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雨音と2つの願い

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  1. 1 : : 2015/06/22(月) 17:49:41
    テスト前に何書いてんだ馬鹿野郎

    ほんと何書いてるんですかね
    こちらの企画に参加させて頂いてます。何故審査員に回らなかった。↓

    第四回天下一執筆会
    http://www.ssnote.net/groups/524

    とりあえず凄いお方ばっか参加されてて大変恐縮ですが、お目汚ししない程度にちまちま書いていく予定ですので良かったら見てやってください
    あと本人がテストと検定と受験やらなんやらで本来はすっげえ忙しいので亀更新になるかと思われますが、一応すぐ終わる形にはするので許してください(土下座)
    SSっつー書き方とはなんか違う気がしますがとりあえずこういう書き方なので、読みにくいなとか読みたくないなとか思ったらブラウザバックする事をお勧めします。
    「七夕」がお題なので一応七夕のお話のはず…。創作男女ですかね?
    本人が七夕の前日が誕生日なので複雑な気持ちで書いてます。どうせなら七夕に生まれたかった。

    勉強の合間合間の大抵深夜に書いてるので誤字脱字のオンパレード(確定)です。ねみい

    とりあえず名前のある創作男女ちゃんなので簡単に人物紹介

    ・田宮(男)
    現代っ子少年。高校生じゃね

    ・奈月(女)
    なっちゃんとわしは呼ぶ。高校生ry

    ・南(男)
    田宮の親友
  2. 2 : : 2015/06/22(月) 17:50:25
    「七夕の願い事何にしよう」

    いい年こいた女子高生の奈月は、未だに子供のような事をたまに宣う。お前女子高生だよな、と思わず喉から出かかってしまった突っ込みをなんとか堪え、あえてスルーをした。
    当の奈月といえば、楽しそうに短冊の紙を持って嬉しそうにしている。子供のように無邪気に笑っているものだから、矢張り何処かガキというか、何というか。
    まあ別に聞いちゃいないのに、勝手に奈月が話した内容によると、何でも、近所の商店街が七夕のイベントをやるから近隣の住民に短冊を配って集客を図ろうとしているとのこと。その近くに住んでいた奈月にその短冊が届いたらしく、そして今に至る訳だ。
    別に奈月は占いの類やロマンチストとという訳では無いが、まあこういう行事事にはなんかワクワクするらしい。気持ちはわからんでも無いが、どんな願い事を考えてるとかは、完全に幼稚園児のそれと同じだが。

    「願い事ねぇ…。本当にそれで叶ったら苦労はしないけどな」

    「夢の無い事言わないでよ!今真剣に考えるのに」

    「へいへい悪うござんした。で?お前が叶えたい願いってなんなの、成績あげたいとか?それとも物欲か?」

    「んー、別にそういうのでも無いかな。でも先のお願い事にしようかなとは思ってるよ」

    「先の願い事?」

    「織姫と彦星がベガとアルタイルなのは知ってるだろうけど、それぞれの星までの距離が地球から16光年と25光年かかるの。だからまあ先のお願い事にしよっかなーって」

    そういうところは妙に現実的な奈月である。
    ガキ臭えなとか思ってたが、ところがどっこい、そんな事は無かった。ちゃんと先の事まで考えるから奈月という人間はなかなか読めない。変なところで子供臭いが、変なところで現実主義な奴だ。何となく矛盾してる気もするが、まあこんだけしっかりしてれば、先でもこいつは案外上手く生きていけそうな気もするんだがな。願い事なんか無くても。
    16年も25年も先の未来か。流石にそんな先だと忘れてそうな気がするが、当の奈月が楽しそうだからそれは黙殺する事にしよう。流石にそこまで夢の無い事を口出しするほど、俺も嫌な性格をしていない。
    キラキラした瞳で短冊を見つめる奈月は、本当に無邪気な子供のように思う。何だかそれのせいで危なっかしく思うのか、前々からこいつは何だか放って置けない。しっかりしてるのかしてないのか。こいつははっきりしていないから俺も頭を悩ませる。

    「そうだ、田宮も書く?何枚か貰ったから折角なら書きなよ。」

    「はあ?俺も?別にいーよ、そんな先の願いとか別に」

    「たまには童心に返ってこういうのをやるのも良いでしょ!別にそんな先の事を考えなくても大丈夫だし!!」

    半ば無理矢理薄い青色の短冊を押し付けられる。いらないと返そうとしたら、何となくこいつがへこみそうだからそれもいうに言えず。本当に渋々といった形でその短冊を受け取った。
    満足そうに笑った奈月に、こいつには敵わないと思う。何がそんな嬉しいんだか。まあ自分でも分かるくらいに、微かに俺も微笑んでいたのは自覚している。自分でもよくわからないが。

    (願い事、ね)

    青い短冊を暫く手で弄った後、何日間も雨が止まない窓の外に視線を向ける。
    薄暗く分厚い雲に覆われて、湿気の多い憂鬱な季節。雨で濡れて、良い事なんか殆どない。
    こんな天気では見えるはずもない。一年に一度出逢える筈の、逢瀬の相手の事も。雲と雨に覆われて、互いの想い人を瞳に映す事も出来やしない。織姫と彦星。こんな時期に、季節に、あんた達は互いの想い人の姿を映すことは出来るのか。

    (出来ないのだとしたら、それはなんて悲しいのだろう)

    年に一度、逢える日に雲と雨で覆われるなど。
    それが恋人であるならばどれ程苦しいことか。



    「毎日逢ってても、苦しいっていうのに」



  3. 3 : : 2015/06/22(月) 18:46:44
    梅雨というのは、大体6月10日から7月中旬まで続く時期のことである。まあ場所によっての気候なんかで梅雨明けが変わったりもするが。
    因みに沖縄の梅雨明けが余りにも早くてビビったのは最近の記憶でもある。
    必然的に、七夕と梅雨というのは被るわけだ。
    だから梅雨だから雨が降る可能性が高い訳だし、折角の天の川も分厚い雲に隠されて、結局は雨を眺めるなんて羽目にもなる。
    ムードもクソもない台無し感ハンパないが、なんせ梅雨だからそれは致し方ない。そこはもう諦めよう。
    因みにここ数日は雨が降りっぱなしである。もう地面も十分であろう水分を吸い込み、木は自然のシャワーをほぼ24時間浴び続けているから、大自然の中の奴らにも致死量なんてものがあったらそれはもう大変なことになっていただろう。
    まあ話を戻すが、こんな時期に織姫と彦星の逢瀬許した神様とやらは随分と意地悪な奴だと思った。
    元々はといえば、織姫と彦星の自業自得ではあるのだが、逢瀬の日が一年に一回かつ、梅雨時期だ。
    意趣返しにしてもこれは酷くはないだろうか。まあ神様には神様のルールとやらがあるのだろうし、人間がイチャモン付けたってどうにかなる事でもない。
    それでも、そんな時期であろうとも、互いを想いあってるのなら、例え分厚い雲や、不快な雨で視界や行動を制限されようとも、きっと織姫と彦星は逢おうとするのだろう。
    一年に一度しか逢えないのだから、きっとその間に互いが恋しくなる時もないとは言えないだろうに。それでも一度しか逢えないその運命を受け入れて。
    その日にしか逢瀬を許されなくて、その日を過ぎればまた来年まで待つ事になって。
    それを後何度繰り返せば、あの2人は許して貰えるのだろうか。

    (恋は罪悪ですよ、なんて何かで見た事あるけれど)

    そこまでの事をされる程、恋とは罪深いものなのか。

    「難儀だなぁ…」

    がしがしと頭を掻く。湿気のせいで元より跳ねていた髪の毛は、掻いた事によってさらに乱れる。だけれど、それを直そうとも、というより気にすることすらしなかった。
    貰った白紙の短冊。それを一瞥して、机に突っ伏した。

    (苦しい、本当)

    阿呆になったと自分でも思う。
    願い事、願い事。願い事なんて、今の俺に思い浮かぶのはたった一つしかないというのに。
    それを躊躇する程に、これは苦しい。紙に書いて表して仕舞えば、何かが変わってしまうのではないのかと臆病になる。
    阿呆な事だ。あいつも、俺も。俺が、一番。

    「拗らせてるなぁ」

    隣の席の、気心知れた親友の声が聞こえる。俺のこの様子を見て、なんの事だか察しているらしい。察せるのはこいつくらいだが。
    ぽんぽんと軽く頭を叩かれる。『まあ、頑張れや。』とまで言われた。誰にも言ってないのに。お前にでさえ。表情にすら表さなかったのに。なんでお前分かるんだよ怖えよ。

    (まあ、こいつが言うんだから、きっと凄く拗らせてるんだろうな)

    本当、拗らせると厄介な事だ。





    恋は罪悪。

    強ち、間違っていない、のかもしれない。
  4. 4 : : 2015/06/22(月) 18:47:40
    追記:よく改稿し忘れてて読みにくいです。
  5. 5 : : 2015/06/23(火) 18:12:52
    「ふーん?それでお前そんなウジウジしてたの」

    薄い青色の短冊をつまみながら、さして興味の無さそうに気怠い声を出す南は、俺と短冊を交互に一瞥すると、愉快そうににたりと笑う

    「拗らせたもんだよなぁ、恋愛に興味無さそうなツラしてるくせして。見てるこっちは面白いけど」

    「うるせえよ…そんな見てて楽しいかよ」

    「少なくとも見てて飽きはしない」

    「あっそう…」

    もうやだこいつ。

    再び机に突っ伏した俺の頭をあっはっは、と笑いながら今度は力加減無しに叩くものだからとても痛い。何がそんな楽しいんだ。そんなに悩んでる俺が面白いか。いい性格してるよお前。

    一通り笑い終わって満足したのか、笑い声はいつしか聞こえなくなり、頭を叩かれる事も無くなった。そして今度はやんわりと頭を撫でられる。まるで犬にするような手付きだが、それに対して文句を言う気も無ければ気力も無い。

    「梅雨はジメジメしてて鬱陶しいってのに、お前もそんなウジウジしてちゃあ面倒臭い。いや、見てて面白いけどな。」

    「最後が余計だ馬鹿野郎」

    「そんな湿度高くすんなよ、いずれきのこ生やしそうだなお前」

    「あーもううるっせえな!!からかいたいなら他を当たれよ!!」

    「一応相談に乗るつもりではいるんだがなぁ」

    どうやらこれでも相談には乗るつもりだったらしい。前置きが長えよ。どうせ慰めるなら最初から慰めてくれよ。
    まあでも、こいつは態度はこんなでも相談には親身に乗ってくれるやつだ。茶化してくれるところさえ除けば、女子受けも良いだろうに、何となく惜しい。

    「………というか、いつから気付いてた?」

    親友の南にですら言ったことも無ければ表情にすら出したこともない。なのに何故こいつは気付けたのだろう。それが先程から疑問だった。
    少しの間を置いて溜息を吐く音が聞こえ、『最初から』と言う。

    「声色とか表情が何となく違うんだよな。と言っても違いは普段と殆ど変わらねえけど。まあ何となく分かるんだよ」

    「そんだけで分かるならお前は大分観察眼あるよ…警察でも目指したらどうだ?」

    「俺公務員志望なんで。
    あー、ほら、こうとも言うだろ、『目は口ほどに物を言う』って」

    その言葉でようやく俺は顔を持ち上げる。見上げた先の南の顔は、面白そうに俺を見下ろしていた。ニヤニヤと、新しいおもちゃを見つけた子供のように悪い顔をしている。ぅゎ、南っょぃ。
    情けねえ顔、と言いながら南に頬を抓られる。引っ張ったりしてきて正直痛いが、抵抗も何もせず、暫くされるがままだった。

    「恋って本当に盲目だよな。やっぱり好きなやつを前にすると、仏頂面のお前でさえ目が変わるからなぁ」

    嬉しそうにしちゃってるの、そりゃ分かるっての。
    その言葉にじわじわと羞恥心が膨らむ。そこまで見破られて、気付かれて、挙げ句の果てに何も言わずに暫くそんな俺を観察されていた事実に絶望したくなった。やっぱりこいつはいい性格をしてる。
    クソが、と悪態を思わず吐けば、知ってると返された。こいつ慣れてやがる。

    「お前実はウブだろ」

    「知るか」

    「そんなジメジメと湿度が高くなりそうなほど悩むくらいなら、たまには素直になった方がいい気もするんだがな」

    デコピンされて、額を抑えて暫く悶絶する。やっぱり、こいつ力加減考えてなんかいない。
    まだ持っていたのか、南は短冊を俺に突きつける。目の前に。すぐ目前に。






    「一年に一度しか逢えない織姫と彦星に比べて、お前は毎日逢えるってのにな」




    勿体無いことしてんじゃねえよ。と言ったその言葉には、確かな怒気が孕んでいた。
  6. 6 : : 2015/06/24(水) 17:59:34
    この恋に自覚したのはいつからだったろうか。

    そんな詳しくは俺自身も覚えていないし、気付いたら、本当に気付いたら恋をしていたのだ。
    恋慕という感情は、本当に面倒臭いものだ。らしくないと自分でも思う。

    ……まあ今のは殆どが言い訳だ。面倒だと言うより、羞恥の方が勝っている。

    知るはずもなかった感情に俺自身、どうしたら良いのか分からないのが正直なところだ。ガキくせーし、思春期の中坊かよとも思う。
    難儀なものだ。恋というものにも、俺自身も。

    「短冊書いた?」

    ひょっこりと顔を覗かせた奈月はご機嫌そうに微笑む。なんとなくその顔を見てられなくて、そっと視線をそらしながら『まだ』と答えた。
    前の席に座った奈月は、不思議そうに俺を見る。様子がおかしいとは少なからず思っているのだろう。

    「なんかあったの?」

    「……何でも。ちょっと南と人生相談してただけ」

    お前に関係する事だとか言ったらどんな顔するんだろうな。
    一方通行の片思い、か。よく少女漫画とか、典型的な恋愛漫画とかで見かけるものだが、いざ自分がその立場になってみるとこれは中々堪えるものがある。苦しくて死んじゃいそう!だとかそんな感じでは無いのだが、人間の感情というものは思った以上に厄介なものらしい。

    (少女漫画かよ、ほんと)

    机に顔を突っ伏す。なんでかって、今の俺の顔、鏡なんて見なくても分かるくらいに情けない顔してるのは分かっているから。
    顔には焼けそうなくらいの熱が集まってるし、少なくとも動悸は速くなってるのは自覚してる。
    南の言葉を思い出す。『目は口ほどに物を言う』と。こいつを見る時の俺の目は普段より少し違うらしいが、何でか今は目どころか顔に異常が出てるのはバレバレだ。

    改めてこの恋慕に自覚して、南に相談したのが仇となったのだろうか。嫌でも意識している自分に羞恥心が募った。

    少なくとも、好きな奴を前にして顔を赤くする程度には俺もまだ人間臭いところはあるらしい。
    まさかこんな事で自覚などしたくなかったが。

    「田宮ー、どうしたの?具合でも悪いの?」

    「……何でもねえよ。眠いだけ」

    「え、でも、耳赤いけど」

    頭隠して尻隠さずとはまさにこの事では無いのだろうか。
    顔は隠せても耳が赤いのは奈月に見えていたようで。今更耳を隠しても手遅れなのは分かっていたからもう隠す事さえもしなかった。

    そしてこいつの鈍さに感謝する。
    どうやら、俺が気分悪くて熱を出してるとか思っているようだ。

    「保健室行く?」

    「いーって、そんな大した事じゃねえし」

    「奈月、」

    助け舟がきた。どうやら南が来てくれたらしい。
    『こいつは俺がみとくから』と南が言うと、暫く何か話していたようだが、納得したのか奈月は何処かへ行ったらしい。
    もう顔を上げても良いぞと言われて、ゆっくりと顔を上げると、ムカつくくらいのにやけた南と視線がぶつかった。殴りたい。

    「見てらんねーから助けに来てやったけど、お前もまだ青いな。仏頂面がデフォだと思ってたが、そんな事は無かったみたいだ」

    「……うぜえ」

    「いやいや、仏頂面の時よりも人間臭くて良いなと褒めてはいるんだぞ?」

    「………」

    「耳も隠せてなくてどうするんだよ、お前って本当に頭のいい馬鹿だよな」

    恨みがましく南を睨めば、怖い怖いと一蹴される。未だに熱の引かない顔は、どうやら南が誰にも見えないように上手く隠してくれているらしい。
    なんというか、こいつは中々手慣れているというか、何でも器用にこなすというか。

    「お前って恋愛経験豊富?」

    「いんや、恋は一回しかないな」

    「へえ、誰が好きだった。」

    軽率な質問だとは自覚している。それでも、なんだかそうでも言ってやらないとやってられなかった。意趣返しの意味もこもってはいるが、こいつの好きな奴というのは単純に気になるという好奇心が強い。
    俺からそんな質問をされるとは思っていなかったのか、ひとつ瞬きをすると、困ったように眉を八の字にした。

    「それとなく、好きな人いる?って聞いた事あるんだよ」

    「うん?」

    「照れ臭そうにしてたけど、なんだかんだでいるって答えてくれたんだよな。その誰かは、答えてくれなかったけど。まあ、確実に俺では無いよ」

    「……南?」

    「初恋は実らないって言葉は強ち嘘じゃねえんだよ」

    言いたい事が、分からない。顔の熱もようやく治まって、ちらりと南の顔を覗き込む。
    少し悲しげに微笑んだその顔は、何だか少し辛そうに見えた。



    「お前はそうならないといいな」


    だから頑張れよ、と小突かれたその真意は、それから少し経って漸く意味を知る事になる。

  7. 7 : : 2015/06/24(水) 23:00:47
    頭が洗脳されそうだぁー期待ですよぉ〜(^ω^)
  8. 8 : : 2015/06/25(木) 18:06:42
    >>7 ワァァァありがとうございます!!
  9. 9 : : 2015/06/25(木) 18:07:50
    (南視点)


    面倒な奴だと思う。

    人一倍素直じゃなくて、仏頂面に定評のある田宮は、表情に乏しいというか、余り表情筋がよく動く奴ではないのは確かだった。

    だが、田宮の意中の相手である奈月には、その仏頂面は分かりやすいくらい崩れる。
    決して破顔した情けない顔というわけではないが、すぐに赤くなるから、仏頂面は一体何処へ家出してしまったのかと思う程だ。

    (中坊みたいな初々しい反応しやがって)

    思わず我が子を応援するような目線で見てしまう。
    正直見てて焦れったいのだ。そりゃもう見てるこちらがイライラするほどには焦れったいのだ。
    もっと積極的に行けよ田宮。なんでお前は奈月の前だとヘタレなんだよ。

    (これじゃ、何のために諦めたと思ってる)

    初恋は実らない。
    その言葉通りに、俺の恋は終わったとも言える。
    この事は墓に埋まるまで言うつもりはないが、実を言うと、俺も奈月が好きだったりする。と、言っても過去形だが。

    本人の口から好きな人がいるという言葉でとうに諦めはついている。別にそこまで高望みはしていなかったから、割とあっさり諦める事は出来た。
    だが、こいつを見てると、俺みたいな事になりそうで不安になる。
    失恋というものは辛いものだ。いくら諦めがついたからといって、そうそう忘れたりなんかできない。

    (だからこいつには、何とかして欲しいもんなんだが…)


    今のところは無理そうだ。
    思わず溜息を漏らしてしまう。

    (本当に、面倒だよなぁ)


    こいつも、こいつが悩んでる事も。こいつが素直にならない事も。この状況も。

















    (両片思いって、本当に面倒だ)
  10. 10 : : 2015/06/25(木) 18:21:55
    (奈月視点)



    ああまた今日も、田宮は具合が悪そうだ。

    というより、調子が悪そうだと言うのだろうか?


    「南くん、田宮最近、具合悪そうじゃない?」

    「あー?うん、そうだな」

    「なんか最近疲れてるのかな」

    「そうだなー、ある意味(恋の)病を患ってるよ」

    「病気なの!?」

    大丈夫なのかと詰め寄ったら、南くんは何故か大爆笑する。
    床に転げ回る勢いで涙目になりながらひいひい笑うものだから、何かおかしい事を言ってしまったのだろうかと自分の発言を思い返してみるが、思い当たるところは特に無かった。

    粗方笑い終わって満足したのか(まあでもちょっと痙攣してるけれど)、若干震える声で『大丈夫大丈夫、別に死に至る病気とかじゃ…ブフッ』と続きを言いかけて南くんは吹き出した。
    よく笑う人だと思う。

    「あっはっは!いやーここまでだともう面白くて笑うしかねえわ!!なんなんだお前ら!俺の腹筋を殺す気かよあっはっは!!」

    高らかに、本当に愉快そうに笑う南くんを遠巻きに『なんだこいつ』という目で見る人たちがいる中、南くんの襟首を思いっきり引っ張った人影。

    今まさに話題にしていた田宮が、眉をひそめながら南くんを睨め付けていた。

    「うるっせえよ。何そんな爆笑してんだお前。皆引いてんぞ」

    「いやー、なんかもう面白すぎて寧ろ笑う以外どうしろt……ごめん、田宮見たら余計にツボにはまっ…あっはははは!!ひぃお腹痛い……!!」

    「てめえ俺の顔見るなり笑うとはどういう事だよ!?」

    ギャーギャー言いながら、小学生のような取っ組み合いを始めたこの二人はこのクラスでは名物だ。
    微笑ましく見守る人もいれば、元気だなぁと苦笑する人もいる。慣れきっているクラスメイトは、それがじゃれ合いだと分かっているから止めるような素振りも見せなかった。

    名物二人の元気の良いじゃれ合いに、思わず羨望の眼差しを向けてしまう。


    (いいなあ)


    南くんが羨ましく思う。

    割と田宮とは付き合いが長い。小学生の頃からの付き合いではあるけれど、昔から仏頂面だし、それは今でも変わらない。
    けれど、年月なんて言葉など無意味だと言うように、高校から知り合った南くんの前では、割と田宮は表情豊かだ。怒ったり笑ったり。私でもそうそう見た事はないのに。

    南くんを羽交い締めにしながら、田宮が私の方に振り向く。


    「この馬鹿が煩くして悪かったな」

    「あ、ううん!私は大丈夫だよ!」

    「ちょ、田宮ぐるじい…!!悪かったギブ!!俺が悪かったです!!」

    羽交い締めにされたまま、ずるずると何処かへとひきずられていった南くんに心の中で合掌しつつ、矢張り羨ましいと思う。

    やっぱり、同性同士の方が気心知れるのだろうか。
    私の前では、ああいう表情をしてくれないのだろうか。




    「私の方が一緒に居たのに」



    思わず口に出してしまったその言葉は、降り続ける雨の音にかき消された。





    ++++++

    あまりの小っ恥ずかしさに僕はペットボトルを食べた
  11. 11 : : 2015/06/25(木) 19:10:14
    とりあえず大雑把にキャラをまとめる



    ・田宮
    仏頂面がデフォだけどなっちゃんの前ではヘタレ発動する。
    とりあえず恋が初めて過ぎてどうすれば良いのか戸惑ってるご様子。何かしらの事故で南がまともになってくれないかなと思ってるが、まともになったらなったで寂しいのでそのままで良いとも思ってる(どっち)

    ・奈月
    出番がなんか少ないなっちゃん。とりあえず結構前から田宮に片思い。田宮ともっと仲良くなりたいので、勝手に心の中で南を実は師匠扱いしている。

    ・南
    書いてる本人が結構気に入ってる南氏。
    なっちゃんに片思いしてたけど失恋確定したとわかったら割とすんなり諦めた。不憫枠かと思えば実は違う。
    Let it Goしすぎて(?)よく田宮から羽交い締めにされてる。田宮となっちゃんが大好きなので何とか上手いこと幸せになってくれないかなと思ってる。
    田奈幸せになれクラスタ過激派(ヤバい)



    とりあえずはこんなとこです。説明文だけ見てるとギャグだけどシリアスでありシリアル。

    とりあえず終わる気がしないので頑張って書きます(テスト奴)
  12. 12 : : 2015/06/28(日) 10:25:11
    思い出せない。


    『俺』の事も。誰の事も。君の事も。


    霧がかかったように何も思い出せないんだ。


    ただ覚えてるのは雨の音しか聴こえない


    雨の音しか覚えていない。




    泣きたい位に、俺の中にはそれ以外何もなかった。



    **********



    酷く土砂降りの雨だった。

    視界もかなり悪くなるほどのかなりの土砂降りで、何でも、朝でのアナウンサー曰く記録的な大雨になるとの事だった。
    いつもは自転車通学なのだが、自転車がついこの間壊れてしまった為、今回は歩きで通学する事になった。
    親に送迎してもらうと言うことは出来ない。両親共に朝早くに共働きに出る為、必然的に徒歩でくるしか無かったわけだ。
    雨で視界が悪いのに、挙句滑りやすく、歩くのでさえ億劫だから、何時もよりもかなり早めに家を出た。既に土手は溢れんばかりに雨のプールと化していたが、溢れる前に急いで行ったのは良かったのかもしれない。もう少し家を出るのが遅かったら、多分水が溢れていたのだろうから。

    (うええ…靴下ぐしょぐしょ……)

    制服のズボンの裾は捲っているからズボンにそこまでの被害は無いのだが、靴と中の靴下の惨状。
    ぐちょりと靴の中で不快な感触がするため、思わず眉を顰める。一応、替えとタオルを持ってきておいたのは良かったが、とりあえず不快感が凄い。

    とりあえず、学校までもう少しだからそれまで耐えれば良いだろう。

    信号を待っていた。
    そこは何ら変わりないいつもの事だった。
    道交法が改正されてから、さらに厳しくなったルールやら何やらを先生から聞かされて、特に信号は気をつけるようにしていた。信号無視なんか見られたら大目玉食らうしな。

    青になった信号を渡る。
    ルールを守って、渡った筈だった。

    今になっては原因はよく分からない。
    少なくとも、俺には原因は無かったとは思う。
    かと言って、それが故意的なものだという事は恐らくは無かった筈だ。天気だってこんなにも悪かったのだから。



    大きなブレーキ音が鳴り響く。
    歪なその音は、すぐそこまで迫っていた。
    音と、車が、すぐ近くに。目の前に。




    「ーーーーーーーーーあ、」





    全身を鈍器で殴られたような衝撃が奔る。


    何人かの叫び声が聞こえた気がした。
    否、実際叫んでいたのだろう。
    ぐるりと回る視界に、ああ、俺、轢かれたのか、なんて何故か冷静に思う。

    何もかもスローモーションに見えて、意識が遠のくのを感じたのは直ぐだった。










    暗転。





    そこから俺の意識は闇に落ちた。
  13. 13 : : 2015/06/28(日) 10:25:47
    (南視点)


    田宮が事故に遭ったと知ったのは同級生が話していた内容だった。

    今日が酷い土砂降りだった所為で視界が悪かった所為か何かは詳しくは知らないが、青信号でちゃんと渡っていた田宮を轢いてしまったらしい。
    クラスの中でも田宮の事は勿論広まっており、心配する声や、無事を願う声が聞こえてくる。

    奈月は、今にも泣きそうな顔で、席に座って震えていた。

    「奈月、大丈夫だよ、きっと」

    奈月に近付いて、声をかける。
    本当に今にも泣きだしそうな顔をしていたから、いてもたってもいられずに思わず話しかけた。
    無責任な事を言ってるとは分かってる。事故に遭ったとしか知らず、詳しくは概要を知らない俺が、大丈夫なんて言う権利は無い。
    けれど、そう言わなければ、きっと奈月はもう泣き出してしまっていただろう。
    俺の方へと振り向いた奈月は、頬に涙を流していた。

    余程想われているのだと思う。
    それに良かったと思う反面、僅かに憤りを感じた。

    (これで、無事じゃなかったら、ほんと知らねえからな田宮)

    好きな女を泣かせたんだ。これで無事じゃ無かったりしたら、どんな状態だろうとぶん殴りに行ってやる。

    なんて強がってみるが、実際は俺も奈月と同じくらい不安で仕方が無い。
    無事でいてほしいと願い続ける。これでもし、ほんとうにもし、最悪の事態なんかになっていたら、俺はどうなってしまうのだろう。
    拳をきつく握りしめる。

    ああ、こんな雨でさえ無かったら、きっと、事故なんかに遭わずに普通に学校に来て、今頃話してるっていうのに。

    日常のありがたさを噛みしめる。
    幸せというのは失ってから初めて分かるのだという言葉は、漫画なんかでもよく見かけるが、本当にその通りだと思った。
    田宮がいない。それはどれ程恐ろしい事なのか。

    「………学校終わったら、行こう」


    それしかかける言葉は思い付かず、ぽろぽろと栓が効かなくなったように、両目から涙を溢れさせる奈月は、言葉を発する代わりに頷いた。
  14. 14 : : 2015/06/28(日) 16:34:23
    (奈月視点)


    酷い天気なのもあり、学校は割とすぐに終わる事になった。
    電車通学の生徒も多くいるため、電車が止まる前に帰宅させる事が決定したらしい。

    早く学校が終わった事に喜ぶような雰囲気は、少なくとも私達のクラスでは無かった。
    田宮の事を気にかかってるのだろう。不謹慎だと、終わる事を喜ぶような言葉を発する人は居らずに、終わるんだ、と何処か静かな声で誰かが発した言葉だけが聞こえた。

    終礼が終わった瞬間、南くんに即座に駆け寄る。私が近づいて来たのを直ぐに気付いた南くんは、無言で教室を後にした。私もその後を追う。
    下駄箱まで来ると、相も変わらず、酷い土砂降りの雨だった。
    靴を履いて、傘を差して校門を出るまでは私も南くんも無言だった。互いに何を言おうか迷って、逡巡している様子だった。

    沈黙を破ったのは、南くんの方からだった。

    「大丈夫だよ、」

    その言葉は、私にも言っているようであり、自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。
    きっとそうしなければ、南くんも耐えられ無かったのだろう。苦痛に歪む表情は、正直、見ていられ無かった。

    そうだね、としか私も言えなかった。
    もし、最悪の事態なんかになってしまったら。きっと、南くんは泣くのだろう。あれだけ仲の良かった友達がいなくなってしまったら、きっと泣くのだろう。

    その事に、やっぱり羨ましく思ってしまうのだ。



    搬送されたという病院へと付くと、駆け足で南くんは受付へと向かった。
    受付の看護師さんに伺うと、つい先程目を覚ましたのだという。
    無事だったと安堵する前より何より、早く田宮の姿を見たくて仕方なく、南くんは、食い気味に田宮の病室を聞いた。
    病室を聞いて、エレベーターさえも待つのも億劫だった私達は階段を使って5階にあるという田宮の病室へと走っていく。


    5階へと走っていけば、流石に疲れるし、何より足が痛い。それでもその痛みときつさを無視して、漸く5階へと着いた。
    息の整わない私を気遣って、南くんは私の背中を摩りながら待ってくれている。エレベーター使えば良かったな、なんて南くんは言ったけれど、私はこれで良かったと思う。
    漸く息が整った私を見計らって、南くんは病室の方へと歩を進めた。歩くペースは私に合わせてくれている。

    (私の事も、気遣ってくれてるんだ)


    優しい人だと思った。
    田宮が、南くんの前では割と表情豊かなのが何となく、その理由が分かった気がした。
    優しい人だと分かっているから、あんなにも田宮は笑っていたのだろう。羨ましくて狡かった。何だか狡い人だとも思った。失礼なんて、そんなの分かっているけれど。

    「着いたぞ」

    悶々とそんな事を考えていたら、件の田宮の病室の前へとつく。個室らしいその病室の扉は、まだ新しい木の匂いがするものだった。
    扉を開けるのを南くんは私に譲ってくれた。先程は先を歩いてくれていたのに、こういうところは何だか引き際が良くて、本当に狡いと思った。

    意を決して、扉に手をかける。



    少しずつ開いていく扉の中の部屋には、ベッドの上に座って、窓の外を眺める田宮の姿があった。
  15. 15 : : 2015/06/28(日) 18:24:12
    ぼんやりと窓の外の雨を眺める。
    テレビの砂嵐のノイズ音のように聞こえる土砂降りの雨は、止む気配は全くない。


    頭が痛い。体も痛い。

    全身がひどく痛むこの体は、まるで自分の身体ではないかのように、余り思い通りに動いてくれなかった。
    まあそうだろう、左手と左足は折れてしまっている。
    利き手が折れなかった分まだ良かったと考えるべきなのだろうか。左の方の自由が効かないってだけでも、かなり支障は出るのだが。

    ずきりずきりと痛む頭は、刺すように痛い。
    優れない天気のせいなのか何なのか知らないが、或いは事故に遭ったせいなのかは判断はつかないが、少なくとも体調は良くはない。
    ずきりと頭も痛い。身体も痛い。
    けれど、何故だか心も痛かった。

    病気なんかのそれとは違う、もっと別の痛みだった。

    何なのだろう、と首をかしげるが、雨音を聴くたびにそれはどんどん増していく。
    じくりじくりと侵食するかのようなその痛みは、俺には一体なんなのかは見当もつかなかった。


    (痛い、なぁ)


    頭の痛みよりも、身体の痛みよりも何よりも、そちらの痛みの方が痛く感じた。
    これは何なのだろうと不安になっているときに、扉の開く音がする。

    不安げに俺を見つめる2人の人影が立っていた。


    「た、田宮…」

    弱々しくて、今にも消え入りそうな声だった。女の子の声だ。
    その声を聞いた瞬間に、また胸の痛みは増す。何なんだ、これは。どうして痛む。
    もう一人の人影の男の方は、何か声をかけようと逡巡していたみたいだが、結局は何も言わずに、女の子と一緒に部屋に入ってきた。一応、お邪魔しますと言って。

    ぱちり、と瞬きをする。安堵したような、泣きそうな、苦しそうな、そんな2人の表情が俺を見つめる。
    それに酷く胸を締め付けられた。どくりどくりと心音が速くなる。何なのだろう、これは、何なのだろう。

    何も言わない俺を不思議に思ったのか、田宮?ともう一度名前を呼ばれた。




    知らない、知らないんだ、この胸の痛みも、そんな表情で見つめてくる理由も、どうしてこんなにも心臓が煩いのかも、







    「…………あんた達、誰だ?」







    俺を呼ぶ、この2人のことも。
  16. 16 : : 2015/06/29(月) 15:31:22
    (南視点)



    まるで時が止まったように感じた。

    最初は何を言ったのか分からなかった。
    暫く固まって、急速に冷えていく頭の中で、漸くその言葉の意味を理解した。




    田宮は、俺たちのことを覚えていなかった。






    事情を詳しく聞いた主治医によると。

    内臓が潰れたり、破裂したりする様なことは無かったらしいが、左側から思いっきり突進された為、左腕と左足は折れてしまったらしい。後は、打撲や全身の擦り傷程度で済んだらしいが、最悪なことと言えば、事故に遭った時に頭を強く打ってしまったらしい。
    そのショックが相当デカかったのか、記憶を飛ばしてしまったらしい。
    自分が事故に遭った事も、俺たちは愚か、親や、最早自分の事さえも忘れてしまったのだという。

    時間が経つにつれて記憶は戻るかもしれないが、完全には保証できないのだという。

    その事実は、受け入れるには余りにも大き過ぎた。
    どうして、と思うより何より、圧倒的な失望感と、絶望感。
    あの言葉は、酷く俺たちには残酷だった。覚えていなかった。無事で良かったのに、それ以上に胸を締め付ける。
    俺たちを見ていたのに、俺たちじゃない何かを見ている様な、虚空を見つめる様なあの瞳が、恐ろしくて、悲しかった。

    あの後、そのショックを悟られない様に、俺たちはお前の友達だと言う事を伝えた。そうなのか、とどこか虚ろに頷いたその反応だけでも、胸を締め付けられる。当たり前だ、お前にとっては、俺たちは初対面なのだから。
    最後まで、奈月は一言も発さずに、俺たちは其処で帰る事にした。


    病院内のベンチで2人並んで座る。
    何も言葉を発しなかった。発する気力さえも無かった。
    俯いたまま奈月は何も話さない。俺は呆けながら天井を見上げていた。

    「………どうして、こうなったんだろうな」

    分かってる。誰に言っても、聞いても、答えなんて返ってこない。
    ただ、そう言わなければ押し潰されそうたった。不安に、絶望に、失望に。
    ふるふると奈月は首を振る。困るよな、こんな事聞かれても。ごめんな。でも、俺だってどうしたら良いのか分からないんだ。

  17. 17 : : 2015/06/29(月) 15:31:53
    (奈月視点)


    「寂しい」

    南くんは、一言そう発した。

    「何も覚えてなくて、忘れられるって、こんなにも悲しい事なんだって、初めて知った」

    自嘲気味に南くんは呟く。
    それは、私に向けていった事なのか、それとも独り言なのかも分からなかった。自分に言い聞かせているのか、それとも気を紛らわそうとしているのか。きっと、全部なのかもしれないけれど。

    私は、不思議と涙は出なかった。
    ショックより何より、ぽっかりとした絶望感が胸を覆う。何かを失ったかの様に、いや、実際失ったのだろう。
    悲しいよりも何よりも通り越して、涙も出なければ言葉も出なかった。

    「好きな人に、忘れられるって、やっぱり悲しい?」

    軽率な質問にも聞こえたが、それは本当に聞きたいと、知りたいと思ってる声色だった。
    だからさして不快感なんてものは感じず、悲しい、とやっと出た声でそう答える。そうだよな、と弱々しい声で南くんは言った。

    「というか、知ってたんだ」

    「まーな、見てりゃ分かる。田宮は気付いてねえけどな。」

    「気付いてて聞くんだ。意地の悪い事するね」

    「悪かったよ。けれど、知りたかったんだ」

    ごめん、ともう一度南くんは謝る。気にしてないから大丈夫なのに。きっと、軽率に聞いてしまったと思ってるのだろう。この人は、優しいから。
    土砂降りの雨は室内だろうと結構な音量で聞こえてくる。暫く沈黙している間は、雨音がBGMになっていた。まるでそれ以外、何も音が無いかのように。

    「南くんも、悲しい?」

    「悲しくて、寂しい」

    「そっか」

    わたしも、いっしょ。

    視線だけ南くんの方を向けば、表情は髪の毛で隠れてて余り見えなかった。
    いや、もしかしたら隠してるのかもしれない。きっと、情けない顔をしてるんだと思う。私と同じくらい。きっと見られたく無いのだと思う。

    「南くんは、本当に田宮が好きだねえ」

    「ばか、俺はお前ら2人が好きなんだよ」

    「ふふ、それは…ありがとう」

    田宮と同じくらい、私のことを好いていてくれているらしい。
    そんな好かれるような事をした覚えなかったのだけれど。



    「だからさ、辛いんだ。お前らがさ、あんな、あんな顔するの、辛いんだ」




    かろうじて聞き取れたその小さな声は、本当に弱々しくて、本当に消えそうだった。


    そしてそこから雨音が強くなる。










    まるで、南くんが泣いているようだった。
  18. 18 : : 2015/06/29(月) 16:21:45
    「田宮」

    それからというもの、その2人は毎日やって来るようになった。

    2人の名前は女の子は奈月。男の方は南という。以前はそう呼んでいたらしいから呼んでくれて構わないと言われた為、そう呼んでいる。
    事故に遭い、親の事も、その2人の事もおろか、自分の事さえも覚えていない俺は、不安で不安で仕方がなかった。
    そんな記憶を無くす前の俺と友達だったという2人は、学校が終わってから毎日やって来てくれる。休日の日は朝からやって来てくれたりして、2人と話す時間はとても寂しさが紛れた。

    かれこれ、俺が事故に遭ってから一週間が経とうとしている。
    その間に、奈月と南以外にも沢山友達だという人たちはやって来た。それと担任の先生も。
    一人一人自己紹介をしてくれて、お見舞いにお菓子やら退屈しないように本なんかも持ってきてくれて、先生は早く良くなるんだぞって言ってくれた。
    そんな優しい人たちを忘れてしまった自分の残酷さに苛まされる。

    どうして忘れてしまったのだろう。
    どうして覚えていないのだろう。

    向けられる優しさも、優しげな声で呼んでくれる名前も、その全てを無下にしてしまっているようで、酷く悲しくて、罪悪感に押し潰されそうだった。
    2人が帰った後は、一気に寂しさが押し寄せる。ああ、俺、この一週間であの2人が相当好きになってしまったんだ。こんなにも、帰ってしまう事が寂しいと思ってしまうようになってしまったんだ。

    他にも見舞いに来てくれる人たちとは違った感情だった。
    帰らないでほしい。まだいて欲しい。

    女々しいだろうか。情けないだろうか。子供のようだろうか。

    何でもいいから、まだ一緒にいて欲しかった。

    そんな中での唯一の救いといえば、決められた時間の中ではあるが、退屈を紛らわす為に両親が持ってきてくれた俺の携帯だろうか。
    その中には、同級生たちと連絡が取れるSNSもある。当然、連絡先にはあの2人がいた。
    少ない時間ではあるが、帰った後も、2人とSNSで会話が出来る事には救われた。
    ここが個室なのもあるのだろう。煩くしなければある程度自由に使ってもいいと許可を貰っている為、制限時間付きではあるが、それだけでも寂しさは紛れた。

    特に、奈月との会話は楽しかった。

    会話のやり取りに何となく懐かしさを感じるのは、何処か思い出しかけている部分があるのだろうか。
    そうだといいな。そうだったらいいな。

    だが、それと同じ様に、胸を指す痛みは止まらない。
    最初の頃よりそれは増していた。


    (なんだろう、これ)

    一緒にいたいと願うたび、まだ話したいと、帰らないで欲しいと願うたびに胸は痛む。
    それは会話をしている時でもそうだった。


    (痛い、)



    何となく胸元を押さえてはいるが、いつもどおり、俺の心臓の音がただ一定の速さで聴こえてくるだけだった。
  19. 19 : : 2015/06/30(火) 14:28:42
    (南視点)



    穏やかに日々はすぎる。


    何日か前に、漸く空は晴れたのだが、またジメジメとした連日の雨の日が続いた。
    雨の日は嫌いだ。濡れるし、湿気が凄いとジメジメして嫌だし、なにより、あの日を思い出してしまう。

    田宮が事故に遭ったあの日。
    泣きたくても誰も泣く事なんか出来なかった。

    一週間以上があれから経つ。
    田宮が早く戻ってくるのをクラスメイト達と待ちながら、日常に戻っていく。
    雨の日から目を背けながら。あの日から何かが壊れた事に、まるで目を背ける様に。

    奈月といえば、学校ではいつもどおりの調子に戻っていた。
    大丈夫なのだろうかと心配した時もあったが、どうやら、それはいらない心配だったらしい。まだ、受け入れられていない部分もあるだろうに。
    もしかしたら、学校では気丈に振舞おうと心がけているのかもしれない。
    学校でも落ち込んでいたら、きっと皆から心配されるだろう。
    ああ、なんだかそれの様な気がしてきた。

    終礼も終わり、奈月がいつもどおり病院に行こうか、と言ってくるが生憎今日は俺は用事があり、それを伝えると『そっか、じゃあ田宮には言っておくね』と笑った。
    無理をしている笑顔にも見えなくはない。というか、もうそうにしか見えなくなってきたが、それは考え過ぎだと思いたい。
    余計なお世話かもしれないと思い、そこは口を噤んだ。『田宮によろしく頼む』と一言添えて、先に教室を後にする。

    本当は用事なんか放っておいて見舞いに行きたいのはやまやまだが、断るわけにもいかない用事だったので渋々帰路を歩く。
    一人で帰るのなんていつぶりだろうか。あの日以前は、田宮と帰るか、最近では奈月と一緒に帰るかのどれかだったから、一人での帰り道はなんだか寂しく思う。

    奈月、大丈夫かな。今の田宮と2人だけになって、大丈夫だろうか。

    上手くは口に出来ないが、何となく不安感はある。
    思い出せない田宮と、思い出して欲しい奈月。

    堪え切れなくなったりはしないだろうか。ついには、泣いたりしないだろうか。



    (まあ、人の恋路に口を突っ込むなんて、野暮なもんだよな)



    あの二人の恋は、俺が後ろから見守って、時には背中を押すくらいで丁度いいんだ。




    前よりも焦ったさが増したあの二人の恋路に、俺は小さくため息を漏らした。
  20. 20 : : 2015/06/30(火) 14:29:16
    世間は七夕シーズンだ。

    もうすぐ七夕だという事で、テレビなんかも『もうすぐ七夕ですね』だとか何とか聞いたりする。
    病院内でも、七夕をテーマにしたイベントごとを計画しているらしく、別の病室の子供達がはしゃいでいるのを見かけた。

    七夕なのは構わないが、なんせこの雨だ。ずっと降り続けている雨は、いったいいつ梅雨明けするのだろうと思う。
    こんな雨では、織姫と彦星は最適な逢瀬なんぞ出来やしないだろう。年に一度、許されている逢瀬の日だというのに。それがこんな梅雨時期なんて、なんだか可哀想だ。
    ネットの百科事典で何となく調べてみると、大体七夕というのは本来は6日の夜から7日の早朝にかけてやるものらしい。それは初耳だったなぁと感心しつつ、そのページをブックマークした。

    七夕の日にち的に、まだ梅雨だろう。7月の中旬まで確か梅雨は続くらしいから、これは天の川が観れるかどうかも怪しい。
    見たかったなぁ、と窓の外を眺めていると、扉が開いた音の後に、俺の名前が呼ばれた。

    「奈月、いらっしゃい」

    「やっほー、田宮。あ、今日は南くんは用事があってこれないらしいんだ。だから今日は私だけだよ」

    「そうなのか」

    ベッド横の椅子に腰かけた奈月は、『あ、これ今日の課題』と言って鞄からノートを差し出した。
    授業に遅れるのは単位的にもあれだから、奈月たちに届けて貰っては、代わりに提出してもらうの繰り返しだ。

    「いつも悪いな、わざわざ」

    「もー、大丈夫たって!私達が好きで来てるのもあるんだし!田宮が気にやむことは無いんだから!」

    そうやって笑う奈月の笑顔に、懐かしさを感じると同時に、いつものように胸の痛みがじわりと広がる。
    まただ。これは、なんだろう。
    結局、この痛みがなんなのかわからずにそこそこの日にちが経とうとしている。痛みの名前も分からない。どうして、奈月を見るとこんなにも胸を締め付けられるのだろう。

    「田宮?大丈夫?」

    「あ、うん。
    …いや、……ごめん、嘘ついた。痛いなって」

    「痛い?どうしたの?」

    心配そうに俺の顔を覗き込む奈月の顔に、また胸が痛んだ。
    ああ、痛い。痛いよ。この締め付けられるような痛みはなんだろう。懐かしさよりも何よりも、この痛みなんだろう。

    「懐かしいのに、懐かしくて仕方ないのに、それ以上に胸が痛むんだ。
    痛いんだ。何だろう、ずっと、ずっとこんなんだ。あの日、俺の名前を呼んでくれた日からずっと痛むんだ」

    これ、何だろう。胸元を押さえて、そう問いかけた。
    そう言えば、暫く奈月は目を見開いて固まっていた。しかし、徐々にその表情に陰りが現れる。
    悲しげに眉を八の字にした。そして、顔をうつむかせた。そこからは奈月は何も言わなくなった。
    何時間も沈黙していたかのような錯覚。実際は、ほんの数分だったと思うが、それは永遠にも似た時間だったように、俺には感じた。
    それに耐え切れなくなって、俺が名前を呼ぼうとしたその前に、奈月が俺の名前を呼んだ。

    ぽたぽたと、シーツに雫がしみこむ。






    それが、奈月の涙だと理解するのには時間はかからなかった。
  21. 21 : : 2015/06/30(火) 14:30:11
    「な、つき?」

    奈月が泣いていることに気付いて、おろおろとする。
    どうして泣いてしまったのだろうか。俺は、何かおかしなことを言ってしまったか。嫌なことを言ってしまっただろうか。

    行き場の無い手をどうしようかと逡巡していると、ごしごしと目を奈月は目を擦る。
    それでも止まら無いのか、目元が赤くなりそうなほど擦るものだから、唯一動く右手で、それを止めさせた。

    「奈月、どうしたんだ」

    目元を赤くした奈月に問いかける。
    まだ溢れている涙に、もっと胸を締め付けられた。先程よりも鮮明に感じる胸の痛み。今までに無いほどに胸を刺し、苦しい程に痛む。
    泣くなよ、泣かないで。どうして、泣くんだ。

    「………なん、で」

    震える声で、涙声で奈月は呟く。
    時折小さな嗚咽を漏らしては、それを堪えるように唇を噛み締めた。

    「何で思い出してくれないの、何で懐かしいって、思ってくれてるのに、なんで、なんで思い出してくれないの。田宮、なんで、」


    なんで、忘れちゃうの。忘れちゃったの。



    その言葉に、心臓が止まるかと思った。

    呼吸すらも忘れ、人形のように固まる。
    心臓を鷲掴みされたような衝撃に、声すらも出なかった。出せなかった。胸の痛みがどんどん増して、泣いてしまいそうなほどに痛くなった。
    けれど、泣くのは筋違いのように思えた。俺のせいで、俺が思い出せないせいで泣いている奈月の前で泣くのは、それはダメだと思った。

    (なんで、思い出せない。思い出してくれないんだよ、俺)

    そう思ってる間にも、奈月の涙はぽろぽろと溢れていく。
    きらきらと光るそれは、まるで宝石のようだなんて場違いな感想を抱いた。

    (その涙が、溢れて溜まって、まるで満たす程になったら、それはどんなに綺麗なのだろう。)

    まるで海のように、川のようにその涙が満たされたのなら、






    (きっとそれは、天の川のように綺麗なのだろうか)




    泣かせたのは自分なのに、残酷なのは自分だというのに、奈月には酷く残酷なことを考えているというのに。
    綺麗だと思ったんだ。思わずそう考えてしまうほどに。

    雨は止まない。

    やむ気配も無い。

    まともに星空を見たのなんて、もう覚えてもいない。

    雲に覆われて星を見れない夜が続いて、月さえも見れなかったというのに。
    何も見えない漆黒の空を眺めて、酷く退屈していた夜の日々を思い出して、









    その涙に、俺は天の川を見つけたのだと思った。
  22. 22 : : 2015/07/01(水) 14:02:58
    奈月が泣いてしまったあの日から、奈月は俺の病室へと来なくなった。
    奈月が来なくなってから一週間は経っている。

    酷く、そのことが辛くて、そして寂しかった。

    一人でいる時間が前より多くなって、今まではよく取り合っていたSNSも、音沙汰もない。
    自業自得だ。奈月を、悲しませてしまったのだから。俺が忘れてしまったんだ。奈月との思い出も、何もかも全てわすれてしまった。

    俺が覚えているのは雨の音しか覚えていない。
    それ以外何もなくて、何も思い出せなくて。
    雨音を聴くたびに懐かしさを感じれば、酷く胸を締め付けられる。この痛みがなんなのか、何となく答えは分かってきつつあった。

    (逢瀬が許されない間の織姫と彦星は、こんな気持ちなのかな)

    逢えないだけで、こんなにも苦しくて、辛い。
    逢いたいと願う。逢って話したい。一緒にいたい。それだけで良いというのに、満たされるというのに、それは許されない。
    逢えるのは一年のうちの1日だけ。
    それ以外は逢うことすらも許されない。
    なんて、悲しいことなのだろう。
    好いている同士、逢瀬さえも許されず、1日しか姿を見ることしかできない。
    俺だったらきっと、耐えられない。

    ほんの一週間、されど一週間。

    逢えない間は酷く長く感じた。
    苦しくて苦しくて仕方がなかった。
    逢いたいと願っても、俺からは何も言えず、泣いている奈月に何もしてやれなかった。声をかけてやる権利すら無かったように思えた。

    皆の思い出を全て忘れて、自分自身さえも忘れているのに。


    (これじゃ、ひとりぼっちと変わりないじゃないか)



    その間、逢えることが許されない織姫と彦星と同じだ。

    どうしてこんなにも逢いたいのだろう。

    どうしてこんなに寂しいのだろう。耐えられないのだろう。

    誰よりも何よりも、奈月がここに来てくれることが一番嬉しかったというのに。


    (この痛みは、)


    思わず泣いてしまいそうになる。
    泣きたい。泣きたかった。声をあげて泣きたかった。
    あの雨の日に、俺は全てを失った。わすれてしまった。
    雨音が全てを掻き消し、流してしまったかのように、俺の記憶もどこかへと消してしまった。

    だから、俺には雨音しか覚えていない。
    自分のことさえも忘れる程に、俺の中には、雨音しかなかった。


    (いたい、)


    降り続ける雨音に苛立つ。

    頼むから、もう、お前はいらない。

    俺の中に雨音はもういらない。

    十分すぎるほどに、俺の中にはお前が満ちた。嫌という程聴いてきた。
    だからもう良いよ、聴きたくないよ。もう忘れたくない。返してくれよ、俺の、俺の大事な、



    (奈月との記憶を、)







    「雨音以外にも、聴こえるものはあるよ」




    いつの間にここへやって来ていたのか、南が俺を見下ろしていた。

    怒ったように目を伏せて、近くの椅子に腰掛ける。
    徐に鞄の中を探り出して、ひとつの短冊を俺の前に差し出した。
  23. 23 : : 2015/07/01(水) 14:03:23
    薄い青色の、短冊。

    何処か見覚えのあるそれを俺は受け取った。
    何の変哲もない、普通の短冊。けれど、俺はその短冊から目を離すことが出来なかった。

    「お前の机の中とか色々勝手に探ったやつだけど、漸く見つけた。
    お前の記憶が無くなる前に、それは奈月がお前に渡したやつだ」

    南が話すことは。
    奈月から半ば無理矢理ではあるが、短冊に願い事を書けと言われたらしい。
    渋々受け取ったが、何を書くかは多分、前の俺は決めていたとは思うが、結局は書けていなかったのだという。
    悩んで悩んで、南が思わず口を突っ込んでしまうほど、当時の俺は拗らせていたと語った。

    難儀な奴だと。
    面倒な奴だと。
    だけれど放ってはおけないと。

    「結局、お前らは俺が橋渡ししねえと、焦れったいし前に進むのも躊躇うんだよな。
    少しは素直になれよ。前のお前は、多分、俺の推測ではあるけれど願い事は決めていた。それを書くのでさえ躊躇って、結局は書かずに、お前は忘れてしまったけどな」

    一番忘れてはいけないことをお前は忘れたんだよ。

    責めるような南の口調に、胸が痛む。
    そうだ、その通りだ。きっと、それもあるのだと思う。だから奈月は、泣いた。
    きっと堪えていたのだろう。ずっとずっと我慢してたのだろう。だから、堪えきれずに泣いてしまったんだ。

    俺の、せいで。

    「織姫や彦星なんかと違って、お前らはいつだって逢えるんだ。でもだからって、いつでも逢えるからって、なんでもかんでも先延ばしにするな。」

    俺の襟首を南は掴む。手加減しているから強い力ではないが、それでも少しばかり苦しい。しかし、抵抗をしようという気は全くなかった。

    「何も覚えてなくても、お前の中に雨音しか残ってなくても、少しでも懐かしいと思ってくれるなら、お前はまだ全部は忘れてないんだよ。
    雨以外にも聴こえるものはあるだろう。」

    奈月の泣き声を、無かったことにする気か。

    (ああ、そうか。)

    南のその言葉で悟る。
    こいつは、多分、奈月が好きだったんだ。奈月のことを気にかけてくれていたんだ。好きだから、好きだったから。

    そして、俺もなんだ。

    (そうか、)

    胸の痛みは、これは恋だったのか。

    好きだったのか。俺は、ずっと。
    自分でも分からないくらいに。
    記憶を無くす前からきっと好きだったのだろう。
    忘れても覚えてる。忘れてもまた恋をした。何度も、何度も。
    思い出せずとも恋をした。恋だけは覚えてくれていた。俺が奈月に恋をしていたことを。忘れずにいてくれた。
    自分の記憶よりも何よりも恋だけは覚えていた。忘れたくないって、雨音に掻き消されずにいてくれた。
    雨音ばかりじゃ、無かったんだ。

    「だからさ、…っ、頼むよ、お前らが、泣いてるのは嫌なんだよ
    思い出せなんて言わないから…ッ、泣くなよ、お前らが、笑ってくれなきゃ、厭だよぉ…ッ」

    なんでお前が泣くんだよ、南。

    はらはらと双眼から雫が溢れては落ちていく。
    消えていく。消えていく。
    奈月への恋心が、溢れては死んでいく。
    お前も奈月が好きだったのに、俺の、俺のせいで我慢なんかして。

    「ごめん、ごめんな」

    不甲斐なさに思わず今度こそ俺は泣いた。
    お前も我慢してくれていたのに、俺の我儘ばかりで、お前も泣いてしまった。
    なんて自分勝手なのだろう。なんて傲慢なのだろう。

    「謝んじゃねぇ…ッ、ばかやろ、今までお前が泣かないから、ッ、」

    「……お人好しかよ」

    はは、と渇いた笑いをこぼす。
    目元を拭えば、涙がぽたりと零れ落ちた。


    南の為にも報いなければと思った。



    あの時、書くことが出来なかった願いを、書くことに。
  24. 24 : : 2015/07/01(水) 14:04:02
    願ってることは、考えてることは一緒なのだろう。

    だって、『俺』なのだから。

    だから、きっと前の俺と同じ願いの筈だと思う。
    何処か確信していた。自分自身のことだからなのが大きいのだと思う。
    自分自身は素直ではないと、記憶がない今でも分かる。だからこそ、頭の中では考えを巡らせて、自分が何考えるのかも、どんな人間なのかも、何となくだが思い出しつつはあった。
    素直ではない性格が今回禍したわけだがーーーまあ、これは自業自得なのだろう。
    織姫と彦星のようだ、なんて戯言を頭に思い浮かべた。

    薄い青の短冊にすらすらと鉛筆を滑らせる。
    左腕はまだ完全に完治していないから、正直書きにくくはあるが、そんなことは今はどうだっていい。
    漸く書き終えて、鉛筆を置く。
    少しガタガタの字にはなってしまったが、読めるならば良いだろうと吹っ切れることにした。

    一応、読めるだろうかと何度も何度も見直す。
    俺が書いた字だから俺は読めるけれど、俺は読めても他の人が読めるとは限らない。自分特有の字を人は生み出すから、それは他人には分からなかったり読めなかったりすることもあるのだ。

    一言ではあるが、切実な俺の願いを綴った薄い青の短冊。

    こればかりを願っている。
    罪滅ぼしの気持ちもあるのかもしれないが、心の底からこれは叶って欲しいと願っていた。
    神様を信じてるわけでもないが、かといって無神論者というわけでもない。いるかもしれないし、いないかもしれない。
    俺にとっての神様は、極めてあやふやな存在だ。本当にいるという人もいればいないという人もいる。だから神の定義を、それぞれ違う個性を持つ人間に委ねても無駄なだけだ。

    (来てくれるかな)

    何日かぶりに開いたSNSで、奈月に病室に来て欲しいと一言送信した。
    返事は返ってきていないから、来てくれるかどうかの保証はないが、でも、奈月のことだからきっと来てくれると思う。
    その確信めいた予想は、多分、徐々に思い出してきてるのだろうと、何処か冷静に思った。

    前の自分に戻っていくようなその感覚に、なんだかむず痒さを感じる。
    元々は俺は俺なのだから、むず痒いも何もないのだが、雨音しか何もなかった俺に、徐々に様々なことを思い出していくような感覚は確かにあった。
    全て記憶が戻ってくれれば良いが、戻ってくる保証もない。
    けれど、それもそれで構わないとは思っていた。

    忘れてしまった分は、また新しい思い出を作れば良い。

    数日前の俺なら、到底思いつきもしなかったような考えを、今では持つようになった。



    久しぶりによく晴れた晴天の日だから、この日にやってくれば奈月も良いとは思うのだが、それは本人の都合にもよるからどうしようもない。

    それにしても、これだけ晴れている日は、本当にいつぶりだろうか。久しぶりに見る青空に、思わず目を細める。
    目に焼きつくように綺麗な青空が、窓の外には広がっていた。
    聴こえてくる蝉時雨。夏になってきているのだとしみじみ思う。もう、そんな季節になるのか。

    カラカラ、と扉が開く音がしたため、そちらを振り向く。
    誰が来たかなんて、何となく予想はついていたが、あえてそちらの方へと振り向いた。

    「奈月、」



    焦がれて、逢いたいと強く願った、随分と久しぶりにも俺にとっては感じる、意中の相手が、立っていた。
  25. 25 : : 2015/07/01(水) 14:44:04
    「この間は、悪かった」

    第一声はそれだった。
    とりあえずは謝らねばと思った。泣かせてしまったことは酷く心につっかえっており、許されなくともせめて謝罪だけはしたかった。
    ぱちりとひとつ瞬きをした奈月は、少し間を置いた後にくすりと笑う。

    「いーよ、別にもう大丈夫だし…そんな気にしてたの?」

    「少なくとも泣かせたんだ、そりゃ、ずっと気にはなる」

    「変なところで真面目だよね、ほんと」

    可笑しそうに笑うものだから、また変なことを言ってしまったのではないかと不安になったが、笑ってはいるので、まあ、良いとする。
    一通り笑い終わって満足したのか、奈月の方から話を切り出してきた。
    今回は何の用事で呼び出したのかと。
    俺の方から言うつもりだった為、若干不意打ちだったが、表面上は冷静を装った。

    ベッド横の小さな棚の引き出しの中を片手で探る。
    お目当てのものの感触に、それを掴んでひきだしから手を出した。

    薄い青色の短冊。

    それを見て、奈月は驚いたように手を見開いた。

    「それ…」

    「南から聞いたんだ。お前から貰ったって。俺は今こんなだし、退院はまだ先だから七夕は外に出る事は出来ないし、だから今のうちに言っておきたくてな」

    今日の日付は7月1日。
    七夕には些か早いが、同じ7月だから大目には見てもらいたい。

    「少しばかり思い出せた事もある。それは、お前達との思い出とかではないけれど、それでも、俺がどんな奴だったとかは少しずつ思い出してきた」

    素直になれなかった事。
    仏頂面で、感情の起伏が乏しい事も。
    奈月の前では、余り笑えていなかった事も。

    皮肉な事に、記憶を失ってからの俺の方が、奈月に笑いかけていた。
    本当に、なんて皮肉なのだろう。情けない話だ。

    自業自得にもほどがある。
    そんなにも奈月に素直にならなかったせいで、泣かせた挙句、こんな後悔をしたのだから。

    「思い出せなくても、何処か覚えていたんだ、きっと。」

    覚えていたから、きっと何処かでは覚えていたから、恋をしたのだろう。
    奈月に何度も。二回も、奈月に恋をした。

    「ずっと前から、好きだったんだ」

    羞恥と情けなさで押し潰されそうになりながらも、短冊を奈月に手渡した。
    受け取った奈月は、短冊を見たまま固まって動かない。
    不安になって名前を呼んでも返事は返ってこなかった。余計な事を、ダメな事を言ってしまったのだろうかと不安に駆られる。
    もう一度、名前を呼ぼうとした声は、喉で止まった。

    泣きそうな、けれど、何処か嬉しそうなよく分からない表情で顔を歪めて、耳まで顔を奈月は赤くさせていた。

    「え…っと…?」

    それはどういう意味での表情なのだろうと、思わず首を傾げたら顔を逸らされた。
    馬鹿、あほ、と何故か暴言の嵐。混乱にえっ、えっ。と情けない声を出すしか出来ない。

    「………こんなの見たら、もう、嬉しくて泣くしかないでしょ」

    顔を背けて、けれど耳が赤いのは見えている為、それと言葉を総合して、漸く意味を理解したと同時に、顔が赤くなる。
    ぐず、と奈月が鼻を鳴らした。多分、これは泣いてる。

    「…………泣いては欲しくないんだけど」

    「あんたが悪いの」

    「……願い事叶ってねえよぉ……」

    意地でも顔を見せない奈月の頭を撫でる。

    顔を背けていても、泣いてるのは分かってるし、何より、



    ーーーーー笑っているのも、何となくは、分かっていた。

















    『奈月が、笑っていてくれますように』
  26. 26 : : 2015/07/01(水) 15:38:40
    「リア充になって何日か経つけど、調子はどうだよ田宮」

    「退院出来たらもっと最高だった」

    「まだ当分先だな」

    ニヤニヤと新しいおもちゃを見つけたような顔をしながら南は笑う。
    あの後、実は病室の外で会話の一部始終を聞いていたらしい南は、頃合いという時に病室に乱入してきて盛大に祝われた。
    会話を聞かれていたという事実に奈月も俺もそれはもう穴があったら土に還りたい勢いで悶絶したのだが、惜しみない南の祝杯の言葉に、渋々感謝を告げたのが数日前。

    因みに今日は七夕だ。
    小さい笹の葉を病室に持ってきた南は叱られなかったのだろうかと疑問に思ったが、今日が七夕なのもあり、特に何も言われなかったらしい。
    病院も病院で、子供たちや年配の患者さんの人たちに向けたイベントごとをやっているので、まあいいのかも知れない。
    軽くパーティ的なのをやるつもりなのか、そこそこな量のお菓子やらジュースやらを南は持ってきた。
    ここが個室じゃなかったら本当に怒られていたと思う。

    「奈月は商店街の方にちょっと顔出ししたらこっち来るってよ」

    「そっか、」

    「あーあー、折角の七夕なのにお前は病院だもんなー。今日はこんな晴れてて星も見えてるってのに」

    「それは俺も残念だよ」

    前日はそこそこの雨が降っていたから今日はもしかしたら駄目かもしれないと思ったが、予想を裏切って今日は快晴だった。
    窓の外は、綺麗な星空が見える。星見をしながらお菓子を貪るというのも中々に台無しだが。

    「というかお前、七夕まで俺のとこに来て暇なの?」

    「なにぃ!?こんな個室でお前が退屈してないかと思って毎日来てやってるのにその言い草はなんだ!今食ったお菓子返せ!」

    「残念、もう胃の中だから無理だ。」

    じゃれ合いながらも、まだ記憶は全て戻ったわけじゃない。
    けれど、多分記憶を失う前よりもきっと自然体に接していると思う。
    ぱたぱたと足音が聞こえて、扉が開かれた。ガラガラと若干強い音がした方向へ振り向く。
    少し息を荒げた奈月が、どうやら来てくれたようだ。

    「奈月!」

    「はぁっ、ごめんねー、ちょっと遅れちゃった!あ、お菓子とか沢山貰ったんだ…って、ここにも沢山お菓子あるね」

    「いいじゃん、俺らで食ってしまおうぜ」

    「結構な量あるぞ…」

    怒涛のお菓子オンパレードに若干うっ、となるものの、食って仕舞えば案外美味かったりする。

    ああ、今日も騒がしい。

    けれどこの騒がしさが愛おしい。

  27. 27 : : 2015/07/01(水) 15:39:03
    「おー、見て見て二人とも、空すんげえ綺麗だぞ」


    窓を開いた南が、若干興奮気味に外を指差す。
    南の後ろから俺と奈月は顔を覗かせると、テレビでしか見た事がないような綺麗な天の川が広がっていた。
    わぁ、と奈月が感嘆の声を上げる。きらきらした瞳に、顔に、少しばかり可愛いと思ってしまったのは秘めておく。

    「あ、織姫と彦星ってあれじゃね?」

    「あれだあれだ。」

    「なんかロマンチックだよね、こんな綺麗な空の日に逢えるんだもん」

    南が、俺にしか見えないように、ニヤニヤ顔でうりうりと肘で小突いてきたので背中を抓っておいた。
    それでもニヤニヤしながら、『あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ〜』なんてスキップしながら部屋を出て行く。もうお前そのまま帰れ。
    二人きりになって、少しばかり気まずい静寂が流れる。
    そういえば、と奈月を見て思い出した。

    「そういえば、商店街の祭りに俺の短冊届けに行ったんだよな?」

    「うん、」

    「奈月の願い事って、何だったんだ?」

    俺ばかり願いを明かすというのは、些か不公平な気がする。
    一瞬だけ俺を一瞥して、気まずそうにまた視線を星空に戻した奈月は、本当に小さな声で漏らした。

    「『田宮が、笑ってくれますように』って、書いたの。……私も考えてる事、あんたと一緒だったの」

    その言葉に、俺は思わず目を見開いた。
    うぅ、と言いながら顔を赤らめるのは、なんというか、うん、発言も合わさって反則だと思う。
    似た者同士なのだろうか。
    俺は奈月に笑っていてほしいと願い、奈月は俺に笑っていてほしいと願った。
    同じ願い。似た者同士の、二つの願い。

    「………少なくとも今は俺もお前も笑えねえわ」

    「……そだね」

    御察しの通り顔が赤い。
    笑う事なんぞ今はできない。けれど、これ以上無いってほどの幸福感に、思わず頬が緩みそうになる。
    幸せだと思う。互いが互いの幸せと笑顔を願うのは、とても幸せだと思う。

    (ああほんと、これできっと明日も笑っていられる)


    「奈月、」

    「うん」

    「好きだよ」

    「…………私も」

    小っ恥ずかしい事は自覚してる。
    けれど、顔は赤くても、今度は互いに笑っていた。笑い合った。







    爛々と星空は輝く。

    逢瀬は果たせただろうか。笑い合う事は出来たのだろうか。

    きっとそうだったらいい。そうだと、俺は願う。


    大切な人が隣にいる多幸感を、ずっと浸りたいほどの幸せを感じる事が出来たのなら、祝福しよう。




    空は今日は泣いていなかった。

    笑っていた。星が見えるほどに。





















    ーーーーーーーー雨音はもう、聴こえない。




    【了】
  28. 28 : : 2015/07/01(水) 15:39:24
    【あとがき】


    締切ギリッギリでしたがなんとか終わらせる事ができました。
    見返したら余りの内容の小っ恥ずかしさに何度このスレを消したい衝動に駆られたか←
    因みに現在テスト奴だったので本当に内容もギリッギリなので手抜きに見えるかもしれない。第一テスト中にスレを立てるなんて愚か者はわいくらいしか居ないと思うんですよ知ってた。

    南くんおらんかったら多分この話進むどころか始まらなかったので彼にはすごく感謝してます。
    お前本当にいい仕事をしてくれたと思う。

    というかこれを出してる今日はついに7月に入ったんですが、同時に求人票の受付開始日でもあるんですよね……ウッ胃が!胃がああああ(昏倒)

    とりあえずここまで読んでくださった方は本当にありがとうございました……!
    参加させて貰った天下一執筆会の他の皆さんの作品も凄いので見てください見ろ(宣伝)

    ではでは長々とここまでありがとうございました!

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