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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

苗木「借人」

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  1. 1 : : 2015/08/10(月) 00:09:07


    夏のコトダ祭り!草案者風邪不治さんの魂を継いでいよいよ開幕です!各々が限られた設定の中でいかに個性を出せるか!それも見所ですよね!……っえ? 濡れ場しか見に来てないだって? 他の方にご期待ください!


    テーマは『家族』です!(コトダマじゃねーじゃねえかDeおい!といった気持ちは抑えてください!なんでもしますから!)

    ジャンル『ホラー』

    カテゴリー『ダンガンロンパ』

    主要キャラ(必ず出さなければならないキャラ)『苗木誠、響子さん、江ノ島』

    となっております!



    http://www.ssnote.net/archives/38168
    タオさん

    http://www.ssnote.net/archives/38177
    ししゃもんさん


    http://www.ssnote.net/archives/38178
    ベータさん


    http://www.ssnote.net/archives/38180
    あげぴよさん



    参加者さんのリンクです!



    では、次から始めます!どうぞよろしくお願いします!
  2. 2 : : 2015/08/10(月) 00:10:03
    何度見ても豪華ですね!夏も期待しています!!
  3. 3 : : 2015/08/10(月) 00:10:34
    >>2
    ありがとうございます!頑張ります!
  4. 4 : : 2015/08/10(月) 00:11:54















    僕の家は平和だ。



    父親はちゃんと働いてるし、母親もきちんと食事を作ってくれる。



    ボクも希望の高校に運良く入学出来たし、こまるも中学校では楽しい生活を送っているようだ。






    窓から夕陽が穏やかに差し込み、紅く照らされている自分の部屋の中で、ボクは自らの現状をベッドに寝転びながら振り返る。




    赤く、優雅で、奇妙な、夕陽。



    それに身体を照らされることを良しとしていると、一階の方から僕を呼ぶ母の声が聞こえた。






    「誠‼︎ こまる‼︎ 夕食が出来たわよ〜‼︎ 降りて来なさい‼︎」





    その声で僕の妄想は中断され、一気に現実に引き戻される。


    僕は渋々部屋から出て、階段を下りて一階へと向かうのだった。













  5. 5 : : 2015/08/10(月) 00:12:44
















    「……」





    リビングに入ると、こまるが既に椅子に腰掛けているのがわかった。


    こまるは頬杖を机につき、ふてぶてしそうな顔でこちらを見ている。





    「何かあった?」




    ボクは少し心配になり、椅子に腰掛けながら妹へと質問をする。




    「何もないよ。ただ、いつも通り」






    「……そっか」






    (なるほど、いつも通り……か。)




  6. 6 : : 2015/08/10(月) 00:14:54






    「何喋ってるのよ二人とも〜」



    「なんでもないって」




    料理を僕たちに持ってくる母の問いに、僕は素っ気なく返した。



    母の手元をよく見ると、柄の無い真っ白な皿の上に、湯気がほのかに立ち込める、オレンジ色と赤色が混ざったようなスパゲッティがあるのがわかった。



    それが目の前にきた瞬間、正直吐き気を覚えた。






    「はい、フォークとスプーン」





    母は2皿のスパゲッティをテーブルに置くと、僕たちにフォークとスプーンを差し出す。




    「……」




    嫌悪感を思いっきり顔に出していると、横に座っているこまるが肘で僕を突き、小声で呟く。




    「作ってもらえるだけいいでしょ。それ以上は贅沢よ」



    「まあ……ね」



    「ほら、何ボソボソ話してるのよ?」





    僕は渋々母からフォークとスプーンを受け取り、スパゲッティに手をつけるのだった。



    3日連続、依然変わらずスパゲッティ。


    正直飽きたというどころの話ではない。









    まあでも確かに……3日連続ってのがまだ救いがある。






  7. 7 : : 2015/08/10(月) 00:19:52







    見慣れたスパゲッティをフォークに絡め、スプーンに添えて口に運ぶ。




    「どうかしら?」


    「うん、まあまあじゃないかな」




    僕が答えを濁していると、こまるが持っていたフォークとスプーンをテーブルに置く。




    「どうしたのよ?まだ残ってるじゃない」


    「あ、いや、お父さんはまだ帰ってこないのかなって。うん、残ってる分は食べるけど……」












    ガチャ



    不意に玄関の扉が開けられる音が響き、会話が遮られる。


    すぐにリビングにいる全員が玄関方向へと振り向くが、まあ音の主は判明している。




    「お父さんね、私向かえに行ってくるわ」




    母が微笑みながらそう言い、リビングから慌ただしく出て行った後に、



    しばらくすると、玄関から声が聞こえた。





    『お父さん、仕事で疲れて寝ちゃってるみたい‼︎ 寝かせておくわね‼︎』




    「わかった〜‼︎」





    こまるは玄関に届くように、いつもより数倍大きい音量で声を震わせた。





    『あ‼︎ このままじゃ風邪引くかもしれないから、毛布持ってきてちょうだい‼︎』




    再び玄関から声が聞こえ、リビングにいる僕らは顔を見合わす。




    「……だって、どうしよっか?」


    「僕が行くよ」





    そうこまるに伝え、リビングの隣にある両親の寝室へと扉を開け入室する。


    電気も付けず暗闇の中手探りで毛布を探し、見つけたそれを抱きかかえ、玄関へ向かう。







  8. 8 : : 2015/08/10(月) 00:20:58









    情けない姿をこれ以上妹であるこまるに見せたくなかった。










    玄関につくと、母が父に寄り添っているのがわかった。




    「ありがとうね、誠」



    「……うん」




    無理して笑みを顔に浮かべながら、毛布を母に差し出す。


    そうでもしないと壊れてしまいそうだった。





    どこがだよ。






    「お父さん、仕事で疲れてるんでしょうね……」




    父の顔を流し見する。






    赤く紅葉しており、服装も、シャツはシワシワでネクタイも外しておりだらしなかった。






    どこが仕事だよ。





















    この家は平和だ……




















    ったのは、もう、昔の話。
























  9. 9 : : 2015/08/10(月) 09:48:06
























    ーーーー



    ーー

    ーーーー




    ーーーーーーーー

    ーーーーー

    ーー








    酔い潰れた父を介抱する母を横目に、僕はリビングに戻った。






    それと同時にこまるに尋ねられる。





    「お父さん、お酒?」


    「……うん」




    少し躊躇い返答する。







    「……この家は」











    「狂ってるよ」





    「……」






    僕の本音が漏れ、こまるはそれを無言で聞き流す。











    僕が希望ヶ峰学園に入学してから、この家はだんだんと狂い始めた。










    僕が希望ヶ峰学園に入学したという噂が、父の勤める会社で広まったらしい。



    その噂が本当であることはすぐに判明し、会社としては希望ヶ峰学園に入学するほどの才気ある息子の父を平社員に留めておくのは勿体無いということで、父の一気昇進が決まった。










    昇進した父を待っていたのは、身の丈以上の仕事。









    任されたプロジェクトを父はことごとく失敗し、責任を取らされ、勤めている会社をクビになった。






    今は近くの町工場で働いており、給料も昇進する前より安くなった。





  10. 10 : : 2015/08/10(月) 10:06:28






    プライドをズタズタにされ傷ついた父は、だんだんとアルコールに頼るようになる。


    毎日のようにやけ酒をし、時には家族に手を出すようになった。







    そんな情けない父を見てか、母は鬱憤ばらしとしては禁じ手のギャンブルをし始めた。








    ……不運は二つあった。






    1つ目は、母が初めてしたパチンコが大勝ちであったこと。






    もし最初に負けていれば、パチンコはそれで終わりだったかもしれない。


    しかし、1度ギャンブルで味をしめてしまえば、特に壊れ始めの人間は止まらない。





    人参を前につらされた馬のように、終わりなく沼に嵌まり続ける。


    金を使い、金を使い、たまに人参を舐めさせてもらえる。









    だが、人参に到達することは決してない。


    無限地獄。真面目だった人間ほど、ギャンブルで失った金を取り戻そうとする。




    取り戻そうとし失い、また取り戻そうと失う……永遠の地獄。







  11. 11 : : 2015/08/10(月) 10:13:31








    二つ目の不運は、母が借金を作った会社が闇金融だったこと。






    パチンコを始めて数ヶ月、蓄えていた貯金は母が全て溶かしてしまった。



    僕とこまるはもちろん激怒し、母を叱りつけた。



    借金もしかねないほどのギャンブル中毒だったため、あらかじめ大手の金融会社には母をブラックリスト入りしてもらっておいた。










    ……だが、母は郵便受けに入った一枚のチラシを見つけてしまう。




    一枚の金融会社のチラシ。






    それは破滅への案内書だった。







    母はすぐそこに電話し、借りてきた金でギャンブルをした。




    案の定負け、金は返せない。



    僕たちはなんとか返済しようとしたが、母はまた借金をし、それでパチンコをし、さらに我が家の負債を積み上げた。




    利息は1ヶ月5割。



    超高利貸し。






    最初の数十万だった借金は、今ではすでに何百万の単位になっている。






  12. 12 : : 2015/08/10(月) 10:21:04







    母を切り捨てれば話は早いが、それは出来なかった。



    母はパチンコで負けて帰るたび「ごめなさい」「私を捨てないで」と泣き叫び、わめき散らす。



    その無様な姿を見て、僕たちは同情し母を許す。


    もう二度とギャンブルはしないでねと約束する。




    まあ……約束が守られたことはないけど。










    母が料理を作るのは、パチンコに勝った証拠。


    冷凍食品の使い回しなので、料理と呼べるかすらあやふやだけど。








    そんなわけで、この家は狂ってる。









    プロロロ…






    突然、ポケットに忍ばせておいた携帯が音を立て振動し始めたので、僕はそれを手に取った。






    「……ん、桑田クンからだ」





    通話のボタンを押し、要件を聞く。




    『あー‼︎ 苗木⁉︎ 今からカラオケ行くんだけどお前も来ない⁉︎』


    「……わかった、すぐ支度して行くね‼︎」


    『オッケー‼︎ じゃあまた後でな‼︎』


    「うん……バイバイ‼︎」







    プツっと、通話が切れる。










    「また遊びに行くの?」



    「う、うん」



    「……お金無いのに?」


    「……」



    「これで何日連続?」



    「……う、うるさいな‼︎ 僕だって好きで行ってるわけじゃないし、人付き合いとかあるんだよ‼︎」




    「ふーん……」



    「じゃあ、行ってくるね……‼︎」








    僕はリビングの棚にかけてある母のバッグから財布を出し、そこから一万円札を抜き取りポケットに入れる。



    母の財布は金の出入りが激しいからばれにくい。






    僕はパーカーを羽織って、玄関へと向かった。



























    「……狂ってるのはあなたもよ、兄ちゃん」







    1人残った食卓で、私は呟く。











  13. 13 : : 2015/08/10(月) 10:29:42












    ーーー


    ーー


    ーーーーー



    ーーー











    店に設置された、様々な色のライトが夜の闇を鮮やかに照らしている。


    聞くところによると、夜の東京を宇宙から見ると輝いていてとても綺麗らしい。






    家から出てしばらく走ると、桑田クンたちと待ち合わせたカラオケ店に着いた。


    8月は季節でいうところの真夏で、ジッとしているだけで汗が噴き出す。


    それなのにパーカーを羽織って全力疾走でここまで来たのだ。


    もう身体は全身びしょ濡れだった。




    (ハハ……中のクーラーで冷やされて風邪引かなきゃいいけど)





    そんなことを思いながら辺りを見回してみると、駐輪場に集まってる高校生くらいのグループがあるのがわかった。




    (あれだろうか?)




    そう思い、でも違っていたらとても恥ずかしいので、少しずつ近寄ってその真偽を確かめようとする。






    「でさ〜……おっ‼︎ 苗木じゃん‼︎」



    「あっ‼︎ 桑田クン‼︎」





    どうやら向こうから気づいてもらえたようだ。


    桑田クンの発言で集まっていた他のメンバーも気づいたのか、こちらを振り向く。





    「こんばんは‼︎」


    「……こんばんは」


    「よろしくなぁ‼︎」






    そのメンバーに度肝を抜かれた。


    電話では慌ただしくて、他のメンバーを聞く余裕なんてなかったけど、これならもう少し心の準備をしてくるべきだったかもしれない。



  14. 14 : : 2015/08/10(月) 10:39:27





    「そ、それに……舞園さんと霧切さん、あと江ノ島さんまで‼︎」



    「おいおい‼︎ 私様は“あと”扱いかよぉ‼︎」



    「あっ……ハハ‼︎ ごめん‼︎」





    学園の美少女トップランカー達だ。


    超高校級のアイドルやギャル、肩書きはないけどミステリアスでクールな霧切さん。





    「ハハハ、霧切さんもカラオケみたいなとこに来るんだね」


    「私も高校生だから、そのくらいの嗜みはするわよ」


    (カラオケを嗜みっていう高校生は少ないと思うけど……)





    「さあああ‼︎ 早く中に入ろうぜ‼︎」




    桑田クンは待ちくたびれたのか、僕らに店に入るよう促す。


    僕らはそれに同調し、店の中に足を運んだ。






  15. 15 : : 2015/08/10(月) 13:03:45







    ーーーーー


    ーーー



    ーーーーー

    ーー



    ーーー












    「今日は楽しかったですね〜‼︎」



    頬にちょっと赤みが出ている舞園さんが、そう言って千鳥足になりながら前に進む。



    「おいおい、呑み過ぎちゃったんじゃね〜?」



    そう言う桑田クンもかなり酔ってるようだ。



    「まあ私様は酒に強いから‼︎」



    誰も聞いてもないのに、腕を交差させるポーズを取り江ノ島さんが叫ぶ。



    「まあ人の人生に口を挟むつもりはないけど、未成年の内はお酒は止めておいた方がいいわよ」



    ため息まじりに霧切さんがそう呟いた。



    「飲まなきゃやってられませんよ‼︎‼︎」



    舞園さんは急に大声で叫んで、その後腐川さんみたいに、不気味に『ふふふ』と笑ってる。


    酔っぱらいの行為でも可愛らしく見えてしまうのは、さすが超高校級のアイドルってやつだろうか。





    「いや〜、未成年の飲酒を裏金さえ出せば認めてくれるあの店にも感謝すべきだけど、やっぱ一番に感謝すべきは希望ヶ峰学園様だよな‼︎」


    「まあね‼︎ 毎月、活動支援費とか言ってかなりのお小遣いを恵んでくれるし‼︎ ……って、うぷぷ〜こんな話、学園長の娘の前でしちゃダメかな?」



    「……ハァ、まあ、学園側も生徒への餌付けのつもりで活動支援費を上げてるわけだから、遊びに使うという使い方はあながち間違いでもないわ」






    そう、何故桑田クン達の飲酒が黙認されたり、彼らに毎日遊ぶだけの金があるのかというと、希望ヶ峰学園による活動支援費があるからだ。


    けど、活動支援費というのはただの名目で、実際は超高校級という、扱いにくい生徒への餌付け金でもある。














    ただ、僕は貰えていない。



    僕は所詮、クジ引きで選ばれたような生徒だ。



    他のみんなとの差を、こんなところでも突き付けられる。



    それが嫌で、それが嫌で、お金もないのにこうやってみんなと遊んで劣等感を誤魔化している。










  16. 16 : : 2015/08/10(月) 13:09:26












    そんなことを考えてるうちに、十字路、もとい分かれ道にたどり着いた。






    「じゃあな〜‼︎ 苗木と霧切‼︎」


    「また明日会いましょう〜‼︎」


    「っじゃあね〜‼︎」




    「うん……バイバイ‼︎」


    「さよなら」





    このメンバーだと帰る方向的に、僕と霧切さん、そして他の3人に別れてしまう。


    十字路を右に行き、離れていく3人を見つめた後、僕は霧切さんに視線を向けた。





    「……さ、行こうか?」


    「……」





    霧切さんは無言で踵を返し、無表情で夜道を突き進んでいく。





    「ちょ、ちょっと待ってよ⁉︎ なんかあったの⁉︎」




    それを慌てて追い、彼女を呼び止めると、霧切さんはこちらをおもむろに振り向いて口を開いた。






    「……なにかあるのは私じゃなくて、あなたなんじゃないの?」


    「ぼ、僕……⁉︎」







  17. 17 : : 2015/08/10(月) 13:12:24



    「今日も無理して……家に借金があるのに、あなたはアルバイトの1つもせずにこうやって遊んでいる」






    いきなり突き付けられる真実に、戸惑いを隠せない。






    「な、なんで僕の家に借金があることを……⁉︎」



    「私の父に頼まれたの。『苗木クンの態度が少し妙だから、彼の家の周辺調査をよろしく頼む』って」


    「さすが元探偵よね。勘の鋭さだけは抜群だわ」




    「……」








    見透かされていたのだ。


    霧切さんには。



    僕の家に対する必死の取り繕いも、頑張りも、彼女には全てお見通しだった。




    それが無性に悔しかった。




  18. 18 : : 2015/08/10(月) 13:14:17






    「あなたの気持ちもわからないこともないわ」



    「……」




    「だって借金を作ったのはあなたじゃないから」


    「けど、自分に降りかかる不条理を全部他人のせいにして、現実から逃げつづけて、妹さんにまで迷惑かけて、やってることはただの駄々っ子よ」






    いきなり正論をたたきこまれ、僕はパニックに陥る。



    今までの僕の全てを否定された気がして。







    「わかってるよ‼︎ そんなことくらい僕だってさ‼︎‼︎」


    「そりゃ正論はそうだろうね‼︎ けど僕だって……‼︎」








    「見栄で家族を殺すの?」







    驚くほど冷たい目だった。


    彼女の目の闇の深さに、ぬるりと吸い込まれそうだ。






    「うっ……⁉︎」





    「今家族を救えるのはあなたしかいないの」


    「家を手放そうとしないのも、どうせ一軒家じゃなきゃかっこ悪いとか思ってるんでしょう?」


    「あなたのそのツマラナイ見栄で、家族を殺すのかって聞いてるの」





    「まあ……よく考えることね。正攻法で救う方法を」







    霧切さんは僕から視線を外すと、そのまま振り返ることなく、夜の闇に消える。


    彼女と別れてからも、僕はしばらくそこに突っ立って、彼女の言葉を噛み締めていた。



  19. 19 : : 2015/08/10(月) 13:17:19




    真上の電灯の光が、ポツポツと消えたり点いたりしている。


    昼間はあれほど煩かった蝉も、夜ではひっそりと静まりかえっていた。








    「……⁉︎」






    突然、人の気配がして後ろを向く。


    が、背後には誰もいない。


    ただの闇が広がっているだけだった。









































    「こんばんは」






    背後へと振り向いている僕に、



    正面からのただの挨拶。


    それが僕の耳を震え上がらせた。




  20. 20 : : 2015/08/10(月) 13:18:27





    「うわっぁ‼︎⁉︎」





    元からビクビクしていたのも相まって、何者かにいきなり話しかけられたことで、尻もちをついてしまう。






    「嫌だなぁ、苗木さん、そんなに驚かないでくださいよぉ」



    スーツを着た小太りの男は、少し低い、不気味な声で僕の苗字を呼んだ。




    「えっ……ど、どうして僕の名前を⁉︎」



    「お客様の情報は、大切に覚えていますから」




    謎の男はそう言って、歯茎が見えるくらいの満面の笑みを浮かべる。


    正直今すぐ叫んで逃げ出したいが、どことなく感じられる男の威圧感に、怯んで動けなくなっていた。


    生まれたての子鹿みたいに、なんとか力を振り絞って立ち上がる。



  21. 21 : : 2015/08/10(月) 13:19:42





    「お、お客様って……僕は何かあなたから買ったり契約なんてした覚えはないんですけど……⁉︎」


    「ええ、ですから、これからあなたはお客様になるのです」





    普通ならこれを詐欺だとか思うだろう。


    だが、今の僕は普通じゃない。



    いや、この男が普通じゃなかった。






    一見笑顔に思えるが、目が全く笑っておらず、まるで獲物を狩るような目をしている。


    顔色も真夏だというのに、真っ白で、血というものが通ってないように思えた。




    このままじゃ何をされるかわからない。




    そう思った僕は、その男の話にとりあえず合わせておくことにした。





    「お客様になるって言われても……僕、お金を持ってないんです」



    「それです‼︎」




    男は指をこちらに刺し、眼球をひん剥いて、白い歯を剥き出しにする。


    本人は笑っているつもりかもしれないが、こちらは身の毛もよだつ思いだった。





    「そ、それって……お金のことですか?」





    「はい‼︎」




    「お客様にお金を差し上げるのです」




  22. 22 : : 2015/08/10(月) 13:22:26






    一瞬耳を疑った。



    というより、男の存在を疑った。






    「お金を差し上げる……? 僕があなたからお金を借りるってことですか?」





    「いえいえ‼︎ 違います‼︎」



    「私があなたに無償でお金を差し上げるのです‼︎」






    ただのセールスなら断って終わりだが、この男は金を僕にやると言ってきた。



    無償で。




    そんな上手い話があるわけがない。



    逆に怪しすぎて信じてしまいそうだ。






    断ろう。



    そう思った時、男は自らのバッグに薄白い手を突っ込んだ。



    そして、少しの間探った後、何かを乱雑に取り出した。







    「こちらが458万円となっております‼︎」




    「よっ……⁉︎」






    男の手に握られていたのは、一万円札の束。



    おそらく全て本物。



    だが僕が一番驚いたのは、その金額だった。






    (458万円は……僕の家の借金とちょうど同じ額⁉︎)



  23. 23 : : 2015/08/10(月) 13:25:10




    僕が驚嘆の顔を浮かべているにも関わらず、男はそのまま喋り続ける。





    「私が勤めておりますのは、お金をお客様に無償で差し上げる職業、“借人”でございます」


    「お金で困ってる方の、いわば救済ボランティアを目的として活動しております」




    「そっ……そうなんですか」






    信じられない話だけど、こいつは僕に金をやると言っている。



    先に小さいお金をあげて信用させ、後から大金をだまし取る詐欺も聞いたことはあるけど、458万円は絶対に小さい額じゃない。







    「458万円……本当にいただいていいんですか?」




    震える声で、そう尋ねる。





    「もちろんでございます‼︎」







    「……が、2つの約束だけは必ず守ってください」






    ニコニコしていただけの男の顔が一変し、一気に表情という表情が消え去った。










    「1つ目は、必ず、今月の31日に借金を全額返済すること」


    「2つ目は、私との契約を他人に漏らさないことです」






    「それだけ……ですか?」







    「はい‼︎ それさえ守っていただければ、私は何も干渉いたしません‼︎」








    全然無理難題じゃない。



    31日……9月1日になれば利息が発生するため、458万円じゃもうきかない。


    だが、31日ならまだ余裕で返済出来る。



    31日という日付指定がある理由はわからないが、振り込むだけだからそんなに時間も取られない。





    2つ目の約束が……そうだ、これが一番まずい。



    早く家に帰って、これ以上母さんが金を酷使しないよう、拘束をしなければならない。


    その時協力してもらうために、こまるに31まで拘束する理由が言えればいいが、2つ目の約束のせいでそれが出来ない。


    31日までだし、なんとかなるか……?







    とりあえず、早急に家に帰った方がいいのは事実だ。





    「すいません、お金……いただきます」





    そっと男に手を差し伸べると、奴はまた不気味な笑みを浮かべ、僕の手の平に札束をのせた。




    「では、良い人生を‼︎」





    男はそれだけ告げると、いそいそとバッグを整理し、ここから立ち去ろうとした。





  24. 24 : : 2015/08/10(月) 13:26:22




    「あっ‼︎ すみません‼︎」




    僕はここで言わなきゃ永遠に言えない気がしたので、恐怖を押し殺し男を呼び止めた。




    「はい? なんでしょう?」



    「あの……もし、約束を破ったらどうなるんですか?」

























    「それは知らない方がいいですよ」










    電灯による朧げな光が、男の顔の白さと、その裏にある黒さを引き立てていた。



    引き攣った笑みのまま、男は前を向き、僕の家と正反対の方向へと足を進めていく。







    どうやら約束は死んでも破れないらしい。



    僕は札束を1枚も落とさぬよう抱きかかえ、急いで家へと向かった。







  25. 25 : : 2015/08/10(月) 13:28:27








    ーーーー


    ーー



    ーーーーー



    ーー











    家に帰ると、ふてぶてしさが前面に出ているこまるが出迎えてくれた。




    「帰ってきたんだ?」


    「……ごめんっ‼︎」




    罪悪感で溢れる気持ちを表に出すことで落ち着かせようとしてか、僕は妹に向かって無意識のうちに頭を下げていた。


    いつもだったらここで反抗するので、こまるは意外な状況に面食らったようだった。





    「……じゃあ、もう二度としないでね」


    「それは絶対に守る‼︎ ……で、1つ、僕のお願いを聞き入れてほしいんだ」


    「お願い? 何?」






    「母さんがこの家から出れないようにしよう」


    「で、出れないようにって……それはさすがに……」


    「今月の末までだ‼︎ 今月の末までなら、なんとか出来るでしょ⁉︎」


    「な、なんで今月の末までなの?」






    当然だけど、こまるは、僕の側から見たら無謀な提案に困惑しているようだ。





    でも、ここで押さなきゃいけない。


    押さなきゃ死ぬ。







    「今は、理由を聞かずに僕を信用してほしい」


    「最後のお願いだから……‼︎」








    僕の言葉を最後に、家に沈黙が流れる。









    最初に音を出したのはこまるだった。










  26. 26 : : 2015/08/10(月) 13:29:46







    「わかった、最後にお兄ちゃんを信用してみるよ」



    「‼︎」



    「で、これで最後にしないようにしてね?」



    「そ、そりゃもちろんだよ‼︎」



    (やった……‼︎ 今日が8月21日だから、今日を除いてあと、10日……‼︎)





    あと10日だ。


    それで借金が完全に返済出来る。







    「母さんを見張るって言っても、こまるが1人で見張るのは30日と31日だけだ」


    「その日は僕、学校があるからさ」


    「うん、あとの日はお兄ちゃんも一緒なんでしょ?」


    「そうなるね」


    「わかった、じゃあ私もう寝るね? お兄ちゃん待ってたら眠くて眠くて……」


    「えっ……? 待ってたって……?」


    「勘違いしないでね。叱るためだから」


    「あ、そうだよね……ごめん」


    「じゃ、おやすみ〜」


    「うん、おやすみ」






    あくびをし、眠そうな目を擦りながら階段を上がっていくこまるを見送った後、僕はリビングへと向かった。



    こまると僕の部屋は2階にあるため、このまま眠りにつくなら階段を上がるべきだが、この暑い中外にいたせいで喉はカラカラだった。


    寝る前に、何か飲み物を得ようと思ったのである。




  27. 27 : : 2015/08/10(月) 13:33:13





    「えーっと……」






    薄暗い部屋の中、冷蔵庫を開けると、冷気が飛び出し、僕の顔を冷たく小さい針が刺すような感覚を味わった。


    その中に100%のオレンジジュースを見つけたので、それを棚から取り出しておいたグラスに注ぐ。



    オレンジジュースが入ったグラスを汗ばんでいる手で握ると、ほんのりとした冷たさがジンッと手の内部に拡がった。



    オレンジ色の液体が入ったグラスの端を唇に触れさせ、少しずつグラスの角度をあげていく。




    「……んっく……」




    頭に突き刺さるような冷たさに、手が勝手にドンドン角度をあげ、さらに液体を取り入れようとした。



    オレンジの風味が口の中に広がったとわかったのは、ジュースの冷たさに舌が慣れた後だった。






    「……んっ……美味しい」





    息苦しさを感じ、一旦グラスを唇から離し、呼吸を整える。







    「……」






    気を逸らそうともそらせない。


    僕はポケットに入っている、紙の束を机の上に並べた。






    「……これで救われるんだ」






    金。


    人を地獄に突き落とせる武器。


    それをついに、僕が手に入れた。



    やっぱり僕は超高校級の幸運なのかも。





    そんなことを思いながら、そろそろ寝ようかと、札束をポケットにしまっていく。





























    「何してるのよ」





    薄暗い部屋で、僕以外の声が聞こえた。







  28. 28 : : 2015/08/10(月) 13:34:37








    「……っか、母さん⁉︎」



    (まずい⁉︎ バレたら約束違反か⁉︎)





    そう考えた僕は、残りの金を背中で隠し、ぱぱっとポケットにしまった。





    「……なっ、なんでもないよ」


    「ただ、喉が渇いてたからさ、飲みにきただけで」








    無表情の母、心境は全く読み取れない。







    「……そう」



    「早く寝なさいよ」






    母はそれだけ告げると、両親の寝室へと戻っていった。


    その時の僕に見せた背中に、親としての威厳は微塵も感じられなかった。







    「……」






    沈黙の中で、自分の迂闊さを悔やんでいた。


    もう、失態は犯さない。


    そう決意を固め、僕は自分の部屋へと向かうのだった。









  29. 29 : : 2015/08/10(月) 13:36:16










    ーーー




    ーーーーー


    ーーー

    ーー



    ーーーーーー







    ーーーー


    ーーーーーー

    ーーー


    ーーーーー



    ーーーー





    ーーー









    授業の終わりを告げるチャイムが、高らかに鳴り響く。


    他のみんなはいそいそと教室を出ていく中、僕だけがそこにぽつんと残った。



    舞園さんと桑田クンが仲良さそうに教室から出て行ったのが、少し癪に障った。



    僕がいない間に仲良くなって……。
















    あれから数日が経ち、今日は8月の30日。


    最初は拘束されることについて暴れていた母も、僕らの頑なな説得と執念に押されてか、今はおとなしく家にいる。



    父は酒に手を出すといっても、そこまで金の消費が激しいわけではない。


    こちらが反抗しなければ手をあげることもないし、放っておくことにした。




    458万円は僕の部屋の机の引き出しにしまっている。


    もし母さんがそれを取り出しても、こまるがいる以上外には出れない。


    こまるには僕の部屋には入るなと言ってあるし、おそらく大丈夫だろう……。






    完璧だ。


    明日になれば、全てが終わっている。



    そう思うと、物凄く晴れやかな気分だった。


    自分を縛っているものから解放される。





  30. 30 : : 2015/08/10(月) 13:38:17








    プロロロ…






    携帯が震えだし、僕は急いで通話ボタンを押す。





    『あー⁉︎ 苗木⁉︎ 今からカラオケ行かね⁉︎』






    通話の主は桑田クンだった。






    「うん……いや、今日は用事あるからさ‼︎ 行けないや」



    『また用事かよ⁉︎ お前最近付き合い悪くないか⁉︎』



    「ご、ごめん……」



    『まあいいけどよ……じゃあな』








    ツーツーと、絶望的な、何故かそう感じさせられる、そんな通話が途絶える音が教室を駆け抜ける。








    お前と違って行きたくてもいけないんだよ……!!



    喉まで出かかったこのセリフをなんとか堪え、必死に消し去った。




    まあいいよ。明日には全て終わるんだ。


    終わったらアルバイトでもして、自分で得たお金でみんなと遊ぼう。




    そう思うことで平常心を取り戻し、僕はバックを右肩にかけ、教室を出たのだった。








  31. 31 : : 2015/08/10(月) 13:40:39










    ーーーーーー


    ーーー



    ーーーー

    ーー


    ーーーーー












    パチリと目を開けると、僕の部屋の天井の映像が目に飛び込んできた。


    少し固いベッドから身体を起こし、握り拳を作ったまま両手を挙げ、背伸びをする。


    大きなため息をして腕を降ろし、前を見つめた。






    ついに迎えた、最終日31日目。


    昨日は桑田クンとのやり取りで生まれた憤りを抑えるため、帰ってすぐに寝た。






    ベッドから降り、机へと向かう。


    机の引き出しを開いていくと、中で札束が積まれているのがわかった。





    学校までには時間があるし、丁寧に一枚一枚指でなぞって数えていく……


















































    ……良し、ちゃんと458枚ある。









    午前は学校があるし、まあ借金の返済は夕方でも問題ないだろう。


    今日返せさえすればそれでいい。




    僕は鞄を右肩にかけ、部屋のドアを開けた。








    開けたそこに、母の姿があった。







    「なっ……なんだよ⁉︎」






    窶れている母は呻くように、驚いている僕に向かって言葉を並べる。





    「お願い……外に出して……」


    「お母さん、おかしくなっちゃいそう……」





    僕の中に、同情と憤怒の思いが湧き上がる。


    精一杯突き放し、尚且つ相手のことを配慮するための便利なセリフを探し、口に出す。









    「外に出てもいいけど、絶対に金は持って出ないでよね」









    まあ、突き放す方の割合を大きくした。






  32. 32 : : 2015/08/10(月) 13:41:35







    「……」







    母は僕に背を向け、無言で階段を降りていく。


    その時に、何かブツブツ意味不明な言葉の羅列を呟いていたので、階段から突き落としたくなった。





    母が階段を降りていった後、こまるがドアを開け部屋から出てきた。



    アイコンタクトで、「今日もよろしく」と僕は伝え、それにこまるは頷く。





    僕は呼吸を整え、鞄を背負い直し、覚悟を決め、学校に行くことにした。








  33. 33 : : 2015/08/10(月) 13:43:01









    ーーー


    ーーー



    ーーーーーー


    ーー




    ーーーーー


    ーー


    ーーー















    授業が終わったのは夕方だった。



    今日も僕は一人教室に残って、鞄の整理を行っていた。


    窓から夕陽が差し込むことで、僕の顔が紅く染まり、いつの日かのことが思い出される。










    僕の家は平和だ。



    父親はちゃんと働いてるし、母親もきちんと食事を作ってくれる。



    ボクも希望の高校に運良く入学出来たし、こまるも中学校では楽しい生活を送っているようだ。











    これは僕の逃げ道。



    本当はその裏に、最悪な家庭環境がある。



    だが、今からその最悪を消し去る。


    裏を無くし、表を真実にする……‼︎








    決意を固め、拳を強く握りしめる。













    プロロロ…






    不意に携帯電話が鳴り、僕は握っていた拳を解きそれを手にした。



  34. 34 : : 2015/08/10(月) 13:44:43





    通話主は桑田クン。




    眉間にしわを寄せながらも、息をほっぺが少し膨らむくらい吹き出し、気持ちを落ち着かせる。






    「……もしもし」



    『苗木⁉︎ おい‼︎ 今から遊びにいかね⁉︎』


    『お前あれだろ? カラオケばっかだから飽きちまったんだろ?』


    『安心しろって‼︎ 今回はボーリングだぜ‼︎』



    「……ごめん、気分じゃないや」








    プチッと切れたのは、通話だけじゃなかった。




    教室を見渡し、頭に偏りすぎていた血を全身に巡らせるイメージを持つ。



    少し落ち着いたところで、気づいた。









    桑田クンの机に彼のバッグがある。






    言い訳とかじゃなく、本当に無意識に、僕は彼の机にそっと近づいていった。



    目でそのバッグの中身を物色すると、無駄にデコレーションされた財布が入っているのがわかった。










    僕に盗られて欲しいと言わんばかりに、無防備な財布は誘っているようだった。










    そうだよ、卑怯じゃないか。



    なんで僕ばかりこんな目に合わなきゃいけないんだよ。




    借金は返済出来ても、この先、僕の家が立て直せる保証なんてない。



    だったら……少なくともとるべきだ。











  35. 35 : : 2015/08/10(月) 13:45:35












    人類は平等だと誰かが言う。




    みんなそれに賛成している。










    だったら、僕に救いの手を差し伸べてくれよ












    財布が、救いの手のように見えた。











    僕はそっと手を出し、差し伸べられた手に自分の手を添える。




    その手をこじ開け、中身を拝もうとした。




















    「えっ……」






    「中身がない……⁉︎」









    自分の立っている場所がバラバラに崩れていく感覚を味わう。


    僕は……嵌められた。












    「うぷぷ〜 ね〜 言ったでしょう?」








    後ろの方から聞こえた江ノ島さんの声が、何故か悪魔の嗤い声に聞こえた。





  36. 36 : : 2015/08/10(月) 13:47:33






    「苗木クンがあんたらと付き合ってたのは、こうやって金目のものを盗るためだってさ……?」



    「マジかよ……」


    「苗木……クン……」






    江ノ島さんを追うように、ぎこちない足取りで桑田クンと舞園さんが教室に入ってくる。


    江ノ島盾子、僕は彼女に嵌められたんだ。







    「こ、これはさ……⁉︎ な、何かの間違いで……‼︎」





    必死に取り繕うとする僕の言葉を遮り、桑田クンの怒声が弾け飛ぶ。





    「うるせえよ‼︎ 変な言い訳は聞きたくねえ‼︎ あるのは事実だけだろ‼︎‼︎」








    「お前が俺の財布を盗ろうとした……事実がっ‼︎‼︎」




    「……‼︎」







    唇を強く強く噛んで、目から溢れ出そうな涙をどうにか堪える。



    言い返したいし、言い返せない。






    「嘘だったんですか……⁉︎ 私たちと楽しそうにしてたのは⁉︎」


    「友情なんて無かったんですか⁉︎」






    舞園さんは涙を振りまきながら、僕に叫びを伝えてくる。






    「まぁ〜 最近つるんでくれなかったのは、なかなか金を盗れそうなチャンスがなかったからかな?」


    「だったから私様の提案のおかげで、犯罪者予備軍をきちんと発見出来たってことだよね‼︎」


    「やったぜ野郎ども‼︎‼︎」







    「……で、こいつの処遇どうする?」






    江ノ島さんの先ほどのような楽しそうな表情は一変し、一気に死にかけの虫を見るような顔つきになる。




  37. 37 : : 2015/08/10(月) 13:48:41





    僕は絶望を顔に浮かべ、ゆっくりと足を折りたたむ。


    膝を床につき、手を前に差し出し、頭を地べたにくっつけた。







    「すいませんでした……警察には言わないでください……‼︎」





    悔しくて悔しくて仕方無かったが、こうすることしか頭に浮かんでこなかった。





    「うっそ〜‼︎ 土下座とか〜 踏んじゃお、えいっえいっ‼︎」




    江ノ島さんに土足で頭を踏まれ、つむじをヒールの鋭い場所でほじくられる。




    「あぐっ……すいまっ……せん……‼︎」




    涙と鼻水が混じり合う液体が、床にぽたぽたと溢れる。


    痛さに耐えかね、口から唾液も数滴飛び散った。






    「……俺、気分が悪いから帰るわ」


    「私も、そうさせてもらいます……」



    「うん‼︎ バイバーイ‼︎」




    頭を下げているのでわからないが、どうやら桑田クンと舞園さんは退室したようだ。




    少しだけ気が楽になった。



    この醜態を見られないと思えただけで。







    「ねぇ……苗木クン、悔しくないの?」






    江ノ島さんは僕の頭から足を退けずに、そう尋ねてきた。







    「私様にこうやって嵌められてさ」






    「……悔しくないの?」







    しばらくの間、沈黙が流れた後。







  38. 38 : : 2015/08/10(月) 13:52:49









    「……すいませんでした」








    一言だけ、そう謝った。









    「あっそ……ツマラナイね」







    江ノ島さんは僕の頭から足を退け、そう言い残し、教室を出て行った。














    少なくともさ、





    裏切っちゃったから……




    僕は彼らを……





    謝罪することしか、今の僕にはできないから



















    やり直そう。




    もう一度、最初からだ。




    0からやり直さなきゃ。







    涙で濡れた目を擦り、埃で汚れた服を払い、僕は立ち上がる。



    いっそのこと、清々しかった。




    舞園さんの言う通りだよ。


    今までは、全然楽しめて無かった。


    お金や体裁ばかり気にして。



    彼らとの友情は、僕にとって無かったも同然なんだろう。



    僕は彼らを信用して無かったのかもしれない。



    彼らはきっと、困った友達がいたら手を差し伸べてくれるタイプの人間だ。



    さっきの怒りをぶつけられてわかった。


    彼らは僕と本気で友達だったんだ。






    僕なんだよ。



    悪いのは全部。



    見栄っ張りだったんだ。







    借金を返したら、何度も謝ろう。



    0からのやり直しだ。




    本当に最初から、彼らと共に。














  39. 39 : : 2015/08/10(月) 13:55:48














    ーーー



    ーーーーーーー



    ーーーーー



    ーーーーーー


    ーーーー











    夕陽は沈み、夜道を電灯が照らす小道を、僕は歩く。





    帰って返済しなきゃ。




    その思いが自然と、僕の足を早めていた。


























    「やあ、ご機嫌ようございますぅ」





    電信棒の陰からヌルリと、“借人” が現れ、僕にお辞儀をする。





    「うわっ……な、なんでしょうか?」


    「や、約束の時間まではまだありますよね?」





    今さら金を返してと言いに来たのか?


    冗談じゃないぞ、死んでも返さない。



    そんなことを考えていると、借人は、怖くない、普通の笑みを浮かべた。




    「ええ、約束の時間まで、まだまだたっぷりとありますよ‼︎」























    「……ですがねぇ、あなたは『約束違反』になりそうなんですよ」





    しかし、その表情は直ぐに消え去った。








  40. 40 : : 2015/08/10(月) 13:57:31





    「『約束違反』だって……⁉︎」


    「僕は誰にもあなたとの契約を喋ってないし、借金だって今から返すさ‼︎」







    借人とした約束は2つ、



    「1つ目は、必ず、今月の31日に我が家の借金を全額返済すること」


    「2つ目は、借人との契約を他人に漏らさないこと」



    これらを違反した覚えなど僕にはない。











    「いえ、厳密にはまだ違反されてはいないのですが……借金、本当に返せるんですか?」



    「えっ?」



    「家に、電話なさった方がいいんじゃないでしょうかねぇ?」





    借人は、口が裂けるんじゃないかってほどに口角を高く高く上げた。




    震えが止まらない指で、携帯に、一つづつ家の番号を押していく。










    しばらく電話のコールが鳴った後、誰かが受話器を取った。







    『あ〜‼︎ 誠ね‼︎ どうしたの⁉︎』





    僕の電話に出たのは、やけに機嫌のいい母さんだった。


    それが無性に僕の焦りを掻き立てる。





    「え……いや、その……」




    『ああ‼︎ そうだ‼︎ 誠に言わなきゃいけないことがあって‼︎』





    電話越しの母は、僕の話なんかお構い無しと言っように喋り続ける。



















    『誠の部屋にあったお金、ちょっとすっちゃったの‼︎』


    「えっ……す、すったって⁉︎ どど、どのくらい⁉︎」











    『うーん、6、70万円くらいかなぁ?』





  41. 41 : : 2015/08/10(月) 14:00:51




    「ろろく⁉︎ じゅじゅななっ……⁉︎」




    『お母さん張り切っちゃって〜‼︎ でも安心して‼︎ 次は絶対に勝つからさ‼︎』






    「次なんて僕にはないんだよッ‼︎‼︎?」


    「こ、こま……こまるはどうしたッ⁉︎‼︎?」




    『もう〜、なんなの? 大声出しちゃって』












    『こまるなら父さんに犯されてるわよ』




    「はっ……⁉︎ お、犯され……⁉︎」



    『うーん、お父さん、ストレスが溜まってたのかもねぇ』


    『ほら、こまるの声が聞こえない?』











    『やめええええてえええええええ‼︎? お父さんんっっっっ‼︎?』



    『ぐぎぃい⁉︎‼︎? あああがっ⁉︎‼︎?』






    『あああぐぐ……』















    『お兄ぎぎ……ちゃん……』






    受話器から飛び出して来たのは、妹の断末魔と僕の助けを求める声。









    『いやね、私お父さんとこまるがいちゃついてる隙に外に出て、誠のお金で競馬をしたのよ‼︎』










    こいつ……けしかけやがった。




    ギャンブルするために、自分の娘を父親に差し出しやがった……‼︎








    『全く〜‼︎ 誠もお金を持ってるなら早く言いなさいよね‼︎ 今日はお母さん機嫌がいいから、晩ご飯も腕を振るっちゃおうかな?』


    『あ‼︎ それと、あんな大金を貸してくれる金融会社さんどこなの? 今度私にも教えてよね〜』









    バキッと、携帯が割れる音がアスファルトから聞こえた。



    母さんの声もそれっきり聞こえなくなったので、とりあえず良かった。






  42. 42 : : 2015/08/10(月) 14:05:09








    「う〜ん……返済は無理そうですよねぇ?」







    嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



    こんなところで死にたくない。







    「まだっ……他の人に頼めばっ……⁉︎」









    何故か、こいつとの『約束違反』が、イコール死と結びついていた。








    「無理だと思いますよ? ほら」






    借人が手に載せて提示したのは、仲良さそうに、クラスのみんながボーリングをしている写真。


    そこには、桑田クンと舞園さんもいた。









    「なんでっ……⁉︎ さ、さっきまで⁉︎」





    「まぁ……人は一時の感情で、傷ついたと感じます」


    「ですが時間が経てば……いらない人なんて切り捨てるんですよ……」







    「あなたのようにね」










    「では、約束違反者を罰せさせていただきますよ」







    スーツを身に纏った青白い顔の男は、徐々に僕に歩み寄ってくる。






    「やめてえっ⁉︎ ねっ⁉︎ お願いだからさあ⁉︎‼︎?」






    さっきとは比べものにならないほど、身体中の穴から、まるで決壊したように液体がほとばしる。



    “借人”は僕の肩に冷たい手を置き、耳元でそっと囁いた。



























    「地獄へようこそ……」









































    後には、ところどころを電灯が薄く照らすだけで、暗い闇が拡がるだけだった。


    誰もいなかったかのように、静寂がその場に訪れている。


    彼らの行方は、誰も知らない。






  43. 43 : : 2015/08/10(月) 14:12:19






    ーーーーーーーー



    ーーー


    ーーーーー



    ーー


    ーーー









    私の名前は舞園さやか。



    超高校級のアイドルで、希望ヶ峰学園に通っている。


    今はその学校の帰り。



    夏は暗くなるのが遅いとたかをくくっていたが、自習室での勉強に夢中で、外はすっかり夜になってしまっていた。








    夜道を小走りしていると、ついつい考えふけってしまう。







    最近とあるクラスメイトがどこかに消えたのだが、どうしようもない屑だったので、むしろ清々とした気分だった……のだが、







    私の心の底には払拭できない蟠りがあった。









    先日、飲酒の件でカラオケの店員から脅されたのだ。


    『事務所やマスコミにばらされたくなければ、6000万円払え』



    と。





    そんな大金、学生で、しかも新人アイドルの私が持っているはずもない。



    途方に暮れていた。





















    不意に視線を感じ、振り向く。






    背後にはただの一面の闇が広がっているだけで、特に変わったところはない。











    ホッとして前を向こうとした瞬間、













    「こんばんは」



















    不気味で、野太い男の人の声が聞こえた。













    苗木「借人」END















  44. 44 : : 2015/08/10(月) 14:14:20
    完結しました!!!!! 今回は鬼ごっこ系じゃないホラーを目指してみました!一応初日完結ですねww 見てくださった方ありがとうございました!他の参加者さんのSSも是非ご覧になってくださるとありがたいです!
  45. 45 : : 2015/08/10(月) 15:13:28
    面白かったです!!ドロドロしててでも、フリックして読んじゃう!
    不思議な感覚でした!!お疲れ様です!!
  46. 46 : : 2015/08/10(月) 17:58:39

    まったく色の違うホラーを、こんなクオリティで書けるなんて尊敬です!
    夏って冷えますね…お疲れ様でした!
  47. 47 : : 2015/08/10(月) 18:49:13
    >>45
    ドロドロ書きたかったのです!ありがとうございます!

    >>46
    出来る限り被らない作品を目指しました!まだまだ夏は暑いです!ありがとうございました!
  48. 48 : : 2015/08/21(金) 00:03:07
    お疲れ様です・・・今まで見たなかで最悪のエンドだ・・・!
    でも新しい感じで 良かったです 次回作に期待!
  49. 49 : : 2015/10/22(木) 19:41:06
    好きな感じのホラーです!鬱な感じもあってとても、面白いです!頑張ってください!
  50. 50 : : 2015/10/26(月) 11:00:33
    こまるが可哀想でした。もし僕が携帯小説で,
    苗木が超高校級の殺し屋と書き,苗木が殺し屋になったきっかけが,同じ状況で親を殺し 妹を守るため殺し屋になったんだと書きます。
  51. 51 : : 2015/11/15(日) 13:35:40
    忍者さん日本語おかしくね?

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Koutarou

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