このSSは性描写やグロテスクな表現を含みます。
心凍らせ身を竦ませて深く静かな闇の底へ~アニ~(13巻までネタバレあり)
-
- 1 : 2014/03/28(金) 00:57:32 :
- 目新しい展開も、ギャグもなく
ただひたすらに心情を追おうと思います…の予定でしたが、13巻までの本編を崩さぬ程度で、過去についての妄想が入ることになりました
あまり明るい話にはならないと思います
また、話の展開上避けられず、途中グロ描写が入る予定です
苦手な方は回避してくださいませ
しかも亀更新です、遅いです、すみません…
ご了承いただける奇特なアナタ!
どうぞ、しばしお付き合いください
-
- 2 : 2014/03/28(金) 01:05:29 :
- 『俺が間違っていた…』
『今更俺を許してくれとは言わない』
『けど』
『一つだけ…』
『一つだけでいい』
『頼みがある…』
『この世のすべてを敵に回したっていい』
『この世のすべてからお前が恨まれることになっても…』
『父さんだけはお前の味方だ』
『…だから約束してくれ』
『帰ってくるって』
『アニ』
-
- 3 : 2014/03/28(金) 01:17:59 :
- そして私は
この壁の中の狭い世界で私は
歴史上もっとも最悪の大量殺人鬼として
すべてを敵に回した
-
- 4 : 2014/03/28(金) 01:28:21 :
- お父さん
お父さん
あなたの娘はこの壁の中の何よりも誰よりも罪深く取り返しのつかないことをしてしまいました
壁の中のすべてが私を憎み恨み疎んじるでしょう
それでも
帰っていいですか
帰ってこいと言ったあなたにすがっていいですか
あの時交わした約束を守るために私は
心を凍らせ身を竦ませて
深く静かな闇の底へ沈んでゆく
このまますべてが凍りついてしまえばいいのに
-
- 5 : 2014/03/28(金) 13:03:40 :
- 胸を打つ…
姉さん、がんばれ
-
- 7 : 2014/03/28(金) 16:16:12 :
- アニいいですね、僕はけっこう好きなので。
期待です。
-
- 9 : 2014/03/28(金) 21:42:05 :
- 深く深く
静かに沈む
記憶の底を目指して
一体何が間違っていたのだろう
流されるままにしか生きられなかった弱さのせいか
壁の内側で飼い慣らされた時間のせいか
壁を越えることさえなかったら…?
それとも
喜ぶ顔が嬉しくて、無邪気に重ねた鍛錬すらも
あなたの言うように間違いだったというのでしょうか
お父さん
-
- 10 : 2014/05/24(土) 17:37:12 :
- 記憶の底に向かって沈みゆく
うつろな夢をすり抜けて
あの時
地下に続く階段で
私は私の運命の大きな局面にあった
私を地下に誘い込もうとする目つきの悪い黒髪の死に急ぎ野郎と
その幼馴染の東洋人の血を引く同期の成績トップ
そして可愛い顔の金髪の策士によって
-
- 11 : 2014/05/24(土) 17:39:53 :
- 「まったく…傷つくよ。一体いつからアルミン…あんたは私をそんな目で見るようになったの?」
私はそれ以上彼らに付いてゆくわけにはいかなかった。
「アニ…なんでマルコの立体機動装置を持ってたの?」
小利口な金髪の同期生の顔は、青ざめていた
あの生活の中で私をいい人だと言ってくれた人
そして
協力しなければ、彼にとって私は悪い人になると脅した憎い人
あの時
この先どうなるかなどわかっていたけれど
それでも断る気にはなれなかったのは、私が乙女だからさと言ったら笑うだろうか
-
- 12 : 2014/05/24(土) 17:55:59 :
- 「わずかなキズやヘコみだって…一緒に整備した思い出だから…僕にはわかった」
そばかすの人のいい少年の笑顔を思い出す
どうして持っていたかって
それは…
「そう…あれは…拾ったの」
金髪の少年の表情がこわばる
ぐるぐるとすごいスピードで頭が回転しているに違いない
「じゃあ…生け捕りにした2体の巨人はアニが殺したの?」
彼の瞳を見続けることができなくて、さりげなく視線をそらす
「さぁね…でも、1か月前にそう思っていたんなら…何でその時に行動しなかったの?」
「今だって…信じられないよ。きっと何か…見間違いだって思いたくて…そのせいで…」
頭の回転の速い同期の声は、上ずっていた
「でも…アニだって、あの時…僕を殺さなかったから、今こんなことになっているじゃないか」
壁外の草原で、彼を見下ろした時
私のことを結構いい人だって
そう言ってくれたあんたのことを
傷つけるなんてできやしなかった
「ああ…心底そう思うよ。まさかあんたにここまで追い詰められるなんてね。あの時…何で…だろうね…」
アルミン
あんたは壁の中で心を殺して生きる私に残された、数少ない綺麗な部分の象徴みたいなもの
そんなこと、口に出して言えた義理じゃない
「…そっちには行けない。私は…戦士に成り損ねた」
そう
必ず果たすと誓った戦士に
私に命を託した彼らの想いに報いなければならなかったのに
-
- 13 : 2014/05/24(土) 17:56:08 :
- 深く深く
もっと深く
記憶の海に沈みゆく
-
- 14 : 2014/05/29(木) 01:18:17 :
「アニ!蹴りこみはもっと深く!重心が乱れているぞ!」
年端もゆかぬころから、格闘術の稽古が日課だった
褒めてもらえることが嬉しくて、一つずつ上達するのが楽しくて、無邪気に喜んでいた、あの頃
「そうだ、いいぞ!アニ!さすが自慢の娘!!」
お父さん、あなたの生きがいは、私を跡継ぎになれるくらいの達人にすることで
そんなあなたを微塵も疑うことなく、期待に応えようとがむしゃらに過ごした日々
あの日、迎えが来るまでは
私もあなたも、こんなことになるなんて、一つも考えてもいなかった
現実離れした夢。思想。理想
少し考えればわかることだったのに
ある日彼らは私を連れていった
私を戦士にするために
-
- 15 : 2014/05/29(木) 01:30:20 :
- 彼らが連れていった先には、私と同じくらいの年ごろの子供たちが集められていて
周囲に同じ年頃の子供なんていなかった私には、とても不思議で楽しかった
どの子も同じように、ほとんど他の子供と接したことなんてなかったから、子供同士で話したり遊んだりすることがとても新鮮で
何もかもが目新しかった
そこは学校と呼ばれていた
私たちはそこで、たくさん学んだ
私たちが今、どうして各家庭が点在する形で暮らさなければならないのか
森の外に広がる恐ろしい世界の話
悲しい歴史の話
悪魔の末裔がしたこととかれらが暮らす世界の話
私たちが安心して暮らすためには、悪魔の末裔と闘わなければいけない話
私たちはそのための戦士になって、私たちの世界に自由と平和をもたらすのだと
学校では、そう教わった
-
- 16 : 2014/05/30(金) 18:19:58 :
- 戦士になる
それは選ばれたものだけに可能なことで、誇らしいこと
学校に集まった誰もがなれるわけではない
私たちは戦士になることを夢見て学び、鍛錬した
父に鍛えられていた私は格闘術ではダントツで、私よりも体の大きな男の子たちもかなわなかった
「いってぇ…君、小さいのにすごいな!どうやってんだ?教えてくれよ!!」
私に投げ飛ばされた後でそういってきたのは、私よりも3つ年上の男の子
「うん!いいよ!私はアニ!あんたの名前は?」
あの頃は、笑うことにためらいなんてなかった
父の教えをすごいといってくれたことが嬉しくて
友達ができるのが嬉しくて
瞳をきらきらと輝かせていたんだろう
あの頃は、感情をそのまま表情にすることが当たり前だった
「俺、マルセル!よろしくな!!」
マルセルとは、そうして仲良くなった
-
- 17 : 2014/05/30(金) 23:04:51 :
- 期待です(>_<)ゞ
-
- 18 : 2014/05/31(土) 01:32:05 :
- >>17
わわ!
卿さん、期待ありがとうございます!!
長い目でなま暖かくみてやってください!
-
- 19 : 2014/05/31(土) 10:49:45 :
- 学校では座学でも体術でも格闘術でも次第に順列ができていた
戦士になるべき人材をふるいにかける試験が何度か行われ、その都度落第したものは家に帰された
彼ら彼女らを羨ましいと思うことはなかった
ふるいにかけられた彼ら彼女らは戦士になるための能力を満たしていないから生産者として生きるしかないのだと
強くなければ勝てない
戦士にはなれないのだと
憐みの気持ちで見送った
そして私たちこそが戦士になるのだと
そう信じて私はマルセルと鍛錬に明け暮れた
マルセルはあらゆることにとてもセンスがよく、教えることはどんどん吸収していった
座学でも誰よりも優秀で、私は格闘を教える代わりに彼と歴史や戦略について語り合った
彼は快活で爽やかで憎めない性格で、周囲への気配りもできて皆から好かれ、信頼されていた
チームで行動するときには中心になって戦略を練り、それぞれの特技や特徴を生かして采配し、全体が最大限の力を発揮できるよう皆を鼓舞して、優れた指揮官の素質を発揮した
マルセルこそ、戦士のなかの戦士になるだろう
誰もがそう思っていたし、彼と一緒に戦う戦士でありたいと熱望した
-
- 20 : 2014/05/31(土) 11:05:07 :
- ある日、放課後いつものように二人で勉強をしていたとき
周囲に人がいないのを確かめるように見回した後で、マルセルが言ったことがある
「アニ、君は戦うことについてどう思う?」
意味がわからなかった
急に何を言い始めたのかと面食らった
「どう…って?それは…私たちの使命だし…自由を取り戻すために戦うんだろ?」
「ああ、そうだ。少なくとも俺たちはそう教えられてここにいる。それが俺たちの正義だと」
マルセルの言葉には何か引っかかるものを感じた
「俺たちの正義…他の正義があるってことかい?」
目を丸くした私の言葉に、マルセルは意味ありげな表情でニヤリとした
わが意を得たり、といったところか
「さすがだよ、アニ。俺たちは壁の中に閉じこもった連中のことを悪魔の末裔と呼び、その名の通り絶対的な悪だと思っている。けれど、それはそう教えられたから思い込んでいるだけかもしれない」
マルセルの問いは私にとって衝撃的だった
悪魔の末裔が、そうではないかもしれないだって?
私たちは嘘を教えられてるっていうのかい?
-
- 21 : 2014/05/31(土) 11:17:17 :
- あまりの衝撃に言葉を発せないでいる私のことは気にせずに、マルセルは続ける
「絶対的な悪などあるだろうか。彼らの正義と俺らの正義が違っているだけじゃないだろうか、だとしたら、絶対悪として葬ってしまうことは本当に良いことなんだろうかと、俺は近頃、そんなことを考えてしまう」
そして、目を丸くして固まったままの私に向かっていたずらっぽく舌をだして、言った
「なんて!もちろん、アニ、これは二人の秘密にしていてほしいんだ。先生たちにも、仲間にも、誰にも言っちゃだめだよ。こんなこと知れたら異端扱いされてしまうだろう」
「…じゃあ、なんで私に言うのさ…」
「アニならわかってくれそうだからさ!俺はこのまま一人で抱えていると、バランスを崩してしまいそうで。アニは口が堅くて、賢くて、冷静だ。そして優しい」
マルセルはまっすぐな瞳で私を見つめる
私はその視線と褒め言葉に耐えられず、頬が熱くなるのを感じた
「な…何を言ってるんだい!?」
「あと、アニは強くてかっこいい」
にこにこと笑いながらマルセルは続けた
「なのに、そんな風に照れて真っ赤になってしまうところは可愛らしい」
「なっ…///」
ますます顔が熱くなる
「今は戦乙女ってところだけど…いつか、アニがただの乙女として暮らせる世界になるといいと思うんだ」
「…っ///…乙女…?」
「そうさ、アニは強くて賢くて優しくて可愛い乙女だよ」
「…あんたを投げ飛ばす乙女かい?」
顔の熱さを紛らわすように、愛想のない言葉になってしまう
そんな私の言葉に彼は反論する
「アニ先生の教え方が上手なせいか、俺、最近負けなくなったぜ?」
事実だった
3つ年上のマルセルは大分たくましい体つきになってきたし、覚えも早く応用するセンスも卓越していたので、そのころには格闘術でも互角か彼のほうが上かというくらいになっていた
その時は恥ずかしくて素直には言えなかったが、彼の前でなら乙女というやつになってもいいかと思えた
彼の話は衝撃的でこれまでの思考の根幹を揺るがす話ではあったが、これまでよりも視野が広がった気がしたし、何より二人だけの秘密という響きは心を高揚させた
けれども、そんな甘酸っぱい日々は長くは続かなかった
-
- 22 : 2014/06/01(日) 01:39:00 :
- 繰り返される試験を経て、戦士になるための【試練】にまで残ったのは、私を含めて7人だった
【試練】によって戦士に絶対的に必要な【力】を授かるのだと説明されたが、その【力】がどんなものなのか、どんな【試練】なのかは聞かされていなかった
【試練】の日
私たちは学校の一室に集められた
【試練】には一人ずつ呼ばれ、別の場所で【力】を授かる儀式を行うのだという
私たちは皆一様に緊張していた
いつも余裕のあるマルセルですら、表情に緊張がにじんでいた
先に呼ばれた仲間を励まし、背中を見送る
ここまで共に頑張ってきた仲間だから、皆で【試練】を乗り越えて、戦士となって戦いたい
そんな気持ちで祈るように待つ
遠くで閃光が走り、ドォン、と大きな雷鳴が轟いた
今日は晴れていたはずなのに、雷…?といぶかしんだが、窓から見える景色に目立った変化はなかった
雨でも降るかと思ったが、降り出さないまま、【試練】に向かう次の一人が呼ばれていった
しばらくすると、再び閃光と雷鳴
「なんだか今日はおかしな天気の日だね」
マルセルがそんな風に話したことを覚えている
一人、また一人と人数が減り高まる緊張の中
先に呼ばれたのは、マルセルのほうだった
-
- 23 : 2014/06/03(火) 19:58:29 :
- 「じゃあ、また後で」
そういって私の手を取り、両手で包むように握るマルセルの笑顔には緊張が滲んでいたが、瞳は挑戦的な光を湛えていた。
「頑張って」
気の聞いたこと1つ、言ってやれない自分がもどかしかった。
そんな私に、マルセルは
「お互い頑張ろう。大丈夫、俺たちはうまくやれるさ!終わったらお祝いだよ!」
ニッコリ笑って、部屋を出ていった。
彼の背中を見送る。ドアが閉まったあとも、残像を見るように、同じ場所を見ていた。
「マルセルは大丈夫だよ」
隣から声をかけられて我に返る。
背の高い男の子…ベルトルトが、やはり緊張した面持ちで立っていた。
「あぁ、そうだね。マルセルなら心配いらないさね」
そう相づちをうった直後、またしても閃光が走り、雷鳴が轟いた。
-
- 24 : 2014/06/04(水) 18:45:42 :
「ずいぶん雷が多いな、今日は」
ベルトルトは窓のほうを向いて言った
彼は普段は無口で大人しい印象だが運動神経はよく、格闘術では組み合うたびに上達していた
私が投げ飛ばして終わることに変わりはなかったけれど
あまり話したことはなかったので、ベルトルトが話しかけてきたのは意外だった
「アニは戦士になる試練って、なんだと思う?」
普段はほとんどしゃべらないのに、今やけに饒舌なのは、やはり緊張しているからだろう
「さぁね…試練というくらいだから、難しくて辛いことなんだろうね…」
「緊張するね…」
「そうだね…」
「アニはいつもマルセルといることが多いよね」
「そうだね…」
「その…付き合ってたりするのかな…?」
【試練】を目前にしている者同士にしては意外すぎる質問を受けて、私は思い切り目を丸くする
そんな私を見て、ベルトルトは慌てて両手を振った。
「あ、いや、変なこと聞いてごめん!…何を言ってるんだろう、僕は…緊張してるんだ、きっと…」
「…そうだね…今はお互い【試練】に集中した方がいい…」
笑顔で返す余裕はなかった
-
- 25 : 2014/06/04(水) 18:50:01 :
- 長い長い時間が流れたように感じた
長い長い時間を沈黙で過ごした
そうしてしばらく経って
マルセルの次に【試練】に呼ばれたのは、私だった
-
- 26 : 2014/06/04(水) 19:01:00 :
呼ばれるまで待機していた部屋を出て
案内されるままに進む
廊下を抜け
建物を出て
森を抜け
森に囲まれた広場のような場所に案内された
そこには、お父さんと同じくらいの年頃だろうか
かつてはたくましく鍛えられただろう体に
疲労感と諦めのような哀愁をにじませて
数々の修羅場を潜り抜けたであろう独特の鬼気迫る気配は失わずに
その人は佇んでいた
「これは…女の子か。君、名前は…?」
声は意外にもとても優しかった
-
- 27 : 2014/06/04(水) 22:57:16 :
「アニ。アニ・レオンハートです」
名を伝えると、その人は少し驚いた表情を見せた
「レオンハート…そうか、あいつ…あれほど娘には格闘術はさせるなと言ったのに…」
「お父…父をご存じなのですか?」
この人はお父さんの知り合いなのだろうか…そして…私に格闘術をさせるな、と…?
状況がよく飲み込めないでいる私を見て、少し微笑みながら、少し悲しそうな瞳をして、その人は私の頭を撫でた
「そうだよ、アニ。君の父上とは古い知り合いだ…」
私の頭を撫でながら、その人は誰にともなくつぶやいた。
「あいつの娘に、こんな過酷な試練を与えなければならないとは…」
そうしてその人は、私の背の高さに合わせて屈むと、ぎゅっと強く抱きよせた
「いいかい、アニ。よく聞くんだ」
しっかりとした低い声が優しく、かみしめるように囁く
「君は、何も悪くない。これから何が起ころうと、君の罪ではないからね。よく覚えておくんだよ」
苦しいほどに強く抱きしめられながら、その人の震える声を聞いていた
-
- 28 : 2014/06/04(水) 23:18:22 :
「悪いけど、そろそろいいかな?時間だ」
背後から、別の声がした
お父さんの古い知り合いだという男は、もう一度強く私を抱きしめると、力を緩め、立ち上がった
そして、声のほうに向かって言う
「ああ、わかっているよ、猿」
猿、と呼ばれた男は、私を抱きしめていた男に近寄り
「君の勇気に、敬意を」
と言って彼と固く握手をした
「ああ、ありがとう。猿、あとは頼む」
知り合いの男は、口の端に笑みを浮かべながら、半分泣き出しそうな顔をしていた
そして、私のほうに向きなおり大きく息をつくと、凛とした声で私の名前を呼んだ
「戦士の力を継承する試練の時だ!アニ・レオンハート!」
「はい!!」
いよいよ、【試練】がやってきた
-
- 29 : 2014/06/04(水) 23:29:57 :
- 【試練】は―
どうしてそうなったのか
なぜそうしているのか
よく覚えていない
覚えているのは
閃光と爆発音
今日何度も聞いていた雷の正体
そうか、このせいだったんだ…
ぼんやりと知覚する
私の体が
骨が
筋肉が
虚空から急に湧きだし、元の体を覆ってゆく
元の体と意識は、新しい大きな体に取り込まれて
自分の意識とは違うプログラムに従って動き始める
悪い夢を見ているよう
悪い夢を見ているよう
悪い夢を…
-
- 30 : 2014/06/04(水) 23:54:11 :
- 【注意】
すみません!
ここからグロ描写あります。
苦手な方、ご注意ください。
-
- 31 : 2014/06/04(水) 23:56:41 :
- 悪い夢を、見ていた
夢の中の私は私ではないものに支配されていて
どんなに泣いても叫んでも
やめてくれなかった
あの人は
運命を悟ったように身じろぎもせずに
ただ眼を閉じて立っていた
全てを受け入れるように
私ではない私は
大きな体の私は
あの人の体をわしづかみにした
本能がそうしろというそのままに
プログラムに従ってそのままに
私の叫びも、気にせずに
嫌だ
嫌だ
嫌だ
こんなの嫌だ
力の加減など知らず
わしづかみにした体は
みしみしめきめきと音を立てる
骨の折れる嫌な音
肉のつぶれる嫌な感触
やめて
やめて
お願い
もうやめて
-
- 32 : 2014/06/05(木) 00:06:55 :
- そしてついには
大きく口を開いて
あの人の体を
その中へ
!!!!!!
噛み
砕き
すり潰す
そんな感触
知りたくなかった
いやだ
いやだ
いやだ…!!!
どうしてこんな悪い夢をみるのだろう
悪い夢
すべてが悪い夢なら、よかったのに
そして意識は遠のいた
-
- 33 : 2014/06/05(木) 00:53:27 :
- 目を覚ますと
元通りの日常
なら
よかったのだけど
皆一様に青ざめていた
そう
皆同じ悪夢の中に迷い込んでしまった
戦士の力を手にして
戦士の力
それは
おぞましい巨人になる力だった
-
- 34 : 2014/06/07(土) 01:32:34 :
- 「…ニ…」
「…アニ…」
【試練】の衝撃に心が固まったままの私の名を呼ぶのは…
…マルセル
ようやく彼がそばにいることに気づく
彼も蒼白な顔をしていた
同じ【試練】を受けた仲間
信じられない
悪い夢だと
この身に起きた出来事から目を背け、逃れようとする私の肩をマルセルはそっと抱いた
「アニ。俺は君にまた会えて、触れることができて、よかった」
-
- 35 : 2014/06/07(土) 01:44:57 :
- 青ざめた彼の顔
どれだけ苦悩したのだろう
「どんなに過酷で耐え難い試練だったとしても」
彼は囁く
「アニ、君に再会できたことに俺はただ感謝するよ」
両の瞳に涙を湛えて、私の肩に置いた手に力を込める
『君は、何も悪くない』
そう言ったあの人の顔と重なる
私に戦士の力を託したあの人
あの感触が
血飛沫が
脳裏から離れない
戦士の力は先代の戦士の血肉を屠り受け継ぐもの
呪われた力
マルセルの目の前で
私は声を上げて泣いた
小さな子どものように
まだ十分に子どもだったけれど
戦士にならなければいけなかったから
マルセルも泣いていた
気がつけば
ベルトルトも
他の仲間も
皆で泣いていた
試練を越えるために
-
- 36 : 2014/06/07(土) 02:11:47 :
- 皆で泣いて
戦士の力を得たことを呪い
憂い
嘆き
その後に待っていたのは
猿と呼ばれた戦士の指揮下で
先代から受け継いだこの【力】を精錬させる訓練の日々だった
-
- 37 : 2014/06/07(土) 02:52:42 :
戦士の…巨人の力は圧倒的に強大だけれど
そのままでは不安定で消耗も激しい
だから鍛錬しコントロールする
それぞれの巨人の力は共通点も多かったが
体の大きさは様々で
能力もそれぞれ違っていて個体差があった
私たちが悪魔の末裔に報復し
自由を取り戻すために、猿が最も重要視したのは
ベルトルト
彼の先代も大型巨人の戦士だったという
ベルトルトはさらに大きく
かつてないほど大きくて
悪魔の末裔が閉じこもる壁の世界の外壁に
風穴を開けるために必須の力とされた
そして
全身を固い鎧で覆うことのできるライナーも
破壊力はベルトルトに次ぐもので
彼ら二人は作戦に欠かすことのできない大切な中枢に位置付けられた
-
- 38 : 2014/06/09(月) 01:01:48 :
- 同じ学校で学びあい、励ましあった私たち
一人また一人と試験のたびに仲間は減ったけど
仲間が減ってゆく哀しみよりも
学ぶ楽しさや戦士を目指す目標に向かって希望にあふれたあの日々は
色鮮やかで明るかった
いつだって笑顔でいられた日々は
【試練】を越えて一変した
ベルトルトもライナーもマルセルも私も他の仲間たちも
誰の表情からも笑顔は消えた
課せられた運命をただ受け入れるしかない
私たちに託されたものを無駄にしないために
そうできなければ
次の戦士候補に託すしかない
戦えないなら、屠られる
生きたければ戦うしかない
私たちに選択肢はもう残されていなかった
-
- 39 : 2014/06/17(火) 01:35:07 :
私たちに与えられた計画は
壁の外で生きる私たちすべてにとってこれまででもっとも大掛かりな計画
それは、悪魔の末裔に致命的な打撃を与える重要な計画だった
計画の要はベルトルトとライナー
彼らは自分自身を守る能力とともに
悪魔の末裔にしかるべき報いを受けさせるための能力を磨き
計画の要の彼らを守るために
私たちはそれぞれの能力を磨いた
私たちに力を託し命を散らせた先代戦士たちに報いる方法は他になかった
あの日
絶対的な悪などあるだろうかと
私たちが標的とする悪魔の末裔について教わったことにほの暗い疑問を抱き
秘密を共有したマルセルも私も
試練の日以降
秘密について口を開くことはなかった
私たちは戦うより他になかった
たとえ間違っているのが私たちの方かもしれなくても
-
- 40 : 2014/07/01(火) 03:15:20 :
- 訓練は重ねられ、2ヶ月が経った
「よし!そこまで!」
私たちの訓練を担う教官の【猿】が1日の訓練の終わりを告げた
戦士に姿を変えることは、力のコントロールをしないと意識を失うほど疲労する
私たちは、日に数度は巨人化できるように力を制御するよう訓練を受けていた
「今日は何回できた?」
マルセルが問いかける
「さぁ…覚えているのは5回までだね…そこまでは大きさも保てていた」
「5回か…俺は6回かな…6回目は少し小さくなっちまったけど」
マルセルの顔には疲労の色が強くにじんでいた
「君たちはやっぱりすごいよ、僕は3回が限界だ」
息を切らせたベルトルトは地面にどっかりと座りこんだ
「ベルトルトはサイズが桁違いだからな、消耗も激しいんだろう」
マルセルはため息をつくベルトルトをフォローする
「ああ、そのとおりだ。だが、お前らがずば抜けて優秀なのも事実だ」
ライナーが汗を拭きながらやってきて会話に加わる
「俺は5回目でサイズが維持できなくなった」
ハッ、と自嘲気味に笑う
「いよいよだな…」
ライナーは噛み締めるようにつぶやいた
ベルトルトの表情が強ばる
マルセルの眉間にもシワが寄せられた
「3日後…出発か…」
作戦の決行日はすぐそこに迫っていた
-
- 41 : 2014/07/01(火) 03:30:27 :
「どんな顔して家族に会ったら良いんだろう」
ベルトルトは思い詰めた表情をしている
そう
作戦の決行を前にして、私たちは一時帰宅を許されていた
どんな顔して…?
この忌まわしい体を
あの体験を
そして
これからの呪わしい役目を…?
帰りたい、戻りたい、あの家と家族
変わってしまった、戻れない、私たち
不安な心を抱えながら、長らく離れていた家族のもとへ
子供時代との別れを告げに、私たちはそれぞれ帰宅した
-
- 42 : 2014/09/14(日) 23:13:11 :
帰宅した私を家族は暖かく迎えてくれた
けれど、その暖かさはどこか腫れ物に触れるような、よそよそしさを感じる暖かさで
私の身に起きたことを
私の変化を
この人たちは知っているのだろうか
愛がないとは言わないけれど、扱いあぐねているような
気遣ってくれているのは確かだけれど、どうしてよいのかわからないような
そんなたどたどしさを感じる帰省
私は私だよ
本質は何も変わってはいないんだ
どうしてそんなに、遠巻きに眺めるの?
どうして前のように抱きしめてくれないの?
私の周りを透明な壁が囲んで接触を阻んでいるかのように
距離があるのはなぜなんだろう
それとも
自覚がないだけで、とうに違っているのだろうか
私はもう
人ではなくなったのだろうか
そんな疑問を投げかけることさえできずにいる
どんな顔をしたらよいかわからなくて
結局どんな顔をしていたのかもわからない
元のようにただ無邪気に笑うことはできなかったことだけを覚えている
仮面のように表情をこわばらせ
ただ、生まれ育った家と家族を見ていた
-
- 43 : 2014/09/14(日) 23:53:02 :
出発の日
家族と私の距離は縮まらないまま、朝を迎えた
組織からの迎えをじっと待つ
私も家族も、一言も話さない
突然
庭で手合わせをしようと父が私を誘う
いいよとそっけなく応じる
今更手合わせなどして何になるというのだろう
もうじき、私はこの場所を離れるというのに
幾本もの巻き藁がそびえる庭
毎日毎日、その巻き藁を相手に鍛錬した場所
父が求めるままに、ただひたすらに強くなることだけを考えていた場所
なんであんなに、無邪気でいられたのだろう
幼い日を思いながら、父を相手に構える
この人は、何を思って私に格闘術を教えたりしたのだろう
私に戦士の力を託したあの人が言ったように、格闘術など知らずにいたら
私は戦士になどならなかったかもしれないのに
なぜ
なぜ…
自分の生きた証を残したかったから?
ただ技術を継承することに価値を見出していたから?
娘が後をついで円満に暮らす
そんな現実離れした理想に酔いしれていたから?
父の繰り出す拳をすり抜けながら、自問し続ける
なぜこの人は
起こりうる可能性の高い未来を見ようとしないでいるのだろう
こんな技
継承することにどれだけ意味があるというのだろう
続けざまに繰り出される蹴りと回し蹴りを見極めながら、父に対して湧き上がる感情を抑えることができなかった
くだらない
心底
無意味な技の習得に執着した父も
何の疑問も持たずにその背を追った私も
その結果何を得た
何が残った
ねぇ教えてよ
お父さん
拳を交える父の目には、涙が光っていた
-
- 44 : 2014/09/15(月) 00:08:32 :
-
だらりと拳をおろし、その場にへたへたと座り込む父
その様子に、私も拳を降ろす
父はうなだれて顔を手で覆い、その肩は小刻みに震えている
その様子に私は歩を進める
父の両手が、私の両肩をとらえる
父は顔をあげることなく、うつむいたまま話し始めた
「アニ…俺が間違っていた…」
「今さら俺を許してくれとは言わない…けど…」
「一つだけ…一つだけでいい」
「頼みがある」
「この世のすべてを敵に回したっていい」
「この世のすべてからお前が恨まれることになっても…父さんだけはお前の味方だ」
「…だから…約束してくれ」
「帰ってくるって」
顔を上げることのないまま、肩を震わせる父に
勝手な父親だ
そう思いながらも
涙があふれるのを止めることなどできなかった
-
- 45 : 2014/09/23(火) 03:12:58 :
ほどなくして、迎えはやってきた
住み慣れた故郷
生まれ育った家
無邪気だった日々
全てここにおいて、出発する
私たちは、この大地のはるか向こうへ
悪魔の末裔の根城へと進むから
私たちが悪魔の末裔と呼ぶ者たちにとって
私たちこそが悪魔そのものとなるのだろう
私たちは戦士
故郷に勝利をもたらすもの
夕日に照らされた生家は小さくて
嵐でも来たら簡単に吹き飛ばされてしまうだろう程に小さくて
私の心に暖かな幸せとわずかにチクチクと痛む何かをもたらした
『約束してくれ…帰ってくるって』
父の願った約束には応えないまま
応えられるはずもなかった
行ってきますもさよならも告げないままに、背を向けた
向かう先には、仲間の戦士が待っていた
-
- 46 : 2014/09/23(火) 03:33:57 :
「アニ、出発だ」
労わりと哀しみが混じったような表情のマルセルが、夕日を背負って立っていた
「ああ、わかってるさ」
マルセルの目を見ることができずに、荷物を背負ってすり抜ける
それでもすれ違いざまに、マルセルの差し出した手に軽くタッチする
永久の別れになるかもしれない家族との時間を過ごしたねぎらいと
永久の別れにしないためにこれからの任務の無事を願って
ベルトルトとライナーも、すでに荷支度を終え、旅装備のマントを羽織っている
他の仲間も、荷車に積まれた装備を一つずつ着実に身につけ、携行品の確認をしていた
誰一人、笑顔は見られなかった
-
- 47 : 2014/09/23(火) 03:58:52 :
-
旅装備の装着が済むころには、太陽はほぼ沈んでいた
『猿』が全員を集めて口を開く
「目的地まではここから1週間はかかるだろう。
しかも、まともに歩けばすぐに巨人の餌食だ。
連中の動きが鈍る夜に集中して行軍する。
夜の間に巨大樹の森から次の巨大樹の森まで移動しろ。
途中までは俺の『座標』で巨人をよけながら行けるだろうが…最後の森からは実行部隊であるお前たちだけで行くんだ」
作戦を再確認する
『座標』の力を使えるのは『猿』だけ
そこいらをうろつく巨人は、巨人化した戦士の私たちをも標的として狙ってくるだろう
『猿』が『座標』を使える間は問題ない
しかし…
最後の森から目的の『壁』までの間は…
「最後の森からは2班に分かれて行動する。
マルセルの班はライナー・ベルトルトを守り、壁への到達と破壊が最優先任務だ。
残りの者は巨人を引き付けてマルセル班が壁に到達できるように援護。
壁の破壊後は壁内に巨人が侵入するよう誘導しろ」
巨人は人数が多いほうにより強く反応する
マルセルはライナーとベルトルトとともに壁の破壊を第一目的とする3名の少数精鋭班に
私はそのマルセル班から巨人の目をそらし、おとりになる5名の班に配属された
おとり…
この中の何人が果たして無事に壁内に侵入できるのだろう
そんなことを考えることは、すでに放棄していた
私たちにできることは
ただ目の前の生を
今この一瞬を生きることだけ
それだけだった
-
- 48 : 2014/10/12(日) 02:02:15 :
- 最後の森までの行軍の間にわかったことがある
『猿』の『座標』の力は完全ではないということ
多くの巨人は『猿』の命に従ったが、中にはまったく制御できないものもいた
奇行種といわれる巨人
通常と異なる反応を示す奇行種は、『座標』への反応においても、やはり奇行種なのだった
それでも
最後の森にたどり着くまでに失った仲間が一人だけだったのは、不幸中の幸いと言えるのかもしれない
…不幸中の幸い…?
これから壁内に不幸をもたらそうという私達が何を言ってるんだろうね
自嘲の笑みが口の端に浮かぶ
一人の犠牲と言ったって、これまで『学校』で共に過ごし、共にあの儀式を越えた同志だ
一体いつから私は、同志の死すら不幸中の幸い、と言えるようになったのだろう
反吐が出そうになる
もうずっと
きっとこれからも
私は私が嫌いになったまま生きて、そして死んでいくのだろう
そんな私の思いを知ってか知らずか、マルセルは私に囁いた
「アニ、一緒に来てくれ」
最後の森で交替で休息を取る間の役割分担に少しばかり細工をして、彼と私は二人で見張りをすることになった
-
- 49 : 2014/10/12(日) 02:50:26 :
- 見張りのために木に登り、巨人の気配に五感を働かせる
周囲に目を配るマルセルの眼差しは、以前と変わらずまっすぐで
『学校』でともに過ごした日々を思い出して
少し安心するような
戻らない日々に胸を締め付けられるような
なんとも言えない気持ちになる
一通りの安全確認を済ませると、マルセルは立っていた枝に腰をおろした
軽く微笑みを浮かべた彼は、ぽんぽんと自分の隣の枝を叩き、私にそこに座るように合図をする
穏やかな笑顔
高い枝の上に吹く風は、少し冷たくて
久しぶりに二人きりで話すことに気がついて、少し照れ臭いような、気まずいような気がして
私はマントを強く巻き付けながら、彼の示すまま隣に座った
-
- 50 : 2014/10/12(日) 03:32:08 :
- 「二人で話すのは久しぶりだね」
マルセルははにかんだような笑顔を向ける
「…そうだね…『試練』からずっと、容赦のない訓練漬けだったからね」
マルセルには悪いが、私には笑顔を浮かべる余裕はなかった
「…いよいよ、だね…」
そう言ったマルセルの表情は精悍で、これから起こること、起こすことへの覚悟がにじみ出ていた
「あぁ…そうだね…」
いよいよ、明日未明には、この森を出る
壁の中で虚偽の安寧を貪る悪魔の末裔に、悪夢のような現実を届ける最後の行路
マルセルはベルトルトとライナーと共に、彼らが無事に壁にたどり着けるように指揮をする班長で
私は彼らの班がより確実に進めるように巨人の気を引く先発隊
先発隊と言えば聞こえは良いが、要はおとりだ
生きて壁にたどり着くことは困難に思えた
『帰ってくると…約束してくれ』
勝手な父の言葉が脳裡をよぎる
そんな私の考えを読んだかのように、マルセルは問いかけた
「親父さん、何か言ってた?」
まったく…勘が良すぎてかなわないよ…マルセル…
「…帰ってこいってさ。どんなに世界から恨まれようと、帰ってこいって…勝手すぎて笑えるね」
皮肉の笑みをもらす
マルセルは、そうか…と相づちをうったあとに、言葉を続けた
「アニ、俺も親父さんと同じ気持ちだ」
そのまっすぐな眼差しは、私をしっかりと捉えていた
-
- 51 : 2014/10/12(日) 04:00:56 :
- 「アニ、君は何があっても生きなくちゃいけない」
強い眼差しが私を貫く
「先発隊は、熟練の戦士が班長で皆を率いるとはいえ、俺たちの班よりも格段に危険な任務だ」
「ああ…そうだね…」
マルセル達から巨人の目を逸らさなければいけないということは、自らを危険にさらして注意を引くということだ
巨人化能力者も補食対象と認識する連中を引き付けて更に潜り抜けたり仕止めたりすることは至難の技だ
「アニ、君は…君だけでも、生きなければいけないよ」
「…どうして…?」
マルセルは何故父と同じように話すのだろう
「俺が君に生きていてほしいからさ」
マルセルの強い眼差しが、ふっと緩んで優しい色を帯びる
「俺は案外、利己的なのかもしれないな…。
他の仲間の無事よりも、俺は君だけの無事を願わずにはいられない。もちろん、皆無事なことに越したことはないけれど…」
その優しい眼差しに、頬が火照るのを感じた
「アニ、君は、何があっても生きるんだ」
噛み締めるように、マルセルはもう一度、言った
「…ああ…わかったよ…。マルセル、あんたも…」
マルセルは、飛びきりの笑顔で応じてくれた
「俺たちは壁の中で、また会おうぜ」
そういって、彼は私を抱き寄せた
マント越しに伝わる彼の温もり
彼の匂い
優しく髪を撫でる手の感触
壁の中で、また会う日まで
そう信じて
それが、彼と交わした最後の言葉になった
-
- 52 : 2014/10/12(日) 11:08:37 :
- 見張りを交代して休息を取る
巨人の襲来はないまま、未明の出発時間を迎えた
マルセル班と『猿』が見送る様を背にして、熟練の戦士の班長のもと、私達は出発した
敬礼こそしたけれど、その出発は意外なほど呆気なく
味気ない出発だった
じゃあ、またね
心でマルセルに伝える
マルセルは、私の目線に軽く微笑んで応えた
その後の悲劇など予想だにしない別れだった
この辺りの巨人は、私達の領域の巨人とは違う系統らしく『猿』の『座標』は殆ど効果がないらしかった
『猿』はだから、ここで引き返して今後の展開に備えて再び戦士の育成に入るらしかった
『座標』の力の庇護の望めない私達の戦い方はというと…
なるべく集団で移動し、巨人をひきつける
人型では巨人のうなじにはたどり着けないから、巨人化して襲い来る巨人と戦い、うなじを咬みちぎるという方法
一体二体ならまだしも、集団で襲われたら苦戦するのは必至
けれど、私達には他に戦う術はなかった
後に知ることになった立体機動なんてものは、私達の故郷には無かったのだから
マルセル班が壁に到達し、ベルトルトが壁に穴を穿つ
その間の時間稼ぎ
それが私達の役目だった
-
- 53 : 2014/10/12(日) 13:21:54 :
- 想像していたよりもずっと早く、私達は苦境に立たされることになった
始めはポツリポツリと一体ずつだった巨人の現れる間隔は徐々に短くなっていき、私達は戦いごとに疲弊していった
こちらに巨人をたくさん引き付ければ、その分マルセルたちが危険にさらされる確率は低くなる
そう信じて、迫り来る巨人に対峙する
一体、また一体…
巨人のうなじなど味わいたいものではない
小さいものなら、うなじを握りつぶす
その感触も、気持ちの良いものではない
任務のため
仲間のため
生きるため
気色の悪い戦いに心を殺して没頭する
それは、ふいに起きた
私達を率いていた熟練の戦士が、突如空中を飛ぶようにやってきた巨人に人型のまま踏み潰された
再生が望めないほどの、損傷
他の二人の班員はパニックになり、突然に統率が取れなくなった
更に悪いことに
次から次から、巨人どもは私達の匂いを嗅ぎ付けて集まってきていた…
それからのことは、よく覚えていない
パニックになった二人がそれぞれ巨人に囲まれて、腕や脚を捕まれたり、噛みつかれたりしているのが目の端に映った
私は私で、巨人に阻まれて、仲間たちの所に駆けつけることが出来なかった
悲鳴が響いて
そして、聞こえなくなった…
私も、同じ運命をたどるのだろうか
頭のなかにはそんな考えがよぎった
そのとき
遠くで爆発音がして
私を囲んでいた巨人どもは、音のした方に興味を移したのか、ふらふらと離れていった
マルセル達が壁について
ベルトルトが穴を穿ったのだと
壁の中から流れてくる巨人の捕食対象である人類の大量の匂いに、私を囲んでいた巨人達の関心が移ったのだと
気がついた
マルセル達が壁の中の住人にとって悪魔になった瞬間は
彼らが私にとって救い主になった瞬間でもあった
そうして、おとり班で一人生き延びた私は、混乱に乗じて壁の中に潜入した
何食わぬ顔で
-
- 54 : 2014/10/14(火) 00:32:34 :
- 壁の中へ避難者として潜入した私は、数日で避難者で溢れた避難所から、働き手として荒れた開拓地へと送られた
もちろん、避難時の混乱に乗じて、出身地は壊された壁内の山奥の村ということにした
両親も親戚縁者も、巨人にやられた孤児だと申請した
私達の班は全滅したから、全て自分一人で判断し、行動しなければならなかった
周囲に正体がバレてはいけない
嘘がバレてはいけない
表情を変えず、感情は押し殺す
しかし、嘘がバレる心配などなかった
皆自分と自分の家族を守るので精一杯だった
中には…
中には、私と同じくらいの歳の孫が行方不明だという老婦人が、配給のパンを貰えなかった私を気の毒がって、自分の分をくれたりしたけれど
老婦人の孫が行方不明だということも、元凶は私達だと思うと…
断りきれずに握らされたパンを口に運ぶと、やけに苦くて飲み込むのが苦しかった
早く、マルセル班と接触しなければ
聡明なマルセルならば
私を乙女と呼んだ彼ならば
その声で
言葉で
笑顔で
この心細くて軟弱で壊れそうな心を、暖かいもので満たしてくれるに違いない
また一緒に歩き出す強さを取り戻せるに違いない
『俺たちは壁の中で、また会おうぜ』
その約束を、早く確かめたい
彼らが予定通りなら、間もなく連絡が取れるはずだった
私は誰ともほとんど口をきかず、黙々と荒れ地を開墾した
-
- 55 : 2014/10/14(火) 01:16:22 :
- 荒れた痩せた土地の開墾は骨が折れた
それでも今は他に出来ることがないから働いた
爪の間に入り込んだ土は取れず、農具を握る手にはまめができた
格闘術では出来っこないまめだね…
心の呟きが増えた頃、ようやく訪問者が現れた
同郷の者同士の安否確認と親戚縁者を探して情報を求めているという名目で
やってきたのは、背の高い男と、体格の良い男
「…二人…だけ…?」
過酷な任務を終えた彼らに対して発した第一声は、労いでも再開の喜びでもなく、最後の森で交わした約束の彼の笑顔がないことを訝しむ一言だった
まったく…嫌になるよ…
大変な思いをしたのは彼らも同じ…いや、壁を壊して惨状を直接招いた張本人だからこそ、彼らの闇の方が深いかも知れないというのに
「…ごめん、せっかく来てくれたのにね。久しぶり。会えて良かったよ」
取り繕うように、続ける
彼らは、にこりともせず、黙ったままだ
3人では来られなかった理由が何かあるに違いない
マルセルは、どこか別の場所で待機しているのかもしれない
あるいは、彼流のサプライズの演出かもしれない
彼は意外とドギツイジョークを好むから
まったく…今の状況じゃ、笑えないよ
早く出てきてよ、マルセル
彼らはしばらく沈黙したあと、大きく息を吸い込むと、ライナーが意を決したように小声で、だがしっかりとした口調で告げた
「マルセルは、食われた。俺を庇って」
目の前が真っ暗になった
-
- 56 : 2014/10/14(火) 20:57:08 :
- 「突然のことで、巨人化する間もなかった」
「背中の曲がった小柄な巨人にライナーが襲われかけて…」
「マルセルがとっさに間に入って俺を突き飛ばして」
「ほとんど同時に…マルセルは…」
地面を見つめながら交互に話す二人の言葉は、どこか遠くの違う世界で話しているように聞こえた
私のいるこの世界とは違う場所で響いているような
そんな感じに聞こえた
「アニ…すまない…」
「ライナーにも僕にも、どうしようもなかったんだ…」
二人の声には嗚咽が混じり
地面を見つめたまま、肩を震わせていた
-
- 57 : 2014/10/14(火) 21:18:27 :
- 「…して…」
声にならない声でつぶやく
ライナーとベルトルトが、私を見る
「…アニ…?」
ベルトルトが、聞き返して、近づこうとする
「…殺して…私を…」
二人の目が驚きに見開かれる
「…マルセルは私だけは生きろって…約束…したから…私が自分で死ぬのを彼は許さない…だから…!」
「お願い…!私を…殺して…!!!!!」
両の瞳から流れる涙を止めようともせずに嘆願する私をベルトルトが抱き止める
「アニ…アニ…!…ごめん…ごめんね…ごめん…」
「殺して…」
崩れ落ちる私の体を、ベルトルトはしっかりと支えながら、彼も泣いていた
「すまん…俺が…俺のせいで…」
ライナーも、泣いていた
マルセル…
あんたなんで、私にこんな酷い約束をさせたんだい
壁の中に私だけ残してさ
ズルいよ
『俺が君に、生きていてほしいからさ』
あの日の言葉に縛られて、私は後を追うことさえ出来ないじゃないか
嘘つきのマルセル
あんたにまた会うために、一人で生き延びたってのに
その日から、私は私を失った
-
- 58 : 2014/11/03(月) 03:34:37 :
-
あまりの衝撃に、しばらく何も考えられなかった
ライナーとベルトルトは、私に対する罪悪感と純粋な心配と、たった3人の生き残った仲間として、同じ開拓地に移るように勧めてきた
けれど、私は彼らと行動を共にすることは選ばなかった
表向きは、少しでも戦士であることが知られるリスクを回避するために
本心は、彼らといるとどうしても思い出してしまうから
共に過ごした日々を
交わした言葉を
二人だけの秘密の議論を
誰とも分かち合えない、マルセルとしか解り合えない、想い出
だから、私は―
心を凍らせ
表情を変えず
ただ、命じられた戦士としての役割を果たすために
彼らとは接触しないことを決めて、2年の開拓地での生活を経て、訓練兵団に入団した
それがもっとも怪しまれずに自然な形で、この壁の中の世界の中枢に近づく手段だったから
訓練兵から憲兵団に入ること
そして、内側からの攻撃を可能にしておくこと
壁に到達してからの私たちに課せられた任務は、まだまだ続いていた
-
- 59 : 2014/11/03(月) 04:09:20 :
- 訓練兵団に入ったのは、ライナーとベルトルトも同じだった
私は彼らと特に親しくすることを避けた
彼らだけではない
この緩みきった壁の中の世界で飼い慣らされた同期生の誰とも、親しくなろうとしなかった
年相応の幼さの残る同期生達と同じように笑うことなど、私にはできなかった
戦うことの本当の意味も知らず
甘っちょろい未来ばかり夢見ているような連中と無駄話などしたい気分には到底なれなかった
彼らは、彼女らは―
後に私たちが再び行動を起こすときには、敵として戦わなくてはならない可能性の高い存在
親しくなどして情が移れば、辛さは増す
私には、これ以上大事な人を失うことなど耐えられそうになかった
そんなことになるくらいなら
独りでいたほうがずっといい
同年代の同期生達が楽しそうに会話し、笑い、時に涙を共有するなかでも、私はほとんどの時間を独りで過ごしていた
-
- 60 : 2014/11/11(火) 01:24:42 :
- 訓練兵団に入って驚いたことは、壁の世界での対巨人兵器の発達だ
壁内に侵入して間もなく、巨人相手に戦う立体機動装置を見たときは衝撃が走った
ワイヤーを射出し、遠心力や跳躍力、回転力を駆使して宙を舞いながら戦う姿には、美しさすら感じた
巨人には巨人を
自分達が巨人の力を得て巨人と戦ってきた私たちの故郷にはない戦い方
立体機動を学び、技術を習得することもまた、訓練兵に志願した動機の一つだった
そして思った通り、立体機動の成績こそが訓練兵団でもっとも重視される科目であり、座学の成績がいくらよくても、どんなに早く匍匐前進ができたとしても、訓練兵としての評価にはつながりっこないことがわかってきた
巨人と戦う技術を磨いた者が…卓越した技を持ち、巨人をより確実に倒せる技術をもつはずの者が、前線を離れ、壁の内奥へと配置されるだって?
平和ぼけしたお嬢ちゃんやお坊っちゃんの同期には、この矛盾に疑問を持つ奴はいないのかい?
孤独感とは別に、平和に慣れきった同期達に…そんな生き方が許されてきた同年代の少年少女にいら立ちを覚えると共に、生き方の選択肢など与えられなかった己が身の上を呪った
成績に結び付かない訓練は、うまく目を盗んで手を抜くに限る…だいたい、ライナーもベルトルトも私も、故郷での戦士教育を越えてきた優秀な戦士だ
訓練兵団の演習など、ほとんどが生ぬるくてアクビが出そうな代物に思えた
-
- 61 : 2015/11/10(火) 03:08:19 :
- その日も教官の目を盗んで、だらけた空気の対人格闘の時間をエスケープするつもりだった
一部の生真面目な間抜けを除いて、ほとんどがあからさまにやる気がない
組手の真似事をだらだらとしているだけ
付き合う意味はない
周囲をうかがいながら、そっと訓練場をすり抜けようとする私の前に、突然筋肉質の壁が現れた
肉の壁は私を見下ろしながら言う
「教官の頭突きは嫌か?」
しゃべる壁の正体は、短い金髪で不敵に笑うライナーだった
まったく…こっちが接触を避けてるっていうのになんでわざわざ絡んでくるんだい
たちはだかるライナーを軽く睨み付ける
しかし、ライナーは私の表情などお構いなしに言葉を続けた
「それ以上身長を縮めたくなかったら、ここに来たときを思い出して真面目にやるんだな」
声には少しだけからかいの音が混じっている
…ここ に来たときのことを、思い出せって?
あの悪夢のような日を?
それをあんたはからかいのネタにできるって言うのかい?
無言のまま、私は凶悪な苛立ちを隠すことなく睨み付けた
-
- 62 : 2015/11/10(火) 03:30:30 :
- 「おい、なんだよその言いぐさは…」
ライナーの元に、目付きの悪い少年が歩み寄る
同期の中じゃ知らないやつはいない
緑の瞳に茶色の髪
死に急ぎ野郎のエレン・イェーガー
エレンは私の剣呑な表情に、一瞬ひるんで息をのむ
ライナーは、エレンの肩を両手で押さえ込むようにつかみ、無理やりエレンを私に対峙させる
『はじめるぞ。エレン』
「えッ。俺!?」
ライナーの言葉に動揺して振り向こうとしているが、両肩をしっかりと掴まれているため振り返って抗議することもできないエレン
そうかい、ライナー
そっちがその気なら―
あんたが文句を言えないくらい、きっちりこなしてやろうじゃないか
対人格闘ってやつを
殺気を抑えることなく、静かに構える
エレンはごちゃごちゃ言いながら、犯人役として襲いかかってきた
脇も詰めも、がら空き
…甘いね
容赦なく叩き伏せる
数秒後、エレンは背中を土につけ、起き上がることもできずに逆さに丸まっていた
-
- 63 : 2015/11/10(火) 03:54:18 :
- あまりに呆気なく勝負が着いたせいか、驚いた様子で放心しているライナーに、私はエレンから奪った木製の模造ナイフを放った
「次はあんたが私を襲う番だね」
私の言葉に、ライナーは若干の動揺を隠しきれず上ずった声で返答しようとする
「いや、俺は…」
逃げ道を探す言葉を遮ったのは、不自然な姿勢のまま足元でのびているエレンから発せられた言葉だった
「やれよ、ライナー。兵士としての責任を教えてやるんだろ?」
エレンの言葉に落ち着きを取り戻したライナーは、しっかりと私に向き直って、言った
「ああ。兵士には引けない状況がある…今がそうだ!」
言うが早いか、ライナーはその巨躯を突進させてきた
はン…隙だらけ…
軽くいなすと、ライナーの体躯は宙を舞い、音と土埃をたてながら、エレンと同じく逆さまに着地した
-
- 64 : 2015/11/10(火) 04:38:31 :
- 真面目にやったんだ、これで文句はないだろう
さかさまになったライナーに背を向けて、立ち去ろうと歩き出したところで、体勢をたてなおしたエレンが声をあげた
「すげぇ技術だな。誰からか教わったのか?」
「…お父さんに…」
心から感心した様子のエレンの言葉に不意打ちをくらい、つい返答してしまったことに自分でも驚いた
何を言おうとしてんだい、私は…
続けて話しかけるエレンの言葉は、遮った
「どうでも良い。こんなことやったって、意味なんかないよ」
私の言いぐさに、エレンは殊勝な面持ちで続ける
「…この訓練のことか?」
この直情馬鹿に、私は何を言おうとしているのか…
けれども、一度動き出した口は止まることなく言葉を紡ぎ続ける
「対人格闘術なんか、点数にならない…普通はああやって流すものさ。憲兵団に入って内地に行けるのは成績上位10名だけだからね」
すぐ近くで、いかにもやる気無さそうに猿芝居のような組手をする連中を目で追う
「真面目にやってるのは、あんたたちみたいに馬鹿正直な奴らか、単なる馬鹿か…」
およそ格闘術とは言えないような奇抜なポーズで構えているポニーテールと坊主頭のペアに目を移す
案の定、教官に見つかってしぼられている
私の視線と共にエレンの視線も動いている
その隙をついて、ライナーから奪った模造ナイフでエレンに襲いかかる
寸手のところで私のナイフを止めるエレン
ナイフを止められても尚、私の口は動き続ける
「なぜかこの世界では、巨人に対抗する力を高めたものほど巨人から離れられる。どうしてこんな茶番になると思う?」
ナイフを間に、至近距離で睨み合う
「さあ、なんでだろうなッ!」
叫ぶと同時に私を突き飛ばしたエレンは、即座に体勢を立て直すと再び私に向かって襲いかかってきた
間髪いれず、エレンの足を払って再び地面にのびてもらった
エレンの首もとに模造ナイフを当てて、私はさらに続ける
「それが、人の本質だからでは…?」
-
- 65 : 2015/11/11(水) 01:39:09 :
- 私は何を熱くなってるんだろう
エレンの緑の瞳が見開かれるのを見て、私は自分が衝動に任せた行動をしていることに気づいた
すうっ、と体を支配していた何かが引いていくと同時に、身を引く
エレンの首に狙いを定めて押し付けていたナイフも懐に納める
まだ地面から身を起こすことができていないエレンを見下ろし、私は言った
「…とにかく私は、このくだらない世界で兵士ごっこに興じられるほど馬鹿になれない」
そうだ
私は兵士ごっこなど演じられるものか
本当の戦がどんなものかを知らない奴らと一緒になって、お遊戯のような対人格闘術の時間を過ごす義理はない
なのになぜ私は、要らないことをべらべらと話してしまったんだろう
エレンの緑の瞳があまりにもまっすぐだから?
曇りない心を映したかのように澄みきったその瞳は、眩しくて
私の知らないところで永遠に失われた盟友の面影を見たようで
マルセル…
名を思い浮かべるだけで、切なさで胸の奥の方から何かがこみ上げてくる
ああでも、どうかしている
エレンとマルセルは、ちっとも似ていやしないのに
自嘲の笑みを口端に浮かべて、私はそのままきびすを返して訓練場をあとにした
背中越しに
「お前は戦士にとことん向かんようだな」
とライナーの声が聞こえた
兵士ではなく戦士と言ったのはわざとだろう
そうだね、ライナー
私には戦士も兵士も、向いてないんだ
だからといって課された任務は変わらない
そうなんだろう?
-
- 66 : 2015/11/17(火) 00:46:18 :
- 他人との必要以上の関わりを持たないようにしていたのに、今日の私はどうかしていた
昼の行動を省みながら、ほのかな明かりの灯る食堂で薄いスープとパサパサの堅パンとを口に運ぶ
粗食ではあるが、同期の多くの訓練兵にとって日々の数少ない楽しみである夕食時
少し離れたテーブルで、何やら口論しているらしいやりとりが聞こえてきた
騒動の主は、昼間私に対人格闘を挑んだ、燃える緑の瞳のエレン・イェーガー
そして、よほどソリが合わないのかエレンとの争いが絶えないジャン・キルシュタイン
またかよ
よくやるな、あの2人
そんな声が周囲から漏れる
いつものケンカ
子供のように、ただ己の主張を振りかざしてぶつかり合っている
うんざりしながらも、騒ぎの中心地へ視線を動かす
ジャンがエレンの胸ぐらをつかんだところだ
服が破けるとかなんとかいうエレンに対し、うらやましいだのと宣うジャン
…話がかみ合ってない…
やれやれ、と思ったその時
エレンがフェイントでジャンの体勢を崩し、隙をついて足払いをかけた
くるり
バランスを崩したまま、ジャンの体はきれいな弧を描いてひっくり返った
…今の技は…!
突然の出来事に食堂中がざわめく
床に転がされたジャンは、一瞬何が起こったか理解できずに目を見開いたまま天井を見ていたが、すぐに起き上がりエレンに食ってかかった
「てめぇ、何しやがった!?」
いきり立つジャンに対し、エレンは冷静さを保ちながら、しかしふつふつと湧き上がる何かを秘めて口を開いた
「今の技はな…お前がちんたらやってる間に痛い目にあって学んだ格闘術だ。
楽して感情任せに生きるのが現実だって?
お前…それでも兵士かよ」
エレンがジャンにかけた技
それは確かに、昼間一度だけ、私がエレンにかけた技だった
-
- 67 : 2015/12/31(木) 00:22:50 :
- 食堂での騒動以降、少しばかり対人格闘の時間での訓練兵の様子が変わった
正確に言うと、ジャン・キルシュタインの態度が変わって、それにつられるように周囲の連中も変わったというところか
「なあ、アニ。ジャンの奴…流してるように見えるか?」
エレン・イェーガーは、対人格闘中のジャンを横目で見ながら問う
これまで対人格闘を不真面目に流していたジャンの瞳は、衆人環視のもとに敗北を記した雪辱を晴らすべく闘志に燃え、これまでの態度を一変して真剣に取り組んでいた
「見えないけど…」
エレンの目論み通りにジャンの意識が変わったわけではないだろう
「何も立派な兵士になりたい訳じゃない。あんたに一泡ふかすためだ」
私怨が原動力になっているだけ
けれども、エレンはそれでもいいと言った
本気で技術を覚えようとしているのだから、と
そういうものか、と思ったところへエレンは先日の自分の技はどうだったかと聞いてきた
見よう見まねにしちゃあうまくいっただろ、と自信ありげな興奮が隠しきれていない
父とともに過ごした格闘術の鍛練の日々が、一瞬フラッシュバックした
『いいぞ!アニ!』
なにも考えず、日々上達することがただ嬉しくて幸せだったころ
あの頃の私も新しい技を獲得する毎に、今目の前のエレンのように、瞳を輝かせていたのだろうか
「は…。全然ダメ。まったくなってない」
辛口の私の言葉に、なんでだよとエレンは食い下がる
その様子に、懐かしいような嬉しいような、忘れていた感情が沸いてきて、つい口を滑らせた
「そんなにこの技が気に入ったんなら…教えてやってもいいけど?」
必要以上の関わりを持たないようにと頑なに貫いてきたのに、私は何を言ってしまってるんだろう
そんな私の自分への驚きなどまったく気にする素振りもなく、エレン・イェーガーはさらりと言った
「え、やだよ。足蹴られんの、痛いし」
なんだかものすごく腹立たしくなったので、遠慮するなと実技指導をしておいた
-
- 68 : 2016/01/03(日) 01:32:44 :
エレンから格闘術を教えてほしいと言われることはなかったが、なぜか対人格闘の時間には相手になることが多かった
組み合い、私に投げ飛ばされることで、ひとつひとつの技を咀嚼し理解しようと飲み込む
痛いから嫌だといった割に、特に私を避ける風でもなく、むしろ積極的に私と組んでいるように感じられた
果敢に取り組むその姿勢は、かつて同じように私に投げ飛ばされ、同じように私にやり方を聞いてきた『彼』の姿と重なって、誰とも関わらないでおこうと決めた私の心を鈍らせた
マルセル‥
何も考えず、ただひたすらに強くなることに二人で夢中になった日々がよぎる
あの日をもう一度繰り返しているような
あの日に戻れてしまうような
それは、甘い錯覚
エレンから対人格闘を挑まれるたびに
適当に流せばいいのに、ついちゃんと組み合ってしまう
向上心にほだされて、父から教わった技術を惜しげもなく使って見せてしまう
少しづつエレンが私の技を盗んで覚えていく姿に、失われた歓喜の日々がよみがえる
『アニは強くて優しくて可愛い乙女だよ』
優しくそう言ってくれた彼との日々
エレンはマルセルとは全く似ていやしないっていうのに‥
-
- 69 : 2016/01/04(月) 00:54:12 :
- マルセルとエレン・イェーガーとの決定的な違い
それは、女性に対するデリカシーとか気遣い、マナーの類いに関することだ
世の中には男と女という性別があるってことさえわかっていないんじゃないかというほど、エレンは無頓着だった
対人格闘の時間なんかは最たるもので、躊躇いなく全力で挑んでくる
まともに受けると洒落にならないので、挑んできた勢いをそのまま返すように技を使う
自分の勢いを返されたエレンは、地面に叩きつけられて、しかめ顔で呟いた
「ってぇな……。アニ…もう少しなぁ、手心ってもんが人にはあるだろ」
巨人を駆逐することしか頭にない脳筋野郎に人としての道理を説かれるとは…
この朴念人にはちゃんと話して聞かせなければわからないようだった
「私も同じことをあんたに言いたい。
あんたが力いっぱいぶつかってくるもんだから、こっちもそれ相応の返し方をしなくちゃいけないんだよ。
単純に力じゃ敵わないんだ。
あんたも男ならさ…私の…このか弱い体をもっと労るべきなんじゃないの?」
男女の区別が薄い訓練兵だとしても、少しは女の子に対する気遣いを見せた方がいい
少しは反省すればいいと目論んだが、エレンの返答は期待を大きく外れるものだった
「は?お前の冗談は面白くねぇな。力で敵わなきゃ、何でオレは倒れててお前は立ってんだ」
…冗談…?
エレンにデリカシーを教えるには、言葉で言っただけでは足りないことがわかった
「力で投げたわけじゃないんだ。私の使った技術ってのは、相手より力で劣る者が自分を守るためのものだったりするからね。
あんたも知って損はないよ」
技術も女の子の扱い方も、実地で教えることにした
「ぐ……!
アニ…降参だ…降参する……」
降参なんかしてないで、学習しなよ
力の使い方と
女の子との話し方をさ
- 著者情報
- 「進撃の巨人」カテゴリの最新記事
- 「進撃の巨人」SSの交流広場
- 進撃の巨人 交流広場