それぞれの雨(進撃短編集)
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- 1 : 2014/05/10(土) 21:20:39 :
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明け方降り始めた雨は勢いを増しながら降り続けていた。
遠くのほうで雷も聞こえる。
……そのうちここも嵐になるのだろうか。
私はそんなことを考えながら落ちてくる雨粒をぼぅっと眺めていた。
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- 2 : 2014/05/10(土) 21:21:59 :
この雨のおかげで訓練は中止。
突然できた休日に皆喜びながらも、大半が何をしていいのかわからずに暇を持て余していた。
「――カサ、ミカサ!」
声にはっとする。
「全く…何回も呼んだんだけど」
「ごめんなさい。少しぼーっとしていた」
私が素直に謝罪すると、彼女はあきれたようにため息をついた。
私に体半分背を向ける。
「ほら、行くよ」
「……え?」
何の事だろうか。
私がついてこようとしないのを見ると、彼女は私に向きなおり、思いっきり顔をしかめた。
「何?あんたまさか忘れてたの?」
彼女の鋭い視線を感じながら私は頭を絞る。
……なんだっけ。
なかなか思い出せない私に痺れを切らしたのか、彼女はまたため息をつきながら踵を返そうとした。
私が慌てて引き留めようとしたその時。
「あれっ、ミカサ!教官から何か頼み事されてたんじゃなかったっけ?」
私の後ろから声が聞こえた。
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- 3 : 2014/05/10(土) 21:23:17 :
振り向くと、人影が二つ、私たちのほうへ歩いて来るのが見えた。
部屋がうす暗く、姿ははっきりと見えなかったが、私はその人影が誰かすぐに分かった。
頼み事…教官からの…
…ああ、そうだった。
私はやっと思い出した。
今朝、たまたま近くを通りがかったというだけの理由で教官の手伝いをさせられる羽目になったのだ。
それも倉庫の建て替えのための荷物の移動というなかなかの力仕事。
同じくたまたま通りがかって餌食となった彼女は
「こんな力仕事をか弱い乙女にやらせるなんて」
とぶつぶつ言っていた。……どこがか弱いのだろうか。
そんな成り行きで引き受けた仕事だったので、私の中ではさして重要なこととされなかったらしい。
きれいさっぱり忘れていた。
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- 4 : 2014/05/10(土) 21:23:49 :
「お前も災難だな、せっかく休日になったってのにわざわざ手伝いなんて」
二つの影のうちの一つが気怠そうに言う。
彼は訓練が無いと分かって最初は不機嫌だったものの、今は部屋着に着替えてすっかり休日を満喫していた。
「ええ……でも仕方がない。今から行ってくる」
ため息交じりに言う私に二人はそろって笑いかけた。
「おう、がんばれよ」
「僕とエレンであったかい紅茶入れて待ってるから。終わったら二人ともおいで」
「ありがとう、アルミン」
私はそういうと二人に背を向ける。
そこには物凄く不機嫌そうな顔をした少女がいた。
……待っていてくれたとは。
私は少し意外に感じながらも、それを表に出さないように言った。
「行こう、アニ」
「…待ってたのは私なんだけど」
不満そうな声で告げられる。
私はそれを軽く聞き流して、倉庫へと向かった。
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- 5 : 2014/05/10(土) 21:24:24 :
「…ん、あれ」
アニと二人で歩いていると、アニが突然立ち止まった。
「…?」
アニの視線を辿ると、そこにはなにか小さくて黒いものがあった。
屋外なので雨に濡れている。
私もアニもそれが何だかわからず、窓に近づいて目を凝らした。
雨のせいで視界が悪い。
しかし、私たちにはそれがわずかに動いているのが分かった。
「なんだろうか、あれは…」
「…鳥?」
「いえ、きっと違う。羽のようなものは…見えない」
その時、その黒いものからぴょん、と飛び出した。
…耳だ。
と、いうことは……
「子猫だ」
私とアニは同時に声を上げた。
「でもどうしてあんな所に…」
「…さぁ?」
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- 7 : 2014/05/10(土) 21:27:12 :
あんなに雨に濡れるところに何故一匹だけ…
まさか…母猫がいないの?
だったら大変…あのままでは死んでしまう。
子猫の元へ駈け出そうとすると、アニは私の考えを読みとったかのように私のことを腕で制した。
「やめな」
「…なぜ止めるの」
「私らが手出ししていいことじゃないよ」
「でもあのままでは死んでしまう」
「助けてどうすんのさ」
「それは……」
「兵舎で飼うとか言わないでよ。そんなことがバレたらどうなるか」
「でも――」
私が反論しかけた時、アニが森のほうを指さした。
「ほら。あれ」
そこにいたのは、子猫と同じ黒猫だった。
子猫の元へと駆け寄ってくる。
それを見ながら、アニは静かに言った。
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- 9 : 2014/05/10(土) 21:34:07 :
「子猫のそばにはちゃんと母猫がいるものなんだ。だから私らがうかつに近づいて保護なんかするべきじゃない」
「母親から子供を奪うのと同じだからね」
「……一度母猫以外の匂いがついた子猫を母猫は育てない。育児放棄する」
「本当に小さい子猫は自分で体温調節も排泄もできない。だから一度育児放棄されたら一日程度で死んでしまう」
「もしあとから母猫に返そうなんて思っても遅いんだよ」
「まぁ…しばらく見ていても母猫が現れないようだったら話は別だけど」
……知らなかった。
何もかも知らないことだった。
私は危うく一匹の子猫の人生…猫生?を壊してしまいそうになったのか。
軽く鳥肌が立った。
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- 10 : 2014/05/10(土) 21:35:32 :
私自身、山で育ったから動物のことは多少は知っているつもりだった。
でも、知らなかった。
この世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。
それを今、思い知らされた。
それに―――
「アニがそんなにお喋りだったとは知らなかった」
「……別に」
私が覗き込むとアニが顔をふいっと逸らす。
面白くなって、もう少しからかってみようとアニの正面に回り込む。
「アニがそんなに動物に詳しいとは知らなかった」
「……そう」
顔を逸らされる。
また回り込む。
「アニが―――」
「あんたがそんなにしつこい奴だとは知らなかったよ」
……遮られた。
少しむっとする。
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- 11 : 2014/05/10(土) 21:36:36 :
私をちらりとみたアニはそれを感じたのか、小さくくすりと笑った。
「アニの……」
「笑顔がそんなにかわいいとは、しらな―――」
ぱしっ。
「いい加減にしな、ミカサ」
口を手で塞がれていた。
「もういいでしょ。行くよ」
アニはそういうと、私に背を向けてすたすたと歩いて行ってしまった。
そういえば倉庫に行く途中だった。また忘れていた。
ふと外を見ると、そこにもう猫の姿は無かった。
アニが…
あんなに照れ屋だったとは知らなかった。
アニの後を追う。
色々なことを知った、
ある雨の日の出来事。
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- 12 : 2014/05/10(土) 21:40:44 :
episode01 fin.
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- 20 : 2014/11/11(火) 09:08:25 :
屋根に打ち付ける雨の音と話し声で目が覚めた。
本を読みながらいつの間にか寝ていたらしい。
「珍しいな、お前が居眠りするなんて」
「ああ…うん、最近夜あんまり眠れなくて」
伸びをしながら窓の外を見る。
雨はますます激しさを増し、滝のように屋根から流れ落ちていた。
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- 21 : 2014/11/11(火) 09:09:30 :
「訓練も休みになったことだし、今日は寝てようかな………」
「ああ、それがいいな」
なんとなく上の空な感じがして、ちらりと彼を見る。
案の定、彼は座学の教本に読みふけっていて、こちらの様子を気にも留めていなかった。
全く……最近ずっとこうなんだから……
僕の話、いっつも聞いてない。
軽くため息をつき、立ち上がる。
「僕は部屋に戻って寝ることにするよ。ここじゃゆっくりは寝られないだろうから。あとライナー、そのページをやるなら図書館に良い資料があるよ。じゃあね」
「あ、おいベルトルト!それってどの……」
「そのくらい自分で見つけてよ。僕はもう行くよ」
「あ、ああ……すまん……」
突然苛立った僕に戸惑いを隠せないライナーを尻目に、僕は食堂を後にした。
──────────
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- 22 : 2014/11/11(火) 09:21:35 :
食堂を出て宿舎まで早足で向かう。
僕が苛立つのにもちゃんと訳がある。
最近ライナーは時々僕たちの『本当の姿』を忘れる時がある。
最初の頃はちゃんと自我を保っていた。あんな風に馬鹿みたいに真面目に勉強したりすることもなく、それとなくやり過ごしていた。
でも今は違う。
元々面倒見の良い彼の性格が災いして、周りの皆から慕われるようになってしまってから、ライナーは変わった。
僕たちが元から壁の中の住人ではないということも、壁の中の人間が大量に死んだのが僕たちのせいだということも、僕たちには帰るべき故郷があるということも僕たちは今ともに過ごしている皆をいつか殺さなければならないということも何もかも全部忘れて元から壁の中に住んでいたような能天気な────
「きゃっ!」
「うわっ!」
何かにぶつかって思わずよろめく。
足下を見ると、小さな人が転がっていた。
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- 23 : 2014/11/11(火) 09:24:21 :
「あっ、ご、ごめん!前見てなくて……」
慌てて手を差し出すと、彼女は少し驚いたような顔をして僕の手をつかんで立ち上がった。
「怪我とか……してない……?」
「大丈夫だよ、私の方こそごめんね?」
「あ…僕は大丈夫だから……」
「そう?よかった」
彼女はそういって明るく笑った。
ほっと肩をなで下ろす。
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- 24 : 2014/11/11(火) 09:24:44 :
「ねえベルトルト、何か考え事でもしてたの?」
「え………」
「だってすごーく怖い顔してたよ?……一瞬しか見えなかったけど」
「それは………」
「何かあったの?私でよければ話聞くよ?」
彼女はそういって僕の顔をのぞき込んできた。
相談して全部ぶちまけたいのは山々だけど、彼女に本当の事を言うわけにはいかない。
自分を心配する視線に居心地が悪くなって、逃げるようにして目をそらす。
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- 25 : 2014/11/11(火) 09:25:07 :
「……クリスタは優しいね」
「え?」
「僕のことを心配してくれる人なんてここにはいないよ」
思わず自嘲気味になってしまった。
クリスタは不思議そうに僕を見る。
「ベルトルトだって優しいよ?」
「え?」
「だってさっき手を差し出してくれたじゃない。ちょっと驚いちゃった」
クリスタはクスッと笑う。
「ベルトルトってあんまり皆と関わろうとしないじゃない?だからよく分からなくて」
「………」
「でも優しい人だったんだね」
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- 26 : 2014/11/11(火) 09:25:39 :
苦しい。
本当は優しくなんかない。皆と関わるのが怖くて波風を立てないように生きているだけだ。
なるべく目立たないように。
「でもね、ベルトルトはなんか私と同じ感じがするんだ」
クリスタの唐突な発言に面食らう。
「同じ………ってどういうこと?僕はそんな……」
「ベルトルトも、私と同じように何か大きなことを抱えてる。なんでか分からないけど、そんな気がするの」
抱えてる?
「まあ、そんなこと言ったら皆何かしら抱えてると思うんだけどね。でも……ベルトルトは皆とどこか違う気がするんだ」
クリスタが言っていることがよく分からなくて、そのまま黙ってしまった。
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- 27 : 2014/11/11(火) 09:26:11 :
クリスタが僕と同じ……
彼女も何か大きな隠し事をしているということだろうか。
人類の敵とか、実は巨人だとか、そのくらいの大きな隠し事を──
「あ、ご、ごめんね突然こんな話しちゃって……あんまり気にしないで!ベルトルトと話せてよかった!じゃあまたね!」
クリスタは自分が妙なことを言ったと気づいたのか、慌ててそう言うと、そのまま走って行ってしまった。
クリスタが去った後も、僕はしばらくそこを動けず、ただ雨の音を聞いていた。
何か隠し事をしているのは僕だけじゃない。
そのことに少しほっとする一方で、クリスタの隠し事が何なのか気になって仕方がなかった。
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- 28 : 2014/11/11(火) 09:26:37 :
僕はずっと人と関わることを避けてきた。
人のことはなるべく見ないようにしてきた。
一度見てしまうともう目を背けることは出来ないと思っていたから。
でもきっとそれじゃだめなんだ。
戦うためには
敵のことを知らなければいけないんだ。
大切なことに気がついた、
ある雨の日の出来事。
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- 29 : 2014/11/11(火) 09:27:13 :
episode02 fin.
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- 30 : 2015/01/02(金) 02:53:51 :
- 8888888888。
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