このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品は執筆を終了しています。
One for all, all for one(進撃野球物語) 87祭
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- 1 : 2015/06/18(木) 19:59:13 :
- Twitterでアイディア頂いて書きました。
エルヴィンやモブハン、リヴァイやミカサ、オルオやミケなど、進撃のキャラが現パロ草野球で全国大会を目指すお話。
キャプテンエルヴィン、監督アルミン率いる自由の翼チームは、ピクシス率いるライバルチームに勝ち、夢を手にすることができるのでしょうか。
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- 2 : 2015/06/18(木) 20:00:00 :
- 社会人野球地区大会決勝戦、9回裏ツーアウト。
優勝最有力候補『ベルサイ湯の薔薇』チームは、もうすぐ手中に納めるであろう勝利の美酒にすでに酔っている様に興奮していた。
9対2……もはや勝利は揺らぎようがない、そう確信していた。
相手チームもよく粘ったと思う。
だが、圧倒的な戦力の差は埋めようが無く、それが結果的に点数に反映された形となっていた。
そう、草野球も、プロ野球も同じ。
結局は財力があるものが勝利に近づくのである。
そして、雌雄は決した。
10年連続、草野球地区大会優勝は『ベルサイ湯の薔薇』チームとなった。
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- 3 : 2015/06/18(木) 20:00:43 :
「くっそ……今年こそは勝とうと思っていたのに……」
試合後のロッカールームで悔し涙を流すのは、地区大会計10試合を一人で投げ抜いた女性ピッチャー、ハンジ・ゾエ。
眼鏡が汚れるのも構わず、長椅子に突っ伏して肩を震わせていた。
「ハンジさん……」
そんな彼女の背中を優しく撫でてやりながら、気遣うような口調で彼女の名を呼ぶのは、エースハンジの相棒、キャッチャーのモブリット・バーナーだ。
「ハンジさんが折角抑えてくれていたのに、俺は肝心な所で打てなかった……すいません」
そういってハンジに頭を下げたのは、今年入団したばかりのエレン・イェーガー。
彼は2アウト満塁という一打逆転のチャンスがあった7回裏の攻撃で、空振り三振をしてしまった事を、激しく後悔していた。
「いいや違う。エレンのせいじゃねえ。俺が打てなかったからわりいんだ。誰もお前の打撃に期待しちゃいねえんだよ」
「ちがう。そのちびの言ってる事は間違っている。この私が打てなかったのが、そもそもの原因。このちびの調子ごときで勝負が左右されるはずが、ない」
「んだと? ミカサ……ぼこぼこにされてえらしいな」
「やれるものならやってみるがいい。あなたみたいなちびに負けるわけがない。リヴァイさん」
一触即発の雰囲気の二人。
一人は目付きが鋭く、上背の小さな男、リヴァイ・アッカーマン。
そのちいさな男と言い争っているのは、リヴァイと同じような黒髪で、どことなく雰囲気が似ているオリエンタルな美女、ミカサ・アッカーマン。
二人は名字の通り、親戚同士であった。
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- 4 : 2015/06/18(木) 20:04:05 :
「おいおい、喧嘩はいいが物を破壊するのはやめろよ?アッカーマン一族」
そんな二人に肩を竦めて言うのは、豪奢な金の髪を七三分けにきっちりわけてポマードで固めている、貴公子然とした青い瞳の美男子、エルヴィン・スミス。
「スン……この間は打撃勝負などと言って金属バットちゃんばらをして、数本バットを無駄にしたからな」
エルヴィンの隣でスンと鼻を鳴らしたのは、ミケ・ザカリアス。
190センチを超える長身の彼は、その大きな体からは想像できないほど身軽に動くことができた。
そんなメンバー達の前に、一人の小柄な青年が立った。
「皆さん、お疲れ様でした。今年も、夢は叶いませんでしたね……」
「アルミン監督」
「アルミン」
皆一様に、その青年に向き直った。
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- 5 : 2015/06/18(木) 20:04:53 :
- 黄金の髪をおかっぱにしているかわいらしい青年。
彼の大きな青い瞳は優しげで、だがどことなく悲しげな光を宿していた。
「試合には負けてしまいましたが、いいところまではいけていたと思っています。皆さんはよくやってくださいました。監督の僕の采配ミスです」
「ち、違うよ。アルミンは何も悪くないって! 限りある戦力で、最大限それを生かしてくれていたよ!」
突っ伏して泣いていたハンジが、アルミンをぎゅっと抱き締めた。
「ハンジさん……ありがとうございます」
アルミンは静かにそう言いながら、にたりと笑みを浮かべた。
「あっ、アルミンがにやにやしている。場違いにハンジさんの胸の感触を確認してほくそえんでいるに違いない」
ミカサがアルミンの表情を読み取って指を指した。
「そ、そんな事……」
「アルミン、表情筋元に戻せよ。顔こええぞ」
「……はい、リヴァイさん」
アルミンは赤面しながら頷くと、ハンジの体を幾分名残惜しそうに、自分から離した。
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- 6 : 2015/06/18(木) 20:12:32 :
「今回負けてしまった事で、そろそろお祖父様も草野球から手を引こうと考えておられます」
アルミンの言葉に、ハンジが不安そうに表情を曇らせる。
「って事は、このチームが無くなっちゃうって事かい?」
「まだ決定事項ではありません。勿論僕はこのチーム 『 Flügel der Freiheit』が大好きです。だから必死に存続して貰えるように頭を下げるつもりではいます」
アルミンはハンジの悲痛な面持ちを、真摯に受け止めた。
「まだまだ皆、伸びしろがあると思う。今年はエレンが入ってかなり打撃力が向上した。ただ、今年で辞めていく奴等がいるからな……また人材をかき集める事から始めなければならない」
エルヴィンのその言葉に、アルミンが頷く。
「そうですね。毎年人材集めから始めるなんて、前途多難ですが……チーム存続のために僕も全力を尽くしますので、皆さんには各方面に渡って人材発掘を任せたいと思っています」
アルミンは、チームメイトの顔を一人一人見ながらそう言った。
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- 7 : 2015/06/18(木) 20:19:55 :
「私の友人に、ばかみたいに食べてばかりだけど、凄く運動神経のいい子がいる。ので、私は誘うつもり」
ミカサの言葉に、リヴァイがふんと鼻を鳴らす。
「俺の友人にも、すげえ奴がいる。ミカサの友人なんかより余程戦力になるはずだ」
「ちびが連れてくる奴なんか、物の役にもたたない」
「ミカサが連れてくる奴なんかあてに出来ねえ。こいつは人を見る目がねえからな」
キリキリキリ……二人のアッカーマンの視線が激しくぶつかり合う。
「こ、こらこら二人共、こんな時に喧嘩しないで」
モブリットが慌てて二人の間に割って入った。
「モブリットさんは口を挟まないで欲しい。これは私とちびの戦いなのだから」
「ミカサの生意気な口を潰すまで黙ってみてろ、モブリット」
「ひいっ!」
二人の鋭い視線に、モブリットは後ずさった。
「いい加減喧嘩ばっかり止めなよ……似た者同士の癖にさ」
ハンジが何時の間にか泣き止んで、肩を竦めた。
その言葉に、アッカーマン一族は彼女につめよる。
「なっ、こいつに似てるわけねえだろうが! 俺はこんなに人相悪くねえし、まともに話せる!」
「ハンジさん、私はこんなちびと似ているはずがない。私は素直で純粋。こんなくたびれたちびと同じにしないでほしい」
「誰がくたびれたちびだ誰が!」
「あなたが!」
キィキィと怒鳴り合う二人にその他の一同は諦めて、そそくさとその場を後にしたのであった。
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- 8 : 2015/06/18(木) 20:39:10 :
- アルミン監督率いる社会人草野球チーム 『 Flügel der Freiheit』通称自由の翼は、ライバルチーム『ベルサイ湯の薔薇』に毎年県大会決勝戦で負けて、全国大会への道を閉ざされていた。
ベルサイ湯の薔薇チームは、同名の温泉施設を全国各地で展開するオーナー、ドット・ピクシスが所有する、ブルジョワチーム。
薔薇と温泉のマークを掲げる絶対的王者だ。
練習や試合後には温泉入り放題。
温泉施設に併設されているスポーツジムも使い放題である。
かたや自由の翼は、スポンサーであるアルミンの祖父の老後の貯えに、チームメイトからの寄付金で何とか運営されている、貧乏チームであった。
こうして、財力に圧倒的な差がある二チームのライバル関係は10年間変わることはなく、自由の翼チームは常に辛酸を舐めさせられていた。
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- 9 : 2015/06/19(金) 17:49:05 :
「はぁ……しっかし中々勝てないねえ、あの変なチームに」
試合に負けた後、重い足取りで帰宅の途に着きながら、ハンジはため息をついた。
「変なチームって……」
「だって、マークもチーム名も変だろ? 薔薇に温泉だよ?」
ハンジは隣を歩くモブリットに、むっつり顔を見せた。
「確かに変だと言われれば変ですが……有名な施設名ですし、凄く評判がいいんですよ?」
「『ベルサイ湯の薔薇温泉』かい?うーん、ライバルチームの風呂だから行ったことないけど、そんなに評判いいの?」
「はい。勿論天然温泉なんですが、数種類のサウナに源泉かけ流しの風呂、炭酸風呂は広くて大型テレビで番組を鑑賞しながらゆるりと浸かれますし、岩盤浴やプールも完備で食事は旨い」
「……モブリット、えらい詳しいね、君。もしや、ライバルチームの売り上げに貢献してたりしないだろうね……」
ハンジの疑いの目に、モブリットはびくっと体を硬直させる。
「あ、あ。あの……」
「何だい?」
「…………すみません。フリーパス持ってます。俺、常連なんですよ」
「な、な、なんだとぉぉぉっ! 黙って会員になってただとぉぉぉっ!」
ハンジは凄い剣幕でモブリットに詰め寄る。
そして彼の手をがしっと握った。
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- 10 : 2015/06/19(金) 17:49:52 :
- 「ひっ……ハンジさんすみません! 直ぐに解約してきま……」
「なんで私を誘ってくれないんだよぉぉぉ! つれないなぁ君は……私だって行ってみたかったさ……でもお金がなくて……」
ハンジは涙ぐんだ。
とたんにモブリットが慌て出す。
「ああっ……すみません俺が至らなくて! 泣かないで下さい! ハンジさんにもフリーパスを奢りますから」
「ほっ、ほんとかい?! 本当だねっ?!」
「ハンジさんっ、鼻息が荒いし顔が近いです……」
「んー、モブリット、大好き……ちゅっちゅ」
「ぎゃぁっ」
ハンジは、後ずさるモブリットを無理矢理抱きすくめて、彼の頬にキスの雨をふらせた。
「ぎゃぁってなんだよ……ったくデリカシーがないねぇ君は」
「だ、だってセクハラじゃないですかっ」
「顔、にやけてるよ?」
「…………」
モブリットはプイッと顔を背けた。
「ま、いいか。とにかく相手チームの内情を探るためにも、一回『ベルサイ湯の薔薇温泉』に行ってみよう」
「そ、そうですね。そうしましょう」
こうしてハンジ達は、ベルサイ湯の薔薇チームの内情を探ると称して、温泉で疲れた体をリフレッシュしにいくのであった。
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- 11 : 2015/06/19(金) 20:21:23 :
- 「ほほう……これが噂の『ベルサイ湯の薔薇』かぁ。なんだかいい香りがするね」
温泉施設に足を踏み入れるや否や、ハンジは鼻をすんすん言わせた。
「そうですね。薔薇のアロマを焚いているみたいです」
「これも野球が上手くなる効果があるのかなぁ」
「さすがにそれはなさそうですが、リラックス出来ますよね」
「ああ、そうだね。さて、早速だけど風呂行こ、風呂」
ハンジがモブリットの腕を掴んだその時、横合いから声がかかる。
「あれぇ……自由の翼のバッテリーがお揃いでぇ」
二人が振り向くと、そこにはクリーム色のふわふわカールの髪の女性が立っていた。
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- 12 : 2015/06/19(金) 20:22:20 :
「あっ、ベルサイ湯の薔薇チームの……」
ハンジが何かに気がついたように言葉を発した。
「珍しいー、いつもそっちのモブだけ来てるのに」
「こんばんは、さっきはお疲れ様、ヒッチさん」
モブリットは先程まで戦っていた相手チームのレギュラーであるヒッチに頭を下げた。
「モブリット、ヒッチと知り合いだったのかい?」
ハンジはつんつんとモブリットの袖を引っ張りながら尋ねた。
「風呂でたまに会います」
「そうそ、モブはなかなかいい男だし、良い身体してるからさ、うちのチームに引き入れようかと何度も誘ってるのに、乗ってこないんだよねー。つまんない男ー」
「ちょ、ちょっと! モブリット引き抜かれたら私が困る!」
ヒッチの言葉に、ハンジが慌て出した。
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- 13 : 2015/06/19(金) 20:22:52 :
「まだ引き抜かれてないですよ、ご心配無く」
「ピクシスオーナー直々に勧誘されたんだよ? さすがに簡単には断れないよねえ?」
「あっ……ヒッチさん!」
今度はモブリットが慌て始めた。
「な、なんだって……? いつの話だよ!」
ハンジはモブリットに詰め寄った。
「つい最近ですよ……岩盤浴をしていたら、ピクシスさんがいらっしゃって……」
「そう。破格の待遇に給料付き、おたくみたいな貧乏チームとは違うからねぇ。どっちを選ぶかなんて、比べるまでもないしぃ」
ヒッチは不敵な笑みを浮かべて、ハンジにちらりと目をやった。
ハンジはぎゅっと唇を噛み締める。
「……モブリット、私帰る」
ハンジはそう言うと、くるりと踵を返した。
「ちょ、ちょっとハンジさん!? 待って下さい!」
さっさと立ち去るハンジの後を、モブリットは慌てて追った。
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- 14 : 2015/06/19(金) 20:23:18 :
その様子を伺いながら、ヒッチはほくそ笑む。
「最強のバッテリーに、赤信号点滅っと」
そう、戦いに終わりはない。
すでにヒッチ達ベルサイ湯の薔薇チームは、来年を見越して手を打ち始めていたのであった。
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- 15 : 2015/06/19(金) 21:09:56 :
- 「ハンジさん! 待って下さい」
「……なんだよ、裏切り者」
ハンジはやっと追い付いてきたモブリットに、冷たい眼差しを向けた。
「裏切り者って、俺はそんな事……」
「だって、誘われてたの黙ってたじゃないか。やましい事があるから言わなかったんだろ?!」
ハンジはふんっと鼻を鳴らした。
「黙っていたのは誘いに乗るつもりなど考えてもみなかったからですよ……?」
「ピクシスじいに直々オファーもらって、金まで出て……断る方がおかしいじゃないか」
「俺は金のために野球をやっているわけでは……」
「いいよ、無理しなくてさ。私が同じ立場ならあっちに行くよ多分。だから遠慮なんかしなくていい。君なんかいなくても、自由の翼はやっていけるしね」
ハンジの言葉に、モブリットははっと息を飲んだ。
「ハンジさん……」
「君は向こうに行けばいい。私だって、君無しでもやれるさ」
ハンジは小さな声でそう言うと、モブリットに背を向けた。
「ハンジさん、俺は……」
モブリットは遠ざかるハンジにそれ以上掛ける言葉が見つからず、項垂れ背中を見送る事しか出来なかった。
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- 16 : 2015/06/19(金) 21:18:27 :
- 翌日から、来年度に向けて自由の翼チームも動き始めた。
アルミンはなんとか時間をかけて祖父を説得し、来年度までチーム解散期限を伸ばして貰うことに成功した。
そうして再度走り始めた自由の翼チーム。
今日の練習に、リヴァイとミカサはそれぞれ助っ人をチーム練習に連れてくる事になっていた。
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- 17 : 2015/06/19(金) 22:36:26 :
「皆さんお初です! ミカサの親友、サシャ・ブラウスです! 好きな物は肉! 得意な種目はパン食い競争! よろしくお願いいたします! モグモグ」
ミカサが連れてきた新メンバーは、豊富な髪をポニーテールに結わえた女性だ。
彼女はふかした芋を手に自己紹介をすると、幸せそうにまた芋にパクつきはじめた。
「芋女、お前野球経験はあるのか?」
リヴァイの言葉に、サシャはだが芋を食らう手を止めない。
「ふぁりますよ。モグモグ……打撃より、ゲフッ……守備が得意ですけど……モグモグ」
「サシャは小中高と料理部に入った。でも、料理する前に食材を食べてしまう癖のせいですぐに追い出され、しかたなく野球部に拾ってあげた、そんな経歴の持ち主」
ミカサは胸を張って答えた。
「なんだ、ただの食い気ばかじゃねえか」
「そんな事はない。サシャは即戦力。プレイを見ればわかる! ので安心してほしい!」
ミカサはチームメイトに向かって懇願するように叫んだ。
その時だった。
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- 18 : 2015/06/19(金) 22:37:04 :
- 「綺麗な……黒髪だ」
リヴァイの後ろにいた見知らぬ顔が、いきなり立ち上がりミカサに歩み寄った。
「……? どうも」
ミカサは軽く頭を下げた。
「お、俺はジャン・キルシュタイン。 リヴァイさんの後輩です。その、よろしく」
ジャンは顔を赤らめながらミカサに手を差し出した。
「……よろしく」
ミカサは一瞬躊躇した後、彼の手を握った。
「サシャもジャンも野球経験があるというし、即戦力として期待しているぞ。所でハンジとモブリットはまだ来ていないのか」
チームのキャプテンエルヴィンの言葉に、一同首を振った。
「スン。そういえば、ここの所練習に全く顔を出さんな……あの夫婦」
「そう言えばそうだ。二人ともあの決勝戦以来まったく来てないぜ? もしかしたら……」
エレンは不安そうな顔つきでチームメイトを見回した。
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- 19 : 2015/06/20(土) 07:55:14 :
「あいつらに限って何も知らせずチームを去るなんて事はないと思うが……」
エルヴィンがそこまで言った時だった。
「ごめーん! お待たせ! いやぁ参った参った! 超スペシャル魔球を考えるのに没頭して、練習出られなかったよ!」
そう言いながらチームメイトの前にひょっこり姿を見せたエースピッチャーハンジ。
だが、彼女は後ろに見知らぬ人物を連れていた。
「ハンジ、そいつは誰だ? モブリットはどうした」
リヴァイの言葉に、ハンジはびくっと体を震わせた。
「あ、あー。モブリットはもう来ないよ? 多分ベルサイ湯に行っちゃったかも。この子は私の新しい相棒オルオ君さ!」
ハンジはそう言いながら、後ろにいた老け顔の男を前に押し出した。
「自由の翼の皆さん、ちわっす。俺はオルオ・ボザド。ハンジさんにナンパされてなんとなく来てみた感じでよろしくっす!」
「……なんだ、このじじいは」
リヴァイがどすの効いた声で言った。
「じじいって……オルオは君より若いよ?見た目は老けてるけどさぁ……ははっ」
「いや、それはどうでもいい。それよりモブリットがもう来ないとはどういう意味だ、ハンジ」
エルヴィンの言葉に、ハンジはばつが悪そうに明後日の方向を向いた。
「さあ……?そのまんまの意味だけど」
「モブリットさんがベルサイ湯に行くって……移籍って事ですか?! ハンジさん!」
エレンがハンジに詰め寄った。
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- 20 : 2015/06/20(土) 07:55:44 :
「まあ、そうなるのかな? 私は知らないよ。それより今日からオルオをよろしく頼むよ」
「はっはっは! このオルオ・ボザドに万事お任せあれ!」
「このおじさんに、ハンジさんの超奇行種変化球を受けられるとは思えない」
ミカサがそう呟くのも無理はない。
ハンジはストレートこそ人並みの球威だが、変化球がずば抜けて得意で、彼女が投げるトリッキーかつリスキーな変化球を受けるには、余程の動体視力と、何より彼女との阿吽の呼吸が必要であった。
その辺で捕まえてきた様な男に受けられる球ではないのだ。
「いやいや、このオルオに出来ないことはないっす。心配ないっすよ! ね、ハンジさん」
「……あ、ああ。心配ないさ!」
ハンジはガッツポーズを見せた。
「奴と喧嘩でもしたのかよ、クソメガネ」
「………喧嘩なんかしてないよ。こうするしかないだけさ」
ハンジはリヴァイの言葉に答えながら、憂いを帯びた眼差しを空に向けたのであった。
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- 21 : 2015/06/20(土) 15:27:38 :
- 一方ベルサイ湯の薔薇チームは……
温泉施設のジムにてウエイトトレーニングなどに勤しんでいた。
「ま、今年も楽勝だよねー! あんな貧乏チームに負ける気しないし」
チームの二塁手ヒッチは、ストレッチしている様に見せかけて、さぼってスマフォをいじっていた。
「真面目にっ……はぁはぁ、やらんとっ……ぜえぜえ……奴等に食われるぞ!」
その脇で筋力トレーニングに必死かつ真面目に取り組んでいるのは、ベルサイ湯の薔薇チームキャプテン、三塁手のマルロ・フロイデンベルク。
前髪がぱつんと額の真ん中に切られ、後頭部にまで同じ長さで揃えられている。
そんなきのこの様な珍妙な髪型をしている事から、あだ名はきのこマルロであった。
「きのこマルロ真面目すぎてつまんないわー。得意技はバントってのも地味だしぃ」
「うるさいぞ、ヒッチ。誰がきのこだ」
マルロは打撃が苦手ではないが、堅実が過ぎる性格から、バントを多用する癖があった。
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- 22 : 2015/06/20(土) 15:28:18 :
「確かにきのこだな。はっはっは!」
「ラ、ライナー、ほんとの事言ったらいけないよ……?」
「筋肉だるまに腰巾着も黙ってトレーニングに励め!」
ヒッチの言葉に同調したのはまさに筋肉だるまのライナー・ブラウン。
彼はベストナインに選ばれるほどの実力者であるキャッチャーだ。
そして、腰巾着と呼ばれた長身の男はベルトルト・フーバー。
彼は気弱そうな顔に似合わぬ豪速球が武器の、ベルサイ湯の薔薇チームエースであった。
「そういえば、自由の翼のキャッチャー兼三番打者、引き抜きに成功したのか? ヒッチ」
「それがさぁ、ピクシスオーナー直々の頼みにも耳を貸さないし、私の色仕掛けも煙に巻くし……つまんない男ー」
マルロの言葉に、ヒッチは頬をふくらませた。
「ピクシスオーナー直々の誘いはともかく、お前みたいな女の色仕掛けに引っ掛かる奴がいるわけないだろう?」
「えーっ、きのこまじうざいんですけどぉ?! 私はもてるし! ね、ベルトルト?」
「は、はぃっ……多分その……うん」
「ほらみろ、歯切れ悪いじゃないか」
マルロは肩を竦めた。
「ヒッチは美人だしスタイルもいいが、口が悪いのと高級ブランド品が好きなのがな」
ライナーは腕を組み神妙な顔つきをした。
「当たり前でしょ? 貧乏人となんか付き合えますかっての!」
ヒッチはそう言うと、舌をペロッと出した。
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- 23 : 2015/06/20(土) 22:02:52 :
- 「ようっ! ヒッチちゃんご機嫌斜めかぁ? おじさんがイイ所に連れってやろうか? へっへっへ」
「……きたぁ、セクハラオヤジ」
唐突に背後から掛かる声に、ヒッチはびくっと体を震わせた。
なにせ気配を全く感じさせないまま、いきなり声を掛けられたのだから、動揺するのも無理はない。
「セクハラオヤジったぁ言い過ぎじゃねえかいヒッチちゃん。俺は一回も手は出しちゃあいねえぜ?へっへっへ」
「そのにやけた笑い方がセクハラなんだよっケニー」
「そうですよ? 風紀が乱れるから、その下品な笑い方やめてください、ケニーさん」
マルロはセクハラおやじケニーに苦言を呈した。
だが、ケニーと呼ばれたアゴヒゲの男は意に介さない。
「俺様の何処が下品なんだ小僧、へっ」
「ケニー、やめておけ。いさかいがピクシス様にバレたら、こっちがばらされるぞ?」
ケニーとマルロの間に割って入ったのは、ピクシスオーナー直属のspであり、ピクシス信仰者のジェル・サネス。
ベルサイ湯の薔薇の右の守護神だ。
ライトからキャッチャーミットへ正確に、かつ高速で返球する、いわゆる『レーザービーム』の持ち主である。
彼はその技で何度もチームを失点から守っていた。
「そりゃあぞっとしねえなぁ。ピクシスのおっさんに金貰ってなけりゃ、こんな生活できねえしな」
「ピクシス様、だ。口を慎め、ケニー」
「まったく、サネスのピクシス信仰には参ったぜ……普段は女と酒に溺れてるくそ野郎なのによ」
「お前に言われたくないぞ、ケニー」
要するに二人は遊び仲間でもあった。
「お二人とも、遊ぶのは程ほどにして、トレーニングに集中して下さいよ? 油断していたら食われますから」
「何に食われるんだろうなぁ? そうだな、 自由の翼のよお……あの気の強そうな眼鏡の女になら食われてやってもいいぜぇ? 名前なんだっけな……へっへっ」
ケニーは下なめずりをした。
「ハンジだろう? 確かにあれはいい女だ」
「サネスと好みが被ってやがるぜ」
「仕方がない、二人で力ずくで……」
「ちょっと!? 何犯罪匂わす相談してるんですか! あなた方が試合にでられなくなったらチームが困るんですから、やめて下さい!」
マルロの悲鳴のような声に、ケニーとサネスは肩を竦めたのであった。
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- 24 : 2015/06/21(日) 09:05:16 :
- 「くしゅんっ……うー、なんか鼻がむずむずする」
「ハンジさん、大丈夫っすか? 風邪っすかね?」
「うーん、体調はいいんだけどね。誰かに噂されてんのかな……」
自由の翼チームの練習中、ハンジはくしゃみを連発しつつ投球フォームの確認をしていた。
「とりあえず、俺あなたの球を受けてみるっす。投げてみてください」
オルオがそう言いながら、しゃがんでキャッチャーミットを構えた。
「よし、じゃあ投げるよ?」
ハンジはそう言うと、ポンポンッとロージンパックを手のひらで遊ばせた。
ボールを手に取り感触を確認するかの様に握る。
そして、ボールの縫い目に指をかけて、投球フォームに入る。
ふわりと体が浮くような、独特の投球フォーム。
そこからのびる、矢のような球筋。
だがそれは、ミットに収まる前に回転を変える。
「うわわっ!」
オルオはその変化球に対応しきれず、球を取り落としてしまった。
「ありゃ……一応ストライクゾーンには入っていたと思うけど、取りにくかったかい?」
「そ、そうっすね……球が途中で見えなくなった気がしたっす」
「うーん、ただのスライダーなんだけどなあ」
ハンジはぽりぽりと頭をかいた。
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- 25 : 2015/06/21(日) 09:06:00 :
「ハンジの変化球はトリッキーだからな。慣れるまでにかなり時間がかかるぞ? 地区予選に間に合うか?」
その様子を見ていたエルヴィンが、ハンジ達に声を掛けた。
「無理な予感が……」
「だめだよオルオ! なんとか頑張ってくれなきゃ!」
オルオの弱気な発言に、ハンジが叫んだ時だった。
「えぇーっ!? なぁんでオルオがここにいるのよ! 」
球場のベンチから、大きな声が聴こえてきた。
「おっ、お前、ペトラじゃねえか。なんでここにいるんだ? そうか、俺を追っかけて来たんだな」
「違うわばかっ! 私はこのチームのマネージャーなのよ?ってオルオこそ何でここに!」
「俺はハンジさんにナンパされてなぁ。もてる男はつらいぜ」
「そうなんだよ、ペトラ。キャッチャーをやってもらおうと思って彼を誘ったんだけど……私の球受けられないんだ」
ハンジは困った様に腕を組み、ため息をついた。
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- 26 : 2015/06/21(日) 09:06:25 :
- 「オルオなんかにモブリットさんの代わりが勤まるわけないじゃないですか!」
「ペトラ……俺はやれるぜ? お前のためならなんでもな……ふっ」
「うわー、かっこつけてて気持ち悪ーい! えんがちょえんがちょ!」
ペトラは、なけなしの前髪をかきあげてかっこつけるオルオに、心底嫌そうな顔を向けた。
「でも、やってもらわなきゃ困るんだよ……今年こそ優勝しなきゃ、自由の翼は解散になるんだから……」
ハンジは苦しげに顔を歪ませた。
それを見たペトラは、労る様にハンジの顔を覗く。
「ハンジさん……モブリットさんは本当に……」
「ああ……もう、来ない。だから、オルオに頑張ってもらうしかないんだ」
ハンジはペトラに真摯な眼差しを向けた。
「…………オルオっ! 死ぬ気で練習してよね!」
ペトラはそう叫ぶと、オルオに歩みより、バシッと背中を叩いた。
「お、おう。任せとけ!」
オルオはほんのり頬を染めながら、右拳で左胸をポンと叩いた。
それから、ハンジによる、オルオのキャッチャー特訓の日々が幕を開けた。
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- 27 : 2015/06/22(月) 08:57:10 :
- チームの練習が無い日にも、オルオの特訓は続いていた。
数ヵ月の時が経つうちに、なんとかスライダーとカーブは受けられる様になってきた。
「オルオ、毎日頑張ってるよね」
「当然っすよ。俺が受けれなきゃペトラを全国へ連れてってやれないっすからね」
「ペトラのためかぁ……いいね!地区で優勝したら、デートにでも誘ってみたらどうだい?オルオが頑張ってるのは、ペトラも知ってるしさ」
練習の合間に、二人はそんな会話を交わしていた。
「いやぁ、まあそれもいいんすけど……俺ぁあいつの喜んでる顔を見れりゃそれでいいんス」
「……オルオって、見た目とは違ってイケメンだね」
「何言ってんスか。見た目もイケテるっす。ですがやっぱり、ハンジさんの全ての変化球受けれねぇと、優勝は……」
オルオは手のひらを見ながら呟いた。
「やるだけの事やろう。ペトラを笑顔にするために」
「はい、そうっすね。俺がんばるっス」
オルオはハンジとがっちり握手を交わした。
そんなある夜、オルオはグラウンド近くのバッティングセンターで一人捕球の練習をしていた。
「球は受けれるんだがなぁ。まああの人の変化球は……変態じみてやがるからしゃあねえか」
試合まで一月を切っていたにも関わらず、いまだに全ての球種を捕球出来ないオルオは、さすがに焦りを感じはじめていた。
「ハンジさんがいなきゃどうしようもねえ、今日は帰るか……」
オルオがそう呟いて立ち上がり、バッティングセンターを出ようとした時だった。
ポンポンと後ろから肩を叩かれて、オルオは振り返った。
その人物は、柔らかな笑みをオルオに向けていた。
-
- 28 : 2015/06/22(月) 08:57:28 :
ハンジは、自宅の庭で新しい魔球の開発に勤しんでいた。
このところ毎晩、グラウンドに遅くまで残って、投球練習に励んでいたハンジ。
フォークボールに似ているが、回転を変えて素早く落ちる、まるで消える様な球を開発していた。
だが、ハンジは首を振る。
「いくらこれが投げれても……さすがにオルオには受けられないよね。相手がからぶってくれたらいいけど、手を出されなきゃ捕球ミスで大惨事になるし……」
ハンジはその場に座り込んだ。
思い浮かぶのは、長年バッテリーを組んでいたモブリットの姿。
彼なら問題なく、この魔球を捕球するだろう。
だが、彼はもういない……自分が手放してしまった。
無い袖は振れないのだ。
後悔先に立たず。
ハンジは俯きため息をもらした。
-
- 29 : 2015/06/22(月) 08:58:01 :
- 地区予選まであと二週間を切ったある日、ハンジはオルオの成長ぶりに舌を巻いた。
「君……最近突然上手くなってないかい? 捕球もだけど、守備も……」
「ほんとですよね! だってめちゃくちゃ下手くそでしたし、顔もおじさんみたいでほんとにこの人役に立つのかとか思っちゃっていましたけど……モギュモギュ」
「サシャ、芋くわえながら守備練習しない。でも確かにオルオさんは上手くなった」
ハンジの言葉に、サシャが答え、ミカサが頷いた。
「毎晩練習してるっすからね!当たり前っス! まあ実力があったっつー事っすよ! はっはっは!」
オルオは勝ち誇った様に胸を張った。
「この分なら、決勝までは問題なさそうだな」
エルヴィンが頷いた。
「まあな。だが、決勝はどうだかな。ベルサイ湯の薔薇に勝てなきゃ意味ねえぞ」
リヴァイの言葉に、エレンが不安そうな表情を見せる。
「ベルサイ湯の薔薇チームに、モブリットさんはいるんですかね……?」
「いや、それがどうやら違うらしい。モブリットはどのチームにもいない。俺も確認したんだがな」
エルヴィンがエレンの疑問に答えた。
「えっ……モブリットはベルサイ湯にいないのかい……?じゃあ何処に」
「さあな。お前が知らねえんなら、俺たちにわかるわけないだろう。お前の相棒だろうが」
リヴァイの言葉に、ハンジは項垂れた。
「モブリット……」
「……とにかくいない者を気にする余裕はない。さあ、全員守備につけ。フライを上げるぞ!」
エルヴィンの言葉に、一同は頷き練習を再開した。
-
- 30 : 2015/06/22(月) 10:26:47 :
- 「センター、行くぞ! 」
センターの守備位置につく小柄なリヴァイは、打球を目で追いながら、だがグラブを構えない。
打球が落ちてきた時、彼は何故か背中に腕を回す。
その、背中に回された腕の先のグラブに、ポスッと打球が入った。
そのまま矢のような返球をする。
それを見ていた遊撃手ミカサが顔を歪ませた。
「ちびのくせにかっこつけないでほしい。背面キャッチなんてあなたがやってもかっこよくない。イチローに失礼」
「うるせえミカサ」
「だいたい失敗したらどうする? 恥ずかしいだけではすまない。相手に隙を与えてしまう。背面キャッチなんかやるべきじゃない。イチローすら試合ではやらない」
「まあ、てめぇなら失敗するだろうな。だが俺は違う。要はフライをキャッチすりゃいいんだろうが」
リヴァイはそう言いながら、またセンターに飛んできた打球に対して、華麗なる背面キャッチを見せた。
「ちっ……ちびのくせに生意気な。私だってそれくら……うわっと!」
唐突に飛んできた打球を、辛うじて受けるミカサ。
「よそ見するな、ばかが」
「くっ……」
ミカサは臍を噛んだ。
「相変わらず仲がいい親戚同士だな、すん」
「仲良くねぇ!」
「こんなちびと仲良しだなんてありえない!」
右中間から打球を追いかけついでに声をかけてきたミケに、リヴァイとミカサは抗議の声をあげたのであった。
-
- 31 : 2015/06/22(月) 17:23:21 :
- レフトの守備位置についていたジャンは、地味ながらも堅実なフライ処理をしていた。
だが、目線はショートを守るミカサに釘付けだ。
「すげえ綺麗だ……」
思わずため息をつく。
彼はミカサに一目惚れして以来、ずっと彼女に熱視線を送り続けていた。
だが、その視線は彼女に届く事は今まで一度もなかった。
何故なら先程のように、ミカサは親戚であるリヴァイとばかり絡んでいるからだ。
「リヴァイさんすげえからな……俺なんか眼中にはいるはずねえっさなあ」
ジャンがそう呟いた時だった。
「ジャーン! 上だ上!」
ちょうどいい位置に落ちてくる打球。
ジャンは後ろに下がろうとして踏みとどまった。
「(ここでいっちょいいところみせてやっか!)」
そう心の中で考えにやつくと、背中にグローブを回した。
打球は……するりとグローブをすり抜けて後方に転がり落ちていった。
「何やってる? お前さては俺の真似しようとしやがったな?」
横合いからかかる、リヴァイの針を刺すような言葉に、ジャンは背筋を震わせる。
「リヴァイさん! あの、そのついうっかり……かっこよかったので」
「ほう……かっこいいのか。だよな?」
「ジャン! ちびにかっこいいなんて言わなくていい! 怖いかもしれない、けどこのちびはおだてれば図にのって余計にうっとうしくなる! ので、ちびの真似なんかすべきじゃない!」
得意気なリヴァイを指差しながら、ミカサはジャンを非難した。
「ミカサ……」
ジャンはミカサに話しかけられただけで顔を真っ赤にした。
「ま、俺に憧れるのは無理はないが、背面キャッチはお前にはまだ早え。みっちり仕込んでやるから、使うならそれからにしろ」
「だめ! ジャン、騙されてはいけない! ちび、ジャンから離れるべき!」
「ジャン、お前は俺がミカサ、どっちにつく? せいぜい悔いのない方を自分で選べ」
「あっ……その……どっちも捨てがたい……様な」
ジャンはリヴァイに左腕を、ミカサに右腕を引っ張られて、何故かこれ以上ないほどに赤面したのであった。
-
- 32 : 2015/06/23(火) 17:16:17 :
- こうしてのどかに見える練習も、地区予選が近づくにつれてどんどん厳しさを増していく。
自由の翼チームのメンバーは、それぞれ悔いの残らない様に精一杯トレーニングに励んだ。
そしてついに、地区予選第一試合の朝がやってくる。
「今日は背番号を渡していくぞ。例年通り、我がチームでは守備位置がそのまま背番号になる。では、発表するぞ」
キャプテンエルヴィンの言葉に、一同は緊張の面持ちでうなずいた。
「背番号1、ピッチャーハンジ」
「おう!」
ハンジは背番号を受けとると、ぱしっと左胸を拳で叩いた。
「次は……背番号3、ファーストエレン」
「はいっ! 頑張ります!」
「あれ? 背番号2は?」
ハンジがふと気がつき、言葉を発した。
だが、エルヴィンは首を振りその問いには答えなかった。
「背番号4、セカンドサシャ。背番号5、サードは俺。背番号6、ショートミカサ」
それぞれが自分の守備位置の背番号を受けとると直ぐ様ペトラがユニフォームに縫い付けていく。
「背番号7、レフトジャン。背番号8、センターリヴァイ、背番号9、ライトミケ。そして最後、背番号10、キャッチャーオルオ。以上だ」
「ちょっとまって? なんでオルオが10番なんだい? キャッチャーなんだから2じゃないの?」
ハンジがそういうと、オルオが何故か首を振る。
「ハンジさん、いいんすよ! 俺10が好きなんで、キャプテンにそうしてもらっただけっす!」
「いや、でもさ!」
「ハンジ。背番号2は、永久欠番だ」
エルヴィンの静かなその言葉に、ハンジは目に見えて元気を無くした。
もともと背番号2をずっと背中に負っていた人物は、もうこの場にいないのだから。
「ハンジさん、そんな顔してちゃだめっすよ! 俺の華々しいデビューの日に、甘いゆるゆるボールなんで投げねえで下さいよ?」
らしくないほど落ち込んだ顔をするハンジに、反して自信ありげなオルオがそう声をかけた。
「うわ! オルオなんでそんなに偉そうなのよ?! しょぼいミスやらかして足引っ張るのだけはやめてよね?!」
背番号を縫い付けて回っていたペトラが、顔を歪ませた。
だが、オルオは不敵な笑みを返す。
「ふっ、俺がしょぼいミスをするだと? そうかお前そういう俺をみて、母性本能をくすぐってほしいんだな? だが残念だ。今日の俺はひと味違うぜ?まあ黙ってみてろ」
「うわーーーー! オルオ超似合わない台詞言わないでよね!えんがちょえんがちょ!」
ペトラは心底嫌そうな顔つきで、ハンジの背中に隠れてあっかんべーをした。
「皆さん、ついに今年の戦いが幕を開けますね」
エルヴィンの後ろでじっと様子を伺っていた監督アルミンが、静かに言葉を発した。
「今年も自由の翼は、『 One for all , all for one』をスローガンに、全員が力を合わせて、勝利のために戦っていきたいと思います」
アルミンは一人一人と握手を交わしながら、頷く。
「一人は皆のために、皆で一つの目標のために、全員野球で戦い抜くぞ!」
アルミン監督と、キャプテンエルヴィンの言葉を受けて、チーム一同は円陣を組み、互いの信頼関係を更に強固な物にするのであった。
そして、第一試合が始まる。
-
- 33 : 2015/06/23(火) 17:16:43 :
- 始まった第一試合。
初戦の相手はいきなり、地区四強の一角を占める強敵だ。
ここを抜ければ決勝までは安泰に思われてはいたものの、長年正捕手を勤めていた上に、けれん味の無い着実な打手でもあったモブリットを欠いている、自由の翼。
番狂わせが起こってもなんら不思議ではないチーム状況であった。
「ハンジさん、大丈夫っすか?」
試合開始直後から暴走気味のハンジをに、オルオはマウンドに駆け寄りそう声をかけた。
「大丈夫だよ? なんか変かい?」
「いや、なんつーか、いつもよか暗い気がするんす。指示を無視するのは相変わらずなんでいいんですがね」
「はは、暗いか。それは困ったなぁ。まあ締める所は締めていくから、しっかり受けてくれよ?」
ハンジはそう言って笑うと、ぱんと自分の頬を張った。
モブリットがいない事実は前から把握していた。
だがいざ試合になった時、ミットを構える彼の姿や、背番号2を背負う背中が見えないことが、今さらになってハンジの心の中を掻き乱していた。
「いかんいかん……こんなところで負けるわけには、いかないんだから」
ハンジはそう呟いて深呼吸をした。
そして、きゅっとボールを握りしめた。
-
- 34 : 2015/06/23(火) 17:17:19 :
- 結局この試合、ハンジは一点の失点を許したものの、打者の援護もあって4対1で勝利をおさめた。
厳しい初戦を抜けた事で、チームはほっと胸を撫で下ろしたが、まだまだ決勝までは気が抜けない。
ベリサイ湯の薔薇チームと再戦し、リベンジを果たすために、一丸となって試合を戦っていく。
そうして準決勝も勝ち残り、ついに決勝の舞台……因縁の対決に今年も挑むことが決まった。
-
- 35 : 2015/06/23(火) 17:17:52 :
準決勝の試合後、チームは馴染みのグラウンドで最終調整をすべく集まっていた。
「皆さん今日までよく戦ってくださいました。ついに明日、運命の戦いが始まります」
アルミンの言葉に、チーム一同は頷いた。
「明日は必ず、勝ちたい。皆の力で」
ハンジは拳をぎゅっと握りしめて唇をかんだ。
「このままじゃあ無理っす」
そう言ったのはオルオだった。
「何故無理なんていうのか。まだやりもしないうちから。冗談は顔だけにしてほしい」
オルオの言葉に反論したのはミカサだった。
彼女はとてつもなく負けず嫌いであった。
毎年同じチームに負け続けている事に、苛立ちを隠せなかった。
リヴァイも珍しく相づちを打つ。
「ああ。無理だと言うのは聞き捨てならんな」
「違うんす。このまま俺がキャッチャーをしていたら、無理だと言いたかったんすよ。ほら……俺は天才なんすが、どうしてもハンジさんの新魔球を捕る事が出来なかったじゃないすか……それでは明日は厳しい、そう思っているっす」
「確かに、今のハンジさんの投球内容はベルサイ湯に筒抜けで、既に攻略されているでしょうし、オルオの見立てはあながち間違ってはいません」
アルミンは静かに言葉を発した。
「ってこたぁ、勝てねえのかよ」
ジャンが悔しげに顔を歪めた。
「絶対に負けたくないですよぅ……悔しいじゃないですか」
サシャはさすがに手にした芋を口にしないまま、今にも泣き出しそうな顔をした。
皆、ベルサイ湯に勝つために必死でやってきた。
試合を間近に控えた今、チームのブレーンであるアルミンの言葉は、チーム全体に暗雲をたれ込めさせるのに充分であった。
「スン……負けたくない」
「あと少しだもん、全国大会まで。今年こそ……」
ミケは大きな背中を折り曲げて呟き、ペトラは目に涙をためた。
-
- 36 : 2015/06/23(火) 20:20:27 :
「皆、諦めるなんて僕は言っていませんよ。今のままなら無理だと言う話です。ですが……」
アルミンがそこまで言った時、ロッカールームの扉ががちゃりと開いた。
「アルミン、待たせたな」
そう言って入ってきたのは、キャプテンエルヴィンだった。
「いえ、ちょうど話をしようとしていた所です、エルヴィンさん」
「なら良かった。ほら、諦めて入ってこい」
エルヴィンが扉の外に手を伸ばし、人を無理矢理中に引き入れた。
「エルヴィンさん、俺は……」
狼狽えながらチームの前に姿を見せたのは……
「モブ、リット……」
ハンジは彼の姿に、思わず瞳を潤ませた。
「モブリットさんっ!」
「遅えぞ、モブリット」
皆が口には出さずとも、心の中で必要としていた、元正捕手モブリットその人であった。
-
- 37 : 2015/06/23(火) 23:02:01 :
- 「モブリットさん、来てくれたんすね!」
オルオが立ち上がり、入口付近から動かないモブリットに駆け寄った。
「あれ……オルオ知り合いだったのかい?」
「そうっすよ、ハンジさん。モブリットさんは俺の師匠なんすから。ね、モブリットさん」
「えっ……? いや、そんな大層なものじゃ……」
モブリットはますます狼狽えた。
「すまんが、話がよくわからん。モブリットは勝手に辞めていったと思ったんだが、違うのか?」
リヴァイの言葉に、アルミンが首を振る。
「いえ、モブリットさんは辞めていったわけではありません。ずっと、チームの一員だったんですよ。オルオさんを介して」
「そうだ。きっかけはハンジの勘違いと売り言葉に買い言葉ではあったが、結果的にそれを利用させてもらった」
チーム一同は、アルミンとエルヴィンの言葉に、なおも理解できない様な表情を見せていた。
「俺は最初、モブリットさんがチームのキャッチャーだとは知らなかったんす。一人で捕球練習をしていたら声かけてくれて、練習に付き合ってくれたんすよ。で、いろいろ教わっていたっす」
「そうか……だからオルオ、急にうまくなったんだ」
「そうなんすよ、ハンジさん。そうしている内に、エルヴィンさんとアルミンに極秘練習を知られてですね……」
「で、裏をかくにはちょうどいいと思ってな。そのままモブリットは隠すことにしたんだ」
エルヴィンはモブリットの肩をがっちりつかんで、不敵な笑みを浮かべた。
-
- 38 : 2015/06/23(火) 23:02:21 :
- 「なんだ、騙されていた。私たちは」
「味方をだますなよな、趣味悪いぞ、エルヴィン」
アッカーマン一族は二人同時に眉を潜めた。
「敵を欺くにはまずは味方からって言いますからね。それを踏襲したまでです。ですがそれはあくまで僕たちの考えであって、モブリットさんはまた別な考えでチームから距離をおいていました。それはご本人からお聞きください」
アルミンはそう言うと、ハンジたちチームメイトの前にモブリットを押し出した。
「俺はもう、いいですから……」
今にも泣き出しそうなモブリットを後目に、ハンジが真摯な眼差しを彼に向ける。
「モブリット、話してくれないか?」
ハンジの言葉に、モブリットはしばし瞳を閉じる。
そして深く息をつき、口を開いた。
-
- 39 : 2015/06/23(火) 23:02:51 :
「チームを離れたきっかけは、ハンジさんの言葉でした。君なんかいなくてもやれるって言われた時に、自分でも驚くほど落ち込んでしまったんです」
「…………おいハンジ。てめえモブリットに何言ってやがる」
「いいんです、リヴァイさん。ハンジさんがそれこそその場の勢いで口走った事だと分かっていたんです。確かにハンジさんの言葉に落ち込んだのは事実ですが、俺がチームから離れたのは、その言葉のせいだけではないんです」
モブリットはそこまで言うと、チーム全員に目を向けた。
「自由の翼は、 『 One for all , all for one』をスローガンにしています。一人は皆のために、皆は一つの勝利を掴むために……素晴らしい言葉です。事実皆さんは力を合わせて、足りない部分を補いあってきました。ですが、俺は……」
「俺だけは違いました。俺はチームのためではなく……ハンジさんのために戦っていました」
「モブリット?!」
唐突なモブリットの告白に、一同騒然とする。
ハンジは顔を真っ赤にした。
「モブリットさんすげえ! 公開プロポーズ!」
「まてよエレン。まだプロポーズじゃねえってばよ」
「エレン、ジャン、シーっ静かに」
盛り上がりかけた若者を、寸前でペトラが制した。
-
- 40 : 2015/06/23(火) 23:03:18 :
「俺が一人、チームの足並みを乱していたんです。常にハンジさんの事で頭が一杯で、チーム全体の事を考えていませんでした。捕手たるものとして相応しくありません。ですから……チームを離れる決意をしました」
「モブリット……」
ハンジは俯いた。
「そんな事を考えていたモブリットだったが、やはり気になったのか、チーム練習をこっそり見ていたんだ。そして、オルオの出来を見て手を貸してくれたんだ」
「モブリットさんは教え方が上手かったっす。おかげでハンジさんの球を捕れるようになりやした。モブリットさんのお陰っす!」
「いや、オルオ。君の努力が素晴らしかったからだよ。それなのに背番号2を拒絶するし……」
「背番号の件は、オルオの願いだから聞き入れた。それにお前をメンバーから外した記憶は無いしな」
エルヴィンがそう言いながら、明日のメンバー表をモブリットに見せる。
そこには、レギュラーとしてモブリットが記載されていた。
背番号は2。
「俺は……」
首を振るモブリットの肩を、アルミンがポンと叩く。
「モブリットさん、相手チームは油断しています。あなたがうちにいないと思っているからです。そんな相手チームは、明日目をむくはずです。いないはずのあなたが、背番号2をつけて出てくるんですよ……? 見事に出鼻をくじけると思いませんか……?」
アルミンはそう言いながら、にたりと笑みを浮かべた。
「うわっ、アルミン顔怖いですよ……」
「サシャ、アルミンはたまにゲスい顔をする、ので、この顔が出たら距離をおくほうがいい」
ミカサはサシャに目くばせをした。
「モブリット失踪騒ぎを逆手にとったということか」
リヴァイは腕を組み呟いた。
「相変わらず、この二人が組んだらえげつないな……スン」
「敵には回したくねえな」
リヴァイとミケは、不敵な笑みを浮かべるエルヴィンとアルミンを見ながら、ボソッと呟いた。
-
- 41 : 2015/06/24(水) 15:18:22 :
- 「モブリット、いくよ?」
「はい。いつでもどうぞ、ハンジさん」
夕暮れ時のグラウンド。
チームメイトが見守る中、久々にキャッチャーミットを構えるモブリット。
彼の瞳には全く淀みがない。
その佇まいだけで、どんな球も後ろに反らすことは無いという安心感を、投手に与える。
ハンジはマウンドに立ち、ふぅと息をした。
グローブの中で球の握りを確認する。
その間モブリットから目を離さない。
彼が頷くのを合図に、ハンジはモーションに入る。
独特なフォームから繰り出される球は、高めを保ったまま伸びる。
だが、それは急に軌道を変える。
まるで斬り込むように速度を上げて、ストンと斜め下方向に落ちる。
消えるような球は、だがモブリットのミットにきちんとおさまっていた。
「……すげえです。ハンジさんの魔球を一発で捕るなんて」
それを間近でみていたオルオが感嘆の声をあげた。
「……なんだ、魔球の事、知っていたのか」
ハンジの言葉に、モブリットは頷いたが、何も言葉を発しなかった。
その代わり、またミットを構えてサインを出す。
彼が出したサインはストレート。
「……」
ハンジはまた投球する。
彼女が放った球はスライダーだった。
「相変わらず言うことを聞かないじゃじゃ馬ですね……まあいつもの事ですけど」
モブリットはそう言うと、またミットを構える。
ズバッとミットにおさまる球を見て、チームメイト達は頷く。
「やはり、ハンジの球はモブリットにしか受けれんな」
「スン……オルオは頑張っていたがな。スライダーとカーブだけではベルサイ湯とは戦えんからな」
「やっと、優勝が見えてきた。明日は私は必ず、やる!」
リヴァイとミケの会話に割って入るように、ミカサが叫んだ。
「俺もやるぞ! ホームラン打ってやる!」
エレンはバックスクリーンを指差した。
「私は帰りにマクドよって、そのあとケンタッキーよって、ラーメン屋で定食を食べますっ!」
「そりゃいくらなんでも食いすぎだぜ、サシャ」
「ジャンの言うとおりだ。腹壊すぞ? 明日に備えて今日は解散。明日はやるぞ?!」
「おおーっ!」
エルヴィンの言葉に一同雄叫びをあげた。
こうしてモブリットの再加入により、自由の翼はやっと一つにまとまったのであった。
-
- 42 : 2015/06/24(水) 15:19:20 :
- 「ねえ、モブリット。君はずっと練習を見ていたのかい?」
グラウンドからの帰り道、ハンジはモブリットにそう問いかけた。
「はい。毎日、見ていました。あなたが新しい球を開発していたのも、全て」
「……ストーカーかよ」
ハンジはそう言いながら突然恥ずかしくなり、頬に手を当てた。
思い出したのだ、先程チームメイトの前で彼が言った言葉を。
「ストーカーに近かったです。俺はあなたの事しか頭になかったので」
「…………本気かい? それ」
「俺が冗談でそう言う事をいうタイプかどうか、あなたが一番よくご存じかと思いますが」
モブリットの言葉に、ハンジはちらりと彼に目を向けた。
少し高い位置にある彼の目は、穏やかな瞳をハンジに向けていた。
「私、明日はやるよ」
ハンジは立ち止まり、彼の瞳を見つめながら力強く言葉を発した。
「はい、存分にやって下さい。俺が全て受け止めとますから」
ハンジはモブリットのその言葉を聞くや否や、彼の首に腕を回して抱きついた。
「モブリット……戻ってきてくれて、ありがとう」
彼の耳にそう囁きかけながら、更に強く抱きつく。
すると、モブリットの手が遠慮がちにハンジの背中に回された。
「ハンジさん……長い間本当にすみませんでした。明日は、あなたに勝利を捧げます」
「ああ、モブリット。導いてくれ」
二人の影が限界まで重なるのに、さして時間はかからなかった。
-
- 43 : 2015/06/24(水) 15:19:49 :
- 翌日
ついに因縁の対決が幕を開けた。
「ちょっとぉ!どういう事!? モブリットがいるじゃない!」
試合前の挨拶の時、ヒッチは思わず叫んだ。
ハンジとの不和で、モブリットはチームを去ったと思っていた相手チーム。
決勝で突然姿を見せた背番号2に、動揺を隠せなかった。
「なるほどのぉ……アルミンやりおる。一杯食わされたか……ふぉっふぉ」
ベルサイ湯の薔薇オーナー兼監督、ドット・ピクシスは意味ありげな笑みをアルミンに向けた。
アルミンはその視線に気がつき、会釈をした。
「まあ。これで戦いの行方はわからなくなったのぉ。楽しめそうじゃ」
こうして両監督の静かなるせめぎあいを合図に、試合は幕を開けた。
-
- 44 : 2015/06/24(水) 15:20:46 :
- 一回表、ベルサイ湯の攻撃。
一番打者ケニーの内野安打で、出塁を許してしまう。
「嫌な走者が出ましたね」
モブリットはマウンドに駆け寄り、ハンジにそう声をかけた。
「ようよういいケツしたピッチャーの姉ちゃん!俺もストライクが得意だぜぇ?姉ちゃんのあそこに……ぐえっ」
「ハンジさんを変な目でみるなっ!」
「……エレン、ナイス」
ケニーの野次に直ぐ様反応して、グローブで彼の顔をおおったエレンに、モブリットは小さく呟きながら、親指を上に立てた。
「あのおっさん、私のあそこに何を……?」
「ハンジさんっ、そんな事考えんでよし! 投球に集中する!」
「いや、モブリット……君顔真っ赤なんだけど……ま、いいか」
ケニーをランナーに出した一回は、その後スチールを許したものの、無失点で切り抜ける事ができた。
一回裏、自由の翼の攻撃。
一番打者リヴァイがヒットで出塁。
二番ミカサが送りバントを内野安打にすると、三番モブリットがライト前にヒットを放つ。
リヴァイは持ち前の脚力でホームを目指す……だが、ライトの守護神サネスのレーザービーム返球によって差された。
「ちっ……あんな中年親父に差されるとはな」
「リヴァイさんも三十路……」
「何か言ったか? エレン」
「いえっ何も!」
エレンはぶんぶん首を振って、バッターボックスに立つ。
一塁にモブリット、2塁にミカサ、大量得点のチャンスに、だがエレンは三振してしまう。
こうして一回裏の攻撃を終えた。
-
- 45 : 2015/06/24(水) 20:37:04 :
- 2回、3回と点の動きはなく、四回ベルサイ湯チームの攻撃。
ケニーがにやつきながらバッターボックスに立つ。
「姉ちゃん、今夜はまた負けてぴーぴー泣きやがるんだろ? なあ、俺が慰めてやるからよぉ。自慢のこれで」
大声でそう言いながら、バットを股間の辺りに当てて立たせる。
怒張した男性器に見立てる様に。
「…………ちっ」
それを横目で見て、モブリットはらしくない舌打ちを漏らした。
そこに追い討ちをかけるように、二番打者サネスが言葉を投げる。
「ケニーよりも俺の物の方がでかいぞ? 」
「……おい、いい加減に」
モブリットがあまりの卑猥な言葉の羅列に切れかけた時だった。
「へぇ……自信あるんだ、そっか。耐久力にも自信あるの?」
ハンジがにやりと笑いながら、ケニーに問いかけた。
「おっ、気になるか?耐久力も任せておけよ、姉ちゃん。まあじっくり夜に教えてやるからよ………っでぇっ!?」
ハンジは唐突にモーションに入り、球を投げた。
ぐんと曲がるカーブを、股間めがけて。
あわてて避けるケニー。
「あ。あぶねえだろ?! 姉ちゃん!」
「いやあ、耐久力確かめたくってさぁ。お願いだから避けないでくれる?よっ!」
ズバン!
またしても股間を狙った球を投げるハンジ。
「ひいっ、使いもんにならなくなったらどうするんだおぉい!」
「そんな柔なちん○に私は興味ないね。さっさと退場しなっ!」
ズバン!
ハンジはスライダーでケニーを仕留めた。
-
- 46 : 2015/06/24(水) 20:37:30 :
「ハンジさん……公衆の面前でちん……なんて……」
「モブリットは耐久力に自信あるのかい?なきゃ困るんだけど」
「あほですか! あんた真面目に投げてくださいよっ!」
モブリットの激昂も、ハンジには届かない。
「さて。次もちん○に自信がある人だよね? サネスだっけ。じゃあ君にも耐久力テストを受けてもらうよ」
ハンジはそう言うと、にやりと笑みを浮かべてサネスの股間を指差す。
彼女の眼鏡が怪しく光を放つ。
「耐久力テストだと……?どういう……」
「いらないのは右と左、…………どっちの睾丸?!」
ハンジはそう叫ぶと、慌てるサネスに向かって鋭く落ちるフォークボールを文字通りお見舞いした。
ボールは見事にサネスの睾丸に炸裂する。
「うぎゃぁ!」
「ちょっとハンジさんっ、ふざけないで下さいよっ!」
サネスは股間を押さえながら、デッドボールで出塁した。
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- 47 : 2015/06/24(水) 20:54:39 :
- 三番打者マルロは、ピクシスからの指令に首を振る。
そして、おもむろにバットを構える。
こつん……
ハンジの投球にうまく合わせて転がした。
「バント! 真面目! わはは! さすがはきのこマルロ、つまんない男ぉ! ぶふっ」
ヒッチはたまらずお腹を抱えて笑った。
「うるさいヒッチ! 堅実に点を取る事こそが大切なんだ!」
マルロは一塁でアウトになりながら、笑い転げるヒッチに苦々しく言葉を吐いた。
結局マルロが送ったランナーが生還し、ベルサイ湯の薔薇に一点が入った。
5回6回も動きはなく、七回裏ミケの打席。
「ううっ、大きい人だなぁ……」
ベルトルトは190の長身で、彼は彼より大きい人をあまり見ることはなかった。
だが、打席にいるのは自分よりさらに大きな人物。
彼の鋭い目線に圧倒される。
その彼の弱い心が球に移ったのだろうか。
「ベルトルト、落ち着け!」
キャッチャーライナーの言葉もむなしく、甘い球が投げられる。
それをミケが見過ごすはずはない。
「…………スンっ!」
バットを一振り。
カキーン……小気味のいい音が球場に響く。
打球は右中間の一番深いところに突き刺さる。
「ホームランだぁぁ!同点だ!」
チームが色めき立つ中、ミケは誇らしげにホームを踏んだ。
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- 48 : 2015/06/24(水) 20:55:12 :
- ついに試合を振り出しに戻した自由の翼。
そして最終回、同点のまま、9回裏ツーアウトになっていた。
ランナーは無し。
打席にいるのはエレン。
彼は打席に立ちながら、去年の出来事を思い浮かべていた。
「(去年、俺は満塁のチャンスに打てなかった。今年は……俺は、やるんだ。絶対にやるんだ! そう決めた!)」
エレンの瞳に熱き炎が舞い踊る。
エレンはバットをおもむろにバックスクリーン方向に向けた。
「あそこに、ぶちこんでやる! 俺が必ず、ベルサイ湯の薔薇を……駆逐してやる……」
ざわめく場内。
「おい、大丈夫か?ベルトルト」
ライナーの心配そうな言葉に、ベルトルトはごくりと唾を飲み込んだ。
「大丈夫だよ。僕は負けない……」
エレンはベルトルトをきつく睨み付ける。
ベルトルトの腰が、一瞬だけ引けた。
だが、彼もまた、一流チームで勝ち続けたエースピッチャー。
気持ちの上で、今負けるわけにはいかないことがわかっていた。
「……正々堂々、勝負だ!」
ベルトルトはエレンに向かって叫んだ。
「望むところだ!」
エレンはそう叫ぶと、バットを構えた。
最後の戦いが幕をあげる。
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- 49 : 2015/06/24(水) 22:15:34 :
- 第一球……これまでにない威力のカーブがエレンのバットに空を切らす。
ワンストライク。
第二球……ふわりと浮くようなチェンジアップに、だがエレンは上手く反応する。
ファウルフライでツーストライク。
第三球……カーブがライナーのミットに吸い込まれる。だが若干低めでボール。
そして、第四球。
待っていた球が投げられる。
甘く入ってきたスライダー。
スライダーを待っていたエレンは、思いきりバットを振り抜いた。
カキーン
今日の試合の中で一番遠くに跳んだ打球は、センターのバックスクリーンに吸い込まれていった。
その瞬間、一瞬球場内が静まり返る。
そして数瞬後……
「いやったぁぁぁぁ! エレェェン!」
身を乗り出すようにエレンの打席を見守っていた自由の翼のメンバーが、ハンジの雄叫びを合図に歓喜の声を上げて、グラウンドに飛び出した。
エレンは信じられないような目をバックスクリーンと、自分のバットに向けた後……
「やったぜ!」
そう叫んでガッツポーズをすると、喜びを噛み締めるようにゆっくりと、ダイヤモンドを回った。
ホームベースを踏んだエレンは、チームメイトに揉みくちゃにされる。
こうして、ついに自由の翼は、念願の地区優勝を果たし、全国へのキップを手にしたのであった。
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- 50 : 2015/06/24(水) 22:16:19 :
- 試合後のロッカールームにて、ハンジはエレンに抱きついたまま顔をあげようとはしなかった。
エレンもまた、泣きすぎて顔をグシャグシャにしていた。
「悔しさをばねに、ついにここまできました。本当に嬉しいです。皆さんありがとうございました」
頭を下げるアルミンに、エルヴィンが拍手をする。
「アルミンの采配と、モブリットの再加入、オルオの頑張り、何より皆の気持ちが一つになったからこそ掴めた栄光だ。次は全国。そこでも頂点を目指すぞ!」
「おおーっ! 次は全国制覇だっ! 俺たちの闘いはこれからだっ!」
やっと泣き止んだエレンが、ハンジの手を取り高々と掲げた。
全試合を投げ抜いたハンジは、涙を拭いながら最高の笑顔を見せたのであった。
「よし! 俺もモブリットさんに負けねえくらいのキャッチャーになってやるっす!」
「オルオにそんな事出来るわけないでしょ?」
ペトラはオルオに呆れた様な表情を向けた。
だが、オルオはなけなしの前髪をかき上げながらにやりと笑みを浮かべる。
「なんだペトラ……そうか。お前は俺がモブリットさんを超えて有名になる事を恐れていやがるんだな? 俺が遠くにいってしまった様に感じて寂しく思うんだな? 気持ちはわかるが俺は止まらねえぜ。すまんなペトラ」
「だ、だ、誰が寂しく感じるかぁぁぁ! まずはモブリットさんから正捕手の座を奪ってから言えっばかオルオっ!」
「いてっ!」
オルオはペトラに頭を叩かれながら、だが嬉しそうに顔を綻ばせていたのであった。
こうして、草野球チーム自由の翼は、ついに全国への切符を手にしたのであった。
その一月後の草野球全国大会にて『Flügel der Freiheit』通称自由の翼チームは、初出場で初優勝を飾り、ハンジとモブリットのバッテリーに加えて、センターのリヴァイ、ショートのミカサがベストナインに選ばれる事となったのであった。
追い求めていれば、諦めなければ、夢は叶う。
いつか必ず──
──完──(おまけあります)
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- 51 : 2015/06/24(水) 22:18:04 :
- 全国制覇後、ハンジはモブリットと共にベルサイ湯の薔薇温泉に来ていた。
ハンジは念願のフリーパスを手に入れて(ただしモブリットの奢りで)、毎日のようにベルサイ湯に入り浸っていた。
今日は岩盤浴で読書をした後、スパのジャグジーでリラックスタイムを過ごしていた。
「ふぅ……練習後のジャグジーは最高だねえ」
「そうですね……気持ちよくて、凄く、眠たいです」
モブリットはジャグジーの泡に揺られながら、今にも寝そうになっていた。
「ありゃ、もう眠たいのかい?まだご飯も食べてないよ? 今日は温泉のレストランでステーキ丼食べるんだろ?」
「はぁ……そうでしたっけ……?ハンジさん、少しだけ目、瞑っていいですか……?」
「いいけど……浸かりすぎたら逆上せるし、起こすよ?って……」
モブリットはハンジの返事を聞く前に、彼女の肩を枕に目を閉じて寝息をたて始めた。
「ありゃ、寝ちゃったよ。疲れてるんだね」
ハンジがそう言いながら同じように目を閉じた時だった。
「おろろっ、自由の翼の姉ちゃんじゃねえか! ビキニがセクシーだなぁおい!」
「あっ……ベルサイ湯の、ちん○の人」
「俺はケニーだぜ? ちん○には自信あるけどよ。ってか、なんだ男といちゃついてんのかよ」
ハンジに声をかけてきたのは、ベルサイ湯のチームのケニーだった。
「モブリットと? 別にいちゃついてないだろ? うたた寝に肩貸してやってるだけさ」
「そいつのちん○は確認したのか? 姉ちゃん」
「何いってんの? ケニー…………確認してないはずないだろ?」
ハンジはケニーにふんっと鼻を鳴らした。
「ちゃっかりやることやってやがるのかよ」
「当たり前だろ? 私とモブリットは結婚するんだから。あ、結婚式には来なくていいけど、お祝いは五万円以上でよろしく!」
ハンジはケニーに向かって、手をヒラヒラさせた。
「なんで姉ちゃんの結婚式に祝いやらなきゃいけねえんだよ」
「えっ? めでたいから」
「じゃあそうだな。五万円やるから胸を触らせなさい、姉ちゃん」
ケニーはそう言いながら、にやりと笑みを浮かべた。
「えっ?! 触るだけで五万円?! 」
ハンジは思わず立ち上がりかけた。
だが、モブリットの頭が肩に乗っているため、行動には移せなかった。
「おうよ。触らせてくれるかぁ?」
ケニーが手をわきわきと動かしながら、ハンジの胸に手を伸ばした時だった。
ガシッ
ケニーの不穏に蠢くその手を掴む、ハンジの手とも違う別の手。
「あっ……モブリット」
「何を触ろうとしているんですか? 五万円で」
ケニーの手を折らんばかりに強く掴むモブリット。
「痛ぇ! 兄ちゃん起きてやがったのかよ!」
「モブリットはのんびりして見えて、実は抜け目がないからねえ。あとわりと容赦もないよ」
「ハンジさんの胸に触っていいのは俺だけなんで、お引き取り下さい。あっ、祝いは頂いておきますよ?」
モブリットはそう言うと、ケニーの腕を解放した。
「いってえ……痕ついたぜ。責任とって姉ちゃんの胸さわらせろよ?」
「死んでも嫌ですよ。 俺も触った事無いのに」
モブリットはハンジを背中に庇うようにしながら言った。
「へっ? さっき姉ちゃんが、兄ちゃんのちん○確認済みだって言ってたぜ?」
「へえっ!? いやいやハンジさん何言って……」
「ごめんモブリット。寝てた時にちらっと、ズボンの中覗いちゃった……てへへ」
ハンジは照れ笑いを浮かべた。
「あ、あ、あんたって人は……!」
モブリットは唇を戦慄かせた。
「なるほどな、姉ちゃんは美人だが変態だったんだな。まあ兄ちゃん頑張れや」
ケニーはモブリットの肩をぽんと叩くと、肩を竦めてその場を立ち去った。
-
- 52 : 2015/06/24(水) 22:18:13 :
- 「ハンジ、さん……」
「な、なんだいモブリット……怖い顔して……さっきの怒ってるのかい? ちん○覗いた事……あっ」
モブリットはおもむろに、ハンジの手を握りしめた。
「今日は、ステーキ丼は無しです……」
「えっ?! 約束だったのに!」
ハンジはぷくっと頬を膨らませた。
「あの、今日俺の家で泊まって下さい……夕食は買って帰りましょう」
「あれ……? もしかして、それって……結婚するまでプラトニックな関係を貫くんじゃなかったのかい?」
「だって、俺のは見たんですよね? だったら不公平じゃないですか。だから見せて下さいよ!」
モブリットは必死の形相でハンジにすがり付いた。
「いや……まあ別にいいけどね。見せるだけくらい」
ハンジはだだっ子を宥める様に、モブリットの頭を撫でた。
「見せるだけ……?」
「うん、見せるだけ」
「……」
モブリットは捨てられた仔犬のような、切ない表情をハンジに向けた。
「…………わかったよ。いいよ、触らせてあげる」
「! 」
モブリットの目が生気を取り戻して輝いた。
「ただし、五万円ね?」
「…………あんた、婚約者から金取るんですか」
モブリットは地面にのの字を書く勢いで拗ねた。
「ははっ、嘘だよ。可愛いなあ君は。早く帰ろ?」
ハンジは立ち上がり、モブリットに手を差しのべた。
彼はその手をぎゅっと掴んで立ち上がる。
「言っておきますけど……ベッドの上では可愛くなんかありませんからね? 散々待たされて溜まりに溜まっているんですから」
「そうか。そりゃ、楽しみだ」
ふて腐れた様なモブリットの言葉に、ハンジは艶やかな笑みを返す。
彼がその笑みに自制心を失いかけたのは言うまでもない。
二人の熱い第一試合は、これから長丁場で行われるであろう事が疑い無い。
─おまけ 完─
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