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漫画家男「夢を売るペン、ねえ…」
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- 1 : 2015/08/12(水) 00:16:39 :
- 1
そのインチキセールスマンが来たのは午後3時を過ぎた頃だった。
ひょろりとした身体とそれに似合わないがっしりとしたアタッシュケースを見て『不吉なやつだ』と思った。
普段ならなんの会話もせず追い返すところだったが、もちろん今回も同じように追い返すつもりだったのだが、ふと『漫画のネタになるかもしれない』という半ばヤケのような思考が頭をよぎりそのセールスマンの嘘臭い口車に乗せられてやることにしたのだった。
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- 2 : 2015/08/12(水) 00:22:31 :
- 2
セールスマン「私に時間を割いて下されば必ずや『だまされた!』と思わせることができます、はい」
男「だまされちゃダメなんじゃないか?」
セールスマン「いえ、いいんです」
そう断言した。
セールスマン「なにも借金地獄に落とすわけではありません。ただ、そうやって『だまされた!』と笑顔で言えるような、そんな商品を私は紹介しているだけなのです」
男「なるほど」
なるほどとは言ったが実際、この男を家にあげてしまったことは間違いであるような気がしてならなかった。
そして同時に、『漫画のネタにはならなそうだ』とも思った。
男「それで、俺にはなんの商品を紹介してくれるんだ?」
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- 3 : 2015/08/12(水) 00:26:36 :
セールスマン「いやぁ、慌てないでください。慌てると不吉なことが起こりますよ」
そりゃきっとお前が運んでくるのだろう、といったような悪態を心の中で10個ほどついておいた。
男「そうだな、きっとそうなんだろうな」
こいつの喋り方、語り方はなんというか、いちいち癪にさわる節がある。
しかしそれも相手のペースに乗せるためのものなのではないかと思うと俺は同意の言葉を並べることしかできないのであった。
セールスマン「ふふふ」
男「…」
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- 4 : 2015/08/12(水) 00:32:59 :
インチキセールスマンはキョロキョロ部屋を見渡すわけでもなく、俺の目をまっすぐ見ながら言った。
セールスマン「あなた、漫画家ですね」
これに関しては素直に『すごい』と思った。
こいつは語尾に『?』をつけるでもなく他の誰でもなく俺に向かってそう断言したのだ。
セールスマン「どうです?当たっているでしょう」
画材道具やらなんやらは奥の部屋にあるので漫画家と判断するための材料といえばペンダコくらいのものだろう。
しかし、ここで俺が『すごい』と感心したのはペンダコで俺の職業を当てたことではなくそれを断言したことである。
男「ああ、あたっているよ」
実際、この世界でペンダコから漫画家を連想できても、それを本人に向けて断言することができる人間がどれだけいるのだろう。
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- 5 : 2015/08/12(水) 00:39:21 :
ここで『人間』という表現をしたが、それはこのインチキセールスマンが人間からかけ離れていると言いたいわけではない。
むしろこいつは俺よりも人間じみていて今まであった人間の中で一番人間らしい人間だった。
男「…」
漫画のネタになるかもしれないとは今ではもう思わないけれど、少しだけこいつに興味がわいていた。
そうやってこんな短い時間の中で意見をコロコロ変えられる俺は、こいつに出会う前の俺よりもより人間らしい俺なのかもしれないと思ったが、それはこいつのペースにすでにはまっている証拠にしかならないと自分で認めざるを得なかった。
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- 6 : 2015/08/12(水) 00:54:24 :
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3
セールスマン「漫画はいいですね夢があって」
男「…」
セールスマン「ほら、ネコ型ロボットがメガネの小学生を未来の秘密道具で助けるあの漫画とか…」
男「…」
セールスマン「ゴムゴムの実を食べたゴム人間が海賊王を目指すあの漫画とか…」
男「…」
セールスマン「ろくで◯しBLUESとか」
なぜいきなりタイトルを…好きなのか⁉︎
セールスマン「いやぁ、漫画はいいものです、とてもね」
男「ああ、そうだな」
セールスマン「漫画家は『夢を売る仕事』ですねぇ」
そのセリフにはいささかイラっときた。
命を削り魂を込めて漫画を描き上げる職業である漫画家を、もちろん言っていることは理解できるのだが、売れるために漫画を描くということも理解できるのだが、『夢を売る』などと表現しては世界中の漫画家の人たちに失礼である。
しかし、この状況でなにより腹がたったのは、侮辱ともとれる表現である『売る』という行為を、その行為すら自分にはできていないということだ。
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- 7 : 2015/08/12(水) 01:08:55 :
セールスマン「あなたも『夢を売る』人なんでしょう?よかったら見せてくださいよ」
男「いや、嫌だね」
セールスマン「どうしてです?私漫画が本当に好きで…」
男「嫌と言ったが実際は無理、だ」
セールスマン「無理、ですか…?」
男「描けないんだよ…漫画が」
セールスマン「…ほう」
男「前はよかったよ…アイデアがたくさんあって、それを絵にする元気と気力があって」
セールスマン「…」
男「でもそれは全部受け入れられなかった…」
セールスマン「…」
男「…何一つ、受け入れられなかった」
セールスマン「…そして、アイデアも元気や体力もなくなってしまったと?」
男「…」
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- 8 : 2015/08/12(水) 01:15:05 :
セールスマン「それはもったいないですよ」
男「…」
セールスマン「漫画、見せてください」
男「…ちょっとまってろ」
2年前に描いたものだった。
無限の可能性があって、読む人みんなをワクワクさせる、そんな漫画のはずだった。
俺が描いたその漫画はそんな漫画のはずだった。
しかし、それは世間的にみたら全く別の見られ方をしてしまうらしい。
セールスマン「…」
男「…つまらないだろ?」
セールスマン「…いや」
男「気休めの言葉なんかいらねえよ」
セールスマン「いや、これおもしろいですよ!」
男「…え?」
初めてだった。
自分の漫画をおもしろいと言ったのはこいつが初めてだった。
こいつは常にどこか胡散臭いのに漫画を読むこいつの表現はまさに純粋そのものだった。
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- 9 : 2015/08/12(水) 01:22:53 :
- 4
セールスマン「これおもしろいですよ!!!これは編集部に持っていったんですか?」
男「ああ、一応な…でもはじかれたよ」
セールスマン「じゃあこれよりもっとおもしろい漫画描いてやりましょうよ!!!あなたなら絶対描けますよ!!!」
男「そ、そうか…?」
こいつ、やはり人間くさい。
などと思いつつもやはり褒められるということは気分の良いもので俺は久しぶりに不思議な明るい感情を抱いていた。
セールスマン「絶対できますって‼︎」
男「あ、ありがとよ…」
セールスマン「ええ!『夢を売る仕事』なんて最高じゃないですか!」
男「うーん、その表現は気にくわないな」
セールスマン「そうですか?」
男「ああ、俺から言わせれば漫画家は『夢を売る』のではなく『夢を描く』仕事だ。その二つの間がどれだけ開いているのかは知らないが、俺の中ではだいぶ違う」
セールスマン「ええ〜『夢を売る』仕事ならとてもとってもぴったり合致な商品があったんですがね」
男「…」
セールスマン「まさにあなたにぴったりな商品が、あったんですがね」
男「い、一応みておくか」
そこまで言われたら見るしかないだろう。
買うか買わないかは知らないが。
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- 10 : 2015/08/12(水) 01:26:09 :
セールスマンがアタッシュケースを開いて(こちらには中身を見せずに)取り出したものは見た目はただのペンのようであった。
男「ペン…?」
英語にすると『Is this a pen?』ってところだ。
まさか、言うことになるとはな。
セールスマン「ええ、ペンです」
「夢を売るペンです」
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- 11 : 2015/08/13(木) 15:32:10 :
男「夢を売るペン、ねえ…」
セールスマン「ええ、夢を売るペンです。正確には漫画用のペン軸ですが」
男「それは、なにか特殊なペンなのか?」
セールスマン「それはもう特殊で特別なペンですよ。世界に一本しかない、唯一のペンです。」
見た目はただのペン軸のよう、というか見た目だけで言えばただのペン軸であった。
しかし、名前を『夢を売るペン』という。
男「もし、俺がこのペンを使ったら…」
セールスマン「…」
男「…また漫画を描くことができるのか?」
セールスマン「いえ、厳密に言えば『このペンを買えば』あなたはまた漫画を描くことができます」
男「買えば…?」
セールスマン「ええ、一応これでもセールスマンなので」
男「…」
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- 12 : 2015/08/13(木) 15:37:16 :
セールスマン「どうです?夢のような話でしょう」
たしかに、と思わざるを得なかった。
自信を失って、最近はペンを持つこともできていない。
そんな俺がこのペンを買うだけでまた漫画を描いて、売ることができるのならそれはたしかに、まぎれもなく夢のような話であった。
男「…夢を売るペン」
しかし、その夢のような話を買うために俺はやはり聞かなくてはならなかった。
男「これは、いくらで買えるんだ?」
セールスマン「うーん、そうですねえ…」
今考えるのか…。
まあ、そんな文句はここでは言わないでおくが。
セールスマン「500円、いや余裕を持って600円ってところですかね」
男「そんなに安いのか⁉︎夢を売るペンが⁉︎」
セールスマン「ええ、漫画一冊分ってところですかね」
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- 13 : 2015/08/13(木) 15:42:38 :
こいつ、なかなか洒落たことを言いやがる。
漫画家として、人間として俺は言い返さなければならなかった。
男「いや、6000円だ…」
セールスマン「…ほう」
男「俺の漫画が一冊で打ち切りなんてそんなわけないだろう。俺は世界中の人々に夢を売る漫画家だぜ」
セールスマン「!」
男「最初の10冊分の金だけやろう」
セールスマン「そうですか」
そういってこいつは笑った。
もう、こいつの実力を認めざるを得なかった。
俺は、こいつ以上に人間らしいやつを見たことがなかった。
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- 14 : 2015/08/14(金) 14:44:54 :
- 5
セールスマン「では、これが説明書になります」
そういってこいつは紙を取り出した。
男「おう」
セールスマン「おっと!まだ開かないでください、まだ取り引きは終わってないんですからね」
男「そうか、ならほら、6000円だ」
セールスマン「ありがとうございます。では、私はこれで」
男「もう帰るのか」
セールスマン「ええ、これでもセールスマンなので」
どこかで聞いたようなセリフを吐きやがる。
なんとなく、どことなくさみしい気分になったが、それを口に出すことは俺にはできなかった。
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- 15 : 2015/08/14(金) 14:48:43 :
セールスマン「あなたの漫画を読める日を楽しみにしていますよ」
男「おう、また描けなくなったら新しい商品を持ってきてくれ」
セールスマン「承知いたしました」
玄関で一礼して、家から出る時、セールスマンは思い出したように言った。
セールスマン「また来る時には『夢を買った感想』を聞かせてくださいね」
バタン、とドアが閉まり、俺は部屋で一人になった。
男「…」
俺はあいつが残した説明書を開いた。
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- 16 : 2015/08/14(金) 14:54:46 :
男「…『このペンはただのペンです。』」
それだけだった。
説明書と呼んで良いのかもわからないような説明書だった。
男「だまされた」
あいつは目論見通り俺に『だまされた』と言わせることができた。
うすうすは気づいていたのだ。
今考えるとヒントだらけだったのだから。
このペンはまぎれもなくただのペンだ。
それなのに名前を『夢を売るペン』という。
あいつは決して売る対象を読者とはしなかった。
このペンに夢を売られた、つまり夢を買ったのはまぎれもない俺だったのだ。
男「ははっ」
久しぶりに、ちゃんと笑えた気がする。
そして、俺は同時に思った。
思わざるを得なかった。
男「…漫画、描いてみるか」
実に清々しい日であった。
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- 17 : 2015/08/14(金) 14:58:01 :
- 6
セールスマン「…」
私はコンビニで漫画雑誌を立ち読みしている。
セールスマン「…」
ふむ、絵柄を見ればわかる、あの漫画家さんの漫画だ。
セールスマン「…ふっ」
おっと危ない、微笑みが漏れてしまう。
私は漫画雑誌を閉じてコンビニを後にした。
私の仕事は夢を売ること。
チャンスを売ること。
セールスマン「だって、世界は可能性に満ちているのですからね」
まさに、そんな素敵な漫画だ、と思った。
おわり
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- 18 : 2015/08/15(土) 14:36:29 :
お疲れ様です!とても面白かったです!次回作を書く予定があるなら、とても楽しみです!
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- 20 : 2016/12/07(水) 19:11:13 :
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