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失いたくないもの
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- 1 : 2014/03/25(火) 18:35:29 :
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二作目になります。
※エレヒスです。
※世界観が原作とはまったくの別物になります。
以上のことが苦手な方はご遠慮ください。
では、書いていきますかね。
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- 3 : 2014/03/25(火) 21:04:30 :
「なあ、お前は外に行かないのか?」
初めは、まさか私に話し掛けているとは思わなかった。
「なあ、お前だよお前。聞いてるのか?」
「--え?」
読んでいた本から顔を上げると、目の前にいたのは、今日この学校に入ってきた男の子。
「わ、わたしの……こと?」
「他に誰がいんだよ。今ここにいんの、お前だけだろ?」
確かに。
周りを見渡すと、今この場にいるのは私と、目の前にいる男の子しかいなかった。
村にひとつしかないこの学校はとても小くて、教室もひとつしかないから、他に誰かいたらすぐに判る。
「他の奴らはみんな外に出てんのに、お前だけ教室に残ってるからさ。なあ、一緒に行かないのか?」
「え、あっ……わ、わたしはいいんだ。先生に、止められてるから」
久しぶりに同じくらいの年の子と話したから、緊張して言葉に詰まってしまう。
恥ずかしい……。
「止められてる? お前、どっか悪いのか?」
「あ、いや、そういう訳じゃ……ないんだ」
もしそれだけだったなら、どんなに――。
「ほ、ほら。わたしのことは気にしないでいいから、あなたも外に行ってきなよ」
これ以上、あなたと話したくないから。
「良くわかんねえけど……とりあえず、それやめてくんねえか?」
男の子の言うそれの意味が判らなくて、私は首を傾げてしまう。
「“あなた”なんて呼び方しないでくれよ、なんかよそよそしくて嫌だ」
「あ、ごめんなさい……じゃ、じゃあ、あなたの名前を教えてくれる?」
「名前なら、教室に来たときにみんなの前で言ったろ? もう忘れたのかよ」
男の子の言う通り、みんなの前で彼は確かに自己紹介をしていた。
その時、私は彼と関わることなんてないと思ってたから、まったく意識して聞いていなかった。
「ご、ごめんなさい」
「まあいいけどよ……じゃあもう一回言うぞ? 俺はエレン、エレン・イェーガーだ」
にかっ、と歯を見せて笑った男の子--エレンくんは、続けて「じゃあ、俺は外行くな?」と駆け足で教室から出ていこうとする。
「あっそうだ、お前は?」
「え?」
「お前の名前。俺は教えたんだから、お前のも教えてくれよ」
出入口で立ち止まり、顔だけ振り向かせたエレンくんが私にそう問い掛けてきた。
いきなりのことに驚いてしまった私は、呆けたまま自分の名前を口にする。
「ヒス--トリア、だけど……」
「ヒス・トリアだな? わかった。じゃあヒス、また後でな?」
「あ、ちが--」
椅子から立ち上がって声を掛けたけど、そこにはもう、エレンくんの姿はなくて。
「私の名前、ヒストリアなんだけど」
そうつぶやいた私の声は、誰もいない教室にむなしく消えていく。
「エレン……イェーガー」
さっきまでここにいた男の子の名前を、なんとなく、口に出してみる。
「初めてだな。名前、呼ばれたの」
ちょっと勘違いされちゃったみたいだけど……。
窓の外を見ると、そこには雲ひとつない青空が広がっていて。
「ヒス、かあ……変な名前」
自分で言ってなんだか可笑しくなって、口許を緩めてしまう。
--これが、エレンと初めて喋った日の話。
私の運命が変わった、最初の分岐点。
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- 6 : 2014/03/26(水) 06:25:56 :
- ――わかってた。
この世界は、残酷で。
悲しいことや、苦しいことが、
沢山あるって――。
コンコン、と部屋の窓が叩かれた音が聞こえたから、そっちを見てみると。
「あ、エレン!」
「よっ、ヒストリア。遊びにきたぜ」
「もうっ、入るんなら玄関から入ってきなよ。危ないんだから」
「大丈夫だって」
靴の裏についたゴミや砂利を落としてから、エレンは「よっと」と窓から入ってくる。
「そんなこと言って、この前落ちたのはどこの誰だと思ってるの?」
私の部屋は家の二階にあって、ベランダの近くには一本の木が立っている。
エレンはよくその木をのぼって私の部屋に遊びに来るんだけど……六日くらい前かな。
大きな音がしたと思ったら、地面に転がって目を回してるエレンがいて。
「あの時は、本当に……心配、したんだから」
貴方が、死んじゃったかと思って。
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- 8 : 2014/03/26(水) 07:20:13 :
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「あー、あの時心配かけたのは悪かった。だからそんな泣きそうな顔しないでくれよ……お前泣かしたら、あの怖いばあちゃんにずっと説教されんだから」
怖いばあちゃん、とは私のお婆様のことである。
エレンはどうしてか知らないけど、昔っからお婆様が苦手らしい。わざわざ窓から入ってくるのも、お婆様に会いたくないのが理由だったりする。
「――お婆様なら、今日は村の人たちとの話し合いに出席してるよ? だから今は居ないから大丈夫」
「なんだ、そうなのか? だったら安心だな」
安堵のため息を吐いているエレンに、私は複雑な気持ちを抱えながら、苦笑い。
「ところでエレン。遊びに来たって言うけど、何をするの?」
「ああ、そうだったそうだった」と頭を掻く彼。
相変わらずどこか抜けてるなあ、と思いながら、次の言葉を待つ。
「ほら、もうすぐお前が踊る儀式の日だろ?」
“儀式”と聞いて、胸を締め付けられるような痛みを感じる。
けど、それは絶対、顔には出さない。
エレンの前でだけは、絶対に。
「うん……」
「でさ、その時にお前が踊る舞台あるだろ? 今日はあれを見に行こうぜ」
「でも、あそこは当日まで立ち入り禁止だよ?」
「ばれなきゃ大丈夫だって。それにお前も、自分が踊る舞台のことなんだから、気になるだろ?」
「それは……そうだけど」
「だったら早く行こうぜ!」
「あ、ちょっとエレン!?」
私の制止も聞かずに、エレンは窓から飛び出していく。
「もうっ。玄関から出てって言ったのに……」
本当、せっかちなんだから……。
たぶん、今はもう地面に降りて、私が出てくるのを今か今かと待っているだろうエレンを思い浮かべながら。
私は行きたくないという思いを押し殺して、急いで部屋を飛び出した。
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- 10 : 2014/03/26(水) 10:53:31 :
- エレンとふたり、並んで道を歩く。
人があまり多くない村だから、家屋の数は少なくて、周りはほとんどが自然に囲まれている。
「…………」
ふと、隣を歩くエレンを見上げる。
七年前、初めてエレンと会った時は、まだ私と同じくらいか……いや、私の方が少し大きかったくらいなのに。
今は、頭ひとつ分くらい高い位置に、彼の顔がある。
「ん? どうしたヒストリア、俺の顔になんかついてるか?」
ペタペタと顔を触るエレンが可笑しくて、思わず吹き出しそうになる。
「違うよ、顔には何もついてない。……えっとね、エレン、背が伸びたなあって」
「まあ成長期ってやつだからな。つーか、逆にお前は小さすぎだヒストリア。ちゃんと飯食ってんのか?」
「食べてるけど――ていうかエレン、女の子にあまりそういうこと聞いちゃ駄目」
「なんでだよ」
「なんでも!」
「わっかんねえなあ」とぼやくエレンの横で、私は笑う。
こういう何気無い会話が、すごく楽しくて。
エレンといられることが、本当に嬉しくて。
「あ、エレン!」
突然、どこからかエレンを呼ぶ声がした。
声の方を見ると、そこには金髪の男の子と、黒髪の女の子。
私やエレンと同じ学校に通う子で、確か名前は――。
「ようアルミン、それにミカサも」
「こんにちは、エレン――」
黒髪の女の子――エレンにミカサと呼ばれた女の子は、次に私の方へ顔を向けて。
「“神子様”も、こんにちは」
「こんにちは、“神子様”」
私の前で頭を下げる彼女と、金髪の――アルミン、という名前の男の子。
「――こんにちは、ふたりとも」
無理矢理、顔に笑みを張り付けて、挨拶を返す。
変な顔になってないか、ちょっと不安だったけど……二人の反応を見ると、大丈夫そうだ。
ただ、どんなに表面は取り繕っても、中身までは偽れなくて。
また少しだけ、心が痛んだ。
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- 14 : 2014/03/26(水) 15:07:47 :
二人は少しエレンと話した後、最後にまた私にお辞儀をして、どこかに歩いていった。
「ったく、あいつらは……」
「二人とも、なんだって?」
「いつもと同じ。あまりヒストリアを連れ回すなーとか、迷惑かけるなーとか、そんなところだ」
はあ、とため息をつくエレン。
「俺、お前のこと、連れ回したりしてるつもりないんだけどなあ」
「大丈夫。私だって、エレンに連れ回されてるとか、迷惑かけられてるなんて、全然思ってないから」
だから、そんな不安そうな顔をしないで。
私は、貴方のそんな顔なんて、見たくない。
「ありがとな、ヒストリア」
「お礼なんてしなくていいよ」
むしろ、そうしたいのは私の方。
「それよりエレン。舞台、早く見に行こ?」
「……そうだな。よしっ、行くぞヒストリア!」
「――あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
急に走り出したエレンに一瞬驚いてから、私は彼の後を追って走り出した。
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- 15 : 2014/03/26(水) 20:55:15 :
結局。
普段からあまり運動しない私は、すぐに疲れてしまった。
そんな私をエレンは笑ってたけど、もともとは走り出したエレンのせいである。恨めしい視線を送っていると、慌てて謝ってくれた。
うん、許す。
そして今、ゆっくり歩いていた私たちの視界に、石造りの階段が映りこんできた。
「うへえ」
階段が近づくにつれてどんどん大きくなるそれを見上げて、隣にいるエレンから変な声が出る。
「改めて思うけど、やっぱ長いよな……」
「ねー。何段あるんだろうね?」
この階段の先に儀式の舞台があるんだけど、結構な長さに加え、周りに立つ木々のせいで先が暗くて見えないから、余計に長く見える。
「数えながらのぼってみるか?」
「途中で飽きたりしない?」
「…………」
そっぽを向くエレンに、思わず笑みがこぼれる。
「ああもうっ、笑ってないで行くぞ」
「あ、待ってよエレン」
拗ねたのか、口を尖らせて歩き出した彼に、私はまた笑ってしまった。
――それからは、ただひたすら階段をのぼり。
途中で「あ、何段か忘れた」とエレンがつぶやいた時は、本当に数えてたんだ、とちょっと驚いた。
「ヒストリア、大丈夫か? 疲れてないか?」
「大丈夫。さっき走った時に比べたら、全然へっちゃらだよ」
「……もしかして、まだ根に持ってたりするか?」
「へ?」
ただ本当にそう思ったから言ったんだけど……エレンはそうは思わなかったみたい。
「いや、ほんと、ごめんな?」と手を合わせる彼に、悪いことしちゃったなあ、と少し反省。
「もう気にしてないから」と答えると、目に見えて安心したように胸を撫で下ろすエレン。
……なんでそこまで安心してるんだろ?
「おっ、ようやく着いたみたいだな」
――そこで、私は疑問を考えるのを止めた。
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- 17 : 2014/03/26(水) 22:08:44 :
- 期待!
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- 19 : 2014/03/27(木) 10:14:23 :
最後の段を踏み越え、私は辺りを見渡す。
……久しぶりだな、ここに来るのも。
石のタイルを引きつめて造られた四角い舞台。高さは大体私と同じくらいだから、せいぜい一メートルと五十センチ程度。
幅はそこまで広くはないけれど、大人が三十人くらい、端から並んでも落ちないくらいはある。
奥には小さな祠があるのだけれど、私の背では舞台が邪魔でよく見えない。
「へえ、上はこんなんなってんだな」
立ち入り禁止の看板を見事に無視して、エレンは舞台の上にあがる。
「ヒストリアは、前に来たことあるんだったよな?」
「うん、子どもの頃に一度だけね」
あの時は私も小さかったから、凄い広いな、って思ったっけ。
「ここでお前は踊るのか……なあなあ、どんな踊りするんだ?」
「えーと、最初に神様に御祈りをして……あとは、簡単な舞を少しするだけだよ」
「ふーん、そんなもんなのか。けどよ、それだけしかしないんだったら、なんで決められた奴しか見に行けないんだ? 俺もお前が踊ってるところ、見に行きてえのに」
とん、と舞台から跳び降りたエレンは、不満げに顔を歪ませる。
「仕方ないよ。昔からそうやってきたみたいだから」
それに、不満そうなエレンには悪いけど……今はその習わしに、とても感謝している。
エレンにだけは、見に来てほしくないから。
私が――。
「ヒストリア?」
「っ――な、なに、エレン?」
「いや、そろそろ日も暮れてくる頃だし、戻ろうかって思ったんだけど……」
「え、あ、そうだね。じゃあ戻ろっか」
「おうっ」
――その帰り道。
「思ったより楽しくなかったなー」とぼやくエレンに「そうだね」と苦笑いを浮かべながら、私は彼の隣を歩いていた。
そして、思う。
ずっとずっと。
十年後も、二十年後も。
エレンと、こうやっていられたらいいのになって。
エレンの隣で、生きていけたらいいのになって。
そんな未来を、思い描いていた。
そんなありえない未来を、思い描いてしまった。
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- 21 : 2014/03/27(木) 17:03:28 :
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私の家に着く頃には、もう辺りは薄暗くなっていて。
エレンと別れてから家の中に入ると、怖い顔をしたお婆様がいた。
「神子様、このようなお時間になるまで、一体どちらに?」
「……外に、遊びに行ってました」
「御一人で?」
「…………」
「まさか、またあの悪ガキと? 以前申し上げた筈です。神子様ともあろう御方が、あのような低俗なやからと――ましてや余所者と一緒にいてはなりませんと。それに外で遊ぶなどと……神子様の身にもしものことがあったら――」
……うるさい、私の前でエレンの悪口を言わないで。
いつものように始まったお婆様の小言を、下を向いて、唇をきつく結んで耐える。
こうしないと、私の口からとんでもない言葉が出てきそうだから。
「神子様の身体は、神子様御一人のものではないのですよ? お分かりですよね?」
「……はい」
うるさいっ、私の身体は私だけのものだ。他の誰のものでもない。
「それにお忘れですか? 以前にもあの悪ガキに連れ出され、野犬に襲われ大怪我したことを」
違う。大怪我したのは私を庇ったエレンの方だ。私はただ、転んで擦りむいただけ……。
「儀式の日も近づいております。あまり勝手なことをされると――」
うるさい、うるさいっ、うるさい!
「神子様、聞いておられますか?」
「……はい、ごめん……なさい」
「……、今後はあまり勝手なことはなさらないように。神子様の身には、村の住人すべての未来が掛かっているということを、お忘れなく」
「わかっています、お婆様」
「よろしい。では、そろそろお夕飯にしましょう」
そう言って、お婆様は奥の部屋に消える。
私は、一目散に二階の自室に駆け込んだ。
服はそのまま、思い切りベッドに跳び込む。
「……っ、ごめっ――」
指を、力一杯に握りしめる。
「ごめんねっ……エレ――っ」
苦しかった、エレンを馬鹿にされたのが。
つらかった、エレンを悪く言われるのが。
そしてなにより――何も言い返せなかった自分に、腹が立って。
「っ……うあっ……」
エレンの、ことなのに。
大切な、何よりも大切なエレンのことなのに、何も言えなかった。
それが、心底悔しかった。
「エレンっ……」
――それから、お婆様に呼ばれるまで。
私は何度も、エレンの名前を呼んでいた。
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- 22 : 2014/03/27(木) 19:50:23 :
- 期待だよ。
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- 23 : 2014/03/28(金) 06:40:10 :
- >>22
前作に続き、期待ありがとうございます!
では、続きです。
エレンと舞台を見に行ったあの日から、数日後。
“神子”として舞台に上がる前日に、私は村の中をお婆様と歩いていた。
「神子様、頑張ってください!」
「がんばって! 神子様!」
「はい。ありがとうございます」
若い母親と、その母親に手を繋がれている小さな女の子に、私は笑顔で応じる。
私が返事をしたことに、女の子は嬉しそうに笑い──母親は、どこか痛ましいものを見るような顔をした。
「おお、神子様……どうか、どうか村をよろしく御願いいたします」
「神子様……」
「はい、精一杯頑張りますから、安心してください」
年老いた人は、みんな同じように手を合わせて、私に頭を下げてくる。
そんな彼らにも、私はやっぱり笑って応える。
この人たちは、みんな私がどうなるかを知っている。
知っていてなお、私にすがる。
──けど、私はそれを気にしない。
私自身それを受け入れているし……私も、人にすがるということを、しているから──。
すれ違う度に「神子様」と話し掛けてくる人たちに返事をしながら、私は笑顔を保ち続ける。
これまで、私の名前を呼んでくれた人は、いない。
「神子様、応援しています」
「はい、ありがとうございます」
──けど、別にそれでも構わない。
たったひとり、私の名前を呼んでくれる人がいるから。だから、他の人にどんな呼ばれ方をされようと、どうでもいい。
「神子様、疲れておりませんか?」
「大丈夫です、お婆様」
そういえば、昔はお婆様も、私の名前を呼んでくれてたっけ?
……いいや、もう覚えてないし。
「神子様、こんにちは」
次に私の前に現れたのは──前にエレンと話してた、男の子と女の子。
アルミンと、ミカサだったかな?
「こんにちは、二人とも」
「はい、神子様も──」
「アルミン、そうじゃないでしょ」
「あ、そ、そうだったね……」
ミカサさんに肘で小突かれ、アルミン君はどこか緊張した顔つきで私の方を向き直した。
「えっと……その……、ひ、ヒストリア様っ」
「──え?」
「あっすいません! やっぱり名前で呼ぶのは失礼でしたよね! すいません!」
「アルミン、落ち着いて。ヒストリア様が驚いてる」
慌ただしく手を動かす彼を、ミカサさんが肩に手を置いて落ち着かせる。
だが、私はそんな二人を気にする余裕はなかった。
──今、この二人はなんて言った?
「どうして……」
私の声に反応して、二人はこちらを見る。
「どうして、私の……」
「……、エレンに、言われたんです」
目を伏せ、何かを思い出すように、アルミン君が言葉を紡ぐ。
「エレン──に?」
「はい。なんでみ──ヒストリア様のことを、“神子様”なんて呼ぶんだって」
「エレンは、言ってました」
『なあ? なんでお前ら、あいつのこと神子様なんて呼ぶんだよ』
『あいつには、ちゃんとヒストリアって名前があるんだ。なのにお前らは──お前らも含めて、他の村の人達もだけど、なんで名前で呼ばねえんだ?』
『親にそう呼べって言われたから? 昔からの習わし? そんなの関係ないだろ。ヒストリアはヒストリアだ。神子様なんて名前じゃねえ』
『俺さ、知ってるんだ。神子様って呼ばれる度に、あいつが無理に笑ってるって。ヒストリアはうまく誤魔化してるつもりみたいだったけど』
『なんでそんなこと判るのかって? そりゃあ、ヒストリアとは昔っから一緒にいたからな。あいつのことは何となく判るんだよ。それに──』
『自分の名前が誰にも呼ばれないのって、なんか悲しいだろ?』
「他の人は、みんなエレンのことを間違ってるって言ってたけど……僕とミカサは、そうは思わなかった。僕だって……親にも友達にも、誰にも名前で呼ばれなくなったら、つらいから」
「…………」
何も、言葉が出ない。
エレンに、バレてた?
私が無理に笑っているのを……エレンは、判ってた?
「今更こんなことを言われたって、迷惑に思うかもしれないけど……ヒストリア様って、呼ばせて頂いてもいいでしょうか?」
「…………」
「ヒストリア様?」
「っ──う、ん。構わない、よ?」
答えると、二人は嬉しそうに笑って。
最後に私の名前を言って頭を下げてから、この場から立ち去っていった。
「…………」
しばらく、動けなかった。
頭の中にあるのは、エレンのことだけで。
嘘がバレてたことに対する驚きと、その嘘を見抜いていたことに……私を理解していてくれたことに、胸が暖かくなるのを感じて。
無意識に、胸元で手を当てていた私を。
お婆様は、ただ黙って見ていた。
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- 24 : 2014/03/28(金) 13:45:47 :
昼から外に出て、今はもう夕方。
家に帰って自室に戻り、ボフッ、と顔からベッドに倒れこむ。
「疲れた……」
体から力を抜き、深くため息を吐く。
「そういえば」
今日はまだ、エレンを見てないな……。
実際、ほとんど毎日のように家に来るから、会わない日はなんだか妙に落ち着かない。
脱力していた体に力を入れてベッドから降り、窓に近づく。
「……もう、今日しかないんだ」
茜色に染まった世界をしばらく見つめた後、窓から離れ、椅子に座って机に向き合う。
引き出しから、真っ白いなんの模様もない紙とペンを取り出して──少しだけ考えてから、紙にペンを走らす。
手紙を出す相手は、初めて私のことを名前で呼んでくれた人。
彼と会ってから、私は変わった。
彼に会って、私は──……。
手紙を書き終わる頃には、もう日は完全に沈んでいた。
ご飯も食べ終わり、お婆様に明日のこともあるから早く寝るように言われて……今はぼんやりと、ベッドに腰かけている。
「結局、来なかったな……」
つぶやいて、思う。
会いたい。エレンに、会いたい。
それなら自分から会いに行けばいいのに。
けど、彼に会いたくないと思う私もいる。
──矛盾。
会いたいのに、会いたくない。
「…………もう、寝よ」
手紙も書いたし、あとは我慢するだけだ。
会いたいと思う気持ちを、話したいと思う気持ちを、明日の儀式まで我慢すればいい。
けど、やっぱり私は……。
瞼を閉じて眠ろうとした、私の耳に。
小さくコンコン、という音が入り込んできて。
はっ、と目を開けて窓を見れば、そこには凄く会いたかった人がいて。けどそれと同じくらい、今日だけは会いたくなかった人がいた。
「ヒストリア、起きてるか?」
──ああ、エレンの声だ。
さっきまでいろいろ悩んでた筈なのに、その声を聴いたら、不思議と気持ちが楽になった気がした。
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- 27 : 2014/03/29(土) 06:21:27 :
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「悪いな、こんな遅くに来ちまって……」
申し訳なさそうに言うエレンに、私は笑いながら「いいよ」と首を横に振る。
「それでどうしたの? こんな夜中に来るなんて、久しぶりだよね?」
ふたり並んで、ベッドに座る。
日が暮れてから、エレンが家に来たことは滅多にない。
小さい頃に一度だけ、家族には内緒で夜に抜け出したことがあったのだが──お婆様とエレンの両親にバレて、こっぴどく叱られてしまい。
あれ以来、エレンが夜中に私を誘うことは少なくなった。
……少なくなっただけで、たまに誘われては散歩とかしてるけど。
「いや、さ……お前、明日誕生日だろ?」
「!──。……覚えて、たんだね」
「当たり前だ。毎年お前の誕生日祝ってたんだ、忘れるわけないだろ?」
そう言って、呆れたように私を見るエレン。
当たり前、と断言してくれたことは嬉しかったけど──今は素直に、喜べない。
「そうだよね。ごめんね」
「いや、別に謝ることはねえけど……って話戻すけど、明日はお前の誕生日なわけだろ? だけどその……」
「……エレン?」
「ごめんヒストリア! 俺、まだプレゼント用意してねえんだ!」
突然手を合わせて謝ってきたエレンに、思わずびっくりしてしまう。
──というか、それこそ謝る必要はないんじゃないかなあ、と思う。
私からプレゼントが欲しいなんて頼んだことないのに、エレンは毎年、何かしらのプレゼントを用意してくれていた。
そして毎年、誕生日の前日にプレゼントをくれる。
理由を聞いても、答えてくれなかったけど。
「私は気にしてないから、謝らなくていいよ」
「いや、けどよ……」
「んー」と唸るエレンに、「本当に気にしてないから」と私は言って、続けて言葉を発する。
「私の誕生日を覚えてくれていた。それだけで、私は満足なんだよ?」
「……」
「ありがと、エレン」
私に、会いに来てくれて。
これでもう──。
「あっ、じゃあさヒストリア」
「なに?」
「明日、一緒に出掛けないか?」
「──、え?」
「明日の儀式って、昼には終わるんだろ? その後にさ、一緒に出掛けようぜ。いろんな店回ってさ、その時にヒストリアの欲しいもんがあったら、俺が買うからさ」
────っ。
「お前は気にしないって言ったけど、俺の方が、こう、気が済まないっていうか、なんていうか……」
…………。
「うん、いいよ」
「! ほんとか!?」
嬉しそうに顔をほころばせたエレンに、私は笑って頷く。
「じゃあ、明日の昼過ぎくらいに家に行くな?」
「うん。待ってるから」
「おう、約束な」
「うん……約束」
はにかむように笑ったエレンは、「そろそろ帰るな?」と窓から出てベランダに立つと、私の方に振り替える。
「それじゃ、また明日な?」
「うん、また、明日」
「おやすみ、ヒストリア」
「うん……バイバイ、エレン」
どんどん遠ざかって、夜の闇に消えていく彼の背中を見つめる。
「──ごめんね、エレン」
ごめんね──。
もう、彼の後ろ姿は見えない。
視界がぼやけて、見えない。
つう、と何かが頬を伝った。
それが涙だと気づくのは、もう少し時間が経った後。
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- 28 : 2014/03/29(土) 10:12:48 :
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私は今、舞台の中央に正座し、目を閉じて祈りを捧げている。
真っ白い装束に身をつつみ、肌には少しだけ化粧もした。
「神子様」
「──はい」
お婆様に呼ばれて、ゆっくりと立ち上がり、目を開ける。
舞台の上にいるのは、私とお婆様だけ。
舞台の外には、何人かの村の大人達が地面に膝をつき、手を顔の前で組んで祈りを捧げている。
「…………」
『神子』
物心ついた時には、そう呼ばれていた。
その時は、どうして神子って呼ばれるのか分からなかったけど……私が五歳の時、お婆様に教えられた。
──この村には、昔からある習わしがあった。
その昔、この村は深刻な飢饉に見舞われたことがあったらしい。当時の村人達は、村近くの祠にいるという神様に懇願したそうだ。“どうか村を救ってくれ、このままでは皆飢え死にしていまう”と。
神様は、ある条件と引き換えになら、その願いを叶えてくれるという。
その条件とは、六十年に一度、神様に供物を捧げること。そうしなければ、再び村は飢饉に見舞われることになる、と。
その供物とは──人間。付け加えるなら、若い女の身体。
村人達は言われた通り、神様に供物を捧げた。
すると、翌年から作物の実りが良くなり、村は飢饉から脱することができたらしい。
それからは神様に言われた通り、六十年に一度供物を捧げることで、この村は今まで平穏を保ち続けることができているそうだ。
──つまり『神子』とは、ただの建前のいい呼び方で。
本当は、神に捧げる『生け贄』のこと。
つまり私は、その神の供物として生かされてきた、神子という名の『生け贄』ということだ。
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- 29 : 2014/03/29(土) 13:13:08 :
「それでは神子様、よろしいですね?」
「あの、お婆様」
「なんですか?」
「……いえ、なんでもないです」
「……、行きますよ」
お婆様に連れられ、私は祠へと向かう。
そこで私は、命を捧げる。
不思議と、死ぬことへの恐怖はなかった。
何年も前から死ぬことがわかっていたから、今更なにも感じないのかもしれない。
一歩、また一歩と死へと近づく度に、頭の中に浮かんでくるのは、彼と過ごした毎日のこと──。
神子である私は、村人みんなに特別扱いされて過ごしてきた。
外に出ようとすると、大人は必ず私に近づいてくる。私に怪我をさせないように、無茶をさせないために。
まるで監視されてるみたいだった。
学校に行くのは、すごい楽しみだった。
年の近い子と話すのも、みんなで一緒に遊ぶのにも憧れていたから。……けど、実際はそんなんじゃなかった。
私に近づいてくる人はいなかった。
先生も、他の大人と同じ。私を特別扱いして、みんなが外で遊ぶ時も、私だけ教室で読書や絵を描かせたりさせて。
──後で知ったけど、他の子達が私と極力関わらないようにしていたのは、先生にそう言われていたかららしい。
けど、それを知った時にはもう、私も他の子と関わろうとは思わなかったけど。
どうせ、死ぬんだから。
人と繋がりを持って、生きることへの執着を持つより──誰とも関わらないままこの世界からいなくなった方が、つらい思いをしなくていいと思ったから。
それから私は、何かを望むことを諦めた。
私は──神子だから。
ただ村のために生きて、そして死んでいこう。
そう決めてからは、毎日が楽になった。
何も考えなくていい。
みんなの前では、できるだけ笑って過ごすようにした。そうすれば、みんな勝手に安心して、必要以上に私に近寄ってこなくなるから。
笑うことを、武器にした。
学校でも。大人達の前でも。家族であるお婆様の前でも──私は、偽りの笑顔を浮かべるようになっていった。
そうやって毎日を過ごしてきた、ある日。
『なあ、お前は外に行かないのか?』
貴方に、出会ったんだ。
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- 32 : 2014/03/29(土) 19:59:52 :
『俺はエレン、エレン・イェーガーだ』
その時の貴方の笑顔は、まだ鮮明に覚えてる。
私に喋り掛けてきて、まるで普通の人みたいに接してくれたからかな。強く印象に残ってる。
あの時は、私が神子だって知らなかったのだから
、ああいう態度だったのも理解できた。
けど貴方は、私が神子だって判ってからも、普通に接してくれたよね。あれは本気で驚いたな。
それからは、何が楽しいのか判らなかったけど、貴方は何度も私に声を掛けてくれた。
私の方は──正直、関わりたくなかった。
人と繋がりを持ってしまうと、死ぬことへの覚悟が揺らいでしまいそうで。
また、この世界に望みを抱いてしまいそうで。
──けど、貴方はそんな私の思いには気がつかない。気がつかれても困ったけど。
一年、二年、三年……貴方と過ごすうちに、私はいつの間にか、毎日生きるのが楽しくなってしまっていた。
それは、いけないことなのに……。
そしていつからかな。私にとっての世界が、貴方になっていたのは。
エレンのいるこの世界が、大好きになっていたのは──。
「神子様、こちらに」
思考するのを止め、少し伏せていた瞼を上げる。
祠の前にある、人ひとりが横になれる程度の大きさの台に近づき、お婆様が私の方を振り返る。
この台の上で、神子は命を差し出し、生涯を終える。昔は生きたまま心臓をくり抜いたとか聞いたけど、今はそんなことはしないみたい。
「では、こちらで横に」
「──はい」
私はゆっくりと、台の上に横になった。
これであとは、毒を飲むだけ。
そうすれば、あとはただ死を待つだけで、私の“神子"としての役目は終わり。
「神子様、最期に何か、言い残すことはありますか?」
──あれ? なんでかな?
最期にって聞いたら。
もうこれで、本当に最期なんだって思ったら。
「エレンに」
なんでだろ。なんだか急に──。
「約束、守れなくてごめんねって」
エレンに、会いたくなっちゃった。
-
- 36 : 2014/03/30(日) 10:04:54 :
ねえ、知ってる?
エレンが勘違いして呼んだヒスって名前。実はちょっと気に入ってたんだよ?
きっとそれは、貴方が呼んでくれたから。
ねえ、覚えてる?
野犬に襲われて、腰を抜かして動けなかった私の前に立って、エレンが言ったこと。
逃げてと叫んだ私に、貴方は『絶対に守ってやる』って言ってくれたよね。
あの時の貴方の背中は、いつもよりずっと大きく見えて。
すごく、かっこよかったよ。
ねえ、わかってた?
私がエレンに向ける笑顔が、他の人に向けるそれとは違うってこと。
嘘の笑顔なんかじゃなくて、心から笑いたかったから。
貴方にだけは、本当の私を見てほしかったから。
ねえ、気づいてた?
私がエレンのことを、何よりも大切に思ってるってこと。
貴方のことが、他の誰よりも──好きってこと。
貴方のことを考えると、他のことなんかどうでもよくなってしまうくらい、大好きだってこと。
ねえ、エレン。
貴方に出会って、私は救われたよ。
世界を、好きになれたよ。
人を、好きになれたよ。
生きることを、好きになれたよ。
──わかってた。
この世界は、残酷で。
悲しいことや、苦しいことが。
たくさんあるって──。
けどね。
この残酷な世界にも。
嬉しいことや、楽しいこと。
幸せな気持ちになれることが、たくさんあるんだって。
貴方に、教わったんだよ。
──エレン。
私は、貴方のいるこの世界が好きだから。
本当に、大好きだから。
私が死ぬだけで、大好きな貴方が苦しまなくて済むんなら。
「神子様、よいですね」
口元に近づいてくる、透明なグラス。
……エレン。
私の分も、どうか幸せに──
「ヒストリアァァア!!」
──声が、聞こえた。
-
- 42 : 2014/03/30(日) 19:23:25 :
-
目を閉じていても、その声が誰のものかはすぐに判った。
「……エレン」
間違いなく、エレンの声だ。
毎日一緒だったんだ。そんな彼の声を、私が聞き間違える筈がない。
「ヒストリア! くそっ、どけっ! どけよっ!」
大人達の制止する声と、エレンの怒鳴り声が聞こえる。
「ヒストリア! ヒストリアッ!」
だんだん、声が大きくなってきてる気がする。
──お願いだから、無茶はしないでほしいな。
エレンが怪我をするの、私は嫌だよ。
「ヒストリア!」
もうすぐそこまで、エレンの声が近づいてきた。
一緒に、他の人の怒鳴り声も聞こえるけど。
「やめん──っ!!」
少し聞き取れなかったけど……今のはたぶん、お婆様の声だ。
途端に、さっきまでの騒がしさがなくなった。
──静かだなあ。
「ヒストリア!」
あ、エレンの声だ。
「ヒストリア! 目を開けろよっ! なあ!」
抱き起こされた……のかな。感覚が曖昧で、よく判らないや。
ゆっくり目を開けると──目の前には、私の大好きな人の顔。
「エレン……?」
「ヒストリア──っ、お前、なんでっ……」
……ああ、やっぱり。
こうやって顔をあわせてみて、改めて思う。
私は、エレンが大好きなんだなあって。
だって、凄く安心して、自然と口元が緩んじゃうもん。
──あ、そうだ。
「エレン……約束」
「──やく、そく?」
「守れなくて、ごめんね」
「っ! そんなのどうだっていいだろうがっ。なんでお前は──こんなっ、ずっと黙って……」
「ごめん、ね……エレンにだけは、話したく、なかったんだ……」
貴方は、私がこうなることを知ったら──何がなんでも止めようとすると思ったから。
そんなことされたら、私はきっと死にたくないと思ってしまう。
それだけは、駄目だから。
「ヒス、トリア……」
ポタン、と顔に何かが当たった気がした。
「エレン……泣いてるの?」
視界が、霞む。
体にも、力が入らなくなってきた。
「泣か、ないで」
ぼんやりする視界の中で、なんとかエレンの頬に手を伸ばす。
……濡れてる。
「ごめんな、ヒストリア……お前が、どこか変だったのは、分かってたのにっ」
「──バレて、たんだ」
「当たり前だろっ。何年、お前と一緒に……いるとおもって──」
そうだよね。
ずっと、一緒だったもんね。
「それなのに、俺……」
「エレンは、悪くないよ」
悪いのは、ずっとエレンを騙してた私の方。
「だから……そんな顔しないで」
貴方が泣くのは、つらいよ。
「笑って、エレン」
「…………」
「私は、エレンの笑顔が、見たいな」
-
- 44 : 2014/03/30(日) 20:21:22 :
ふいに、エレンの頬に添えてた手が握られる。
「ヒストリア」
「あ──」
もうエレンの顔は、ほとんど見えなくなってるけど。
貴方はきっと、笑ってるよね?
「ありがと、エレン」
だから、私も笑うよ。
エレンが、笑ってるから。
一緒に、笑いあいたいから。
……けど。
もう、駄目みたい。
「エレン……そこに、いる?」
目が、見えなくなった。
「ねえ、エレン。聞こえてる?」
音が、聞こえなくなった。
「もし、私が生まれ変わったとしても」
残ってるのは、握られた手の感触だけ。
「エレンは、私を見つけてくれる?」
それも今や、微かに握られているのが、わかる程度。
「私のウソに、気づいてくれる?」
……なんだろ。身体が、あったかいな。
「私の側に、いてくれる?」
あった……かいなあ……。
「ねえ……知ってた? わたしね……」
薄くなっていく、意識の中で。
唇に、何か触れたような気がしたけど。
きっとそれは、私の気のせい。
-
- 48 : 2014/03/31(月) 11:00:39 :
午後の訓練が終わり、夕飯を食べるため、私は食堂に来ていた。
ガヤガヤと騒がしい食堂内をひとりでうろつく。
「……どうしよう」
いつもだったらここまで人が混雑することはないんだけど、今日の訓練はやけに教官が厳しく、みんな疲れてだらだらと席に座ったままだから、空席が見当たらない。
こんな時、よく一緒にいる友人は割り込んででも席を確保するんだけど……生憎、彼女は教官の説教を受けている最中なので、ここにはいない。
「あ」
ふと視線を向けた先に、誰も座っていない席を見つけた。
よかった、と胸を撫で下ろし、その席に向かう途中、その隣に座っている人が目に入った。
エレン・イェーガー。
“死に急ぎ野郎”
「…………」
友人から呼び名と話を聞いた時、私は彼に興味を持った。
もしかしたら、彼も私と同じ、誰かのために死にたい人なのかもしれないと思ったから。
実際は、まったく違ったけど。
「……エレン、イェーガー」
どうしてだろう。
その名前に、不思議と惹かれてしまうのは。
会ったことはない……筈だ。
「……なんでだろ?」
もやもやとした気持ちに内心首を傾げつつ、私は彼に声を掛ける。
いつものように笑顔を作って、『クリスタ・レンズ』を演じながら。
「隣、座ってもいいかな?」
《失いたくないもの END》
-
- 49 : 2014/03/31(月) 12:02:23 :
- はい、ということで。
『失いたくないもの』はこれで完結です。
期待や応援して下さった読者の皆様、ありがとうございます!
さて、ここからは後書き、というか裏話を少々。
*結末について
ハッピーエンドを求む意見などありましたが、作者的にこれが一番ハッピーエンドに近い結末だったんじゃないかな、と思います。
分岐点としては、終盤のエレンがヒストリアを助けに来たシーンですね。
仮にヒストリアが毒を飲む前にエレンが助け出したとしても、周りの村人たちが黙っていません。捕まって処刑、なんてことになる可能性もあったわけです。
例えヒストリアを連れて逃げ切れたとしても、村人に追われ、たった二人きりで隠れながら過ごし、最終的には精神的に参って悲惨な最期を……なんてこともあるわけです。(助かる可能性もありますけどね)
なんにせよ、この物語の設定上、結婚して子どもを産んで幸せに生涯を終える、なんて未来はまずないんですよね。
*ヒストリアの両親
一切出てません。ただきっと、自分の娘が生け贄に選ばれたとしたら抵抗しただろうな、と。
そして抵抗した末に、追放か、あるいは……。
*エレンのその後
本文を読み返せば分かりますね。
*最後のシーンについて
あえてのノーコメントで。
裏話はこのあたりにしましょうか。
次の作品は……二作続いてシリアスだったので、ほのぼの系でも書こうかなーと思ってます。もしくはヤンデレもの。
ふと考える。
シリアスでヤンデレ……。
うん、ないな。怖すぎる。
それでは。
-
- 54 : 2015/01/27(火) 20:33:15 :
- 感動しました!
シリアスもの、もう一回見てみたいです!
-
- 55 : 2017/09/17(日) 22:07:01 :
- 泣いた
-
- 56 : 2020/10/28(水) 13:25:24 :
- http://www.ssnote.net/users/homo
↑害悪登録ユーザー・提督のアカウント⚠️
http://www.ssnote.net/groups/2536/archives/8
↑⚠️神威団・恋中騒動⚠️
⚠️提督とみかぱん謝罪⚠️
⚠️害悪登録ユーザー提督・にゃる・墓場⚠️
⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
10 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:30:50 このユーザーのレスのみ表示する
みかぱん氏に代わり私が謝罪させていただきます
今回は誠にすみませんでした。
13 : 提督 : 2018/02/02(金) 13:59:46 このユーザーのレスのみ表示する
>>12
みかぱん氏がしくんだことに対しての謝罪でしたので
現在みかぱん氏は謹慎中であり、代わりに謝罪をさせていただきました
私自身の謝罪を忘れていました。すいません
改めまして、今回は多大なるご迷惑をおかけし、誠にすみませんでした。
今回の事に対し、カムイ団を解散したのも貴方への謝罪を含めてです
あなたの心に深い傷を負わせてしまった事、本当にすみませんでした
SS活動、頑張ってください。応援できるという立場ではございませんが、貴方のSSを陰ながら応援しています
本当に今回はすみませんでした。
⚠️提督のサブ垢・墓場⚠️
http://www.ssnote.net/users/taiyouakiyosi
⚠️害悪グループ・神威団メンバー主犯格⚠️
56 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:53:40 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
ごめんなさい。
58 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:54:10 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
ずっとここ見てました。
怖くて怖くてたまらないんです。
61 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:55:00 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
今までにしたことは謝りますし、近々このサイトからも消える予定なんです。
お願いです、やめてください。
65 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:56:26 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
元はといえば私の責任なんです。
お願いです、許してください
67 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
アカウントは消します。サブ垢もです。
もう金輪際このサイトには関わりませんし、貴方に対しても何もいたしません。
どうかお許しください…
68 : 墓場 : 2018/12/01(土) 23:57:42 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
これは嘘じゃないです。
本当にお願いします…
79 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:01:54 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
ホントにやめてください…お願いします…
85 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:04:18 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
それに関しては本当に申し訳ありません。
若気の至りで、謎の万能感がそのころにはあったんです。
お願いですから今回だけはお慈悲をください
89 : 墓場 : 2018/12/02(日) 00:05:34 このユーザーのレスのみ表示するこの書き込みをブックマークする
もう二度としませんから…
お願いです、許してください…
5 : 墓場 : 2018/12/02(日) 10:28:43 このユーザーのレスのみ表示する
ストレス発散とは言え、他ユーザーを巻き込みストレス発散に利用したこと、それに加えて荒らしをしてしまったこと、皆様にご迷惑をおかけししたことを謝罪します。
本当に申し訳ございませんでした。
元はと言えば、私が方々に火種を撒き散らしたのが原因であり、自制の効かない状態であったのは否定できません。
私としましては、今後このようなことがないようにアカウントを消し、そのままこのnoteを去ろうと思います。
今までご迷惑をおかけした皆様、改めまして誠に申し訳ございませんでした。
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