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『星降る夜になったら』短編集

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  1. 1 : : 2014/03/21(金) 01:44:08




    俺は

    私は

    僕は

    夜空を見上げる。



    今にも落ちてくるのではないかと思う程、溢れるくらい沢山の星が煌めいている。





    …こんな、星降る夜になったら。



    君を

    お前を

    あなたを


    思い出して、遠い昔に想いを馳せるよ。





    ーーーーーーーーーーーーーーーー



    ご覧くださいまして、ありがとうございます(* 'ω')ノ


    ・単行本12巻までのネタバレを含みますので、アニメ派の方はご注意ください。

    ・不定期更新の短編集です。ゆえにエピソードとエピソードの間の更新は、恐らく亀どころの騒ぎではないくらい遅いです…どうぞご了承ください。



    だいたいのプロットは考えているので、時間がかかっても必ず完結させます。

    ので、お付き合いいただけましたら幸いです。

    それでは、よろしくお願いします☻


  2. 2 : : 2014/03/21(金) 01:46:29





    ー 8XX年 トロスト区 ー




    日が落ちるのがとても早くなり、冬の気配を感じるようになったこの頃。

    温かな明かりが灯る飲み屋街は、もう夜が深くなろうとしているのに人で賑わっている。



    そんな通りを抜けて、1人歩いていく。

    目指す先は、壁。



    何年も開け放たれたままになっている壁の扉から魚を沢山積んだ荷馬車が入ってくると、一緒に夜の風が吹き込んできた。


    …寒い。

    コートの前をしっかりと閉じる。

    そしてひとつ息を吐いて、50mもの高さの壁を見上げた。



    巨人がいなくなり、人々が本物の平和を謳歌するようになった今、壁は無用の長物と化していた。

    壁工事団と揶揄されていた駐屯兵団も、今や解散して誰も壁の補修をしなくなり、場所によっては朽ちはじめているようだった。




    …今夜は星がよく見える。



    俺…ジャン・キルシュタインは、扉の近くにあるリフトで壁の上へと登った。






  3. 10 : : 2014/03/21(金) 20:36:49


    壁の上に登ると、冷たい空気が頬を撫でた。

    眼下には、先程通ってきた飲み屋街の明かりが揺れている。

    そして天上には、いまにも零れ落ちてくるのではないかと思うほどの星たちが瞬いていた。




    こんな星空を眺めていると、訓練兵だった頃を思い出す。

    …その頃は、いつも隣に親友の姿があった。




    もう、15年程昔になるな。

    一人で煙草に火を付けると、その煙は空へまっすぐに上っていった。






    …episode Jean




  4. 11 : : 2014/03/21(金) 20:37:43










    マルコ・ボット。

    第一印象は、真面目でつまらない奴。といったところだっただろうか。

    そんな彼と初めて話をしたのは、訓練兵になってしばらく経った頃だった。




    『…隣、空いてる?』



    とある座学の時間のこと。

    歯に衣着せぬ物言いのせいで訓練兵の中から孤立し始めていた俺の隣に、彼が座ってきた。



    ジャン『…好きにしろよ。』

    マルコ『ありがと。』




    他にも空席は沢山あったのに、俺の隣に腰を下ろしたマルコ。

    なんだこいつ、と思う気持ち半分と、少し嬉しいような気持ち半分だったことをよく覚えている。





    それから毎日、彼は俺に挨拶をしてくるようになった。

    そしていつの間にか食事も共に摂るようになり、気付いたら四六時中一緒にいた。



    マルコは俺と違って温厚で人望も厚い。

    なんでそんな彼が、俺と一緒にいるのか不思議でならなかった。


  5. 12 : : 2014/03/21(金) 20:38:54




    マルコ『…ジャン、星を観に行かないかい?』

    ジャン『行くって、どこにだ?』



    マルコが俺にそう言ったのは、訓練兵卒業を間近に控えた夜のことだった。

    座学の最終試験の前日で夜遅くまで徹夜をしていた俺に、マルコが気分転換に気を利かせて誘い出してくれたんだと思う。



    普段は誰がどう見ても優等生なマルコだったが、この日は少し違っていた。



    マルコ『こっちだよ。』

    ジャン『こっちって、おい、お前…』



    窓からこっそり部屋を抜け出すと、そのまま壁の凹凸を利用して、慣れた様子で屋根へとあがるマルコ。

    俺はその後を恐る恐るついて行った。



    ジャン『おいマルコ、お前いつもこんなとこ…』



    やっとのことで屋根によじ登ってマルコに話しかける。

    が、その途中で言葉を失った。




    目の前の空に、見たこともないくらい沢山の星が瞬いていた。

    それこそ、今にも天から降ってくるのではないかと思うほど。


  6. 13 : : 2014/03/21(金) 20:39:54



    マルコ『…すごいだろう?』



    ぽかんと宙を見上げる俺に、マルコが得意げに話しかける。

    夜空を見上げる彼の瞳の中にも、星の光が宿っていた。



    マルコ『たまにここに星を見に来るのが好きなんだ。今日は空気が澄んでるから、絶対綺麗だろうなあと思ってさ。大正解だよ。』

    ジャン『…すげえな。』



    そう言うので精一杯だった。

    言葉にできない美しさとはまさにこの光景のことを言うんだろうなと、子どもながらに思っていた。



    マルコと並んで屋根に寝転がる。

    少しひやりとした夜の風が、俺たちの間を通り抜けた。




    マルコ『ジャンは、星とかって興味ある?』

    ジャン『あんまりよく知らねえな。』

    マルコ『じゃあ、みんなが知らなさそうなとびきりの星を教えてあげる。東の下の方の空を見て。…青白っぽい、大きな星が見えるだろう?』



    寝そべったまま東の空を見ると、その下の方に燦然と輝く星を見つけた。

    きっと、あれのことだな。




    マルコ『あれはしし座のレグルスっていう星なんだ。全天の中でも、10本の指に入るくらい明るい星だよ。』

    ジャン『へぇ…』



    さほど興味はなかったが、マルコがとても嬉しそうに話すので、きらきらと瞬くレグルスをぼうっと見つめる。

  7. 14 : : 2014/03/21(金) 20:40:47



    マルコ『レグルスのもう少し上に、ガンマという星があるんだ。その星は肉眼で見ると1つの星なんだけど、望遠鏡で観察をすると、実は2つの星から成っているんだよ。』

    ジャン『2つの星で、1つの光になってる、ってことか?』

    マルコ『まあそんなところかな。2つの星がとても近い距離にあって、互いが発する磁力などの力が作用して、お互いに周りを回り合っているんだってさ。こういう星のことを、二重星って言うんだって。』

    ジャン『ふたつでひとつ、か。』

    マルコ『…なんだか僕たちみたいだろう?』

    ジャン『え?』



    マルコの方を振り返ると、彼と目が合った。

    マルコはにこりと笑うと、言葉を続ける。


  8. 15 : : 2014/03/21(金) 20:41:25



    マルコ『良くも悪くもいつも自分に素直なジャンと、良くも悪くもいつも周りを気にしてしまう僕。…全く正反対なのにまるで磁石みたいに引き合ってバランスを取り合って、気付いたらいつも一緒にいる。ね?』

    ジャン『…馬鹿。そういうのはな、普通好きな女に言ってやるんだよ。』

    マルコ『べ、別にそんな人は…』



    照れ隠しに言った言葉で慌てたマルコの顔がおかしくて、つい笑ってしまう。




    …2人で1人、か。

    マルコがそんな風に思ってくれていると知って、とても嬉しかったことをよく覚えている。

    憲兵団に入ったら、内地の天文台に行って望遠鏡でガンマを観察しよう。

    俺たちはそんな約束も交わしていた。


  9. 16 : : 2014/03/21(金) 20:43:15










    ジャン『おい、お前…』


    ジャン『マルコ…か?』




    そんな彼との別れは、突然訪れた。

    850年にトロスト区が超大型巨人に襲われ、穴を塞ぐために行った奪還作戦で、マルコは命を落とした。

    誰も見ていないところで、1人、ひっそりと。





    俺たちは、2人で1人だったのに

    お前がいなくなったら、俺はどうなる?





    あいつの遺体を焼却したとき、俺は誰のものかもわからない骨の燃えかすにに誓った。

    いつも隣にいたマルコはもういない。

    なら、俺は…




    自分に何ができるのか、何をすべきなのか。

    それをしっかり考えて、あいつの分まで生きようと決めた。




    俺の身体はひとつだ。

    でも、俺の心の中にはいつもマルコがいる。

    …俺たちはこれからも2人で1人だぞ、マルコ。



    握りしめた骨の燃えかすが、掌にぎゅっと食い込んだ。


  10. 17 : : 2014/03/21(金) 20:44:01









    煙草の火を消して、あの頃のように空を見上げて寝転がった。

    …星降る夜になったら、いつもこうして空を見上げる。



    東の空に燦然と輝くレグルス。

    その少し上に見える、控えめな灯りでもしっかりと瞬いている二重星ガンマ。




    昔からの言い伝えで、死んだ人は星になると聞いたことがある。

    マルコもこの空のどこかで星になっているのかと、つい御伽噺のようなことを考えてしまう。

    …俺が星になるのはもう少し先になりそうだけど、そっちに行ったらお前と二重星になりてえな。



    『まるで僕たちみたいだろう?』



    遠い昔、俺にそう言ったマルコの声が風に乗って聞こえた気がして、頬を緩める。













    「…ジャン?」


    俺の名前を呼ぶ柔らかな声がして、思わず振り返った。


  11. 18 : : 2014/03/21(金) 20:44:53





    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーー




    ぎいぎい音を立てるリフトで、私は壁の上にのぼった。

    …今夜はあまりにも星が綺麗だったから、少しでも近くで見たいと思って。



    壁の上に着くと、ひやりとした心地よい夜風が頬を撫でた。

    その空気をもっと感じたくて、大きく深呼吸をする。

    気持ちいい。




    上を見上げると、視界の全てが満天の星空でいっぱいになった。



    「うわあ…!」



    思わず声が漏れる。

    やっぱり、綺麗だな。




    ふと前に向き直ると、寝転ぶ人影が目に入った。

    見覚えのある刈り上げた短髪に、切れ長の瞳の男性…





    「…ジャン?」


  12. 19 : : 2014/03/21(金) 20:45:29



    私の声に、その人はこちらを向いた。

    その目が大きく見開かれる。




    ジャン「…ハンナ、か?」




    私…ハンナ・ディアマントは、ひとつ頷いてジャンの隣に腰を下ろした。




    ハンナ「久しぶりね。」

    ジャン「だな、もう15年ぶりくらいか?」




    2人並んで、宙を見上げる。




    ジャン「お前、訓練兵を卒業したあと何してたんだ?」

    ハンナ「…兵士にはならなかったんだ。家に戻って、お母さんの畑の手伝いをしてたの。」

    ジャン「…そうか。」




    わたしは、兵士にならなかった。

    と言うか、怖くてなれなかった。

  13. 20 : : 2014/03/21(金) 20:45:57



    ジャン「…お前も星を見に来たのか?」



    空気を変えるように、ジャンが明るく話しかけてくれる。

    …こんな風に気を遣ってくれるようになったなんて、昔のジャンからは考えられないな。

    そんなことをふと思ってしまい、ついくすっと笑いが漏れる。

    でも、あれからそれだけ時が経ったということなんだろう。



    ハンナ「うん。ジャンも?」

    ジャン「ああ…こんな星空を見てると、昔のことを思い出すんだ。」

    ハンナ「…わたしも。」




    こんな星空を眺めていると、訓練兵だった頃を思い出す。

    その頃は、いつも隣に彼の姿があったけど。



    わたしは静かに話し始めた。






    …episode Hannah


  14. 40 : : 2014/03/27(木) 20:31:27









    ミーナ『…あー疲れた!もう動けない〜』

    クリスタ『わたしも…兵站行進はやっぱり疲れるね。』




    夕食のあと部屋に戻るとすぐ、同期のミーナとクリスタとわたしはベッドに身を投げ出す。

    訓練兵になって、まだ間もなかった頃。

    わたしたちの身体は、毎日の辛い訓練に音を上げ始めていた。



    ミーナ『明日は朝から対人格闘術だなんて…死んじゃうよお。』

    クリスタ『脱落者が出るのも、なんだか分かるような気がするなあ。』

    ミーナ『これから水汲み当番だなんて、ハンナはついてないね…』

    クリスタ『ええっ、そうなの!?』



    2人がわたしをまん丸の目で見つめる。

    わたしはしょうがないよ、と言って、ベッドから重い腰を上げた。



    クリスタ『少し手伝おうか?』

    ハンナ『ううん。すぐ終わるし、大丈夫よ。ありがとね。』

    ミーナ『ハンナ、がんばって〜』

    ハンナ『ありがとうミーナ。2人とも、先に寝ててね。』



    今にも眠りの世界へ引き摺り込まれそうな2人を残して、部屋の松明を消して廊下に出る。

    外の空気は思ったよりひんやりとしていて、わたしは上着を持ってこなかったことを少し後悔した。

  15. 41 : : 2014/03/27(木) 20:34:28



    中庭にある井戸から、桶に水をいっぱいに張って厩へと運ぶ。

    1日の訓練を終えたあとでなければ、このくらいのことはなんでもないんだけどなあ。

    3往復もすると、さすがに疲れてきた。



    …もうだめ、少し休憩。

    厩の外にある水瓶に桶の中の水をあけると、ふう、と息をついて足を地面に投げ出した。






    そして気付いた。

    今にも星が降ってくるのではないかと思うような、この星空に。



    ハンナ『うわあ…!』



    頭上に幾千もの光が瞬いている。

    …なんだか実家の夜空を思い出すな。


    わたしの家は少し人里離れたところだったので、星空観察にはうってつけだった。

    幼かった頃は、毎晩のように家の畑から空を眺めていたっけ。

    最近は忙しさに駆られて星なんてのんびり眺めている余裕がなかったので、なんだか初心にかえったような気持ちになる。



    少し休憩して正解だったな。

    ふふ、と1人笑うと、夜の冷ややかな風がわたしの隣を通り過ぎた。

    …でも、やっぱりちょっと寒かったかも。

    たまらずひとつくしゃみをして、半袖のシャツからのぞく腕を手で摩る。


  16. 42 : : 2014/03/27(木) 20:37:26




    そのとき。

    ふわりと、温かな布のようなものが肩にかけられた。

    びっくりして振り返ると、それは訓練兵のジャケット。

    そのジャケットの持ち主であろう訓練兵の男の子が、座っていたわたしに話しかける。



    男の子『よかったら、それ着てよ。』

    ハンナ『えっ、でも…』

    男の子『僕はこれから厩の掃除だから、ジャケットを着てると少し暑いんだ。だからその間、君が預かっていてくれると有難いんだけど…』

    ハンナ『…わかった、ありがとう。』



    お礼を言うと、ジャケットに袖を通す。

    わたしの身体に対してかなり大きなそれは、彼の温もりがまだ残っていた。

    彼はわたしの様子をみると、空を見上げて口を開いた。



    男の子『星を見に来たの?』

    ハンナ『ううん、水汲みの当番だったんだけど、少し疲れて休憩してたの。…でもほんと、綺麗な星空ね。』

    男の子『ああ。ここは静かで空気も澄んでいるから、星を眺めるのにはぴったりの場所だと思うよ。…僕も少し星を眺めてから掃除を始めようかな。』



    そう言うと、彼はわたしの隣に腰を下ろして笑顔を見せた。

    …わたしはその時から、彼に恋をしていたのかもしれない。



    男の子『僕はフランツ。フランツ・ケフカ。』

    ハンナ『…ハンナ・ディアマントよ。よろしくね。』



    それが、わたしと彼との出会いだった。


  17. 43 : : 2014/03/27(木) 20:41:24



    ハンナ『フランツは、星が好きなの?』

    フランツ『ああ、小さい頃から星を眺めるのが好きでさ。』

    ハンナ『本当?わたしもよ!』

    フランツ『ハンナも?…僕たち、仲良くなれそうだね。』



    男の子とふたりで話した経験なんてほとんどなかったから、なんだか恥ずかしいような、照れくさいような、甘酸っぱい気持ちになったことをよく覚えている。



    ハンナ『…ねえ、あの天の川のほとりの、輝いている星は何かわかる?』

    フランツ『ん?ああ、あれはこと座のベガだよ。』

    ハンナ『”こと”って、楽器の?』

    フランツ『うん。…そうだ、こと座の神話の話をしようか。』



    わたしが照れ隠しに聞いた質問から、フランツはこと座の神話の話をしてくれた。




    大昔、芸術の神の息子の音楽の才能に惚れ込んだ全能の神が、彼にたてごとを贈った。

    彼の弾くことの音色はそれはそれは美しく、動物や草木、水のせせらぎも耳も傾けたという。

    やがて彼は美しい娘と愛し合い、結婚した。

    ところが数日もしないうちに、その娘は毒蛇に噛まれて死んでしまった。

    悲しみにくれた彼は妻を連れ戻そうと、死の国へと向かった。

    川を渡り、暗い洞窟を通って辿り着いたあの世の国の王の前で、彼はことを弾きながら、妻を返して欲しいと嘆願した。

    その音色に心を打たれた王は、妻をこの世へ連れ戻すことを許した。

    …しかし地上を出るまでは、決して後ろを振り向いてはいけないという条件付きで。

    彼はとても喜んで、後ろに妻を従えて地上へと戻っていった。

    しかし、足音も気配も感じない。

    何度も振り返りたくなる気持ちを堪えて、ひたすら地上を目指した。

    そしてやっと、地上の光が洞窟に差し込んだとき。


    『やった、ついに着いたよ!!』


    彼は嬉しさのあまり叫んで、後ろを振り向いてしまった。

    すると妻は悲しそうに彼を見つめ、ずるずるとあの世へと連れ戻されてしまったそうだ。

    …さようなら、お元気で。という言葉を残して。



  18. 44 : : 2014/03/27(木) 20:45:06




    フランツ『…それから彼は気が狂ってしまったんだ。そんな彼を気の毒に思って、神は彼のことを天にあげて、こと座にしたと言われているんだよ。』

    ハンナ『そう…なんだか可哀想なお話ね。』

    フランツ『うん…けど僕も一度も振り返らずに、この世へ帰ってこれる自信はないな。』




    …わたしは、どうだろう。





    それからフランツとわたしは度々行動を共にするようになり、いつしか周りから『おしどり夫婦』なんて言われるようになっていた。

    …告白の言葉とかは特になかったけれど、自然に恋人同士になっていたんだと思う。

    周りに気を配れて、頼り甲斐があって、笑顔が素敵なフランツを、わたしは本当に愛していた。



    だけど。


  19. 45 : : 2014/03/27(木) 20:49:31









    ハンナ『アルミン助けて!!フランツが息をしてないの!!』

    アルミン『…ハンナ?』

    ハンナ『さっきから何度も何度も、蘇生術を繰り返しているのに…!!』

    アルミン『ハンナ…ここは危険だから、早く屋根の上に…』

    ハンナ『フランツをこのままに出来ないでしょ!!!』



    アルミン『…違うんだ、フランツは…』






    アルミン『もう…』










    わたしたちが訓練兵団を卒団した翌日のことだった。

    超大型巨人によってトロスト区の扉が破られ、街に巨人が入り込んだ。

    その戦闘の中で、フランツは命を落とした。


    …わたしはどうやって助かったのか、いまだに思い出すことが出来ない。


  20. 46 : : 2014/03/27(木) 20:53:28




    兵士になることをやめ、実家に帰ってしばらく経った頃。




    夢を見た。

    フランツを後ろに従えて、真っ暗闇の洞窟の中をただひたすら歩く夢。

    ただこの洞窟を抜けるまで、決して振り向いてはいけないと言うことだけは分かっていた。

    自分の足音しか聞こえない。

    わたしは、ただ洞窟の外の光を求めて歩いていた。



    どのくらい歩いていたのかもわからない。

    やっと洞窟の終わりが見え、そこから光が差し込んでいる。



    ハンナ『やった、着いたよ!フランツ!!』



    思わず振り向いて、しまった、と思った。

    フランツは、悲しげな笑顔を見せる。

    そして、ずるずると暗闇へ引き戻されていく。

    待って

    待って

    フランツ…!!



    追いかけようとするも、脚がそれを許さない。

    ならばと、必死に彼の名前を叫ぶ。

    するとフランツの唇が微かに動いて、彼の声が頭に響いた。






    フランツ『…ハンナ』





    フランツ『前を向いて、進むんだ。』




  21. 47 : : 2014/03/27(木) 20:58:31




    そこで目が覚めた。

    外はまだ深い夜だった。

    頬には、はっきりと涙が伝った跡が残っている。



    …ごめん、フランツ。

    わたし、振り返っちゃったよ。

    あなたを連れて帰ることができなかった。

    ベッドの中でさめざめと泣く。



    『前を向いて、進むんだ。』

    フランツが最後に言った言葉が頭の中でこだまする。



    …前を向いて、進む。

    フランツはもういないけど、わたしはまだ前に進むことができる。

    わたしは、まだ自分の人生を生きることができる。

    だから洞窟の中でしてしまったように、過去ばかり振り返らないで、未来を向いて進むんだ。


    フランツは、そう言いたかったのかな。


    窓からのぞく天の川は何も答えてはくれなかったけど、わたしに前に進む勇気をくれた。


  22. 48 : : 2014/03/27(木) 21:02:17









    ジャン「へぇ…なんだかいい話じゃねえか。」


    煙草をくゆらせながら、ジャンが口を開く。



    …星降る夜になったら、いつもこうして空を見上げる。

    空を架けるように雄大に流れる天の川。

    そのほとりに、天高くのぼるベガ。



    昔からの言い伝えで、死んだ人は星になると聞いたことがある。

    …フランツもきっと、この星が降るような空の何処かにいるんだろうな。



    ねえ、フランツ?

    わたしはあれからずっと、前だけをみてきた。

    そして、きっとこれからもずっとそうするよ。

    だから…わたしがそっちに行くまで、もう少し待っててね。





    「…ジャン?ハンナ?」



    後ろからわたしたちを呼ぶ声が聞こえて、ジャンと同時に振り向いた。



  23. 51 : : 2014/03/27(木) 21:09:03




    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーー



    すっかり錆び付いたリフトに乗って、僕は壁の上を目指した。

    …今夜は星がとても綺麗だったから、惹かれるようにここへ来てしまったんだ。



    壁の上は心なしか地上よりも少しひんやりとしていて、僕は手をコートのポケットに突っ込んだ。

    そして、宙を見上げる。



    「うわあ…!」



    一瞬にして、視界の全てが星空で埋め尽くされる。

    まさに、星が降ってきそうな夜だった。

    …綺麗だなあ。

    しばしその絶景に見とれる。




    すると、視界の隅に何かが目に入った。

    …一組の男女。

    恋人同士ロマンチックに愛を語り合っているのかと思ったけど、僕はその2人に見覚えがあった。





    「…ジャン?ハンナ?」


  24. 52 : : 2014/03/27(木) 21:12:00



    2人は同時に振り返ると、僕をみて目を丸くした。






    ジャン「…アルミン!久しぶりだな!」


    僕…アルミン・アルレルトは2人に駆け寄ると、並んで腰を下ろした。



    アルミン「2人とも、本当久しぶり。もう20年間振りくらいになるかな?」

    ハンナ「そうね。でもアルミン、全然変わってない。」



    ハンナがくすくすと笑う。

    …これは、褒め言葉として受け取っておこうかな。



    ジャン「お前、今教師をやってるんだって?」

    アルミン「うん。トロスト区の学校で、歴史を教えてるよ。」

    ハンナ「歴史の先生なの?すごい、アルミンにぴったりね!」

    アルミン「へへ、そうかな。」



    平和になった今だからこそ、この平和を勝ち取るまでの人類の進撃を後世に伝えていかなくてはいけない。

    そんな思いから、僕は教師になっていた。



    ハンナ「…アルミンも星を見にここへ?」

    アルミン「うん。…こんな星空を眺めていると、昔のことを思い出すんだ。」




    星について僕に教えてくれたかつての班長と、星空を愛おしそうに眺めるかつての上官の横顔が脳裏にちらつく。


    僕は調査兵団に入団して間もなかった頃に思いを馳せて、話し始めた。





    …episode Armin


  25. 72 : : 2014/04/03(木) 20:29:50










    ネス『…今日は壁外で遭難した場合の対処法についての講義を行う。しっかり聞くようにな。』



    熱い口調で語られる、ネス班長の講義に耳を傾ける。

    そして一字一句忘れまいと、しっかりとノートに書きとめていく。



    ネス『…あとこれは予備知識なんだが、お前たち北極星って知ってるか?北極星は年間通して常に北にあるから、そいつを見つけられれば、コンパスがなくなったり壊れたりした時でも確実に方角を知ることができるんだ。』

    ネス『見つけ方は、まず空をぐるっと見渡して柄杓の形の北斗七星を探す。そしてその端の2つの星を結んだ線を5倍くらい伸ばすと、白っぽい星にぶつかる。それが北極星だ。いざという時に役に立つかも知れねえから、覚えておくと便利だぞ。』


    コニー『あの!』

    ネス『ん?なんだ、スプリンガー?』

    コニー『俺、そもそも北斗七星がわかんないんですけど…』

    ネス『…それは自分で夜空を眺めて探せとしか言えんな。』



    コニーがいつものように場を和ませる。



    …北極星、か。

    僕は壁の外の世界のことには関心があったけれど、星空についてはあまり知らなかった。

    今夜、晴れていたら探してみよう。


  26. 73 : : 2014/04/03(木) 20:39:15




    アルミン『うわあ…!』



    その日は、まるで星が降るような夜だった。

    造りものではないかと疑いたくなってしまうような光景に、思わず声が出る。

    僕は夕食後、すぐに部屋に戻らなくて良かったと心底思った。

    普段は馬術の訓練をしている、拓けた芝生の上に足を投げ出す。



    まずはネス班長の言ってた通りに、北斗七星を探した。



    アルミン「…あった。」



    これだけ沢山の星がきらめく中でも特に輝きの強い星が7つ、天上に瞬いている。

    そしてその端の2つの星を結んだ線を、そのまま5倍くらい先へと伸ばしていく。



    その先に、一際輝く白い星があった。

    …あれが北極星か。



    淡く輝く北極星は、北の空で静かに存在感を放っていた。

    しばしそのまま、星空の美しさに見惚れる。

    …僕が知らない世界が、天上にも広がっているんだな。

    遥か遠くへ想いを馳せると、夜の風が僕の金色の髪を揺らした。




    『…、……。』




    その風が、誰かの声を運んできた。

    近くに誰か他にいたのかな…?

  27. 74 : : 2014/04/03(木) 20:53:54



    辺りを見回すと、宿舎の近くに誰かいるのが目に入った。

    …なにやら1人でぐるぐると歩き回りながら、ぶつぶつと独り言を言っている。

    誰だろう?





    こっそり近くまで行ってみると、それはネス班長の右腕である上官のシスさんだった。

    こんなところで、何をしているんだろう。



    宿舎の階段の影から、こっそりその様子を盗み見る。

    シスさんは手に小さな箱のようなものを持って、それを弄びながら何かを言っていた。

    悪いかなと思いつつ、そっと耳をそばだてる。




    シス『…ナナバ、俺の妻になってくれないか?…ああ、こんなありきたりなのじゃ駄目だ駄目だ。うーん…ナナバ、俺がお前を一生守る!!…って、あいつの方が討伐数も実績も上なのに、そりゃあねぇよな。…ナナバ、俺の子どもを産んでくれ!!…って、それこそ張り倒されるに決まってるし…』

    アルミン『…!!』




    あまりの驚きに、足を踏み外して階段から落ちてしまった。

    ドサッ、という音が静かな夜に響く。


  28. 75 : : 2014/04/03(木) 20:59:53




    シス『誰だ?!』



    振り向いたシスさんが草まみれで倒れている僕の姿を捉えると、少しほっとした表情を見せた。



    シス『なんだ、アルレルトか。盗み聞きとはいい趣味をしているな。』

    アルミン『ご、ごめんなさい…』

    シス『…まあ、別に構わないが。』

    アルミン『…ナナバさんに、プロポーズするんですか?』

    シス『ああ。もうすぐ彼女の誕生日だから、その時にと思ってな。』



    ナナバさんは調査兵団の中でもかなりの実力者で、凛とした美貌の持ち主でもあった。

    その美しさと強さは新兵の中でも度々話題に上るほどのものだったので、恐らく兵団の中で彼女のことを知らない人はいないだろう。

    …そんなナナバさんがシスさんとそういう関係だったなんて、知らなかったな。



    アルミン『あの…お2人は、いつからお付き合いをされているのですか?』

    シス『なんだ、お前もそういう話に興味があるのか?』



    恐る恐る尋ねると、シスさんは少し得意気に話してくれた。

  29. 76 : : 2014/04/03(木) 21:02:31



    ナナバさんとシスさんは同期で、訓練兵団の結団式でシスさんがナナバさんに一目惚れをしたこと。

    何度も何度もアタックするも、その度に見事に振られ続けていたこと。

    憲兵団を狙える順位につけていたナナバさんに追いつけるように必死に努力をして、なんとか訓練兵団を10位以内で卒業したこと。

    しかしナナバさんが調査兵団を志願すると聞き、自分も調査兵団に入団したこと。

    調査兵団に入ってもずっと、ナナバさんにアタックし続けたこと。

    結局ナナバさんがOKしたのは、2人が調査兵団に入団してから3年後だったそうだ。



    シス『…まあ、俺の粘り勝ちってとこだな。』



    そう言ったシスさんの横顔は普段のキリッとしたものとは違い、笑顔になるのを抑えられないというような、嬉しそうな表情をしていた。



    アルミン『…ナナバさんのこと、本当に愛してらっしゃるんですね。』

    シス『当たり前さ。今でも俺なんかと付き合ってくれてるなんて、信じられないくらいだよ。』



    そういって、手に持っていた小さな箱を愛おしそうに見つめるシスさん。

    …中身は、きっと指輪だな。


  30. 77 : : 2014/04/03(木) 21:06:19


    シス『…あ。俺がここでプロポーズの練習してたこと、誰にも言うんじゃねえぞ?』

    アルミン『い、言いませんよ!』

    シス『ははは、頼むよ。俺のイメージが崩れたりしたら、かなわねえからな。』



    そう言って笑うと、芝生に寝転がって夜空を見上げるシスさん。

    僕もシスさんの隣に腰をおろして、上を向いた。




    シス『ほんと、今日は星が綺麗だな。』

    アルミン『そうですね。』

    シス『…あいつの誕生日、次の満月なんだ。その日もこんな風に星が見えたらいいんだがな。』

    アルミン『…きっと、見られますよ。』

    シス『だといいな。ありがとよ、アルレルト。』



    僕ににやりと笑うと、シスさんは腰を上げて伸びをする。

    その背中はとても大きくて、なんだか頼もしく見えた。
  31. 78 : : 2014/04/03(木) 21:11:34



    シス『…そういえばお前は、こんなところで何をしてたんだ?』

    アルミン『あ、北極星を探してました。』

    シス『北極星?』

    アルミン『はい。北極星の見つけ方を知っておくと、遭難したときに便利だとネス班長が教えてくださったので…』



    僕がそう答えるとシスさんは一瞬狐につままれたような顔をしていたが、次の瞬間笑い出した。



    シス『っははは!お前はどこまでも真面目だな、アルレルト。』

    アルミン『い、いえ…』

    シス『勉強熱心なのはいいことだが、根を詰め過ぎないようにしろよ。じゃ、またな!』



    そう言ってシスさんは、爽やかな笑顔を残して宿舎へ帰っていった。

    僕はそれを見届けると、また宙を見上げた。

    …その日の夜空は、きっと一生忘れないと思う。


  32. 80 : : 2014/04/03(木) 21:19:12










    シス『無視してこっちに来たとなると、あれも奇行種のようですね…』

    ネス『チッ、しょうがねぇなあ…シス、もう一度やるぞ!!』

    シス『はい!』

    ネス『しかし、2回も連続するとはついてねぇ…しかも、14m級はありそうだ。こいつはしんどいぞ…ん?!』




    アルミン『なんだあれ…速すぎる…』




    ネス『…アルレルトの方に行かせるな!シス!!』

    シス『はい!!』










    僕の初陣は、班長と上官の死を間近で目撃して終了した。



    まるでハエを叩き潰すように、巨人の手の中で散ったシスさん。

    ワイヤーを掴まれ、地面に叩きつけられたネス班長。



    …その最期のときまで、2人とも僕を懸命に守ろうとしてくれていた。

    2人のお陰で今僕は生きているといっても、全く過言ではないだろう。



  33. 81 : : 2014/04/03(木) 21:19:37




    壁外調査を終えて調査兵団の本部に戻ったとき、僕はナナバさんの姿を見つけた。

    彼女は新兵を誘導しつつも、誰かを探しているように見えた。

    その瞳の色が、次第に焦りを帯びていく。

    …それ以上は、見ていられなかった。





    ナナバ『…ルーク!ルーク!!』



    後ろから、ナナバさんの悲痛な叫びが聞こえた気がした。

  34. 85 : : 2014/04/03(木) 21:51:46









    ジャン「そう…だったのか。」

    ハンナ「ナナバさんって方、気の毒ね…」



    僕が話し終わると、2人は少し悲しげな顔で口を開いた。




    …僕は今でも、こんな星降る夜になるとネス班長とシスさんのことを思い出す。



    愛馬シャレットにいつも遊ばれていて、北極星の見つけ方を教えてくれたネス班長。

    満天の星空の下で、愛しい人を想ってはにかんでいたシスさん。



    昔おじいちゃんから、亡くなった人は星になると聞いたことがある。

    きっと2人も、この空のどこかにいるんだろうな。



    夜空を仰ぐと、北斗七星が目に入る。

    その端の星をつないで5倍ほど伸ばしたところに、北極星はあの頃と変わらずに光を放っていた。


    辿るべき道がわからなくなったときは、夜空を見上げて北極星を探そう。

    そして己の行くべき方向を見定め、また一歩ずつ前に進もう。

    …2人のためにも僕は、自由を勝ち取るために戦った人類の話を語り継がなければいけない。

    そう決意を新たにした。








    「おい、お前たち。こんなところで何をしている…?」



    不意に後ろから聞こえた鋭い声に、僕たちは振り向いた。


  35. 86 : : 2014/04/03(木) 21:52:19




    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーー




    ところどころ棘が出ているすっかり老朽化したリフトに乗って、壁の上へとのぼる。

    …ったく、危ねえったらありゃしねぇ。




    壁の上は街中と違って、静かで居心地が良い。

    そんなところで、1人静かに夜空を眺めながら瞑想するのも悪くない。



    …それに、今夜はあの日と同じ星が降る。

    俺は冷ややかな夜の空気を感じながら、壁の上を歩いた。




    「…?」



    男が2人と女が1人、壁の上に座っている。

    …なんだ、先客がいたのか。

    そいつらから背を向けて歩き出そうとして、ふと立ち止まった。

    座っている2人の男に、どこか見覚えがあった。




    「おい、お前たち。こんなところで何をしている…?」





    俺の声に振り向いた3人はそろって目を丸くした。


  36. 88 : : 2014/04/03(木) 21:55:58





    ジャン「り、リヴァイ兵長?!」

    アルミン「お久しぶりです!」

    ハンナ「えっ、リヴァイ兵長って、あのリヴァイ兵長?!」




    ジャンとアルミンは俺の姿をみとめると、立ち上がって見事な敬礼を見せる。

    隣にいた女は元兵士ではなさそうだが、きっと訓練を受けたことがあるのだろう。ぎこちなくも立派な敬礼を俺に向けた。



    リヴァイ「なおれ。それに、俺はもう兵士長じゃねぇ。」

    ジャン「はっ、では…」



    3人はおずおずと心臓に置いた手を下ろすも、なんだか落ち着かない様子だった。



    アルミン「…あの、リヴァイ兵長も星を見にここへ…?」

    リヴァイ「そうだ。…それから俺はもう兵士長じゃねぇ。何度も言わせるな。」

    アルミン「は、はい!」



    …リヴァイ兵長。

    久しぶりにその名で呼ばれて、心がむず痒くなる。

    と同時に昔、俺の隣で星空を眺めていたあいつらのことを思い出した。


  37. 89 : : 2014/04/03(木) 21:59:53



    リヴァイ「…お前らも流星を見に来たのか?」

    アルミン「えっ、今日って流れ星が見られるんですか?」

    リヴァイ「ああ。13年に一度の、星降る夜だ。」

    ハンナ「星降る、夜…」

    リヴァイ「…と言っても流星が見られるのは、もっと明け方近くなってからだがな。」




    空には既に溢れてきそうな程、星が所狭しと輝いている。

    …13年前も、こんな夜だったな。




    俺は一つ息を吐くと、そっと言葉を紡ぎ出した。






    …episode Levi


  38. 101 : : 2014/05/11(日) 21:58:23









    ハンジ『おーい、エレン!大丈夫?』



    ハンジが枯れ井戸のそこに向かって叫ぶと、中からエレンの微かな声が返ってきた。

    3度目の巨人化を解いたばかりの奴の息は、かなり上がっている。



    エレン『…はい、なんとか…』

    ハンジ『ほんと?!じゃあもう一回…』

    リヴァイ『おい、今日はもう終わりだ。』

    ハンジ『え?どうして?』



    きょとんとした表情を浮かべるハンジに、俺は睨みをきかせる。



    リヴァイ『周りを見ろ、もう真っ暗だ。それに今日だけで3回も巨人化したせいで、あいつもさすがに疲れている。大事な壁外調査の前に、これ以上負担をかけて潰しちまったらどうするつもりだ?』

    ハンジ『…そうだね、今日はもう終わりにしよう。エレン!今そっちに行くからね!』



    ハンジはそう言うと、ロープを伝ってするすると枯れ井戸の中へ降りて行く。

    …ったく、調子のいい奴だ。



    しかし、今日のエレンの巨人化実験で得られたものは大きかった。

    先日、落としたスプーンを掴むために右腕だけ巨人になったことから、今回はきちんと目的を持ってエレンの巨人化実験を試みた。

    するとエレンは巨人化に成功。ハンジの仮説が正しいと証明されたのだ。

    それに、連続で巨人化出来る回数や頻度、それによる疲労の具合を見て取ることができたのは、今後あいつをどう使うかに大いに役立つだろう。


  39. 102 : : 2014/05/11(日) 22:03:43



    ふう、と一つ息を吐くと、後ろから誰かが近付いてくる足音がした。



    リヴァイ『…ペトラか。』

    ペトラ『はい、兵長。お疲れさまです。』



    ペトラは俺の側に立つと、湯気が立ち上るティーカップを差し出した。

    温かな紅茶の香りが夜の空気を彩る。



    ペトラ『…すっかり遅くなってしまいましたね。』

    リヴァイ『そうだな。』

    ペトラ『でも、星がとても綺麗ですね。いつもみたいに兵舎にいたら、きっと気付きませんでしたよ。』



    ペトラに言われて宙を見上げると、そこには今にも降ってくるのではないかと思うような星空が広がっていた。



    リヴァイ『…綺麗だな。』

    ペトラ『ですね。』



    ペトラと肩を並べて、しばし星を眺める。

    ペトラの視線が時折こちらを向くのには気付かないふりをして、俺は紅茶を啜った。


  40. 103 : : 2014/05/11(日) 22:08:44



    グンタ『兵長!エレンの回収、完了しました。』

    リヴァイ『ご苦労。』

    グンタ『はっ!』



    グンタがこちらにやってきたとき、ペトラが少し残念そうな顔をしたのが視界の隅に映る。

    そのまま帰還の支度をして、馬を迎えに行った時のことだった。











    ハンジ『あっ、流れ星!!』



    ハンジが急に大きな声を出して、空を指差す。



    ペトラ『えっ、どこですか?』

    ハンジ『あっちあっち!』

    エルド『そういえば、今日はジャコビニ流星群が見られる日だったな。』

    ペトラ『じゃこびに流星群?』



    エルドは、満点の星空を仰ぎ見ながら話し始めた。



    エルド『ああ、ジャコビニ流星群は13年に一度見られる流星群で、1時間に数千から数万の流星が見られることもあるから、流星雨や流星嵐と呼ばれることもあるんだ。』

    オルオ『なんだお前?やけに詳しいな、気持ち悪い。』

    エルド『…彼女が星が好きでね。今日の流星群が見られるのを楽しみにしていたんだ。』

    ハンジ『ひゅーう!この色男!』



    照れるエルドを、ハンジや班員たちが冷やかす。

    そんな様子を、俺は一歩引いて見ていた。


  41. 104 : : 2014/05/11(日) 22:13:46




    ペトラ『…ってことは、今日の流れ星は13年に一度しか見られないってこと?』

    エルド『ああ。次に同じ流星群が見られるのは、今から13年後だ。』

    ペトラ『13年後か…わたし、生きてるかな。』

    グンタ『…何弱気になってるんだよ。』

    ペトラ『そうだよね、ごめん。』



    俺たちは、13年後…いや、次の壁外調査から生きて帰って来られるかも分からない。

    夜の風とともに、しんみりとした雰囲気が辺りを包む。

    …その風に、昔地下街にいた頃に聞いた御伽噺のような話を思い出した。



    リヴァイ『…これは迷信だが、流星が消える前に願い事を3回唱えると、その願いは叶うらしい。死にたくなければ、星に願うのもいいんじゃねぇか。』

    ペトラ『流れ星に…?』

    ハンジ『あ!また流れた!!』

    グンタ『お!こっちも流れたぞ!』

    エルド『…始まったみたいだな。』



    すると、全天の至る所から次々と流星が降ってくる。

    …まさに、星降る夜だった。


  42. 105 : : 2014/05/11(日) 22:19:29




    オルオ『ええと、母ちゃんや父ちゃん、弟妹たちがこれからも何不自由なく暮らせますように…ああ、くそ、また消えちまった。』

    モブリット『願い事を3回唱えるのって、結構難しいですね…』

    ハンジ『ん?モブリットは星に何を願ったの?』

    モブリット『ひ、秘密です。』

    ハンジ『えーー!!ケチ、教えてよ!!』

    モブリット『嫌ですよ!!』



    ハンジとモブリットのいつもの夫婦漫才が始まると、その声にエレンが目を開けた。



    エレン『ん…?!?うわあ、すげえ!』

    ペトラ『エレン!気が付いたのね。』

    エレン『ペトラさん、これは…?』

    ペトラ『今日は流れ星がたくさん見れる日なんだって。ほら、エレンも願い事しなよ!』

    エレン『願い事…』



    エレン『…いつの日か、巨人を全て駆逐出来ますように。』



    エレンがぽつりと呟いたのが、風に乗って耳に届く。



    リヴァイ『…馬鹿言え。それは願いじゃなく俺たちの成すべき仕事だ。』

    エレン『そ、そうですね…じゃあ』



    エレンは少し考えると、空を駆ける流星に願いをかけた。

  43. 106 : : 2014/05/11(日) 22:36:25




    エレン『この戦いが終わるまで、もう誰も死にませんようにってお願いします。』



    …こいつらしい願いだ。



    リヴァイ『それは恐らく無理だろうな。』

    エレン『で、でも…』

    リヴァイ『…まあ、それはお前らの運次第だ。だから、死なねえ工夫は忘れるなよ。』

    エレン『はい!』

    リヴァイ班一同『はい!』

    ハンジ『…なーに恰好良いこと言っちゃって。』

    リヴァイ『うるせえ。』



    お前もな、という喉まで出かかった言葉を言葉を飲み込む。



    グンタ『兵長は、どんな願いごとをしたんです?』

    リヴァイ『…俺は星なんかに願いをかけたりはしない。』

    エルド『はは、兵長らしいですね。』

    ハンジ『こんな日くらい、迷信を信じてみてもいいのに。ロマンのない男だねえ。』



    そんな話をしながら馬に乗ると、そのまま兵舎へと帰る。

    その間も天上には、流星が無数に飛び交っていた。

  44. 107 : : 2014/05/11(日) 22:54:25








    巨人のように項を削がれ、宙吊りで絶命していたグンタ。

    身体を食いちぎられたのか、上半身しか見当たらないエルド。

    草の緑の上に飛んだ、乾いた血飛沫の真ん中にいたオルオ。




    …そして、木の幹から根元にかけてべっとりとついた血痕。

    その下にいたのは、ペトラ。

    彼女の瞳は、もう何も映していなかった。







  45. 108 : : 2014/05/11(日) 22:59:55



    部下の死を嘆く時間はなかった。

    連れ去られそうになったエレンを救い、帰還してからも女型の巨人捕獲作戦の立案、決行と、息つく暇もない程忙しい日々を送った。


    その日も夜遅くまで作戦会議が長引き、真夜中を過ぎた頃にやっと解散となった。



    エルヴィン『リヴァイ、遅くまですまなかったな。』

    リヴァイ『いや、いつものことだ。気にするな。』

    エルヴィン『今夜はしっかり休めよ。』

    リヴァイ『ああ、お前もな。』



    部屋を出て、エルヴィンと反対の廊下へと歩を進める。



    …これから先、どうなるのか。

    女型の巨人ことアニ・レオンハートは結晶の中に自身を封印し、さらに壁の中からは巨人が見つかり、その秘密はウォール教が握っているらしい。

    …ったく、どの問題から手をつけて良いのかもわからねぇ。

    疲れで働きが鈍くなった頭を抱え、階段を上る。


  46. 110 : : 2014/05/11(日) 23:07:11




    気がついたら、目の前に夜空が広がっていた。

    階段を余計に上がり過ぎて、屋上へ出てしまったらしい。

    ひとつため息をついて、引き返そうとしたその時だった。





    視界の隅の夜空に、流星が流れた。

    思わず脚を止めて、あの日と同じような満天の星空を見上げる。

    …最後にこうして夜空を眺めたのは、あいつらと流星群を眺めた時だったか。



    もしもあの時流星に願いをかけていたら、あいつらは死なずに済んだのだろうか。

    そんなことは誰にも分からない。

    分からないが、何度もそう考えてしまう自分がいた。




    リヴァイ『…お前たちはどう思う?俺があの時流星に願いをかけていたら、結果は違っていたと思うか?』



    1人呟いた声が、夜の闇に吸い込まれる。

    その日流星が空を駆けることは、もうなかった。



  47. 112 : : 2014/05/11(日) 23:24:20







    リヴァイ「…あれからもう13年経つとはな、早いものだ。」

    アルミン「リヴァイへい…リヴァイさん…」



    俺は頭上で瞬く星に目をやった。

    もうすぐあの日と同じ星が降る。

    …13年前隣で空を見上げていた部下4人は、もう天に昇ってしまったが。



    今夜は流星に願いをかけるつもりだ。

    沢山の仲間が命を賭して勝ち取ったこの平和が、未来永劫続くようにと。

    こんな迷信を信じてみたくなったのは、俺が年をとったからだろうか。




    夜空から溢れてきそうな星たちは、頭上で静かに瞬いている。

    死んだ人間は星になるという伝説を耳にしたことがあるが、あいつらも何処かにいるのだろうか。


    俺がそっちへ行くのはもっと先になるだろうが、お前たちに話をしたいことが沢山ある。

    あれからどのように敵の正体を暴き、この世に真の平和をもたらしたのか。

    その全てを話して聞かせたいと思う。

    …そしてそれらはお前たちの力がなければ、決して成し遂げられなかったであろうと言うことも。



    『兵長、今日はよく喋りますね。』



    俺がひとしきり話した後、ペトラがそう言って笑うのが目に見えるようだった。



    …馬鹿言え、俺は元々結構喋る。



    そう心の中で呟いたのに呼応するかのように、夜風が俺の隣を通り過ぎる。

    その風は何処か暖かく、懐かしい匂いがした。

  48. 113 : : 2014/05/11(日) 23:29:13




    ジャン「…てことは、今日はすげぇ流れ星が見えるんだな。ここに来て良かったぜ。」

    ハンナ「そうね、楽しみだなあ。」

    アルミン「うん。…エレンも、来るかなあ。」

    リヴァイ「あいつも恐らく、何処かで夜空を眺めているだろうな。」




    俺たちは夜空を見上げ、流星群の発生を待った。



  49. 114 : : 2014/05/11(日) 23:51:00




    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーー



    ー 同日 同時刻 はるか南 ー




    夜の闇に、馬の駆ける音だけが響く。

    夕方シガンシナ区の門を抜けて、そのまま真っ直ぐ南へと向かっていた。




    目的地は、あいつの『故郷』。




    暗がりの中に、灯りもついていない小さな集落が見えてきた。

    きっとあの村だな。

    俺…エレン・イェーガーはその村へと馬を走らせる。



    ここはかつて、巨人の秘密を知る一族が住んでいた集落だった。

    しかし居所がばれ、彼らは俺たち壁の中の人類との戦いに敗れた。

    …その戦いで、ほとんどの住民が命を落としたと言う。

    辛うじて生き延びた住民も村を捨て、どこか遠いところへ逃げたらしい。



    俺が一軒の空き家の屋根に登ると、それはミシミシと年季の入った音を立てた。

    そこに寝転がり、宙を見上げる。

    まさに今にも星が降ってきそうな夜空が、そこには広がっていた。

    …綺麗だ。


  50. 115 : : 2014/05/12(月) 00:12:05




    今夜は13年前に見た、あの流星が流れる日。

    まだ何も知らなかった頃、巨人を駆逐するまで誰も死なないで欲しいと願った流星が流れる日。

    その願いは、半分叶った。

    今日巨人はもういないが、そのために命を落とした犠牲者の数は数え切れない程に上る。



    …そして、今夜流れる星に願うことはもう決まっていた。

    どうか彼女が、結晶の中から出てきてくれますように。と。



    託された秘密を守るため、彼女は自分自身を結晶の中に閉じ込めた。

    それから13年の月日が経った。

    俺は大人になったが、結晶の中の彼女はあの日のまま、16歳のままだ。



    しかし、かつて彼女が言った一言から『故郷』の位置が割れ、結果として彼女たちは敗北した。

    …そのことを、まだ彼女は知らない。



    俺は南の空低いところに目を凝らし、ある星座を探した。




    …episode Eren


  51. 121 : : 2014/06/20(金) 21:31:19



    こんばんは、submarineです。
    大変遅くなってしまいましたが、間も無くepisode Erenを投下いたします。

    なおエピソード投下中に限り、読みやすさとコメントを見逃してしまうことを防ぐため、今回からコメントを制限させていただくことに致しました。
    エピソード投下終了後から次のエピソードを投下するまでの間はコメント制限を解除しますので、その際にご意見、ご感想等を寄せていただければなと思います。
    どうぞ宜しくお願いいたします。


    それでは間も無くepisode Erenを投下します。
    準備が整うまで、今しばらくお待ちくださいませ!

  52. 122 : : 2014/06/20(金) 21:46:58









    エレン『ふぁあ…』

    ジャン『おい、手ぇ止めてんじゃねえぞ。』

    エレン『うるせえな、ちゃんとやってるよ。』



    …訓練兵になって間もなかった頃。

    俺とジャンは事あるごとに衝突し、その度に教官から怒られていた。

    その日も罰として、夕食の皿洗いを手伝わされていた。

    300人近い人数の食器を洗うのには、とんでもない時間がかかる。

    全て終わった頃には、時計は深夜12時をまわっていた。



    半分閉じかかった瞼をこじ開けながら、ジャンと並んで部屋に戻る。

    もうお互い、憎まれ口を叩く元気も残っていなかった。



    廊下の窓から夜の光が差し込む。

    その光の中に、動く影があった。

    窓の外を見ると、裏庭に誰かいる。

    …こんな時間に何してるんだ?



    窓にぴたりと張り付いて様子を伺うと、それがよく知る人物であることに気付いた。


    後ろできちっと結われた金髪

    涼やかな青い瞳

    小柄ながらしなやかな肢体



    …アニだ。



    こんな深夜に、1人で格闘術の練習をしている。

    程よく筋肉のついた脚が繰り出す鋭い蹴りが空気を裂くと、飛び散る汗が月の光を浴びてキラキラと輝いた。

    …あいつの強さは、この練習の積み重ねだったのか。

    夜の光の中に浮かび上がったアニの姿は、まるで女神のように見えた。



  53. 123 : : 2014/06/20(金) 21:49:50




    ジャン『おい、エレン。早く部屋に戻ろうぜ。』

    エレン『…悪りぃ、先に戻っててくれ。』

    ジャン『…?』



    寝ぼけ眼のジャンを残して、俺は戸口へと走った。

    あれだけ感じていた眠気は、何処かへと消えていた。




    裏庭に着くと、俺は茂みに身を隠した。

    そして木の枝の影から、こっそりとアニを盗み見る。

    …彼女の一挙一動を、しっかりと目に焼き付けるように。

    アニの動きを見て勉強するんだと自分に言い聞かせていたが、心臓は違う意味で早鐘を打っていた。



    しばらくそこで身を潜めてアニを見つめていると、不意に彼女が練習をやめた。

    そして南の空を見つめ、顔の前で十字を切ると深々とお辞儀をした。

    その恭しさは、先ほどまで強烈な蹴りを繰り出していた人物と同じにはとても見えなかった。




    『…いつまでそこにいるんだい。』

    『!』




    そう言ってこちらを向いたアニの視線が、俺の瞳にぶつかった。

    鋭い眼差しに射抜かれ、一瞬心臓が大きな音を立てる。




    エレン『き、気付いてたのかよ。』

    アニ『気付いていないと思ってたことに驚きだよ。』

    エレン『は、ははは…』

    アニ『…で、こそこそと何をしてたの?』

    エレン『いや、別にこそこそなんて…』

    アニ『じゃあなんでそんなところに隠れてるのさ。』

    エレン『う、これは…』



    …まさか見惚れてましたなんて、言えるわけもない。

    するとアニは一つため息をつくと、まあいいや、と呟いた。



  54. 124 : : 2014/06/20(金) 21:52:42




    エレン『…最後』

    アニ『え?』

    エレン『最後のあれ、お辞儀みたいなの…あれは、武術の作法なのか?』



    俺の不意な質問にぴくりと反応したアニが、こちらに少し身体を向けて答える。



    アニ『…いや、あれは一種の礼拝みたいなものだよ。』

    エレン『礼拝?』

    アニ『そう。…南十字星って、聞いたことあるかい?』

    エレン『…?いや、ないけど。』

    アニ『…そっか、あんたが知ってるわけないか。』



    その言葉の意味はそのときは分からなかったが、アニはそのまま話を続けた。



    アニ『星座の一つさ。ここからは見えないんだけど、南の空低くに十字の形をして並んでる星座でね。その十字の交わるところに神様が住んでいるんだ。』

    エレン『神様…?』

    アニ『私たちは神様に向けて、1日の最後にこうして顔の前で十字を切って祈りを捧げるの。明日も無事に過ごせますように、ってね。』



    常に現実主義のアニの口から、神様なんて不確かな存在の言葉が出てきたのが、とても意外に感じた。



    エレン『へえ…俺もいつか見てみたいなあ、南十字星。』

    アニ『あんたの願い通り、壁の外を自由に行き来できるようになったら見られるよ。』



    アニは南の空を見つめながら、静かにそう答えた。




  55. 125 : : 2014/06/20(金) 22:04:36









    その発言が、後に彼女自身を、仲間を、滅ぼすことになった。



    『壁の外を自由に行き来できるようになったら見られるよ。』



    と言うことは、壁内からは南十字星は見ることが出来ないと言うことになる。

    事実、あれから何冊か天文学の本を読んだが、南十字星に関する記述があるものは見つからなかった。

    そのことに気付いたのは、第57回壁外調査の後、アルミンが女型の巨人の正体がアニではないかと言い出した時だった。



    それに…

    巨大樹の森で女型の巨人と対峙した時、奴の技が、月の光に照らされたあの日のアニと重なった。



    何かの勘違いだと思いたかった。

    けど、勘違いではなかった。

    それからアニは捕らえられたが、水晶の中に自身を幽閉して身を守り、今もその中で静かに眠っている。




    その後ベルトルトとライナーも巨人だと言うことが分かり、彼らも捕らえられ、地下牢に拘束された。

    その時俺は初めてエルヴィン団長にアニと南十字星の話をし、彼女やライナー、ベルトルトの『本当の故郷』の場所を探りはじめた。




    ある日のこと。

    ハンジさんが部屋に飛び込んできて、古びた一冊の本を団長と俺に突き出した。

    その本は中央憲兵が取り締まっていた禁書の倉庫からくすねてきた昔の天文書で、はっきりと南十字星のことが書かれていた。




    …勿論、南十字星が見られる地域も。



  56. 126 : : 2014/06/20(金) 22:13:05











    …そこからは、前に話した通りだ。

    俺たちはウォール・マリアより遥か南のその地域に向けて進撃し、奴らを駆逐して自由を勝ち取った。





    俺は南の少し生暖かい風を全身に受け、羽織っていたコートを脱いだ。

    …南の空低いところに、十字に並んだ星が静かに瞬いている。

    俺はあの日アニがしたように顔の前で十字を切ると、頭を垂れた。

    彼女はこの星に、何を祈っていたのだろうか。




    「…よう、エレン。」

    「やあ、来たんだね。」



    その声に振り向くと、懐かしい2人が屋根を登ってきていた。



    エレン「ライナー、ベルトルト。久しぶりだな。」



    ライナーとベルトルトは俺の言葉に少し微笑むと、隣に並んで腰を下ろした。



    ライナー「お前が来るって手紙が昨日着いたもんだから、準備が何も出来てなくてすまんな。」

    エレン「いや、俺はただ星を見に来ただけだから、何もいらねえよ。」

    ベルトルト「…でもまさかエレンと、こうして星を眺める日が来るなんてね。」




    あのあと兵法会議にかけられたライナーとベルトルトには、壁外地域への永久追放が言い渡された。

    本当は死刑が求刑されていたのだが、王位を継承したヒストリアがそれを認めず、このような判決になったと風の噂で聞いた。


  57. 127 : : 2014/06/20(金) 22:19:06




    ベルトルト「みんなは元気にしてる?」

    エレン「ああ。アルミンは歴史の教師をやってるし、ジャンは調査兵団から代わった組織の幹部に就任したし、ユミルは王宮に入って、ヒストリアに仕えてると聞いたぜ。」

    ライナー「はは、あいつのヒストリアへの執着心は、相変わらず恐ろしいものがあるな。」

    ベルトルト「そうだね。…あとエレン、アニの様子は…?」

    エレン「…まだ水晶の中だ。」

    ベルトルト「そっか…」



    満天の星空の下で黙り込むベルトルト。

    彼の横顔は、今にも泣き出しそうだった。



    エレン「…これは昔聞いた話なんだが、流れ星が消える前に願い事を3回唱えると、その願いは叶うらしいぜ。」

    ベルトルト「流れ星…?」

    エレン「今日は13年に一度の流星群の日だ。俺は…アニが水晶の中から出てくるように、星に願うぞ。」






    …なあ、アニ。

    俺にはお前たちがしたことを許すことは、きっと出来ないと思う。

    けど、心の隅に許したいと思っている自分もいるんだ。

    俺にとって巨人を駆逐することが正義であったように、お前たちにはお前たちの正義があったんだろ?

    だから、それを俺に話してくれないか。

    理解は出来ないだろうけど、理解する努力はするからさ。






    …それに

    このまま永遠に逢えないなんて、嫌だ。



  58. 128 : : 2014/06/20(金) 22:21:31




    ベルトルト「…僕も、そうするよ。」




    ベルトルトは眉を下げて少し笑うと、星空に目を移す。

    その隣でライナーは、東の空を見つめながら黙って話を聞いていた。

    その視線の先には、南十字星があった。





    ベルトルト「…みんなも見てるのかな、この星空。」

    エレン「きっと、どこかで見てるだろ。」




    俺は硬い屋根に仰向けになると、空をぐるりと見渡した。




  59. 129 : : 2014/06/20(金) 22:24:30





    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーーー
    ーーーーー



    ー 同日 同時刻 トロスト区 ー






    「…おい、このリフト大丈夫かよ。ギシギシ言ってるぞ。」

    「もうしばらく整備されてないようね。トロスト区の区議会に言っておかなくちゃ。」




    すっかり古くなり、ところどころ釘が突き出ているリフトに乗って、わたしとユミルはトロスト区の壁の上に向かった。

    今日の目的は、名目上はトロスト区の視察。

    けど、本当はただの散歩。

    …散歩と言えるような、近い距離じゃないけどね。

    兵士だった頃の思い出の地を、あの頃のような服を着てユミルと回るのが、日々公務に追われるわたしの楽しみだった。





    「…っと、着きましたよ。女王様。」

    「もう、今はやめてよユミル。」




    ユミルに手を取ってもらって、ぐらぐらと不安定に揺れるリフトを降りる。

    と、目に入ったのは、夜空全部を埋め尽くすような星々だった。





    「わあ…!」

    「…すっごいな。」




    見渡す限り視界に広がる絶景に、私たちは息を呑んだ。




  60. 130 : : 2014/06/20(金) 22:29:36





    「…!?お前、ユミルじゃないか?」



    その声に2人同時に振り返ると、切れ長の目をまん丸にした男性がいた。

    そのよく知った男性の目がわたしの視線と重なると、さらに真ん丸く見開かれる。




    「ひ、ヒストリア!!!」




    わたし…ヒストリア・レイスは、かつての仲間とのまさかの再会に胸を躍らせた。




    ヒストリア「ジャン!久しぶりね。」

    ジャン「お、おま、お前、こんなところで何してんだ?」

    ユミル「おい、女王陛下に向かってなんて口の利き方してんだ馬面野郎!」

    ヒストリア「ジャンは仲間だからいいの!」





    …女王陛下。

    わたしは巨人を全滅させてすぐに王位を継承し、この国を治めるようになった。

    だからきっとジャンは、わたしがこんなところに急に現れたからびっくりしたんだろうな。




    ジャン「あ、あっちにアルミンたちもいるんだ。よかったら、2人とも来いよ。」

    ヒストリア「えっ、そうなんだ!ユミル、行こう!」

    ユミル「…ったく、仕方ねえな。」




    ジャンに連れられて壁の上を歩くと、トロスト区の街明かりが視界の隅にちらついた。



  61. 131 : : 2014/06/20(金) 22:33:30




    アルミン「ヒストリア!?それにユミルも!」

    ハンナ「わあ!2人とも久しぶりね!!」

    リヴァイ「…お前ら、こんなところで何してるんだ?」




    アルミンとハンナは、先程のジャンと同じく慌てているように見えた。

    …リヴァイ兵長は、やはりいつも冷静だなあ。




    ヒストリア「久しぶり!たまに息抜きで、こうしてこっそり散歩してるんです。」

    アルミン「そ、そうなんだ…わあ、まさか2人にこんなところで会えるなんて、びっくりしたよ。」

    ハンナ「ほんとね!今夜は流星群が見られるみたいだし、ヒストリアたちにも再会できたし、いい日だなあ。」

    ヒストリア「流星群?」

    ハンナ「ええ。なんでも1時間に数千個も流れることもあるみたいよ。」

    ヒストリア「わあ!素敵ね。」

    アルミン「うん。…ただ、流れ星を観察するには少し月明かりが眩しすぎるなあ。」

    ユミル「あー、今日は満月だもんな。」




    ユミルにつられて空を見上げると、天の高いところに満月が上っている。


    不意に、どこか懐かしい風が、わたしの側を通り抜けた。

    その風がわたしに、遠い昔の思い出を運んで来る。






    塔の上から見た景色。

    美しい横顔に伝う、一筋の涙。

    そして薄明かりの中で聞いた、あの一言…







    あの日も丁度、こんな満月だったな。





    ヒストリア「…満月も、悪くないよ。」




    わたしは、まだ『クリスタ』と名乗っていた頃に思いを馳せ、思い出の糸を手繰り始めた。




    …episode Historia



  62. 133 : : 2014/07/06(日) 18:02:23










    焚き火の揺らめく明かりが、狭い塔の内部を照らす。


    わたしたちは、ウォールローゼに開けられたとされた穴を探して昼夜馬を走らせていた。

    しかし結局穴は見つからず、ここ…ウトガルド城で一夜を明かすことにした。




    …と言っても、寝付けない。

    壁内に巨人が出現したのに、壁に穴は見つからなかった。

    では、巨人はどこから…?

    不安で頭がいっぱいになる。

    少しでも眠ろうと何度も体の向きを変えるが、眠気は一向にやってこなかった。




    クリスタ『…あの。』

    ゲルガー『おう、どうした?』

    クリスタ『外の空気を吸ってきてもいいですか?』

    ゲルガー『ああ。上の方の階段は暗いから、気をつけろよ。』

    クリスタ『ありがとうございます。』




    わたしは机に頬杖をついていた上官のゲルガーさんに声をかけ、塔の上に出る階段を上った。

    薄い木の扉の向こうから、夜の冷気を感じる。

    その扉を開けて、屋上へと出た。



    …ふう。

    ひとまず、澄んだ外の空気をめいっぱい吸い込む。


  63. 134 : : 2014/07/06(日) 18:08:49




    すると、塔の縁で見張りをしている上官のナナバさんの横顔が目に入った。

    短く整えられた金髪が、月明かりでほんのりと照らされている。

    …その頬には、涙が伝った跡があった。




    クリスタ『ナナバさん?』

    ナナバ『…!クリスタか。どうしたの?』

    クリスタ『…眠れなくて。』



    ナナバさんはわたしの姿をみとめると、指で涙を拭っていつもの爽やかな笑顔を見せてくれた。

    その一挙一動はとても綺麗で、どこか切なさを含んでいた。



    ナナバ『そっか、少し外の空気を吸ったらすぐに戻るんだよ。』

    クリスタ『はい。』



    ナナバさんの隣に立ち、辺りを見渡す。

    どこまでも広がるような、新緑の草原。

    後ろには、そびえ立つ壁。

    そして上には、今にも降ってくるのではないかと思うような満天の星空。



    クリスタ『…綺麗な景色ですね。』

    ナナバ『ああ。巨人さえ現れなかったら、とてもいいところなんだけどな。』



    …本当にそうだなあ。

    いつ巨人が現れるかわからない状況でなければ、もっと心置き無くこの絶景を楽しめるのに。

    天を仰ぐと、満月が空高くのぼっていた。

    静かなその光は、辺りの景色を青白く染めている。







    クリスタ『ナナバさん?』

    ナナバ『…ははは。こんな姿を見られてしまうなんて、情けないよ。』



    また涙しているナナバさんに気付くと、彼女は力なく笑って口を開いた。



    ナナバ『昔、私のことを満月のようだと言った人がいてね…』



  64. 135 : : 2014/07/06(日) 18:18:41




    その人はナナバさんと同期で訓練兵団に入団し、その頃から何度も何度も告白されていたこと。

    その度にやんわりと断っていたこと。

    ナナバさんもその人も10位以内で訓練兵を卒団したのにも関わらず、調査兵団に入団したこと。

    調査兵団に入団したあとも、その人はナナバさんにアタックを続けたこと。




    ナナバさんは愛おしそうに、どこか遠いところを見つめながら言葉を紡いでいく。

    わたしはその横顔を、ただ黙って見つめていた。



    ナナバ『調査兵団に入団して3年くらい経った頃かな。今日みたいな満月の夜に彼に呼び出されてね。君はあの月のように輝いていて美しい、なんて言うんだ。それだけでも笑ってしまうだろう?』

    ナナバ『月が輝くのは太陽の光が反射しているからだと教えたら、じゃあ俺が君の太陽になる。太陽になって、もっと君を輝かせてみせる、って。…思わず根負けしてしまったよ。』





    ナナバ『…だけどその人は、この間の壁外調査で女型の巨人に殺されたんだ。虫けらのように、奴の手の中で。…さぞ痛かっただろうな。』



    静かに俯いたナナバさんの瞳の色を、彼女の金髪が隠す。



    ナナバ『慰めてくれる人はみんな言うんだ。男なんて星の数ほどいる。その気になればすぐにいい人が見つかるよ、ってね。』

    ナナバ『だけど太陽は…太陽は、ひとつしか、ないんだ。』




    ナナバ『…ねえ、クリスタ。』













    ナナバ『太陽を失った月は、どうやって輝いたらいいのかな。』








    ナナバさんの拳が、微かに震えているのに気付く。

    わたしは、なんて言葉を返したらいいのかわからなかった。




    ナナバ『…ごめん、退屈な話を聞かせてしまったね。そろそろ中に戻ったほうがいい。風邪を引いてしまうと悪いからね。』

    クリスタ『…はい。あの…』

    ナナバ『ん?』

    クリスタ『…話してくれて、ありがとうございました。』



    そう言うと、ナナバさんは一瞬驚いたような表情を見せたあと、目に涙をいっぱいに貯めたまま微笑んだ。

    月光に照らされた今にも消えそうな笑顔を、わたしはずっと忘れられないでいる。



  65. 136 : : 2014/07/06(日) 19:11:11




    ナナバさんを屋上に残して塔の中へ入る扉を開けると、そのすぐ近くに人影が目に入った。



    クリスタ『…ゲルガーさん?』

    ゲルガー『お、おう、クリスタ。そろそろ見張りの交代の時間でな。』



    ゲルガーさんは焦ったようにそう言うと、ぽんぽん、とわたしの頭を叩いた。



    クリスタ『お疲れ様です、ありがとうございます。』

    ゲルガー『わざわざ礼を言われるようなことじゃねぇよ。じゃあな。』



    わたしはぺこりと会釈をして、塔の下へと続く階段を降りていく。










    ゲルガー『…なあ、クリスタ。』

    クリスタ『はい?』



    呼び止められて振り返ると、ゲルガーさんは真剣な顔をしてわたしを見ていた。








    ゲルガー『…俺はあいつの太陽になれると思うか?』

    クリスタ『え?』

    ゲルガー『い、いや!なんでもねぇ。早く寝ろよ。』



    そう言うとゲルガーさんは、階段を駆け上がって扉を開け、屋上へと出て行った。

    開け放たれたままの扉から、吹き込む風と一緒に話し声が入ってくる。



  66. 137 : : 2014/07/06(日) 20:29:30




    ナナバ『…やあ、ゲルガー。もう見張り交代の時間?』

    ゲルガー『ああ。』

    ナナバ『そう、じゃあ後は頼むね。』

    ゲルガー『おう、しっかり休めよ。』

    ナナバ『ありがと。』





    ゲルガー『…そういえば、お前今日誕生日だったよな。』

    ナナバ『…ああ。』

    ゲルガー『おめでとう。何も用意してねえけど、これからもよろしくな。』

    ナナバ『…改まって急にどうしたの?なんだか気味が悪いよ。』

    ゲルガー『なっ!気味が悪いってなんだよ!人が祝ってやったのに…』

    ナナバ『はは、ごめんごめん。冗談だよ。ありがとう、ゲルガー。じゃあね。』














    ゲルガー『っ、なあ!』

    ナナバ『?…なに?』





    ゲルガー『…月が綺麗だな、ナナバ。』



  67. 138 : : 2014/07/06(日) 22:09:29









    ゲルガー『ふざけんじゃねぇぞ!!酒も飲めねぇじゃねぇか俺は!!てめぇらのためによぉ!!』

    ナナバ『新兵たち、下がっているんだよ。』

    ナナバ『…ここからは、立体機動装置の出番だ。』








  68. 139 : : 2014/07/06(日) 22:58:48




    あの時のことは、よく覚えていない。

    ナナバさんもゲルガーさんも、リーネさんもヘニングさんもみんな殺された。

    …そしてユミルが巨人になって、わたしたちを守ってくれたんだ。




    それから沢山いろんなことがあったけど、今こうしてのんびり星を眺めることが出来るのは、みなさんが命を賭して戦ってくれたお陰なんだよね。

    だからわたしには、みなさんが築き上げたこの平和な世界を守る責任があるんだ。

    そう決意を新たにして、満月を見上げる。

    満月はあの日のように、辺りをぼんやり明るく照らしていた。

    …死んだ人は星になるって聞いたことがあるから、みなさんもこの空の何処かにいるのかしら。





    その時だった。

    視界の真ん中に、すうっと一筋の流星が走った。





    ハンナ「あ!」

    ユミル「おい!今の見たか?」

    アルミン「わ!また流れた!」

    ジャン「いよいよ始まったか。」




    空のあちらこちらから、次々と流星が降ってくる。

    それはあっという間に夜空を埋め尽くし、いくつ願い事を考えてきても足りなくなってしまう程の量になった。





    いよいよ、星降る夜が始まる。




    … episode Final




  69. 140 : : 2014/07/06(日) 22:59:50



    これにてepisode Historiaはおしまいです。
    次がいよいよ最後になります。
    どうぞ宜しくお願い致します。


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