平行世界
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- 1 : 2014/07/02(水) 02:31:19 :
- どうもこんばんは。
今回私が投稿させていただく駄文は世に言う処女作となっています。
正直どこか自己満足染みた投稿なので適当に「なんか書いてるな」程度の心持ちで目を通していただいて構いません。
理由も無く他人から好意を寄せられるなんていう展開はあまり好きではないのでそこら辺は気をつけて書かせていただきます。
あまりこう言った物に関わりがなく、知識は無いに等しい状態ですので、色々とご了承ください。
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- 2 : 2014/07/02(水) 02:35:49 :
- 何やら周りが騒がしい。
ただ漠然と、そんな抽象的な情報だけが睡魔の蝕む頭の中へ放り込まれる。
時刻は朝、そして自分はベッドの中で身体を横にしている。
それくらいの簡単な状況の把握は可能だったのだが、その複雑な音の群れは何が発信源なのかと言うレベルの疑問になってくると朦朧とした意識の中では理解できず、ただ騒音に等しき’’何か’’が辺りを満たしていると言う事だけを、辛うじて一つの答えとして導きだす。
「いけライナー!! 違うよライナーそこじゃない! うわっ!後ろだよライナー! ああっ!! こっちにこないでえ!!」
思考を働かせるだけでも、眠気を払う事位には微細ながらも効果があったらしく、その騒音が聞きなれた’’声’’だと言う事がわかった。
「うおっ! ライナー頑張ってくれ!! お前だけが頼りなんだよ! うわあっ!! こっちにくるな馬鹿野郎!!」
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- 3 : 2014/07/02(水) 02:40:53 :
- この騒音の発信源、つまりこの声の持ち主達は自身の親愛なる仲間であり、親愛なる友人達であった。
そしてその友人達がここまであわてふためく原因として、上げるとしてもそう多くは上がらない。
そしてこの時間帯に会話の内容、友人達の感情に恐怖が混じっている事を確認した悪人面の少年は、二段ベッドの下で繰り広げられているであろう、自身の貴重な睡眠時間を奪った原因をうらめしそうに見下ろした。
「チッ! ちょこまかとすばしっこい奴め! これが年貢の納め時だ、ふんぬぁぁぁ!!」
丸太のように太く、岩のように起伏の激しい見事な豪腕が、握っていた何か大量の紙を丸めて作ったと思わしき簡易武器を降り下ろす。
その必殺の一撃は床を縦横無尽に駆け回っていた黒い物体を捉えたかと思ったのだが、その謎の黒はするすると自身の死角になりうる位置から飛び出し、何事もなかったかのように走り回っている。
肩すかしをくらった金髪で小柄な少年と、サイドを刈り上げた短髪の面長な少年が同時に悲鳴を上げた。
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- 4 : 2014/07/02(水) 02:43:11 :
- 「豪快な一撃も当たらなきゃ意味がないよライナー!」
「わかってるよ!!」
するとその黒がこちらへと足を向けた事により、三人は不機嫌そうな少年と目があう。
まだ少し眠気眼な少年は不満気に長く息を吐いた。
「エレン! 助けて! お願いだ! ライナーじゃ無理なんだ! 今ここで虫が平気なのは君だけなんだ!!」
「ぬんっ! うおっ!」
「頼む死に急ぎ! 今は気に入らねえとか言ってらんねえんだ!!」
「はいはい、わかったよ」
少年がベッドから飛び降りるとこちらへと寄ってきていた世の厄介者、黒い体色が特徴の、節足動物門、昆虫綱、ゴキブリ目。
要するにゴキブリがカサカサと音をたてながら三人へと向きを変える。
くるなあ!! と二人が必死の形相で声を上げた。
「ほら、回り込むようにしてこっちこい」
「てめえに従うのは癪だがしょうがねえな」
「うるせえよ、口ん中ゴキブリ詰め込むぞ」
「ふう……やれやれ。人類は巨人よりあの節足動物の駆除を優先すべきだと思うよ僕は」
「いやそれは困るんだけど」
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- 5 : 2014/07/02(水) 02:44:27 :
- やるんだエレン! やら、やるんだ死に急ぎ! やら後ろが騒がしいが、そう気張らなくとも少し爪先を近寄らせるだけでゴキブリはカサカサと奥へと逃げ惑う。
そしてその奥には位置が移動してしまった為にこの部屋の唯一の入り口、扉があるのだ。
この部屋の扉は下に小さな隙間があり、ゴキブリ程度なら容易く潜り抜けてくれるはずだ。
カサカサと扉の前でしばらく動き回っていたようだが、後押しとして再度爪先を近付けると、ゴキブリは逃げるようにして扉の隙間へと滑り込んでいった。
「いやあ、流石は僕の幼馴染み。幼馴染みとして僕は鼻が高いよ」
「ゴキブリを逃がしてやった程度で誉められても嬉しくねえよ」
「ハッハッハ! そうは言ってもそれが出来ない奴等からしてみれば凄い事なんじゃないか?」
「ま、死に急ぎ野郎が俺に唯一勝てる部分だからな。誉めて使わすぞ死に急ぎ野郎」
「へえ、どうも馬っていう奴等は格闘技という概念を知らないみたいだな」
「んだとこらぁ!?」
「まったく。よくもまあ毎日飽きもせず憎まれ口を叩き合えるもんだ」
「本当だよ。せっかく難が去ったってのにまた難を増やすつもりかい?」
だってよお? と悪人面は幼馴染みへと同意を求め、馬面は舌打ちを鳴らす。
いつもと変わらぬ平凡な日常であった。
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- 6 : 2014/07/02(水) 02:46:48 :
- 「そんなことよりもはやく食堂に行かないか? ゴキブリ騒動もあっていい具合に腹が減ってるんだ」
「そうだね、いつまでも睨み合ってないで食堂に行くよ」
「チッ、続きは食堂でだ死に急ぎ野郎」
「わかってるよ馬面」
少年は幼馴染みのアルミン・アルレルトから手を引かれ、廊下へと飛び出す。
後ろでも「手、繋ぐか?」「んな気色わりいことするかっ!?」となにやら騒がしい。
「ほらいこう!」
「わかってるよ」
「や、やめろライナー! お前がやると洒落にならない……!! ちょっ、ま……、や、やめろぉぉぉ!!!」
「お、また一段といい上腕三頭筋になってきたじゃないか」
幼馴染みから手を引かれ、後方で聞こえる悲鳴をシャットアウトしながらエレン・イェーガーは独り、出口のさっぱり見当たらない’’悩み’’と言う名の無限の迷宮を彷徨っていた。
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- 7 : 2014/07/02(水) 02:51:44 :
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- 8 : 2014/07/02(水) 02:53:55 :
- 特に装飾の類いが見当たらない木製の大きな扉を押し開けると、扉の隙間からほのかに温もりを持った空気が流れ出してくる。
扉が開ききるとその空間に充満する食材達の芳香が、本能三大欲求の内の一つを痛い程に誘惑する。
嗅覚から与えられた情報によりエレンの意識は完全に覚醒し、不機嫌から不を取り払ったエレンは少し高い位のテンションで食卓に華を咲かせていた。
とは言ってもそれは本人達が楽しいと感じたからこその比喩表現であり、会話の内容は少なくとも食事を囲むような席で持ち出す話題ではなかった。
そんな話題を各々の受け止め方で楽しみながら、エレンは今までに少しも優しさを感じさせてくれた事がなかった真水にも等しきスープへとスプーンを通す。
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- 9 : 2014/07/02(水) 02:55:59 :
- 「む、最近奴等の出現頻度が高くなってきている。奴等は食事の溢れたカスでも十分に生きていける程の生命力だと聞く。エレン、ちゃんと物を食べ終わった後は拭き掃除をしなさい」
「嫌だわ! 高々ゴキブリごときに気を使ってまで肩身狭く生きたくねえよ!!」
「まあ確かにミカサの言ったように気を付ければ少しは減るかもしれないし、エレンの言い分にも一理あるんだけどね、ミカサ。ゴキブリって言うのは抜け落ちた頭髪や爪なんかを食べて一ヶ月近く分のエネルギーを補給できるらしいよ」
「なっ……! そんなのもう対処のしようがない。アルミン、どうすれば奴等を駆逐出来るの?」
「現時点での技術力では不可能なんじゃないかなー? あと駆逐っていう単語は殺し去るといったような意味あいのモノじゃなくて追い払うような意味のモノらしいよ」
「えー、マジかよ。駆逐って言葉かっこよくて好きだったのにな」
「エレンの代名詞でもあるしね」
エレンは気落ち気味に相変わらず味の薄いスープへと、木製のスプーンを突っ込む。
周りには、週に一回の休日と言うのもありエレン達三人を含めてもそう多くはない人数しかおらず、いつもに比べて比較的静かな朝食の時間であった。
食堂で続きを、と啖呵をきっていたジャンが、食堂へと辿り着く前にライナーからの過剰なボディータッチによりリタイアしていたのでそれも静けさの一つの要因となっているはずだ。
そして、そんな皆の頼れる兄貴分、ライナーはやはり人気者で食堂にくるなり途中で会ったベルトルトと共に、ライナーを慕う仲間達に、一緒にどうか?と招待されていた。
訓練兵の寮は男子寮、女子寮と男女別で別れており、エレンとアルミンの部屋は、六人用のベッドが備え付けられた質素な部屋である。
メンバーはエレンにアルミン、ライナーにベルトルト、ジャンにコニーの計六人となっていた。
なので休日なんかもその六人やミカサなんかを含めた面子で行動する日は多く、良き友人と言う関係に発展するまでにそう時間は有さなかった。
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- 10 : 2014/07/02(水) 02:57:42 :
- 「今日はどうするんだい? 他の皆は用事があったみたいだけど……、せっかくの休日なんだしどこかに出掛ける?」
「俺はいいよ。てきとうに筋トレでもしてる。別に練習するのは嫌いじゃないしな」
「では私も遠慮しておこう。別に鍛練を苦とは思ってはいないので今日はエレンに付き合う事にする」
「真似すんなよ!? しかもちょっと賢そうな表現にしやがってちくしょう!!」
「じゃあ僕も今日は実技の訓練をする事にするよ。ただでさえ皆より実技が苦手だし調度いいや」
相も変わらず、今日も今日とて本当に食用なのかと疑う程の強度の小振りなパンへとエレンは手を伸ばす。
だがそこにパンの乾いた硬さは無く、温かく柔らかなモノが指先に触れる。
慌ててパンへと首を振ると、パンを掴んでテーブルの下へと慌てた様子で逃げる手がはっきりと見えた。
エレンはテーブルの下に潜む人物が誰なのかをすぐさま理解し、パンを返せサシャ。と固い声音で言う。
「な、なんでわかったんですか!?」
「テーブルの下に慌てて引っ込む手を見れば104期の奴等なら全員お前が犯人だって分かると思うぞ」
「ほおー、104期は天才の集団ですね」
「ああ、その天才様から貴重な栄養源を奪うのはよくない事だよな?」
「こんな小さなパンじゃそんなに栄養は期待出来ないと思いますよ?」
「少なくとも食欲は満たせるぞ」
小さく唸りながら、一般を軽く逸した食への深き欲が特徴のサシャが次の適当なを屁理屈を探していると、大事そうに掴んでいたパンを後方から荒くむしりとるようにして奪われる。
サシャは「絶望」を体現したような表情で呻きにも似た声を上げた。
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- 11 : 2014/07/02(水) 02:59:01 :
- 「ったく、なにやってんだお前は」
「ごめんねエレン。いつもいつもうちのサシャが」
「ああ、いつもいつも言ってるがいい加減食堂ではリードで繋いだ方がいいと思うぞ」
「私は野獣ですか!」
「少なからずも遠からずだろ」
ユミルから放られた硬いパンをキャッチすると、サシャが目の前でおもちゃを奪われた仔犬のようにして瞳を潤ませる。
サシャの頭に二個の垂れ耳を幻視したエレンは、一瞬罪悪感なるものに心を埋め尽くされそうになったが、別に元々自分の物だったわ。
と、罪悪感を心のゴミ箱へと投げ捨てた。
「ほら、アルミンがまだパンを残してるぞ」
「アルミンもしかして貴方お腹がいたいんじゃないですか?というか痛いですね」
「至って僕の腸達は快調だよ。それよりもほら、まだジャンがパンを残してるみたいだ。もしかしたらアレはサシャへのプレゼントかもね」
「ほほお、ジャンったら優しいじゃないですか、ありがとうございます」
「てめこら近寄るな!! アルミンお前覚えてろよ!!」
「ごめんねー」
アルミンはジャンへと向けて両の掌を合わせる。
そんなジャンはエレン達と同じようにライナーへとサシャを押し付けているようだ。
エレンは自分に再度戻ってくるんじゃないかと察し、早々にパンを口の中へと詰め込んだ。
「騒がしい奴だなまったく」
「食べる事が好きなだけだから許してあげてね?」
「わかってるよ」
エレンは残り少なくなった細かい具材の浮くスープを、皿へと口をつけ一気に傾ける事で勢いよく飲み干した。
下へと味がたまっていたのか、少しだけ味が濃く感じられた事が素直に嬉しく感じられた。
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- 12 : 2014/07/03(木) 13:41:16 :
- 「そういえばエレン」
「ん?」
「今日三人は用事があったりする?」
「ええ、残念だけどとっても大事な用事がある。今日は三人とも鍛練と言う名の外せない用事があるの」
「要するに暇なんだな」
しばらく指先と指先を合わせて、視線をどこか虚空へと泳がせていたクリスタだったので、エレンが用件を促すと言いにくそうにして続きを紡ぐ。
「今日どこかに出掛けないかなーって?」
「一緒にか?」
「そ、そうなるね?」
「別にいいけど」
「本当っ!?」
「ま、俺はな。こいつ等にも聞かない限りには勝手に決めれねえよ」
「あ、そ、そうだね」
「僕は全然構わないよ」
「私は大いに不満。貴女達は私とエレンの貴重な時間を奪おうと言うの?私の至福の一時は鍛練の最後に少しクセのある汗のたっぷり染み込んだビショビショのシャツをーーいやなんでもない」
「今お前絶対自分の性癖暴露しかけたろ」
「なにを言ってるの? それは確証があって言っているの? 人はそれを虚言と言うのよ?」
「へえへえ、そうですか」
エレンは長年共に生活してきた身として、ミカサが本気で拒否している訳じゃないのはわかった。
だが若干ながらも拒否の色が含まれるていると言う事は確かなので、言及してみるかとも頭を回したが、ミカサはミカサでなにやらユミルにからかわれているようだ。
なんとなく大丈夫そうだと感じたエレンは、「ああ、いいぜ」と軽い調子でクリスタの申し出を承諾した。
「あ、ありがとう!!」
そんなエレンの了承の意を受け取り、クリスタは後方から眩い程の暖かな光をエレン等へと幻視させる。
エレン達は光を全身で浴びながら、「なんか色々と浄化されてる気がする」「そうだね。でもそれと同時に溢れ出るこの下腹部の熱はどうすれば浄化されるんだろ?」「そんなもん女神様があの小さなお口で優しーーいや……ごめん。なんか浄化される色々の中に理性も含まれてたみたいだ」などと会話する。
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- 13 : 2014/07/03(木) 13:43:10 :
- 「まあただこれだけでそんなに喜んでくれるならこっちとしても気分がいいな」
「本当だね、言葉にすればただ一緒に出掛けるだけなのに」
「う、うん。それだけでもこっちとしては相当勇気を振り絞った結果だからね」
「別に俺はどこぞの氷の女様みたく、常に辺りに殺気を振り撒いてるような顔はしてないだろ」
そんな事言っちゃだめだよぉ、とエレンを叱っていたクリスタだったが、笑みに苦が混じっている所を見るに少なからずは思い当たる節があるのだろう。
そしてそんな考察を繰り広げるエレンは、クリスタの視線が少しだけ揺らぐのを見逃してしまっていた。
「それは聞き捨てならないね」
ここで、エレンの後ろから迫っていた少女に気がついていたクリスタとミカサ以外が、椅子の上で飛び上がる程に身を揺すり、心地好い程の悲鳴をあげる。
そんな態度にブロンドの髪を後ろで結んだ鷲鼻がチャームポイントの少女は眉を寄せる。
「失礼な奴等だね」
「いやそんな気配殺して後ろに回り込まれたら誰だって悲鳴あげるわ!!」
「気配を感じ、迫っていると分かっていれば驚く要素などどこにもない。そんなだとエレンは巨人を駆除する前に死んでしまう」
「皆が皆お前みたいな超人だと思うな!?」
「クリスタ、お前も立ち位置的にアニの事気付いてたろ」
「うん。でも気付かない方が面白いかなーって」
「ああ、今もまだ心拍数が高らかに踊ってやがるよ。悪い意味でな」
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- 14 : 2014/07/03(木) 13:44:09 :
- エレンがいまだに人体の循環ポンプの高鳴りを、胸に手をやり、憤慨するペットを宥めるようにして優しく落ち着けていると、隣で熱烈な視線を向けている少女の存在に気づいた。
熱烈と言っても、それは好意的な熱烈ではないので嬉しくともなくともなく、寧ろ頬が引き吊る。
塩素を多大に含んだ雫が頬を冷たく撫で上げていく。
「なんでございますか?」
「その答えは人の事をどんな風に言ったかを考えればすぐに分かると思うんだけどねえ?」
「ちが、あれはなんつうか言葉のあやっつうか。俺はお前が実は優しい奴だって知ってるから。ただの例えみたいなもんだ……、俺はアニの事嫌いなんかじゃないぞ? 悪口なんかでは絶対ねえよ。神に誓ったっていい」
「ふーん、本当かい?」
「勿論だろ? わざと俺が苦手な寝技に持ち込まない辺りなんかに日々アニの優しさを感じてるよ」
「まあ寝技に持ち込まないのはまた別の理由があるんだけど、そう。それならいいよ」
「ああ、俺は人の悪口を言うような奴は大嫌いなんだ。自分を大嫌いになりたくねえし、大前提に仲間を悪く言うかよ」
「そうかい」
なんとかエレンは前言を無事撤回出来たようで、アニは無表情ながらにも機嫌を直してくれた事が分かる。
ここで一息でもつきたいエレンであったが、一難去ってまた一難。
再度の熱烈な視線がエレンの右頬をチクチクと刺激する。
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- 15 : 2014/07/08(火) 03:36:06 :
- 「今度はなんだよ?」
「ん、何もないよ?」
「人の顔ガン見してて、なんもねえはねえだろ?」
「しいて言うなら目で愛でてました」
「人をからかうな」
別にからかってるわけじゃないのになぁー……、とのクリスタの呟きを、エレンは意図的かと疑う程のタイミングでユミルから絡まれる事により聞き逃す。
クリスタは未だに自身の好意に気付く事のないエレンへと頬を膨らませる。
「にしてもよくお前が許したな。いつもなら、女神に獣を近寄らせるわけねえだろ! とか言って番犬と化すくせに」
「このお年頃の淑女には色々あんだよ」
そういってユミルは、こっちまで気が滅入りそうな程に重たいため息を吐く。
その原因が自身にあるとは夢にも思わないエレンは、何か困りごとか? と大きく的を外れた正義感を示す。
「なんもねえよ。そんな事に気を使う暇があるならテーブルマナーの一つや二つ位学んでろ」
「うげ、やっぱそういうのっているのか?」
「当たり前だろ? 相手はあのクリスタ様だぞ」
「マジかよ」
「騙されないでエレン! 私なら撒き散らすように食べてもらっても構わないからね!」
「いや、そんなに汚く食わねえよ。俺はサシャかっての」
遠くの席から「いくら鋼の心な私でも泣きますよ!」と声が飛んでくる。
エレンはそれをてきとうに受け流す。
「それよりもクリスタ、行くならはやく行かないかい? 出来るだけ休日を満喫したいからね」
「うん、そうだね。……、アニも一緒にどお?」
「今そうとう戸惑ったね。別にそんなに気を使わなくても人の申し出をそんな無下に断ったりはしないよ」
「う、うん。わかった!」
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- 16 : 2014/07/08(火) 03:39:17 :
- そして謎の集団心理が働き視線は一挙に集まる事となる。
その理由に心当たりのあるエレンは「別にいいだろ!」と叫んだ。
エレンはあまり着心地がいいとは言えない訓練兵の制服がお気に入りであった。
その理由として、この窮屈な着心地がっ……!! などと言う変態チックな理由では勿論無い。
理由は案外服選びに重要なポイントで、格好いいから。
その一言につきた。
なのでエレンは休日に皆で街へ行くとなったときなども、周りが皆私服の中、そのお気に入りの制服で街を闊歩し、一人だけ大いに浮いてしまうと言う事態になってしまったのだ。
それが何回かあった為に、エレンへと「私服でこいよ」と念を押すのは恒例となっていた。
「わかったよ!私服でいくよ!!私服がそんなに偉いのかよちくしょう!!」
「周りに合わせるというのは兵士には重要な事。まったく、いつまでたってもエレンは子供」
「お前に言われたくねえよ」
毎度の恒例行事を終え、皆は別れの挨拶と共に各々の自室へと退散する。
そんな中でエレンは未だに私服でいくか、制服でいくかを葛藤していた。
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- 17 : 2014/07/08(火) 03:43:19 :
- 「おいおーい、無視かよお嬢ちゃん。いけねえなあ、年上の事はちゃんともてなせって親に教わらなかったのかあー?」
「まあ俺達は優しい優しいおじさん達だからあ?償いってモノがあればなんも言わねえよ」
「ダッハッハッ!!そんな事言って頭下げた奴ボコボコにしたのはどこのどいつだよ!」
「今それいうなよ馬鹿が!!」
今街で流行りの「占い」と言う運なるものを調べるマジナイにでもかければ、目の前で黄ばんだ歯をちらつかせ大笑いする四つの’’塵’’は十中八九が【最悪】と言う結果に陥るはずだ。
仲間達と街へと繰り出し、人の往来に流される事ほんの数分、私服姿のエレンは気がつけば一人で公園のベンチに腰をおろしていた。
エレン・イェーガーはこの年で出発前にミカサから言われた「迷子にはならないで」との念押しも虚しく、見事迷子なるものを遂行していた。
そしてどこだここは? と途方にくれる事ものの数分、目の前で突如として運の最悪な塵達の殺戮ショーが繰り広げられる事となる。
エレンはベンチから腰を上げた。
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- 18 : 2014/07/08(火) 03:46:38 :
- 「……、うらむなら私に絡んだ自分達をうらみなさいよ」
だがそのショーの当事者はエレンではなかった。
エレンが一歩を踏み出す直前、一人の肥満体型の髭面の男が体を前傾姿勢にし、口から唾液を散らす。
エレンは脳で事の処理を必死に進めるが、混乱した思考回路が導きだした答えは【男達に囲まれていた女の子が男を殴った】
ありえない……? いや、あり得なくはない。
なんせうちには大男を空高く投げ飛ばす超人なんてのさえいるのだ。
あり得なくはない。
「て、てっめえ……!!」
そして四つの内で最もガタイの逞しい少し筋肉の盛り上がった塵がいたいけな少女へと拳を振り上げた。
エレンは慌てて足を前へと動かすが、男の拳は少女の頬を触れるか触れないかの距離で通過し、少女の小さな拳が男の振り抜いた脇へと突き刺さる。
余りに突飛な場所からの鈍痛が大男を地面へと転がせた。
降りかかる殺意を捌きながらもその流れで構えをつくり、的確に筋肉という鎧の薄い人体の急所、間接を打ち抜くその技術は見事と言う他なかった。
瞬時に処理を終えた少女は、そこで隙を見せるなんて事はせずに、残った背の高い男と対称的に背の小さな男達へと目を向ける。
男達は大の大人を一撃で仕留めた少女へと危機感を覚えてはいるようだが、華奢な体躯と言うのもあり、少し戸惑う程度のようだ。
人が視覚からの情報を一番に信用するというのもあるのだろうが、この塵達は最早思考を巡らす事すらしていなさそうだ。
そして木偶の棒が動いた直後、それを合図としたように少女の足下から砂埃が舞う。
少女は鋭く木偶の棒の鳩尾へと拳を突き刺す。
その突きは洗練され、相手の動きを利用して破壊力を生んでいる辺りに拳の威力が鍛練の産物だと言う事がわかる。
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- 19 : 2014/07/08(火) 03:49:53 :
- そこで流石にただのかよわき乙女ではないと判断した小肥り気味なチビは正面を向いたまま後退った。
するとチビがズボンの尻についたポケットへと手を突っ込む。
それが何を意味するかは簡単な問題で、その答えあわせとして、チビが取り出した鈍く光る銀色の金属が答えだった。
チビはそれからカバーを外す。
現れた不気味に光を反射させる鋭利なソレをみて、流石にエレンは我にかえる。
そこで自分の足が止まっていた事に気が付いたエレンは止まった足を再度動かす。
「うわああああっ!!」
汚く吠えた塵を見て少女がただ者ではないと理解しているエレンでも流石に動じる。
あの鋭利な金属が少女の柔肌に食い込む映像が脳裏を過り、エレンはつい自身の目線よりも下にいる少女へと抱きつくようにして突進をきめた。
死角からいきなり、170cmの少年が飛んできたような衝撃を受けた少女は短く鈴の音のような悲鳴をあげる。
だがいくら待っても予想していた激痛は訪れず、二人はそのまま地面へと勢いよく叩きつけられた。
いちよう頭と腰に腕を回し守っていたので、少女はちょっとした衝撃程度しか被害がなかったはずだ。
しばらくそのままキツく少女を抱き締めていたエレンだったが、聞こえてくるのは小汚ない悲鳴。
ゆっくりと顔を上げると、視界に入ったのは入団式でみた104期の間で伝説の一つ。
教官の立ち位置にライナー、コニーの立ち位置に中年オヤジという少し特殊なバージョンもあるようで、オリジナルよりも更にパワーアップしているようだ。(物理的)
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- 20 : 2014/07/08(火) 03:52:12 :
- 「おにいさん。ちゃんと前を向いて走りましょうよ。そんなんだとこうやって人にぶつかるでしょう?」
「ぎゃああああああああ!!!」
後ろから指を食い込ませているじゃねえか。とのツッコミが口から漏れそうになるが、エレンはそれを飲みくだす。
すると胸の下から小さく呻き声が聞こえ、「あ、孕んだわ」とのボケを後回しに、慌てて少女に回していた腕をほどく。
「こんな公共の場で人を押し倒すなんて近頃の塵は周りの目を気にしないのね」
違う! そんな否定の言葉を肉声に反映させる前にエレンは勢いよく四つん這いの状態から飛び退いた。
少女の細い指先が後頭部へと伸びてきたからだ。
それが好意的なモノだったならば甘んじて受け入れたが、そんなに優しいモノならばあんな鋭く睨み付けてくるわけがない。
「ちょっとまてっ! 俺は別にーー」
エレンの言葉には聞く耳を持たず、間髪いれずに少女の足下が爆ぜる。
少女の視線は酷く冷たく、下手したら殺しにきてる目であった。
そんな冷ややかさにエレンはつい防衛体制をとってしまう。
そしてそれのせいで少女の目がさらに鋭くなるという皮肉。
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- 21 : 2014/07/08(火) 03:55:42 :
- 「まてって!」
「敵に情けをかける程私は優しくはないわよ」
少女は黒の短髪を慣性に靡かせながら、摺り足のように、低空のステップで距離を詰める。
ある程度まで距離を詰めるのだが、それは腕を伸ばしきってやっと届くか程度の微妙な間合いまでやってくるだけで、先手は打たないようだ。
自身に、筋力が足りないのを見越して、カウンター主体なのだろう。
賢い戦略である。
だが主に、と言うだけで攻めも使えるには使えるのだろう。
鞭のようにして足を振り、流れるように間を開けずに逆の足が突いてくる。
それが裏付けと言ったように。
ゾクリ、と冷ややかな何かが背筋を撫でる。
アニに何万、何十万と足技を叩き込まれてきたエレンは足へと恐怖心が植え付けられているようだ。
だがそれと同時に足へと性的な目を向けるという壮大な矛盾である。
そこでスカートならば……! と奥歯を噛み締める辺りをみるに、エレンにも案外余裕があるようだ。
「逃げてばっかりなんてとんだ臆病者ね」
「俺は別にお前を襲ったわけじゃねえよ!!」
「あら、初対面で激しく突き倒すような奴が言っても信用のしの字もないわよ」
そして少女の足は更に激化する。
主に隙の多い足技をつかう辺りに相当な自信と余裕がみてとれる。
どうやらすでに暴漢の処理を終えたらしきライナーが、不思議そうにこちらを見ていたので「助けろ!」と叫ぶが、ライナーは視線を上へと向け「まったく、綺麗な青空だぜ」と壮大なボケをぶちかます。
今日は曇りだ阿呆。
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- 22 : 2014/07/08(火) 03:58:47 :
- エレンはそろそろ避け続けるのも辛くなり、つい側頭部へと迫ったその足をガッチリと掴んでしまう。
膝下までの半ズボンから伸びる足首は、細かい傷が多いが、染みの一つも無く真っ白で、細く見えたのはある程度の筋肉により引き締まっていたためらしい。
それでも女性特有の柔らかさが残っている辺りに、エレンの下半身が熱を帯びる。
「ただの臆病者かと思ったら案外握力あるのね」
「っ……! すまんっ!!」
慌てて足を放すと、解放された少女は空中で身体を捻り逆の足で突くように蹴りを放つ。
それをエレンは半ば考えるよりも先に身体を動かし、後ろへと跳ぶようにして衝撃を拡散させる。
「やっるぅー」
エレンは荒れた地面を背で滑走し、背にヒリヒリとした小さな痛みが複数生まれる。
追撃を予期し、素早く体制を整えるがそれはどうやら杞憂終わったようで深追いはしてこなかった。
「お前なあ! こっちは親切で助けてやろうと思ってだなあ!!」
「そんな悪人面でそんな訳あるかっ!!」
「人を見た目で判断するなって教わらなかったのか!!」
「顔抜きでも人を強引に押し倒したでしょ!!」
「くっ……! 確かにそうだがいいから一回落ち着け! な? ほら深呼吸、暴力よくない」
「な、なによぉ……?」
ほら、いーちにーい。とオーバーに深呼吸をフリだけ始めると、少女は渋々といったように深呼吸を始める。
自分でやらせておきながら、単純な子だなあー。と生暖かな視線をエレンは少女へと向ける。
-
- 23 : 2014/07/08(火) 04:01:46 :
- 「いいか? あのガタイの良いのは俺の友達だ。な、ライナー?」
「え? 人違いじゃないですか? 僕はクリスタ・ブラウンですよ?」
「しばき倒すぞ筋肉だるまコラアッ!!?」
やっぱり敵……? と身構える少女を、エレンは必死で説得する。
帰ったらしばく。そんな決意を胸にエレンは口を動かす。
そしてライナーがまだか? と痺れを切らしてきた頃、
「そう、助ける為に……ねえ?」
なんとか自身の真意を理解してくれてきたようで、先程までの鋭い視線は多少マイルドになってきていた。
「本当だって、嘘だったらあの肉塊を川にでも沈めてくれていいから」
「お前酷くないか?」
「お前は自業自得と言う言葉を知らんのか」
はて? などと惚けるライナーへとエレンは8割方の拳を脇腹へと叩き込む。
おっほっほっほ!! などと気味の悪い笑いを出しながらライナーは膝から崩れ落ちる。
「無理……、流石に不意打ちは卑怯だろエレン……フヒッ」
「知るか。つかなんだその笑い方キメえよ……フフッ」
ライナーの謎のテンションにエレンが吊られていると、隣で妙な視線を向けてくる少女の存在に気付いた。
エレンはわざとらしく咳払いを一つ。
-
- 24 : 2014/07/08(火) 04:06:52 :
- 「とにかく、俺は別にこの塵共の仲間でも、ましてやお前に危害を加える為にタックルしたわけじゃない」
「ええ。この背の高い人とは知り合いのようだし、信じるわ。それならごめんなさいね、いきなり殴りかかったりして」
「別にいいよ、おあいこだ」
なんとか少女の邪険なオーラは取り払え、敵ではないと認知してもらえたようだ。
ライナーへと他の皆は? と問い掛けると、はぐれた。
と、自身と同じ境遇と言う事を露にする。
何故か自信に満ち溢れた表情をしている事が鼻にさわる。
「で、それはいいとして何をしてたんだよお前等は」
うーん、と少し首を傾げて唸るエレンであったが、どう見繕っても一つの解答しか生まれない。
「助けに入ったら暴漢と間違えられた」
とんだ正義のヒーロー様もいたものだ。
更に暴漢すら被害者一人で処理していたので最早ヒーローなのかも怪しいものである。
「お前逆に凄いぞ」
「それを実行した俺本人が一番ビックリしてるよ」
-
- 25 : 2014/07/08(火) 04:21:11 :
- エレンがそんな結果に歯噛みしていると、少女は不器用ながらも慰めてくれているようだ。
「その顔で睨まれたら皆が皆、道を開けると思うわ! もうその顔は処罰物ね!」
フォローになってない。
小さくエレンは呟き、その横でライナーは腹を抱えて笑っている。
一撃でも見舞いたい所ではあったが、構えた瞬間に素早く身構えられたので、構えた拳は、そのガードの上へとかまわず振り下ろす。
「まあ、俺の顔の話はおいといて。あれだけの格闘術だ。お前も訓練兵なのか?」
「ええ、そうよ」
「だが104期では君みたいな淑女を見かけたこともないし、別の期だったりするのかな?」
ライナーの謎の紳士口調にエレンが嫌悪感を抱いていると「え?」と、心底な驚愕の表情が少女の顔一杯に広がっていく。
「ちょっとまって、なんの冗談なの? なんであなた達が104期を知った風でいるのよ」
エレンとライナーは互いに顔を見合わせる。
エレンが至極当然と、言ったように
「そりゃ104期なんだから当然だろ?」
と、眉をあげた。
それは誰が聞いても当たり前な事実を告げたまでであって。
皆が納得する最良の答え。
だがそんなエレンの発言により、更に少女の顔の動揺の色が濃くなった事がわかる。
この場に相応しくないその異常は、それが当てはまらない者がいて、それがこの少女だと言う簡単な話であった。
「なによ……、私をからかってるの?」
「は? なんで初対面の奴に喧嘩売らなきゃなんねえんだよ」
「だってあなた達が104期……?」
「そうだって」
じゃ、じゃあなんでっ……?
少女は目に見えて動転している。
エレンが、大丈夫か? と声をかけるが、少女は明らかに大丈夫じゃない声音で「大丈夫よ」と返答する。
-
- 26 : 2014/07/08(火) 04:31:03 :
- 「ねえ、ここはどこなの?」
そんな今にも消え入りそうな問い掛けに、
「ウォール・ローゼの南方面だ」
エレンは答える。
「なんでっ……、トロスト区に存在する訓練兵団は一つしか……」
「お、おい、どうしたんだ?」
エレンの質問には答えずに、少女は恐る恐ると言ったように質問を投げ返す。
「あなた達はなんなのよ……?」
そんなどこか不明瞭な質問に、二人は自身の名を伝える。
少女は自身の核を金槌で打たれたような衝撃を得た。
「そう……、エレン・イェーガーに、ライナー・ブラウン……ね」
少女は、やたらと真面目な顔をして、そんな二つの名を口内で反芻している。
それは誰の目から見ても異常な程の動揺で、このような場合にどうすればいいのかを、二人は無い知識を必死に振り絞って考える。
「あ……ああ、そうだ。で、お前は何て言うんだ?」
エレンは、とにかく話を続けようといった結論にいたり、そんな当たり障りの無い発言で繋ぐ。
おい、馬鹿!! とライナーに叱られるエレンだったが、少女は「気にしないで」とやんわり答える。
二人はそんな少女のあっちへいったりこっちへいったりする感情に振り回され、エレンは(情緒不安定?)と最近覚えたての言葉を思い浮かべる。
「そう。私の名前、ねえ」
「別に嫌ならいいんだ、まあ教えてもらえるなら教えてほしいな」
「すでに知ってるとは思うんだけどね」
少女はそこで一拍置き、長く息を吐き出す。
「私の名前はーー」
これが世にも奇怪な’’エレン・イェーガー’’のもう一人の自分自身との出会いであった。
-
- 27 : 2014/07/14(月) 16:10:23 :
- 「くぁっ……、あつい……」
エレンは蒸し風呂にでも突っ込まれたのかと言う程の気だるい暑さにより、いつもより少し早めに夢の世界から帰還した。
背中には汗でシャツが貼り付き、安物のシャツなので糸の解れがチクチクと背を刺す。
状態を起こすと、背へと空気が流れ、ほんの少しだけ涼む事が出来た。
頭を掻き、ベッドから飛び降りようとした所で、グイッ。と、シャツが気道を圧迫する。
後ろへと振り向くと、そこには精神衛生上あまりよろしくない光景が広がっていた。
そこでエレンの頭の中へと、走馬灯のように昨日の異常な出来事の数々が流れ込んでくる。
『私の名前はーー』
そんな異常の中心にいた少女は、自身の置かれている状況を理解しているのか不安な程の幸せそうな寝顔を晒していた。
肩までの艶やかな黒髪は毛先が汗で肌へと貼り付き、しっとりとした唇からは合間合間に「そんなおっきなの食べられないよ」などと寝言が漏れだしている。
エレン同様、寝返りの多い少女はその寝返りにより衣服が捲れ、その下の布からこぼれ落ちそうな程の多大な質量のそれが、うっすらと汗ばんでいるのが見える。
エレンはたまらず生唾を飲む。
男と言うのは不便な生き物で、本能が今にも「そんなおっきなの食べられないよ」を実践しようとしていた。
(そうだ……! 考えろ、考えるんだ!! ライナーと教官の熱い接吻を……!!)
働け理性!!
瞬間、生殖器は落下する勢いで海綿体から血液を引いた。
とんだ荒療治である。
-
- 28 : 2014/07/14(月) 16:11:31 :
- 「んんっ……、あつぃ……」
そんなエレンの死闘を知らず寝息をたてる少女は寝言と共に寝返りをうつ。
そのせいでその多大な質量が天を貫かん。と、激しく自己主張をするものなので、刹那の間にエレンのイェーガーは起立する。
「着席」
勝手に立つくせに、言われても座らないとはなんとも小学生である。
エレンが本能と理性のせめぎあいを行っていると、後方から自身を呼ぶ声がかかる。
「お、はやいなエレン」
エレンは二段ベッドの上から落下した。
「どっ、どうしたんだエレン!?」
「いや、なんでもねえよバ……コニー」
「なあ今絶対俺の事バカっていいかけたろ」
「なに言ってんだ? 空耳だよ」
「何を何と聞き間違えたんだろうな? 俺のあだなで’’バ’’から始まるのなんてバカしか知らねえんだけどな」
「ハゲ」
「結局馬鹿にしてんじゃねえかよ!!」
エレンはドウドウ。とコニーを落ち着けながら同時進行で股間でいきり立つイチモツを優しく落ち着ける。
そんなエレンに、コニーが珍しく頭を回して、ああ。と、何かを察する。
「ああ、そうか。そういえばお前の横だったもんな。それじゃあ満足に出来ねえよな」
「え? 何が?」
「ハハッ。じゃ、俺は先に食堂に行ってるぞ」
「え? まだ全然食堂が開くまで時間あるぞ?」
「まったく、エレン。俺のパンツは今グチョグチョなんだ……」
ふぅ……、と何処か爽やかな表情でコニーは息を吐く。
「川に洗濯へ……、ってな?」
そういってコニーは栗の花の香りを漂わせながら扉の向こうへと消えていった。
取り残されたエレンは
「コニィィィィィ!!?」
叫ぶ。
こうしてアルミンやライナー、ジャンにベルトルトなどは、エレンの叫びを目覚ましに、やけに早めの起床を果すのだった。
-
- 29 : 2014/07/14(月) 16:14:20 :
- いつものように皆で部屋を出て食堂へと向かうと、待っていたコニーと共に一つのテーブルで食事を囲む。
そこにミカサとジャンの友人マルコもやってきて、さあ食うぞ。
と息巻いた所でそのミカサからの制止が入る。
「誰なのその女は」
ミカサは、色々とわけありなその少女を指差す。
うん。まあそうなるだろうなとは思ってた。
昨日は急用が出来たと言って、先に帰っておいたので、そっちの方の理由も考えなくてはならない。
エレンがどう説明したものかと頭を悩ませていると、アルミンがとにかく食べながら話そう。
と助け船を出してくれる。
渋々と言ったようにそれを了承してくれたミカサだったが、明らかに不信がっていた。
それが不信から来るものなのかはわからないが、何故か睨み付けているのはなんなのだろうか。
そしてミカサからの注目だけならばまだしも、そのテーブルは104期の仲間達全てから酷く注目を集めていた。
まあ当然である。
いきなり部外者が家庭に入り込んできたようなモノなので、むしろ注目を集めない方がおかしい。
ただ、その注目にねっとりとした黒い視線が混じってしまう事には、その部外者が問題であった。
漆塗りのような黒の頭髪に、その下の美麗な顔立ち。
自己主張の激しい豊満な胸囲がシャツを盛り上げ、目を擦りながら必死に睡魔と戦うその少女は、それはもう女性としての美を完璧に確立した、いわゆる美人であった。
どうもエレンに似て朝には弱いらしく、少女はゆらゆらと船を漕いでいる。
-
- 30 : 2014/07/14(月) 16:16:18 :
- 「ほら飯だぞ」
「大丈夫、大丈夫よー、起きてるよー、起きてる。起きてるよー」
「起きてると宣うならまずは目位は開けようか」
相変わらず目蓋はおりたままの少女へとエレンが自身の飲み水を差し出すと、それを恭しく受け取り、両手でしっかりと握る。
そのまま眠ってしまいそうな勢いだったので、エレンがコップの底を持ち上げて口元へと持っていってやる。
少しして少女の細い喉が鳴り、いちよう飲んでいる事だけは確認出来た。
「……ん、もうい」
「おう」
そこで初めて少女は目蓋を持ち上げ、宝石の類いでも嵌め込んでいるのかのような両眼を露にした。
「おはよ……、ござぃますぅ」
そんな気の抜けた朝の挨拶に、皆は挨拶を返す。
エレン含む男子が、若干頬に朱を広げているのはご愛敬である。
すると奥の席からやって来る見知った数人が目に入った。
挨拶を投げると、挨拶が投げ返される。
「ここいいかな?」
「ああ、いいぞ」
-
- 31 : 2014/07/14(月) 16:18:39 :
- 皆からは女神として崇め称えられている、小柄で金髪に端麗に整った童顔のクリスタに、背がエレンよりも数cm高く頬にそばかすが特徴的なユミル、そして自慢が格闘技だと自負している金髪鷲鼻のアニ。
そんな三人であった。
「なんでお前はいつもいつも問題事を抱え込んでくるんだよ」
「そういう星の元に生まれたんだ。しょうがない」
「アルミン、私達からもその説明をお願いしてもいいかな?」
「う、うん。僕もあんまり詳しくは知らないんだけど……」
そういってアルミンは掌を上に向け指先を黒髪の少女へと向ける。
「エレン・イェーガーさんです」
「アルミン。あなたはそんなにギャグセンスの乏しい子だった?」
「いや、本当にエレン・イェーガーなんだって!!」
アルミンがそんな不名誉な称号を貰っている横で、Wエレンは「あ、やっと眠気覚めてきた」「飯は俺の半分で我慢してくれ」などとお気楽ムードであった。
最早男子は、散々その話をした翌日なので、会話には参加せずに、エレンへと過度に擦り寄る。
いつもなら近寄るな! と美人との二人だけの空間を大切にするものだが、なんとなく男子達の気持ちがわかってしまった。
なんせうちの女子勢は、兵士を志願するだけあって一癖も二癖もある面々で、皆の憧れクリスタはユミルという番犬がおり、アニに関してはあの冷徹な瞳である。
他にも美人所で言うとミカサやサシャも上げられるが、お察しである。
なのでこういう常識人であり、口より先に手が出るなんて事はなく、番犬もいない美人。
男達の貴重な癒しなのだ。
(1日だけ許してやろう)
優しいのか優しくないのか微妙な線引きであった。
-
- 32 : 2014/07/14(月) 16:22:23 :
- 「本当なんだよ! 嘘をつく時に耳が赤くなる体質や大間かな性格! 髪に目の色だって同じじゃないか!!」
「流石にそれだけでエレン・イェーガーを名乗るには材料が少なすぎる」
「へえー、これがあのミカサかあ……。そう言われてみると確かにどことなく面影があるわね」
「ミカサは向こうでも超人なのか?」
「ええ、超人ね。匂いで居場所がわかる、って言い出した時は流石に焦ったわ」
「なんで張本人達がそんなに客観的なんだよおおおお!!!」
アルミンは堪らず激昂する。
エレンは、自身の前に置かれたスープにスプーンを運ぶ。
「えー? だってアルミンならやってくれるだろ?」
「ええ。君が本当にアルミンならやってくれるはずよ」
「というかお前本物のアルミンか? さっきからミカサを説得出来てないみたいだし……、怪しいな」
「君、さては偽者……!?」
「ごめんエレン、何か急に朝食に集中しなきゃいけない気持ちになってきたよ」
-
- 33 : 2014/07/14(月) 16:26:30 :
- 流石にからかいすぎたようで、そっぽを向きふてくされてしまったので宥めにかかるが、「もう自分達で解決しよう? うん。いつまでも僕に頼ってたら駄目だしね、そうしよう」と面倒なふてくされ方をしてしまった。
「ああなったらもう駄目だ。アイツ結構根に持つタイプだから」
「あー、こっちも性格はおんなじなのね」
アルミンが使い物にならなくなったので、仕方なく説明と言う任に就くエレンではあったが、口下手なエレンには到底果たせない重役であった。
「えーっと、まずはだな、俺は嘘をつく時に耳が赤くなるだろ?」
「もう聞いた」
「俺ってこういう性格してんだろ?」
「それも聞いた」
「ほら、俺達の髪の色と目の色がおんなじだろ?」
「エレン、他にはないの?」
エレンは黙る。押し黙る。
アルミンへと首を振ると、目の据わった笑みを返される。
-
- 34 : 2014/07/14(月) 16:28:20 :
- 別に確かな確証の得られる証拠はない訳ではないのだ。
ただその証明に当たって、二人のエレンが多大な羞恥を払う事になってしまうと言うだけだ。
そしてそんな証拠は二つあり、エレンは人生の分岐点にでも立っている心境であった。
しばらく必死に葛藤していたエレンであったが、唐突に脳天から爪先へと落雷でもしたかのような衝撃に襲われた。
エロスの神が囁く。
【見せあいっこなんて最高やん?】
エレンは眼前に人差し指を立てる。
「一つだけ、一つだけならコイツがエレン・イェーガーだって証明できる方法がある」
「エ、エレンッ!? どっちなんだ!? いったいどっちを提示しようってんだ!?」
「まったく、そう焦らすんじゃねえよ。そんなんだからお前はいつまでたってもゴリラなんだよ」
ライナーの「ゴリラってなんだおい」との声は無視して、エレンは皆を見回す。
「身体的な特徴ってモノがあってだな……?」
瞬間、食堂にいた全104期(♂)がガタンッ、と椅子を鳴らす程に身を揺する。
-
- 35 : 2014/07/14(月) 16:29:27 :
- 「エレン、横槍を入れて悪いのだけれど性別の違いも考慮した上でそれは言っているの?」
「もちろんだ」
エレンは、自信満々に言い切る。
「で、なんなんだいその身体的特徴ってのは」
「この腕とか足なんかに出来てる黒いのは’’ほくろ’’って言うんだけどな。このほくろが出来る原因って知ってるか?」
「確か紫外線っつう、太陽からの光が原因なんだろ?」
「まあ確かにそれもあるんだけどな、それは後天的な原因であってだな、えーともう一つ原因があってだな、えーと」
「つまり、ほくろには先天的な原因、要するに遺伝で出来るほくろもあると?」
「そういう事だミカサ!」
そう。この方法はつまり、誰かに身体をジロジロと眺められなければいけないのだ。
正確に場所を確認する為には、横に並べてなんて事位はしなくてはならない。
相手の事をじっくり眺める事は出来るが、対して自身もねっとりじっくりと眺められる事になる。
だが見方を変えてみてはどうだろう。
合法的に見せ付ける事が出来る、と。
そこまで考えて、エレンの股間はスタンドアップ。
テーブルの下で、揺するようにしてシットダウンさせる。
-
- 36 : 2014/07/14(月) 16:30:52 :
- 「それならばここは私に任せてもらおう」
「ま、それもそうだな」
エレンの幼馴染みであり、淑女エレンとは同性。
確かにここはミカサが最適な選択である。
「じゃあ訓練終わりの夜にでもやるか? 流石に今からなら時間も無いだろうし」
「いや、十分」
「え?」
エレンが聞き返す前に、ミカサは至極真顔で
「エレンのほくろの位置は全て覚えているので1分もかからない」
途端、エレンは真っ赤な粘性の液体を吐き出した。
「エレェェェェェェン!!!」
「効いた……、効いたぜ……、色んな意味で重たいパンチだ……」
男子が茶番を繰り広げる横では「大丈夫、もし本当にアナタがエレン・イェーガーだと言うのなら拒否する理由はないはず」「何故か妙にアナタの鼻息が荒いって言うのは拒否材料として十分すぎない?」「大丈夫。私はエレンにしか興味がない」「私がそのエレン・イェーガーなんですけども!?」こっちはこっちで盛り上がっていた。
-
- 37 : 2014/07/14(月) 16:32:03 :
- 「怖い、怖いよアルミン。なんなの? 人間ってなんなの?」
「いいかいエレン、最早アレは人間として捉えていいのかすらもわからない超人なんだ。考えるだけ無駄だよ」
「ああ、そうだな……」
「ミカサ、もうそれでエレン・イェーガーだって証明出来るんならはやく確認してきて」
「ええ、そうする」
「ちょ、まって!! 何か身の危険なるものを感じるんだけど!? 何か身体の芯が【逃げろ!!】って信号出してるんだけど!! ってか力強っ!!?」
ミカサとエレンが扉の外へと消えて、1分と言っていながらしばらく帰ってこなかった二人が、やけに艶々としたごきげんなミカサに、げんなりとしたエレンと言う状況で帰ってきた時は容易に何があったのかを想像出来た。
そしてミカサは「確かにエレンと同じ位置のモノが複数あった」と1分以内に確認済みであったはずの結果を提示する。
「確かに信じがたいがエレン、私はアナタがエレン・イェーガーだって信じる」
「ええ……、よかったわ……」
-
- 38 : 2014/07/14(月) 16:33:40 :
- これで一件落着といきたい所ではあったが、やはりそれだけでは明確に信じきる事は難しいのだろう。
「いや、それでもおかしいだろ? ってことは何か? コイツは何処か知らない世界から来た全くの別人のエレン・イェーガーとでも言うのかよ?」
ちょっとした異議の声が上がる。
「それは僕から話すよ」
やっと機嫌を直してくれたアルミンが、やけに意気揚々と挙手する。
誰しも、自身の蘊蓄を語るのはお好きなはずだ。
アルミンも例外ではなく、そういった蘊蓄を語り、共感するのは一種の趣味と言っても過言では無かった。
「さっきユミルが言ったみたいに、全くの別人のエレンが他にいる。っていうのはある意味的を射てるんだ」
「えっと、どういう事なのそれ?」
「うん。僕もちょっとした文献からしか知識を持ってないんだけどね、パラレルワールド。日本語訳では並んでいるに、行うで並行世界。直訳すると平たいに、行うで平行世界。そういったモノの存在があるんだ」
「名前から察するに、そのまんま、世界が並行に並んでるって所か?」
「そうだね。パラレルワールドって言うのは、一つの世界から分岐し、並行して存在する世界の事を言うんだけど、凄いよね。まさか本当にそんなものが存在するなんて!!」
アルミンは、蒼色の瞳をキラキラと輝かせながら、声を張り上げる。
昨日の夜にアルミンと、別世界のエレンとは散々その話題で盛り上がったのだが、やはりそう言った未知の類いはエレン達の中で一向に熱を失う気配がない。
隣でも若干スープへと運ぶ手が忙しなくなってきた別世界のエレンが目にはいる。
-
- 39 : 2014/07/14(月) 16:38:27 :
- 「あ、そういえばここね、昨日の説明だけじゃ少しわからなかったんだけど、それは全くの別の世界って事なの? 1つの世界から分岐してるんだし、何かが壊れればあっちの世界でもその何かが壊れたりするの?」
「いや、それは無いんじゃないかな。確かに元は同じでも、全くの別物の次元なんだ。だからそういった繋がりはないはずだよ。それにもしそんな事が起こるなら、すぐに異変として捉えられるでしょ? まあそれを異変として観測する事の出来ない仕組みならどうしようもないけど」
「でもよ、アルミン。元の世界から分岐したんならその分岐した世界もちょっとした変化はあっても、元の世界と似たような進み方をするんじゃねえのか? それもよーく目を凝らさなきゃ気が付かないような変化だったりしたら尚更よ」
「確かにね、でも昨日もいったように、並行世界って言うのは1つだけという確証がどこにもないだろう? だから大きな変化で分岐した世界や小さな変化で分岐した世界なんてのが無数にあるかもしれないんだよ 」
「壮大だな……」
「壮大ね……」
ほふぅ……。と謎の声を漏らしながら、周り置いてきぼりで勝手に自分達の世界に入りだした三人を、ミカサが無理矢理元の路線へと戻す。
「アルミン、そういったモノがあると言うのは分かった。だけど問題はどうしてそんな別の世界からその世界のエレンがやってきたか」
そこで口を開こうとしたWエレンであったが、お前等はいったん黙っとけ、とのユミルからのお咎めを受け二人は口に見えないチャックをした。
「いい質問だミカサ!!」
ビシリッとアルミンはミカサを指差し、ズボンのポケットから紙とペンを取り出す。
そこにペンを走らせていき、「世界」と言う単語を円で囲んだものをペンで指しながら「これがここか、或いはどこかに存在する大元の世界」言う。
そこから二本の線を左右斜めに書き、その先にはやはり「世界」を円で囲んだモノ。
「こっちが大元で」
アルミンは分岐した左側の「世界」に「元」と書き加える。
「こっちが並行世界」
右側の「世界」をトントンとペンで指し示す。
-
- 40 : 2014/07/14(月) 16:40:38 :
- 「これがパラレルワールド」
「いや、だから理屈はわかったんだよ、今必要な知識はどうやってこの別の死に急ぎがーー」
「こっちが大元で。こっちが並行世界」
「知らないんだね」
アニに指摘され、アルミンの握っていたペンの動きが止まる。
図星であった。
「だってそんなあるかどうかもわからない不確定なモノには興味がなくて!!」
「別に無知が罪なわけじゃないよ」
「ベレトレト……! いつも影が薄いだけの背の高い人位の認識だったけど優しいんだね……、ごめんね。いつも「あ、ライナーの腰巾着」とか思ってたりして!!」
「うん、そうなんだ……。あと僕の名前はベルトルトだよ……」
はあ。と皆はすでに行き詰まってしまったこの現状に、重く息を吐いた。
確かにそれは重要な事だし、それが今の最も優先して探るべき事なのだろう。
だが、
-
- 41 : 2014/07/14(月) 16:41:52 :
- 「なあ、エレン! エレンが二人もいちまったら色々とこんがらがるからよ、何かアダ名を作ろうぜ!」
「コニーにしては名案ですね!!」
「うるせえよ!!」
「アダ名かあ……、別にエレンでも問題ないと思うけど」
「いーや、駄目だね。それだと教官から呼ばれた時にどっちかわかんねえ。うーん……エランなんてどうだ?」
「却下で」
「じゃあエロン!!」
「なんとも食欲をそそる名前ですね! これにしましょうエロン!!」
「ダメね、締まりがないわ。それに何か私が性欲に満ち溢れてるみたいじゃない。却下よ」
などと「ば」で始まり「か」で終わる道を着実に歩み始めている姿を見ると、ついどうでもよく感じてしまう。
-
- 42 : 2014/07/14(月) 16:43:10 :
- 「とにかく、僕が知ってるのはこれだけだ。訓練終わりにでも図書室に行ってそういった類いの文献を漁ってみるよ」
「あ、じゃあ僕も付き合うよ。本を読むのは何かと好きだし、数は多いに越した事はないでしょ?」
「僕もここは手を上げさせてもらうよ。ベロトロトの言ったように数は多いに越した事はないだろうしね」
「うん! ありがとう! マルコ! ベリトリト!」
「ねえわざとなの? 僕の名前はベルトルトだよ」
「あ、ごめんねベトルト!」
「人を簡易食料みたいに言わないでくれるかな!?」
エレンが、他愛ない話題で別世界の自身と盛り上がっていると、カンカンカン、と今ではもうすっかり聞き慣れてしまった金属製の鐘の音が聞こえる。
この兵舎では起床、朝食、夕食、入浴、消灯などの決められた時間の終わり5分前にこうやって知らせてくれるのだ。
話し込み、まだ手付かずのままテーブルに並ぶ朝食がいくつかあったが、慌てて口の中に詰め込む、なんて事はない。
5分前だからと言って、そう危惧しなくとも幸い、はたまた不幸なのかこの兵舎で出される食事はそう量が豊富ではなかった。
体格のいいライナーならば1分もかからないかもしれない程度の量である。
-
- 43 : 2014/07/14(月) 16:46:03 :
- 「打開策も何も、今の知識だけじゃ並行世界の観測すらも厳しい。訓練が終わるなり図書室に向かいたいんだけど、二人は大丈夫かな?」
「うん、問題ないよ」
「僕も」
「よかった。じゃあ皆には有力な情報が入り次第招集をかけるからよろしくね」
「ん? それはここにいる全員指定か?」
そんなライナーの問い掛けにアルミンは頷く。
「おいおい、厄介事はごめんだぞ」
だがそんな意見にも、反論が上がる。
案の定ユミルからであった。
慌てるアルミンであったが、クリスタが「ユミル……」と瞳を潤ませると、
「そんな目で見ても気はかわんねえぞ」
「目を塞いだ状態で言っても説得力ねえよ」
すかさず「ユミルはこんなだけど、仲間思いの優しい人なの」とのクリスタからのフォローが入るが、ユミルは、そんなんじゃねえよ、と否定している。
ユミルが仲間思い? との疑念も生まれたが、エレンはそんな念に蓋をしておく。
するとエレンはテーブルの上が皿だけと言う寂しげなモノになっている事に気が付いた。
-
- 44 : 2014/07/14(月) 16:50:31 :
- 「そろそろ移動しようぜ、今日は確か立体起動の訓練だったろ?」
「うん、そうだね。とりあえず二人は訓練が終わったら図書室に来てくれるかな?」
「わかったよ」
「うん」
周りでも、ちらほらと食器を片付け始めている者もいて、エレン達もその後に続く。
すると、隣で見定めるようにして周りを眺めている別世界の自身に気がついた。
珍しい物でもあったか? と問うと
「いやね、ここら辺も私の世界と同じなのかー、って」
と返ってくる。
「そうなのかい? という事はこの食堂をデザインした人は同一人物かもね」
「ああ、そっか。俺の性別が違うって事は、少なくとも俺が生まれる十数年前以前の時間から分岐してんだよな。ん、って事はどの世代からコイツの世界と同じかを確かめれば、いつ頃から分岐したかがわかんじゃねえか?」
「まあ確かにそうね。でもそれを知ってどうするのか、って話よ」
「そうだね」
「役にたちそうにはねえな」
今回、この世界を犯した異常は人間が感じる事すら出来ない不明瞭なモノだ。
だが、不明瞭だからこそイマイチ現実味が感じられず、こうやって普通に言葉を投げ掛け合う少女が、この世界の正常にも思えた。
(ま、今はアルミン達に任せるしかないか……)
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- 45 : 2014/07/14(月) 16:53:11 :
- すると、エレンの肩へと硬く大きく生暖かなモノがズシリと乗っかる。
こういった仲睦まじき事をしてくる友人は、エレンには一人しか該当者がいなかった。
なので振り向かず、なんだ? と聞き返す事もせずに、ただそれを受け入れる。
そしてエレンの肩へと腕を回したライナーは、エレンの、どうせくだらない事を言うんだろうな、との期待を見事裏切らなかった。
「なあエレン、やべえぞ、昨日は胸元が隠れる服装してたから気付かなかったが、別世界のお前の’’アレ’’超大型だ。なあどうする?」
そんな事を小声でボソボソと囁いてくる。
「しるか。というか今そんな事言うな。昨日俺がどれだけ苦労したと思ってんだ」
「は? なんだよ? あ、まさかお前……、昨日ガス抜き出来なかったとか言うんじゃないだろうな」
「ああ、そのまさかだよ」
ライナーが「あちゃー」と大袈裟に天を仰ぎながらエレンの肩をポンポンと叩く。
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- 46 : 2014/07/14(月) 16:54:50 :
- 「なんなら今日は俺が場所かわってやろうか?」
「それお前がかわりたいだけだろライナー」
エレンは溜め息混じりに、訓練の合間にでもアルミンにやってもらうからいいよ、と言う。
もちろんそれは冗談で、そんな事も、そんな雰囲気になった事すら無かったのだが、ついさっきまで会話していたライナーは勿論の事、超人ミカサまでもが、お得意の超聴力を発揮して、二人が同時にビクリとこちらを向く。
それも顔は「コイツ大丈夫かよ……?」と言った具合でだ。
「いや、うそうそ! 違うから! 冗談だから!! 信じるなよ!?」
「いや、おま、えー?」
「……、……」
必死に弁解はするが、ライナーは小声で、確かに中性的な容姿だけどなエレン……、などと可哀想なモノでも見るような目で見てくるし、ミカサに関してはそりゃもうメデューサにでも見詰められたのかと言うような石化をしていた。
「ちがっ! 大体俺はホモじゃねえ!! ちゃんと初めては異性って決めてるよ!! いいか!? 俺はホモじゃねえからな!?」
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- 47 : 2014/07/14(月) 16:58:15 :
- すると、隣から「いやいや、そうやってライナーと組み合ってると、嫌でもホモに見えるよ?」と幼馴染みから声がかかる。
エレンが離れるより先にライナーは素早く肩から腕をほどき、勢いよく飛び退くと「俺はアイツに強要されただけのノーマルだ!!」と叫ぶ。
「ちょっと待てやゴリラこらあッ!!」
「ひいっ! ホモがお怒りだッ!!」
「ねえちょっとやめてくんない!? 誰かとスレ違う度に「あ、エレンだ……」とか言って俯かれるようになったらどうすんだタコッ!!」
「ひいっ!」
「悪質なプロパガンダやめろやぁぁぁぁぁ!!!」
気がつけば、ミカサはいつの間にか石化の呪いから解呪されており、アルミンへと「アルミンがエレンの初めてを奪ったの?」「え?」などと新たなる風評の種を撒いていた。
クリスタやユミル、アニ、別世界のエレンなんかも、
「え? こっちの世界の私は同性愛者なの?」
「ブフッ! え? いや、ん、まあそうなんじゃねえのか? ……ふひっ」
「エレン! ユミルの戯れ言に耳をかしちゃダメッ! ユミルの口からはほとんどデタラメしか出てこないと思ってくれても構わないから!!」
「クリスタ、今の言葉撤回してやりな。みてみな、あの生気の抜けた顔を」
と、睦まじげであった。
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- 48 : 2014/07/14(月) 16:59:21 :
- そんな光景を見ながらエレンは、ああ、楽しいな、と、つい口元で声の形だけをつくる。
別にエレンが、虐められて、あぁッ! きもてぃ!! などと言う変態な訳ではない。
ただ、こうやってくだらない事で盛り上がって、笑って、泣いて、怒って、ただそれだけの事がたまらなくエレンの心を満たしていく。
「巨人は憎い……憎いよ……」
でもさ……。
エレンの口から漏れた脆弱な音は、皆の喧騒にいとも容易く掻き消されてしまう。
笑って叫ぶ仲間達は酷く楽しそうで、対照的にエレンは酷く憂鬱な心境の中にどっぷりと浸かっていた。
エレンは、ライナーの全身が鎧とでも言うかのように屈強なのを知っている。
エレンは、アニの格闘技が訓練を積んだ大男をも撃退する事の出来るモノだという事を知っている。
エレンは、ジャンが104期の中でも突出して立体起動装置を深く理解し、存分に扱えるだけの技術が持っている事を知っている。
エレンは、アルミンが並外れた頭脳に、その知能を存分に発揮出来るだけのポテンシャルを秘めている事を知っている。
エレンは、ミカサがそんな104期全員を軽く凌駕した超人だと言う事を知っている。
だがそれと同時に、
「俺は巨人がどれだけ躊躇いなく無感情に人を喰らうかを知ってるんだ……」
エレンは入団当初、巨人なんてどうってことない、そう皆を鼓舞した。
だが巨人は救いようの無い程化け物だ。
人間なんて、赤子の首を捻るかの如く殺し去ってしまう。
母親はなによりも強いとさえ思っていたエレンの幼心を木端微塵になぶり去ったのも巨人だ。
巨人には勝てない。
そんな分かりきった答えも、心の何処かでは分かっているのかもしれない。
今まで巨人へと執念していたのは、母親を奪われ、心に大きな虚無が出来てしまったからこそ、その虚無感がエレンの心を蝕み、燃え上がるような激情へとかえていたのだ。
だがエレンには沢山の仲間が出来た。
暖かくエレンの心を埋め、虚無を消し去る事は無くとも紛らわせる事位は出来た。
「どうすればいいのかな……母さん……、俺、どうすれば……」
エレンはキツく拳を握り、奥歯を噛み締める。
その先はエレンの口から紡がれる事は無かった。
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- 49 : 2014/07/14(月) 18:40:44 :
- おもしろいです!
なるもの…(笑)ツボです!
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- 50 : 2014/07/16(水) 01:52:44 :
- ありがとうございます
日が雲に隠れ壁の内側を橙色が照らして出してきた頃、エレン等は立派に言えば作戦会議、平凡に言えば話し合いを行っていた。
内容はどう教官に説明をするか。
なんせエレン等が抱え込んだ異常は、別世界なんていう非現実的なものなのだ。
「へいっ! へいっ! へいっ教官へいっ! コイツ! 別世界から来たYO!」
などと言っても、「なんだこの障害者は?」で終わってしまう。
なので、なんとかして納得してもらわなければならない。
仲間内ならば、「信じろやこらあッ!!」「はいッ!!」で以上なのだが、教官ともなるとそうはいかない。
なのでちゃんと教官が理解するようなモノを用意しなくてはならないのだ。
「いっその事あのハゲ拉致って洗脳でもするか?」
「怖い事言うなよジャン」
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- 51 : 2014/07/16(水) 01:54:17 :
- うーん、と皆は頭を悩ませる。
皆と言っても、ここは男子寮で、いるのもエレンに淑女エレン、ライナーにジャン、そしてコニーの5人だけであった。
アルミンにベルトルトにマルコは図書室で本を読み耽っているはずなので、アルミンから言い渡された「教官への説明考えといてね」との約束を5人で果たそうとしていたのだが……。
「ジャン、水くれ」
「あん? 俺もあんまし残ってねえんだよ」
「後で水汲みに付き合ってやるから」
「しゃーねえな」
エレンはジャンから放られた安っぽい歪な形をした鉄製の水筒をキャッチする。
蓋を捻り、口をつけると若干鉄臭さが舌についたが、別段気にする程のものでもなかった。
いつも喧嘩ばかりの二人ではあったが、同じ部屋だったのが幸いしたのか案外良い関係、いや、むしろ良好過ぎる程の関係は築き上げれていた。
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- 52 : 2014/07/16(水) 01:56:57 :
- 「まずー」
「うるせえよ」
「あ、私にも貰えるかしら?」
「なにいッ!?」
「やめとけ別世界の俺。顔が縦長になるぞ」
「んだとこらあッ!? 俺の水筒にはキルシュタイン菌でも入ってるんですかねえッ!? おおッ!?」
「うるせえジャン。今いい案が出そうなんだよ、黙ってろ」
「ハッ、お前が頭を使うなんざ珍しい」
「うるせえよ馬! ああっ!! ほら折角出掛けてた良い案が引っ込んじまったじゃねえか!!」
「お前の案って朝の急いでる時のう◯こみてえだな」
「ねえ、喉渇いた」
「そだな」
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- 53 : 2014/07/16(水) 01:58:58 :
- よっこいしょ、との掛け声と共に重たい動作で腰を上げると、対面に座っていたライナーがここぞとばかりに、力仕事は任せろ、と筋肉アピールをしてくる。
どうせ拒否してもついてくるのだろうから、エレンは放っておく事にした。
「まて、それなら俺も行きてえ! 何か頭が疲れたから気分転換って奴だな!」
「気分転換する程頭使ってねえだろ」
「お前等もくんのー?」
「結局全員か」
「これだけ大所帯だと見付かっちまうかもな」
「縮めライナー」
「無茶言うな」
水は、別に好きなように持っていっていいようには言われていないのだ。
だが、これだけ長く同じ生活を繰り返してくれば、どこで息を止め、どこで息を抜き、吸うかが大体わかってくる。
ジャンの言ったように、これだけの人数だと教官に見付かってしまう危険性もあった。
だが「いやあー、やっぱりこう皆で夜に出歩くのってなんか興奮するわよね!」と、朝のアルミンのようにして活気している少女を見てしまってはどうする事をできない。
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- 54 : 2014/07/16(水) 02:02:27 :
- 「よし、クリスタは嫁、エレンは嫁、完璧」
「何が完璧なんですか糞ゴリラ君よぉ!? ゴリラがなにいっちょまえに人間様の嫁貰おうとしてんだこらおぉッ!? クリスタは妹、別世界の俺が姉、これが世界の統率を保つ黄金比に決まってんだろ糞ゴリラこらあッ!!」
「何が黄金比だホモ野郎が!! しかもゴリラの頭に排泄物つけてんじゃねえよ!! なにか悲しくなるだろうがこらあッ!!」
「ったく……、あめぇ、あめぇよテメエ等、未熟って単語がここまで似合う奴等はお前等位だ」
「んだこら、馬」
「てめえのタテガミ千切って肛門に詰めるぞ、馬」
「ミカサとエレンのW姉っていう組み合わせが全知全能に決まってんだろこらあッ!!」
「てめえはいったん全知全能って言葉を勉強しなおしてこいポニーがッ!!」
「てめえの陰毛で尻尾つくってやろうかおおッ!?」
「コニー、止めなくていいのかしら……?」
「いいんだ、あいつ等は定期的にああなるから。触らぬ紙に祟りなしってな」
「え? なにか発音おかしくない?」
コニーの言ったように、確かにエレン達は彼女なるものを持った事がなく、欲求が溢れ出てこのような討論になる事もしばしばであった。
まあ、こんなもの今となってはちょっとしたスキンシップみたいなモノなので、ストレス発散程度のモノだと思ってくれていい。
更に激化する討論であったが、皆は忘れていた。
本人達はさっぱり気付いていなかったのだが、エレン等は、この時アルミンとした約束の事を。
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- 55 : 2014/08/13(水) 19:15:52 :
- 期待!
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- 56 : 2014/09/21(日) 23:55:11 :
- 続き読みたいです。
忙しいのかな…。
待ってますよー。
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