このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品はオリジナルキャラクターを含みます。
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寄り添う、白と黒の花
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- 1 : 2015/07/31(金) 01:06:43 :
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……花が、咲いていた。
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- 2 : 2015/07/31(金) 01:08:48 :
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「幽奈 様、ただいま戻りました」
そう言って、静かに襖を開ける。
「あら、おかえり那月 。疲れたでしょう、ありがとうね」
労いの言葉を掛けて下さったのは、透き通るように真っ黒な髪の毛と真っ白な肌の色の対比が美しい女性──水無瀬 幽奈様。
私の一族が代々お仕えしてきた家系、水無瀬 家の9代目となるお方だ。
「すぐにお夕飯用意しますね。もう5時ですし」
「いや、良いわ。ご飯は私が作るから、那月は休んでいて頂戴?」
「だ、駄目です!お身体に障りますよ!!」
「大丈夫よー、これくらい。むしろ寝てばっかりじゃ動けなくなっちゃうわ」
幽奈様は笑顔でそう言うと、私の返事も待たずにさっさと布団から出て台所へ向かっていった。
追いかけようかどうか、一瞬思案する。
が、お元気そうだし大丈夫だろうという結論を出し、私は家の中央にある庭へと向かった。
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- 3 : 2015/07/31(金) 01:09:21 :
水無瀬家のお屋敷は非常に広い。『山の頂上』に立地しているから土地が安いというのもあるが、それにしても尋常でなく広い。
端から端まで、およそ5町はある。中央に縦横がそれぞれ2町ほどの広さの庭があり、それを囲うようにして廊下や部屋が造られているので、グルリと廊下を一周すれば10町を超える長さになるかもしれない。
そんな大屋敷にも関わらず、住んでいるのは私と幽奈様の2人だけだ。
何故か。その答えは水無瀬という一族の在り方にある。
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- 4 : 2015/07/31(金) 01:12:29 :
水無瀬家は代々、霊感が強い一族として有名だった。その力を駆使して様々な霊障を解決する事で村内での地位を確立し、屈指の名家として常に一定の力を保持してきた。
だが、ある時。
水無瀬家の3代目であり、特に強い霊感を持っていた人物である水無瀬 悠里が気付いた。
水無瀬の家系が持つ力は自己の魂を削るものであり、使えば使うほどその身を病が蝕んでいく事に。
それから、水無瀬の人間には2つの選択肢が用意されるようになった。
1つはこれまでと同じく、魂を削って霊障を解決し、村人たちを救っていく道。
もう1つは、他の村人たちに混じりただの一般人として過ごしていく道。
歴代の水無瀬たちは、例外なく後者の道を選んで行った。命より大切なものはない、と口を揃えて言った。
……だが、幽奈様は違った。
彼女だけは、3代目以来初となる前者の道を選んだ。
人を救いたいという一心で。
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- 5 : 2015/07/31(金) 01:14:31 :
初めは良かった。
幽奈様は様々な霊障を解決され、村人たちはそんな幽奈様に感謝の言葉と満面の笑みで答えた。
村は活気に溢れ、喜びに溢れ、笑顔に溢れていた。
……けれども。
少しして、段々と雲行きが変わり始めた。
幽奈様が少しずつ弱り始めて病床に伏した頃、ある村人が言った。
「この病、他人には伝染らないのか」と。
伝染る筈がなかった。初代の時も2代目の時も3代目の時もそんな事象は起きていなかった。
これは霊障を除くデメリットとして水無瀬の者が抱える、いわば呪いのようなものである事は明白だった。
にも関わらず、村人たちの幽奈様を見る目は日に日に変わっていった。
そして奴らは、あろう事か水無瀬の屋敷を山の上に移築しようと言いだした。
名目上は「空気の良い山の上なら病の進行も遅れるかもしれない」という聞こえの良いものだったが、それの本質がただの厄介払いである事は赤子の目にも明らかだった。
私は反発しようとした。酷く腹が立って、頭に血が上って、言いだした奴の頭をぶん殴ってやろうと思った。
……それなのに、幽奈様は笑顔で言ったのだ。
「ええ、ありがとう。嬉しい心遣いだわ」
その一言で、私は握り締めた拳を解かざるを得なかった。
その一言は、幽奈様の意思だったからだ。この不条理を受け入れるという、この上ない意思表示だったからだ。
犠牲になるわけでもない私には、否定どころか意見出来る筈すらなかった。
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- 6 : 2015/07/31(金) 01:16:12 :
「きゅうじゅうはち……!きゅうじゅうきゅう……!!」
そうして私たちは今、山の上から麓にある村を眺める生活を送っている。
幽奈様の病状は悪化し、今や屋敷から出る事もままならない。だから霊障への対処は、わざわざ山を登ってくる少数の人間のみに限定して行うようにしている。
それでも弱った幽奈様のお身体には決して軽くないダメージなので、出来れば止めて頂きたいのだが……
それは叶わぬ願いだと分かっているので、私は精一杯自分の職務を全うする事のみを考えて日々を過ごしている。
「……ひゃくっ!!!」
この素振りもその1つだ。
『仕えるべき主人を守るため、常いかなる時も精神を集中させていなければならない』という教えの元、私の家系には代々剣術の修行が課されている。
これ以上ない精神鍛錬になるので、私は幼い頃から欠かさずこれをこなしているのだ。
因みに、遥か昔には私の先祖が剣で霊を斬り捨てたという逸話もあるが……その真偽は定かではない。
「ふー、今日の鍛錬は終わりっと……幽奈様の様子を見に行かなくちゃ」
あらかじめ用意しておいた手拭いで顔の汗を拭い、私は台所に向かった。
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- 7 : 2015/07/31(金) 01:19:19 :
「幽奈様ー」
「あら那月、良いタイミングね。ちょうどご飯出来たわよ」
「では、食器出しますね」
流れるように棚から食器を出し、幽奈様がそれに料理を盛り付けて配膳する。準備はすぐに終わった。
「じゃあ、頂きましょうか」
「「いただきます」」
2人で手を合わせ、食べ始める。
白米と、味噌汁と、煮た里芋に焼き魚。
どれも美味しく、箸が進む。
「やっぱり、料理だけはどうしても敵いませんね……」
「やだわ那月ったら、お世辞が上手になっちゃって」
「お世辞じゃありませんったら」
わざとらしく手で口元を隠した幽奈様に、笑いながら言う。
ご飯を食べている時の幽奈様は心なしか元気に見える。だから、私は食事の時間がとても好きだった。
「……ねえ、那月」
「どうしました、幽奈様?」
笑顔で幽奈様の方を向く。
「私ね、多分『そろそろ』なの。分かるのよ、何となく」
突然の告白に、私の思考は一瞬完全に停止した。
が、次の瞬間にはフル回転し始めた。幽奈様の言葉の意味をあらゆる角度から考え、そして、その言葉に他意などない事を理解する。
私は、全身に冷や汗が滲むのを感じた。
「……ご、ご冗談ですよ……ね?」
笑みを作ろうとして、しかし作れないままに問う。我ながら酷く引き攣った顔をしていると思う。
「冗談じゃないわ、本当の事よ。恐らく……もう一週間と持たないんじゃないかしら」
カタカタと震える手で箸をお椀の上に置いた。
隙間風が、不自然に頬を撫でた気がした。
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- 8 : 2015/07/31(金) 16:38:22 :
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- 9 : 2015/07/31(金) 16:39:22 :
水無瀬 幽奈は、飢えていた。
物理的にではない。彼女の家は裕福で、食べ物なら腐るほどあった。
ならば何に飢えていたのか。
それは愛情だった。親から子への、無償のそれだ。
彼女の父は自由な人物だった。幽奈が幼いうちに家を出、それ以来帰ってくる事はなかった。
彼女の母は忘れる事が出来ない人物だった。いつまでも夫の面影に捕らわれ、幽奈がまだ小さい時に最後はうわ言を呟きながら首を吊った。
そんな家庭環境の中で、幽奈が愛情を求めたのは必然だったと言えるだろう。
「……霊を取り払う力、ですか?」
そして、そんな少女の穴に汚い大人たちは巧みに滑り込む。
『君の力が必要だ』『君なら助けられる』『ありがとう』『感謝している』
愛情に飢えた幽奈には、それらの言葉が心を癒してくれる唯一のものだった。
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- 10 : 2015/07/31(金) 16:40:37 :
彼女は命を、魂を削る事を省みずに他人を救った。そして対価として払われる感謝の言葉に己を救った。
だが、そんな関係は彼女に価値があるうちしか続かなかった。
「村の近くの山の頂上に、お屋敷を移されてはどうですか?あそこは空気が澄んでいますし、きっと良い療養地になると思うのですが」
事実上の厄介宣言を受け、幽奈がまず初めに感じたのは虚無感だった。
憤りでも、憎悪でもない。ただひたすらに何処までも続く虚無感。それが彼女を襲った。
頼られたい。認められたい。知ってほしい。見てほしい。愛されたい。
存在理由の殆どを占めるようになった、肥大化した承認欲求。
それはいつしか、逆の事象を極端に嫌うようになっていた。つまり、『認められない』『嫌われる』事への行き過ぎた恐怖。
「ええ、ありがとう。嬉しい心遣いだわ」
だから、彼女は微笑んで言ったのだ。
嫌われたくなかったから。せめて、厄介者と思われても……憎むべき対象には『死んでも』なりたくなかったから。
だから、彼女は込み上げる涙を必死に抑えながら、微笑んだのだ。
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- 11 : 2015/07/31(金) 16:42:13 :
「恐らく……もう一週間と持たないんじゃないかしら」
そう言った時、実は幽奈は内心ではホッとしていた。
やっと終わる。その気持ちだけが胸を支配していた。
「……そう、ですか……」
だから、今にも泣きそうな顔でこちらを見つめてくる那月の顔を見た時、軽く困惑した。
少し考えてやっとその表情の意味に気付き、不味い事をしたと後悔した時にはもう遅かった。
「……あ、あの!私、ちょっと用事を思い出しましたので!少し庭に行ってきます!!」
そう言い残し、那月はさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。
一人残され、幽奈はボソリと呟いた。
「……ごめんね、那月。でも……私は皆の役に立ちたいの。……例えそれが……、」
ふと、背後に気配を感じた。
振り返るとそこには、大きく黒い穴が空いている。
「黄泉への道……日に日に色濃く、暗くなっていく道」
それは黄泉、つまりあの世へと続く穴だった。
彼女には、それが自身の死期を暗示するものである事がすぐに理解出来た。
穴の向こうには無数の顔があった。生気のない、ただ虚ろにこちらを見つめてくるだけの目。
しかし、不思議と恐怖は感じない。
「……」
幽奈は、静かに目を瞑った。
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- 12 : 2015/07/31(金) 16:43:31 :
……が。
その時だった。
「すいませーん」
玄関の方から子供の声が聞こえた。
幽奈はゆっくりと玄関まで歩き、扉を開ける。
「はいはい、今開けるわ。……どうしたの?」
玄関の外にいたのは、小さな子供たった1人だけだった。
こんな山奥まで子供だけで登ってくるなんて、まさか余程の重症なのだろうか。と彼女は思案する。
子供は必死に、泣きそうな声で言う。
「あの、その……私、親がいなくて、それで……」
「あらあら、それで1人でこんな所まで?大変だったでしょうに、よく頑張ったわね……」
そんな子供を安心させようと、幽奈はしゃがみ込んで目線を合わせ、腕を広げて抱きしめるような形をとる。
「私は、駄目でっ…、!やらなくちゃ、やらないと駄目で……!!」
だが、子供の様子は一向に落ち着かない。それどころか……
幽奈が違和感に気付いた、その時。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私は、もうこれしかっ!!!」
その時にはもう、遅かった。
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- 13 : 2015/07/31(金) 16:45:14 :
「……、え……?」
腹部への違和感。遅れて……激痛。噴き出し、滲み出る生暖かい感触。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
子供が隠し持っていたナイフが、幽奈の腹に突き立てられていた。
「…………っ」
ドサリ、と力無く倒れこむ幽奈。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……こうするしかなかったの…食べ物が欲しければやれって、やらないと死ぬだけだって……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
子供はひたすらに謝罪の言葉を連呼しながら走って逃げて行った。
だがしかし、幽奈の目はもはやそんな所を見てはいなかった。
「………」
仰向けに倒れたまま、ただ虚空を見つめる。暗く黒い穴が急速に開いていく。
そこから這いずるように出てきた、あちら側の存在……幽霊が笑みを浮かべながらその骨だらけの手を幽奈に伸ばす。
幽霊の中でも特に邪悪に満ち溢れているのであろう、その笑みは醜悪で直視に堪えなかった。
「…………もう」
幽奈の頭の中で、先ほどの子供の言葉が反芻される。
自分が愛情を求めた村人たちは、自分のことを殺したいほどに嫌っていたのだと。
もはや、自分の存在は病床と同列だったのだと。
誤魔化してきた気持ちが遂に弾け、決壊するように流れ出た。
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- 14 : 2015/07/31(金) 16:45:47 :
「……もう、疲れたよ……」
醜悪な霊の右腕が、幽奈に触れた。
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- 15 : 2015/07/31(金) 21:51:16 :
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- 16 : 2015/07/31(金) 21:53:00 :
「にひゃくきゅうじゅう…!!にひゃくきゅうじゅういち…っ!!!」
幽奈様の話を聞いて咄嗟に部屋を飛び出してしまった私は、気持ちを落ち着けるため庭で刀を振っていた。
……だが、みっともない事に心はまるで落ち着かない。それどころか、時間と共にますます混乱していく。
「にひゃくきゅうじゅうに……にひゃくきゅうじゅうさんっ!!!」
幽奈様が、死ぬ。
頭では知っていた。理論的には分かっていた。予想は出来ていた筈だった。
でも、気持ちでは知らなかった。感情論的には分かっていなかった。予測など、完全にアテが外れていた。
「にひゃくきゅうじゅうよん……!!!」
幽奈様が死んでしまうのが。いなくなって消えてしまうのがこの上なく寂しい。
出来ることならば、縋りたい。どんな醜態を晒すことになっても、どんな犠牲を負うことになっても良いから、幽奈様に生きていて欲しい。
どこまでも、幽奈様を想う心ゆえに。
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- 17 : 2015/07/31(金) 21:55:14 :
「にひゃくきゅうじゅう……ごっ!!」
だがしかし。
それと同時に私は、幽奈様を止めることが出来ないのだ。それもまた、幽奈様を想う心ゆえに。
「にひゃくきゅうじゅうろくっ!!!」
幽奈様は、救いたいと思われている。
たとえ御自分がどうなられようとも、あの村の人間たちを救おうと思われている。
「にひゃくきゅうじゅうなな……っ!!!」
……幽奈様は私に話してくださらなかったが……実は私は知っているのだ。
水無瀬家が霊障を解決する事によって背負うダメージ。
一般には『魂が傷付く』と表現されている症状の、真実。
それは、霊の憑依。取り憑き。
……当然だ。本来なら生きた人間は向こう側の存在には干渉出来ない。それを為してしまうのだから、どうしても霊の興味を惹いてしまう。
そして取り憑かれ、どんどん黄泉の側へと近付き、最後には引きずり込まれるようにして死んでしまう。
それが、水無瀬の。幽奈様の真実。
「はぁ、はぁ……にひゃくきゅうじゅう、きゅう……っ!!!」
1人の人間が何十何百という霊に取り憑かれる事の辛さは、私には推し量る事しか出来ない。
ただ、それは明らかに人の耐えられる所を超えている。
もしも幽奈様が生きた状態で、霊に屈すれば。幽霊の中でも特に邪悪な、悪霊に付け入られでもすれば。
たちまちの間に災厄が広がる。これまで幽奈様が抱え込んできた霊が、いや、それ以上のものが解き放たれ、怨念のままに生きる者を殺し尽くす。
……それを知っているからこそ、幽奈様は死の道を選ぶのだろう。
人のためを思うからこそ、思い過ぎるからこそ……どこまでも孤独な、冷たい道を歩まれようとするのだろう。
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- 18 : 2015/07/31(金) 21:58:22 :
「……さんびゃくっ!!!」
大きく息を吸い込み、尻餅をつく。
「……ぜぇ…はぁ……」
気持ちが落ち着かない。
分からないのが、どうすれば良いのか、ならまだ良かった。
だが、今の私にはそれ以前の事が分からないのだ。……そもそも私は、どうしたいのか。それすらも分からないのだ。
「……でも、やっぱり……幽奈様のお気持ちが一番大切だもんね」
はっきりと口に出して言ってみる。
……が、やはり気持ちは固まってはくれない。
「………はぁ……」
私が溜め息を吐いた……
その時だった。
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- 19 : 2015/07/31(金) 21:58:48 :
赤。
突然、視界に……赤が昇った。
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- 20 : 2015/07/31(金) 22:00:24 :
それが『火』だと、気付くのに数秒かかった。
何故ならそれは、本来ならあり得ない筈の所で燃え盛っていたからだ。
屋敷の入り口。
玄関が燃えていた。
「……っ!!?」
息切れも忘れて走り出す。だが、向かうのは玄関の方ではない。
居間。先ほどまで私がいた、幽奈様がいる筈の部屋。
「幽奈様っ!!ご無事ですか!!?」
投げるような勢いで襖を開ける。が、幽奈様はいない。
「……っ!?台所!?寝床!?……まさかっ!!!」
最悪の可能性を感じ、玄関へとひた走る。
そして……その可能性は、最悪な事に的中した。
「……ゆ……」
轟々と燃え盛る炎の中に、
血に濡れた、艶やかな黒髪。
地に伏した、華奢な身体。
「ゆうなさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
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- 21 : 2015/07/31(金) 22:07:52 :
急いで駆け寄る。首に手を当てると、まだ僅かに脈があった。
「幽奈様!!お気を確かに!!幽奈様!!!大丈夫です、今すぐ医者に……!!」
「……
「…え……?」
それは、確かに幽奈様の声だった。聞き慣れた声だった。
「
だけれども……私の知っている幽奈様とは、似ても似つかぬ声だった。
暗くて、深くて、底の見えない……呑み込まれてしまいそうな……そんな、悲しい声。
「幽奈様……!?」
「……那、月……」
……そして。
「逃げて 」
目も眩むような、妖しい光と共に。
地獄が、黄泉が、
あの世が、降りてきた。
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- 22 : 2015/07/31(金) 22:09:55 :
「……っ!!痛ぅ……!?」
気付けば私は、燃える炎の中に倒れ伏していた。
熱さに目を覚まし、反射的に起き上がる。そして辺りを見回す。
しかし、幽奈様の姿はどこにもない。
「…!!一体どういう……!?」
そして、空を見上げて気が付いた。
無数の……薄く光を放つ物体が、麓から山の頂上へと飛んでいく事に。
人魂だ、と。私は本能的に理解した。
そしてそれと同時に、今起こっている事態も。
呆然とした。ただ、呆れ返った。余りにも力が抜け、折角立ったのにまた座り込んでしまった。
「……はは……」
つまりは、こういう事なのだろう。
村人たちは、やはり、どこまでも幽奈様を目の敵にしていたのだ。
利用価値は最早ない、しかし呪いを振り撒く可能性のある幽奈様の存在に、耐えられなかったのだ。
そして、馬鹿な過ちを犯した。
幽奈様を刺し、さらには屋敷に火をつけ……自分たちの手で、完全に幽奈様を処理しようとしたのだ。
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- 23 : 2015/07/31(金) 22:11:39 :
「……」
私がお側にいれば。
そんな後悔の念が、湧いてこなかったと言えば嘘になる。
だがそれ以上に、村人たちの馬鹿さに呆れるほかなかった。
……だって、奴らは
余計な心配をして、余計な手を出して……結果、絶対に溢れるはずのなかった災厄を溢れさせてしまったのだから。
「……」
空を飛ぶ人魂を見る。
あれは恐らく、1つ1つが1人1人なのだ。霊に取り憑かれ、取り殺され、今は亡き村人たちの魂。
「……」
それが向かう先は、屋敷より少し上にある本当の意味での山の頂上。まごう事なき山の先端だった。
……今こうして思えば、村人たちの馬鹿な過ちは前から始まっていたのだ。
この世とあの世の距離は、海の果てと山の頂上において最も近付くと言われている。
幽奈様を山に追いやったその判断から、奴らは馬鹿だったのだろう。
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- 24 : 2015/07/31(金) 22:12:32 :
「……!」
山の麓から山頂へ飛んでいく人魂と対照的に、山頂から山の麓へ降りていくものがあった。
それは、蝶。
魂と同じように、薄く紫色の光を放つ……酷く無機質な、明らかに命を宿していない蝶。
「……」
恐らくあれが、溢れ出た霊なのだ。
霊が、人を死に引きずり込むために取った形が、あの蝶なのだ。
きっと今頃、麓の村では悲鳴や絶叫が飛び交っているのだろう。蝶から逃げるために、人々が卑しくも走り回っているのだろう。
そんな光景を想像して、嫌になった。
「……あ」
蝶が、こちらに飛んできた。
フワフワと、ヒラヒラと、優雅に。空を泳ぐようにこちらへと近づいて来る。
逃げる気にはならなかった。理由という理由はない。ただ何となく、逃げる気にはならなかった。
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- 25 : 2015/07/31(金) 22:12:59 :
「……ほら」
右腕を、伸ばす。
あの蝶がこの指の先に触れれば、きっと私は死ぬのだ。そう思いながら、指を伸ばす。
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- 26 : 2015/07/31(金) 22:13:30 :
「……!」
だが。
蝶は私の指に触れる前に、軌道を右へ逸らした。
不思議に思い、蝶の行くであろう方向に目を向ける。
「…あ……あ……」
そこにいたのは小さな子供だった。
何故こんな所にいるのかは分からない。ただ分かるのは、この子の人生は短くもここで終わってしまうという事だけだ。
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- 27 : 2015/07/31(金) 22:15:04 :
震える子供に向け、蝶は迷いなくヒラヒラと飛んでいく。
「……」
──まあ、当然だろう。
別に小さな子供がこの子だけなわけでもない。麓の村にも子供は沢山いただろう。空を飛ぶ人魂の中にも混ざっているかもしれない。
ただ、この子は偶然私の目の前で死ぬというだけで。
この子の特異なのはそこだけだ。それ以外はただの村人と何ら変わりはない。
「……」
そう。なんら問題はない。
「……」
──だが。
本当に、これで良いのだろうか。
「……っ!!!」
「きゃっ!?」
気が付けば私は、子供を下敷きにするように押し倒していた。
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- 28 : 2015/07/31(金) 22:15:36 :
倒れた私の背の上を、ヒラヒラと蝶が通過する。
薄光るその身が木に触れた。
その瞬間、私の背の倍はあろうかという木が、みるみるうちに枯れ始めた。
葉を燃やしていた炎も、枯れ木を燃やし尽くして消えていく。
後に残ったのは黒い灰だけで、それも風に吹かれて消えた。
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- 29 : 2015/07/31(金) 22:16:15 :
「……あの、お姉ちゃん……」
私の下から、子供の震えた声が響く。
「……歩けるなら、川に沿って麓に下りなさい。川沿いなら火に燃やされる心配はないし、あの蝶も走っていれば何とか躱せるでしょう」
「あ、あの……」
「……早く行きなさい。私も時間がないの」
子供が何か言おうとしたが、私はさっさと上から退き、川の方向へ促すようにその背を押した。
子供はこちらを一瞥した後、お辞儀をして、そして川の方へ走っていった。
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- 30 : 2015/07/31(金) 22:51:05 :
「すぅぅ……はぁぁぁ……」
目を瞑り、深く息を吸い込み、そして吐き出す。
脳裏に、幽奈様の姿がよぎる。
まだ村に住んでいた頃の、元気だった幽奈様。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねえ、那月」
「どうしました、幽奈様」
「……あの子達を見て。元気に駆け回って、遊んで、笑って、泣いて」
「はぁ……?」
「羨ましいなぁってね、思うのよ。あの子たちは真っ白で、今からどんな色にでも染まれる。それはつまり、可能性。あの子たちにはそれこそ無限の未来がある。……だからこそ私は、守りたいって思うのよ。あの子たちの笑顔を、未来を」
「……そうですね。子供たちの笑顔は、宝物ですから。……って、何ババくさい事言ってるんですか。まだ20ですよ?幽奈様」
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「……っ」
慌てて外へ出たために持ちっぱなしだった、地面に投げ出されていた刀を掴む。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「歳は関係ないわよ。……いや、悪いなと思ってね……那月は、小さい頃からずっと私を見てくれているでしょう?本当はもっと、貴女にもやりたい事があったんじゃないか、って……」
「なんだぁ、そんな事ですか。……それなら心配しないでください!私、幽奈様と一緒にいられるのが本当に嬉しいんですから」
「……那月……」
「あっ、ほら見てくださいよ幽奈様。私の髪の毛。……何故か生まれつき真っ白なんですけどね、これなら私、いつまでも可能性に溢れてますから!!」
「……ぷっ、あはは、そんな問題じゃないでしょう。那月ったら!」
「えへへ」
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- 31 : 2015/07/31(金) 22:51:49 :
「よし……!」
両手でしっかりと刀を握り締める。
不思議と、心は穏やかになっていた。
──確かに、私はどうすれば良いのか分からなかった。
でも、今なら分かる。
少なくとも、今自分が何をすべきか。
「幽奈様……死んでしまわれたとはいえ、主人に刃を向ける無礼……お許しください」
先ほどの、幽奈様の様子とその言葉。それらから分かった事があった。
幽奈様は恐らく、もう亡くなられてしまったのだ。
今の幽奈様は、悪霊に取り憑かれてその怨念を晴らす道具とされてしまっているだけなのだ。
……ならば、私がやるべき事は一つ。
「幽奈様が守ろうとしたもの……理由はどうあれ、命を懸けて護られたもの……!!それを壊そうとする輩は、私が斬り伏せる!水無瀬家の付き人として!幽奈様の付き人として!!」
私の家系に伝わる、古い伝承。
剣で霊を切り捨てたという先祖の話が、真実であった事を信じて。
私は、強く地を蹴った。
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- 32 : 2015/07/31(金) 23:06:57 :
地を蹴り、ただ前へ、跳ぶ。
進めば進むほど蝶は増え、密度が増していく。その隙間を縫うように、しかし決してスピードは落とさずに私は進む。
飛んでいるようだ、と思った。
それ程のスピードで私は、紫に染まっていく山を駆け抜けた。
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- 33 : 2015/07/31(金) 23:08:16 :
そして。
遂に私は辿り着いた。
「……!幽奈、様……!!」
「……」
幽奈様……いや、幽奈様の姿をした悪霊は、山の頂上にそびえ立つ巨木にもたれ掛かるようにしていた。
その姿を見て、私は一層確信した。
ああ。やはり、幽奈様はもういないのだ、と。
「……!」
刀を強く握り、構える。
その時だった。
「……
幽奈様の身体が突如、強い光を発した。
光は徐々に集まり、収縮し、無数の蝶の姿を形作る。
そして一斉に、私に向かって羽ばたきだした。
先ほどまでの比ではない密度。
ぱっと見では穴など見えず、まるで死が壁となって迫ってくるような錯覚すら覚えた。
……だが。それでも。
私は退くわけには行かない。
「…っ!!あああああああっ!!!!!」
私は、死の壁へと突っ込んだ。
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- 34 : 2015/07/31(金) 23:22:17 :
「あああああああ!!!!!!」
霊蝶を斬り、死蝶を断つ。
斬り、斬り、斬り、走る。
ただ、繰り返す。
「っ!!」
斬りきれなかった蝶が、僅かに身体を掠めた。
たったそれだけで、恐ろしいほどの脱力感に襲われる。
「っ……!!あああああああっ!!!!!」
だが、私は止まらない。
少し前までの私なら、もうここで倒れてしまっていただろう。目的を知らない私ならば。
しかし、今は違う。
私には確固とした意思がある。成したい事がある。
だから私は、倒れない。
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- 35 : 2015/07/31(金) 23:23:14 :
蝶の壁に、僅かに穴が空いた。
穴の向こうには当然、幽奈様の姿。
私は迷わず、足を踏み出した。
足に力を込め、強引に身体を引っ張る。
「……っこれでえええ!!!!!」
刀を大きく振りかぶった、その刹那。
幽奈様と、目が合った。
「……ありがとう」
空耳のような不確かな声が、響く。
同時に、再び幽奈様の身体が光り蝶が生まれ出た。
「終われえええええ!!!!!!!!!!」
私はその全てを斬り伏せるため。
刀を、振り下ろした。
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- 36 : 2015/07/31(金) 23:24:49 :
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- 37 : 2015/07/31(金) 23:29:54 :
ここは、日本のとある村の『跡地』。
昔は非常に栄えた村だったのだが、ある時期に原因不明の大災害に被災。
住民の殆どが死体で発見されたという。
ただ、何故か子供たちには被災しなかった者が多く、村自体は無くなったものの村人たちの家系は各地で細々と繋げられているらしい。
そんな場所に、少し変わった名所がある。
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- 38 : 2015/07/31(金) 23:33:41 :
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特に派手だというわけではない。
何か歴史があるわけでもない。
……では、何が名所なのか?
その答えは実は、ある『花』にある。
村跡地の近くにある山の頂上。
そこにひっそりと咲く2輪の花があるのだが、なんとこれらは500年もの間枯れずに咲き続けているらしい。
理屈は全く分かっておらず研究者もお手上げ状態なのだが、一部ではこんな証言がある。
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- 39 : 2015/07/31(金) 23:37:05 :
『この2輪の花は、決して離せない』
『土から抜こうとしても、どうしても何故か失敗してしまう』
……と。
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