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このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。

この作品は執筆を終了しています。

そしてまた繰り返す

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  1. 1 : : 2014/04/05(土) 12:52:16
    四作目です。


    ※エレクリ、そしてクリエレ
    ※病み、というか依存要素あり
    ※チートあり
    ※キャラ崩壊あり

    以上が許容できない方は御遠慮下さい。

  2. 5 : : 2014/04/05(土) 13:47:07
    ※今作は台詞の前に名前を付けるのに挑戦しようと思います。それでは、物語の開幕です。



    《終わりはいつも唐突にやってくる。人生なんてそんなもんだ》


    訓練兵になって、卒業後は調査兵団に入り、巨人を一匹残らず駆逐する。

    それが俺の誓い。

    そのためならどんな厳しい訓練だって耐え抜いて、巨人を殺す技術をものにする自信があった。──けれど、自信だけじゃ乗り越えられないことがあることを、訓練所に入ってから見に染みて実感した。

    座学は難しくてよくアルミンに頼っちまうし、立体機動もミカサやジャンに比べたらまだまだだ。

    対人格闘は得意な方だが、それでもアニには敵わない。

    調査兵団に入るうえで重要になる馬術も得意とはいえないし……。

    ただ最近、馬術に関しては前よりも上手くなってるんじゃないかと思ってる。

    『クリスタ・レンズ』

    ライナーやアルミンがよく『天使』やら『女神』なんて呼んでいる、金髪の小さい女子だ。

    馬術が上手いという話を聞いて、教えてほしいと俺から話しかけたのが、クリスタと関わるようになる切っ掛けだった。

    それから訓練時間以外にも話すようになり、今では結構仲が良い方じゃないかなと俺は思ってる。

  3. 8 : : 2014/04/05(土) 19:26:27
    訓練兵になってから二年経ち、あと一年後には卒業といったある日。

    クリスタの影響で、たまの休日や訓練後の空き時間に馬の世話をするようになっていた俺は、その日も馬小屋でクリスタと一緒に馬の手入れに励んでいた。


    クリスタ「ねえ、エレン」

    エレン「ん?」

    クリスタ「エレンは、好きな人っている?」

    ──好きな人。

    正直、よく判らなかった。

    宿舎で他の奴らがそういう話をしているのを聞いたりしてたけど、いまいち興味も湧かなかったし。

    だから、素直によく判らないと答える。

    クリスタ「そっか」

    エレン「そういうお前はどうなんだよ。好きな奴、いるのか?」

    クリスタ「……まだはっきりとは判らないけど、多分、好きなんだと思う人はいるよ」

    エレン「ふうん」

    クリスタの好きな人、か。どんな奴なんだろ。

    エレン「告白したりはしないのか?」

    クリスタ「今する気はないかな。まだはっきり好きだって自覚した訳じゃないし。それに今は大事な時期だから、その人の迷惑になるかもしれないことはしたくないの」

    そう言った時のクリスタの横顔は、いつもとどこか違っていて。

    綺麗だな、と思わず見惚れてしまった。

    エレン「そいつもお前のこと、好きだといいな」

    クリスタ「……うん。そうだと、嬉しいな」



    ──どうして今、そんなことを思い返してしまったんだろう。

    ──いや、こんな時だからこそ、思い返してしまったのかもしれない。

    ──わかって、いたのに。いた筈なのに。

    ──この世界は、残酷だって。


    エレン「…………クリ、スタ?」

    目の前にあるクリスタだったものを、唖然と見つめる。俺の腕の中にあるのは、ブレードを握ったまま離さない、彼女の右腕。

    「う……あ、ああ……」

    これはなんだ。これがクリスタ? わからない、わからない。なんだよこれ、なんなんだよこれは。

    ──気づいたら、俺の体は掴まれていて。

    目の前には、大きく口を開けた、巨人。

    あいつを食べた、巨人。

    エレン「クリスタ……」

    ──エレンは、好きな人っている?

    今ならその質問に、答えられる気がする。

    クリスタ……俺は多分、お前が──。

    俺の意識は、そこで途絶えた。
  4. 11 : : 2014/04/05(土) 20:52:39

    《ここはどこ、ここはここ》

    目を開ける。

    最初に映り込んだのは、見たことのない白い壁。

    エレン「──は?」

    なんだ、ここ。

    エレン「俺は、確か……巨人に食われて……」

    死んだ筈だ、と記憶を漁って、改めて自覚する。

    そうだ、確かに俺はあの時死んだ筈だ。──クリスタを食った巨人に食べられて。

    なら、ここはどこだ。アルミンの本に書いてあった死後の世界ってやつか……?

    四方を囲む白い壁に窓がある。どこかの部屋……なのか? 判らない。

    見たことのない物が周りに沢山ある。本棚に収まるカラフルな本……本棚に入ってるんだから、多分本であってると思う。

    薄くて黒くて、横からいくつか線みたいなのが出てる物体に……あれは机、か? 見たことない形だな。

    他にもある、初めて見るそれらをまじまじと見渡しながら──そこで漸く、自分がベッドか何かに横になっていることに気がつく。

    エレン「なんだ、これ……すっげーふかふか」

    宿舎の布団は、もっとごわごわしてて、お世辞にも気持ちいい物ではなかったけど。

    今俺が掛けている毛布や敷いてある布団は、あれと比べるのがバカらしくなるくらい、ふかふかしてて柔らかい。

    エレン「……ほんと、わけわかんねえ」
  5. 15 : : 2014/04/05(土) 22:03:54
    このまま固まっていても仕方ないから、とりあえずベッドらしきものから下りる。

    極力周りにある物には触らないで、なんとなしに窓に近づき、外を見てみた。

    見たことのない町並みが広がっていた。

    ……いや、もう驚き過ぎて逆に驚けないんだけど。

    エレン「……夢、っていうのが、一番現実的なんだろうけど」

    むしろ夢であってほしい。が、心のどこかでそんな都合のいいことはないんだろうな、と半ば諦めてしまっている自分がいる。

    夢なんかじゃなくて、ここは確かに現実で。

    俺は死んだ筈なのに、生きていて。

    ──けど、どうしてこんな目に遭っているのかはまったくわからなくて。

    エレン「わかんねえよ……ほんとっ、わかんねえよ──っ」

    怖い、怖いっ、怖い!

    何も判らないことが、ここまで不安で怖いことなんて知らなかった。

    エレン「なんなんだよっ! ここはいったい何処なんだよ!?」

    頭を抱えて、蹲る。

    けれど、そんなことじゃ、恐怖心から逃れられる筈もなくて。

    エレン「うぁ……ああっ……」

    気がついたら、俺は泣いていて。

    エレン「誰でもいいっ──誰でもいいからっ……!」

    誰か俺を、助けてくれよ──……。
  6. 19 : : 2014/04/05(土) 23:13:21
    しばらくそのまま蹲っていると、少しは落ち着いてきた。といっても、泣き止んだくらいで内心不安で一杯だけど。

    エレン「……まずは、ここが何処なのか、調べないと……」

    改めて部屋を見渡す。

    扉があるけど、正直出るのが怖い。後回し。

    とりあえず、調べられそうなものは……あのカラフルな本だな。

    近づき、恐る恐る手に取る。

    開いて中を見てみてみたけど……なんだ、これ。絵が沢山描いてあるだけで、特にこれといって参考になりそうなものはなさそうだな。

    次に俺が手につけたのが、机。座学で使ったただ平べったいだけの机と違って、いくつか引き出しが付いている。

    エレン「……すう、がく? なんの紙だ、これ」

    机の上には何枚か紙が置いてあり、なにか細かく字が書かれていた。

    幸い字は読めたので、一通り最後まで目を通してみたけど。

    エレン「この字、手書きか? いや、人が書いたような感じはしないし……じゃあ誰が書いたんだ?」

    …………、気にしていても仕方ないか。

    結局、ここが何処か判るようなことは紙には書いてなかった。

    エレン「どうすっかな……ん?」

    ビクビクしながら引き出しを引くと、手帳みたいな物が入っていた。

    エレン「生徒、手帳……? 進撃中学一年『エレン・イェーガー』……エレン・イェーガー!?」

    俺と同じ名前!?

    エレン「なんで俺の名前がこれに書いてあるんだ……? それに、この絵」

    名前の横にある妙に綺麗な絵は、俺の顔にそっくりだった。

    エレン「いや、つまり、なんだ。もしかしてここは、この『エレン・イェーガー』っていう俺と同じ名前の奴の部屋ってことか?」

  7. 22 : : 2014/04/06(日) 00:13:16
    しばらく、動けなかった。

    エレン「もし──」

    もしそうなら、どこかにもうひとりの俺がいるってことだ。この部屋にいないんだから、部屋を出た先か──もしくは別の場所にいるのか。

    エレン「どうする、会って事情を話すか……?」

    でも、なんて話す?

    “死んで目が覚めたらここにいた”なんて言われて普通信じるか? それ以前に、いきなり自分と同じ顔、同じ名前の奴に話し掛けられて、素直に話を聞いてもらえるとは思えない。

    エレン「くっそ、せっかく手掛かりが手に入ったっつうのに……」

    むしろ状況は悪くなってる。

    ……やっぱ、出るしかないのか。

    扉の前に立って、不安で高鳴る鼓動をおさめるために深呼吸を繰り返す。

    エレン「──よしっ」

    震える手で、取っ手を掴む。

    そして力を加えようとした──が、その前に勝手に扉が開いた。

    エレン「え──」

    「エレン、早く支度しないと遅刻す──? 何をしているの?」

    エレン「ミ、ミカサ……?」

    扉が開いた先にいたのは、見たことのない服に身を包み、不思議そうに眉を寄せているミカサだった。

  8. 25 : : 2014/04/06(日) 08:57:11
    《異常の中にある正常こそが異常》

    エレン「ミカサ……だよな。お前、なんでここにいるんだ──まさかっ、お前まで巨人に食われたのか!?」

    ミカサ「? エレン、何を言ってるの? 巨人?」

    ──いや、待て、待て。一旦落ち着け。

    こいつはミカサだ。見た目だけは、確かに俺の知ってるミカサと変わらない。

    けど、なんというか。

    何かが、違う。

    雰囲気が緩いというか……なんだ?

    ミカサ「エレン」

    エレン「っ──な、なんだ」

    ミカサ「いったいどんな夢を視ていたのかは判らないけど、早く支度した方がいい。これ以上遅れると遅刻する」

    エレン「した、く? 支度って、なんのだよ」

    ミカサ「なにって、学校だけど……エレン、まだ寝惚けているの?」

    訝しげに俺を見るミカサに、慌てて「そ、そうだったな」と答えたが、ミカサはまだじいっと俺のことを見つめてくる。

    ミカサ「…………」

    エレン「な、なんだよ」

    ミカサ「……いや、なんでもない。それより早く支度して。私は先に外に出ている」

    そう言ってミカサが部屋を出た後。

    俺は思ったより緊張していたんだろう。脱力し、その場に座り込む。着ていたシャツは汗でぐっしょり濡れていた。

    エレン「あー……」

    とりあえず、着替えよう。

    エレン「……着替え、どこだよ」

  9. 27 : : 2014/04/06(日) 11:16:20
    着替えを求めて部屋の中を探す。

    エレン「この服……」

    壁に掛かっていた白いシャツと黒いズボンを手に持つ。シャツの胸元のポケットには、さっきミカサが着ていた服にもあった紋章みたいなものが刺繍されている。

    ……とりあえず、これでいいか。あいつも待ってるみたいなこと言ってたし、とっとと行く──ん?

    服を着替えて部屋を出ようとしたが、ふと机の横に掛かっている鞄が目に入った。

    ……確か、ミカサも似たような物を持ってたな。一応持ってくか。

    鞄を手に取り、特に中身を確認せずに俺は部屋を出る。

    エレン「……どこ行けばいいんだ、これ」

    出た先には狭い通路があり、下に降りる階段、いくつかの扉があった。

    エレン「ここは二階か……だったら、多分出口は下だよな」

    しっかし、やけにピカピカしてるなこの床。それに滑るし。

    恐る恐る階段を降りると、さっきの部屋よりも広い空間に出た。

    大きな窓。部屋にもあった薄くて黒くて、横から線がいくつか出ているやつ。部屋のやつよりも少し大きい気がする。その前には横長の白いソファーが置いてある。

    別の方を見ると、綺麗なテーブルに、それを囲むように置いてある四つの椅子。それにあれは……フライパンか? てことは、ここは飯を作って食う場所か。

    他にも見たことのない物が沢山置いてあるが、今は気にしている暇はない。早く出口を見つけなければ。

    近くにあった扉を開き奥を見ると、いくつか靴が置いてあるのが目に入った。

    多分、あれが出口だろう……。

    ふう、と息を吐いて靴の置いてある場所に進む。

    エレン「……これでいいか」

    適当な靴を履いて、扉を開ける。

    太陽の光に思わず目を細めていると、ミカサが近づいてきた。

    ミカサ「エレン、もう時間がない。走りましょう」

    エレン「え? あ、おいっ」

    俺の腕を掴み、駆け出すミカサ。

    しばらく引っ張られて走るうちに、ある違和感に気付く。

    ──こいつ、こんなに走るの遅かったっけ。それに腕を掴む手の力も弱い気がする。

    全力なのかは判らないが、俺の知っているミカサは加減してもこれよりは速く走れたし、力も強かった。

    ──やっぱり、こいつは俺の知ってるミカサじゃないんだな。

    前を走るこいつを見つめながら、俺はほんのわずかな寂しさを感じていた。
  10. 29 : : 2014/04/06(日) 20:34:57
    さて、流されるまま学校とやらに連れてこられたわけだが……。

    それまでの道のりで実感した。

    この世界は、俺のいたところとはまったく違う。

    町中を変な箱みたいなのが走り回ってるし、家の造りなんかも違いすぎる。

    信号とかいう三色に光るやつが棒の先についてたりするし、ひとりでに開く扉の付いた家も見掛けたし。

    怖くなってミカサの後ろをビクビクしながら走ってたら、すげえ変な目で見られるし。

    ──正直、今すぐにでも泣き叫びたいくらいなんだけど。なんなんだよこの世界。わからないものがありすぎる。

    エレン「……はぁ」

    ミカサ「何をしているのエレン。早く教室に行きましょう」

    先を歩くミカサの後ろを、俺は慌ててついていく。

    今の俺にとって、たとえ俺の知らないミカサだとしても、こいつ以外に頼れそうなやつはいない。見失ったりはぐれたりしたら本気で洒落にならない。

    門のようなところを通って、俺やミカサと同じ服を着た奴らと一緒に学校とかいう建物に入る。

    エレン「……? 靴を、履き替えるのか?」

    周りの奴らが靴を履き替えるのを見て、どうやら学校とやらに入るには靴を替えなきゃいけないようだ。

    ただ、どの靴に履き替えればいいんだ……?

    ミカサ「エレン、早く」

    エレン「ま、待ってくれ……えっと……」

    よく見ると、棚には人の名前が書いてある紙が付いていることに気がつく。

    それを当てに探すと、運のいいことに、すぐ側に俺の名前が書いてある棚があった。

    無事に靴を履き替え、ミカサの後についていく。

    ……ただ靴を履き替えただけなのに、背中が汗で濡れている。気持ち悪い。

    ──なんかもう、疲れてきたな。

    なんで俺、こんな目に遭ってんだろ。

    誰でもいいから、助けてくれねえかな……。

    ふと頭に浮かんだのは、死ぬ間際のあの光景。

    エレン「……クリスタ……」

    ……会いたいなあ、あいつに。

    どうして、そんなことを思ったのかは判らない。けれど、なぜか無性にあいつの笑顔を見たくなった。

    ──そんなことは無理だって、判ってるのに。

  11. 33 : : 2014/04/06(日) 21:39:05



     ガラッ、と横開きの扉を開けて、ミカサが教室の中に入っていく。

    「あ! やっと来ましたねミカサ! 今日はやけに遅かったですけど、どうしたんですか?」

    ミカサ「おはよう、サシャ。エレンが寝惚けていて時間が掛かった」

    サシャ「あ、そうだったんですか。私はてっきり朝御飯に時間を掛けすぎて遅れているのではないかと」

    ミカサ「そんなことで遅れるのはサシャくらい」

    サシャ「いえ、私以外にもきっといる筈ですよ! コニーだってそう思いますよね!?」


    …………なんだよ、これ。

    視線の先にある光景に、鞄を落としそうになる。

    エレン「サシャ……?」

    ミカサと仲良く話しているのは、どう見てもサシャだ。間違いない。

    その近くにいるのは……コニーだ。見渡すと、ジャンやマルコの姿もある。

    ──落ち着け。ミカサだっていたんだ。他の奴らがいたって不思議じゃない筈だろ。

    そう頭では判っていても、動揺は隠せない。

    ミカサ「……? エレン?」

    サシャ「どうしたんですか? そんな所で固まって」

    扉の前で動かない俺に、ミカサとサシャが近寄ってくる。

    コニー「どうしたんだよエレン、腹でも痛いのか──」

    エレン「っ、触るな!」

    肩に置こうとしたコニーの手を、叫ぶと同時に振り払う。

    コニー「エ、エレン?」

    はっ、と前を向くと、突然俺が叫んだことに驚いている三人の顔。

    いや、教室にいた他の奴らも、何事かと俺達の方を見ている。

    コニー「な、なんかよくわかんねえけど、わりいエレン」

    エレン「あ、いや……お前は別に悪くない。ごめんなコニー、急に叫んじまって。それと手のほうも」

    「いや、別にいいけどよ」と始めこそ不思議そうにしていたコニーだが、その後すぐに人懐っこい笑みを浮かべたのを見て、俺は安堵した。

    その後、ミカサに体調でも悪いのかと聞かれ、無理矢理保健室──医務室のことだろうか?

    まあ、その保健室とやらに連れていかれそうになったが、「なんともないから」と何度も言うと、渋々ながらも引いてくれた。

  12. 35 : : 2014/04/07(月) 07:22:46
    《終わった筈のふたり》


    ──あー、きっついなあ。

    机の上に顔を伏せ、周りにバレないようにため息を吐く。

    学校とやらは、どうやら座学を受ける場所みたいだ。国語とかいう……言葉の勉強? でいいのか判らないけど、今日一番最初の科目はそれだった。

    それから社会、数学と続いたんだけど……そう、数学だ。

    どうやら部屋にあったあの“すうがく"の紙は、この時間に教官──いや、他の奴は先生と呼んでるから、俺も先生と呼ぶか。で、その先生とやらに提出する必要があったらしく。

    持ってこなかった俺は、同じく持ってこなかったコニーと、紙はあるけど何も書かないで提出しようとしたサシャと共に、教か──先生に説教されてしまった。

    ……仕方ないと思うんだ。だって俺、なんも知らなかったし。死んで目が覚めたばかりなんだし。判るわけないだろうが。

    けど、そんな言い訳できる筈がない。

    説教の最中、他の奴らのクスクス笑う声が聞こえた時は正直かなりつらかった。

    羞恥心も少しはあったけど、知らない奴らに囲まれて笑われるのは恐怖心の方が強かった。

    ……ああ、今日何回泣きそうになったんだろ。

    この世界で目が覚めてから、なんか俺、いろいろと脆くなってる気がする。精神的に。

    エレン「……はぁ」

    「おいおい、ため息なんかついてどうしたんだよ、宿題忘れたエレン君よお」

    エレン「……、ジャン……か。なんか用かよ」

    ジャン「別に用なんてねえよ。つーかお前、やけにテンション低いじゃねえか。朝からミカサと一緒に登校してきたっつーのによ」

    テンション? ……ああ、気力とか気分とか、そんなところか。

    エレン「なんでミカサと一緒だっただけで、そのテンションとやらを上げなきゃいけねえんだよ」

    ジャン「それはあれか、いつも一緒だから別に今更だっつーことか……羨ましいんだよこの野郎!」

    急に襟首を掴まれ、反射的にジャンの腕首を思いきり掴み返してしまった。

    ジャン「いっ──!」

    エレン「っ、あ、わりい」

    パッと手を離すと、ジャンは驚いた顔で腕首と俺を交互に見て。

    ジャン「おいエレン、お前、こんなに力強かったか?」

    エレン「はあ?」

    強かったかって、何言ってんだこいつ。

    エレン「前からこんなんもんだったろ」

    ジャン「そう、だったか?」

    ……もしかして、こっちの『エレン・イェーガー』は力なかったのか?

    「ジャン、次は体育だよ。着替えもあるんだし、早く移動しよう」

    ジャン「お、おう。そうだったな。サンキュー、マルコ」

    マルコ「別にいいよ。ほら、エレンも早く移動しよう」

    エレン「え……あ、ああ、判った」

    体育か……いったいなにやんだろ。

    不安だ。
  13. 36 : : 2014/04/07(月) 13:03:43

     体育は外で行うようだ。

    ジャージとかいう服に着替える必要があったらしいが、当然ながら俺はそんなもの持ってきていない。

    たまたま更衣室にあった誰のものかわからないやつを拝借して、今はこっちの世界のアルミンと準備体操をしている。

    因みに、アルミンは俺とは別の教室で勉強をしていたみたいだ。本人に聞いたら「クラスが違うんだから当たり前でしょ。大丈夫?」と言われ、心配そうな瞳を向けられたのは地味に堪えた。

    アルミン「いつっ、ちょっとエレン、もう少し力抜いてもらえないかな」

    エレン「あ、悪い。ちょっと考え事してた……ていうかお前、体固いな」

    地面に座っているアルミンの背中を押しているのだが、ほとんど曲がっていないのに痛みを訴えてきた。

    アルミン「あはは、まあ、あまり運動しないからね」

    ……そういや、俺の知ってるアルミンもあまり体を動かすのは得意じゃなかったな。こっちのアルミンもそこは同じ──いや、こっちの方が酷いか。

    アルミン「そういえばエレン、今日は遅刻ギリギリだったんだって? さっきミカサに聞いたよ」

    エレン「あー、今日はその、ちょっと寝過ぎてな。寝坊したんだよ」

    アルミン「エレンは昔から寝起きには弱かったからね……んーっ」

    背中合わせになって、相手を背負うように引っ張りあう。

    アルミン「ま、あまりミカサに迷惑かけないようにね」

    「分かってるよ」と当たり障りのない返事をしておく。


     準備体操も終わり、先生の前に整列する。

    今この場には男子しかいない。女子は体育館とやらで別のことをしているらしい……バレーボールってなんだ?

    先生の話を聞くと、男子は百メートル走ってやつをやるそうだ。他の奴らのやっているのを見ていると、どうやらただ全力で走るだけらしい。

    兵站行進の全力短距離版って感じかな。まあ分かりやすくていいけど。
  14. 39 : : 2014/04/07(月) 19:23:37

    パンッ、という音と同時に人が走り出すのを見送る。俺の番まで……あと三つってところか。

    「お、エレンと同じ組みか」

    声を掛けられ、隣に顔を向ける。

    ……まあ、途中でベルトルトが走ってるのを見たから、いるとは思ってたけど。

    エレン「……ライナー、だよな?」

    ライナー「おいおい、なんの冗談だエレン。俺のことを忘れたのか?」

    エレン「いや、別に忘れたわけじゃねえよ」

    ただアルミンはまだしも、ライナーやベルトルトと知り合いかどうかも判らないのに、いきなり名前を呼ぶのもどうかと思っただけで。

    よく考えたら、ライナーが俺を知ってんだから、そこまで気にする必要もなかったか。

    ライナー「まあいい。それよりエレン、せっかくだ、どっちが速いか勝負でもしないか?」

    エレン「勝負……? まあいいけど」

    ライナー「よし! なら負けた方は勝った方に飲み物一本奢るっていうのはどうだ?」

    飲み物一本奢る? 一本ってどういう意味だ? ジョッキ一杯ってことか?

    エレン「……よくわかんねえけど、それでいいや」

    ライナー「よくわからない? ……まあいい。男に二言は無しだぞエレン」

    話が終わり、ちょうどいいタイミングで俺達の番がきた。

    走るのは俺、ライナー、あとは知らない奴がひとり。

    ──さて、勝負なんてものを受けちまったわけだけど、どうしたもんかなあ。

    なんか他の奴らの走ってるのを見た感じ、ライナーもあまり速そうには見えないんだよな。

    「位置について……」

    合図の声に従い、他の奴らと同じように片膝をついて、前屈みに地面に手を置く。見よう見まねだけど、こんなもんだろ。


    ──この世界には、多分、巨人はいない。

    だから訓練兵団なんて──いや、そもそも訓練する必要すらない。そのせいか、あまり身体能力が高い奴がいないみたいだ。

    さっき走ってたベルトルトも、俺の知ってるあいつより全体的に体つきが細かったし、足も遅かった。朝ミカサの足が遅いと思ったのも、多分そのせい。

    「よーい……」


    となると、全力を出すのはやめよう。

    目立ちたくないし。


    ──パンッ!


    合図に少し遅れて走り出す。

    あの構えから走り出すのは初めてだったから少しもたついたけど、途中で持ち直せた。

    あとはただ走るだけ──って。

    エレン「あれ?」

    さっきまで横にいたライナーがいない?

    なんで?

    疑問が解決する前に、俺はゴール地点を通過していた。

    ……なんか周りの奴らがざわついてるんだけど。

    後ろを振り返ると、ライナーが肩で息をしながら、俺を驚いた顔で見ていた。

    ──もしかして、やっちまった?

  15. 42 : : 2014/04/08(火) 06:07:57

    あの後、俺は周りの奴らに囲まれ、一斉にまくし立てられた。

    内容は「そんなに速く走れたのか」とか、「陸上部に入らないか」とか、そんなのばっかだったけど。陸上部ってなんだよ。

    ライナーには「……まあ約束は約束だ。昼休みに奢ってやるよ」と肩を強く叩かれ。

    ジャンには何故か指を差されて「負けねえからな!」と叫ばれ。

    アルミンには……特に何もされなかった。

    ただ、眉を寄せて俺のことをじいっと見つめていたのには、内心ひやひやしたけど。

    そんなこんなで体育の時間も乗り越えた。少し体を動かせば気分転換になるかと思ってたのに、むしろ囲まれたり質問攻めにされたりと散々だったな……。

    そして今は、ひとりで廊下をうろうろしている。
    というより──

    エレン「教室……どこだっけ」

    迷った。

    ……いや、迷ったじゃねえよ。どうすんのよ俺。

    途中で便所──ここだとトイレっていうらしいけど、そこに寄るからと言って、ミカサに先に教室に戻ってもらったのが間違ってた。

    ここどこだよ。俺の教室って何階だっけ? 

    朝はひたすらミカサについて行ってたから、殆ど道を覚えてないし。体育で移動した時も、ジャンとマルコの後をついて行っただけだから、来た道を戻るなんてこともできないし。

    頼れる人もいないし。変にうろうろしたせいで余計判らない場所に来ちまったし。

    学校って意外と広いんだな……て、そんな呑気なこと考えてる場合じゃねえよ。

    周りを見ても、なんでか人の姿がない。

    どうする……どうする……。

    下を向いて考えていると、誰かが横を通り過ぎた。この際知らない人とか言ってられないし、今の人に道を尋ねた方がいいか。

    そう思って振り向いた先にいたのは──二人組の女子。そのうちの片方に、俺は目が釘付けになった。

    さらさらとした金髪を揺らす、その後ろ姿に。

    俺の口は、無意識のうちに、あいつの名前を紡いでいた。


    エレン「クリ……スタ?」

    「え──?」
  16. 46 : : 2014/04/08(火) 14:19:28


    振り向いたその顔は、紛れもない、あいつの顔だった。

    エレン「…………」

    クリスタ「…………」

    ──無言。

    ただお互いに相手を見つめ合って、その場に立ち尽くす。

    ──ああ……間違いない。クリスタだ。クリスタの顔だ。

    胸に押し寄せてくるこの感情は、いったいなんなのだろう。

    緊張? 安心? 愛しさ? それとも別のなにか?

    わからない。わからないけど、ただそこにクリスタがいる。俺の目の前にクリスタが存在している。

    ただ、そのことが嬉しくて。

    エレン「う……あ……」

    頬を何かが伝う。

    それが涙だと気付く前に、柔らかい何かが俺の頬にそっと触れた。

    クリスタ「泣かないで、エレン」

    いつの間にか、目の前にクリスタがいて。

    クリスタ「好きな人に泣かれるのは、悲しいよ」

    そう言ったクリスタの瞳も、潤んでいて。

    エレン「……クリスタ」

    クリスタ「やっと逢えた。やっと、私の好きなエレンに逢えた」

    クリスタの頬を、雫が伝う。

    クリスタ「待ってて良かった。諦めなくて……よかった──」

    とん、と俺の胸に額を当て、寄り掛かってくる。

    クリスタ「遅いよ──」

    その心から絞り出したような言葉に、俺は何も言えなくて。

    ただ、震えるこいつの華奢な体を、恐る恐る抱き締める。

    クリスタ「もっと」

    たった一言だったけど、クリスタが何を言いたいのかは判った。

    ぐっ、と腕に力を入れて、彼女を強く抱き締める。

    クリスタ「エレン……」

    俺を見上げたクリスタと、目が合った。

    ほのかに赤く染まった顔に、潤んだ瞳。

    思わず言葉を失ってしまうほど、今のクリスタは可愛くて。

    エレン「クリスタ……」

    ゆっくりと、顔を近づけていく。

    次に俺が何をしようとしているかを察したのか、クリスタはゆっくりと瞼を閉じた。

    ──これは、してもいいってことだよな。

    ドクンドクン、と高鳴る胸。

    その鼓動の早さと比例するように、俺とクリスタの顔は近づいていき──


    「おい」


    エレン「っ──!?」


    一気に、離れた。

  17. 47 : : 2014/04/08(火) 18:02:32

    「お前……今私のクリスタに何しようとしたんだ、おい」

    エレン「あ……」

    すっかり忘れてた。そういやさっき、クリスタの隣にもうひとりいたっけ。

    それがユミルだってことには気付かなかったけど。

    ユミル「聞こえなかったか? ならもう一度言うぞ。今、私の、クリスタに、何をしようとしたのかなあ? Aクラスのエレン君よお」

    指を鳴らしながらゆったりと歩み寄ってくるユミルに、背筋が冷たくなるのを感じた。

    エレン「エ、エークラス? っていうやつの意味はよく判らないが、とりあえず落ち着けユミル」

    ユミル「はあ? 意味が判らないって、なに言ってんだお前……つーか、なんで私の名前知ってんだよ。初対面だろうが」

    ──やっちまった。ユミルとは知り合ってなかったのかよこっちの『エレン』は。

    エレン「いや、それはその……ていうか、だったらなんでお前は俺の名前知ってんだよ」

    ユミル「んなことは今どうでもいいだろうが。そんなことよりお前、私のクリスタとどんな関係だ? そこんとこ詳しく聞かせてもらおうか。殴るのはその後にしてやる」

    殴られるのは決まってるんだな、とは言わない。口に出したら面倒なことになりそうだ。

    クリスタ「ユ、ユミル、ひとまず落ち着いて? 私とエレンは──」

    ユミル「クリスタは黙ってろ。……さてエレン君よお。これっぽっちも認めたくないが、先にクリスタからお前に近付き、抱き付いたのは確かだ。だからクリスタに触れたことに関しては──まあ、許してやろう」

    お前はクリスタのなんなんだよ、とは言わない。余計に面倒なことになりそうだから。

    ユミル「だがな、私の前でクリスタにキスをしようとしたのはさすがに看過できないわ。クリスタにキスしていいのは私だけだからな」

    いや、ほんとお前、クリスタのなんなんだよ、とは言わない。面倒どころか薮蛇になりそうだ。

    ──つーか、こいつはこっちでもクリスタにベッタリなのは変わらないんだな。

    エレン「あー、まあ、なんだ。俺とクリスタは……なんて言えばいいんだろうな。えっと、こっちに来る前からの知り合いというか、なんというか」

    ユミル「はあ?」

    クリスタ「わ、私とエレンはね! 昔近所に住んでて、一緒に遊んだことがあるの!」

    「ねっ!?」と俺に同意を求めたクリスタに、俺も話を合わせるために頷いて応えておく。

    ユミル「……幼馴染みってやつか? にしてはやけに仲良すぎな気がするんだが?」

    明らかに信じていないといった様子で、俺らふたりに鋭い視線を向けてくるユミル。

    クリスタ「そ、そうかな? 幼馴染みなんて、みんなそんなものだと思うけど……」

    ユミル「いや、普通ただの幼馴染みは抱き付いたり、ましてやキスしようとしたりしねえだろ」

    まあ、確かに。

    クリスタ「そ、そんなことよりユミル! このままだとお昼休み終わっちゃうよ!? ほらっ、お昼食べる時間もなくなっちゃうし、早く行こ!」

    ユミル「あ、ちょっ、引っ張るなって──ちっ、おいこらてめえ! 今日のところは勘弁してやるが、次また私のクリスタに手を出そうとしたらただじゃおかねえからな!」

    クリスタ「もう、ユミル!」

    抵抗するユミルを無理矢理引っ張っていくクリスタを、黙って見つめる。

    するとあいつはチラッと俺を見たかと思うと、申し訳なさそうに苦笑いした。

    それにつられて俺も苦笑いしながら、軽く手を振って見送った。


    …………あ。

    エレン「道、聞けばよかった」
  18. 50 : : 2014/04/08(火) 23:26:20

    《さて、まずは息抜きでもしましょうか》


    クリスタ「あの、すいません。エレ──イェーガー君はいますか?」

    ピタッ、と教室内の話し声が止まった。

    彼らの視線は、皆教室の入り口にいる金髪の少女に向けられる。

    誰も答えない中、ちょうど彼女の近くにいた名も知らぬ男子が、緊張した面構えで言葉を返した。

    「レ、レンズさん。イェーガーだったら、今いないけど……」

    クリスタ「……そうですか。なら彼が戻って来たら、私が来たことを伝えてもらえますか?」

    「は、はいっ、わかりまし──あ」



    エレン「あれ、クリスタ?」

    ごみ捨てから戻ると、教室の前にクリスタがいた。

    クリスタ「あ、エレン。ちょうどよかった。今から話したいんだけど……」

    エレン「あ、ちょっと待ってくれ。荷物持ってくるから」

    話っていうのは、間違いなく“この状況”についてだろう。

    教室の隅にごみ箱を置いて、机に置いてあった鞄を手に取る。

    周りがやけに静かなのが気になるが……なんかあったのか?

    エレン「待たせて悪いな」

    クリスタ「気にしてないよ。それより場所を変えよう。ここじゃさすがに話せないから」

    エレン「それはいいけど、どこにする? 俺、人がいない所なんて知らないぞ」

    クリスタ「……ついてきて。私に当てがあるから」

    当然、それに異論なんてない。

    クリスタの後をついて行き、着いた場所は学校の屋上だった。

    確かにクリスタの言った通り、周りに人の気配はない。

    クリスタ「ここ、放課後になると、人は滅多にいなくてね。だからひとりになりたい時とか、よく来てるんだ」

    特に何か思って言ったわけではなさそうだが、俺はクリスタが口にした“ひとりになりたい時”っていうのが気になった。

    クリスタ「エレン、私ね。元いた世界──私とエレンがいた世界で巨人に食べられた後、この世界で目が覚めたんだ。それが大体、一ヶ月くらい前」

    エレン「っ──いっ、かげつ? お前、一ヶ月も前からこの世界にいたのか!?」

    ──考え、られなかった。

    俺はたった一日だけで、精神的にかなり参ってるっていうのに。不安で、恐怖で、泣いちまったくらいなのに。

    それを、こいつは一ヶ月も──

    エレン「クリスタ、お前は……」

    クリスタ「エレンの言いたいことは、何となく判るよ。一ヶ月もいてつらくなかったのかとか、そんなところでしょ?」

    エレン「あ、ああ」

    クリスタ「……正直、何度も挫けそうになった。苦しくて、つらくて、怖くて……」

    顔を俯かせ、震える声で言葉を紡ぐ。

    クリスタ「周りには、私の知らない物ばかりで、知ってる人もひとりもいない。中には私を知っている人もいたけど、私はその人のことを知らないから、頼るなんてこともできないし。──もう、耐えられない、かなあって……なん、ども……」

    ポタッ、ポタッ、と雫が落ちる。

    クリスタ「けど、けどね? 待っていれば……いつか、私と同じみたいに、誰か来てくれるかもって。もしかしたら──エレンが、私を助けに来てくれるかもって」

    …………。

    クリスタ「普通なら、そんなことはあり得ないって、思うのかもしれない。けど……けど、もしそれを否定してしまったら、私は、生きていけなかったから」

    ──じゃあこいつは、一ヶ月もの間、ずっと独りで他の誰かを──俺のことを、待ってたっていうのかよ。

    それを信じて、このわけがわからない世界で、ずっと孤独に耐えてたっていうのかよ。

    ──俺には、無理だ。

    来るかも判らない人を、自分がまったく知らない世界で、ただひたすら孤独に耐えながら待つ?

    想像すらしたくない。

  19. 53 : : 2014/04/09(水) 10:10:05

    だけど、その想像すらしたくないことを、こいつは一ヶ月も耐えてたんだよな。

    エレン「クリスタ」

    ──自然と、体は動いていた。

    震えるクリスタを包み込むように、優しく抱き締める。

    こんな小さな体で、こいつは孤独と闘ってたんだよな……。

    ──強いなあ。

    クリスタ「……エレン?」

    エレン「ごめんな、クリスタ。ずっと独りで待たせちまって」

    クリスタ「……エレンが謝る必要なんてないよ。約束してた訳でもないし。勝手に私が期待してただけ」

    エレン「それでも……」

    クリスタ「いいから。それ以上なにか言うようだったら、炭酸一気飲みさせるよ?」

    ……たんさん?

    エレン「“たんさん”ってなんだよ」

    クリスタ「ふふ、飲んでみれば判るよ。ビックリするから」

    エレン「ビックリって、変な物じゃねえだろうな」

    クリスタ「別に変な物じゃないよ。……んー、パチパチというか、シュワシュワというか、そんな感じ」

    エレン「充分変だろうが」

    クリスタ「えへへ」

    ──その笑顔が、心からのものじゃないことくらい、気付いてた。

    露骨に話を逸らしたのは、きっと自分のせいで俺に心配掛けさせたくないとか、謝ってほしくないとか、そんなところだろ。

    ……バカだなあ、こいつは。

    一番辛かったのは、自分なのに。

    苦しくて、怖くて、きっと何回も泣いたりしたんだろうに。

    ──多分、死のうと思ったことだって、あった筈だ。

    それなのに、無理に笑ったり、おどけてみたりして、俺のことを気遣おうとしてる。

    ──ほんと、強いなあ。

    俺がもしクリスタの立場だったら、自分のことに手一杯で、他人なんか気にする余裕なんてなかっただろう。

    一ヶ月も経つ前に死んでたかもしれない。

    クリスタ「エレンはこっちの世界のこと、殆ど何も知らないんだよね?」

    エレン「ああ。だからクリスタにいろいろ教えてもらえると助かる」

    クリスタ「始めからそのつもりだよ。でも、私もなんでもかんでも知ってる訳じゃないから、判ることから教えるね?」

    エレン「ああ、頼んだ」

    クリスタ「うん!」

    腕の中で笑うクリスタを見て、俺は思う。


    ──なあ、クリスタ。

    お前はいつの間に、そんなに強くなったんだ?

    そんなに、強くなれたんだ?


    クリスタ「そうだなあ、まずは何から話そう……」

    エレン「じゃあさ、お前がこっちで目が覚めた時の話をしてくれよ」

    クリスタ「目が覚めた時? えっと、気が付いたら知らない部屋にいて、周りには見たこともない物ばかりが置いてあって──」

    エレン「俺と同じだな。俺も知らない部屋で目が覚めて──」


    その時が、こちらの世界で初めて心休まる時間だった。

    クリスタと話して、触れて、笑って、泣いて。

    クリスタが側に居るだけで、心が軽くなっていく。暖かくなっていく。

    クリスタが居れば、俺は大丈夫かもしれない。この世界でも、生きていけるかもしれない。

    クリスタさえ居れば、俺は──。
  20. 56 : : 2014/04/09(水) 17:59:46
    《だから初めに言っただろう?》


    エレン「へえ、じゃああの勝手に開く扉の家はコンビニっていうのか」

    クリスタ「うん。いろんな物が売っててね、飲み物とか食べ物とか、ちょっとしたのだったらそこで買えば間に合うと思うよ」

    金網に背中を預け、ふたり並んで座りながら会話する。

    エレン「ふうん。そういやこっちの世界の金って見たことないな」

    クリスタ「お金は貨幣と紙幣があってね。ええっと……はい、これがお金だよ」

    鞄の中から財布を取りだし、中のものをいくつか手渡された。

    クリスタ「これが一円で、こっちが百円。数字が書いてあるから、他のも見たら判るよね? それで、こっちが紙幣。今は千円札しかないけど、他にも五千円札とか一万円札とかあるよ」

    ……そういや、俺って金持ってんのかな。

    帰ったら家の中探してみるか。

    エレン「やっぱ、この世界は俺達のいた所とはまったく違うんだな。車、だったっけ? あんなもんまであるんだから、すげえよな」

    クリスタ「そうだね。この世界は電気や機械とか、そういうのが発展しているみたいだから、私達が知らない物ばかりなのも当たり前なのかもね」

    エレン「そうだな。内地の方は判らないけど、俺達の世界じゃこんなのあり得なかったからな」

    機械なんて、立体機動装置くらいしか知らないし。

    ──あ、そういえば。

    エレン「なあクリスタ。お前、こっちの『クリスタ』には会ったか?」

    クリスタ「──こっちの、私?」

    エレン「ああ。どうなんだ?」

    クリスタ「ちょ、ちょっと待って。こっちの私ってどういうこと?」

    エレン「どういうことって……ほら、俺やクリスタの目が覚める前は、元々こっちに居た俺達が生活してたんだろ? 俺はまだ会ってないけど、クリスタはどうなのかなって」

    クリスタ「…………」

    エレン「クリスタ?」

    突然黙りこんだクリスタは、難しそうな顔付きで何かを考え込んでいる。

    クリスタ「……ねえ、エレン。多分、なんだけど」

    一旦そこで話を切ると、俺と顔を見合わせてから、改めて口を開く。

    クリスタ「この世界には、初めから──つまり元から居た『エレン』と『クリスタ』っていう人物は、存在しないんじゃないかな?」

    ──は?

    クリスタ「だってさ、私はもう一ヶ月もここで生活してる。それだけの間、一度も自分の住んでいる家にも戻らないなんておかしいよ」

    ……確かにそうだ。けど──

    エレン「もしクリスタの言う通りだとしたら、俺達を知ってる人間がいるのはおかしいだろ。ミカサにアルミン、ライナーだって、まるで昔から俺のことを知ってるような口振りだったぞ」

    “始めから存在しない筈の人間”を知っている奴なんて、普通はいない。

    クリスタ「それは……私にも判らないけど。でも今改めて考えると、おかしな点が他にもあるんだよ」

    エレン「…………」

  21. 59 : : 2014/04/10(木) 01:38:06

    クリスタ「まず、私には親がいなかった。一度気になって、家の中に両親についてわかるような物があるか探したんだけど、何一つそれらしい物はなかった」

    ──親が、いない?

    エレン「それって、俺も同じなのかな」

    クリスタ「それは判らないけど……もしかしたら、そうかもしれない。あと気になるのは、この体のことかな」

    体? ……あっ。

    エレン「もしかして、お前もか?」

    クリスタ「あ、やっぱりエレンもなんだ。この体って、死ぬ前と殆ど同じものなんだよね。だから力加減が難しくって」

    そう言って手を握ったり開いたりするクリスタ。

    エレン「こっちの奴らは訓練なんかしてないからな。俺なんか、体育の時に加減できなくて目立っちまったし」

    クリスタ「エレンは私より身体能力が高いから、加減も大変だよね」

    そう言ってクスクス笑うもんだから、少し目を細めて睨みつける。

    クリスタ「ごめんごめん、謝るから睨まないで。……話を戻すけど、私達の体が死ぬ前と殆ど同じっていうこと。まるで体ごとこっちの世界に来たみたいに」

    ……体ごと、か。

    クリスタ「あと一番気になるのが──」

    そこでクリスタの言葉を遮るように、学校の鐘の音が屋上に鳴り響いた。

    クリスタ「あ、チャイム……ってもうこんな時間だったんだ。話しに夢中で気付かなかったよ」

    辺りはすでに茜色に染まっていた。

    続きはひとまず学校を出てからにしよう、とクリスタに言われ、俺達はとりあえず学校を出ることにした。

    途中、校内ですれ違った人に驚いた顔をされたのだが……なんでだろ?



     校門を過ぎた辺りで、クリスタに声を掛けられる。

    クリスタ「ねえ、エレンの家ってどこにあるの?」

    エレン「ん? ああ、えっと……」

    ──あれ、俺の家ってどこだったっけ……?

    クリスタ「…………もしかして、わからないの?」

    エレン「……はい、わからないです」

    朝はミカサの後をずっと走ってきたから、来た道をまったく覚えていない。周り景色なんて、途中で怖くなってろくに見てないし。

    クリスタ「じゃあ、今日はとりあえず私の家に来なよ。さっき話したけど親もいないし。家には私しかいないから、部屋も余ってるしね」

    エレン「んー……まあ、さすがに今から家を探して歩き回るのもあれだしなあ」

    というか、まず見つかる気がしない。まったく場所を覚えてないんだし。

    クリスタ「それじゃ、決まりね。着替えはさすがに男物はないから、寝るときは制服のままになっちゃうけど……」

    エレン「そのくらい気にしねえよ」

    クリスタ「そう? じゃあ私の家に行くことに決まりね。こっちだから、ついてきて」

    「はぐれないでよ?」とからかうような笑みを浮かべ、クリスタは歩き出す。

    エレン「……俺は子どもかよ」

    そんな俺の呟きは、すでに少し離れた場所を歩くあいつに聞こえる筈もなく。

    振り返って俺を呼ぶあいつの下に、俺は急いで駆け出した。
  22. 60 : : 2014/04/10(木) 06:35:57


    夕日の照らす道を、並んで歩く。

    途中例のコンビニがあったので、俺がどうしても寄ってみたいと言ったら、クリスタは渋々だが了承してくれた。

    なんでも、学校の帰りに寄るのはいけないことらしい。まあそれは置いといて。

    結論。

    コンビニすげえ。

    いやもう、なんなんだあそこ。食べ物は沢山あるし、お菓子とかいうクリスタ曰く“甘かったりしょっぱかったりするもの”は棚にところ狭しと並んでるし。

    あとは飲み物だ。ペットボトルとかいう容器に、白かったり赤かったり、いろんな液体が入っていて、クリスタ曰くこれらも甘いらしい。

    体育の時にライナーが言っていた一本ってこのことか、と今更ながら理解した。

    他にもいろいろあったが、とにかくもう、すげえとしか言えなかった。

    その時の俺の様子が余程面白かったのか、クリスタが可笑しそうにずっと微笑んでいたのを見て、可愛いと思ってしまったのは余談だ。


    クリスタ「ふふっ、さっきのエレン面白かったなあ」

    エレン「いつまで笑ってんだよお前は……」

    クリスタ「だって、あそこまで目をキラキラさせてるエレン、初めて見たから。なんか可愛かったなあ」

    エレン「男に可愛いとかやめてくれ」

    なんも嬉しくねえ。

    というかこいつ、こっちで一ヶ月生活したからか判らないけど、なんか性格変わってないか?

    ……まあ、前みたいな無理してる感じはしないからいいんだけど。

    ──あ、そうだ。

    エレン「ところでクリスタ。話は変わるけど、一番気になることってなんだ?」

    クリスタ「え? ──ああ、そういえばそうだったね。コンビニエレンのせいで忘れてたよ」

    コンビニエレン……。

    クリスタ「私が一番気になるのは、エレンのことだよ」

    エレン「……俺?」

    クリスタ「えっと、少し恥ずかしいんだけど……私ね、この世界に来て一番最初に会ったのがユミルだったんだ」

    こいつはユミルだったのか……不思議と納得できるのはなんでだろう。

    クリスタ「学校に行って、他にもアニやミーナとかに会ってみてね……もしかしたらエレンもこの世界に居るかもって思って捜したの」

    そこで、クリスタの雰囲気が変わったのが判った。

    さっきまでの陽気な感じが消え、真面目な顔付きで言葉を紡ぐ。


    クリスタ「けどね、見つからなかった。それどころか、エレンを知ってる人すらいなかった」

    エレン「!──けど、ミカサはっ──」

    クリスタ「勿論、ミカサやアルミンにも確認したけど、二人ともエレンなんて知らないって。それにあのクラスにも、『エレン・イェーガー』なんて生徒は存在しなかった」

    ──思わず、立ち止まる。

    クリスタ「けど、今日エレンがこっちに来てから、“今までエレンを知らなかった筈の人が、まるで昔から知っているような”態度になった。エレンの話を聞く限り、多分そういうことだと思う」

    ……なんだよ、それ。

    それってまるで──

    エレン「俺が、こっちで目が覚めた瞬間に──」

    ──世界そのものが、変わったみたいじゃねえか。
  23. 62 : : 2014/04/10(木) 08:55:35


    クリスタ「確証はないから、本当かどうかは判らないけど……限りなく正解に近いんじゃないかなって、私は思う。もし私の時もそうだったとしたら──」

    まず、間違いないんじゃないかな──


    エレン「…………」

    クリスタ「…………」

    お互い、口を閉ざして何も話さない。

    もし今の話が本当だとして──そんなこと、あり得るのか?

    たった二人。たった二人の人間のせいで、人の記憶や、過去から何から全てが変わる?

    無茶苦茶だ。

    ……けど、絶対にあり得ないと、決めつけることはできない。今はそれが一番納得できる説だと思うし──

    なにより、“一度死んだ筈の俺達が、別の世界にこうして生きている”という時点で、あり得ないなんて言っていられない。

    …………。

    駄目だ、考えてもさっぱりわからない。

    クリスタ「……エレン。とりあえず、この話は一旦やめよう。今の私達じゃわからないことがありすぎる。……それに辺りも暗くなってきてるし、ひとまず私の家に行こう」

    エレン「……そうだな。いろいろ考えるのは、クリスタの家に行ってからでいいか」

    クリスタ「うんっ。それじゃあ、早く行こうっ──」



    ──それは、唐突だった。

    棒の先に灯りがついたもの……信号が青になり、クリスタと俺が歩き出した直後。

    横から、一際大きな車が突っ込んできた。

    エレン「は──?」

    時間が、遅く感じる。

    信号って、赤の時は通っちゃダメなんだよな、クリスタがそう言ってたし、とか。

    ならなんで、このでかい車は赤なのに通ろうとしてるんだ、とか。

    頭の中では、そんなどうでもいいことばかり考えていて。

    その間に、どんどん車は近付いてきていて。

    クリスタ「──あ」

    エレン「っ──クリ──」

    その小さな声が耳に届いて、漸く俺の体は動き出した。

    が、その時には、すべてが遅すぎた。

    ──強い衝撃を受けて、体が浮き上がる。

    少しして、硬い何かに叩き付けられたのが判った。

    ……視界が、真っ赤に染まる。

    痛みは、不思議と感じない。

    体の感覚がなくなって、力が抜けていく。

    エレン「──、……ぁ」

    最後に、目に映ったのは。

    真っ赤に染まって横たわる、あいつの姿。


    ──目の前が、真っ黒になった。


    《……to be continued 》
  24. 68 : : 2014/04/11(金) 04:24:31
    http://www.ssnote.net/archives/14458

    続きです
  25. 69 : : 2020/10/06(火) 10:21:26
    高身長イケメン偏差値70代の生まれた時からnote民とは格が違って、黒帯で力も強くて身体能力も高いが、noteに個人情報を公開して引退まで追い込まれたラーメンマンの冒険
    http://www.ssnote.net/archives/80410

    恋中騒動 提督 みかぱん 絶賛恋仲 神威団
    http://www.ssnote.net/archives/86931

    害悪ユーザーカグラ
    http://www.ssnote.net/archives/78041

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    コソコソ隠れて見てるのも知ってるぞ?
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