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空舞う道化-灰 【56話ネタバレ有】

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  1. 1 : : 2014/05/07(水) 23:43:18
    56話を妄想・考察した小説シリーズ「空舞う道化」の3作目であり、完結話です。


    タイトルにもありますが、56話のネタバレにとにかく注意です。

    「灰」も、「白」「黒」と同じ時間軸です。

    57話発売まで秒読みですが、待ちきれない方々、よかったらこれを読んで9日が来るまで乗り切りましょう!笑
  2. 2 : : 2014/05/08(木) 06:30:04
    森の奥の洞窟。

    エレン達の引き渡し場所であるそこには、アッカーマンと名乗る男が率いる4人組が現れた。

    リーブス達は殺され、エレンとヒストリアは連れ去られた。


    それが、樹下で待機していた俺の目の前で起きたことだった。


    転がっている遺体は、本来あるべき数より1つ少ない、3体。

    幸か不幸か命を拾った男、フレーゲルは、樹の影で震えている。

    アッカーマン達には死角になっていて見えないようだが、俺の所からは、フレーゲルが震えているのも、泣いているのもよく見える。

    アッカーマン達が立ち去った後、フレーゲルは涙を拭いて立ち上がった。

    「このことを…早く伝えねぇと……!!」

    フレーゲルが息を切らして走っていくのを見届けると、俺はアッカーマン達の後を追い始めた。




    俺はもともとこうなることを知っていた。




    変装したジャンとアルミンを連れ、トロスト区の市街を歩いていた時、絡んできた男達。
    貧しさと生活苦が滲み出た表情で、やり場のない怒りを俺にぶつけてきた。

    その光景を見た人間には、あいつらは金か何かで雇われて、エレンとヒストリアの拉致を助けたようにしか見えなかっただろう。

    だが、連中の真の目的は、俺との接触そのものだった。

    あの時、襟首を掴まれたのと同時に、俺の懐に何かが忍ばされる感覚があった。

    予想した通り、俺達に向かって突っ込んで来た馬車の後を追い、屋根の上に身を隠して様子を伺っている時、そっと懐を探った。


    覚えのある、独特な手触りの薄紙。


    水によく溶け、いざという時は飲み込んで隠滅することも出来る代物だ。

    兵団に入る前の俺にとっては、それはごく身近なものだった。

    あいつが俺に任務を与えるときは、必ずその紙が使われたからだ。


    指先に紙が触れた時、ついにこの時が来たか、と思った。



    あいつの元に、戻る時が。



    ***



  3. 3 : : 2014/05/08(木) 06:30:27



    馬車はそのまま走り続け、人里離れた空き家に到着した。

    俺は音を立てずに近くの樹の上に降り立った。
    ゆっくりと近づくと、扉が静かに開いた。
    扉の隙間から、銃口が勢いよく突き出される。
    冷たい銃口が喉元で止まったのを見て、慌てて答える。

    「俺だ」

    両手を頭より上に挙げ、ひたすら返答を待つ。
    呼吸3回分の静寂の後、

    「入れ」

    あいつの声がした。

    何年ぶりかの、あいつの声。
    身構えていたつもりだったが、俺にとって忌まわしい記憶の象徴ともいえるその声は、俺の体を硬直させるには十分効果的だった。

    唇を噛み締め、重い脚を引きずるようにして小屋に入った途端、体が宙に浮く。

    痛い。
    背中が、次に頭が。

    木の板のざらつきを背中に感じて、首を掴まれて壁に思いきり叩きつけられたのだと理解する。
    と同時に、反射的に反撃しそうになるのを必死で堪える。

    こんな扱いは慣れている、こいつは昔からこうだ、少しでも反抗してみろ、傷つくのは誰だ?俺だけがやられるんじゃ済まないだろう?……目を閉じ、必死で自分に言い聞かせる。

    頬に髭が当たるのを感じて、目を薄く開く。

    「相変わらずチビだな…おっと、動くなよ」

    口元だけで笑うアッカーマンに、全身を舐めるように見られ、触られる。
    武器を隠し持っていないかを確認しているのだが、堅い無機質な手で撫で回されるのは、どうにも気持ちが悪い。
    無遠慮にシャツの中にまで手を入れられ、鳥肌が立つのを抑えられないが、何とか大人しくする。
    少しでも変な動きをすれば、こいつは容赦なく撃つだろう。
    死は覚悟の上とは言えども、そんな死に方はしたくない。

    腋も膝裏も腹も腰も、あちこち撫で回された後、武器を隠し持っていないことが証明されたらしく、ようやくアッカーマンから解放された。

    「先にお前だけ行ってろ。奥に、ガキ共が居る」



  4. 4 : : 2014/05/08(木) 06:30:53



    アッカーマンに言われた通り、奥の部屋に進むと、目隠しと口枷を外された2人が座っていた。
    その後ろには、アッカーマンの部下が囲むように立っている。
    そのうち1人は、ヒストリアの喉元にナイフを当てている。

    大方、エレンが舌を噛んで巨人化したら殺す、という脅しの意味だろう。

    俺を見たエレンは、完全に固まった。

    「兵…長……?…何で……ここに………」

    隣のヒストリアも、何も言わないがエレンと同じ状態だ。
    俺は、いつもの口調で、いつもの顔で、淡々と答える。

    「色々あって、こうなった……これから俺はお前達と…連中と共に行動する」

    エレンは、ごくりと喉を鳴らす。

    「色々って……捕まった…ってことですか?それか…何かの取引で……?これも、団長の作戦ってことですか…?」

    極めてまともな思考だが、相変わらず温い奴だ。
    …いや、本当は薄々気づいているんだろう。



    そんなはずはない、と。



    だが、今騒がれても困る。
    嘘でも真実でも、エレンがそれで納得できるなら、それでいい。

    「ああ、そんなところだ……」

    一瞬だけ遠くを見たエレンの目が、一気に暗くなる。

    「………そんな…これから…どうなるんですか………俺達2人が捕まって……主戦力の兵長までこっちに来て………兵団は、大丈夫なんですか……?」

    2人の目をしっかり見て答える。
    これは、本心だ。

    「ああ。…平気だ。信じろ…あいつらと……俺を」

    2人共、強い目に戻って頷く。
    それと同時に、背後の扉が開く。

    「何だリヴァイ…ガキ連中と呑気にお喋りか……?そこのガキの声が大きいから、殆ど聞こえちまったぞ」

    「…アッカーマン…」

    「何だ、こいつら、意外に物分かりがいいんだな。てっきり、裏切り者、って罵られてるんじゃないかと思ったよ」

    アッカーマンの言葉に、リヴァイは黙り込む。



  5. 5 : : 2014/05/08(木) 06:31:23



    「ん?お前…まさか、まだ話してないのか?お前の正体を……」

    「兵長…!?…どういうこと…ですか……?」

    「……」

    「ほぅ、話さないつもりだったのか……こいつらの信頼を損なうのがそんなに嫌か?兵士長殿……」

    口を閉ざした俺の襟首を、アッカーマンが掴んで顔を覗き込んでくる。
    ふい、と顔を背けると、くくくと笑われる。

    「兵長…教えてください……!!どういうことですか!?」

    「……ったく……このチビが言いたくねぇみたいだから、俺が代わりに教えてやるよ。こいつはなぁ…」

    顎を掴まれ、無理矢理エレンの方に顔を向けさせられる。

    「俺の飼い犬なんだよ、なぁ、リヴァイ」

    「…放せ…」

    本気を出せば振り払えるとわかっているのに、そうする気力が湧かない。
    「飼い犬」という、体に良くなじんでしまった言葉が、俺を縛る。

    「飼い…犬……?」

    「こいつをここまで鍛え上げたのは俺だ。そして、6年前、俺の指示で、スパイとして調査兵団に潜り込んだんだよ。そして、今になって帰って来た……」

    「…っ…」

    エレンもヒストリアも、驚愕の表情を浮かべている。

    「嘘だ……」

    「はは、信じられねぇか……けど、もしこいつがお前らの味方なら、拘束ぐらいはしておくのが普通だと思わねぇか?何てったって、人類最強、なんだからよ…」

    「嘘だ……嘘だ………兵長は……」

    「ははっ……おい、よかったなぁ、リヴァイ…こいつら、お前のことを心から信じてくれてたみたいだぜ?お前、演技もうまくなったな?根気強く教えた甲斐がある」

    「やめろ……黙れ……」

    「何だよ、本当のことだろう?」

    「兵長……嘘だと言ってください……ねぇ、兵長!!」

    「…」

    返す言葉がない。
    その沈黙が、アッカーマンの言葉を他のどんな仕草よりも強く、肯定する。

    途端、エレンの表情が崩れ、大きな瞳が一瞬で憎しみに燃え上がる。

    「…何で………あなたを…信じてたのに…!!尊敬だってしてたのに……この…裏切り者…!!あなたなんか……死んでしまえ!…いや…違う………殺して…やる!!…お前は…俺が…!! 」

    「…すまない………」

    巨人でも見るような目で睨み付けてくるエレンに向かって頭を下げる。

    狂ったように叫び続けるエレンの声を浴びながら、顔を上げると、ヒストリアと目が合った。
    俺を睨む、というよりは、何か言いたげな表情をしている。



  6. 6 : : 2014/05/08(木) 06:31:40



    今から、ほんの少し前。
    俺は、この少女の折れそうな細い首を掴んで、物理的にも、言葉によっても追い詰めて、女王の役を押し付けた。

    皆が見つめる中、恐怖と、一種の諦念を湛えた表情で、こいつはそれを受け入れた。


    俺の取った行動は、紛れもなく『異常』だっただろう。
    俺自身もそう思う。


    あれは、いわば、『儀式』だった。

    あの時から、こいつの眼はレイスの眼になった。

    この、大きな壁の中で、それよりもずっと狭くて暗い、鳥籠のようなしがらみの中に囚われてきた、哀しい一族の眼。

    長年、「役目」を背負わされて来た一族の血が目覚めた、とでも言えばいいのだろう。

    この一族には、王冠などいらない。
    恐怖や、駆け引きや、陰謀を孕んだ『現実』と、その『自覚』こそが、彼らをレイスへと変える。

    それは俺にとって好都合で、計画通りの出来事だったはずなのに、今は何故か、とても気味悪く感じる。

    その視線を断ち切るように背を向け、エレンの声を背に浴びながら、俺は静かに部屋を出た。



    ******



  7. 7 : : 2014/05/08(木) 06:32:04




    「リヴァイ、勝手に部屋を出たりして、どこへ行くつもりだ」

    狭い廊下に出た俺を、すぐにアッカーマンが追いかけてきた。

    「何だ、その眼は?調査兵団に情が移ったか…いや、情を移されたのか?お前にあるのは任務と使命だけのはずだが?」

    「…するべきことは必ずやり遂げる……だが、何を考えるかは、俺の自由だろ」

    「『自由』?」

    しまった。
    兵団では当たり前の言い回しが、アッカーマンの癪に障ってしまったらしい。
    目付きが鋭くなり、一気に距離を詰めてくる。

    「…随分、調査兵団の思想に染まってるじゃねぇか、リヴァイよぉ?」

    壁際に追い詰められて、声が震える。

    「そういう、わけじゃ………」

    アッカーマンに頭を鷲掴みにされる。
    凄まじい握力で掴まれ、ミシミシと頭蓋骨が軋む音がする。
    手から逃れようとするが、壁に押しつけられてしまう。

    「自由なんか、あるわけねぇだろ…俺達に……俺達、『アッカーマン』の称号を持つ人間に……」

    「…そん…なの……わかっ…て……」

    「あぁ!?…わかってねぇから言ってんだろうがよ!!」

    アッカーマンの手に、更に力が籠る。
    それを感じた時には、体が勝手に動いていた。
    閃光のような速さでアッカーマンの手を蹴り上げ、逃れる。

    捕まえようと伸ばされた手を、地面を強く蹴って後ろに飛んでかわす。

    掴まれていた頭には、ジンジンとした痛みが残っている。
    あのまま力を入れられていたら、頭蓋骨にヒビが入っていたかもしれない。
    今更ながらに恐怖を感じて、肌が粟立った。

    蹴られた手を軽く擦り、アッカーマンは不敵に笑う。

    「は、相変わらず猫みてぇだな」

    こいつの方も、相変わらず、人を痛めつけることに何も感じないらしい。

    「てめぇ、殺す気か…?力の加減ってもんがあんだろ……『躾』で獣を殺しちまったら元も子もねぇだろうが…」

    「ほぅ、お前から『躾』なんて言葉が出てくるとはな?そういや、審議所でエレンを派手に痛めつけたらしいが…」

    「あぁ、おかげで、ミカサに随分と憎まれたがな」

    ミカサ、という名前に、アッカーマンの笑みが消えた。



  8. 8 : : 2014/05/08(木) 06:32:32

    「………そうか……ミカサか……彼女も調査兵団に入ったんだったな…?」

    「…エレンを追ってな…訓練兵団を首席で卒業後、エレンに従って調査兵団に入り、今は俺の直属の部下だ…いや、部下だった…今となっては、俺達を狙う追手に鳴る可能性が高いが」

    「…能力はどうだ?」

    「申し分ない。自己流だからか、戦い方も、能力の使い方も、かなり粗削りだが…磨けば光る逸材だ」

    「なるほどな……そりゃあ…調査兵団と一緒に殺しちまうのはもったいねぇな……」

    「……素直に言うことを聞くタマじゃねぇよ、あいつは……」

    「何甘いこと言ってやがる……従わせるんだよ、嫌がろうが抵抗しようが、力尽くで……お前の時みたいにな」

    苦い記憶が断片的に蘇る。
    鎖の音、血の臭い、掠れた悲鳴、鞭の音、冷たい床、溢れて伝う涙の味。

    「相変わらず汚えな…てめぇは…」

    「ああ、汚いさ。俺もお前もな……」

    「……」

    「まぁいい、大体の様子はわかった。向こうから来るにせよ、こっちから出向くにせよ、ミカサとは必ず接触することになる。生かすか殺すかは、俺自身がその場で見極める…」

    「せいぜい、殺されねぇように気をつけろよ……俺と違って、あいつの血は本物だからな」

    「全くだ……何で、血の薄いお前にこれだけの能力が表れたんだろうな。俺の甥…ミカサの父親はからっきしダメだったってのに」

    「…だから、殺したのか?」

    「何がだ?」

    「とぼけんな。ミカサの親を殺ったのは、お前が差し向けた連中なんだろう?…いや、ひょっとして、お前もその場に居たんじゃねぇのか…?」

    アッカーマンがこちらを睨む。
    嫌な静寂を、ふ、と笑って破る。

    「………調査兵団でも、あんな昔に起きた、それもあんな僻地の事件を、詳しく知る機会があるんだな…それとも、お前も、ミカサに目をつけてたのか?」

    「エレンの裁判の時に偶然耳にしただけだ。その後、俺なりに調べてみた……あの事件は、ミカサの覚醒が目的だったのか?それともそれは予定外で、本当の目的は、ミカサをグリシャ・イェーガーの監視下に置くことか?」

    「なるほど、お前にしちゃよく考えたな…その通りだよ。無論、能力が期待出来なきゃ、そのまま地下に売り飛ばしてたけどな」

    あの美しくも儚い少女が、下手をすれば地下で酷い目に遭っていたかもしれない。
    想像しただけで、ふつふつと怒りが沸いてくる。

    「てめぇ……能力が開花しようがしなかろうが、巻き込むつもりか…」

    「それが、この名を持つ者の運命だ。巻き込んだんじゃない、気づかせてやったんだ…自分が何者なのか」

    「…てめぇは…」

    「はぁ…お前は本当にお喋りが好きだな。そう焦るな……これからお前は俺とずっと一緒なんだからな…?また、腰を据えてじっくりと話そうや」


    首筋を指でそっとなぞられて、どくん、と心臓が高鳴る。
    幼い日の記憶が甦る。



    『アッカーマンの血が放つ臭いはしつこいぜ?逃げられねぇよ、どんなに高く、どんなに速く飛んでもな…必ず誰かが嗅ぎつける』



    今よりもずっと若い、アッカーマンの声が、頭の中で響き出す。


    リヴァイの頬を、冷たい汗が伝った。



    ******



  9. 9 : : 2014/05/08(木) 06:32:58




    昔、俺はこの男に負けた。
    勝てなかった。

    当然だ。
    その時の俺は、まだ「異常」ではなかったのだから。




    「汚ぇな…派手にやりやがって…」


    アッカーマンが、頭から返り血を浴びて震えている俺に歩み寄ってくる。

    「弱者は、食われたくなければ、強者に従うしかない。残酷だよな…だが、それがこの世界のルールだ…良かったな、お前はバカで貧弱なお前の親と違って、強者の側だったらしい」

    「…うる…せぇ……」

    恐怖を押し殺し、必死で声を絞り出す。


    傍らに転がる、両親の遺体。
    彼らを殺したのは、他ならぬこの男だ。
    自分の手は汚さずに、部下達に命じて。


    そしてその部下達を殺したのは俺だ。


    目の前で両親が首を斬られ、殺された。
    側で腰を抜かしていた俺も、近くにいた男に頭を掴まれて、地面に押し付けられた。

    母親の血が付いたナイフが首筋に向けられて、もう終わりだと思った瞬間、突然、頭の中に火花が散った。



    気がつけば、その部屋で息をしているのは、自分とアッカーマンの2人だけだった。


    まだ未発達の体には、限界を超えた筋肉の酷使は負荷が掛かり過ぎたらしい。
    手足が重く、痺れてしまって立つことも難しい。

    それでも、この男に屈するのだけは嫌だった。

    「この…人殺し………汚ぇのは、お前だろ……!!」

    息をするだけでも、自分の体から立つ血の臭気が喉の奥を刺激する。
    けほ、けほ、と咳き込み、涙を滲ませながらも、精一杯の憎しみを込めて睨む。

    「じゃあ、お前も汚れるか?」

    赤を纏った鈍い銀。
    音もなく、それを喉元に突きつけられた時、死を実感した。

    冷たい。

    こんなに、死とは冷たいのか。


    母親の遺体と目が合う。


    母の頬は柔らかく、いつも薄紅色だった。
    それが、今は水分が抜け、樹の皮のように見える。

    母の目は美しい灰色で、俺をいつも温かく見つめていた。
    それも今は、ガラス玉のようになって、ただこちらを見ているだけだ。

    こうしている間にも乾燥が進み、朽ちていく母の体。
    その全身は、乾いて黒く変色した血に包まれている。




    汚い。
    死は、汚い。







  10. 10 : : 2014/05/08(木) 06:33:30




    「い……」

    「ん?」

    「いや…だ……」

    「ははっ……何だ、チビ……聞こえねぇな…」

    「嫌だ……死にたくない…嫌だ…!!死にたくない…!!汚れたく…ない……」

    まだ幼かったからか、それとも、まだ「異常」ではなかったからか。

    あの時の俺は、憎しみも、恥も、全てを捨てて、ただ生きることにしがみついた。

    そして、この男に全てを奪われたのだ。

    両親の命も、自由も、未来の可能性も、何もかもを。
    俺の元に残ったのは、命と、能力だけだった。


    「リヴァイ、お前は戦い続ける運命にあるんだよ」


    躾、と称して縛り上げられ、床に転がされた俺を見下ろすように、椅子に座ったアッカーマンは静かに語る。


    アッカーマン家は、もともと、突然変異か何かの偶然により、ある特殊な「能力」を持った者達の一族だった。

    それは、「身体能力の解放」。
    通常の人体は、それ自体が崩壊してしまうことを防ぐために、本来出せる力を無意識に抑制している。

    だが、アッカーマン家の人間は、それを意識的に外すことが出来る。
    その感覚は、しばしば、「自分で自分を完璧に制御する感覚」と表現される。

    そのため、アッカーマン一族の人間は、常人離れした身体能力を持っており、それを生かした仕事に就く者が多かった。

    例えば、王を守る兵士。

    そうして、アッカーマン家は、代々王家に仕え、その血を守ってきた。

    だが、アッカーマン家の能力には、大きな欠点があった。

    本来抑制されるべき身体能力を、際限なく完全に解放して酷使すれば、当然その皺寄せは体そのものに表れる。
    アッカーマン家の人間には、その能力を多用しすぎて寿命が縮んだり、身体を壊してしまう者が少なくなかった。

    そこで、王家はある計画を実行する。
    それにより、この問題は解消され、現在、アッカーマンの血を引く者は存分にその能力を活かせるようになった。


    「さて問題だ、チビ……それは、何だと思う…?」

    冷たい床の感触を頬に感じながら、リヴァイは静かに口を開く。

    「知るか…よ……っ!くぁ、 っ……」

    アッカーマンは手元の鞭を振るう。
    乗馬用の鞭は、容赦なく俺の腹の皮膚を裂く。

    「ちゃんと答えろ」

    「だから………わからない…って…………ひ、あ!!!」

    また鞭が降ってくる。

    「痛いのが嫌だったら必死で考えろ…お前のその大したことない頭でな……」

    「くそ………くそ……っ……」

    唇を噛んで悔し涙を流すリヴァイの頬を、靴で踏みつける。

    「は、答えを教えてやろうか?馬鹿でチビなリヴァイ坊や……」

    「お……」

    リヴァイが観念したように口を開いたのを見たアッカーマンは、ふっ、と笑って、リヴァイを踏んでいた足を外してやる。

    「お願い…します……教えて…ください……」

    「……良く言えたな、リヴァイ…いい子だ」



  11. 11 : : 2014/05/08(木) 06:36:25


    品種改良。
    身体能力を酷使しても壊れない、強靱な骨格を持つ人間と、アッカーマンの血を出会わせた。
    まるで家畜のような扱いだが、アッカーマンの能力を愛する者、必要とする者達にとっては、能力の副作用の克服こそ、悲願といえた。

    やがて、実験は無事成功し、条件を満たす個体が誕生する。
    だが、その影響のせいか、アッカーマンの血を引いていても、特殊能力の兆しを全く見せない者も生まれるようになった。
    そうした者達は、アッカーマン家から出て、一般人として暮らし始めた。

    その末裔達もまた、壁の中に逃げ込み、その血を絶やすことなく生き延びて来た。


    「たまにいるんだよ、お前みたいなのが……もう、婚姻を繰り返していくうちにアッカーマンの名前すらも失った、血の薄い末端の癖に、本家の人間並みに能力を開花させる奴がな……」

    アッカーマンが縄を解く。
    長時間きつく戒められていたリヴァイの体には、無数の痛々しい痕が残っていた。

    「お前は、リヴァイ・アッカーマンだ……親から貰った姓は無意味だ。何と名乗ろうと、お前はもうこの宿命から逃げられない」

    虚ろに天井を見つめる、母親譲りの灰色の小さな瞳から、涙が一筋伝った。



    ******



  12. 12 : : 2014/05/08(木) 06:48:37



    嫌なことを、思い出した。
    震える手を、唇に押し当てる。

    はぁ、はぁ、と、息が荒くなる。

    涙すらも滲みそうになった時、金色の声が胸に響く。



    『私を忘れるな、リヴァイ』



    震えが止まる。
    窓の外を見ると、美しい空が見えた。

    一連の出来事の前、最後にエルヴィンと直接会った夜。

    いよいよ、お互いいつ死んでもおかしくない、危ない橋を渡ることになって、自然と、お互いの子ども時代の話になった。



    エルヴィン。
    お前は俺を信じてくれるか?

    俺は、王政を守るための能力を持って、この世に生まれた人間だ。
    つまり、お前の親父さんみてぇに真実を知ろうとする人間や、今の俺達のように王政を倒そうとする人間を殺すため、長年使われてきた能力ってことだ。

    俺自身はもちろんそんなつもりはなかったが、どうやら血の臭いは隠せないらしい。



    リヴァイ、もうお前は調査兵じゃないか。
    気にすることは無い。
    巨人を狩ることにその力を生かして来た。
    これからもそうだろう?



    俺は、ガキの頃に親を殺されてる。
    同じ能力を持った連中に襲われて、俺だけが生き残った。

    よく覚えてないが、いい親だったと思う。
    俺みたいな人間を生まなきゃ、死ななかったのにな。

    お前も自分のせいで親が死んだって言ってたよな。
    俺達は似た者同士だ。



    それは、そうかもしれない。
    私とお前は、どちらも、一種の復讐心に突き動かされているような部分があるからね。



    お前の復讐はただの復讐に終わらない。
    お前の選択は、壁内人類を救うはずだ。

    だが、俺の場合は違う。

    お前の親父と違って、俺の親は、ただ巻き込まれて死んだ。
    アッカーマンを殺したところで、その死を、意味あるものにすることはできない。



    それは違うよ、リヴァイ。
    お前の幸せが、お前のご両親の願いだったはずだ。
    お前が生きて、幸せになれば…それだけで、お前のご両親は救われるはずだ。



    そうなのか。



    ああ。





  13. 13 : : 2014/05/08(木) 06:48:48



    空を行く、2羽の鳥を目で追う。



    エルヴィンは、『反逆者』の役を。
    エレンは、『人類の希望』の役を。
    ヒストリアは、『女王』の役を。

    俺だって同じことだ。

    『人類最強の兵士』だろうが、『皆に信頼される兵士長』だろうが、『異常者』だろうが…どんな役だって構わない。

    俺は、その時自分に回ってきた『役』をこなすだけだ。



    窓ガラスに映った、灰色の双眸が輝きだした。



    (完)
  14. 14 : : 2014/05/08(木) 08:07:38
    す、素晴らしい…!!
    最初、57話の先行ネタバレかと思っちゃいました笑
    白と黒も、読ませていただきますね♪

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tearscandy

泪飴

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