雨になり、
    そして日差しがさすくらいまでの晴れ間が広がってきた。
    ホロの中にも日差しが入ってきた。

    「ヴィッキー、もう晴れたよ。壁にも近いから、
    すぐ衛生班に診てもらおうね」

    話しかけている間もずっと意識がないままだったが、
    日差しが出てきた影響で回りが明るくなってきたため
    ヴィッキーの怪我の具合が見えてきた。

    「ヴィ…ヴィッキー…」

    ミランダの声は震えだした。
    そしてどんなに名前を呼ぶが反応は相変わらずなかった。
    ヴィッキーのその美しかった顔の右目はつぶされ、
    自慢の金髪の髪は
    頭部の右半分は地肌からな消えてなくなっていたのだった。
  79. 79 : : 2013/10/05(土) 22:31:21
    壁内に到着すると、すぐさま調査兵団本部に戻り、
    ヴィッキーは衛生班の元へ送られた。
    意識はないままに。
    ヴィッキーの意識不明が数日続いたが、
    その間、調査兵団本部内では彼女の噂で持ちきりで、
    特に食堂において兵士たちの昼食時の『ネタ』になっていた。

    「ヴィッキーは意識が戻ったしても、
    あの顔じゃな…キレイな顔だったのにもったいない」

    「嫁の貰い手なんて、いないだろうな」

    「じゃぁ、俺が嫁に貰っちゃおうかな」

    一同がその発言元に注目したが、そこに居たのは
    ヴィッキーの同期でもある、ミケ・ザカリアスだった。
    ミケは怒りでそのヴィッキーに対して
    心無いことを言う輩を殴りたい気持ちで
    いっぱいだったが、
    それよりもヴィッキーの見舞いに行ったほうがましと、
    食事を終えると、その心無い発言者をにらみながら、食堂をあとにした。
  80. 80 : : 2013/10/05(土) 22:32:19
    「ミランダ、ヴィッキーの意識はどうだ?」

    衛生班のいくつかある内のひとつの救護室にミケが入ると、
    そこには意識の戻らない、
    頭や右目をはじめ、包帯でほぼ全身を巻かれていたヴィッキーが横たわり、
    ベッドのそばでミランダが彼女の左手を握って心配そうに見つめていた。
    右側は気の毒な気持ちから、ミランダは近寄れなかった。

    「あぁ、ミケ…まだ戻らないの」

    ミランダは疲労困憊した様子だが、同期で一番仲良しのヴィッキーの様子が
    気がかりで、数日ほとんど寝ていなかった。自分の仕事が終わるとほとんど
    救護室にこもっていた。

    「特に同期で仲良かったら、気になってしょうがないよね」

    もう一人そこに居たのは3人の同期でもあり救護班の女性衛生兵でもある
    キャンディ・ジェイコブスだった。
    小柄のキャンディは特に背の高いこの3人に囲まれると、さらに小さく見えた。

    「キャンディ、お願い…ヴィッキーを助けて」
  81. 81 : : 2013/10/05(土) 22:33:02
    「うん、ミランダ…私も出来るだけのことは尽くしているが、
    あとはヴィッキーの生命力次第だよ」

    キャンディのマスクの影響でこもりがちの声が救護室内に響いた。

    「ところで…他の兵のヤツら、心無い噂立てやがって」

    ミランダのそばに座りながら、その口調には怒りがこもっていた。

    「ミケ、ヴィッキーのそばでそんなこと言うもんじゃないよ」

    悲しげにミランダはつぶやいた。

    「ヴィッキーは俺がもらう」

    「ん?何言ってるの?突然」

    ミランダとキャンディは不思議そうにミケの顔を見つめた。

    「だから…」

    ミケは照れながら、

    「ヴィッキーは俺が嫁にもらうってことさ」

    「ええーー!」

    その発言にミランダは驚いて、椅子から落ちそうになった。

    「ミケ…いつから、ヴィッキーのことを…?」

    照れながらもミケは

    「あぁ、ずっと好きだったよ。
    だけど、おまえらが毎日つるんでるから、全然口説けない!」

    「あ…ごめん」
  82. 82 : : 2013/10/05(土) 22:34:31
    ミランダはミケに対して申し訳ない気持ちと、
    よく『好きだ』という気持ちをサラっと言えるものだと関心していた。

    「ミケ、そんな素振り見せないから、全然気づかなかったよ!
    言ってくれれば、協力したのに!」

    「うん…やっぱり、調査兵でいる以上、
    どちらかがこんな思いをするとなると、
    自分の気持ちを伝えるかどうか、ずっと躊躇してしまっていた」

    「そうだよね…」

    ミランダはうつむきながら、ポツリとつぶやいた。
    みんな同期であり、自分の親友のヴィッキーでもあり、
    そしてこんなに傷ついているのに
    それでも『好き』といえるミケに対してミランダは嬉しさも込みあがってきた。
    ヴィッキーが怪我して以来、初めて心が温まるような出来事だった。

    「こうして、自分が好きな女が負傷しているのを目の当たりにすると…
    やっぱり後悔したくないなって思ってね」

    ミケはだんだんと照れもなくなり話せるようになって、
    そんなミケの姿にミランダは誇らしくも感じた。

    「ヴィッキー、よかったね!目が覚めたら、お嫁さんだよ」

    ミランダはヴィッキーの耳元で声が届くように大きな声で話した。

    「きっと、ヴィッキーは聞こえてるよ」

    キャンディはそう言いながら笑みを浮かべた。

    「もしかして、今までの話も全部聞かれている?」

    「もちろん!ミケがヴィッキーが好きだってことも伝わっているよ」
  83. 83 : : 2013/10/05(土) 22:35:29
    二人はイタズラっぽくミケの顔を見つめた。
    ミケの顔は赤くなり照れながら、
    ヒゲを指先でかき、返事が出来ないでいた。
    それからすぐに、ミケは鼻を何度かすすり…
    今まで笑顔でいたのにその顔は急に曇った。

    「あぁ…オレ用事思い出したから」

    力なく立ち上がりうつむきながら、これ以上ミケは何も言わず
    突然、救護室から出て行った。

    「ミケはきっと、結婚式の準備があるって出て行ったんだろうね!
    ヴィッキー、よかったね…え?」

    ミランダはヴィッキーのそう話しかけるが、握っている左手にはだんだんと
    今まで感じたことのない弱さと、冷たさがヴィッキーから伝わってきた。

    「ヴィッキー?キャンディ、ヴィッキーが…!」

    「ミランダ、ヴィッキーはもうこれ以上、手の施しようがないんだ。
    心臓マッサージをしたくても、胸骨も折れてるし、これ以上は…」

    キャディは涙ながらにそう伝えた。

    「ヴィッキー!嘘でしょ!今から花嫁になるんだよ!
    ミケと…私を置いていくの?」
  84. 84 : : 2013/10/05(土) 22:36:58
    泣き叫びながら、、
    ミランダはヴィッキーの名前を何度も何度も呼ぶも…
    ヴィッキーは静かに眠るようにそのまま帰らぬ人となってしまった。

    「ミランダ…ヴィッキーは、最後の最後は幸せだったかも」

    「どういうこと、キャンディ?」

    泣きじゃくりながら、ミランダはキャンディを見ると、
    その視線の先にはヴィッキーの左側の顔があった。
    よく見ると、残った左目からは一筋の涙が流れ、
    そして綺麗なままの唇の口角はあがっていて、
    笑っているようにも見えた。
    その姿がさらにミランダの悲しみを誘い、泣き叫んだ。
    ミランダの泣き叫ぶ声は
    まだ救護室のそばの廊下の壁にもたれ立っているミケにも
    届いていた。ミケの『不思議な鼻』は
    ヴィッキーの死をいち早く捕らえていたために
    最後は居た堪れなくそのまま救護室から出て行っていっていたのだった。
  85. 85 : : 2013/10/05(土) 22:38:28
    「まさか、ヴィッキーが…?」

    ミケはぼーっとしてすぐに気づかなかったが、
    見舞いのために救護室にやってきた
    ハンジ・ゾエとエルヴィン・スミスが目の前に立っていた。
    ミランダの叫び声を聞くと、救護室に飛び込み、ヴィッキーの亡骸と対面した。

    「ヴィッキー…なんでだよーー!!」

    ハンジも同期であるヴィッキーの姿を見て泣き崩れた。
    エルヴィンは廊下から、二人の様子を伺っていた。
    特に久しぶりに間近で見たミランダを見ては、どう声を掛けたらいいか
    その言葉も、言葉の掛け方もわからずに、
    救護室には入れないで立ち尽くしていた。
    エルヴィンのその様子を見てミケがそばに寄ると、

    「ある意味…あの姿を知らずに逝ってよかったかもしれないな」

    そうエルヴィンが冷たくつぶやくと、
    ミケはすぐさまエルヴィンの制服の襟元を殴るつもりでつかんだ。
    しかし、すぐに間近で見たエルヴィンの悲しげな表情から、
    『本気でそんなことを言っていない』と感じると、手を振りほどいて、
    その救護室前からミケは離れていった。
    ヴィッキーは死亡後の処置があるため、ミランダとハンジは
    強制的に救護室から出されることになった。
    やつれている姿のミランダを見ては
    『抱きしめたい』気持ちのエルヴィンはあったが、
    見ないようにして、救護室を後にした。
  86. 86 : : 2013/10/05(土) 22:40:23
    ・・・ミランダ、すまない。

    エルヴィンは出世するほど、ミランダに冷たい態度になっていったが、
    その分、想いは強くなっていった。

    ・・・オレだって…いつか、死ぬかもしれない。
    ミランダにあんな思いはさせたくない

    エルヴィンは厳しい表情で廊下を足早に、自室に戻っていった。

    廊下で一人、呆然と立ち尽くしているミランダにキャンディが近寄ってきた。

    「ミランダ…これ、あなたにわたそうと思って」

    キャンディの手のひらにあったのはぐるぐる巻きにされていて、
    小さくまとまった皮ひもだった。

    「あぁ…これは」

    その皮ひもはヴィッキーがポニーテールをするときいつも使っていた
    長い皮ひもだった。使い古されてくたびれていたが、キャンディは
    ヴィッキーが運ばれてきたとき、他の衛生兵が切り捨てようととしていたのを阻止して、
    怪我をしている部分を気にしながら、その頭から丁寧に丁寧に外していた。
    キャンディは元気になったときのポニーテールの姿のヴィッキーを
    もう一度見てみたいという一心での行動だった。
    ミランダはこの皮ひもを見ると、慈しむような表情をした。

    「この皮ひもはすごく丈夫で『ポニーテールを作りやすい』って言っていたなぁ」

    ぐるぐる巻きになっていた皮ひもをキャンディは外し1本の紐も状態に戻し、
    そしてはさみポケットから、はさみをとりだした。

    「キャンディ、何をするの!?」

  87. 87 : : 2013/10/05(土) 22:40:55
    驚いたその様子にミランダは声をあげ、ハサミの動きを止めようした。
    涙声のキャンディは笑顔を見せながら

    「半分に切って、ミケにあげてもいいんじゃないかな?ミランダさえよければ」

    「うん…そうだね、ぜひそうしよう。私がその半分をミケに渡すから」

    ミランダは涙が枯れていたはずだったのに、
    また涙を流し弱々しく返事した。
    そして、2本に分かれた皮ひもをそれぞれぐるぐる巻きにして、
    ミランダは自分のポケットに締まった。

    ヴィッキーは身寄りがいないために荼毘にふされると、
    調査兵団の共同墓地に納骨されることになった。
    彼女の死のきっけとなった
    『壁外調査における突然の大雨の対策』が検討されることになり、
    その対策に乗り出そうと積極的に上官にかけあったのはエルヴィンだった。
    ミランダは憔悴しきって、兵団の仕事に支障をきたすと判断され、
    1週間の休養を言い渡された。
    通常、実家など帰る家があれば、帰されるがミランダも身寄りがないために、
    住まいである古城で1週間、過ごすことになった。
  88. 88 : : 2013/10/06(日) 17:55:20
    ⑦女神のエクボ

    その日の早朝、調査兵団本部である古城の城壁は朝日で輝いていた。
    調査兵団に入団した新兵は施設の掃除をするのが恒例となっているが、
    壁を丁寧に新兵たちによって磨かれていて、
    その輝きは彼らからの贈り物のようである。
    古城の壁を最上階から命綱を付けた兵士たちが降りて
    壁や窓のガラスの拭き掃除をするのは、
    立体起動装置を操ることよりもたやすいことだった。

    「あとは…窓だな…ん?」

    その新兵は古城の中でも
    一番大きい食堂に面した窓ガラスを磨き、
    中がキレイに見えるにつれ
    白いシャツと茶色いロングスカートを着た
    女性の形をしたモノがゆっくりと力なく歩いているのを見つけた。
  89. 89 : : 2013/10/06(日) 17:58:22
    「なんだあれ…?まさか、オバケ??」

    「何言ってんだお前?オバケなんて、え?」

    別の新兵もつられて中をのぞき、目を凝らしてみると、
    長身の女性であることは間違いないと理解できた。

    「あ…あれは、ミランダさんだ。ベテラン兵のね。
    最近、同期が亡くなってからああいう調子らしいよ。
    あんなに痩せて、兵士として復帰できるのか…?」

    その新兵たち心配そうにミランダ・シーファーを見てはため息をついた。
    ミランダは新兵たちにも心配されているとは知らずに
    早朝に食堂まで力なく歩いてきては、一人で席についていた。
    そのときはたまたま早朝だったが、眠れないミランダにとっては
    早朝も真夜中も関係なかった。
  90. 90 : : 2013/10/06(日) 17:59:13
    ・・・ヴィッキー、どうして先に逝ってしまったの

    ミランダの心の中はその気持ちでいっぱいだった。
    調査兵として活動するなら、いつかはどちらかが先に、
    という思いはあったが、キャリアを重ねるにつれ、
    巨人の脅威に討伐数も増えていき、
    『死なないところ』は本当にあると、確信しつつあったために
    同期で親友のヴィッキー・クロースの死が
    それを打ち砕かれた出来事でもあった。
    ミランダはポケットから
    ヴィッキーの遺品でもある髪を結ぶ『二つの皮ひも』を取り出した。
    二つあるということは、一方を譲る予定のミケ・ザカリヤスに渡せないでいた。

    「おはよー!ミランダ!調子はどう?」

    空元気にミランダに挨拶をして、山済みの資料を向かい側に
    音を立てて置き、テーブル席につくと
    その資料の合間から顔を出したのはハンジ・ゾエだった。
  91. 91 : : 2013/10/06(日) 17:59:51
    「あぁ、その声はハンジか…おはよう」

    ミランダは力なく挨拶するも、手のひらにある皮ひもを見ていて
    ハンジの顔を見ることはできなかった。

    「ミランダ、ちゃんと食べてる?痩せたんじゃないの?」

    「うん…」

    「ホントに?」

    「…うん」

    ・・・ミランダ、そんなに憔悴しきって

    ハンジは他愛のない話を明るく一人で話し続け、
    ミランダの気分を紛らわそうとした。
    普段なら巨人の話をしていたが『さすがにこの状態では』と、
    さすがのハンジも空気を読んでいたがしかし、
    巨人好きのハンジにとっては、
    そろそろ『巨人以外の話題』には限界がきていた。

    「ねぇ」

    ハンジの話を先に遮ったのはミランダだった。

    「ハンジはどうして、そんなに明るくいられるの?
    訓練兵時代からずっと一緒だった仲間が突然いなくなったのに」

    最後の方は涙声になっていた。
  92. 92 : : 2013/10/06(日) 18:00:52
    「そうだね…私だって悲しいよ。あのときね」

    涙をこらえ、一息おいてハンジはゆっくりと話し始めた。

    「あのときね…ヴィッキーを襲った巨人の首を
    憎しみこめて蹴飛ばしたとき、
    巨人の頭が異常に軽いことを初めて知ったんだ。
    何度も討伐してきたのに初めての体験だったよ。
    ヴィッキーを連れて、帰還途中でも心配ながらも、
    そのことが頭から離れられなくてさ…。
    それで、帰還後に落ち着いてからエルヴィンに相談したんだよ。
    そしたら『君らしくまた違った視点から巨人の研究資料が作れるかもしれない』
    って言われてね。それで、エルヴィンは上官を説得してくれて
    『巨人研究班』という新らしい班が出来そうなんだよ」

    「え?」

    思わず声を出して、顔を上げるミランダだったが、
    噴出して笑ってしまった。
    また『笑う』という行為自体、どれくらいぶりか忘れていた。

    「ハンジ、その頭ひどい!爆発しているよ」

    ミランダはハンジの頭を指差しては笑った。

    「えー!ホントに?」

    ハンジはボサボサ頭をさわりながら、慌てふためいいたが、
    巨人の資料に目を通すことに没頭してこの数日、
    髪の手入れなどそっちのけだった。

    「そういうミランダだってさ、ひどい顔してるよ!何の目の下のクマは!!」

    お互いの顔の酷さに笑っいあったが、二人とも心から笑ったのは
    どれくらい振りなのかわからないほどだった。
    ミランダはゆっくりと立ち上がり、
    手に持っていた皮ひもの一方をポケットに入れた。
    ハンジの後ろに立ったミランダは

    「ねぇ?ハンジ、ハサミ持ってない?」

    「ええ?切っちゃうの?」

    「違うの、これ、ヴィッキーの形見の髪の毛を結ぶ皮ひもだよ。
    私のものだったけど、ハンジにも半分あげるよ」
  93. 93 : : 2013/10/06(日) 18:02:00
    慌てしまったハンジはランダの方を向いてしまったが、また正面を向いて
    自分の道具箱からハサミを取り出しミランダに渡した。
    そしてミランダはハサミで皮ひもを切っると、
    ハンジにはゴーグル型のメガネを外してもらい、
    髪の毛の手入れを始めた。

    「ハンジも女の子なんだから、
    いつか『人類が会ったことのない巨人』に出くわしたとき、
    そんな頭してて肝心なその巨人に嫌われたら、どうするのよ」

    ミランダは冗談を言いながら手櫛でハンジの髪を手入れして
    髪の毛を頭のトップの位置にまとめると、
    皮ひもで根元を結んでポニーテールにした。

    「できたよ!これで『「超絶男前の巨人』もハンジにイチコロだよ!」
  94. 94 : : 2013/10/06(日) 18:03:06
    最初より少し明るい声になったミランダが
    ハンジの両肩をポンと叩き、髪の手入れの終了を伝えた。

    「ありがとう…ミランダ。やっぱり、あなたは笑顔でいてよ…。
    最近、この本部内が暗いの、わかる?」

    「そうなの?気がつかなかったけど、なんで?」

    ハンジは涙をこらえ、正面を見ながらまた話し始めた。

    「ミランダ、あなたはこの調査兵団って、どうしても死を意識しているのに、
    あなたはいつも明るくて、
    上官だろうと、後輩だろうと…誰にでも笑顔で挨拶するでしょ?」

    「やっぱり、どんなときでも笑顔を絶やさないようにしていたよ。
    いつでも笑顔で『いってらっしゃい』とか『おかえり』で迎えてあげたいから」
  95. 95 : : 2013/10/06(日) 18:04:58
    「それだよ、それが…なくなってしまって、
    本部内が毎日、誰かが死んでしまった直後のように
    のようになってしまっている。ミランダの笑顔に対して
    一部のオトコ共は『女神のエクボ』って名づけてるくらいだよ」

    「そうだったの…?初めて知ったよ」

    「だから…『女神のエクボ』にはまた笑顔で復活して欲しいんだよ」

    ハンジの声は最後は涙で鼻声になっていた。

    「ハンジ、ありがとう。いつまでもこんな暗い顔していたら、ヴィッキーにも怒られそう」

    ミランダはハンジと話したことで、
    少しずつではあるが、今までの自分に戻っていけそうと確信してきた。

    「ミランダ、私はこれから『巨人研究班』創設のため、
    また一から巨人の生態を勉強しようと思うんだ」

    「それで、朝からこのたくさんの資料を持ち出してきたののね!
    ハンジも体壊さないように気をつけてね、それじゃ、またね」

    ミランダは最後は明るい声で挨拶して、ハンジの肩を軽くポンとたたくと、
    そのまま食堂から出て行った。
    ハンジは正面を向いたままで、右手を挙げてミランダに合図を送るだけで
    顔を合わせることもなかったが、それはゴーグル型メガネを装着できなくらい、
    涙を流してまぶたを腫らしていたからだった。
    複雑だが、ヴィッキーの死と引き換えに得た
    『巨人研究班』を創設させ、そして活かして成功させることが
    ヴィッキーや命を落としていった仲間のためだと誓い
    ハンジは研究に没頭していくことを決心した。
    そしてこれがキッカケにポニーテールとゴーグル型メガネは
    ハンジのトレードマークになった。

    「お、『女神のエクボ』にふたたび笑顔が灯ったな」

    ほとんど窓を拭き終わり、退散しようとしていた新兵が窓の外から
    ミランダの笑顔を確認しては、思わず口に出した一言だった。
  96. 96 : : 2013/10/06(日) 18:07:42
    ・・・馬にも挨拶してこようかな、最近会ってないし

    ミランダは調査兵団本部の外にある馬小屋に向かって
    廊下を歩いていると、ミケとバッタリ会った。

    「ミケ!おはよう!」

    まだまだやつれた様子だが、明るさを取り戻しつつあるミランダを見て
    ミケは少し安堵感を覚えた。

    「あぁ…ミランダか、おはよう。ずいぶんと早いな」

    「うん、ちょっと馬でも見に行こうとおもってね。あ!忘れてた」

    ミランダはポケットに入れていた『長い方』の
    ヴィッキーの形見である『皮ひも』をミケに手渡した。

    「この皮ひもね…ヴィッキーのなんだ。
    私もハンジも持っているから、ミケにも一つもあげるよ。
    それと、私はもう大丈夫だから、それじゃ行ってくるね!」

    ミケに笑顔でそう言うと、小走りで馬小屋へ向かい、
    その後姿をミケは見送っていた。

    「やっと、か…ヴィッキー、よかったな」

    ミケは力強くその皮ひもを握ると、
    制服のジャケットの内ポケットに皮ひもをしまった。
    ふたたび歩きだして、
    向かったのはエルヴィン・スミスの自室だった。
    ミケがエルヴィンの部屋をノックして入ると
    彼はデスクに向かって作戦会議書に目を通していた。
    早起きしているわけではなく、
    察するに徹夜して、読み漁っているようだった。
  97. 97 : : 2013/10/06(日) 18:08:32
    「ミケ、おはよう。早くからどうした?」

    「あぁ…『巨人研究班』なるものを創設するって話を耳にしたんで」

    「そのことか。ハンジの独自の観点から巨人を見ても面白いと思って。
    アイツは手先も器用で、将来は武器の開発に繋がるかもしれない」

    ミケはエルヴィンのそばに立ちながら、
    『巨人研究班』について質問したり、
    自分の意見を話すなど、
    意見交換をしてしばらく過ごしていた。
    外が明るくなるにつれ、日差しが部屋に差し込み、
    それがエルヴィンの部屋の中を明るくしていった。
    話がひと段落つくと、
    ミケはエルヴィンの後ろ側にある窓から外を眺めてみると、
    そこから見下ろせる少し離れた馬小屋では
    ミランダが笑顔で馬の頭をなでているの発見した。
  98. 98 : : 2013/10/06(日) 18:10:13
    「ミランダのヤツ、外に出にいるぞ!元気そうじゃないか!」

    ミケはわざと、エルヴィンが興味持つよう明るい雰囲気で言うが

    「なぜ、今ミランダの話が?俺には関係ない」

    エルヴィンは冷たく返答し、改めて作戦会議資料に目を通すことにした。

    「あの笑顔が戻っているな。ヴィッキーもこれで安心だろう」

    「俺には関係ない」

    再び冷たく言い放った。

    「あぁ~やっぱり、あの笑顔に惹かれて早朝掃除当番の新兵たちが
    ミランダの周りに群がっているな」

    ミケはからかい半分で言うと

    「俺には…関係…ない」

    ミケにはエルヴィンが久しぶりにミランダのことで動揺しているのがわかり、
    噴出しそうになった。

    「ミケよ、話が終ったらもう帰ってくれないか?
    今日は他の兵団も交えた会議が朝からあって
    あいつらの迎え入れる準備もあって忙しいんだ」

    エルヴィンはミケに冷たく言い放ち、
    部屋から出て行くよう言い放った。

    「わかった、わかった。そんなに怒らないでくれよ」

    「…怒っていない」
  99. 99 : : 2013/10/06(日) 18:12:55
    エルヴィンはキツイ口調でミケを部屋から追い出し、そして
    ドアが完全に閉まったのを確認すると慌てて立ち上がり、窓の外を見た。

    「ミランダの周りに新兵だと?」

    思わず独り言を言うが、そこには新兵たちはおらず、
    ミランダ一人が馬小屋にいるのがわかった。

    「ミケのヤツ…」

    エルヴィンは窓枠の両側を両手でつかみながら、
    ミケが出て行ったドアを恨めしそうに振り返り睨んだ。
    しかし、すぐにミランダが馬の世話している風景を眺め、
    その笑顔に胸をなでおろした。
    エルヴィンもミランダのことが気になって
    寝られない日々が続いていたため、
    作戦会議書を読み漁っていたが、
    いつもなら『子守唄代わり』になっていたのに全く寝られなかった。
    ミランダが朝日がまぶしそうに手で日よけをしながら、微笑んでいる姿は
    まるで久しぶりに浴びる天然の光を楽しんでいるようにも見えた。
  100. 100 : : 2013/10/06(日) 18:13:37
    「ミランダ…」

    小さく名前を呼んだエルヴィンの顔には険しいものはなく、
    誰にも見せたことのない優しい笑顔だった。
    それはミランダだからそうさせる笑顔であるとエルヴィンも自覚していた。

    「エルヴィンのヤツ、結局見てるじゃーねか」

    廊下で部屋の中の様子を聞き耳を立てていたミケは鼻で笑いながら、
    ドアの前から離れていった。
  101. 101 : : 2013/10/07(月) 23:32:30
    ⑧癒し癒され

    その、同じ日の午後。
    エルヴィン・スミスは午前中から
    駐屯兵団の上官たちを本部に招き会議をしていた。
    その会議は昼過ぎには終了して彼らを見送るため、
    調査兵団本部の来客者を出迎える門の前にいた。
    そこには駐屯兵団の上官や調査兵団の会議の参加者を交え
    ちょっとした人だかりができていた。

    「スミス君、君はやはり将来有望だね。期待しておるぞ」

    「有難きお言葉」

    エルヴィンは心臓を捧げる敬礼をして
    駐屯兵団の上官を見送ろうとしていた。
    そこから少し離れた十数メートル先には
    大きな木が数本根付いていて、
    木陰が出来るその下には
    ベンチやテーブルなどがいくつか置かれ
    兵士たちの休憩所であり、癒しの場でになっていた。
  102. 102 : : 2013/10/07(月) 23:32:42
    「おや、ウチの御者たちは馬車を放っておいて、
    向こうで何をしておるのだ?」

    上官のその声でその憩いの場を見ると、
    ベンチにはミランダ・シーファーが座っていて、
    御者として同行してきた数人の
    駐屯兵たちと談笑していたのだった。
    そのうちの一人が金髪の短髪であり無精ひげを
    はやしていたが、数回前の壁外調査の際、
    壁上でのミランダとの出来事を
    一部始終を見ていたあの兵だとエルヴィンはすぐに気づいた。

    「ほぉ~あんな美女が調査兵団にいるとは。
    きっとウチの兵たちは駐屯兵団へ乗り換えないかと
    勧誘しているかもしれないな。スミス君、あの娘の名はなんじゃ?」
  103. 103 : : 2013/10/07(月) 23:32:56
    「…ハンジ・ゾエです」

    「いや、ミラ…」

    エルヴィンがハンジの名前を言い出したため、
    それを訂正しようと他の兵士がミランダの
    名前を言いかけた瞬間、
    その兵士に肘で軽く腹を小突いたのは
    ミカ・ザカリヤスだった。

    「ハンジ・ゾエ君か、いい名じゃ。
    覚えておくぞ。スミス君、次回もよろしくな」

    その駐屯兵団の上官はエルヴィンに挨拶した後、
    ミランダと談笑していた兵士たちを手を上げ呼び戻し、
    馬車で帰路に着いた。
    エルヴィンはこの上官がミランダに話しかけないか
    ヒヤヒヤしていたが、それもなくそのまま帰っていったため、
    ほっと一安心した。それよりも、
    あの時の駐屯兵とミランダは何を話しているか気になった。
  104. 104 : : 2013/10/07(月) 23:33:13
    ・・・まさか、あの時のことを話していたんじゃ…
    だけど、今日は朝からミランダのことで振り回されるな

    エルヴィンは壁上の出来事やミランダのことを考えると、
    悶々とし始めた。

    「エルヴィン、やっぱりあれはミラ…」

    もう一度、そのことを訂正しようとした
    兵士がエルヴィンの後姿に話し掛けるが、
    その間に入り、まるで阻止するかのように両手を広げ、
    首を横に振るのはやはりミケだった。
    ミケの鋭い眼光でにらまれた兵士はただうなずくだけで、
    それ以上何も問わなかった。
    自分の背中で何かをしているミケに気づきエルヴィンは

    「ミケ、何をしている?とにかくこのあとは、
    今日の会議のまとめに入るぞ」

    そう言いながら古城である本部内に入っていった。
    夕方になり、日が落ち始めると、
    だんだんと古城である調査兵団本部内も冷え始めた。
    エルヴィンはその日の予定をすべて終え、
    自室に向かっていると途中の食堂で
    人が集まっているのが見えた。
    何気なく見ると、その中心にはミランダがいて皆からは
  105. 105 : : 2013/10/07(月) 23:33:46
    「元気そうでよかった」

    「もう大丈夫なの?」

    と、聞かれていたが、

    「大丈夫よ!完璧じゃないけど、
    いつもの私に戻りつつあるから!ご心配かけました」

    いつもの明るい笑顔でミランダは答えていた。
    エルヴィンは昼間の駐屯兵のことを思い出すと、
    自然に体が食堂の中のミランダの下へ進んでいった。
    そしてミランダの近くまでいくと、
    一同エルヴィンが来たことに気づいた。

    「ミランダ、報告書について確認したいことがあるから、
    私の部屋にきてくれないか」

    エルヴィンは咄嗟に『業務命令』として、
    その話の輪から連れ出すことにした。

    「わかりました」

    ミランダはお気に入りの赤いショールを羽織ながら、
    正直なところ何のことだかわからないが、
    その場を繕うために返事をしたまでだった。
    エルヴィンを追いながら、彼の部屋へ向かい、
    久しぶりに大きな背中を近くで見ていると
    ミランダは幸せな気持ちになった。
  106. 106 : : 2013/10/07(月) 23:34:03
    ・・・こんなに近くでエルヴィン・スミスを見たのはどれくらいだろう

    様々な思いをめぐらせていると、
    昼間、壁上で会った駐屯兵と再会したことを
    思い出すとミランダは微笑んでいた。

    ・・・きっと、何を話したか『報告』しろ、ってことね。
    ウソがつけない、すぐに顔に出るエルヴィン・スミスらしい誘い文句だわ

    エルヴィンの部屋に到着すると、

    「何がおかしい?さぁ、入れ」

    「失礼します…」

    ミランダは久しぶりにエルヴィンの部屋に入った。
    エルヴィンは自分のデスク前の窓際に立つと、
    ミランダは懐かしむ暇も与えられず、
    そのまま壁際のソファーに腰掛けるよう促された。

    「相変わらず、生活感のない部屋だね」

    「あぁ…。ほぼ仕事のための部屋だから、ここは」

    エルヴィンはしばらく何も話さず、
    ただ窓際から外を眺めているだけだった。

    「エルヴィン・スミス、話がなかったら、私帰るね」

    立ち上がって、部屋にから出ようとすると、
    エルヴィンはミランダを引き止めた。

    「ごめん、話すから」

    慌ててそういうと、
    エルヴィンは今度は一緒にソファーに座り、
    そしてゆっくり話し始めた。
  107. 107 : : 2013/10/07(月) 23:34:21
    「ミランダ、体調はいいのか?」

    「うん、ありがとう、一時は自分でもどうなるかわからなかったけど、
    みんなのおかげで、だんだん元気になっているよ」

    ミランダは久しぶりにエルヴィンを目の前にして
    話せることが来るとは思いもしなかった。

    「あの、その…」

    エルヴィンはいつもみんなの前では見せる険しい表情とは違い、
    頬を紅潮させていた。

    「あの駐屯兵のこと聞きたいんでしょ?」

    「…うん」

    ミランダはいたずらっぽく、答え始めた。

    「エルヴィン・スミスはあのとき『忘れろ』って言ったよね?
    じゃあ、何を答えたらいいの?」

    「えっ?」

    エルヴィンはミランダの予想外の答えに驚き目を見開いて
    ミランダを見つめた。

    「何、そのエルヴィン・スミスの顔!」

    ミランダはエルヴィンの驚いた顔に噴出すほどに笑った。
  108. 108 : : 2013/10/07(月) 23:34:38
    「…おまえ」

    エルヴィンはミランダを優しく抱きしめると、
    二人はソファーに倒れこんだ。

    「もう…言うから!」

    ミランダは驚きながらも、
    そのエルヴィンの行動を拒否することはなく受け入れ、
    潤んだ瞳で見つめていた。
    ミランダはエルヴィンの腕に抱かれながら話し出した。

    「あの駐屯兵はね、確かに私のことを覚えていたよ。
    だけど皆の前では、あの出来事は話なかった。
    ただ…久しぶりに会って開口一番
    『よく生き残っていたな』だったから、
    あぁ、私って調査兵なんだって自覚したんだ。やっぱり、
    生き残っていかないといけないよね。
    エルヴィン・スミス、もっと…あの作戦をうまく運用させなきゃ」

    「あぁ、そうだな」

    エルヴィンはミランダを肩をキツく抱き寄せると、
    ミランダの胸元が下になり、
    またエルヴィンの体の半分に乗るような体制になった。
    ミランダはエルヴィンを見上げながら、

    「でも、他の兵士たちはね…駐屯兵団に乗り換えないかという勧誘だったよ」
  109. 109 : : 2013/10/07(月) 23:34:59
    「やっぱり…。で、何と答えた?」

    「『検討します』って答えちゃった」

    「…まさか!」

    エルヴィンは焦ってミランダを見るが

    「冗談に決まっているでしょ」

    ミランダは笑みを浮かべエルヴィンのぬくもりを感じていた。

    「ホントは無難に『調査兵として心臓を捧げることを誓いましたから』って答えたよ」

    「そっか…」

    エルヴィンはほっと胸をなでおろすと、ミランダをキツくキツく抱きしめた。

    「エルヴィン・スミス、痛いよ」

    「あ、ごめん…」

    ミランダはキツく抱きしめられるたび幸せ感じていた。

    「なぁ…どうして、俺の名を呼ぶとき、フルネームなんだ?」

    「どうしたの?突然?」

    ミランダは大きな目を丸々としてエルヴィンを見つめた。
  110. 110 : : 2013/10/07(月) 23:35:25
    「前から気になってはいたけど、聞く暇が全然なかった」

    「大した意味はないの。最初は全然意識していなかったけど、
    ただ、私だけが呼べる特別な呼び名が欲しかっただけ…かな」

    「それって、俺を独占したいってこと?」

    「あの…その…」

    ミランダは顔を真っ赤にしてエルヴィンの胸にうずめた。
    エルヴィンもミランダの髪をなでながら

    「確か、出会った当初からそう呼ばれていたような気がするが…?」

    ミランダは真っ赤になるだけで、何も答えられなかった。

    「でもね、この質問は…だいぶ前にヴィッキーにもされたけど、
    とうとう答えられずに、…先に逝っちゃった」

    「そうか…ヴィッキーは…残念だったな」

    「うん…」

    ミランダは声にならない声で返事をすると、涙ぐんだ。

    「エルヴィン・スミス、あなたは…死なないで」

    ミランダが涙ぐみながらエルヴィンを見つめると、
    エルヴィンはミランダを抱き上げると、そっとキスをした。
    そしてお互いの唇が濡れるようなキスやまた優しくしたり…
    何度も何度も、二人はお互いの唇を求め合った。
    まるで、二人の話せなかった期間を取り戻すかのように。
    そのひと時を楽しむとエルヴィンはミランダを優しく抱き寄せ、
    安心しきったように二人はソファーでそのまま眠りに付いた。
  111. 111 : : 2013/10/07(月) 23:35:39
    「エルヴィン、入るぞ」

    しばらくすると、急ぎだったこともありミケがノックもせずに
    エルヴィンの部屋に入ろうとするとが、
    ソファーの上での光景を目の当たりにすると驚くと、
    そのままドアをゆっくり閉めた。

    「何?どうしたの?あ…」

    ドアが締まる瞬間、後ろに付いてきたハンジ・ゾエも
    二人が寄り添い愛しみあいながら眠っている様子を
    うかがい知れることができた。

    「ミケ、急ぎなんだが、どうしよう」

    「まぁ…しばらく、俺たちがここで『門番』を
    するしかないってことじゃないか」

    ミケは『やれやれ』という気持ちもあるが、その光景を見ると
    二人をそのままにするということしかできかった。
    いつも険しい表情のエルヴィンが優しい顔で寝てるのを
    起こすのは気の毒だった。

    「ミランダ、よかったね」

    ハンジははにかみながら、ミランダのことを祝福して門番に徹することにした。
  112. 112 : : 2013/10/08(火) 10:59:15
    ⑨情愛(1)

    「ミケ…時間はどのくらい過ぎた?」

    「約1時間ってことか?」

    「そろそろ、来ちゃうね」

    「かもな…ハンジ」

    ミケ・ザカリヤスとハンジ・ゾエがエルヴィン・スミスの部屋の門番をして
    約1時間が過ぎようとしていた。
    中にはミランダ・シーファーとエルヴィンが幸せそうにソファで寝ているために
    それを邪魔するものを『入室禁止』ということにしたかったが、
    そろそろ限界が来ていた。
    それは『巨人研究班に予算の見積を作成して至急提出するように』と
    急遽、予算担当の上官からハンジを通してエルヴィンに伝えるよう
    頼まれたのが約1時間前だった。
    その予算担当の上官は短気とういうことが有名で
    中々提出しないために、きっと様子を伺いにやってくるのではないかと
    二人は予想していた。ちなみにどうしてミケがいるかというと、
    ハンジの有り余る巨人に対する愛情のため、
    予算をどれだけオーバーするのか自分でも予測不能のため
    ミケに客観的に何が必要で不要かという意見を
    してもらうため自ら依頼していた。
    もちろん、エルヴィンだけだと予算内に納まるが
    必要なものも削られてしまうのは目に見えていた。
  113. 113 : : 2013/10/08(火) 10:59:39

    「だけど、1時間で作成しろってのも無理があるよ。あぁ…きちゃった」

    ハンジの言うとおり、エルヴィンの部屋に向かってドカドカと大きな足を立て
    『怒っています』と表現しているかのような勢いで
    その上官はエルヴィンの部屋の前までやってきた。

    「そこの二人!もう1時間も経っておるぞ!まだ決まっていないのか!」

    しかも、いきなりエルヴィンの部屋の前で怒鳴り散らし始めた。

    「まぁ、まぁ…」

    ハンジがなだめるが、中の二人のことを気遣い小さな声でいうと、

    「え?何か言ったか?聞こえんぞ?」

    その小さな声がさらに火に油を注いだ。

    「さっきから、騒がしいが、何があった?」

    突然、眠そうな顔のエルヴィンがドアの開け3人に声を掛けた。
    ミケとハンジはエルヴィンは『寝ぼけている振り』をしているのがわかった。
    いつも人前では険しい顔のエルヴィンが、
    眠そうな顔を特に上官の前ですることはほとんどなかったからだ。
    エルヴィンはその上官から提出期限について聞くと、
    翌日の早朝だったために『それまでに提出すると』言い切り、
    そのうるさい上官は信用しているエルヴィンのことだからと
    これ以上は何も言わず帰っていった。
  114. 114 : : 2013/10/08(火) 11:00:33
    「二人もそういうことだから、明朝またここにきたらいい」

    エルヴィンは二人を部屋に入れず、
    そのまま帰そうとドアをしめようとするが、
    ミケが足先でそれを阻止した。

    「オレは『第三者機関』のようなものだ。しかも奉仕で。
    今からでいいじゃないか?
    朝からなんて割りに合わない」

    というものの、実際は部屋の様子が気になって仕方なかった。

    「そうだよ!ミケに悪いよ!」

    ミケに賛同するハンジは同じ思惑で、
    顔がニヤケてしまうのは隠せなかった。
    エルヴィンはほとんど押し切られるように入室を許可した。
    二人とも満面の笑みで入っていくが、
    そのソファーにはミランダの姿はなく、
    しかし…彼女の赤いショールがソファーの背もたれにかかっていた。
    ハンジはいち早くそのショールを見つけると、
    会議用のテーブルについても目線がそこから離れなかった。
    ミケもきっとミランダはエルヴィンの寝室にいるだろう想像すると、
    ニヤけていたのだった。
  115. 115 : : 2013/10/08(火) 11:02:51
    「二人とも、集中できないなら明日でいいか?」

    エルヴィンはミランダのことが気になることと二人の態度で苛立っていた。

    「いやいや、エルヴィン!真面目にやります!」

    ハンジは『巨人研究班』の必要性は十二分に理解していたので、
    どうにか気持ちを入れ替えて
    必要な物資や材料について意見し始めた。
    実際にミランダはエルヴィンの寝室にいてた。
    外が騒がしくなった瞬間、二人は目を覚ますと、
    エルヴィンは急いでミランダを抱き上げて、
    自分の寝室のベッドに寝かせたのだった。
    そして、ミランダはエルヴィンのベッドの上で
    毛布に包まり隠れているつもりでいたのだった。

    ・・・大丈夫かな?エルヴィン・スミス…

    ミランダはエルヴィンのことを心配していたが、
    その毛布からはエルヴィンの匂いがすると、
    彼に包まれている感がして、
    その安心感からかふたたび眠りに付いた。
  116. 116 : : 2013/10/08(火) 11:03:09
    結局、3人は数時間後は見積書を作成を完成させた。

    「あーあ!疲れた!エルヴィン!今日はここに泊まってっていい?」

    ハンジは背伸びをしながら
    冗談半分で言うが、エイルヴィンの目は怒りで満ちていた。

    「もう、帰れ」

    そう冷たく低い声で言われると、二人は退散していった。
    ドアが閉まると、ハンジはすかさずドアに耳をあて様子を伺うが、

    「ハンジ、もう帰るぞ。この兵団本部にいちゃ、なかなか二人っきりになれない」

    「それもそうね…今日は面白いもの見たなぁ!二人ともおやすみ!」

    二人は子供のように目を輝かせて帰っていった。

    「疲れた…やっと帰っていったか」

    思わず声に出したエルヴィンだが、
    寝室のミランダの様子を伺うため、ドアを静かに開け
    近寄ってみると、毛布に包まって寝息を立てていた。
  117. 117 : : 2013/10/08(火) 11:03:40
    ・・・よっぽど、疲れていたんだな…おやすみ

    エルヴィンはミランダにキスをするが、そのまま起こしてしまった。

    「すまない、起こしてしまった」

    「ううん、大丈夫。だけどもう夜中になちゃったね。帰らなきゃ」

    ミランダはベッドから降りようとするが、エルヴィンはそばに座り、

    「今日は泊まっていけ」

    照れくさそうに言い放った。

    「え?いいの?」

    ミランダはほほを赤らめ、毛布で顔を隠した。
    そしてエルヴィンはミランダの肩を抱くと、彼女も寄りかかった。

    「夜中だと本部内は冷える。移動中に風邪でも引いても大変だ」

    「私がそんなに弱々しく見える?」

    「あぁ、今のミランダはそう見える。こんなに細くなって」

    エルヴィンはミランダの手を握ると、指を絡ませた。

    「確かに…痩せちゃったかもね。でも出会った頃に比べたらどうだろ?」

    エルヴィンはミランダの全身を見ては

    「あの頃に比べたら、肉付きはよくなったな。やっぱり年齢の…」

    「もうエルヴィン・スミス!相変わらず!」

    ミランダがエルヴィンに怒った振り素振りをしてほほを膨らませると、

    「もちろん、冗談だよ」

    エルヴィンはそういいながら、ミランダのおでこにキスをした。

    「まだ仕事が残っているから、続きをしてくるよ」

    エルヴィンは立ち上がって寝室を出ようとすると

    「私はソファーで横になろうかな」

    「どうして…?」

    「だって…そばにいたい」
  118. 118 : : 2013/10/08(火) 11:04:00
    エルヴィンはミランダの素直な気持ちを感じ、
    そしてその潤んだ瞳を見ると、ふたたびベッドに座った。

    「どうしたの?」

    ミランダが不思議そうにベッドに座るエルヴィンを見つめると、

    「仕方ない。俺もここで寝る。その代わり明日は早起きだ。
    あいつらがまたくるかもしれない」

    エルヴィンはミランダと一枚の毛布で包まってベッドにもぐりこんだ。
    そして横になると向かい合わせになり、
    エルヴィンはミランダの背中を押し自分の胸元近くまで寄せた。
    ミランダは心臓の鼓動がエルヴィンに聞こえてしまいそうなほど、
    その胸の高鳴りは止まらなかった。

    「おやすみ…ミランダ」

    「おやすみ…エルヴィン・スミス」

    エルヴィンは目を閉じるがミランダの寝息を確認すると、
    また目を開け、天井を見つめていた。

    ・・・今日ほど自分の感情のままに生きたことはない…が、
    この安堵感は何事にも変えられない。
    調査兵として責任ある立場では一人の女を
    幸せにはできない。すまないミランダ。
    それでも明日のことを考えずに無責任に
    今はそばに居て欲しいとは、なんて…男だ、俺は

    エルヴィンはミランダの幸せそうな寝顔を見つめると、
    そんな罪悪感でいっぱいだったが、
    ミランダの方はこれ以上ないほどの幸福感を味わっていた。

    「…また今度…な、おやすみ」

    エルヴィンは寝てるミランダに向け意味深な顔をすると、
    寝顔に軽くキスをするとそのまま眠ることにした。
  119. 119 : : 2013/10/09(水) 00:09:54
    ⑪情愛(2)

    翌日。高窓から朝を知らせる光が入ってくると、
    その明るさでミランダ・シーファーは目覚めていた。

    「久しぶりによく寝たぁ」

    ミランダはあくびをしながら、全身を伸ばし、
    目を開けると、いつもの自分の部屋では
    ないことのにすぐ気がついた。

    「あれ?ここは??…あぁ、そっか…」

    思わず口に出てしまったが、
    そこはエルヴィン・スミスの部屋ということを
    改めて思い出すと、嬉しさと恥ずかしさで頬を紅潮させた。
    そして、ミランダはすぐに自分の体を
    手のひらで触り何やら確認していた。

    「何も…してない…よね、キス以外は」

    体に触れながら、ホッとしたような、残念のようなそんな顔をしていると、
    エルヴィン・スミスが寝室に入ってきた。

    「おはよう、ん?自分で体触って、ボディチェックでもしてるのか?」

    「あ、おはよう・・ううん、何でもない」

    ミランダは照れながら、返事すると、
    そのままベッドから降りて毛布をたたみ、
    ベッドに置くとそのまま寝室から出てきた。
    エルヴィンはすでにシャツの襟を正し、
    ジャケットを羽織り身なりは万全だった。
  120. 120 : : 2013/10/09(水) 00:10:48
    「あれ?エルヴィン・スミス、今朝は早いの?」

    「あぁ、朝から提出しなければならない書類がある」

    「そっか、忙しいんだね!私も、もう失礼するね」

    「あぁ・・」

    ミランダがドア付近まで行くと、エルヴィンは寂しげな表情を見せると
    ドアのそばでソファーの背もたれに忘れていったショールを渡した。
    そしてミランダはそのショールを羽織ると

    「そんな、寂しい顔したら、帰れなくなるでしょ!」

    冗談っぽく、ミランダが言うとエルヴィンは彼女の腰に手を回した。

    「あぁ…寂しくなるな。なぜだか」

    「もう…そんなこと言われたら…。それから、私の休み、今日までなんだ。
    明日からちゃんと復帰できるよ。だんだん元気になってきたし!」

    エルヴィンは嬉しそうな姿のミランダを抱きしめると

    「よかった…また、これからもよろしくな」

    「うん、こちらこそ…ありがとう」

    「なぁ、ミランダ…」

    「何?」

    「今夜もここに来ないか?」

    「え?」
  121. 121 : : 2013/10/09(水) 00:11:32
    ミランダは驚きの声を上げるとともにエルヴィンの顔を見ると、
    エルヴィンはミランダから目をそらし、照れくさそうな表情をしていた。

    「エルヴィン・スミス、こっち向きなさいよ!」

    ミランダはエルヴィンのジャケットの両襟元を引っ張り、
    強制的に視線を合わせさせた。

    「わかった…またくるからね」

    ミランダも顔を赤くして、照れながら言うと、
    エルヴィンのキスのほほにキスをした。
    そして、帰ろうとドアノブに手をミランダが手を伸ばすと、

    「ムリはしなくても…」

    エルヴィンが顔を赤くして照れていると、

    「ムリなら、来なくてもいいの?」

    振り返ってイタズラっぽく笑った。

    「来い!」

    エルヴィンは間髪入れずに必ずまた来るよう促した。
    そして、早い時間だと誰かが来るかもしれないからと(特にあの二人)
    夜中に近い時間に来る伝えた。
  122. 122 : : 2013/10/09(水) 00:13:08
    ミランダは自室に戻るため、廊下を歩いていると、

    「まさか、こんな日が来るとは…私とエルヴィン・スミスが…」

    ミランダは顔を赤くするもその全身は幸せで満ちていた。

    「ねぇ、ねぇ?ミケ!あの二人まだ部屋にいるかな?」

    「さすがにもうミランダは帰ってるじゃなないのか?」

    「えーっ!おもしろくない!」

    ハンジ・ゾエはふくれっ面をしてしまったが、
    その受け答えの相手はミケ・ザカリヤスだった。
    二人は昨晩の『巨人研究班の予算見積を最終チェックする』
    という建前で朝からエルヴィンの部屋に向かっていたが、
    本当は二人の様子が気になっていたからだった。
    しかし、ハンジの思惑ははずれ、ミランダはすでに去ったあとだった。
    またハンジ一人で行きたがったが、やはりすぐ顔に出てしまうために
    ミケを強制的につき合わせていたのだった。

    「エルヴィン、入るぞ」

    ミケがノックをすると、

    「あぁ、入れ」

    エルヴィンは即答して部屋に招きいれた。

    「おはよう…あれ?」

    ハンジは予想外にドアを開けさせるのが早かったため拍子抜けをしてしまった。

    「おはよう。ん?二人とも昨日の予算見積に何か問題でも?」

    エルヴィンは自分のデスクに座り、
    様々な資料や書類に目を通しながら答えた。
    ハンジはソファーに視線を向けると、
    ミランダのショールがないことに気づきがっかりしていた。

    「あ、えっと…もう一度、見積書をチェックしてもいいかな?」
  123. 123 : : 2013/10/09(水) 00:14:03
    エルヴィンは顔を上げ、

    「何か削って欲しいのでもあるのか?あれは完璧に仕上げた」

    ゆっくりと、あえて威圧感のある低い声で答えた。
    ハンジは慌てふためいて、首を横にぶんぶんと大きく振った。

    「いえいえ、滅相もない!削るのは『巨人のうなじ』だけにしてください!!」

    それを聞いたエルヴィンの目はまるで
    戦闘態勢に入ったときのような厳しい目つきになり

    「おまえは…朝からそんなくだらないことを言うためにここに来たのか?」

    「とんでもない!!我々は退散します!」

    「『我々』って、俺もなんか同罪みたいなんだが?」

    「ごめん、ごめん、もう帰ろうよ!」

    ミケは共犯者にされたようで、不機嫌になったが、
    ハンジは彼のの背中を押して部屋から出て行った。

    「ミケも…ご苦労だな」

    エルヴィンから思わず深いため息がもれた。
    そしてミケは廊下を歩きながら頭をかき、
    呆れた顔でハンジを見ていた。

    「いやぁ~、ごめんね、ミケ。まさかエルヴィン、
    あそこまで怒ると思わなかったから」

    ハンジは申し訳ないような表情でミケを見て謝った。

    「だけど、どうしてそんなに、気になるんだ?」

    「あぁ…ミランダは、
    親友のヴィッキーを亡くして、どうしょうもなく落ち込んで、
    どうにか立ち直ったけど、たまに見かける
    エルヴィンの冷酷な行動や発言に
    せっかくふさがり始めた傷を
    また開くようなことにならないか、気になってね…」
  124. 124 : : 2013/10/09(水) 00:14:43
    「一理ある…な」

    エルヴィンは悪気はなくても、
    オブラートに包まずストレートの物言いのところがあったが、
    ミケはもうそれは日常のことなので、特に気にしていなかった。

    「それにさ…」

    ミケはハンジのその顔を見ると、目が爛々としてちょっと引き気味に驚いた。

    「あの堅物のエルヴィン・スミスが恋してるんだぞ!
    観察しないわけにはいかないだろ!
    今じゃ、巨人に次の私の興味の対象だ!!」

    「おまえ、、それはなんと悪趣味…」

    「それにさ、ここは娯楽もないし、
    いつ死ぬかわからないそんなところだよ。
    何か楽しみがあってもいいよね?」

    ハンジは最後にはミケに笑みを浮かべて返事した。

    「おまえ、一体どれが本当の顔なんだ?
    確かに…ここには楽しみがないからな」

    ミケは鼻で笑うと

    「わかった。たまには俺も付き合うよ!」

    「あぁ、よろしく…いひひぃ」

    「その不気味な笑いはやめろ」

    ミケは三日月の半円部分が上になったような目をしたハンジに
    さらに不気味さを感じ、二人は朝の訓練に向かった。
    一方、エルヴィンは予算の見積を提出しに行くと、
    それを目を通した上官からは何にも問題はないと判断され、
    すぐに予算が下りるだろう太鼓判を押されていた。
    ちなみにいつもエルヴィンが作成した書類ほぼ完璧で、
    ほとんど一度で通る内容が多かった。
  125. 125 : : 2013/10/09(水) 00:16:36
    ミランダは自分の部屋に戻ると、
    しばらく袖を通してなかった制服を
    翌日の復帰のために整えていた。
    そして、親友のヴィッキー・クロースの形見でもある
    『髪の毛を結ぶ皮ひも』を見ては
    制服のジャケットの内側の胸ポケットに入れると、
    そのままハンガーに掛け、
    クローゼットの一番取り出しやすい位置に保管した。
    そしてベッドに座ると、ヴィッキーのことを考えた。

    ・・・ヴィッキー…ごめんね。あなたを失ったばかりなのに、
    こんなに私はエルヴィン・スミスに夢中になってる

    ミランダは涙ぐむとベッドに横になると、深く寝入ってしまった。
    そして気がつくと夕方になっていた。
    ミランダは夕食のために食堂に行くと、
    遠いテーブル席でエルヴィンがいることに気づいた。
    目が合うと顔が赤くなりそうで、
    急いで食事を済ませあっという間に食堂をあとにした。
    その様子にいち早く気づいたのは
    エルヴィンと同席していたハンジだった…。

    「あれ?今のミランダじゃない?急いでどうしたんだろね?」

    エルヴィンはあえて無視した。
    そしてエルヴィンも急いで食事を済ませ、立ちながら

    「今日は疲れた。明日も訓練があるから、早寝する。
    おまえら、今夜は俺の部屋にくるんじゃないぞ」

    その場にいたミケとハンジをにらむと、食器を片付け自室へ向かった。

    「なんで、俺まで」

    「『来るな』と言われたら、行きたくなる人間の性!」

    エルヴィンがミランダを真剣に思っているのなら、
    そっとしておきたいのだが、
    ある意味ミケは自身は『ハンジの暴走を止める役目』もあるかもしれないと
    ふと思ったのであった…。
  126. 126 : : 2013/10/09(水) 22:57:26
    *第⑫情愛(3)章には「大人の表現」が含まれます。
  127. 127 : : 2013/10/09(水) 22:57:47
    ⑫情愛(3)

    ミランダ・シーファーは食堂をあとにすると、
    一人で一般兵共同のシャワールームにいた。

    ・・・今夜は…

    少しでもエルヴィン・スミスのことを考えると、
    身体が火照るのがわかった。

    ・・・普通にしてよう

    ミランダは身体を丁寧に洗うと、急いで自室に戻り、
    お気に入りのシャツに着替えていた。
    調査兵である以上、荷物はいつも最低限のものしかなかった。
    制服以外の洋服は数着程度、
    すべての荷物は手荷物として持てる程度だった。
    やはり死後、残された仲間たちが遺品を
    片付けやすいようにと、自然にそういう習慣が出来ていた。
    誰も強制するわけでもないが、
    仲間の死を目の当たりにしていくと、
    自分の荷物をどんどん減らしていく兵士たちが多かった。
    そして、約束の時間になると、
    静かに自分の部屋を出るとミランダはエルヴィンの部屋に向かった。
  128. 128 : : 2013/10/09(水) 22:58:04
    「ミランダ、入れ」

    エルヴィンはミランダがドアをノックしたのを確認すると
    照れながらミランダを招きいれた。
    そして、ミランダも恥ずかしくて、
    エルヴィンと目が合わせられないままでいた。
    二人はソファに座ると、
    他愛もないことを話すとすぐに無言になってしまった。
    居た堪れなくなったミランダは

    「紅茶でも入れようか?」

    立ち上がろうとすると、
    エルヴィンはミランダの手を引き後ろから抱きしめた。
    そしてミランダもその腕をつかむと、エルヴィンは耳元でささやいた。
  129. 129 : : 2013/10/09(水) 22:58:19
    「そばにいてくれ」

    ミランダはその言葉で振り向きエルヴィンに抱きつくと、
    そのままソファーへ倒れ込み、
    ミランダがエルヴィンの上になるような体勢になった。

    「ミランダ…大胆だな」

    「もう…バカ」

    照れて顔を赤くしているミランダがエルヴィンは愛おしくてたまらなくなった。
    エルヴィンはそのままミランダを抱きかかえ寝室のベッドに寝かせると、
    自身も一緒に横になった。ミランダの潤んだ瞳、そして自分を愛しむように
    見られると、優しく、そして普段は出さないような甘い声ささやいた。
  130. 130 : : 2013/10/09(水) 22:58:40
    「いいよな?」

    ミランダは何も言わず、ただうなずくだけだった。

    「やさしくし…」

    ミランダの願いの途中から、エルヴィンはまるで遮るようにキスをした。

    「俺が…やさしくすると思うか?」

    「お願い…」

    ミランダはエルヴィンにキスをされ濡れた唇でもう一度、お願いした。

    「もちろんだ、ミランダ…」

    エルヴィンはミランダに軽く優しいキスをしてその顔を見ると、
    今まで見たことのない、色気がありそして艶っぽい表情をしていた。
    そして、何度も何度も…お互いの唇が離れないような苦しいくらいのキスをした。
    ミランダのシャツに手を伸ばすと、恥ずかしそうな姿をするのをよそに
    ボタンを丁寧に一つひとつ外していた。最後の一つ外すと、

    「恥ずかしい・・」

    そういいながら、ミランダは両腕で腕組みするように自分の胸を隠した。

    「大丈夫だよ…」

    エルヴィンは優しくゆっくりと、
    ミランダの両腕を払いのけると組み敷き、
    繋いだ互いの両手は指を絡めていた。
  131. 131 : : 2013/10/09(水) 22:59:04

    「ミランダ、キレイだよ…」

    エルヴィンはミランダの唇にキスしながら、
    それはだんだんと下へ下へと移動していった。
    ミランダはエルヴィンの唇だけでなく、
    その大きく力強い手が優しく自分の身体を触れるたびに
    恥ずかしさでいっぱいで硬直していた身体が
    その優しさで力が抜けていき、
    身体の芯から潤い火照っていくのがわかった。

    「エルヴィン…あ…んん…」

    「そんなかわいい声出されると…参るな」

    ミランダはエルヴィンにされるがままに身をまかせていると、
    自然に甘美な声がその口からもれていた。
    そしてエルヴィンの顔が自分の胸元にあること確認すると、
    離したくない一心で抱きしめていた。
    そしてその『痛み』を受け入れたとき、
    ミランダは初めはシーツを握ることしか
    出来なかったが、エルヴィンの波打つ優しさが
    『甘い心地よさ』へ変化していく感覚を味わっていた。
    そしてエルヴィンもミランダが見せる苦悶の表情や
    少し開いた唇からもれる甘く苦しそうな息遣いを目下にすると、
    ミランダが愛おしくてたまらなかった。

    「エルヴィン・スミス…よかった…よ」

    エルヴィンとの『甘い行い』を終ると、
    毛布を顔半分隠し、恥ずかしそうに一言つぶやいた。

    「俺も・・」

    エルヴィンはミランダを抱き寄せると、頬にキスをした。

    「…その痛みは…?」

    「…うん…大丈夫だ…よ…」

    「ミランダ…ごめん」

    エルヴィンはミランダを優しく抱きしめた。
    ミランダは『その痛み』をエルヴィンを
    受け入れた代償の『幸せな痛み』としてとらえていた。
    そして二人はその余韻にしばらく酔いしれていた。
  132. 132 : : 2013/10/09(水) 22:59:26
    「エルヴィン・スミス…」

    ミランダがエルヴィンの名前を優しくそして、そっとささやくと

    「ん?」

    エルヴィンはミランダの潤んだ瞳を見つめた。

    「好き…」

    「知っている」

    エルヴィンはイタズラっぽくミランダを見て笑みを浮かべ肩を抱き、
    何度もキスしたために赤く火照ったその唇に優しくキスをした。
    そして余韻は続いたままエルヴィンは優しく話しかけた。

    「ミランダ、明日から復帰だ。今日はもう寝るぞ」

    「うん…おやすみ…」

    二人はあるがままの姿で毛布に包まり
    エルヴィンの腕の中でミランダは朝を迎えた。

    エルヴィンが目を覚ますと、ミランダはまだ寝息を立てて寝ていた。

    ・・・怖いくらい…愛おしい

    ミランダの乱れた髪を整えていると、彼女は起き出した。

    「おはよう…」

    ミランダはエルヴィンのほほに軽く頬にキスをすると、
    いきなり着替え出した姿に驚き、

    「え、もう帰る準備を…?」

    エルヴィンは手を止めてしまうが、ミランダはニッコリ微笑んだ。

    「だって…今日から復帰だから。
    今までみんなに迷惑かけちゃったし、頑張らなきゃ」

    「ムリはするな」

    「うん、ありがとう」

    「それから…」

    「何?」

    「できるだけ、夜は一緒にここで過ごして欲しい」

    「うん!」

    ミランダは目をキラキラと輝かせると、エルヴィンをギュっと抱きしめた。
    そしてしばしの別れのキスをしてミランダはエルヴィンの寝室から
    自分の部屋に戻っていった。
    『夜は一緒に過ごして欲しい』とまさか
    自分の口から出るとは思わなかったために自分でも驚いていた。

    ・・・ミランダとは先のことを考えずに、ただ今を過ごせたらそれでいい
  133. 133 : : 2013/10/09(水) 22:59:42
    心の中でそう思うと、エルヴィンも上官専用のシャワールームへ行き
    汗を流すと身支度を整え、
    そのままその日の予定の訓練場へ出て行った。
    ミランダは1週間休んで、久しぶりに訓練場にあらわれると、
    元気になって戻ってきた姿を見ると、皆は復帰に喜び感激した。
    『よかった』という声があちこちから聞こえると、
    ミランダはエクボの微笑を絶やさずにいた。
    皆と立体起動装置の訓練に励んでいると、
    ときどき感じるその『幸せな痛み』に、
    エルヴィンと過ごした『証し』のようで嬉しくも感じていた。

    しばらく壁外遠征もないため、二人は時間が許す限り、
    夜は一緒に過ごしていた。
    エルヴィンはミランダと一緒にいると、人にも自分にも厳しい性分を
    あるがままの自分にも戻してくれると感じていて、
    またミランダを離したないという気持ちも
    一緒に過ごす毎に強くなっていった。
    時々、ハンジ・ゾエが手作りの『聴診器』を使い
    『巨人に使う前に実験を』
    という独自の解釈のもとにドアで聞き耳を立てていたが…
    しかし実際は入り口のドアから寝室までの音は遠すぎて聞こえなかった。

    そして…エルヴィンのその感情から
    ミランダにとってまさかの大事件が起きた。
  134. 134 : : 2013/10/10(木) 22:28:26
    ⑬情愛(4)

    その日。
    エルヴィンが談話室に入ると、テーブル席でミランダと、
    彼よりも役職が上でかなり年上の上官と
    楽しそうに談笑している姿を見つけた。
    日に焼けた顔で眼光がするどく、目元のたくさんのシワのある顔が
    普段は笑顔も見せないのにミランダとは笑いながら話していた。
    二人を見ていると遠くから何を話しているのかわからないが、
    エルヴィンは例えようがない、心がチクチクするような痛みのような、
    怒りのような感情を覚えた。

    ・・・何なんだ?この気持ちは

    ミランダが他の男と楽しそうに話している姿を見て
    こんな気持ちになるなんて、エルヴィン自身も驚いていた。
    そして二人が話し終えると、その談話室ではたまたま
    ミランダとエルヴィンの二人だけになった。
    そのためミランダがエルヴィンの元へ駆け寄ってくると、

    「ミランダ…ちょっとこい」

    エルヴィンはミランダの強く手首をつかみ無理やり自室に向かった。
    人の気配がすると、手を離してしまったが、ミランダは彼の怒りの
    理由がわからないまま、後ろ付いて行くだけだった。
    部屋に入るとエルヴィンは振り向きざまに

    「おまえは、他の男にも…ああやって、笑って話すのか?」

  135. 135 : : 2013/10/10(木) 22:28:57
    エルヴィンは声を荒げてミランダにその感情をぶつけた。

    「エルヴィン・スミス、何のこと?」

    「他の男もこんなことされたいのか?」

    エルヴィンは無理やりミランダの制服のジャケットを脱がし、
    シャツのボタンを外そうとするが、強く激しく抵抗し、
    そしてミランダが思いっきりエルヴィンの頬を強く叩くと、
    その場でしゃがみこんだ。

    「いや…!エルヴィン・スミス・・どうしてこんなことするの?」

    「おまえが…」

    「何のことだかわからない…!
    あなたを嫌いになりたくないから、こんなこと止めて!」

    ミランダは涙ながら自身の身体を抱え訴え、そして
    憎しみがこもった目で睨まれるとエルヴィンは我に返った。
    いつもはを愛しむような眼差しを注いでくれるのに、
    こんな目を見たのは初めてだった。

    「ミランダ…ごめん、俺は何てことを」

    その場で立つ尽くすエルヴィンをよそに
    ミランダはジャケットを取りそのまま逃げるように部屋から出て行った。
    その出て行く光景を見ていたのはハンジだった。
    ハンジは最近仕上げた壁外遠征で使えそうな道具の試作品を
    エルヴィンに品定めをしてもらうために
    彼の部屋に向かっていたのだった。
  136. 136 : : 2013/10/10(木) 22:29:14
    ・・・あの二人に何が?

    ハンジは手に持っていた道具を入れていた箱を落とし、
    そのままエルヴィンの部屋へノックもせず、
    ドアを蹴飛ばすように開けると大声で怒鳴りつけた。

    「エルヴィン!!てめー!ミランダに何しやがった!!」

    エルヴィンはハンジに背を向けながら、窓から外を眺めていた。

    「何のことだ…?」

    エルヴィンはいつものように何事もなかったように繕っていたが、
    心では激しく動揺していた。

    「今、ミランダが走って出て行ったぞ、何があったんだよ!」

    ハンジはエルヴィンのデスクの近くによるも、
    彼はあえて冷静な口調で話し続けた。

    「君は今、新しい武器の開発などで忙しいだろう。それを…ん?」

    エルヴィンは窓から眺められる馬小屋を見下げてみると
    そこにはあの上官が新しい馬の手綱を引いていて、そして
    その前を走ってきたミランダ・シーファーが立ち止っている姿が見えた。
    その馬は最近、調査兵団に連れてこられたばかりでエルヴィンも知っており、
    体格はいいのだが『あばれ馬』で誰にも懐かない、
    ということで問題児(馬)だったのだ。
    その上官が馬の手綱を引いているが、手こずる数人の兵士も
    見守っているのにも関わらず、ミランダが頭をなでると、
    落ち着いきて、自ら頭を差し出していた。
  137. 137 : : 2013/10/10(木) 22:29:49
    「なんて馬だ…そうだ!」

    エルヴィンはハンジを振り切り、
    急いで自室から出ようとするするが、
    静止しようと彼の前で立ちふさがった。

    「エルヴィン、話は終ってないぞ!ん…?ん?」

    怒りで満ちているはずのハンジは
    エルヴィンの顔を見ると、笑いそうになった。

    「なんだ?俺は急いでいるんだ!」

    「何その頬?虫歯?」

    エルヴィンは顔を触るとミランダにぶたれた左頬が
    赤く腫れているとに気づくが、彼はさすりながら、

    「…あぁ、虫歯だ。とにかく急用が出来た」

    伏し目がちになりながら、顔をさらに赤らめ慌てて
    出て行こうとすると、またそこに現れたのは
    ミケ・ザカリヤスだった。
    その手にはハンジが置いていった試作品が入った箱を持っていた。

    ・・・まったく、どいつも、こいつも…

    「ミケ、すまん。急用がある」

    エルヴィンは行く手を邪魔するものが多いことに、
    苛立ちながらも出て行った。
  138. 138 : : 2013/10/10(木) 22:30:30
    「エルヴィンのあの顔…何だ?」

    「あぁ、たぶん、ミランダにぶたれたんだと思う」

    「え?あの二人、何があったんだ?」

    「わからないけど、さっきミランダが
    ここから飛び出していくのを見たんだ。
    ミランダ、何があったのかな…」

    ハンジは心配していたが、ミケはあえて冷静な態度をとり
    彼女に持ってきた箱を渡した。

    「ほら、お前が作った大事な作品だろ。
    何か手伝いが必要なら言ってくれ。
    それに…どんなに愛し合っていても
    衝突は起きるだろう。俺たちはあの二人を見守るしかないな」

    「うん…ありがとうミケ。
    自分たちはあとどれくらい生きられるかわからないから
    あの二人のケンカは見たくないな…」

    「確かにそうだ…でも、エルヴィンのあの慌てよう、
    長い付き合いで初めて見た」

    そういいながら、二人は笑い合い、
    そしてエルヴィンに試してもらうはずだった
    試作品のチェックをミケにハンジは依頼することにした。
  139. 139 : : 2013/10/10(木) 22:36:00
    ⑬情愛(5)

    エルヴィン・スミスは足早に馬小屋まで行くと、
    すでにミランダ・シーファーそこから去っていて、そのかわりに
    あの上官と、兵士たちが問題児の『あばれ馬』と格闘していた。
    すると上官がエルヴィンを見つけると安堵な表情を見せ、

    「エルヴィン!すまないが、こいつを何とかしてくれないか」

    その馬は最近、調査兵団本部に連れてこれたばかりの栗毛の若馬だった。
    前足を何度もあげるようなしぐさをするが、上官が手綱をどうにか
    エルヴィンに渡すが暴れることにはあまり変わらなかった。

    「落馬に注意せねば…!」

    上官は冷や汗で、エルヴィンに注意を払うよう言うが、
    暴れ馬の背中に彼は無理やり乗った。
    どうにか手綱を引くと大人しくなったが、
    時々後ろ足でけるしぐさをすると、
    見守る兵士たちも、ただただ後ずさりするだけだった。

    「少し、このあたりを走って慣らしてきます」

    「うむ、わかった、よろしく頼む」

    『馬を慣らす』という幸運な口実が出来たエルヴィンは
    馬に乗ってミランダを探すことにした。
    自室の窓から暴れ馬を見たとき、
    『自分が馬を慣らすから』という理由を
    上官に伝え借りるつもりだった。
    誰にも懐かない馬がミランダに懐くとは、
    『もしかしてミランダと自分との間に立って
    仲を取り持ってくれるかもしれない』と
    咄嗟に思いつた考えだったが
    思ってもない幸運が向こうからやってきた。

    「予想外だったが、すぐに借りられて助かった…うわぁ!」

    途中で止まったり、振り落としそうになる動作をするが、
    これも『馬を出しに使う』ことのエルヴィンにとっての代償の
    ようなものだった。
    調査兵団本部の古城の裏手には騎兵隊の訓練場もあり、
    そこの柵にミランダは両腕を置きそしてその上に顔を乗せて
    ボーっと訓練の様子を眺めていた。
    だんだんと自分の後ろで馬が駆けてくのがわかったが、
    時々聞こえる叫び声がエルヴィンだと気づくと
    ミランダは後ろを振り向いた。
  140. 140 : : 2013/10/10(木) 22:36:30
    「ミランダ、うわぁ!」

    エルヴィンがミランダを見つけると、
    この馬は興奮して前足を大きくあげた。

    「大丈夫、大丈夫よ!」

    ミランダが優しく声を掛けると、落ち着いてきて近づいてきた。
    そしてやはり頭を突き出すしぐさをしてまるで『なでて』とでも
    言っているようだった。

    「よし、よし…いい子だ」

    ミランダは優しく馬をなでていたが、
    まぶたを腫らし、泣いていた様子だった。
    しかし、馬を撫でると少し落ち着き
    少しだけ笑顔が戻ってきた様子だった。

    「ミランダ、この馬を今から慣らさないといけない。
    命令だ、後ろに乗れ」

    エルヴィンはミランダに『命令』を理由にして馬に乗るよう伝えるも、

    「…拒否します」

    怒りに満ちた目で即答しエルヴィンを見つめると、
    まだまだ馬は暴れ、困っていた。

    「お願いだ、ミランダ…この馬はおまえのことを気に入っているらしいから、
    おまえならどうにかできると思う」

    エルヴィンはミランダに対しての命令を『お願い』に変えていった。
    馬の頭をなでながら、ミランダはうつむきながら、
    無言のままに後ろ側に乗ることにした。
    ミランダが乗ると、その馬は少し落ち着いたようで大人しくなってきた。
    そして、そのまま走らせると、
    エルヴィンはこの騎兵訓練場の裏手にある山に向かった。
    ミランダは兵士が回りにいなくなってきたことを
    確認するとエルヴィンの腰に手を回した。
  141. 141 : : 2013/10/10(木) 22:37:00
    ・・・エルヴィン・スミスはなんで、あんなことしたんだろう

    まだ怖さは残っていたが、迎えにきてくれたこともあり
    そしてだんだんと背中の温かさを感じると、複雑な気持ちになった。
    風の音や木々の葉がこすれるような音、鳥のさえずりが聞こえ、
    その音により次第にミランダも落ち着きを取り戻してきた。

    「ここが俺の好きなポイントだ」

    エルヴィンとミランダは馬から下りて、周りを見てみると
    そこには小さな滝があり、
    水が優しく落ちる音や風の音で癒されるような場所だ。
    エルヴィンは馬を幹が細い木に止めると、背中を撫でていた。

    「ミランダ…俺はとんでもないことをした、ごめん」

    エルヴィンはミランダのそばに近づきすぐに謝った。

    「うん…でも、どうして?理由を知りたい」

    ミランダは涙目で訴えた。

    「実は、談話室で他の男と話しているのを見ると、何と言うか…」

    エルヴィンは申し訳ない表情で顔を引きつらせ、
    しどろもどろになっていた。

    「え?さっき、話していたのは、この子が暴れて、
    今まで何人落馬させてきて…
    でも私には懐いているから、
    懐くコツを教えて欲しいとお願いされただけ」

    「えっ…」

    エルヴィンは目を丸くし、見開いてはミランダの話を聞くことにした。

    「で、そのコツは『笑顔で撫でてたら、落ち着いてくる』ってアドバイスすると、
    『この俺が笑顔で馬を撫でて笑ってら、不気味だな』って言うから、
    それでお互いに笑っていただけ…だよ」

    ミランダはあの上官とのやりとりの一部始終説明すると、
    エルヴィンはその場でへたれこんだ。
  142. 142 : : 2013/10/10(木) 22:37:49
    「なんで…たったこれだけのことなのに俺は…あんなことを…」

    同じようにしゃがみ、ミランダはエルヴィンの肩を優しくなでた。

    「エルヴィン・スミス…これって、もしかして『焼きもち』かも!」

    「え?俺が、焼きもちを?」

    エルヴィンは驚いて、ミランダの顔を見るとその顔は笑顔に戻っていた。
    そして、エルヴィンの手を握りると

    「そうだよ、エルヴィン・スミス!焼きもちやいたことないの?」

    「いや…ないような…あるような…」

    エルヴィンは顔を紅潮させて動揺しながら答えた。
    ミランダはエルヴィンの両手を握ると二人は立ち上がった。

    「ホント、怖かったよ。エルヴィン・スミスがどうかしちゃったかと思った」

    「あぁ…本当にすまないことをした。
    焼きもちとはいえ、とんでもないことだ」

    そういいながら、エルヴィンはミランダを優しく抱きしめた。

    「ホントにごめん…」

    「うん、もう二度としないでね」

    「わかった…」

    エルヴィンはミランダの頬を優しく撫でると、
    唇に優しくキスをしてもう一度抱きしめた。

    「きっと…誰にもおまえを渡したくないから、
    冷静さを失いあんな行動に出たと思う」

    「私は…エルヴィン・スミスだけのものだから」

    ミランダが潤んだ瞳でエルヴィンを見つめると今度は強く抱きしめた。

    「ミランダ…今夜、部屋に来ないか?」

    ミランダの耳元でエルヴィンがささやくと、
    彼女は顔を上げ、そして頬を紅潮させうなずくだけだった。

    そのミランダの照れた頬にキスをすると、一言つぶやいた。

    「誰かに見られているような気がする」

    「えっ?まさか、誰に?」

    ミランダは驚いた顔で周りを見渡すが、
    そこには人影はなかった。
  143. 143 : : 2013/10/10(木) 22:38:39
    ちょうどその頃、ハンジ・ゾエとミケ・ザカリヤスは壁外遠征で
    使えそうな試作品を調査兵団本部のバルコニーで試していた。

    「これね、レンズも最新のヤツで伸縮する部品とか付けたんだよ!」

    ハンジはミケに新作の自慢をして手渡すと、新しい望遠鏡だった。

    「これは小さくなって、かさばらなくていいな!どれどれ…」

    ミケが望遠鏡を手にとって調査兵団本部の裏手の山を見ると

    「あの遠い滝のところまでよく見える…?ん??あの二人?」

    「何なに??まさか、エルヴィンたちが?見せて見せて!」

    ハンジはミケから無理やり望遠鏡を奪うと、
    同じ方向を覗いてみた。二人の姿を見つけると、

    「うひょーー!ホントだ!皆が訓練しているのに抱き合うなんて、はしたない!
    これはハンジ様が一部始終見てあげなきゃ!チューしろ!チュー!!」

    ミケは興奮しているハンジから、望遠鏡を取り上げると、

    「こらっ!いい加減にしないか!」

    「いいじゃないか!あの二人を『見守る』と言ったのはミケだよ!」

    「おい…その『見守る』とは意味が違うぞ」

    ミケが呆れていると、またハンジは望遠鏡を奪い覗くことにした。

    「いいねぇ!お二人さん…だから、ちゅーを!!え?」

    「どうした!?」

    ハンジが驚いた顔をして声を上げると、ミケも驚いた様子を見せた。

    「…今ね…エルヴィンがこっちを見た」

    「まさか!こっちから肉眼でエルヴィンたちは見えないぞ!貸してみろ!」

    ミケはハンジから望遠鏡を受け取ると、
    確かにこちらを睨んでいるエルヴィンが立っていた。

    「あいつ…気配でも感じたのか?エリートだけじゃないな、さすが兵士だ…」

    ミケはエルヴィンのその勘の鋭さに驚くと同時に
    仲良く寄り添っている姿を見ては、安堵感を覚えた。

    「まぁ…一安心、ってことだな」

    「うん、でももう少し!でへへ」

    「こら、変な笑い方ももうやめろ!エルヴィンから大目玉くらって、
    とばっちりもくうのも俺なんだから」

    「わかるけど、もう少し…」

    二人はしばらくこんなやり取りをしていた。
  144. 144 : : 2013/10/10(木) 22:39:26
    そしてまた同じ頃、エルヴィンは調査兵団本部である
    古城の方角を睨みながら、ため息をついた。

    「まぁ…とにかく、ミランダ、もう帰ろう」

    「そうだね!」

    二人はミランダのおかげで落ち着いてきた若馬にまたがると、
    本部へ向かうことにした。

    「エルヴィン・スミス、この子ってホントに私が好きみたいだけど…
    馬と仲良くしても焼きもち焼くの?」

    「誰が焼くか!」

    エルヴィンはミランダの冗談を笑いながら答えたが、
    いつもの明るいミランダに戻ってホッと胸をなでおろした。
    ミランダもエルヴィンの行動にただ困惑し、恐怖に包まれたが、
    今回は…許すことにした。

    「それと…頬が痛いんだが」

    「え?虫歯できた?」

    「おまえな…」

    エルヴィンはミランダとのやり取りに
    幸福感を覚え馬を走らせていた。
    そしてエルヴィンが自室に戻ると、ハンジとミケが待っていた。

    「いやぁ~エルヴィン!いいもの出来たから、見て見て!」

    ハンジはエルヴィンに自慢の新作が入っている箱を見せた。

    「ふむ…色々作ったな。ご苦労、これなんかよく見えそうだな」

    そう言うと、あの望遠鏡をエルヴィンは手に取り
    二人を見てはニヤリとした。ハンジはひるんで、

    「そそ、そうなんだよ!ミケもよく見えるって言ってたんだ!」

    「ミケ、おまえも試したんだ?」

    「あぁ…エルヴィン、これは伸縮性があるし、便利だと思う」

    ミケはエルヴィンの意味深な問いに引きつりながら答えた。
    二人はまさに『ヘビに睨まれたカエル』のような状態になっていた。
    ハンジはエルヴィンにも試して欲しいと、部屋に試作品を置いていくと、
    さっさと出て行くことにした。

    「いやぁ…あいつ、怖ええ!」

    ハンジが思わず口に出すと、

    「また…とばっちりくらってしまった」

    ミケはそう言いながら深いため息をついた。
  145. 145 : : 2013/10/11(金) 22:35:36
    *⑭情愛(6)章には「大人の表現」が含まれます。
  146. 146 : : 2013/10/11(金) 22:36:09
    同じ日の真夜中い近い時間。
    『甘い行い』を終えた直後の
    ミランダ・シーファーとエルヴィン・スミスは
    彼の寝室のベッドで二人寄り添っていた。
    エルヴィンは昼間、上官にあの馬を返したとき、
    『その暴れ馬を慣らすコツが笑顔で接する』ということを
    ちょうど彼が説明していて、他の兵士たちが上官の笑顔を見ては
    笑いを堪えている姿がまた面白かった、という淡々と話していた。

    「笑っちゃ悪いよね!真剣なんだから!」

    ミランダは笑いながらそう言うと、

    「そうだな、でも見物だった。おまえにも見せたかった。
    それから…ホントに昼間はごめん」

    「事情がわかったら、いいよ…」

    エルヴィンは昼間、
    自分の『焼きもち』から出た行動にわびを入れると、
    ミランダは肩を抱き寄せれらた。

    「そんなに謝るなら、約束して欲しいことがあるの」

    「何?ああいうことはことはもうしない」

    「それもそうだけど…」

    「うん」

    「エルヴィン・スミス、あなたには生き抜いて欲しい」

    「もちろんだ」

    エルヴィンはミランダを抱いているその腕にさらに力を入れ、
    そして遠くを見るように天井を見つめた。
    何か考え深げの様子に気づいたミランダはエルヴィンの横顔を
    まじまじと見ていると、

    「実は次回の壁外調査が決定した。30日後だ」

    エルヴィンは力なく答えた。

    「え?ずいぶんと早いじゃない」

    ミランダが驚き上体を起こしてしまうほどだった。
    エルヴィンがミランダを促しもう一度ベッドに寝かせると

    「それから…明日から、壁外調査の前日まで、
    夜は作戦会議に充てられることになって、
    こうして…夜、二人で会うのも当分お預けだ…」
  147. 147 : : 2013/10/11(金) 22:36:43
    「うん…わかった。」

    ミランダはこれ以上、何も言えなかった。
    二人できりで会えない寂しさもあれば、
    『お互いに命を落とすかもしれない』と想像すると、
    エルヴィンの胸に手を置いて
    じっとするしかなかった。
    しばらく二人は何も話さずにいると、
    ミランダはあることを思い出した。

    ・・・ずっと聞きたかったし、今しかないかな…

    この雰囲気に居た堪れなく立ったため、
    その場の空気を変えるつもりでミランダは少し大胆な行動に出た。

    「ねぇ!エルヴィン・スミス!」

    「ん?…お、おい、何やってんだ!」

    エルヴィンは思わず驚きで笑みがこぼれたが、
    ミランダは起き上がると、毛布を羽織り、
    自分の身体を隠しながらも、エルヴィンの上にまたいだのだった。
    そしてエルヴィンの胸に両手の手のひらを置き顔を近づけ

    「ねぇ、あのとき…壁上のでの出来事なんだけど…」

    「あぁ、それがどうした?」

    「ゴンドラが地上に到着して、そこから離れた時、泣いてたでしょ?」

    「えっ?」

    エルヴィンが思わず声に上げたのは、
    まさか見られているとは思わなかったからだった。

    「なんで?ねぇ?正直に答えて!」

    「あの時は…覚えてない」

    「じゃぁ…」

    ミランダは身体を上げると、
    片手を頬にあてながら目線を上にあげ、
    また何かを思い出そうとしていた。

    ・・・今度はどんな質問が?

    エルヴィンは焦っていた。そして、
    ミランダは何かを思い出したかのように
    彼の顔にまた近寄ってはまじまじと見つめた。
  148. 148 : : 2013/10/11(金) 22:37:11
    「訓令兵時代、座学のとき、いつも質問ばかりして教官を
    困らせていたでしょ?他の人の話を聞くと、そうでもない日もあるって
    言ってたんだ。なんで?」

    ミランダはいたずらっぽく、笑顔でエルヴィンを見つめた。
    予想外の質問だったため、彼の目は丸々としていた。

    「あぁ…あのとき、もし、おまえが近くにいたら、
    気になって授業どころじゃなくなって…
    気を紛らすために質問や討論をしてたような…」

    エルヴィンは照れながらもそのときの気持ちを話した。

    「なるほど!あのときからすでに、私に夢中だったのね!
    じゃ、あの涙は私に対して素直になりたくても、
    なれない状況下に対する『悔し涙』だったのね!」

    ミランダは一人、うなずきながら何か納得している様子を見せた。
    エルヴィンはほぼ図星のようなことをいきなり
    ミランダに言われたために、面食らってしまった。

    「…おまえ!」

    自分を毛布に包んで目の前で、
    はにかんでいるミランダの姿がたまらなく愛おしく感じた。
  149. 149 : : 2013/10/11(金) 22:37:34
    「おまえがそうくるなら、俺は…こうだ」

    エルヴィンは上体を少し起こしミランダの腰をつかむと
    下へ下へとずらしていき、
    そして彼女の両手を握ると指を絡ませた。

    「エルヴィン・スミス、何、何??あ…もう…ん」

    ミランダの頬が紅潮し、身体の芯から火照ってきたのは
    エルヴィンが彼女に自分を感じてもらうよう導いた行動からだった。

    「…エルヴィン・スミス、、こんなことって…恥ずかしい」

    「それは、おまえが最初に始めたことだろ?俺にまたぐって…!」

    「いじわる…」

    ミランダはエルヴィンからの伝わる波が、
    体の芯からの火照りをさらに手助けさせるように感じていた。
    そして、だんだんと身体を覆っていた毛布が
    彼女の背中から落ちるとエルヴィンの目の前にはミランダの
    上半身があらわになった。
    高窓から射す月明かりに照らされ、
    光と影の中で少し汗ばみ妖艶な美を放つ
    ミランダがそこにいたのだった。

    「ミランダ、キレイだ…」

    「…あぁ、ん…んん…」

    ミランダは声にならない声をあげるしかなかった。
    これまでに頭の中が真っ白になってく感覚をエルヴィンから
    何度も与えられていたが、今回は今までとは比べ物にならなかった。
    そして、ミランダがエルヴィンを見上げる状態になると、
    その手に触れる彼の鍛えられ、引き締まった背中を感じては

    ・・・この手の感触を忘れたくない…

    ただただ強く両手でエルヴィンの背中に触れ、
    そしてうなじから髪の毛を指先に通して触ることしか出来なかった。
    エルヴィンは顔を紅潮させ、それでも
    自分のことを潤んだ瞳で見つめてくるミランダを求めながら、
    何度も何度もその唇にキスをした。
    そして少し開いたミランダの唇は甘くささやきながら、
    艶やかに輝いていた。
  150. 150 : : 2013/10/11(金) 22:38:01

    「今夜のエルヴィン・スミス…すごかった…」

    「おまえがそうさせたんだよ、ミランダ」

    エルヴィンは目を丸くして驚いているミランダをきつく抱き寄せた。
    そしてこのまま二人は横になっていると、
    先に寝息を立てたのはミランダだった。

    ・・・さすがに疲れた…か。おやすみ

    エルヴィンはミランダに優しく頬にキスをすると
    そのまま眠りについた。

    そして朝の光が高窓から入ってきても、
    二人はまだベッドから出られずにいた。

    「おはよう…エルヴィン・スミス」

    「ん…おはよう」

    ミランダはエルヴィンに寄り添いそして、彼は肩を強く抱いていた。

    「しばらくこの部屋に来れないと思うと寂しいな…」

    「俺もだ…」

    「うん…でも、もう起きなきゃ」

    ミランダは振り切るような気持ちで起きて帰る身支度を始めた。
    そして、その背中からエルヴィンは抱きしめながら耳元でささやいた。

    「今日から忙しくなるぞ、よろしくな」

    「こちらこそ、よろしくね」

    ミランダは振り返るとエルヴィンにそっとキスして
    そしてギュッと抱きしめると、後ろ髪を惹かれるようにそのまま
    自室へ戻っていった。

    ・・・壁外遠征がまたやってくる…明るい未来のため、人類のために

    ミランダは昨夜の『甘いひと時』を胸に秘め、一人の調査兵として
    また一歩前進しようという強い気持ちに切り替えていった。
  151. 151 : : 2013/10/11(金) 22:38:38
    ⑮壁の向こうへ

    エルヴィン・スミスはミランダ・シーファーが寝室から出て行った後、
    上官専用のシャワールームで一人汗を流していた。

    ・・・今回の壁外遠征は…これまでとも違い厳しいものになる。
    今ある不安を希望に変える案を搾り出さなければならない

    そして不安を打ち消すためかのように冷水を頭から浴び、
    心身を引き締めていた。
    今回の壁外遠征はエルヴィン考案の後に
    『長距離索敵陣形』と呼ばれる作戦が
    こらまでよりも最長距離で展開されること、
    そして、初の『巨人捕獲』ということが試みられるために
    彼は一抹の不安を抱えていたのだった。
    同日の午後、調査兵団本部内にある大会議室では、
    上官や、ベテラン兵である精鋭たちが集められ
    調査兵団団長が今回の壁外調査の主旨を説明していた。

    「巨人を捕獲する!?何のために?どういうことですか?」

    「ヤツを生きたままどうやって、連れて帰るんだ?」

    兵士たちからは怒号や質問が会議室では飛び交っていた。

    巨人の生態実験やうなじ以外の弱点を探したり、
    また様々な視点から実験を行い、今後の壁外調査や
    人類のためにすべて活かすことが必要であることを熱弁した後、

    「そこで、これまで多くの巨人に接してきた皆が、
    今までの報告にないような巨人の特徴など…
    どんな細かいことでも思い出したら教えて欲しい。頼む」

    調査兵団長が深々と兵士たちに頭を下げた。
    いつも厳しいだけの団長が頭を下げるとは、
    捕獲が初めてであるということもあり、同時に
    大変厳しいものであると、兵士たちが察するのに
    時間がかかることはなかった。
  152. 152 : : 2013/10/11(金) 22:39:11

    「…団長」

    「わかりました!俺が見たのは…」

    兵からは様々な巨人の特徴が語られ、
    それをメモしているのはハンジ・ゾエだった。

    「ほほう…こんな巨人もいたのか」

    ハンジは会議ということもあり、また
    『巨人研究班』創設後、初めての壁外調査であるため
    真摯に挑んでいた。

    「皆、ありがとう。心から感謝する。そこで、
    今回の『巨人捕獲班』の班員を発表する。エルヴィン、頼む」

    団長から促されエルヴィン・スミスが立ち上がった。

    「それでは『巨人捕獲班』の班員を発表する。
    団長、私、エルヴィン・スミス、『巨人研究班』の
    ハンジ・ゾエは我々の補佐になってもらう。
    そして、ミケ・ザカリヤス…」

    ・・・ハンジよかったね、これからの活躍が楽しみだ

    ミランダ・シーファーはテーブルの上で手を組んで、
    真剣な表情でメモをしているハンジを見ては微笑んだ。

    「…ミランダ・シーファー、以上が『巨人捕獲班』の担当だ」

    ・・・え、私も?

    ミランダは一瞬驚きのあまり、
    目を見開いたがすぐに気を引き締めた。

    ・・・私も全力を尽くすよ…エルヴィン・スミス、ヴィッキー…

    ミランダは今は亡き親友であるヴィッキー・クロースの形見である
    『髪を結ぶ皮ひも』が入ったジャケットの胸ポケットを手で押さえた。

    「これで今日の会議は以上だ。あとは個々の班の予定にまかせる」

    団長が会議終了を告げると、ミランダはハンジの元へ行き話しかけた。
  153. 153 : : 2013/10/11(金) 22:39:49
    「ハンジ、すごいじゃん!
    これから今まで培ってきたことが発揮されるね!」

    「ありがとう、ミランダ!」

    二人は両手でハイタッチをしてはその手を握り合い、
    喜びを分かち合っていた。
    前回の壁外遠征からどれくらい月日が流れただろうか。
    その間、団長を始め上官たちはエルヴィン考案の作戦を
    本格運用させるために
    時間をかけて会議を重ねてきた。
    そんな最中に『巨人研究班』が出来たため
    『巨人を捕獲して実験をした方がさらに
    人類が巨人に打ち勝つヒントが得られる可能性がある』
    という最終判断を団長が下したため、決定したのだった。
    今回の作戦では移動距離を考えると、
    帰還途中で捕獲しやすい高さや、兵士たちが接してきた
    巨人の特徴をまとめ、捕獲に適した巨人を発見次第、
    捕獲を決行することになった。

    「ハンジ、すごい!この研究室の中、何!この道具は??」

    ミランダはハンジの『巨人研究室』に初めて入ると、様々な武器や
    立体起動装置のワイヤー部分だけを使った捕獲ネットなど、
    ハンジが考案の道具を見ては驚いていた。

    「ハンジって、発明王だったんだね!これで『超絶男前の巨人』がいたら、
    すぐ捕まられるじゃん!」

    「そそ…特にそのときは、これで…うひひ…」

    そういうと、巨人を削ぐ刃が先に付いた槍を持っては
    不気味な笑い声をあげた。

    「ハンジさすがに怖いよ…巨人よりも!」

    ミランダはさすがに引きつったが、ハンジは満面の笑みに変り

    「冗談だよ!冗談。それよりも、ミランダ、
    同じ班だし残りの30日…捕獲の案とか
    考えているから、それをみんなで議論していこう!」

    「了解!」
  154. 154 : : 2013/10/11(金) 22:41:05
    二人を始め『巨人捕獲班』は壁外調査まで
    作戦会議を開くことが多く、また巨人の動きを見立てた
    物体を作り、捕獲のシュミレーションをしたり多忙な日々を
    過ごしていた。そのため、同じ班のエルヴィンとミランダは
    顔を合わすことは多いが、お互い気を引き締めて
    仕事以外のことを口にすることはなかった。
    しかし、周りに誰もいないと確認すると…。

    「エルヴィン・スミス、誰かきちゃうよ!」

    「大丈夫だ…」

    エルヴィンがミランダを後ろから抱きしめて耳元で

    「たまにはこういうことも必要だ。頑張れるよ」

    ミランダは周りを気にしながら、エルヴィンの手の腕を握り
    彼の背中のぬくもりを感じると、静かにうなずくだけだった。

  155. 155 : : 2013/10/11(金) 22:41:15
    とうとう…壁外遠征の日がやってきた。
    その日の早朝。
    シガンシナ区の壁の前では最前列に団長率いる
    『巨人捕獲班』が列を作っていた。

    「緊張するな…大丈夫かな…」

    ハンジが珍しく不安げな様子だった。
    それを見ていた隣にいたミランダはハンジをなだめ、

    「きっと大丈夫だよ!
    ハンジの努力の集大成のお披露目といこうじゃない!」

    笑顔でハンジを励ますと、何かを思い出したかのようにミランダは
    自分の制服の内側の胸ポケットを探り始めた。

    「私はハンジみたいにポニーテールは出来ないけど…これなら」

    ミランダは親友のヴィッキー・クロースの形見である『髪を結ぶ皮ひも』を
    ヘッドバンドのように頭に巻くと後頭部で固く結び、髪を整えた。
    そうすると、彼女のが見守っているような感覚が
    だんだんしてきたのだった。
    そしておでこに当たるその皮ひもを触さわると

    ・・・ヴィッキー、私頑張るから、見守ってて

    心の中でヴィッキーに話しかけていた。

    「ミランダ!そういうもいいねー!似合っているよ!しかも、かわいい!」

    隣のハンジは2馬身前のエルヴィンに聞こえるように
    わざと大きな声で言うと

    「ハンジ、そんな大きな声で…!あっ」

    そのとき、ハンジの声で振り向いたエルヴィンと目が合うと、
    ミランダはうつむき頬を赤らめ、
    彼はそのまま何事もなかったように身体を正面に戻した。
    そのエルヴィンの様子を見ていた隣のミケに対して

    「…偶然だ」

    冷たく言い放つエルヴィンだったが、

    「ん?何が偶然なんだ?エルヴィン?」

    薄ら笑いでミケは答えた。

    「もういい、集中しろ」

    エルヴィンは自分が振り向いて
    ミランダを見てしまったことを
    『偶然』で片付けたかったが、
    それを見て見ぬ振りをされトボケたミケに
    してやられてしまったのであった。

    ・・・俺のことも見守ってくれよ、ヴィッキー

    ミケは同じ皮ひもが入った胸ポケットをギュッと握り締めた。
    そして重たい壁の門が上へ上へと登っていくと、
    何もない草原が広がっていた。何度も見ているが、
    毎回、兵士たちには緊張が走る瞬間である。

    「第○○回、壁外調査を行う!進めー!!」

    団長の怒号に似た掛け声で兵士たちは
    一斉に壁外へ出て行った。
  156. 156 : : 2013/10/12(土) 17:25:27
    ⑯挫折から…

    調査兵団団長が先頭となり、調査兵団の兵士たちは
    馬の地鳴りのような足音と荷馬車の車輪の轟音と共に
    一気に壁外へ駆け出していった。
    団長の班にはエルヴィン・スミス、ハンジ・ゾエ、
    ミケ・ザカリヤス、そしてミランダ・シーファーもいた。

    「陣形を展開する!」

    兵員たちはそれぞれの担当位置まで駆け出し、
    列から離れていった。

    「みんな、無事で帰還しようね、必ず…」

    ミランダは離れていく仲間たちを見ながら、
    思わず口にすると

    「あぁ、きっと大丈夫だ、みんな死ぬ物狂いで訓練してきたんだ」

    隣で併走していたエルヴィンが力強く答えた。

    「うん、絶対そうだよね!」

    ミランダはその笑顔をエルヴィンに向け、

    「それから、その…その髪いいね…」

    「…え?」

    エルヴィンが照れながら、
    ミランダのヴィッキー・クロースの形見でもある
    『皮ひも』をヘッドバンドのように巻いたミランダの髪ことを
    褒めようとするが、彼女が聞こえるか、
    聞こえないうちに各班から
    巨人発見の赤の信煙弾が空高く撃たれ
    その音が鳴り響き始めた。
  157. 157 : : 2013/10/12(土) 17:25:51
    「早速きたか…」

    そう言いながら、団長は方向進行の合図を示す
    緑の信煙弾を空高く打ち上げた。
    しばらくこの繰り返しでいると、赤の信煙弾の中で
    奇行種を示す黒い信煙弾がエルヴィンたちがいる班へ
    近づいていることがわかった。

    「奇行種がここに近づいてきているな…巨人がきたら、
    エルヴィン、ミランダ、おまえら二人で頼む」

    「了解しました!」

    団長は二人に近づく奇行種の討伐を依頼し、
    そして二人が返事をしたちょうどそのとき、
    右方向から班に向けて10メートル級の巨人が
    林を抜け出し、突進してくるのが見えてきた。
    エルヴィンとミランダは
    その巨人の近くまで駆け出した。

    「ミランダ、俺が足首を削ぐから、お前はうなじをやれ」

    「りょーかい!」

    二人の目線は巨人に向けたまま、
    エルヴィンはミランダに指示を出した。
    そして、エルヴィンは馬から飛び降りアンカーを巨人の足首に突き刺し
    一気に巨人の足首を削ぐと、その巨人は膝から崩れ落ちた。

    「ミランダ、今だ!いけー!」

    ミランダはエルヴィンの指示に従い、うなじを削ぐとその巨人は息絶えた。

    「やったな…ミランダ!」

    「…うん!」
  158. 158 : : 2013/10/12(土) 17:26:22
    二人で初めて巨人を討伐すると、
    安堵感からほっとしてお互い見つめあうと笑顔になった。
    そこへミケがエルヴィンの馬を彼の元へ連れて行き

    「初めての『二人の共同作業』が巨人討伐か…」

    ボソッとつぶやくとエルヴィンはいつものごとく

    「何のことだ?」

    冷たく低い答えた。

    ・・・怖えぇぇ…

    ミケは無言のまま馬の手綱をエルヴィンに渡した。
    しかし、薄ら笑みを浮かべながら、そういわれても
    満更嫌でもないようだった。
    一緒に討伐したミランダの様子をチラっと見ると
    彼女が肩で息をしていることに気がついた。

    ・・・いきなりの出来事で、緊張したか?

    エルヴィンは深く気にせず、そのまま班と合流した。
    一方ミランダは

    ・・・エルヴィン・スミスとの初めての班で緊張しているのか…
    まぁ、いちいち、気にしてたらやってられない
  159. 159 : : 2013/10/12(土) 17:27:42
    ミランダは刃を収めた後、胸の高鳴りを
    その手て胸に当て確認するすがそのまま再び馬に乗り駆け出した。
    長距離であるがために、先頭とはいえ、幾度か奇行種に出くわし、
    エルヴィンを始め精鋭たちが討伐しながら、前へ前へ進むと
    新たな拠点とする目的地に到着した。
    しかし、目的地とはいえ、その距離に関わらず平原が広がり、
    時々見える林や森があるという風景には変りはなかった。

    「やはり…長距離であるほど、
    この作戦は兵にとっては厳しいものになるな」

    団長がそうつぶやいた理由は最近の壁外調査にない、
    死者・負傷者を出してしまったからなのであった。
    今回の調査の目的地に到着する頃には
    兵の数は半数以下の壊滅に近い状態になっていた。

    「エルヴィン、おまえのこの案は短距離には向いているかもしれないが、
    長距離となると、さらなる工夫が必要になる。改善に努めよ」
  160. 160 : : 2013/10/12(土) 17:28:24
    「承知しました」

    団長はエルヴィンの肩を叩き、
    引き続き『巨人捕獲』も可能か検討することにした。
    心臓を捧げる敬礼をしながらも、
    エルヴィンは短距離ではうまくいっていたこの作戦だったために
    多くの死傷者を目の当たりにし挫折感を味わっていた。

    「ハンジ、負傷者を連れながらそして帰還途中で
    兵士たちの遺体を発見次第、回収作業に専念することが決まった。
    君には悪いが、また次回、活躍してもらう。
    帰還時は君も遺体の回収を手伝って欲しい」

    ハンジも団長に『巨人捕獲』中止と新たな新たな命令を
    与えられると、心臓をささげる敬礼をするしかなかった。
    その顔は悔しいような複雑な顔ををしていた。

    「残念だけど…また次回にかけよう。
    今は無事に帰還することに努めるしかないないよ」

    そう声を掛けたのはミランダだった。
    ハンジが長期間掛けて準備していたことが、
    団長判断により中止になったことに対して
    これ以上はどう声を掛けたらいいのか、
    ミランダはわからなかった。
  161. 161 : : 2013/10/12(土) 17:28:53

    「あぁ…仕方ないよ。この数の兵じゃ、
    もし捕獲して巨人が暴れだしたら、
    さらに負傷者を出すかもしれないから」

    ミンランダに向けるハンジの笑みは悔し涙を浮かべており、
    その姿を見たミランダはただハンジを励ますしかなかった。

    「総員、シガンシナ区へ帰還する」

    そう兵士たちに大きな声で呼びかけたのはエルヴィンだった。

    ・・・エルヴィン・スミスも大丈夫かな…

    ミランダはエルヴィンの声が力ないことに気づいたが、
    帰還の準備に集中するしかなかった。
    そして兵士たちが再びシガンシナ区の壁へ向かい馬を走らせていると、
    ミランダはエルヴィンのそばで併走させた。
    そのときにミランダの目に映るエルヴィンの横顔は考え事でもしているのか
    上の空のようにも見え、ミランダが併走しているのも気がつかないようだった。
    ミランダはただ『今はエルヴィン・スミスのそばにいたい』と思い、
    しばらくエルヴィンの速さにあわせて併走させていた。

    そして皆が帰還の途についてどれくらいたった頃だろうか。
    巨人発見の赤い信煙弾が空高く上がるのを
    エルヴィンたちは発見するのだった。
  162. 162 : : 2013/10/12(土) 17:29:16
    「巨人か…あの大きさは…?」

    団長をはじめ、帰還兵たちの列に向かってくる
    巨人は小型の3メートル級だった。
    団長はすぐさまハンジに併走して質問し始めた。

    「ハンジ、あの小型だったら、今からでも捕獲できそうか?」

    「はい、あの大きさなら準備も短時間で今からでも捕獲可能です!」

    「…ハンジ、やれ」

    「了解しました!」

    ハンジは巨人捕獲用の様々な道具が入った荷馬車班に併走して、
    捕獲の準備に入るよう指示を出し始めた。
  163. 163 : : 2013/10/12(土) 17:29:50
    ⑰何故

    「もう壁が見えてきて、やっと到着って思ったのにそれでも
    巨人を掴まえるのかよ…」

    「団長は何を考えているだ」

    大打撃を受けて帰還途中の調査兵団の兵員たちからは
    不満の声がチラホラ聞こえるものの、ハンジ・ゾエは団長からの
    命令どおり、巨人捕獲の準備に入った。
    帰還途中の列についてきたその3メートル級を壁近くまで
    おびき寄せ、その後、足首を削ぎ倒れたのち巨人の体が
    倒れた瞬間、人間で例えるならば、筋肉の筋に当たる部分に
    さらに削ぐと杭を打ち込んで、
    回復時間を与えず身じろぎ出来ないようにする。
    そして移送のための車輪付天板に括り付け、
    最後に頭にワイヤーと同じ素材のネット状の袋をかぶせるだけ、
    というような至ってシンプルな捕獲作戦だったが、すべては
    『巨人捕獲班』の精鋭たちの腕にかかっていた。

    「すべては作戦通りに決行する、総員配置に付け!」

    壁の近くにくると、足首を削ぐ担当の
    エルヴィン・スミスとミケ・ザカリヤスが
    同時に馬上から飛び降り、一斉に足首を削いだ。
    そして巨人が倒れたと同時にミランダ・シーファーを始め
    精鋭たちが肩や腰などの筋を削ぎ落とした。
  164. 164 : : 2013/10/12(土) 17:30:30
    「ハンジ、やったね…」

    ミンラダがハンジに笑顔で声を掛けた。

    「うん!みんなの活躍のおかげだ。でもここからが、力仕事だよ」

    ハンジの指示で巨人が回復するまでの短時間で、
    巨人の身体に杭打ちをし天板に固定をすると巨人が大人しくなった。

    「よし、いいだろう。後は袋で頭を…?」

    団長がハンジにワイヤーと同じ素材で出来た袋で頭を被せろ、
    と命令をしようとしたその時、大きな地鳴りを響かせ、
    何かが近づいてくることに気づいた。

    「巨人が近づいてきたか、いや、何だ、あれは…?」

    大きな四足の動物でも走ってきたかのようにも見えたが、
    目を凝らしてみると、それは『四つん這いの巨人』だった。

    「何でこんな時に…」

    団長が焦りの表情でその方向を見ていると、

    「団長、ヤツは危険です!地上で這う動きが俊敏すぎて、
    この数の総員だと一気に壊滅させる威力を持ち合わせています!」

    かつて壁上から見たことがあるエルヴィンは
    『四つん這いの巨人』について説明すると、
    団長は一瞬曇った表情を見せたが直ちに皆に命令を下した。
  165. 165 : : 2013/10/12(土) 17:31:08
    「これ以上の兵の命を落としてはならない。総員、壁に上れ!」

    命令に従い、兵員たちはみな、巨人確保の作業を手放した。
    そして壁の近くまで来ていたため、壁の前まで駆け出すと、
    一斉に立体起動装置を使い壁に上り出した。
    全員が壁に張り付いたその時、
    『四つん這いの巨人』の姿の全貌が見えるほどに近づいてきた。

    「なんだよ、あれ…報告書で読んだことあるけど、
    あの速さで突っ込まれたら、たまったもんじゃないな」

    「危機一髪ってまさにこのことだな…」

    兵士たちは壁からぶら下がりながら、驚きに満ちた表情で
    見ていたがそんな中ハンジだけは悔しさで睨んでいた。

    「何故、なんで今なんだよ、やっと…ここまできたのに、なんで…」

    「ハンジ、仕方ないよ…あの巨人に遭遇したら、すぐやられてしまうよ」

    ミランダはハンジを慰めていたが、
    彼女は立体起動装置のトリガーに手に取ろうとしていた。

    「ハンジ、ダメだよ!ヤツが相手だと地上じゃ人間は無力だよ、
    気持ちはわかるけど、また次があるって」

    「だけど、悔しいーーー!」

    ハンジが怒りのままに突進してくる『四つん這いの巨人』のうなじめがけ
    刃を入れるが、その位置が甘く巨人にとっては打撃にはならなかった。
    そして、ひるんだハンジにを見つけた『四つん這いの巨人』が
    彼女に噛み付こうと向かったとき、
  166. 166 : : 2013/10/12(土) 17:31:54
    「ハンジ、危ない!」

    ミランダが咄嗟に壁から降りてきては、
    ハンジの前に飛び出し、彼女をかばうと
    ミランダは『四つん這いの巨人』に
    右肩を食いちぎられてしまった。
    その光景を見ていた団長は改めて命令を下し

    「ミランダには巨人の餌になってもらう!
    捕らえた巨人を死守せよ!」

    ・・・ミランダが餌だと…?

    ミランダが巨人に喰われた瞬間を目の当たりにしたことと、
    そして団長の『ミランダが餌』発言に対して
    エルヴィンは怒りと衝動にかられ、
    他の兵たちが壁から降りる前に、
    彼は真っ先に壁から飛び降りながら、
    『四つん這いの巨人』に目掛け刃を向けると
    うなじごと頭を切り落とした。
    すべては一瞬の出来事だった。

    「ミランダ、ごめん…!私のせいで、こんなことに…」

    ハンジは血だらけで倒れたミランダを抱き掛けると、
    失った右肩があった部分からの
    出血の多さにより意識が朦朧としていた。

    「…ハンジ、よかったね…人類の未来、明るい未来のために
    これからも…活躍してね…」

    「ミランダ…ホントになんとお詫びをしていいものか」

    ハンジが泣きながらミランダに謝り介抱していると、
    彼女はふとミランダが自分の後ろに目線を送ることに気づいた。
    そこに立っていたはエルヴィンだった

    「エルヴィン、私は何てことを…」

    エルヴィンは無言のまま青ざめた表情で
    ミランダを見ているだけだった。
    そして、ミランダがエルヴィンに優しい微笑を見せると、
    ハンジは彼女が自分の中で力が抜けていくことに気づいた。

    ミランダの最期は最愛のエルヴィンに笑顔を向けながら、
    そのまま旅立っていった。
  167. 167 : : 2013/10/12(土) 17:32:13
    「ミランダー!!ごめんなさい、私のせいで、私の…」

    「ハンジ、お前のせいじゃない…」

    泣き叫ぶハンジに対して、エルヴィンは力なく答えると、
    ミランダの頬を優しくなで、
    そしてその髪に結ばれた『皮ひも』を取り外すと
    制服のジャケットの内ポケットに入れた。

    「エルヴィン…」

    その光景を見ていたミケはエルヴィンの
    名前を呼ぶことしかことしか出来ず、
    彼の顔面蒼白の表情を見ると、これ以上何も言えなかった。
    エルヴィンはミケの肩を力なく叩くと、
    捕らえた巨人を壁の中に入れる輸送作業に移すことにした。

    「『女神のエクボ』も逝ったか…」

    作業がひと段落すると、
    エルヴィンの隣に立っていた団長がつぶやいた。
    何も答えることが出来ず、エルヴィンは無言のままだったが、
    しかし『餌』呼ばわりしたことの怒りがまだ残っており、
    その拳は強く握られていた。
    団長は力なくエルヴィンに話し出した。

    「エルヴィン、この気持ちを乗り越えろ。命令だ。もちろん、すぐにだとは言わん。
    おまえはいつか、調査兵団の団長になる男だ。これも通過儀礼と思え」

    エルヴィンは団長に対して刃を向けたい
    気持ちも芽生えたがぐっと抑えた。

    「それから…おまえの大事な人に『巨人の餌』なんて言ってすまなかった」

    そして団長はエルヴィンの肩に手を置くと、
    門を開ける準備ためその場を立ち去った。
    エルヴィンは団長の謝罪の言葉で気が抜けると、
    握っていた拳からも力が抜けていくのを感じていた。
  168. 168 : : 2013/10/13(日) 22:03:08
    ⑱絶望

    壁外遠征を終えた翌日。
    エルヴィン・スミスは自室のデスクに座って
    今回の壁外遠征の報告書の作成をしなければならなかったが、
    ペンを走らせては、止めるということの繰り返しだった。
    自分が考案した作戦は『長距離に難がある』ということを
    目の当たりにした挫折感だけでなく、
    その心を深く深く抉ったのは最愛のミランダ・シーファーの死であった。
    今のエルヴィンはどんな感情も溢れ出さず『無』のような状態だった。
    または『無になる』ことに努めているのも事実だった。

    ・・・ミランダは…この部屋に面影を残しすぎた

    ソファーや寝室のドアなどとミランダに繋がるものは
    自分の感情を抑えるために見ないようにしていた。
    しかし、報告書の作成に集中したくても、
    それが出来ないままだった。
    しばらくそんな時間を過ごしていると、
    誰かがエルヴィンの部屋を訪ねノックした。

    「エルヴィン、いる?」

    「どうぞ…」

    エルヴィンが静かに入室を許可して、入ってきたのは
    衛生兵であり、同期でもあるキャンディ・ジェイコブスだった。

    「エルヴィン、話があるけど…ちょっといい?」

    キャンディはエルヴィンに伏目がちになり、
    何か思いつめたような雰囲気をかもし出していた。

    「あぁ…手短に頼む。こっちも報告書の作成があって忙しいんだ」

    エルヴィンは報告書に力なくペンを走らせながら、
    キャンディの話を聞くことにした。

    「ミランダのことは残念だったね…」

    「あぁ、我々の数少なくなってきた同期の一人でもあったな」

    エルヴィンは淡々と答えた。

    「うん…でも、エルヴィン、
    あなたにとってただの『同期の一人』じゃないでしょ?」

    「何のことだか…」

    エルヴィンはキャンディに対してミランダのことを冷たく言い放った。

    「ミランダの死亡診断書を書いたのは私なんだけど…」

    「そうだったな。『右腕欠損及び出血多量によるショック死』とあったな…」

    エルヴィンは淡々と話し続けていた。

    「ミランダの死亡原因は確かにそうだけど、死亡診断書には書けないもう
    もう一つのある可能性があるの」

    「どういうことだ?」

    エルヴィンが手を止めキャンディを睨むと
    彼女は口ごもって、急に黙り込むが、意を決して話し出した。
  169. 169 : : 2013/10/13(日) 22:03:23
    「ミランダの出血が…右肩以外からもあったの…」

    「どこから?」

    エルヴィンは目を見開いて言うと、

    「実は制服のパンツの…股の部分から…」

    エルヴィンは淡々と

    「あぁ…女なら『月のモノ』だろ」

    冷たく言い放つと、

    「違う!あの血の色や量からすると、違う…」

    キャンディは強く言い放った。そして唾をゴクリと飲んで

    「…ミランダ、妊娠していたかもしれない」

    キャンディがゆっくり、そう告げると、
    エルヴィンは報告書を見つめたまま
    何も言えず黙り込んだままだった。

    「たまに…死亡した女性兵士で同じような出血を
    見かけることあるよ。確かに『月のモノ』かもしれない。
    だけど…あなたたちは『そういう関係』だったでしょ?」

    「黙れ…」

    「エルヴィン、あなたはミランダを愛していたでしょ?
    可能性、とうことだけだし、黙っておこうと思ったけど、
    あなたは知るべきだと思ったの。だって、
    最近のミランダはとてもキレイで幸せそうで、
    死ぬ直前の人ってあそこまで輝くのかと思っていたけど、
    やっぱり、お腹に…」

    キャンディがエルヴィンに言いたいことをすべて突きつけると、
    居た堪れなくなったエルヴィンが立ち上がった。
  170. 170 : : 2013/10/13(日) 22:03:55
    「もう帰ってくれ」

    キャンディを部屋から追い出そうとするが彼女は言い続けた。

    「ミランダ本人だって、気づかないくらいの『初期』だったかもしれない。
    でも、愛するあなただったら、何か異変に気づいていたんじゃないの?」

    エルヴィンはミランダと初めて
    巨人を討伐したときの彼女の息遣いを思い出した。

    ・・・あのとき、肩で息をしていたのは…まさか

    キャンディはエルヴィンの何かを思い出したような顔を見ると

    「ほら、あなただって覚えがあるんじゃないの?」

    「さぁ、帰ってくれ、俺は忙しいんだ。そんなに気になるなら、
    解剖でもしたらどうだ」

    エルヴィンは声を荒げて、
    キャンディを追い出そうとドアのところまで追いやると

    「解剖なんて、これ以上ミランダを傷つけることできないじゃない!
    これ、ミランダの制服のジャケットの
    内ポケットから出てきた手帳、あなたが持っていて」

    「わかったから、もう出て行ってくれ」

    エルヴィンはその手帳をキャンディから奪うように受け取ると
    彼女の背中を押しながら、自室から追い出した。

    ・・・なんて男なの…ミランダがかわいそう…

    キャンディがドアに背を向けていると、そこからドサっと何かが
    崩れ落ちる音が部屋の中から聞こえてきた。
  171. 171 : : 2013/10/13(日) 22:04:13
    「ミランダ…ごめん…子がいたのに、俺は…俺は…」

    エルヴィンはドアの向こうで膝から崩れ落ちていた。
    声を詰まらせ、ミランダの名前を呼ぶと、その後
    口を押さえ泣いているということが、ドアの向こうの
    キャンディにもすぐに伝わった。

    「ミランダ…あなたのオトコは素直じゃないね」

    キャンディは微笑みながら、
    目元の涙を指先で拭いて、エルヴィンの
    部屋の前から立ち去っていった。
    その場で座り込んで動けないままの、エルヴィンは
    ミランダの『妊娠していた可能性』が引き金となり、
    堪えていた涙をただただ、流すことしか出来なかった。
    そして、震える手で手帳を開くと、
    それは日記になっていたようだった。
    毎日を記しているわけではなく、その時々にあった
    深く印象的に残った出来事を綴ってるだけの内容だった。
    そしてある日付から

    『あなたの名前を残して私が死んだとき、あなたの名前が
    この日記にあると迷惑だろうから、時々ではあるけど、
    名前は残さずにあなたのことを書いていきます…』

    それはだいぶ古い前のページであったが、
    その『あなた』は自分であることに気づいた。
    訓練兵の頃、調査兵になってからの出来事、
    そして壁上のことまでエルヴィンについて記していた。
    そして最近書かれた新しいのページは

    『この上ない幸せを私に与えてくれる
    愛するあなたを死なせない…』

    「自分が先に逝きやがって…ミランダ」

    エルヴィンはミランダの気遣いと、
    そして彼女の自分に対する思いや
    この日記に記されたこと出来事を思い出し、
    そしてそれを記した愛するミランダがもういないと思うと、
    ただ涙を流すことしか出来なかった。
  172. 172 : : 2013/10/13(日) 22:15:01
    ⑲それは希望になるのか

    エルヴィン・スミスが衛生兵であるキャンディ・ジェイコブスを
    追い出し少し時間が経った後、また誰かがドアをノックした。

    「エルヴィン、いるか…?」

    「ミケか、入れ」

    エルヴィンは涙を拭くと、
    自分のデスクの後ろ側にある窓の方へ移動し
    外を眺めている振りをした。
    誰にも自分の泣いている姿は見せたくなかった。

    ・・・エルヴィンが涙…

    ミケ・ザカリヤスがエルヴィンの部屋のドアのそばで
    水滴のような何かが落ちたような跡をいくつも発見し、
    今のエルヴィンのことを思うとそれが
    涙だとすぐに気づいた。

    「エルヴィン、変な話だが、
    まぁ…俺の独り言とでも思って聞いて欲しい」

    「あぁ…」

    ミケは突然、エルヴィンに話すべきことだと判断した内容を
    ゆっくりと語り出した。
  173. 173 : : 2013/10/13(日) 22:15:40
    「エルヴィン、俺の鼻…人の気配だけでなく…実は、
    死んでしまった人の気配もかぎ分けることもできるんだ」

    「あぁ…そうか…」

    今のエルヴィンは何を聞いても驚きもしないようだった。

    「いつも壁外調査から帰ってくると、死んだ仲間たちの匂いが
    この本部内で溢れて、居た堪れないことが多い…」

    「…うん」

    「でもしばらくすると、それも消えるんだ。だけど…今回は
    俺が言うのもなんだけど、さらに不思議なことがあったんだ」

    「…うん…」

    エルヴィンはミケの話を上の空で聞いて、
    ただ空返事をしているような状態だった。

    「さっき…この近くでミランダの…
    笑顔のような気配の『匂い』のそばで、
    またもう一つの彼女に似た『小さな匂い』がしたと思ったら、
    それが突然消えたんだよ」

    「ミランダの匂いも…?」

    エルヴィンは涙の顔を見せたくないために耳だけミケに傾けた。

    「あぁ…こんなことは初めてだったんだが、その小さなその匂い…」

    「…うん」

    「おまえにも似ているんだよ、エルヴィン」
  174. 174 : : 2013/10/13(日) 22:16:25
    ミケはその言い放った瞬間、
    エルヴィンの背中に力が入ることがわかった。
    そして窓枠に両手を突いて彼は声を荒げた。

    「どいつも、こいつも…俺に追い討ちをかけて何が楽しいんだ!」

    「エルヴィン、おまえは黙っていても…俺やハンジはお前たちのこと、
    気づいていた…」

    「あぁ…俺も隠していたが、お前たちに知られていることに気づいていた。
    時々、聞き耳立てられたり、覗かれたりしてたよな…」

    ミケはエルヴィンが涙を流しながらも淡々と話す背中を見ながら

    ・・・やっぱり気づいていたか…

    少し焦ったが、気持ちを切り替え話し続けた。

    「それと、エルヴィン、『どいつもこいつも』ってどういうことだ?」

    エルヴィンは少し前にキャンディが来て話していたことを説明すると、
    ミケはその『小さな匂い』の正体について察しがついた。

    「でも…その『小さな匂い』だけが、なぜ突然消えたのか、俺にもわからない」

    「そうか…だけど…ミケ…俺だって、これから先、どうしたらいいのか…」

    ミケは窓枠に落ちるエルヴィンの
    涙の粒を見つけると、何も言えなくなった。
    長い付き合いの中、
    こんなに弱々しいエルヴィン・スミスを見るのは初めてだった。

    ・・・これは…ミランダの…

    早速、ミケは『陽だまりのようなミランダの笑顔』を嗅ぎつけた。
    まるで、『エルヴィン・スミスをよろしく』って言われているような気がした。
  175. 175 : : 2013/10/13(日) 22:17:42
    「エルヴィン、おまえ、いつかは調査兵団の団長になる男って
    言われていたよな!そんな腑抜けていいのか?」

    ミケは心を鬼にして
    エルヴィンのジャケットの襟をつかみ、怒鳴りつけた。

    「あぁ…もうそんなもんは…どうでもいい」

    「おまえ…とにかく席に座れ」

    ミケはエルヴィンを無理やり席に座らせ、怒鳴り続けた。

    「こんなことで、ミランダが喜ぶとでも思うのか?
    彼女や…ヴィッキーが願った『明るい未来』はどうなる?
    すべて俺たちにかかっているだろう?」

    「あぁ…」

    「それから、お前、絵が得意だろう?
    今からミランダの嗅ぎつけた雰囲気を伝えるから、それを描け!」

    「…わかった」

    エルヴィンはミケに言われるまま、
    ミラダンダの日記にその雰囲気を描くことにした。
    そして仕上がったのは

    「これは…あのときの」

    壁上で会った『女神のごとく』、
    光り輝く笑顔のミランダがそこにいた。

    「ミランダ…」

    その絵にエルヴィンは涙をポタポタと落とすと…ミケに話し出した。
  176. 176 : : 2013/10/13(日) 22:18:22

    「なぁ…ミケ、お願いがあるんだ」

    「なんだ?」

    「俺の作戦で多くの仲間たちが死に…そしてミランダも
    おまえが大切に思っていたヴィッキーも逝った」

    ・・・コイツ…誰にも言ってないこと、気づいていたのか!
    もしかしてミランダから聞いていたのか…?

    ミケは同期であるヴィッキー・クロースに片想いをしていたことを
    エルヴィンに気づかれていたことに驚きながらも、彼の話を聞いていた。

    「俺がどんなに努力しようと、仲間たちは死んでいく。
    それが調査兵だと理解しても、何も得られないまま、みんな死んでいく。
    それでは…俺はおかしくなってしまいそうだ」

    「あぁ…」

    「時々で構わない。こうして…ミランダの様子を教えて欲しい。頼む…。
    どんなに厳しい状況を目の当たりにしても、
    あの笑顔を見ていては俺は前に進めた。それを失った今、もう…」

    エルヴィンは両手を組むと頭に抱えた。

    「団長が言っていた『乗り越えろ』というのは壁より大変かもしれないな」

    「そうだな…」

    少し落ち着いた声でエルヴィンが答えると、
    胸ポケットから無造作に入れていた
    ヴィッキーから、そしてミランダの形見になった
    『髪を結ぶ皮ひも』を取り出して、しばらく見つめると、
    そして何も言わず丁寧に小さく結んではポケットに戻した。
    ミケはミランダとそしてヴィッキーの気配の匂いを感じて
    鼻をすすると、ただエルヴィンを見守るしか出来なかった。
  177. 177 : : 2013/10/14(月) 00:35:00
    ⑳永遠・明るい未来へ

    第57回壁外調査及び『女型巨人捕獲』の極秘作戦の失敗により
    エルヴィン・スミス団長を率いる調査兵団は大損害を蒙った。

    「エルヴィン団長、答えてください!
    今回の遠征で犠牲に見合う収穫はあったんですか!?」

    「死んだ兵士に悔いはないとおっしゃるんですか!?」

    エルヴィンは帰還途中でカラネス区の住民らから、
    罵声や批判を浴びながらも無言を貫きながら
    調査兵団本部に戻るしかなかった。
    エルヴィンを含む責任者が王都に召集され、
    エレン・イェーガーの引渡しが決まったのだが、
    今のところエルヴィンは人類が巨人に勝てる唯一の
    『鍵』である彼を引き渡す気は一切なかった。

    ・・・このままエレンを渡せば、巨人に勝てる術を失う。
    最善を尽くすだけでなく、さらに何を失えばいいのか…

    エルヴィンは自室のデスクに座り腕組みをすると、
    目を閉じながら今後について考えていた。

  178. 178 : : 2013/10/14(月) 00:35:32
    エルヴィンがミランダ・シーファーを失って幾月年が経っただろうか。
    当時の調査兵本部の古城は今では訓練施設となり、
    エルヴィンにとってミランダとの思い出が多いその場所から離れるのは
    気持ちの区切りは多少はついたが、
    心の中には、いつまでも彼女がいたのだった。
    その当時の団長に言われた通り、エルヴィンは団長まで昇進し、
    そしてミケ・ザカリヤスもハンジ・ゾエも分隊長になっていた。
    特にハンジは『巨人研究班』の活躍は凄まじく、
    今では助手まで付けるほどの忙しさではあるが、
    それだけでなく長年、調査兵団で活躍しているということは
    巨人に対しての高い戦闘能力があり、指揮官としても采配も優れていた。

    ・・・ミランダ…確かにお前の言うとおりだったな…

    エルヴィンはミランダの日記を引き出しから出して、
    自分が描いてきた彼女笑顔を指で愛でるようになぞっていた。
    そして今回の壁外遠征の30日前にミケを通して
    ミランダや心臓を捧げた仲間たちから『すごく心配している』
  179. 179 : : 2013/10/14(月) 00:35:56
    ということを嗅ぎ付けていたことを思い出していた。

    ・・・最善を尽くし、リスクを考えずそのまま突き進んでも何を残せるのか…

    エルヴィンが考案した当時、名もなかった作戦も
    『長距離索敵陣形』と呼ばれるようになり、改善に改善を重ね
    今では彼の代名詞のような緻密な計算された作戦であるが、
    今回の壁外遠征及び『女型巨人捕獲』の極秘作戦では
    ミランダを失ったときの作戦以上に大打撃を蒙ってしまった。
    そして、再び目を閉じてエルヴィンは考え始めた。

    ・・・今回のように『巨人を率いる巨人』が現れたら、
    索敵も陣形も文字通り形無しだ。また振り出しだ…
    また仲間たちをどれだけ失っただろうか…
    みんな、俺が至らないばかりに、すまない…
  180. 180 : : 2013/10/14(月) 00:36:57
    エルヴィンは大打撃を受けたばかりの直後ということもあり、
    次に繋がる案が浮かばない代わりに死んでいった
    兵士たちのことを考えていた。
    また外では冷酷と呼ばれても、一人になると、
    死んでいった仲間たちのことを弔うように
    彼らに思いを馳せることが多かった。

    「エルヴィン、入るぞ」

    「ミケか…」

    エルヴィンはミケを自室を招き入れはしたが、お互いに
    何も話せないでいた。
    ミケはただ、エルヴィンの背中側に位置する窓辺に立って
    外を眺めるしかなかった。

    「俺は無力だ…この感覚はミランダを失って以来のものだ…」

    エルヴィンは力なく言うと

    「あぁ…そうだろうな…」

    「ミランダが話していた『明るい未来』とは言うのは簡単なのに
    実現させるのにこんなに骨折り損だとは…」
  181. 181 : : 2013/10/14(月) 00:37:53
    「だが、エルヴィン、
    俺たちは死んでいった仲間たちの命をすべてムダになんかできない。
    すべて糧にしなければならない…。
    調査兵団団長であるお前がそんなに弱気になってどうする?」

    そう励ますミケも実際に『女型の巨人』と対峙して、
    調査兵団でも上位の実力者である
    彼もプライドがズタズタにされてしまったために
    自信を失いかけていた。

    「あぁ、俺はどうなってもいい。
    今はせめてエレンの処遇に対抗するいい案を考えねば」

    「そうだな…え、まさか…」

    驚きの声をあげ、ドアの方へ目線をやると、
    エルヴィンに話し出した。

    「エルヴィン、おまえ…覚えているか?」

    「何のことだ、いきなり?」

    「ミランダが死んだとき、おまえに似ている『小さな匂い』のことだ」

    「あぁ…覚えている。確か俺とミランダの匂いがするけど、
    途中で消えたとか、話していたよな?」

    「あぁ…」

    ミケがゴクリと唾を飲んでまた話し続けた。

    「あの匂いが大きくなって…こっちに近づいてくる」

    「どういうことだ?」

    「俺も、何と言ったらいいか…とにかく『未知なるモノ』が近づいてくる…」
  182. 182 : : 2013/10/14(月) 00:38:50
    エルヴィンの自室へ数人の足音が近づいてくるのを二人は気づいた。
    そして、ドアの前で足音が止まるとノックをし

    「エルヴィン団長、失礼致します」

    「…うむ、入れ」

    ミケとエルヴィンに緊張が走ったが、

    「この兵士ではない」

    ミケはエルヴィンそうささやいた。
    するとこの兵士から

    「『エルヴィン団長へ重要なことをお伝えしたい』という今回の壁外遠征に
    参加した兵士がおり、連れてまいりました」

    「わかった、通せ」

    そうエルヴィンが入室を許可した瞬間、

    『…父さん、これから、僕が助けになるよ』

    突然、その声が自分の心の中から湧き出るように聞こえてきた。
    エルヴィンがその声に驚き、目を見開くと、ミケがまたささやいた。

    「あの匂いは…この兵士の後ろにいるヤツだ…」

    どうやらミケには聞こえておらず、
    その声はエルヴィンにだけ聞こえたものだった。
  183. 183 : : 2013/10/14(月) 00:39:36
    「おい、団長のお許しが出たから入っていいぞ」

    そしてこの兵の後ろから現れたのは
    小柄の兵、というよりもあどけない顔の『少年』が姿を現した。

    「今期配属されましたアルミン・アルレルトです!」

    そこに現れたアルミンは緊張の面持ちで、
    エルヴィンとミケの前で力強く心臓をささげる敬礼をしていた。

    エルヴィンはミケに対して小声で

    「本当にこの子なのか?」

    「あぁ…確かに間違いない」

    ミケはエルヴィンに対して驚きの様子で小声で話すが、
    妙に納得しているようだった。

    「目が…似ている…ミランダと…」

    「あぁ…確かにそうだな…金髪もおまえと同じだ」

    アルミンは自分を観察しながら
    ひそひそ話すエルヴィンとミケを見ながら、
    困惑しながらも、内容が重要なことのため、話を切り出した。

    「あ、あの…エルヴィン団長、お話よろしいでしょうか?」

    「あぁ…すまない、前へ来なさい」

    「失礼します!」

    ・・・どういうことだ、さっき俺を『父さん』って呼んでいたのはアルミンか?
  184. 184 : : 2013/10/14(月) 00:40:14
    エルヴィンが目を見開いてアルミンを見ていると、
    彼は『ヘビに睨まれたカエル』のごとく
    緊張で凝り固まっているのがわかった。
    それを察したミケは

    「アルミンと言ったな。大丈夫だ、こいつはおまえを食ったりしない。
    だが、その『重要な話』の内容次第でどうなるかわからんぞ」

    「えっ…」

    アルミンが驚き、さらに顔が引きつるが、

    「冗談だよ、冗談…」

    ミケが笑いながらそう言うと、
    アルミンはその顔に笑みを浮かべた。
    そのほっぺたにはエクボが出来たのだった。

    「エルヴィン、こういうことって…あるのか」

    「あぁ…ミランダと同じ位置に…」
  185. 185 : : 2013/10/14(月) 00:40:27
    エルヴィンとミケはアルミンのエクボを見ては
    『ミランダの面影があるアルミン』に
    ただただ驚くだけだった。
    そして、ミケはエルヴィンのそばで、
    ミランダの笑顔の匂いを感じると

    ・・・ミランダ、おまえいるのか…?アルミンは…まさか?
    もう何がなんだかわからないが…
    まぁ、おまえらの子供だったら、
    その重要な話は興味深いな

    「アルミン、その重要な話とやらを聞かせてくれないか」

    エルヴィンはアルミンに話しかけると、
    『明るい未来』へ繋がるヒントを
    ミランダが送ってくれたのなら、理屈ではなく、
    それを信じて従うしかない、自分に言い聞かせていた。

    ・・・アルミン、これからよろしく頼むぞ、わが息子よ

    ミケはエルヴィンの優しくも真剣な眼差しで
    アルミンを見つめる姿を見ては

    ・・・コイツ…早速、親父面してやがる

    と、鼻で笑っていた。
  186. 186 : : 2013/10/14(月) 00:42:12
    ★あとがき★

    オリジナルキャラクターの3人のモデルは
    アメリカの下着ブランンド
    「ヴィクトリア・シークレット」のエンジェル(モデル)から。


    ミランダ・シーファー
    「ミランダ・カー」

    ヴィッキー・クロース
    「ドウツェン・クロース」

    キャンディ・ジェイコブス
    「キャンディス・スワンポール」


    SSにしては長い内容となってしまいましたが、
    エルヴィン・スミスの誕生日の10月14日に完結まで
    UPすることが出来てよかったです。
    ありがとうございました。

▲一番上へ

名前
#

名前は最大20文字までで、記号は([]_+-)が使えます。また、トリップを使用することができます。詳しくはガイドをご確認ください。
トリップを付けておくと、あなたの書き込みのみ表示などのオプションが有効になります。
執筆者の方は、偽防止のためにトリップを付けておくことを強くおすすめします。

本文

2000文字以内で投稿できます。

0

投稿時に確認ウィンドウを表示する

著者情報
lamaku_pele

女上アサヒ

@lamaku_pele

「進撃の巨人」カテゴリの人気記事
「進撃の巨人」カテゴリの最新記事
「進撃の巨人」SSの交流広場
進撃の巨人 交流広場