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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

一角獣を背負う者 〜もしもマルコが生きていたら〜

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  1. 1 : : 2014/09/26(金) 18:52:26

    今までの未来作品とは別物になります

    ネタバレは14巻までですが、トロスト区奪還作戦以降、原作通りの展開にはなっていません
    完全なパラレルです

    いつも通り捏造、キャラ崩壊、ご都合主義が山盛りです

    かなり自己満足的な作品ですが、それでも大丈夫な方はお進み下さいm(_ _)m



    ※頂いたコメントを非表示にするのは偲びないので、執筆終了まで制限させて頂く事をご了承ください※





  2. 2 : : 2014/09/26(金) 18:56:03


    未だ瓦礫と血の匂いに満ちたストヘス区


    一人の少年兵が崩壊した教会の傍に立ち、無惨に崩れた街を見つめている


    ウォールシーナに付帯する突出区とはいえ、優美で洗練された街並みを誇るこの城壁都市は、美しき王都の守護女神として古くから人々の賞賛を浴びてきた



    ーーーとても美しい街だった



    王都を護るのに相応しい、白く輝く女神の都


    しかしその女神は突如として現れた2体の巨人によって蹂躙され、血で穢れた不浄の女神に堕とされてしまった


    少年の黒い瞳は闇よりも深い静謐さを湛え、穢れた街をただ見つめる





    「おい、ボット、撤収だ。行くぞ」


    「はい」



    踵を返し、声の方へ向かう少年兵







    その背中には王都を護る神獣、一角獣が縫い留められていた





    ーーーーーーーーー
    ーーーーーー
    ーーー



  3. 3 : : 2014/09/26(金) 19:13:58



    「マルコの言う通り、有る程度の情報操作や技術の占有は仕方ないと思うよ。
    国家秩序を保とうと思ったら、それなりの不自由さは感受しなきゃならない」


    日々訓練に明け暮れる毎日

    月に幾度も無い貴重な休日を、図書室で過ごすような奇特な訓練兵は、彼以外居なかったらしい

    マルコが本を返すために訪れた時には、アルミンは貸し切り状態を気にした様子もなく、分厚い専門書にその小さな身体を埋れさせていた


    彼はマルコに気付くと「ちょっとだけ時間貰ってもいいかな?」と控え目に問い、快諾の言葉を聞くと嬉しそうに王政についての持論を語り出した


    それが今から30分ほど前の事だ



    少女のように可愛らしい顔をした座学トップの少年は、いつしか幼い顔を薄っすらと紅潮させ、夢中で言葉を紡いでいる


    マルコはそんな彼の姿を微笑ましく思いながら、食堂で待つ親友が、図書室から戻らない自分を心配して焦れているかもしれない…と、少し気掛かりだった


    金色の髪をさらさらと揺らし、聡明な少年の口は滑らかに動き続ける


    「ただ、行き過ぎた過保護な政策は諸刃の剣だ。
    それが通用するのも、この閉ざされた壁内だけで世界が完結していたらの話さ。
    仮に壁が壊された時には、戦う為の武器も逃げる為の知恵も持たされなかった僕らは、なんの抵抗も出来ずに捕食されるんだよ?
    実際僕たちはそうしてシガンシナを追われた…」


    「アルミンは、まるでこれからまた壁が壊されるとでも思っているみたいだね」

    そう問いかけるマルコに、アルミンは真摯な瞳で答えた


    「だって僕は知っているから…
    5年前に壁が壊された時も、僕たちは為す術も無く一方的に奪われた…
    あれから王政がしたことといえば、口減らしの奪還作戦だけだ…
    彼らは王都に脅威が訪れる迄、そうやって国民を人身御供にしてやり過ごすつもりだとしか思えない…」


    「しっ…アルミン、例え僕しか居ないとはいえ、公けの場でそんな事口にしちゃダメだよ?いつ誰が入ってくるか分からないからね」


    「あ…うん…ごめん…僕、つい夢中になっちゃって…」


    話が逸れたことで彼の熱も冷めたらしい

    そろそろ潮時だと思ったマルコは席を立ち



    「もう壁は壊されないよ、アルミン」



    微笑みを口に乗せて言った



  4. 4 : : 2014/09/26(金) 19:38:00


    マルコが王政を支持し、憲兵を目指していることは、同期の誰もが知っている事だった

    通過儀礼の時教官に「王はお前の体なんぞ欲しくない」と、一刀両断されたことも


    それでも彼は愚直に訓練に臨み、全ての教科に於いて上位に食い込む結果を出し続けていた

    加えて彼は人当たりが良い

    同じ憲兵志望のジャンが事有るごとに同期とぶつかり、煙たがられているのとは違い、マルコはその人当たりの良さと仲間に対する細やかな心遣いで、みんなから慕われていた


    王政に疑問と憤りを持つアルミンが、敢えてマルコのような王政支持派との議論を楽しみにするのも、彼が決して頭ごなしに自分の意見を押し付けることなく、それでいて相手の意見に対して客観的で鋭い楔を打ち込んでくるからだ

    アルミンはその楔を取り除く為に、新たな視野で推論を試みることになる

    2人の議論は心地よい相乗効果によってどこまでも続いて行くのが常だった

    「ゴメン、ジャンが待ってるから行くね。
    とても楽しかった。次は僕の番だ。
    王政がこの100年護り続けてきた平和と秩序の土台部分から順番に、僕の考えを聞いてもらうよ」

    マルコの言葉に、アルミンは嬉しそうに顔を綻ばせた

    「うん、ありがとう。僕も楽しかった。次も楽しみにしてるよ!」



    小さく手を振って自分を見送るアルミンが再び本の中に埋れて見えなくなると、マルコは心の中に芽生えた小さな不安に無理やり蓋をして、食堂へと向かった





  5. 5 : : 2014/09/26(金) 19:50:31


    マルコが食堂に戻ると、テーブルにチェス盤を置き、それを挟んで眉間に深い皺を寄せたジャンと、口元に薄笑いを浮かべたライナーの姿があった


    どうやら心配をかけたのではというマルコの懸念は、杞憂に終わったらしい


    2人の表情を見れば、どちらが優勢なのかは盤の上を見なくても明らかだった


    「マルコ、おかえり」

    2人の対戦を見守っていたベルトルトが柔らかな声で迎えてくれた

    「うん、ただいま」

    ライナーがマルコをちらりと見上げ、片眉だけを上げてニヤリと笑う

    その笑みに応えるように、マルコも笑って手を上げた


    「んーー…待て待て…まだ行ける…」


    マルコが戻った事にも気付かず、真剣にチェス盤を睨み付けるジャン


    ちょっと見た限りでは、このまま続けても彼の負けは確定となりそうだった

    熟練者ならチェックメイトを待たずに勝負を降りているだろう


    案の定、その後数手ほどで、ジャンのキングはライナーのチェックの嵐に晒され、そこでようやく負けを認めた


    「ちくしょーーー!ちっとも勝てねぇ!」

    大声で叫ぶと、そのまま身体を反らして背もたれに倒れこむ


    「一体何回勝負したんだい?」

    「うわっ!マルコ!帰ってたのかよ?!」

    「うん、今さっきね」

    「三戦三敗だ!こいつら強過ぎてつまんねぇよ」


    八つ当たりに近い言い掛かりを付けられたライナーとベルトルトは、思わず顔を見合わせた


    子供かよ!!


    「だってジャンは、手抜きをしたら怒るじゃないか」

    そうマルコに言われて、ジャンはますますむくれる

    「ったり前だ!手抜きして貰って勝っても、ちっとも嬉しくねぇし」


    「でも、負けても怒るんだよなぁ」

    ライナーが苦笑する


    要するにジャンは実力で彼らを負かしたいのに、その実力をまだ伴っていない自分に腹を立てているのだ



  6. 6 : : 2014/09/26(金) 20:13:34



    ジャンは決してチェスが弱いわけではないと、マルコは思う


    訓練兵になってから初めてチェスのルールを知ったジャンに、駒の動かし方から教えたのが半年前


    一緒に教わったエレンは、あまり多角的な視野でゲームすることが出来ないらしく、攻める時は手元がガラ空きになり

    慌てて守ろうとすると、今度は逃げ一方で一向に攻められないまま終わってしまう


    本人曰く、「ごちゃごちゃ考えんのは苦手なんだ」ということらしいが、そもそもチェスはごちゃごちゃ考えるゲームだ


    程なく飽きてしまって、今はもう見向きもしなくなっている



    もう一人、コニーも説明を聞いてはいたが、彼はまず駒の動かし方を覚えるという基本から放棄した

    そのくせポーンが敵陣の最奥まで行くと好きな駒に変身するというプロモーションのルールがいたくお気に召したようで、キングを取ることではなく、ポーンを変身させることだけに集中するのだった


    殆どの駒がキングではなくポーンの道筋を守るというおかしな盤上を、マルコの手駒はコニーのキングまであっさりと辿り着く

    チェックにはルークしか使わないところはマルコの優しさだ

    わかり易く動くルークで攻め、キングを逃がす猶予を与える

    しかしコニーはキングを逃がすことはなく、ポーンをプロモーションして嬉しそうに勝鬨の声を上げていた


    変身だぁ!!


    ……うん良かったね…せっかく変身させたナイトは使うこと無く次のターンでチェックメイトだけど…

    何故クイーンに変身させないのか、なんて野暮なことは聞かないよ

    きっと形がかっこいいからナイトなんだろう


    コニーにとってはキングを取られる事よりも、勝負がつくまでの短い手の中で、いかにポーンを殺さず相手陣の最奥まで導くか…が重要なのだった


    突き詰めればそれはそれで楽しいのかもしれないが…



    それは最早チェスではない



  7. 7 : : 2014/09/26(金) 20:52:39


    その2人に比べたら、ジャンは良くも悪くも「普通」だった


    定跡に近い丁寧な手を打ち、短期的閃きを必要とする戦術に関しては、初心者らしからぬ才能を見せた

    しかし長期的視野が必要な戦略が弱い

    相手が思わぬ戦術で攻めてくると、彼の立てた戦略が撹乱されてしまうのだ

    数手後にはなんとか持ち直すのだが、そのロスが彼の敗因となる事が多かった


    まぁ…ライナーやベルトルトでは立て直し自体も難しかっただろうね…


    マルコはジャンに同情した


    この2人のチェスの腕前は、マルコやアルミンと並ぶほどだった

    序盤は定跡で進む事が定番とされている中で、この2人は序盤から意外な戦術で攻めてくる

    彼らの話では、チェスは自己流で覚えたので定跡もよく知らないらしいが、無駄な動きが多い割りには彼らなりの戦略があるようで、確実にキングを追い詰めて来る


    そもそも初心者のジャンが勝てる相手ではなかったのだ


    「どうする?今度はマルコがジャンの仇を打つか?」

    不敵に笑うライナーを見て、ジャンは舌打ちをした


    「感じ悪りぃなぁ。兄貴のくせに」


    ひとりっ子のジャンは兄貴というものに幻想を抱いているらしい

    実際はそんなに良いものじゃないと、姉の居るマルコは思っていた

    今更ジャンに兄が出来る事は無いだろうから、彼の夢を壊すような事は言わないが…


    「じゃあ一回だけ手合わせお願いしようかな」

    マルコが言うと

    「おう、マルコ!やっちまえ!」

    マルコの尻馬に乗ったジャンが、威勢良く叫んだ



  8. 8 : : 2014/09/26(金) 21:13:30



    勝負の結果は…

    惜しいところでマルコはライナーに敗れてしまった

    ライナーが立てた博打のような大胆な戦術が、上手く嵌ってしまったのだ


    「ごめんよジャン、仇打てなかった」

    「まぁ、マルコが勝てないんじゃ、俺が負けるのも仕方ねぇな」

    ジャンは一見もっともと思える理屈で自分を納得させている



    「もうマルコの負けなんですか?」


    突然かけられた声に一同が声の方を向くと、さっきまで居なかったはずのサシャ・ブラウスが、興味深気にチェス盤を覗き込んでいた


    「そうだよ。僕のキングはもう逃げ場がないからね」

    マルコが答えると、サシャはもう一つ質問をした


    「これってキングを取れば勝ちなんですよね?」


    「なんだよ芋女、お前の芋頭じゃ理解出来ねぇだろ」


    ほんとにジャンは一言多い…


    サシャはそんなジャンの野次など気にした様子もなく、マルコが奪ったライナーのポーンを手に取り、そのままライナーのキングを弾いた


    「これでマルコの勝ちですよ?」


    そこに居合わせた全員が自分の目を疑った


    「盤の上では動きに規制があることは私も知ってます。だけどこの子は盤の外から来ましたから!」

    得意気に鼻を膨らませるサシャ


    「……ばっかじゃねぇの?!それが通るなら、ライナーだってこうしてマルコのキング取れちまうだろうが!」


    ジャンはライナーが持つマルコのポーンで味方である彼のキングを倒した



    「ライナーには無理です」


    「なんでだよ?!」


    サシャは当然の事だと言わんばかりに、にっこりと笑った





    「マルコの兵は、決して彼を裏切りませんから」






    ーーーその後、喧しくブーイングを繰り返すジャンと「なんだ…俺の兵はすぐ裏切るのか?なぁ…ベルトルト…俺ってそんなに人望ないか?」と、巨体を小さく丸めていじけるライナーを、ベルトルトと一緒に宥める事となったのだった…







  9. 9 : : 2014/09/27(土) 20:26:20


    数日後


    「マルコ、ちょっといいか?」

    就寝前の束の間の自由時間、寝台に座り本を読んでいるマルコに、入浴を済ませたばかりのジャンが声を掛けてきた

    「ん?なんだい?」

    読みかけの部分に栞を挟み、本を閉じる


    「あ…ジャン、ちゃんと髪を拭かないと…夜は冷えるんだから、風邪ひくぞ」

    ジャンの手にあった手拭いを取り上げて、わしわしと髪を掻き混ぜる

    「ん…」

    ジャンは子供のように、大人しく為すがままに頭を預けていた


    珍しい…

    よっぽど言いにくい事らしい…

    マルコは密かに思った



    「で?どうした?」

    あらかた水気を拭き取ったところで、手を止めて話を促す


    乱雑に拭かれたジャンの髪は、雛鳥のようにバラバラに立ち上がっていたが、それを気にする様子も無く、彼は重い口を開いた


    「……今日死に急ぎの野郎が食堂で言ってた事、どう思う?」


    あぁ、やっぱりその話か…


    さっき食堂で、エレンがジャンに問いかけたのだ

    『巨人殺しの技術を磨いた者が、巨人から離れた内地へと行く』その矛盾を


    「ジャンはどう思った?」

    「わかんねぇからお前に聞いてるんじゃねぇか…」

    「まぁ、そうだね」


    その場でもジャンは問いへの答えを出さなかった

    はぐらかして逃げたのだ

    多分それが引っ掛かっているのだろう


    それにしても…

    プライドの高いジャンが、こんな風にマルコの意見を求めて来るのは、とても珍しいことだった

    彼はいつだって自分が得た情報を、自分の中の価値観で判断して、取捨選択をしていた

    人は人、自分は自分、という考えが底辺に染み付いているのだ


    だから彼は個であるうちは強い


    外野の喧騒に惑わされることも無いし、人の顔色を伺って迎合することも無い

    それはマルコの目にはとても好ましいものに見えたが、同時に不安材料でもあった


    そんな彼が他人の意見を聞く気になったのも驚きだが、それ以上に、反りが合わない筈のエレンの一言に心が動かされた…その事実にマルコは頬を緩めた


    「何笑ってんだよ。チッ…やっぱ話すんじゃなかったぜ…」


    「ごめんごめん、笑ったわけじゃないんだ。ちょっと嬉しかっただけさ」


    「嬉しいって…俺の事馬鹿にしてんの?」


    「馬鹿になんかしてないさ。むしろ僕は今、お前の事を誇らしく思ってるよ」



  10. 10 : : 2014/09/27(土) 20:58:07



    「……迷ってるのにか?」


    「うん、迷う事は決して悪い事じゃない。
    自分の価値観だけを信じて進んで行く事は、勿論とてもいいことだけど、その強さは何処か脆いんだ。
    純粋な鉄が脆いのと同じさ。
    どんなに反りが合わない相手の意見だとしても、耳を塞ぐことなく一旦自分の中に取り込んで、迷い、考え、結論を出す。
    その作業が出来る人は、鋼に変わる。
    鉄よりもしなやかで耐性のある、強靭な鋼にね」


    「うーーん……」


    「僕はジャンを買ってるからさ、簡単に壊れて欲しくないんだ。
    エレンの意見だからって、頭ごなしに拒否してかかるような小者じゃなくて良かったって、心から思ってるんだよ」


    「……いや…そんな大層なもんでもねぇけどよ……」


    そう言いながらも、ジャンの眉はふにゃりと下がっている



    はい、ジャンのデレ頂きました!



    抜き身すぎる性格だと評価され、その性格故に孤立することが多いジャンのこうした一面を見ることが出来るのは、マルコの楽しみの一つだった


    自分だけに素直な面を見せる彼を弟のように思うこともある反面、用心深過ぎて悲観的になりやすいマルコの尻を、持ち前の不敵さで叩いてくれる所はとてもありがたいと思っている


    「エレンが言ったこと、僕は正しいと思う。
    正しいけれど、それが全てではないのも事実だ」


    「どういう事だ?」


    「戦はね、攻めるより護る方がたくさんの準備が必要なんだ」


    「護る方が有利って聞いたことあるけど?
    攻める方は何倍も兵が必要なんだろ?」


    「食糧から水路の確保、護る為の戦力や武器まで、完璧に準備がしてあったらね。
    ……っていうか、何処でそんな話聞いたんだ?」


    「アルミンが言ってた。昔祖父さんの書庫で戦術の本見たらしい」


    ……人対人の戦術なんて、禁書中の禁書じゃないか…

    全く…


    マルコの脳裏に可愛らしく微笑む金髪碧眼の少年の顔が浮かんだ


    彼は純粋な知識欲からありとあらゆる情報を貪欲に取り込む

    インプットだけならそれ程害はないが、アウトプットには注意が必要だと、もう一度ちゃんと伝えた方がいいかもしれない…


  11. 11 : : 2014/09/27(土) 21:22:22



    マルコの生家はウォールローゼの南、ジエナ町だった

    しかし母方の実家はストヘス区にある

    今は祖父が一人で暮らしているが、かつて憲兵団に所属し部隊長を勤めあげた彼は、今でも矍鑠としていて一人娘の世話になることもなく、頑なにその地を動こうとはしなかった


    彼の父もまた憲兵であったらしい


    歴史書に記されている始まりの時、マルコの曽祖父は近衛として神獣を背に負い王を護った


    そう祖父から聞かされていた


    その頃はまだ人対人の戦術も何処かで生きていたのだろう

    祖父は自分の父から聞いていたそれらの知識を、幼いマルコにもよく語ってくれていた


    「お前もいつかは王を護る神獣を背負いなさい」


    そう祖父に言われ、何も疑うことなくマルコは憲兵に憧れを抱いていったのだ



    聡明であるが故の無邪気さで、自分の話に耳を傾けてくれる相手には簡単に心を許してしまう

    そんな危うい部分を持つアルミンの、知的で澄んだ瞳を一旦頭の隅に追いやって、マルコは目の前にいる雛鳥頭の親友に意識を戻した


    「まぁ…とにかく『護る側』の準備は、『攻める側』以上に万全なものでないといけない。
    一体の巨人を倒すのに必要なのは、巨人に関する知識と倒すための技術だけだ。
    でも一人の人間をあらゆる災いから護るのは、膨大な人手と多岐に渡る技術が必要なんだよ」


    「なんとなくはわかるけどな…なら護るべきものをどっか安全な所に閉じ込めちまえばいいんじゃね?」



    「うん。だから僕達は壁の中に閉じ込められているのさ」



    「あ……」



    「立体機動の技術に関しては、確かにエレンの言う通りかもしれない。
    一般的に言われている、技術の衰退を防ぐための出来レースと言うのも事実だろう。
    だけどそれだけじゃないんだよ。
    巨人から護る為に壁の中に閉じ込めた人々を、この先もずっと護り続ける為には、あらゆる準備が必要なんだ。
    人々を傷付けるのは巨人だけじゃないからね」


    「そっか……」


    「いつどんな災いが襲って来ても対処出来るように、万全のクオリティを常に保ち続けなければならないのさ」


    マルコの言葉にジャンは暫く黙り込んでいたが、やがて小さな声で呟いた


    「マルコ……俺…対人格闘も手ぇ抜かない…あの野郎を見返す為っていうのも勿論あるが…それだけじゃねぇ…だって…どんな準備も無駄にはならねぇんだろ?」



    「うん」


    マルコはバツが悪そうに俯くジャンの姿に目を細めた



    「ねぇジャン、憲兵になるのは目標であって目的じゃない。
    お前はどんな目的を背負うんだい?
    それをしっかり考えるといい。
    そうすれば今日エレンに問われた事にも胸を張って答えることができるはずだよ」


    「ん…分かった…」





    その日から、誰よりも合理的で現実主義者だったジャンは、初めて長期的な戦略とも言える『目的』を意識して訓練に臨むようになった




  12. 12 : : 2014/09/27(土) 22:18:11



    そして過酷ながらも輝いていた訓練兵生活が終わろうとしていたある日


    五年前の悪夢が再び訪れる





    ーーーサシャ、君の言う通りだった


    トロスト区が巨人に蹂躙された日

    奪還作戦の中

    僕の班の班員は、誰も僕を裏切らなかったよ


    みんな僕の指示通り、地下にある酒蔵に逃げ込み無事だった


    そしてジャン、やっぱり人を護り切るのはとても難しい…



    僕はたった一人の命も護れなかった……






    ーーーーー




    「みんな、いいかい?多分この近くに、後続でこちらに向かうライナーの班が居るはずだ。
    僕が彼らにこの事を伝えて来る。だからここを動かないで」


    マルコの指示に、班員達は複雑な表情で彼を見た

    まだ兵士として解散式を迎えたばかりの訓練兵とはいえ、兵士として刷り込まれた精神は、敵前逃亡ともいえるこの行為を受け入れる事を拒否しているのだろう

    それが分かっていながら、彼らの班長は、今迄に見たこともないような厳しい顔で念を押した


    「今僕らが巨人の誘導をして、一体何人が命を落とすと思う?
    いや、誘導出来るならまだいい。
    今の僕たちでは一体も誘導出来ずに無駄に命を落とすだけだろう。
    僕たちは公に心臓を捧げた兵士だ。
    でもその誓いを果たすのは今じゃ無い。
    勝算の無い戦いに自ら身を投げ出す事は、捧げた心臓を蔑ろにする行為でしかない事を理解してくれ」


    壁に巨人を誘導する作戦中、奇行種に襲われた彼らは、トロスト区の丁度中ほどで離脱を余儀無くされた


    マルコ率いる19班6名のうち、2人は動くこともままならないほどの重傷を負い

    残りの4人も負傷している上、奇行種を撹乱しながらの避難で、ガスの残量は後僅か


    マルコ達を含めた訓練兵数名を伴ってここまで来た駐屯兵は、既に帰らぬ人となっている


    19班全員、誰一人欠けること無く避難出来たのは、奇跡と言えた


    「思い出して欲しい。僕たちの任務は巨人の誘導だ。
    こんな所で巨人に食われても、任務を果たしたことにはならない。
    僕がライナー達と合流して戻るまで……」


    その後の言葉を待たず、一人の班員が立ち上がった


    「マルコ、外へは俺が行く」



  13. 13 : : 2014/09/27(土) 22:49:11


    彼は班員の中ではマルコよりも立体起動の成績が上だった

    卒団後は調査兵団を志望しており、実用に特化した努力を続けていた


    「いや、ここは僕が行く。君は怪我をしているだろ」


    「おい、マルコ。合理的な指示を出す癖に、おかしな面子に拘るなよ。
    この班で一番立体起動が上手いのは俺だ。どう考えても俺が行くのが最善だろうが。
    それに怪我してんのはお前も一緒だ。
    この辺りの巨人はだいぶ減ってるから、奇行種にでも出くわさない限り大丈夫さ。
    ただ…」


    彼は自分の立体起動装置を叩いて苦笑した


    「さっき無理な体勢で着地した時、ファンの羽が曲がっちまった。普通に飛ぶ分には問題無いが、念の為装置を交換してくれ」


    そこまで言われて、それでも決断出来なかった

    彼を信用していないわけではない

    班長としての面子なんてものもない


    ただマルコは怖かった

    自分の判断が一人の命を左右してしまうことが怖くて決断出来なかった



    今出来る最善を考えるのは自分の役目だ

    その結果危険な部分を引き受けるのもまた、自分でなければならない

    そう思っていた



    まだマルコには自分の判断を正しいと、胸を張って言えるだけの経験も実績も無かった

    訓練所での演習も決して生温いものでは無かったが、レベルが違いすぎる

    間違えたら命を落とす訓練と、運と実力が伴って初めて生き残れる実戦では、天と地ほどの違いがあった


    そんなマルコの心中を見透かしたかのように彼は言った


    「大丈夫だ。もし俺がやられても、マルコの所に恨んで出て来たりはしねぇから」


    そして自分の立体起動装置を外して、マルコを促す


    「縁起でも無いこと言うな!」


    本気で怒鳴りつけて、ガスのボンベだけを重傷者のものと替えた自分の装置を外す


    彼の命を預けるそれが、いつもより重く感じた


    「一番ガスの残量が多いボンベだ。無理はするなよ」


    「分かってるよ、班長。じゃ、行ってくるわ」


    彼はまるで近所に買い出しにでも行くような気軽さで、地下の階段を上がって行った


    班長の心にこれ以上重責を負わせない為、任務遂行時には必ず義務付けられている、敬礼も復唱もせずに








    ーーーそして彼はそのまま戻っては来なかった




    彼の死は戦死者の名簿で確認しただけだった


    地下から表に出た彼に一体何があったのか、彼の遺体すら目にしていないマルコには知る術も無い

    ただ彼を死なせてしまったという事実だけが、マルコの心に消えない澱となって残り続けていた




  14. 14 : : 2014/09/27(土) 23:14:58



    悪夢の日から6日後、捕獲された巨人二体が何者かによって殺され、その犯人を特定する為に訓練兵全員の立体機動装置が検められた


    マルコの装置はあの時命を落とした班員のものと交換されている


    遺体から外された装置は一箇所に集められ、メンテナンスの後に再利用されるのが通例なので、マルコは自分の装置が手元に戻ることは諦めていた

    自分の代わりに死地に赴いた彼の遺品を使い続けることで、彼の想いと自分の未熟さを決して忘れないという誓いを込めて


    だからアルミンに尋ねられた時、俄かにはその言葉が信じられなかった




    「マルコ、立体機動装置をアニと交換した?」




    「え?」





    アルミンは確かに見たという

    見間違えたのではないかと念を押すマルコに

    一緒に整備をする事が多かったから、見間違える可能性は低いと…



    「もしかして…マルコが持っているのがアニの装置?」



    違う…


    ここにあるのは、今はもうここには居ない同期のものだ


    作戦中、外で立体機動装置を交換するなどという事はあり得ない


    ならばアニは彼の遺体から装置を?


    これは非常時ならばあり得る事だった

  15. 15 : : 2014/09/27(土) 23:34:20




    マルコは女子寮に向かって一人歩くアニに声を掛けた


    呼び止められたアニはゆっくりと振り返る



    その瞳を見た瞬間

    彼は凍りついた…




    ーーー死兵…




    祖父は言っていた

    「死をも恐れず敵に斬り込み、生きて帰る事を恥とする捨て身の兵」だと…



    何故その言葉が浮かんだのかは分からない

    アニも今回の奪還作戦で同期を亡くしているのだから、彼女の瞳が哀しみに暗く沈んでいてもおかしくはないだろう



    「……何?」



    気怠げに髪を掻き上げ、マルコを見上げるアニ



    「あ…ゴメン、その立体機動装置のことなんだけど…」



    「………」



    「それ…アニの物じゃないよね?」



    微かに彼女の眉が顰められた


    瞳の闇が深くなる






    「あんたには関係ないだろう…」







    ーーー用は済んだとばかりに背を向けたアニの口元が三日月の形に歪むのを




    マルコは確かにその目に捉えていた











  16. 16 : : 2014/09/27(土) 23:42:00



    ーーーーーーーーー

    ーーーーーー

    ーーーー



    憲兵になって初めて付いたあだ名は『カカシ頭』だった



    馬鹿だと言われる事は慣れている

    慣れてはいるし、自覚もあるのだから、何とも思わないかといえばそうでもない


    言われなくたってわかっているのだ

    事あるごとにいちいち言われていたら腹も立つ


    馬鹿という言葉より、それを吐く時の優越感丸出しの視線や、憐れむような表情に腹が立つのだ



    故郷の村でもずっと馬鹿にされて来た

    だから憲兵になってみせると啖呵を切って訓練兵に志願した


    『お前みたいな馬鹿は憲兵になんてなれるわけないだろう』


    そんな村人達や家族の予想をひっくり返して上位10名に食い込んだコニーは、念願の憲兵になり





    ーーー『カカシ頭』としてまた馬鹿にされる生活を送ることになった






  17. 17 : : 2014/10/03(金) 13:28:30


    104期生の中で憲兵団に入団した者は、マルコ・ボット、アニ・レオンハート、コニー・スプリンガー、ジャン・キルシュタインの4名


    新兵はウォールシーナにある本部ではなく、四方にある突出区の支部にまず配属される

    4人の配属先は東城壁都市であるストヘス区だった


    班編成は4人ともバラバラだったが、部屋の割り当てで、コニーはジャンと同室になっていた




    「どうしたコニー?」


    まるで緊張感の無い、聞き慣れた声が頭の上から降って来て、長いこと机に伏せていたコニーは漸く顔を上げた


    「おう。おかえり…」


    「なんだお前、ひでぇ顔だな…」


    「悪かったな。生まれつきだ」


    瞼が少し腫れているらしく、自然と睨み付けるような目つきになってしまう


    「またずっと部屋に居たのか?」

    そうジャンに訊かれて、コニーの中に弱気な感情が蘇ってきた


    「……昼過ぎから…」


    さっきまで窓から差し込んで来ていた西日も既に光を失い、薄暮に沈む室内には、任務を終えて兵舎に戻る兵士たちの賑やかな声が微かに届いている


    長い午後の時間を、コニーは独り、自室に籠って過ごしていた


    別になんてことはない

    昨日も一昨日も同じだった

    午後いっぱい雑務をサボれたんだから、儲けもんじゃないか


    そう思っているのに、何故か片目から鼻水が一滴溢れた


    慌てて袖で拭ったが、しっかり見られてしまったらしい

    見る見るうちにジャンの表情が凶悪になっていく


    「……おいコニー、お前の班の奴らどの部屋だ」


    ただでさえ悪人面だと言われているのに…


    「よせよ。オレはなんとも思ってねぇから…」


    コニーは必死で笑顔を作ろうとするが、まるで上手くいかない

    泣き笑いの様な情けない表情を見て、悪人面の三白眼がますます細められた


    「ならなんでそんな面してんだ?
    クソ……あいつら…絶対許さねぇ…」


    片っ端から新兵の部屋に乗り込むつもりだろうか

    ジャンならそれぐらいやりかねない

    だってこいつは勝ち目の無いエレンにも噛み付くし、報われる見込みの無いミカサを想い続けたぐらいの馬鹿だから…


    踵を返し、飛び出して行こうとするジャンの手を慌てて掴んで引き止める


    「よせってば!……っ……!」



    「………お前…怪我してんのか…?」



    あぁ…こいつ…

    イヤミな奴だけど…

    意外と細かい事に気がつくんだよな…


    刺すような視線を受け止めかねて、コニーは黙って俯いた


    「手ぇ離せ…大丈夫だ、あいつらんとこにはいかねぇよ。マルコ呼んで来るから、ちょっと待ってろ」


    「……………」


    低い声でそう言われ、何も言えないままジャンを見送ったコニーは、再び机の上に頭を伏せた






    もう…どうでもいいや…





  18. 18 : : 2014/10/03(金) 14:10:30


    入団して最初の一週間は何事も無く毎日が過ぎていた


    複数の班で行われる警備のローテーションや、日報、兵舎の清掃、管理、食事当番等、あらゆる雑務は全て新兵に割り当てられ、各班長はつきっきりで彼等にそれらの手順を叩き込んでいく

    しかし一週間が無事に済み、あらかた1日の流れを把握して来た頃から班長達は揃って彼等を放置し始めた

    上官不在の日、やんちゃ盛りの新兵は、持て余している体力と、憲兵団に入団出来た解放感から、自分より弱そうな者を目敏く見つけては陰湿に虐めるようになっていた


    コニーはその標的にされたのだ



    「コニー、怪我は酷いのか?」

    穏やかで暖かいマルコの声と同時に、痛む肩にそっと手が触れられるのを感じた


    顔を伏せたまま首を横に振る


    情けねえ…

    こんな風に気を遣われて、心配されて…


    こんなはずじゃなかったんだ…



    家族宛に送った手紙には、憲兵になれた事の報告を、意気揚々と記していた


    どうだ!

    散々オレのこと馬鹿にしてきたけど、オレは兵団の中でも最高にレベルの高い憲兵団に入団できたんだぞ!


    そんな想いを込めて…

    拙い文章で、それでも喜びを溢れんばかりに滲ませて…


    家族からの返事はまだ無い

    例え来たとしても、コニーが再び手紙を書くことはもう無いだろう



    ーーーどこへ行ったってオレは馬鹿にされる…


    心の中で呟いたつもりが、声に出てしまっていたらしい


    マルコが静かに言った



    「当たり前だコニー。お前は馬鹿なんだから」



    「えっ?」


    思わず顔を上げると、ジャンが珍しく慌てた様子でマルコの肩を掴んでいる


    「お、おいマルコ!お前何言ってんだ?!」


    そんなジャンを無視して、マルコはにこやかな笑みをその顔に浮かべながら、真っ直ぐにコニーを見つめ


    「お前が馬鹿なのは同期のみんなが知っているよ。何を今更落ち込んでるんだ?」

    そう問いかけた


    言葉は辛辣だがその目はどこまでも優しく、コニーを『カカシ頭』と呼び、立てなくなるまで暴力を振るう班員達が自分を見下ろす時の、蔑みの視線とはまるで違っていた


    「お前らと…あいつらは全然違う…」


    「そうか?同じだよ。
    僕たちはコニーが馬鹿だって事を知っている。
    昔は今よりずっと馬鹿だった。
    右と左も分からないくらいだったからね」


    「………」


    「僕たちとここの奴らはどこも違っていない。
    違うのはコニー、お前自身だよ」


    「……オレ?」


    「そうだよコニー。何を怖がっているのか知らないけれど、僕の知ってるコニー・スプリンガーは馬鹿なくせに自分を天才だと思ってる筋金入りの大馬鹿だ。
    いつも見当違いの事を言ってはジャンに突っこまれて、それでも気にすること無くゲラゲラ笑っていられるほどのね」


    「お前ほんと、少しは黙っとけって言いたくなるくらい、くだらねぇ天然ボケかまして話の腰折ってくれたよな」


    マルコの言わんとしている事が伝わったのか、ジャンも懐かしさに頬を緩めてそう言った


    「…………」



  19. 19 : : 2014/10/03(金) 14:34:06



    確かに訓練兵時代、オレは何にも考えて無かった

    まだ12のガキだったし、ざっと周りを見渡して比べてみても、自分はそこそこ動ける方だという自負もあった

    だから同期の奴にビビる事も無かったんだ


    だけどここに来たらそんなもん全部飛んじまった


    最初の一週間でオレのちっぽけな自信は跡形も無く消えていた




    死ぬほど辛い演習をこなし、訓練後の僅かな自由時間、睡魔に負けそうな頭をジャンに思いっきり張られ、必死で教わった座学でなんとか及第点を貰った


    どうしても楽しい事に引っ張られてしまって、サシャと一緒に馬鹿な事しては、狭くて暗い営倉にぶち込まれ、そのマイナス分を補う為に、本来なら必要の無い努力の上乗せをする羽目になったりもした


    そうやって3年間頑張った結果が今コニーをここに導いている


    無駄にしたくはなかった

    ヘマして全部失いたくなかった

    同じように上位で訓練兵を修了した班員達に、迷惑を掛けたくなかった


    せっかくここに来れたんだ


    追い出されたくはない



    ならどうすればいい?



    班長が言ってることの半分もわからないけど、わからないことがバレたら心象を悪くする


    後で他の班員に聞いてみようと思いつつ、涼しい顔で難なく指示をこなす彼らには、何故か聞けなくて…




    結果コニーは小さな失敗を何度も繰り返す事になる




    そのうち班長以下、班員たちが自分を見る目が変わってくるのを感じ、ますますわからない事を尋ねるきっかけが掴めなくなってしまう


    そうやってコニーはどんどん小さく萎縮していった


    理不尽に殴られても、任務から外されても、文句一つ言えないくらいまで…




  20. 20 : : 2014/10/03(金) 14:40:25


    「考える事で萎縮するなら、いっそ考える事をやめてしまえ」


    マルコの手がコニーの頭をぐりぐりと撫でる


    「この中に詰まっているのは器用に上官に取り入るやり方や、保身の為に自分を誤魔化して波風立てないように生きていく処世術なんかじゃ無いはずだ。
    『カカシ頭』上等じゃないか!
    カカシの頭の中は、決して空っぽなわけじゃない。
    しっかり日光を浴びて、気持ち良いくらい真っ直ぐに育った作物の藁が、びっしりと詰まっているんだ。
    考えなくてもお前の頭には刷り込まれているはずだよ?
    日の光の心地良さ…足元を潤す雨の有り難さ…強い風に吹かれた時の上手い対処法…」



    そこまで言われてようやくコニーは気が付いた


    瑣末な事に気を取られて、結果自分で自分の首を絞めてしまっていたことに


    オレは上官に媚を売る為に憲兵になったわけじゃない

    あいつらの慰み者になる為に3年間頑張ってきたわけじゃない


    そりゃあ村の奴らを見返してやろうとか、内地でいい暮らししたいとは思った…


    トロスト区で死にそうな目に遭って、ビビって調査兵団じゃなくここを選んだ…



    だけど……

    それと引き換えにこんな惨めな毎日を強いられるなら、ここに居る意味なんか無い!



    そうだよ

    マルコが言ってたじゃん


    『大切なのは何処に行けるかじゃない。そこで何をするかだ』って


    あれは誰かが上位組を羨んで「内地決定の奴らは気楽でいいよな」とかなんとか卑屈な事言った時だった


    憲兵になるのはゴールじゃない


    やっとスタートしたばかりだったんだ


    足を踏み出す事をビビってたら、ずっと前には進めねぇ…



    巨人に喰われた同期がいる

    あの日の恐怖を乗り越えて調査兵団に入団した奴もいる


    そいつらが懸けてるモノに比べたら…オレはすげー情けないモンに拘って…




    ほんと

    なんの為の3年間だったんだよ…




    「オレ…今からでもやり直せるかな…?」


    マルコを見上げるコニーの瞳に、以前のような光が戻ってきていた


    「どう思う?ジャン」


    マルコは微笑みながらジャンに丸投げした


    「失敗した事忘れて、能天気にまた走り出すのはこいつの得意技じゃねぇか。
    っていうか……他に取り柄なんかねぇだろう」


    「てめえ、ジャン!言い過ぎだぞ!………って…痛ってぇ…」


    すっかり元の調子に戻ったコニーは、ジャンに掴みかかろうとしてようやく身体の痛みを思い出したらしい

    肩を押さえて蹲る


    「ほらな?怪我してる事も忘れてただろ?」




    うわぁ…ジャンのドヤ顔うぜえ…




    でも…こんな風に対等な目線で交わし合うやり取りは


    とても懐かしくて


    とても嬉しかった…




  21. 21 : : 2014/10/03(金) 15:03:21


    「で、コニーはこれからどうしたいんだ?」


    マルコからそう問いかけられて、コニーは迷うことなく答えた


    「あんな奴らの事なんか関係ねぇ。
    オレは独りでもちゃんと仕事をこなしてみせる。
    あいつらが邪魔しようとしたら…」


    「どうする?」


    「捕まる前に逃げるに決まってんだろ。
    天才コニー様の逃げ足舐めんなよ!」


    「ははは、やっぱりコニーはそうじゃなきゃね」


    コニーがその気ならと、マルコは手に持っていた書類の束を机の上に置いた


    「うちの班も班長不在が多くてさ。
    僕が代わりに取りまとめを任されてるんだ。
    任務の指示がわかりにくいなら、この指示書を見て慣れていこう。
    後、これも…」


    指示書の束の下にあった市街地図を引っ張り出す


    「どうせ独りで暇してる時間が多いなら、机となんか仲良くしてないで街を歩き回るといい。
    細かい裏道まで徹底的にね。
    どこに何があるか、通りにどんな規則性があるかが分かってきたら、警備の指示も理解しやすくなる。
    そして気付いた事は全てメモに書き留めるんだ。
    どんな小さな事でもいい。
    コニーが気になった事全部。
    これくらいなら覚えていられると思って、メモを取るのをサボるなよ?
    賭けてもいい。お前は忘れる。
    だからしっかりと書き留めておくんだ」


    「おう、分かった!」



    とてもわかり易く、しかも確実に自分の為になるはずの「やるべき事」を与えられ、さっきまでの意気消沈ぶりが嘘のように元気を取り戻したコニーは、入団してから久しく見ることの無かった底抜けに明るい笑顔をマルコとジャンに向けていた


    「良かったよ。コニーがまた元気になってくれて」


    マルコがそう言えば、ジャンはやっぱり軽口を叩く


    「馬鹿は3歩歩いたら忘れるって言うからな」


    「ジャン…それはニワトリだよ…」


    あれ?そうだったか?なんてとぼける馬鹿は放っておいて、コニーはマルコに心からの感謝を伝えた


    「マルコ、ありがとな」


    マルコはいつもの笑顔で


    「お礼ならジャンに言って。
    こいつがこの世の終わりみたいな顔で僕の所に来なかったら、気付いてあげられなかったかもしれないから」



    ………なんだ


    オレって結構愛されてんじゃん…



    「バカマルコ!俺はそんな顔してねぇから!」


    「照れんなよ。オレもお前の事、言うほど嫌いじゃねぇから」


    「なっ……!てめぇ!なんだよその上から目線!」


    「上からじゃねぇだろ?オレの方が身長低いし」


    「そうじゃねぇ!馬鹿かお前!」




    そんな2人のじゃれ合いは、マルコが部屋を出て行くまで賑やかに、そして騒がしく続いていた




  22. 22 : : 2014/10/03(金) 20:19:00



    乱暴な愛情表現に勤しむ2人を放置してマルコが自室に戻ると、同室のボリスが待ち兼ねていたように声を掛けてきた


    「おいマルコ、君はアニと同じ訓練所出身だったよな?」


    その名前に、マルコの心臓が小さく跳ねる


    「そうだよ。……彼女がどうかした?」


    「いや…ちょっと言いにくいんだけど…彼女って訓練兵時代から素行はあまり良く無かった?」


    「アニが?」


    素行が良く無いというのは、どの程度までを言うのだろうか…

    確かにアニはあまり重要でない訓練は手を抜いていたようだが…

    それでも営倉入りの経験もないまま4位という成績で卒団出来たのだから、素行が悪かったとは言えないだろう


    マルコは思った事をそのままボリスに伝えた


    「そうか…まぁ、訓練兵時代から素行が悪くちゃ、ここには来れないよな」


    ………同期のうち8位と9位は営倉入りの常連だったけどね…


    賢明なマルコはその言葉を飲み込んだ


    「どうしてアニが素行不良者だと?」


    「んー…同室のヒッチの話だと、昨夜からずっと部屋に戻ってないらしいんだ」


    「え…君の班、非番はまだ先だろう?」


    「ああ、だから今日の雑務は彼女不在のままこなしたよ。マルロの奴がキーキー煩かったけどな…」


    「そう…彼女が浮ついた理由で任務をサボるとは考えにくいから、何かあったのかもしれないな…」


    言いながら、マルコは自分の言葉を心の中で反芻していた



    何かあったのか…?


    教官の目を盗んで上手く手抜きをすることはあっても、面倒な事は避けたがっていた彼女が、任務放棄して無断外泊…


    確かに訓練生の時よりはずっと自由に動けるから…憲兵になれた途端に猫を被るのを止めた…?



    いや…


    彼女が隠していたのはそんな本性じゃない…





    マルコは日程表を確認する為に掲示板へと向かった


    ずっと心に引っかかっていることを、今度こそ本人に確認する為に



  23. 23 : : 2014/10/03(金) 20:37:38



    その日の夜、すっかり明かりの消えた兵舎を背に、マルコは通りの先をじっと見つめていた


    静まり返った街に微かに馬の蹄の音が聞こえてくる


    街灯も消えた暗闇に、淡い松明の光を見て、マルコは自分の予想が正しかった事を知った


    「おかえり、アニ」


    馬上の少女はマルコを見て、怪訝そうに眉を顰めると、外扉の手前で馬から降りた


    「なんであんたが?」


    「夜勤の見張りを交代してもらったんだ」


    「ここに来てもまだ点数稼ぎかい」


    「いや、君を待ってたんだよ。君が無断で何泊も留守にすることは無いだろうと思ってね」


    マルコの言葉に、アニはおかしくも無さそうに唇の形だけで嗤った


    「優等生の説教を聞く元気は残ってないよ。とっとと休みたいんだ。
    そこをどいてくれない?」


    「君が僕の質問に答えてくれたらどいてあげる」


    アニが小さく溜息をつく


    見れば彼女の言う通り、だいぶ疲れているようだ

    丸一日遊び回ったとしても、兵士の体力ではここまで疲弊しないだろう


    しかしどんなに相手が弱っていても、追及の手を弛めるつもりは無かった



    「質問は二つだ。一つ目は…何故君は自分のものではない立体機動装置をもっているんだ?」


    「……またその話かい?あんたには関係無いって言ったはずだよ。
    あれはあの時拾ったのさ。
    誰の装置かなんて知らないし…」


    「あれは僕の立体機動装置だ」


    アニの表情に変化はない


    「……そう…だからそんなに拘るんだね。本当にあんたのものなの?」


    「アルミンが見ている。
    彼は僕の装置の小さな傷の位置まで覚えてるからね」


    「はっ!随分仲がいいんだね。でも元々が誰のものかなんて関係無い。
    死体から借りた。それだけだよ」


    「……彼は…いや、彼を見た時には既に戦死していたんだね?」



    「ああ、そうだよ」



    アニはマルコから目を逸らすことなく、はっきりとそう言った




  24. 24 : : 2014/10/03(金) 20:48:26




    二つ目の質問は今まで何処に居たかを訊くつもりだった


    しかしマルコはその質問を諦め、訊くつもりが無かった…でも一番確かめたかった問いを口にした



    「アニ…君は何の為に命を捨てようとしているんだ?」



    アニはマルコを見つめたまま暫く黙っていた


    松明の火影を映した瞳は常に揺らめき、真意を読み取ることは難しい


    氷の女と渾名がつくほど冷静で冷たい印象を持つ彼女の視線は、焔に照らされても衰える事なくマルコの瞳を凍らせる


    その口からどんな言葉が吐かれても、驚くことは無いだろう…そうマルコは思った




    ーーー長い沈黙の後

    漸く口を開いたアニは





    「私は命なんか懸けてない」





    そう一言呟いた


    そしてふいと視線を逸らし、マルコの傍をすり抜けようと馬を引く



    その時

    すれ違いざまに彼女は言った




    ーーーあんたには分からないよ…多分永遠にね




    そしてそのまま馬舎へと歩いて行く




    『女は相手の目を見て嘘をつく』




    それを教えてくれたのは誰だったっけ……



    白い後ろ姿はとても小さく、しかし夜の闇に溶けることなくいつまでもマルコの視界に留まっていた




    何故か胸を締め付けるほどの痛々しさを伴って…






  25. 25 : : 2014/10/04(土) 11:43:53


    数日後

    マルコの班は特別任務としてストヘス区外門の警備をするよう指示された

    本来警備にあたるはずの一班にマルコ達の班を加えた二班体制

    要人警護ほどではないが、普段よりは警戒レベルが高い

    その理由を兵士であるマルコはもちろん、街の人々も皆知っていた




    今日、巨人になれる少年が、この街を通って中央へと移送されるのだ




    「とりあえず形だけはしっかり整えておいてくれ」

    班長はそう言って新兵達を送り出した

    今日こそは昨日の負けを取り返してやる…と見当違いの使命感を燃やして…


    どんな時でも通常運転

    腐り切った体制に、危機感なんてものは皆無だった


    ボリスの班、つまりアニが配置されたのは中央通りでの警備らしい

    早目の準備が必要なマルコは、彼らの班より少し前に支部を後にしていた


    配置に着いてもマルコは漠然とした不安感に落ち着かない気分でいた


    何故この街を通るルートが選ばれたのか…


    街中での立体機動使用許可の意味は…


    エレンの巨人化、何者かによる移送の妨害、想定外の事故によるトラブル…


    警備強化の要因はいくつもあるだろうが、マルコが一番不安に思っているのはそこではなかった



    ーーーそもそもトロスト区奪還作戦で、あれだけその存在と利用価値を説かれたエレンを、調査兵団はそうやすやすと中央に預けるか…


    マルコが出した答えは「否」だった


    一旦中央預かりになってしまえば、二度と彼らの手の中にエレンは戻されないだろう


    本来なら手を尽くしてその要求を退ける為の策を打つはずだった

    時間稼ぎなら理由は何とでもつけられる


    しかし調査兵団は壁外調査の失敗後、あっさりと中央からの要求を呑んだ


    恐らく調査兵団にはエレンを手元に引き戻す算段ができている


    どうやって…?


    身代わりを立てても王都に着けば簡単に暴露てしまう

    ならば移送途中で行動を起こすはずだ

    エレンを引き渡さずに済むだけの材料が何処かにあるのだろうか…



    マルコの脳裏に聡明な少年の青い瞳が浮かんだ


    彼はエレンを護る

    その類稀な知財を惜しむことなく駆使して、ずっと共に生きてきた幼馴染を、人類の希望と謳われたエレンを必ず護り通す



    その作戦はこの街を護るというマルコの意志に反するものかもしれない


    動き出してしまった作戦は些細な力では止まらないだろう

    それが分かっていても、何もせずにただ傍観する事は出来なかった





    そして定刻を少し過ぎた頃、マルコが待つ外門に警護対象者が乗る馬車が到着した


    この中にエレンがいる


    形式通りの検問を済ませた後、マルコは馬車と併走している馬上の憲兵に声を掛けた


    「警護対象者の確認を指示されました。馬車の中を改めさせて下さい」


    もちろんそんな指示は出されていない

    本部の上官に向かって臆することなくそう言ってのけるマルコに、班員達はギョッとして顔を見合わせた


    「その必要は無い。対象は確かに乗車している」


    「彼は確かにエレン・イェーガーですか?」


    憲兵の眉間に深い皺が寄った


    なんだ?この生意気な新兵は…


    「間違いない。お前が見たところで、どうせ本人かどうかは分からんだろう」


    定刻より遅れ気味の移送に、焦れている憲兵は先を急ごうとしていた


    「彼は私の同期です。確認をすることに問題はありません」


    そこまで食い下がられて、憲兵は溜息をついた


    「お前の班の班長は誰だ?とっとと中を確かめろ」




    マルコは今頃は呑気にカードに興じて居るはずの上官の名前を告げ、馬車の扉を開けたーーー





  26. 26 : : 2014/10/04(土) 12:13:25



    それから数分後、マルコは中央通りと平行に走る裏道で、内門に向かって馬を走らせていた

    既に警護対象の馬車は追い抜かしている




    ーーー馬車に乗っていたのは彼の良く知る顔では無かった


    自分の不安が的中したことで、マルコが次に取るべき行動が確定した

    憲兵には丁寧に礼を言い、対象者は確かにエレンであると告げる


    ここで騒ぎを起こすつもりはなかった


    調査兵団の作戦がマルコの意志に反するものでなければ、それを邪魔するつもりは無い

    エレンは彼にとっても大切な仲間だったのだから…


    後は彼らがどうやってエレンを逃がすつもりなのかを確認すれば良かった

    マルコは祈るような気持ちで馬を走らせた



    どうか…

    彼らの持つ切り札がこの街を脅かすものではないようにと…




    支部近くまで戻った頃、前方からジャンとコニーが走ってくるのが見えた


    2人には、任務から外れて支部から内門までを巡回してもらっていた

    まともに機能していない指揮系統の元では、班員が欠けていても気にする者は誰も居ない

    後でサボった事への恨み言を聞かされるぐらいだった




    「おいマルコ!この先で調査兵達が住民の避難誘導をしてる!」



    ジャンの言葉に馬から降りたマルコは、背中に嫌な汗が流れるのを感じた



    「彼らは…何をしようとしてるんだ?」



    「わからねぇ…支部から中央通りを外れて3ブロック、地下道までの通りは調査兵団の指示で閉鎖されている」


    「地下道近くの民家の屋根には、調査兵団の奴らが張り付いてるぞ。
    通りまでは見えねぇけど、多分下にも隠れてるだろう」



    「地下道…?」


    そこを通って中央へ行く事は出来るが…それに何の意味があるのか


    それよりも、調査兵達が住民の避難を誘導していたという事実がマルコを不安にさせた


    「彼らがエレンを中央に渡す気が無いのは明らかだ。馬車の中にエレンは居なかった」


    マルコの言葉に2人は驚き、顔を見合わせた


    「死に急ぎの野郎…何処に行きやがったんだ…」

    ジャンが食いしばった歯の隙間から低い声で唸る


    やはり彼らは英雄である少年の為なら手段を選ばないのか…?


    彼らの持つ切り札は一体何なんだ…



    しかしマルコには彼らの切り札が何であるか、それを予想するだけの情報が無かった



    その時のマルコに、調査兵団が先の壁外調査で出くわした知性巨人の存在までも予想するのは不可能であった…




  27. 27 : : 2014/10/04(土) 21:48:52



    ーーーその時



    今まさに3人が疑惑の目を向けていた地下道の方角から、爆発音が聞こえた


    立ち込める粉塵と水蒸気が風に払われると、建物の屋根から僅かに巨大な頭部が確認出来る


    「巨人?!」


    コニーの叫び声がマルコの耳に遠く聞こえた


    「なんだ…あの巨人…奇行種か?」


    ジャンの声もはっきりとはマルコに届かない



    ーーーあれは……



    通常種とは全く異なるその顔は、彼が良く知る少女を思い出させた


    マルコの中でバラバラだったピースが繋がり、慄然とする



    そうだ…

    人が巨人化する可能性はエレンが示していたじゃないか…

    突然街中に現れた巨人は、何よりも確かにそのことを証明していた


    調査兵団は壁内に、エレンと同じように巨人化出来る人物が居ることを予想していたのだ

    壁外調査で何があったのかは分からない

    しかし彼らは何らかの理由でその人物の目星を付け、自分達の仮説を信じ、この作戦を遂行した




    今となってはマルコにも分かる




    アニが外泊したあの日が

    恐らく壁外調査の日だったのだ…





    「マルコ!考えるのは後だ、エレンも巨人化した!あいつらが暴れたら、被害はこのブロックだけじゃ済まねぇぞ!」


    ジャンに身体を揺すられて漸く現実に思考を戻したマルコは、対峙する2体の巨人を見て最悪の事態であることを思い知らされた


    戦闘状態の2体は建物を薙ぎ倒し、街を瓦礫に変えていく



    こうなる事を想定していたのなら、何故もっと早く避難を呼び掛けなかった!


    こんな密集した街中に巨人が放たれたらどうなるか、分からなかったわけではないだろう?!



    マルコは込み上げてくる怒りを堪える事が出来ず、普段穏やかな彼らしからぬ声で2人に指示を出した


    「ジャン、コニー、ここから外門までの住民の避難誘導を!警護班と合流して、一人でも多くの命を護れ!」





    3人は巨人達から遠ざかるように散開し、突然の災禍に戸惑う住民達を少しでも安全な場所へと誘導する為、全力を尽くして街を駆け回った






    ーーーーーーーー

    ーーーーーー

    ーーー
  28. 28 : : 2014/10/04(土) 22:23:16






    ーーー神を信じる

    無垢な心こそが

    巨人から我々を守る術であり

    唯一巨人を退けられる力であるーーー










    ーーーこれはなんだ…?









    悪夢のように忽然と姿を現した巨人2体の闘いが終わり


    まだ騒然としている街中で犠牲者の遺体回収作業をしていたマルコは、瓦礫と化した教会の跡地で信じられないものを見た







    何故?







    どうしてここに?







    「それ」はここにあってはならないものだった





    あるはずのないものだった





    「どうして…?」





    その問いに応えは無い





    不自然な形に歪んだ身体の上に乗る頭は、何故かそこだけ美しいまま保たれ

    まるで眠っているかのように安らかな表情を浮かべていた




    「ボット、先ずは遺体を運ぶのが優先だ。身元の確認は安置所で行う」




    遺体…?




    「なんだ?知り合いか?」





    僕は知っている…


    彼女達を…



    彼女達がどんな風に笑い

    どんな風に祈り

    どんな風に人を愛するのか…





    形ある悪夢が気紛れに訪れ

    二度と動くことも叶わない人形のように壊されてしまった彼女達を





    僕は知っている……






    「どうしたボット!」






    「ーーーこの2人を知っています」



    声に出すことで、暗闇に墜ちていた思考が現実に戻ってくる




    震えるな…


    目を逸らすな…


    しっかりと目の前の現実を見ろ!





    「ーーー名前は…パオラ・ボットとアンナ・ボットです……」






    「ボット…?お前……」







    「彼女たちは……」









    ーーー僕の母と姉です











  29. 29 : : 2014/10/06(月) 14:21:29



    安置所に運び込まれた彼女達の亡骸を前に、長い時間そこに立ち尽くしていたマルコは、駆けつけて来た祖父にいきなり頬を張られた


    「お前は何を護っていたんだ!」


    いつも優しくマルコを迎えてくれ、その膝の上に抱いて昔話をしてくれるお髭のおじいさん…

    それが彼の中にある祖父の記憶だった

    チェスを教えてくれたのも、商人である父の代わりに馬術や対人格闘術を経験させてくれたのも祖父だった



    しかし今目の前にいる祖父は、マルコが今まで見たこともない厳しい表情を浮かべ、声を掛ける事すら憚られるほどの威圧感を纏っている


    彼の叱咤は憲兵の先達としてのものだった



    ーーー王に仕え、王政を護るお前の使命は主が統べる市民を護る事に他ならない


    憲兵として王に服属することを誓った者は、護るべき市民の命と己の命が対等だと思うな!


    何故お前が生きて市民が命を失う?



    使命には忠実であれ!



    その背に負う一角獣はただの飾りなのか!





    命令慣れしたよく通る声は、安置所全体に響き、そこに居合わせた他の憲兵達までもが、神妙な顔付きで項垂れる


    当事者のマルコは顔色を失い、ただ黙ってその叱責を受けることしか出来なかった



    そこに居た誰もが、目の前に並ぶ物言わぬ命の脱け殻を見下ろし、それぞれの想いに埋没していたーーー







    「マルコ……」


    不意に優しい声音に変わった祖父の呼び掛けに顔を上げる


    そこにはマルコが良く知る穏やかな瞳があった


    懐かしい匂いが彼の身体を包み込み



    「………無事で…良かった…」



    耳元に、祖父から大切に思う孫への小さな囁きが届けられた




    「ーーー!!」






    マルコは大好きな祖父に縋り付き、耐え難い哀しみの感情に支配されるが侭に、まるで子供のように慟哭した




  30. 30 : : 2014/10/06(月) 14:54:09



    ジエナ町に居るはずだった母からの手紙は、彼女が亡くなった2日後、マルコの元に届いた


    息子が憲兵になった喜びと祝福の言葉、そしてストヘス区にある実父の様子を見に近々訪ねるので、非番の時にお祝いをしましょう…と、懐かしく女性らしい丁寧な文字がそこに並ぶ


    郵便事情を考えれば、この手紙を民間の窓口に持ち込むのが一番早い

    しかし彼女は煩雑な書類の提出が必要な上、取りまとめに時間を要する兵役者専用の窓口からこれを出した


    いや、それで問題は無かったのだ

    普通ならそれで良いはずだった


    民間の窓口から出された手紙は、兵士の手元に届く前に、上官によって検閲を受ける事が規則だった為、彼らは好んでそれを使わない



    彼女は知っていた

    父も兵士として生き、長く兵役に従事した者の娘である彼女は、愛する息子への祝福を記した手紙を他人に見られる事を良しとはしなかった


    急ぐ用事ではない

    父の元に帰った時は、いつもひと月以上そこに留まる


    十分間に合うはずだった…


    久しぶりの再会に、気恥ずかしくも暖かいひと時が過ごせるはずだった…





    マルコは今は亡き母からの手紙を引き出しに仕舞い、黙祷を捧げた後、復興任務に向かう為ジャケットを身に纏った







  31. 31 : : 2014/10/06(月) 15:07:49





    瓦礫と化した街に立ち


    喪った母と姉を

    そして安置所に横たえられたたくさんの犠牲者を想った




    あの時…


    馬車の中を改めた時…



    自分が正しい報告をしていたら、結果は変わっていただろうか…




    ーーー使命には忠実であれ




    マルコは自分の甘さ故にそれを破った




    一方で巨人化した少女は己の使命に忠実であった



    彼女はどれほどの覚悟でその身を使命に捧げたのか







    マルコは心に誓った

    たとえ結果がどうであれ、二度と同じ過ちは繰り返さない。と




    三年間共に過ごした同朋が、人類の未来を護る為、どんなに高い志を掲げようとも


    今現在ここに生きる、小さく弱い命達がその翼によって奪われる事を許してはならない




    どちらが正しいかではなくーーー











    秩序と市民を護ることこそが、一角獣を負う者に課せられた使命なのだから










    to be continued





  32. 32 : : 2014/10/06(月) 15:15:17


    やっとプロローグ回収出来ました(´・_・`)

    ラストは決めているのですが、書いているうちに膨らんだ分でこの先結構長くなりそうなので、スレを分けさせて頂きます。

    まともな憲兵にまともな事を言わせたい…という思いから書きました。

    マルロでも良かったんですけどね…完全に私の趣味です(笑)


    せっかく書き始めたので、寄り道しつつじっくり楽しみながら続けて行きたいと思っております。


    ここまでお付き合い頂きありがとうございましたm(_ _)m


  33. 33 : : 2014/10/07(火) 08:25:13
    執筆お疲れ様でした!

    もし、マルコが生きてたら…。

    時々考察サイト等でそんな話を耳にしますが、黒幕という意味でなく真っ当な憲兵として進んだマルコはこういった感じなのかもしれませんね。
    ジャンはともかく、コニーまで憲兵になったのは意外でした。今後の話にどういった関わりをしてくるのか楽しみです。

    まだまだ長いお話になりそうな雰囲気ですが、頑張ってついていきたいと思います。
  34. 34 : : 2014/10/07(火) 12:54:14
    執筆お疲れさまです。

    私もキミドリさん同様、コニーが憲兵にいたのは驚きでした。

    ジャンがクローズアップされ勝ちですが、それだけマルコの死はみんなに大きな影響を与えていたのですね。

    マルコとアルミン、それぞれの正義がぶつかり合うのに期待です。

    続き楽しみにしてます。
  35. 35 : : 2014/10/07(火) 13:33:47

    執筆お疲れ様でした
    マルコのコニーへの叱咤激励シーンが特に心に響きました( ´ ▽ ` )ノ
    もう本当に説得力とか思考回路が大人過ぎる(°_°)
    うちのお父さんに欲しいぐらいですよw
    続きも期待しております!!
  36. 36 : : 2014/10/07(火) 20:06:12


    キミドリさん、コニーはトロスト区戦の後迷っていた時に、ジャンの言葉に影響されていたようなので…
    マルコが生きていたらあの台詞はありませんものね。
    ジャンコニサシャの生き残れ組にマルコを加えた4人を書きたかったというのもありますが。
    今のところマルコ以外はあまり活躍していませんが、後半出張りますので見守って頂けたら幸いです。
    ありがとうございました(^-^)




    ありゃりゃぎさん、ありがとうございます。
    マルコの存在は、104期生の中では地味に大きかった気がするんですよね。小さな気遣いの積み重ねで人の心を掴んでそうです。
    実は仰る通り、アルミンとマルコの対峙が一番書きたかったエピなので、ご期待に添えるかは自信がありませんがちょっと気合いを入れて頑張ろうと思いますf^_^;)




    カンツォーネさん、おじいちゃん子のチート頭脳アルミンと同じく、チート思考マルコも捏造おじいちゃん子にしました(笑)
    あのジャンに懐かれて、影響を与えるぐらいなので、原作のマルコもなかなかの大人だったとは思いますが…
    ありがとうございます。続きも頑張ります(^-^)

  37. 37 : : 2014/10/07(火) 21:26:21
    マルコが生きていたらジャンやコニーは勿論ですが、もしかしたらアニ達の事も考えてくれる様な気がしますね(泣)
    自分もマルコがコニーへ叱咤激励するシーンが心にグッと来ました!!
    続きも期待です!!頑張って下さい!
  38. 38 : : 2014/10/07(火) 22:02:12
    執筆お疲れさまでした。

    マルコが生きていたら…
    104期の生き方も大きく違ったのでしょうね…。

    原作エピソードを生かしながら展開される憲兵マルコの物語、お見事の一言に尽きます。

    続編も楽しみにしていますね!
  39. 39 : : 2014/10/07(火) 23:44:12

    EreAniさん、ありがとうございます。
    この作中のマルコはその人が犯した罪よりも、何故そこに至ったのかを考えそうなので、アニ達にも違う視点で接する事が出来たかもしれませんねぇ…アニは間に合いませんでしたが…(´・_・`)
    後半もご期待に添えるよう頑張ります。



    なすたまさん、ほぼ捏造と妄想で作り上げたマルコ像ですが、受け入れて頂けたようで安心しました。
    大筋を原作とは全く違う展開で書くのがどうも苦手で…なので今までは未来作品だったのです(笑)
    続きも頑張ります。ありがとうございました(^-^)
  40. 40 : : 2015/07/13(月) 12:20:02
    何度読み返してやっぱすごいです。

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著者情報
Tukiko_moon

月子

@Tukiko_moon

この作品はシリーズ作品です

もしもマルコが生きていたら シリーズ

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