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取り戻した自分 果たすべき約束
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- 1 : 2013/09/14(土) 01:05:20 :
- 初投稿です。
気軽に思いつくままに書いています。
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- 2 : 2013/09/14(土) 01:06:31 :
- 「いい眺めだ。 街を一望できる」
そこには夕焼けに染まる街並みがあり、少年がそれを眩しそうに眺めていた。
そして少年は目を細めて呟く。
「綺麗だ……なかなか良さそうなところだな……」
公園ではまだ子供たちが遊んでおり、少年はそれを見て微笑んだ。
しばらくの間子供たちを目で追っていたが、ふと街並みに目を戻した。
赤く染まった景色を写す瞳に涙が溢れ、頬に一筋の線を描く。そして、それは地面へと落ちていった。
「また思い出してしまった……もう思い出さないと決めてたのに」
そう呟き、涙を手で拭う。
「帰ろう」
街並みを横目にエレンは足早にそこを後にした。
コロコロコロコロ……
帰ろうと歩いているエレンの足元に野球のボールが転がってきた。
そのボールを拾い、それを見るエレンの顔がわずかに曇る。
だが気付くと少し離れたところにグローブを着けた小さな子供がいた。
「これ お前のか?」エレンが聞くと子供は「うん!」と元気よく答えた。
「ほら!!」シンジもまた元気よく答えボールを投げ返えした。
「ありがとう。」とボールをキャッチした子供は屈託の無い笑顔でお礼を言った。
エレンはそんな少年に微笑んで手を振った。
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- 3 : 2013/09/14(土) 01:07:13 :
- 「ただいま」
「おかえりなさい、エレン」
そう答えたのは 『ルーツィエ』 エレンの母親の姉にあたり、エレンの叔母である。
40歳近い年齢にもかかわらず、その容姿はとても美しく20歳代後半でも通用する。
そしてエレンの母親と姉妹でもあるので、姿や雰囲気はよく似ていた。
「もうすぐゴハンができるからちょっと待っててね」
「ハイ」
エレンは自分では気付かなかったが笑顔で答えた。
そんなエレンにルーツィエは気付いたが 「なぜ?」 とは聞かなかった。
しかし、ふとルーツィエに声をかけられた。
「今日はどこへ行っていたの?」
「丘の上の公園です。 いいところですね、あそこは」
「そう、よかったわね。 あそこから見る夕焼けに染まった街はとても綺麗よね」
「その時間に公園にいたら夕飯の支度が遅れますよ」
エレンが笑っていたのでルーツィエは驚いた。
ルーツィエの家に養子に来て以来、エレンが愛想笑いしかしていないことをルーツィエは知っていた。
だが、今のエレンがほんのわずかだが心から笑っていた。
「ちゃんと下拵えをして行くから大丈夫よ」
エレンの笑顔が消えないようにルーツィエも笑顔で答えた。
ガチャ
ドアが開く音がするとそこにはこの家の大黒柱の 『エルヴィン・スミス』 の姿があった。
「あらおかえりなさい、あなた」
「おかえりなさい、叔父さん」
「ああ……ただいま」
エルヴィンはそう言うと自分の部屋に向かった。
エレンは少し困った顔をしてその姿を見ていた。
「あの人照れているのよ。 エレンにおかえりと言われて」
「そうなんですか?」
エレンが不思議そうに聞くとルーツィエは優しい顔をしていた。
「それにエレンが笑っていたのにあの人も気付いたのよ。」
エレンは驚いた。自分がわずかだが自然に笑っていることに。
自然に笑ったのいつ以来だろうか。
(二人と離れて以来か……)シンジはそう感じた。
しかし、次の瞬間には笑っていた瞳が曇り、不意につぶやいた。
「許さない……」
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- 4 : 2013/09/14(土) 01:22:13 :
- 「ねえ兄さん、今度の大会ガンバってね」
「ああ、絶対に優勝してみせるよ」
リビングで一組の兄妹が仲良くしゃべっていた。
「別に優勝なんかしなくていいんだよ。 兄さんは真面目なんだから」
妹は笑いながらしゃべった。
金色の髪に色白の肌。
兄はその笑顔にドキリとして慌ててスパイクの手入れをした。
「優勝できなかったら悔いが残るだろ、だからだよ」
「ふーん、カワイイんだね兄さんは」
顔を真っ赤にして答える兄を楽しそうに見ていた。
ほどよく整えられた癖の無い黒い髪、一見こわそうだがかわいらしい顔立ち、そして優しい微笑み。
妹にとって兄は憧れの存在であった。
「はあ……」
「どうした、ため息なんかついて?」
心配そうに兄が聞いてきた。
「兄さんには分からない悩み」
「なんだそれ」
「ほらやっぱり分からない」
兄はまったく分からない様だった。
「応援しに行くからカッコイイとこ見せてね」
「優勝するんだから任せてくれよ。 絶対カッコイイとこ見せてやるよ」
妹はスパイクの手入れをしている兄の後ろに回り、いきなり抱きついた。
さすがにこれには兄は焦った。
「ま、とにかく今度の大会がんばってね、兄さん」
ジリリリリリ
突然外界からの刺激がきた。
どうやら目覚しが鳴っているようだ。
エレンはゆっくりと上体を起こすと目覚ましを止めた。
「クリスタ」
エレン・スミスがぽつりと口にした。
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- 5 : 2013/09/14(土) 01:30:50 :
- 独自設定か 面白い
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- 6 : 2013/09/14(土) 01:48:30 :
- 終わってたーー
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- 7 : 2013/09/14(土) 02:00:49 :
- ここは第3クロルバ区立第一高等訓練学校
今日はこれから高校生活を始める者たちの入団式の日。
これからの生活に期待を抱く者、不安を抱く者、その想いは人の数だけ存在するがそんな想いを一蹴する存在もいた。
「ハーハッハッハッハッハ!!!」
校門の前で大きく胸を張って笑っている者がいた。
無駄に鍛えられた体、光り輝く白い歯、何より自信に満ち溢れたその表情が目立つ。
「ついにこの日が来たんだ。この日が来ることをどんなに待ちわびたことか」
「よ~し!! オレはやる!!!」
片方の拳を天に向けもう片方の手を腰に当てて叫んだ。
だがそんな自分の世界にトリップしている少年を現実に引き戻す者達がいた。
バキ!
「朝っぱらから恥ずかしいよ」
「頼むからやめてくれよ」
長身の少年と金髪の少女であった。
少年の方は深いため息をついて呆れていた。
少女の方は腰に手を当てて怒っていた。ちなみに蹴ったのはこの少女である。
「オレのことを蹴ったのは、アニ! お前か!!」
「なに言ってんだいライナー! そのままにしたらどこまで突っ走るかわかったもんじゃない」
「凶暴な女だな。 ベルトルト! オマエもなんか言ってやれ!」
いつ果てるとも分からない二人の喧嘩を見ていたベルトルトと呼ばれた少年が間に入ってきた。
彼はこのままでは入学早々に有名人になりそうだと危惧したが、既に成りつつあるのを知らないようだ。
「ねえ、早く行かないと時間に間に合わないよ」
その言葉に気付いた二人は時計を見る。
「もうそんな時間なのか?」
「うそ? こんなことしてる場合じゃない!!」
「だから早く行こうよ」
ベルトルトは呆れていた。
3人の周りには人垣ができていたがそんなのは構わず校舎のほうに走っていった。
(二人には羞恥心というのはないのかな?)一番の被害者であろうベルトルトは毎回こう思うのであった。
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- 8 : 2013/09/14(土) 02:02:30 :
- 時間は少し前。
エレンは校門にいた。
「ここが第一訓練校か」
第一訓練校は街の中心からは離れていたが、回りには緑が沢山あり、良い環境といえばその通りであった。
校舎は技術棟、座学棟と二つに分かれており技術棟が3階建て、訓練棟が4階建てになっている。
その他の施設は立体起動とプールが、グラウンドにはサッカー、野球、陸上、テニスと一通りの設備が揃っている。
「クラス分けの掲示板はどこだ」
早速エレンは掲示板の方へ向かった。
そこでは自分がどのクラスになったのか、また友人がどのクラスになったのかを確かめる人たちで溢れていた。
しかし、エレンは親しい友人がこの街にはいないので自分の名前だけ探した。
「あ、E組か」
この学校の一学年のクラスはA~Fの計6クラスに分かれていた。
自分の名前を見つけたエレンにとっては最早することが無いので、少し早いが教室に向かおうとした。
しかし、ものすごい声をあげて走ってくる男に目を奪われ、その場にとどまった。
「うおおおおおお、俺は何組だー!!」
「うるさいよ!」
「クラス分けくらい静かに見ようよ……」
そういいながらも楽しそうにしている3人に姿があった。
ふと地面に一枚のハンカチが落ちているのに気づいたエレンは、拾ってアニに声をかけた。
ピンクできれいなハンカチが男の物とは思えなかったからだ。
「すいません。このハンカチは違うか?」
「ん? 違うね。私のじゃないよ」
すると、横から割り込むように声が聞こえた。
「俺のだ。 サンキューな」
唖然とするエレンをよそに、ハンカチを受け取りポケットにしまう。
「ちなみにこのあたりじゃ見ない顔だな。俺はライナー。『ライナー・ブラウン』だ。
俺の事はライナーでいいぜ」
「私は 『アニ・レオンハート』アニと呼んでいいから。よろしく」
「最後に僕はベルトルト『ベルトルト・フーバー』僕たち3人は幼なじみなんだよ」
マシンガンのように自己紹介をされ、あっけにとられるエレン。
するとベルトルトが続けた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「はっ。 俺はエレン・イェ…スミス。『エレン・スミス』だ。エレンでいい」
「で、エレンは何組なんだい? 私たちはE組だけど」
「一緒だ」
「じゃあ、話は早い。 さっさと行こうぜ。遅刻しちまう」
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- 9 : 2013/09/14(土) 02:03:43 :
- しくった。7、8の投稿に名前つけるの忘れた
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- 10 : 2013/09/14(土) 02:05:09 :
- とりあえず、明日は用事があるのでここまでです。
気長に見てもらえると助かります。
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- 11 : 2013/09/14(土) 02:16:32 :
- 乙
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- 12 : 2013/09/14(土) 02:27:59 :
- 乙、
シンジって誰?
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- 13 : 2013/09/14(土) 02:31:40 :
- 寝つけなかった。のでレスをみたら意外についてて驚きました。ありがとうございます。
シンジはミスです。並行してサッカー物のシナリオ書いてまして、その主人公がシンジなんです。
ちなみに香川からとったのはご愛嬌です。
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- 14 : 2013/09/14(土) 02:35:58 :
- そか、なんかごめん
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- 15 : 2013/09/14(土) 03:02:51 :
- 空には雲一つ無く青い空がずっと続いていた。
タッタッタッタッタ
その中を少年は一人で走っていた。 もうグラウンドを何周したのか分からない。
だが少年はまだ走る。
足腰の鍛練の為、そして体力を付ける為に走っていた。
「よし ラストスパートだ!」
少年は一気に走り出した。
そして、全力で走りきり、今日のランニングを終えた。
少年は走り終えるとその場に崩れ落ち、仰向けになり手足を広げ、大の字になる。
「ハアッハアッ」
酸素を一気に肺に取り込み、胸が大きく上下する。
少年は抜けるような青い空を見つめていた。
「相変わらず真面目」
いきなり声をかけられた。
声のした方を向くと一人に少女がいた。
黒色の綺麗な髪と赤いマフラー。見慣れた少女だった。
「ああ、大会も近いからな。ちゃんと体力を着けないと途中でへばっちまう。それに夢のためだからな」
少年が笑顔で答えると少女は微笑んだ。
「そんなにがむしゃらだと試合前に疲れてしまう」
そう言いながら少女は少年の横に座る。
しばらくの間二人は空を見ていた。
「今度の試合、頑張って」
少女は空を見上げながらそう言った。
「ハハハ」
「なに?」
「妹と同じだったからな。『勝って』ではなくて『頑張れ』ってな」
「相変わらず仲がいい。でもう兄弟がいるのはうらやましい」
ふと少年は妹と同じ事を言った少女に訊ねた。
「なんで優勝しろとは言わないんだ?」
「優勝するなんて思ってないから」
「なんだよそれ、傷つくな」
「フフッ、ボヤかないで」
少女はさらりと言い返す。
「じゃあ、優勝したらどうする?」
「見直す」
「その言葉、覚えたからな。」
「クスッ」
二人は笑っていた。そのかけられた言葉の裏側にある気持ちを理解していたから。
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- 16 : 2013/09/14(土) 03:04:26 :
- エレン達のクラスのE組---
入団式は終わり、HRに移ろうとしていた。
「ようやく終わったな入団式。教官長の話やたらと長っかったな、なんで老人はああも長々と話せるんだ?」
「全くだ。俺なんか寝ちゃったぜ。少しだけだけどな」
「入学早々度胸あるねエレン。けど僕も何度眠りそうになったか」
「フフッ、甘いなベルトルト。オレはぐっすりだったぜ」
「変だと思ったらやっぱり。本当に神経の図太いバカなんだね」
教室がにぎわう中、ふいにドアがガラガラっと開き、このクラスの担任が入ってきた。
クラス全体が騒ぐ。
それもその筈、担任の姿は美しく、男子生徒達はこのクラスになれた事を神に感謝した。
「ハイハイ、みんな自分の席に着いて」
担任がそう言うと生徒達は自分の席に着く。
全員が席に着いたのを確認すると担任は挨拶をはじめた。
「今日からこのクラスの担任を務める『ぺトラ・ラル』です。よろしくね」
かわいらしい話し方の中に漂う大人の色気に男子生徒は、心の中で歓喜の叫びを挙げた
ガタン!
「俺はライナー・ブラウンです!! 結婚してください!!」
いきなり席を立ち、直立不動の体勢でライナーは求婚した。
バキ!
「何、いきなり恥ずかしいことしてるんだい」
アニが冷たく言い放ち、突き刺さるような視線を向けた。
ベルトルトは始まったと、眉間を手で押さえている。
エレンを含めたクラスの全員は硬直した。
「元気がいいのね、ライナー君。元気のいい人は先生大好きよ」
ぺトラは笑顔で答える。
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- 17 : 2013/09/14(土) 03:05:03 :
- 本当にここまでです。おやすみなさい
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- 18 : 2013/09/14(土) 03:16:00 :
- 乙!
おやすみ
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- 19 : 2013/09/14(土) 10:41:04 :
- パラレル?
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- 20 : 2013/09/14(土) 15:50:33 :
- 期待
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- 21 : 2013/09/14(土) 23:58:43 :
- 続きを書いていきます。パラレルになるんだと思います。
地区とか、年齢とかめちゃくちゃですが、気にしないで頂けると助かります。
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- 22 : 2013/09/15(日) 00:08:39 :
- 「さて、じゃあみんなにも自己紹介をしてもらいます。そうね……。じゃあ、最初は長身の君!!」
「「「えっ!?」」」
硬直していた全員が戸惑った。
(こういうのは端からやっていくもんじゃないのか)
もちろん、エレンも戸惑っていた。
「ほら、早くする! 起立!!」
一番目はベルトルトだった。
「なぜかはじめに指名されたベルトルト・フーバーです。中学のときは野球部でした。ポジションはショート。疑問に思う人もいるかもしれませんが、初めからこんなに背が高かったわけではありません。体を動かすのは好きですし、それなりに早く動けます。みなさんよろしくお願いします」
自己紹介が終わると拍手が起こった。
(野球か……)エレンは心の中で呟く。
「野球をやっていたのね。じゃあここでも野球をする気なんでしょ、先生も応援するから頑張ってね」
ぺトラにそう言われるとベルトルトは顔を赤くして席に座った。
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- 23 : 2013/09/15(日) 00:09:02 :
- 「次は君っ!!」
こうして、自己紹介が進む。間に誰かは挟むもののその後は、アニ、エレン、ライナーの順で回ってきた。
「アニ・レオンハートです。体を動かすのは好きですが、中学では野球部のマネージャーでした。はじめに自己紹介したベルトルトと、先生に求婚したバカと同じ部活です。ここでも野球部のマネージャーをやるつもりです。みなさんよろしくお願いします」
「マルコ・ポッドです……」
「エレン・スミスです。中学までは違う地区にいました。特に何かをしていたわけではありませんが、運動は人並みにできます。あとは写真を撮るのが趣味です。まだ、クロルバ区にはなれていないので、みなさんよろしくお願いします」
そういって、エレンはぎこちない笑顔を作った。
つり目のきつそうな印象とは裏腹に、このぎこちない笑顔がかわいらしくクラスの女子生徒達の数人は心を奪われた。
しかしエレンにはその自覚は無い。
(これは面白くなりそう)
ぺトラ・ラル。人の色恋沙汰には目がなかった。
「では、改めまして。俺がライナー・ブラウンだ。さっきアニが言ったが、ベルトルトとアニとは昔からの付き合いで、一緒に野球をしていた」
はじめに、求婚した印象とは違って、大真面目にいい声を作って自己紹介をするライナーに、クラスの目が集中する。
「もちろん! ここでも野球をするつもりだ。『夢は甲子園だ!!』 しかしっ!それと同時に大事にしなければならないものもある!! いま、この瞬間から仲間になったこのクラスの人との時間だ。特に男子諸君、君たちはぺトラ先生に心奪われた同士だと思っている。これから力を合わせ、先生に楽しい1年を過ごしてもらおうじゃないか!!」
「「「うおおおおっ! 兄貴! 兄貴!」」」
兄貴の大合唱が巻き起こる中、ライナーは静かに席についた。
(この男、先生に気に入られようと必死だ……)
いつもなら、ライナーを蹴り倒すアニも唖然とするほかなかった。
だがエレンは違う意味で唖然としていた。
ここにも甲子園を目指す者が居た事にである。
「甲子園か……」
エレンの顔が曇る。
だがエレンの頭には甲子園の文字が刻み込まれていた。
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- 24 : 2013/09/15(日) 00:33:04 :
- 誰か見てるのかな? ちょっとした感想でも書いてくれると嬉しいです。
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- 25 : 2013/09/15(日) 00:38:56 :
- 見てるよ
設定がユニークで面白い
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- 26 : 2013/09/15(日) 00:47:19 :
- では、続き
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- 27 : 2013/09/15(日) 00:48:18 :
- 「本当に辞めるのかい?」
金色の髪をした小柄な少年が問う。
だが問われた少年は俯いたままであった。
「どうしてなんだよ。一緒に甲子園に行くって約束したじゃないか」
「……」
俯いた少年は答えない。
「そろそろ、もう一度走り出してもいいと思うんだ」
俯いた少年は答えない。
「あんなことがあったんだから無理もないと思うよ。でも、僕は君に元気になってほしいんだ。僕が君の立場だったら、同じようになるのかもしれないけど、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないんだよ!」
「……」
俯いた少年はまだ答えない。
「忘れろとは言わないよ。けど、考え過ぎると悪い方向にしかいかないよ」
「はぁっ」
俯いた少年は一言もしゃべらないので肩を落とした。
「……もぅ………だ」
少年は初めて言葉を発した。
それを聞いて金髪の少年は顔を上げた。
「…もう…いいんだ。俺は、野球を…辞める……」
俯いたまま少年はしゃべった。
「なんで野球を辞める必要があるのさ。そんな理由はないだろう。野球が嫌になったのかい? そうじゃないだろう」
その言葉を予期していたため引き止めないわけにはいかなかった。
空は暗くなり、雨がぱらついてきた。
「知ってるんだろ? 俺には……俺には野球をする理由が……もう……無いんだ」
少年は俯いたまま振り絞るように言った。
ガッ!
「もう一度言ってみろ! 野球をする理由なんて『野球が好きだから』それだけでいいだろう!」
俯いた少年の胸倉を掴んで怒鳴った。
少年は自分の大切な親友がすべてに対し諦めているのに、自分がなんの力にもなれない事に怒りを感じていた。
「……離せよ…」
「ちゃんと目を見て話してよ!」
自分から目をそむけて話す少年に怒鳴った。
「もういいんだ……俺の事は…俺が居た事は…忘れてくれ」
バキィ!
金髪の少年は殴った。
自分の大好きな親友を。
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- 28 : 2013/09/15(日) 00:48:35 :
- 雨脚が強まり、お互いの声さえ聞き取りにくくなっていた。
「勘違いするな! 自分だけが苦しいわけじゃない! 彼女だって…彼女だって苦しいんだ! 君は彼女の事を少しは考えたことがあるのか?」
少年は泣いていた。 自分の不甲斐無さに。
「…んて…アイツの事なんて…アイツの事なんて考えるもんか!! アイツさえいなければあんな事は起こらなかったんだぞ! アイツさえいなければ……アイツさえ…俺は許さない! アイツを………絶対に!」
殴られた少年は一気に感情を爆発させ、その目は憎しみに染まっていた。
「君は、君はいつからそんなに冷たくなってしまったんだ…。いつもの優しい君はどこ行ってしまったんだい」
そう言って顔を上げた時に気づいてしまった。
少年は泣いていた。
少年は泣いていた……涙を流さずに。
涙はとうの昔に枯れ果てていたのである。
「僕はもう何も言わない。だた、君を待っている。いつまでも」
少年をまっすぐに見て話した。
「……僕は戻らないよ…」
金髪の少年は最後まで聞くことなく、少年に背を向けて歩いていた。
「待っているよ。グラウンドで」
後ろを振り返らずそう言い残して去っていった。
少年は雨に濡れたまま動かなかった。
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- 29 : 2013/09/15(日) 01:09:39 :
- 「…レン…エレン」
「え、あ…、どうしたマルコ?」
「どうしたもなにもないよ。さっきから呼んでいたのに。外を見ていたのか、午後になって降ってきたけどカサを忘れた? 今は梅雨なんだから、カサは持ち歩いていた方がいいよ」
「いや、カサじゃないんだ。心配かけて悪いなマルコ。少し考え事をしていただけだ」
だがマルコにはエレンの見ていた先に、野球のグラウンドがある事に気付いていた。
そこに同じ部員の女の子が話かけてきた。
「カサの心配じゃないんだエレン君」
「せっかくエレン君と一つのカサで帰ろうとしたのに」
「うっそぉ ホントなの、エレン君。私が誘ったときは断ったのに」
「えぇ? エレン君の事を誘ったの? 抜け駆けは厳禁のはずよ」
女の子が次々と話しかけてくる。
「悪いな」
(((かっこいい…)))
この一言で女生徒たちは黙ってしまった。
エレンとマルコは写真部に入部していた。
入部したての頃は廃部同然の人数だったが、エレンが入ってからは入部してくる人がそこそこいた。しかし、入部希望者はなぜか女子ばかり。その理由はいわずもがなとエレンである。
顧問の『ディータ・ネス』もそれを喜んでおり、エレンの評価はうなぎのぼり。
わずか数人だった、写真部も今では20人を超えていた。
最初はエレンと知り合いになろうと考えているものばかりえあったが、エレンの作品を見て誰もが驚いた。
エレンの写真にはなぜか心に訴えかけてくるものがあったのだ。
たかが民家の写真でも、なぜかエレンがとると、家族の温もりや大切さが伝わってくるようであった。
これには部員たちだけでなくネスも驚いた。
どこか専門のところで習っていたのかと聞いても「独学ですよ」と答えるエレン。
(とんでもない逸材が入部したもんだ)ネスは正直にそう思った。
しかし、最近のエレンはおかしかった。
気付くと野球のグラウンドの方を見ているのである。
その事については最早、全部員が気付いていた。
だがマルコ以外は声を掛けることができなかった。
その理由はエレンの目であった。
グラウンドを見つめるときのエレンの目には生気がなかった。
とても15歳の少年ができる目ではなかった。
そして、その後に撮る写真は、常に薄暗くもやがかかっているように見えた。
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- 30 : 2013/09/15(日) 01:26:58 :
- ちょうどその頃、叫び声をあげて階段を勢いよく駆け登る者がいた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ライナーである。
彼は入団と同時に野球部に入部し、夢である甲子園に向けて日々精進していた。
「ま、待ってよライナー……」
追いかけるのは彼の幼なじみであり同じ野球部のベルトルトであった。
更にその後から息を切らせて続く野球部の部員達
ライナーとベルトルトは人並み以上の体力を持っていた様だ。
一気に階段を駆け登っては駆け降りる。そしてまた駆け上がる。
今日の練習はこれの繰り返しであった。
雨が降っている為、グラウンドが使えないからである。
「なんで雨なんか降るんだ? お陰でグラウンドが使えないぞ。なあベルトルト」
「そ、そうだね」
そう答えるのが精一杯なベルトルトであった。
しかし近くで見ていたマネージャーのアニが激を飛ばす。
「ほらそこ! 無駄口たたいてないでさっさとやる!」
駆け下りていくライナー、手を小さく上げて駆け下りていくベルトルト、二人がいなくなるまで見ているアニ。
3人の夢は一緒だった。
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- 31 : 2013/09/15(日) 01:28:09 :
- しばらくすると、どこからか一人の男が現れた。
小柄だが威圧感がある風貌。男の名は『リヴァイ』と言う。
「まだ、口を開く余裕があるようだな。もう一本行って来い」
そう指示を出すとライナーとベルトルトから返事が返ってきた。
「はい! リヴァイ監督!」
「……ハイ!」
先程よりもスピードを上げ二人は駆けていく。
それを見ていたリヴァイ監督と呼ばれたものは少しだけ頬を緩めた。
「あの二人はいい素質を持っている。今年からは期待できるな」
リヴァイの横にいたアニは自分のことのように嬉しくなった。
無論リヴァイはそんなアニの心を見抜いていた。
「貴様はあの二人と幼馴染らしいな。あの二人はどうなんだ?」
「はい……」
アニはしばらく考えて言った。
「ベルトルトは足が速く、テクニックもありますから打順では一番がいいと思います。それになんでもミスが少ないですから」
それはそのはずベルトルトは100mを11秒台で走る。
「ライナーのバカは体力とパワーだけですね。まあ、強肩でもあるから外野にでも使ってもらえれば……」
尻すぼみに声が小さくなる。
しかし、その顔を見てリヴァイは小さく笑った。全てお見通しなのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
パシャッ!
放課後の学校には、奇怪な叫び声と静かなシャッター音が響いていた。
いまは6月の終わり。
入団式が終わって3ヶ月ほど経っていた。
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- 32 : 2013/09/15(日) 01:38:06 :
- そろそろ日が暮れようとしていた。
男と少年と少女は川原でそれを見ていた。
3人は親子だった。
「二人共、おまえ達の夢はなんだい?」
父親が子供達の目線までしゃがんでそう聞いてきた。
その顔は優しさに満ちていた。
「んーと アタシおヨメさんになる!」
少女は元気よく答えた。
それを見ていた父親の顔が綻ぶ。
「そうか、じゃあ好きな男の子がいるのか?」
「うん、いるよ! えっとねぇ おとーさんとおにーちゃん!」
「なんだ二人もいるのか。けど二人一緒に結婚する事はできないぞ。それにお父さんにはお母さんがいるじゃないか」
男は苦笑しながら少女に話した。
「やだやだ! ゼッタイにケッコンするの!」
少女は頬を膨らませ駄々をこねた。
しかし父親はその仕草があまりにも可愛く見えたので笑った。
そして少女が純粋に自分と兄の事を好いてくれている事を知った。
「お前はどうなんだ」
今度は少年に聞いてきた。
「ボクはおとうさんみたいになる」
少年は自分の父親の事を真っ直ぐ見て答えた。
それはあまりにも漠然としていると思うだろう。
父親はこれまた苦笑したが、少年が男の目をしている事を知った。
この少年は幼いながらも、自分の父親がどのようなものかを理解していた。
とても優しく、とても強く、とても暖かく、とても懐が深く、そして強靭な意志を持っている事を知っていた。
男は男の背中を見て育つものである。
少年は自分の背中を見て育っている。
父親はそれを知ると嬉しくなった。
「そうか、頑張れ」
それだけを少年に言った。
父にとってはそれで十分だった。
父はこれ以上ない程に幸せを感じていた。
二人はちゃんと自分を見て育っている事を知った。
少年と少女は自分達の父親と手をつなぎ、家路についた。
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- 33 : 2013/09/15(日) 01:50:04 :
- ミーンミンミンミンミンミーーン
蝉は自分達が生きている事を知らせる為に鳴く。
少年がいた。
照らしつける太陽を避けようとして手をかざす。
「今日も暑くなりそうだな」
少年はそう呟きながらグラウンドを見ていた。
その先には野球部のメンバーが暑いのにも構わずに練習をしていた。
そんな野球部のメンバーをどんな気持ちで見ているのだろう。
その少年の目には光がなかった。
自分の居場所がどこだか見失ったように見える。
その少年の姿は最近よくここで見かけるようになった。
エレン・スミスである。
今日は野球部の練習試合の日であった。
野球部のメンバーはとても楽しそうにウォームアップに打ち込んでいる。
試合ができる事が嬉しいようだ。
エレンはそんな野球部のメンバーを見ていた。
「…なんで俺はここにいるんだ?」
エレンには自分の事が理解できなかった。
今はもう8月
夏休みの真っ最中であった。
野球部がなぜこの時期に練習試合を組んだかというと、予選は結局2回戦負けだった。
その時の事はそれはもう凄まじかった。
試合内容ではなく、その後の事である。
-
- 34 : 2013/09/15(日) 01:51:29 :
- 「ゲームセット!」
審判がそう宣言した。
試合は終わった。第一高は負けたのである。
この夏の挑戦は終わった。
野球部のメンバーは泣いた。
いつのまにかライナーに感化(洗脳?)されたのであろうか全員が甲子園を目指すようになっていた。
特にライナーはひどかった。
球場に響く彼の慟哭はうるさく、野球部のメンバーは何とか押さえようとしたが無駄だと分かった。こうなると気の済むまでほっとくしかない。
すると応援に来ていたぺトラが現れた。
突然ライナーが起き上がりぺトラに抱き付き、そしてぺトラの胸の中で泣いた。
それらは計算し尽くされた動きであった。
野球部のメンバーは絶叫した。
「「「「なんてうらやましいやつ!!」」」」
全員の考えは一致した。
だが、次の瞬間ライナーの体は地面にひれ伏していた。
ライナーはアニにKOされたのだ。
しかし、今年の大会。今考えれば組み合わせが悪かった。2回戦の相手は一昨年の甲子園出場校である。
圧倒的な力の差を前に部員たちは茫然とした。
その試合も、いま考えれば貴重な経験になった。
自分達の力の無さ、自分たちに何が不足しているのか、自分たちが何をすればいいのか。
それが分かったからだ。
甲子園に行くという想いだけではだめなのだ!!!(ライナー談)
というわけで今年の野球部の挑戦は終わったが野球部は試合に飢えていた。
このままではライナーが野獣と化してしまうのは時間の問題であったので、それを危惧し、監督であるリヴァイが練習試合を組んだのである。
-
- 35 : 2013/09/15(日) 01:58:13 :
- 陽炎の立つグラウンドの向こう側から練習試合の相手がやってきた。
相手はクロルバ区立西高等学校、惜しくも決勝戦で敗退した高校である。
野球部のメンバーはその対戦相手を見て驚いた。
それもそのはずリヴァイは伝えていなかったのである。
「相手? くれば分かる」
不敵な笑みでリヴァイはそう伝えただけだった。
早々に敗退し、試合に飢えていた第一高。
甲子園に一歩及ばず、悔しさを晴らしたい西高。
2校の考えは一致していた。
-
- 36 : 2013/09/15(日) 02:02:25 :
- いいぞいいぞ
-
- 37 : 2013/09/15(日) 02:04:14 :
- がんばれー
-
- 38 : 2013/09/15(日) 02:05:13 :
- 「プレイ!」
練習試合が始まった。
相手が先攻である。
カキーーン
西高が打ち、第一校が守る。ランナーが走り、ボールを拾ったサードがファーストに送るがセーフになる。第一高の攻撃、ライナーが打ち、相手と交錯する。乱闘に発展する。そうして試合は進んでいく……。
「ゲームセット!」
結果は惨敗。
相手は甲子園を逃したがその実力は甲子園出場校に匹敵するから無理もない。
1-12 負傷者2名(一人はライナー、もう一人はライナーを止めようとしたベルトルト)金属バット1本 ロストボール10個の被害を出した。
見学に来ていた二人の教師の会話
「若いわー」
「無様だねー」
-
- 39 : 2013/09/15(日) 02:06:54 :
- エレンは結局最後まで見ていた。
その目には何が映っているのか、じっとグラウンドを見たままであった。
そして、その右手には野球ボール。
どこかで見つけたのであろうそのボールを最初の内は弄んでいたが、試合が最後の方になると握ったままであった。その握る手には無意識に力が込められ、汗ばんでいた。
-
- 40 : 2013/09/15(日) 02:14:48 :
- 「なんでこんな弱小チームと試合しなきゃなんねーんだ!?」
相手チームからそんな声が聞こえた。
その者は苛立たしげに地面を蹴る。
これ以上悪態をつかないようにチームメートが止めにかかるが、止まらない。
「オレ達はあと少しで甲子園に行けたんだぜ! それがこんな相手に付き合わされるとはオレ達も甘く見られたもんだな」
「やめろオルオ!」
同じチームの一人がオルオと呼ばれたものを注意した。
彼の名前は『オルオ・ボザド』、西高野球部で4番を務めていた。
そこまで言われると黙ってはいられないのはライナーとアニであった。
「なんだと! もう一度言ってみろ!!」
「少し強いからって威張るんじゃないよ!!」
いくら強くても他人を馬鹿にしてはならない。
例えどんな相手であっても全力で戦う、それが礼儀である。
「へっ 何を言ってやがる。おまえらが弱いのは事実だろーが。わざわざ遊んでやったのに生意気なこと言うんじゃねーよ! だいたいオマエ等は全てにおいて劣ってるんだよ」
-
- 41 : 2013/09/15(日) 02:21:45 :
- ライナーが殴りかかろうとするのを全員で押さえる。
そのままにしたら間違いなく殴り飛ばしていただろう。
しかし、オルオはそんなライナーに近づき、さらに言った。
「オマエ達は攻撃力、守備力、機動力、投手陣、控え、経験、全てが平均以下!ひたむきさだけで勝てると思ったら大間違いなんだよ。ハンパなやつらが甲子園を目指すんじゃねー!」
そこまで言われるとライナーを押さえていたメンバーも怒りを覚えた。目つきが変わり、もはや一触即発の状況であった。
見学していた二人の教師も黙ってはいなかった。
「あそこまで言って覚悟はできているのかなー?」
そう言いながら怪しげな機械を出す。
それを見たぺトラは直感で「ヤバイ」と思った。
自分達の生徒まで巻き添えを食うことがわかった(暴言を吐いた相手のことは気にしていない)ので隣で一緒に見ていた教師を止めた。
「ちょっと、やめてくださいハンジさん!!」
その教師の名前は『ハンジ・ゾエ』。
ぺトラに勝るとも劣らずの美人であった。
顔は美しく知的な雰囲気も漂う。ゴーグルが特徴的であったが、怪しげな機械を持ったその笑いはもっと特徴的であった。
白衣を着ているところから理系の人だと分かる綺麗なお姉さんであった。
-
- 42 : 2013/09/15(日) 02:30:09 :
- ぺトラがハンジを止めようとしている頃、一人の少年がグラウンドで繰り広げられる一触即発の状況に入った。
「なんだ、お前は?」
オルオはその少年に向かって言った。
その少年とはエレンだった。
ライナー達はエレンを見ていた。いやエレンから視線を外す事ができなかった。
今までの感情がうそのように消えていく。
エレンから凄まじいほどの威圧感を感じたからである。静かではあるが、他人をひれ伏せるほどの威圧感を発していた。
ライナーたちは何も言えなかった。あの優しい少年が、こんな威圧感を発することは今までに一度も無かったから。
オルオは驚いていた。
エレンが発する威圧感だけではなく、自分だけがその目を見たからである。
その目はまさに『獣性』それがエレンの目には宿っていた。
だが、それは次の瞬間にはもう消えていた。
「それは少し言い過ぎだ。あんた達は確かに強い。だが、あんた達だってはじめから強かったわけじゃないだろ。血反吐を吐く思いをして今がある。そうだろ? いくら強くても他人のことを汚していいことにはならない」
オルオの体は何故か萎縮する。
エレンから発せられる威圧感からか何も言えなくなってしまった。
「あんた達は強さの意味を勘違いしている……」
「…強さの意味だと? そんなものは力に決まっている! 力がなければ負けちまう! 力が無いやつはみんな弱いんだよ!」
オルオがそう叫んだ時、エレンの発する威圧感があらに上がった。
「…そうか、あんたは強いんだな」
「そ、そうだ オレは強い」
「じゃあ 俺と勝負をしよう」
-
- 43 : 2013/09/15(日) 02:43:45 :
- エレンは笑っていた。
それは、笑顔ではなく闘うことへの歓喜。獲物を見つけた欲求があふれ出たものだった。
オルオは動けなくなった。
自分も闘う事に喜びを感じることができる筈なのに、目の前の少年は彼の理解を遥かに超えてた。
「怖いのか? 俺の事が」
「!」
(オレがなめられている)そう思うと怒りが湧き上がった。
(なぜオレが素人にここまで言われなければならないんだ オレにはコイツらとは違って力があるんだ)
この少年に大恥をかかせてやろうとオルオは決めた。
「いいぜ。勝負してやる! だが覚悟はできているんだろうな、そこまで言ったんだから」
「じゃあ、決まりだ」
それだけ言うとマウンドに向かって歩きはじめた。
エレンの表情はその間、一度も変わらなかった。
その時、ライナーとベルトルトが話しかけた。
「オイ、エレン大丈夫なのか? 俺達の事を思って言ってくれたんならもう十分だ」
「ライナーの言う通りだよ。それに、アイツには勝てっこないよ。……悔しいけど僕達には力が無くアイツにはある。ただそれだけの事だよ」
二人は自分の親友であるエレンを止めようと説得した。
エレンは二人の事を見た。その顔にはいつもと違う優しさがあった。
「二人とも心配してくれてありがとう。けど、俺はアイツを許せない。自分の親友をバカにされて黙っていられるほど、俺はお人好しじゃない」
エレンは男の顔をしていた。
もはやエレンを止める事はできなかった。
「じゃあルールを説明するぞ? お前がバッターで俺がピッチャーだ。俺の投げるボールを打つ事ができたらお前の勝ち。だが、俺が仕留めたら俺の勝ち。それだけだ」
エレンはマウンドの上に立って言う。
「いいぜ。負けた方が土下座な」
二人はこのルールに同意した。
-
- 44 : 2013/09/15(日) 02:47:52 :
- 「なんだかすごい事になったわね」
「意外だなー」
ぺトラとハンジはこの展開に驚いていた。
あのおとなしいエレンが、強打者相手に野球で喧嘩を売ったのである。
そこにリヴァイが来て話し掛けてきた。
「おい、ハンジ」
「なにかな、リヴァイ」
「ちょっとリヴァイ先生。顧問なんですから、あれ何とかしてくださいよ」
ぺトラは一応まともな事を言うが、この状況を楽しんでいた。
「いや、止める必要は無い」
「ふーん。で用はなに?」
さらりと言うリヴァイに対しハンジは質問した。
「お前、スピードガンなんてものを持っていないか? あれば、貸せ」
「あるけど……まさかあの子に使う気かい?」
ハンジは白衣のポケットからスピードガンを取り出した。
「助かる」
リヴァイはスピードガンを受け取りエレンにそれを向けながら言う。
「お前はぺトラから聞いていないのか?」
「エレンが中学の時に野球をやっていたことを」
-
- 45 : 2013/09/15(日) 02:56:51 :
- グラウンドはやけに静かだった。
誰もが二人の対決に魅入っていた。
エレンにあれ程までの闘気があると誰が予想したであろうか。
マウンドにはエレン、そしてバッターボックスにはオルオがいた。
ピッチャーとバッターの居場所、その関係、野球をするのならばそれは当然であったが、エレンはひどく懐かしく感じていた。
マウンドに立ちバッターを見つめる。
自然とボールを握る手に力が篭められる。
そして徐々に鋭くなるその眼光。
エレンは遠い昔の日に忘れていた何かを思い出していた。
ガッ ガッ
マウンドを踵で馴らしていく。
その作業が終わると右足をプレートにかけバッターを見る。
「じゃあ 始めるぞ」
その言葉を合図にグラウンドには緊張感が急激に増加した。
心臓の鼓動が大きくなるのが分かる。
だが言い様も無いこの緊張感をエレンは楽しんでいた。
(久しぶりだな、この感覚は。忘れていたあの感覚が今ここにあるんだ)
エレンは戦うのを楽しむがごとく、顔には笑みをたたえる。
最早バッター…いや、倒すべき相手しか見えていなかった。
「駆逐してやる……」
エレンがぼそりとつぶやいた。
そして二人の闘いは始まった。
静寂の後、エレンが両手を大きく振りかぶった。
左足が上がり体が前方に傾く。
左足が大地を踏みしめ体が正面を向く。
そして左手は左胸の位置に置かれ、右腕は後方に鞭の様にようにしなる。
ボールを握る力が限界まで上がり、体全体が前方へ流れ…限界までしならせた右腕を前に放つ。
エレンのこの一連の動作は、水が高いところから低いところへと流れるかの様に無駄がなかった。
そして放たれたボールは、轟音とともにキャッチャーのミットに突き刺さった。
全てが一瞬の出来事で誰もが目を疑った。
誰も動けなかった。
バッターであるオルオですら。
ハンジ特製スピードガンは147キロを表示していた。
-
- 46 : 2013/09/15(日) 02:57:11 :
- ここまでです。寝ます
-
- 47 : 2013/09/15(日) 03:05:38 :
- はよ
-
- 48 : 2013/09/15(日) 03:12:33 :
- 明日も仕事なので、このあたりで寝ます。次はまた気が赴くままに書いていきます
-
- 49 : 2013/09/15(日) 03:19:34 :
- 乙
おやすみ
-
- 50 : 2013/09/15(日) 22:41:07 :
- 乙 応援してます
-
- 51 : 2013/09/15(日) 23:39:03 :
- 乙です 期待
-
- 52 : 2013/09/16(月) 22:52:30 :
- 長くなってきたので、別スレッドで2部にしようか悩み中。どうなんですか? 誰か教えてくれると助かります
-
- 53 : 2013/09/16(月) 22:53:36 :
- >>52 このまま書こう
-
- 54 : 2013/09/16(月) 23:05:55 :
- ありがとうございます
-
- 55 : 2013/09/16(月) 23:30:16 :
- (グスッ…ヒック!……)
少年はカルラの胸の中で泣いていた。
あの日から泣かないと決めた筈なのに泣いていた。
そう、父が死んだあの日から。
少年を抱いた母親も泣いていた。
愛する息子に辛い思いをさせた事に。
周りから細々と話し声が聞こえる。
「アイツだよ。 ほらあそこに座ってるやつ」
「あ、あの暗いやつか~」
「そうそう」
少年達は一人の少年を指差している。
その少年は俯いたままだった。
「それから知ってるか?アイツの妹」
「え?何々」
「アイツの妹って変わってるんだぜ、兄弟なのにアイツと全然似てないんだ」
少年達の話は留まる事を知らない。
「ひょっとしてアイツの妹、兄弟じゃないんじゃないか」
「うそ?だったらやべーじゃんか。あ、けどそう考えるとアイツの父親が死んだのって関係あるんじゃないか?」
「絶対そうだって。 そのうちアイツも妹に殺されるぜ」
バキィ!!
俯いていた少年は殴った。少年は泣きながら殴っていた。
そして、その事を聞き駆けつけた教師が喧嘩を止めた。
この喧嘩は状況を考えればどちらに否があるのかは明らかだった。
しかし、あまりにも一方的なため罰せられたのは少年の方だった。
騒ぎが大きくなり、両方の親が呼ばれ事の経緯が伝えられ、殴られた少年たちの親はその事で責め立てたが、責められた方の親はただ謝るだけであった。
少年にはそのことが歯がゆく思えた。
-
- 56 : 2013/09/16(月) 23:45:16 :
- その帰り少年は母親に不満をぶつけた。
「なんで、なんで俺が怒られなければならないんだよ!! 悪いのはアイツらなのに……父さん達の悪口を言ったんだよ!」
母親はただ泣いている少年を見ているだけであった。
「どうして……答えてよ! かあさん!!」
突然母親は少年を抱きしめてつぶやいた。
「…ゴメン、ゴメンネ……」
それだけだったが、幼い少年が気付くには十分だった。
自分だけが辛いのではない事に。
愛する夫の葬儀の時でさえ泣かなかった母親が泣いている。
そして、少年は願った。
すべての理不尽な事から護れる位に強くなりたいと……
「強く、強くなるんだ……」
そして少年は大人へと成長していく。
-
- 57 : 2013/09/16(月) 23:53:59 :
- ミーンミンミンミンミン
今日も蝉は鳴く。
エレンは学校の屋上で空を眺めていた。
寝転がり片手を天高く掲げ、その指の隙間から太陽の光が零れる。
掲げた手は右手……数日前の勝負で久しぶりに使った手である。
(なぜ、なぜ俺は……)
何度も問いただすが答えは未だにでない。
西高校のオルオとの勝負から数日経ち、夏休みも残りわずかとなった。
たったの3球で勝負がついた。
オルオはバットを振る事さえかなわなかった。
それ程エレンの力は圧倒的だったのだ。
-
- 58 : 2013/09/17(火) 00:04:32 :
- 支援
-
- 59 : 2013/09/17(火) 00:07:35 :
- ズバァン!
キャッチャ-のミットにボールが突き刺さる。
誰もが言葉を発することができなかった。
野球部でもない人間に、これほどの球を投げられるとは思えなかったのだ。
長い沈黙の後、エレンが静かに話す。
「真ん中だからストライクだな」
「あ、ああ。 ど真ん中でストライクだ」
ボールを受けたキャッチャーが左手を押さえながら言う。
あまりにも重いボールに受けた手は痺れていた。
キャッチャーが投げ返すボールをエレンは受け取り、2球目のモーションに入ろうとする。
リヴァイもスピードガンをセットし直すがその時の数値を見て驚愕する。
「147キロ……」
聞いてはいたが、これほどの力を持っているとは思っていなかった。
服装は学生服、靴はただの運動靴で投げたのである。
エレンが2球目のモーションに入り、全員の緊張感が増す。
ビュッ!!
ズバァン!!
今度もど真ん中にボールは吸い込まれていく。
オルオは微動だにできなかった。
今までも速球派の投手と対戦してきたが、エレン程の力を持った投手とは闘いは無かった。
そんな投手とは初めての対戦。気がつけばもうカウントは追い込まれ、最後の一球を待つのみだった。
オルオは本能からかエレンには勝てないと直感する。
最早勝負はこの時点で決まった。
-
- 60 : 2013/09/17(火) 00:09:39 :
- 「…リヴァイ先生。今のエレン君のボール……何キロですか?」
ぺトラが震え声でたずねる。
リヴァイは表情こそ変えないが、驚きが混じった声で答える。
「……147キロだ。2球ともな」
「ま、まさかぁ。壊れてるんじゃないんですか?」
ぺトラはそうハンジに尋ねずにはいられなかった。
エレンが野球をやっていた事は知っていたが、あの大人しくてスポーツとは縁の無さそうな少年にできるとは思えなかった。
「そんなことあるわけないよ」
ハンジもおどけた声で答えるものの、実際には震え声だった。
エレンはそんなギャラリーの思いをよそに、最後の一球を投げようとした。
エレンの眼光が鋭くなり、ボールを握る手にも力が入る。
エレンは笑わずにはいられなかった。目の前の敵を駆逐できるこの瞬間を。
オルオには最早闘志がなかった。
× × ×
「俺の勝ちだな……」
何も言えず、放心状態のオルオに話しかける。
「お前には力がある。だけど誤解するな。それは強い事ではない……強さというのは、力とは別の場所にあるんだ」
それだけ言うとエレンはグラウンドから去っていった。
-
- 61 : 2013/09/17(火) 00:22:35 :
- カナカナカナカナカナ
ヒグラシが鳴いていた。
いつのまにか夕方になっていた。
朝から考えていたが、エレンは結局答えを出すことはできなかった。
パシャッ!!
ふいにシャッター音が聞こえてきた。
「盗撮なんてひどいなマルコ」
苦笑いを浮かべたエレンが視線を向けた。
視線の先にはマルコの姿があった。
「スゴイじゃないか、君にそんな力があるなんて」
「………」
エレンは答えない。
長い沈黙が続き、マルコは言う。
「エレン、君は写真部を辞めるべきだ」
エレンは顔色を変えず夕日を見ているだけであった。
「野球をやるべきだよ、エレンは。もう気付いているんだろう? 野球をしていた自分が楽しんでいた事に」
「…………」
まだエレンは答えない。
マルコは続けた。
「少しついてきてくれるかな」
そう言うと、マルコは校舎の中に消えた。
エレンは無言のまま、後を追った。
-
- 62 : 2013/09/17(火) 00:25:01 :
- 「現像室…」
マルコがエレンを連れてきた場所である。
「そこに座って、少し待っててくれるかな。その間自分の作品でも見てるといいよ」
また沈黙が続いた。
「……どうかな?」
沈黙を破るようにマルコが問うた。
「……………悲しいな。悲しくて、さびしくて、何か思いつめている写真ばかりだ」
「そうだね。じゃあ、これを見てくれるかな」
そういって、マルコは一枚の現像したばかりの写真を差し出した。
「!!」
エレンは驚愕し、何も言えずただただ驚いた。
差し出された写真には、笑顔の少年と少女の姿があった。
一人は黒髪で、もう一人は金髪の。
「………どぅ…どうして…これが」
「エレンには悪いと思ったよ。前に君が帰ろうとしたときにカバンからフィルムを落としたんだよ。返そうと思ったんだけど。君は部室に来なくなったからさ……。だから、持っていたんだ」
「………」
エレンは何も答えない。
「そしたら、ライナーたちがすごい勢いでここにきてね。試合の話を聞いたんだ。それを聞いた僕は、なぜかこれを見てしまったんだよ。本当に悪いと思っている」
また、静寂が教室をつつむ。
「………りたかったんだ……俺は」
エレンが絞り出すような声でしゃべった。
マルコはエレンの話しに耳を傾ける。
「……強くなりたかっただけなんだ、俺は。護りたかったんだよ、俺の好きな人を……俺の事を好いてくれる人を。だから、ただ俺は…強くなりたかったんだ……」
「そうか、優しいんだねエレンは。人の為に強くなる事が出来るなんて」
そしてマルコはこの場を去った。
-
- 63 : 2013/09/17(火) 00:56:22 :
- ポタッ…ポタッ…
エレンの手に持つ写真を零れ落ちる涙が濡らしていく。
「………あっ……ぁぁ……」
嗚咽するエレン、耐え切れなくなり涙が溢れてくる。
溢れた涙が止まらない。
あの時に枯れ果てたと思っていた涙がまた溢れてきた。
「どうしてだよ……俺は好きな人の為に…強くなろうとしたのに。どうして俺を一人にするんだよ……俺が強くなっちゃいけないのかよ…」
俺が優しい? 俺はただ寂しかっただけなんだよ。
独りでいる寂しさが嫌なだけなんだよ。
独りは嫌だ…独りにしないで。
俺を置いていかないでくれよ!!
父さん! かあさん…………………………………………クリスタ。
そこに昨日の強さを見せた少年は居なかった。
独りで居る事の辛さを知る少年がうずくまっているだけであった。
その日、エレンはスミス家には帰らなかった。
-
- 64 : 2013/09/17(火) 00:57:25 :
- 「エレン、どこに行ったのかしら?」
一人の女性が心配そうに呟く。
時間を見ると既に23時を過ぎていた。
「今までこんなに遅くはならなかったのにどうしたって言うの?」
女性の名はルーツィエ、エレンの保護者である。
ちらちらと時計を見る回数は最早何回か分からない。
その横ではその件に関して無関心のごとく新聞を読んでいる男性がいた。
エルヴィン・スミスである。
エルヴィンとルーツィエはエレンに何が起こったのかは検討がついている。だが、やはり男と女、養父と養母、その考え方が全く違う。
ルーツィエは心配でたまらなく落ち着きがない。エルヴィンは同じ男である為、そしてエレン自身の問題である事が分かっている為「我関せず」である。
対照的な二人であった。
-
- 65 : 2013/09/17(火) 00:58:54 :
- 「エレンもいつまでも子供じゃないんだ。そんなに心配する事ではない」
「分かっていますが、最近のエレンはすごく思い詰めた感じがしているんですよ」
見かねたエルヴィンが話し掛けたが、ルーツィエは納得する事が出来ない。
「これはエレン自身の問題だ。私達が口を挟む事ではない」
「ですが今のエレンの心は脆すぎるんですよ。こっちに来てから少し良くなったと思った矢先にあんな事が起きるなんて……。また元に戻ってしまいます。初めて会った、あの時のエレンに」
ルーツィエの言うあの時のエレンの目には光が宿っていなかった。
何も話さずにただ一点を見つめるだけの生きた人形であった。
「では、エレンを『もう野球に関わらせるな』と言いたいのだな」
「もちろんです。 今のエレンにとって野球は負担以外の何でもありません。これ以上、エレンに負担をかけたら今度こそ壊れてしまいます」
「確かにそうかもしれない。だが、いつまでも自分を偽る事はできん。いつまでも逃げていけるとは限らん。エレンにとって今がその時なんだ」
「……………」
ルーツィエは何も言えなくなった。
確かにエルヴィンの言う事は正しい。
このまま逃げ続ける事は出来る。だが自分を偽り続ける事になり、そのままずっと心に負担が残ることも事実である。
うまく行けばいい。だが、もし最悪のケースになったらエレンは。
ルーツィエは思考の無限ループにはまった。
-
- 66 : 2013/09/17(火) 00:59:26 :
- 「所詮われわれには何もできんのか…。許せ、グリシャ、カルラ君…クリスタ君」
エルヴィンはエレンの本当の家族に、謝るだけであった。
エレンは未だ帰らない。
-
- 67 : 2013/09/17(火) 01:00:20 :
- 時間は少し前
エレンはどこをどう歩いたのか分からなかった。
全く見慣れぬ場所、だがエレンにはどうでもいい事であった。
今は周りの状況よりも自分の心に関心があった。
「なんで? なんで俺はまたグラウンドに戻ったんだ? なんでマウンドに立っていたんだ? どうして俺は投げたんだ? 俺が投げる理由は無いのに……」
エレンは自分の事が理解出来なかった。
あの時、なぜ自分がグラウンドに居たのか?
心ではなく体が反応したのであろうか?
それとも自分の心のどこかではまだ野球をやりたがっているのか?
エレンは理由を探していた。
辞めた筈の野球をやった理由を。
-
- 68 : 2013/09/17(火) 01:02:16 :
- しえん
-
- 69 : 2013/09/17(火) 01:12:30 :
- 俺こういうの好きだよ!
支援
-
- 70 : 2013/09/17(火) 01:18:10 :
- お!はじまってる
-
- 71 : 2013/09/17(火) 01:28:29 :
- 気分と乗りで書いてるだけですが、感想をもらえるとうれしいですね。ありがとうございます。
今日はもう少しで終わるつもりですが、読んで頂けると幸いです。
-
- 72 : 2013/09/17(火) 01:30:50 :
- プルルルル プルルル
プルルルル プルルル
「はいはい、今出ますよ」
ところ変わってここはベルトルト・フーバーの家――
ベルトルトは呼び出し音が鳴る電話に答えていた。
「はい、フーバーです。…なんだライナーか」
「なんだとは随分な言い方だな。お前の事を見損なっちまうぞ」
「ハイハイ分かったよ。それよりもあの件の事かな?」
「その通り! 何とかしてエレンと話をしないとな。あれだけの実力だ。是非とも野球部に入ってもらわなければ」
エレンの投球は強打者であるオルオを黙らせたのだ。
それ程の事が出来る人間が同じ学校に、しかも親友にいるとなっては誘わない理由が無い。
「それなんだけどさ。さっき電話したけどエレンの奴、まだ帰ってないんだってさ」
「え? こんな時間にか。なんか変だな」
「ああ、21時半頃に電話したんだけど。家の人は連絡も受けてないみたいだったよ。今までこんな事は無いって言ってたし」
「そうなのか? そういやここ最近のエレンはちょっとおかしいな。なんかオレ達の事を避けてる様な気がするんだが……」
「ライナーもそう思う? 僕もそれは感じていたんだ」
エレンと自分達の関係がおかしくなってきている事は肌で感じていた。
だがその理由までは分からない二人であった。
「ん~、けど俺達というより。なんか野球を避けてる感じもするんだよな」
「それ本当? ライナー」
「いや、これはただの勘だよ勘。そんな事があってたまるか」
「けどライナーの勘って悪い方にだけ、良く当たるよね」
「ぐ……それを言うなって。しかし、もしそうなると余程の事だろうな」
「とにかく明後日には学校も始まるんだ、話はそれからにしよう」
「そうだな」
こうして二人の電話は終わった。
-
- 73 : 2013/09/17(火) 01:33:37 :
- 「ここはどこだ?」
エレンはどこをどう来たのか分からないが、目の前には大きな湖が広がっていた。
周りは静寂に包まれ、あるものは湖の波の音のみであった。
そしてその場に座り込む。
「あの時もそうだったな。そう、父さんと最後に話したあの時も……」
× × ×
「ねえ、父さんは何で軍医になったの?」
「ん? 軍医になった理由か……う~ん。」
エレンとグリシャは二人で話していた。その遥か前には自分の母親、そして妹がいる。
場所はエレン達の家の近くの河原、周りには多くの家族連れ、友人同士、そして恋人達がいた。
「けがした人を放っておけないから?」
「少し違うな」
「なんで? 軍医ってけがした人を助けるのが目的じゃないの?」
「エレン、軍医というのはただけがの手当てする、それが全てじゃないんだ。確かにエレンの言う事は正しいんだが……なんて言ったらいいのかな」
「???」
エレンは自分の父が困っているところを初めて見た気がした。
そんな視線を感じたのか、グリシャは落ち着いた口調でエレンに話した。
「いいかエレン。ただけがの手当てをすることは誰にでも出来る。だがな、ただ手当するだけじゃ駄目なんだ。それでは街で医者をやっていてもいいんだ。でも、それではダメなんだ。護りたいモノ、護るべきモノがあれば、そこで一緒に闘って護るべきなんだ。闘う理由、それがなければ駄目なんだよ」
「理由って?」
「それはお前達、自分の家族を護る為。そして自分の周りにいる人達を護る為かな?」
「よく分かんないよ父さん。それに僕が聞いているのとちょっと違わない?」
「ハハハ、父さんも何を言っているのか分からないんだ」
「え?」
-
- 74 : 2013/09/17(火) 01:35:53 :
- 困惑した表情を浮かべるエレンを見て、グリシャが微笑む。
「父さんが軍医になった理由というのはだな、言葉では説明しにくいんだよ。だが感覚的には分かるんだ、オレが軍医に憧れ、それになった理由がな」
「???」
相変わらずエレンには何を言っているのか分からない。
「いずれお前にも分かる時が来る。闘う理由がな」
グリシャはエレンの目を真っ直ぐに見ながら諭した。
「闘う理由……」
「さて、そろそろ急がないと母さん達に遅れてしまうぞエレン」
先に行く父親の背中を見るシンジ、その背中はやけに広く感じた。
× × ×
「ん? ここは」
自分が今、どこにいるのかを確認するエレン。
しばらくすると、そこが湖の前だというのに気付いた。
しかし、目の前の湖は朝日に照らされていた。
「いつのまにか寝たのか」
朝日を浴びて、夜が明けた事を実感する。
「闘う理由か」
エレンは夢で見た父との会話を思い出して呟いた。
その目には涙が溜まっていた。
(いずれお前にも分かる時が来る。闘う理由がな)
突然思い出すその言葉。
父と交わした最後の会話。
いつのまにか忘れていたその言葉。
「闘う理由か……。まだ俺にはあるのか?」
エレンの手に力が篭められる。
いつのまにか忘れていたあの気持ち。
野球をする事の楽しさ。
仲間達と同じモノを目指していた喜び。
それを先日一人の男が汚したのだ、あの気持ちを。
だからエレンは怒ったのだ。
自分の護るべきモノを護る為に。
「ひょっとしたらまだあるのか、俺が野球をする理由は」
エレンは湖を見ていた。
-
- 75 : 2013/09/17(火) 01:36:37 :
- とりあえず、今日はここまでしか書いていないので、終わりにしようと思います。
-
- 76 : 2013/09/17(火) 03:16:02 :
- とても面白いですね、読みやすいです^^
期待してるので最後まで頑張ってください!
-
- 77 : 2013/09/17(火) 09:31:20 :
- 面白いです!
期待してます(⌒▽⌒)
-
- 78 : 2013/09/19(木) 01:31:16 :
- 「……あ、家に連絡するの忘れてたな。朝帰りってやつだな? いまさら仕方がないけど、とりあえず連絡しとくか」
結構前向きなところもあるエレンであった。
しばらくすると自分の居場所も分かり、公衆電話も見付ける事ができた。
連絡してみると返事は意外なもので、電話を受けたルーツィエはけたたましかったが、途中で代わったエルヴィンはあっさりしていた。
「そうか、ザクロー湖にいるのか。場所さえ分かれば帰ってこれるだろう」
これだけであった。さすがのエレンもこの答えは予想できず、怒っていないのか尋ねた。
「怒っていないんですか?」
「どうしてだ? エレンは怒られるような事でもしたのか?」
「だって、連絡もせずに……」
「そんな事は心配していない。もうすぐ16歳だ、夜遊びの一つもするだろう」
とてもじゃないが学校の理事長の言うセリフじゃない。
それからエレンが少し話して電話を切ろうとしたとき
「考えがまとまったら帰ってくればいい」
「!」
エルヴィンにはエレンが帰らなかった理由が分かっていた。
それが分かり、エレンの心は軽くなる。
「じゃあ、切るぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな」
エレンはエルヴィンの事が少し分かった気がした。
「闘う理由か。俺が野球をする理由は…………!!」
エレンの顔が一瞬険しくなる。そして、手には力がこめられ、目には憎しみの色を宿す。
「アイツさえ……」
エレンはその日、時間をかけて帰る事にした。
自分の昂ぶる気持ちを抑え込む様に
-
- 79 : 2013/09/19(木) 01:48:36 :
- エレンが家の近くにたどり着いたのは夕方であった。
しかし、エレンはまだ家に帰らずに、街を一望できる公園にいる。
公園から眺める街並み……全てが紅く染まっている。
そんな中、エレンに声を掛ける少年がいた。
「あれ、エレンじゃないか」
「マルコ……」
「浮かない顔してどうしたんだい?」
「…………」
エレンの顔を見てマルコが心配そうに尋ねた。
「まだ野球をすることに悩んでいるんだね。何が君をそうさせているのかな? エレン」
「…………」
エレンは相変わらず何も答えない。
いや、答えられない。
「僕はエレンが野球をすることが良いことだと思っている。君は強いからね。それに、ボールを投げていた時は笑っていたと聞いたよ」
「…俺はやらない……」
「なぜ? そんな理由なんてないだろう」
「マルコには……分からない」
そう言われるとマルコは何も言えなくなってしまった。
だがこのままではいけないと思い、カマをかける事にした。
-
- 80 : 2013/09/19(木) 01:49:58 :
- 「エレン、僕には何があったのかは分からない。だけど、もういいんじゃないか? もう野球をしてもいいんじゃないかな? それを望んでいるはずだよ……」
「!」
「キミの大切だった……」
「黙れっ!」
バキィ!!
マルコは驚いた。
あのエレンに殴られたのである。
どうやらマルコのカンは当たってしまった様だ。
「マルコには分からないんだ。俺の気持ちは」
エレンの足元の地面が濡れていく。
エレンは泣いていた。
「エレン……」
「俺があの時……あの時…さえいれば」
「…………」
マルコは黙って聞くしかなかった。
「俺はもう野球をやらない」
それだけ言うとエレンはその場から走り去る。
そしてマルコは自分の浅はかな考えを呪う。
「……最低かな、僕は」
-
- 81 : 2013/09/19(木) 02:01:15 :
- 今日は9月1日、始業式の日――
多くの学生達にとっては憂鬱な日でもある。
仲間たちとの再開を喜ぶ者、これから始まる新学期に愚痴をこぼす者、その思いは様々だが、こんな日に校舎内を走り回る元気のいいヤツも居る。
「エレン!!エレンはどこだああああああああああああ!!」
ライナー・ブラウン、野球部所属の超元気な1年である。
彼はエレンを求めて学校中を駆け回っていた。
獲物を求めて走り回る野獣。しかし、そんなライナーを狙う者が一人、自分の気配を消して獲物を待ち受ける狩人が。
アニである。
ターゲットであるライナーをロックオンしてタイミングを待つ。
そして
「やめな!」
ドゴッ!
アニのキックがライナーのすねに奇麗に決まる。
ライナーは悶絶した。
-
- 82 : 2013/09/19(木) 02:02:05 :
- 「あっ…あぁぁ。。。なにしてくれるんだアニ…」
「これ位やらないと効かないだろ」
「手加減ってものを知らねーヤツだ」
「なんか言った?」
「まあまあ二人とも落ち着きなよ」
割って入るベルトルト、いつのまにいたのだろうか?
そのベルトルトにライナーはうずくまりながら話し掛ける。
「ベルトルトか。どうだエレンは見つかったか?」
「駄目だったよ、どこにもいない」
「そうか、だとするとまだ学校には来ていないのか?」
「それはないだろうね。エレンはいつも早く来てただろう」
「ひょっとしたら寝坊かもしれんぞ」
「アンタじゃあるまいし、バカなこと言ってんじゃないの」
「だ、誰がバカなんだよ!」
「アンタに決まってるでしょ」
「……また始まったか」
一人不幸なベルトルトであった。
-
- 83 : 2013/09/19(木) 02:11:00 :
- 「えーー! エレンは休みなんですか?」
「ええ、少し前に電話があって体調が優れないって言っていたわ」
「「「「そんなぁ」」」」
ライナー達ならまだしも何人かの女子からも声が上がった。
ぺトラはその言葉に内心ニヤリと笑う。
「それにしても、どうしたのキミ達は」
「あ、実はエレンを野球部に誘おうと思っていたんですが……」
「え? 夏休みに話さなかったのライナー君。あの試合から結構間があったじゃない」
「それがエレンはなんだかオレ達を避けてるんですよ。それで話ができなくて」
「なるほどね。あ、でも今日はその話しはやめといた方がいいわよ、お見舞いに行くんだったら」
「でも」
「体調を崩している時にそんな事を話すモンじゃないわよ」
「は、はい……」
そうしてぺトラは朝のHRを切り上げた。
(そっか、やっぱり駄目だったんだ)
ぺトラは大体の事情をあの勝負の後、理事長から知らされていた。
-
- 84 : 2013/09/19(木) 02:28:01 :
- エレンとオルオの勝負があった次の日――
「ちょっとリヴァイ先生、エレン君が野球をやっていた事を知っていたんですよね!?」
「ああ」
「いったい誰に聞いたんですか」
「誰だろうな」
「私が知っていたのは履歴書に書いてあった文章だけなんです。あんなにすごければどこかの大会で有名になってもおかしくないと思います。なのに何も書いていないのはどういう事なんですか?」
「やれやれ、そんなにくいつくなんてめずらしいな」
「余裕がないんです。エレン君はあの後なんだか思い詰めた表情だったし、なんだか嫌な予感がするんです」
いつになく早口にしゃべるぺトラ、それだけ自分の生徒であるエレンの事を思っているのだ。
「理事長からだ」
「な、なんで理事長がエレン君の事を知っているんですか? ……スミス…まさかスミスって、理事長ってエレン君の」
「そう言う事だ」
「けど以前に聞いた話だと理事長には子供はいないはずでは?」
「だが理事長の口からオレは聞いた」
「どういう事なんですか?」
「さあな、こればかりは本人に聞く以外ないだろう。 ついてくるか?」
「え?」
「呼び出されてしまったからな」
「い、行きます!!」
二人は理事長室に向かった。
-
- 85 : 2013/09/19(木) 02:30:20 :
- コンコン
ドアをノックする。すると中から男の声が聞こえてきた。
「入りたまえ」
「「失礼します」」
そこには男性と女性が一人ずついた。
ぺトラとリヴァイは男性の方は知っていたが、女性の方は初対面だった。
エルヴィンが静かに口を開いた。
「リヴァイとぺトラ君か、そろそろ来る頃だと思っていたよ。昨日の事は聞いている。だが少し説明してもらいたい、いきなりで済まないが」
「構いません。しかし、そちらの女性はどなたですか? 以前、エレンの事はあまり人に話さないよう理事長はおっしゃいましたが」
リヴァイがエルヴィンに尋ねると、その女性がしゃべった。
「構いません。私の名前はルーツィエ・スミス、理事長であるエルヴィン・スミスの妻です」
「これは失礼しました。 それではエレンのお母様で」
リヴァイがそう言うとルーツィエの顔がわずかに曇った。
しかし、すぐさまエルヴィンが話を続けた。
「その事については後で話そう。それよりも報告が聞きたい」
「……では昨日の事を説明しましょう」
リヴァイは昨日の事を報告した。
-
- 86 : 2013/09/19(木) 02:33:14 :
- 今日はここまでです。この先、少し考えます。風呂敷を広げすぎている感じで、思いのほか超大作になりそうなので……。少し、短くできるようにします。ミカサ、アルミン、ジャンの登場が遠い……
-
- 87 : 2013/09/19(木) 15:32:22 :
- 期待
-
- 88 : 2013/09/19(木) 17:10:15 :
- 期待
-
- 89 : 2013/09/19(木) 19:51:07 :
- 早く続き読みたい
-
- 90 : 2013/09/19(木) 20:15:15 :
- この感じなんかいいね!
-
- 91 : 2013/09/19(木) 22:57:54 :
- 二人は報告を終え理事長室から出た。
「まさかそんな事があったなんて」
「まだ若いのにな、エレンも」
「ええ、大変だったんですねエレン君」
「大変なのはエレンだけじゃないぞ、理事長達もそうだ……」
「そうですね」
こうして二人はエレンの事を知らされた。
-
- 92 : 2013/09/20(金) 00:09:05 :
- ところ変わって教室の中――
「拍子抜けだったな。あれだけ勇んで来たのにエレンが休みとは」
「そうだね、僕なんかどういう風に説得するかまで考えてきたのに」
「え? さすがベルトルト。 どこぞのバカとは大違いだよ」
「バカって誰の事だ」
「私はライナーだなんて一言も言ってないけど。ひょっとして自覚してるんじゃないの」
「冗談いってんじゃねえよアニ!」
「フフフフフフ」
そんな光景をマルコは、まるで他人事の様に見ていた。
それが不思議に思えベルトルトは話し掛けた。
「どうしたんだいマルコ、浮かない顔して」
「ちょっと考え事をね」
「そうだ、マルコからもエレンに頼んでくれよ」
「そうだよ、お前からも頼んでくれよ。エレンは絶対に野球をやるべきなんだ」
「同じ写真部のマルコには悪いけど頼むよ」
3人がマルコに頼み込む。
しかしマルコは済まなそうに謝る。
「……ゴメン。僕には無理だよ」
「気持ちは分かるが、そこを何とか!!」
「いや……。そうじゃないんだ。僕もエレンが野球をやる事には賛成なんだ。でも、僕はもう無理なんだ」
「どういう事だ、マルコ」
暗い表情をするマルコを見て、途端に三人の顔が引き締まる。
そして、マルコは昨日のエレンとのやり取りを話した。
「実は」
-
- 93 : 2013/09/20(金) 00:09:56 :
- 「エレン、気分はどう?」
「スイマセン、迷惑を掛けて」
「何を言ってるの、エレンは私達の家族なのよ。何も遠慮する事はないわ」
「ありがとうございます」
ここはスミス家、エレンは自分の部屋のベットで寝ていた。
だがエレンからは生気が感じられず虚ろな目をしていた。
「何か食べないと体に悪いわよ」
ルーツィエはそう言って軽い食べ物を持ってきた。
「今は何も食べたくないんです……」
「…じゃあここに置いておくから食べたくなったら食べてね」
食べ物をエレンの部屋に置くルーツィエ。
そして、静かに襖を閉めて外に出た。その目には涙が溜まる。
「どうすればいいの? 私では駄目なの…カルラ」
今は亡き自分の妹に助けを求めた。
-
- 94 : 2013/09/20(金) 00:11:32 :
- 「というわけなんだ」
場所は戻ってここはエレン達の教室
「だから僕にはエレンを説得する事は出来ないんだ。ゴメン、なんの力にもなれなくて」
「いや、マルコのせいじゃない。気にするな。しかし、エレンが人を殴るなんて余程の事だな」
「うん」
「その事なんだけど、みんなは知ってる? エレンの今の家族は本当の家族じゃないって事……」
「「「え?」」」
「ちょっとその事でエレンにカマを掛けたんだよ、そしたら当たってしまってさ…」
誰も何も話せなかった。
3人は只、マルコの話を聞くだけだった。
「だから僕にはもう無理なんだ、ゴメン」
「いや、そんな事よりよく話してくれたなマルコ、ありがとう。」
「でもどうするんだいライナー? 今の話を聞く限りじゃ、とても野球の事は無理な話だ」
「すっぱり諦めるしかないな」
「え? 本気? そんな簡単に諦めらめられるの?」
「そりゃあ、無理かもしれん。だけどオレ達の都合だけで決められないからな」
「でもそうなったら尚更甲子園が遠くなるよ」
「だったらオレ達がもっと強くなるしかないだろう。」
ライナーの意外な一面を見たマルコは、驚きとともになぜベルトルトとアニがライナーと一緒にいるのかが分かった気がした。
そしてエレンはしばらくの間学校には姿を見せなかった。
-
- 95 : 2013/09/20(金) 00:28:33 :
- 支援
-
- 96 : 2013/09/20(金) 00:34:17 :
- 支援ありがとうございます!
一気にいきます。
-
- 97 : 2013/09/20(金) 00:35:23 :
- 数日後、ある日の夜
エレンは空に浮かぶ月を見ていた。
「いつのまにか夜になっていたんだな」
月を見ているエレンの目に涙が浮かぶ、月のその神秘的な輝きから一人の女の子を連想させたのだろう。
自分の妹であり、繊細で壊れやすい娘。
その髪の色は金色、その体はまるで病的の様な白、そしてその瞳の輝きは晴れた日の海や瑠璃のような青。
それがエレンの妹――クリスタである。
クリスタはよく月を見ていた。
その姿はとても美しく、エレンはしばしば目を奪われていた。
気が付くとエレンは外に出て、もっとよく月が見えるところへと歩き始めた。
-
- 98 : 2013/09/20(金) 00:37:25 :
- 「あれ? エレンじゃないか」
そんなエレンを見つけたアニ。
最初はエレンが何をしているのか分からなかったが、次第に月を見上げている事が分かる。
その姿はアニの胸を締め付けさせた。
「なんて悲しそうな瞳で見ているの……」
アニはエレンのほうへと歩き出した。
エレンはアニが近づいて来ているのに気づかない。
そんなエレンにアニが優しく話し掛けた。
「月…綺麗だね」
「そうだな……アニ」
アニの方には顔を向けず、月を見たまま話し返した。
しばらくの沈黙の後エレンがしゃべった。
「アニは聞かないのか? 野球をやらないのかって」
「マルコから大体の事は聞いた」
「そうか…マルコには悪い事をしたと思っているよ」
「マルコも反省していたよ、エレンに悪い事をしたって」
「そうか…」
月に雲がかかり、辺りを暗闇が包む。
そして、雲が晴れてゆき、また月明かりが二人を照らす。
アニの金色の髪が光を反射する。
その光景を見たエレンは、胸が締め付けられるような気がして俯いた。
-
- 99 : 2013/09/20(金) 00:39:29 :
- 「大丈夫かい?」
アニは暗く沈もうとするエレンに優しく諭す。
「ねえ、エレン。知ってるかい? 女の子は甲子園には行けないんだよ」
「?」
「小さいころの私はそれを知らなかったんだよ。だから、馬鹿みたいにライナーとベルトルトと一緒に甲子園に行くんだって言ってたんだ」
「ああ、そういうことか……」
最後まで言わずともエレンにはわかってしまった。
この少女がなぜ野球部のマネージャーをやっているのか。ほかのスポーツをやれば、全国優勝も目じゃないこの少女が野球に固執する理由が。
「何もかもやる気がなくなった…」
「そうだよ。でも、そんな私を救ってくれたのはライナーだった。馬鹿だけどまっすぐなあいつだよ。だから、私はあいつを甲子園に連れて行ってほしいんだよ」
「……自分勝手だな…。そしてズルい」
「なんとでもいいな」
エレンにはかつてのアニが今の自分と似ている事に気づいた。
かつての夢が消えてしまって何もやる事がない自分に。
-
- 100 : 2013/09/20(金) 00:42:22 :
- 「アニはライナーの事が好きなのか?」
そのエレンの問いにアニは驚いたが、次の瞬間迷いの無い顔で答えた。
「ああ、私はライナーの事が好きなんだろうね。不器用だけどいつもアイツなりに私の事を想ってくれたからね」
「うらやましいな…好きな人を好きと言える事ができて…。俺にはもういないんだ、そう言ってあげたい人が」
「エレン?」
アニはシンジがこのような反応をしてくる事を予想していなかったので驚いた。
「俺には…妹がいたんだよ。クリスタという名前の……。そうだな。アニのように奇麗な金色の髪だった。そして、クリスタこそが、俺の野球をする理由、俺が闘う理由だった。俺が投げるだけでクリスタは喜んでくれた。まるで自分の事の様に。クリスタが喜んでくれる、そう思うだけで俺は強くなれたんだ。だからなんだ、僕が野球をやっていたのは」
そうやって、淡々とそして深い想いを吐き出した。
「昔の俺は野球をするのがただ楽しかった。勝っても負けても野球をする事ができた嬉しさに比べれば何でもなかった。けど、ある日を境に俺は強くならなければいけなくなった。
その方法として野球を選んだ。早く強くなりたかった……自分の妹を護る為、自分の家族を護る為に強くなろうと決めた。俺にだって好きな人を、好いてくれる人を護れる位の強さがある、その事を証明したかったんだ。……男の証明を手に入れたかったんだ。だけど……」
アニは身構えた。次に発せられる言葉の重さが自分に受け止められるか分からなかったから。
「だけどもう……クリスタはいない、この世にはいないんだ。それと同時に俺の闘う理由もなくなったんだ。永遠に。だから…ゴメン」
「…いいんだよ、エレン。それからありがとう、話してくれて」
アニにはようやく理解できた、エレンが背負う深い悲しみが。エレンが崩壊の寸前のところまで来ていることを。
そして、自分の話を持ち出しエレンの同情を誘おうとしたことを恥じた。
「クリスタさんは幸せだったんだね。エレンにそんなにも想われていたんだ……」
「ありがとう」
それだけを言うのが二人にとってやっとだった。
-
- 101 : 2013/09/20(金) 00:42:28 :
- とっても面白い!
アニがいい!
-
- 102 : 2013/09/20(金) 00:45:38 :
- 「そういえばアニは何故こんな時間にここへ?」
「え? あ、ちょっとね…」
アニは自分がライナーとベルトルトの練習を見にきた事をエレンに話していいのか迷った。
今のエレンにとって野球の事がどれだけ負担をかけるかが予想できなかったからである。
「ライナーとベルトルトの様子を見にきたんだろ」
「マルコ!」
「マルコ?」
突然後ろから声をかけられたので二人は驚いた。
「こんばんは、エレン、アニ」
「アンタなんでここに? それに…」
「何かマズイ事でも言った?」
「マルコ、今ライナーとベルトルトの事を言ったな。いったいこんな時間に何をしているんだ?」
「な、何でもないんだよ! エレン」
慌てて否定するアニ、しかしマルコは話し続ける。
「エレン。知りたいなら自分で見てくるといいよ。ここから少し行ったところに神社がある、そこに2人はいる。何をしているのかは見れば分かるさ」
「ちょっとマルコ。 今のエレンには…」
アニはマルコを止めようとしたがマルコはそれを聞き入れない。
「行くのかい? それともまた逃げるのかエレン」
「「!」」
「逃げたければ逃げればいいよ、誰もキミを責めはしない。けど、いつまでも逃げられるとは限らないよ」
「やめなさいマルコ、エレンは…」
「あそこには3人の闘う理由がある。自分達の夢を叶えようと闘っているんだよ。どうするエレン」
「…………」
「僕の見たところあの二人では到底夢を実現させることは無理だね。二人も薄々感じているんじゃないかな? 自分達だけの力では無理だという事に。だけど、二人は諦めないよ、最後まで。何故だか分かるかい、エレン」
「…………」
「約束があるからだよ、三人のね。それがある限り、闘う理由がある限り彼らは諦めない」
「…俺にはその理由がもう無いんだ」
「なら見るべきだ、ライナーとベルトルト、二人の事を。そうすれば感じるはずだ、キミが無くしたモノを」
「…………」
エレンはただ俯いているだけだった。
「とまあ、僕に言えることはここまでだ。後はエレン自身が決めてくれ。後悔の無いように」
「俺には…」
エレンは歩き始めていた、ライナーとベルトルト、二人が居る場所に。
アニとマルコも続く。こそこそと話しながら。
「アンタ、なんで知ってるんだい?」
「ここは散歩コースなんだ」
そう言うと、右手に持つリードを少し掲げた。
-
- 103 : 2013/09/20(金) 00:48:26 :
- そこには二人がいた。
泥にまみれながらも二人は練習し、自分自身と闘っていた。
それは昔エレンが強くなりたいと願った頃の自分と同じだと気付いた。
強くなりたい――
ただそれだけを望み、闘い続けた自分。
それがすぐそこにいるのだ、自分の目の前に。
握った拳に力が篭められる。
自分の体が熱くなる。
忘れていた、自分の心の奥深くに閉じ込めた感覚が蘇ってくる。
(あの二人は行きたがっている、俺が諦めた夢に。行けるとも分からない場所に行きたいと願っている。…そんな二人の力にもなれないのか俺は、俺の事を親友と呼んでくれた二人に。
俺は卑怯だ。自分だけ逃げていて。
今の俺には力がある筈だ、彼らの夢を叶える事が出来るかもしれないのに。
彼らの夢を護れる力が俺にはある筈だ!
護ってあげたい人がここには居る。
俺が失ってしまった大切なものがここにはある。
闘う理由がここにはあるんだ!!)
いつのまにかエレンは二人のもとへ歩きだす。
失った自分を取り戻すために。
-
- 104 : 2013/09/20(金) 00:49:57 :
- 「…エレン?」
「え? どうしてここに?」
突然のエレンの来訪に二人は練習をするのを忘れるほど驚いた。
「どうしたんだエレン」
ライナーが流れ落ちる汗を拭かずに聞いた。
「ライナーはもう少し踏み込む力を抑えた方がいい、でないと腰に力が入らずスイングのスピードにも影響する。それからベルトルトは打った後の事ばかり考えているようだ。だから力が入らないんだ」
「「え?」」
二人は的確なアドバイスを送るエレンに驚いた。
まさかエレンから野球の話が出るとは思わなかったのだ。
「なぜ…?」
ベルトルトが尋ねた。
エレンは照れくさそうに二人に話す。
「俺にも手伝わせてもらえないか?」
「でもなんで…エレンは野球を辞めたんじゃないのか?」
ベルトルトは喜んだが、ライナーにはその理由が気がかりであった。
それを聞いたエレンは微笑みながら話した。
「逃げるのはもうやめたんだ。失ったモノを取り戻したいから、だからもう一度始めようと思う。やっぱり野球が好きだからな、俺は」
「そうか…じゃあオレ達と頑張ろうぜ」
「よろしくなエレン」
「こちらこそよろしく」
三人は固く握手を交わす。それをマルコとアニは暖かく見守っている。
金色に輝く月はそんな子供たちを優しく照らしていた。
-
- 105 : 2013/09/20(金) 00:53:36 :
- エレン復活篇が終わりました。
まさか100までいくとは。ここまで見てくださり感謝です。
ありがとうございます。
しばらく、読んだ感想などを聞かせてもらえると助かります。
今後の参考にしたいので。
-
- 106 : 2013/09/20(金) 01:17:11 :
- 続きが気になるな~
-
- 107 : 2013/09/20(金) 18:17:53 :
- よい
-
- 108 : 2013/09/21(土) 06:34:42 :
- シンジの誤字を除けば良い出来。面白い
-
- 109 : 2013/09/21(土) 18:50:13 :
- 今まで見たなかで一番オモロイ!!
野球×進撃の巨人ってむっちゃ意外やけどめっちゃいい感じっ!!
続き楽しみです♪
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- 110 : 2013/09/21(土) 19:08:49 :
- とっても面白いです!
読んでてドキドキしてきます!
続きがとっても気になる〜
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- 111 : 2013/09/23(月) 23:33:34 :
- 第2部を始めたいと思います。連休中は出かけていたので、書き溜めもしていません。相変わらずのカメ進行で行きます。
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- 112 : 2013/09/23(月) 23:34:58 :
- 「いってきまーす」
「はい、気をつけてね」
家族に見送られ元気よく飛び出す少年。
朝、どこの家庭でも見られるこの風景、少年を見送った女性は喜びをかみ締めていた。
季節は夏から秋へと移り変わった。
その季節の変わり目で少年もまた変わったのだ。
少年の名はエレン・スミス、彼が野球部に入部してから1週間が過ぎた。
「エレンはもう出たのか?」
「ええ、野球部の練習があるからもう行きましたよ」
エレンを見送ったルーツィエは、そのすぐ後にエルヴィンから声をかけられた。
「もう1週間が経ったのか」
「ええ、エレン君が立ち直ってから」
エルヴィンとルーツィエはエレンが、自分たちの家族が立ち直ったことが嬉しく、この一週間がとても幸せだった。
一度はエレンの心が壊れるのではないかと危惧していたため、一週間前にエレンが野球を始めたいと言ってきたときはとても信じられなかった。
しかし、エレンはもう普通の高校生に変わった。本来あるべき姿にもどりつつあるのだ。
エレンの親友たちの手で……
「けど情けないですね、私たちは…。 結局エレン君の力にはなれなかったんですもの」
「そうだな。だが今は喜ぼう、エレンが立ち直った事を」
「そうですね」
エルヴィンはルーツィエの気持ちを理解していたので優しく応えた。
そんなエルヴィンの気遣いを嬉しく思うルーツィエ、彼らは夫婦であった。
「そういえば今日は随分と早いんですね。何かあるんですか?」
「ああ、ちょっとな…」
エルヴィンはそれだけ言うとリビングに向かった、その時、口許が僅かに笑う。
その僅かな表情を見逃さないルーツィエは少し困った顔をしていた。
「また何か企んでいるわね」
今日もスミス家は幸せであった。
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- 113 : 2013/09/23(月) 23:53:44 :
- おっ始まった!
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- 114 : 2013/09/24(火) 00:01:04 :
- ――1週間前、野球部にうれしい事件が起こった。
「今日から野球部に入部するエレン・スミスです。みなさんよろしくお願いします」
そう、エレンが入部してきたのである。
ちょうど3年生が引退し、戦力ダウンして時期に、あのエレンが入部してきた。
野球部のメンバーは狂喜乱舞した。
エレンのピッチングを見ている為、戦力が大幅にアップするのは火を見るより明らか。
野球部員はエレンを快く迎え入れた。
そして、さらにサプライズがあった。新入部員がもう一人…マルコである。
「僕も入れてくれるかな?」
「何、マルコもか? 一体どういう風の吹き回しだ」
「僕もみんなの手助けをしてみたくなってさ」
「…でも大丈夫なのか、マルコは野球をやった事があるのか?」
「大丈夫だよライナー、幸いにも昔やっていたんだよ。事情があって離れていたんだけどね。いつかは戻りたいと思っていたから、タイミングとしては今だと思ったんだ」
マルコの意外な事実を知ったライナー達は呆れた。そして、そんなことをさらっと言うマルコに、エレンは苦笑いしかできなかった。
なんにせよ、こうして戦力の増強が図れた第3クロルバ高等訓練学校野球部であった。
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- 115 : 2013/09/24(火) 00:11:22 :
- 「よし、朝練はこれまでだ! 全員上がれ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
リヴァイの締めの言葉に気合の入った声で答える部員たち。
部員には自分達がやるべき事、自分達の夢がなんなのかをはっきりと理解している。
季節は秋、クラブ活動をする者にとっては世代交代の時、新たなる出発の時である。
「ようやく朝練が終わったな、そーいやエレンはピッチングをやらないのか?」
「そう言えばそうだね。朝はもちろん放課後の練習でもあまり投げないね?」
「エレンは、僕とバッテリーを組むのが嫌なのかな?」
「そうじゃないよマルコ、ただブランクが長かったから、先ず体力をつけようと思っているところなんだ」
「それを聞いて安心したよ。嫌われていたらどうしようかと思ったんだ」
「そんな事ある訳ないだろう」
マルコはいつのまにかエレンとバッテリーを組む様になっていた。
その外見からは想像できないが足腰は鍛え抜かれており、持ち前の冷静さで的確な指示を送る。
以前捕手をしていた選手が3年生で引退しその後を継ぐ者がいなかった為、あっさりと決まってしまった。
ちなみにこのマルコ、中学1年までは区選抜チームの候補になるほど優秀な捕手であった。それを知ったライナー達はもちろん、エレンの時と同様に問い詰めた。
「おい、マルコ! どうしてそんな重要なことを黙っていたんだ」
「だって、聞かれなかったからね。それにいつか戻るつもりだったからいいかと思っていたんだよ」
「だいたいなんで、そんなにすごいのにグラウンドを離れていたのかな?」
「それはねベルトルト、けがをして2年間リハビリしていたんだよ。それだけ離れれば、新しい選手も伸びてくる。そうなると自然と僕の名前なんておさらばってことだね」
頬を書きながら答えるマルコ。なかなかどうして図太いところもあるものである。
マルコ以外のポジションは、ライナーはその底知れない体力と守備範囲の広さでセンターのポジションを、ベルトルトはミスの少ない正確なプレーでショート。そして、エレンは言うに及ばず不動のエースだ。彼ら四人のポジションは、ほぼ決定していた。
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- 116 : 2013/09/24(火) 00:38:22 :
- 頑張れ面白い!
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- 117 : 2013/09/24(火) 00:39:40 :
- 「話は変わるけど10月って言ったら文化祭があるんだよね」
「そう言えばそうだな、オレ達のクラスって何やるんだ?」
「確か今日のHRで決めるんじゃなかったっけ」
ベルトルトとライナーは思い出した様に話す。
「オレはこういったイベントは大好きだからな、燃えてくるぜ!」
「落ち着いてよライナー、とにかく教室に行こう。遅れるよ」
「そうだね、あと1分程で始まってしまうよ」
涼しげに話すマルコに対し他の三人の頭から血の気が去っていく。
「なんでその事を早く言わないんだマルコ!」
「だっていつもの事じゃないか、気にしない気にしない」
「ライナー、マルコに構ってないで早く行くぞ」
その時ちょうど始業のベルが鳴る。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
今日もまた遅刻になった四人である。
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- 118 : 2013/09/24(火) 00:42:36 :
- HR――
「演劇がいいです」
「やっぱり喫茶店かな」
「いや、お化け屋敷しかないでしょう」
「文化祭といったら楽隊しかないでしょ」
文化祭でやる催し物をクラス全員で案を出していた。
結構案は出たもののまとまりがつかず、最終的には多数決という形になり、その結果が喫茶店となった。
「では私達のクラスでは喫茶店となりました。それではこの事を実行委員会に伝えてきます。その間、委員長を中心に役割の分担を行ってください」
文化祭実行委員がまとめて決定事項を伝えに行った。
「なんか一番無難な線で決まった感じだな」
「仕方ないさ、それにみんなで決めた事だし頑張ろうぜ」
エレンが文句を言うライナーをなだめる。
「そうだよライナー、アンタは喫茶店だからって女子にばかり任せる気じゃないでしょうね」
「え…、オレに何を期待するつもりだ」
「もちろん雑用に決まってるでしょ」
「断る! だったら接客していたほうがマシだ」
「アンタにそんな事出来る訳ないだろう」
「なに! アニ、一体何が根拠でそんな事が分かるんだ!」
「いつだってアンタは面倒を起こすでしょ!」
「オレがいつそんな事をした! 何時何分何秒に!」
「毎日だよ」
「アニ! オマエ!!」
「なに、やる気?」
二人のやり取りを見ていたエレン、ベルトルト、マルコはいつもの事かと呆れ果てていた。
「「「やれやれ」」」
平和な一時であった。
野球部の5人がそんな事をしている間に役割の分担は進んで行く。
結局、女子がウェイトレスと調理をやり、男子は呼び込み、仕入れ、雑用などをやる羽目になった。
しかしエレンとベルトルトは何故かウェイターとしてエントリーされている事は知らされてはいない。
「では、以上の様に決定しましたので、皆さん協力し合って頑張りましょう。」
委員長の締めの一言でHRは終了した。
それと同時に本日の授業も終了し、後はクラブ活動があるものはそれに行き、それ以外は帰宅か親しい友人達と遊ぶ。
エレンたち5人は野球部の練習に出る為グラウンドに行く。
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- 119 : 2013/09/24(火) 00:46:37 :
- おもしろい!!
期待!!!!
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- 120 : 2013/09/24(火) 00:50:08 :
- すげーSSかくの上手いな!
頑張れ!期待してる!
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- 121 : 2013/09/24(火) 00:53:44 :
- ありがとうございます。いきあたりばったりに書いてるので、そのうち矛盾が出てきそうで怖いですが…。
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- 122 : 2013/09/24(火) 00:57:30 :
- 野球部のグランドでは既に何人か練習用のユニフォームに着替え、準備運動をしていた。
その仲間達に挨拶を交わし自分たちもユニフォームに着替え練習に参加する。
現在、野球部には2年生が7人、エレン達1年生は9人、マネージャーであるアニを入れても計17人。
紅白戦をやろうとしても人数が足りないず、甲子園を目指すには少し心許ない、そんな状況であった。
というわけで部員達は基礎練習に励んでいた。
最初はランニングで体力を養い、次に守備位置の練習、打撃の練習などを消化していった。
エレンはランニングを終え、今はマルコと共に投球練習をしている。
ズバァン!
「うわさには聞いていたけどスゴイ球だねエレン。まだそんなに受けていないのに僕の腕が痺れてきたよ」
「ゴメンなマルコ。調子に乗ってしまって」
「ハハハ、いいんだよエレン、そんな事は考えなくて」
「ありがとうマルコ」
エレンのボールを受けるマルコは正直な感想を話した。
実際エレンの投球は軽く投げているようでも、そのスピードは軽く140キロ近くはある。
しかも結構重いためマルコの様にすぐに手が痺れる。
「それにしてもエレンはなんでストレートしか投げないのかな?」
もっともな疑問をマルコは訊いた。
「ストレートは投手の基本だからな。それに俺はカーブやスライダーなどの変化球を覚えるよりコントロールや球威、球速をつけていきたいってのもあるな」
「だからこんなにスゴイ球になるのか、なるほどね」
エレンの投球はスピードはもちろん、コントロールにおいてもその正確さがずば抜けていた。
マルコの望むところにボールが正確に入ってくるのだ。
その頃ベルトルトは内野の守備練習でノックを受け、ライナーは遠投の練習に励んでいた。
ベルトルトの守備位置であるショートは、内野の要でもあるので、その守備の正確さは更に上のモノを要求される。
一方、ライナーは持ち前の守備範囲の広さを活かし、それらを内野、もしくはホームに返球する遠投に精を出していた。
内野の守備練習のメニューは、通常のモノからバントによるベースカバーの切り替え、ランナーへの牽制球、対盗塁、併殺打などと外野に比べるとそのバリエーションは多い。
外野の場合は内野と違って、自分が抜かれた場合はもう後がない為、その正確さ、ダイビングや壁際等での思い切りの良さ、内野への返球の素早さ、正確さが問われてくるので守備の練習内容も変わってくる。
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- 123 : 2013/09/24(火) 01:03:59 :
- その時ちょうど顧問であるリヴァイがグラウンドにやってきた。
「全員集まれ」
「「「「「ハッ!」」」」」
その声を聞き全員がリヴァイの前に集合した。
「悪いな、練習中に呼び出して。知っているとは思うが来月は文化祭だ。オマエらのクラスでも準備が進んでいるだろう。それに関して一つ報告がある。オマエらは野球部の方も頑張ることになった。なぜなら、オレ達野球部も文化祭に参加する必要があるからだ」
「「「「「え?」」」」」
部員達全員から声が上がった。
なんで運動部である野球部が文化祭に参加するのだろうか、そんな考えになったのである。
そこへもっともらしい疑問をキャプテンである『ミタビ・ヤルナッハ』が尋ねる。
「なぜ野球部が参加するんですか?」
「いい質問だ、ミタビ。われわれ野球部は何も他のクラブと同じように催し物をやるわけではない。オレ達は他校の野球部を招いての親善試合をやる」
「「「「「本当ですか?」」」」」
予想外の事に驚く部員達、それをリヴァイは態度には示さないが暖かく見ている。
「そうだ、既に先方とはもう了承済みだ」
部員達は沸いた。
「やった! また試合ができるぜ!」「親善試合とはすごい舞台設定だな」「今度こそ勝てるかもしれないな」
多くの部員達は喜んだ。なにしろ前回の西高校との試合は惨敗だが、それからは今まで以上に練習に励み確実にレベルアップ。しかも、エレンという心強い味方までいるのだ。
「あの…監督。相手はどこなんですか?」
浮かれている部員達に代わって、アニがその大事な事を聞いてきた。
その質問に反応し、部員達は一斉にリヴァイの方を黙って見た。
「やはり聞いてきたか。オレ達の対戦相手は…」
部員達の間に緊張が走る。
「今回の甲子園出場校だった、新葉学園だ」
「「「「「えー!!!!」」」」」
グラウンドには部員達全員の絶叫がこだました。
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- 124 : 2013/09/24(火) 01:08:48 :
- ドキドキドキドキ
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- 125 : 2013/09/24(火) 01:20:21 :
- 時間は少し前――
一人の教師が理事長室のドアの前にいた。
背は低く、髪はツーブロック、そして首にはスカーフといういでたち。野球部顧問のリヴァイである。
(やれやれ、今度はいったい何の用事だ?)
リヴァイはそう心で呟きながら目の前のドアをノックした。
「失礼します。リヴァイです」
「入りたまえ」
中からの声に促されリヴァイは理事長室に入った。
その中には理事長の他に二人の客人がいた。
一人は知らないがもう一人の方はどこかで見たような気がした。
(どこかで…)
などとリヴァイが考えているとエルヴィンが話してきた。
「ちょうどいいところに来てくれたなリヴァイ君。こちらは新葉学園の校長とその野球部の監督の方だ。そして彼がうちの野球部顧問のリヴァイです」
エルヴィンは双方の紹介をした。
(そうか、どこかで見た筈だ)
紹介された3人はお互いに挨拶を交わした。
「君達に来てもらったのは他でもない。今度の文化祭で野球の試合をやってもらいたい」
「な……」
「なに、今回のは親睦を深めるのが目的の親善試合だ。勝敗は関係ない」
「しかし、仮にも甲子園出場校をですか…」
目の前に甲子園出場校がいて文化祭の時にそれを相手に試合をやれと言うのだ、これにはリヴァイも驚いた。
相手の方も納得していない様子であった。
仮にも甲子園出場を果たした高校が、いきなり無名の高校を相手に試合をしろというのだから無理もない。
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「いえ、何も問題はありません」
リヴァイはエルヴィンが何を言いたいのかが分かった。
要するに甲子園に行きたいのであればその出場校を相手に戦ってみろというである。
「よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
リヴァイは相手校の校長と監督に挨拶をした。
相手校は納得はいかないが了承した様だった。
「それでは失礼します」
(まあ、ライバルの存在は必要だろう)
リヴァイはそう思い理事長室を去った。
こうして甲子園出場校との親善試合は設定されたのである。
そしてリヴァイはエルヴィンの影響力というモノを再確認した。
それが今日のお昼頃の出来事だった。
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- 126 : 2013/09/24(火) 01:25:42 :
- 場所は変わって新葉学園のグラウンド――
カキーン
打球は柵を超えていく。そこには打撃練習をする部員達が居る。
だが、明らかに一人だけレベルが違う者がいた。
カキーン
また打球は柵を超えた。
「よう、相変わらず精が出るなエルド」
どこからか話しかけてきた。
カキーン
「何の用だ、オルオ」
「ちょっと様子を見にな」
声をかけてきたのは西高校のオルオ・ボザド。そして、かけられたのはエルド・ジン。共に4番を任される強打者であった。
「で エルド。どうしたんだ浮かない顔をして」
「ああ…うちの監督が練習試合をするって言ったんだ。しかも聞いた事も無い学校だ」
「それは気の毒に」
答えたオルオには他人事であった。
そんなオルオにムッとしたがエルドはここぞと仕返しをした。
「そういうオマエだって名前も聞いた事もないピッチャーに負けたんだってな」
「な、なんで知っている!?」
「オマエとは中学時代クリーンナップを組んでたろ。だからそういううわさは結構入って来るんだよ」
「…そうか、うかつな事はできんな。それよりオマエに聞きたい事があって来たんだ」
「なんだ、だったら最初から言えよ」
エルドは練習を中断して、オルオの話を聞く事にした。
「その、なんだ。話ってのは、オレを負かしたピッチャーの事でな、エレン・スミスって名前を聞いた事あるか?」
「エレン・スミス…聞いた事ないな。初めて聞く名前だぞ」
エルドはしばらく考えたがそんな名前は聞いた事は無かった。
「やっぱりそうか、オレもそんな名前聞いた事は無いからな。だがその腕はすごかったぞ。恥ずかしい話しだが、手も足も出なかった」
「何? オマエが三振だと?」
オルオの力を知るエルドは驚いた。
それ程の実力があれば中学の時、少し位話が出てもおかしくないからだ。
「ああ、投げるボールも速かったが、それ以上に気迫がすごかったな。一見すると静かなんだが、その実すさまじい迫力を秘めているんだ。特にあの目は怖かった。初めて見たぜあんな冷たい目は」
「そんなにすごいのかそのピッチャーは?」
「ああ、来年は気を付けた方がいいぜ。でないと喰われちまうからな。…ま、そんな事よりオマエはその親善試合を頑張りな。どことやるかは分からんがな」
「ああ、確か第一高等訓練学校って言ったかな」
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- 127 : 2013/09/24(火) 01:26:42 :
- その時オルオの目の色が変わった。
「何!第一高校だって? それってクロルバ区立第一高等訓練学校の事か?」
「あ…ああ。それがどうかしたか?」
オルオのその変貌ぶりにエルドは驚いた。
「そのエレンってのはその第一高校にいるんだ!」
「何?」
「まあ、やつが出るのであれば気を付けるんだな」
「どう言う事だ? 出るのであればってのは…」
「オレと闘った時、エレン・スミスは野球部員じゃなかった…」
「!」
野球部でもない人間に、オルオが敗れた事にエルドは驚いた。
「しかし、オレとあたるのであれば倒すまでだ。オレと同じく甲子園を目指すのならばな。例えオルオ、オマエでもな」
「やれやれ、オマエはホントに上しか見ないんだな…そのうち足元をすくわれるぞ」
オルオは呆れた。
自分と同等の力を持つエルドが上の方ばかりに目が行っているからである。
「甲子園で借りを返さなければならないからな」
「またその事か。何度も聞いて飽きたぞ」
「オマエには分からんさ。アイツを倒す為にオレはもう一度甲子園に行くんだ」
「はあ…アイツだろ。今回の優勝校、オマエのトコとは準決勝で対決したチームの4番」
「そうだ、アイツを倒さなければ意味がない。唯一1年で4番を打ったアイツを」
オルオは呆れた。
甲子園が終わってからと言うもの、何か事ある毎にこうなるからである。
「ジャン・キルシュタイン、オマエを倒すのはこのエルド・ジンだ」
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- 128 : 2013/09/24(火) 01:28:01 :
- 今日はここまでです。オルオとエルドのポジション間違えた気がしますね。。。なんにせよ、ようやくジャンの名前が出せました。
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- 129 : 2013/09/24(火) 03:40:07 :
- おもしろい!!
続き期待してます✨
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- 130 : 2013/09/24(火) 14:33:45 :
- ジャン!?
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- 131 : 2013/09/24(火) 16:37:02 :
- 面白いですね!
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- 132 : 2013/09/26(木) 10:52:57 :
- ミュラー提督に敬礼!
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- 133 : 2013/09/26(木) 20:40:22 :
- 文化祭1日目の野球部グラウンド――
ここでは明日の親善試合に向けて野球部が練習をしていた。
各自のクラスの準備は親善試合の為、参加が免除されていた。
「よし、今日の練習はここまでだ! 全員上がれ」
顧問であるリヴァイの声が響く。
たとえ明日に試合が控えていようとも折角の文化祭である。
せめて人並みに楽しんでもらいたいという親心であった。
「しかし相手はあの新葉学園なんですよ。練習はこれでも足りないのでは…」
「言いたい事は分かる。しかし、練習もだがオマエ達には休養も必要だ。ここで怪我をされてはたまらん。それに今日は文化祭だ楽しまなくてどうする」
キャプテンであるミタビが反対したが、リヴァイにとっては十分予想しうる言葉であったので、全員に諭すように言った。
「それでもやりたいと言う奴は、今日の文化祭が終わってからここに来い。それだったらいいだろう。以上だ」
リヴァイの鶴の一声で練習は終わってしまった。
-
- 134 : 2013/09/26(木) 21:06:49 :
- 「ホントに大丈夫なのか、明日の試合」
「らしくないよライナー、弱音かい?」
「そんなんじゃねーよベルトルト、オレ達は甲子園に出場してない西高にすら勝てなかったんだぜ。それが今回は甲子園出場校、しかもベスト4ときたもんだ。そりゃ不安にもなるだろう」
「そうかもしれないけど俺達はもうあの時とは違うんだ。それにいい機会じゃないか、甲子園の実力ってものがわかるんだから。俺はリヴァイ先生に感謝するぜ、こんなにいい機会を与えてくれて」
エレンに不安はなく、逆に強いモノと闘える喜びの方が強かった。
「そうだよライナー、それに今回負けたとしても甲子園に行けなくなると言う事はないんだから」
「そうだなマルコの言う通りだ。そうと分かればもう考えるのはやめだ。文化祭を楽しもう」
「アンタはホントに単純だね。見ていて感心するよ」
「フンッ いつまでもウジウジしてるよかマシだろ」
「たまにはそんなライナーが見てみたいさ。そうすればアンタのその性格も変わるでしょ」
「なに! アニ、そんなにオレを怒らせたいのか?」
「そーやってすぐに頭に血が上るからいけないんだよ」
「テメェー!!!(怒)」
「なに、やる気?」
「今日も平和だね」
マルコが涼しげにそう言うとエレンとベルトルトもそれに頷く。
明日は親善試合があるのにいつもと変わらぬ光景がそこにはあるのだから。
今日は快晴、文化祭には最高の天気であった。
-
- 135 : 2013/09/26(木) 21:09:18 :
- 「おい! 聞いてないぞ!?」
ところ変わってここはエレン達のクラス。
一人の少年の絶叫が聞こえた。
「なんで俺がウェイター何だ? それにベルトルトまで」
「あれ? 二人には言ってなかったっけ?」
実行委員が笑顔で話しかけてきた。
それもその筈、この事は極秘事項とされ、それを知るモノは実行委員と女子全員だけであった。
「でも明日は親善試合があるし…」
「大丈夫よエレン君、明日は完全フリーにするから。」
「そ、今日だって交代制だから遊ぶ時間はちゃんとあるのよ」
「で、でもだな…ベルトルトは…?」
ふと自分と同じ目に合っている筈のベルトルトを見たが、そこに映っていたモノは既にウェイターの衣装に着替え終わってレクチャーを受けている姿だった。
「あ、ベルトルトはもうやる気みたいだね。じゃ、エレン君も頑張って」
「よろしくねエレン君。これ衣装だから着替えといてね」
実行委員はそう言いエレンに衣装を手渡した。
ライナー、マルコ、アニはそれを笑って見ていた。
「はめられた…」
接客など、人を相手にする事が苦手なエレンはガックリと肩を落として諦めた。
そうこうしてる間に準備は進められカウンターの方も整い、男子は呼び込みに回り、エレン達ウェイターやウェイトレスはオーダーの取り方などのレクチャーを受け、その他は飲み物や料理などの準備をしていた。
そして時間になり文化祭の火蓋は切って落とされた。
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- 136 : 2013/09/26(木) 21:10:47 :
- 「…ご注文は以上でよろしいでしょうか? それでは少々お待ちください」
エレンは注文を受けると大急ぎでカウンターに戻り、オーダーを告げる。
すると元気な声がカウンターから聞こえる。
そして、それを聞くとエレンはまたオーダーを取りに行く。
エレン達のクラスの喫茶店は大盛況であった。開店早々お客が大量に入ってきて、それがずっと続いているのである。
次から次へと入れ替わるお客を相手にエレン達ウェイターやウェイトレスは走り回り、カウンターの方ではそのオーダーの対応に追われ、男子達の雑用部隊は少なくなった食材を追加しに走り回るという、うれしい誤算に追われていた。
この事態が起こる背景には、エレンとベルトルトがウェイターとして参加という裏情報が流れていたとかいないとか…。
その為なのか入ってくるお客の大半は女の子であった。
休む間もなくオーダーを受けるエレンは、つぶやいた。
「野球部の練習より辛いな…」
エレンはそう実感した。
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- 137 : 2013/09/26(木) 21:12:44 :
- 場所は変わり体育教官室――
「リヴァイ先生ー。遊びにきました」
「ん? ぺトラか。少し待ってくれ、もうじき仕事が片付く」
リヴァイはペトラを確認すると再び仕事に戻った。
しかし、ペトラは文化祭の時まで仕事をするリヴァイの事を怪訝に思い尋ねた。
「何やってるんですか?」
「ああ、明日の親善試合の話だ」
「あ、甲子園出場校との試合ですね。でも勝てるんですか?」
「そりゃ分からん。勝負は時の運もある」
リヴァイは淡々と話す。
「オレが頑張って勝てるのなら、いくらでもやるさ。だが、実際にやるのはあいつらだ。もう十分過ぎるほど練習はやったからな。後は天命を待つだけだ」
リヴァイはペトラの事を真っ直ぐ見ながら話す。こうなるとペトラは何も言えなくなるのだが、今回は何故か違っていた様だった。
だが、ペトラは少し憤った様子を出しつつリヴァイに聞いた。
「リヴァイ先生…。今その親善試合がどうなっているのか知っていますか?」
「? 何か都合が悪くなったのか?」
リヴァイにはペトラが何を言いたいのか分からなかった。
その時ペトラが1枚の紙をリヴァイに渡した。
「それに何が書いてあるか分かりますか?」
そうペトラに言われその紙に目を通したリヴァイが瞬時に硬直した。
“第一高校文化祭メインイベント 甲子園ベスト4対我らが一高野球部! 勝つのはどっちだ?”
「なんだこれは? ペトラ! これはどこから持ってきたんだ? まさか学校中に貼り出されて…」
リヴァイの顔から汗が流れ落ちる、ペトラはそんなリヴァイを見ながらもっと残酷な事を話した。
「いいえ、街中にばらまかれています」
「………」
リヴァイは声を出すことが馬鹿らしくなった。
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- 138 : 2013/09/26(木) 21:14:18 :
- 一方、科学準備室では――
「楽しみだねー」
白衣とゴーグルを着けた某教師がポスターを見ながらそう呟いた。
また、一方では驚きを隠せない野球部員が焦って集会を開く。理事長室では文化祭の様子を眼下に広げ、口元を緩ませる男が一人。
街に目を移せば
「あら、何かしらこのポスター? …なるほど。あの人の朝の笑いはこういうことね」
笑顔でポスターを見る女性が一人。ルーツィエである。
「近所の奥さまたちを誘っていこうかしら」
意外とイベントごとが好きな性格であった。
× × ×
既に周りは暗くなり空には月が見えていた。
そして、その月を見ている少年がいた。
「今日はいい月だ」
エレンであった。
その目は優しく光っており、今は亡き妹の事を考えている。
「明日は試合があるんだ。しかも相手は甲子園ベスト4なんだ。どこまでやれるか分からない、けど見ていてくれよクリスタ。…俺はもう逃げない。俺には志を共にする仲間がいるから、心配ない」
月を見ているエレンはどこまでも優しい声で話した。
「楽しみだな、明日の試合は」
月の光は優しく照らし、エレンは首飾りを優しく握り締めていた。
クリスタからの贈り物である水晶の原石の首飾りだった。
それを握るだけでクリスタを感じる事ができるのか、エレンは優しく笑っていた。
「エレン、そろそろ寝た方がいいわよ」
後ろからルーツィエが話してきた。
ルーツィエにとって明日は自分の息子の晴れ舞台、体調だけは万全にしてもらいたかった。
「そうですね、早めに寝ます。おやすみなさい、叔母さん」
「明日は頑張ってねエレン」
「ハイ、頑張ります」
エレンはルーツィエの心遣いが嬉しかった。
しかも「勝って」ではなく「頑張って」であった事がとても嬉しかった。
こうして様々な想いを乗せ、舞台と役者は揃い、後は明日の親善試合を待つのみとなった。
-
- 139 : 2013/09/26(木) 21:24:30 :
- (・∀・)イイネ!!
素晴らしいと思う!
-
- 140 : 2013/09/26(木) 22:32:42 :
- 場所は第一高校の野球グラウンド 時刻は13時半――
ここでは第一高、新葉学園の両陣営がこれから行われる親善試合に向けウォーミングアップを始めていた。
エレン達、野球部員は軽くキャッチボールをしている。
それを見ている観客の数はまだ試合前だというのに、かなりの数になっていた。
少しでもいい場所を確保したいのか、だいぶ前から陣取っている者までいたのだ。
バックネット裏には仮設のテントまで設けられ、そこではこの親善試合を立案したエルヴィンのほかに、ルーツィエ。そして、教師であるペトラ、ハンジ、ネスが座って見ていた。
試合開始の14時まで、あと一時間であった。
「よっエレン、調子の方はどうだ?」
「ああ、良く眠れたし体調の方はばっちりだライナー」
ライナーは自軍の先発であるエレンに声をかけた。
そしてエレンはいつもの様に返す。
「やれやれ、これから試合だっていうのに緊張もしていないのかな?」
今度はベルトルトが聞いてきた。
「俺だって緊張ぐらいするさ。けど好きなんだよ、この緊張感が。これから始まるって思うと、なんとなく嬉しくなって来る」
「どうやら最初のハードルはクリア、心配はいらない様だね。それよりも周りの人達の方がヤバそうかな」
ベルトルトがあたりを見渡すとエレン達以外のメンバーはガチガチであった。
「アハハハ…」
もはや笑うしかない状況だった。
-
- 141 : 2013/09/26(木) 22:33:54 :
- 「それよりもエレン、あそこにいる綺麗な人って誰なんだ? さっきからずっとおまえのコトを見てる様なんだが」
「そういえばそうだねライナー。 ひょっとしてエレンのお姉さんかな? それとも…」
「それとも?」
エレンはライナーとベルトルトの問いを不思議そうに聞いていた。
どうやら二人はルーツィエの事を言っているらしい。
「「エレンの か・の・じょ?」」
ライナーとベルトルトが同時に聞いてきた。
それに対しエレンはわけがわからないというように答えた。
「何を言ってるんだ二人とも。あの人は僕の叔母さんで今の保護者だぞ」
「何とぼけた事言ってんだよエレン、あの人が叔母さん? 保護者? そんな歳には見えないぞ」
「ライナーの言う通りだよエレン、僕達の間で隠し事は無しって誓い合っただろ」
二人はエレンの言う事は全く信じていない。
「ホントだぞ二人とも」
「まだとぼける気かいエレン」
「まあ待てベルトルト。 ここは本人に聞いた方が早いと思うぜ」
ライナーはそう言うとエレンを捕まえた。
「それもそうだね」
ベルトルトもそれに賛成した。
そして二人がかりでエレンをルーツィエの元へと連行した。
その事を見ていたルーツィエは、自分のところへと近づいてくる3人を不思議そうに見ていた。
だが、そのすぐ後にライナーとベルトルトは自分達には信じられない様な事実を知らされた。
ルーツィエがエレンの叔母であり人並みに歳をとっている事、エルヴィンの妻(特にここが理解出来なかったらしい)である事、そしてエレンの養父が理事長を務めている事など。
しばらくの間二人は口を開けて動く事は出来なかったという。
-
- 142 : 2013/09/26(木) 22:35:00 :
- そんな中エレンに声を掛けるモノがいた。
「調子はどうだ、エレン・スミス」
「あれ、オマエは確か西高の…」
「そ、オレは西高野球部のオルオ・ボザドさ。前の事は本当にすまなかった、どうやら目が覚めたようだ」
オルオは頭を下げる。
「あ、そんな事しなくていいです。分かってくれたなら、それでいいんですから」
エレンはオルオを制した。
その声を合図にライナーとベルトルトの硬直も解けた。
「あれ、西高の4番じゃないか」
「ホントだ、何しに来たんだオメーは?」
「何しにって、見物に決まってるじゃないか。それと忠告にな」
「「「忠告?」」」
エレン、ライナー、ベルトルトがその一言に注目した。
「エルド・ジン、こいつには気を付けることだ」
「…確か4番だよね、そのエルド・ジンって」
「知ってるのかベルトルト?」
「知らないのかライナーは」
ベルトルトはジト目でライナーを見た。
「エルド・ジン、1年の頃からレギュラーで甲子園出場。今大会では4番を務めてチームのベスト4入りの原動力になったと評価されているんだ。打率は3割台を常にキープしていてホームランの数も結構いっていたはずだよ」
ベルトルトはエレンとライナーに説明した。
「その通り、エルドとオレは中学時代にクリーンナップを組んでいて有名だったんだ。んで、アイツは甲子園に2回も出場しているんで実力の方は保証つきだ」
ベルトルトの話にオルオは同意した。
「エルド・ジンか...」
エレンは静かに呟いた。
「みんな集まれ!」
その時顧問のリヴァイから集合がかかった。
試合まで残り僅かになったのだ、最後の激励を掛けるつもりだろう。
「じゃ、僕達も集合しようか」
「「オウ」」
エレン達はリヴァイの元へと急いだ。
今日も空は快晴、試合には最高のコンディションであった。
-
- 143 : 2013/09/26(木) 22:41:52 :
- 「プレイボール!」
主審がそう宣言し遂に親善試合が始まった。
新葉学園が先攻、第一高は後攻であった。
マウンドにエレンが立つ。 無論先発の指名があったからである。
顧問であるリヴァイが出した指示は
「相手は甲子園ベスト4だ、小細工なんぞ効かんから思いっきりやってこい」
という、なんとも心の広い作戦だった。
ちなみに第一高のスターティングメンバーを紹介すると
1番 遊撃手 ベルトルト・フーバー
2番 二塁手 トーマス・ワグナー
3番 捕手 マルコ・ボット
4番 三塁手 ミタビ・ヤルナッハ
5番 中堅手 ライナー・ブラウン
6番 一塁手 ナック・ティアス
7番 右翼手 ミリウス・ゼルムスキー
8番 左翼手 ルーク・シス
9番 投手 エレン・イェーガー
となっておりエレン達以外はみんな2年生である。
新しく編成し直したこのチームでの試合は初めてであり、不安もあろうが試合は始まってしまった。
打席には既に一番目の打者がいて、エレンの投げるボールを待っていた。
(さて、エレン。最初のボールはどこにしようか?)
(そうだな、最初からカウントを取りたいんだが、狙い目は内角低めじゃないか)
(なかなかいいところを選んだね。じゃあ、いってみよう)
エレンとマルコはそうサインのやり取りをしていた。
そして投げるコースが決まりエレンは投球体勢に入る。
以前、西高校の4番と対峙した時の様に流れる様なフォームで第一球を投げた。
カキン!
しかし、打球はラインを大きく割りファールとなる。
第一高のメンバーに冷や汗が流れる。
自分達だったら到底打つ事が出来ない様なボールを相手は初球から当てている。
やはり甲子園ベスト4の肩書きは伊達ではない。
が、エレンとマルコは至って冷静。
二人は相手の力を試していたのだから。
-
- 144 : 2013/09/26(木) 22:42:16 :
- 投げたボールはストライクゾーンには入っていなかったが、それでも限りなくストライクゾーンに近かった。
それに先頭打者の心理状態も加わったのだ。
いかに試合開始直後とはいえ格下のチームが相手になると、多少の無理は出来るだろうと踏んでいたのである。
その為に手が出た。
(ふむ、相手も中々やるようだねエレン)
(けど、あのコースに手を出すのは頂けない)
(厳しいんだね、あれを見極めるのはかなり難しいと思うんだけど)
(けど、ベスト4だからな。これぐらいやってもらわないと)
(ハハハ)
エレンとマルコがそんなやり取りをしている傍ら、バッターは驚愕していた。
(なんて球を投げるんだ、あのピッチャーは)
そう思いながら自分の痺れた手を見ている。
流れる様なフォームから放たれた重い球の球威に負けてしまったのである。
相手が無名の高校というだけでその力を過小評価した。
先頭打者とは塁に出るのと同時に相手の力を試るという役割もある。
それが出来なければ失格なのである。その事が頭に浮かびバッターの顔が引き締まる。
-
- 145 : 2013/09/26(木) 22:42:33 :
- (おや、どうやら目が変わったようだね)
(さすがベスト4こうでないと困る)
(じゃ、次はこれでいこうか?)
(OK)
二人はもはやアイコンタクトで会話をしていた。
さすがピッチャーとその女房役のキャッチャーである。
そしてマルコの出したサインにエレンが肯き、また流れる様なフォームでボールを投げた。
今度のボールも際どいコースでミットに入った。
クサイ球には手を出すな、というわけで今回は見送ったがカウントはストライクであった。
バッターは信じられない表情で審判を見たが判定は変わらなかった。
この試合の審判団は公平を期すためエルヴィンが正規のところから雇ってきて、その事は双方のチームに説明されておりジャッジのせいにする事は出来ないのである。
バッターは焦った。
たったの2球で追い込まれてしまったのだ。
しかも相手のコントロールは正確で球威もあるのだから焦るのも当然である。
そんなプレッシャーの中3球目がまた際どいコースに投げられた。
完全にタイミングを逃してしまいバットにも力が入らない状態で振ってしまう。
結果は内野ゴロで1アウトとなった。
エレンの投げるボールは正確でしかも球威もある。
それにマルコの巧みな状況判断も加わり、続く2番3番の打者もあっという間に打ち取ってしまった。
-
- 146 : 2013/09/26(木) 22:44:34 :
- 「出足好調だなエレン」
ニコニコしながらライナーがよってきた。
しかしエレンはあくまで謙虚である。
「いや、運が良かっただけさ。それにみんなのフォローもあったしな」
「それにしても相手はホントにベスト4なのか? 拍子抜けだったな。てっきり外野のオレの所まで打球が飛んで来ると思ってたのに」
「あれはエレンが投げたからだよ、他のヤツが投げていたら何点取られている事か」
ライナーの話にキャプテンのミタビが加わってきた。
ミタビの言う事は正しい、彼らはやはりベスト4なのであり少しでも甘い球がくれば見逃さずに打ちに行く。
その打球は鋭く外野まで抜ける事は明白なのだ。
それをエレンは3人で終わらせてしまったのだから、エレンの投球は甲子園で投げてもなんら遜色の無い事が伺える。
「ふーん けどこれだったら勝てるかもしれないな、ベスト4にさ」
「いや、そうでもないよライナー」
あくまで楽観視なライナーに異論を唱える者が居た。
「あれ、ベルトルトじゃないか。どうしたんだ、オマエが一番だろ?」
もっともな疑問をライナーが言う。
するとベルトルトの背後には2番と3番のバッターがいた。
「マルコにトーマス先輩まで?」
ライナーがそんな事を考えていると新葉ナインはベンチの方へと入っていく。
「だからオレ達の攻撃は終わったんだよ。3人で」
「なんだって!」
たったの3人で攻撃が終わってしまった、しかもこんなに早く。
ライナーには信じられなかった。
しかし事実は事実であり1番のベルトルト、2番のトーマスは三振で、マルコは打つ事は打ったのだが内野フライに終わってしまった。
「いや、さすがベスト4ですね。全く歯が立ちませんでしたよ」
「マルコはまだいいさ。 オレとベルトルトなんか三振だぜ」
「さ、早く守備につきましょうか」
「「「「「オウ!」」」」」
マルコの一言で第一高のナインは守備に散ったがライナーだけは呆然としていた。
-
- 147 : 2013/09/26(木) 22:51:22 :
- そして回も進み二回の表。
打席には4番のエルド・ジンが既に立っていた。
彼が打席に入ると周りは静かになった。
そしてマウンドにはエレンがいる。
誰もがこの時を待っていたかのように緊張が走る。
二人の対決をオルオが見ていた。
エレンがまだ本気を出していない事はオルオには分かる。
あの時の対決ではエレンは打たせて取るような投球ではなく、三振をとるピッチングであった。
「さて、どこまでやるのか見せてもらうぜ、エルド、そしてエレン」
(さて、どうしようか)
(下手な小細工は通じないと思うから本気でいくぞマルコ)
(OK、思いきり投げてくれ)
エレン達の考えがまとまり投球のモーションに入る。
その時僅かにだがエレンの顔が引き締まり眼光が鋭くなった。
「来るか」
エレンのその僅かな変化を肌で感じたエルドが呟く。
エルドはバットを握る手に力が篭めた。
どうやら初球から狙う気であった。
ビッ
ボールが投げられた。
誰もが目を疑う。
エレンの投げたボールは今までとは違いかなりのスピードが出ていたのだ。
誰もが打てないと思った。
いやそんな考えすら思い浮かばなかった。
それ程にエレンの投げたボールは速かった。
しかしボールは高く打ち上がり、あたりは静寂に包まれた。
打球は遠くへと飛んでいる。
誰もが入ると思う。それ位にいい当たりだった。
しかしボールはある位置で失速。
そして、ボールはセンターの定位置へと落ちてきてライナーがそのまま取った。
「アウト!」
審判がそう宣言した時グラウンドは騒然とした。
エレンは安堵のため息を漏らした。
まさかあのボールを打てるとは思ってもいなかったようだ。
「ふぅ。さすがはベスト4の4番か…。取り敢えずは1勝だな、勝負はまだこれからだけどな」
そうである今回は以前のオルオのように1回の勝負ではなく、最低でもあと2回は打席が回ってくるのだ。
1回目の打席でしかも初球でエレンのあのスピードについて来たのである。
-
- 148 : 2013/09/26(木) 22:51:29 :
- 次の打席では下手をすれば負けてしまう。
そうエレンの頭によぎったが同時に嬉しくもあった。
自分が全てを懸けて挑む相手が現れた事に。
「まだ始まったばかりか…」
エルドは自分の痺れた手を見ながら呟いた。
エレンの投げたボールは想像以上に速く重い、その為球威に負けてしまったのだ。
エルドにはエレンが実力的に自分と対等の位置にいる事を思い知らされた。
そんな二人を複雑な思いでオルオは見ていた。
「エルドはいつの間にあんな力を。だがエレンの球も球威はあるが、あの時の気迫はなかったな」
オルオはそう肌で感じていた。
そして試合は投手戦へと移っていった。
-
- 149 : 2013/09/27(金) 00:21:30 :
- キン!
快音と共に打球はライトへと抜けて行った。
一塁にいたランナーは二塁を蹴り三塁を目指す。
「くっ!」
ボールを捕球したライトは三塁に向かってボールを投げた。
バシッ!
三塁にボールが届いた頃にはランナーは既に三塁にいた。
観客からざわめきが走った。
遂に試合が動いたのだ。
回は7回の表 1アウト一、三塁。
スコアは0-0
新葉学園がようやく得点のチャンスを手に入れたのである。
そして次の打者は4番のエルド。
エレン達は窮地に追いやられた。
「こんなに頑張ってきたんだから、エレン君達にはなんとか勝たせてあげたいですよね…」
ペトラは神に祈る様にエレン達の勝利を願いっていた。
「ハアッハアッ、クソッ!」
エレンは肩で息をし、ユニフォームの袖で流れ落ちる汗を拭う。
素人が見てもエレンに限界が来ている事が分かる。
それでもエレンの眼光は衰える事はない。
「一、三塁の大ピンチってトコだな」
エレンは一塁と三塁をチラっと見て呟く。
目の前には4番のエルドが構えている。
(さて、どうするエレン)
(どうするって、逃げるつもりは無いぜマルコ)
(歩かせるつもりはないのかい? キミには)
(無い。俺は逃げる事をやめたからな)
(こんな状況になってまで…キミってやつは)
マルコはサインを出しそれを見たエレンが頷く。
ザッ!
エレンの左足が上がり投球体勢入る。
そして、右手からボールが放たれる。
バッターボックスのエルドの眼が鋭く輝く。
そして一気にバットを振り抜いた。
-
- 150 : 2013/09/27(金) 00:21:36 :
- カキン!
快音と共にボールは大空へと飛び立つ。
センターのライナーは必死になってそのボールの落下予想地点へと走るがフェンスに阻まれる。
ボールはフェンスを越え、誰もがその行方を見送るしかなかった。
観客は騒然とし、一塁と三塁にいたランナーがホームベースを踏み締める。
打ったエルドはダイヤモンドを静かに周っている。
それを複雑な表情で見ているエレン。
「勝てるとは思っていなかった、だけど負けてもいいとも思っていなかった…」
ユニフォームの袖で汗を拭き帽子を深くかぶる。
ホームを踏んだエルドがナイン達の祝福を受けていた。
今まで点を取れなかったが一挙に3点を奪ったのだ、まるで甲子園の時の様に喜んでいた。
回は7回の表、カウントは1アウト、次の打者は5番。
スコアは3-0で新葉学園のリード。
雲一つない大空からは太陽の光が降り続けていた。
-
- 151 : 2013/09/27(金) 00:36:31 :
- 時は移り変わり今は11月――
文化祭の親善試合から2週間程が過ぎた。
エレン達はホームランを打たれた後は苦戦しながらも、最終回まで何とか抑える事ができた。
しかし、味方の援護が無く点を取る事ができず、そのまま3-0で負けてしまった。
結局ヒットは数本しか出ず完封負け。
この事は第一高野球部にとっては衝撃的であった。
いくら投手が良くても点が取れなければどうしようもないのである。
親善試合で得られたモノは、自分達の実力の無さが分かった事であった。
それとエレンのスタミナの無さである。
6回までは何とか新葉打線を抑えてきたが7回になってスタミナが切れ、一気に得点を許してしまった。
それ以降の回も何度か打たれたが仲間の援護もあり守り切れた。
この二つの問題は今後の大きな課題となった。
「やっぱり打線が駄目なんだよな」
「ああ、まさか全然打てないとは思ってもいなかった」
野球部のグラウンドでミーティングを行っていた。
「やはり地道にバッティングの練習をするしかありませんね」
その問題を解決するのに一番無難な答えが出て来た。
こういった問題を打開するには地道な練習が必要である。いくらなんでも短期間で結果を求めるには無理がある内容であった。
だがそこに新たな問題を提示する者がいた。
-
- 152 : 2013/09/27(金) 00:38:19 :
- 「けど、オレ達のチームに足りないモノがあるだろ」
「「「足りないもの?」」」
チーム全員はその一言に注目した。
「そう、主砲の存在だ。名のある学校には必ずチームの象徴たる主砲が存在する」
「そうだな、4番のミタビには悪いが…ウチには主砲が居ない。」
「ちょ、ちょっと先輩たち…そんな言い方無いじゃないですか」
「いや、確かにその通りだな」
エレンは反論したが意外にもそれを制したのはミタビであった。
「自分で言うのは何だが、オレに4番は向いてないな」
「何言ってるんですかキャプテン。ウチではキャプテンが一番打っているじゃないですか、それがどうして…」
冷静に自分を判断するミタビが言う。
「だが、これと言った解決策は思いつかない…これから育てていくしかないだろう。ウチはまだまだ弱いから今は地道にいくことだな」
親善試合から何度も議論してきたが、結局最後にはこの結論に達してしまう。
だが今回は違う意見が出て来た。
答えたのはマルコだった。
「他から引き抜いてくる、というのはどうですか?」
「なるほど、そいつは手っ取り早いな」
「オイオイ、そんなに簡単に決めちまっていいのか?それに引き抜くったって…すぐに見つかると思うか?」
「う~ん、結構いい案だと思ったんですけどね」
マルコは反論を聞くとそれに納得したのか自分の出した提案を諦めようとした。
しかし、一人だけマルコの提案に傾いている者が居た。
キャプテンのミタビだった。
「引き抜きか…」
「あれ、キャプテンはマルコの提案に乗り気なんですか?」
「ん? あ、ああ 悪くは無いんじゃないか? 可能性は低いかもしれんが考えておくのも良いんじゃないかと思う」
「確かに何もしないでいるよりはマシですね」
エレンはしばらく考えた後にマルコの提案に賛成した。
話がとりあえず一段落したところで今日は解散となった。
帰り道でミタビは一人考えていた。
「もしかしたらアイツをもう一度…」
-
- 153 : 2013/09/27(金) 00:38:34 :
- ここまでです
-
- 154 : 2013/09/27(金) 01:15:26 :
- すっごいおもろい!
頑張って!!
-
- 155 : 2013/09/27(金) 23:34:39 :
- なんかクロスゲームに似てるような・・・
-
- 157 : 2013/09/29(日) 11:02:26 :
- 長
-
- 158 : 2013/09/29(日) 20:19:55 :
- これは・・・完結まで何日かかるんだ・・・
まぁ最後まで見るけど
-
- 159 : 2013/09/29(日) 22:36:24 :
- 面白いから頑張って!
-
- 160 : 2013/09/29(日) 23:24:52 :
- 見ていてくださっている方ありがとうございます。
急な気温の変化についていけず体調を崩してしまったので
、次回の更新は明日か明後日にしたいと思います。
申し訳ありません。しばしお待ち頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。
-
- 161 : 2013/09/29(日) 23:48:34 :
- 待ってます!!
-
- 162 : 2013/10/01(火) 17:33:40 :
- お大事に・・・
待ってます!
-
- 163 : 2013/10/02(水) 13:17:23 :
- 面白いです!
-
- 164 : 2013/10/02(水) 21:51:22 :
- 面白いですね!
-
- 165 : 2013/10/03(木) 01:01:05 :
- アニとかの詳細設定っていずれわかりますかー?
-
- 166 : 2013/10/04(金) 00:14:59 :
- とりあえず、平熱に戻ったので再開の報告まで。風邪ではなく扁桃炎でなかなか苦戦しました。
>165
詳細設定ってどんな感じのものですか? そんなに深く決めずにいきあたりばったりで書いてるもので…。
-
- 167 : 2013/10/04(金) 17:34:56 :
- 文章の書き方うまいですねー!面白いですね!
-
- 168 : 2013/10/05(土) 15:54:28 :
- 当然エレアニになるんですよね??
-
- 169 : 2013/10/05(土) 20:25:02 :
- エレアニなんですよね?笑
-
- 170 : 2013/10/05(土) 21:57:48 :
- >>166
えっと、アニとライナーとベルさんの過去とか
アニがマネージャーになってまで野球にこだわることになったわけとか・・・
すいません
面白すぎて詳しく知りたくて・・・
-
- 171 : 2013/10/06(日) 01:01:27 :
- 多分エレアニにはなりません笑…多分。
>170
なるほどー。書こうと思えば書けますが、ゼロからになるので、また余裕があるときにでも気が向けば笑
-
- 172 : 2013/10/06(日) 01:02:28 :
- 翌日の部活の時間――
野球部グラウンド
エレンとマルコは投球練習をしている。
エレンは軽く肩を慣らすように少し力を抜いてボールを投げる。
ビッ!
マルコはエレンの投げたボールをど真ん中に構えて受け止める。
スパァン!
いつもと同じ様に練習に励んでいた。
「ライナーとベルトルトはどこに行ったんだ、マルコ?」
「そう言えば今日は見ないね」
エレンとマルコはあたりを見渡したが、ライナーとベルトルトはどこにもいなかった。
二人の疑問にそばにいるアニが答える。
「あの二人は助っ人を探しているよ」
「助っ人って、もしかして昨日マルコが提案した…」
「そっ、他のクラブにウチの主砲が務まりそうな人を探しているわけ」
アニは幾分ため息混じりに話した。
「随分と張り切っている様だね、あの二人は。けど見つかるのかな?」
マルコは自分が出した提案だが、簡単に見つかるとは思っていない。
「そう簡単に見つかるとは思えない」
「どうしてだ、アニ?」
すっぱりと言い切るアニにエレンは疑問をぶつけた。
「そんな人がいるなら、とっくにあの二人が騒いでいるよ」
二人の性格を知り尽くしている者だけが言えるセリフだった。
「ハハハ そうだね。」
マルコは笑いながら答えた。
-
- 173 : 2013/10/06(日) 01:26:55 :
- 「うおぉぉぉぉぉお!! す、すげ~ぞベルトルト!」
ライナーは一人で騒いでいた。
それをベルトルトが止めようとしている。
「ラ、ライナー止めてくれよ! 恥ずかしいじゃないか…」
二人の目の前ではテニス部の女子がスコート姿で練習に励んでいた。
「ライナー、僕達はこんな事をする為に来てるんじゃないんだぞ!」
「いいじゃねーかベルトルト、少しくらい」
当初の目的を忘れかけているようだ。
「ライナー!! いいかげんにしろって! アニに言いつけるぞ……」
「ベルトルト、オマエ何言ってるんだよ? それだけは…。って、ベルトルト!! アレ見てみろよ、アレ!」
「焦りすぎだよライナー、冗談だよ冗談」
ベルトルトは慌てるライナーをからかった。
「違うぞベルトルト。アレだよアレ! キャプテンだよ!」
「キャプテンだって?」
ライナーの指差す方へと視線を向けると確かにキャプテンのミタビが居た。
「ホントだ、キャプテンが居る…」
「なんでこんなところに居るんだ?」
ミタビはテニス部の練習場に入って何やら話をしているようだ。
その話し相手はどこから見てもさわやかな好青年という出で立ちで、髪はサラサラとしており、身長は180台後半。しかし、体はがっしりとしている。
「誰なんだキャプテンと話しているのは?」
「どれどれ…。あれは、もしかして2年生の『イアン・ディートリッヒ』先輩だったかな?」
「…誰だ?」
「……」
相変わらず何も知らないライナーに呆れるベルトルト。
「いいかいライナー、イアン先輩はだね…」
「ふむふむ」
一から説明を始めるベルトルトとそれを真面目に聞くライナー。
そろそろ日が暮れる頃だった。
-
- 174 : 2013/10/06(日) 02:05:41 :
- 「よ! 相変わらず精が出てるなイアン」
「オウ、ミタビじゃないか」
テニス部の練習場ではイアンとミタビが話していた。
「それよりも見たぜ文化祭の時の試合。まさかウチの野球部が新葉学園相手に頑張るとはな」
「結局負けちまったけどな」
「何言ってるんだ。甲子園ベスト4相手にあれだけできれば十分だ。それに次の大会まで十分期間があるんだから、甲子園の可能性も捨てたもんじゃないぞ」
イアンはまるで自分の事の様に喜んでいる。
「で、テニス部のエースであるオマエはどうなんだ?」
「こっちも絶好調だな。今は全国制覇に近づいているよ。オマエには悪いが先に全国を制するのはこっちだろうな」
「やれやれ、こっちの方は問題点が続出してるってのにうらやましい事だ」
ミタビは溜め息混じりにしゃべった。
イアンはタオルで汗を拭いている。
「…問題点って打線の事か?」
「そういう事だ」
「やはりそうか……」
ミタビとイアンは互いの顔を見ないで話している。
「どうだイアン、もう一度…」
「少し…少し考えさせてくれないか。ミタビ」
「そうだよな…考えといてくれ。イアン」
「……」
二人の会話はそれで終わった。
-
- 175 : 2013/10/06(日) 02:07:19 :
- 「たっだいまー」
部活をサボって助っ人を探していたライナーとベルトルトが野球部のグラウンドに帰ってきた。
「遅いよライナー! で、どうだったんだい?」
「ふむ、さすがアニだね。ライナーの事をよく理解している」
アニがいつもの様に怒らないのでマルコが茶化した。
「な、ななな、なに言ってんのよマルコ! わ、私はただ…」
「フフ、『幼馴染として』でしょ。でも本当にそれだけなのかな?」
「そ、そうよ! それ以上でも以下でもない!!」
「ふーん、そうなのかい」
顔を真っ赤にして答えるアニに対しマルコはいつもの様に涼しい顔で答えた。
「二人とも何やってんだよ。それよりもスゲー事が起きてるぜ」
「「「すごい事?」」」
エレン、マルコ、アニはライナーの方に耳を傾けた。
ライナーはそんな3人を見て得意げに話す。
「キャプテンが助っ人を探していてな、そのキャプテンの白羽の矢が立ったのがなんと!」
「なんと?」
「イアン・ディートリッヒだろ?」
「「「「「え?」」」」」
意外なところから名前が出てきて5人は振り返った。
そこにはルーク・シスが立っていた。
「知ってるんですか先輩?」
「ま、ちょっとな。だからあえて言うが、この件に関してはミタビに任せてほしい。 念を押すが邪魔はするなよ、特にライナー」
「けど先輩はなんでイアン先輩の事を知ってるんですか?」
一方的に決められたがエレンは疑問に思った事を言った。
それを聞いたルークは微笑んで話した。
「ああ、オレとミタビ、そしてイアンは同じ中学でな。だから知ってるんだ。エレンの時はオマエ達に任せたが、今回はミタビに任せておけ」
「「「「「はぁ...」」」」」
エレン達は納得するしかなかった。
-
- 176 : 2013/10/06(日) 03:20:23 :
- そうですか 残念です
-
- 177 : 2013/10/06(日) 20:47:15 :
- 「お疲れ様ー」「お疲れー」「お先ー」
場所は変わってテニス部の練習場――
どうやら部活が終わった時間である。
その中に一人の女の子がいた。
その女の子は後片付けをしているイアンを見つけると、そちらの方へと近づいて行った。
「お疲れ様。イアン」
「ああ、リコか。お疲れ」
「どうかしたのイアン? 何かあった?」
リコは妙に鋭く、イアンに何かあった事に感づいた。
「ああ、ちょっと今日…ミタビが来たんだ」
「え? それ本当? でもどうして」
リコはミタビが来た事に驚きイアンを見たが、イアンはリコの方を見ていなかった。
イアンのその仕草から二人の間に何があったのかが分かった。
「…どうするの?」
「分からないな…」
先程まで元気だったのに今のリコの表情は暗く俯いていた。
-
- 178 : 2013/10/06(日) 20:48:17 :
- 野球部のグラウンドではエレンは先程の事が気になっていた。
「どう思う? キャプテン達の事」
「いまいち見えてこないよね」
「けど先輩達が中学校時代に、何かあった事は確かだね」
「何かって…実はイアン先輩は野球をやっていたけど、何か理由があってやめてしまったとか?」
エレンの方を見てライナーがからかう様にしゃべった。
「ハハハ まさか」
「けどそれなら十分ありえると思わないかい?」
エレンは軽く否定するがベルトルトはそうは思っていない様だった。
その一言でエレン達は考え込んだ。
「調べてみるか」
長い沈黙の後、ベルトルトがその一言だけ発した。
-
- 179 : 2013/10/06(日) 20:50:47 :
- 時は移り行き、11月の中旬――
野球部キャプテンのミタビがテニス部のエースであるイアンを誘ってから1週間が過ぎようとしていた。
その1週間の間、イアンの事を調べている者がいた。
その者の名はベルトルト。
取り敢えず中間報告としてエレンたちを集めていた。
その4人はベルトルトの報告を一日千秋の思いで待っていたのだ。
ライナーはズズッと詰め寄りベルトルトの話を聞こうとした。
「ベルトルト、イアン先輩について、どんな事が分かったんだ?」
「落ち着いてくれよライナー、今話すから」
ベルトルトはノートを取りだし、その中に書かれているイアンの事について説明した。
× × ×
「で、卒業時点での所属していた部活は、現在と同じくテニス部なんだ」
「やっぱりテニス部なのか。じゃあ野球部とは関係無いんだな」
そうエレンが言うとベルトルトは待ってましたと言わんばかりに話を続けた。
「ところがそうじゃないんだ。テニス部に入部したのはイアン先輩が2年の夏頃。それまではなんと野球部に在籍していたんだよ」
「それは本当かベルトルト? じゃあ何でイアン先輩は移籍したんだ?」
ベルトルトの説明を聞いていたライナーは野球部に在籍していたという事実に驚いた。
「落ち着いてライナー、そのことは後で話すから。で、小学生時代はリトルリーグにも入って、そこではキャプテンと同じチームだったんだ。そして、キャプテンが3番でイアン先輩が4番だったらしいんだ」
意外な事実を聞かされてエレン、ベルトルト、アニは口をポカンと開けて呆然としていた。
マルコは相変わらず涼しい顔をしている。
「それで肝心の移籍の理由なんだけど、どうやら当時のテニス部は廃部寸前だった様なんだ。で、イアン先輩はテニス部を助けるため移籍したようなんだ」
「あれ? でも『ようなんだ』だなんて、それはベルトルトの推測なのかい?」
「うーん、実はその通りなんだよね。けど、イアン先輩の性格を考えるとそうとしか思えないんだ。責任感が強くて、優しくて、困っている人を放っとけない性格…」
「でもイアン先輩とテニス部の廃部…。この二つを結びつける物が分からないね」
「痛いところを突いてくるねマルコ。けど正直なところ、もう調べたくはないんだ。これ以上調べるとなるとプライベートな部分にまで入りそうなんだ」
マルコが何とか真実に近づこうと問うが、ベルトルトには最早どうしようもなかった。
-
- 180 : 2013/10/10(木) 20:00:55 :
- まだかしら?
-
- 181 : 2013/10/11(金) 21:33:45 :
- おせーな
-
- 182 : 2013/10/12(土) 22:33:55 :
- 面白い!
はやく続きみたい
-
- 183 : 2013/10/13(日) 22:51:57 :
- 待っていてくださる方には本当に申し訳ありません。突然の出張により、更新が滞ってしまいました。
ようやく帰れる目途がついたので、明日には更新します!
-
- 184 : 2013/10/16(水) 00:34:35 :
- しかしその5人の会話を聞いている者がいた。
「全くお前たちは、妙におとなしいと思ったらそんなことをしていたのか」
「キャプテンにイアン先輩、ど、どうしたんですか?」
振り返るとミタビとイアンが仁王立ちしていた。
「ス、スイマセンでした!」
さすがに悪い事をしたと思っているベルトルトは謝った。
「いいか、人には知られたくない事の一つや二つはあるんだぞ! それをオマエ達は根掘り葉掘りと調べて…恥を知れ!」
「……」
キャプテンであるミタビに言われてエレン達は縮こまった。
「ミタビ、もういいじゃないか。こいつ等も反省している様だし」
「けどなイアン、コイツ等はお前の事を」
「分かってるよ、お前が言いたい事は。いいかオマエ達、オレやミタビはお互いを親友だと思っている。 自分の親友の事をそんなに調べられるのは、気持ちのいいモンでも無いだろ? オマエ達だってオレ達と同じ立場だったら怒るのも分かるだろ」
「ハイ…」
エレン達が十分反省している様なのでミタビは納得したので引き下がった。
しかし、イアンは更に続けた。
「まあ、ここまできたんだ。最後まで知りたいだろう」
「な、何を言ってるんだイアン!」
イアンの一言にミタビは驚愕した。
自分達の間にあった事を、自らが教えようとしているからである。
しかしイアンはミタビを目で制した。
「どうしてだイアン…」
「ミタビ、お前が俺の事を思うのは分かる。だが、コイツ等も大切な後輩なんだろう。それに、俺自身が吐き出して整理したいというものある。俺たちはお互いを知りすぎている。だから、どうしても同情に似た感情を含めて考えてしまうからな……」
「……そうだな。」
イアンの強い意志にミタビは了承した。
そしてイアンは自分達が中学時代に起こった事を話し始めた。
-
- 185 : 2013/10/16(水) 00:47:37 :
- 「さて、何から話そうか…。そう言えば、俺と廃部寸前のテニス部の繋がりが分からないって言っていたな。『リコ・ブレチェンスカ』、この女の子が二つを結びつける鍵なんだ」
「リコ・ブレチェンスカ…。確かイアン先輩のクラスに居た筈」
ベルトルトがその名前に反応してしゃべった。
「知ってるのか? ベルトルトの言う通りリコはイアンと同じG組にいるんだが」
イアンは話を続けようとしたが目の前ではベルトルトがミタビから質問されていた。
「お前はそんなところまで調べたのか?」
「スイマセン……」
「はあ。もういっそのこと探偵業でも始めたらどうだ?」
半ばあきれたようにミタビが話した。
「まあ、そういうな。俺たちの事を調べたらいやでも出てくるだろう」
イアンがミタビを制するように続けた。
しかし、今度はエレンの方から質問が出て来た。
「失礼かもしれませんが、イアン先輩とリコ先輩はどのように関係あるんですか?」
「そう慌てるな。まあ、簡単に言えば今は恋人関係にあるな」
「「「えー!!」」」
エレン達は驚いた。
流石にそこまでとは考えていなかったようだ。
「ハハハ、そりゃ驚くよな。話を続けるぞ。えーと、当時のリコは、その問題のテニス部に在籍していたんだ。ウチの中学には、分からず屋の教頭とその手先の生徒会が居てな、クラブ活動に何かと文句をつけにくるんだ。特に弱小のクラブや小人数のクラブなんかは酷くて、実際に廃部にまで追いやられた所も一つや二つではない。それでテニス部も人数が少なくて弱いときているから、格好の標的にされたんだ。そこでリコが頑張って、条件付きで部の存続を認める事を約束させたんだ」
「条件って何ですか?」
「その条件って言うのが…」
イアンの長い回想が始まった。
-
- 186 : 2013/10/16(水) 00:53:48 :
- イアン達が通う中学の当時のテニス部――
ここでは次の大会に向けて部員の7人が話し合っていた。
「次の大会で何でもいいから1回勝ち抜けばいいんだよ」
「リコ、それだけでいいの?」
「条件はそれだけ何だけど……問題は対戦相手なの」
リコはみんなに対戦表を見せた。
対戦表を見た途端、全員落胆した。
「何だよこの対戦相手は! オレ達全員の相手が県大会出場者か、予選でも必ず上位に顔を見せる奴等じゃないか」
「チクショウ、生徒会の連中はこれ見て条件を決めたんだな。汚い真似をしやがって」
「やっぱり廃部になるのかしら…」
「みんな 諦めるのは早いんじゃない? まだ廃部と決まったわけじゃないんだし、大会までまだあるんだから…」
全員が諦めようとしたがリコだけは違った。
リコは何とかみんなを奮い立たせようとした、だがそれが裏目に出た。
「じゃあリコは勝てると思ってるの? 私達がどんなに頑張ったって無理な事ぐらい分からないの?」
「オレ達とは才能が違うんだよアイツ等は。 オレ達凡人には到底勝てない相手なんだ、諦めよう」
リコは自分の耳を疑った。
部員達は最初から諦めていたのである。
「そんな…テニス部がなくなるんだよ! それでいいの? テニスが好きじゃないのみんなは!」
リコは泣いていた。
部員のみんなとは何でも分かり合えると思って信じていた、それなのに裏切られた。
それでもリコは流れる涙を拭わずに部員達を見つめた。
だが誰も目を合わせようとはせず、一言だけ発した。
リコが聞いたその言葉は
「…ゴメン…」
それだけだった。
一人、また一人と部室から去り、リコだけが残された。
-
- 187 : 2013/10/16(水) 01:03:32 :
- 「どうしたんだ?」
リコはあれからしばらく呆然としていたが、それを見つけたミタビが話しかけた。
しかし、リコは返事を返すことなく、踵を返し帰路に着いた。
リコの背中を見守るミタビ。しかし彼はリコが泣いているのを見てしまった…。
プルルル プルルル ガチャ
「ハイ、ディートリッヒです」
「もしもしイアンか?」
「ん?ミタビか。こんな時間にどうしたんだ?」
ミタビはリコのことが心配になり、親友であり小さい頃からの付き合いのイアンに相談する事にした。
「ああ、リコのヤツが変なんだ」
「変って一言で言われてもオレには何の事か分からないぞ」
「そうだったな。実は泣いていたんだ、アイツが…」
「何だって? リコが泣いていたって? いったい何があったんだ?」
「分からないからこうしてオマエに相談しているんだよ。だから一緒に考えてくれ」
「そ、そうだな、スマン取り乱して。でもリコが泣くなんて考えられんぞ」
「そうなんだ、アイツが泣くのを見たのは小学校の低学年以来だからな。余程の事でもない限り考えられないんだ」
二人はリコの事を本当に大切にしていた。
小さい頃からいつもミタビ、イアン、リコの3人で遊んでいた。
だが時が経つにつれ、ミタビとイアンのリコに対する想いは、行動を共にする者から護るべき者に変わっていった。
だからこそ今のリコを護らなければならないという想いがあった。
「…そう言えばミタビは生徒会の悪い噂を知っているか?」
しばらくした後イアンが何か思い出したように話した。
「悪い噂って…あの部活いじめの事か?」
「そうだ、弱いクラブや人数の少ないクラブの廃部や予算の削減だよ」
「それってもしかしてテニス部も…」
「ああ、絶対そうに違いない。陰険な奴等だ…」
イアンは吐き捨てる様に話した。
「落ち着けイアン。とにかく調べてみないとな…」
「それならオレのクラスにテニス部のヤツが居るからそいつに聞いてみるよ」
「スマンなイアン。ひょっとしたらオマエのトコにリコが相談に行くかもしれない。その時は頼む。
「ミタビ、オレとオマエの仲だ水臭い事を言うな。喜んで力になるぜ。」
「ありがとうイアン」
ミタビはイアンに感謝した。
しかし次の日イアンのクラスに行ったミタビは信じられない光景を目撃した。
-
- 188 : 2013/10/16(水) 01:07:40 :
- 「なんだと! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやるよ! 無理なものは無理なんだよ! オレ達がどうやったら県大会出場者に勝てるんだよ!」
イアンがテニス部の部員と口論になっていた。
「お前にはプライドってモノが無いのか? テニス部が無くなるんだぞ」
「どうだっていいんだよ、そんなモン! 逆に感謝してもらいたいな、お前等には。こっちが無くなるお陰で練習場が広くなるんだぜ! 願ったりじゃないか!」
「テ、テメェ!」
この一言にイアンはキレて殴ろうとした。
しかしミタビが割って入り、イアンを抑えるのに成功した。
「よせイアン! コイツはもう諦めちまってるんだ。そんなヤツに何を言っても無駄だ」
「放せミタビ! こんな分からず屋、殴らないと気が済まないんだ!」
ミタビがイアンを止めているのを見て安心したのかテニス部員は挑発する様に言った。
「誰かと思ったらミタビじゃないか。ヘッ オマエ達は良いよな、廃部にされる心配が無くてよ! こっちは県大会出場者を相手にするんだぜ! しかも負けたら終わり。オレ達は楽しくやっていられたらそれで良かったんだ。それなのに生徒会には文句を言われるし、お前たちの幼なじみには無理な事を押し付けられるし…。これ以上は迷惑なん…グェ……」
この騒動を見ている者全てが驚いた。
今までイアンを抑えていたミタビがいきなりテニス部員の胸倉を掴み締め上げたのだ。
そして凍る様な冷たい目で言い放った。
「ハナッから諦めている腰抜けには言われたくないね。自分の弱さを棚に上げて迷惑だって? そんな事言える資格があるとでも思っているのか? 負け犬なら負け犬らしく隅っこにでも固まってるんだな。行くぞ、イアン」
「オイ待てよミタビ」
ミタビは言いたい事を言うと教室を後にした。
その日の授業には二人とも出なかった…
-
- 189 : 2013/10/16(水) 01:17:19 :
- そして放課後――
「イアン、やっぱり練習には出るんだな」
「当たり前だ! オレ達はスポーツマンだ。スポーツマンはスポーツマンらしく日々の練習を怠るわけにはいかんのだ」
ミタビは茶化すつもりだったがイアンには冗談は通じない。
「それにしても、今朝のは腹が立ったな」
「ミタビもそう思うだろ? けど久しぶりだったな、オマエが怒ったのは。何度見ても冷や汗が出るぜ、あの目にはな」
「いや アレはだな…」
ミタビは慌てて訂正しようとした。
しかし不意に視線を回すと知った顔の女の子が視界に入った。
「リコじゃないか…」
「何、どこだミタビ?」
そこには一人で練習をしているリコの姿があった。
どうやら壁打ちをやっている様だが、二人の目には余り上手には映っていなかった。
リコの打ったボールが壁に当たると、ボールはあさっての方向に飛んで行った。
それを懸命に追うが届かずに勢い余って転んでしまう。
周りから見れば格好悪い姿だが、リコはそんな事は気にせず黙々と練習を続ける。
何度も転んだのかリコのウェアは汚れており、流れる汗も構わずに練習に励んでいた。
それを見ていたミタビが声を掛けようとしたがイアンが止めた。
「やめておけ、今リコのところに行けば傷つけるだけだぞ」
「け、けどなイアン」
「じゃあオマエはリコになんて言うんだ? 頑張れとでも言うのか? それとも諦めさせるのか? どんなに綺麗事を並べても、今のリコにその言葉は届かないぞ。」
「……」
「アイツが自分で決めた事だ。当事者でもないオレ達が出る幕じゃない」
「ただ見ているだけなのかよ。情けねぇ…」
二人はリコに対して何も出来ない自分たちの不甲斐なさを呪った。
テニス部の大会がある当日に野球部もまた大会があり、助ける事が出来ないのであった。
ミタビとイアンが見守る中、リコは一人で練習を続けた。
-
- 190 : 2013/10/16(水) 17:01:10 :
- 数日後――
スパーン、スパーン、スパーン
目的の場所が近づくにつれボールを打つ音が聞こえてきた。
だがそこには先客が居たようだ。
しかしミタビは誰だか知っていた為、気にすることなく近づいた。
「早いなイアン」
「ん? 来たかミタビ」
先に来ていたのはイアン、ミタビの幼馴染であり同じ野球部員でもある。
そして目の前には二人にとって大切な人。リコが一人で練習をやっていた。
スパーン、スパーン、スパーン
「確かに上手になって来ているけど…」
「それを言うなって、ミタビ」
最初に見たときよりはマシになってはいるが、大会で通用するとは二人には思えなかった。
それこそ朝早くから夜遅くまで練習しているのに、才能という壁があるのか大会で勝てるほど強くはなっていない。
大会まで残すところ後1週間を切った。
それでもリコは諦めていない。
でなければテニス部がつぶれてしまう。
大好きなテニスがやれない。
今のリコにはそれしか無かった。
「…帰るか…」
イアンはこれ以上ここに居るのが辛いのか帰ろうとした。
しかし背を向けた瞬間、ボールを打つ音が途切れた。
カラン
その変わりにラケットが落ちる乾いた音が聞こえた。
そしてリコを見ていたミタビからは絶叫が響く。
「リコ!!」
イアンが振り返ったそこに見たものは、右肘を押さえて痛みを堪えているリコと、そのリコに駆け寄るミタビの姿だった。
二人は大急ぎでリコを保健室に連れて行った。
-
- 191 : 2013/10/16(水) 17:13:15 :
- しかし、保健室にリコを連れて行ったが、そこでは手におえない為病院に連れて行かれた。
そこではリコの症状が右肘の痛みの為、医者は額に汗を浮かべて慎重に診た。
そして一通り診察が終わったが医者は難しい顔をしていた。
最初に出した自分の最悪の推測、それが診断結果だった。
右肘靭帯の損傷。
それがリコの診断結果だった。
その事が告げられた途端にリコは奇声を上げて診察室から飛び出した。
「「リコ!!」」
ミタビとイアンはリコを追い、屋上でその姿を見つけた。
その姿はとても小さくて触れただけで壊れてしまいそうだった。
「リコ…」
イアンが大切な幼なじみの名前を呼んだ。
返事は返ってこないと思っていた。
だが呼ばずにはいられなかった。
だがリコは気丈にも明るい声でしゃべってきた。
「アハハハ、私の右肘壊れちゃったみたい。これじゃテニスは出来ないね。テニス部の事は諦めるしかないか……」
リコが振り返り二人に話した。
「あーあ、あんなに頑張ってきたのに意外と呆気なかったね」
「リコ…」
「ちょっと残念。ごめんね二人とも。迷惑を掛けて…」
リコは冷静に話しているつもりだった。
しかしそんな思いとは裏腹に彼女の目から涙が溢れてくる。
「あれ? どうしてだろ? 何で…涙が…出てくるの? お、おかしいな」
拭っても拭っても出てくる涙は止まらない。
「リコ…」
そんなリコをイアンは優しく抱きしめる。
そしてイアンは慈しむように諭した。
「泣きたい時は思いっきり泣いた方がいい…」
その言葉を聞いた瞬間にリコはイアンの胸の中で、堰を切った様に大声で泣き出した。
「ウ...ウゥ...ウワアァァァァァァァァァァァァァ!! 嫌だよ!! こんなの嫌だよ!! テニスが出来ないなんてそんなの嫌だよ!! 助けてイアン! 助けてよミタビ! テニスがやりたいだけなのに!!! どうして、どうしてこんな事に……」
リコの悲痛な叫びが二人に深く突き刺さる。
だが二人には何も出来なかった。
ただ、聞く事だけしか出来なかった。
自分達の不甲斐無さを呪った。
そして、二人はリコを病室に送り病院を後にした。
-
- 192 : 2013/10/16(水) 17:13:38 :
- しかしイアンだけは病院に残った。
そこで知っている顔を見たから…
「何しに来たんだオマエ達?」
イアンの前にはテニス部員達が居た。
そして彼らに冷たい声で話したのだ。
「…リコが怪我したって聞いたから…」
「オマエ達には関係の無い事じゃないのか?」
「そ、それは」
テニス部員達は言い返せなかった。
自分達がリコを、テニス部を捨てたから。
「…右肘の靭帯損傷。リコはもうテニスが出来なくなった」
「!」
テニス部員達に戦慄が走り、それと同時に罪悪感を感じた。
リコの怪我の原因が無理な練習にあったのを知っていたから。
自分達が勝手に見捨てて、リコ一人に全てを押し付けた為――その結果である。
リコが一人で頑張って来た事は知っていた筈なのに何もしなかった。
その結果が一人の少女から大切な物を奪った。
テニス部員達は押し寄せる罪悪感から何も話せなかった。
それをイアンが睨みつける。
誰も目を合わせられなかった。
テニス部員の一人が後ろを向き、病院を出ようとした。
「ちょっと、どこ行くのよ? リコには会わないの?」
それを止めようとする他のテニス部員が居た。
しかし病院を出ようとしたテニス部員は振り返らずに答えた。
「会える訳無いだろ! オレ達にはリコに会う資格が無いんだ。だからオレはオレに出来る事をやるだけだ」
それだけ言うと病院を去った。
そこには強い意志が込められていた。
その事を聞いていたイアンはある決心をした。
「自分に出来る事か…」
-
- 193 : 2013/10/16(水) 17:16:52 :
- 野球部の大会会場――
そこではミタビ達が試合前のミーティングを行っていた。
そこで顧問の先生が一人足りない事に気付いた。
「イアンはどうした?」
その一言に部員達は反応して辺りを見渡した。
するとその時ミタビが顧問の先生の前に来た。
「ミタビは知っているのか?」
「イアンからです」
顧問の先生の言葉に答える様にミタビは1枚の封筒を渡した。
その封筒を見た顧問の先生は驚愕した。
「な、何だと?」
封筒には 『退部届』 と書かれていた。
-
- 194 : 2013/10/16(水) 17:25:18 :
- 場所は変わりテニス部の大会会場――
ここにはリコを除いたテニス部員全員が集まっていた。
「さて、大会が始まったな」
「ええ、けど私達勝てるのかしら…」
「そんな事考えてどうする! また諦めるのか? そんな事したらオレ達は本当に最低な人間になるぞ!」
「そうだよね、リコだって最後まで頑張って来たんだから私達も頑張らないとね」
「そういう事だ、不戦敗なんて一番情けないからな。それに何かの都合で勝てるかもしれないからな」
全員の気持ちは一致した。
最後まで諦めずにやってみて、それでも駄目な時は本当に諦めがつく。
そう思えるようになった。
一人の部員のお陰で――
その時、部員達の背後で音がした。
そこにはテニスウェアを着ていたリコが居た。
その右肘にはまだ包帯が巻かれたままであった。
「みんな…どうして…」
リコが全員に問うと部員達は答える。
「最後まで頑張ってみようと思ってね。でもリコは何故ここに?」
「私は…最後になるから。ここに来たかったから…」
リコは今にも消えてしまいそうな小さな声で答えた。
「前は悪かった。謝って済むとは思えないけど、せめて大会には出ておこうと思ってね。運が良ければ何かの都合で勝てるかもしれないからな」
「練習していなかったのは悔やまれるけど最後まで頑張ってみるよ」
「みんな…」
リコは泣いていた。
ここに来てようやく分かり合えたのだ。
「ゴメンなさい、リコ」
以前と同じ言葉だが拒絶ではなく謝罪。
リコの想いを理解した為の言葉であった。
「ありがとう」
リコにとって最早勝敗などは…部の存続などは関係なかった。
確かに部が無くなるのは悔しいが、それよりも大切なものを手に入れる事が出来たのだから。
-
- 195 : 2013/10/16(水) 17:25:28 :
- 「…で、オマエ達は運任せで部の廃部を賭けるのか?」
その声に気付いて振り返ると、そこにはイアンが居た。
「イアン何でここに? それに今日は野球部も」
リコが尋ねた。
居る筈の無いイアンが今ここに居るのだから。
そこへイアンは1枚の封筒を差し出した。
そこには『入部届』と書かれていた。
「ああ、オレも混ぜてもらおうと思ってね」
「入部届って…野球部はどうしたの?」
「辞めた」
「辞めたって、ミタビはこの事知ってるの?」
「ミタビには昨日話した。そしたら『そうか』ってだけ言ってたぞ」
「そんな…」
自分の為。リコにはミタビとイアンの想いが分かった。
「リコ、オレは高校になったら野球をすればいい。だけどテニス部は今が大変なんだろ? 及ばずながら力になるぞ」
「イアン…」
「それに俺たちは弱小校だ。一人ぐらい入れ替わってもだれも気付かないだろ」
そしてその日からイアンは野球部からテニス部へと移籍した。
-
- 196 : 2013/10/16(水) 17:54:10 :
- 「というわけで俺は野球からテニスに部を移籍したんだ」
イアンがようやく説明を終えた。
「そんな事があったんですか…」
イアン達にそんな事があったとは予想していなかったのでエレン達は呆然としていた。
同時に興味本位でイアンの事を調べていた事を恥じた。
「これで少しはイアンの事が分かっただろ? だからオレはコイツの事を本当に尊敬している。本当の強さを持っているからな」
「ハイ…本当にスイマセンでした」
エレン達は謝る他は無かった。
しかしマルコは説明の中で最後の疑問になった事を話す。
「でも何故イアン先輩は高校では野球部に入らなかったんですか?」
そうである。 今までの話しの事は全て中学時代の事であり、高校になれば今一度野球を始められるのに何故未だにテニス部なのか。その事が最後の疑問として残った。
その言葉にミタビが答えた。
「それからの事はオレから話そう。イアンがテニスを続けた理由は『辞められなくなった』からだ。」
「それってリコ先輩の…」
ライナーが恐る恐る聞いてきた。
「ま、それもあるんだがな。イアンはその大会でメダルを獲得したんだ」
「え?? だってイアン先輩はテニスをやった事あったんですか?」
ライナーは自分の耳を疑った。
今まで野球部に居たのに、それが運動センスが良いからと言ってメダルを取れるとは思えなかった。
「いや無いぞ。だけどアイツは勝ったんだ。県大会出場者など強豪を倒してな。そうなると周りからは『天才』だと囃し立てられ、当然ライバルも出てくる。だから辞められなくなったんだ。周りの期待が、ライバルが、そしてリコが居たからな」
「けど納得できない奴等も居たんだぜ。…オレ達だけどな」
-
- 197 : 2013/10/16(水) 17:54:21 :
「けどある事件をきっかけに納得せざるを得なくなったんだ。あの教頭を殴り倒した時のイアンを見た時、オレはイアンの事を尊敬した」
「教頭先生を殴ったって…いったいどうしてですか?」
ミタビの意外な発言にエレンは驚いた。
「ああ、大会で良い成績を残したおかげで教頭からべた褒めされたんだ。生徒会でやってた部の縮小と予算削減、それを教頭が裏で指示を出していた事はみんな知っていた。最初のうちはテニス部を潰そうとしていたのに、成績を残した途端に態度を変えやがった。だからそんな教頭の顔を見た時、イアンは怒りを抑え切れず殴ったんだ。職員室のど真ん中でな」
「……」
イアンの想いがこんなに深かった事を感じてエレン達は感動した。
「だからオレはアイツがテニスを続けると言っても、それで良いと思っている。アイツ自身が決めた事だからな」
ミタビは迷いの無い顔で話した。
親友であるイアンの事を尊敬しているから。
エレン達はそんなイアンの事を羨ましく思った。
-
- 198 : 2013/10/16(水) 20:37:07 :
- や、やべえ・・・
めっちゃ面白い
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- 199 : 2013/10/16(水) 20:38:32 :
- レベル高い
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- 200 : 2013/10/16(水) 22:44:25 :
- イアンかっけーわ
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- 201 : 2013/10/17(木) 23:15:58 :
- 時と場所は移り、イアンの自宅
学校から帰ったイアンはまだ悩んでいた。
1週間前ミタビに言われた様に自分は野球をするべきなのか否かを。
イアンはドアを開け自分の部屋に入る。
その部屋には数多くのトロフィーや賞状が所狭しと並んでいた。
それらの大半がテニスによる物だった。
イアンは部屋を見渡したが、それらのモノには何の興味は無かった。
だが机の上にある写真立ての位置で視線が止まった。
その写真立てにはイアンとリコだけが写っていた。
二人ともテニスウェアを着ていて、とても嬉しそうな顔をしていた。
日付は3年前の夏――
テニス部が部の存続を賭けた大会の日付と一致していた。
「リコ…」
写真立てを手に取る。
イアンはその写真立てを持ったままベットに寝っ転がる。
それからまた考え始めた。
「……」
不意に手を巡らすと何かが当たった。
手に取って見るとボールだった。
しかしそれは黄色いテニスのボールではなかく純白の球。野球のボールだった。
イアンはいきなり起きて、自分の机の引出しを開けた。
するとそこにも写真立てがあった。
その写真は撮影してから長い時間が経っている様で色褪せていた。
写真には二人の少年がこれまた心底嬉しそうな顔をしていた。
ミタビとイアンのリトルリーグ時代の写真だった。
「ミタビ…」
その写真を見た途端にある種の想いが涌き出た。
イアン自身が忘れていた感情。
3年前のあの日に封じ込めたモノ。
二度と思い出す事の無い様に記憶の奥深くに閉じ込めた想い。
野球に対する想い…それが涌き出た。
写真は色褪せても、その想いは色褪せる事無く残っていた。
「今度の夏が最後のチャンスか」
そしてイアンは決心した。
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- 202 : 2013/10/17(木) 23:16:39 :
- プルルル プルルル プルルル
「ハイ」
リコが電話に出る。
「リコか、オレだ。イアンだ。」
「イアン…どうしたの?」
リコは驚いた。
それにも増してイアンがこれから何を話すのかが不安で堪らなかった。
「話したい事があるんだ…電話じゃなくて直接オマエに伝えたい。いつもの場所で待っている」
「…分かった」
電話はそれだけで終わった。
だがリコは受話器を置いたまま、しばらく動けなかった。
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- 203 : 2013/10/17(木) 23:18:26 :
- とある公園――
イアンはそこでリコを待っていた。
小さい頃3人でいつも遊んでいた場所、そこがイアン達がいつも待ち合わせに使う場所であった。
イアンはしばらく待っているとリコが静かに現れた。
「悪いな呼び出したりして。オマエに伝えたい事があるんだ」
イアンはいきなり本題に入った。
あまり長引かせたくはないのであろうか、イアンは切り出した。
リコはこうなるであろうと予想していた為、冷静に答える。
「野球の事だね…」
「そうだ。やっぱりオレは野球が好きらしい…いや、好きなんだ。リコにはスマナイと思っている。勝手に期待させてしまって、結局その期待には応えられないから。オレはもう一度野球がやりたい。今度の夏が最後だから…アイツ等ともう一度一緒に野球がやりたいんだ」
イアンは自分の正直な想いをリコに打ち明けた。
今まで抑えていたモノ全てをリコに話した。
「イアン…」
リコにはイアンの気持ちが痛いほど分かった。
かつての自分も同じだったから。
それら全てを理解した時リコは決心した。
あの時はイアンに助けられた。
それからずっとリコはイアンに寄りかかって来た。
イアンが傍に居たからこそ自分が立ち直れた事を知っていた。
だが今のイアンはその時の自分と同じだった。
だからこそ、今こそイアンの為に、自分の愛する人の為に力になろうと決心した。
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- 204 : 2013/10/17(木) 23:18:41 :
- リコはイアンの胸に自分の額を当てた。
その表情は優しさで溢れていた。
そして目を瞑り、自分の想いを話す。
「分かっていたよ。イアンが野球の事を忘れられない事。優しいから…イアンは私の事を想ってくれたから。だからテニス部に…いつも私の傍に居てくれたんだよね。私の願いを…私の分まで頑張って…。ありがとう。私はもう大丈夫です…傍に居てくれて…私の事を愛してくれて。だから今度は野球部の為に、そしてイアン自身の為に頑張ってください。待っています。待っていますから………あなたの事をずっと」
リコの頬に一筋の涙が零れた。
その涙は悲しみのものではなく、大切な人を心から想う為に自然に出たものであった。
「ありがとう、リコ」
イアンは自分の事を心から愛してくれる女性の頬に触れた。
そして流れ落ちる涙を拭う。
「待っていてくれ、必ずオマエのところに帰ってくるから。オレの帰るべき場所はリコ…オマエだから。愛しているリコ」
イアンは微笑んだ。
リコもまた微笑んだ。
リコが目を閉じる。
そして二人の距離が縮まる。
公園の外灯に照らされて出来た二つの影が一つに重なった。
止まっていた二人の時が再び流れ始めた。
その翌日からイアンはテニス部から野球部に移籍した。
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- 205 : 2013/10/17(木) 23:23:20 :
- 後書き
ようやくイアンが野球部に入ってくれました。いやー長かった。本当はもっと短くする予定だったのが、思いのほか長引きました。
さて、次からは一気に話が飛び、 ~エレン君二年生編~ に突入し甲子園に向けて本格始動します。
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時は進み、エレン達は2年生に進級
それと同時に野球部には新入部員が入ってくる
そこでエレンは意外な人物と出逢った...
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という調子で話は進んで行きますので今後ともよろしくお願いします。
もしかしたら別スレでやるかもしれません。
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- 206 : 2013/10/18(金) 17:58:35 :
- 面白すぎる!続きがはやくみたい!
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- 207 : 2013/10/18(金) 20:15:28 :
- ミタビとイアンはエレンの一つ上でしたっけ?
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- 208 : 2013/10/19(土) 21:29:20 :
- >>207
そうですね
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- 209 : 2013/10/19(土) 21:37:46 :
- 続きようの別スレ立てました。
タイトル:果たすべき約束 その向こうに待つもの
http://www.ssnote.net/archives/1299
URLの最後が、23から1299に…。
かなりの数のSSが生まれてますね。
続きもご覧いただけると幸いです。
ではまた
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- 210 : 2023/08/05(土) 13:37:17 :
- http://www.ssnote.net/archives/90995
●トロのフリーアカウント(^ω^)●
http://www.ssnote.net/archives/90991
http://www.ssnote.net/groups/633/archives/3655
http://www.ssnote.net/users/mikasaanti
2 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 16:43:56 このユーザーのレスのみ表示する
sex_shitai
toyama3190
oppai_jirou
catlinlove
sukebe_erotarou
errenlove
cherryboy
momoyamanaoki
16 : 2021年11月6日 : 2021/10/31(日) 19:01:59 このユーザーのレスのみ表示する
ちょっと時間あったから3つだけ作った
unko_chinchin
shoheikingdom
mikasatosex
unko
pantie_ero_sex
unko
http://www.ssnote.net/archives/90992
アカウントの譲渡について
http://www.ssnote.net/groups/633/archives/3654
36 : 2021年11月6日 : 2021/10/13(水) 19:43:59 このユーザーのレスのみ表示する
理想は登録ユーザーが20人ぐらい増えて、noteをカオスにしてくれて、管理人の手に負えなくなって最悪閉鎖に追い込まれたら嬉しいな
22 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:37:51 このユーザーのレスのみ表示する
以前未登録に垢あげた時は複数の他のユーザーに乗っ取られたりで面倒だったからね。
46 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:45:59 このユーザーのレスのみ表示する
ぶっちゃけグループ二個ぐらい潰した事あるからね
52 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 20:48:34 このユーザーのレスのみ表示する
一応、自分で名前つけてる未登録で、かつ「あ、コイツならもしかしたらnoteぶっ壊せるかも」て思った奴笑
89 : 2021年11月6日 : 2021/10/04(月) 21:17:27 このユーザーのレスのみ表示する
noteがよりカオスにって運営側の手に負えなくなって閉鎖されたら万々歳だからな、俺のning依存症を終わらせてくれ
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