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ベルトルト「そして消える」

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  1. 1 : : 2014/10/02(木) 23:34:38

    やあ、おはよう

    今日は天気がいいね




    え?

    今は夜で、土砂降りの雨が降ってるって?




    そうなんだ、ごめん

    ここからじゃ外の様子なんて分からないからさ

    つい適当な事を言った




    …ああ、待ってくれ

    本題はこれじゃないんだ




    改まって頼みがある

    冥土の土産に一つ、話を聞いてほしい



    どんな話かって?

    うーん、そうだな

    これは…





    ………ただの作り話だよ




  2. 2 : : 2014/10/02(木) 23:35:31

    ーー帰ろう

    教室を出ようとドアに手をかけた。



    ベルトルト「…ッ!?」



    瞬間、背後で大きな物音がした。
    机やイスを乱暴に倒したような、けたたましい音。それが複数室内に響いた。

    全身が総毛立っていくのを感じる。



    そんな、まさか

    きっと何かの間違いだ


    そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと無人のはずの教室を振り返る。




    教室の中央に、何かが動くのが見えた。


  3. 3 : : 2014/10/02(木) 23:39:17

    夕日の射す室内はどこか不気味で、言い様の無い不安と恐怖がそれをより増幅させる。


    辺りに素早く目を走らせた。

    推測通り、さっきまで整然と並べられていたはずの机やイスが数個、乱雑に倒されている。



    …見つけた




    倒れた机達の中心に誰かがいる。

    床に尻餅をついた”誰か”は、気配を察知したのかハッとして顔を上げ、こちらを見た。




    ベルトルト「…え?」
    思わず気抜けした声が漏れる。




    この時、ベルトルトは目の前の異常事態に驚きつつ、今の自分が相当マヌケな面をしている事を冷静に感じ取っていた。


    彼の脳は予期せぬ事態に理解が追いつかず、目は見開き、口はだらしなくぽかんと開かれ呆然の心情が丸出しになっていた。


    相手も同じ顔をしていた。





    当たり前か、『同じ顔』なんだもの。


    独り納得しながら、ベルトルトはゴクリと唾を飲み込んだ。




    ベルトルト「き、君は……」

    「…ここはどこだ?」


    ”彼”は動揺してるわりにはしっかりした声で、ベルトルトを見据えながら言った。


  4. 4 : : 2014/10/02(木) 23:42:05

    アニ「忘れ物を取り行くだけで、一体何分かかってんだか…」




    ベルトルトが居るであろう教室に続く階段を上りながら、アニはぼやき気味に言った。

    それを聞いたライナーが、右手にはめた腕時計をチラリと見る。



    ライナー「10分と少し、だな」

    アニ「レディを待たせるなんて最低だね。まったく」

    ライナー「レディ?レディなんてどこにいる…いてっ」


    すかさず無言でキックが飛んできて、ライナーの足に命中した。



    アニ「はあ…ベルトルト、いつまで待たせるつもり?」

    ライナー「あっ、おい、待てって…」


    教室に到着したアニは、一気にドアを開け放った。遅れてライナーが片足でピョンピョン跳ねながら中を覗き込む。



    中には、ベルトルトがいた。

    それと…




    ”もう一人”


  5. 5 : : 2014/10/02(木) 23:44:06

    ライナー「は…?」

    アニ「え…?」



    ベルトルト「…やあ、二人とも」
    固まる二人に困った顔をして笑う。


    アニ「やあ、じゃないよ。このおバカ」

    ベルトルト「えっと…それじゃあ、こんばんは?」

    アニ「バカ」

    ライナー「そういうことじゃなくてだな…もっと他に、俺らに言うべき事があるだろう」

    ベルトルト「…ああ、”彼”の挨拶がまだだったね」




    ベルトルト「ほら、これが僕の幼馴染だよ、挨拶してあげて。…ついでに自己紹介も」


    ベルトルトは隣に座る人物へ耳打ちした。

    言われた”彼”はコクンと頷くと、二つの顔を見比べながら、重たい口を開いた。





    「…こんばんは。僕の名前は、」







    「ベルトルト」







    「ベルトルト…フーバーだ。…よろしく」


    アニとライナーは揃って顔を見合わせた。



  6. 6 : : 2014/10/02(木) 23:54:18

    アニ「彼はウォール・ナンチャラから来た人物で」

    ライナー「自分の名前とそれしか覚えてない記憶喪失者で」

    アニ「何故ここに居るのかも分からない、ベルトルトと同姓同名のそっくりさん…だって?」


    ベルトルト「そうだよ」

    「いや…ウォール・ナンチャラじゃなくて、ウォール・マリアだ…」



    ベルトルトと彼は、その瓜二つな容姿に反して、肯定と否定という全く相違した意見をアニに返した。



    アニ「ナンチャラもマリアもそう変わんないよ」
    彼の指摘もどこ吹く風で、さらりと受け流す。

    ライナー「いや変わるだろ、2文字くらいは」

    アニ「そんな事はどうでもいい。それより、あんたさあ…」

    ベルトルト「なに?」

    アニ「あんたじゃなくてベルトルトだよ」

    ライナー「どっちもベルトルトだぞ」

    アニ「…っあー、紛らわしい…」


    アニは下を向いてガシガシと乱暴に頭を掻いた。かと思えば、すぐに顔を上げ、二人のベルトルトを順番に指差す。



    アニ「こっちがベルトルト…ウォール・ナンチャラの方がベル。はい、決定」

    ベル「だからウォール・ナンチャラじゃなくて…」
    ベルと命名された少年はボソッと呟いた。


    ライナー「はは…ベルか、よろしくな」
    彼に手を差し出し、握手を求める。

    ベル「…」


  7. 7 : : 2014/10/02(木) 23:59:46

    しかし彼は差し出された手に見向きもせず、ライナーをじっと見つめるだけだった。

    痺れを切らしたベルトルトが彼を促す。



    ベルトルト「ほら、君のことだよ」

    ベル「あ、うん…」
    ぎこちない動作でライナーの手を握る。


    ライナー「なんだ、握手は嫌いか?」

    ベルトルト「潔癖症なの?」

    アニ「ライナーに触れたくないんなら、はっきりそう言いなよ」

    ライナー「おい、それはさすがに酷いぞ。…嫌ならオブラートに包んでコッソリ言ってくれ。その方が気分的に楽だ」
    冗談めかして苦笑する。


    ベル「オブ?……いや、そういうわけじゃないんだ。ただ…名前を呼ばれた時、何故か懐かしい感じがして」


    途中出てきた聞き覚えのない単語に首を捻りながら、ベルは訳を話した。



    アニ「へえ、不思議なもんだね。ベルってのはコイツの昔のあだ名だよ」

    ベル「昔の…」
    目をぱちくりと瞬かせる。

    ベルトルト「うん。だから君が呼ばれた時、僕までつい反応しそうになっちゃう」

    ライナー「こんだけ酷似してるんだ、一脈通ずるところがあるのかもな。…ところで」
    一旦言葉を区切り、コホンと咳払いを入れる。

  8. 8 : : 2014/10/03(金) 00:16:15

    今までとは打って変わって神妙な面持ちになったライナーに、三人は自然と口をつぐんだ。



    ライナー「そろそろ終わりにしようぜ、ベル。…普通に馴染んじまってるが、お前は一体何者なんだ?」

    ベル「え?」

    ベルトルト「だから、ベルトルト・フーバーだってば」

    ライナー「それはさっき聞いた」
    胡散臭そうにベルトルトを見る。



    ベルトルト「あと、ウォール…ええと」

    ベル「…ウォール・マリア」

    ベルトルト「そう、ウォール・マリアから来たんだよ」

    ライナー「それもさっき聞いた」
    顔に手を当ててため息をついた。



    ライナー「俺が言いたいのは…」

    アニ「茶番はもうこれぐらいにしな、ってこと」


    ライナーに代わってアニが後を続けた。
    長身二人の頭に、大きな疑問符が浮かぶ。

  9. 9 : : 2014/10/03(金) 00:17:37

    アニ「私達は端っから感付いてたんだよ。コイツが嘘を吐いていて、実際は面白半分で学校に忍び込んだただの悪ガキなんじゃないか、ってね」



    ばっさり言い切ったアニの発言に、「えっ」と二人分の驚く声がした。

    ”忍び込んだ”とは、学校から指定された制服(学ラン)ではなく、黒いカーディガンに白いシャツという私服全開な彼の格好から判断したのだろう。



    ベルトルト「ラ、ライナー…握手までしたのに、彼のことそんな風に思ってたの?」

    ライナー「ああ。握手はちょっとしたおふざけと…記念だ、記念」
    頷いて、あっけらかんと笑う。



    ライナー「ま、俺は悪ガキとまで思ってないが…ウォールだとか記憶喪失だとかは架空の設定だろ?」

    ベル「ち、違う…設定だなんて、そんな」



    狼狽したベルは目を丸くし、言葉を詰まらせながら首を横に振った。
  10. 10 : : 2014/10/03(金) 00:20:29

    アニ「まったく、たちの悪いイタズラだね。容姿がそっくりな奴を用意するなんて…物の見事に驚かされたよ。二人は生き別れの兄弟か何かかい?」

    ライナー「お前らの狙い通り、ドッキリ大成功ってわけだ。よかったな、はは」



    ただしこういう事はエイプリルフールにやれよ、と付け足すと、ライナーは悪びれる様子もなくニカッと笑ってベルの肩を叩いた。

    一方叩かれたベルは、呆気にとられてぼーっとしている。



    ベルトルト「ぼ、僕らの狙い通り…?どういうこと?」

    アニ「何を今更…あんたら、共犯なんだろ?よくもまあ、こんな事思いついたもんだ」
    やれやれ、と肩を竦める。

    ライナー「俺は楽しかったけどな。…で、二人はどういう知り合いなんだ?よければ本名も聞かせてくれ」

    ベル「僕…僕は…」


    ベル「ベルトルト、フーバー、だ…」
    目を伏せて自信なげに答える。

    アニ「だからイタズラはもういいって…」



    ベルトルト「…違う!」


  11. 11 : : 2014/10/03(金) 00:25:31

    珍しく大声を出したベルトルトに、幼馴染二人はギョッとした。



    ベルトルト「イタズラなんかじゃないよ!ウォールだって…記憶喪失だって…嘘じゃない!」


    ベルトルト「ねえ…そうだよね?」
    同意を求めて、当人の方を振り向く。

    ベル「た、多分、そのはずなんだけど…」



    しかし、頼りにしていた彼の言葉は尻窄みに消えていく。



    アニ「まだ続けるつもり?私達は十分付き合ってやったろ」
    呆れた顔でフンと鼻を鳴らす。

    ライナー「まあまあ…とりあえず、ここを出た方がいいかもな。今の大声で先公が様子を見に来るとも限らん」

    ベルトルト「ち、ちょっと二人とも…」



    ベルトルトは帰る用意をしだすアニとライナーを慌てて引き止めたが、二人はお構いなしだった。

    ライナーが床に座ったままのベルの顔を覗きこむ。



    ライナー「お前、ここの生徒じゃないんだろう。見つかったら面倒な事になるぞ、早く帰れ」

    ベル「…」

    ベルトルト「そんな、無理だよ。彼は自分がどうやってここに来たのかさえ分からないんだから」

    アニ「…あんた、それ本気で言ってんの?」
    眉をひそめ、訝しげに尋ねる。


  12. 12 : : 2014/10/03(金) 06:47:37

    アニ「まさか頭がイカれでもした?ただの戯言を本気にしちゃってさ」

    ベルトルト「戯言って…彼は本当に、突然現れたんだ…」

    アニ「証拠は?」

    ベルトルト「…」
    返事の代わりに目を泳がせた。


    アニ「主張する前に確かな証拠をよこしな。じゃなきゃ話になんない」
    フイ、と顔を背ける。

    ベルトルト「し、証拠はないけど…でも」

    ライナー「喧嘩はそこまでにしておけ」


    頃合いを見計らって、ライナーが口を開いた。アニとベルトルトの間に立ち、仲裁に入る。


    ライナー「冗談を言ってる暇はないぞ。ほら、ベルトルト、友達を送ってやったらどうだ?先公は俺達で見張っておくから」

    ベルトルト「いや、えっと…」



    ベルトルトは、親友と、さっき会ったばかりの彼の顔を交互に見た。

    その様子から、もう一人のベルトルトは自分に味方がいないことを悟った。



    周りは敵だらけ。
    僕の事情に理解を示してくれる人は誰もいない。



    けれど、不思議と悲しくはなかった。

    何故かこの孤独に慣れを感じていたのだ。




    彼は急に激しい違和感に襲われた。

    脳が必死に訴えてくる。
    自分は以前に似たような経験がある、とと…
  13. 13 : : 2014/10/03(金) 06:49:00



    ーー…嘘じゃないんだ!


    確かに皆を騙した…けどすべてが嘘じゃない!


    …当に……だと思…て…!





    周りは敵だらけ

    僕の事情に理解を示してくれる人は誰もいない



  14. 14 : : 2014/10/03(金) 06:52:00



    脳に大量の何かが雪崩れ込んでくる。



    初めは声だけだった。
    それからあらゆる場面の映像が、ほんの短い間にいくつも切り替わっては再生されていく。

    終いには声と映像だけでなく、五感すべてが何かに誘われていた。



    ー高所から眺めた風景。汗と革のにおい。味の薄いスープ。怒声。窮屈なベッド。風を切る音。握った拳。くたびれたブーツ。少年少女の笑い声。血の味…


  15. 15 : : 2014/10/03(金) 08:12:50

    気が付くと、彼は頭を抱えて苦しそうに呻いていた。

    勝手に話を進めていた三人もこれには驚いて、心配そうに彼に近寄る。



    ベルトルト「だ、大丈夫?」

    アニ「頭が痛むのかい」

    ライナー「ひどいんなら最悪、保健室行くか?」
    悩ましげに頬をポリポリと掻く。





    ベル「…証拠なら、ある」



    彼は痛みで歪んだ顔をゆっくり上げ、静かに断言した。その目には光が宿り、いつの間にか決意めいたものが現れている。



    アニ「証拠って…なんの?」

    ベル「君が言っていた、僕の話が事実であるという証拠だ。…皆、これを見てくれれば少しは信じる気になると思う」



    そう言って彼は右手を口元に寄せる。
    三人は首を捻り、ただそれを眺めることしかできなかった。







    そして、彼は大きく深呼吸したかと思うと、親指の付け根に躊躇なく歯を突き立てた。




  16. 16 : : 2014/10/03(金) 18:42:16



    廊下に大きな悲鳴が響く。



    「…誰だ、今叫んだ奴は!下校時刻はとっくに過ぎてるぞ!」



    暗い廊下にポツンと明かりを灯す教室。
    悲鳴を聞きつけた教師が中を見回す。



    「おかしいな…ここから声がしたかと思ったのに」



    彼の予想と反して中はがらんどうだった。

    逃げられたか、と呟きながら、付けっ放しの電気を消して教室の扉を閉める。




    「ん?そこにいるのは……あ、おい!君!」



    教師は不意に廊下の奥へと姿を消した。
  17. 17 : : 2014/10/03(金) 20:27:55
    期待
  18. 18 : : 2014/10/03(金) 23:24:26
    >>17
    アアアありがとうございます
    長くなると思いますがよければ最後までどうぞ!

  19. 19 : : 2014/10/03(金) 23:31:02

    ライナー「…行ったみたいだな」


    足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、教卓の影からのそりとライナーが這い出た。続いてゴンと何かをぶつける音がして、机に潜っていたアニも姿を現す。



    アニ「いった…」
    頭をさすりながら顔をしかめる。

    ライナー「ドジっ子か、お前は…大丈夫か?」

    アニ「ご心配どうも。…ああ、こんな目に遭うのもベルトルトのせいだ」
    短く舌打ちするとベルトルトの方を一瞥した。


    アニ「あんたが悲鳴を上げさえしなけりゃ…」

    ベルトルト「ご、ごめん」

    ライナー「たんこぶ一つくらいで大げさな…男の勲章と思え」

    アニ「私は女なんだけど」



    ひとまず危機が去った余裕からか、三人で呑気に内輪揉めしていると、どこからともなくこもった咳払いが聞こえてきた。



    ベル「…あの、それより」

  20. 20 : : 2014/10/04(土) 00:07:04

    掃除用具入れのロッカーがガタガタと鳴りだす。



    ベル「早く出てくれないか…?君でつかえてるんだ」

    ベルトルト「あっ、ご、ごめんね」



    ロッカーが開いて、埃と共に残りの二人が出てくる。



    彼らの隠れ場所を選んだのはアニだった。
    この時、彼女は「あのデカブツをよくロッカーに収められたものだ」と内心自分を称賛していた。


  21. 21 : : 2014/10/04(土) 00:09:32

    埃まみれの二人は汚れた服をはたいたり、背を向けてはゴホゴホと咳き込んでいる。

    ライナーは、咳を抑えるベルの右手を見つめながら、怪訝そうに尋ねた。



    ライナー「なあ、なんだってお前は突然右手に噛みついたんだ?」



    ベルはビクッと肩を震わせ、硬直した。



    ベルトルト「そうだよ、急にあんな事されたらびっくりするじゃないか」

    アニ「まあ、いくら驚かされたとはいえ、悲鳴を上げるほどじゃないと思うけど…」



    アニの冷静なツッコミに、ベルトルトの頬は紅潮した。これ以上矛先を自分に向けまいと、再度ベルに追及する。



    ベルトルト「ねえ、あれが証拠なの?僕らには気が狂ったようにしか見えなかったよ」

    アニ「さりげなく痛いところを突くね」

    ライナー「虫も殺さない顔して毒吐くからなあ、コイツ」
    腕を組み、うんうんと頷く。

  22. 22 : : 2014/10/04(土) 00:42:01
    >>18
    遅くてもいくらでも待ちますよ
  23. 23 : : 2014/10/04(土) 19:07:08
    >>22
    ありがとうございます…:(ヽ'ω'):
  24. 24 : : 2014/10/04(土) 19:09:01

    ベル「…実は、さっき記憶が戻ったんだ」


    そう苦々しく呟くと、血だらけになった自分の右手を見た。

    今は応急処置としてライナーのハンカチが巻かれている。



    ベルトルト「えっ、本当に?」

    ライナー「そうか。家路を思い出せてよかったな」

    アニ「じゃあ記憶喪失問題はこれで解決だね。はい、解散」

    ベル「ま、待ってくれ、そうじゃなくて…」


    興が醒めたライナーと、手をパンパンと叩いてお開きを宣言するアニ。

    見兼ねたベルトルトが最後まで話を聞くよう訴え、ひとまず全員聞く態勢を整えた。



    ベル「戻ったといっても、いきなり見覚えのない断片的な映像が脳内へ流れこんできただけで…実質、思い出せた内容は1割にも満たないんだ」

    アニ「なにそれ、めんどくさ」
    天井を仰いで目をぐるりと回す。

    ライナー「その思い出せた記憶が、右手に噛みつく事とどう関係してくるんだ?」

    ベル「えっと…さっき見た映像で分かったことはーー正直な話、内容は混沌としていて理解し難かったんだけど…ーー簡単に説明すると、手に噛みつくと”普通ではありえないこと”が起こるらしいんだ」

    ベルトルト「ありえないこと?」

    ベル「ああ。けど、何が起こるのかまでは分からなかった。…途切れ途切れの、ぼんやりした映像だったから」
    言い終わると、口をつぐんだ。


    背中に視線が突き刺さる。
    彼は正直に話してしまったことに少し後悔していた。こんな曖昧な証言では、信じてくれという方が無理である。
  25. 25 : : 2014/10/04(土) 19:10:36

    ベルなんとなく顔を右に向けた。

    そこには窓に映った自分がいた。
    光の加減で、暗くなった外の闇に紛れ、ぽつりと独り佇んでいるように見える。


    アニ「ついでにあんたの話もひどくぼんやりしてるね…。仮に、それを起こしてどうするつもり?」

    ベル「…証拠にしたかったんだ。”普通ではありえない僕の事情”の証拠に」

    ライナー「お前は本当に面白い奴だな…。たった二人を騙すためにそこまで演技するか」



    彼が精一杯弁明したのに対し、ベルトルト以外の反応は冷たいものだった。

    あまりにも常軌を逸した話に、ただイタズラの延長を図っているだけだろうと思われたのだ。

  26. 26 : : 2014/10/04(土) 19:15:09

    ライナー「まあ、話は後にして、いい加減ここを出ようぜ。このままじゃ校門まで閉められちまう…アニ、鍵は開いているか?」


    ライナーは背を向けているベルの肩を叩いて、グイとこちらに振り向かせた。それから教室の扉の傍にいたアニに目をやる。


    アニ「…いや、かけられてる」
    取っ手をガチャガチャと揺すってみせる。

    ライナー「ああ…扉から出るのはアウトだな。仕方ない、別の方法を…」




    ライナーが窓に視線を向けた時だった。


    再度、教室に悲鳴が響く。




    アニとライナーはそれにいち早く反応した。

    光の速さで、悲鳴を上げた犯人の腹を一人が蹴り、一人が羽交い締めにして口を塞ぐ。

    んぐっ、と変な声を漏らしてベルトルトがその場にうずくまった。


    辺りは静けさを取り戻した。



    アニ「あんたに学習能力ってもんはないわけ?」
    ため息をつき、顔にかかった前髪を払う。

    ライナー「今度はなんだ…左手にでも噛みついたか?」


    二人はもう叫ぶ危険性はないと判断すると、ベルトルトから離れた。解放されたベルトルトは苦悶の表情を浮かべつつ、何かを指差した。



    ベルトルト「か、彼が…」

    アニ「何?」


    ベルトルトが指を差す方向。それを目で追ったアニは「あっ」と小さく声を上げた。



    ライナー「嘘だろ…」



    釣られて見たライナーも、その有様に動揺した。唯一状況を飲み込めていないもう一人のベルトルトだけが、驚く彼らとは対称的にキョトンとしている。



    ベル「何?三人して僕のこと見つめて…」
    居心地が悪そうに眉をひそめる。

    アニ「あんたさ…それ、一体どうしたの?」

    ベル「え?」



    三人が見つめる先。
    ベルはその視線を辿って、注目の的と化している自身を見た。



    …正確には、”自身の服”を見た。
  27. 27 : : 2014/10/04(土) 19:48:02

    彼が着ていた服は右胸から左の脇腹にかけて、何かで斬りつけられたように裂けていていた。

    それは上に着ていたカーディガンはおろか、下のワイシャツにまで被害が及んでいる。



    ライナー「ひでえな、こりゃ…今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ」


    ベルは終始膝を抱えたり背を向けたりして、無意識の内にそれを隠す体勢を取っていたので発見が遅れたのだった。

    そもそも、彼の存在自体が目を引いたので誰も服装にまで注意がいっていなかった。

    彼自身もまた、服より自分の境遇に目を奪われて、今やっと気が付いた風だった。




    ライナー「流行りに疎い俺でも分かる。それは新手のおしゃれなんかじゃないよな?」

    アニ「こんな服装が流行ってたまるかっての…まさか、ケガでもしてる?」

    ベル「う、ううん」

    首を横に振りながら、服をめくってみせた。ほどよく締まった腹が露わになる。


    アニ「…腹筋、割れてるんだね」

    ライナー「いくら似てても多少の違いはあるのか」


    感心したように感想を述べる二人に、ベルは服を持ち上げていた手を即座に離した。心なしか耳が赤い。



    アニ「あんたもこれくらい鍛えれば、痛みに涙することもなくなるんじゃないの」
    依然、うずくまっているベルトルトに投げかける。

    ベルトルト「な、泣いてはないよ…」
    顔を上げ、涙で潤んだ瞳で反論する。


    それからベルトルトは急に立ち上がって、問題の彼の方へツカツカと歩み寄った。

    首を傾げる周りに気にも留めず、なぜか彼の右手を取る。



    ベルトルト「あとね、服だけじゃないんだよ。僕が言っているのは…」



    彼の右手に巻かれたハンカチをほどいた。
    その下に現れた光景に全員が息を呑む。

    ベルトルトは震える声で「やっぱり」と呟いた。





    彼の右手は、綺麗だった。




    噛みついて血だらけになっていたはずが、今では噛み跡どころか血さえ見当たらない。よく見ると、血が染みたハンカチも綺麗な状態に戻っている。


    傷は、完璧に治っていた。


  28. 28 : : 2014/10/04(土) 19:51:26
    なん…だと…
  29. 29 : : 2014/10/05(日) 19:08:38

    ベルトルト「さ、どうぞ」
    開けたドアを背で押さえて、客人を招き入れる。

    ベル「お邪魔します…」


    客人は、大きな身体を縮こまらせながら中に上がった。失礼と分かっていながらも、つい部屋をキョロキョロと見回す。

    ベルトルトはそんな彼の足元を見てギョッとした。


    ベルトルト「あっ、靴は脱いでよ!」

    ベル「え?あ、ああ…」


    言われた通り脱ぐと、それを両手で持って奥へ進もうとする。


    ベルトルト「違う!靴はここに置いとくんだ」
    彼から靴をひったくると、玄関に置かれている靴箱にしまった。




    訳が分からない




    ベルは疲弊しきっていた。

    ここは未知のルールや物で溢れかえっている。


    もしかして、自分は違う世界からやってきた人間なんじゃないか…そう思わせるほど、彼はこの世界に恐ろしく適応していなかった。


    そびえ立つ長方形の建物に、宙に張り巡らされた黒い線。目を光らせ、高速で走る鉄の塊。

    何もかもが初見に感じられた彼は、帰路の途中も、同じように辺りをキョロキョロと見回して歩いた。おかげで車に轢かれそうになるわ、電柱に激突するわと散々な目に遭っていた。



    …いや、本当に違う世界からやってきたのかもしれないな



    彼が覚えていたウォール・マリアという地名に、アニ、ライナー、ベルトルトの三人は誰も心当たりがなかった。少なくとも生涯で一度も聞いたことがないという。

    彼らは「自分達が無知なだけで、本当はどこかに存在するのかもしれない」と励ましてくれたが、ベルは内心諦めの境地に達していた。


    何故、ここにいるのか
    何故、記憶がないのか
    ここへ来る前、自分はどんな人間だったのか

    謎は深まるばかりで、解決の糸口はいっこうに見つからない。

  30. 30 : : 2014/10/05(日) 20:27:12


    ベルトルト「で、どうしよう…」


    彼の声でベルは現実に引き戻された。


    ベルトルト「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
    急に口をつぐみ、うーんと唸る。

    ベル「…?」

    ベルトルト「なんかこれ、新婚の夫婦みたいだね」


    無邪気にはにかんで笑う彼を見ながら、190cm越えの男が言っても全く萌えないな、とベルは冷静に思った。

    それから急にグウという腹の音が聞こえ、ベルトルトが顔を赤らめる。


    ベルトルト「…とりあえず、ご飯でいいかな?お腹空いてるよね」

    ベル「まあ…」
    そわそわと落ち着かない様子で返事をする。

    ベルトルト「あ、大丈夫、家の人はいないよ。両親は二人とも仕事」
    そう言って戸棚を漁り始めた。




    …今から約1時前

    短時間で傷を完治させるという、”普通ではありえないこと”を目の当たりにしたアニとライナーは、彼の存在が特異であることをやっと認識した。

    彼の今までの切実な訴えも含めて信じることにした三人は、ひとまず彼をベルトルトの家に泊めることで話し合いを決着させたのだった。



    ベルトルト「ねえ、カップ麺好き?」
    ごそごそとやりながら、背中越しに尋ねる。

    ベル「かっぷめん…?」

    ベルトルト「あれ、嫌い?」
    振り返り、の困ったように眉を下げた。

    ベル「う、ううん、好き。……多分」


    ベルはそれが何であるのか聞こうとしたが、泊めてもらっている身分から好意を無下にすることがはばかられ、つい肯定してしまった。



    ベルトルト「よかった、じゃあこの中から好きなの選んでいいよ」


    ベルトルトは両手いっぱいに抱えたカップ麺を、机の上にドサーッと置いた。しかし、それを答える前にベルはその場にへたりこんだ。


    ベルトルト「どっ、どうしたの?」

    ベル「っ…」
    こめかみを押さえて歯を食いしばる。

    ベルトルト「また頭痛?大丈夫?あっ、そうだ119…ってだめじゃないか!彼の保険証なんて持ってないし…あ、僕のを使えばいいのかな?」

    ベル「落ち着けって…僕は平気。この頭痛、帰ってる途中からずっとしてたし…」


    焦って早口にまくしたてるベルトルトを宥め、ふらふらと立ち上がった。焦点の定まらない目でぼんやりと虚空を見つめる。




    ーまた、映像だ


    細切れの記憶が蘇っていく。

    それらは一方的に頭に雪崩れ込んでくるので、自分が体験したものだという実感がわきずらかった。




    ベルトルト「…どう?また何か思い出した?」
    よろめく彼に手を貸しながら、遠慮がちに聞く。

    ベル「…僕は、」






    虚ろな声でポツリと呟かれたその言葉に、ベルトルトは愕然した。
  31. 31 : : 2014/10/06(月) 19:23:57
    ガンバ!期待してるよ!^^
  32. 32 : : 2014/10/10(金) 19:17:17
    >>31
    ありがとうございます!がんばらせていただきます!

  33. 33 : : 2014/10/10(金) 19:18:06

    うっすら目を開くと、そこは一面の闇だった。


    驚いて、勢いよく半身を起こす。
    すると何か固い物に頭を打ち付けた。

    思わず情けない声を上げる。

    しばらく痛みに悶えた後、昨日の出来事と現在自分が置かれている状況をぽつぽつと思い出した。


    記憶を頼りに寝ぼけ眼で右に手を伸ばし、あるはずの戸を適当に押す。


    …開かない。
    もう一度、しっかり押してみる。


    ……やっぱり開かない。






    いや、一旦落ち着こう

    胡座をかき、顎に手を当てて、考える姿勢を取った。あたりは闇と静寂が支配している。熟慮するにはちょうどいい空間だ。




    しばらくして、閉じ込められたという結論に至った彼は、両足で思い切り戸を蹴破った。


  34. 34 : : 2014/10/10(金) 19:37:16

    ベルトルト「僕の鼻、どう?」

    ベル「かっこいいと思う」

    ベルトルト「…」

    ベル「…すまない」


    申し訳なさそうに肩をすぼめる彼に、ベルトルトは、はああ、とこれ見よがしにため息をついた。


    ベルトルト「あのね、僕から言いたい事はたった一つ…なんで引かないの?ねえ、昨日寝る前に説明したよね?」

    ベル「それ二つ言ってる」

    ベルトルト「細かい事指摘しないでよ。ねえ、なんで引かないの?」

    ベル「ごめん、寝ぼけてて…忘れてた」
    寝癖だらけの頭をポリポリと掻く。




    早朝、彼が蹴破った”襖”は、戸枠を外れて隣の部屋で寝ていたベルトルトに直撃した。

    ベルトルトは赤くなった鼻を撫でつつ、「ドラえ◯んみたいだね」と、浮かれながら彼を押入れに寝かせた過去の自分を呪った。



    ベルトルト「ああ、こんなことなら君を押入れに寝かせるんじゃなった…。夜中は夜中で、起きてるんじゃないかってぐらい暴れててうるさかったし」

    ベル「ごめん、寝相が悪くて…昔からこうなんだ」


    呆れながら彼の弁解を聞いていたベルトルトは、ふと妙な引っかかりを感じた。



    ベルトルト「昔?昔って…そういえば記憶が戻ったんだっけ」

    頭痛を起こしたあと、思い詰めたような真剣な表情をしていた彼に気後れして、結局何も聞けずじまいだった昨夜を思い出す。


    ベル「ああ、うん、まあ…またほんの少しだけだけど」
    ふと目を逸らす。

    ベルトルト「どんな内容?小さい頃の思い出とか?」

    ベル「それは…今日、皆が集まった時に分かるよ」


    遠くを見つめて、どこか物憂げに言った。


  35. 35 : : 2014/11/30(日) 15:33:34
    続き気になるー!

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carimira108

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