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第1譚「黒髪の小さな騎士」

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  1. 1 : : 2015/02/23(月) 20:03:49
    今回のものはシリーズものです。
    cotecoという企画に参加させていただきました。
    cotecoのURL↓
    http://www.ssnote.net/groups/1181

    オリジナルものというのは、少々壁が高いと感じますがら越えられるように頑張りたいと思います。

  2. 2 : : 2015/02/23(月) 20:06:07




    「おい、お前」


    暇をもて余した兵士は、一見怪しそうな少年に声をかけた。

    少年は頭全体をすっぽりと布で被い、砂まみれの白い布を身に纏い、そして腰には装いからは想像もつかない上等な剣があった。

    こんな街の中、物騒な格好をしている者に声をかけないわけがない。

    少年は声をかけられると兵士の方を向いた。

    しかし、兵士からは顔を見ることはできない。



    「お前の頭を被うその布きれを外せ」



    そう兵士が命令をすると少年は布きれに手をかけ、外す……。


    兵士は絶句する。



    「……き、貴様は……」



    少年はニヤリと笑い、絶句している兵士に背を向け歩き出した。

    兵士はその背を見ていることしか出来なかった。
  3. 3 : : 2015/02/23(月) 20:06:38

















  4. 4 : : 2015/02/23(月) 20:07:02


    パルテノン王国は太陽が眩しく輝き照らす海の国であった。

    代々の王達はパルテノン王国に次々と新たなことを取り入れてきた。

    それ故に世界五大国の一つとなるまで上り詰めた。


    第十三代目国王である、シャトー・テラス・アギレスは女性であることにも関わらず、どの先代よりもパルテノン王国を栄えさせた。

    シャトーが国王になるまでは存在した「奴隷制度」を廃止し、それまで奴隷であった者達を、パルテノン王国へと受け入れた。

    また、飛び立つことのできる翼を与えるのではなく、足を与えて民が自分等で歩いて前へと進めるようにした。

    それ故にどの先代よりも民からは信頼されていた。

    しかしそんな彼女のことを許せなかった者達もいた。

    「奴隷制度」が無くなり、全ての者を平等としたことに腹を立てた一部の貴族等は反逆を企てた。
  5. 5 : : 2015/02/23(月) 20:07:32
    彼女は将軍との子を生んだ。

    彼女に似て美しい黒髪と紺色の瞳をした男の子を生んだ。

    それにより、無防備になった彼女の暗殺を企てた貴族がおり、子を生んで一年後に彼女はその刃を向けられた。

    彼女は何の抵抗もすることもなく、その刃を受け入れた。

    彼女はこうなることを予期していたせいか、子を将軍に預け他国へと逃げさせた。



    シャトーは自分が殺される直前にこう言った。




    「志が違う者は一生交えることはできない」




    シャトー・テラス・アギレスの最後の言葉は、常に快活で聡明な彼女らしからぬ言葉であった。



    パルテノン王国はそれまでは戦も少ない国であったが、シャトーの死により全てが一変した。

    上納金を払えぬ者は次々と奴隷となり、「奴隷制度」が再び行われた。

    貴族や王政は肥えた豚のように私欲で次々と私腹を肥やした。

    それにより上納金も上がり、王国全体は戦に頼るようになる。


    そして、民も死んで行った。



    今日も罪もない民が死んでいく……。
  6. 6 : : 2015/02/23(月) 20:07:49


















  7. 7 : : 2015/02/25(水) 19:55:56



    少しみすぼらしい格好をした少年は歩き続ける。太陽は暑いくらいに少年を照らすが、少年は汗一つとしてかかない。

    しばらく歩くと街から外れる。

    そして小さな木造の小屋が見える。日照りから守るように木が小屋の隣に植えられていた。

    少年はその小屋の戸を開け入ろうとすると、上から声が聞こえた。


    「ブラン様、久しぶりのこの国はどうです?」


    上には少年と似たような格好をしている人物が、木の枝に腰をかけていた。

    その人物は少年───ブランに声をかけると、ひょいと身軽に木の枝から降りる。


    「エルファイス、やっぱりよくわからなかった。この国にいたのも、僅かな時間だったからな」

    「そうでしたね、すみません」

    「謝らないでくれ、エルファイス。しょうがないことなのだから」


    エルファイスは頭を被っていた布を外すと、太陽に負けないぐらいの白い歯を見せ、明るい笑顔をブランに向ける。

    額にはうっすらと汗を掻いていて、小さな傷がチラリと見える。
  8. 8 : : 2015/02/25(水) 19:56:42
    「随分とこの国は変わってしまいました。自分がこの国から離れて、約十五年程の歳月しか経っていないのに……」


    太陽のようにいつもなら明るい笑顔を見せるエルファイスの表情は哀愁が滲む。

    エルファイスは自身の小さな傷を指で辿ると、何かを思い出すかのようにする。


    「そうか……、変わってしまったんだな」

    「ええ、残念ながら。十五年程前の国の面影は残っていません」

    「しょうがない……」


    自分に言い聞かせるようにブランはそう言った。

    そして自分の頭を被う布を取る。ブランの黒髪が顔を出す。

    陽の光にさらし出された髪は深い海のように輝きを纏う。


    「ヘラは何処にいる?」

    「ヘラは……、あ!あそこにいます」


    エルファイスはそう言って指を指す。その人物はブランと同様にみすぼらしい布に身を包んでいた。

    その人物はどんどんこちらに近づいてくる。


    「ブラン様、もう戻ってきたのですか?」

    「戻ってきちゃ悪いか?ヘラ」

    「いえいえ、そういうわけではありません。懐かしの母国なのですから、ゆっくり見回るかと思いまして」


    ヘラはそう言って頭を被う布を取る。
  9. 9 : : 2015/02/25(水) 19:57:21
    ヘラの髪は何とも美しい赤毛。

    その髪は癖っ毛のせいか、肩にも届かないぐらいの長さなのにはねたりしている。


    「ブラン様、本当に〝騎士〟になるつもりですか?本来なら貴方様は─」

    「騎士にならなければ、俺の夢が叶わないからな」


    「……そうですか」

    「ヘラとエルファイスはどうするんだ?」


    「私は宿屋で働かせていただけることになりましたが、エルファイスは……?」

    「俺は剣闘士になります……、俺の腕なら多少は通用すると思いますし」


    「…………そうか……。迷惑をかけるな、お前ら」


    「いえいえ、そんなことはありませんよ」

    「もう夢への道を歩き始めているのですし、私達は───」



    エルファイスとヘラは真っ直ぐ、真剣な眼差しでブランを見る。





    「既に私達は貴方様の為に尽くすと心に決めているのですから」
  10. 10 : : 2015/02/25(水) 19:58:09




















  11. 11 : : 2015/02/25(水) 19:58:53







    「リベード・カッサンドラ、ただいま戻りました」


    銀色の鎧に身を包んでいる男はそう言って地に膝を着く。

    男の目の前には豪華な椅子に足を組む男と、その脇には目を瞑る男がいる。


    「戦はどうなっている?」

    「デメティル王国に圧されていますが、このままいけばこの戦は我が国が勝つでしょう……」


    鎧の男がそう言うと、目を瞑った男は納得したような顔をする。

    目を瞑った男が「では──」といいかける。

    しかしその声は違う声にかきけされた。



    「足りん……」




    「……足りない、そんなものでは。圧倒的に勝つこと以外は認めぬ。パルテノン王国の名にかけても。デメティル王国に思い知らさねばならないのだ、我が国には勝てないとな。わかったか?リベード」


    腰をかけている男の声に反論する者はいない。

    その雰囲気に勝る者などおらず、これでこそ〝王〟なのだと感じ取ることができる。



    「はっ!承知致しました」
  12. 12 : : 2015/02/28(土) 19:10:05


    「リベードよ、わかっているな?」


    腰をかけている男は鎧の男を睨み付ける。しかしリベードはそんな睨みをおくともせず、



    「ええ……、絶対に負けて生きるような真似はしません……」


    不敵な笑みを鎧の男は浮かべる。

    そんな鎧の男に腰をかけている男は高笑いをした。


    「疲れているのだろう?体を休め、明日からの戦の指揮をとれ。いいな?」


    「ええ……、承知しました」



    「下がって良い……」


    「失礼します……」



    鎧の男はキビキビと歩き、腰をかけている男と目を瞑る男に背を向ける。

    腰をかけている男はクックックと、押し殺したような笑い声を出した。
  13. 13 : : 2015/02/28(土) 19:11:46



    鎧の男は長い長い廊下を歩く。

    その背には迷いもなく、ただ目的地を目指す。しかし、男の歩きは一声により中断される。


    「リベード」


    鎧の男はリベードと低い声で呼ばれ、振り返る。

    男の振り返った先には、先ほどの部屋にいため目を瞑っている男がいた。




    「いかがなさいました?ルシタニオ様」




    「我が国は此度の戦で果たして勝つことができるのか?」

    「……ええ、勿論ですとも」

    「違うな……。嘘をつくな、リベードよ。此度の戦は圧倒的に我が国が圧されているのだろう?」



    「……はい」


    リベードの額には汗が伝う。

    ルシタニオと呼ばれる目を瞑っている男はまるで獲物を追い詰めるような威圧感。
  14. 14 : : 2015/02/28(土) 19:13:15
    「私もそんな状況下に置かれていることは十分知っている。何せデメティル王国が近年まで残り続けたのは理由があるのだから」


    「理由、ですか?」



    「ああ、デメティル王国は強力な騎馬隊があるからな。今回の戦は何せ平らな土地。パルテノン王国はデメティル王国ほどの強力な騎馬隊はおらぬ。今回の戦に勝つことが、今後のパルテノン王国に関わる……、何としてでも勝たねばならない」


    緊張感溢れる空気。

    目を瞑る男は目を瞑っている筈なのに、威圧感というものがある。



    「五剣士のリベードひとりでは心もとないとなると、ナケドニアとリベードでその戦の指揮をとれば良いだろう……、いいか?」


    「はっ!承知致しました」



    鎧の男がそう言うと、目を瞑る男はニヤリと笑う。

    その笑みは何とも不気味である。


    「リベードには期待している。今後も背くことがないようにと祈っているぞ」


    「はっ!」


    鎧の男は忠誠心溢れる敬礼をし、目を瞑る男に背を向け、キビキビと歩き出した。
  15. 15 : : 2015/02/28(土) 19:14:06




















  16. 16 : : 2015/02/28(土) 19:14:49




    「よお」


    そう声をかけられ肩に手を置かれた。ブランは自身に手をかけた人物を訝しげに見る。

    その人物は酔っているせいか、歩く足が少しばかり覚束無い。

    そして何よりも酒臭い。


    「お前がブラン・テラスだろ?」

    「ああ……、何故俺の名を?」

    「そりゃ新しい新人の名前は嫌でも耳に入る。しかも黒髪に髪に隠れててよく見えないが傷がある新人の名前はな…………ひっく」

    「あんたの名前は?」


    「俺の名前はな……ひっく…………バーガルだ。よろしくな」


    バーガルと名乗る男はブランに手を出す。

    少し戸惑いを見せるが、ブランはその手を掴まずに



    「よろしく……、バーガル」
  17. 17 : : 2015/03/02(月) 18:49:55
    ここは食堂。

    兵士として国に身を捧げる者が寝食を共にする寄宿舎にブランはいた。

    ブランの目的は騎士になること。最終目的を達成する為の第一歩に過ぎない。

    兵士になり、戦で名が上がれば上の人間のおめがねにかかれる機会が増える。

    だからこそ、ブランは兵士になり自分の実力を戦で発揮せねばならない。


    バーガルはブランの隣にドカリと座ると、テーブルの上に置いてあるチーズを一切れ取る。


    「お前は何故兵士になったんだ?」

    「お前じゃなくてブラン、名前で呼んでくれないか。…………あんたこそ、何故兵士になったんだ?」


    「そりゃ、衣食住には心配もねえし、その上給金がある。こんな楽なものはねえだろ?」



    確かに兵士になれば衣食住には困らない。その上給金まで貰えるとなると、割と良いものだ。

    だが自分の命を捨てなければならない。

    それに果たして見合うのか、ブランにはわからなかった。
  18. 18 : : 2015/03/02(月) 18:50:37


    「お前はどうなんだ?俺とは違うように見えるが……」


    ブランは自分の目的を話すべきではない、この男のせいで目的が遂げられない確率もある。

    何て答えようか迷い、間を置いてからブランは口を開いた。




    「俺もあんたと同じようなもんさ……、そして俺はお前じゃなくてブラン、名前で呼んでくれないか」


    そう言うと、バーガルは訝しげにな目で見たがそれ以上は追及してこなかった。

    ブランはテーブルの上にあるベーコンを皿にのっけ、フォークで刺して食べた。


    「あんたさっきさ……」

    「ん?……ひっく」

    「兵士になれば、衣食住がありその上給金まで貰える、それが楽だと言ったな?」

    「ああ……」


    「それはあんたの命に見合うのか?」


    「は?……ひっく」
  19. 19 : : 2015/03/02(月) 19:02:01


    「だから、あんたの命に見合うのか?それらが」

    「お前はどうなんだよ?さっきは俺と同じようなもの、って答えたろ?」



    「ああ、答えたさ。だけどあんたとは違う、俺は…………国にこの身を捧げる為になったんだ」


    「そりゃご立派なもんで。俺はこれでいいんだよ、生きてるときが楽で楽しくて幸せならよ」




    「……そうか」

    「ああ……ひっく」



    口からの出任せで嘘をついたが、バーガルはどうやら信じたようなのでブランは安心する。

    ついバーガルが自分の命を弄んでいるように見え、ブランは少し苛ついてしまい、言うつもりもないことを言ってしまった。


    上を目指すのなら、言葉には気をつけなければならない。


    そうヘラに教わった。

    言葉が一番大事なのだ。如何なる時も、虚言を吐こうが真実を話そうが、言葉は選ばなければならない。
  20. 20 : : 2015/03/02(月) 19:02:39

    バーガルは先ほどから酒をぐびぐびと調子良く飲んでいる。

    飲んでは食べ、飲んでは食べ……、を繰り返している。


    「ひっく……お前は酒を飲まねえのか?」

    「だからお前じゃなくてブランって呼んでくれってさっきから言っているだろう。…………酒は嫌いなんだ」

    「何故?兵としての……ひっく…………いや、男としての楽しみ、娯楽であるもんだぜ?」

    「思考が鈍るから、あまり好きじゃない」



    「へえ……ひっく、変わってんな、お前」


    ブランは「お前じゃなくてブランって呼んでくれないか」と言おうとしたが、酔ったままのバーガルには覚えさせることも困難だ。

    ということなので、ブランは訂正するのが阿呆らしくなりやめた。



    するといきなり口に何かを押し込まれた。


    「ぐぇっ……!!…………何すんだよ?」

    「酒のうまさを教えてやろうと思ってな?どうだ?美味いだろ?」


    「余計な世話だ……、喉詰まらせて死ぬところだった」


    ゲホゲホとブランは咳をしながら、酒で濡れた口の周りを拭く。

    バーガルは、カッカッカ!と大きな高笑いをする。ブランはそんなバーガルを睨んだ。
  21. 21 : : 2015/03/02(月) 19:03:18
    しばらくし、ブランの腹は大分膨れた。

    そろそろ部屋へと戻ろうとすると、バーガルは今にでも寝そうである。

    ほっといて部屋へと戻ろうとするが、そのまま眠って風邪を引かれても困る。

    ブランは悩んだ末、バーガルの部屋まで送り届けることにした。

    周りにいる者にバーガルの部屋の場所をたずね、


    「おいバーガル、しっかりしろ……」


    ブランはそう言ってバーガルの腕を引っ張る。

    バーガルの体重はブランの二倍はありそうなので、引き摺って連れて行くことにした。



    バーガルの部屋に着く頃にはバーガルはグーグーと鼾をかいていた。そしてブランはヘトヘトになっていた。

    寄宿舎は二人部屋。

    ブランは部屋の戸をコンコン、とノックすると戸が開いた。

    中から出てきたのは気の優しそうな男。


    「どうしたんだ?坊主」

    「ここの部屋のバーガルを連れて来た」

    「それはすまない……コイツ飲みだすと止まらないからな……、大変だったろう?何せコイツ身体がでかいからな」

    「別に大丈夫だ、じゃあ……」


    「坊主、名前何ていうんだ?」


    「ブラン・テラス、そっちは?」


    「カルロ・スロビアだ、よろしくな坊主」

    「俺は坊主じゃなくてブラン。よろしく……、じゃあ」


    ブランはそう言ってバーガルの部屋をあとにし、自分の部屋へと向かった。
  22. 22 : : 2015/03/04(水) 19:05:23


    部屋に入ると、


    「……酒臭いよ」


    金髪の髪のブランと同い年くらいの少年が剣を丁寧に研きながらそう呟いた。

    ブランと同い年くらいの少年、カイン・シャクティはヴェルサーチ王国ではあまり見かけない青い瞳をしていた。


    「俺が飲んだわけじゃない……飲んだくれの男が酒に呑まれたせいだ」

    「……そう。だけど、あんたが酒臭いことには変わりはないよ」


    カインはそう言うと再び剣を研く。


    「ねえ、あんた」

    「何だ?カイン」

    「一週間後には戦だっていうのに、武器の手入れも何にもしなくて大丈夫なのか?」


    「さあね……、運次第ってもんじゃないのか」


    「そう……、さすがというべきかな。他の兵士とはどこか違うよね、あんた」

    「は?」

    「何でもない……、その酒臭い臭いをどうにかしてよね。寝れなかったらあんたのせいだ」


    カインはそう言ってベッドに潜りこんだ。

    「変わった奴」そうブランは思いながら、酒臭い臭いがこびりついた服を脱いだ。
  23. 23 : : 2015/03/04(水) 19:06:34




















  24. 24 : : 2015/03/04(水) 19:06:43



    ヘラはヴェルサーチ王国のとある宿屋で働くことにした。

    しかしヘラの綺麗な赤毛はヴェルサーチ王国では珍しく、よく目立つ。

    ヘラはいつも布きれで髪の部分を被っていた。必要以上に目立っては困るからだ。

    今日は宿屋のおばさんのコンステンに頼まれ、食材の買い出しに行っていた。



    「この林檎はいくらかしら?」

    「120タルだよ」

    「そう……二つ頂戴」

    「へいよ」


    そう言ってヘラの手には林檎が渡される。ヘラは120タルを林檎売りの男に渡した。

    林檎売りの男はヘラに背を向け、ヘラの髪のように真っ赤な林檎がぎっしりとはいった籠を持ちながら歩き出した。

    ヘラもまた、林檎売りとは逆の方向に歩き出す。


    すると不意に風が吹く。



    「あ……」


    ヘラの髪を被う布きれがはずれ、ヘラの髪は外へと晒される。

    ヘラはすぐに布きれで髪をすっぽりと被い、そしてはずれぬように脇をしっかりと握り、再び歩き出した。







    「へへへ……あの女は上玉だぜ?」

    「そうだな……しかも、珍しい赤毛だ」

    「こりゃ高く売れるな」


    脇に隠れていた男達はヘラを見てそう囁いた。
  25. 25 : : 2015/03/04(水) 19:08:39


    「ふぅ……やっと買い出しが終わったわ」


    そうヘラは呟いた。

    ヘラの持つ籠には、魚、野菜、果物にそれから肉がはいっていた。

    陽も大分落ちてきており、ヘラは宿屋へと戻ろうと歩く。

    人影のない道はうっそうと薄暗く感じられた。

    ヘラは妙な胸騒ぎがした……。




    「そこの嬢ちゃん……」


    そう声をかけられ振り返れば、如何にも怪しい三人組の男がいた。

    ヘラは隠し持っていたナイフを取り出す。


    「うちの宿屋に泊まりに来たわけじゃないだろうし……」



    「嬢ちゃん、綺麗な赤毛じゃねえか。その布きれを取って俺達にもっと見せてくれ」

    「嫌よ……この赤毛は見せ物なんかじゃないのだからね。しかも貴方達みたいな汚らわしい連中に見せるなんて鳥肌が立つわ…………」

    「はははっ……、粋の良い嬢ちゃんだ」


    三人組の男のうちの少し小太りな男がヘラ野本に近付いてくる。

    ヘラはナイフを構えた。

    少しぐらいはナイフを使える、伊達にエルファイスに剣術を教わっているわけではない。

    男は手を伸ばしヘラに触れようとする。

    ヘラはその男の手を足で思い切って蹴り、そのまま鳩尾に手を伸ばす。




    「ぐぇっっっっっ……!」


    「大丈夫か?セル!」


    ガリガリの男が心配したように声をあげる。

    小太りの男は辛そうにして、その場に地に膝をついた。
  26. 26 : : 2015/03/04(水) 19:09:13



    「この女、さっきから調子に乗りやがって!!!」


    そう言ってガリガリの男がナイフをヘラに向け、走ってくる。

    さすがに二度も同じような手は使うこともできなく、ヘラはナイフを簡単にとられてしまった。

    そして手をグッと掴まれ、身動きがとれぬ状態にされた。

    額にナイフでスッと傷をつけられる。


    「はははっ!痛いだろ?!」


    ガリガリの男は高らかに笑う。

    ヘラは次はどうするか、そう考えるがこの状況のせいでまともに考える思考はない。



    すると、ガリガリの男は弾かれたように後ろに倒れた。


    三人組の男の一人の無精髭を生やす男が悲鳴をあげる。



    「ナル!……て、てめえ!なにしやがる!」
  27. 27 : : 2015/03/06(金) 21:40:29



    「……」



    男が指したのは少し簡素な鎧を身に纏わせた綺麗な顔立ちをした男が立っていた。

    男は喋らずに無精髭を生やした男を剣の柄で顎を突いた。

    無精髭の男はガリガリの男と同様に弾かれたように後ろに倒れた。

    そしてヘラを襲いに来た男達は怯えたように男を見てからこの場から去って行った。

    その時の男達の表情があまりにも滑稽で、襲われたというのにヘラは、


    「ふふふ……あはははっ」


    腹からグツグツと笑いが込み上げてきた。

    男はそんなヘラを無表情に見ていた。そしてやっと男は口を開く。



    「怪我はありませんか?」


    「ええ、ありがとうございます」

    「怪我しているのでしょう?頬に傷がありますし……」

    「こんなの掠り傷ですから。蜂蜜でも塗れば治りますし……」
  28. 28 : : 2015/03/06(金) 21:41:23
    ヘラがそう言うと男は傷付いたような顔をしたので、ヘラは不思議に思った。



    「貴女は女性なのですよ?」



    「そうですよね、もっと女らしくしなくてはなりませんね。貴方は旅の方で?」

    「いえ……」


    男がそう言うと、後ろから声がした。



    「もう君は本当にひとりで歩いてしまうんだから!アルベルト君」


    振り返ると丸い小さな眼鏡をかけ少々小太りな男が怒ったように言う。

    無口な男はアルベルトというようで、小太りな男が怒っているのにも関わらず、平然としていた。


    「ここら辺に宿はありませんか?」

    「ええ、ありますが」

    「サイストさん、そこにしましょう」


    小太りな男を無視してアルベルトは話を進める。

    小太りな男は諦めたように「わかった」というと黙った。


    「申し遅れましたね……」




    「私、アルベルト・カドカンと申します」
  29. 29 : : 2015/03/08(日) 21:35:49
    紳士的な物腰でヘラにそう名乗るアルベルトにヘラも名を名乗った。


    「ヘラ………………ヘラ・ゾルデです。近くの宿屋で働いております。この度は本当に助けていただき、ありがとうございました。細やかではありますが、どうぞ宿にお泊まりください」


    言葉を一つ一つ丁寧に選び、女性らしい言葉遣いでヘラはそう言う。

    小太りな男は退屈そうな顔でアルベルトを見ていた。


    「ありがとうございます」

    「早速案内させていただきます」


    そう言って暗い夜道を三人は歩き始めた。






    「コンステンスさん、遅くなってすみません……」

    「もう心配したじゃないか、ヘラちゃん。襲われたりしなかったのかい?…………?、この方達は?」


    「実は私が襲われているところを、この方達に助けていただいたんです」

    「おやまあ……、ありがとうございます。どうぞ泊まっていってください」


    コンステンスがそう言うと、アルベルトは「ありがとうございます」と礼をした。


    アルベルトと小太りな男はヘラの働く宿屋に泊まることになった。

    突然の客にコンステンスは驚きはしたが、怒ることはなかった。

    コンステンスは優しくおおらかで、無一文の旅人にも何だかんだいって泊めてくれる。

    ヘラにも優しい。


    優しい人……。


    コンステンスのもとでしばらく働くうちにヘラはそう真っ直ぐに思ったのだった。
  30. 30 : : 2015/03/08(日) 21:36:25




    朝日が昇る頃、ヘラは外へと出た。

    眩しい朝日がヘラを照らす。

    ヘラにはそれが今は亡き、シャトーの様に見えた。

    常に真っ直ぐなシャトーは国民の、人々の光の道筋だった。

    シャトーの侍女であったヘラはその背を側で見てきた。




    「シャトー様………………まだ私が伝えてない言葉が山ほどあったのに……」




    ヘラの赤毛が朝日に照らされ、燃え盛る火のように見える。

    情熱的な赤毛は美しく、そして火のように、太陽のように風に靡いていた。


    宿屋の近くには川がある。ヘラはそこに洗濯をしに行こうと思い、衣服のたくさんはいった籠とバケツを持ち、そこへと向かった。

    すると綺麗な顔立ちをしている男が川を見ていた。いや、瞼を閉じていたので見ていたというわけではない。
  31. 31 : : 2015/03/08(日) 21:37:21




    「ヘラさん、でしたよね?」


    「ええ……、アルベルトさんは何故こちらに?」

    「疲れを癒そうかと思いまして……」


    アルベルトは瞼を閉じたままなのに、ヘラが来たことを気配でわかったらしい。

    ヘラは隣に座る。横顔もとても綺麗でとても男性とは思えない。

    しばらくジーッと見ていると、突然アルベルトは目を開く。

    ヘラはギョッとして、


    「うわっ!」


    と声を出し、後ろに倒れてしまう。幸い、土が柔らかく痛くはない。

    アルベルトは驚いたようにヘラを見る。

    ヘラは少し恥ずかしくなり、慌てて


    「アルベルトさんは旅人ではないとしたら、一体?」


    そう聞くと、アルベルトは困ったように笑う。
  32. 32 : : 2015/03/11(水) 21:16:41





    「…………、朝焼けが綺麗ですね。貴女の髪とよく似ている」



    「そう、ですかね………?私の髪は癖っ毛だし、他の人とは違う赤毛ですし」


    「それでも貴女の髪は綺麗ですよ、僕は綺麗だと思いますしね」

    「はあ……、ありがとうございます」


    朝日が昇る空は紅色に染まり、どこか違う世界に来たような気がした。

    アルベルトの意外な言葉にヘラは戸惑いを感じたが、そういう人物なのだろうと、そう思った。

    アルベルトは紅色に染まる空を眺める。

    その隣でヘラも空を眺めた。







    あの時の空もこんな紅色だった。





    あの時の、空も。
  33. 33 : : 2015/03/11(水) 21:18:27



















  34. 34 : : 2015/03/11(水) 21:20:00






    「貴方のお父様は芯の強い方だと思う、貴方は何になりたいの?」



    神々しく見えるその人物。

    とある少年はその人物を真っ直ぐ見ていた。

    光の眩しさには負けまいと、必死に目を凝らして見ている。



    「…………」





    「そう………………」




    少年が口を開き何かを呟くと、その人物は少年に微笑み返す。
  35. 35 : : 2015/03/11(水) 21:29:45

    ドタドタッと激しい足音がする。扉が大きな音を立てて勢いよくバタンと開く。

    少年と神々しく見える人物はその扉の方へと一瞬にして視線を向ける。



    「シャ、シャトー様!!エルファイス様!!ギガン様が!」


    「何事ですか、ギガンがどうしたのだというのです?」



    「何者かに襲われたらしく、重傷なのです……」


    突然入ってきた兵士が告げた言葉は神々しく見える人物、シャトーを驚かせた。

    直ぐ様シャトーは真剣な顔つきになる。

    随分と偉い身分なのだが、それでもシャトーは女王らしくもなく走って部屋を出て行く。

    兵士の表情は不安でいっぱい。

    直ぐ様シャトーのあとを追う。


    少年、エルファイスは部屋の中で扉をずっと見ていた。

    どうしたらよいのかわからないまま、

    状況がわからないまま、

    ただ立っていた。
  36. 36 : : 2015/03/13(金) 21:23:55





















    「……」


    エルファイスは目を開ける。

    身体中に脂汗が吹き出し、どこか悪寒がする。


    雨音がバシャバシャと激しく地面に打ち付けられる音がする。

    エルファイスはゆっくりと身体を起こし、呟いた。


    「ここは何処だ……?俺の剣も……」



    「あんたの剣は預からせてもらったよ。船長の命令でな」


    「は?」
  37. 37 : : 2015/03/13(金) 21:24:28


    突然現れた男はエルファイスにそう告げる。

    エルファイスは状況を把握できていないせいか、困惑する。

    男の姿や身なりからして〝貴族〟や〝王政〟〝騎士〟ではないことがわかる。

    そしてヴェルサーチやパルテノン王国のものではないような服装。

    茶色の髪には布を巻き、よく見ればエルファイスより年が下なこともわかった。


    「どういうことだ?」

    「言った通りさ、あんたの武器類はちょいとばかし預からせてもらっただけだよ。それより、傷は痛むか?」


    「…………いや、別に。俺はどうして?」
  38. 38 : : 2015/03/13(金) 21:25:13

    「あんたさ、コロッセオで毒の刃で斬られたんだよ。一応、あんたが勝ったみたいだけどよ。んで……」



    「それ以上言うんじゃないよ、バンチャ。私の口から説明する」


    「へいへい、アゲア船長」


    バンチャと呼ばれる男はエルファイスに途中まで説明をしたのだが、それ以上は年寄りの女に防がれた。

    年寄りの女はアゲア船長と呼ばれ、バンチャの何かしらの長ということはわかる。

    そして船の船長のことも。

    しかし、果たして何故エルファイスがここにいるのかという謎も解けずじまい。

    バンチャはアゲアが来ると、そそくさと部屋から出てしまい、アゲアとエルファイスだけになる。



    「あんたの頭も困惑してるだろうさ。けどね、あの小童(こわっぱ)はホイホイと色んなことを喋っちまう。余計なことも」
  39. 39 : : 2015/03/15(日) 21:59:14

    アゲアは呆れたように言う。


    「あんたはどうしてここにいるか知りたいんだろ?」

    「ああ……」

    「なら教えてやる、あんたを──」





    「私らの船に来ないかと勧誘しに来たんだよ」



    エルファイスは驚きの表情と共に戸惑いの表情を見せる。

    自分の聞き間違いということではないらしいが、何故自身をアゲアの船に置こうと思うのかが、わからない。


    相手の意図が全く掴めないのだ。




    「お前は何故、俺を勧誘したのだ?」

    「そりゃ、あんたが強いからだよ」

    「強い奴が必要なのか?」



    「ああ。私の船、いや海賊はね、ヴェルサーチ王国南方の領主の首を捕ることを目的としている。お前は知らないだろうがね、女子供が奴隷として働かせられている」


    「奴隷…………?!」
  40. 40 : : 2015/03/15(日) 21:59:42

    エルファイスの顔が奴隷という言葉で曇る。

    少々エルファイスが過剰な反応を見せたのには訳がある。

    かつてパルテノン王国元隊長であった頃、敵国に潜入していたとき、間近で見た〝奴隷〟。


    人でありながら、人でなくして扱われる。


    自分の意志などは関係しない、ただ従うだけ。


    目は虚ろ、自由な身体はない。


    感情を表に出すことはできない。


    まるで、奴隷であるというのは生き地獄でしかない。

    エルファイスはあれほどの怒りを感じたことはなかった。

    そして今も体が震えてきた。



    「ヴェルサーチ王国南方の領主はね、その奴隷等を売買することにより私腹を肥やしてる。特にパルテノン王国とは親密な関係にある」


    「パルテノン王国……と?」

    「ああ……」
  41. 41 : : 2015/03/15(日) 22:00:10

    エルファイスはまだ困惑と戸惑いの表情をしている。





    「まあゆっくり考えるがいいさ。断ろうが別に構いやしない、今は身体を休めるといい。何か必要だったらバンチャに頼むといい……」



    アゲアはそう言うと、部屋から出て行った。





    「海賊…………奴隷…………パルテノン王国」


    エルファイスは脳に、記憶に刻むようにそうぽつりぽつりと呟く。




    「何だよ、アゲア船長ってば。俺のこと、全然信用してねえのかよ。ガッカリしちまうぜ」


    バンチャが少しふてくされた顔で部屋に入ってくる。



    「そういや、あんたの名前を聞いてないね。俺の名前はバンチャンガル。皆バンチャって言ってっけど、本当はバンチャンガルなんだよ。あんたは?」


    「エルファイス、だ」
  42. 42 : : 2015/03/17(火) 21:33:40


    「ふーん……、エルファイスか。包帯の取り替えは俺以外の奴に頼めばやってくれる、腹が減ったら言ってね。あんまり無理すんなよ」


    「…………すまないな」

    「じゃ、安静にしていてね」


    次こそバンチャンガルこと、バンチャは部屋から出て行った。

    雨の匂いと湿った匂いがする。

    先程バチャバチャと激しい音を立てている雨は、少しだけ和らぐ。


    ブランは大丈夫なのだろうか、戦にそろそろ出陣する頃だろう。

    怪我をしなければいいが。

    ヘラは大丈夫だろう、口が達者で頭の回転の早い彼女なら、きっと。


    少し不安な気持ちがあり、ついつい二人のことを考え、心配してしまう。

    だんだん目が霞んできた。



    そこからの意識はない。
  43. 43 : : 2015/03/17(火) 21:34:25




















  44. 44 : : 2015/03/17(火) 21:34:33







    それから一週間後。

    兵士達はこれから始まる戦に不安と期待を抱いていた。

    ブラン自身は不安というよりかは、目的達成の早い道を考えていた。

    活躍する場などあまりない。

    時としては皆無。

    チャンスを逃せば、しばらくはやって来ない。
    自分の直感を信じるべきか、そうではないか。




    「あんたは不安な気持ちとかにはならないのか?」


    カインがそう聞いてきたので、ブランは正直な気持ちを答える。
  45. 45 : : 2015/03/17(火) 21:35:09



    「いや、不安にはならない。お前はどうなんだ?カイン」



    「不安じゃない。けど、怖いよ。ずる賢くても、どんなに卑怯でも。味方を置いて逃げたり、敵を前にして勝てなければ俺は逃げるよ。俺は生きる為ならどんな手段でもいい」


    「そうか……」

    「そうだよ。そろそろ、じゃないかな?馬、嫌いなんだよなあ……」


    カインはけだるけにそう言って、自分の剣を腰の鞘に収め、歩きだす。













    ブランは心の中で雄叫びをあげた。



    そしてボソリと呟く。









    「ここが出発点だ……」
  46. 46 : : 2015/03/17(火) 21:35:38


    「第1話、終了」



    はい、第1話が終了致しました。
    まずは、読んでくださった方、ありがとうございます!オリジナルというのは自信がなく、PVに励まされました。そしてお気に入り登録、とても嬉しく思います。ありがとうございます。

    この作品は登場人物が多く、正直「覚えるのが面倒」「この人誰だっけ?」と思う方もたくさんいたかと思います。自身でも「登場人物が多いなあ」と強く感じました。


    Cotecoという企画に参加させていただいた作品です。Coteco関係者の皆様、ありがとうございます。

    第1話は終了です、第2話でお会いしましょう。



    ───────See you next time.

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chihiro

蘭々

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