このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
この作品は執筆を終了しています。
赤の記憶 〜名も無き少女の物語〜
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- 1 : 2014/08/03(日) 23:48:32 :
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原作9巻でサシャに助けられた少女のお話です
アニメ派の方にはネタバレになるのでご注意下さい
途中、重い話になりそうなので、執筆途中はコメント制限させて頂きます
最後までお付き合い頂けたら幸いですm(_ _)m
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- 2 : 2014/08/03(日) 23:50:08 :
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少女はログハウスのデッキに膝を抱えて座り、沈んで行く夕陽をじっと眺めていた
全てのものを覆い尽くす、暴力的なまでに禍々しい赤
彼女の心に刷り込まれた景色も、これと同じ色をしていた
赤く染まった記憶の中に
悲しげにこちらを見つめる女性の姿がある
少女が大好きだった人
ひとりぼっちの彼女にとって世界の全てだった人
そしてもう
二度と会うことが出来ない人……
「母さん…」
少女のつぶやきは突然吹いた一筋の風に攫われ
燃える空の中に
溶けて消えて行った
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- 3 : 2014/08/04(月) 00:07:02 :
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父親は少女がまだ3歳になる前に、流行り病で命を落とした
壁の向こうから来た巨人に追われ、この地に移り住んでから、わずか1年足らずの頃だった
幼い少女と2人、まだ慣れぬ土地に残された母親は、村人達の家事や畑仕事を手伝う事で僅かながらの報酬を得ていた
家の前に作られた小さな畑には、自分達が食べる分だけの作物が植えられ、物心が着いた頃からその畑の世話は、少女の大事な仕事の一つになっている
「母さん!お芋の花が咲いたよ!」
「そうかい、今年は夏が長くて少し心配だったけど、お前のおかげで元気に育ってくれたね」
「うん!私がんばったもん!」
「お天道様はちゃんと見てるからね。がんばった分だけいい事があるのさ」
それは母親の口癖だった
小さな子供が運べる水の量はたかがしれている
少女は村に一つしかない共同の井戸と畑を何度も往復して、作物に水を与えた
炎天下の中、傷だらけになりながら雑草を抜き、害虫を一匹づつ駆除していった
母親が他人の畑を手伝う間、少女は自分と母親2人の、生活の糧となる小さな畑を大切に守っていた
『がんばればきっといい事がある』
そんな母の口癖を信じて
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- 4 : 2014/08/04(月) 00:18:34 :
- 「がんばったから、お芋たくさん出来るよね?」
「ああ、出来るよ。そろそろ葉っぱも食べられるね」
「お芋は甘くて好きだけど…葉っぱはあんまり好きじゃないな…」
口を尖らせる少女に、母親はおどけた口調で言うのだった
「とっても栄養あるんだよ?ちゃんと食べたら、お姫様みたいなお姉さんになれるのにねぇ…」
「ほんと?!」
「母さんはウソついたことないでしょ?」
「うん!」
少女は母親の胸に飛び込むと、幼子らしい感情のままに、その腕の中で思い切り甘えた
「母さん、私がんばって母さんに美味しいお野菜たくさん食べさせてあげるからね。お芋の葉っぱもちゃんと食べるよ!」
「ありがとう。楽しみにしてるよ。母さんもお仕事がんばらなきゃ!」
「ふふふ」
優しい手に頭を撫でられて心地よい眠気にまどろみながら、貧しいながらも母と共に生きる幸せを、少女は確かに感じていた
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- 5 : 2014/08/04(月) 08:41:59 :
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その年の冬はいつにも増して寒さが厳しい日が続いた
少女はヒビ割れて血の滲む指先を自分の息で温めながら、囲炉裏にくべる薪を拾っていた
冬の間、母親が仕事で留守にしている日中は、こうして外で薪拾いや水汲みをして過ごしている
火の気の無い家の中でじっとしているよりは、身体を動かしていた方が気が紛れた
それに、母親が帰ってから薪に火を付け、暖かくなった部屋の中で2人でゆっくりする時間が、少女はなによりも好きだった
母親は彼女のあかぎれだらけの小さな手に、獣の体から取った脂を塗り込むと、自分の温かくなった両手で包み
「痛いの痛いの飛んでいけ、壁の向こうに飛んでいけ」
そうおまじないをかけてくれる
「母さんの『手当て』はよく効くから、すぐ治っちゃうもん!」
薬も満足に買えない貧しい生活の中、母親は少女が怪我をしたり身体の不調を訴えると、そっと患部に手を当てた
「母さんの母さんから教えてもらったおまじないだよ」
優しく触れる温かい手は少女の不安を和らげ、痛みまでもが軽減される気がするのだった
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- 6 : 2014/08/04(月) 09:05:58 :
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(今日はどんなお話をしようかな…)
幸せなその時間を想って暖かな気持ちになり、自然と頬が緩む
しかし足早に戻った家の前で数人の村人が立ち話をしているのを見て、一気に不安に襲われた
そこにはいつも親子を気に掛けてくれ、何かと助けてくれているおばさんの姿もある
「ああ、おかえり!お母ちゃんなら中にいるよ」
母さんに何かあったのだろうか…
少女が背負った薪を下ろすのも忘れて家に飛び込むと、そこにはベッドに横になった母親の姿と、医師らしき初老の男の姿があった
「母さん!」
「おかえり…寒かっただろ?」
少女の声を聞いて身体を起こそうとした母を、初老の男は手で押し留めた
「ダメですよ、奥さん。今は安静にしていないと…」
「母さん、どうしたの?!」
「大丈夫。ちょっと足を痛めちゃっただけだから」
微笑みを浮かべながら少女の頭を撫でる母の手は、冷たく強張り、いつもの柔らかな感触とは全く違っていた
「母さん……」
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- 7 : 2014/08/04(月) 09:23:14 :
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その日母親は農作業の途中、突然関節の痛みに襲われ倒れたという
「もう随分前から痛みはあったんだろうね。医者の見立てだとかなり酷くなってるらしいから…」
「今年の冬はだいぶ冷え込んでるからなぁ…」
薪を下ろしに外に出た少女の耳に、そんな声が届く
おばさんは少女に言った
「あんたのお母ちゃんね、もう仕事に出るのは難しいと思うよ」
「………」
「大丈夫。そんな顔しなさんな。おばちゃんが家に居ても出来る、座り仕事を集めてきてあげるから」
「……うん…ありがとうございます」
「あんたも大変になるけど、お母ちゃんを助けてがんばるんだよ?」
「うん……」
(私ががんばる事で母さんが助かるならいくらでもがんばる。どんな事でも我慢する)
(だからお天道様…どうか母さんの病気を治して下さい……)
少女はその小さな身体いっぱいの祈りを、空に向かって捧げた
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- 8 : 2014/08/04(月) 19:52:33 :
その日から少女は今までよりたくさんの薪を集めた
母親の病気には冷えは良くないと聞き、室内の火を絶やす事なく燃やし続けるために
そして夜は母の足に手を当てて、少しでもその痛みが和らぐように、懸命にさすった
「ありがとう、とっても気持ちがいいよ」
そう言って目を細める母の優しい笑顔だけが、少女の支えだったから
世話好きなおばさんは、3日に一度は顔を見せ、足の不自由な母にも出来る内職を世話してくれた
「今日は街まで行ったから、これお土産だよ。いつもがんばってるからね、お母ちゃんと食べな」
時には少女が見たこともないきれいな砂糖菓子を、そっと手に握らせてくれ、2人はその優しさに感謝しながら、甘いお菓子を仲良く分け合って食べた
ーーそんな生活が続いたある日
突然の悲劇が彼女の住む村を襲った
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- 9 : 2014/08/04(月) 20:13:43 :
近くの村に巨人が現れたという知らせは瞬く間に村中に広がり、その姿も見えないうちに、村人達は散り散りに避難して行く
「お願い、助けて下さい!母さんがまだ家にいるの!」
少女は街道に立ち、必死で村人達に声をかけた
人見知りで恥ずかしがりだった少女は、生まれて初めて大きな声を出した
言葉が喉の奥に張り付いて、なかなか出てこないのを、精一杯自分を鼓舞して声を上げる
「お願い!お願いします!母さんを助けて!」
しかし、自分達が逃げる事で手一杯の村人達は、誰一人として少女の声に耳を貸さなかった
親切だったおばさんも、少女の顔を見ないように視線をそらして、彼女の前を通り過ぎて行った
「母さんが……お願い……助けて…」
涙が勝手に溢れてくる…
叫び過ぎた喉は、焼けるように熱い…
(このまま私と母さんは置いて行かれてしまうのだろうか……)
不安と恐怖で、立っているのがやっとの状態だった
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- 10 : 2014/08/04(月) 20:51:58 :
その時、荷車いっぱいに荷物を積んだ、男達の姿が目に入った
村の住人ではなかったが、彼らには見覚えがある
母親が足を悪くしてすぐ、少女の家を訪れて、何やら母と話していた
しかし何故か母親は、彼女にしては珍しい大声で彼らを怒鳴ると、そのまま家から追い出したのだ
後から母に尋ねると
「どんなに苦しくても、お前を売るような事はしないよ…」
それだけ言って、少女を抱きしめてくれた
(あの人達に頼めば、母さんを助けてくれるかもしれない…)
少女は男達に駆け寄り、最後の気力を振り絞って助けを求めた
「おじさん!母さんを助けて下さい!」
男達はちらりと少女に目をやった
「お願いします!わたし…私はどこにでもついていきますから…何でもしますから…だから…お願いします…母さんを……」
泣きながら必死で訴える少女に、男達の冷たい視線が刺さる
「てめえが生きるか死ぬかって時に、役立たずのガキやババァの面倒まで見てやる奴はいねぇよ。
お前らに出来るのは、巨人の餌になって時間を稼ぐぐらいのもんだ」
「あ………」
最後の希望も奪われて、目の前が真っ暗になる
少女はその場に立ち尽くしたまま、動く事が出来なかった
(誰も……誰も助けてはくれなかった……)
(親切にしてくれていたおばさんも……)
(私を買いに来たおじさんも……)
(私が役立たずだから…?)
(私に出来る事は、巨人の餌になって食べられてしまう事だけ…?)
(母さんは、お天道様はちゃんと見てるって言った)
(がんばればいい事があるって言った…)
ーーー母さん…
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- 11 : 2014/08/04(月) 21:22:00 :
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大人達の冷たい拒絶をまともに受け
傷付き、途方に暮れた少女は
彼女に唯一変わらない愛情を注いでくれた母の元へと、ふらつく足を運んだ
(母さんの側に居れば大丈夫…)
(きっと私を抱きしめて、よくがんばったねって頭を撫でてくれる)
(母さんと一緒なら何も怖くない)
(母さん…母さん…母さん!!)
いつしか少女は癒しを求めて必死で走っていた
扉が開け放たれたまま放置された、母の待つ家に息を切らせて駆け込む
「母さん!!!」
少女は座り込んで放心している母の胸に飛び込んだ
「みんな……行っちゃったよ…」
大好きな母の匂いに包まれて、少しだけ落ち着きを取り戻した少女は、囁くような小さな声でそう告げた
「……そう…そうなのね……」
母親の声はどこか虚ろだった
もう自分達は助からない…
彼女の心もまた、壊れかけていた
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- 12 : 2014/08/04(月) 22:05:31 :
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そして
餌を求める化け物は
身を寄せ合って静かに息を潜める2人を見逃してはくれなかった
家の中が暗く翳り
不吉な姿をしたモノが入り口から顔を覗かせる
表情の無い、人の形をした化け物…
「!!」
次の瞬間
少女の身体は母親の手によって部屋の隅に突き飛ばされていた
「逃げなさい!!」
「母さん……?」
驚きに見開かれた少女の目に映ったのは、化け物に捕らえられた母親の姿だった
巨人の手が母親の腕と足を掴み、不自然に裂けた不気味な口が大きく開かれる
「見ちゃダメ!!」
母親の厳しい叱責の声に、反射的に目を逸らす
何が起こっているのかわからないまま、少女はその場から動けなくなっていた
男達の言霊に呪われた少女の心に、諦めが芽生える
(私と母さんは役立たずだから、化け物の餌になるんだ……)
「早く……逃げなさい…!」
母親の悲痛な声も、彼女の耳には届かない
(大丈夫…怖くない…大丈夫…大丈夫…大丈夫…)
少女は完全に自分の中に閉じ籠り、恐ろしい現実から目を背けてしまっていた
そんな我が子を見た母親は、少女をこれ以上怖がらせないように
逃げる為の決心を鈍らせないように
生きながら捕食される恐怖や痛みと戦い、懸命に悲鳴を押し殺していた
(母さん…早く来て…もう大丈夫って抱き締めて…)
(早く逃げて…お願い…しっかり立って、少しでも遠くへ…)
お互いが相手のことを想い、すれ違う思考だけが血生臭い空間に満ちる
あんなに暖かった親子の住まいは
巨人が肉を喰らう音だけが響く、冷たい、死を待つだけの残酷な静けさに包まれていた
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- 13 : 2014/08/05(火) 10:38:11 :
ザッ…
ザッ…
何も考えられず
否
考えない事で許容範囲を越えた恐怖から自分を守っていた少女の耳に
新しい何かが近付いて来る音が届いた
(今度は私の番だ…)
当たり前のようにそう思う
(大丈夫…母さんと一緒だから…怖くない…大丈夫…大丈夫…)
不思議と恐怖は感じなかった
捕食される弱者の諦めだけが彼女の心を支配していた
うぁああああ!!!
思いがけなく静寂を破った獣のような声に、少女は驚き、そちらに目を向けた
絶望に澱んでいた空気が、力強い風によって乱される
ぼんやりとした意識の中
母親を掴んでいる化け物の首に向かって、何度も斧を打ち付ける女性の姿が見えた
(赤い……)
その女性が何をしようとしているのか、少女には全く理解出来なかった
ただ部屋中に広がる赤い色だけが彼女の脳裏に焼き付き
それが化け物のものなのか
母親のものなのか
それすらも考えられない
(どうしてこの人はここにいるんだろう…)
(何をしてるんだろう…)
その人の身体からは、少女が今まで触れた事のない熱が放たれていた
静かに自分達を喰らう化け物より、彼女が纏う熱い空気の方が、今の少女にとっては異質に感じられた
一方母親は、もう声を上げる力も残っていない状態の中、霞んでいく視界の中で、少女の手を引いて外に走る人影を確認していた
(ああ……神様…ありがとうございます…)
それが我が子を想う母の最期の記憶になった
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- 14 : 2014/08/05(火) 11:20:07 :
手を引かれて外に出た少女は、まだ状況を把握出来ないでいた
「あなたの名前は?」
(どうして?どうせ私は餌になってしまうのに…)
震えながら、それでも必死に何かをしようとしている女性の姿を、少女はどこか他人事のように眺めていた
(おかしな話し方をする人…)
(何がしたいんだろう…もう母さんは食べられてしまった…次は私…)
「さぁ!走って下さい!大丈夫ですから!」
「なんで?もうみんな逃げちゃったよ」
「村の人…母さんが足悪いの知ってた」
「でも、誰も助けてくれない」
「私もただ見てた」
(そう…みんな行ってしまった…)
泣きながら助けを求める自分を見る大人達の視線
厄介なものを見てしまったと言わんばかりのバツの悪そうな顔
少女と母の命を、化け物の餌と切り捨てた男達の冷たい言葉
少女の脳裏にはそれらの記憶が焼き付き、自分の存在意義を見失なってしまっていた
-
- 15 : 2014/08/05(火) 11:24:03 :
「ねぇ、聞いて」
そんな少女に、その人は優しく声を掛けた
他の誰とも違う
労わるような、励ますような声の響きに
少女の心が少しだけ揺れた
「大丈夫だから。この道を走って」
(どうして…?この人も私を置いていくの…?)
「弱くてもいいから…あなたを助けてくれる人は必ずいる」
(また置いていかれる…)
「すぐには会えないかもしれないけど…」
(誰も助けてくれない…)
「それでも、会えるまで走って!」
(……お姉さん……笑ってる…)
(この道を走って行けば…本当に…?)
揺れ動く少女の心
「さぁ!行って!」
繋いでいた手を離され、決断を迫られても、まだ一人で動くことが出来ない
女性は少女に背を向けると
化け物と自分の間に立ち塞がり
大地を踏みしめて弓を構えた
ーーその時ようやく少女にも解った
この人は私を助けようとしてくれている
一緒に逃げるのではなく
化け物と戦って私を護ろうとしてくれている…!
その背中は今まで見たことのある何よりも美しく
母が話してくれたお天道様の使いのように少女の目には映り
「走らんかい!!」
その声に
ついに少女を縛り付けていた死の呪縛が解けた
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- 16 : 2014/08/05(火) 11:58:11 :
少女は走った
何も考えず
ただ真っ直ぐに走った
それは生きるもの全てが持つ本能だったのかもしれない
力の限り必死で走った
途中、馬に乗った一団に声を掛けられ
少女は大きな声で叫んだ
「この先にまだ人がいます!早く助けて!」
一度は捨ててしまった他人への信頼が、再び少女に戻ってきていた
あんなに傷ついていたのに、内から溢れてくる熱い何かに突き動かされ、力強く訴える
あの時斧を振るう女性に感じた熱と同じもの
それを少女も身に纏っていた
死に支配されていた少女は
戦う女神に命を与えられ
心を取り戻した
ーーーーーーー
全てが終わった後
助けてくれた女性は少女に言った
「お母さんを助けられなくてごめんさない…」
少女は黙ったまま首を横に振った
「あなたの名前は?」
そう尋ねられて、少女は今度ははっきりと答えた
「私の名前はーーーーーー」
-
- 17 : 2014/08/05(火) 12:18:06 :
〜6年後〜
「こんな所で何しとるん?お父さんが探しとったよ」
声を掛けられて振り返ると、あの時少女を助けてくれた女性が、干し肉を片手に立っていた
「あ、サシャ姉、また盗み食いしてるんですか?」
「人聞きの悪い事言わんで。うちのお給料で買った肉やし」
「そっか、ならいいです」
少女はクスリと笑った
「明日はうちと一緒に出発やろ、準備は終わったん?」
「終わってますよ、ちゃんと」
「まぁそうやとは思ったけどな。あんたしっかり者やし」
サシャはデッキの手摺に寄り掛かり、身体を反らして空を見上げた
「あーーー……綺麗な夕焼け」
「うん、綺麗…」
「訓練は甘くないけん、きばりや」
「はい」
少女は母親と過ごした年月と同じだけの時間を、この狩猟の村で過ごしてきた
本来なら開拓地に送られるはずだったが、サシャは
『あんたのお母さん助けてあげられんかったから…』
そう言って少女を家に置いて貰えるように頼みこんでくれた
そしてそれから6年間、少女の養育費として給料の半分以上を実家に送り続けてくれていた
新しい環境の中で穏やかな毎日を過ごしていても、あの日受けた心の傷は、癒える事なく少女の中に有り続け
彼女は母親を失った喪失感を埋めるかのように、色々な事を貪欲に吸収していった
狩猟民族として必要な技術
生きて行く為に必要な知識
人と関わって行く為に必要な処世術
世界の仕組み
まるで乾いた砂が水を吸い込むように
生きる為の力を自分の中に蓄えていった
一度は命を諦めた少女にとって、それは自分を救ってくれたサシャへの深い感謝の表れでもあった
そして明日
少女は訓練兵団に入団する
-
- 18 : 2014/08/05(火) 12:38:16 :
-
「サシャ姉、今までありがとうございました」
頭を下げる少女を見て、サシャは慌てて身体を起こした
「いやいや、お父さんなんか実の娘よりあんたん方がかわいいみたいやし、これからもずっとあんたはうちん子や」
「うん。私、訓練がんばって憲兵になりますから」
6年前、すっかり心を失くして半ば死人のようになっていた少女の逞しい言葉に、思わず胸が熱くなる
「そうかぁ…頼もしいな」
「おじさんやサシャ姉に、美味しいものたくさん食べさせてあげますよ。…それに…」
「ん?」
「いつかはサシャ姉の女神様をお護りするんです」
現女王のヒストリアがサシャの同期で、大切な友人だということは何度も聞かされていた
少女の瞳にはあの頃のような暗く悲しい色は無く
今度は自分が誰かを護る
そんな強い決意を湛えて輝いていた
サシャは少女に満面の笑みを返すと、その肩を軽く抱いた
「うん、よろしくな。がんばればきっと…」
「いいことがあるから」
2人は本当の姉妹のように寄り添い、声を合わせて笑った
「さぁ、お父さんが待ってるけん、中に入ろう」
「はい」
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- 19 : 2014/08/05(火) 12:43:37 :
家の中に入る前、少女は振り返り、もう一度空を見上げた
あんなに激しく燃えていた空は
今は静かな紺色に変わり
そこにはまるで道標のように、ひときわ明るく輝く一番星の姿があった
(母さん、私はここにいるよ)
(母さんが産んでくれて、護ってくれた命)
(サシャ姉が助けてくれた命)
(絶対無駄にはしないから…)
(これからもずっと、見守っていてね)
たとえ絶望を味わっても
生きてさえいれば
やがてそれは生きる力に変わる
少女はその事を身を以て知った
彼女の心は真っ直ぐに
未来に向かって飛び立とうとしていた
fin
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- 20 : 2014/08/05(火) 12:46:51 :
以上で終了です
今回は書いていても途中ちょっと辛かったです…
でもこれぐらい残酷な現実は、表舞台に立つことの無い人々の中にもたくさんあるんだろうと思いまして…
彼女のような名もなき少年少女が表に立つ未来のお話を書きたいなぁ…と思うこともありますが…予定は未定です(笑)
最後までお付き合い頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
-
- 21 : 2014/08/05(火) 12:54:51 :
- 最初からずっと読んでました!!
絶望を味わっても生きようとする姿勢と気持ちが大事なんだと思いました。
原作のキャラ達も子供と同じように、サシャが助けた女の子もまた子供ですからね…
読んでいて心にグッときました。
素敵な作品をありがとうございます!!
執筆お疲れ様でした!次も期待してます!!
-
- 22 : 2014/08/05(火) 13:00:24 :
- とても、素敵なお話でした。
原作でのあの少女の心境の変化など、あまり触れてはいませんでしたが、本当にこんな風に生きていて欲しいと思いました。
子を想う母親と、母を思う子供の絆にもうるりと来ましたが、女神様の登場も引き込まれました。
彼女が兵士となって、たくさんの人の女神になることを祈って!
本当に素晴らしい作品をありがとうございました!
-
- 23 : 2014/08/05(火) 13:21:34 :
- 執筆お疲れ様ですm(__)m
うわああああっ、目がああああああ!!!!?
涙で溢れています!(笑)
まさか原作のあの少女をテーマにするとは、驚きました!!!!
サシャが「走らんかい!」と叫ぶあのシーンは、原作の方でもかなり辛いお話だったので、この少女のお話はさらに辛かったです。
少女の心情に吸い込まれ、私にガツン!って来ました。
残酷な現実を乗り越えた少女の姿に感動です。
少女が兵士になるために遠い道のりがあると思いますが、応援し続けたいですね!
素晴らしい作品をありがとうございました。
次回作にも期待していますっ(#´ω`#)ノ☆
-
- 24 : 2014/08/05(火) 14:48:27 :
- 執筆お疲れ様でした。
あのワンシーンの女の子の背景をここまで掘り下げて執筆できる月子さんに脱帽でございます。
そして彼女の未来を明るくしてくれてありがとうございます。
また素敵な話を読めて嬉しいです。
これからも頑張ってください。
-
- 25 : 2014/08/05(火) 18:29:49 :
EreAniさん、最後まで見守って下さり、ありがとうございました
生きてさえいれば…というフレーズは、私の実体験から来るものなので、共感して頂きとても嬉しいです。こういう少女達の未来を護る為に、まだ子供みたいなエレン達が懸命に戦ってるんですよねぇ…切ないです(´・_・`)
郷さん、少女とその未来に暖かいエールを頂き、冥利に尽きます。書いた甲斐がありました
サシャもこの時少女と会った事で成長していますし…妄想が捗りました(笑)
原作はきっとシビアですが、これからも明るい未来を描いていけたらな…と思います
ありがとうございました(o*。_。)o
砂糖楽夢音さん、(※・ω・)つハンカチ
この少女は名前もないモブですが、色々なメッセージが詰め込まれたキャラな気がして、それをお話にしてみました
少女の心情に共感して頂けて嬉しいです。安心しました
彼女なら、きっと厳しい訓練もがんばれると思います
憲兵志望のしっかり者なので(笑)
ありがとうございました(。-_-。)
キミドリさん、少女の背景については全くのオリジナルなので、母親の病名や男達があの日何をしていたのか…という話には関係ない部分まで設定して、ちょっと満足してました(笑)
馬からモブまで、明るい未来請負人なので今回も明るく締めたのですが、キミドリさんに喜んで頂けて私も嬉しいです
これからも精進致しますm(_ _)m
-
- 26 : 2014/08/05(火) 19:43:09 :
- 執筆お疲れさまでした。
毎度のことながら、月子さんの目の付け所と、キャラの掘り下げの技術に圧倒されました。
彼女のことは、サシャの成長の小道具として、読み飛ばしてしまう人がほとんどでしょうに。
明るい未来、私も自分の作品ではいつも意識しちゃいます。
実は救いようのない結末が浮かぶこともあるのですが、却下してます。
昔は貫井徳郎とかの絶望的で人間の情念がドロドロ渦巻く小説ばっか読んでたのですがね(笑)
また素敵なお話を読めるのを楽しみに待ってます。
-
- 27 : 2014/08/05(火) 20:49:29 :
ありゃりゃぎさん、私も読むのは暗い話が好きだったりします
貫井さんの作品の後味の悪さはハマると癖になりますね(笑)
オリジナルストーリーならそれもありですが、進撃のキャラは原作で散々酷い目に遭っているので、つい幸せにしてあげたくなります
歳のせいかもしれませんが…w
これからも楽しんで頂けるように頑張ります。ありがとうございました
-
- 28 : 2014/08/10(日) 13:04:47 :
- 執筆お疲れさまでした。
あの少女のことは私もとても気になっていました。彼女のそれまでとこれからを丁寧に描いてくださって、さすがの一言に尽きます。
呆然自失で生きることをあきらめてしまったあたりから、「走らんかい!」のくだりは、原作と同じように鳥肌が立ちました。
彼女が希望を胸に成長していて、本当に救われました。
良作をありがとうございました。
-
- 29 : 2014/08/10(日) 22:26:32 :
なすたまさん、そうなんです、この少女の事気になっちゃったんですよね…泣く事も逃げる事も無く心を壊すって、よっぽどの事があったんだろうな…と
原作の段階で馬上で泣いていたので、それで完結なんですが、やっぱり幸せになって欲しくて(笑)
共感して下さってありがとうございます。書いて良かったと思いました(。-_-。)
-
- 30 : 2014/08/14(木) 22:24:37 :
- 執筆お疲れ様でした!
凄く感動しました
これからもこの少女には、強く生きてほしいなぁと思います
-
- 31 : 2014/08/15(金) 00:07:56 :
利卯さん、彼女はこれからもきっと、しなやかに強く生きて行ってくれると思います。サシャの妹分なので(笑)
ありがとうございました(o*。_。)o
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- この作品はシリーズ作品です
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大人になった104期生のお話 シリーズ
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