このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品は執筆を終了しています。
閑話【奇行種から不完全な少年へ与うる限りの祝福を】
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- 1 : 2014/09/16(火) 18:24:23 :
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14巻で気になったシーンがありまして…そこに捏造を足したスキマ的閑話です
コミックス14巻のネタバレあります
大人組視点は初めて書くので色々不安ですが、生温かい目で見て頂けると幸いです
※頂いたコメントを非表示にするのは偲びないので、執筆終了まで制限をかけさせて頂く事をご了承ください※
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- 2 : 2014/09/16(火) 18:26:17 :
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巨人の血なら飽きる程浴びてきた
肉を削ぎ、杭を打ち込み、炎で炙った
彼らの咆哮は私の子守唄だ
なのに服を着た人間の血は
何故あんなに生臭いのか…
何度洗っても血の匂いが消えない
耳障りな悲鳴が頭の中から離れない…
自室に戻ったハンジは、倒れ込むように寝台に横たわった
『人間は思いの外小さな力で壊せる』
これが今日得ることが出来た一番の成果だ
「クソ疲れた…」
目を閉じれば、重い身体はどこまでも深い所に落ちて行く
それなのに意識だけは冴えざえと覚醒し、男の言葉を反芻し続ける
『正義のため…』
『血に染まった人生…』
ーーーそんな事は分かってるさ。お前に言われなくたって……
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- 3 : 2014/09/16(火) 18:51:29 :
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「ベッドに入る時はブーツぐらい脱げ」
ノックも無しに入り込んできたリヴァイは、いつもと同じ横柄な口調で小言を言った
「やだよ、面倒臭い。どうせまたすぐに履くんだから」
言っても無駄な事は始めから分かっていた
小さな舌打ちだけを返して、ハンジを見下ろす
「休める時に休んでおけ」
「ムリ…頭の中がすっかり覚醒してるから…」
「巨人馬鹿にしちゃ、今日の仕事は上出来だった」
人を傷付けた事なんか無かっただろうに…
しかしその言葉は飲み込まれる
「褒められてる気がしないなぁ…」
目を閉じたまま、自嘲気味に笑うハンジ
寝台の側に置かれた椅子に腰を下ろしたリヴァイは、痛々しいものを見るような目を彼女に向けた
リヴァイの沈黙をどう捉えたのか、ハンジはそのまま言葉を紡ぐ
「別にどうって事ないのさ。ゴキブリを潰すのと同じだよ…
気持ちのいいもんじゃないけど…誰かがやらなきゃならないんだから」
エレンに比べたら楽なもんだ…
脳裏に浮かんだその少年の名前を口に乗せた時、彼女の疲れ切った顔に慈愛の色が淡く浮かんだ
「エレン?奴がどうした?」
何故ここで彼の名前が出るのか、その意図が分からずにリヴァイは問い掛けた
「あの子はずっと自分が特別であることに苦しんで来たんだ。
親の仇である化け物になってしまった自分…
怖がられ、気を遣われ、自分を護る為の、そして自分を殺す為のたくさんの人に取り囲まれている。
そして何人、いや、何百人という兵士が彼の周りで命を失った…」
「いつだって彼は一番最初に聞くんだ。『今回は俺の為に何人死んだ?』ってね…」
「巨人になっちまったのは奴も不本意だろうが、その先は全てあいつが選んだ道だ」
「分かってるさ…だけどね、エレンだって、ちょっと意志が強いだけの普通の男の子だよ?怖く無い訳がないだろう。
自分の価値が実感出来ていればまだいい。
だけど彼は自分が何者かさえ分からないんだ…
そんな得体の知れない自分の為に、たくさんの大切な仲間が、どんどん命を落として行くんだよ?」
私が彼なら『エレン・イェーガー』を辞めたくなるね
周りの期待なんか糞食らえだ!
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- 4 : 2014/09/16(火) 19:22:42 :
「……だから私は、エレンに目に見える役割を与えてあげたかったんだ。
誰が見ても納得出来る、彼の存在価値をね」
「あいつの価値は『叫び』の力だろう」
「目に見えない力じゃダメなんだ…エレン本人にすら理解も掌握も出来ていない本来の価値なんかどうだっていい。
目に見える力で、彼自身と彼を護る兵士達に分からせたかった…
エレンは護るべき価値があるのだとね」
「……それであんなに硬化実験に躍起になったのか」
「そうだよ。身体の傷なんてなんとでもなる。巨人能力者だからね。
だけど彼は能力者である前に一人の人間だ。
心の傷はずっと彼を苦しめ続けるんだよ…」
だから成功させたかった…暗闇を手探りで進む彼に、微かでもいい、光を届けたかった…
「彼は健気に私達に尽くしてくれている。
自由を奪われ、理不尽に責められ、護ってくれている相手が明日は自分を殺すかもしれない日々の中で、それでも私達を信じてついてきてくれている…」
ねぇリヴァイ…私はあの子が信じる未来の為なら悪魔にだってなれるよ…
独り言のように呟いた彼女の瞼の隙間から、一筋の涙が溢れた
チッ……
リヴァイは黙ったまま、閉じられた瞼に掌を当てる
ハンジとは比べ物にならないくらい人の血を浴びているだろうその掌は、人類最強の兵士らしい無骨さで、暖かい癒しを彼女の心に与えた
悪魔になるのはお前だけじゃねぇ…
口には出さなかったが、リヴァイの想いは確かに彼女に伝わっていた
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- 5 : 2014/09/16(火) 20:06:39 :
そのまま少し眠ってしまったらしい
朝を待ち、リヴァイと共にサネスの元に向かう
一晩放置した彼は、呆気なく情報を吐き出した
しかし彼から浴びせられた罵声は、ハンジの心を容赦無く抉った
『次はお前の番だ…ハンジ』
万人にとっての正義なんて、この世のどこにも無い
勝てば『正義』
負ければ『逆賊』
たとえ今はそれを手に入れたとしても、その立場がいつ覆るかは誰にも分からない
サネスの信じた『正義』のように…
ならば私は何の為に戦う?
何の為にこの手を血で染める?
昨夜束の間の安楽ぎを得て落ち着いていた感情が、再び不快なざらつきを取り戻してハンジを苛立たせた
ーーークソッ!!
衝動のままに、手近な所に転がっていたテーブルを蹴りつける
「ハンジ…さん?」
声をかけられ振り向くと、そこには彼女が護るべき少年が、戸惑いを隠せない顔で立っていた
エレン……
「どう…しました?」
そんなに不安気な顔をするんじゃない…
ーーーゴキブリ退治をしていただけさ
そう答えるハンジに、エレンは一枚のメモを渡した
少しでも前に進むきっかけになれば…と、彼から渡されたそのメモは、自分たちを信じ、委ねてくれている事を示す小さな証
その想いに応えたいと切に思い、中を確認すると…
そこには彼女の迷いや苛立ちを吹き飛ばす程の、衝撃的な内容が綴られていた
全く…
どれだけ引きが悪いんだ…エレン
君の運の無さは尊敬に値するよ…
「ありがとう、エレン」
彼女は心配そうに見つめるエレンに笑いかけると
「エルヴィンの所へ向かう!馬をまわしてくれ!」
外に飛び出し、声を張った
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- 6 : 2014/09/16(火) 20:30:27 :
馬上の人となったハンジは、人類の希望である不完全な少年の事を再び思った
エレン…
君が持つ不安や葛藤、悲しみや怒り、全部しっかり両手で抱えていろ
君には人として生きてきたエレン・イェーガーを知る仲間が居る
彼らは君が持ちきれないでいる輝いていた日々の記憶を、同じように両手に沢山抱えて、君の傍に寄り添っている
苦しくなったらそこから少し分けてもらえ
君から零れ落ちてしまう優しい時代の記憶は、ミカサやアルミンがちゃんと拾ってくれる
君が笑い方を忘れてしまっても、コニーやサシャが君に生きることの楽しさを教えてくれる
もし、道半ばで迷子になってしまっても、ジャンが君を見つけて、殴りつけてでも君自身を取り戻させてくれる
そして君と同じ『役割』を与えられたヒストリアは、君と一蓮托生の存在だ
それぞれが君と同じように不完全で
迷いながら、傷付きながら、それでも君と一緒に前に進んでいる
だから安心して前を向け
ーーーそして私は
両手が塞がっている君たちの為に、進むべき道の露払いをしよう
私には背負うものはあっても、この手に抱えるものは何も無い
自由な両の腕を存分に振るって
君たちが余計なものに惑わされないように
命ある限り、力の限り、先陣を切って走ろう
いつかは知らなければならなくなる煩わしい感情も、その日が来るまでは私が全力で君たちから遠ざけよう
だから…
両手いっぱいに抱えた想いを手放すんじゃないよ
考えることを諦めるな…
信じることを忘れるな…
前に進むことを怖がるな…
大丈夫
君たちには私がついている
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- 7 : 2014/09/16(火) 20:45:16 :
そして…
エルヴィンの元でメモの報告を終えたハンジと調査兵団の元に、また一つ苦難が飛び込んできた
容疑者となったエルヴィンは部屋を出て行く
ハンジに新しい重責を託して…
血に塗れた人生だった…と彼女に語った男が、記憶の中で嗤った
『がんばれよ…ハンジ』
ーーー上等じゃないか!クソ野郎!
どんなに不利な目が出ても
私がそれをひっくり返してやる!
ハンジは外套を翻し、光の見えない暗闇へと足を踏み出した
共に戦う者たちに
一縷の光を届ける為に…
fin
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- 8 : 2014/09/16(火) 20:53:49 :
以上で終了です
ハンジさんがエレンに対して見せる気遣いからの妄想でした
本当は王政や兵団の事など、もっと複雑な気持ちが入り混じったものを抱えているのでしょうが…そこは私には計り知れないので…(´・_・`)
最後までお付き合い頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
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- 9 : 2014/09/16(火) 21:21:45 :
- 執筆お疲れ様です。
毎度ながら、月子さんのSSには引き込まれてしまいます。
どんな人生を送ってきたのか定かではありませんが、彼女は間違いなくリヴァイよりは普通の人生を歩んできたはず。
なのに大人であるが故に、人の道を外れなければいけない運命と決意に切なくなりました。
でも歳を取ったり、後輩ができるってそう言うことなんだよな、とおこがましくも自分にも重ね合わせてしまいました。
子供たちは勿論ですが、大人の彼女にも幸せになってほしいなあ、と切に願っています。
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- 10 : 2014/09/16(火) 21:39:47 :
- 執筆、お疲れ様でした。
うん…深い。実に深いですね。私も14巻を読んでいるのですが、あの拷問のシーンなどは、すごくショックでした。
ただ、単純な数珠繋ぎとしては、以前のように、無邪気に(?)巨人の実験をして、モブリットを振り回していたハンジ分隊長とは、ずいぶんイメージ変わっちゃったな…今のハンジさんもカッコいいけど、ちょっと寂しいな(^_^;)
なんて、思ってます。
エレン…ヒストリア…今、彼らはどんな想いを抱えてるんでしょうね…。長々とすみません。とっても心に響く作品でした。
ありがとうございました。
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- 11 : 2014/09/16(火) 23:35:51 :
- 執筆お疲れ様でした。
あのシーン前後っていろいろ考えさせられますよね。
人類の為に悪役になるリヴァイとハンジ。でも完全に非情になりきれないハンジの葛藤と優しさが出てる良いSSでした。
大人組好きの私にとってご褒美のような素晴らしいSSありがとうございます!
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- 12 : 2014/09/16(火) 23:48:07 :
ありゃりゃぎさん、ありがとうございます(^-^)
大人ならではの慈愛というか、優しさって、無償の自己犠牲を伴っていたりしますよね…
人によってそのキャパはそれぞれでしょうが、こんな世界に生きているハンジさん達は、結構なものを犠牲にして先頭に立っているんじゃないかと思いまして。
エルヴィンやリヴァイほど大人になり切れていないハンジさんなら、子供たちと一緒に幸せになってくれると信じたいですねぇ…
数珠繋ぎさん、拷問のシーンでは、ハンジさんずっと汗をかいていて痛々しかったですね…(´・_・`)
元々奇行種呼ばわりされる程の破天荒さが魅力でしたから、それが無くなってしまった今は、私も寂しい気がします。
子供たちにもハンジさんにも、苦しい今を乗り越えて、以前のような賑やかで幸せな日が再来することを願いたいです。
暖かいコメントありがとうございました(^-^)
キミドリさん、初大人組…ちゃんと書けてましたか?正直かなりビクビクものでした(^_^;)
私なりのハンジ像で書いたので、全力でHappyなハンジさんを書かれるキミドリさんに有り難い感想頂けて、ホッとしております。
ありがとうございました(。-_-。)
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